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父親の葬儀代を踏み倒す女

今日は女房の叔父ボウイの一周忌の日なので筆者と一緒に名護市内にあるカトリック教会へお祈りに行ってきた。10歳の時に母親を亡くした女房は一族の中で(当時は)一番裕福だったボウイ叔父の家に一時期預けられ、そこから学校に通っていたので親代りの様な存在だったのだ。

しかしボウイ叔父も稼いだ金を全部ギャンブルに使ってしまい、おまけに奥さんに先立たれてからは結構貧乏になってしまったのだけど、それでも6人の子供に恵まれたのだから(次女は死んでしまったけど)結構それなりに幸せな人生を歩んだのだと思いたい。

ところで・・お前確かボウイ叔父の病院代と葬儀代を立て替えてたよな?と教会からの帰り道に女房に聞いたところ、女房は言いにくそうな表情で「ボーヤ以外は全部払ってくれたの」という回答が帰ってきた。あの尻軽女・・とことんまでしらばっくれる気だな・・。

ボウイ叔父の長男と次男は外国クルーズ船の料理人、長女はイギリス人と結婚してスペイン在住、四女はまだ学生の身分だが既に結婚して子持ちなど皆それなりに生活の基盤を築いているが、三女ボーヤはシングルマザー、しかもそれを2回もやっているのだ。





最初の子供の父親はハイスクールの同級生で、2人目はOL時代の既婚者の同僚、さらに1年前には出稼ぎ先のドバイで誰が父親か分からない子を身ごもってしまい、堕胎するためせっかく手に入れたホテル従業員の職をなげうってフィリピンに帰国したのだ。

ボウイ叔父の緊急入院の際はボーヤはドバイに居て、給料が安いとかホテルの制服は自腹なので・・などあからさまなウソをついて支払いを先伸ばしていたのは知っていたが、まさか入院から1年半も・・、さらにその後の葬儀代までスッとぼけていたとは・・。

呆れて物が言えないとはこの事である。しかも数ヶ月前に持ちかけられたバーレーン行きの話も「フィリピンで好きな人が出来たから!」という理由で出国寸前ですっぽかし(だからアイツまだパッシグにいたんだ・・)、最近どうも男に捨てられたかまた子供を堕ろしたかで今度はマカオのホテルに出稼ぎに行く話が進んでいるらしい。

ボーヤの下半身が相当だらしない事は知っていたが、金の方もここまで駄目だったとは・・。斯くなる上は筆者が返済を迫るしか無いが、ボーヤはおそらく自分にとって一番得意で手っ取り早い財布の代わりに股を開く手段に出て来るだろう。






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沖縄の深層心理

中国ビジネスについて話した際に「同じ儒教の文化圏だからやり易いでしょう」と言われてエッ!と言葉を失ってしまう事がある。日本が儒教?あなたナニを言ってるんですか?と思い切り否定したいが、相手は自分がなかなか良い事を言ったと思っているフシがあり、こりゃ言い争いになるのは必至だからだ。

礼儀や孝行、忠義といった儒教の思想は日本人にも広く行き渡っているが、この儒教を極め過ぎて空論に溺れ全く役立たずの人間、いわゆる腐儒の状態に国ごとなったのが中国と朝鮮、そしてそうならなかったのが日本、正確に言うと鎌倉期以降の日本であり、筆者にとって日本は根本的なところでは儒教国家では無いのだ。

功なり名を成し遂げた人間は花鳥風月を愛でて詩でも吟じていれば良い。逆に言うとあくせく働くのはゴミの様な人間がする事であると言うのが儒教の本質で、日本史だと平安貴族がこれにあたるが、当然こんな遊んでばかりいる人間がリーダーの国は自ら手を汚すのを良しとする武士たちに乗っ取られてしまうのが自然の理である。

しかし腐儒の連中がバカなのは自分たちは高等民だという見当違いのプライドだけは持ち続ける事で、人前で平気で脱糞するのに中華思想とか叫んでいる野蛮人や、自分たち朝鮮人が日本にいろいろ教えたのだと本気で思ってる泥棒民族がその代表例であろう(あくせく働いて何かを得るより盗む方が儒教的には正しいと本気で思ってるらしい)

さらに困るのが全く実体の無いプライドのおかげで自分たちより強くて発展した国に対して歪んだ嫉妬心をいつまでも持ち続ける事で、特に一度占領された相手に対してはいつまで経っても恨みごとをグチグチブチブチ吐き続けては金をせびることだ。これも賠償というより下等国からの朝貢と彼らに濁った目には映るらしい)。

さて本題に入るが、沖縄の恨みつらみって儒教特有のものなんじゃ無いだろうか?。沖縄にはサムライがいなかったとか蛇味線を奏でているのが正しいという風習など儒教の影響が強そうだし、それに中国に近いという地理的条件からもこの島の人たちの奥深くが腐儒化していてもおかしく無い。

つまり筆者が言いたいのは沖縄人のメンタリティは朝鮮人と大して変わらないのではないかという事である。本土の野蛮人に侵害されたが、本来は文化的に相当進んだ国だったのだ。だから本土が金銭的に援助するのは当然だろ?。だってオレら沖縄県民は高等遊民だもん!。彼らの心の奥底からそんな声が聞こえる気がする。




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被害者の島

沖縄北部にある水族館や遺跡へとバスを乗り継いで行くのが面倒なので一日バスツアーに参加してきた。それに料金は5000円と自分たちで行くより若干割安だし、おまけにバスガイドが車中で説明してくれるから筆者は翻訳してれば良いだけだ。

しかし・・ガイドの口からは「在日米軍の75%が沖縄に・・」「政府の思いやり予算で米兵は沖縄庶民の倍の面積の住宅に・・」「敗戦の結果、沖縄だけが米軍の統治下に・・」といった説明が出てくる。そのトーンがやっぱりという感じなのだ。

被害者沖縄県民という構図である。我々は元々平和的な民族だったのに薩摩藩の統治下で過酷な・・から始まる一連の悲劇の歴史。このエッセンスを取り混ぜたガイドの説明を聞いてると「はいはいそんな事とっくに知ってますよ」と言いたくなってきた。

筆者はユダヤ人や黒人など歴史的に迫害されてきた人たちとビジネスの付き合いをしてきたが、あくまで個人ベースで自分たちの境遇をここまで嫌味っぽくアピールされた事など無い。もちろん彼らとは被害民族と加害民族の関係に無いからだろうが、それでも沖縄はちょっとしつこすぎないだろうか?

言っちゃ悪いがなんだか朝鮮人と話してる様な感じである。何もかも自分たちが被害者なのだという聖域を作ってそこから外に向かって恨み事を言い続ける。悲劇の島なのはその通りだけど、筆者より若いバスガイドから祖先達の恨みごとを聞かされる覚えは無い。

沖縄県民はもともと三線を奏でて詩を吟じるのを愛する文化的な民で・・と何度も何度も念じるように言うガイドの話を聞いていると「アンタしつこすぎるね」と叫びたくなってきた。やっぱりこの島は好きになれそうに無い。




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沖縄に怒られに行く?

筆者が滞在しているウィークリーマンションは空港で出迎えサービスがあるので早速利用させていただいたのだが、運転手と車内で話している際に「あなたがメールでやり取りしていた○○さんですか?」と聞いたところ急にムッとした顔になり、いいえ私は違います!それにオフィスの連中がお客様と合うような機会は絶対にありませんから!と非常に投げやりな態度になってしまった。

それまでは非常に上機嫌で「つい先日梅雨時期になっちゃっいましてね」などと話していたのである。それが何で急にこんな吐き捨てるような口調で・・。しかもこの人は契約運転手などではなく○○さんと同じく会社の社員で、どうやら空港での出向かえから部屋の説明、さらには修繕までの外回りを担当してるらしい。

なるほどどんな業種でも内勤と外回りは合わないものなんだな・・とその時は思ったが、部屋の説明が終わって書類にサインしている時にその運転手が筆者の親戚が多く住んでいる川越市に多い苗字であることに気が付いた。それで「あんた埼玉の人なの?」と聞いてみたところ「ええ、そうなんですよ」と素直に認めた。





なるほど、沖縄を旅するうちに魅力に取りつかれて移住した人ってことか・・。沖縄じゃなかなか仕事が見つからないと聞いていたが、この川越氏(仮名)は幸運な人のようである。しかも(失礼だと思ったが)聞いてみると正社員だと言う。それで「良かったですね」と言ったのだが、ここでこの川越氏は「でも本土から来た人間はずっといつまでも外回りのままなんですよ」と口をまげて言いだした。

その口調がまたまた変なのである。こう書くと語弊があるかもしれないが「俺たち黒人兵士はいつだって戦闘の弾避けにさせられるんだ!」というのと同じ様な感じなのである。しかしこの川越氏は本土からきた人で、一方優遇させられているらしい内勤の○○氏の苗字は如何にも沖縄的なのがややこしい。

