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バカバカしい女性陣とのバカバカしいひと時

風邪をひいて寝込んでいた筆者は突然女房の姪っ子に叩き起こされた。日本語の翻訳が必要だと言うのである。

居間に行ってみると義妹、従姉妹ジュミ、従姉妹フィリン、そして女房と姪っ子の5人が日本から買ってきた美容用品を熱心に眺めていたのだ。

またかよ・・。そう、以前の日記で書いた通り日本の美容用品の説明と言うのはあまり論理的でなく、さらに○○○酸とか塩化△△ナーゼなんて理系の筆者でも聞いたことが無い物質名が出て来るので、それを翻訳するのが億劫なのだ。

まあそれでも一応親戚だから「この商品には○○○菌が1粒で10億個入っている」なんて説明するのだが、案の定この女たちは○○○菌の効能ではなく「まあ!10億個も!」と数字の方に驚いてしまう。

まったくコイツらの脳内はどういう設計構造になっているんだろう・・と筆者はあきれ果てていたが、その時この阿呆どもにとって正に格好の商品が現れた。それが下の写真である。





すっぽんとフカヒレ、ツバメの巣の成分をマリアージュしたコラーゲンサプリ「うるうる美ツブ30日分・・・・・。

シャークスフィンとかスワローズ・ネストという単語が出てきた途端に女たちの表情が今までとは打って変わって輝きを増してきた。そりゃこの連中でも中華料理の食材は知ってるからやっと自分にも理解できるだけなんだろうけど・・。

ところがソフト・シェル・タートルというのが良くイメージ出来ないようなので、親切な筆者はYOUTUBEでスッポン鍋の動画を見せたところ一番食い意地の張ったジュミが「美味しそうだわ・・」と呟く。

つまりね!このクスリはアジア三大スープのエキスを抽出しただけでなくコラーゲンがお肌をしっとりと・・と説明する間もなく、いきなりパッケージを開けて中の錠剤の匂いを嗅ぎ始める女性陣・・。

美容に関する女性の知識なんて所詮はこんなものなのである。だったら医薬品メーカーも小難しい化学用語を駆使するのではなく、キャビアとトリュフとフォアグラを配合したスキンクリームなんて開発したら如何だろうか?






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冷たい冷たい目線

日本で買ってきたステーキ肉があるから我が家に食いに来い!と従姉妹フィリンを呼んだところ、これがどういう手筈なのか他の従兄妹たちも押し掛けてきてしまった。一人を誘うと別の人間を誘い、そいつがまた別の人間を誘うというフィリピン式連鎖である。

その中に従兄弟ジェンと嫁のジュミ、そして今年7歳の娘オレンジもいたのだが、このオレンジは我が家に入るなりジーッとあたりを見回しはじめ、やがてベッドルームに入るやベッドの上に座り込んでぞのままずっと黙り込んでしまったのである。

そうか、オレンジは1年前までこの家に住んでいたんだからな・・。そう、この家は当時破産寸前に追い込まれていた従兄弟ジェンから居ぬきで買ったのである。家具や電気製品の大部分はジェンが使っていたモノがそのまま残っているから、壁の色以外はオレンジが住んでいた頃とほぼ同じだ。

筆者は生まれてから成人するまでずっと同じ家に住んでいたので、家への懐かしさという感覚はあんまり無いのだけれど、オレンジにとって生まれ育った家には何がしかの思いがあるに違いない。それでみんなステーキ肉にがっついているというのにオレンジだけはベッドルームに入ったままなのだ。





オレンジも早く食わないと肉が冷めちまうぞ!とジェンとジュミに言ったのだが、この二人は「好きなようにさせてあげて!」と言った後は何だか神妙な顔をしている。しょうがねえな・・じゃあ俺が呼びに行くか!とベッドルームに入ったところ、筆者の方向を振りむいたオレンジの表情にあってはならない感情が読み取れたのだ。

もの凄く冷たい目だったのである。もともとオレンジは実に朗らかな小娘で、筆者の前ではアメリカの何とか言う女性歌手の歌を歌ったり奇妙な踊りを演じてみたりと中々かわいい女の子なのだが、この時のオレンジは昔の怪奇映画オーメンのダミアンにような異様な表情をしていたのだ。

おい!ステーキが出来たぞ!日本のビーフだぞ!と声をかけてもオレンジは凄く冷たい目で筆者を見るだけである。ど・・どうしたの・・と狼狽する背後から突然オレンジの母ジュミの巨体が現れ、オレンジに「%&#P@Gバア」と声をかけたらこの小娘の表情は急に朗らかになったのである。

気まずい雰囲気になったのかジェンとジュミ夫妻はオレンジを連れて早々に我が家を持してしまったのだが、「俺なんか嫌われるようなことしたかな・・」と記憶を手繰ってみても何も思い当たらない。それで場がお開きになっても我が家に残ってムシャムシャ何かを食い続けてきた従姉妹フィリンに聞いてみたところ意外な話が発覚したのだ。





あの家は日本人が欲しい!欲しい!って何度も何度も言うからあげちゃったのよ・・。なんとジェンとジュミは娘オレンジに対してそう説明していたと言うのである。オレンジはこのアパートが大好きで引っ越しの時には尋常じゃないほど泣き喚いていたことは筆者も知っていたが、まさかこういう説明をしているとは思いもしなかった。

ジェンとジュミにしてみれば自分たちが文無しになってしまったとは娘には言えなかった事は判るけれども、筆者を悪者にするというのは幾らなんでも酷すぎないだろうか?。だいいち筆者はこのアパートを買う気は全く無かったのに、頼むから買ってくれ!でないとオレたちは破産する!と泣きついて来たのは彼らの方なのだ。

住宅ローンの滞納が続いてこのままじゃアパートを差し押さえられる!というから結構な額の金を貸したら、その1年後には勤めていたコールセンターが倒産してしまい再び滞納額を膨らませてしまう。それで今度はアパートを買ってくれ!と言うので1ドル120円の円安にもかかわらず渋々購入したら今度は娘に恨まれる・・。

相手の事を思って施しをしたら結果的に恨まれてしまう・・。こういうのって無間地獄とでも言うのだろうか?。筆者を冷ややかに見つめるオレンジの目を思い出すたびに、この連中に施しをすることは無意味なんだな・・との思いを強くする。はっきり言って何一つ報われません。






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殺されると怯えている誇大妄想のヤク売人

先日の日記で女房の生まれ故郷リサール州の奥地で見つかった3人の遺体のうち1人は隣町の悪名高い麻薬売買人であるという事を書いたが、一体なぜ筆者がこんな事を知っているのかと言うと女房の実家の隣にはシャブの密売人が住んでいて、コイツが義父や義弟に事件の内情を話したからである。

筆者が義父の家に遊びに行く度にいつの間にかプラーッと現れてはウィスキーをヘベレケになるまでがぶ飲みするので筆者はこいつをヘベレケ君と呼んでいるのだが、相変わらず本業では一家を養うほどには稼げない為、今でもずっとシャブの密売をやっているらしい。

それで最近ヘベレケ君の様子はどうだ?と義弟に聞いたところ、なんと義弟の口から「自分は殺されるんじゃないか?って怯えてるんだよ・・」と意外な答えが返って来た。殺される?だけど筆者の理解ではヘベレケ君は売人とは言え末端のそのまた末端にいる吹けば飛ぶような存在なのである。





ふつう警察が功を上げるなり口封じする場合は標的となるのはもっと大物な筈だろうし、仮に(ヘベレケ君が仕入れるような)ど田舎のこれまた零細卸業者と支払いで揉めたとしてもおそらく数千ペソとか多くても数万ペソという微々たる金額だからヤキを入れられるくらいが関の山だろう。

それが何でまた殺されるなんて想像を・・?と思ったが、その時ヘベレケ君が飲んでいる時に必ずと言って良いほど口から出る宿命論めいた話を思い出した。そうか・・あいつは現実に起こっていることを十倍にも百倍にも脳内で増殖して悲劇の主人公を演じる事に快感を覚える事大主義者だったんだな・・。

奥さんのお腹に4番目か5番目の子が宿ったからヤクの取引に手を染めなきゃならなかったんだ!と義父や義弟にはすご~く深刻な表情で話しているらしいが(ふつう売人がこんな事近所の人間に話すだろうか?)、ヘベレケの野郎の本業である溶接業は近所で始まった建築工事で結構な給料を貰えているはずなのだ。





しかしボロボロの自分を見せて他人から「アイツは気の毒な男だよ」と憐憫の情(おそらくヘベレケの脳内では尊敬の情に取り違えている)で見られることに快感を得てしまったヘベレケにとってドゥテルテ政権による犯罪者抹殺政策というのはこれこそ千載一遇のチャンスであるに違いない。

オレは女房と子供のために生命を懸けてるんだ!!と叫んでいるが実は案外と安穏でお気楽な仕事の従事している男・・。日本のお役所やどこかの会社にもこういった手合いのサラリーマンが数多く向けられるが、どうもヘベレケ君はフィリピン人にしては珍しく脳内バーチャル妄想傾向が強いようである。

だったら・・、ヘベレケの野郎にI KILL YOUと書いたブラックメールでも送ってやるか?。それを見た野郎が体中から液と言う液を出しまくるほど喜悦の感情を爆発させるか、あるいはスッゴクあっさりと売人の仕事を辞めるのか・・。筆者の良く知ってる日本人タイプならおそらく後者だろうな・・。






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フィリピンに荷物を送る際の注意事項

先日の日記で京都から5月11日に発送したSAL便(郵便局の航空小包)がフィリピンに到着するまで6週間もかかったと言う事を書いたが、その1か月後に沖縄・那覇から送った第2便が先週早くも到着したという連絡が入った。こっちの方はたったの12日足らずである。

発送方法も同じSAL便でサイズも全く同じ20キロなのに1便目と2便目は何でこんなに違いが出たのか?と言うと、それは送り先が第1便はパッシグ市のエスター叔母宛て、第2便がリサール州タイタイ町の義妹宛て、つまりフィリピン国内の最終取り扱い郵便局の差なのである。

