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滅びつつある京都

日本に遊びに来てから早や3週間が経過したが、中国人観光客だけでなく色んな国の人間とあちこちの街角で出会うのに驚いてしまった。まず最初はタイ人である。最初の2週間は筆者ら夫妻は横浜から名古屋、鳥羽へと旅をしていたのだが、温泉宿から鳥羽駅横の磯焼き居酒屋までやたらと多くのタイ人に出会ったのだ。

たしかにこの期間はタイは水かけ祭りの最中でお休みだから、この時期だけ皆一斉に日本に遊びに来たんだな・・と思っていたのだが、ガイドらしきタイ人に話しかけたら「日本旅行はいつだって予約でいっぱいだよ!」と驚きの答えが・・。昔は日本の農協のオッサンがタイに押し掛けたものだが、今や構図が逆転してしまったようである。

そしてタイ人の次に意外だったのはロシア人の多さである。筆者がただいま滞在しているウィークリーマンションは京都の新京極アーケードのすぐそばなのだが、ロシア人らしき一団が街中やたらといるのだ。(同じ白人でも彼らはやたらと薄着でいることと、筆者はロシア人とは仕事の付き合いが多かったので外見的特徴から直ぐに人種特定できるのだ)

ビア樽の様な体をゆすりながら嬉しそうに笑っているオバちゃんに、このキーホルダーを12個買うからまけろ!と店主と交渉するけち臭い禿げオヤジ。手癖が悪く店のモノをやたらといじくりまくっては全然別の場所に戻すバカガキと箸の使い方が判らずフォークを持ってこい!と「ロシア語で」店員に要求する芋娘など如何にもダメ民族ロシア人らしい習性をここでも発揮していやがる。





しかしこの光景を見た時に筆者は直感的に「これはマズいな・・」と思ってしまった。というのはヨーロッパでは観光地にロシア人が現れたらもうお終い!と言われているからなのだ。これはアジアでいうと日本人団体観光客が来たら観光地は一気に陳腐化し始め、その残飯を漁る格好で朝鮮人と中国人が現れたらもう完全に魅力消失するのと同じパターンなのである。

筆者がこの話を聞いたのはイタリア・ミラノに住む顧客で、2000年以降にロシア人が群れを成してローマやヴェネチアに集まってくるようになってからイタリアの古都は安っぽい遊園地になってしまった・・と彼は嘆いていたのだが、それと同じ光景を筆者は数年後にタイのリゾート地で体験することになったのだ。

ビーチに寝転ぶデブンとした白い肉塊と阿呆面浮かべて夜の町を徘徊するビア樽軍団、さらにはレストランやショッピングモールでぎゃあぎゃあ喚く中国人観光客たちの群れ。知的素養の一片のかけらさえ見いだせない中露両国民によってプーケットの昔の長閑なリゾートっぽさを永遠に失ってしまったのだ。それと同じ民族がいま京都に集まってきている・・。

この状況を放っておいたらどうなってしまうのか・・。筆者は正直言って京都の文化はあまり好きではないけれども、はんなりとか雅というのは中々味わい深い世界である。しかしそんな優雅さのかけらも無い野蛮人たちが京都に集結し始めている・・。その先にあるのは日光江戸村のような街・・。やはり京都だけは特別行政区として鎖国するのが正しい選択であろう。






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宮内庁の呆れたガイドたち

今回の日本の旅は社会科見学を多分に盛り込んでいて、筆者ら夫妻はトヨタ自動車やサントリーなどの工場見学の他に東京の皇居と京都御所を訪れて来たのだが、民間企業に比べて宮内庁の対応力があまりに稚拙なことに呆れてしまった。

宮内庁は上記2か所だけでなく桂離宮や修学院離宮も一般人向けの見学コースを組んでいて、これはタダだから彼らに文句を言う筋合いではないのかもしれないが、しかし同じくタダである民間企業の工場見学に比べても余りにも酷いのだ。

宮内庁のガイド(案内員)の態度が横柄というか不快なのである。特に皇居では田舎のバス運転手の様な男達が受付から案内まですべて担当していて、例えば筆者の女房が英語の音声ガイド端末機を借りようとすると「数が限られてんだからよぉ!お前の旦那が翻訳すればいいだろうがぁ!」などと怒鳴りつけられたのだ。





今どき皇居を観に行くのは半分以上が外国人だろうに十分な量の音声ガイド端末機を用意していないというのも呆れた話だが、担当者からこういう対応をされると全くもって興ざめである。しかもこの音声ガイドを使うためには「この場所の説明は16番です」と言わなきゃならないのだが、この男の口からは「ナンバ!シクステ!ナンバ!セクステ!」と北関東訛りの意味不明な言語が発せられるのだ。

まあどの会社にもこういう無能で横柄な男はいるのだけれども、東京の皇居の場合は受付から売店の人間まで全員とも似たようなレベルで、京都御所でも受付係が金髪碧眼の4人家族に対して「はい!アンタらはガイジンだからこのアルファベットのカタログを4枚とって!」と英語では無く日本語で大声で命じているのだ。

当然聞いた方は何を言っているのか判らないからそのまま通り過ぎてしまう・・。それで次の黒人一家にはせめて「ユー・テイク・イングリッシュ・カタログ」くらい言うのかな・・と思ったが、「ほら、このアルファベットの・・取るんだよ!ホラ!」とまたもや日本語、しかも悪意ある雑言である。





これじゃまるで旧ソ連諸国の入管職員以下である。もちろん見学料はタダなのだから文句をいうんじゃない!と宮内庁は言うかもしれないが、これだけ政府や民間が外国人観光客を誘致しようとあれこれ策を練っているのに、日本観光の本丸ともいうべき皇居と京都御所がこんな体たらくと言うのはどういう事なのだろう。

各国の王宮や政府機関の見学というのはその国のファンを増やすために国策としてやってるわけで、イギリス、アメリカフランスに限らず中国共産党や旧ソ連だって外国人観光客には大変丁寧に対応してるのだ。ところが宮内庁の雲助運転手みたいなゴロツキオヤジたちのオツムでは自分たちが何を改善しなければならないのかトンと理解できないようだ。

昔読んだ網野義彦の本に、日本の天皇制とは高貴で崇高な血族とそれを守る最下層民によって支えられていると書いてあったが、この皇居のガイド達を見ると最近は最下層の後に低教養、低品格という採用条件が追加されたようである。






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京都で何もしない毎日

京都に移動してから10日が経過したが、比叡山に高野山、東本願寺や知恩院に妙心寺などメジャーな仏教宗派の総本山から奈良・大神神社の三輪山登拝など由緒ある寺社仏閣を丹念に回る筆者の計画は現時点では全く頓挫してしまっている。

理由は女房が余りにも怠惰な事で、ベッドで寝たままBS-TBSの刑事推理ドラマばかり見ているからで、本日も朝10時から「森村誠一サスペンス夜の虹」、午後は1時の「神南署安積班」から2時の「警視庁鑑識課南原幹司」を見た後、あー疲れたわ!と言って昼寝を始めてしまったのだ。

女房の中では昨年大神神社から石上神宮、春日大社をずっと歩いて回った一日がトラウマになっていて、今度日本に行くときは神社仏閣は出来るだけ抑えて!と懇願するので筆者も渋々従うことにしたのだが、代わりに大阪や神戸に行くとか天橋立に行って見よう、あるいは嵐山の日帰り温泉に行く!といった事にさえ女は全く興味が無いのだ。





半径250メートル。これが女房の最大行動半径で、たまたま現在滞在しているアパートは京都の新京極・寺町通り沿いにあるから、今回女房が自発的に足を延ばしたのはこの二筋のアーケードと京都駅南と五条にある2カ所のイオンモールと業務スーパー1軒、それと格安洋服店しまむらだけなのだ。

刑事ドラマと美容商品と格安アパレルショップ、それと時たま工場見学。これだけが女房の10日間の全てであり、筆者が一番行きたい高野山について話すと急に謎の様な無言の微笑みを浮かべたままになってしまい、朝叩き起こしてもウーとかスーとか言って寝たふりをしているだけである。

京都滞在もあと20日。貴船神社や大原は別に行かなくてもいいけれども、せめて清水寺くらいは行けるのだろうか・・。あれだけ家では怠惰なのにユニクロやファッションセンターしまむらでは1時間も2時間も喜々として歩き回っている女房を見ると、かなり可能性は低いように思えて来た。






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土曜ワイド劇場の苦痛

先日の日記で化粧品や美容製品の使い方や効果を通訳させられるのがえらく面倒だ・・という事を書いたが、今回新たにもう一つ頭痛の種が増えてしまった。日本のTVドラマの通訳をさせられるようになったのである。

女房はテレビ好きで日本に来てからも和歌山特選グルメツアーとか酵素で痩せるミセスのためのダイエット法なんて無害な番組を朝から晩まで熱心に見ているのだが、こういった番組では筆者は「あの魚はカツオの一種だよ」とか「キュウリで痩せる方法もあるそうだぞ」と時々合いの手を入れていれば良いだけだったのだ。

ところがリモコンでチャンネルを探っていると女房が「この番組面白そうじゃない」と必ず言うのが「○○温泉湯けむり殺人事件」みたいな推理ドラマなのである。特に連続シリーズでは無く単発ドラマであることが大変お気に召したようで、筆者も仕方なくチャンネルを合わせていたのだが、そのうち女房は「何を言ってるのか全部通訳してよ!」と言い出したのだ。

ご自分が命じられたと思って考えるとお分かりだと思うがこれは大変な事である。大抵のドラマは正味1時間半くらいあるからこの時間はずっと拘束されるし、それに登場人物がやたらと多い上に人間関係が入り込んでいて、おまけにドラマの途中にちょっと出て来る何気ないセリフが事件解決のカギになったりするので一言も漏らすことが出来ないからだ。