もちろん地方では他所から来た人間が冷遇されるというのは良くある話である。例えば筆者が30代の半ばに3年間だけ一時派遣させられていた山奥のど田舎県の提携企業など同じ出身県によって配属先から出世スピードまで変わってくるような仕組みだったから、沖縄のこのウィークリーマンション会社が地元民優先政策を採っていたって別におかしくはない。





しかしである。筆者は沖縄県民の方が本土出身者より優遇されているという構図に(本当にバカな話だが)エッ?と思ってしまったのだ。というのは筆者の頭の中では沖縄県民と言うのはいつも被害者で、本土の都合で徹底的にアメリカ軍に破壊され、そして一時期は外国領土にさせられてしまい、さらに就職差別などを受けてきた可哀そうな人たちというイメージしかなかったからである。

ところがその沖縄県民が威張り腐っていて本土から来た人間が冷遇されている・・。つい先ほど書いた通りこんなの本土のどの県でもありきたりな話なのだが、それが沖縄で起こっていると聞いて自分の頭の中で発想的にスポッと抜けていたことに今更ながら気が付いたのである。大江健三郎だかの「本土から沖縄に怒られに行く」という構図の刷り込みである。

筆者は沖縄に来るのは初めてだし、この件の事はなんにも知らないからこんな低レベルな事しか書けないのだが、これがもしも「うちの会社の管理職は全部本土の人間だけで占められていて、沖縄県民は給料だって3割ピンハネされてるんだ!」という逆の話だったら多分こんな変なモヤモヤ感は持たなかったんだろうな・・、と思う。本当にバカみたいだけど発想的に抜け落ちた構図でした。






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値段が下がったのは良いけれど・・・

モノレール小禄駅の真ん前にあるイオンモールのレストラン飲んでいた筆者のもとに女房が帰って来た。女房はいったん買い物を始めると長くなるので今回の旅からは別行動をすることにし、筆者はいくつかのツマミと泡盛のソーダ割りを堪能していたというわけだが、上機嫌の筆者と違って女房は何だか口惜しそうな表情をしている。

おい、お前どうしたんだ?と聞くと「あ~!本当に悔しい!」と何度も何度も小声で叫ぶ。その仕草があんまりにも大げさなので話を聞いてみたところ、ユニクロで狙いをつけていたブラウスだかパンツが予想した通り1000円値引きになったというのだが(どうも春物だったらしい)買うことが出来なかったと言うのである。

ほお、ユニクロは最近販売不振と聞いていたがケチなお前がそんなに気にる商品があったとは?と目を丸くしたが、その「買うことが出来なかった」という理由を聞いて呆れてしまった。他の客に先にとられて在庫が無い状態だったのかと思いきや、なんと合うサイズがなかったというのだ。





ユニクロに限らずどんな衣料品ブランドもSMLそしてXLサイズとバリエーションがあり、女房が狙いを定めた品物はLサイズだったが、今回試着室に入ってみたが体が入らないというのである。あれっ?おかしいな?と思って全く同じモノ(Lサイズ)をもう何枚か持ってきて試してみたが、それも全て同じだったらしい。

横浜で見つけた時にはスルッと入ったのよ!と言い張る女房。だったらXLサイズを買えばいいじゃないか・・と思ったが、なんとその商品はSからLまでしかバリエーションが無いのだと言う。それで「きっと値下がりするだろう!」と1か月半も我慢してきて遂にその瞬間が来たというのに、女房は泣く泣く購入を諦めざるを得なかったと言うのだ。

だったらとりあえずLサイズを数枚買って大学生の姪に与えるとか、帰ってからダイエットすれば良さそうなものだが、女房の口から出た中で一番不可解なのは「なんでもっと早く値下げしなかったのよ!」という一言である。そんなの・・着れなくなった原因はここ最近急に太ったお前にあるんだし、それに1か月半前に安値で購入したとしても今度は「あ~着れなくなっちゃったわ!」ともっと嘆いていたと思うんだけど・・。







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日本式おもてなし例外事案

那覇の国際通りから帰ってきた女房が開口一番えらく態度が悪い店があって頭にきたわ!と言いだした。なんでもその店は自分が入っても笑顔どころかウエルカムの一言もなく、さらに店員に話しかけても自分は徹底的に無視されたのだ!と憤ってる。

牧志市場南部一帯のスラム化した商店街のおっちゃんだって愛想が良いのに日本じゃ珍しいな・・と思ったが、晩飯の後で女房が「あの店よ!」と指差したのを見て思わず納得してしまった。中国人向けに特化した店だったのだ。

試しに店に入ったところ女房が言った通り筆者の顔を見ても歓迎降臨の一言も無い。こいつは客にならない!と初めから決めにようだが、不思議なのは北京語を話す流しっぽい二人連れが入店してもフニャフニャなんか言っただけでほったらかしな事である。

そうか!日本の物価もよく知らない中国のお登りさん相手のボッタクリ商売だな!と気づいた筆者は女房に連れまわされたおかげで知識が広がった化粧品の類を見たところ、案の定最低でも三割、モノによっては倍の値札がつけられていた。

当然ながら初めて日本に来た中国人でもちょっとでも頭が回ればマツモトキヨシやエディオンにでも行くはずだが、哀れそういうレベルに達しない中国人は頭と懐具合のアンバランスさが災いして思い切り搾り取られてしまうという事らしい。

しかし日本の行政はおもてなしとか世界一の日本のサービスをもっともっと向上させよう!とか言ってるけど、だったらこういうイカサマ商店をD級とか落第とか指定したほうがいいんじゃ無いのかね?。こういうの放っておくと後々ろくな事にならないよ。






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赤いバックパック

昨年秋に所用で東京の実家に滞在した際、屋根裏のガラクタ倉庫を整理していたら目の前に懐かしい品物が現れた。大ぶりな赤いバックパックである。このリュックは筆者が学生時代にアジアへと貧乏旅旅した際に背負っていたものだ。

筆者は最初メタルフレーム付きの登山用リュックを先輩から安値で譲って貰いインドを2か月ほど旅したのだが、こいつは案外と嵩張るのと見た目と違って容積がかなり少ないため代わりに新宿の旅用品店で買い求めたのがこの赤いバックパックなのである。

筆者は就職してからは日本国内や香港などあちこち引越しが多かったため思い出の品はあらかた無くなってしまい、アジアを旅した思い出の品もいつの間にか消えてしまいすっかり諦めていたのだが、それが何とひょっこり25年ぶりに姿を現したのだ。

オレはこいつを背負って旅したんだなあ・・と思うとバンコクのヤワーラート(中華街)に沈殿していた薄汚い格好をした自分自身の姿と、夜行列車に乗ってたどり着いたスラーターニやコーンケーンの埃っぽい街並みが脳裏に浮かんできた。

この赤いバックパックと一緒に2回旅した後で筆者は嫌々ながら就職し、その後紆余曲折を経て世界中のいろんな国を訪れる仕事へとつくことが出来たのだが、不思議なことにビジネスクラスに乗ってハイアットやマリオットの朝快適な部屋に泊まっていた日々よりも、アジアの安宿のきしむベッドであと幾ら懐に残っているかなぁ・・と小銭を数えていた学生時代の旅の方が鮮明に覚えている。

アクアスキュータムのコートを羽織ってサムソナイトのキャリーバックを転がすような立場は3年前に自ら終止符を打ちマニラへと移住した。そして学生の頃の貧乏旅の証である赤いバックパックが目の前に突然と戻って来た・・。たしかに元々オレはこの赤いバックを背負い続ける方が性に合ってたんだからな。これは何かの天啓なのだろう。

それで今回の旅から筆者はこの赤いバックで旅をするようにしたのだ。もちろん昔の様な体力などは無いしバンコクのジュライホテルやカルカッタのパラゴンホテルの様な安宿に泊まるのは気が向かないが、でも慣れればそれも気にならなくなるのだろう。これからはずっとこの赤いバッグを背負って行こう、最後の最後の瞬間まで。






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イカスミ焼きそばが恋しい

香港に住んでいたころ筆者ら夫婦で一時期ちょっとしたマイブームだったのが沖縄料理店であった。そこは自宅から歩いて数分の距離にあった「えん」という店で、もともと南国&黒潮文化圏という共通点からかここ供される料理はフィリピン人の味覚にも何となく合ったのである。

美味しいわね!この豚肉の煮込みってなんて名前なの!と次々質問してくる女房の友人たち。今まで色んな日本料理店で食べてきた義妹(当時香港にいた)も一番のお気に入りはこの沖縄料理店だったくらいである。

なかでも全てのフィリピン人から絶賛されたのがイカスミ焼きそばで、この店はスミを麺に練りこんである真っ黒い麺タイプなのだけれど、その芳醇なスミの味とイカの旨味、そして豚肉の脂分から滲み出る甘いコク、そしてニラのワイルドさがマッチして何とも絶妙な味だったのである。





それで週末にランチに行くと4人それぞれが定食を頼んだ上にイカスミ焼きそばをアラカルトで頼むのだが、みんな手持ちの料理よりも焼きそばを食いたがる為あれよあれよと言う間に二皿追加!となってしまう、それほど人気のメニューであった。