パッシグ郵便局は規模が大きいため職員数たちの責務が細分化されてしまい、その結果として無責任領域が組織を蝕んでしまっているのだが、町役場の一部を間借りしているタイタイ郵便局は二十数人の小世帯で、しかもここで局長に収まっているのが小うるさいババアなためか隅々まで目が行き届いているのだ!と女房は言い張る。

しかしこのババア局長は以前に郵便局の資産であるはずの古びたタイプライターを筆者に売りつけようとしたくらいの曲者なのだから、女房の説は半分しか当たって無いように思える。しかし今回タイタイ郵便局を訪れて荷物をピックアップしに(フィリピンでは自宅に配送はしない)郵便局を訪れた義妹目は郵便物が早く届く本質的な原因を発見したのである。

それはこの郵便局の倉庫係が「早くこいつを引き渡さないと倉庫が溢れてまうぞぉぉ!」と事務所のスタッフに向かって叫んでいたというシーンであった。パッシグは大きな郵便局だけあって倉庫も大きく荷物が溢れ出るまでは相当時間がかかりそうだが、パッシグは間借りしているだけあって極端に狭い。これが両郵便局の決定的な差を産んだ様である。

伝票やシステム、さらには職務規定さえも機能しないフィリピンで何かを動かすためには、サプライチェーンのどこかで重大な齟齬が起きて強面な誰かが騒ぎ出すのが一番である。かくして零細郵便局で倉庫拡張の予算を申請してもここ何十年なしのつぶてのタイタイの郵便局の方が顧客サービスという面では優位に立っていると言うのは何とも皮肉だ。

まあ他の方が筆者が体験した様なバカな経験をすることは滅多にないだろうが、もしも皆さんが海外から郵便小包を送る場合は、出来るだけ小さい郵便局を経由するよう住所に工夫を凝らすことをお勧めする。それと郵便局に出向いて「あんたのところの倉庫は狭くて困っているか?」「口うるさい倉庫係がいるか?」などと事前チェックしておけば大抵2週間以内に到着する事は請け合いである。






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ドゥテルテ新大統領の命運

親戚たちが我が家に集まって酒盛りをしている最中に例のごとく話は政治関連へと流れて行った。もちろん最大のトピックスはドゥテルテ新大統領が打ち出す新政策に対して政治家や役人ら守旧派はどういう動きに出るか?という事である。

以前の日記でも度々触れてきたが、フィリピンの政治行政腐敗というのはそりゃ酷く、例えば筆者が住んでいたリサール州などイナレスという一族が州の予算を公然とネコババしては子飼いの議員や役員に渡し、父ちゃん、母ちゃん、息子の3人で州知事職を24年間にわたって独占しているのだ。





まず手を付けるとしたらこういう大きなところじゃないか!、やっぱり中央政府の役人が先よ!、上院議員のうち何人かは真っ先に牢屋行きだな!と闊達に意見交換する従兄妹たち。しかしそこで唯一沈着冷静な従兄弟ラフィーが「いや、オレは1~2年で何もかもストップしてしまうと思うんだ」と言い出した。

せっかく面白おかしく話をしているのに水を差すとは!と皆は皮肉な眼でラフィーを見たが、その次に彼の口から出た「ドゥテルテって暗殺されるんじゃないか」という一言にみんな「エッツ!」と驚きながらもさもありなんな反応!。そう、実はここにいた全員ともそうなる可能性は何となく頭の中に思い描いていたのである。





オレもそう思ってたんだ・・、いや銃じゃなくて毒殺とか違う手を使うんじゃないか・・などと神妙な顔で話始める面々。それで筆者の方から「3年後にドゥテルテが生きてると思う人間は誰だ?」と質問したら、これが11人中3人しかいなかったのである。

じゃあ暗殺を指示する黒幕は誰だ?と再び問うと、これが見事なくらい全員とも「アキノ!」と答える。副大統領に就任したのはアキノの言いなりになる人物だから、最初からドゥテルテを暗殺する予定でいたんじゃないか・・と物騒なことを言う人間までいる。





だけどそうなったら2022年の選挙は娘のサラ・ドゥテルテ(現ダバオ市長)で決まりだな!と言う従兄弟ジェン。どうやらこいつは故アキノ上院議員の弔い合戦で大統領に就任したコリー・アキノと同じ現象になると言いたい様である。

その後ロハスがどうだ!とか、グレース・ポーが!と話がややこしくなり、筆者は結局ウィスキーに合うツマミなど作り始めたのだが、この連中は結局その後深夜まで新大統領暗殺話に打ち興じ続けた。やっぱりこいつら闘鶏感覚で政治を見てやがったんだな・・。






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イギリスEU離脱で思う事

イギリスの国民投票でEU離脱派が多数を占めたことに対し「EU崩壊の危機」や「悪夢のような決断」「歴史的な愚策」などとメディアは一斉に否定的な印象を与える報道を出しているが、これを見た筆者は思いきり首をかしげてしまった。

EUなんて最初から無かった方が良かったんじゃねえの・・。これが筆者の本音だからだ。筆者は海外営業時代にヨーロッパも担当していて、EU統合前から統合直後、そして東方拡大までつぶさに見てきた人間だが、正直言って得るよりも失うものの方が多かったんじゃないか?とずっと思ってきたからだ。

例えば筆者のいた業界で言えば、統合前のヨーロッパはドイツやフランス、スペインなど各国に細かく分散されていて、市場が小さい分だけ新規参入のメリットも少ないから各国にはいろんな中小企業が乱立していて、非効率かもしれないがヨーロッパ特有の家族経営主義を生かして結構大人数の雇用が確保されていたのである。

ところがEU統合でモノだけでなく資本の自由化が進み、流通も大手が弱者を淘汰する構図になってしまったために筆者の顧客たちの多くが販路を断たれて数年以内に廃業に追い込まれてしまったのだ。そして彼らの代わりにヨーロッパ市場を席巻したのは何とヨーロッパではなくてアメリカの会社ばかりだったのである。





もちろんこれは筆者のいた業界の話であり、金融や運輸、農産物など別の業種にいる方は違う意見をお持ちだろう。しかし筆者のいた軽工業の世界から見たEU統合とはヨーロッパ人の職と資産を奪い、さらに実体経済以上のユーロ高によって輸出競争力を徹底的に失わせるある種の計略、はっきり言うとアメリカのウォール街によるヨーロッパ乗っ取りだったと思っている。

それと東欧拡大の問題である。筆者はEU加盟直前にチェコやハンガリーを訪問したが、彼らが期待したのはドイツ人やフランス人のポケットの中身のおこぼれにあずかることだけだったのに、蓋を開けてみればプラハの市場にあふれだしたのは非EU国の商品ばかり・・。結局EUはこういった貧乏白人種の負の遺産も背負い込まされてしまったのである。

では職を失ったヨーロッパ人が得たものは何か?と言えば、東欧やアラブから来たクズ移民の群れである。この連中が社会福祉を食い荒らすことで善良なるヨーロッパ人今まで爪に火を点すようにため込んできた財源が失われていくという現実を見れば、EU統合などとんだまやかしであったことが誰だって判る筈である。

なので今回のイギリスの離脱だけでなく、今後はドイツとフランスもEUから抜け出し、残ったクズ国家群が数年迷走を続けた後でEU機構ごと沈没してもらいたいと切に願うばかりである。さて最後に今回のイギリス国民の歴史的な英断に拍手を送りたい。






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死人に口無し

犯罪の撲滅を公約したデュテルテ新大統領の就任に備え、フィリピンの各地で麻薬密売者が警察官に射殺される事件が相次いでいるが、なんとリサール州の奥地にある女房の生まれ故郷でも最近3人の身元不明遺体が見つかったと聞いて驚いてしまった。

遺体は湖に浮いていたとか路上に捨てられていたなど言う人によって話が違うので要領を得ないのだが、この3人のうち1人は隣町の麻薬密売人として悪名を馳せた人物であり、残り二人も地元民ではないがこの悪党のビジネスパートナーだったようである。

あの長閑な田舎町で死体遺棄事件か・・と筆者は唖然としたが、義弟が「仲間割れというよりも口封じで殺されたらしいよ」という話に思わず耳をそば立ててしまった。この3人は死体遺棄だから店じまいする際の売掛金のゴタゴタで密売ルートの人間に殺されたのだと思っていたのだが実行犯は警察だと言うのだ。





安月給の警察官はありとあらゆる人間からショバ代をたかることで生計を賄っているが、リサール州みたいな何もない田舎町だとやはり麻薬密売組織からの見逃し料が大きいのだと言う。ところがデュテルテ登場で今までの不祥事が露呈すれば見かじめ料どころか警官の地位さえも失いかねない。

それで口封じに密売人を殺したという事らしい。まあその前には穏便に物別れするとか、あるいはダンナァいいんですかい、ワシらにそんな態度とってぇ・・みたいな面倒な話し合いもあったのだろうが、コイツは放っておくとヤバい!という犯罪者は捜査中の正当防衛として合法的に殺す、もしくは隠れてソッと殺すという手段に出ていると言うのである。

これが本当ならとんでもない話だが、しかし筆者の住むパッシグの裏町の無法ぶりと夜中一人で歩いても安全なダバオを比べてみればどっちが人間にとって住みよい環境であるのかは一目瞭然。やっぱりデュテルテが就任早々に強権を発動してスターリン時代のチェーカのように十万百万単位の犯罪者を粛正することが望ましいかもね・・。






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灯台下暗しなチョコレート

一昨日の日記で桃屋の辛そうで辛くない少し辛いラー油と、オーマイのスパゲッティ用トリュフソースを日本土産にすればフィリピン人に大いに喜ばれると書いたが、念のため女房に確認したところ大事な一品を忘れている事に気づいた。何を今さら・・であるが、それは北海道のROYCEチョコレートである。

成田空港でこのチョコレートを十数箱買い求めた女房は帰国した日に女性陣に一箱ずつお土産で渡したところ、早くも翌日に彼女らから「あのチョコレートは一体なんだ!」と問い合わせが入ったのだ。ゴディバのチョコは何度か食ったことがあるものの、ROYCEは全くの別物で、こんな美味いチョコは初めてだ!と絶賛していたらしい。