例えば昨日の土曜ワイド劇場では神奈川県の相模湖が重要なバックグラウンドになっているのだが、関東圏の在住ならよくご存じの通りこの湖は何とも暗い感じのする場所である。だからこの湖のほとりで生まれた被疑者の女二人は悲しい過去を背負っているに違いない・・という事が伝わるのだが、女房の目に映った相模湖は大変清潔で小奇麗なリゾートなため、こんな立派な湖畔に生まれた二人は幸せな少女時代を送ったのだろう・・とアベコベの方向へいってしまうのだ。

そういう勘違いを是正しつつも「涼子!アタシは貴女がずっと憎かったの!貴女は成功の人生を歩んでいるじゃない!!なのにアタシの大切な人を奪うなんて!アタシは絶対に貴女を許さない!」なんて決めのセリフを訳すのだが、ここで女房は「リョーコってあの湖の名前のことだっけ?」なんてトンチンカンな質問が出て来るため、これをまたいちいち説明し直さなければならないのだ。

あー面白かったわね!あたしはあの女流作家が犯人に違い無いって最初から思ってたのよ!などと女房は上機嫌で言うが、こっちは脳内から鑑識用語や刑事訴訟法などの英単語を拾い続けるのだからゲンナリである。それで夜9時くらいはテレビ番組を観ないようにしよう!と昨晩寝床で誓ったのだが、本日昼の時間帯に再放送の推理ドラマを目ざとく見つけた女房はまた「通訳してよ!」と言い出したのだ。

アンタと一緒にいると神社や寺ばかり行くからゆっくりできない!と言うので京都に来てからは家でゴロゴロするように心掛けているのだが、どうもこのままだと買い物とドラマの通訳で筆者だけが消耗してしまいそうである。やっぱり高野山や比叡山にお参りする神社仏閣コースに路線変更しなきゃいけないか・・。






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謎のモスビュー化粧品

京都に移動してから1週間に渡ってデパートやマツモトキヨシで美容液を探す毎日を続けているが、本日訪れた京都ミーナというファッションビルで女房が「モスビュー化粧品は何処にあるのかしら?」と言いだしたことから些細なケンカになってしまった。

モスビュー?ああMost View(最も人気がある)という意味か?。だったらThe Most Popularって言えばいいのに・・と女房の変な言い回しにちょっと違和感を持ったが、それでも一応店員のねーちゃんに聞いてみたところ「やっぱり資生堂が・・」とか「DHCの・・」と筆者でも知っている有名メーカーの名が出て来る。

それでのその展示ケースに行くのだが、女房は「そうじゃないのよ!」と呆れた顔で言う口調に(しかもこれが何度か続いた)筆者もカチンと来てしまい、お前が言うとおりにオレはやってるんだろーがああああ!!!と爆発したところ、アタシが従姉妹ジュミから頼まれたのはこれなのよ!と言ってケータイを差し出した。

見るとそこにはMosbeau whitening lotionとかMosbeau Body creamなどとともに6とか12とか購入したい数量らしき数字が書かれてあった。そうかThe Most ViewじゃなくてMosbeauっていうブランド名だったのか?と合点したが、筆者は美容関係にはとんと興味が無いのと日本を離れてから20年くらいたっているから無論この名前は知らない。





「あんた知らないの?MOSBEAU JAPANって高感度のセレブの間ではすごく有名なのよ!」と怒り顔で言う女房。まあそれを聞いても筆者は「へー・・そーなの・・」としか思わないのだが、今まで訪れた店にはこの名前の付いた商品は見た覚えが無いので、これは人気商品で品切れなんじゃないだろうか・・という疑念が頭をよぎった。

それでケータイでMOSBEAUというのを検索してみたのだが、moubeau.comという会社の御本尊らしきウエブサイトをクリックしてみたところ、なんといきなりフィリピンの女優エンジェル・ロクシンの顔が飛び込んできた。そして貴方の居住している国は?という選択で日本をクリックしてみたら、これが何と使用言語が英語なのである。

こりゃニセ日本ブランドだ・・。そう、筆者が子供の頃に通販雑誌に良く出ていた平和堂貿易(株)のスイス製時計と同じである。スイスにペーパーカンパニーを作って如何にも舶来時計に見せかけていたのだ。おそらくこのMOSBEAU社も日本に1円カンパニーを持っているだけのフィリピンの会社に違いない。

しかし一族の中ではまあ一番の高感度女であるジュミに頼まれたのと、美容品に関しては全く役立たずの通訳である筆者に対する反発心から女房は引っ込みがつかなくなったらしく、ケータイをひったくってMOSBEAUのウエブサイトをじーっと眺めたところ、コンタクト先に日本の住所があることを発見した。





「ほら!ここアシヤって書いてるじゃない!ちゃんとした日本の会社なのよ!」と喚く女房。だからしそれは登記上だけの・・と説明しても聞こうともしやがらない。それでその兵庫県芦屋市茶屋之町2-21という住所をグーグルアースで調べてみたところ、案の定そこには鍼灸院やカイロプラティック、泌尿器科の入った雑居ビル兼マンションで、もちろん優良化粧品メーカーの姿かたちなぞ窺えなかった。

そしてダメ押しにミーナ京都の店員に「すみません、このブランドの美容液を買いたいんですけど?」と(女房にも良く聞こえるように大声で)聞いてみたところ、液晶画面をじっくりと眺めた化粧の濃い店員は「すみません、当店はいろんな中小化粧品メーカーの品も取り扱っていますけど、この名前は・・」と首を振った。

そう!筆者は従姉妹ジュミの間違いを補正して差し上げたというのに、何故か女房は筆者の対応に対して大変ご立腹な様子で、ケバい店員の首振りシーンを見るやそのままプイ!と横を向いた後で「もうアタシ帰る!」と言ってスタスタと下りエスカレーターの方向へ歩き出してしまったのだ。

だったらMOSBEAUは日本でも有名で、売れすぎて在庫が無いから店にはおいてないんだよ・・とでもいえばよかったのか・・。しかしちょっとでも洞察力があれば日本企業を謳っている会社のウエブサイトに日本語は一文字も出てこない幼稚さに気が付くはずである。間違いを指摘されても合理的な判断が出来ないのが女の欠点、だからこいつらとは買い物に行きたくないんだよな・・。






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スターフィッシュ・アンド・コーヒー

1966年生まれの筆者はMTV世代とでも呼ぶべき人間で、1980年代に深夜やっていた小林克也のベストヒットUSAやピーター・バラカンのポッパーズMTVといった音楽番組で流れる欧米のミュージックビデオを熱心に見ていた洋楽マニアである。

マドンナにシンディー・ローパーやU2、それとスティングやデヴィッド・ボウイにミックジャガーなどの大御所、それとプリテンダーズやREM、ホール&オーツといった通好みのグループなど筆者が大好きなミュージシャンは数多くいたが、間違いなくこの時代の代表者であるプリンスはと言うと、実はこの方どうしても好きになれなかったのだ。

当時のプリンスはマイケル・ジャクソンの競争相手として何かと二人は比べられることが多く、音楽性よりもパフォーマンスが目立つマイケルよりもプリンスの方がはるかに才能に恵まれたミュージシャンだという事は知っていたものの、当時10代の筆者にとってはプリンスのあのスタイルと声が何とも嫌だったのだ。

ただしプリンスから曲提供を受けたシーラEやヴァニティのアルバムや、プリンスの原曲をアレンジしたシネアド・オコナーのNothing compare 2 Uは筆者の大好きな曲なのだからプリンスの作る音楽は高く評価しているのである。しかしプリンスのパープルレインという一番売れたアルバムを借りてきても彼の第一声オー・イエーが聞こえて来るだけで聴く気が無くなってしまったのである。






言い方は悪いが筆者にとってプリンスはあくまでゲテモノでしかなく、筆者の中の80~90年代の音楽史ではプリンスだけは完全に除外されていて、後年香港で開催されたプリンスのコンサートのタダ券を貰うチャンスがあっても「そんなモノ要るか!」と一喝する程度の存在でしかなかった。

ところがそれから20年以上たった数年前のこと、成田から香港へと帰るキャセイパシフィック航空の中で機内エンターテイメントにプリンスのアルバムがあるのを見て、何となく聞いてみるかな・・と思ったのである。それは数あるプリンスのアルバムの中でも最高傑作と呼び名の高いサイン・オブ・ザ・タイムスであった。

プリンス独特の歌い方は相変わらず好きにはなれなかったが、正直言うとその時はそれほど拒否反応を起こすことも無く、中でもスターフィッシュ&コーヒーという曲が案外と好きになってしまったのだ。これはプリンスにしてはかなりスタンダードな曲調で独特のクセが殆ど無いのがその理由である。

ヒトデ(スターフィッシュ)とコーヒーだって・・?なんだか変な題名だな・・と思ったが、まあ別に歌詞の方は追わずに(つまり歌詞内容はさっぱりわからずに)度々聞くようになったのである。しかしある時たまたまその歌詞がどういう意味なのかを調べる事になったのだが、その時筆者は衝撃を受けることになったのだ。





この歌はアメリカの何処にもある小学校を舞台にしていて、教養のある家庭の出なのにいつもチグハグな服を着て皆にからかわれているシンシアという女の子が「朝食に何を食べたのか?」との質問に「ヒトデとコーヒー」と答えてしまい、クラスメート達が「はあ?何だそりゃ?」と不思議に思うシーンをユーモラスに唄ったものである。

