植松聖ってなんか違和感が・・

相模原の大量殺人者の出自に関する筆者の日記を読んでいただいた方から「お前はネット右翼の釣りに引っかかっている」という指摘をいただいたので早速調べてみたところ、正にその通りであることが判った。どうも初歩的な早合点をしてしまったようである。

それでネットに上がる情報をもう一度集めて筆者なりに植松聖容疑者について整理することにしたのだが、これ・・見れば見るほどかな~りヤバいんじゃないか・・と思えてきたのだ。なので今日の日記は何の結論も無くて憶測だけの内容だけれども筆者が思ったことを書いていきたい。

あるちゃんとしたメディアが植松容疑者は事件のあった施設から南東XXメートルの距離に住んでいる・・という記事があったので、グーグルマップで線を引いてみたところ相模川沿いに小規模な集落があった。どうもここに住んでいるようである。





それで世間ではいろいろ物議を醸しているネットの電話帳で「植松」「相模原市緑区」というキーワードを頼りに検索したところ父親の名前らしき「植松竜二 相模原市緑区%&$○△◆―◇」という住所とともに電話番号まで出てきたのだ。まさにビンゴである。

それで家の外観でも見ようとグーグルアースのストリートビューを使ってみたのだが、何とこの一帯だけ見れないのである。どんな山奥の道でも地上からの光景が見ることのできるストリートビューがここには適用されない・・。これって地元の人が申し立てたのか、はたまたグーグルが遠慮したのか・・なんとなくイヤ~な感じがする。

それで先ほどの電話帳でご近所さんのリストを見ていくと思った通りのことに気がついた。もともと農村だった地域に同じ苗字の名前が多いのは自然な事ではあるが、ここの半分以上を占める苗字はある特定の日本人たちを示すものだったのである。

近所の住民の話だと植松一家は他所からこの土地に越してきたと言うが、小学校教員という安定した職業につく植松の父親が何故こんな不便かつ評判の芳しくない場所を選ぶ理由が良く判らない。となると親族がそこに住んでいて相続したとか奥さんの実家だったなどその特定の日本人たちとつながりが有る様に思われる。





半島じゃなくてそっちの方なのか・・。でも植松容疑者には朝鮮耳という半島の血を表す兆候が思いっきり出ているではないか・・。ということは特定の日本人と半島の混血かも?などと考えあぐねていたが、その時思い浮かんだのは京都駅近くの光景である。

もともと日本のある特定階層の人たちが住んでいたところへ不法入国でやってきた半島人が住み着き、いつのまにか立場が逆転してしまっただけでなく特定の日本人にだけ与えられるはずの特権にまで食い込み始めた。おまけに聖なんて名前から想像できる韓国系プロテスタント系教会が宗教の自由を盾に反日工作を繰り返している・・。

植松聖ってオール左翼結集みたいな男のように思えてきたのだ。そのオール左翼が障害者19人を殺傷したが、自分のツイッターでは日本国万歳!みたいな出自とはまったく逆のことを叫んでいる点にも奇妙な違和感がにじみ出て来る。この事件ってなんだか不気味な筋書きがあるんじゃないだろうか?。それともこれも早とちりかな・・。






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海外で拘束される運命の名

中国滞在中の日本人が突然連絡が取れなくなり、どうやら公安当局にスパイの容疑で拘束されたのではないか・・というニュースが話題になっているが、この人物が7つある日中友好団体の1つのトップを務める人物だと聞いて驚いてしまった。

皆さん良くご存じの通り友好団体は長きにわたって中国のスパイ活動の温床であり、ここに日本側のスパイが入り込むことなど100%不可能である。そんな人物を拘束したとすれば中国は外交的に相当追い込まれて頭が回らなくなったとしか言いようがない。

さて件の人物はどういう人なのだろう・・と思って調べてみたら日中青年交流協会の理事長である鈴木英司(59歳)と言う名前が出てきた。が・・その瞬間筆者は何とも言えぬ笑いがこみあげてきて「なるほど!」と思わず膝を叩いてしまったのである。





フィリピンに長らくすんでおられる方で鈴木英司と聞けば「ああ、あの人か?」と全く別の人物が思い当たるだろう。フィリピン中部ネグロス島のバコロド空港に麻薬を持ち込んだ罪で死刑判決を受けて16年もフィリピンの獄中で過ごした人物と全くの同姓同名なのである。

それともう一人、筆者と同じ中学の同じくクラスに同姓同名の鈴木英司くんがいて、彼はアメリカの大学に進んだお坊ちゃんなのだけれども、後のクラス会で聞いた話だと詐欺事件を起こした友人のとばっちりを受けて彼も刑務所に入れられてしまったそうである。

奇しくも同じ名前の人間3人が海外で拘束されていた・・。もちろん年間何百人もの日本人が何らかの罪で塀の向こうに入れられてるから統計的にはそういった例が出てくるのも不思議ではないが、なんだか名前による運命の導きがあるような気がする。





初犯で長期刑の凶悪犯専用である千葉刑務所に収監された作家が同房の囚人たちに何か共通点はないかと探ったところ、血液型や家庭環境、趣味など聞き取りしたところ、唯一姓名判断だけが見事に一致、なんと囚人全員が見事な凶画だったという話を聞いた。

それでネット上の姓名判断でこの名前を占ったところ「一貫して良い事が続くことは無い運勢」「天の助け、友の助け、時の助けなどを全て受けられ無い。良いアイデアがあっても何一つ成功する事はないでしょう」と気になる表現が出てきたが、どうもこの名前はこんなレベルの名前では無さそうだ。

おそらくシベリア抑留者やBC級戦犯として裁かれた旧日本兵には相当この名前が多かったのだろうな・・などと考えてしまうのは筆者だけだろうか?。とにかく全国の鈴木さんでただ今奥さんのお腹が大きくなっている方が居らっしゃったら、英司という名前は絶対につけないことをお勧めしたい。






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出そうで出ないラムネの玉

香港や深センの飲み屋で会社の先輩たちと週末に一杯やると、彼らの口からは何処で余生を送るのか?という話題が度々出た。年金は結構な額が貰えるし子供たちもみな学校を出ていて金はかからないから溜まっていくだけ、それに人間いつになってもトキメキは必要だよ。

そこで出てくるのが老後は海外で!という話で、タイやマレーシア、ハワイやオーストラリア、果てはスペインまでいろんな国の名前が挙げられ、やれ物価はどうだ!とかビザ条件こうなってる!完全移住の場合は年金の受領はどうなるんだ?などとワイワイ話し込んでいるのを耳にした。

勿論こんなの飲み会の話だからその場限りの一夜の夢を語っているだけの人が多いのだが、中には定年したらそのまま朽ち果ててしまうだけなのか?という焦燥感から本当に海外に出る気の人もいて、筆者は彼らの計画の緻密さと知識の豊富さに舌を巻いたこともあった。

例えば深セン工場長だったK氏である。若い頃ロサンゼルスに赴任したのを皮切りに韓国、香港、中国と通算20年を海外で過ごした強者で、奥さんも大の海外好き、子供二人も立派な会社に勤めていて手は一切かからない上にジジババはおっ死んでいるから条件的にはベストである。





ところが引退したK氏は今現在何をやってるのかというとなんと家でエレクトーンを弾いてるのである。いったい海外移住とエレクトーンの間に何の補完性があるのか筆者の足りない頭では不明だが、このK氏は最初の年に1~2回アジアを回っただけでどうやら移住の方は完全に諦めてしまったらしい。

いやK氏だけでは無い。海外リタイアを夢を語っていた人たちがその後どうなったのか探ってみたところ、なんと全員が全員とも日本にいたまま・・・、つまり全くのゼロなのだ。K氏だけでなく他の人達も婆ちゃんの面倒が・・とか、半年ぶりに帰ったら家が痛んでいててさぁ・・といった理由で移住を諦めていたのである。

もちろん海外に出ることが価値ある事なのではないし、実際に移住してみたら「こんなはずじゃなかった!」という事態は誰もが経験するものである。しかし永住することに不安があるのなら年の半分だけ海外に出る、あるいは3か国を毎年1か月づつ順繰りに回ってじっくり場所選定するなど別の方法もあったはずだ。

それがあれほど海外への夢を熱く語っていたのに一体どうしてこうなってしまったのだろう?。それとも最初から出来ないことを分かっていて「オレは海外に!」とか発言することで慰めてたのだろうか?。それならどうせ出来ない夢なんて最初から何も語らない方がマシだと思うんだけどね。かえって虚しいだけだよ。






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犯行予告、大麻、刺青、措置入院、そして・・・・

相模原の障害者施設に侵入し19人を殺害した植松聖容疑者のツイッターが今でも生きていると知ったので中を覗いてみたのだが、その余りの中身の無さに呆れかえってしまった。

ふつう大量殺人犯と言うと沸々とした怨念とか超人思想、独りよがりなヒロイズム、あるいは歪んだ愛情など常人とはかけ離れた感情が読み取れそうなものだが、この植松聖と言う男のツイッターからはそういったものは微塵も出てこないのだ。



※この写真は植松聖容疑者本人のツイッターにあったものです。大変見苦しい内容ですが容疑者の人格
及び友人関係を良く表しているので敢えてアップしました。お下品な写真にて大変失礼いたします。



鍋に放尿してるバカ女や仲間とのバカ騒ぎに「マリファナは危険ではない」というメッセージ、友人らしき格闘家の試合写真に自分の身体に施した刺青の写真など、はっきり言ってかな~りバカな男の日記というだけなのである。

こいつ頭の中になんにもなかったんじゃねーか・・。これが植松聖容疑者に関する筆者の率直な印象であり、大変言葉は不適切だが大量殺人者としての凄みと言うか超然さ、あるいは衝動性が全然感じられないのだ。





なんだかこの事件は変だぞ・・と思った筆者は引き続きこのおバカ殺人者について調べたところ、同級生らしき女(こいつも相当バカそう)が「聖くんの幼馴染たちを取材するのを止めて!」なるメッセージをアップしたのだが、その後に連なる文章に正に的を得た事が書いてあったのだ。

「聖くんが日本人になるか韓国籍を残すか悩んでいるときに支えになった・・」。そうか・・この植松聖って男は朝鮮人だったのだ。コイツらは生まれつき殺人者だもんな。それだったら殺人に理由なんてあるはず無いわな。こんな病原菌を放ったらかしにしてるから事件が起こったんだ。






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詐欺師の新しい飯のタネ

筆者の会社員時代の同僚で現在は詐欺師まがいのコンサルタントになったMがおかしな発言をしはじめたと共通の友人から連絡が入った。先々週に同期入社組が集まった際に何故だかMも現れるや飲み会の席でユダヤ陰謀論を騙り始めたというのである。