筆者の中ではシンガポールの福建蝦麺こそが世界最高のフライドヌードルで、この沖縄料理料理店のイカスミ焼きそばはそれに次ぐ位置を占めていたのだけど、残念な事に3年前にフィリピンに移住してからはしばらくご無沙汰になってしまったのだ。。

しかし3日前沖縄に来てからというもの筆者ら夫妻の脳裏を占めているのはあの懐かしいイカスミ焼きそば・・。なんたってここは本場なのだからこれはもう脳がぶっ飛ぶくらい美味い本物に出会えるに違いない!。それで店を選ぶ時はちゃんとメニューにお目当もものがあるかどうかをちゃんと確認してから入るようにしているのだ。





ところがこれ完全に目算が外れてしまったのだ。うちの店はイカスミ焼きそばが自慢で!なんてところに限ってちっとも美味くないのである。香港の店のようにスミとイカの身と脂とニラが思いっきり格闘しているような荒々しさが全く無い小さくまとまりすぎた味なのである。

一体どうしてこんな事が?と思ったが、実はワタシが香港で食べた・・と店員に聞いたってまともに取り合ってくれるはずは無い。それで仕方なく石垣島とか久米島など別の島系の料理店行ってイカスミ焼きそばを〆に食べているのだが、食べれば食べるほど失望感が広がるだけだ。

なぜ香港の「えん」はイカスミ焼きそばだけ沖縄風とは違う味付けにしていたのか?ひょっとして焼きそばは中華料理にも似たものが多いからなのだろうか?それともスミを麺に練り込むと味が変わるのか?等々疑念は尽きない。でももう一度「えん」の焼きそばを食いたいなぁ、あれは実に美味かったな。





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酔っぱらいのピエール

筆者が最初にヨーロッパを旅したのは30歳に近くなった頃で、ある国際的な展示会へと数日参加したのだが、出張の後でその分の旅費だけ自腹払うと上司に掛け合って花の都パリへと向かう事にした。当時好きだった絵画を堪能するためである。

滞在したブリタニックという安ホテルからオルセーとポンピドー、そしてルーブルへと巡り、夕方になったのでカクテル通には堪らないハリーズ・バーへと出かける事にしたのだ。かのヘミングウエイも通い詰めたという伝説的な店である。

しかし期待とは裏腹に行ってみると案外と普通の店で、筆者はそこで大ぶりのショットグラスに注がれたマティーニなぞ飲んでいたのだが、2杯目だか3杯目を干すうちに隣の席に座ったスーツ姿のフランス人に声をかけられた。

ピエールと名乗ったその若い男はあんたの紺のスーツの袖口から覗くストライプブルーの組み合わせは実に良いね!と言いながら、自分はこの近くの出版社で働いているのだ!と言い始めた。何でも帰りがてらにここで一杯引っ掛けて帰るのが日課だという。

見れば相当酩酊している様子で、生まれつきなのか酔ったからなのか焦点が合わない目で何やら色んな事を話しかけてくる。今だったらギャルソン呼んでこんな野郎は追っ払うが当時は若かったしパリで人恋しかった事もあってピエールの長ったらし雨話を聴き続けたのだ。

君たち日本人へね、言いたい事があるんだよ、と急に改まった口調で話し出すピエール。君たちは時間の使い方を知らないんだ。だからアメリカ人みたいにいつも急いでいる。でも僕たちヨーロッパ人はね、豊かな時間の使い方を知ってるんだよ。

当時30歳前で本格的なビジネス経験を積み始めたばかりの筆者にこの阿呆の言葉がどう映ったのかはご察しの通りである。ただバーの雰囲気の良さと初めてのヨーロッパでのメランコリックな気分から筆者はただただ黙ってピエールの話に耳を傾けたのだが、彼の事など遠の昔に忘れていたのだ。





さてあれから20年が経過し、本日ただいま筆者は那覇市で1ヶ月の短期滞在を始めたばかりなのだが、滞在先の近くにある公園で琉球相撲の大会が開かれていたので買い物の帰りがてらに覗く事にした。別に興味は無いが地元民が楽しそうに見ていたのである。

公園の芝生に座ると英語で会話している筆者らに側にいた古老が「あんたらはどこから来たのか?」と日本語で聞いてきたので、説明するのも面倒だからこっちも日本語で東京です!とだけ答えたのだが、この古老は何だかもっと話したそうだった。

この試合は個人戦と団体戦があって、筆者が見ていたのは個人戦だったのだが、準決勝以降は団体戦の後、つまりメインイベントは最後の最後になると聞いて呆れた筆者は帰る事にしたのだ。幾らロハとは言えもう1〜2時間公園いる気にはならなかったのである。

それで尻の下に置いたビニール袋を取り出して帰路につこうとすると、側にいた古老が筆者の方をジッと見ているの気付いた。なんか言うのかな?と思ったが何も言わない。しかし古老の幾分ロンパリ気味の目を見たときに何故だろう20年前の光景が脳裏によぎった。

筆者には今日どころか次の1ヶ月間の予定だって何もないのだ。いやもっと言えば別に1年でも2年でもこの公園にい続けても全く何の問題も無いのである。にもかかわらず一段落したからと場を辞そうとしたのは筆者の中にある種の強迫観念がある事に気付いた。

繰り返すが筆者は今後自分が死ぬ事以外は何のアポも無いのである。だったら時間をゆっくり使えば良いのにそれが出来無い・・。かつてポーランドの郊外で友人の一家の団欒シーンを見たときの様に自分が非常に貧しい生き方を生き急いでいる事に気付く。

こう書いても分からない人には分からないかも知れない。しかしどれほどポケットに小銭があろうとも何かに急かされている一日が幸せと言えるのだろうか?。そう問うと20年前の酔っ払いのフランス人の顔が目に浮かぶ。そして相撲を見ていた沖縄の古老の浅黒い顔も・・。彼らは筆者がきっと再び筆者を戒めに現れるのだろう。






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美容液エスパー交信

那覇市の国際通りの小道を入ったところをブラブラしていると美容液を山積みしている店が目の前に現れた。よく見るとここに置いてあるのは資生堂やカネボウ、コーセーなんかじゃなく全然知らないブランドの品物ばかりである。

この手の商品が好きな女房は直ぐに店に入り鷹の様な目で一品一品吟味し始めたが、しばらくするとオロナイン状の平たい瓶をジーッと見入り始めた。瓶の中には禁煙直後に喉の奥から出てくるまだら模様の痰の様なモノが詰まっている。

これ入ってるの金だよね!と女房がいうや、店の奥から台湾マダム風の太目の女主人が出てきて「この商品は金を使ってるので1万円とお高いのですが当店は1920円とお安く提供してます」と愛想よく言い始めた。





嘘つけこのデブ!最初からその値段だろう!と思ったが、まあ大した額じゃないので女主人の説明をいちいち通訳していたのだが「金を塗り込む事で肌がきめ細やかになるのです」という一言にピンと来た。

ちょっと待て、俺は20年以上も純金の指輪をはめてるけど薬指だけ肌が綺麗になった事なんてないぞ!と言ったら、このオババはウウッ!と妙な声を上げた後でしどろもどろの口調で「このジェルと金が化学反応を起こして・・」と言い出した。

あんたなぁ・・、金が化学反応するのは王水って酸だけなんだよ!。だから人類は永久資産として金を大事にしてきたんだろう!。しかしオババは再びウウッ!と反応するや相手が悪いと思ったのか急に首の角度を45度曲げて女房へと方向を捉えた。





ゴールド・ジェル・スキンケア・グッド・グッド!。およそ英語とは思えない言葉(というより日本国内で通用する英単語羅列)で話しかけるのだが、なんと女房はそれをフムフムという感じで聴き続け、さらに幾つか質問をする。

この後のオババの答えは発音どころかもはや出てくる単語さえも全然間違ったモノだったが、ここで筆者は美を求める女性たちには言葉など要らないことに気付いた。お互いにオー!イェー!と言い合うや手を握りあい始めたのである。

エスパー、いや異星人並みのコミュニケーション能力、おそらく前頭葉から電磁波でも出し合っているに違いない。そして女房の財布から千円札2枚が出されるのを見たときに女性というのはエイリアンの一種と考えるべきだったんだな・・と今頃になって気付いた。






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オバマが来りて女が死ぬ

沖縄で先月末から行方不明になっていた20歳の女性が実は元海兵隊員で現在は基地勤務の軍属米国人に殺されていたというニュースで日本のワイドショーは大騒ぎである。

オバマ大統領が来る直前だというのに!広島訪問時に謝罪の言葉が出るかどうか微妙な時期に!とタイミングの悪さを嘆く人、あるいは喜ぶ人など各人の思想信条によって意見はバラバラである。

しかしこの光景を見て筆者はアレッ?と既視感に囚われてしまったのだ。そう、オロンガポ市で発生した米兵によるニューハーフ殺しである。あの時もオバマが訪非して両国が軍事協定を結ぶという重要な外交イベントを控えていた次期だったのだ。

当時この新しい軍事協定によりオロンガポは1992年の米軍撤退前と同じように海軍基地として使われると見られていたのだ。その町で大統領訪問前に米兵が民間人を殺した。これって偶然なのか?と筆者は当時勘ぐったのである。