ご想像の通りシンシアは知的障害を持った女の子で、母親が作ってくれた星形のパンをパンでは無くヒトデと表現していたのだ。しかしクラスメートたちはシンシアの言いたいことがさっぱり判らず煙に包まれてしまう訳だが、歌詞ではその後に「心を開けば彼女の世界が判る」と歌っていたのである。

偏見を取り除けば障害者の中にある素晴らしい世界を見ることが出来る、共感することが出来る・・。これがこの曲のテーマだったのである。そして当時MTVだかABCのインタビュアーの「これは知的に劣った人間の事を唄っているのか?」と言う問いに対し「それは情緒的に進んだ、或いは恵まれた人達と言い換えるべきだね」と答えていることからも、プリンスが知的障害者に対して暖かい眼差しを持っていたことを知ったのだ。

この意味を知った時に筆者は両手で顔を覆い隠して泣き崩れてしまったのだ。というのは当時筆者は遅ればせながら女房との間に子供を作ろうとしていたのだが、女房は当時40歳を過ぎていたために生物学的にハンディキャップを持った子の親になる可能性があると医者から指摘されていたからである。





もしもそういう子供が生まれたらどうしよう・・。そういう恐れを持ちながら毎日を過ごしていたのだ。正直言えばやはり筆者の中にもハンディを持った人間に対しては偏見があったし、当然そうあって欲しく無いがその一方で子供は欲しいし・・という深いジレンマに苦しんでいたのだ。

しかしプリンスの曲スターフィッシュ&コーヒーの歌詞を知った時に筆者の中に立ち込めていた暗い雲は綺麗さっぱり無くなったのだ。心を開けば君も理解できる・・、この一言がどれだけ自分の中でガチガチに固まった偏見から解き放ってくれたことか、どれだけ子を持つことの勇気を与えてくれたことか・・。それで筆者はその場で泣き崩れてしまったのである。

さて結局筆者ら夫妻その後さんざん子作りに励んだものの、どうも筆者が種無しらしくて結局子無しのままでいるわけで、だからこそ今でも3カ月も世界のあちこちに旅行できる結構なご身分でいられるのだけれども、子供を作ろうと誓ったあの一時期を思いだす度にスターフィッシュ&コーヒーの一節が頭に浮かんでくるのだ。

スターフィッシュとコーヒー♪
メープルシロップとジャム🎶
シンシアは幸せそうな顔をしていた♪
まるですべての学校の全ての壁に掛けられた彼女の自画像のように♪
心を開けば君も理解することが出来る♪・・・。

この曲が頭に浮かぶ度に自分の心の暗闇がサーッと晴れていったあの一瞬を思い出すのだ。
プリンス様、素晴らしい音楽とそして勇気を与えてくれてありがとう!!。

R.I.P.






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日本に来て一番の頭痛の種

日本に来てから2週間が経過したが、この期間中筆者を最も苦しめているのは寒いことや生活スピードが合わない、あるいは女房が買い物で散財ばかりしているといった事ではなく、毎日のように化粧品関連の商品説明をさせられる事である。

高美活パウダーにエイジングサイン集中美容液、多機能美白保湿ジェル、美白有効成分とナノAMAを配合など理工学部出身の筆者でも翻訳するのは非常に困難を伴う用語ばかりであり、それにジェリー状「先行」美容液など一体何が何に対して先行しているのか日本語でもさっぱり読みとれない単語まであるのだ。

それから高濃度の原液なんて単語をそのままHighly Concentrated Original Solutionと訳そうものなら、そんなキツそうな液を塗って肌は大丈夫なのか?などと質問されてしまい、それでもっと薄いのは無いですか?と店員に聞いたら「アンタは一体何を言ってるんですか?」というような表情をされてバツの悪い思いをしてしまうのである。

それとどこも美白クレンジングとか美白フォーム、それと美白ローションなど美白のオンパレードで、これも英訳するとWhiteningだけれども、クレンジングとホワイトニングってどう関係あるのか?などと女房に聞かれようものなら美容関連に一ミリたりとも興味が無い筆者は呆然としてしまうのだ。

理系の方ならよくご存じのだろうが、商品説明と言うのは例えば薄さを追求したのでコンパクトになったがその代わり電池が小さいために充電残り時間が短くなりました!とか、居間を出来るだけ明るくするために間取りを広く取ったのでバス・トイレは窓が無いから換気ファンを大ぶりにしないとね・・など基本的にはプラス面とマイナス面の2つがあるのだ





どころが美容関連はプラス一本やりの良いことづくめで、このリンスは髪をしっとりさせるけどフケがいっぱい出ますよ・・とか脂性の人はニキビが一気に噴き出すので向いてません!と言うようなマイナス面の説明が全く出てこないのだ。どうも非論理的でケチで強欲な女性たちに合わせて製造者の説明責任は放棄してしまったらしい。

理工学部の卒業者が見てもちっとも理解できない面妖な単語をちりばめているのも、おそらく世の女性にはこんなの何の意味も無くて、ここに大吟醸とかグランクリュ、Voulez-vous coucher avec moi ce soir?(フランス語で「あんたアタシと今夜○○したい?」と書かれていれば「まあ!素晴らしいわ!」と飛びついているのに違いない。

まあ日本人の女性がインチキな謳い文句に騙されて財布をはたいているのは筆者には関係ないのでどうでも良いのだけれど、問題はただいま筆者は女房にいちいち高分子とか何か?と説明しなければならない事で、しかもこれがどう見ても高分子とは関係なさそうな商品ばかりだから筆者の脳内でたびたび齟齬を起こすのである。

「それで高濃度じゃない混合液はどうなったの!そっちの方が安全そうじゃない」などと女房に問い詰められる度に筆者が心の中で「ああああああああああああーっ!!!」と絶叫し、そこら辺の商品棚にしがみついて何かを壊したい衝動に駆られるのである。

ここで日本の美容関係の店やドラッグストアに言いたい。世界中から来た観光客のために各商品に「乳成分配合の肌用クリーム」とか「ブツブツした出来物を和らげるジェル」など1行くらいの短い言葉を書いた札を貼っておいてもらえないだろうか。そうすれば筆者のストレスも無くなるし意味が判った外国人たちがたくさん買ってくれると思うんだけど・・・。






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耳たぶが語る本当の姿

筆者の家の近くには500ペソ余分に払うとHなサービスをしてくれるマッサージ屋があって週に1度の割合で通っているのだが、ある時なじみのダニカ嬢から「ボラって日本語なの?」と変なことを聞かれた事がある。ボラ?それって日本語だと臭い魚のことだけど・・と答えると、いやいやそんなことは無い!と言い張る。

要領を得ないのでアンタは何が聞きたいんだ?と聞いてみたら、この店に日本人を名乗る2人組の男が時々来るんだけれど、その人たちがお互い話している時に「BORA」と言う言葉を頻繁に出すのだが、チップを誤魔化そうとしたり過剰なサービスを無理やり要求するので「あの二人は日本人じゃないんじゃないか?」と同僚の女が言い出したと言うのだ。

これを聞いた筆者は直ぐに奴らは韓国人だ!と教えた。筆者は以前韓国人の女と付き合った事があるのでBORAという言葉は良く聞いていたし、それに値段にうるさく何処の誰からも嫌われる、都合が悪くなると日本人のフリをするというのはねじくれた朝鮮民族の性格そのものだからだ。

それを聞いたダニカ嬢は「やっぱりそうか!」と快心の笑みを浮かべた。このダニカ嬢は三十代でHなサービスも熟練の腕を感じさせるものだが、不思議なことに韓国人とはあんまり馴染みが無かったらしい・・。ここ20年か30年にかけてフィリピンじゃ韓国人が遊びまわっているのに何だか奇妙な話である。





そして筆者はダニカ嬢に対し全国民漏れなく精神破綻した朝鮮民族の悪口を吹き込んでいたのだが、そうするとダニカ嬢は韓国人かどうかを見抜く方法は無いのか?と聞いてきた。そんなの目の感じとか頬の張り方とか色々あるけど写真でも見せないと説明できない話なので筆者は祖母から聞いた一番簡単な方法を伝授することにしたのだ。

いわゆる朝鮮耳と呼ばれる耳たぶが全然ない耳の形の事である。戦前戦中の満州国では中国人や日本人のフリをして悪事を働く朝鮮からの不法移民を見分けるために耳たぶの有無を確認していたと言うのだ。もちろん朝鮮人にも耳たぶがある人間はいるのだが、その一方で耳たぶが無い人間は100%確実に朝鮮人だというのである。

これは後年筆者が韓国人の女と付き合っていた頃に実証したことがあって、筆者の彼女だけでなく同じ飲み屋で働いていた女の十人中六人は確かに耳たぶが無かったし、運悪く韓国の顧客を担当させられるようになった時もやはり同じような確率で耳たぶが無かったので、率直に彼らにこの事を聞いてみたとところ出身地がどうだとか、血筋がどうだと色々説明し始めたのだが、何かピント外れな感じだったので内容はすっかり忘れてしまった。

ただ一番便利だったのは中国・深センや広州のナイトクラブのホステスたちが同じ東北出身(吉林省、黒竜江省、遼寧省)と言いながらもその女が漢民族なのか朝鮮系なのかをかなりの確率で見極められたことで、筆者は祖母がその昔授けてくれた知恵に対して内心感謝していたのである。





さて筆者が何で旅先の日本でこんな日記を書いているのか?と言うと、現在滞在している三重県松阪市には何故だか知らぬが耳たぶが無い人たちがやたらと多い事に気づいたからだ。牛肉で有名な土地なので焼肉屋(=在日朝鮮人)が多いのはある程度は納得できるが、ちょっとそういうレベルでないのだ。