旧交を温める場にも関わらずMは「世界はユダヤ人によってコントロールされている!」と叫びだし、皆が昔話に花を咲かせようとするのを遮って自説を滔々と論じ始め、せっかくの場を台無しにしてしまったのだと言う。

その話を聞いた時に筆者は「あの阿呆まだ解けてないんだ・・」と思ってしまった。実は昨年10月に日本に一時帰国した際に同期数人と集まって飲んだのだが、Mはその場でも筆者相手にユダヤ人が世界を・・と自信満々の口調で語り始めたのである。





Mの話というのは巷に溢れるユダヤ陰謀論をそのままコピーした上に「俺の知り合いの某国大使館員が・・」などと自分の話をちりばめただけのもので、世界中に散らばる数千万人のユダヤ人が一糸乱れず共同歩調をとっている!という類のものあった。

Mの真剣な表情とは裏腹に大変お粗末な代物なためあまりのバカらしさに「あのさあ・・俺がいた業界ってアメリカでもヨーロッパでも伝統的にユダヤ商人が多いんだけど、彼らの間の競争って物凄く熾烈でオレが辞める前もアメリカとドイツで1社づつ潰れてんだよね。潰したのは同じユダヤ人業者なんだよ」と発言した筆者。

その瞬間Mはシュンと黙ったのだが、その次に「まあそういう事もあるよね」とだけ言って再びユダヤ陰謀論についてベラベラ話し始めたので、今度は「フリーメーソンってユダヤとは全然関係ないんだけど」と言ったところ、Mは再び一瞬だけ沈黙すると今度は反対側の席にいた友人に自説をまくしたてたのである。





全く他人の意見に耳を貸さずただただ自分の説だけを騙り続けるところは相変わらずだが、しかしなんで今ごろになってMの阿呆はユダヤ陰謀論に嵌まり始めたのだろうか?と考えていると、パソコンの画面に共有の友人から送られた「Mの新しいメシの種かもね」という文字が見えた。

なるほど・・中国ビジネスのコンサルタントと言ったって3か月間中国のアリババからモノ買って日本国内に流しただけだから、時間がたつにつれて底の浅さが露呈してしまうのは自明の理。もはやオケラになりつつあるMは今度はもっと血の巡りが悪い陰謀好きをターゲットにし始めたに違いない。

おそらくMの阿呆はネットで自説を騙るスタイルをとるに違いない。なので数か月後に身長160センチくらいのとっちゃん坊やみたいな男がユダヤ陰謀論を騙っているのを見つけたらご注意いただきたい。そいつは単に誰かの本を丸暗記しただけで生まれてこの方ユダヤ人と話をしたことも無いはずです。






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さまようジジイ

先日の日記で隣の家に異常なほど臭い魚を食べる老夫妻が住みついたという事を書いたが、どうも単に臭いだけでなく爺さんの方はボケが出始めていることが判った。

この爺さんは散歩が日課らしく良くアパートの建物の中を歩いているのは知っていたのだが、昨日筆者がゴミを捨てに行く際に爺さんが階下の1軒の家の玄関前に立って中をジーッと中を覗き込んでいたのである。

あの爺さんの友達でも住んでいるんだな・・とその時筆者は思ったのだが、ゴミ捨て場から戻ってくる際に同じフロアに目をやると今度は上半身裸の太った男がジジイに「%$#&Pアー」と文句を言っている光景が目に入った。

あのジジイ覗きしてやがった・・。まあ70過ぎの爺さんでも性欲はあるから、妙齢の女性が薄着で寝そべっているのを網戸越しに見てやがったんだろう・・と筆者は何となく愉快な気分になったのである。





ところが・・。今日買い物から帰ってくると同じフロアのある部屋の前で昨日同様にジジイが中を覗き込んでいるのを見つけたのだが、実はこの部屋の主は筆者も知り合いの中年のオヤジで、同居人も2人の息子というまるっきりの男所帯なのだ。

あのジジイはホモの毛もありやがった・・と筆者はちょっと怖くなったが、ジジイの只ならぬ様子に恐れをなした女房が2軒隣のオバサンに聞いたところ、「あー、あの爺さんは頭がボケてんのよ」という答えが・・。

筆者の理解ではフィリピンではあまりボケ老人というのは居ないはずなのだが、その時この老夫妻はいつも二人だけで訪問者らしき人が全く居ない事に気が付いた。もしかしてこんな年齢になってアパートに移ったという事は家族から追い出されたのでは・・。

まあ他人の不幸をあれこれ推測するのは不謹慎なのでこれ以上は止めるが、老人二人住まいで臭い魚を食い、さらにボケが始まっている・・ということはこれから状況は悪くなる一方ということである。それに毎日あんな臭い魚ばかり食っていれば腐乱死体になっても誰も・・。いやいや、これ以上の想像は止めとこう。






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刺青皇太子

タイ関連のニュースを見ていたらちょっと目を疑うような写真が見つかった。タイの王子が独ミュンヘンの空港に到着した際の写真なのだが、なんとランニングシャツにジーンズ、そして上半身にはおびただしい刺青が施されていたのだ。

この皇太子は若いころに独裁軍事政権による民衆虐殺を支持したり、私生活では何度も結婚離婚を繰り返す、さらに最近ではストリッパー出身の王妃とのトップレスビデオが流出するなど素行に大変問題がある人物ではあるが、まさか外交活動における最低限のマナーさえも守れない人物だとは思いもしなかった。





学生時代に付き合っていたタイの女子大生から「あの男が国王になったらタイは必ず革命が起こるわ!」と聞いてはいたのだが、このアメリカの重犯罪刑務所にでも入っていそうな風体を見た時にこの皇太子は即位前もしくは即位後に密かに葬り去られるのだろうな・・という直感が閃いた。

現国王の兄君の死についても兄弟でふざけているうちに弟が誤って銃を暴発させてしまったというものから、第二次世界大戦終了直後の世界のパワーバランスの変化により不要な旧世代として屠られたなど諸説あるわけで、ダメな王が側近たちに密かに屠られるのは自然の理である。





さてタイ好きな筆者は恐れているのはこの王子が王位継承をした後に革命が起こるか、或いはネパールの王宮内銃撃事件のような謀略が起こってタイに大きな政治的空白領域が生じ、政体がおかしな方向へと向かってしまう事である。

ただタイに住む友人によると王子のライバルである妹君も兄よりはかなりマシではあるものの海外での評判とは裏腹に色々と問題を抱えているらしく、いずれにせよ現国王が死去された後にはかなりの不安定要因が顕在化してしまうのだそうだ。だけどこのアニキよりは妹の方がよっぽどマトモだろう・・。






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毒ガス老夫婦

異常気象で猛暑が続くフィリピンでも快適な一瞬が訪れることがあって、この時期だと夕方に発生する雨がそれにあたる。こいつが来るとそれまでの蒸し暑さがウソのような涼しい風が吹き始め、加えて樹木のみずみずしい香りに心が洗われる思いがするのだ。

ところが先月の終わりのある日、筆者らが夕立の心地よい風を楽しんでいると、突然鼻腔に強烈な臭いが襲ってきた。ウッ!な何だ!この臭いは!とソファに座っている女房の方を見ると筆者同様に鼻を手のひらでカバーして玄関の方へ走っていくところだった。

隣の老夫婦よ!あいつらが変な魚を料理してるんだわ!と叫ぶ女房。筆者ら夫妻が日本にいたころ長らく空き家だった隣の部屋に入居したのがこの老夫婦なのだが、なんだか面妖な言葉をしゃべっていることから相当ど田舎から出てきたようである。

まあ夜中に騒ぐわけでもないしシャブ打って日夜テンパってる訳ではないから隣人としてはマトモな方なのだろうが、この夫妻はよほどケチなのかエアコンを使わずに玄関も窓も網戸で開けっ放しのままだから、ひとたび料理を作り始めるや毒ガスの様な臭気をあたり一帯にまき散らすのである。

ウッ!臭いが来たぞ!ドアを締めろ!あんたは窓を閉めて!ウゲッ!今日はとりわけ臭いぞ!あんな臭い魚どこで売ってるのかしら?おい!喋ってないで早く玄関を締めろ!あ~苦しかった・・・。これは夕方5時から6時ころの筆者ら夫妻の毎度お決まりの会話である。

老人で朝晩が早いから朝飯の時間は筆者ら夫婦は寝ているのだけれども、夕立ち時の心地よい風を楽しむ時間はちょうどこの夫婦の夕食と重なってしまう・・。しかし不思議なのはあんな吐き気をもよおす臭い料理をあの老夫婦ほんとうに美味いと思って食ってるんだろうか?いったいどこの地方から来たのだろう・・・。






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韓国人が空港で謎の自殺

マニラ国際空港ターミナル3で入国拒否を受けて控室に待機していた韓国人がトイレで自殺したらしい。死んだのはアン・サン・カンという50歳の男で、この日台北からセブパシフィック航空に乗ってフィリピンにやって来たそうである。

この韓国人がどんな理由で入国拒否を受けたのか?については記事に何も書いてないのだが、筆者が想像するにフィリピンに万単位でいる不法滞在者で。おおかた韓国で犯罪を犯して逃亡しているか悪質な業者から金を借りたお尋ね者であろう。

まあ韓国人の不法滞在者というのは別段男だけでなく女も同じで、一説には世界中に50万人の韓国女を輸出しているそうだが、この国が犯罪者輸出大国になってしまった背景には世界中の国と結んだビザ免除協定が大きく貢献しているらしい。

筆者は知らなかったのだが、現在世界最強のパスポートはドイツとスウェーデンで世界157ヵ国へビザなしで渡航可能だが、なんとアジア最強は日本では無く韓国で155ヵ国にも上るのだそうだ(日本は153ヵ国)。

ふつうビザ免除というのはEUやアメリカ、日本など経済的かつ人格的にも先進国に与えられるものだが、韓国はお家芸ともいうべきゴリ押しと恫喝能力の高さによって売春婦と犯罪者の輸出先(あるいは遺棄先)を切り開いたようである。

まったくこんな下等生物が地球上に存在しているとは・・と筆者はため息をついてしまうが、今回のマニラ空港での韓国男の自殺はたった一人とは言え病原菌が死滅したことに思わず快哉を叫んでしまった。この調子でどんどん自殺してほしい。

現在フィリピンでは麻薬常習者に対して射殺をしても構わない!という強硬姿勢で臨んでいるが、麻薬戦争が一段落したら是非とも不法滞在者、それも朝鮮人を徹底的に取り締まり、「韓国人昨夜だけで2000人射殺」というニュースが毎日流れる日が来ないものか・・と願わずにはいられない。