ところがそれから2年経って今度は極東最大の米軍基地がある沖縄で同じような状況下で同じような事が起こった。これはもう陰謀論好きな筆者には疑わしいを超えて確信に近いところまできてしまう。






これは単なる殺人では無く外交関係に影響を与えるための謀殺ではないか?もちろん仕組んだのはアジア随一のキチガイ国家兼泥棒国家の中華人民共和国というのが筆者の見立てである。

アメリカが出ていけばスプラトリー諸島どころか尖閣諸島も意のままにできる。そのためには米兵による事件をタイミングよく引き起こして市民運動をヒステリー化させ外交交渉の場で致命的な誤判断を誘発すれば良い。

お前はスパイ小説の読みすぎだ!と思うかもしれないが、これは旧ソ連が現実にずっとやってきた手口でもあるのだ。世の中にクスリに溺れた阿呆や精神が普通じゃない低脳者が結構いるのでマインドコントロールは案外簡単にできるらしい。

ただしオバマの任期はあと数ヶ月でレームダックなため今回の殺人が与える政治的影響はかなり限定的のように思えるが、中国の思惑はもっと別のところ、つまり在日米軍の撤退をほのめかす次期大統領候補にあるのではないだろうか。

問題を長引かせて次の候補に沖縄への嫌悪感を抱かせる、あるいはこの人物の脳内にアジア外交での誤差を埋め込み、次の8年間でさらなる領土拡大を実現する。筆者はなんと無くそう思えてしまうのだが考えすぎだろうか?





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これって過剰警備じゃあ・・

出雲から大阪に到着したその足で真っ先に自販機で缶ジュースを買った。なんだか高速バスの空調が悪いのかやけに喉が渇いたのである。

缶からの中身を一気に飲み干し、さて空き缶を捨てるかな・・と思ったのだが、ゴミ箱を見て驚いてしまった。なんと穴の部分が紙でシールドされているのである。

なんだよ捨てられねえじゃねえか・・。そしてゴミ箱に何やら紙が貼られているのでそれを読むと駅長名で「伊勢志摩サミットの特別警戒に伴い・・」と書かれているのを見つけた。

伊勢志摩ってのは大阪からは近鉄の特急で約2時間の距離のはず・・。それがなんで阪急梅田駅でテロ警戒をしなきゃならんのだ?。それで他の駅ならゴミ箱が空いてるだろうと思ったが、これがなんと梅田界隈の駅は全てゴミ箱が閉じられていたのだ。

過剰警戒、いやなんだかジョージ・オーウエルの小説家に出てくる警察国家の前兆?。昔から反権力思考の強い筆者はこういう捉え方をしがちなのだ。

これが鳥羽や賢島駅だったり外国要人が離着陸する中部空港なら筆者も理解するが、それが大阪のしかも伊勢志摩には向かう路線を一切持たない阪急のゴミ箱を閉じる理由があるのだろう?。

どなたか合理的な説明をしてほしい。






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誇りを失った栄光の民

大阪から約6時間バスに揺られ、出雲市駅前のホテルにチェックインした後で日本海という居酒屋へ入った。ここはノドグロが有名らしく日本酒が好きな筆者は矢も鉾もなくここへと入ったのである。

はい、いらっしゃいせ!何名様でしょうか!。店に入るや否やそう問われて面食らったのが筆者である。なぜなら彼らの話す口調が完全な標準語だったからだ。

考古学が好きな方、あるいは松本清張の傑作「砂の器」を読まれた方なら、西日本で出雲周辺だけは離れ小島のように東北風のズーズー弁を話す土地である事は良くご存知であろう。

古代日本は蘇我氏やアラハバキ、あるいはスサノオなどの製鉄民や鉱山技師らズーズー弁話す先住民と、現天皇家や藤原氏を中心とする朝鮮渡来人の争いの連続であり、ズーズー弁の出雲は純日本の色合いを強く残す土地なのだ。


1111出雲弁1


名古屋から長野県にかけて似たようなニャーミャー方言を話すのはこの一帯がオオクニヌシと同族の古代のタケミナカタノカミの領土だったからであり、方言とは遥か昔の地方王権の勢力範囲を語る証左である。

ところが出雲に来て耳に入るのは標準語だけ。おまえなあ・・、俺はスサノオを奉る氷川神社の神主の孫で、体毛も濃い縄文人の末裔なんだぞ。なのになんで俺たちの血を色濃く引くおまえら出雲人が標準語喋ってんだ!

しかし1軒目の若い板さんは筆者が言ってることがチィとも判らず狼狽えてるばかり。それでこんな阿呆と話しては意味がないわ!と伝統的出雲蕎麦なる店の入ったが、ここの店主は文化人類学どころか算数も出来ない低脳であった。

こんなハズじゃない!と芋焼酎で頭がとろけた筆者はうらびれた飲み屋街をぶらつき、この店は相当昔から客がはいってないな・・という店の暖簾をくぐったが、その時なんとつい数時間前まで馴染んだ言葉をかけられた。関西弁である。


1111出雲弁2


今はなあ、こっちの人は方言はよお話さんのや!と言い張るラーメン屋の女将。それでカウンターの向こうで話し込んでいる労務者らしき二人連れに聞き耳を立ててみたが、これが錦糸町や青砥の大衆酒場で管巻いてる親父と同じような話し方・・。

さらに日御碕バス停横の食堂のおばちゃんや電鉄松江駅の足湯に浸ってる地元の婆さんに「一体ズーズー弁はどこにあるのか?」と聞いたのだが、二人ともハ?という表情をした後で、ああ!ネーネー弁のことね、あんなの山奥の爺さん婆さん達の代でお終いになってるのよ!と標準語で言う。

ネーネー弁って何ですか?と聞くと、それはミャーとなネーとか語尾につける・・と言うので、それは尾張弁じゃあ?と聞き返したが、いえいえ違いますよ!出雲の古い世代はネーネー弁を話したんです!とそこだけやけにリキむ。

考古学者や松本清張が間違っていたのか?、それともカッコ悪いからと出雲人達は自分達の言葉を封印してしまったのか?。いずれにせよ筆者の出雲人たちに対する尊敬心はかつてこの地にあった古代文明のように綺麗さっぱり消え失せてしまった。


1111出雲弁3



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大財閥と大宗教家の点と線

奥の院まで続く2キロの参道沿いにある戦国武将達の墓を見て回っていると、ふいに住友本家の墓と言うのが目の前に現れた。ここ高野山には比叡山を焼き討ちにした織田信長からヤクルトなど企業が建てた墓まであるから住友家の墓を見つけても別におかしくとも何とも無いのだが、その時に筆者は「はは~なるほどね」と一人ごちてしまったのだ。

うちの創業者はね、元々は山の民で炭焼だったんだそうですよ。だから「すみとも」っていう苗字なんです!といったのは住友グループの素材メーカーの香港支社長A氏である。この会社は筆者の勤めていた会社の取引先であるため、若造の筆者も上司のお供で良く接待に誘われたのだ。

A支店長は相当の歴史好きらしく、南北朝時代に周辺部を敵で固められた武将がなぜ数千人の兵士を遥か遠方に派遣できたのか?というクイズを皮切りに、戦国時代の武将達が抑えていたのはあくまで平野部だけであり、山間部は全く別の王国だったのだ!というユニークな持論を語り出したのだ。





現代の感覚だと山の支配者ってのは相当貧乏なんだろうなあ・・と思うが、家を建てるための材木や鉄、銅、水銀などの鉱物、そして何より暖をとるための木炭は全て山から採れる。だから今で言えば住宅資材会社や天然資源を扱う商社のような経済的に重要な存在だったらしい。

そして住友家が発展する契機となったのも愛媛県の山奥の銅山開発で、これも山絡み。世間では三井や三菱と同じ感覚で住友一族を見るが、彼らが山の民出身でここに地盤を置いていたからだと考えると納得がいくでしょう!とA支店長は豪快に笑った。

しかし当時の筆者は山の民どころか住友グループにも何の興味も持っておらず(あるとすればイトマン事件くらいだった)、したがってA支店長の話も適当に頷いているだけだったのだが、後年筆者が歴史に興味を持ち出してから、A支店長から聞いた「統治圏外の民が日本には数多くいた」という概念が結構役に立つようになってきた。





例えば後醍醐天皇に馳せ参じた楠木正成とは何者だったのか?とか、なぜ豊臣秀吉は織田信長に(当然実力もあるが)あれほど重用されたのか?といった事である。彼らが平野部の常民の中から這い上がってきたと考えるから無理があるのであって、最初から別王国の民、あるいは別王国を押さえこめる立場の人間だったと考えればすんなりと理解できる。

そして高野山を開いた空海も杖を叩いたら水が湧き出たという言い伝えが示す通り元々が山師(鉱山技師)であり、彼の教えを受けた修験道(やまぶし)たちの多くが鉱山技師として生計を立てていた事からも、真言宗と言うのは宗教団体であるだけでなく山の民のなかの職能集団、いや企業体だったのでは無いだろうか?