最初に気が付いたのは伊勢市から松阪へ向かう電車の中にいた女子高生の一団で、ずいぶん綺麗な娘がいるな・・と思ってじろじろ見てたらなんと半分くらいが朝鮮耳の持ち主で、それでちょっと違和感を持った筆者は道行く人の耳を何気なく見るようにしたところ十人中三人くらいが耳たぶが無い、あるいはやけに小ぶりなのである。

ひょっとして松阪は東京の東上野や大阪の鶴橋の様に在日の町なんじゃあ・・と思ったが、ネットで調べても人権の町宣言とか疑わしい情報は出て来るもののはっきりしたことは判らない。それとも伊勢一帯は歴史の深い場所なので古代に百済か新羅あたりから大量に移民が来ていたのかもしれない。

結局その点は最後まで判らないまま明日は関西に移動するのだが、伊勢という神域とその周りの穢れた土地、牛肉という昔は忌み嫌われた生業を持つ人達と人権擁護という聖域、そこに紛れ込んで日本人に成りすます朝鮮人と言ったキーワードが頭に浮かび、何となくこの松阪という土地には一種の影の様な暗さを感じてしまった。正直ここは好きになれないな・・。






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ナマズパワーを持つ女

松阪市のホテルの部屋で目覚めると女房が「とんでもない事しちゃった」と言い出した。これはひょっとして・・と思って掛け布団をバッと剥いてみると案の定シーツに何やら薄い色のシミが付いている。寝小便である。この女は43歳にもなって寝ている最中にお漏らししやがったのだ。

しょうがねえなあ・・と思いうながらテレビをつけると画面に巨大な地滑りの映像が映っていた。ああ、これは熊本地震のニュースを再放送してるんだな・・と思っていたのだが、本日未明に!とか大分から熊本にかけて広い範囲で!とかアナウンサーが叫んでいるから、また別の地震が起こった事を知ったのだ。

前の地震が起こったのは確か2日前で、あの日オレたちは鳥羽の温泉旅館にチェックインして・・などと考えていると突然アレッ?と疑問符が頭に浮かんだ。その日の朝まで筆者ら夫妻は名古屋のホテルにいたのだが、実は地震が起こった日にも女房は寝小便をしていたからである。





ちなみに筆者の女房は寝小便が常習化している訳ではく、ハイチや東北で大震災が起こった時期に外出中に漏らしていたということもないのだ。それが何で日本に来てから2回も寝小便をするのか・・と訝しげに思っていたのだが、それが両日とも九州地震の日であったというのは何か相関関係があるような気がする。

ひょっとしてコイツはナマズの様に地震予知能力があるんじゃ・・?。そう言えば顔つきも何となく深海魚系だし、多汗症で体がいつもヌルヌルとぬめっているのも何となくナマズっぽさを感じさせる・・。しかし筆者ら夫妻がいるのは中部地方で九州に行く計画は無いのに何故漏らしたんだろう?と思っているとアッ!と再び思い当たった。

おそらくこれは今後起こる事の前兆で、実際に自分たちが被害に遭うようなケースの場合は小で無くて大、つまり寝大便を地震発生前にするに違いない。そしてもしも寝大便に気づいたら服など着ずに直ぐにビルから飛び出なければならない!。それで女房には「お前寝る前にトイレで大をするなよ!」と言ったのだが、相手は一体何のことか分からずポカンとしていた。






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懐かしいスパゲティ

名古屋科学館のプラネタリウム開演時間まで小一時間ほど時間が空いたので近くにある喫茶店で早めの昼食を摂ったところ、そこでとても懐かしい料理に再会した。あんかけスパゲティである。なんだよ、そんなメジャーなもん!と思われる方もいるだろうが、筆者は27歳の時から殆ど海外にいるので日本の地方料理は全然知らないのだ。

筆者が高校時代に仲が良かった友人は多くが国分寺や立川、日野、八王子に住んでいて、学校が終わると友人たちと遊びに行くのは新宿歌舞伎町のディスコか吉祥寺のサンロードにあったルー・エという喫茶店、もしくは立川駅の北口にあったビアレストラン武蔵野かロバというスパゲティ屋だったのだ。

ロバは学生服姿で煙草をふかしていても店のオヤジは全然文句を言わないし、それと量がものすごく多い割に値段が安かったので筆者らは重宝していたのだが、ここで供されるスパゲティというのが東京出身の筆者らが始めてお目にかかる独特のモノであった。ステーキとかハンバーグを乗っける熱々の鉄板の上に溶かし卵を敷き、その上に胡椒の効いたあんかけソースがたっぷりかかったスパゲティが乗っているのだ。





一応メニューにはミートソースとかカルボナーラとかあるのだが、筆者らにとってはどれもこれも似たような味でしかなく、正直言ってまた食いたい!と思わせるような料理ではないのだけれど、この店に置いてある怪人アッカーマンや実験人形ダミーオスカーといった成人コミックの単行本を読みたくてヒマになるとまた来てしまう・・という店だったのだ。

しかし筆者らも大学に進学してからは通学ルートが変更になったことと、その時の友人たちとも疎遠になってしまったため立川のロバに行く事は無くなってしまったのだが、フェイスブックでつながりのある守屋という友人が「立川のロバって覚えてる?あのスパゲティは名古屋の名物なんだってよ!」というメッセージを送って来たのである。

それで喫茶店であんかけスパゲティを見つけた筆者は迷わず注文したのだが、出てきたのは鉄板に溶き卵は敷いていなかったけれどもまぎれも無く30年以上前に立川で食べたあのスパゲティで、牛肉や豚肉、海産物など如何なる材料を使っても全く同じ味になってしまうB級どころかC級グルメの珍品だった。


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懐かしいスパゲティを食いながらロバのオヤジはおそらく名古屋出身だったのだろうが、なんで東京に来てまであんかけスパゲティにこだわり続けたのだろうか?と思ってしまった。今と違って当時の東京・立川界隈は生活に余裕がある家庭は案外と少なく、そんな場所で変わり種の料理を出したところで儲からないのは百も承知だったはずである。

しかし現に30年たった今も筆者が食ってるあんかけスパゲティは二度と頼むことは無いだろうな・・という味なのだが、隣の席で中高年夫妻が筆者が頼んだのと同じものを美味そうに食っているのを見るとこれが名古屋人のソウルフードなのではないか・・と思えてきた。
だからロバのオヤジも必ず東京人に受け入れられると思い込んでたってことか・・。

沢井に篠崎、信弘に村島、奥橋と守屋と宮沢に玄行とハセケンとヒロシ。今ではもう何処に行ってしまったのかも判らなくなってしまった友人たちだが、今から30年以上前の立川の店では一緒の時を過ごしていたのだ。さて筆者らが長居することに文句も言わず、無料で大盛にまでしてくれたロバの店主には今では感謝しております。もしも何処かで営業しているならご連絡ください。






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トヨタ主義者への疑念

今回の日本訪問目的の一つが日本の工場を見ることなので、だったらという事で総本山ともいうべきトヨタ本社工場の2時間見学コース(英語)に行ってきた。女房の父方の親戚たちには技術者が多く、また女房も電気系統が好きなことがあってこういう分野には並々ならぬ興味があるのである。

しかし正直言うと筆者はトヨタの見学は反発心の方が強くあまり気が乗らなかったのだ。ちなみに筆者はマニラで乗ってるのはトヨタ・イノーバなので隠れホンダファンなわけでもないのだが、トヨタのモノづくり哲学というのを聞くと昔会社員をやってた時のことを思い出して虫図が走ってしまうのだ。

筆者が勤めていたのはトヨタの10分の1くらいの規模のメーカーで、後年営業マンになったとはいえ筆者は元々技術屋だし、それに現実問題としてトヨタは世界有数の企業になっているのだから彼らの経営工学上の理論の正しさには疑問の余地が無いのだけれども、筆者が嫌いなのはトヨタイムズを良く理解もせずに語る輩がやたらと多い事なのである。

メーカーにおられた方なら筆者のいう事はよくご理解いただけると思う。最終的にお客に行くのは1個だから量産と言う考えは間違っている・・などと物知り顔で語り続ける技術屋たちの存在がどれだけ日本のメーカーに誤った選択を強いて来たのか、そしてそれがいかに深刻な問題を引き起こしているのか・・という事は実はあまり語られてないのではないだろうか。





彼らの論理は何が何でも自動化する、それから下請け企業に対して多大な犠牲を強いるジャストインタイムを実践する!というバカの2つ覚えだけを唱えているだけで、トヨタイムズは新規参入が容易で有象無象の競争相手がいるエレクトロニクス系の企業や(極端に言えば)天然ガスなどの資源産業など企業の置かれた環境によってモノつくりの方式も変わってくるという事が全く理解できてないのだ。

例えば10年以上前のNHKの番組でトヨタイムズの親玉とでもいうべき山田日登志がサンヨー鳥取工場を経営診断し、この工場のボトルネックは自動化ラインあることを発見するや、ラインをチェンソーで裁断して手組み生産(しかも組立一切を一人でやる多能工)に切り替えさせてしまったが、翌日会社にいるトヨタ信者に対してこの点を問いただすと全くトンチンカンな回答しか出てこないのに呆れてしまった覚えがある。

答えを言うと自動化ラインというのは日産1万個と言うように最初からアウトプットを固定化してしまう訳であり、人間の手作業の慣れに寄る生産効率の向上の方が寧ろ可能性が高いという事なのだ。スイスの時計産業の重鎮ニコラス・ハイエク氏の言う通り人件費をトータルコストの10%以内に収めることが出来れば如何なる場所で如何なる作り方をしようが問題は無いのだ。