また昨夜突然訪れた従姉妹フィリンなどROYCEのチョコをつまんだところ、本当に冗談でなく目頭が熱くなったのか指で押さえ始めたのである。そしてこのチョコが美味い美味いとあんまりしつこく言うため女房が1箱渡したところ、推定体重80キロ超の身体をインド象みたいに嬉しそうに揺らし続けていた。





さらに御年62歳のエスター叔母(これも80キロ超級)が翌朝早くに遊びに来たので女房が渋々ROYCEチョコを一片だけ食わせたところ、「こんな美味いチョコは初めてだ!孫に食わせてあげたい!」と三度ほど言うので一箱渡し、さらに近所に住んでいる従兄弟ジェンの妻ジュミ(同じく80キロ超級)も誰から話を聞きつけたのか大して用も無いのに我が家にプラ~っと現れたのだ。

結局十数箱のチョコレートはスパゲティ用トリュフソースより早いペースで無くなるのは必至なようで、筆者は甘いものは喰わないから別にいいんだけれども、女房は時々冷凍庫を開けては「どうしよう、もうこれしか無い。ああ・・、あんなに大盤振る舞いするんじゃなかったわ・・。」とため息を漏らし続けているのである。

だけどさあ、お前の親戚たちとお前自身も知らないんだろうけどROYCEってマニラに5店舗すでに出店してんだよね。それもオルティガスのPODIUMって従兄弟ラフィーやアニーの勤務先のすぐ傍にあるのよ。だから冷凍庫の中身心配する必要なんて全然ないんだけど・・。






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本当にダメなフィリピンの郵便局

以前の日記で5月11日に京都の郵便局から送ったSAL便(航空貨物)が予定していた3週間をとっくに過ぎても到着しないという日記を書いたが、昨日女房が問い合わせてみたところ、何と実際にはたったの1週間でここから直線距離で500メートルのパッシグ郵便局に到着していたことが判明した。

フィリピンの場合、郵便小包は自宅に配送されることは無くて、近所にある郵便局から「こういう荷物がウチに届いたから取りに来い!」という通達が来るのだが、なんとパッシグ郵便局の配達担当者は近親者が死んだために田舎にずっと帰ってしまい、運悪く筆者の送付先はこの人物が担当だったため通知書が配布されずにそのまま放ったらかしになっていたと言うのだ。

ふつう同じ職場の人間が休みになれば別の人間が代わりを務めるはずだが、パッシグ郵便局はそういう発想はハナッから無いようで、彼の担当ボックスには大量の郵便物があふれ出るままになっていたのだという。さらに彼以外にもパッシグ郵便局の倉庫係がマニラ総本局から受け取った荷物をシステム上に入力してなかったという失態まで演じていたのだ。





それで義妹が今まで何度も問い合わせをしたのに「そんな荷物は有りません」と答えていやがったのか・・。ちなみにパッシグ郵便局の窓口にいた女職員は「SAL便は船便だから3か月くらいかかるんですよ」とお前本当に郵便局員か・・?と思う位まるっきり間違った返事を何度も何度も繰り返すだけだったらしい。

事態が好転したのは女房が同じ問題に苦しんでいたビーンという隣人に相談してからで、支局は駄目だからとにかく本局に電話しろ!というので掛けてみたところ「はあ、本局のデータ上ではそんなの5月18日にパッシグ郵便局に送ってますよ」と言う答えを聞いて唖然としてしまったのである。

この本庁の人物は少しはマトモナ人物らしく「パッシグの郵便局に着いたら自分の名前を出すように!」とのアドバイス通りにしたところ、実にあっけなく「はい!この荷物ですね!」と倉庫の奥から出てきたのと言うのだが、もちろん謝罪などあるわけがなく手数料100ペソを平然と要求してきたのだそうだ。





だけど総局と支局というのはシステムでつながっていて、普通データが途中で消えれば緊急のタスクが発令されるはずだが、残念ながらフィリピンの郵便局はそうなっていないのか、或いはそれを扱う人間たちがシステムを全然見てないのか、もしくはその両方なのかとにかく機能不全なことは間違いが無いようである。

ちなみにタイタイ市に送った荷物は直ぐにピックアップできたじゃないの!と女房が文句を言ったら、マダームゥ、ああいう小さい町の郵便局は倉庫が小さいから職員たちの目が良く届くんですよ、その一方ウチは規模が全然違いますから問い合わせが来ないとね・・・・とこれまた唖然とする答えが返って来たらしい。

という事はパッシグの郵便局倉庫には一体どれだけ昔の郵便物が眠っているのだろう。ひょっとして黄色い革命の頃に海外から送られたラジカセとかパーカーの万年筆、あるいはポール・アンカのレコードみたいな昔のヒット商品が奥深くで寝り続けているに違いない。現在の骨董博物館パッシグ郵便局、ちょっと中をのぞいてみたい気分だ。






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フィリピン人への究極の日本土産

親戚たちへのお土産は何にするか?と女房が悩んでいた頃、フィリピン在住の方が「お土産はこれに限る!」とブログに書いてあったのを思い出した。それは桃屋の「辛そうで辛くない少し辛いラー油」という品物で、なんでもこの方がフィリピン人の部下たちに配ったところ誰もが絶賛したと言うのだ。

それで最初の滞在先である京都のスーパーで試しに1瓶だけ買ってみたところ、これを食った女房はたちまちこのラー油に病みつきになり、以降ご飯にかけたりラーメンに入れる、あるいは野菜炒めのソースに使うようになったのである。元々辛いモノは苦手だが味が濃い調味料好きのフィリピン人には正にピッタリな様だ。

それで昨夜空港でピックアップしてもらった後で自宅で飲み会兼食事会が始まり、その際に試しに全員に食わせてみたところ「うん!これは美味い!」「ご飯に最高だわ!」と皆が言い始めたので、その際に各自に1瓶ずつプレゼントしたところ大変感謝された。それに那覇のサンエースーパーでは1瓶300円以下なのでえらく安い済んだワイ・・と内心ほくそ笑んでいたのだ。





しかし酒ばっかり飲んでいて腹が減った筆者は、パスタでも作るかとキッチンへ向かったが生憎とごく少量のマカロニしかない。それで同じく沖縄で買い込んだ麺に和えるタイプのソースのうちの(明太子ソースみたいなやつね)幾つかから「香りきわたつトリュフ」なるやつを選んで「あくまで自分と酒飲みチーム」向けの中休み食を作り始めたのだ。

10分後に完成したマカロニをテーブルに措くや腹を空かした義弟の手がサッと伸びる。そして最初の一口を食った瞬間に今まで食い物の批評をするのを一度も聞いたことが無い義弟の口から「これは美味い・・」との一言が漏れはじめた。そしてその滅多にない機会を素早くとらえた従兄妹たちがトリュフマカロニを食うなり「エッ!なにこの味!」「素晴らしいわ!」と絶賛し始める。

結局この親戚たちは昨晩は我が家に泊まり込み、ただいま2日目の夜も誰かが買ってきたスパゲティにトリュフソースを大判ぶるまいして食っていやがるのだ。さらに21歳の姪は「このウニソースもなかなか美味しそうじゃない」と言ってトリュフソースの上にぶっかけていやがる。別に1袋300円ちょっとなので値段は気にしないが、あのソースって10袋くらいしか買ってこなかったんだよね・・。このままだと2~3日で無くなってしまうのが無念だ。






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こんなとこ二度と行くか!

昨日那覇から成田で到着するや女房が「あー!日本の匂いがする!」と嬉しそうに呟いた。1カ月も沖縄みたいなロクでもない所に連れていきやがって・・という筆者の当てつけの意味もある様だ。

今回の旅では京都と那覇にそれぞれ1か月滞在したのだが、筆者の中では京都はサブであくまでメインは沖縄だったのに、女房の中では沖縄の評価は相当低く(和歌山県の寂れた那智勝浦より下)、こんな場所二度と来るか!という思いだったようだ。

お前なあ・・そうはいっても日本人の多くは沖縄に魅せされてここをリタイア先に選ぶ人だって多いんだぞ・・と説明したのだが、どうも同じ西太平洋島しょ部出身の女房には沖縄には一片の魅力さえ感じなかったようだ。

こんな島でリタイアするくらいならプーケットに住めばいいじゃない!沖縄に魅せられたですって?その人たちってバリ島行った事ないんじゃないの!いったいその日本人はどこに目を付けているのかしら!と悪態をつき続ける女房。

お前なあ・・沖縄に住めば衣食住や言葉で苦しむことは無いし、医療や福祉だって生まれ育ったところと同じサービスが受けられるんだよと言ったところ、この女房は「だったら生まれ故郷でずっと過ごせばいいじゃないか!」と反論する。

あのねえ、日本の冬は寒いの!だけど沖縄は冬でも半そでシャツで・・と言おうとしたが、反沖縄で凝り固まった女房に何を言っても無駄である。ということで女房は沖縄に行く事は二度と無いだろうが、その一方筆者はどうかと言うと・・、ウーン俺ももう来ることは無いな。






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旅の終わり

4月頭に始めた日本の旅もついにあと数時間で終わることになった。横浜から名古屋、伊勢を経て京都に1か月滞在し、その後出雲にちょっと寄ってから来たのだが、最後の滞在先を除けばどの場所も大変興味深くて快適な場所でありました。

さて海外好きの筆者はなんで生まれ故郷なんぞに旅に出るようになったのかと言えば、それは2014年に1ドル120円という凄い円安になってしまったからで、手持ちの資産が全部円の筆者はこの苦境にブチ切れしてしまい、だったら目減り感のない日本へと来ることにしたのである。

しかし予想外だったのは女房が大変日本を気に入ってしまった事で、結局昨年は7週間、今回は11週間と2回も日本を再訪してしまったのだが、今回の滞在中に円が104円まで戻したことから筆者らのスタンスもようやく正常な方向に戻せそうな気配になって来た。