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麻薬検査

たった1日の間にパンパンガ州で麻薬常習者1万人が警察に出頭したと聞いて驚いてしまった。ドュテルテ大統領の強硬策で麻薬密売は徹底的な打撃を受けているとは聞いていたが、1つの州で1日に1万人も出頭するとは一体フィリピンにはどれだけ麻薬常習者がいるのかとその闇の奥深さに恐怖心さえ抱いてしまう。

さて学校が全生徒に対して麻薬検査を行うことも検討しているとニュースが報じているのを聞いた筆者はそれはグッドアイデアだ!と膝を叩いてしまった。毎月1回でも抜き打ちで検査を行い陽性なら強制退学処置をとれば麻薬に手を出す生徒はぐんと減るだろうし、それに何も学校だけでなく民間企業や役所だって頻繁に抜き打ち検査を行うべきであろう。

さて日本でも元巨人の清原が逮捕されて以降、次に逮捕される候補者として西田敏行や浜崎あゆみ、長渕剛らの名前が挙がっているが、なぜ彼らの所属するプロダクションは彼らに対して麻薬検査を行わないのか?と不思議に思ってもらう。人権上の配慮があるのかもしれないが、彼らを限りなくグレーに近い状態に置いておくことはビジネスの上でも大変な不利益を被る筈だからだ。

例えば20年近く前の筆者が勤めていた会社がそうである。当時いけいけドンドンだった筆者の会社は新製品の広告宣伝には是非とも意外な人物を使いたい!という思いがあり、その意向をうけて広告代理店が白羽の矢を立てたのがある男性ミュージシャンであった。本人自身のホンワカしたイメージと同じくホンワカした曲が新製品にドンピシャリだったのである。

それでCMから雑誌に車内広告、ポスターなどの媒体を取りそろえ、さあ!あと数日後に日本全国津々浦々でプロモーションを開始するぞ!という段になって、なんとこの男性ミュージシャンが逮捕されてしまったのだ。罪状は覚せい剤取締法違反・・。シャブ中だったのだ。





当時筆者は海外営業畑だったので直接の影響は何もなかったのだが、国内宣伝部が受けたダメージは相当なもので、全国の小売店に配布した媒体の回収から刷り直し、さらに新製品発売の時期調整に忙殺され心身ともどもボロ屑の様な状態に陥ってしまったのだ。

しかし一番悲惨なのはもちろん広告代理店の営業マンであり、彼らは男性ミュージシャンの代役をそれこそ1日で探し出さなければならなかったのだが、運悪く連れてきたのがホンワカとは程遠いイメージの人間ばかりであり、会議室では四方八方から怒号にさらされ泣きながら土下座し続ける羽目になったのだ。

この一件で筆者の会社の国内宣伝部の何人かは左遷の憂き目にあったが、そのうちの一人で花の宣伝課から島根県松江営業所に飛ばされた筆者の同期の男によると、広告代理店も莫大な損失を被ったことにより営業担当とその上司、さらにその上司までどこか遠くへと島流しの憂き目にあったらしい。

素人の筆者にとって解せないのはなぜ契約段階でその男性ミュージシャンに麻薬検査を施すことという条件を付けなかったのだろう・・という事である。もちろんこんなの後出しジャンケンの話だし、生体検査しても出てこないスキャンダルなど別の致命的アクシデントもあるのだけれども出来るだけやれることはやるべきだ。

一人の人間の軽率な行動が善意ある経済活動に多大なダメージを与えるのだから、各企業やテレビ局、広告代理店は芸能人やタレントに対して陽性なら契約破棄、さらには追放と常に厳しい姿勢を示す必要があるだろう。大手プロダクションや侵攻している宗教団体に躊躇せずデュテルテを見習って強権を振るってもらいたい。






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ある階級へのレクイエム

永六輔が亡くなったというニュースを聞いた時に筆者は真っ先に亡父の事を思い出した。筆者の父親は永六輔よりも5歳ほど年上だが、なぜだか知らぬが永六輔と小沢昭一、そして野坂昭如の3人が好きで、テレビ番組などでこの三人が出てくると知るや愉快そうに見ていたのである。

筆者の父親はテレビよりも書籍という御仁で、観る番組も時代劇くらいだったからテレビ黎明期の放送作家たちにシンパシーらしきものを感じるのも変なのだが、ここ数年立て続けに無くなった小沢、野坂、永の追悼記事を読み返すうちに彼らと父親との間にある種の共通点が何となく見えてきたのである。

それは戦前の中産階級、左翼風の言い方をすればプチ・ブルジョアジー出身であるという事である。野坂昭如と聞くと筆者にはタキシードに下駄をはいた野蛮なオヤジと言うイメージが湧くが、経歴を見てみれば戦前の旧制新潟高校から早大仏文科に進んだようにどこぞの馬の骨では決してない。

戦前の旧制中学(5年制で現在の中学と高校に相当)の学費は当時の公務員の初任給40%に相当と大変高額なため小学校からの進学率は10%を切っており、池波正太郎や松本清張のように大変優秀な頭脳の持ち主でも当時の平均的な家庭の生まれであれば小学校からせいぜい高等小学校(2年制)に進むのが関の山であったそうである。





小沢昭一が旧制麻布中学、永六輔も旧制早稲田中学を経て早大仏文科に進んだように、筆者の父親も旧制府立中学から国学院の予科・本科に進んだ事から、彼らは全員貴族や財閥とは言わないが豊かな階層の坊ちゃんであり、日本全体を企業に例えれば高卒の工員だらけの中で一握りの大卒エンジニアのような存在であったようだ。

それで父親の趣味を振り返ってみたのだが、時代小説以外に好んで読んでいたのは遠藤周作と北杜夫というこれまたプチブルジョア階級の出身者であり、バラエティ番組の出演するタレントでもお上品なクレージー・キャッツが好みだったのだが、その反対に筆者が大好きだったザ・ドリフターズなどはとにかく毛嫌いしていたのである。

さらに大衆芸人や俳優・女優、テレビタレントから野球選手など父親が好きだった人間を思い出してみるとこれが見事にビンゴで、要するに父親は堅物であれ素行がダラシナイ人間であろうとも、ただただ自分と同じようなプチ・ブルジョアジー出身者だけを対象にしていたようだ。

家には住み込みの書生や女中が居て、週末は円タクに乗って三越まで買い物に行き、長じてはドイツ語を学んで蓄音機でクラシックを聴き、哲学を論じていずれは社会をけん引する幹部候補生の身でありながら、いざデビューする段になったら戦争で全てが消し飛んでしまったという皮肉な体験を持つ世代とでも言うべきだろうか。





敗戦によって徹底的な虚無感を受けたためか筆者の父親には権力と社会制度に対する強い反発心を持っていたのだが、その一方大衆的なものへの嫌悪感と言うか一種の侮蔑心持ち合わせるという矛盾した精神構造をしていたことが思い起こされた。

そう考えると、野坂昭如や永六輔は一体なぜ何でもかんでも怒っていたのか?というのが何となく判るような気がしてきたのだ。彼らは単に自分たちプチ・プル階級が戦後の平等化政策のなかで存在を失っていき、自分たちが心底バカにしていた下層階級が増えて行く事を本能的に嫌っていたのだろう。

なに事も冷笑的な人間観を持っていた父親にとって永ら三人は似たような環境に生まれ同じ価値観を持つ同志の様な存在だったのだろう。そう考えれば父親が彼ら三人の事をとても温かい目で見ていたことも肯ける。

しかし昭和40年代以降は一億総中流となり出自が卑しく人物も如何わしい人間が跋扈する時代。戦前のような本物の教育を受けた高潔な人士が社会を統率すべきだという理念は薄れていき、そして彼らの死と共に最早完全についえてしまったのだろうか・・。そう考えるとなんだか大切なモノを失った気がする。






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ドナルド・トランプ旋風の本質

先日動画サイトでニュース番組を見ていたところ、あるコメンテーターが「トランプを熱烈に支持する人たちにはプロレスファンが多い」と言うのを聞いて思わず吹き出してしまった。いやいやこれはまさに的を得た説明である。

フットボールにバスケットボール、野球にアイスホッケーなどアメリカ人が熱狂するスポーツは数多くあるが、プロレスというのはかなり特異で、同じ格闘技系でもボクシングに比べると数段下というか社会の最も下に位置するジャンルである。

ブレーンバスターやヘッドロックを見て本気で怒ってる労働者階級特有の顔つきをしたビール腹のオヤジと頭もアソコも緩そうなアーパーねーちゃん。これがアメリカのフロレスファンの代名詞だが、もう一つファンは純粋な白人比率が異常に高いという特徴がある。





「プエルトリカンのあそこは最高にジューシーだぜ!」などと知性も品も底の底に堕ちた会話を普段からしている割には週末には教会に通い、そして夜になるとWWEの放送を見てガッデムッ!とかディックヘッド!とか叫んでいる方々、これがプロレスファンであるだ。

そしてトランプの演説を思いおこしてみると、そう、試合の合間に選手たちがリングに上がって「オレがナンバーワンだ!」や「○○の野郎を血祭りにあげてやる!」のと同じだし、トランプの支持層もプロレスラーのヒール役に対して「ウー!」とか叫んでるのと大して変わらない。

そうか・・トランプの支持者は政策なんか何にも興味が無くて、テッド・クルーズやマルコ・ルビオ。そしてヒラリー・クリントンと場外乱闘を繰り広げているトランプを頼もしく思っているだけだったのだ・・と知ってすべてがスッキリした。さすが反知性主義大国・・。






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豚に真珠、猫に小判

女房の生まれ故郷であるリサール州のど田舎町で年に一度のフィエスタ(お祭り)が開かれるので遊びに来いよ!と誘われた。ふだんは何にもない田舎町もこの日は出店があふれるし、各家庭ではご馳走を用意して親戚たちをもてなす仕来りだからさあぁ!と言うのだ。

筆者もフィリピンに移住した最初の年は喜び勇んでフィエスタに参加したのだが、出店も30分ほど見ているうちにすっかり飽きてしまい、結局はただ単にメシ食って飲んでるだけの2日間は退屈で仕方が無いため過去2回のフィエスタは遠慮させていただいていたのだ。

ところがいつもは何事も遠慮がちな義弟がやけに熱心に誘ってくるので変だな・・と思っていたら、案の定「日本で買ってきたウィスキーを持ってきてくれよ」と言い出した。1か月前に帰国した際に筆者と義弟と従兄弟ラフィーで一本空けたバランタインの17年のことである。

ブレンドウィスキーの代表的な銘柄を欲しがるなんてフィリピン人にしてはなかなか舌が肥えてるじゃないか・・とお思いだろうが、本当のことを言うと義弟が最初の一杯を呑んだ時の感想は「ランバノグみたいな味がする」というモノだったのだ。