ところが筆者の周りにいた部課長さん達というのは柔軟かつ多面的な思考が全くできず、ただただトヨタイムズの表面的な理屈を妄信するだけであり、さらにバカの2つ覚えを持ち出して生産の自動化を進めていったのだが、結局彼らのおかげで技術革新や新製品登場による自動化ラインの新設の度に莫大な設備投資を毎年支払わねばならない慢性的な赤字体質へと陥っていったのだ。





しかも生産地は90年代の中国である。トヨタイムズ以前に当たり前すぎることを言うが、日本の生産技術というのは基本的には人件費を使わないヒューマンレス・テクノロジーであり、それを人件費がべらぼうに安い国に丸ごと持ち込んでも何の解決にもならない・・という基本的なことがトヨタの生半可な知識に凝り固まったおバカさん達にはちっとも理解できなかったのである。

たった1000人の村民のために原子力発電所を作る・・、バカみたいな話だが極端に言えば彼らの考えはそうなのだ。それでアンタ達の考えがいかに間違ってるのか!と筆者は会議のたびに説明したのだが、彼らは「トヨタのモノづくりは・・」などと浅はかな理屈を振舞わして一人悦に入っているだけであった。彼らはトヨタの名を出すことで自分たちがお利口さんになったと思い込んでる本物の愚か者だったのだ。

さてトヨタの工場を案内するガイドの説明にはカンバンやアンドン、自動化、ジャストインタイムなどと特異な言葉が出て来て何だか懐かしい思いがしたが、一緒に工場を回ったノルウェー人が質問した通り、このシステムは部品製造から小売りまで垂直統合したビジネスモデルでしか通用しない特殊なモノなのである。

筆者はこの青い目の見学者の慧眼さに感心したが、なぜ同じ日本人でメーカーの技術者として長年勤めてきた俊英たちがトヨタイムズの表面的な部分だけをとらえて居心地の良い慢心へと陥ってしまったのか?と今でも不思議に思う。八百万の神がいる日本は一神教の欧米人の様にイムズの中に普遍性を見出す能力が劣っているのでは・・などと考えてしまう一日だった。






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懐かしい食器との再会

名古屋に来て熱田神宮に詣でたあと駅近くにあるノリタケの森へと行くことにした。筆者の女房がデパ地下食品売り場以外に興味があるのは鍋釜食器の類で、神社でさんざん歩かされて不満をため込んでいるのでガス抜きさせることにしたのだ。

女房はノリタケと言うブランドについては全く知らなかったのだが、500円払って入った食器ミュージアムを歩いているうちに日本製食器のレベルの高さにすっかり感心した様子で、アジアで最も工業レベルが進んだ食器作りの町は中国では無く瀬戸モノと呼ばれた名古屋近辺なんだよ・・と説明すると「なるほど!」と納得していた。

さて4階にある欧米向け輸出食器を眺めていると女房が「アーッ!」と叫んだ。なんだよ大声で?と振り向くと女房はショーケースの中を指さして「あの食器がウチにあったの!」と盛んに言っている。その指さす方向には(すでに過去の遺物と化した)楕円形の蓋付きスープ入れが置いてあったのだ。





あのスープ入れに(亡くなった)お母さんがお金を隠したりアタシの小遣いを入れていてくれたのよ!と説明する。リサール州のド田舎の村にフルコース用の食器セットの一部だと?どうせ似たようなモノがあったと言う意味だろう・・と思っていると、「デザインも色もあれと全く同じものなのよ!」と女房が言い出した。

女房が10歳の時に母親は無くなっているが、小さかった女房にこの食器は自分の母親(女房にとっては祖母)が嫁入り道具として持たせてくれたのだ!と説明したというのである。となると時期的には1960年代終わり頃で、洋食器セットが作られた(発売され始めた)時期とは20年くらいの時間の開きがあるのだが、筆者はひょっとして・・と思った。

というのは女房の母親はパンパンガ州サンタアナの比較的裕福な家庭に生まれていたことと、祖父母に当たる人間はアンへレス市のクラーク米空軍基地のお偉方たちと非常に近しい関係にあると聞いていたからである。だから1940年か50年代に日本土産として米軍関係者から買った(あるいは貰った)可能性もあるのだ。





娘夫婦と子供たちの食卓を豊かにするために贈られたのに、生憎と嫁いだ先がリサール州の単なる工員だったため使用目的を失った洋食器セット。しかし亡くなった義母はパンパンガ州の豊かな生活を思い出すため蓋付スープ入れを手元に置いていたのだろうか?もうなくなって30年以上も経過しているから真意は判らない。

「あのスープ入れの中にあるコインを持って近所のサリサリにお菓子を買いに行って・・」と子供時代の話をし続ける女房。そしてよっぽど懐かしいのかいつまでもその食器セットを見続けている。それで帰りにあれと同じスープ入れを買おうとノリタケショップに行ったのが、あのデザインどころかもうあのタイプの食器は作っておりませんで・・と申し訳なさそうに店員は言った。

全ては過去の遺物か・・。しかし女房はあの食器と再会できたことがよほど嬉しかったのかミュージアムを出ると「あのスープ入れと再会したのよ!」と2つ年下の義弟に電話をかけていた(残念ながら館内は撮影禁止である)。30年ぶりのタイムトンネル、ここ名古屋のノリタケミュージアムは何だか心温まる場所だった。何となく食器が好きになって来た、






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おとぎ話のような世界

昨日ホテルでテレビを見ていたら世界の色んな国クイズといった番組をやっていた。土曜の夜でどこも混んでいるので部屋で番組を観ることにし、内容を女房にいちいち通訳していたのだが、その内容のあまりの酷さに筆者は途中で呆れてしまい、さらには女房も笑い始めてしまうほどであった。

その番組は世界の独裁国、つまり民主主義でない国家特集と言うテーマであったが、独裁と言えども立派な国家は沢山あるのだ!という内容である。そしてその立派な国の最初に登場したのがなんと旧ソ連の構成国であるトルクメニスタンであった。

ニュースを丹念に追われている方ならこの国家が立派な国として出て来る事に多大な違和感を持たれるであろう。前ニヤゾフ大統領は就任後にマフィアなど犯罪組織を撲滅はしているが、憲法を無視して終身大統領を名乗り始め、ついには世界で最も腐敗した国家ランキングトップ10に常時入る国まで自国を堕落させてしまったのである。

ところが解説員として登場した元産経新聞の記者というオッサンは「彼は戦争を永久に放棄し衛星中立国を名乗り出た立派な政治家なのだ!」と褒めたたえ始めたのである。衛星中立国が立派だと?そりゃ宗教や政治体制の違う国がモザイクの様に散らばっている複雑な地域だからあくまで外交安全保障政策の選択肢の一つとして採用しただけだろうが・・。

しかし番組では「えーっつ!それは立派!」というテンポで終始し、前ニヤゾフ大統領がいかに国民を弾圧し政敵をどういう形で葬り去って来たのかは一切触れないまま聖人に祭り上げられていったのである。どうもフジサンケイグループは金正恩が永世中立を宣言すればアジアの聖徳太子とでも故障しかねない様である。





続いて出てきたのはカタールの王様で、石油・天然ガス収入で潤っているから税金も医療費も教育費もただなのが素晴らしい!、さらに天然資源の枯渇に備えてイギリスのハロッズ百貨店やシンガポールのラッフルズを買収したのは賢明な選択である!という呆れた一本調子で終始し、ペルシャ湾岸諸国特有の一部王族による富の偏在については全く説明が無いのである。

そして最後に登場したのはお馴染みのブータンの王様で、GDPやGNPではなくGHPという総国民幸福指数を国家目標に掲げていると言う説明は良いけれども、2008年に国王親政から立憲君主制へ切り替えた理由について番組では「国民の幸福を考えた結果、王様は政治に口出ししない方が良いと考えた」と説明し始めたのである。

これは全くの過ちというか致命的な偏向報道で、実際はブータンの隣国ネパールの王政が同じ2008年に廃止させられたことが原因なのである。王宮内での王子による国王一家暗殺と不人気な弟君が王様に着いたことで発生したゴタゴタ、そして王宮を明け渡す国王一家の映像はご記憶に新しいはずだ。

同じことがブータンで起こることを恐れた国王は国民の怒りが膨らむ前に譲歩しておいただけなのに、この番組はそういう事実は一切無視して王様万歳!で本当にお終いなのである。そしてこの番組を最後まで観た女房の感想は「これはおとぎ話みたいだけど、こんな番組見てる日本人ってどうかしてるんじゃない?」という全く当を得たものだけに筆者は思わず赤面してしまったのだ。

もちろん番組に登場した芸能人たちも自分たちが相当バカな台本に乗せられているな・・と思っているのだろうが、テレビ局のプロデューサーやディレクターがここまで幼稚化していたとは思わなかった。そのうち池田大作や文鮮明は平和を愛する神の子でした!と礼賛するクイズ番組でも作り始めるんじゃないだろうか・・。






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江の島まで辿り着けない女

日本に遊びに来て一番困ったのは気候でも言葉の問題でもなく歩行距離の長さである。筆者は会社員時代は健脚で鳴らした男で、スーツに革靴、それと大ぶりのカバンを持って何時間も歩くことなど苦でもなんでも無かったが、3年前にセミリタイアしてからは家でゴロゴロしてるだけなので足の方は相当なまってしまった。

筆者に輪をかけて怠惰なのが女房で、香港にいる時も買い物は歩いて3分以内のスーパーで済ませていたし、やむを得ず遠方に行かねばならない時も数分歩いてから地下に降りていく地下鉄よりも家の前から出発するバスを利用する方が圧倒的に多かったくらいなのだ。