その真言宗の聖地に住友本家の墓がある。まあ宗派出自に限らず誰の墓だってここにはあるから別に不思議でもなんでも無いのだが、住友と空海が同じ山の民という共通点に今更ながら気がつき、墓場の中で一人頷いてしまったのである。






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爆買い赤信号への疑問

日本の深夜番組で中国人観光客による消費、いわゆる爆買いが低迷し始めたという話題でずいぶん長い事議論していた。観光は有効な外貨獲得手段だから筆者も小売店でWiFiや言語翻訳端末機器を増やすなどしてほしいのだが、この番組のコメンテーターとニュースキャスターのやりとりを聞いているうちに何だか違和感を持つようになってきた。

日本の受け入れ態勢がなってない!政府のサポートが不十分だ!もっと税金を使え!などとまるで中国人が金を使わなくなったのは日本人のせいである!というトーンで語っているのだ。欧米人や東南アジア人ではなく中国人だけを話題に取り上げているというのも気に障るが、何より日本人が国として努力を怠っている!と言いはる激しい口調がこれまたカンに障る。

筆者は通算17年ほど香港に住んでいたことがあり、2003年のSARS騒動で落ち込んだ消費を立て直すため中国人旅行者の解禁に踏み切ってから香港が中国人で溢れかえる経緯をずっと見続けて来たが、はっきり言って解禁に踏み切った以外は別に香港人が何か努力した訳では無いというのが事実なのだ。

香港中のホテルやレストラン、ショップがやった事と言えば北京語の話せるスタッフや簡字体のメニューを増やす程度の現場での改善レベルだけである。それから筆者の仲良しのお客は本業とは別に香港に大規模な小売店を香港とマカオに幾つか抱えていたが、この社長が経営者として気にかけていたのは中国政府の海外旅行許可証の発行数と株価だけなのだ。

自分の持っている株や不動産の価値が上がったら大盤振る舞いするが下がれば家に閉じこもって自炊する。これが何千年も続いてきた中国の庶民の習性であり、一方庶民が羽目を外すのは暫く黙って見ていても一旦限界を超えたら問答無用で一気に締めつけるのが中国役人のこれまた十八番である。





つまり香港や日本など受け入れ側が何をしようが来ないモノは来ない、来るものは来る訳で(中国人の消費傾向が先進国並みに成熟して嗜好が分散化していくのは当分先である)、受け入れ側が幾ら本腰を上げようが大抵の努力は無駄な出費に終わるのである。要は中国人の爆買いが落ちたことに対して日本人ができる事など値下げ以外なにも無いのだ。

でもなぜ日本のメディアはこの事をしきりに取り上げているのかというと、「我が国民が爆買いしないのは日本人の努力が足りないからだ!」と自分たちの失敗のツケを日本人に転嫁しようとする中国の言いなりになっているからである。トヨタから始まって花王や日清食品など多大な広告費を注ぎ込む企業は中国の発言代理人に堕ちてしまったようだ。


それともう一つは本来ならとっくに死んでりゃ良いものを突然の景気回復で急に息を吹き返した百貨店からの圧力であろう。高いマージンを取る割には笑っちゃうくらい販売力の無い小売界の足手まといが馬鹿面下げて「政府はもっと金をつぎ込んで!」とか叫んでいるのを見ると軽蔑心を通り超して怒りさえ覚えてくる。

株に狂奔して売り時を逃した博打好きの劣等人種と、昔の栄光に酔いしれて自国民向けに魅力ある商品を最適な形で提供する努力を全然してこなかったダメ業種。先天的に自分の失敗は他人のせい!という論理でモノを話す民族に頼りすぎたのか、ついに百貨店も中国人ばりの手前勝手な思考形態に陥った様だ。

はっきり言うとこんな連中の話に耳など傾ける必要は無いのだ。中国人が三越で爆買いしようが株で損して一家心中しようが一般の日本人には全然関係無いし、一方日本国内の死に馬の産業が淘汰されるのは自然の摂理である。両方とも別に助けもせずにそのまま滅びればいいじゃないか・・、これが筆者の率直なアドバイスである。






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無知との遭遇@高野山

高野山の名所を一通り見た後、登山電車で下界へと降りていく最中に静岡から来た婆さんとその娘に話しかけられた。この二人は随分と多弁で、こっちが迷惑そうな顔をしているのも意に介さず一方的に喋り続けるのだが、何でも真言宗の檀家で何処かの宿坊に一泊泊まりながら高野山へお参りしてきたのだと言った。

まーったく弘法大師は立派な坊さんなもんで、へー、日本各地にものすごい数の寺を作りなさっただに、へー、となんとも面妖な方言で説明し始める静岡ババア。こりゃ相当山奥か辺境、あるいは浜名湖内の無人島に住んでいるに違いない。

うるせーな、この親子は・・と思ったが、高齢の婆さんをいじめるのも気がひけるので、そうですかー、そう言えば比叡山の最澄とはライバルでしたっけ・・などと言ったら、これが火に油を注いでしまったらしく、そうそう!弘法大師の方が長く長安に留学したおかげで本当の密教を会得して・・!と信者特有の自慢話を始めた。

ところがである。静岡ババアのムスメ(とは言っても50代の中年)の口から「でも何で弘法大師さまはこんな紀州の山奥に寺を作ったのかしらねえ(方言は面倒なので以下省略)?」と言うのでエッ?と驚いてしまった。そりゃあんた・・、だってここで水銀が取れるからでしょう。





ところが(二度目で恐縮だが)この親子は筆者に対して怪訝な顔をしたのだ。つまり弘法大師は鉱山や水脈を探り当てる山師の生まれで、後年も布教の傍ら副業として水銀や鉄を掘り当てていた事を真言宗の信者でありながら知らなかったようなのである。

もちろん真言宗の信者で無ければこんな事は知らなくても良いのだが、茶の湯を嗜む人が千利休の本業が堺の武器製造者の販売代理人である事を知ってるのが当たり前のように、自分たちの信仰の開祖の氏素性くらい知っているのが当然であろう。

ところが(三度目で失礼)この静岡から来た親子は「そう言えば弘法大師さまが杖で地面を叩いたら水が湧き出たって伝えがあったけどねえ、でもあれは大師様の霊力なんですよ」とまるっきりトンチンカンな事を言い始めた。

あの~空海の本業は元々そっちで、探し当てたのは先祖から受け継いだ技術のおかげですよ!といってもキョトンとしたままであった。このアホ親子!不勉強にもほどがあるわい!。しかしその後筆者に対して「金毘羅さんもね、弘法大師様がお建てになった・・」と今度は神道と仏教がごっちゃになった話をし始めた。真言宗っていいのかね、こんなんで?






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あれもこれも食えないなんて・・

大学時代の先輩と約30年ぶりに再会する事に成ったので京都から電車を乗り継いで神戸三宮まで出向いたのだが、待ち合わせ時間より早く到着した筆者は昨年の神戸滞在中に何度か足を運んだ美味い焼肉屋に予約を入れておく事にした。

この先輩とは大学時代よく一緒に飲みに行ったのだが、当時からかなーりのメタボな方であった。それに居住先の岡山からわざわざ出てくるのだから当然の如く神戸ビーフを食うに違いない!と元営業マンらしく先読みをしたのである。

ところが待ち合わせの場所で「よお!◯◯!」と声をかけながら男が向かってくるが、この男性は随分と痩身である。それに筆者の苗字は有り触れているからきっと隣で待ってる男に声をかけたんだろうな・・と思ったのだが、やがて目の前に立った人物の顔をよく見てみると・・、件の青山先輩であった。

お久しぶりです!随分スリムになられて!とさっそく挨拶を交わし、実は焼肉屋を予約してある事は隠して「じゃあ何を食べますか?」とお伺いを立てたところ、実は僕は肉がまったく食えないので魚でお願いしたい・・と筆者の予想をスカッと外した答えが返って来た。





それで魚が美味そうな居酒屋で乾杯をした後で近況を語り始めたのだが、筆者の記憶では青山先輩とは新宿のトンカツ屋や焼肉屋で良く飯を食ったはず・・、それが今は肉を食え無いなんて変だな?と思った筆者は率直に聞いてみたところ、すぐにナルホド!と納得出来る返事が返ってきた。

晩婚の青山先輩には息子さんが一人いるのだが生まれつき食物アレルギーを持っていて食え無いものが幾つかあり、例えば誕生パーティでケーキを一口でも食べようものなら全身に蕁麻疹が発生してしまうというのである。

子供が食え無いのに親が食うわけにもいかないだろ?。それで女房と一緒に息子が摂取出来る食材だけを一家で食べ続ける様にしたんだ!。この説明を聞いた筆者はなるほど親の愛情とは大したものなのだなあ・・と感心した。

さて実は青山先輩と筆者は先輩が大学を卒業する直前に些細な事で拗れてしまい、長らく関係が途切れてしまっていたので、ここは是非とも先輩が息子さんにしたのと同様に筆者も先輩の選ぶものだけを食べる事にしたのだ。それが後輩としての義務である。





ところが・・、いやっあの時は彼女がさあ!あの学園祭の時のことおぼえてるかあ!と話が弾むのとは対照的に、テーブルの上に乗っているのは刺身と焼き魚とおひたし系の野菜だけという侘しさ・・。それで出汁巻き卵でも・・と言ったところ「いや俺は卵は食べないんだ・・」と言う。

その後も共通の友人の話など会話は盛り上がったのだが、その一方で筆者は腹が減って減って仕方がない。それで焼きそばでも頼もうとメニューを見たらそこには「肉たっぷりの当店自慢のソース焼きそば」という文字が・・。こりゃダメである。

そして3時間半が経過して先輩はそろそろ新幹線の時間が気になり始めた様なので、じゃあ〆にお茶漬けでも!と言ったら、ごめん!オレさあ米も小麦使った麺も食えないんだ。いつも大豆食なのよ!という驚くべき一言が・・。

1時間半後に京都に戻るや深夜営業の松屋に駆け込んで特盛牛丼を掻っ込む筆者。先輩には悪いがアンタはヒンズー教徒よりも厳しい制約に置かれてるようだ。まあ昔あんだけ太ってたのが痩せたんだから体には良いんだろうけど、俺には3時間が限界だね。






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レニ・ロブレドって誰?