コタキナバルから陸路でブルネイに入りサラワク州でのんびりする、あるいはチェンマイで3か月過ごす、もしくはハノイからラオスを超えてカンボジアへと抜ける。筆者が本当にしたい旅はやはりこういう方向である。日銀の黒田さんよ、もうこれ以上余計な事しなさんなよ。






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デュテルテ登場で酒量減

女房の親戚の中にはアルコールにだらしない人間が結構いて、その中の筆頭格が女房の母親の妹エスターの旦那であるダニーである。この爺さんは朝からヘネンブラという粗悪なジンを呑んで酔っ払っていて、筆者の目論見では1~2年前にとっくに死んでいたはずなのに基礎体力が優れているのか未だにピンピンしているのである。

ところがこの爺さんが最近様子がおかしくなった・・という話を聞いて遂に死ぬ時が来たのか!と思っていたのだが、つい先ほどフィリピンにいる義妹がダニー叔父さんは最近のアルコール取締令の強化で飲む酒の量が急に減ってきたと聞いて驚いてしまった。あのアナーキーな爺が法律に従うとはとても信じられなかったのである。

このアルコール取締令というのは別に法律として新たに発令されたわけでは無く、今月末の新大統領就任に備えて役人らが自主的に取り締まりを強化しているというのだ(義妹からの伝聞)。例えばフィリピンじゃあ家の真ん前の道路にテーブルを置いてみんなで酒を酌み交わす習慣があるが、ここ最近はある一定の時間を過ぎると解散を命じられるようになったと言うのだ。





そんなバカな・・。というのは筆者がタイタイ市に住んでいた頃は公衆の往来で警官ともども朝まで酒呑んでいるのが日常化していたからである(筆者も警官と何度も酒を飲んだ)。それが新大統領の就任前に治安機関が自主的に取り締まりを強化し始めた・・これは過去のロシアでいえばボルシェビキが権力を握ったかのような革命的な出来事である。

しかしアルコールを完全禁止したわけではないし、それも夜遅くに往来で酒飲むな!というだけの取締なのに、過去半世紀にわたって酒浸りだったダニー叔父が酒の量を減らすとうのも不思議である。もともとジープニードライバーだけあって権力には弱いのか?、もしくは妙に順法精神があるのか判らないが叔父の胸中は今のところ不明だ。

しかし新大統領デュテルテのへの脅威と言うのはこれは中々なモノらしく、全国の怠惰な公務員や犯罪者たちは新政権がどういう施策を取るのか戦々恐々の気分で見守っているらしいが、これは駄目な社会システムを修正するための特効薬であろう。それにアル中で特急列車で死に向かっていたダニー叔父が酒を控え始めたというのも朗報だ。なのでデュテルテ様、もっと厳しいルールをガンガン発令するようよろしく頼んます。






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沖縄の変な居住者たち

筆者の滞在しているアパートはモノレール牧志駅から歩いて3分の距離にあり、また真ん前に24時間営業のスーパーマーケットがあるので中々便利なのだが、この1か月間に何度もこのスーパーを訪れるうちに変な事に気が付いたのである。

外国人、中でも中国人と韓国人がものすごく多いのである。まあ国際通りはこういった国から来た観光客で溢れているから別段おかしいと思っていなかったのだが、彼らの買い物カゴをよく見ると500グラムの豚肉パックや12本入りのトイレットぺーパーみたいな生活用品が多いのだ。

これホテルにいるなら絶対に買わないモノばかりである。それである時ギャアギャア喚いている香港人の叔母さん二人の話に耳を傾け、彼らが探しているらしい健康に良いサラダオイルを探してあげながら広東語で話しかけたところ、この二人がこの近所のアパートに在住しているのだ・・と話し出したのである。

これはいわゆる民泊ってやつかな?と思ったが、何とこの二人はもう6カ月も滞在していると言うのである観光ビザの場合香港人は90日が最大滞在期間なのにどうなってるんだろう?との疑問が湧いたが、この香港人は「最近中国人(この場合は中華人民共和国の意味)がアパートに大勢越してきてウルサイのよ!」と自分の事は棚に上げて言う。





いや、実を言うとこのスーパーは中国系だけでは無くて韓国系の客もかなり多いのである。例えばついさっきも2階にある100円ショップに行こうと階段を昇ったら普段着姿の韓国人の奥さんたちがベチャベチャ話していて、彼女らも何だか慣れていると言うか本当にソウルの郊外のスーパーにいるのではないか?と思うほど自然体なのである。

ちなみに沖縄県の統計によれば中国からの在住者は1700人、台湾人600人、韓国1000人となっているが、このスーパーに溢れているアジア人たちを眺めているとどう見てもそんな小人数とは思えない。少なくともその3倍、いや下手すると万単位でいるのではないだろうか?

短期滞在と言えども日本に来るにはビザが必要なはずの中国人が那覇に溢れている。それもどう見ても留学生には思えない連中なのだが、だけど風俗以外はロクに仕事が自ら図、自分で店を開いても絶対的な客不足で青色吐息の沖縄に商売上手な中国人が集まるだろうか? という事はやはり居心地が良いから住み着いてしまっただけってことか?

観光ビザで入国してそのまま居座る、あるいは彼らは香港やカナダに移民済みで好条件の滞在許可を得る、もしくは日本人の戸籍を背乗りする・・。これが統計上に「沖縄には2万人の中韓両国民が住んでます」と書かれていれば筆者も納得するのだが、統計上の数字と皮膚感覚の移住者数の差を見るにつけなんだか背筋に冷たいものを感じてしまった。






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美しくあり続けるために

会社員時代に出張で日本に行くたびに筆者が通っていたのは上野のパンドラという風俗店である。この店は三十代以上の女性を集めたいわゆる熟女系の店で、仕事で疲れてまったりねっとり癒されたい時はここに来るのだ。

筆者の馴染みはカオリさんとサキさん、それとアサミさんと3人の女性がいたのだが、ある時アサミさんに「あんたはなんでこの仕事を始めたのか?」などとバカな事を聞いた。そんなの本当の事を言う訳は無いのだ。

ところがアサミさんは「あたし更年期がひどかったから」と全く予想外の事を言い出したのである。更年期って?あんた俺が予想してた年齢より10歳、いや15歳も年齢が上だったって事か?

実はこのアサミさん、それほど美人では無いが体全体から艶かしい色気を発散していて、一度お相手してからというものすっかり病みつきになっていたのだ。それが更年期って・・とおもわず唖然である。





なんでもアサミさんは数年前まで更年期特有の諸症状に苦しめられていたのに、この店に入ってからはもともとイカされやすい体質もあってかそれが嘘のように綺麗さっぱり無くなっただけでなく、周りから若返ったわねと言われるようになったのよ!呟いた。

この人はひょっとして筆者をからかっているのかな?と思ったが、熟女系風俗嬢が私はまだ25歳でして・・と若く言う事はあっても四十後半などとは称さないであろう。つまりアサミさんは本当の事を言ってるようである。

もちろん風俗に入ったのは離婚したとか破産したとかが原因で、医者から風俗勤務を勧められた筈も無いから更年期云々は結果論、或いは副次的なのだろうが、しかしアサミさんにとっては一石二鳥、社会にとっては暦在適所であろう。

なので更年期に苦しんでいる見目麗しい女性がいたら、是非とも風俗店に勤務してお客にイカされ続ける事をお勧めしたい。ただしお客には更年期に達する年齢を隠し続けるべきでしょう。ちなみに筆者はこの話を聞いて以降アサミさんを指名するのを止めました。






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蕎麦と縄文人の因果関係

筆者が出雲に滞在した際に毎晩酔っぱらうと食いに行ったのがホテルの近くにあった蕎麦屋である。筆者は日本にいた頃は良く蕎麦屋で日本酒を引っかけていた蕎麦好きなのだが、この出雲市の蕎麦屋の店主は他に客もいないことからツマミを出す度に筆者に話しかけてきた。

この店主はどうも話好きらしく筆者が海外に住んでいるがその昔は蕎麦で有名な場所にいたのだ!と言ったところ、そうですか!出雲蕎麦はね、日本の三大蕎麦なんて呼ばれていますが、元々なんでもトップ3を作りたがる日本人の悪い癖でしてね・・と長い前置きの後でこれまた長い話を始めた。

なんでもこの店主によれば盛岡のわんこ蕎麦、長野の更科蕎麦、そして出雲の割子蕎麦が日本の三大蕎麦と呼ばれているが、本当に蕎麦が美味いのは実は山形とか福島、栃木あたりで、あそこら辺の美味い蕎麦に匹敵できるのは三大蕎麦でも出雲市かありませんやぁ!と結局は自慢話になったのだが、この店主がその後面白い話を始めたのである。





岩手に長野、出雲に山形、福島、栃木というのは全部出雲系の土地、つまり縄文系の色が強い場所であり、蕎麦は彼らの主食だったと言うのである。その一方近畿地方はうどんやそうめんなどの小麦を原料とする白色麺が名物だが、これは出雲系と対立関係にあった弥生人の末裔である事の証であり、そもそも近畿人は渡来人の末裔だよ!と言い出した。

筆者はそもそも素戔嗚尊を祀る氷川神社の末裔であり、それに天皇家と藤原氏の歴史を調べれば調べるほどコイツらは善良なる日本人にとって害悪そのものだと思うようになっているので、この店主の話の真偽は別として言ってる事の方向感は好きなのである。だけど・・ちょっとこの話って穴がありすぎないだろうか?。

確かに店主の言う通り出雲は大国主、長野はタケミナカタ、そして関東北部は毛野氏という強力だがその痕跡がなぜか抹消されてしまった古代豪族が治めた場所である。それと東北はこれはアテルイから奥州藤原氏まで縄文系の巣窟と言ってもよい場所だから、店主の言う通り蕎麦の名所は縄文人とはゆかりがあるとは言える。





