ミスコンだけは話が別

ヌエバエシハ州に住む旧友メリーから「アタシの娘に投票してちょうだい」というメッセージが届いた。見るとそこにはフェイスブックのアドレスが添付されていて、クリックすると十数人のうら若き女性の写真がズラーッと乗っている。その中にメリーの娘キムの姿があった。

どうやらこれはメリーの住む地域のミスコン大会の電子投票らしいのだが、筆者は首をかしげてしまった。つい2週間ほど前にキムはフィリピン版ロミオとジュリエットの様に男との仲を引き裂かれて連れ戻されたばかりだし、以来家でずっと軟禁されているはずだからだ。

それで同じメッセージを受け取っていた女房にキムの様子を探らせたところ、案の定2回ほどドアや窓を壊して逃亡を試みたが、見張り番の叔父叔母に見つかってこれは失敗したらしい。しかし・・このミスコン写真を見ると他の候補者たちと一緒に何処かの屋外でとられたように見えるんだけど・・。

それと(あくまで17歳のキムにとって)世紀の恋を引き裂かれて悲嘆に暮れているはずなのに、一体どうしてミスコンなんか参加する気になったのだろう・・。それとも日本では普段縁切りしていても葬式だけは別というように、どんな事態であってもミスコンだけは参加する!という習慣なのだろうか・・?

ミスユニバースの栄冠に輝いたピア嬢の凱旋帰国を見てみると、確かにこの国のミスコンへの情熱と言うのはちょっと尋常ではない。あれほど憎しみあってるメリー・キム親子も、ミスコンになるとケロッと態度を変えて共同戦線を張る・・。こういうのは微笑ましいと言うべきか、いい加減と言うのか・・?よく分からんな、この人種。






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二人の売国奴

やらないと言ってたマイナス金利を打ち出した日銀総裁、

これでコイツの目的がはっきりした。

世界中のカネがアメリカに流れ込ませ、刷りすぎて紙っぺらになりつつあったドルに信用を裏付けさせることだ。

そのために就任以来一貫して円を壊し続けている。





コイツを任命した安倍晋三も同じ穴のムジナ。

積んできた年金をウォール街に巻き上げられ、円安による物価上昇で苦しんでいるはずの庶民は何故だか安倍を支持している。

安倍の敵が消えて行く事が変だとは思わないのか?

はやくこのトリックに気づけ!






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負のサイクルに陥るフィリピンの日本料理店

筆者が住んでいるアパートの近くにBという日本料理もどき店がある。わざわざ「もどき」を入れたのは、ウエイトレスが「この店は日本人がオーナーだ」と言い張るが怪しい限りであり、料理人はもちろん全員ともフィリピン人で、さらに店の内装や外観もフィリピン人が普段食べに行くそこそこ綺麗な店と言った程度だからだ。

しかし交通渋滞の中をマカティに行くのは面倒だし、それにこの店はかつ丼やラーメンが一杯98ペソとずいぶん安い割には日本の高校や大学の学生食堂くらいの味は出せていたのだ。いかなる料理店も偏差値40以下(世界基準)のフィリピンでは日本の学食並みの店と言うのはけっこう貴重な存在である。

そのためこの店はフィリピン人客で繁盛していたのだが、改装工事のために4か月ほど休業した後に再び店と訪れてみたところ、テーブルや椅子のみならず店の内装からメニューの表紙までもが前のままなのに驚いてしまった。最初は目の錯覚かな・・と思ったが、女房も「これは前の店のままのようね」と言う。

それで今日は何を頼むかな・・と思ってメニューを開いたところ、料理も前と全く同じなのだが一つだけ変割っていrことを知った。そう、料金だけが変わっていたのだ。かつ丼168ペソ、ラーメン188ペソ、マグロの刺身240ペソ・・。一つ一つチェックしたわけではないが概ね70~100%の値上げである。

改装したのはメニュー上の値段だけか・・。でもそれだったらシールで新価格を張り付けるだけだから4カ月休業するのも変な話である。それでキッチンを新しくしていたのだろうと思い、その瞬間に嫌な予感がしたが、意に反して味の方は全ての料理とも前のままだったのでその時はホッとした。





ところが・・。昨日教会に行った帰りに女房とこのレストランに行ったところ、今度はメニュー自体もずいぶんと変わっていた。値段は相変わらずかつ丼168ペソをキープしているが料理数が明らかに減っている・・。そしてビールのつまみに頼んだ焼き餃子を口に含んだ瞬間に古い豚肉特有の嫌な味が口の中に広がった時に、この店は終わりだなと思った。

値上げで客が来なくなったため材料の回転が悪くなったのである。それで冷凍出来たり日持ちのする食材にメニューを絞ったが、これによって顧客はさらに逃げてしまい、今度は冷凍食品でさえ長らく保存して劣化したモノしか出せなくなったのである。

たしかに新装開店後はどう見ても1日1回転するかしないかといった客入りの悪さであった。でも、それだったら値段を戻すとか、潜在的な顧客掘り起こしのため新しいメニューを作るとか色々工夫できそうなものだが、店のオーナーは金勘定にしか興味なく、従業員も楽する事ばかり考えているフィリピンではこれは全く期待できない。

筆者もフィリピンに来た最初の年はネットであれこれ美味いと言われる店を探し出しては訪れていたが、日本橋亭なり牛門、美鈴、丸福などの日本料理店もほぼ例外なく1回目より2回目に食べた時の方が味が落ちていて、だいたい3回目でお付き合いはお終いになってしまった。

筆者は香港や深セン、台北やバンコクに長い付き合いのある日本料理店が沢山あるが、マニラのように何処も彼処もことごとく駄目になっていくというのは異常である。それでここ最近は外食する際は古い店はとにかく何が何でも避け、オープンしてから1年以内の店にだけ行く事にしたが、中には最初からダメな店もあるのでこれも万能とは言えない。で・・結論はフィリピンで日本食は喰わない事!、これに尽きる。






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恥ずかしくない終わり方をするために・・

今日1月27日は筆者の亡父の5周忌に当たる日だが、無神論者だった父は葬式も○○周忌の類も一切やるな!とデスノートに書き残したので筆者は日本にも帰らずマニラに留まっているのだが、神社に生まれて後を継がなかった父も何故だかキリスト教は力がある!と死の床で語っていたので、筆者は言いつけを破ってパッシグの教会にお祈りに行く予定である。

筆者の父は酒も博打も女もやらない堅物で一体何が楽しみで生きているのか全く窺いしれない人だったが、諸般の物事に対しては何事も真摯に取り組み、人に対しては公平に接し、そして誰かに頼り切る事なくすべて自分で解決する姿勢には筆者は大変尊敬していた。親バカならぬ子バカで申し訳ないが、あれほど高潔な人物と言うのを会社員時代は一人として出会ったことは無い。

しかしそんな父に対して筆者は一度だけ嫌悪感を持ったことがあって、それは母親の母、つまり筆者にとっては祖母であり亡父にとっては義母に当たる人物が長らく寝たきり生活を続けたあげく16年前死んだときに「エラい時に死なれちゃったよ」と言ったのである。しかし当時父も母も叔母も全員ご隠居の身分だし、やる事といったら猫の世話くらいしか無いのだから、一体なにがどうエライ時なのか分からない。

ちなみに祖母が死んだのは11月16日で、奇しくもこの日は父の誕生日だったから「まったく嫌味なババアだ!」という意味だと筆者はとらえていたのだが、祖母の葬式の際に父がポロッと言ったのは「死ぬタイミングを巧く選んでいない」という面妖な話だった。毎日中国人相手に喧々諤々だった筆者はすっかり忘れてしまったが「だから何だ!」としか思わないちっぽけな事情だったように思う。

元々気が合わないとはいえ(父にとって義母の)死ぬタイミングまで文句をつけるとは!と筆者は憤慨したが、それから11年が経過した2011年1月27日の早朝に筆者はその意味を知ることになる。しかし父の発病から死にまでを書くと長くなるし、それに読んでいる方も退屈だと思うので結論だけ書くが、父は自分の最後のタイミングまで計算しつくしていたのだ。





父が亡くなったのは筆者が1年のうち唯一ゆっくり休めて日本に2週間ほど滞在してもまるっきり問題の無い旧正月の時期であり、しかも精神的に弱く小さなことでも自己崩壊になりがちな妻(筆者の母親)がたまたま眼鏡を取りに自宅に戻っているたった30分、傍に筆者と病院の院長だけがいるごくわずかな時間を見計らって逝ったのだ。

父は自分の父親(筆者の祖父)が1960年だか死んだ瞬間に「自宅に寝ていたオレのところへ幽霊となって来たんだよ!あれば怖かったなあ!」と言って幼い筆者を脅かした挙句、オレも死んだ時はお前の枕元に出るからな!と冗談でなく何千回と言い続けてきたが、本音では最後の瞬間は筆者に付き合ってもらいたかったのだろう。それで筆者が香港から来れるタイミングを選んだのだ。

ちょっと失礼・・。現在ウィスキーを飲んでいる筆者はここまで書いて涙が止まらなくなってしまったので、話のオチも何もない形で日記を終息へと向かわせてしまうが、父の火葬を済ませて自宅へと持ち帰った時筆者が確信したのは、ちゃんと自らを律せる人間は誰にも迷惑をかけずに旅立っていくものなのだ・・という事である。

今年1月に筆者の高校時代のクラスメイトで現在は熊本でナントカ士を開業している守屋君が自分の母親が死んだのは1月1日、全国に散らばっている子供たちが全員東京・八王子の実家に里帰りしている最中だったという珍事を知らせて来た時に筆者の考えは確信に変わった。守屋の母親も立派な昭和の母だったからだ。

しかし世の中いろいろ抜かす割に最後になって他人に尻拭いばかりさせている人間が多いのも事実である。筆者はまだ死ぬときの事を考えるような年齢ではないが、しかし父の死を考えるたびに自分は最後の最後に妻に辛い思いをさせては絶対にならない・・、最後は感謝の言葉を述べて逝こうと何度も何度も固く心に誓うことにしている。

中途半端な日記で失礼、ここで一旦切ります。






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ステンレスの皿で歴史考察

テレビの海外紀行番組でヒゲを生やした男たちが料理を作っているのを料理好きな女房は興味深げに見入っていた。ガラムマサラを混ぜ合わせる、鶏肉にヨーグルトとスパイスをまぶして揉むシェフの手さばきが映し出され、最後は大小のステンレス皿にそれぞれの料理が乗せられてインドの定食ターリーの完成である。

見るからに旨そうなので女房に本格インド料理の作成を命じたところ、女房はオーケーッ!と軽く答えた後で、だけどどうせ作るなら器にもこだわりたい!このインド風ステンレス皿は何処に行けば帰るのかしら?と言った後、筆者の顔を見て「だけどなんでインド人はステンレスの皿を使うの?」と変なことを聞いてきた。

それで昔は毒殺を恐れて王侯貴族は銀の食器を使っていたからその名残じゃないのか?と答えたら、女房はウーンと唸った後、でもそれなら皇帝が治めていた中国料理だってステンレスの皿ばかり使ってるはずじゃないか?それにとっくの昔に無くなった王侯貴族の習慣が一番末端のレストランまで浸透しているのは変だわ!と反論してくる。筆者の女房は教養はないが基本的に地頭は良いのである。

それでインドは古代より金属の民だから!とか、スパイスを多用するから!とか、洪水や熱波が来ても長持ちするから!といろんな説明をしたけれど、でもタイ料理は陶器を使うじゃないの?とか全部反論されてしまう。それで「そんなのお前自分で調べろ!」と言ったが、それはあんたの方が得意でしょ!というから、結局筆者はケータイで検索させられる羽目になったのだ。

さて有象無象の一見それらしい答えが出て来る中で筆者がコレだ!と閃いたのはカースト制が原因であるという説だ。実はインドの家庭では(筆者は知らなかったが)案外と陶器が使われている一方で、不特定多数の人間が食事を摂るレストランでは下層カーストのケガレが染み込まずに簡単に洗い流せる金属製食器でないと商売にならないと書いてあったのだ。





そういえば10年近く前、働いていた会社のボンベイ支店のスタッフ達と大手顧客を訪問した時に、筆者とヒンズー教のインド人スタッフにはティーカップで茶が供されたのに、イスラム教徒とカトリックのインド人2人には紙コップに入って出てきたのを見て不快に思ったのを思い出した。

インドにはキリスト、イスラム、仏教徒が沢山いるが、元をただせば彼らの先祖はヒンズー教で最下位に位置付けられ、世間から徹底的に蔑まれた不可触民である。異教徒に改宗することで彼らは精神的に無間地獄から解放されたわけだが、ヒンズー教徒にしてみればケガレていることは変わらないので、この顧客は今後も使用し続けるティーカップに異教徒2人が口をつけることを拒否したのだ。

それでその説明をしたところ女房は「バカらしいシステムだわ!」と憤慨したのだが、その時に「韓国にもカースト制があるの?」と聞いてきた。その昔香港のアパートの下にあった韓国料理を毎週に様に食べていた女房は、インドほどでは無いが韓国料理も金属製の器を多用するな・・と思っていたのだと言った。

それを聞いた瞬間、筆者の中でカチリと歯車が鳴る音がした。そう、何から何まで中国文化をコピーした朝鮮だが、なぜだか中国には無い被差別階級(白丁、ペクチョンと呼ぶ)だけは排除できなかったのである。それに高級料理店や家庭内では陶器を使っているのに、大衆的な店では金属製の器が増えていくのはインドと同じである。

そうか・・ケガレか・・。しかし同じ制度があった日本では金属製の器は一般的ではないのが気になる。それに近畿地方だけは金属を使っているなんて聞いたことも無い・・。というわけで歯車が鳴ったのは誤作動だったようだから、インドと朝鮮がステンレス皿を使う本当の理由についてご存じの方は居ないだろうか?