フィリピンの大統領選は大方の予想通りダバオ市長デュテルテが当選を決めたようだが、副大統領の方はマルコスJrとレニ・ロブレド女史の接戦が続いていると聞いて驚いてしまった。レニ・ロブレド・・?誰だそりゃ?。そう、筆者はフィリピン居住者ながらこの女性候補だけはちっとも注意を払ってこなかったのである。

彼女が現アキノ大統領から後継者指名を受けたマー・ロハス大領両候補とタンデムを組んでいる事は一応は知っていたものの、前述のマルコスJrやエスクデロに比べると全然知名度が無いのでこんなのは泡沫候補だ!としか思っていなかったのだ。それが現在トップを争っているとは・・と唖然としているのだ。

ところがこれは筆者の不勉強だけかと思いきや女房や義妹、それと近しい従兄妹たち全員が似たような状況らしい。というのは皆で従兄弟ジェンの家に集まって選挙番組を観ている最中に私はグレース・ポーに投票した!とか、俺はマルコスJrに入れたんだ!などと白状しあっていたのだが、レニ・ロブレド女史に投票した人間は何と一人もいなかったと言うのである。





まあ筆者の親戚はロハス=ロブレド連合に投票しそうな階層じゃないのだろうが、義妹の話だと近しい友人や近所の人の中でも副大統領候補としてレニ・ロブレド女史へ投票した人間はあんまり居ないと言うのである。じゃあ・・なんでこの人が現在トップを争ってるんだ?。

「どうもアキノ大統領はロハスは大統領選挙に勝てそうに無いと見限って、全能力を副大統領のポストに側近を送り込むことに注ぎ込んだみないなの!」と見てきたような事を言う義妹。ようするにレニ・ロブレドの得票と言うのはフィリピン全国津々浦々で相当底上げされている(=不正選挙)と言いたいらしい。

デュテルテが失脚するか死ねば副大統領に権力が回ってくるでしょ!全く無名だった女が政権運営なんか出来ないから御大に頼りきりになり!それがアキノの狙いよ!とふだん愚鈍な義妹が急にハキハキした口調で言うが、そんなことあるのかね?。しかしそれにしても・・レニ・ロブレド女史って誰だ?、そんな人俺は知らんぞ。






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日本礼賛への違和感

GW中どこに行っても京都は人で溢れているのに嫌気がさした筆者ら夫婦は一日中テレビばかり見ているのだが、バラエティやドキュメンタリー番組で登城する「うーん!なるほど日本の技術は素晴らしい!」「世界が驚いたニッポンの実力!」と言った日本礼賛のオンパレードに違和感を持つようになってしまった。

ちなみに筆者は今から22年前に日本を離れてから日本のテレビ番組と言うのは全く見てないので(香港でもマニラでもNHKBSは通算で1分たりとも見たことが無いのだ)、浦島太郎のような存在だからこの日記を読んだ日本在住の方たちはハア?と思うだろうが、筆者は正直随分と変わってしまったなあ・・と驚いているのである。

筆者が日本でテレビを見ていた頃は「日本は駄目だ」「島国根性がいつまで経っても抜けない」「世界からずれてる」といった否定的な評価が一般的で、まあ日本もなかなかやるじゃん!くらいの謙虚なお褒めの言葉さえも出せないような雰囲気が支配的であったのだが、ちなみにこの頃はジャパン・アズ・ナンバーワンと呼ばれたバブル時代でもあったのだ。





ところがそれから22年経ってテレビを見たら何処もかしこも「日本は凄い」「世界に誇る日本の○○」というパターンに転じている。まあテレビ局は予算が無いから日本国内しか取材できず、まさか「自分が取材しているこの文化遺産は世界的に見ると駄目な部類ですね」とは言えぬから褒めるしか無いのは判るけれども、彼らの褒め言葉を聞くとなんだかケツがムズ痒くなてくるのだ。


ちなみに筆者は日本は世界的に見ても相当高レベルな国だと思っているし、立派なものは立派だと正直に言うのはちっとも構わないけれども、27歳まで「日本は駄目ですね、まったく!」というセリフばかり聞かされてきたので、突然目にした思想転向になんだか戸惑うばかりなのである。


香港ではイギリス人と中国人両方に特有の自画自賛テレビを見てもなんとも思わなかったのに、日本に帰って来て「日本は大したもんだ!」と聞いたら奇妙な感覚に襲われてしまう。自分の中にあるダブルスタンダードに驚くとともに、子供のころから知り込まれた思想とは恐ろしいものだ・・と今更ながら思ってしまった。ちょっとベクトルの角度をずらすために戦争中の報道フィルムでも見てみるか・・。







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甦る日本のビッグスターたち

京都はまったく素晴らしいわ!こんなに美しい場所は無いわよ!とスカイプ電話で兄妹親戚たちにまくしたてる女房。その口からは京都の古寺や庭園、華道や茶道に西陣の華麗な振袖作りなどの話が飛び出て来るが(タガログ語が出来ない筆者でも耳で拾った単語から推測できた)、これらは実はすべては真実では無くウソである。

現実的な筆者ら夫妻の日々を言うと、ここ一週間はゴールデンウィークで京都は何処に行っても人でごった返しているために外出するのが億劫になってしまい、近所の上島珈琲で朝食を摂る事と夕方スーパーマーケットに行く以外はずっとウィークリーマンションに閉じこもってBSで再放送されているミステリードラマばかり見ているのである。

        午前10時~ ミステリー世直し公務員(主演:渡瀬恒彦)
        午後00時~ 小京都○○殺人事件(主演:片平なぎさ)
        午後02時~ 十津川警部なんとか殺人事件(主演:渡瀬恒彦)
        午後04時~ 必殺仕置人(主演:藤田まこと)
        午後05時~ はぐれ刑事純情派(主演:藤田まこと)
        午後07時~ 十津川警部サンライズ出雲殺人事件(主演:渡瀬恒彦)
        午後09時~ 警視庁捜査一課長(主演:内藤剛)





これが筆者ら夫妻のGW中の標準的なスケジュールである。午後4時からちょっと毛色が違う番組を観ているのはこの時間帯だけミステリー番組がどこにも無いからで、4時になると筆者は階下のスーパーに買い物に行くのだが、女房は何故か必殺仕置人を(日本が判らないのに)見ているのである。

まあ筆者も今から22年前に日本を離れてからとうもの日本のテレビは全く見て来なかったので、片平なぎさが2時間ドラマの女王と呼ばれていると聞いてもまるで実感が無く(筆者の中では今でも「新婚さんいらっしゃい」で桂三枝のアシスタントである)、この機会に自分の中の20年の空白を埋められるのはまあ有難いのだが、ある時女房の口からちょっと意外な話が出てきたのには唖然としてしまった。

「ねえ、あの顔の長い男優は日本のビッグスターなんでしょ?」と言い出したのである。は?顔の長い?そりゃ誰だ?と聞き返すと、ほら!あの刑事ドラマと殺し屋のドラマに主演している人よ!と言う。それってもしかして中村主水もとい藤田まことの事か?とケータイで写真を見せると「そうだ!」と即答した。





あの男優はいい味出してるわよね!きっと映画に出れば大ヒットなんでしょう!と女房は一方的に話し始めたために、あの・・藤田まことは数年前に死んでんだけど・・とは言い出せなくなってしまったのである。女房の中では20年前の番組の再放送という概念など良く判っておらず、テレビ画面にたくさん登場すれば大スターと短絡的に考えてしまうのだ。。

あのトラベルライターのアシスタントのカメラマン(船越英一郎)も中々いいけど、やっぱりインスペクター・トツカワ(渡瀬恒彦)の方が・・、それとお嬢様のツアーガイド(名取裕子)の上司役の中年男(蟹江恵三)もインパクトあるわよね・・と何だかかなり的を得たことを言いだす女房・・。なかなか慧眼である。