しかし縄文系の色合いを良く残した平将門の配下や鎌倉武士たちが蕎麦ばっかり食ってたのか?というと実はそうでも無く、それにこれぞ縄文系そのもの!とも言える筆者の母方の出身地埼玉県川越市一体は昔から武蔵野ウドンという武骨な小麦粉麺を長年にわたって食ってきたのだ。

つまり昔から言われた通り蕎麦は他の作物の栽培に適さない痩せた土壌でも取れる植物であり、出雲も岩手も長野も単に蕎麦しかとれなかった貧乏な土地なだけではないか・・と思えてきたのだが、この蕎麦屋の店主はその後も「縄文人がずっと培ってきた伝統がねえ・・」と嬉しそうに話し続ける。

まあ商売人たるもの自分の商品になんか物語性を持たせたいのは判るけど、縄文人と蕎麦ってのはねえ・・。それに店の中でケータイで調べたら蕎麦が日本列島に渡って来たのは稲作渡来の頃と大して変わらないと書いてあったから、蕎麦にそんなに古い歴史があるようにも思えないんだけどねぇ・・。






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売り手と買い手のちぐはぐさが埋まらない

沖縄でヒマに任せていろんな文献を読んでいたら経営コンサルタントが書いた外国人観光客の動態に関する数年前のレポートを見つけた。どうやら地元の経済団体に頼まれて念入りな調査を行ったようだ。

このレポートには近年うなぎ登りに増えているアジア系観光客の趣向について書かれているのだが、このコンサルタントは極めて正直に彼らは沖縄独自の文化や料理には全く興味を示していない」という結論で結ばれていたのだ。

毎年アジアからの観光客が増えているのに興味を持っていない・・。ちょっと分かりにくいが、要するに日本領土の中で距離的に一番近い事とホテルが安い、或いはそこそこ綺麗なビーチがあるくらいしか評価されていなかったという全く予想外の事を言っているのだ。

沖縄好きの日本人が多いので筆者は最初はよく分からなかったが、こっちに来ている香港人や台湾人と話していると「本当は北海道に行きたかったんだけど」とか「ここは何にも無くて面白く無いね」といった「沖縄=ネガティブチョイス」論を語り始めるのだ。





確かに新都心のレストラン街で外国人で溢れている店は刺身系居酒屋だし、あそこは何の商売やってもダメだ!と言われる沖映通りでも唯一博多ラーメン屋だけは中国系のうるさい連中が行列を作っているのに、本場の沖縄系料理屋は全く無視されていたのだ。

なるほどこのレポートは正しいところを突いてるな・・と思ったが、さてこのコンサルタントを雇った観光業界の親玉らしき人物がこれを受けて「だから我々はもっと琉球文化をプロモートしなければならない」と書いてるのを見て呆れてしまった。

琉球文化にエキゾチックさを感じるのは日本国民だけであって、外国人にとってはそれほど普遍性が無い・・という事が分かって無いようである。まあ自分たちの文化がダメですと言いたく無いのは分かるけど、事はビジネスだけに冷静に外国人の動向を受け入れるべきだ。

やはりここはUSJやカジノみたいな大振りな施設を沖縄に誘致するのもいいけれど、函館朝市とか奥飛騨の合掌造りの村、大阪新世界や中洲など本土都道府県のミニチュアタウンを作ったらどうだろう。どうだろう。どうせ土地余ってるんだからタダで提供したら。






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生死を分けた瞬間の自慢話

海外に長らく駐在していると死ぬ寸前の目に合った同僚たちが結構いる。2008年の四川大地震の際に成都に出張していて、たまたま路上を歩いていたために瓦礫どころか鳥のフンにも当たらなかったという幸運な奴や、インド洋大津波の時にプーケットに遊びに行っていて波に呑み込まれそうになった奴、サンパウロで銃撃戦に巻き込まれて殺される寸前になった奴などだ。

海外営業に配属されたからには危険な目に合うのは承知の上!と言うのが筆者の口上であるが、じゃあお前にはどんな経験があるのか?と聞かれると実は恥ずかしながら一度も無いのだ。海外に長くいる日本人の多くが経験するナイフや銃を突きつけられてのホールドアップどころか、何かを盗まれた経験さえも無いのである。

それで飲み会でこういう危険自慢大会になると筆者は2002年のチェチェンゲリラによるモスクワ劇場占拠事件の時には筆者は同地にいたという話をしようとしたのだが、でもその時は市内全域に戒厳令が引かれたわけでも無く、またモスクワのあちこちでは老若男女がレストランやバーに繰り出していたから全然説得力が無い。

それで「お前にはもっと生きるか死ぬかギリギリの経験は無いのか?」と聞かれた際は、筆者は今から28年前の学生時代にインドで犬に噛まれた話をすることにしているのである。ゴアにあるアンジュナビーチというヒッピー村に滞在していた筆者はラリパッパの状態で深夜フラフラ歩いていたら犬を踏んずけてしまいガブリと噛まれてしまったのだ。

ただし噛まれた時はクスリの影響で痛みを感じなかったのでそのまま借りていた部屋へと帰ったのだが、翌朝目もクスリも覚めてから随分と派手な噛み跡および血痕が腕についているのを見つけた。そして隣の部屋にいた大阪芸大のキチガイカップルが筆者を見るや「あんたぁ!こりゃ大変やで!」と騒ぎ出したのである。





インドは狂犬病の坩堝だとというのだ。ちなみに筆者はその病気についてあんまり知識が無かったのだが発症すれば100%死ぬウルトラ級の危険な病気だと言う。今すぐ病院に行かないと死んでまうで!と言うので筆者は慌てて用意を始めたのだが、ここでそのまた隣に住んでいた折小野という早大生が「ちょっと待った!」と言い始めた。

お前の体内にはまだクスリの残留物が残っているから、医者が警察に通報するかもしれない!と言うのだ。インドの刑務所ってのは懲役3年も死刑も同じなんだよ・・。だって外国人は入ったら最後囚人仲間に凌辱されて自殺するか、あるいは殺されるんだからな・・と言う。その時筆者の脳裏にミッドナイト・エクスプレスという悲惨な映画のシーンが浮かんだ。

それで結局その日も昼間からラリパッパになってしまったのだが、1週間後にカルカッタへ移動するとふと病院へ行って注射を打ってもらおう!と思い立った。たまたま筆者は重度の肝炎になった岩崎と言う日本人の面倒を押し付けられてしまい、郊外にある地元では有名な病院に入院した彼のもとへ日参していたのである。

ところがこの病院と来たら廊下にも患者が溢れているような不衛生さで、それもこいつらライ病なのか梅毒なのか知らないが肌が溶けているような症状なのだ。こりゃこんな病院で注射を受けたら病気を治すどころか持病が増えるだけだ・・と思い、結局その数日後に移動するバンコクで治療することにしたのである。

昔インドを旅された方ならよくご承知の様に帰り道に寄るバンコクはインドとは雲泥の差の大都会であり、特に当時どえらく不便な場所にあると感じたバンコク・ゼネラル・ホスピタルは日本語で治療を受けられると滞在先のホテルのバックパッカーから聞いたので、到着したその翌日に早速出かけたのである。





出てきたのはインド系の医者なのにはゲンナリしたが、日本語が上手な看護婦さんに状況を説明すると、このインド系医師が最初に聞いたのは「キミはインドで血清注射を受けたかね?」という予想外の事だった。彼の物凄くシリアスな表情に「これはひょっとしてもう手遅れなのでは?」と正直手足が震えてしまった。

ところがこの医者は筆者の答えを聞いてニッカリと笑い「君は大変賢明な決断をしたよ!」と言った。なんでも狂犬病のワクチンには2種類あって、現在この病院にあるMARIEX社のワクチンは卵を培養した最新タイプで副作用は全く無いのだが、インドではこのタイプは認可されていないため旧タイプ、つまり脳に重大な副作用を起こすワクチンしかないのだ!と言ったのである。

その脳に重大な欠陥と言うのはどういう症状になるのでしょうか?と聞いてみたところ、この医者は良くて一生ひどい頭痛持ち、悪い場合は白痴になるんだよ・・と再びすごくシリアスな顔で言う。その瞬間に筆者は背中にサーッと冷や汗をかくとともに、脳裏では「一生棒に振るところだった!」と快哉を叫んでいたのだ。

もしもゴアで折小野という早大生が止めなかったら、またもしもカルカッタの病院が案外と綺麗だったら何ごともせっかちな筆者は間違いなく旧タイプのワクチンを打ってもらっていたはずである。それが何のおかげかたまたま筆者には珍しく重要な用事を後回しにしたことで助かったのである。こういうのを僥倖とでも言うのだろうか。

さて筆者はこの話を意気揚々と海外仲間達にしたのだが、彼らはジロッと筆者を見た後で「そりゃ、インドくんだりでラリパッパになったお前がバカなだけなんじゃねえの」でお終いになってしまう。よって筆者はこういう生死を分けた瞬間と言う話題が上る度に今でも肩身の狭い思いをしているのだ。だけど、これって生死を分けた瞬間に匹敵する話じゃないか?