ランバノグとうのはヤシの実ジュースを蒸留させた酒で、甘ったるくてアルコール度は高いため最下層の人間しか飲まない粗悪な酒なのだ。当然のことながらそのランバノグとウィスキーの至宝を混同するとは、お前の舌はどうなってるんだ!と怒り心頭に達したことは言うまでもない。





筆者の反応にビックリした義弟は「これは良い酒なんだ」と思い込むことでその場をやりしのぎ、さらに筆者に「バランタインを呑ましてくれよ」という事で自分も味が判る人間なのだと思わせたいらしいのだが、問題はフィエスタの際に呑もう!という申し出だ。

前述の通りフィエスタではメシや酒をふるまうのが習わしだから、当然義弟の友人や隣人たちもバランタインを呑むことになるわけだけれども、彼らは義弟同様に安酒しか飲んでいから「こいつは新種のランバノグか?」みたいなアホなコメントを聞かされることになるのである。

いや酒の種類を待ち変えるだけならまだ良い方で、いきなりコーラやスプライトを注ぎ始める可能性だってあるのだ。筆者は中韓両国民以外には人種偏見を持たぬけれど、フィリピンの田舎のオッちゃんたちに高級なモノなどハナから判るわけが無いのである。

豚に真珠、猫の小判とはまさにこのことで、義弟の娘アビーがカマンベールチーズを食うや忽ちゲゲーッと吐き出したように、彼らに少々値の張るものを与える事は単に金をドブに捨てるのと同じことなのである。

さて週末のフィエスタだが田舎に行っても大して面白くないので正直気が重い・・。それとバランタイン17年も持っていくだけ無駄だから、今のうち筆者自身で一本空けて、中身をランバノグにすり替えておくか・・。それに粗悪なウィスキーでも混ぜておけばどうせわかりゃしないだろう。






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低次元ドキュメンタリー

一か月ほど前に滞在先の沖縄でBS深夜放送を見ていたらイスラム教徒に関する番組を放映していた。これはアメリカのテレビ局によって製作された長編ドキュメンタリーなのだが、筆者はこの番組を見ているうちに余りの内容の稚拙さに腹が立ってしまった。いや、これが本当に余りにも酷すぎるのだ。

番組はアメリカに移住したイスラム教徒の子女たちに自分たちの祖先の文化圏についてどう思うか?という質問や、イスラム教徒たちが過去行ってきたテロなどについて幅広く取材をしているのだが、大人数が登場するわりに意見のくみ上げが余りにも一方的なのである。

番組の主張は以下の3点だった。
① イスラム教は危険で排他的で異常な宗教である。
② アメリカは大変優れたシステムを持つ国家である。
③ しかし残念ながらアメリカ人はイスラム教徒という遺物に対する寛容さが不足している。

一旦は敵に対して徹底的に悪のレッテルを張るが、民間人に対しては手を差し伸べるべきである・という論法は沖縄戦やベトナム戦争で民間人を一旦は撃って後で治療することで自分たちの人道性をアピールしてきたアメリカ特有の姑息なやり方である。





まあアメリカは上の③があるだけ大英帝国よりもマトモな国なのだけれども、筆者がこの番組を見ていて呆れてしまった事の一つにイスラムゲリラたちが「イスラム原理主義万歳!無神論者万歳!」と叫んでるシーンを映し出したことなのである。

一応念のために説明するとこのフレーズは聖教新聞と赤旗を両方とっているのと同じ様な事なのである。それとユダヤ教にしろキリスト、イスラム教にしろ彼らが信じている神はあくまでも同一で、単に神の言葉を託された人間がモーゼなのかキリストなのか、はたまたムハンマドなのか?という違いがそれぞれの宗教になっているだけである。

そして原理主義というのはモーゼなりムハンマドなりのいう事を忠実に守りましょう!ということだから、原理主義者というのは神様絶対主義者と同意語である。その一方の無神論者とは神の存在を認めないという意味だからお互い180度反対の方向に居る訳で、そもそもこの2つを同時に叫ぶ人間など精神異常者を除けば地球上にはいないはずなのだ。

それからもう一つ呆れたのは1980年代のガダフィやアサド、フセインによる対米テロがイスラム原理主義の一環であるかのように描かれた事だ。筆者と同時代の方ならよくご存じの通り、彼らは独裁者ではあるが欧米の独占資本と戦う民族主義者なのであって、サダム・フセインが国内の宗教指導者を弾圧したようにイスラム原理主義者とは根本的に対立関係にあったのである。





国家主義(ナショナリズム)とは共産主義やアメリカ型資本主義、或いはイスラム原理主義のような国際主義(グローバリズム)とは対極にあるのだという基本的な構図を踏まえれば誰でも判る事なのに、残念ながらこの簡単な区分をわきまえない人間が多い事によってアメリカでは誤判断が起こっているのである。

その原因はアメリカの田舎のキリスト教徒たちの基本姿勢である反知性主義が大きく影響しているのだが、ちょっとこの事を書くとものすごく長くなるので今日の日記では割愛するけれども、筆者が怒ったのはこういう間違いだらけの番組をなんでNHKが放送しているのか?ということである。

いや、もしも番組の最後にコメンテーターが出てきて「こういう根本的な勘違いがまかり通るところにアメリカの病理がある」と解説するなら筆者も噛みついたりはしない。ところが最後の最後まで画面にはアメリカの番組が映し出されるだけで、ついに脚注でさえも間違いをただす様な事が無かったのだ。

筆者が学生の頃は日本の番組はこういう低次元の間違いは如何なるメディアであろうとも起きなかったのに一体どうなってしまったのだろう?。筆者は日本を離れて20年以上になるが、日本のメディアもアメリカの田舎の連中の様に反知性主義化してしまったのだろうか?。もしそうだとすれば大変由々しき事態である。






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トルコ軍の世俗主義を物語るエピソード

サラリーマン時代に筆者はイスタンブールに行く機会が数回あり、下町スルタン・マホメット地区の卸売街の商人相手にあの手この手で商品の売り込みを図って来たのだが、そこで出会った顧客の一人がムラット君である。

富裕な商人の子として生まれ、名門私立大学からロンドン・ビジネススクールに進んだ典型的なトルコ人エリートのムラット君は何故だか30歳を過ぎてイスラム原理主義に目覚めてしまい、頭の中見はISISと大して変わらない様になってしまったのだ。

しかしこのムラット君も20代の時はなかなかのプレイボーイで、カクテル片手にトルコ美女をはべらさせてはお持ち帰りをしていたと自慢していたのだが、このムラット君が大学を卒業して兵役についた直後の経験を今日の日記にしたい、

狭苦しい兵舎で寝ているとムラット君の部隊全員は先輩兵士に叩き起こされ「今から訓練を行う!」というので先輩兵士についていくとそこは上官の部屋で、机の上にウィスキーのボトルが数本並べられていたというのである。





この上官は全員を嘗め回すように見た後で「お前ら今からウィスキーを呑め!」と命じた。これが筆者なら大喜びで一杯戴くのだが生憎とここはトルコで、兵士たちは全員ともイスラム教徒である。ただしトルコはイスラム諸国の中では酒の戒律が大変緩く、イスタンブールのレストランじゃみな平気でビールを飲んでいるくらいだから、多くの兵士は別になんとも思わずにグラスを干した。

しかし「自分は酒が飲めない体質である」と言って拒絶した人間が数人いたというのである。彼らは同じトルコでも東部の出身らしくヨーロッパ人そのものの外観をしているムラット君とは明らかに別人種だというから「こいつらは敬遠なイスラム教徒だな」と誰もが判ったのだそうだ。

そうするとこの上官は「そうか」と言っただけで酒の無理強いはしなかったのだが、護衛の人間に「ドアを開けろ!」と命じると、なんとそこには3人の女、それも誰が見てもそれと判る服装をした女がドアの向こうに立っていて「お前らは今からこの女とやれ!」と命じたと言うのだ。

酒を拒否した兵士うちの何人かは上官の命令通りに女たちの腕をとったが2人だけは従わない兵士がいた。そしてその後この2人の兵士が皆の前で受けた虐待というのはそれは悲惨なものだったそうだが、この新兵イジメは当時トルコのどこの部隊でも平然と行われていたと言うのである。





トルコはイスラム教を国教としているが、決まった時間に礼拝する、ラマダン(断食)などいろんな制約のあるイスラム教というのは近代戦の当事者にとっては時代遅れの役立たずの宗教でしか無く、イスラム教を丸ごと真面目に信じている兵士は(西側の良心的兵役拒否を主張する理想主義的アオナリに対するように)一人残らず信仰をぶち壊せ!というスタンスらしい。

日本だと軍がある種の政治思想を持っていて国教をないがしろにするなどという発想は湧かないが、ケマル・アタチュルクによる近代革命以降に同国の安全を担ってきたという自負が強いトルコ軍は上から下まで例外なく世俗主義(=反イスラム原理主義)で纏まっているのだという。

さて昨日発生したトルコ軍の一部勢力によるクーデター事件は失敗したようであるが、欧米のメディアではこれは現在世界各地で発生しているイスラム原理主義による軍事行動の一部であり、さらにはトルコ軍自体がISIS予備軍であるかのような説明をしているのを見た筆者は呆れてしまった。

一部の軍人だけならともかく、中東有数の軍事大国でNATO軍の現代兵器で装備を固めたトルコ軍が旧態依然の思想に回帰しているなどバカも休み休みに言えである。さすがに日本のメディアはトルコ軍の本質を巧みにつかんでいたが、欧米、特にアメリカの中低所得者向けメディアの捏造はあまりにひどすぎる!とただいま筆者は憤慨している最中である。






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家のすぐ傍に死体が・・

今でテレビを見ていたら「麻薬がらみの殺人事件がまた発生!」というニュースが流れていた。デュテルテの大統領選挙勝利以降、フィリピンでは麻薬取り締まりの強化で麻薬密売人たちは深刻な状況に直面し、仲間割れや口封じのため毎日どこかで何人もの人間が殺されているのである。

しかしこの手のニュースに食傷気味になった筆者は「また殺人か・・」と適当に流していたのだが、アナウンサーが「パッシグ・・。○○○○○アヴェニュー・・」というのを聞いて「アレッ?ここらへんじゃないか?」と驚いてしまった。この○○○○という名称は筆者の住んでいる辺りを指すのである。

それでソファでゲームに興じていた女房にテレビを観るように言うと、画面を見た女房は「これってジェン(従兄弟)の家のすぐ近くじゃないの?」と言い出した。画面に映し出された死体遺棄現場現場のシーンに見覚えがあると言うのである。





まあ○○○○○アヴェニューって言っても長いから・・と筆者は思ったが、見ると女房は従兄弟に電話を掛けていて、しばらくすると指を丸めてビンゴ!の意思表示をした。そしてなんとケータイを筆者に渡すや「ジェンに直接話を聞いてみろ!」と言うのである。

こういう場合日本では「災難だったね」とか言うのだろうがフィリピンじゃこういう気づかいは無用なので好奇心むき出しにするに限る。それで死体は家の真ん前に捨てられていたのか?と聞いたら、ジェンは「残念ながら斜め前だよ」となんだか上機嫌に答える。

まあ前だろうが斜めだろうが家のすぐ傍に死体が捨てられるのは不気味な事に変わりはない。それで続く言葉が見つからずに黙っていると受話器の向こうから「ブラザー、女房のジュミと材料の仕込みをしなきゃならんから悪いけど後で話をしようぜ」と言い出したのだ。





仕込み・・?。そう、従兄弟ジェンは住居の1階で大衆食堂を経営していて、夕方からの営業に向けていつも昼間は仕込みに忙しいのだが、筆者が驚いたのは食堂のすぐ傍で死体が捨てられていたのに数時間後には店を開くという感覚である。

まあ筆者はずっとサラリーマンだったので自営業者とは感覚が違うのだろうが、警察の現場検証もあるのだし普通なら3日間とか短くても1日くらいは店を休むもののような気がするし、それに従兄弟ジェンの反応も何だか犬っころの死体でもあった位のさりげなさである。

世界には人間の生命が信じられないほど安い国があるというのは筆者も頭ではわかっているが、普段親しく付き合っている親戚の示した「何でも無い」という反応を見るにつけ改めてフィリピンという国の無常さを思い知らされてしまった。アーメン!