それにマカティなどと違って筆者の住むパッシグ南部ではトライシクル(サイドカーの事)が一般的で、歩いて5分の距離にある床屋に行くのもトライシクル、7分の距離にある叔母エスターの家に行くのもトライシクルととにかく歩くことがほとんど無いのだ(当然アパートの部屋に上るのもエレベーターである)

それで一応筆者も事を気遣って成田から横浜まではエアポートバスを使ったのだが、シティターミナルから関内のホテルまでの移動(JR+徒歩3分)と、チェックイン後のみなとみらい地区の散策約1時間が(あくまで女房にとっては)かなりの重労働だったらしく、その夜遅くに両足がつる事態になってしまったのだ。

「アナタタスケテ!」とみじめったらしく泣く女房・・。こんなの水泳をやってた人間ならしょっちゅう経験することだから別に何でもないのだが、今回なんと情けない事に筆者も明け方近くに同じく両足が痙攣してしまい、さっきまで「お前は脆弱だ」とか嫌味を言っていたのを撤回せざるを得なくなった。





さて翌日は湘南地区へ行く計画を組んでいて、関内から電車に行って大船へ行き、そこからモノレールで湘南江の島駅へ行ったまでは女房も上機嫌だったのだが、駅から江の島へとまっすぐ伸びている参道の途中で「アナタ!ここにはバスはないの?」と女房が騒ぎだした。

あのなぁ・・、グリコのおまけみたいに残り物の人生を歩んでる80代の婆さんだって階段昇って江の島の先っぽまで歩いて行くんだよ!と説明したが、どうも足の塩梅がおかしい!(あくまでも女房の視点で)がけ道で痙攣したら命にかかわる!などとギャアギャア喚き始めてしまい、結局途中の江の島大橋で撤退することになった。

その後も長谷の大仏では足がちぎれそう!と文句を言い、鶴岡八幡宮まで仕方なくタクシーで言ったのに階段を昇るのが嫌だ!と言うので参内は取りやめ、横須賀では戦艦三笠博物館まで歩いていく途中で何度もしゃがみ込まれるなど散々面倒をかけられたが、なぜだか戦艦内部の大砲とか機関室は結構楽しそうに歩いている。

「ああ全く今日はえらい歩かされたわ!」と帰りの京浜急行の中では散々文句を言い続けていた女房だが、帰り道にちょっと変わり種のチーズでも買うか?と寄った横浜そごうの地下食品売り場に入るや態度は一変し、ああ、このスペイン産生ハムが!とかフォアグラ風味のテリーヌが!などとあちこと飛び回り始めた。

地下食品売り場に入ったのが4時半で出てきたのが5時45分・・。こんだけエネルギーが残ってるのなら楽勝で江の島の先まで行けたと思うのだが、女房にはデパ地下と厨房用品売り場はあくまでも別物、別腹、別足、別エネルギーなのである。ああ、江の島行きたかったな・・。あそこのシラス丼は美味かったのに・・。






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マンカスの争い

筆者ら夫妻が日本へと旅立った翌日、従姉妹たちの間にちょっとした争いがあったことを義妹がスカイプ電話で知らせていた。パンパンガ州の日帰り旅行から帰って来た十数人は何と我が家に陣取って一夜を明かし、その翌日スイミングプールでずっと遊んでいたらしいが問題はこの時に始まったらしい。

「ねえ、ボーヤの水着は随分派手じゃない?」と言った従姉妹メイ。ボーヤと言うのは今年28歳の筆者の従姉妹で2人の子供を持つシングルマザーだが、(義妹の話によれば)その日は男を誘惑するかのような表面積の大変小さい刺激的な水着を着ていたらしい。

ボーヤは18歳の時にクラスメートの男の子を出産し(当然男は逃げた)、20代中盤では別の男の子供をまた出産し(妻子持ちなので逃げた)、また1年前に出稼ぎ先のドバイで父親の判らない子を身籠ったので堕胎のためフィリピンに帰国した女で、我が従姉妹たちの中でも最も尻も頭も軽い女である。

それでボーヤの兄妹や従兄妹たちは「お前ちょっと子供たちの事も考えろよ」とか「男遊びもそろそろ卒業したらどうだ」などと揶揄されていたらしいのだが、一同の中で一番熱心に批判していたのが従姉妹メイで、最後にはボーヤに面と向かって「あなたは自分の人生を考え直すべきだ」などとお説教まで始めたらしい。





しかしこの従兄妹メイも学生時代にクラスメートの子供を産んでいて(当然男は逃げた)、さらにここ2~3年は男出入りがかなり激しくなって誰が父親だか分からない子供を2か月ほど前に産んだのだ。つまりボーヤとメイは父親が違う2人の子持ちという点では全く同じだし、加えてメイは男から教えられて現在シャブ中なのである

それで義妹はメイに対して「ちょっと言いすぎじゃないの!」と文句を言ったらしいが、メイは「あたしはボーヤと違って上昇志向があるのよ!」と訳の判らない事を言い出したらしい。シャブ中と上昇志向が一体どういう関係があるのか判らない従兄妹たちはその瞬間「こいつ幻覚みてるんじゃないか?」と思ったそうである。

「まったくボーヤもメイもだらしなくって嫌になっちゃうわ!」と義妹は女教師の様な口調で言うが、しかしながら実はこの義妹も15歳の時にクラスメートとの間に子供が出来てしまい(それが現在20歳のイナである)、数年前には現在サウジに出稼ぎ中のフランシスとの間に次女イザベルを産んでいる「父親の違う子供二人の母親」なのである。

その後もボーヤとメイの言い争いなど義妹の話は延々と続いたが、内容の余りのバカらしさに呆れた筆者は買い物に行く!と言ってPC画面から離れることにした。最底辺の女たちの争い。こういうのは男ならチンカスの争いと言うが、今回は登場人物が全員女なので頭にマンカスとつけるべきだろう。本当に下半身がだらしない民族である。






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赤羽のウナギ

筆者の女房はウナギ好きで、日本に行ったら是非とも美味いウナギの店に連れて行ってくれ!と何度も言うので宿泊先に近い竹葉亭の横浜支店に行くことにした。銀座界隈で勤務された方ならよくご存じの通り竹葉亭は老舗中の老舗で、筆者も若造の時に上司に「今日はご褒美だ」と言って道一つ隔てた銀座五丁目店に何度も連れられて行った覚えがある。

この店の名物はもちろん鰻重なのに運悪くケチと一緒だと「(値段の安い)鯛茶漬けを食え!」と命じられる事もあったが、実はこの鯛の刺身をピーナッツとみりん、しょうゆで和えた料理は意外にも絶品中の絶品で、4年間の銀座勤務の最後の方では鰻よりも寧ろ鯛茶漬け、あるいは鮪茶漬けを頼んでいたのだ。

それで横浜そごうの10階にある竹葉亭の支店では筆者は鯛茶漬け、女房には一番高い鰻の中入れ丼を頼んだのだが、さて期待の鯛茶漬けは20年前と変わらぬ味で余りのなつかしさに筆者は思わず目頭が熱くなってしまったのに対し、鰻丼を食ってる女房の顔色がイマイチ優れないことに気が付いた?





どうしたんだ?と聞くと、この店は本当に名店なのか?と返事をする。そうだよ、横浜じゃここともう1つ野田岩という老舗があって両巨頭なんだぞ!と説明したが、だけど一昨年東京で食べたウナギに比べると随分と味が劣るんだけど・・と妙な事を言う。それで筆者は女房の鰻丼を引き寄せて2~3口食ってみたのだが鯛茶漬け同様に20年前と同じとしか思えない。

さてこの一昨年に・・というのは赤羽にある川栄という店で食った鰻重のことである。大学時代の友人に無類のウナギ好きがいて、当時宿泊していた上野にある伊豆川に行こうと思ってると言ったら、この友人はそんな店は止めとけ!お前はタクシー乗ってでも赤羽に行くべきである!と強烈に勧められたのだ。

それで電車を乗り継いでいったのだが、店の前に来るとなんだかポロッちい建物で、鉢巻き巻いたオヤジが出入り口傍でウナギをジュージュー焼いている。こりゃまるで下町の焼き鳥屋だな・・と思ったが、長年香港に暮らした女房は直感でこの店は行ける!と分かったらしく、「この店では一番高い鰻を頼んでね」と言い出したのだ。





待つこと20分でご飯の中にウナギがもう一枚入った「しのび」というのが出てきたが、その芳醇な香りのする鰻を一口食った女房は(本当に冗談でなく)人生の中でこんなに美味いものを食ったことが無い!と泣きそうな表情で言い始めたのだ(ちなみに筆者は香港一のフカヒレとか北京ダックをさんざん食わせてきたのだが、口から出てきそうな一言は呑み込んだ)

「あんたもう一口食ってみろ!あの(赤羽の)汚い店と比べたら段違いだから!」と竹葉亭のどんぶりを筆者に差し出す女房。それでもう一口二口食ってみたところ何となくそんな気もするんだけど正直判らない。それにこんなの好みの問題で赤羽・川栄は濃厚で甘みのあるたれなのに対し竹葉亭は割とあっさり目だというだけでは・・。

「やっぱりウナギは赤羽に限るわね!で、あの店にはいつ行けるの?」と落語に出て来る殿様の様な事を言う女房。その前の晩にセブンイレブンの冷やしとろろ蕎麦を美味い美味い!と食ってたのがウソの様に通ぶってやがる・・。まあ赤羽はいけない距離では無いんだけど他に見るものが無いから、今日は休みなんだ・・と言っておこう。