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危ない鍋に首ったけ!

ケシの実を使った火鍋を供したとして中国・安徽省や広東省にある35店のレストランに強制捜査が入ったと言うニュースをCNNが流していた。これらの店は元々あんまり美味しくなくて儲からなかったため常習性のあるケシを料理に混ぜることで顧客のリピート率を上げていたという話である。

このニュースを見た多くの人は「まったく中国人はどうしようもない!」「奴らは儲かるためにはどんな悪事だって働くんだ!」と極悪人を見るような目つきをするが(実際そうなのだけれど)、20年前に毎週のように深センや広州に通っていた筆者は「でもあの鍋美味しいんだよね」と不謹慎な感想しか浮かばないのだ。

クーロン黒沢氏の著作「裏アジア紀行」に、どう見ても精神の状態が危ない雲南省在住の日本人が火鍋料理屋のウエイターに金をこっそり渡すと、ポケットから不思議な調味料をサッと取り出したと言うエピソードが書かれているが、これと同じ事が中国・広東省でも大っぴらに行われていて、筆者もお客から危ない火鍋というのを何度もご馳走になったのだ。





レストランの個室に入ると取引先の社長はニッコリ笑いながら今から美味い火鍋を食うぞ!と言い、呼ばれて来た支配人にコソコソ何やら耳打ちすると向こうも何だかウンウン肯いている。そしてポケットの中に赤い100元札を数枚忍び込ませると支配人は「ハオダ(好的)!」と言ってニコヤカに部屋から出ていくのである。

そして待つこと数分でチャイナドレス姿のウエイトレスがあらわれ、赤いスープがたんまり入った大きな火鍋をテーブルにドンッ!と置くのだが、よく見ると表面に白っぽい種の様なものが浮かんでいる・・。それでこれはゴマの一種ですか?と大げさに聞くのだが、実は筆者は過去何十回もこの種の鍋を食べていて正体は知っており、ここはあえて知らないふりをしているだけなのである。

さて味の方はと言うと四川風の唐辛子と山椒の強烈な味に隠れて正直良く判らないのだが、辛い物を食べた時の刺々しい体の熱さとは違う柔らかい温かみが体全体にじんわりと染み入って来るようで何とも気持ちが良くなってくる。粗末な家に住んでろくな暖房も無い昔の人たちはきっとアヘン成分を適度に摂って寒い冬を越していたに違いない。





だいたい七味唐辛子にはケシの実が入っているのだから、日本人だって昔は適度なアヘン成分は必要だと思っていたのだ。ところが麻薬中毒者の拡散を恐れた明治政府はアヘンだけでなく麻さえも禁じてしまったため、こういう昔ながらの知恵というのが庶民は味わえず、さらに1ミリグラムでも摂取すれば廃人になるかのではないか・・と言う誤解が生まれてしまった。

ハッキリ言ってヘロインとか生アヘンに様に精製されていなければ大して問題はないのである。それに麻だって適度な摂取量なら酒よりも遥かに安全だし、ストレスが溜まったオヤジたちを酒に逃げさせるのではなく、儲からない駅前スナックには許認可制でマリファナを解禁して思いっきり高い税金を取った方がよっぽど国民の平均寿命は延びると思う。

でもまあ駄目だろうな・・。以上屁理屈を述べてきたけれども、これはケシの実鍋と聞いてあの体全体に染み渡る独特の旨味を思い出したからである。もう一度あの鍋を食いたいな・・・。熱帯だと南に面した斜面で高度千メートルくらいの場所がケシ栽培に最適だと言うから、ミンダナオかベンゲット州あたりでどこか合法的にケシの実料理を食えるところはないだろうか・・。






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味覚の幅が異常に狭い人種

昨日の日記で20年以上前の韓国人の彼女の事を書いたところ「一緒に居続けたら韓国料理ばかり食べさせられるから別れて正解だよ」というコメントを頂いた。確かにその通りである。外国人と長らく商売をやって来た筆者は外国人が宗教上の理由で食べ物の選択肢が狭いのは重々承知しているが、韓国人の味覚の幅の狭さは明らかに異質だからだ。

筆者は食いしん坊で世界中の色んな料理を楽しむ人間であるが、一方韓国人の彼女はというと韓国料理と日本料理、あとは何故かイタリア料理の3つしか食べられない極端な偏食人間だった。最初の頃にフランス料理のフルコースを奮発したところ、これが前菜のパテで早速ひっかかり、その後出て来る料理があれもこれも「わたし食べられない」の連発になってしまうのである。

こんなに味覚が狭いのは彼女だけなのかな・・と最初は思っていたのだが、ある時店の支配人であるミンママと妹のイムさんを呼んでリージェントホテルにあった当時香港最高のステーキハウスに招待したところ、彼女も含めた3人が「この肉はちっとも美味しくない」と言い出した上にウエイターに「タバスコを持ってきて」と頼んだのにはたまげてしまった。

一体どうしたのか?というと肉の表面が乾いているからだ・・と言う。いや、それは表面はカリカリで中身はジューシーというのがステーキの基本でして・・と言っても驚くべきことに「肉の焼き方が分かってない」と言い出したのだ(これ冗談でなく本当である)。さらにミンママの口から「香港は美味しいものが無いから仕方が無いわよね」という衝撃的なセリフが出たのだ。

これはパリに行って「ロクな美術品が無いわね」と言うのと同じである。事態が呑み込めない筆者はあれこれ聞いたところ、なんとミンママは10年近く香港に住みながら広東料理が食べられないと言うのだ。じゃあ一体何を食べてるのか?と聞いたら、韓国料理もしくは日本料理、そして金が無い時は近くにあるタイ料理屋でパクチーやレモングラス抜きの特別料理を頼むのだ・・と言ったのである。





そういえば彼女と良く行く韓国料理店は昼も夜も観光バスが横付けされていて、大勢の韓国人が店にぞろぞろ入ってきてはチゲとか焼肉とか食ってるけど、あの人たちは香港旅行に来ても中華料理が食えないのか?と聞いたら「そうだ!」と答える。世界に冠たる中華が食えないなんて・・、じゃあ韓国人は一体何しに香港に来てるのだろう?

その後も韓国女を徐福楼という有名レストランに連れて行き、北京ダックとロブスターソテー、さらにガルーパというハタ系の蒸し魚という定番中の定番をご馳走したのだが、これが笑っちゃうくらいことごとく駄目・・。で、けっきょく韓日伊三国料理以外で彼女がちゃんと食えるのはケンタッキーフライドチキンとマクドナルドくらいだったのである。

まあミンママ姉妹や筆者の彼女は一応ソウル出身と言っても裕福な生まれではないから、日本人のガキみたいにデミグラソースやタルタルソースがかかった料理で舌を耕してこなかったことは仕方ないとしても、タイ東北部イサーン出身の極貧百姓娘だって初めて食って「美味い」と感激した広東料理を10年香港に住んでても食べられないとは、彼女らの味覚にあまりの狭さに唖然とした。

もっともこれはもう20年も前の話で、後年筆者は韓国市場も一時担当させられたたえ彼らと再び食事をする機会があったのだが、輸出系企業で海外慣れした韓国人はちゃんと中華とかインド料理を食べていたし、ソウル支店の事務方を務めている20代のネーちゃんたちもフレンチカフェでワイングラス片手にテリーヌを美味そうに食ってたから、随分と彼らの味覚も広がったようである。

しかし韓国人の客たちが酔っぱらうと「ウリナラの料理は世界一だ!」と抜かすのだが、あんな狭い味覚しか持っていない民族が一体何の根拠があって世界一などと言ってるのか首をかしげてしまう。唐辛子に多く含まれるカプサイシンは人間の味覚の幅を狭めるだけでなく、脳の正誤判断基準を掌る部位を麻痺させて脳内妄想を育む効果があるに違いない






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貧乏神からのプレゼント

先日リサール州タイタイにある旧宅へ久しぶりに寄った際に年前香港から送った古い荷物を整理していたところ懐かしい品を見つけた。とっくにどこかに行ってしまったと思っていたモンブランの万年筆である。この万年筆は今から21年前に当時付き合っていた韓国人の女から誕生日プレゼントとして貰ったものなのだ。

この女はリー・ヒョンファ(李賢和)といって筆者より2歳年上の飲み屋のホステスで、筆者が赴任のため香港に到着したその日に連れて行かれた店で「いいか!優秀な営業マンほど女を口説くのが巧いんだ!お前はとにかく女を口説きまくれ!」と先輩から命じられたので素直に言われた通りに口説いた相手が隣に座っていたヒョンファである。

結局1か月もしないうちに筆者とヒョンファは抜き差しならぬ深い仲になったのだが、付き合い始めてから3カ月後にビザの関係や母親の病気などの理由で彼女は韓国に帰ることになった。それでそのあとも1年間はお互い香港とソウルを何度も行き来する遠距離恋愛を続けたのだが、この女の生まれ持った宿命のために筆者は相当苦労することになった。

一緒にいると貧乏になっていくのである。いや、ホステスだから貢いでいたという訳では無いし、彼女の店に同伴出勤したのも最初の頃の1~2回だけ、それに高価なプレゼントだってあげたことも無いし、メシだって自宅で作ったり香港・チムサーチョイにある大衆的な韓国料理店で食っていたのだが、だけど本当に冗談みたいにいろんな事が起こって貧乏になっていくのである。





当時香港は返還前で大変景気が良く、筆者の様な若造でも給料は日本の軽く倍は貰っていたし、さらに接待費も月60万円くらいならノーチェックで使えたから相当裕福なはずである。ところが給料日の10日前には貯金残高が1万円を切るような状態が毎月続くようになり、同僚に頼み込んで金を貸してもらってやり繰りしていたのだ。

それである時にヒョンファに何故だか自分は貧乏になってのだ・・と言ったら「それはアタシのせいに違いないわ」と悲しそうな顔をして自分の事を話し出した。覚せい剤密輸業者と愛人の私生児として生まれたヒョンファは子供のころからずっと貧乏で、どうして自分はこんなについてないのか?とずっと思っていたらしい。

それで高校の時に巫女(ムーダン)に見て貰ったところ、自分の事など一言も話してないのに「アンタは一生これで苦労するよ!」といってハングル語で「カネ」と書いた紙を見せられてしまい、自分の宿命の残酷さに泣き出してしまったのだと言った。この話を聞いた時に筆者がトンでもないババを引いたな・・という心境でいたのかは言うまでも無いだろう。

しかし筆者も若かったし、今と違って多少正義感もあったから彼女を受け止める決心をしたのだが、その後も冗談かと思うくらい財布の底が抜け続けて完全にオケラになってしまい、さらにヒョンファの韓国での生計が破綻して申し訳なさそうに援助を申し出てきたため、ついに筆者は彼女に三下り半を突きつけたのである。





別れた後の1年間は債務の返済に明け暮れる暗いトンネルの中にいたが、やがてフィリピン人の女房に出会うや不思議と運命が好転し、韓国女と別れた2年後にはプーケットで年に2回ほどバカンスを過ごすようになったし、海外の給料が余りに良すぎるという事で上司や同僚の給料がカットされる中、なぜだか筆者だけが+15%上がるようなイケイケの時が来たのだ。

現在の女房は福の神で韓国女は貧乏神だったのである。そして18年前に女房が筆者の家に住み着き始めたころ、貧乏神や他の女から貰ったプレゼントや写真は筆者が昼間出勤してる最中に全部処分されてしまったのだが、このモンブランの万年筆はそれなりに価値があるものらしい・・と思ったらしく、女房は「義父にあげることにしたわ!」と筆者に言ったのだ。

それ以降まったく見かける事がなかった万年筆が出てきた・・。そういえば前日に長く使っていたコーヒーカップが突然破裂するという不思議な出来事もあったから、もしかしたら何か虫の知らせなのかもしれない。そう考えると昔のことが走馬灯のように脳裏をよぎって感傷に浸ろうとしたが、その瞬間突然ハッと気がついた。

そういえばここ最近株価がずいぶんと下がってるじゃねえか!。ひょっとしてリーマンショックの様な恐慌の前触れ?、それとも筆者だけが詐欺かなんかに引っかかってスッテンテンになるのか?。いずれにせよ貧乏神ヒョンファが万年筆に姿を変えて表れたのだから相当気を引き締めなければならない。あいつの生まれ持った破壊力というのは相当なものだからな・・。