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これって結構あぶない病気なんじゃあ・・

我が家に遊びに来た21歳の姪イナが昼食の場で「ねえ、メトホルミンを1錠くれない?」と言い出した。メトホルミンン?お前なんでそんなクスリが必要なんだ?と聞いたところ、なんと医者からこのクスリを処方されていて毎日飲んでいると言うのである。

メトホルミンは昔からある糖尿病のクスリで、インシュリンの分泌を即すのではなく肝臓における糖新生を抑制させるタイプであり、特に筆者の様な糖尿病予備軍には効果的だと言われているので、2年前から筆者はこのクスリだけ服用しているのだ。

そのクスリを21歳のうら若き姪が処方されただと・・?。たしかにこの姪は3年前まではなかなかスタイルが良かったのだが、フィリピン女の宿命からかその後だんだんブヨヨ~ンと膨張し始め、今じゃガマガエルにような風体になってしまったのだ。

「お前・・その年で糖尿病か!」と文句を言う筆者。しかし沖縄そばにトッピングされた脂タップリの豚の角煮をかじりついた姪は「ちがうわよ!アタシはそんな深刻な病気じゃないの!勘違いしないでよ!」と反論する。





じゃあ一体何の病気なんだ?と聞くと、姪は「ピーコス」という女性特有の病だと言う。ピー・・?なんだそりゃ?と思ってケータイで「メトホルミン」「婦人科」「病気」をキーワードに検索したら多嚢胞性卵巣症候群(PCOS:polycystic ovarian syndrome)という病名が出てきた。

筆者は女性の病気には詳しくないのだが、どうも排卵機能がうまくいかない若い女性特有の病気らしい。症状としては「妊娠しにくい」「生理不順」の他に「毛深くなる」「にきび」「低音声」と「肥満」というのが出てきた。

「あたしが太り始めたのはピーコスが原因なのよ!」と言い張る姪。確かにコイツの顔をじっくり見ていると鼻の下がやけに濃くなった感じがするし、以前にも増して足の臭みが酷くなったのも脂質と男性ホルモンの増加によるものに違いない。

しかし・・。何個目かの女房手製のカスタードプリンを平らげながら姪は「大した事ないのよ」と言うけれど、21歳で未婚の娘が不妊症というのはかなり深刻な病気なんじゃないだろうか・・。おまえ医者が言った事ちゃんと理解してる?






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映画館のアイスモナカ

筆者は大学時代に映画サークルに所属していて、毎回ゴダールやフェリーニ、溝口健二などご高尚な映画好きな筆者は、ジョージ・ルーカスやスピルバーグみたいな低俗作品を熱く語る無教養なご同輩を徹底的にバカにすることで少しばかり優越感に浸っていたのだ。

ところがある時に映画とは全く関係ない「映画館にいる時にどんな事が好きだったのか?」という質問をされた際に、映画と映画の間におばちゃんが売りに来るアイスモナカを食べるのが好きだった!と言ったら、周りの人間から「は・・?」と言う表情をされたのである。

○○さん・・モナカなんて売って無かったよ!という1年下の後輩。そしてその場にいた十数人の人間も後輩に同意する。それで筆者は「それは富山や奈良に無かっただけだろ」と言ったのだが、同席していた東京出身の連中も「記憶のどこを辿っても映画館でアイスモナカなど売ってない」と言い張ったのだ。

そんな事は無い、後楽園球場のビール売りみたいに大ぶりなアイスボックスを首から下げたオバちゃんがアイスモナカを売りに来たんだ。あれはポッポコーンなんぞよりもよっぽど高価だけれども何故だか知らんがとっても美味かったんだよ!と言ったのだが、仲間たちは「そりゃ三鷹オスカーみたいな二番館三番館の話でしょ」と小馬鹿にしたような事を抜かす。





ふざけるな!オレは新宿プラザとミラノ座という日本最高峰の映画館に通ってた男だ!それをお前らみたいなド田舎の三流映画館通いに小馬鹿にされる覚えはないわ!と反撃したが、なんせ同じ純東京都民で銀座の東劇や渋谷東急に通っていたと言う同世代の人間たちがその場で「アイスモナカは売っていなかった」と証言しているのだから説得力が無い。

タワーリング・インフェルノ(ミラノ座、1975年公開)と未知との遭遇(新宿プラザ、1978年)を観た際にはアイスモナカを食べた覚えがあるのだが、エレファントマン(新宿プラザ1981年)の時にはその記憶が無いので、おそらく1979年かあたりに館内の物売りサービスは廃止されたように思える。

だから1960年代後半生まれの後輩たちが10歳くらいまで映画館に行ったことが無いのであればアイスモナカの記憶が無いのは理解できるし、それに当時の東京以外の映画館なんてモノ売りどころかエアコンやトイレが無くても不思議じゃないから地方出身の言う事なんてハナから相手にしてないのだが、気になるのは同じ東京都民の反論だ。

確かに子供のころ渋谷の映画館でアイスモナカを食べた記憶は無い・・。だからひょっとしてあのアイスモナカは新宿にある映画館だけのサービスだったのだろうか・・。なので皆さんに聞きたい。あなたの街の映画館でもアイスモナカを売ってたよねえ?






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ダバオ、ペナン、ハジャイ、那覇・・・

筆者の女房は性格的に温和で、生来あまり好き嫌いが激しい人間ではないのだが、不思議なことに時々「ここは絶対に嫌!」と言い出してしまう場所があるのだ。

最初はフィリピンのダバオである。筆者は余生はダバオで過ごすことを決めていて、会社を退職した後すぐに女房と一緒にダバオに向かったのだが、滞在数日にして「あたしダバオの住むのは絶対にヤダ!」と言い出してしまったのである。

その時はタガログ語が通じないとか思ったよりも田舎だった、やっぱりフィリピンに住むなら親戚に囲まれてないと!など一見それらしい理由を揚げるので筆者も渋々ダバオ在住は諦めたのだが、その1年後にマレーシアで同じような反応を示してしまったのだ。

最初に入ったクアラルンプールの原住民の体臭が臭すぎる!というのが事の始まりだったのだが、これがランカウィやペナンなど臭みの少ない地域に移動しても女房の不機嫌は変わらない。特にペナンなんて筆者にとっては大変魅力的な場所だったのにもかかわらず女房はことさらご不満だったのである。


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そしてなんか変だな・・と思ったのはタイのハジャイである。ここは南部タイの中心都市ながらも割合とノンビリした場所なのだが、バンコクやチェンマイでは活発だった女房はここで再び不機嫌になってしまい、一刻も早くこの街を出たい!と言い出したのだ。

ダバオにペナン、ハジャイ・・。この三都市はそれぞれの国の辺境にありながらも国境貿易で栄えた港湾都市で(正確に言うとハジャイに港は無い)、適度に都市でありながらも田舎ののどかさを残していることだ。そして我々日本人にとってはハワイやオーストラリアなんかと並ぶロングステイの名所であることだろう。

まさか女房はロングステイ系の場所が駄目ってことか?だけどだったらチェンマイで生き生きしてる訳はないよな・・と思っていたが、今回の日本旅行で筆者の疑問は全く当たっていた事に気が付いた。最期に訪れた沖縄が全く駄目だったのだ。

この沖縄での女房の不機嫌さについては1か月前の日記でさんざん書いたのでここでは触れないが、どうも女房は①人口数十万人、②国境貿易都市、③気候が温暖でのんびりしている、④リタイア先として有名、という条件が重なると脳内で拒絶反応を起こしてしまう性質らしい。





そして当然のことながら日本国内で都道府県で唯一この条件が当てはまる沖縄は笑っちゃうくらい女房には合わなかったのである。

ちなみに筆者はもはやロングステイモードに入っていて、こんなマニラの片隅なんかさっさと抜け出してダバオかセブにでも移住したいのだが、今回の沖縄のケースで筆者とは嗜好が根本的に違うことが判明してしまい非常に戸惑っているのである。

だったら女房が拒絶反応を起こさなかったチェンマイかバギオあたりに目的地を変えるか・・と現在思案中なのだが、むかつくのはテレビ番組でハワイやマイアミなんかの特集番組が映し出されると「あー!今度はこの街へ行きましょうよ!」とか抜かす事である。

あのなあ・・、お前が今行きたい!って言ったのはアメリカの爺さん婆さんが余生を送るので有名な場所でもあるの・・。どうせ行ったってお前は朝から晩まで不機嫌になっちまうんだから、そんなカネをどぶに捨てるようなバカな事するわけないだろうが・・。






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大昔のキャリアウーマンたち

エスター叔母の誕生会に参加するのは今回で三回目だが、毎回この会に顔を出すメンバーは筆者ら親戚グループとご近所さん、そしてエスター叔母の昔の同僚たちである。

今から50年前、エスター叔母はパンパンガ州サンタアナの学校を卒業した後に一人でマニラに出てきて、そこでアメリカ資本の菓子会社の女工として働き始めたのだが、なんとその時の同僚たちとの付き合いは今でもずっと続いているのである。

「あらっ!あんた段々とお母さんに似て来たわねえ!」と声をかけられる筆者の女房。実は亡くなった女房の母親は妹エスターの誘いで菓子工場の食堂で働くようになり、その昔はこの婆さんたちと一緒に映画やピクニックに出かけていたらしい。