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懐かしいけど恥ずかしい四人組

昨日BS放送を見ていたところ懐かしい番組を見つけた。ベストヒットUSAである。筆者は高校生から大学生にかけてこの番組を貪るように見ていて、あっ!今週ついにマドンナの新しいミュージックビデオが公開されたぞ!とか、ついにミック・ジャガーとデヴィッド・ボウイが一緒に曲を歌ったぞ!などと喜んでいたのである。

だいぶ老けてしまったがDJは昔と同じく小林克也で、彼の口からカルチャークラブなんて30年以上忘れていたグループが今月末に日本で公演するなんて話が飛び出したりする。いやいやこれは全く高校生の時代に戻ったような気分になったが、この日の特集がABBAだと聞いて筆者は急に恥ずかしくなってしまった。

ABBAは筆者が小学生から中学生の頃に流行った男女4人組グループで、実際筆者が生まれて初めて買った洋楽レコードはABBAのベストアルバムなのだけれども、同じ時代に活躍したクイーンに比べると「自分はファンだった」と名乗り出るのをかなり恥ずかしく感じてしまう存在でもあるのだ。

ABBAを同じ時代の日本の音楽に例えるなら(大変失礼ながら)ピンクレディーみたいな子供から爺ちゃん婆ちゃんまで楽しめる大衆歌謡曲であり、後年ABBAよりも少し前の時代のジミ・ヘンドリックスや同時代のセックス・ピストルズが好きになった筆者としては、ABBAの唄にあわせて踊ってまして・・とは永遠に封印したい黒歴史なのだ。





そういう訳で筆者はABBAなど遥か昔に記憶の中に封印してしまったのだけれど、昨日たまたま彼女らの唄を聞いたために赤面してしまうような過去の思い出が甦ってくるとともに、その一方ABBAのプロモーション戦略について小林克也氏が説明しているのを聞いて「えっ?そうだったの?」と一人ごちてしまったのだ。

スウェーデンと言う非英語圏出身のためアメリカやイギリスで成功するのは絶望的なABBAは同じく非英語圏をターゲット市場にする。そのためには人々に口ずさんでもらえるよう歌詞は簡単で分かりやすい英語にするとともに、アルゼンチンなどのラテンアメリカ諸国に入り込むためにはスペイン語の詩も用意する。それから北欧という地の利を生かして共産圏にも売り込みをかける。

さらにこの二組は夫婦であるため、セックス、ドラッグ、反体制など当時のロックミュージシャンにありがちな反社会性とは完全に隔絶し、BBCら公共放送からスウェーデン王室、さらにはバチカンまでもがお墨付きを与える健全な存在として独自の地位を確保する。今ならわかりがこういうのは差別化戦略と言うべきだろう。

確かに欧米2国出身者しか成功しない音楽界で70年代を代表する世界的なグループになるのは並大抵な事ではない。彼らの音楽というのは正直言って今ではあんまり好きではないけれど、マーケティング的な手法には確かに目を見張るものがあるようだ。そう考えると「当時の市場性を考えれば・・」なんてウンチクを加えれば自分の中の黒歴史もカミングアウトしやすくなるかも・・、いやそれは無いな。






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旅先との距離を縮めるもの

筆者は子供の頃の経験から床屋が嫌いな人間である。赤ん坊の時から通わされたバンビと言う店は余りにも腕が悪く、短く刈り込まれた髪の毛が首筋を通じてカバーの中に入り込んでチクチク苛まれた事は今でもトラウマとして残ってしまったため、本当に冗談ではなく床屋の前を通るだけで何だかイヤーな気分になってしまうのだ。

こういう話をすると友人知人たちからは「お前は髪を切った後の爽快感が無いのか?」と笑われてしまうのだが、もちろん筆者もあのスッキリ感は好きなのだけれども、そうなるまでのプロセスと何より髪の毛が頭や体に付着しているんだ・・という感覚が嫌で、散髪後にはまっすぐ家に帰ってシャワーで洗い流さないと気が済まない性質なのである。

ところが不思議な事に筆者がかつてした旅を思い出してみると案外と床屋での体験が微笑ましい体験として甦ってくるのだ。最初の旅のボンベイの案外と綺麗な理容室やパタヤの如何わしい床屋、それに香港に赴任したばかりの頃に通ったモンコックの銀河サウナに付設した理髪室やフィリピンの田舎町の大衆店などだが、ここで店員たちと交わした会話や彼らの表情などは案外とよく覚えているのである。

オレは今でも床屋は嫌いなはずなのに何で異郷での体験は案外と肯定的なのか?と不思議に思ったが、昨年2か月ほど日本を旅した際に長崎の床屋での事を思いだした。筆者は高校の修学旅行で長崎に行ったことがあって、その時の思い出があまりに素晴らしいので30年後の再訪には全くもって何もかも失望させられてしまったのだが、西浜町の床屋に行って急に気分が変わったのだ。





髪を切ってくれたオバちゃんと交わしたのはハッキリ言って何ともない会話である。しかし彼女にシャキシャキと髪を切られているうちに筆者の中で自分がよそ者から地元に居ついた人間であるかのような幻覚に捕らわれたのだ。言い換えるならば観光客としての浮草のような存在から長崎のごくごくありふれた日常生活への突入である。

北杜夫に「パリの床屋教授どの」という微笑ましいエッセイがあるが、確かに床屋に行くと言うのは現地の人たちとの距離を縮められる数少ないチャンスの一つである。それともう一つ床屋に入る前と出てきた時では自分の外観が変わっていると言う一種のメタモルフォ―ゼ感が何となく影響しているではないかと思う。

異邦人から現地の生活に接したというメタモルフォ―ゼ、あるいは鏡を見つめ続けることで自分自身の浮遊感をじっくりと定着させていくメタモルフォーゼ。前述の様に筆者は散髪が嫌いなので深く考えることはしないが、床屋には何だか人の心に微妙な変化を生み出す力があるように思える。

大っ嫌いな床屋だが異国で行けば案外と楽しい思い出として残る。筆者はこの脳内の化学変化方程式の構造は判らないが、ただいま筆者がいる沖縄に対してほとんど好意的な意見を持っていないのは厳然たる事実・・。だったら近所にある如何にもオキナワ的な床屋にでも行ってみるか・・。せめてその思い出くらいは残しておくためにね。






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ぜんぜん届かないSAL便

1ヶ月前京都にいる時に買い集めた食品類をフィリピンへ送ったのだが、本来2〜3週間で届くはずなのに今だに到着していないと受取人のエスター叔母から電話があった。頼んだのは郵便局のSAL便という航空便で、前回日本から送った際は10日くらいで着いたのだ。

郵便局の検索エンジンを見ると大阪郵便局から5月12日に発送されているがその先は何も書かれていない。それとエスター叔母が義妹と一緒にパッシグの郵便局に行ったら「この取扱番号自体がコンピューターシステム上に無い」と言われてしまったというのだ。

バミューダトライアングルじゃあるまいし荷物が消えるか!と思ったが、念のため発送依頼した京都三条御幸町郵便局に電話をかけたところ「ウチはねえ、受け取った後の事は一切分かりかねますからご自分で探して貰って・・」と横柄な口調で言った。全く京都人らしき実に無責任な態度である。

それで仕方なくただいま滞在中の那覇の郵便局に相談に行ったところ、アロハシャツ姿の職員が「これはいくら何でも遅すぎますね」と言うや調査依頼書なる紙を持ってきてくれた。ここに書き込めば調査してくれるというのだが、残念ながら返事は1ヶ月くらい先、しかも日本国内への郵送でしか出来ないらしい。

しかし何で今回は届かないのか?と訝っていたが、義妹から話を聞きつけた隣人ビーン叔母さんが「そりゃ大統領選挙が原因だよ!」とご注進に現れたらしい。なんと汚職摘発を恐れた税関や郵便局員らが仕事を放棄してしまい業務が滞っているケースが増えており、現にビーン叔母さんが故郷ダバオに送った小包もいつまで経っても届かないというのだ。

筆者はこんな話など全然信じないが、義妹や叔母達は「それは大いに関係があるわね」と本気で思ってる節があり、呆れたことに女房もデュテルテが就任するまで荷物は届かないかもね・・と言い出した。

馬鹿らしい・・。汚職でクビ確定の不良税関職員が郵便小包を持ち逃げしたという方がまだ説得力がある話だわい。しかし盗人役人もマルタイ棒ラーメンやスパゲティソースと圧力釜なんか盗んでどうするんだろう。それともダーティハリー登場を前にそんなに切羽詰まってるんだろうか?






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旅を住処とする余生

大学時代にタイを旅していた際に出会ったH君と那覇の居酒屋で飲んでいた時の事である。H君は筆者より3歳年下ながらも商社や中国企業、そしてタイでも数年駐在するなどビジネス経験が豊富で、自分はどこに行っても生きて行けますよ!と豪語する強者であるが、彼に定年退職したら何処に住むのか?と質問したところ意外な答えが返って来た。

南房総あたりに一旦は行こうかと・・。それが彼の答えだったのである。いやいや、君みたいな経験豊富な国際人は当然海外へと移住して、それもチェンマイやペナンなんて素人向けの場所じゃなくハジャイや雲南省とかちょっと捻りのある処へ住み込むのかと思ってたんだけど・・と言ったら、このH君はイヤイヤ、千葉の田舎も捨てたもんじゃないですよ!と笑いながら言った。

このH君は年金とか医療とかそういうせせこましい事(あるいは超現実的な事)を熟考するタイプでも年齢でも無い。それが何でまた南房総なんて隅っこに引っ込むのか?と首をひねってしまった。皆さんご存じの通りせせこましい事を除けば「海外>国内」という方程式が筆者の中では強く染みついているのだ。

ところがこのH君、筆者の持つ方程式はあまりにも短絡的ではないか?と言い始めた。海外だからエキゾチックと結び付けるのは間違いで、日本国内にもいろんな素晴らしい場所があるのだ!とその昔筆者が徹底的にバカにしていた国内旅行派と同じ様なことを言う。そんなバカな・・君は俺と同じ海外至上主義派だったはずなのに。





しかしこのH君は最近国内旅行に凝っているらしく、北陸の全然名前も聞いたことも無い温泉宿や漢字自体が良く読めない鄙びた漁村に赴いて旅愁とか物思いにふけるのが堪らないのだと言う。それから最早どこに行ったのかという目的地に拘る次元を超えて旅している過程そのものを楽しむようになったらしい。

日々旅にして旅を住処とす、これはもはや松尾芭蕉の世界である。まあ確かにその昔インドで出会った白人ヒッピーたちは「旅に出たくなって家の前に来たバスに飛び乗ったら、そのままインドまで流れ着いてしまった」という様なイカれた連中ばかりだったが、出発段階で目的地を決定するという事は君の発想は制約されているのだ!と言われたときにショックを受けたことを思い出した。

最初から何処に住むとかカテゴライズせず、気に行ったら場所にたどり着いたら取りあえず旅装を解くが飽きたら目の前に走って来たバスに乗り込む、どこで人生を終えるなんか判らないし決める必要も無い・・。そういうアイデアが頭に浮かんだ後でH君の顔を覗き込むと、彼は筆者の考えが判るのか突然ニコリと頷いた。