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ヤドカリの様な女

義妹の娘イナが大学を卒業したのでさっそく就職活動を開始しはじめた。コイツは4年次を1年半かけて卒業した劣等生だが一応会計学を修めているので就職はかなり有利なそうである。それに大手製薬会社の経理マネージャーを務めている従兄弟ラフィーがいて、職場のポストが空き次第イナを推薦すると言ってくれてるから就職はご安泰だとずっと思っていた。

ところがイナはマリキナとかパッシグ東部などの会社に当たりを付けていると聞いて驚いてしまった。ふつう大卒でそれなりの格好をつけたいのならマカティかせめてオルティガスなのに、何で東京でいえば足立区や北区の会社をわざわざ応募してるのか?と聞いたところ「アタシは通勤に毎日片道2~3時間もかけるつもりは無いの!」と答えた。

交通至便な日本に住んでる方には想像できないだろうが、マニラ中心部で働いているフィリピン人の大多数は毎朝5時に起きて大通りに立ち、やってきたジープニーやミニバンを捕まえるため悪戦苦闘しているのだ。そこでは待ち時間30分とか1時間なんていうのはザラで、勤務先まで1回か2回乗り換えする場合など合計乗車時間は1時間、合計待ち時間は2時間、都合通勤3時間/片道なんてとんでも無い交通事情なのである。

なるほど確かに給料が少しくらい安くともマニラの東部かリサール州の会社を選ぶのは納得である。しかしだったらBPI本店勤務の親友のように小さなフラットを都心部に借りればじゃないか?と言ったところ、だってそうすると家賃もかかるし、だいいち食事を自分で作らないといけないじゃないの?と答えるイナ。アッ・・。この答えを聞いた瞬間に筆者はこの女の腹積もりを理解した。

コイツはオレの家に住み着くつもりだ・・。そう、筆者の女房は現在住んでいるパッシグ市の小さなアパートとは別にリサール州タイタイに家を保有していて、半年前まで筆者、女房の他に女房の妹と3歳の次女イザベルの計4人で住んでいたのだが、筆者ら夫妻がパッシグに移動した現在は義妹とイザベルの2人がここに残った格好になっているのだ。






この義妹は夫フランシスがサウジに行っていて子供と二人きりだし、赤ん坊の面倒を看るなら姉妹二人で協力した方が良いだろうということであくまで居候として受け入れていたのである。しかし筆者ら夫妻はパッシグに移住したし、イザベルも大きくなったのでタイタイの家は誰かに売却するのかな・・と思っていたのだが、そこに義妹の長女イナが住み着くつもりなのだ。

ちょっと待て!筆者は別に女房の姉妹から金を取ろうとは思わないが、あくまで居候を許したのは義妹と3歳の次女イザベルだけである。ところがそこに21歳の長女イナが住み着くとなるともはや居候ではない。それで女房にこれは一体どういう事だ!と抗議したら、筆者の全然知らないところでタイタイの家は一族のマニラ通勤通学べースキャンプになっているのだと言いだした。

ふざけるなこの野郎!と筆者は怒り爆発したが、女房は「アタシも弟も子供の頃はパッシグのボウイ叔父の家から学校に通っていたの!空いているスペースをファミリーに提供するのはフィリピンの習慣なのよ!」と言い張る。当然筆者は納得するはずも無く、未だに話は平行線のままでいるのだが、やはり昔危惧していたことが現実になってしまった。

空いたスペースを見つけるやサササッ移り住むとは全くヤドカリの様な奴らである。確かに香港時代の家にもいろんな人間が入れ代わり立ち代わり滞在していたからフィリピン人の生態に気が付かない筆者もアホだったが、半年前にタイタイの家を夫婦で引き払った段階で当時大学生だった姪イナは抜け目なくそのネグラを狙っていたのだ。

したがってフィリピン人の配偶者がいてこちらに移住を検討される方は空き部屋には段ボール箱やドラム缶を何十個も積み上げておくか、毒蛇、猛獣の類を部屋で飼育するなど親戚が入り込む隙を無くしておくことを心掛けていただきたい。それから一匹入れると直ぐに子供を作って繁殖するので特にメスの入居は気を付けてください。まあご自分が種主になるならそれは別問題ですけどね・・。






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他人の不幸は蜜の味

マニラでパンク野郎に引っかかったキム(※)は母親メリー(※)と叔父たちの手で強制的に故郷ヌエバエシハへと連れ戻れ、携帯もパソコンも使用不可の軟禁状態に置かれていると聞いた。それに家から出ないように親戚たちが交代で見張っていると言うから、おそらくキムは一度か二度ガラス窓をぶち破って脱走を試みたに違いない。

一方、筆者ら夫妻は所用で半年前まで住んでいたタイタイ市の旧宅に2~3日滞在することになったので、この家にいる義妹と情報交換がてらキムと同じ寮にいた義妹の娘イナを呼び出して事情聴取することにした。キムは大学にも行かずパンク野郎と一体何をしていたのか?という事を根掘り葉掘り聞き出すである。

最初はモジモジしながらためらっていたイナも女房の激しい追及に段々と口を割り始めたのだが、筆者はタガログ語が判らないので時々義妹か女房に訳された単語を拾うしかない。しかしその僅かな情報の中でも17歳のキムがたった数か月でかなり道を踏み外してしまった事が徐々に垣間見えてきた。

キムがパンク野郎と付き合い始めたのは10月で、11月からはまったく大学に行っていない事、そして母親メリーから受け取った下期の授業料も大学には支払っていなかったことは聞いていたので、その金でパンク野郎と濃密な時間を過ごしていたんだな・・という認識でいたのだが、イナの話はその予想を覆すものだった。





キムは朝から夜遅くまでずっと外出していたのだが、なんとイナはほぼ毎日に様にパンク野郎が大学近くのバーでワル仲間とビリヤードに興じているのを目撃していて、そこにはキムはいなかった、つまりキムとパンク野郎の二人は四六時中一緒にいたわけではなかったのだ・・と言ったのだ。じ・・じゃあ・・キムは何処で何してたんだ・・?という疑念が深まる。

それから11月終わりごろからキムは(あくまで貧乏学生のイナから見て)急に金回りが良くなり、高そうなアクセサリーやハンドバッグを何処からか持ってきては同じ下宿ながら個室にいるイナに「これアンタの部屋で預かってよ」と頼みに来たのだという。ちなみにそれらは大学の学費をネコババしたくらいで賄えるような額のものではないらしい。

昼間からで遊んでいるばかりのパンク野郎と急に金回りの良くなった女子大生、そして二人は昼間から夕方は別々に過ごしていた・・。ここまで聞いた女房は愕然とした表情をした後で黙り込んでしまったが、一方の義妹はある女子大生の人生の転落劇を語っているのが実の娘であるにもかかわらず急に生き生きとした表情になっている・・。

筆者と女房、そして義妹3人の頭の中にあるイメージはもちろん同じであるが、お互い目を見合わせるだけで「キムは苦界に堕ちたんだな・・」ということは口には出しては言えない。しかしパンク野郎がシャブに手を出していて・・という話がイナの口から出るや「当然ながらキムも・・」という連想とともにある光景が頭の中で広がっていった・・。





シャブ中が良く言う「一本打って一発やったらもう止められない」「脳みそがとろけるくらい気持ちいい」「ヤリ始めて気が付いたら夜が明けていた」というフレーズが頭の中に浮かび上がる。シャブセックス!これを味わったら終わりらしい。そうか・・それでキムは心だけでなく身もパンク野郎に縛り付けられていったんだな・・と思ってふと義妹の方を見ると頬の筋肉が緩んでいるし目もなんだか嬉しそうである。

筆者の女房は生まれつき心優しいところがあるので重苦しい表情をして大学生の姪(イナ)の話を聞いているのだが、趣味と性格が似ている義妹と筆者はもっと凄い話が出てこないかとジーッと待ち構えていたところ、イナの口から「キムはパンク野郎のビリヤード仲間達ともどうやら・・」という正に待ってましたと思わんばかりの絶妙な言葉が飛び出た。

ところがここで女房が「もういいわ!止めましょう!」と言い出したのである。このバカ女!前菜から始まって今ついに最上級のメインディッシュがテーブルに乗った途端にひっこめる奴がいるか!と怒りに震えた筆者は会話に張って入ろうとしたが、そこはすかさず義妹が神妙な顔つきで何やら口をはさみ、イナも渋々と言った感じで話を再開した。

愛の迷路、いや青春残酷物語とはこのことである。イナの話はあまりに凄すぎてちょっと日記にするのは憚れるのだが、女房とイナが「もうこれ以上は・・」と言うのを巧みに遮り、予想をはるかに超えるドロ沼劇の全容をイナに吐き出させたのはもちろん義妹であった。こいつ日本に居たらフジテレビで昼間やってる泥沼愛メロドラマの熱心な視聴者になってるだろうな・・。

※)諸般の事情により登場人物の名前を一部仮名にしました。






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戦前に天皇を讃えた人たち

筆者は終戦直後の日本の混沌とした時代に興味を持っていて、戦後外地から帰還した旧陸軍将校らによる秘密工作やGHQとの協力による対共産圏への情報活動などをテーマにした本をよく読んでいたのだが、こういった歴史の暗部に登場する人たちの中に不思議な集団がいることに気がついたのだ。

それは田中清玄や水野成夫といった元々は戦前の日本共産党の幹部でありながら獄中で思想転向し、後に右翼や財界人として暗躍したフィクサーたちである。左翼から天皇信奉者・・?という異形の思想遍歴に驚いた筆者は彼らの事を調べてみたところ、この他にも佐野学や鍋山貞親など共産党の大物たちが32年テーゼを拒絶して共産党を離党していたのを知った。

左翼運動に詳しい方なら良くご存じの通り32年テーゼとは「天皇を打倒せよ」というコミンテルンの命令である。当時の日本共産党の実力じゃとても出来そうにない誇大妄想的な内容だから呆れられたんだろうな・・と最初は思っていたのだが、調べるにしたがって田中清玄らは実現可能性どうのこうのではなく天皇の無い社会など想像も出来なかったことが最大の原因だと聞いて驚いてしまった。

赤の広場で帝政打倒を叫ぶ共産主義者が天皇を打倒できない・・。こんなのドリフのコントに出てきそうな冗談話である。しかし彼らの革命思想は天皇を超えられなかったのは厳然たる事実であった。それから戦前の右と左の境界線というのが曖昧と言うかお互いに重なっていたり、左右同士で人的交流があったりと調べれば調べるほど何だか良く判らなくなってきた。

例えば血盟団事件とか二二六事件は内容的には赤色テロそのものなのに、昭和天皇への直訴とか天皇を中心とした国の再構築などと実行犯は肝心なところで天皇頼みでいた事や、180度思想が違う北一輝と大杉栄が何故だか親交を結んでいた事に違和感を持っていたのだが、ある時天皇とは全く対極の出自である水平社運動のリーダーの発言が筆者の曇っていた目を開かせることになった。





「天皇の下では徳川の殿様も寺の坊主も財閥も百姓も被差別民もみな同じ赤子・・」。これは明治維新から敗戦までの日本の基本思想である。もちろん現実には財閥や大地主による国富の寡占状態がずっと続いていたのだけれども、しかしこの皆平等!というスローガンが社会の下層にいた脆い人々に与えた精神的な解放感を筆者は今まで深く考えてこなかった事に気が付いた。

戦前の天皇信奉の本質はこれではないか・・と思ったのだ。ちなみにこの天皇と言う単語を神に置き換えれば「神の下では全ての人間が平等」とプロテスタントと同じ思想だし、唯物論的な言葉を入れれば共産主義そのものである。つまり天皇制とは国民を中世の軛につなぐヨーロッパの王政とは本質的に正反対な存在で、むしろ革命的な意味合いを持っていたのではないか・・と思えてきたのだ。

では筆者の父方の祖先が京都の伝統ある神社の要職に有りながらもなぜ明治以降の天皇を冷たい目でみていたのか・・と言えば、それは彼らが大昔からの有産階級であり、自分たちと同じ高貴なる身分の天皇が東京に行ったら貧乏人どもの守り神に変貌してしまったという深い侮蔑心があったことと、天皇に熱狂するプロレタリアートの背後にある種のジャコバン党的な不気味さを感じ取っていたからではないだろうか。

もちろんこれはあくまで筆者の浅はかな推測であり、それに京都の叔父さんたちはとっくの昔に死んでしまったのと、戦前の有産階級の感覚をそのまま残している家庭など最早どこにもないだろうから確認のしようがない。しかし戦前の下層民たちがなぜあれほど明治天皇を敬愛し、日本国民であることを誇らく思っていたのかが何となく判るような気になった。

だからタイムマシンに乗って明治時代に移住をすることが出来たとして、どなたさんから「あなたは京都のご親類と同じく差別主義者として天皇を冷笑しますか、それとも平等主義者として熱烈な天皇主義者になられますか?」と問われれば筆者は迷うことなく天皇信奉者になることを選んだに違いない。しかし戦後まで生き残れたとしたら・・・。やっぱり左翼に鞍替えしただろうな。