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アゲインストな1日

今週日曜日から日本へとやって来たが、何事にもゲンを担ぐ筆者にとっては開始初日から何となく不穏な流れが現れ始めている。

筆者が予約したのは朝9時半発の全日空便で、オンラインチェックインを済ませたので8時頃の空港着で車の手配をしていたのだが、その日従兄弟たちは早朝からパンパンガに行く別の用事があるので7時着くらいにしてくれないか・・と言いだしたのだ。

冗談じゃねえよ、そんなに早く着いたら空港でヒマで仕方がねえじゃねえか・・と車中むくれていたが、空港に到着してビックリ・・。すごい行列なのだ。この日ターミナル3は電力供給の問題が発生しオペレーションが麻痺状態に陥っていたのだ。

「アンタのいう事を聞いてたらえらい目に遭ったわね」と行列に並んでいる最中に嫌味を言う女房。電力がないため発券も出来ず全てマニュアルで手続きしていたが、筆者らは24時間前にチェックインしているので最短なグループに入れて貰えたのだ。でもそれでも約2時間立ちっぱなしである。





女房の嫌味にカチンと来た筆者は「利用客を何時間も待たせるなんてけしからん!日本じゃあんな事は絶対無い!」と反撃していたら、成田ランディングに向け降下している最中に「成田空港の滑走路上に物体が散乱していると情報があり着陸を一旦見合わせます」とのアナウンスが入った。

それで何度も旋回した挙句にやっと着陸はしたのだが、飛行機を降りて入国審査へと向かって行ったら検疫のあたりに人がいっぱい溢れている。なんこれ?と思ったが見るとはるか向こうまで凄い行列で、空港職員が「本日入国管理は大変混雑しておりまして・・」と怒った白人のおっさんに説明しているでは無いか。


新年度開始直後で人の入りが多いことと桜シーズン、さらにさっきまで上空を旋回していた何機もの飛行機から吐き出された客が一気に集まったため係員が「こんな混む事は滅多に無いんですけど」という状態だと言うのだが、女房にいくら説明してみても先ほど母国フィリピンを愚弄された腹立たしさが晴れるはずもない。

あんた何よ!日本だってフィリピンと大して変わらないじゃないの!と鼻を膨らます女房。あのなあ・・正確にはNAIAは2時間、成田は1時間待ちだから時間的には半分だし、それに成田は空調だってちゃんと効いてたんだよ・・と言ってもちょっと分が悪い。なんか今回の旅ってこれからも色々ありそうな気がする・・。






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アイ・フィール・シャイ

筆者ら夫妻が香港に住んでいた時は毎年旧正月休みになると10日間ほどタイに遊びに行っていたのだが、この期間女房は当時香港に出稼ぎに来ていた義妹や同郷の友人など出稼ぎ家政婦に部屋の鍵を預けておく事が何度かあった。

実は彼女たちも旧正月の数日は仕事休みとなるのだけれど、もちろんこの時期に爆上げした航空券など買えぬから筆者の家に集まってささやかなパーティーをやるのである。特に外泊の許可が出た数人の友人達は筆者の家に数日間泊まり込んでいたのだ。

それである年に旅先から帰国した筆者ら夫婦が自宅へと戻るや、部屋のモノが壊れていたり盗まれるような事は無かったものの、サラダ油から醤油や砂糖などの調味料、それとシャンプー、リンスから歯磨きチューブ、それと洗剤の類まで全部空っぽになっていて、おまけにトイレの電球が切れたままになっていることに気が付いた。

ちなみに筆者は彼らに滞在を許したのだから石鹸やコーヒーが半分に減っても別に文句を言うつもりは無いのだが、自分たちで完全に使い切ったのなら次に使う人の事を考えて買い替えでおくのは最低限の礼儀である。ところが洗濯や掃除など金が掛からない事は割合しっかりとやっているのに、買わなければならない事は何一つしていないのだ。





それで筆者もカチンときて次回彼らが遊びに来た時に文句を言ったら「料理は作ったのは私じゃないから」などと見苦しい言い訳を始めたのはロザリンという数か月前に香港に来たばかりの女房のクラスメイトだった。じゃあアンタは料理を食わなかったのか?を聞いたら「もちろん食べたわよ!」と剥れて言うので、だったらお前だって同罪だよな!と説明したのだが、このロザリンは筆者のいう事を全く理解出来ないようである。

じゃあ俺たち家主が旅行先から帰って来てトイレの電球が切れていればわざわざ買いに行かなきゃならんよな・・それも深夜遅くに。お前に便宜を図ってくれた人間に不便な思いをさせてしまうことに対して申し訳ないとは考えないのかね!と言ったところ、ロザリン以外の少しはマナーを知った人間が「アイ・フィール・シャイ(私は恥ずかしい)」と言って悲しそうな顔つきをしたのだ。

そこまで気が回るのは日本人だけだろ!などと言うなかれ。筆者は香港人の同僚や顧客にも部屋を何度も貸したことがあるが(目の前がビクトリア・ハーバーで香港名物の花火大会を見るのに絶好の位置にあるからである)、彼らは一切合切の食料からトイレットペーパーまで使う分は持ち込んでいたし、部屋代がわりに高級ウィスキーやワインなんか置いていったのだ。

ところがフィリピン人にはまずこういう気配りは期待出来ないばかりか、冷凍庫の氷を全部使いきったら製氷トレイに水を入れて氷を新たに作らないと・・といったもっと原始的な事すら考えられない輩もいるのだ。例えば義弟の息子AJなんぞ夏の暑い日に冷蔵庫で冷やした水を全部飲んでしまったが、その後水を注ぎ足して冷蔵庫に入れるという単純なことが出来ないのである。





しかしこういう下等生物は相手にしても意味は無いから筆者は完全に存在自体を無視しているのだけれど、問題はアイ・フィール・シャイと言った少しはマトモな連中も1週間もすればまた同じ失敗をやらかすことで、筆者はこの民族には学習能力という回路が脳内に組み込まれてないのじゃないか?と思ってしまうのである。

それにアイ・フィール・シャイというのも「私は恥ずかしい」という意味であって「あなたに対して申し訳ない」とか「もう致しません」といった迷惑をかけた相手や改善行動の意味は成してない言葉である。まあなんたって主語が自分自身だから完全に自己完結してるだけで、考えようによっては謝罪も何もしなくて良い便利な言葉だ。

なので筆者は最近フィリピン人が言う「アイ・フィール・シャイ」という意味は「まあ、そう起こりなさんな」とか「別にいいじゃねえか」と同義語であると捉えるようになり、何か問題が起こって彼らがこの決め台詞を言っても「ええ、アナタはもっと恥じるべきです」とか「次回からこの家に来なくていいよ」などと言うようになったのだ。

こういうと相手の目の中にある種の動揺や怒りが見て取れるが、現実問題として何か罰を与えない限り彼らは改善出来ないばかりか調子付いていくだけなのだから、言うべきことは言わないと最終的に馬鹿を見るのは自分自身である。繰り返して言うが「アイ・フィール・シャイ」、この言葉にはほとんど何の意味も無いので、これで誰かを勘弁したりしないように心掛けていただきたい。






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パキスタン右翼の涙(2)

筆者は知らなかったのだが旧英国領インド(現在のインド本国とパキスタン、バングラデッシュの3国)に住んでいるイスラム教徒たちも先祖を辿れば皆ヒンズー教徒であったが、彼らの大部分はカースト制度の中で最下層に位置付けられるアンタッチャブル(不可触民)であったため、厳しい蔑視と迫害から逃れるために万人平等を謳うイスラム教へと改宗したのだ・・と言ったのである。

ただしイスラムに改宗しようがヒンズー教徒たちからは蔑視され続けたのだが、少なくとも自分たちがヒンズー教社会の中では最も価値の無い人間であるという精神的に耐えがたい事実を受け入れる必要は無くなったし、迫害に対して一緒に戦える根拠と仲間を得たことで我々は自由になれたのだ!という話を何度も回りくどく説明し続けた(リピート多数)。

そしてその次に彼が言いたかったことは万人平等のイスラム教の下で自分たちは精神の自由を手に入れ、やがて半世紀前にジンナー博士の指導で自分たちイスラム改宗者が生きていける土地を手に入れ、そして何千年にもわたって自分たちの祖先を迫害し続けたヒンズー教徒と今や伍していくまで慣れたのだ!という事であったはずなのだろうが、そこがそうはいかなかったのだ。





と言うのはこのバリー氏、よりにもよってジンナー博士の名前が登場した辺りで感極まったのか思いっきり泣き始めたのである。しかも嗚咽は漏らすわ鼻水ヨダレはまき散らすわで汚いことこの上ない。パートナーのシャリフがこれはマズい!という表情で立ち上がりバリー氏を化粧室へと連れて行ったが、周りのテーブルにいる客から好奇の目で見られた筆者は居心地悪い事この上なかった。

「○○さん!言ったでしょ!あのジジイは気をつけろって!」とD君は言うが、だったらオレにじゃなくてオマエがバリーのオヤジと話せよな・・と思ったが、しかしバリー氏のちょっと常識から逸脱した言動を2日に渡って見たことで何故パキスタンが軍国主義的でアメリカや中国、そして中東の怪しげな独裁者たちを相手に巧みな二枚舌三枚舌外交を繰り広げていたのか分かった気がした。

要するにパキスタンは迫害され続けた人間がやっと手に入れた約束の地、もう一つのイスラエルなのだ。虐げられたものが自分たちの生存権を死に物狂いで守るのは当然だし、周辺国や大国に対して踏み込めば大やけどを負うと思い込ませるとともに、核兵器による不安定要因をちらつかせることで外交交渉でのイニシアチブを確保する。そう、やってることはイスラエルと基本的に同じだ。