「この日本人がシエナの旦那だよ」と筆者を紹介するエスター叔母。どうせ英語なんぞ判らんだろうと適当に愛想を振りまいていたら、なんとこの婆さんたちは予想外に英語が流暢で、フィリピンの気候とか食い物が合うか?なんてどうでもよいな質問でもなんだか随分と的を得た受け答えをするのだ。





この婆さんたち頭いいな・・。ボケ老人どころか今でも脳みそは相当闊達だぞ・・。そう思った筆者は一番多弁な婆さんに「皆さん学校では大変優秀だったんでしょうな」と聞いたところ、「当たり前でしょ。50年前にアメリカ系の企業に勤めるってことは大変名誉な事だったんだから」と鼻高々に返事をしてきやがった。

富裕な商人や政府高官の子供たちは別として、ごくごく普通の家庭に生まれたフィリピン人にとって例え女工といえども福利厚生がしっかりしている外資系企業に職を得ることは垂涎の的であり、当然ながら本来国立大学で試験管を振るくらいのアタマの持ち主がドシドシ入って来たと言うのだ。

同じ工場と言ってもフィリピン資本のちっこい工場とはわけが違うんだよ!。その工場で女工から主任と昇格し、最後にはオフィス勤めになるってことは並大抵の事じゃないの!と言って婆さんは力説するが、ここで筆者は致命的な失敗をしてしまったのだ。

オレも日本のメーカーに勤めてまして、それは○○○○って名前なんですけど、自分も学校を卒業して入社してからしばらくは工場実習という名目で生産現場にいたことがあるんですよ・・と言ってしまったのである。





突然トータルアウトプットとかMIL規格(アメリカ陸軍を源とする世界的な工業品質規格)なんて事を話始める続ける婆さんたち。それがまた微に入り細に入りな上に長いこと長いこと・・。その昔MOT(技術経営論)に洗脳された生産技術屋と過ごした不毛の3時間を思う起させるような状態になってしまったのだ。

後で聞いたがエスター叔母さんとこの同僚の婆さんたちは菓子工場の中でも抜群に優秀なために女工から生産管理や品質保証部門のスタッフに抜擢され、その後菓子工場を辞めた後もアメリカ系の電子電機企業なんかで働いた強者ばかりなのだそうだ。

○○○○という日本メーカーにいた技術者が目の前にいる・・。この人物と話が出来るのはアタシしかない・・。あるいは数十年ぶりに話が合う人間が現れた・・。おそらく婆さんたちの脳内では以上の様な面妖な化学反応を起こしたらしい。

粗悪なジンと大昔のキャリアウーマンと難しい話にすっかりゲンナリ氏は筆者は頃合いを見計らって誕生パーティーから抜け出す事にしたのだが、来年エスター叔母の誕生日にの際にはこの婆さんたちが確実に生きているだろうから、婆さんたちを喜ばすためには今までバカにしてたMOTでも再勉強しとくかな・・。






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飛んで飛んで飛んで・・

日曜日はエスター叔母の誕生日という事で親戚一同がかき集められたが、筆者は相変わらず咳が止まらずに悪寒がするなど体調が悪かった。

ゴホッゴホッ!と頻繁に咳をする筆者を見たダニー叔父(エスター叔母の夫)は「お前さんにピッタリの特効薬があるぞ!」と言ってキッチンの奥に消えた。

5分後、ソファに横たわる筆者の下に現れたダニー叔父。その手には切り目の入ったカラマンシー4個とヘネブラというフィリピン産人のボトルが握られていた。

こいつを呑めば一気に直るぞ!と言ってタンブラーにカラマンシーのしぼり汁とボトル半分のジンを注ぎ込むダニー叔父。なんでもこいつを一気に飲み干せば咳など一気に無くなると言うのである。

そいつは止めた方が・・と心配顔で止めに入る従姉妹ミレットとラフィー。しかし筆者はここ数日咳が酷くて睡眠さえもロクにとれない状態が続いていたのだ。ダニー叔父が愛飲しているジンなんてマトモな酒ではないに違いないが背に腹は代えられない。

大学生時代の様にグラスを口につけて一気に飲み干す筆者。その瞬間強烈な灯油の臭いが鼻腔に溢れだしたが、余りにもそいつが強力すぎるためか数秒後には味覚と嗅覚が麻痺状態に・・。

たしかに咳は一発で止まったが意識の方もはるか遠くにスーッと書き消えていき・・。その後人生の中でも最もひどい酔いのため丸一日を失ってしまった・・。






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豊かな国貧しい国

今から4年前にシンガポール人の友人から彼の娘が高校卒業の記念に香港に行くから食事に連れて行ってくれないか?と頼まれたことがある。なんでも日本料理が大好物なのでアンタの行きつけの店で寿司を奢ってくれないかね?というのだ。彼は親しい友人だったし、なにより18歳の娘さんとの食事だから楽しいに決まっている。それで早速筆者が一番美味いと思うワンチャイの寿司屋を予約した。

現れたのは名門シンガポール大学に進学が決定している友人の娘と、もう一人これまたシンガポールの名門理工大学に合格した才媛である。専攻科目を聞くと両者とも二人ともアカデミズム系よりもより実践的なコースなので将来のビジネス・エグゼクティブの卵ととうことだが、不思議なのは多弁な知人の娘が自分の将来の話になると急に黙りがちになる事であった。

それで授業には全く出ずに映画と海外放浪に費やした筆者の大学時代の話をしていたのだが、相手は「そんなに遊べて羨ましいですね」とか言うばかりで大学の話はやはり話が続かない・・。それで筆者は「あなたは海外の大学に行きたかったのか?」と聞いたところ、この瞬間に知人の娘は顔を上げて「私は絵をやりたかったのだ」という話を始めた。

なんでも彼女は子供の頃から絵を描くのが大好きで、ヒマを見つけては紙に何かを書きなぐり、長じては油絵セットを買って貰いカンバスに自分のイメージしたことを描いてきたのだと言った。へえ・・それは素晴らしい趣味だね?とお世辞を言った筆者に、この小娘は「これが私の絵です」と言って携帯電話の液晶パネルを筆者に見せたのだ。





その絵を見た瞬間に頭の中に鐘の音が鳴り響いた。いや冗談ではなくそれはアマチュア画家の域をはるかに超えた作品で、それでちょっと失礼!と言って女房に見せると女房もアッ!と目を剥いてしまい、ついでに挨拶に来た寿司屋の大将に「これ見てよ!」とケータイを渡したら彼もすぐに固まってしまったのだ。

「あんた!絶対に絵の世界に進んだ方がいいぞ!」。あんまり美的感覚が優れている様には見えない大将でさえもそう叫んでしまったのだ。いや本当に大げさでなくこの絵がサザビーズとかクリスティーズのオークションにかけられましたとか、パリのポンビドーセンターに飾られても、おそらく誰も違和感を持たないほどの素晴らしい絵なのである。

「この絵はシンガポールの学生絵画展で賞を貰った作品なの」と恥ずかしそうな顔で呟いた後、実は絵画展の評議員たちもアートスクールに進むことを強烈に押したけれども私は諦めたのだ・・と悲しそうな顔をする。だったら今からシンガポール大学なんか行くのを辞めればいいじゃないか!と思ったが、ここにはシンガポール特有の事情があったのである。

国立シンガポール大学はイギリスのオックスフォードやケンブリッジ大学に追いつきかねないほどの勢いがあるが、その一方でシンガポールの芸術系大学はお寒い限りだと言うのである。何事もビジネス優先のシンガポールでは会計学や経営学、工学や理学にウェイトが傾きすぎていて、美術や音楽、それと文学なんかは軽視される風潮がいまだに根強いらしい。





そして知人の娘が不幸だったのは英語や数学など一般教科もなかなか優秀な成績を収めていたことで、将来は弁護士や公認会計士、あるいは経営コンサルタントになるべきだ!と周りが勝手に方向を決めてしまい、本当はアートスクールでデザインの勉強をしたいのだと何度言っても両親や叔父叔母など親戚たちから猛反対されたと言うのだ。

ちなみにこれが筆者なら「じゃあアンタ達とは縁切りします」と言って家を飛び出てしまうが、知人の娘は自分の将来に関する意思と押しの方は弱いところがあるらしく、それに「アートやデザインでは将来食べていけませんから」という親から聞いた決め台詞をそのまま受け入れてしまったのだった。

しかし齢50を超える日本人のオヤジたちなら、苦労して東工大や一橋に入っても案外とせせこましくて窮屈な人生を歩み、一方東京芸大とまでは言わなくとも日芸や多摩美、京都と金沢の工芸美大、それと千葉大の工業デザインを出た人間の方が手に職があるだけ選択肢の広い人生を歩んでいることはよくご存じのはずだ。

それに経済の成長と文化的な余裕というのはある一定のタイムラグがあるものの必ず相関関係があるもので、現在はビジネス一本やりのシンガポールでも20年も経てば文化的な土壌が花開くようになるわけだから、周りと違うことを今のうちやっていく方が得策でもある。





しかし流石にすべてを諦めて望まない学部に行く事を決めた彼女にそれを言うのは酷だから、その場では趣味として絵は続けるべきだ!とだけアドバイスしたのだが、その翌日彼女の父親、つまりシンガポール人の友人に「彼女は美術の世界に進ませるべきではないか?」と電話を掛けたところ、これが全く聞く耳を持たないのだ。

彼の場合はシンガポールがまだ貧しい時代に育ったことと、自分で働かなければ学業が終了できないほど貧乏な家に育ったことから、とにかく娘はホワイトカラーにするのだ!と言う思いで凝り固まっていて、子供も居ないお前が何を余計な口出しをしやがって!と物凄い剣幕で筆者に怒鳴りつけるので筆者も激高し、ついに彼とは半分喧嘩別れしてしまったのである。

シンガポールはもはや豊かになったのだ!というのが友人の口癖であったが、アカデミズムとビジネス工学のみが異常に発展しているかたわらで、美術や文学、音楽、芝居などの分野が遅れている国が豊かになったと言えるのだろうか?。今から30年前に日本人はエコノミック・アニマルと揶揄されたが、現在の香港やシンガポール人は正にこれに当たるだろう。

さて筆者が何でこんな日記を書いているのかと言うと、実は昨日この友人が娘の卒業式の写真をフェイスブックにアップしたからである。もとより他人の娘だから筆者が何をどうこう言うべきではないのだろうが、ニカッと笑う友人とその妻とは対照的に娘さんの表情の中には喜びよりもあの日本料理屋で見せた一点の戸惑いの表情を見つけたからだ。望んでないんだろ・・その道。だったらまだ間に合うぞ。