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天皇訪比で思う事

天皇夫妻が1月末にフィリピンを訪問するというニュースを聞いた親戚たちは「嬉しいでしょう」とか「式典には参加するの?」などと聞いてくるので筆者は正直答えに困っている。それで一応は「香港時代ならともかく、こんな流れ浪人の筆者がお呼ばれするわけないだろ!」と答えるだけにしているのだが、実際は天皇って言われてもピンと来ないのだ。

ちなみに筆者は朝鮮系でも左翼でもないし、日本は通常兵力を最低でも3倍に引き上げた上に核武装、それも戦略核ミサイルを数百基配備し、いちいち国会など諮らずに首相と防衛大臣、統幕議長の3人の合意があればいつでもどこへでも躊躇せず核攻撃できる体制を作るべきだ!と考えている右寄りの人間だが、「陛下」とか「さま」とか動詞の前に「御」なんてつける気にならないのだ。

チャンネル桜とか小林よしのり氏の天皇論なんか見ると、天皇とは日本国民にとって実に素晴らしい存在であると説明されているけれども、筆者はそれをいくら見ようが何もかもこじつけで無理やり関係性を見出さなければならない。だから筆者の天皇制に対するスタンスは新右翼の野村秋介氏が討論番組で言った通り「せっかく昔からあるんだから残していけばいいじゃないか」という程度である。

なお天皇制の議論がどうしてこんなに捻じれてしまったのか?という原因は全て昭和天皇の行いにあると筆者は思っているが、これは長くなるので以降の日記に書くことにするけれど、「戦前の日本人は本当に天皇を尊敬していたのか?」という素朴な疑問について、筆者が子供の頃に亡くなった親戚たちから聞いた興味深い話があるので本日の日記にしたい。

筆者の母親の家系は埼玉県川越市近郊のごくごく普通の農家であり、祖母や祖母の兄妹たちはそりゃ凄い天皇信者であった。これはいちいち説明しなくともテレビや映画に出て来る戦前の家庭そのものを想像していただくと良いが、当然ながら天皇制は無くせ!みたいな雑誌の見出しを見るだけで本気で怒り出す人たちだったのである。





一方、父方の祖先は東京都杉並区の井荻八幡宮の神主を代々勤めていて、さらに父の母親の一族は京都の大変有名な神社の神主の出身なのだが、この祖母の兄妹に当たる「京都の叔父さん」たちから「俺だけじゃなく周りの京都の神主たちも戦前から天皇家なんて本気で信じちゃいなかったよ」という話を子供の頃の筆者は何度も聞かされていたのである。

ちなみにこの叔父さんたちは京都帝大卒や筆者の父親と同じように東京・渋谷の国学院大学の予科から本科に進んだ戦前のエリート階層で、話を聞いた40年前当時は家業の神社の神主や神社庁関連の要職を務めていたのだ。つまり天皇を頂点とするヒエラルキーの中ではかなり上の方にいたわけだが、中の下あたりにいた母方の一族が熱狂的な天皇信者だったのとは対照的に非常に冷めた目で天皇を見ていたということらしい。

もちろんヒンズー教や近代軍隊のように組織を熱烈への忠誠心が高くルールを厳格に守るのは主に下級階級であるのは良くある事だから、明治から昭和初期にかけての上級階層が案外といい加減であったことだって十分あり得る話だ。特に他人の目を気にしてなんでも付和雷同してしまう普通以下の階層などファナティックに押し込めば洗脳しやすい存在なのはどの国だって同じだ。

ただし旧制のリベラルアーツ教育で今の東大生なんぞ及びもつかないほど徹底的に知性を磨かれ合理的な考えを持っていた戦前のエリートはそんな底の浅いプロパガンダには屈することは無いし、それに何百年も続く名門神社の跡取りたちにとっては歴史上実際には存在せずに後世創作されたアマテラスの子孫を名乗る天皇家などとんだお笑い草だったのだろう。

それで戦前に天皇を信奉していたのはバカばっかりだ!と筆者は(天皇ではなく人々に対して)大変不謹慎な考えを持っていて、右翼の街宣カーが「天皇制なんとかあぁ!」と叫んでるのを見かけると「バーカ!」と呟いていたのだが、ここ10年ほど日本の近現代史を調べているうちにこの仮説、つまり天皇制への信奉心の違いを教育や知性レベルで線引きするのは間違いであることに気が付いた。(続く)






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ふしだらな娘問題が飛び火

今まで何度も日記に書いてきた旧友メリーの娘キムの件でついにトバッチリを受ける事態になってしまった。パンク野郎と付き合っているのが発覚し2週間前に故郷のヌエバエシハ州に連れ戻されたキムは「故郷の大学に編入するのは了解するが学期の途中でマニラの大学を辞めたくない」と主張して半年だけの学業延長の許可を貰ったのに、マニラの戻るや学校へは行かずに男と何処かに遊びに行ってしまったところまでは前回の日記に書いた。

それで娘キムと連絡が取れないことに業を煮やしたメリーが再び親戚の男たちを引き連れて大学街にある下宿を今朝一番に訪れたところ、なんとキムが別の部屋でパンク野郎と一緒にベッドでスヤスヤ寝ているのを発見したのである。目撃者の話だとその後メリーの従兄弟たちとパンク野郎は流血の殴り合いとあり、家具や調度類にガラスも壊れる事態になったと言う。

そしてここから先が問題なのだが、実は二人が寝ていたのはキムの4人部屋ではなく女房の姪イナ(妹の娘)の個室だったのだ。実はイナは卒業パーティーのために金曜日の夜からパッシグの我が家に陣取っていて大学街の下宿はずっと空き部屋だったのだ。そこへキムが頼み込んだのか、それともイナが便宜を図ったのかは知らないがキムは個室でパンク野郎と甘い週末を過ごしていたのである。

「あんたはキムの見守り役なのになにをやってるのんだ!」と激高して何度も何度も電話をかけて来るメリー。そう、実は2年前にキムがマニラの大学に進学する際にアダは当時筆者ら夫婦が住んでいたタイタイ市の家に下宿させたかったのだが、ここから大学に通うのはあまりにも距離的に遠いため義妹の娘イナが住んでいた下宿に住むよう紹介したという経緯があるのだ。





さらにまずいのは数週間前に娘の異変に気が付いた際にも、メリーは女房に電話をしてイナを監視役にすることを要請し、女房はちゃんとイナの意思確認を行った後でこれを快諾していたのである。ところがイナが監視役としてまったく機能しないばかりか、部屋の鍵まで貸していたと知ったメリーはついに爆発したのだ。

メリーの電話に驚いた女房は早速イナを問い詰めたところ(運悪くパーティー後も我が家に留まってゴロゴロしていた)、「アタシ達だって女同士の友情があるのよ!」と開き直ったため、これを女房が激しく叱責。さらに異変を聞きつけた義妹(イナの母親)が電話で割り込んできて、「アンタもキムみたいな事をしてるんだろ!」と娘に向かって喚きだしたのである。

実はメリーは普段は非常に親切で思いやりのある人間なのだけれども、一度火が付くともうどんなことがあっても止まらないのである。それとキムは母親一味にどこかに監禁されて取り調べを受けているらしく、新事実が明るみに出るたびに女房の携帯に電話がかかってくるし、女房ももの凄い大声でメリーに喚いているのである。

イナは泣くわ喚くわでわけがわからないのだけれど、どうもイナはキムの恋愛事情に相当深く関与しているらしく、メリーとの電話を終えた女房に激しく叱責されるとイナも同じく怒号で返答すると言う状態が続いて、我が家は大変不穏な空気に包まれているのである。というわけキムのおかげで我が家もちょっとした内戦状態に陥ってしまった。早く退避しなきゃ・・。






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騒音ファミリー

最近親戚たちとの付き合いが食傷気味になって来たので、筆者が住むアパートのクラブハウスで開かれた大学生の姪の卒業記念パーティーは少しだけ顔を出して後は自室に引っ込むことにした。それにエド叔父さんや義父ら酒飲みメンバーが今回はこぞって不参加なため、若い世代が中心の宴会となってしまい筆者にとっては退屈極まりないのだ。

それで自室で長崎名産のアマダイの蒲鉾をつまみに黒霧島のお湯割りを飲んだあとは早めに眠りに就こうと思っていたのだが、11時を回ったころに突然ドアが開き、「○%#@&~!!」という声が部屋の中にこだました。パーティーがお開きになっても飲み足りない連中が狭い我が家にやってきて2次会を始めたのである。

これがウルサイことこの上ない。何が楽しいのか若造どもがギャハハ!!と笑い転げ、特にメイの親友だと言うマントヒヒに似た女がこれまた動物的な甲高い音でヒヒヒ!!と冗談かと思うほど外見にドンピシャリな鳴き声を上げるのである。それに連中はテキーラとレッドホースを「本当にこんなに飲めるの?」と思う位買い込んでいたから、こりゃ長丁場になりそうだ。

余りにうるさいので怒鳴りつけてやろうと居間に向かったところ、そこには筆者が可愛がっている従姉妹フィリンやアニー、それに義弟アベットも参加しているのを見つけたので(この連中には世話になってるので敵に回したくない)、文句を言うのを止めて代わりにドアをバタン!と音を立てて閉めたのだが、酔っぱらった連中にこんな嫌味が通じるはずも無く、30秒もするとマントヒヒ女が再びヒヒヒヒ!!と奇矯な叫び声をあげ始めた。





大学生の姪は勝手に無礼講宣言を発令してなんだが大声でわめいているが、ここはお前の家じゃなくて叔母の家、しかも叔母の旦那が迷惑そうにしているのが分からんのか!と文句を言いたかったが酔っ払ったフィリピン人に何を言っても無駄である。さらに飲みすぎてゲロを吐きにトイレに入ったバカガキがずっと中に籠ってしまい、合いカギを開けてトイレから引っ張り出す一幕もあったりとエライ迷惑だ。

それでベッドルームで眠れずに横になっていたら4時半ごろにドアがガチャッと空いた。「みんな居間でごろ寝するんだけど、アイリーン(女房の妹で大学生の姪の母)とイザベル(大学生の姪の3歳になる妹)はこの部屋で寝るわよ」と言う女房。トイレに立つと居間は雑魚寝で足の踏み場も無い状態だから他に選択肢がないが、筆者はこりゃ参ったな・・と思った。

30分後・・すごいイビキ音でまんじりともせずにいる筆者。義妹は2番目の子供を出産後アザラシのように体重が増えていくにしたがって酷くイビキをかくようになったのだ。さらに3歳のイザベルは1時間に1回くらいの頻度で目を覚ましてワ~ッ!と喚くし、女房も酒を呑んだためかいつもよりイビキがひどいから、まるで騒音協奏曲だ。

さて朝4時まで騒いでいた連中も朝7時にはキリッと目を覚まして女房が作った朝食を食べるや帰宅の途に就いたので助かったが、みんなを見送った義妹と大学生の姪の親子は「ああ楽しかった!昨日という日が永遠に続いてくれたらどんなに良かったか・・」と物悲しそうな表情で呟くのを聞いた筆者は、睡眠不足で頭が痛い筆者は「だったらお前の家でやれよな・・」と呟いた。






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他人の家で祝い事をやっても平気なフィリピン人

大学生の姪の卒業祝いパーティーということで前の晩から親戚たちが続々と我が家に集まってきた・・と聞くと2つほど疑問が浮かぶと思う。まず1つ目は普通フィリピンの卒業式は3月末なので時季外れじゃないか?という疑問だが、これは義妹は成績が悪くて最後の学年を終了するのに1年半(つまり3学期)かかったからである。

2つ目は何で当人の実家ではなく叔母の家でやるのか?ということだが、これはパッシグ市の筆者のアパートには住民用のクラブハウスがあるのと、タイタイ市にある義妹の家(正確に言うと所有権は筆者の女房である)は交通が不便なためだ。親戚の大半がパッシグの半径500メートル域内に住んでいるのでこれはある意味合理的ではある。

しかしここから先が問題なのだが、ふつう日本で親戚の家を借りて宴会する場合は当事者は大変恐縮するものだし、宴会に供する料理なども(親戚のキッチンを借りる形で)自分たちで作るものだが、ここフィリピンでは料理も作ってもらうだけでなく、なんと買い物まで親戚にしてもらって当たり前なのだ。

今回も義妹は(たった)5000ペソを筆者の女房に渡し、場所は筆者のアパートのクラブハウス、キッチンは1カ所では手狭なので女房とエスター叔母の2か所で賄ってもらうことになったのだ。こう書くとお前の義妹というのは図々しくてとんでもないやつだ!とお思うだろうが(実際筆者もそう思ってるんだけど)、ここで腹を立てるのはご法度なのである。





実は他の従姉妹たちはもっと酷いのだ。例えば従姉妹ボーヤの子供の1歳のお祝いの時は「これで100人呼ぶ豪華なパーティーをやってくれ」という割には出稼ぎ先のドバイから2000ペソしか妹フィリンに送らなかったし、どう考えても自宅に100人など呼べないから結局エスター叔母の家の前にテントを張って対応したのだ。