だけどなあ、何事も計画型で最初からゴールを設定したがる性格の筆者はこんな旅を住処とするような事が出来るのだろうか?。そういう疑問を抱えた筆者は帰り道に「お前どう思う?」と女房に聞いたところ「あんたもH君みたいに制約を振りほどいたら?」と言った。制約か・・、確かもそうかもしれない。







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沖縄ってフィリピンと同じじゃんか・・

過去数回の日記で筆者は沖縄の悪口ばかりを書いてきたが、そんな筆者をみて女房が言った「あんたがフィリピンに来た直後と同じ事言ってるわよ」という一言にハッとしてしまった。そうか・・沖縄ってフィリピンと同じじゃんか・・。

周辺諸国に比べて華々しい歴史遺産があるわけでもなく食い物も大して美味くない。そして現地の人たちはのんびりと言うよりも怠惰であり、自分の義務よりも権利を主張する傾向が強い。そしてその文化に釣られて集まって来た人間も二級から三級民がやけに多い。

筆者も彼ら同様の三級民なので偉そうなことは言えないが、なるほどだったらフィリピンに住むのも沖縄に住むのも同じか・・と急に沖縄に対して肯定的な眼で見るようになってしまった。年金とか医療とか株式投資を考えると今後も日本国内に拠点が必要だが、だったら沖縄がいいかもしれない。

しかしフィリピンと沖縄の共通点って何だろう?と考えてみたのだが、どちらもポリネシアだかミクロネシア原住民の血と文化をベースに持っていることと、アメリカの統治下にあったという2点だけ。普通に考えれば太平洋民族の血こそが大きく影響していると考えるべきだが筆者は案外アメリカの影響が強いのではないかと思いついた。

プエルトリコやサモアやパラオにフィリピン・・。どれもが何かを生み出すよりも他者にたかることに秀でた国である。そして沖縄も被害者でいることで国民の同情を買い本土から金を毟り取るのが商売になっている。どうもアメリカの思想信条には根本的な欠陥があるように思えてきた・・。






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さっぱりなフランス料理店

滞在先から歩いて数分の場所こじんまりとしたフランス料理屋があるのを女房が見つけた。筆者ら夫妻は洋食好きで1ヶ月前にいた京都では三条のイタメシ屋でしょっちゅう食ってたのだが、沖縄に来てからはファストフード並みの料理ばかりでウンザリしていたのだよ。

夜7時に店に入ると出迎えたのは白人の中年男。ハイいらっしゃい!と流暢な日本語で話すのでアンタ何人?と聞いたところ、なんとフランス人だという。まさかフランス人のオーナーシェフとは・・、これは期待できる。

ところがちょっと店内を見回したところ、筆者の中に微妙な影が差し込んできた。客が全くいないのは良いとしても店員が彼しかいないのである。それにメニューを頼んだのに「今日はこれだけね」と言って指差したのは手書きの黒板メニューたった。





そこに書いてあったのは前菜2品とメイン4品、そしてデザート1品のみ・・。えっ?これだけ・・。しかもフランス人が書いただけあってカタカナのチキンがチクンと間違って書かれてるのとアルファベットも日本語の音読みなため一体どんな料理なのか分からない。

酸っぱくて美味くない赤ワインを飲みながら待つこと15分でやっと最初の料理が出てきたのだが、チーズと生ハムの盛り合わせの「盛る」と言うイメージからは程遠い貧相な前菜が出てきた。しかもこれが誰かの家で飲んだ時に出てくるような美的感覚の欠如した盛り方なのだ。

そして続いて出てきたパテははっきり言うと缶詰のコンビーフと瓜二つの味だったし、その後の豚の頰肉のなんとかいう自慢の料理はポークハンバーグにクリームシチューをぶっかけた様なものだけ・・。こりゃとてもじゃないが金を取れる代物ではない。





「ウチの店は自家製風を心がけてるのよ」と陽気な感じで話しかけてくるフランス人。アンタなぁ、これは自家製風というんじゃなくて自家製レベルって言うの!。だいいちアンタ調理学校で学んだことあんのかよ。俺でももっと巧く作れるぞ。

さて最初の注文を頼んだ際に「後でもう2〜3品頼むから」と言っていたが、とてもじゃないがその気にならない。しかもさっきから他の客は一人だって入って来ないところを見ると、今日一日の粗利って数千円がいいとこじゃ・・。

沖縄好きなフランス人が国際通りに店を開いた熱意は尊敬するが、肝心要の腕の方はまったくついていかなかった残念な例である。オーナーさん、どうせ客なんか来ないんだから、一週間くらい店閉じて料理学校通ったらどう?。






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地縛霊でヒステリー?

筆者は沖縄についての悪口ばかり日記に書いているが、筆者以上に悪意ある発言をしているのが女房である。一旦どういう事なのか分からないが女房の中では沖縄は駄目!という烙印が押されてしまっていて、こんな町よりもビエンチャンの方がよっぽどマシだ!など聞き捨てられない発言がポンポン出て来るのである。

そりゃ名古屋や福岡よりも下なのは認めるけれど、いくら何でもアジア辺境の町より下っていう事は無いだろう・・と思うが、とにかく沖縄に来てからの女房は今までとは打って変わって不機嫌モードにスイッチが切りわってしまったらしい。

一体全体どうしてこんな事に・・と聞いてみたが女房ははっきりとは言わない。それであれこれ昔の旅を思い出してみたところ、昨年1週間ほど滞在した長崎で同じような態度になったことを思い当たった。どこへ居ようが不機嫌で事あるごとに「この長崎って町は好きになれない」と言っていたのだが、次の訪問地である福岡で種明かしをしたのだ。

「あのホテルは幽霊が出る・・」。それが女房の不機嫌の原因だったのだ。女房は昔から多少の霊感があって、これは見るのではなく体で感じるタイプなのだけれども、長崎の銅座町にある古びたホテルで只ならぬ霊感に苛まれ続けたのだ!と妙に説得力のある表情で話をしていたのである。





女房はこの手の状況になった場合は妙に筆者に気遣うところがあって、霊感アンテナがピーンと振り切れているような状態下では口をつぐんでしまうのである。だからただ今現在女房が超常現象を感じていて筆者にそれを黙っている可能性がある。そう言えば・・思い当たることが2つほどある。

このウィークリーマンションで最初の晩を過ごした翌朝、女房が起きがけに「アタシは幽霊を見た」と言ったのである。前述の様に女房は見るのではなく感じるタイプなので、これは心霊マニアである筆者を喜ばせるお世辞だと思ってその時は取り合わなかったのだが、ひょっとして女房は実は「感じて」いたのではないだろうか?。

2つ目はモノレールで2つ先にある新都心おもろまちに出かけた時の女房の異常な反応である。とにかく何から何まで反抗的というかヒステリー状態になってしまい、それで買い物もソコソコに退散したのだが、このエリアは激戦地の跡地に建っているのだ。

そう言えば京都で大喧嘩したのは三条河原の処刑場跡地だったな・・。と言うことはやはり女房は沖縄に蠢く地縛霊の出すマイナスオーラに苛まれているのでは・・。そう考えると、前述の通り普通じゃない程の心霊マニアである筆者は「なんでオレの前にはみんな姿を現さないんだ」と恨めしげに思ってしまった。






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沖縄に欠けているもの

筆者の今回の旅は女房のビザ期間ギリギリの3ヶ月間と結構長いもので、メインイベントである京都と沖縄の2カ所ではそれぞれ1ヶ月過ごす予定を組んであったのだが、京都を去る時に実に名残惜しそうにしていた女房が沖縄に対してはかなり冷淡である事に驚いてしまった。

お前なあ・・、ここは多くの人が魅せられる日本屈指の名所なんだぞ・・と説明しても、女房の中ではココは鹿児島よりも下!と言う判断が固まっていて、こんなどうしようもない街よりもダバオの方がよっぽどマトモだ!と言い張って聞かないのである。

おそらく南国育ちの女房とっては京都などの北方文化こそがエキゾチックであって、自分の生まれ育ったフィリピンと同じエッセンスを持つ沖縄には目新しさを感じないのだろうと思っているのだが、ではお前自身リゾート地としての沖縄が好きか?と問われると筆者も正直そう思わないのである。





海は綺麗かもしれないがバリやプーケットに比べればリゾートとしては相当劣るし、今まで行った中では一番退屈なマイアミよりも下、まあ湘南や伊豆に毛が生えた程度のビーチリゾートと言うより海水浴場という一段劣る名称が似合う場所にしか思えないのだ。

それで沖縄に欠けているのは一体何なのか?と考えてみたのだが、バリやプーケットが持つアジア独自の紫の風が漂うエクゾチックさには遥か遠く及ばないものの沖縄には独自の南国文化があるし、逆に文化の香りなんか全然無いフィリピンやマレーシアのビーチには客が集まっているではないか。

沖縄にはビーチリゾートとしての重要なものが決定的に欠けている・・とぼんやり考えているとある結論に辿り着いた。それは昔インドのゴアで出会った男が言っていた「ビーチは人を淫靡にさせる」という一言である。そう!沖縄に徹底的に欠けているのはセックスの香りである。





カリブ海やブラジル、タイやロシアのソチなり地中海にしろ観光客はビーチにやりまくりに来るのである。ところが沖縄ときたらコカコーラのCMのようにスカッと爽やかなだけで、どよんとした淫らな空気に浸りたい人たちの潜在願望が満たせないのだ。

ゴーギャンの絵が南の島の奔放なセックスを匂わせているのに対し、沖縄から感じるのは米軍基地やひめゆりの塔、失業率みたいなNHK教育テレビ的なイメージがどうしても混じってしまう。沖縄には怒られに行くだけでなく学習までさせられるのはたまったものでは無い。

まあ中国人は日本人は何処でもエロAVみたいにやりまくってるんだ・・と思ってるから沖縄の禁欲さや説教癖は全く目に入らなのだろうが、より強力なビーチリゾートにアップグレードするなら沖縄県知事はもっと色気のある観光政策を作らないとね。正直あんたらの難しい話聞くのは飽きたよ。