と、本当はそこまで話をしたかったのだろうが、残念ながら激情にかられたバリー氏は結局レストランからお帰りになってしまったことと、大変不幸なことにその数か月後にバリー氏は脳溢血だか脳梗塞を発症して経営の一線からは退いてしまったために(おそらく彼の特異な性格が脳に悪影響を与えたに違いない)、結局パキスタンの近現代史と外交政策のレクチャーはお預けとなったのである。

さてあれから10年以上が経過して彼らの会社もそれぞれの子供たちが経営にあたるようになり、それと筆者も会社を辞めてしまったから最早バリー氏の消息を聞くことは叶わぬが、昨今のパキスタンのテロや暴動、そして政治的混乱を見るにつけ、バリー氏の「パキスタン・ナンバーワン」という決め台詞がなんだか年を追うごとに色あせていくように思われる。

明治の元勲が死に絶えて陸軍士官学校卒の頭でっかちが国の中枢を握ったら滅びてしまった大日本帝国のように、パキスタンでも惨めさを嫌と言うほど知っている旧世代が国を仕切ってないと駄目だと言うことか。バリー氏がまだ棺桶に入ってないのなら最後の力を振り絞ってイスラマバードへと向かい、今度こそ途中で泣きじゃくる事無く閣僚たちに口が酸っぱくなるまで説教して欲しいものだ。(完)






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パキスタン右翼の涙(1)

パキスタンの商都カラチのお客に新製品の説明をした後、彼の立派な邸宅でのガーデンパーティーにお呼ばれした時の事である。この顧客は2人の共同経営で筆者らは先ほどからその一人のシャリフ氏しか話していなかったのだが、ちょうど木炭に火が回り始めた頃にもう一人のバリー氏が現れた。

「○○さん!このジジイは右翼だから気をつけてください!」と叫ぶ同行のD君。ちなみにこのD君も「朝鮮人は日本から出ていけ!」とか「大日本帝国はアジア解放のための聖戦だった!」など相当危ない発言が飛び出る男で、このD君に右翼と呼ばれるとは一体どういう人間なんだろう・・とちょっと怖くなったのである。

このバリー氏が差し出した名刺を見ると名字がスイスの靴ブランドと同じBALLYという綴りで、小松方正を色黒くした六十過ぎの外見からはゲルマンやラテンの血の一滴も見出すことは出来ないのだが、本人はいたって真剣な表情で「私の一族は代々この名前を名乗っているのです」と言った。





さて串焼きを頬張りながらバリー氏と気軽なビジネス話を始めたのだが、筆者の使っているロットリング社製の万年筆を手に取るや「パキスタンは日本の様に立派なペンは出来ないが核兵器は作れるのだ」と真面目な表情で話し始めたのにはちょっと呆れてしまった(ちなみにロットリングはドイツ製である)。

はあ、そうですか・・と適当に聞き流していると彼はパキスタン陸軍の勇猛果敢さや国内の高速道路網の発達(実際は酷い悪路のためラホールからカラチまで飛行機で来たのだが・・)、果てはマンゴーの種類の豊富さなどそれぞれ全く関係ない事項について力説した後「パキスタン・ナンバーワン!」と自信をもって叫んだである。

なんなんだこの人は・・。とにかくその後も何から何までパキスタンの自慢話だけを一方的に話し続け、同行のD君が愛国者ぶりを発揮して「でも日本の鉄道の方がスピードが早いですよ!」などと茶々を入れようものならピシッとその意見を遮断し「少なくともインドよりは発展しているのだ!」と今度はインドがいかにダメかを説明し始めるのである。





そして食事の後はバリー氏の強い希望でジンナー廟という日本だと明治神宮みたいな場所に連れていかれ、パシスタン建国の父ムハンマド・アリー・ジンナー博士の説明を話し出したのだが、大変失礼ながら当時の筆者はパキスタン史には全く知識が無かったため「その方はマハトマ・ガンジーの様な方ですか?」と聞いてしまったのである。

これは韓国人の軍人にアンタの国の初代大統領の李承晩ってのは金日成みたいなもんですか?と聞いたようなものだから、今ならバリー氏の怒りと言うのは心中察するものがあるけれども、その後帰りの車中でバリー氏にパキスタン独立物語を延々と語り続けられてしまい、このまま車から飛び降りてやろか!と思うほどであった。

さて翌日もシャリフ氏とバリー氏、そして会社のスタッフ全員に商品説明会を行った後、カラチ市の南にある海辺のレストランでパキスタン料理を食べたのだが(当然酒無しである)、なんだか知らないがバリー氏は筆者の事が気に入ったらしく、実は自分がデリー近郊の貧しい村の出身でイスラム教徒がインドから分離独立した時にパキスタンへと何十日もかけて歩いて移住したのだ・・と話し始めたのだ。(続く)






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一寸先はどん底

豪華クルーズ船の料理人をしているスプークが久々にフィリピンに戻って来たので我が家で一杯やる事にした。コイツが契約しているのはアメリカにある船員紹介組合のような組織で、イタリアの船会社だと3か月間契約で幾らだけど行くかね?とか、アラスカ航路で急に欠員が出たから来週バンクーバーに向かえるか?などと言った形で仕事を取っているらしい。

それで彼から船内での様子やカリブ海の意外な穴場など愉快な話を聞いていたのだが、酒が進むにつれて思った通りスプークの実兄クリス(同じく船の料理人である)の離婚話へと話題が流れていった。クリスの妻ミシェルは2人の子供の育児を放棄して若い間男へと走り、さらには最近シャブにどっぷり嵌まっていることが発覚して周囲を驚かせたばかりだからだ。

「ミシェルは最初からああなると思ってたよ」と言うスプーク。は・・?あんたもミシェルに誘惑された口なのか?と誰も笑わない冗談を筆者が言ったがために場がちょっと白けてしまったが、スプークはさっきまでとは違った真剣な顔つきになって「違うよ!ミシェルは昔から自分は特別だ!って思う性質だからな」と言いだしたのだ。





筆者には娘も居ないし姉も妹もいないから女の子の気持ちと言うのは正直判らないのだが、ミシェルは小さい時から全然美人でもないのに何故だかお高く留まっていて、近所に住んでいたスプークにとってはいけ好かない女だったというのである(書き忘れたがスプークと兄クリス、それと兄嫁ミシェルは幼馴染同士でもある)。

ああいう風に自分は他とは違うんだ!という女は現実と折り合いが付けられないからね。いつでも何かに不満を感じていて隙だらけだから悪党に付け込まれやすいんだよ!と言うスプーク。フィリピンじゃ女はちょっと愚鈍でシンプルでなければマトモな人生は歩めないのさ・・と30過ぎたばかりなのにまるで老人みたいなことを言う

ところが意味が分からずにいる筆者を尻目にこのスプークの意見に真っ先に賛同したのが従兄弟のジェンである。このジェンは実の妹メイと女房の姉という2人のシャブ中がいる気の毒な男なのだが、このシャブ中の二人もミシェルと全く同じように少女時代は「アタシはアンタ達とは違うのよ!」というタイプの女だったと言うのである。





兄妹3人のうちジェンとジャネルの男二人はパンパンガ出身の父親から素朴な性格を引き継いだが、妹メイは見栄っ張りで野心家なイロカノ州出身の母親を色濃く引き継いでしまい、学校を出てからも服やバッグに金を掛けるものの貯金通帳の残高はいつも0かマイナスで、周囲でも一番ハンサムな男しか付き合わないわ!という青春時代を過ごしてきたらしい。

それからジェンの女房ジュミはレストランよりも自宅で料理を作った方が・・と質素をモットーとしているのに対し、シャブ中になってしまったジュミの姉は昔から外食好きで社交的、さらに子供時分から父親の仕事場であるクラブの楽屋に入り浸っては同僚のミュージシャンや歌手たちにチヤホヤされるのが好きで好きで仕方が無かったらしい。

しかしメイとジュミの姉も外見的には十人前な上に特別高い能力があるわけでもないからごくごく普通のOL職に就いたものの、そこで見てくれは良いが頭も懐もからっぽの男に嵌まりこんで子供を産んだ挙句に直ぐ離婚、そしてまた別の男に嵌まりこんで・・を繰り返すうちにシャブにまで手を出してしまうというお決まりの転落コースを歩んでいるのだ。





重ね重ね申し訳ないが筆者は女の姉妹も娘もいないので彼らの話している内容はあんまり理解できないし、これまで書いてきた文字言葉ではスプークやジェンが言いたいことを十分に説明できているのかどうかは疑問なのだけれども、要するにフィリピンで能力以上のプライド、あるいは見当違いなプライドを持った女は人生を踏み外してしまう!という事らしい。

もちろん日本でも同じ様な勘違い女はクラスに1人や2人はいたが将来シャブ中にまで堕ちるのはごくごく少数派で、大部分の人は結婚相手や結婚自体への折り合いをつけられずに一生独身になってしまうパターンなのだろうが、何びとも男女の関係に陥りやすいフィリピンではゴロツキ男に引っかかって人生まっ逆さまになってしまうのが定番なのだそうだ。

さてフィリピン人との間に娘を設けたお父さん、あなた寿司でもウナギでもメニューに上中並とあると娘の前では格好つけて上とか特上頼んで悦に入っていませんか?。そういうのを積み重ねていると娘の中に「アタシは特別なんだ・・」という思い込みが出来てしまうかもしれないよ。今度レストラン言ったら迷わず並を1個だけ頼んで皆で分け合ったほうがいいかも・・。






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