それから義弟の娘アビーの7歳のお祝いを女房が代わりにやってやったり、歌手の卵チェルシーの18歳のデビュー(成人式祝い)を叔母の夫であるジェンが全額支払ったり、女房の父方の従姉妹ミレットの娘アンジェラの1歳祝いを女房の母方の叔母エスターという全く血の繋がりの無い他人の家でやったりしているのである。

そしてこういう場では本来それをやるべき人間(つまり両親)は恥じ入っているに違いないと思うのは日本人が良く犯す間違いで、事実はその会場で一番良い席に座っていて、如何にも今日の主催者は私です!とでも言わんばかりの派手な格好で周囲に笑顔を振りまいているのである

筆者もフィリピンに移住してから散々こういう場面を見てきたので、お前他人に甘えてばかりで恥ずかしくないのか・・?と言いたくなるが、ことフィリピンでは誰かが大きな家に住んでいたり金持ちだったり、それに料理が上手だった場合には親戚たちはこれを徹底的に活用しよう!という発想なのである。





ではそうでない人物、例えば義妹のように不便な場所の小さな家に住んでいて、夫は給料の遅配が続いているため貧乏であり、さらに「こんなモノ食えるか!」と言いたくなるほど料理が下手な人間はどうなのか?というと、この人たちは誰かに何かを与えることなく、ただただ一方的に与えられる立場で生きていけるのだ。

要するに日本でいえば生活保護を受けている母子家庭の方たちと一緒だと思えば良いが、フィリピンのこういった人たちは日本ほど心が荒んでないと言うかカラッと明るくいれるのは、彼らは誰かからお恵みを戴いてもそれは「神からの恵み」という便利な言葉に置き換えられるので、自分の不甲斐なさに思い至る必要が無いからである。

と言うわけで筆者の女房とエスター叔母が朝一番にパッシグの市場に出かけて肉や魚を買い叩き、今現在(午後5時である)パーティーのために汗をかきながら膨大な量の料理を作り、他の数人が会場の準備にトンカーン!と打ち込んでいるのを尻目に、大学生の姪と母親(義妹)は朝からずっと悠長にテレビばかり見ているだけである。

昔読んだジョージ・オーウェルの「1984年」にある「無知は力である!」という架空のイギリス社会主義党のスローガンは日本の社共両党支持者にはピッタリな表現だと思ってきたが、ここフィリピンでは無知ではなくて無能、もしくは同じ音階を残すなら無恥という言葉に置き換えた方が無難なようだ。無能は力なり!無恥も力なり!。






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もうどうにも止まらない女子大生

筆者の旧友メリーの娘キムが男に狂って大学をサボっていたことが発覚し、激怒したメリーによって故郷ヌエバエシハに連れ戻された・・とう日記を過去2回ほど書いたのだが、本日また何でこんな事になったの?という事態が発覚したので続報を書きたい。

夕方、女房が電話に向かってがなり口調で長電話をしていたので「一体どうしたんだ?」と聞いたら、なんと「キムと話してたのよ」と言う。はあ?お前ヌエバエシハに掛けてたのか?と聞いたら「違うのよ。今キムはマニラに戻って来たの!」という意外な答えが返ってきた。

逃げて来たのか?と一瞬疑ったが、なんと母親メリーが半年だけ大学への復学を許したと言うのだ。学期の途中で投げ出すと故郷ヌエバエシハ州の大学に編入してもまた2年生からやり直しになる。そうすると学費が1年余分にかかるから、せめて2年次の履修科目だけは終了させてくれ!と頼み込んだらしい。

それで今週の月曜日にキムはマニラ市内の下宿に戻ったのだが、メリーが念のためキムに電話をかけてみると毎回様子がおかしい事を感じ取ったらしい。それで女房に電話をかけてキムと同じ下宿にいる大学生の姪(女房の妹の娘)に様子を聞いてくれないか・・と頼んできたというのだが、姪の話は唖然とするものだった。





キムは毎日朝早くから外出しているが、大学の制服は一度たりとも着てないので行く先は100%学校ではないと言うのである。それに一昨日は朝帰りだったというから、またぞろ例のパンク野郎の下に戻ったのは確実なようだ。

さらに去年11月から一切授業に出席してないので補習授業に出ようが今から下半期の挽回はまったく持って不可能であり、それに上半期だって学校はさぼりがちだったから、今までちゃんと単位を取れて来たのかも怪しいらしい・・。

それで慌てた女房がキムに電話をかけて問い詰めたところ、最初はのらりくらりと質問をかわしてたが、大学生の姪から聞いた出席状況についてしつこく問いただしたらキムはワーッ!と泣きだしはじめ、その後は何と聞こうがずっと嗚咽を漏らし続けるだけで話も出来なかったらしい。

あと数か月すればばれるウソで親を騙して男の下に駆け付ける。そしてワーワー泣きながらも女房にチクられない様に「母には私から話をする」とだけは何度も約束していたそうだが、こんなのも口先だけの誤魔化しである。もはやカルト教団に入信した田舎出身の女子大生と同じレベル、座敷牢に閉じ込めとかないとこりゃ駄目そうだ。






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禁煙ピアスの効果って?

痩せるコーヒーとか怪しげなビタミン剤など健康アイテムに目が無い女房が今回引っかかったのがこちらの禁煙ピアスである。


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小箱の中から登場したのはちっちゃいビニール袋に入った2つの金属片で、ひっついてるのを引き離したのだが忽ちピシッと再結合した。ちっこいのに凄い磁気である。


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取り扱い説明書には「耳の内側と外側に相対するように貼ってください」と書いてあるらしく、さっそく女房が試してみたところ、1時間もすると軽い眩暈に襲われ始めた。





これヤバいんじゃないか?と思って筆者自身の目で取説を見たら「1日3~4時間しか着用しないでください」という記述が・・。どうもこの磁気は耳つぼよりも脳に変な作用を引き起こすのではないか・・と思えてきた。


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しかし女房はせっかく買ったのだから!と着用を続け、確かに喫煙量もそれまでの1日10本から3~4本に激減していたので、よし!これなら(取説に書いてある)25日で完全禁煙も夢じゃないわ!と自信満々で会った。





ところが着用5日目の今朝・・。筆者が昼頃起きて目撃したのは煙草をプカプカふかし続ける女房の姿・・。一体どうしたんだ?と聞いたら、だってぇ~っ熱くなってきたから眩暈を起こすのは危ないでしょ・・という答えが・・。





確かに危なそうな商品であるのは確かだけど、昨日までの意気込みは一体どこへ行ったんだろう。と言う訳でまた女房が飽きて途中でやめてしまった健康アイテムが一つ増えた。料金は2100ペソと高くはないがチャレンジ期間は5日間と過去最短記録で脱落・・。






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無能の人

筆者はフィリピンに来てからは働いてないので人間関係の幅は会社員時代に比べるとかなり狭くなってしまった。普段付き合いがあるのは女房の親戚と隣人とごくごく限られた友人だけなので、彼らには色々と欠点もあるけれども出来るだけ良い面を観ようと心掛けるようにしている。

例えば娘を置いて男と出奔してしまったメイという従姉妹がいるが、たとえ彼女が麻薬に溺れていようとも筆者の目の前に現れれば温かく家に迎え入れるつもりでいる。実際メイは男と麻薬の悪癖を除けば大変親切な女であり、移住直後にフィリピンの勝手がわからず右往左往していた筆者ら夫妻に対して随分と協力してくれた人物だからだ。

さてこういう博愛的な基準を持てば人類の90%くらいの人間と良好な関係が持てそうなものだが、残念ながらフィリピン人相手ではこの割合は60から70%くらいに落ちてしまう。ご想像のとおり悪党や金を恵んでくれ!というタカリが多いからだろ?とお思いだろうが、実は一番数字に貢献しているのは別の種属である。





無能の人・・。現代社会から落ちこぼれ、元手のかからない河原で拾ってきた石を道端で売ることで生計を立てようとした男を描いたつげ義春の漫画の題名である。実はフィリピンにはこういった何もできない人、世間の役にたとうという意思も能力も全く持ち合わせていない人間というのがもの凄く多いのだ。

例えば義弟の息子AJである。現在16歳のこのガキは皿洗いや庭掃除、壊れたものを修理するとか犬にエサをやるといった家事の手伝いは全くやらずテレビゲームばっかりやってるのだが、一族の食事会になると何故だか一番良い席に座ってしまい、他の人間が食事に手が付けられないでいるのは自分の目の前にナイフやスプーンが束ねて置かれてるからだ・・という事がいつまでたっても気が付けない低能である。

しかし役に立たないのならまだ良いが、昨年早々に踊りでハッスルしすぎたのか重い腸ねん転になってしまい入院、そしてしばらくしたら今度はデング熱に罹って再び入院、さらにはクリスマス前(しかも台風の日)に友人と一緒にクバオまで遊びに来たら強盗に襲われてこいつだけ逃げ遅れ、買ってもらったばかりの携帯電話を強奪されたのである。





リサール州の田舎で質素な生活をしている義弟一家にとってはこれらは痛い出費である。しかし義妹の話ではAJのこういった低能行動のよる損失は今に始まった事ではなく、義弟も散々AJを叱りつけてきたが一向に改善される見込みは無いらしい。つまり生まれつき回路上にバグがある欠陥人間ってことのようだ。

それとAJ以外にも我が家のグラスをぶっ壊し続けてもニコニコ笑いながらソーリーとしか言えないサリーという従姉妹や、居候の身でありながら炊事・掃除・洗濯は一切やらずに法外な国際電話料金を踏み倒して消えたエマ、ペットにエサを与えるのを忘れて働く家全てでクビになり続ける家政婦ロザリンなど無能人が結構いるのだ。

なのでこれからフィリピン人と結婚される方は、彼女の親戚たちをよーく見回して悪党とこの無能の人を早く発見することをお勧めする。この連中にいくら親切にしてもアナタの善意が報われることは全く無いだけでなく、いつの間にかこいつがヘマしてこしらえた賠償金を肩代わりさせられかねませんよ。






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祈っても祓ってもダメな場所

ネット放送で「ジメジメして水はけが悪い場所と言うのは如何なる方法を持っても家相をよくすることは出来ない。特に埋め立て地はどうにもならない」と有名な風水師が言っているのを聞いて、あれぇ~、こいつ間違ってんな・・と思ってしまった。

今まで何度か日記に書いたが、筆者は4年前に香港で、1)墓地を見下ろす格好の、2)三角の形をした、3)霊道の通る、という三重苦のアパートに移住したため人生最悪の1年間を過ごすことになったのだが、実は20年前に香港のニューワールドアパートメントという埋め立て地の家に建つビルに住んでいたのだが、ここの1年間は筆者の人生の中でもベスト3に入る良い年だったのだ。

こんな有名な風水師でも間違えるのか・・と思ったが、しかしその後に「住み始めてから干支が半分回ったあたりから悪い兆候が表れ始め、一回りした頃には一気に落ち始める」と説明した上に、具体的には家族とか会社のようなのリーダーの気がふれたり内部分裂が起こるなど不穏な事態が徐々に進行し、最後は崩壊するか他の人間に乗っ取られてしまう・・という話を聞いて今度はエッ!と驚いてしまった。

実はこれ筆者が数年前まで働いていた会社と関係が深いX社がまさにドンピシャリなのだ。このX社は地味だけれども長年現場で蓄積された技術に定評がある優良企業であるが、バブルの頃に東京・下町の本社工場の土地が法外な値段に跳ね上がったため高値で売り払い、当時ウォーターフロントと持てはやされていたエリアのトレンディなインテリジェントビル(当時はやった言葉)に移転したのである。

ところがそれからちょうど6年経った頃に売上の半分近くを占める最大手の顧客に逃げられてしまい売り上げが激減、さらに多角化事業として今までさんざん投資をしてきた部門が結局はどれも金食い虫でしかなかったことが露呈して事業撤退やリストラが相次いだのだが、それから干支が一回りした頃には事態はさらに深刻になっていった。





神のお告げが!などとオーナー社長が取締役会の席で発言するようになったのだ。聞けばこの御仁はいかがわしい霊能者にすっかり洗脳されてしまったようで、最早こいつはポンコツだ・・と呆れたサラリーマン役員たちは取締役会で社長を解任したは良いものの、金を生み出す事業が全く育たなかったためX社は別会社に買収され現在は植民地のようになってしまったのである。

なるほど、この風水師が言っていることは当たってるかもな・・と思い直していると、「例えばフジテレビがそうですよね・・」という声が聞こえてきた。おお!確かフジテレビは90年代後半に新宿河田町からお台場に移転したはずだが、確か干支が半周した辺りにホリエモンによる買収騒動が始まったと記憶している。

それに(筆者は日本のテレビは25年くらい観ていないのだけれど)かつての視聴率三冠王なんて時代があったのがウソのように数年前からフジテレビは視聴率の低迷が収まらず、現在はNHKとTBSにも抜かれて民放4位に転落したというし今後も存続していけるのかどうかも危ぶまれつつあると言う話を見聞きする。