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キューピーマヨネーズ

今回の日本の旅では女房が工場見学に行きたいというのでトヨタ自動車から始まりサントリーや明治製菓、そして京菓子のおたべ本舗まで色んな工場を訪れたが、女房が最も感心したのはマヨネーズでお馴染みのキューピー伊丹工場である。

この工場はJR猪名寺駅駅というすごく辺鄙な駅から10分ほど歩いていかねばならず、それに外部見学者向けの特別な建物があるわけでも無いのだが、その何とも素朴さ風情と如何にも大阪の会社らしい人の良さに好感を持ったのだ。

初めにビデオを見てもらいます!という段で筆者の女房が外国人である事を発見した中年のオバちゃん社員が「英語のビデオも確かどっかにありますので・・」と言うなり別室を用意してくれたのだ。

しかしこれがとっさの事だったためかDVDを探しに行ったオバちゃんが中々帰って来ない、またプロジェクターが何の手違いかちっとも動かないという微笑ましくも意外な展開になったりしたものの、彼らの暖かい心遣いがよく伝わるのである。





また工場見学の後はキッチンに案内してくれてマヨネーズを使った料理方を披露してくれたり、マヨネーズでも色んなタイプを試食させてくれるなどウチの商品を買うてえな!という不器用だけど情のある大阪商人らしさに好感を持った。

トヨタやサントリーの工場はキューピーよりも遥かに立派な見学施設を設けているが、こういった大企業の工場見学は我が社は凄いだろう!と言う上から目線とその背後の傲岸不遜さが鼻についてしまい、彼らの商品を積極的に買いたいと思うような親密感はついぞ湧いて来なかった。

ちっとも洗練されてないけれども、消費者に対して同じ目線で接しようとするキューピーの姿勢にすっかりキューピーファンになった女房はサラドレでもスパゲティソースでも必ずキューピー製品を買うようになったのだ。

欧米の食品メーカーに比べるとまだ知名度は低いが、こういう古き良き体質を残した日本企業は是非とも海外でも頑張ってもらいたいものである。海外でも頑張れ!キューピーマヨネーズ。






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ディナーと豚の餌

女房のクラスメイトのアイリンが10歳の娘エイミーを連れて我が家に遊びに来た。あまりの暑さに娘が泳ぎに行く事を所望したので、タダのスイミングプールがある筆者の女房の家で一泊過ごす決断をしたらしい。

アイリンは今から10年前に短期間ながら香港に出稼ぎに来ていたことがあって筆者とも顔なじみなので遊びに来るのは大歓迎である。それで折角だから日本から買ってきた一番の土産物をアイリン親子に食わせてやるか・・と思いついた。

それは筆者ら夫妻が那覇の肉屋で買い込んだ数キロのステーキ用冷凍牛肉である。ロイスのチョコレートや桃屋の食べるラー油は従兄妹たちには幾らでも恵んでやったが、この肉だけは筆者ら夫婦だけが食うために今まで誰にも見せていなかったのだ。

脂の乗ったアンガスビーフを上質なバターで炒めると室内にとんでもなく香ばしい香りが漂いはじめ、食い意地の張ったアイリンは「まあなんて良い香りでしょう」とたちまちキッチンの女房の下に駆け寄る。世界中のどこでも見られる美味い肉を焼いた時に訪れる幸福な瞬間である。

そして大皿に載ったステーキにナイフを入れ、(肉をロクに食ったことが無いエイミーのため)ウエルダンな一切れをエイミーの皿にのせてやると、おっかなびっくりしながらもエイミーは一切れ丸ごと口に含むや目を剥いて「マサラップ(美味い)!」と叫んだ。





よしよし・・お前は母親からちゃんとした料理を食べさせてもらっている証拠だ・・とエイミーの頭をなでる筆者。同じリサール州のど田舎に住んでいながらも、まったく女房の姪っ子達とは大違いである。

女房の義弟の娘アビーはこのエイミーと同じ年なのだが、バンコクの有名肉屋で買ってきたアンガス種ステーキはマズくて食えない!と言い出したり、カマンベールチーズを食ったら気持ち悪い・・と言って皿に吐き出したりと異常な反応を示したのである。

最初は食物アレルギーの一種かと思ったが、女房が作った純ど田舎風の料理はガツガツ食っているので病気ではない・・。それで女房に聞いたところアビーの兄のAJも同じで、これは全て母親の料理能力の低さと材料の幅の狭さから特定の料理しか脳が美味いと認識できないのだ・・という話だった。





そんなアホなことがあるのか・・と思う人もいるだろうが、今じゃ南欧料理が好き!とか抜かしている従姉妹ミレットも20年近く前に香港に来た時は広東料理が不味くて食えなかったりと美味を知覚できない劣った舌を持っているフィリピン人は案外と多いのだ。

子供にちゃんとした味蕾を持たせられるかどうかというのはまさに母親次第であり、エイミーがステーキやアラビアータパスタを美味いと認識できたのは、母親アイリンが作る料理がバリエーションに富んでいて子供ながらも多面的に判断できる味蕾が育ったからに違いない。

いやー全くこの娘は立派だよ!と上機嫌になった筆者は次に100グラム1500円の石垣牛のステーキを自ら焼いてエイミーに食わせたところ、これが腹を減らした犬が餌にがっつくようにペロッと平らげるのを見てますます気を良くしてしまった。こういう子供は実に奢り甲斐がある。

味覚がしっかりしていて大食いなエイミーを気に入った筆者はご褒美にロイスチョコレート1箱与をえる事にした。よしよし・・お前はこれから毎月一回は俺んちに遊びに来い・・。ああ、それとアビーはもう来なくていいぞ。あいつに何を食わせても豚の餌と同じで無駄だからな。






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おバカな危機管理

バングラデッシュで邦人7人が殺害される事件が起こったことで、現地に駐在員を送り出している企業は安全対策のために妻子は日本に強制帰国、自宅からオフィスへの送迎サービスの徹底、さらに外食を避けるため料理人を雇う等々の抜本的な見直しを強いられそうである。

生命の価値は平等とは言え、駐在員に万が一の事があれば金銭だけでなく社会的な責任を問われて莫大な損失を被ってしまうから企業も必死である。それに会社が従業員を見殺しにしたなんて事になれば今後海外に出ようなんて人は誰も居無くなってしまうので、とにかく一刻も早く有効的な手段に出なければならない。

しかし会社勤めされた方ならよくご存じの通り、こういった安全対策を立案し命令する立場にあるのは海外に出るどころか顧客や調達先と会食さえもしたことが無い日本本社の総務というお役所連中であるため、一見ご立派に見えるが中身の方は全くトンチンカンな指示を出してしまう事も多々あるのだ。

例えば香港・華南エリアで反日デモが荒れ狂っていた時期に筆者が勤めていた会社が出した第一報である。これは「社外ではいっさい日本語を話さないように・・」というアンタ人を馬鹿にしてんのか?と思いたくなる低レベルな指示とともに、日本の総務部から安全確認の電話を各駐在員に定期的に入れるというものだったのだが、この2番目の指示が笑えないほど馬鹿げたものだったのだ。

深センの満員の地下鉄の中で筆者の同僚のH氏は電話を受けたのだが、受話器の向こうからは「Hさーん!こちらは総務部の引田順子です!Hさーん!聞こえますかぁ!」と日本語の声が聞こえる。このバカ女・・、こんな反日で殺気立った時期の満員電車に日本語で電話を掛けて来るとは・・と呆れたH氏は広東語で「今忙しいから後でかけ直す」と言うや携帯の電源ごとを切ってしまった。

ところが知恵の足らぬ引田順子女史のおかげで「H氏は今現在大変な事態に巻き込まれている・・」と日本の本社は思い込んでしまい、香港にいた筆者のところに本社総務課長から「H氏の安全を確保するために上司のオマエが今すぐ領事館に連絡しろー!」と異常にテンパった電話が掛かって来たのである。

外国に電話するときは現地の言葉を使うとかSNSで代用すれば良いのに、さすが外部とは全然接することが無くて世情に疎い総務部だけあって緊急連絡網の時代から発想から出れなかった様である。このバカげた指示はその後も2週間ほど続いたが、筆者ら駐在員はことごとく着信を無視し続けたことは言うまでもない。





もう一つは同じく香港・華南地区がSARSパニックになっていた時の事である。当時この地域には約100人の駐在員とその家族、さらに200人の中長期出張者がいたのだが、社員に死なれることを恐れた会社は「女子供と健康に問題を抱えている人間は如何なる理由も認めずに強制帰国させる!」というお達しが早々に出たのである。

筆者は会社の決断の速さに感心したのだが、しかしこの指示に付随する但し書きをよく見てみると健康に問題・・という判断基準として社内の健康診断の判定結果を目安とする・・と書かれているのを見て首をかしげてしまった。これってあの異常なしと要経過観察、要治療の3段階の評価の事か・・?

実は筆者はその時は日本に帰国中の身で、総務・人事と同じくくりになる経営管理部という職場にいたので人事関連のファイルを覗き見することが出来たのだが、強制帰国対象者リストにいる駐在員・出張者の健康データを見たところ、彼らの9割は脂肪肝や高尿酸値、あるいはメタボ判定された人たちだったのだ。

これって肺感染症と全然関係ないじゃないか・・。いやむしろ抵抗力があって良いんじゃないの?と思ったが、驚くべきことに総務部と産業医は何度も教義を重ねた結果、糖尿病や腎臓の病気を抱えているごくごく少数の人たちと一緒に彼ら栄養たっぷりのメタボなオッさんアンちゃん達は本当に日本に戻ってきてしまったのだ。

困ったのは現地に残された日本人駐在員たちで、朝から晩まで激務にさらされ続けたために鬱病になってしまう人間は出て来るし、しかも運悪くこの時期は深セン工場で新製品の立ち上げが幾つもあったのだがマンパワー不足のためにこれがことごとく延期、そのため筆者の会社の主力製品は競合他社との販売競争に敗れる事態が相次いだのである。

あれからもう十数年の時期が流れたが、世界各地で邦人の安全が脅かされるような事件が起こるたびに、筆者はこの時の何ともバカバカしい対応と、結局営業不振の責任を取らされたのは現場の人間で、張本人の総務部の連中は全員何のお咎めも無かったことを思い出して(大変不謹慎ながら)笑ってしまうのだ。

マスコミや株主はこういう時は本社に対しで「どうするのか?」と迫る場面があるが、正直言って日本の本社の机に居座ってペーパーワークだけをし続けた連中に良いアイデアなどあるわけないし、彼らの様な現実から遠く離れたところにいる頭でっかちに任せるとかえってろくな事態にならないという一例でした。