遂には「なんかさあ、日本のドラマって良く出来てるじゃない、こういうのタガログ語字幕入れたら結構フィリピンでも売れると思うんだけど!」と言い出した女房を見て、筆者は「ごめん、こういう味のある役者はみんな死んじゃったんだよね・・」とは言い出せなくなってしまった。この日本にも案外意外なところに売れるものがあったのね・・・。






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反日な二人の同床異夢

筆者の日記をいつも読んでいただいている方から「反日団体の目的は何なのか?」という質問をいただいたので足りない頭を絞って筆者なりの答えを考えてみた。前回の日記で書いた通り数多くの反日団体というのは全て容れモノなだけであり、その中に入りこんで実権を握ってるのは中世から続く日本の特定の階層と在日朝鮮人の2つだと書いたが、この2つのグループはやってることは似ていても全く別の目的を持っていると思っている。

まず特定の階層について言うと目的はやはり復讐では無いだろうか。小泉内閣の時代の金融担当大臣がなぜあそこまで地方の共同体を破壊し続けることに執念を燃やしたのか?また現在民主党の副代表に鞍替えした元官僚の政治家がなぜ数多くの前途ある郷士型政治家たちの政治生命を奪い続けるのかと言えば、彼らは自分たちの祖先を苛み続けた日本の古き共同体を破壊することが目的なのではないだろうか。

両名とも日本最高レベルの大学を卒業して米ハーバード大学で学位を取得し、方やエコノミスト、方や若手官僚として名をはせた後で政権中枢に入ったエリート中のエリートである。彼らに比べると筆者などゴミケバカスみたいな存在でしかないが、残念ながら彼らの体に染みついた怨念というのはいかなる名誉職を与えられても拭い去ることは出来ないらしく、現在に至ってもなお日本破壊を実現すべく粉骨砕身している様である。

ただしこの2名に影響を与えているのは自らの出身母体の方たちだけなのか?と言うとそれも疑問で、おそらくある時期を境に自分たちの同胞よりも外国勢力、具体的にはアメリカや中国、ロシアなどの外国勢力と在日朝鮮人に巧く誘導されるようになったのだと思う。金融相の周辺を固めている大手人材派遣業者や単なるパソコン雑誌の社主から銀行や電話会社のオーナーになった人物の出自を見ればそれは明らかだ。





そしてもう片方の在日朝鮮人たちの目的だが、これは彼らはいつも発言している日本民族への恨みというのは実は建前で(それを本気で思っているのはおそらく下っ端である)、本音は日本人に贖罪意識を植え付けて在日朝鮮人の合法的身分を確保し、さらに数百万、数千万に新たな朝鮮人をこれから移民として日本に送り込み、そして彼らを日本人の金で養わせる事、つまり生存圏の確保ではないだろうか?。

朝鮮百済の滅亡と重なる時期に日本で大化の改新が起こったように朝鮮民族が他の国の体制を変えてジワジワと乗っ取るのは彼らの伝統的なお家芸である。おそらく藤原氏とその附属物である現天皇家がやったように長い年月をかけて日本を飲み込む計画なのだろうが、それ以前の当座20~30年の中期目標は(あくまでも筆者のイメージでいうと)参議院を自分たちの支配下に置くと言ったような事ではないかと思う。

もともと参議院は貴族院といって社会の上流階層によって占められていたのだから、今度は逆の方向で選挙権の無い外国人や子供によって良識ある参議院を構成したらどうだろうか?と言い始める・・。もちろん突飛な想像だけれども、もしも仮にこうなれば日本人の衆議院議員たちがいくら法案を作ろうが、朝鮮人にとって不利なら全部否決される訳だから、時間を追うごとに在日に有利な社会構造にすり替わっていく訳である。

片方の目的は復讐だがもう一方は乗っ取り、ただし現体制を壊す点では一致するから統一戦線を組むがイニシアチブは徐々に自分たちが握っていく。そして特定階層を梃子に女性や子供、貧困者や障害者、ハンセン病にアイヌなどの先住民族などありとあらゆる団体やメディア、行政府に潜り込んで日本を自分たちの住みやすい形に改造していく。おそらくこれが在日朝鮮人たちの基本的な方針ではないか・・と思っております。






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反日団体という容れモノに入った2つの要素

先日の日記で在日朝鮮人が自分たちの立場をより強化するために労働組合から子供の人権を守る母親の会、さらには災害募金までいろんな活動に参加しているという事を書いたが、今日はその話よりももっと前の段階、つまり反日団体はどういう構造になっていて、そして在日朝鮮人たちがどういう位置づけにいるのか点について触れたちと思う。

反日団体というと民主党や社会党、創価学会に特定メディア、西早稲田のビルにいる訳の判らない社会運動団体にプロテスタント系の宗教団体、それと鎌倉仏教系の宗派まで大小含めて色んな団体があるが、こういった団体を一つ一つ探って入っても何が何だかわからず、かえって深い迷宮の中に入り込んでしまうことはよくご存じだと思う。

例えば日本ユニセフ協会はアグネス・チャンと言う如何わしい広告塔を使って25%の募金をテラ銭としてポケットに入れているインチキ団体でもあるのだが、この団体に抗議しても彼らの口からは自分たちはアフリカの飢えた子供を・・!とかワクチン接種で幼い命が!と言った割とマトモな活動の事ばかり出てきてしまい、この団体を攻撃すること人たちの方がなんとなく悪人の様に思えてしまうのだ。

これは他の団体を攻撃しても同じようなもので、もっと強大で強力な創価学会も末端の信者たちと言うのも信者獲得にはかなり強引な手は使うものの案外と真面目な実生活を送っている善良な方たちであり、彼らと幾ら話しても日本は沈没すべきだ!とか全日本人は一緒に絶滅しよう!なんて言葉は出てこないのである。

ところがこれが組織になると反日、歴史認識、謝罪と賠償!と全然違う意見になってしまうのである。それで彼らを問い詰めると群馬県の田舎町で活動している善良な創価学会員とか、熊本の被災地で水や食料を配っている純朴そうな青年なんかを紹介し始め、私たちは貴方たちよりもよっぽど人類愛に満ちた人間なのです!と主張し始めてしまう。





それでこういう団体について批判的な意見というのはいつの間にかトーンダウンしてしまうのだが、ちょっと賢明な方ならお判りの通りこういった反日組織の上層部は批判をかわすために善良な人たちの姿を前面に出す、つまり末端はあくまでも一般の日本人たちと価値観が変わらないような状態に残しているのだ。これをちょっと図で説明すると上の図の三角形のような組織構造になっているのである。

白い部分はごく普通の価値観を持った人たちで、赤い部分は特定の目的を持った困った人たちである。図の通り組織の上層部は特定目的の人たちが占めていて、ここで組織の方針が決まるわけだが、末端にいる人たちはそういった上層部の悪意ある目的は知らずにこれが世の中のためになると日々粉骨砕身しているわけである。末端は善人だらけなのだから、第三者がここを切り口に見ればマトモな団体に見せかけることが出来る。欺瞞である。

なお各団体の理事には東京三菱銀行の頭取とかテレビタレント、さらには○○宮なんて皇族の名が並んでいることがあるが、彼らはあくまで名前を貸しているだけのおバカさんで、筆者の言う上層部と言うのは専務理事以下の執行部の面々、つまり事務局長とか情宣部長、関西支部長とか教務部長といった団体から給料を戴いている専従の上級職員の事だ。

それで筆者の物知りな知人や筆者自身が調べたところ、たいていの反日団体というのは予想した通りこの三角形の構図(つまり上層部は別の意図を持った人間や別人種が占めている)というのを採っているのだが、この赤い部分に相当する人たちの経歴を追うと(繰り返しで申し訳ないが)ある時はキリスト教系の、またある時は労働系と色んな組織を行き来しているのだ。

つまり実は彼らにとっては日本ユニセフ協会も民主党も創価学会も単なる容れ物なだけであり、阿弥陀如来やマザーテレサなんかちっとも信じておらず、彼らは全く別の目的を持って色んな組織に入り込んでいるのだ。そしてその目的と言うのも人類愛に満ちた理想などでは無くてもっと現実的なものなのだ。





反日団体の三角形の赤い色の人たちをつぶさに見ていくと、彼らは大きく分けて4つのグルーブに別れているらしいことが判って来たのだ。1つ目は皆さんご存じの通り60年と70年安保を戦った闘志とその薫陶を受けたまっ赤っ赤な後輩たちで、彼らには革命という高邁な理想もあるけれども現実には自分の生活費を稼ぐと言う情けない目的のために反日運動に参じているだけである。

2つめは中国やロシア、南北朝鮮やアメリカに買収された純日本人たちで、これも家に毛沢東思想のポスターでも飾ってない限りは反日運動をやる事でアルバイト代を稼いでいるだけの情けない人たちである。そしてご想像の通り1番目の闘志も2番目の反日バイト員も動機が不純なだけに反日団体ではイニシアチブを握っているとは言えず、どちらかと言うとお飾りか外れモノ扱いなのだ。