もちろんたまたま2社だけに当てはまっただけなのかもしれない。しかしX社の移転した場所を調べてみると、同じ時期に移した会社がゾロゾロと凋落しているし、小売店の撤退に継ぐ撤退でこの街自体が今やゴーストタウン化していることが分かってきた。

それでこの手の話が結構好きな筆者は「やっぱり埋め立て地はヤバいのだ!」と結論付けることにしたのだが、一方で筆者が現在住んでいるフィリピンはどうなんだろう?と思って1945年にアメリカ軍が作成した古地図を引っ張ってみたところ・・・・。まあ、これ以上書くのはいいわ・・。






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フィリピン女の涙を信じるな

フェイスブックを見ていたところルソン島中部ヌエバエシハ州に住む旧友メリーがなんとビナイ大統領候補と一緒に写っている写真がアップされていた(写真下)。しかもよく見ると一緒の車に乗っていて、それに何となく写真の雰囲気からはこれはメリーの車の様である。

あの専業主婦のメリーがこんな超VIPと知り合いだったとは・・と驚いてしまった筆者は早速メリーにメッセージを送ったところ、あれはアタシたちが通りかかったらたまたまビナイがキャンペーンをやっている処に出くわしたので、一緒に写真を撮ってと頼み込んだのよ!という回答が直ぐに来た。

へえ・・ビナイがヌエバエシハ州にいたんだ?凄い偶然だね!と問い返したら、違うわよ!これはブラカン州でとったものなの!という答えがすぐに来たのだが、その瞬間に筆者の中に小さな疑問が浮かんだ。いつも家に閉じこもっているメリーが最近マニラ近辺に出てきたのはつい5日前、メリーの娘キムを連れ返しに来た時だけだからだ。

少し前の日記に書いたが、故郷を離れてマニラの大学で学んでいるキムは性質の悪いパンク野郎に引っかかってレイテ島へとアバンチュールに行っただけでなく、昨年11月からは大学さえもロクに行っていなかった事がバレてしまい、メリーの逆鱗に触れて5日前にヌエバエシハ州へと強制送還されてしまったのだ。





その一部始終を目撃した女房の大学生の姪の話だと、金切り声をあげて泣き叫ぶキムをメリーと叔父や従兄弟らが無理やり押さえつけて車へと押し込んだというから相当の修羅場である。当然ヌエバエシハ州に帰る道中では後部座席の左右を男たちに挟み込まれて泣きじゃくるキムの姿を筆者は想像していたのだ。

それで一応メリーに「この写真はキムを連れ戻しに来た日に撮ったのか?」と聞いたら間髪入れずに「そうだ!」と言う答えが返ってきた。しかし途中でオシッコのためにサービスエリアに寄ることもあるだろうし、それにこの写真自体がキムを連れ戻しに向かう「行き」の時に撮られた可能性だってある。

それで「キムはいないね?」とわざとメッセージを書き込んだところ、メリーから直ぐにもう一枚の写真が送られてきた。それは紛れもなくキム本人であったが、キムは後部座席ではなく車外に立っていて、目元には泣きはらしたような黒ずんだクマは全く無く(というか目自体が充血してなく)、口元には笑みさえ浮かべている写真であった(写真下)。

ほんの1時間前には運命の人と別れまいと泣き叫んでいたはずなのに、それにメリーもニッコリとほほ笑んでいるし親子ともども何だか嬉しそうである。女は豹変すると良く言うけれど、こんな短期間でケロッと気分転換できる民族というのも珍しい。だからアナタがもしもフィリピン女の涙にほだされそうになったら、筆者が書いたこの苦い現実を思い浮かべてください。






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奈落の底へと突き進む女

先日の日記で旧友メリーの娘キムが変な男に引っかかって人生転落しかかった・・という日記を書いたが、筆者の身近にいる女がもっと洒落にならな事になっている事が分かった。当年31歳になる女房の従兄妹メイである。この人物については過去何度か日記に書いたので「またか・・」と思うかもしれないが、新展開があったので今日の日記としたい。

メイは大学生の時に男に引っかかって娘ニッキを産んだシングルマザーである。一応それなりの学歴があるし大変面倒見のよい性格であるから勤務先のコールセンターでは結構なポジションに昇進するのだが、生まれつき男に出会うととことん燃え尽きるまで行く性質のために過去4回ほど娘を置いてどこかに出奔してしまい、その度に仕事の方も失ってきたのだ。

さて従兄妹フィリンが昨日に続いて再び(メシ時に)我が家に来るや「メイが妊娠しているらしいのよ」と言い出した。現在メイは男と出奔中で親戚一同の前からは姿をくらましたままだが、フィリンとメイの共通の知人マアンがクリスマス前にメイに貸した金を取り立てに行った際にメイ本人の口から聞いたのだと言う。

「妊娠5か月ですって・・」と呆れた口調で言うフィリン。さらにフィリンの口から「父親が誰か分からないんですって!」というとんでもない話が聞こえた。ハッ!今なんて言った?とフィリンに問い詰めたところ、筆者と女房は今まで根本的な勘違いをしていたことに気が付いた。メイの男は一人では無かったのである。

そう言えば去年8月の中旬にメイがひょっこり我が家に顔を出したのを思い出した。メイが出奔したのは去年の3月で今現在も出奔中の身だが、去年7月末にこっそりとカインタにある母親の家に戻り、そして10月末に家のモノをぶっ壊して再び飛び出すまで3か月間ほど元の鞘に納まっていた時期がある。





実はフィリンも友人マアンに聞くまではメイが一時帰宅する前と後の出奔相手は同じ男だと思い込んでいたのだが、実は別々の男であったこと、つまりメイは昨年2人の男にのめり込み、それぞれの男と1回づつ駆け落ちしたことを友人マアンから聞いて口をあんぐりと開けてしまったのだと言う。

しかし現在妊娠5か月というとお腹の子供の父親は昨年上期の男のような気もするが、経産婦のフィリンの計算だと受精は8月になるらしく時期的に微妙で、それにマアンの話では去年の夏頃のメイは一時帰宅前と後の二人の男と同時並行で付き合っていたのでどちらの男が父親であってもおかしくないらしい。

メイの乱れきった下半身にシーンとしてしまう筆者と女房。しかし筆者にはもう一つ気がかりなことがあった。シャブによる胎児への影響である。去年の夏にひょっこり現れたメイは随分と痩せこけていて(元々は肥満体であった)、前半の男はシャブ中でメイも勧められるままシャブに手を出したという噂は本当だと確信したのだ。

しかし後半の男がマトモな人間であればメイもシャブとは手を切り、母体も健常になっているに違いない。だからメイに「また」別の男にのめり込んで出奔中というのは道義上いかがなものか?と思うけれども、産まれてくる子供のためにはむしろ良かったじゃないか・・と思いたかったのだ。しかしフィリンの口から「後半の男もシャブ中なんだって」という言葉を聞いた時に筆者のかすかな希望も崩れ去った。

こりゃダメだ・・。この女はとことん行くとこまで行くぞ・・。そういえばフェイスブックにも「私は何度ノックダウンさせられても絶対に立ち上がるのだ!」みたいな意味深な事がアップされたけど、実はメイのこの反骨精神がそもそも全ての問題の起源なのだ。立ち上がるとまたロクでもない男に熱を上げるんだから、だったらずっと倒れてろよな!。






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時々正体を現す爬虫類

買い物に行くと出て行った女房が夜7時ごろに従姉妹フィリンを伴って帰ってきた。なんでもフィリンは公認会計士の勉強は一旦止めて会社で働くことにしたらしく、それでいくつかの会社に目星をつけたのだが、女房に客の振りをさせてその会社を訪問しサービスや価格などの競争力を知ろうとしたらしい。なかなか現金な女である。

さてこの二人は帰り道に従兄弟ジェンの大衆食堂に寄り、そこでタダメシを沢山ご馳走になったので腹が減ってない・・、ついては今日はアンタしかここで食わないから自分で料理を作れ!と言われてしまった。タンドゥーリチキンでウィスキーのソーダ割りを呑む予定がスカッと空かされてしまったしまう格好である。

仕方無いのでフライパンで目玉焼きと青菜の炒めを作り、マルタイ棒ラーメンの上にトッピングするお得意のメニューを作ることにした。隠し味は桂林辣椒醤とオイスターソース、そしてザーサイで、香港ではインスタントラーメンをこうして作るのである。それで香港から取り寄せたザーサイの封を切ったところ、これまでソファに座ってテレビを見ていたフィリンが急にキッチンに現れた。

それは何だ?と指さすので、ああ・・これは中国のピックルスだよ・・と説明すると、ちょっと味合わせてくれ!と言うから一切れ差し出したら「美味い!」と言う。ああ、こいつと豚肉の細切りを炒めたオカズは絶品だよ!ちょっとあんかけ風にすると更に美味いんだ!と説明したのだが、このフィリンはソファには戻らずにジーッと材料を眺めていた。

再び「それは何だ?」と言うから、ああ、これは日本の貧乏学生にお馴染みのマルタイ棒ラーメンっていうんだ?と答えると、出来上がったらちょっと味合わせてくれないか?と言い出した。あれ・・つい10分前には腹いっぱいだと言っただろうが?と思ったが、実はフィリンの「ちょっと」というのは一般人とは度量衡が違うのだ。





フィリンはバストとヒップはどう見ても100センチ以上、そして体重も軽く80キロは超えている巨漢で、手巻き寿司なんか作ると一人で3合分のご飯をペロッと食べてしまう大食漢なのである。つまりここでいう「ちょっと」というのは一人前のことを指すのでだ。

筆者はフィリンを可愛がってるし棒ラーメンは買い置きが結構あるので出来上がった一杯目をフィリンに手渡すと、これがアッ!と思う間に平らげてしまい、マサラップ!(美味しい)と叫んだ後で再びキッチンへと現れたのだ。そこでは筆者が本日2杯目の棒ラーメン、つまり自分用の一杯を作っていたのだが、フィリンの奴はそれをジーッと見てるのだな。

お前もう一杯食うか?と聞いたら全く遠慮することなくTHANK YOU!と言う。それで筆者はフィリンの視線を背中に受けながら料理を完了させ、本来筆者が食うはずだったラーメンを受け取ったフィリンは体重の割にはやけに素早い動きでサササッとテーブルへと戻ると、これもアッ!という間に平らげてしまったのである。

そして・・また獲物を狙うコモドオオトカゲのような目で筆者を見始めたのだ。しかしフィリンの様子にただならぬ様子に気づいた女房が「ダイエット・・なんとかぁ」と言ったら、まるでパチンと言う音で催眠術が冷めたかのようにフィリンはごく普通の表情に戻り「ありがとうブラザー!美味しかったわ!と言った。

その後フィリンは鍋や皿を洗った後で自分の家へと帰っていったのだが、筆者はあの愛嬌のあるフィリンが食い物を前にすると全く別人格になってしまう体質であることを確信した。あるいは前から思っていたとおり巨大ニシキヘビの霊が憑依するのか、それともフィリン自身が爬虫類の一種なのだろう。






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遠大なファミリー・リユニオン

フィリピンに来ると頻繁に聞く言葉にリユニオン(REUNION)がある。これは読んで文字の通り再び一緒になると言う意味で、学校の同窓会だったらスクール(アラムナイ)
・リユニオン、親戚らとの親睦会ならファミリー・リユニオンというように使われるのだが、フィリピン人というのはとにかくこのリユニオンが大好きな民族なのだ。

筆者らは4~6月の猛暑期に日本に滞在する計画なのでそろそろ準備を始めねばならないが、実は毎年ホーリーウィーク(復活祭休み)にパンパンガ州サンタアナ町で母方一族のリユニオンが開催されるためにスケジュールが重ならない様に気を付けねばならない。それで女房に「次のリユニオンはいつだ?」と聞いたところ「2月8日だ!」という答えが返ってきた。

2月?イースターは毎年3月末とか4月である。それで、お前2月と4月を間違えてるぞ!と言ったら、「ああ!アンタはパンパンガのことを言ってるのね」という返事が来た。ちょっと意味が分からない・・。というのは父方の方は一族がいがみ合っていてリユニオン自体が開催されていないから、筆者が出るリユニオンと言ったらパンパンガしかないのだ。

怪訝な表情をする筆者を見た女房は「2月はパズ・ファミリーのリユニオンよ!ノエミーやグレースも帰ってくるの!アタシたちも血縁だから入ってるのよ!」と言った。このノエミーらは5人姉妹で全員が全員とも香港に20年以上も住んでいる出稼ぎ家政婦であり、筆者が香港に住んでいた時には毎週末に全員そろって我が家に遊びに来ていたので親しいのである。





そういえばあの5人姉妹は遠い親戚だと聞いた覚えがあるのでリユニオンにお呼ばれするのは判ったが、しかしどういう繋がりなのかがイマイチ判らない。それで女房に問いただしてみたところ、なんと昨年亡くなった祖母の母親、つまり曾祖母がパズ・ファミリーの出身だったと言いだした。