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山崎蒸留所に山崎が無い・・・

3週間ほど前に大阪でサントリー蒸留所を見学した際の話である。筆者ら夫妻が申し込んだのはウィスキーのテイスティング体験を含む有料の見学コースで、発行の臭いにさんざんむせった後のテイスティングは中々味わい深いものがあったが、全ての行程を終えて帰ろうとした時に案内係が「是非ともミュージアムショップにお寄りください!」と言い始めた。

そうだな、せっかく山崎蒸留所に来たんだから山崎12年でも買って帰るか・・と思った筆者は早速ショップへと向かったのだが、そこに置いてあるのはサントリー製の燻製とかチーズばかりで肝心のウィスキーが見当たらない。それで女性店員にウィスキーを買いたい由伝えたところ、この女性は「白州のハーフボトルならありますけど」と変な事を言った。

いや、山梨県の蒸留所で出来たウィスキーではなくてここの商品を買いたいんだけど・・と言ったら、すみません、生憎と山崎は品薄でここにも置いてないんですよ・・と申し訳なさそうな顔で言う。NHK連ドラの影響で国産ウィスキーが品薄になってることは知ってはいたが、まさか本家本元の山崎蒸留所でさえ置いてないとは考えもしなかった。

「だったらミュージアムショップなんか閉じちまえ!」とは言わないが、せめて案内員が「山崎の人気はまだまだ衰えていなくて、最早ここのショップにも置いてないんですよ」と最初から言うとか、或いは有料コースを千円から一万円に値上げして、その代わり山崎の特別バージョンをプレゼントします!とかすればいいじゃないか思ってしまう。

しかしこの国産ウィスキーブームは一体何なんだろう?。筆者はシングルモルトウィスキーが流行る前からのウィスキー好きでボウモアやマッカラン、それとラフロイグなんかグビグビ飲んでいたが、はっきり言って山崎や響はバランタインやシーバスリーガル、ジョニーウォーカーの12年物と同じレベルの品である。

それがここ最近は日本のウィスキーは世界最高レベルにあると勘違いされるようになっているかのようだ。もちろんサントリーやニッカのウィスキーは国際大会で優勝するくらいだから美味いことは美味いのだが、スコットランドの逸品に比べればあくまでも癖が無くて飲みやすいだけでこれと言って何か特徴がある訳でもない。

ところが今や山崎蒸留所に行っても手に入らないほど売れている。確かに不遇の90年代のせいで原酒が極端に不足しているから仕方無いのだろうが、ここまで熱狂するほどの味かね?と正直首をかしげてしまう。それと日本は世界五大ウィスキー生産国の一国と自称しているようだが、飲み易いだけのウィスキーを買い漁る人たちの姿を見ると・・。まだ百年早いんじゃない?






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三流品が集まる島

沖縄の国際通りを歩いているとワアワアギャアギャアやかましい事この上ない。
歩行者の2割くらいが中国人観光客で、特にモノレールと連結する県庁前と牧志は瞬間中国人比率80%に達するのでは?と思うくらい多いのだ。

全く嫌になっちゃうわ、あの連中!とオカンムリなのが女房。長い香港生活ですっかり中国大陸人嫌いになったのだが、しかし香港人だって沖縄じゃ公害物質の一種である事に変わりは無い。

女房があんまり沖縄が好きで無い理由の一つに、その前に滞在していた京都に比べて欧米人が極端に少ない事がある。もともとイギリス人デの下で働いていただけあって白人イコール上流という悲しい先入観があるのだが、京都では10人に1人は白人で、しかも大変マナーがよろしい人ばかりだったから女房は感服していたのである。

さて先日2泊3日ほど沖縄北部を回った際にある観光地で白人が大挙してバーベキューをやっているのを見つけた女房は「ああ良かった!」といった表情をしたのだが、彼らの方向へ近寄ってみると「こりゃ参った」と思い直してしまった。連中の口から出てきたのがひどい英語だったのである。

言葉が鈍っているだけでなく、所々にファックとかお下劣な単語が混じるのだ。おまけに刺青だらけのこいつらは人間というよりも霊長類の一団といった風情で、あたりにデンジャラスな空気を放っている。どうもアメリカ海兵隊員か空軍の下っ端兵隊の一団が遊びに来たらしい。

なんかこの島ってろくな客がいないわね・・と自分の事はさておいて辛口な事を言う女房。確かに日本人の観光客もヤンキーっぽい男やイモ娘、それにやたらと子沢山一家など明らかに下流な方たちの比率が高く見えるし、沖縄県民も路上で昼間っから酒飲んでる釜ヶ崎風ジジイが目につく。

筆者は沖縄に何の悪意も無いけれど、食物も大して美味くも無いし、はっきり言ってここって何もかも三流の島じゃ無いだろうか。来る前の期待が高すぎたせいもあろうが随分とイメージ的に上げ底されていた事に気がついたのだ。こっちに来てから2週間しか経っていないが、なんかもうお腹いっぱい・・という気分である。







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栄町社交場の跡地

学生時代バンコクで知り合った旧友H君が沖縄に遊びに来たので女房と3人で夕飯を食う事になった。彼のいるホテルロビーで再会を喜び合い、早速どこかへと食べに行こうとしたが、目の前の国際通り沿いの店は観光客が相手の高い割に美味くない店ばかり。それで反対方向の安里駅に向かって歩いて行くことにしたのだ。

行ったのは安里駅の東側にある古びた横丁の焼肉屋である。グルメ関連のウエブサイトに「昔の社交場だった栄町にある美味い店」という紹介文からも、ここはすでに絶滅した真栄原社交場同様にかつての売春街だったようだ。バンコクのヤワラートという猥雑な場所で出会った筆者とH君には実にお似合いの場所だ。

3時間後ヘベレケに酔っ払った筆者はまだ時間が早い事もあってH君をスナックくに誘う事にした。女房も歌好きなのだ。しかし土地勘が無いので焼肉店員のあんちゃんに「どっかいいスナック知らない?」と聞いたところ、このあんちゃんは顔色を変えて「いえ!僕は知りませんよ!」とキッパリと言い切る。

この男はついさっきまで筆者相手に冗談を言っていたのである。それでキミキミ、俺が言ってるのはその昔この場所にあったような売春斡旋スナックじゃ無いんだけどね・・と言ったら、とにかく僕はここら辺じゃ遊びませんから!と言うやプイと横を向いてしまったのである。

焼肉は大して美味くもなかったし、陽気な店員にも最後の最後でソッポを向かれる。何だあの野郎!全くつまんない店だな・・と思って店を出ると元来た道へと戻って行ったが、その時H君が「ちょっとアレ見てください!」と言うや前方を指差した。

暗闇の中にピンク色のネオンがボーッと輝いていて、そこに薄着の女が佇んでいたのだ。それが一人では無く何人もいるのである。そして道角には見張り番らしき男と、店へと急ぐやたら化粧の濃い女たちが・・。これはひょっとして「昔の社交場だった」という過去形表現は間違いで正確には現在進行形・・?

ちょっとあんたナニよココ!と不機嫌な顔をする女房と何やら嬉しそうなH君。その好対照さは当人の内面を実に素直に表していたが、どうやら筆者も薄ら笑いを浮かべているのを目ざとく女房が見つけたらしく、日課である夜の散歩にはこの日以降女房が必ず随行するようになってしまった。食べログ!正しい日本語で書けよな!。






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ややこしい客とややこしい従業員

古民家を改造した焼肉屋で料理が出てくるのを待っていると背後から英語が聞こえてきた。どうも外人の客がいるようだな・・と振り返って見たところ、中南米あるいはアラブっぽい顔つきの男が炭をおこしている最中だった。

この人従業員?と目を疑ったが真っ黒なエプロンをかけているから間違いない。そして筆者ら夫妻が英語で会話しているのを聞いた他の従業員から頼まれたのか追加注文を彼が取りに来たのである。

あんた何処から来たの?と英語で聞いてきたので女房が香港!と答えると、ああそうか香港人ね!と言った後で愛想良く肉の説明を始めた。ところが続いて女房が私はフィリピン人だけど夫は日本人で・・と余計な事を言ったために彼の表情が???になってしまったのだ。





日本生まれの男とフィリピン生まれの女がお互い出稼ぎ先の香港で出会って結婚し今は日本に旅行に来ている・・。初対面の方は大抵この説明が巧く飲み込め無いのだ。それで筆者はあちこちで誰かに聞かれたら日本語が上手なフィリピン人を自称していたのだが、この男は外国人なため余分な事を言ったのだ。

しかしこの男は頭の回転が早いらしく一回の説明で理解できたようだが、実は3年前にフィリピンに移住して・・とこれまた余計な追加説明をしたため再び彼の表情がしばし連立方程式を解くような表情になってしまった。

ヤヤコシイネ!アナタタチ!と突然日本語で言う謎の外人。当然こっちは普通の人間だと思っているから「一体何処ががややこしいんだ!」と叫んでしまう。それにだいいちアンタは何者なんだ!と聞いたところ何とネパール人だというのだ。





ネパール人が沖縄に?それもこんな沖縄本島北部の田舎村にある焼肉屋で炭起こしをしてるだと・・。それに日本語がやけに流暢なのも気になる。それでアンタ何処でこの言葉覚えたの?と聞いたら、私の奥さん日本人ね!と答えた。

ああなるほどそういうことか?と思ったが、良く聞いてみると実は奥さんは沖縄には一旦移住はしたが故郷の福島で両親の面倒を見ていて年に何回しか会えないのだとか、若い頃いろんな国をめぐっている時に奥さんと出会って・・とか何だか分かりにくいのだ。

お前の方がよっぽどややこしいわ!と思ったが、向こうも同じような目で筆者ら夫妻を見ている。しかし一番奇異な目をしていたのは話の成り行きを聞いていた周囲の客たちだった。日本とフィリピンとネパールから来た珍獣同士なかよくしましょうね。お互いややこしい仲じゃないの。






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