では残りの二つ、つまり反日運動のイニシアチブを握っているグループの正体を言うと、それは同じ日本人でありながらも歴史的に最も卑しいと見なされてきたある特定の階層と、日本の敗戦後に密航でやって来てそのまま居ついてしまった在日朝鮮人の2つ、つまり日本の二大マイノリティーの関係者である。

ちょっと問題が複雑なので余り具体的な例は出せないが、いろんな団体が色んな別々の主張をしているものの、彼らをつぶさに見ていくとある2つの共通点、つまり日本の国力を弱めたいとか破壊したいという反日主張をしている事と共に、幹部たちがこの2つのマイノリティーと非常に深い関係にあることが判って来たのだ。

そしてこの2つのマイノリティーの力関係を見比べていくと、1980年代までは純日本人の特定階層が圧倒的に主流を占めていたのにもかかわらず、2000年代に入ってからは在日朝鮮人にバランスが移動し、そしてこれは推測なのだけれども純日本人の特定階層の団体へと浸食している、いやもっと言うと支配下に置きつつあるように思えてきたのである。(続く)






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赤旗と募金箱

昨日はメーデーとあって筆者の滞在している京都市役所付近はやけに賑やかであった。戦争法案を許すな!貧困者の人権を守れ!とアナクロなスローガンを叫ぶ左翼の方たちが何百人か集結してシュプレヒコールを叫んでいたからである。

皆さんよくご存じの通り京都は共産党や旧社会党など左派勢力が強く、特に府庁や市役所、それと教職員などは人権団体に連動しているというか完全に一部として取り込まれてしまっているらしい。歴史が古く封建的な制度を色濃く残した街らしい話である。

デモに参加しているのは自治労に日教組、出版労連といった労働組合とごく少数の大学生、そして訳の判らない名称のグループたちだったが、彼らの穏やかなジグザグデモ行進をしばらく眺めていた筆者はアレッ?と思ってしまった。次に行進するため筆者の数メートル先に待機していたグループに憶えのある顔があったからである。

3日前にイオンモール行きのバスを四条大宮駅近辺で待っていた時のことである。その日はゴールデンウィーク前ということでバス停は買い物に行くためのオバちゃん達で行列になっていたのだが、その行列の後ろ半分を邪魔するような形で募金集めの一団がズラリと並んでいたのである。





「熊本地震の被災者のために募金おねがいしまああああすうう!!」。彼らは口々に大声でそう叫んでいるのだが、行列の20人目くらい以降は募金集めの一団のために寸断されてしまい、21人目以降は最後尾から数メートル離れた場所で別の列を作らざるを得なくなっていたのである。

後から来て後ろの列の存在が見えないオバちゃんは1~20人目の列に並ぼうとする。そうなると後ろの列から「そこじゃなくて後ろにならんでや!」と物言いが出るのだが、何人目かに来た春川ますみ似のオバちゃんが募金集めの一団に対して「アンタらがここにいるから見えへんやないの!」と言い始めたのだ。

別にこの後もめ事が起こったわけじゃないのだが、なぜ筆者が彼らの事を覚えているのかと言うと、募金集めの一団の中の原田知世似の女が行った「私たちはちゃんと許可を取っていますから」という言い方が何とも不快だったのだ。オバちゃんは許可どうのこうのでは無く、アンタらが邪魔なところにいるからもうちょっと後ろに下がってや!と言っているだけなのである。

それで筆者は「なんだこの生意気な女は!」とちょっとばかし腹を立てたのだが、その原田知世似の女と、オバちゃんとのなり行きを冷笑していた青二才たちの見覚えのある顔がデモ隊の一団にもいたのである。そうかアイツらは組合活動家だったのか・・と思ったのだが、その時ピカッと頭の中が光った。





簿記集めのプラカードに掛かれていたのはキリスト教系の団体名だったのだ。具体的な名は覚えていないが募金集めに腹を立てた時に「あれはクリスチャンだ!」と女房に説明しているからである。ところが3日後のメーデーの日には彼らは赤旗と日教組の旗を掲げているのである。

共産主義者とキリスト教・・。この一見全く相反する主義主張は人間の脳みそ内で同居できる筈も無いのだが、これが彼らの職業だと考えれば話は簡単である。彼らはある時は共産主義者である時はプロテスタントの活動家、そして何故だか仏教宗派の主催する人類平等的なイベントにも参加しているのだ。

また外国人参政権や子供の人権を守ろうという集会、そして夫婦別姓を実現する会やアフリカの戦争難民を救うシンポジウムなどで聴衆の一番前に陣取ってもいるが、実は彼らはその多様な政治・社会信条すべてに共鳴している訳では勿論無く、彼らはそれとは別のただ一つの目的のためだけにこういった団体のシンパに成りすましているだけである。

それは日本を自分たちの住みやすい環境に、また自分たちがやりたい放題に出来るように日本の法体系そのものを変えてしまう事である。で、彼らは何者なのか・・?というと、筆者の失礼な眼は四条大宮のバス停前でずらりと並ぶ彼らの身体の一部を捉えていたのだ。そこにいた人間の半数以上が耳たぶが全然ない朝鮮耳、つまり彼らは在日朝鮮人だったのである。(続く)






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ドヤ街で仲間はずれ

ゴールデンウィーク中の京都の余りの人の多さに呆れた筆者ら夫妻は大阪まで出かけることにした。とは言ってもユニバーサルスタジオなんか行けばもっと悲惨な目に遭うので、心斎橋から難波にかけて歩き、その後は女房を天王寺のキューズモールに残して筆者だけでディープな大阪巡りに出かけたのである。

日本一の居酒屋である明治屋で絶品の日本酒を二号ほど呑み、西へと延びる新開筋商店街の横道から昔ながらの遊郭の風情を残す飛田新地へと入り、昼間から客待ちをしている美女たちを冷やかした後で釜ヶ崎へと向かう。ここは北九州と並ぶ危険地帯と言われているが筆者は何故だかここが好きなのだ。

2年前の秋に女房と釜ヶ崎を訪れた時に筆者は「ここに来たことがある」という既視感(デジャブ)に捕らわれたのだが、25年前の店頭支援の時は働いていた日本橋の上新電機一番館より南には行かなかったから釜ヶ崎を見たはずは無いのだ。しかし筆者は意味不明な心の騒ぎの正体を暫く考えた結果、ある簡単な事実にたどり着いたのである。

ここは筆者が学生時代に訪れたインド・カルカッタのサダルストリートやバンコクのヤワラート、そして赴任したばかりの頃に呑む買う打つで頻繁に出入りしていた香港のド下町モンコックにそっくりなのだ。つまり釜ヶ崎はデジャブじゃなくて自分が若いころ沈殿した土地の香りがする場所なのである。

しかし残念なの事に筆者は釜ヶ崎が好きなのに向こうの方は全然懐いてくれない事で、2年前の日記にも書いたけど人寄せのオヤジに引っかかろうとワザとオドオドして町を歩いたり、かなり如何わしいと評判のNGOがやってるカフェなんか入ったのに、相手は筆者の事は客にならないと思ったらしくスカッと無視されてしまったのである。





それで今回はもっと現地の雰囲気に浸ろうとワザと一番汚い服を着てドヤ街をさまよい歩き、昼間から酒を呑んでる労務者たちの仲間に入れてもらおうとビール片手に釜ヶ崎のシャンゼリゼである三角公園へと向かったのだが、筆者が近づこうとすると労務者たちが「何やねんお前!」といった感じで睨む。凄い排除モードである。


その後萩之茶屋駅のそばの路上もつ焼き店に立ち寄って焼酎片手にアテを頬張っても、労務者たちは筆者の隣にいたスーツ姿の30代の男(なんでゴールデンウィーク中にこんな服着てるのか変だが)には「あんちゃん何処から来たんや?」と話しかけるのに筆者には誰も声をかけない、いや声どころか目も合わせないのだ。

香港時代に日本人の同僚や出張者たちが不法滞在中国人に間違われてIDカードを見せろ!と警察官から頻繁に呼び止められていたのに対し、筆者の場合は通算17年滞在してもただの一度もそういうことは無く、その代わり頻繁にかけて来るのは不動産会社の新設マンション展示会とかクレジットカード会社の店頭売り込み員という外見をしているのである。

「こいつワシらの仲間ちゃうで・・」「違う臭いがするでえ・・」。釜ヶ崎にいる労務者のうち99%は筆者をそう断定したようである。その後立ち寄ったカラオケ居酒屋でも筆者が入ると場が一気にシーンと冷え込み、筆者が中国人のママさんに話しかけるとまたシーン、トイレから戻るとまたシーンと客たちが一斉に静まり返るのだ。

周囲の冷たい対応に呆れた筆者は結局当初の計画よりも大幅に短い滞在2時間にして一人寂しく釜ヶ崎を立ち去ったのである。あのさぁ、俺の住んでるマニラのパッシグの片外れって町のつくりや歩いてる人の服装、それと知性も釜ヶ崎と大して変わらないし、それに俺も今じゃ無職の身なんだけど・・、それでも駄目かね?






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