毎年パンパンガ州でやってるリユニオンは(女房の世代から見て)祖父母が兄妹同士という枠組み条件であり、これでも毎年200人以上集まるのである。ところが来月実施されるパズ・ファミリーの場合は曾祖父母が兄妹同士と一世代遡っているのだ。じゃあ一体何人集まるんだ?と聞いたら「1000人は超えるんじゃないかしら・・」という答えが来た。

ええっ!そんな集まりに何の意味があるんだ!と思わず怒り出してしまったのだが、とにかくパズ・ファミリーにとっては何年に一度かの重要な行事だから私たちも参加しないといけないのだ!。それにノエミー姉妹だけじゃなく香港にいるジャンやチェチェ、それにたまに我が家に来たけど(筆者は)全然名前も知らない別の姉妹らも参加するんだから!と言った。

と言う訳で筆者も嫌々ながらこの遠大なるリユニオンに強制参加させられるのだが、正直ものすご~く遠い親戚たちが千人以上も一堂に会してどこまでユニオンできるのか(親睦が深められるのか)甚だ疑問である。出来れば当日台風でも来るか、開催前に分派活動が始まって内戦状態になり行事自体が無期限延期されることを切に願うばかりだ。






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美人大国フィリピンの醜い裏側

従兄弟ジェンの経営する大衆食堂に寄った際にジェンの女房ジュミの姪で同家の居候であるチェルシーを見てビックリしてしまった。えらく太っているのである。こいつは現在19歳とまだ若く、3年前に初めて見た時には手足が木の枝の様に細くて掴んだら折れそうな感じだったのが、今やハムのようにムッチリと肉がついていた。

お前いったいどうしたんだ・・と聞いたら、自分でも理由が判らないけれど体重がどんどん増えていくのだという。一応こいつはアイドル歌手グループの端くれでCDも何枚か出しているので、お前ステージに立てるのか?と言ったら「答えは判ってるでしょ!」と言ったきりむくれてしまった。

チェルシーとは2年前までは毎週のように逢っていたが、地方のイベントやマニラのクラブで歌うようになってからは暫くご無沙汰していたのである。そういえば半年前のフェイスブックに腹に肉がだぶつきはじめた写真がアップされていたから(写真下)、膨張が始まったのはつい最近の事らしい。





もっとも筆者の女房の家系は女が太りやすく、10年前にはスラリとしていた女房や義妹も今や相当肉付きが良くなっていて、特に義妹などどう見ても体重は80キロを確実に突破していそうだから太ること自体は驚きではない。しかし問題はチェルシーら次世代は女房達よりも10年早く20歳を境くらいで急に太り始めたことである。

例えば大学生の姪である(写真下)。こいつも3年前はどちらかと言えば痩せている方でそれなりに美人だったのに、2年前から段々と膨張し始め今やガマガエルのように醜い生き物と化してしまった。おまけにいつも鼻の頭に脂汗を浮かべていて、フーフー息をするのも何だか苦しそうで、それに最近足の臭みも増してきたようだ

従姉妹のフィリンや昨夜母親に連れ戻されたカルナなど筆者の周りにいる10代後半から20代前半の女たちは太目がやけに多いが、過去3年間こいつらを見てきた筆者にはそれは自明の理のように思える。とにかく良く食うのである。しかも主食のコメと脂分タップリのオカズで野菜はゼロ。それをセブンアップなどのソフトドリンクで流し込むのだ。





ただし上流階級の女たちはちゃんとサラダなんか食ってるし、スポーツジムで汗など流しているから案外とスリムと言うか均整の取れた体つきが多いのも事実である。ここで筆者が言っているのは所得を5段階評価すると4の下から2の上くらいで、フィリピンが豊かになって可処分所得が増えても相変わらず質より量を追及する知的水準の余り高くない方たちのことだ。

それと同じものを食っていても若い男はバスケットボールで走り回ってるから筆者の目からは相変わらず痩せてる奴が多いなあ・・という印象でいるが(実際一日中コートで走っているヒマな御仁が多い)、一方女性たちは家で学校から帰ると家の仕事も手伝わずにゴロゴロしていて、それにクチャクチャ口を動かして何かを食べ続けているだけなのだ。

ここ数年ミス大会で王冠を奪取し続ける美人大国のフィリピンでは実は多くの若い娘たちがブクブクと太り続けているなんて信じられない方は、試しに一度フィリピンに来て中から中の下の家庭にホームステイすることをお勧めする。そこには動物園で買われているアザラシやトドよりももっと怠惰な生物(メス限定)がこの国の過半数を占めつつあることに気が付くはずだ。あと見つけてもエサを与えないように。






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突然炎のごとく・・・

数日前の日記にしたレイテ島に男と一緒に行ったきり行方をくらましていた旧友メリーの娘キムについて新たな展開があった。レイテ島から帰ってきたキムは母親とひと悶着を起こした挙句に本日早朝に故郷ヌエバエシハ州へと連れ戻されてしまったのである。

田舎から都会に出てきた芋娘がクリスマスを男と過ごすのは(親の視点からすれば)褒められはしないものの十分あり得る話じゃないか・・と女房に言ったところ、じゃあアンタはこの男をどう思うか?と言ってケータイを筆者の目の前に突き出した。

それはパンク野郎の写真だった。いや冗談ではなく本当にまっキンキンの髪の毛を突き立てて顔を歪ませた若い男が写っていたのだ。こりゃダメだ・・。日本じゃパンクはファッションの一種で市民権を得ているが、外国でパンクと言えば完全に社会の脱落者、麻薬依存症や売人といったクズである。

なんでキムはこんな野郎に引っかかったんだ?と驚いたが、下町エスパーニャでカルナと同じ寮にいる大学生の姪の話ではこの男は大学生でもなんでもなく(職業ははっきり言わない)、去年11月にキムに急接近して深い仲になったらしいが、キムはそれ以来ほとんど大学に行かなくなってしまったのだと言う。





ちなみにキムの母親メリーも昔から恋多き女で、筆者の知る限り男にどハマって何もかも打ち捨てて・・というのは一度や二度の事ではないから、これは正に遺伝としか言いようがないのだけれど、学業を放っぽり出すのはまだしも、最近キムの言動がかなり怪しくなってきたという話を聞いた時にはびっくりしてしまった。

それは麻薬か・・?と聞いたが、大学生の姪はイエスともノーとも言わずに黙っている。姪とキムは3歳ほど違ってもルームメイトだからチクる訳にはいかないらしい。しかし麻薬じゃ無いなら直ぐに否定するはずだからおそらく当たりだろう・・。フィリピン名物の地獄への転落の一幕が思いもよらぬと所にあったわけだ。

さて今朝一番にメリーと親戚の男達がエスパーニャの寮に現れてキムに荷物をまとめるよう命じた際に、キムは思いっきり抵抗したためにメリーに何度もビンタを喰らい、最後は泣き叫びながら表通りに待たせてあった車に押し込められたらしい。なんだか壮絶な光景であるがキムの人生を考えればこれしか選択が無い。

メリーが女房に語ったところでは、キムは故郷ヌエバエシハ州にある大学に編入させるつもりらしい。だけどキムの血の半分は一度燃え上がると行くとこまで行ってしまうメリーから引き継いだもの・・。このまま黙って田舎大学で純朴な学生生活を送るとは思えないんだけどな・・。ぜったいもうひと悶着もふた悶着もあるぞ!。






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人間ってホントに醜いね

大晦日の前の日にリサール州の田舎町に到着すると、すでに集まった多くの人間の中に見慣れた顔がない事に気が付いた。エド叔父さんである。正確にはエド叔父さんは女房の母親の弟で、義父にとっては義弟に当たるだけの関係なので、女房の父方が溢れるこのリサール州の田舎町とは関係が無いのだが、毎年この家で開かれるニューイヤーパーティーには参加しているのだ。

義父とエド叔父さんは義兄弟であるだけでなく昔から性格的にウマが合い、さらにお互い男やもめが長いという共通点があるため義父は事あるごとにエド叔父さんに声をかけ、叔父さんもヒマだから住処であるパンパンガ州サンタアナ市からバスを乗り次いでこのリサール州の田舎町まで出向いていたのだ。

ところが今年はいない・・。一体どうしたんだ?と義妹に聞いたら、それが・・ちょっと変なのよ・・・と言う。幹事役の義妹はちゃんとエド叔父さんに声をかけたのだが「他の用事が・・」などあれこれ理由をつけて参加を遠慮したというのだが、その口調が実に残念!とは全く逆の気の抜けたような感じだと言うのである。

でも原因はブラザー(筆者の家)で開いたクリスマスパーティーの時にあると思うの!あの時エド叔父さんはしょっちゅうケータイを取り出しては見てたでしょ?というので、その時の光景を思い出した。そう、別れた奥さんとはとっくにやり取りは無いけれども、3人いる子供たちからも「おめでとう」の電話もメールも来なかったのである。

長男ジェンとは些細なことが原因で仲たがいをしてしまい、長女メイは男と麻薬に狂って出奔中、唯一やり取りできる次男ジャネルもサウジアラビアに出稼ぎ中の身。まあ子供たちは別れた奥さんの方について行ってしまったから関係が疎遠なのは受け入れてもらうしかないが、それにしてもクリスマスに電話さえも来ないとうのは余りに寂しすぎた・・。

しかしそれなら今日ここに来て孤独感を紛らわす方が自然じゃないか?と思ったが、いや・・実はあの時にエド叔父さんとお父さん(筆者にとっては義父)の間でちょっとひと悶着あったみたいなの・・と義妹は言う。しかしそれはダニー叔父とエド叔父さんと義父が3人だけでいる時に起こったので義妹は何なのか分からないらしい。





それで義父と義弟と酒を呑んでいる時にさりげなく話題をエド叔父さんに振り向けたところ、ああ、そうだなあ、エドは実に可哀そうだ・・と悲しそうな表情で相槌を打ったのだが、筆者はその表情に不自然なもの・・、もっと正確に言うならば無理に表情を作っているな・・と気が付いた。

エドもワシも同じように3人子供を作った後にエドの場合は離婚、わしの場合は死別とそれぞれ不幸な身の上だったんだが・・とやけに多弁に話し出す義父。つまりエスター叔母やボウイ叔父らが幸せお絶頂にいた時にお互い不幸を噛みしめている人間同士だったんだ・・と強調する。

しかしあれから20年がたったが・・と言うあたりから義父の顔に笑み、そう!俺は3人の子供からこんなに大事にされているのだ!という優越感の輝きのようなものが透けて見え始めた。そうだ・・それまでニコニコと酒を呑んでいたエド叔父が急に静かになったのは、義父のこの笑顔がキッカケだったに違いない。

むろんエド叔父にとっては自分の子供ではなく姪たちに毎回誘われて義兄(筆者にとっては義父)の幸せそうな表情を見るのは正直楽しい事ではない。しかし長年にわたってお互いの傷を舐めあってきた同志だし、何より姪や甥は血を分けた親族なのだから・・とエド叔父の中ではお誘いへ参加することへの合理的な説明がつけられていたのだろう。

しかし昨年のクリスマスパーティーでの義父のこの優越感に溢れた笑みと、おそらくそれに続く不用意な発言によってエド叔父は裏切られた・・と感じたに違いない。ただし・・・・、義父は人格的にも立派な人なのでそんな不用意な発言をしたのか?、いや知らず知らずのうちにエド叔父を傷つけていることの自覚があったのか?は正直言って疑問である。

それで面と向かって義父にエド叔父はアナタに対してどんな感情を抱いているんでしょうかね?と聞いてみたところ、義父は一瞬真面目な顔をした後でニッ!と笑うや「アイツはワシに嫉妬しとるんだよぉ!!」と優越感丸出しの高笑いをしはじめた。このジジイ・・わかってんじゃねえか!事態を複雑にしやがって。あんた!エド叔父さんにナニ言ったんだ!