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またイチからやりなおし・・

先日の日記で2か月半ぶりにフィリピンに戻ったら顔なじみの猫たちがことごとく消えていた・・という日記を書いたが、実は消えていたのは猫だけでは無く、筆者の行きつけのマッサージ屋のネーちゃん達も同じなのだ。

帰国の数日後に女房がクラスメイトと買い物に行くという千載一遇のチャンスを利用して筆者は自宅から歩いて5分の距離にあるマッサージ屋に出向いたのだが、これがカンバンに書かれた店の名前が変わっていることに気が付いた。

アレッ?と思ってドアを開けたところ、何だか店の内装も変わっている様である。それで受付のネーちゃんに筆者の馴染みのうちでも一番サービスの良かったダニカ嬢は見せにいるか?と聞いたら相手は「ハア?」という反応をする・・。

「そういう人はうちの店にはいません!」というので、じゃあA嬢はどうだ?B嬢は?と聞いたが、これがことごとく首を振るのみ・・。これは駄目だな・・と諦めた筆者はそこから100メートル先の距離にある別のマッサージ屋に出向いたのだが、ここは店ごとヘアサロンに商売替えしていやがった。

マッサージなんて誰でもいいだろうが・・と思うだろうが、筆者は馴染みの女たちには余分にチップを与えて色んなエッチなサービスを享受してきたのである。ところが日本に行っているうちにそのマッサージ嬢が全員いなくなってしまったのだからこれは大ごとだ。

それで一番最初の店に戻ってマッサージを頼んだのだが、この店は元々真面目な店だけあってマッサージ嬢の指の動きは一線を越えることはまずない・・。それで何となしにそれらしい事を言ってみたのだが、相手は冬のバイカル湖の様に冷たい反応をするだけである。

香港なら1年でも2年でも彼女たちは同じ店にいるのに、フィリピンでは2か月以上も離れていればみんないなくなってしまうなんて一体なんと厳しい環境なのであろう。また一からやり直しか・・。






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イケないトムボーイ

香港にいる女房の遠縁かつ幼馴染のカルメンが胃ガンかもしれないとの連絡が入った。現在病院で検査結果を待っているとのことだが塩梅は大変よろしくないらしい。カルメンは香港に20年以上も住んでいる出稼ぎ家政婦で、筆者ともそれなりに親しい関係にあったので正直ショックを受けている。

さてカルメンが女房に贈ったメッセージには数年前からガンの温床となる糖尿病を発病していたのではないかと思わせる記述が数多く書かれてあった。カルメンは体形的にもかなり太り気味だし、多くのフィリピン人がそうであるようにソフトドリンク類を朝から晩まで飲んでいるので糖尿病による免疫機能低下が原因になったように思える。

それで女房に「お前の親戚たちも甘いもの好きが多いから注意しないとな・・」と言ったら、いやいや、カルメンがこうなってしまったのはトムボーイ(同性愛の男役、いわゆるタチ)とずっと付き合ってきたからで、セックスでイケないからこうなってしまったのだ!と意味不明な事を言い始めたのだ。

フィリピン居住者の大半が女性の出稼ぎ家政婦で占める香港では性的にノーマルな人間でもレズビアンにのめり込んでしまうケースが大変多く、現に香港の我が家に遊びに来ていた女房の知人たちの3割くらいはそういう手合いではあったが、ここまで思い出してから女房の言っていることに大きな穴が幾つも空いていることに気が付いた。

まずレズビアンの男役(タチ)の方がイケないのならともかくカルメンは女役(いわゆるネコ)なのである。それと筆者の記憶では知り合いのレズビアンが病気になったのは3例ほどあるが。彼女たちは全員とも婦人科系の病気に掛かっているのであって、目下カルメンの罹患が疑われる胃ガンとは全く関係が無い。





それと最も疑問なのはカルメンがイケているかどうかという事だ。筆者はレズの経験は無いので確実な事は言えないけれども、エッチなビデオを見る限り舌や指、それに面妖な道具を使ってお互いイキまくっているように思えるが、フィリピン人の場合は山登りでは山頂を目指さないような性質を持っているというのも変な話である。

しかし女房はやけに自信ありげだし、現にカルメンの妹ティタ(こいつもトムボーイである)のパートナーであるレイヤが最近子宮筋腫を発症したと言う新たな情報を聞いて、少なくとも「フィリピン人レズ→イケない→あそこの奥にストレスたまる→婦人科系の病気になる」という因果関係は少しくらいあるのかも・・と思い始めてきた。

しかしアソコにストレスがたまる事と胃ガンの発症には直接の因果関係は無いように思えるのだが、まあ女性の脳内は全く科学に向いてない様に設計されているし、この事を説明する事自体が無駄だから黙って女房の話を聞いていたのだが、筆者の興味をそそったのは言うまでも無く「フィリピンのレズビアンはイクまではやらない」という新事実だ。

カトリック特有の保守性から異性でないと心理的にイケないのか、もしくはアソコが臭すぎて例え長年のパートナーと言えども舐める気にならないとか、あるいはピンクローターやバイブを買う金が無いだけなのか?。それとも(これは絶対に無さそうだけども)回数は多いけど案外とあっちの方は淡白なのか?。

実は筆者の親戚にも一人トムボーイがいるのだが、コイツは外見的にかなり見劣りするため「おまえも彼女も毎回ちゃんとイッてるのか?」など気持ち悪くて聞く気にならないのである。なのでどなたか筆者の代わりにこの疑問を身近なトムボーイに尋ねていただければ幸いである。






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ネコもたじろぐフィリピンの猛暑

筆者の住んでいるアパートには十数匹の野良猫が住み着いていて、生来猫好きな筆者は毎日猫に残飯を与えるのを日課としていた。中でもお気に入りなのは黒猫の親子と、隣のブロックに住むジジイ猫で、コイツらは筆者の気配を感じると遥か向こうから跳んでくるのである。

それで日本から帰って来た筆者は猫たちにもお土産をやろうとイカの燻製など持って階下へと降りて行ったのだが、黒猫親子やジジイ猫に限らず顔なじみのネコが全く出てこない。見かけるのは生後数週間くらいの赤ちゃん猫が十数匹だけなのである。

それで筆者ら夫妻が不在中にアパートに度々来ていた義妹と姪イナに聞いてみたところ、筆者同様に猫にエサを与えているオバさんから「ほとんどの猫はストローク(熱中症)で死んでしまった」と聞いたというのだ。

十数匹の猫が一斉に熱中症で死ぬと言うのは異常事態である。だいいちジジイ猫はどう見ても8歳くらいにはなっていたから、フィリピンの猛暑を過去数回ほど生き延びてきたはずだし、黒猫の方は随分体力もありそうな感じだった。

しかし筆者の疑いの言葉を聞いていた女房は「それは自然の摂理だ」と言い出した。つまり猛暑期の前には十数匹の猫たちがいたが、今は十数匹の赤ちゃん猫がいるということはちゃんと帳尻が合っていると言うのである。

エアコンが無い4~5月はまさに灼熱地獄で人間だってまともに生きられる環境じゃない。現に祖母もボーイ叔父もこの時期に死んでいるのだから、野良猫みたいな可哀そうな存在は何をかいわんじゃないか!と分かったようで分からない事を滔々と述べる女房。

まあ確かに筆者も2年前には耳がおかしくなり、昨年は肺の容積が半分になってしまったかと思うほどの呼吸困難になったし、そして今年は原因不明の体調不良に悩まされているのも事実。たしかに4~6月のフィリピンは何かがあるぞ・・。このままじゃオレも猫同様にあっちへ運ばれてしまうかも・・。






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寝こんでます・・・

フィリピンに帰国してから約2週間が経過したがずっと体調不良に悩まされている。

微熱が続き、咳が止まらず、なんだか肺の容積が1/3くらい減ってしまったのでは?と思うくらい息苦しい。

昨年も5月ごろに同じ症状に悩まされ「このまま自分は窒息死するのではないか?」と焦ったが、日本に行って温泉に入ったらたちまち体調が良くなってしまった。

そして今年も4月から2か月半ほど日本にいてピンピンしていたのに、マニラに戻ってきたらこのザマである。

いったいこの時期のフィリピンの空気には肺に付着して機能低下を起こすウィルスでも大量に含まれているのか、それともこの時期の温度と湿気は筆者の体質とは決定的に合わないのか・・。

また飛行機に乗って今度は山陰地方でもゆっくり回るかな? あそこは空気も海もキレイだもんな。






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だらしない女マカオへ行く

女房の従姉妹ボーヤがマカオのホテルで正規採用されたという連絡が入った。この女は昨年までドバイのホテルで働いていたのだが現地で誰が父親だか分からない子供を孕んでしまい、堕胎するために仕事を辞めてフィリピンに戻ってきたのである。

ボーヤの下半身がだらしないのは生まれつきの事で、高校生の時にクラスメートの子供を孕んで出産したのを皮切りに、旅行会社のOL時代に妻子持ちの同僚の子を産む、そして前回のアフリカ人だかアフガン人の子供を孕む・・と筆者が知っているだけで3回問題を起こしているのである。

ボーヤの二人の子供は実妹フィリンが育てているのでボーヤは金を送れば良いだけなのだが、今まで妊娠するたびに仕事を変えていたために安定した職には付けず、特にドバイから帰国後は自分の子供同様に実妹フィリンに面倒を見てもらうような恥ずかしい境遇であり、さらに父親の葬儀代も筆者の女房に立て替えてもらったまま頬かむりしているような女なのだ。

そんなボーヤもやっと落ち着いたか・・と筆者は少しばかり安堵したのだが、ボーヤがフェースブックにアップしたマカオの写真を見ているうちにアレッ?と思った。どうやらマカオのアパートでワインを飲みながらくつろいでいる写真なのだが、そばに男がいるのである。

それで我が家に遊びに来た従姉妹フィリンに「この男は従兄弟かなんかかい?」と聞いたところ、突然フィリンの顔が強張ったのだ。いや、筆者は従兄弟ジェンからマカオのヴェネチアン・ホテルに働いている遠縁の人間がいると昔聞いたことがあるので尋ねただけなのだが、どうも筆者は嫌なところを突いてしまったらしい。

いつもは多弁なのにこの男については何も語ろうとしないフィリン・・。その只ならぬ反応からすべてを察した筆者と女房、そして必ずこういう局面では居合わせる義妹の三人はじっとフィリンを見つめるや「新しい男だね・・」とゆっくり呟いた。

なんとボーヤはマカオ到着3日目にして出稼ぎのフィリピン中年男と恋仲になり、その男のアパートに転がり込んでしまったのだと言う。それを聞いた筆者ら3人は「またかよ・・」と呆れるとともに、おそらく半年もたたないうちに妊娠騒動を起こしてフィリピンに帰って来るだろうな・・と確信した。






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