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クリスマスもニューイヤーも来ない家

大晦日から正月三箇日にかけて女房の実家のあるリサール州の田舎町で過ごしてきたが、最初の晩にいざ寝ようとしたところ義父が申し訳なさそうに「悪いけどリリーの家で寝てくれないか」と言われてしまった。大学生の姪がクラスメート(全部女子大生)を大勢連れてきてしまったため、朝までこの家は男子禁制と相成ったと言うのだ。

義弟の家は他の親戚が押し掛けていてすでに満杯だしエアコンが無い。それで選択肢としては義父と一緒に蚊に刺されるのを承知でベランダに寝るか、エアコンのあるリリー叔母の家に厄介になるかの2つしかないのだが、正直これは参ったな・・と思った。というのはリリーの旦那は精神分裂病を患っているからだ。

深夜遅くにリリー叔母の家のドア越しに呼びかけると、暗闇の中から片足を引きずったリリーが表れて(脳溢血の後遺症から軽い半身麻痺である)快適なベッドルームへと案内してくれたのだが、義父や義弟の家では大勢の人間が居間の床に毛布を引いて雑魚寝しているというのに、この家はリリーと旦那の二人しかいない・・。





シン!と静まり返った家・・。そしてベッドメイキングを始めた時に「○△&#P○△&#P○△&#P」と同じフレーズを繰り返す低い声が暗闇の向こうから聞こえた。こりゃマズいんじゃないか・・と女房と筆者は顔を見合わせたが、リリー叔母は別に動じたりもせずに「目を覚ましちゃったみたいね」とだけ言うと暗闇の向こうへとズリズリと歩いていく。

リリーの旦那はもう10年近く病院の厄介になっているが、一昨年の前の祖母の葬儀では皆の前で絶叫したり、大層な金額の配当を得たという妄想から私立病院に表れて全く理解不能な治療法を医者に要求するなど症状が段々と進行してしまい、現在はベッドに縛り付けられるほどではないものの、最早外に出せる状態ではないとの話は娘のローズアンから聞いていたのだ。

確かに筆者の滞在中もリリーの旦那は意味の無い言葉を何度も繰り返し吐き出しているし、それに何だか随分大きな木片を力いっぱいに擦り合わせている様なグギッグギッグギッ!という不快な音が暗闇の向こうから聞こえてくる。一体何をしてるんだろう・・などと考えると大変不気味な光景が頭に浮かんでくるので考えない様にしていたのだ。





さて筆者と女房はこの家に4泊したのだが、二人とも心を痛めたのはリリー叔母夫妻には来客どころか電話さえただの一度も掛かってこなかったことである。無論いたのは毎日深夜から午前10時くらいなので、昼間は誰かが来た可能性もあるけれども、女房の親戚たちはクリスマスからただの一人もやり取りが無かったことは断言出来る。

10メートル離れた義父の家では親戚たちが大騒ぎをしているのに、リリー叔母と旦那を誘う人は誰もいない。大家族主義なフィリピンでもどうやら精神病だけは駄目なようだ。なにより実の娘ミレットとアンジェラさえもが嫌な現実を観たくないからと過去3年間クリスマスからニューイヤーは筆者らと一緒に過ごしているのである

昨日この家を辞す時にリリー叔母に世話になったと礼を言いに行ったのだが、その際に旦那にも一言・・と言ったところ、リリー叔母は急にキリリとした表情をするや「その必要はない!」と言い切った。その断固たる口調に何を言えなくなった筆者は黙って玄関へと歩いて行ったが、何か木材をこすり合わせるグギッグギッグギッ!という音は朝からずっと続いたままだった。






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フィリピン人の嘘に惑わされるな

フィリピンの大晦日と言えば花火である。筆者が最初に経験したのは今から20年近く前の事で、当時エドサ・コンプレックスにあったエスペランザというバーで狙っていた女を取り逃がした筆者は店のママに誘われるまま彼女の家へと向かったのだが、その時タクシーで目撃したのは山火事と思うばかりに煙が濛々と立ち込めたマニラの風景だった。

3年前にフィリピンに移住してからは大晦日は毎年リサール州の田舎町で過ごすことにしているのでマニラの花火はずっとご無沙汰なのだが、20年前の光景が鮮烈に残っているので毎年末には女房に対して花火を買っておくよう頼み、だいたい夜の11時くらいからガキどもに花火を仕掛けるように命じるのである。

ところが今回の大晦日では夜8時くらいに花火が無いことに気が付いた。一体どうしたんだ?と義弟に聞くと「今年は花火がえらく高いんだよ」と言う。エッツ?どれくらい高いのか?と聞き返すと、「去年最後に打ち上げた大型花火は4千ペソもするんだって!」と答えた。なお筆者は昨年の値段を把握している訳では無いので何%くらい上がったのかは分からない。

フィリピンの花火というのは大概が中国製なので通貨価値変動を輸出単価に反映したのかな・・と思ったが、しかし過去1年に限って言えば多少人民元安なのである。じゃあ人件費の高騰か?などと考えたが、中国人の値上げと言うのはあの厚かましい国民性とは裏腹に実は大変謙虚な場合が多いから、これはやはりフィリピン国内の業者によるボッタクリであろう。

すでに夜8時を回っていたから今さら花火を買いに行く訳にもいかない。それで仕方なく毎年恒例の行事は諦めたが、義弟も心なしか寂しそうな表情をしながら「今日は雨になったから花火を買わなくて良かったよ」と呟いている。しかし酒を呑みながら他の話をしていても「雨だから・・買わなくてよかったよ」というフレーズが何度も何度も繰り返されることに何か違和感を感じた。

そこで同じテーブルにいた女房に「去年と比べてどれくらい値上がりしたのか?」と聞くと、女房はちょっと考えるそぶりをした後でオールモスト・ダブル・プライスという答えが口から出た。2倍!買うタイミングもあるのだろうが2倍じゃ仕方が無いな・・と思っていたのだ。少なくとも昨日までは・・。





昨日の午後、田舎町からパッシグの自宅に帰る車中で従姉妹ミレットが大晦日の昼に隣町の市場に買い物に行った話をし始めた。会話の中に豚肉がいくらだ!とかソーセージが思いのほか高かった!などと言っているので、じゃあ花火はどうだったんだ?とさりげなく聞いたところ「花火は去年と大して変わらないわよ」とすんなりと答える。

ちょっと待て!ほとんど2倍じゃないのか!と聞き返したら、いや、大型花火の値段を見ただけだけど去年は2400ペソ、今年は2600ペソだった!」とミレットは答える。この女は一族の中では一番聡明であり薬学部卒業だけあって数字には非常に強いのである。そしてバックミラーには女房が神妙な顔つきをしているのが映し出された。

ちなみに筆者は義弟のように花火が出来なかった事を怒っている訳では無く(事を荒立てるような話じゃない)、事実を正確に伝えないことにカチンときているのだ。これは筆者が営業部出身で自分に好都合な条件を引き出すためにありもしない事実を言い立てる中国人やユダヤ人のウソを見抜く立場にあったことが大きい。いわば職業病なのだ。

家について女房を徹底尋問したところ、「市場でマグロを一匹買ったためにキャッシュが足りなくなり花火代を削った」と白状した。もちろん小サイズのマグロ一匹がそんなに高いわけはないし、余分に豚肉を買ったとか花火は禁止されてるとか、もしくはアタシは花火がそんなに好きじゃないから・・といったいい加減な理由があるに違いないが、やっと事実が見えてきたのである。

でも雨が降ったんだからアタシの決断は正しいじゃないか!と半べそ顔で女房は訴えるが、NO!そんなのは結果論である。最初から「お金が足り無くなっちゃんたんで花火代カットしたわよ」と言えば筆者にちょっとムッとされるだけで済んだのに、「花火が高い!」と有りもしない事をいうからこうなったのである。

フィリピン人を配偶者に持たれた方なら重々ご承知だろうが、この「理由:○○だから」というのは要注意である。自分に不都合なことを隠すためだけでなく、その場のノリで事実と全く違う事を言っているケースが多々あるからだ。なので部下が新規顧客の開拓に手間取っているとか、恋人の親がやけに頻繁に病気になるといった場合は、質問の角度を変えて事実を見つけ出すことをお勧めする。






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新年エロ話始め

女房の実家で義父らと話している時に話題がたまたま従姉妹ローズアンと恋人の話になった。ローズアンは性同一障害、いわゆるトンボイというオナベで服装やヘアスタイルは完全に男であり、ビコール出身の可愛らしい恋人(もちろん女性)がいるのだ。

フィリピンじゃ同性婚は認められていないが日本はどうかね?と義父が聞いて来たので、日本でも違法だか社会は彼らの権利を認めつつあるので、おそらく近年中に合法化するでしょう・・と答えたところ、ほうっ!日本は進んでるな!と感心した様子だ。

カトリックは保守的なため同性婚などもっての他!という意見が支配的に思えるだろうが、現実に自分の子供や姪っ子が好きな人と一緒になれない苦しみを味わうのを見るのは辛いものである。だからフィリピンじゃオカマやオナベのライフタイムパートナーは家族たちにもちゃんと認められているのだ。





さてそこから日本じゃ男と男が愛し合うホモ関係というのはどれくらいあるのか?などとそっち方面の話になって行ったのだが、日本のオカマというのはどういう風体をしているのか?と興味津々に聞いて来たので、ニューハーフのデリヘルのホームページを開いて見せたところ、義父が「オオッ!!」と驚いた。

「なんて美しいんだ!」と目を剥いている、いや見とれているのである。それを聞いた義弟と従兄弟ラフィーもケータイを食い入る様にみて、これは本当に男か?と聞くから、そうだよ、ここに載っているのは全部男だ、と答えると、画面をスクロールしながら俺かはこのタイプがいいな!とか各女性(?)について論評を加えはじめた。

そこへ女房や義妹、大学生の姪ら女性陣がやって来て、あんたら何みてんだ!と嬉しそうな顔で言うので義父がケータイを見せたところ、ワーオ!ビューテイフル!セクシー!と叫び声をあげた。女房など「この人たちってタイのオカマよりもよっぽどエレガントじゃないの!」と驚いている。オレにはその判断基準が何が何だかわからんのだけど・・。





さらに義弟は「この女性について日本語で注釈があるけど、こりゃなんて書いてあるんだ?」と興味津々で聞くので、源氏名、年齢、身長、胸の大きさと竿と玉が有る無しだよ!と言ったら、この竿と玉の段になって全員がニヤ~ッと!と会心の笑みを浮かべた上に、従兄弟ラフィーはその竿と玉の事についてもうちょっと追加説明しろと言いはじめる。

だからこいつは男と同じで下着を毟り取ると立派なものがあるんだけど、この人はツルンとしていて、こいつは玉は無いけど竿だけ残して、でもこの人は玉だけがあって・・と説明したところ、皆んな前以上にニヤニヤ笑っていて何とも嬉しそうである。どうも脳内で画像イメージを膨らませているらしい。

玉だけ2つぶら下がってるってどんな事なのかしら?とか、竿は何のために使うのかね・・などとイヤラシイ話に色めき立つ親戚たち。筆者はホモッ気はないのでこれ以上の説明をする気にはならなかったが、親戚たちは導火線に火が着いてしまったらしく、やけに長いこと話し込んでいた。しかし新年早々エロ話、しかもニューハーフ・・、今年は外れ年かもね。






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垣根の低いフィリピン人

フィリピンでは人が集まると軒先や道にテーブルや椅子を置いて酒を飲むのが普通で、当然その際は地域住民とすれ違う事になるのだが、深夜まで大声で話そうがカラオケを大音量で歌おうが文句を言われる事は滅多に無い。これはフィリピン特有の垣根の低さから来る寛容さのおかげだ。

それに近所の人間も同じ事をしょっちゅうやっていて、言わばお互い様の立場である事と、仮に隣の旦那が奥さんに言われて文句を言いに行っても、お前も飲んでけよ!と誘われた旦那がついつい一杯やるうちにマイクを握って歌をがなるという本末転倒の結果に成りがちでもある。

さてリサール州の奥地にある義父の家にもこういう気のいい隣人がいて、こいつは筆者らが飲んでるのを見つけると、「よお!また来たのか」とツマミ持参で輪に加わり、ヘベレケに成るまで酔っ払って奥さんに連れて帰られるのが常の30代の男であった。

さて今年の大晦日はあいにく雨なので軒下で酒を飲んでいた時、この隣人のヘベレケ君が傘もささずにソワソワと出先から帰ってきたので、筆者から「オイ!いっぱい飲んでけよ!」と誘ったところ、奴は一瞬嬉しそうな顔をしたが、ちょっと今日はやる事があって・・と申し訳なさそうにお断りを入れてきた。

なるほど確かにこのヘベレケ君は忙しいらしく10分もしない内に家から顔を出しソワソワと大通りの方へと消えていったのだが、それから数分後にまたひょっこり帰って来て、それで先ほどの様に「飲んでけよ」「いや今日はやる事があって」を繰り返したのだ。



ところがヘベレケ君が家を出たり入ったりするには二度や三度どころか10回くらい続くのだ。この雨の晩に?しかも大晦日でどの家もご馳走を作ってカウントダウンに備えていうのに・・である。

ヘベレケ君の行動に奇妙なモノを感じた筆者は義弟に奴は何をしてるのか?と聞いてみたところ、いや実はヘベレケ君はシャブの売人のアルバイトをしててね、今日は大晦日だから注文が多いんだろう・・と驚くべき事を言い出した。

なんとヘベレケ君の奥さんが妊娠してしまったが、奴の生業では生活費も賄えないため田舎町じゃ一番稼げる仕事を始めたのだという。善良な市民が一気に犯罪者に・・。ちょっと普通じゃ考えられ無い話だ。

それじゃアンタらと奴との関係はどうなってるんだ?と義父と義弟に聞いたら、いや別に俺の息子に手出ししてるわけじゃ無いから・・といつも通りの近所付き合いをしていると言う。なんともフィリピンらしく誰に対しても垣根の低い話だ。

またソワソワと外出するヘベレケ君は一瞬筆者らの方を見て輪に入りたそうな表情をしたが、義弟の話を聞いたばかりの筆者はほんの数時間前のように声をかける事は出来なかった。筆者はやはり日本人とフィリピン人の垣根は絶対に越えられそうに無い。





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