超感覚のレストランオーナー

ネットにある忘年会特集で東京の焼肉屋の一覧を眺めていた時に懐かしい名前を見つけた。谷岡さん(仮名)とミン・ヒーさんご夫婦である。このお二人は新橋にある○○焼肉店のオーナーで、すでに同地域に3店舗も展開している成功者だと書かれていた。

もともとデザイナーのご主人と名門ソウル大学で食品工学を学んだ才媛のコンビが新橋を席巻、さらに焼肉だけに飽き足らずフレンチの店まで開業したが、これも予約が取れないほどの人気なのだそうである。しかし最後に「この二人の味覚は確かだ!」という記述を見つけた時に筆者は困惑してしまった。

あれは今から20年前、香港ワンチャイのディスコで踊り明かした後で筆者のアパートに明け方現れた谷岡夫妻は「腹が減った・・」と言い出したのである。他の方には随分厚かましい様に聞こえるだろうが、やはり実業家として成功するにはこれくらいの超神経が必要なようだ。

冷蔵庫にサーロインステーキがあったので友人のため筆者は焼いてあげたのだが、ソースは学生時代に筆者の常食である吉野家の牛焼肉定食を真似たおろし生姜入りポン酢ソースをつけてやった。本当はおろしニンニクも加えるのだが生憎チューブ入りニンニクの手持ちが無かったのである。



フォークを刺してソースにナビった肉を食った谷岡さんは何故だかしーんと黙り込んでしまい、そしてもうひと切れ、さらにふた切れ目と無言で食い続けた後で「このにく・・うまい・・」とくぐもった声で言い始めた。ちなみにこれ単なるお徳用のステーキである。

それを聞いたミン・ヒーさんは多少躊躇した表情を浮かべた後で肉を口に運んだが、同じ様にしばらく沈黙すると残りの肉を全部平らげてしまい、そして「もう一枚焼いてくれない」と大変実業家向きのお願いをしてきたのだが、筆者が内心チッ!と舌打ちしたことは気がつかなかったようだ。

数分後もう一枚ペロリと平らげた後で「この肉は実に素晴らしい」と言い出したので、いや・・これは下のニューワールドスーパーで買ったお徳用の・・とは言えずその場を誤魔化したのだが、何とそれから1週間後にこの二人が牛肉片手にまた我が家に現れたのだ。

なんでも大変上等な肉を手に入れたので筆者に今から焼いてくれ!というのである。いや・・俺は単なるセールスマンで料理人でもなんでもないんだけど・・と言ったが、とにかく焼いてくれ!と何度も頼み込むので仕方なくフライパンに火を通し始めた。



この肉も美味い美味い!と二人であっという間に平らげてしまったので、いやあんたらが美味いと思ってるのは肉じゃなくてソースだろ?酢と生姜が肉の旨みを引き立てるんだよ!と言ったら、ああ!そうかもしれない!いやきっとそうだ!そうか!ちっとも気がつかなかった!と今頃になって納得したらしい。

この二人の味覚回路は本当に大丈夫か?と首をひねったが、ミツカンのポン酢とSBのチューブ入り生姜を持たせてあげたところ、ありがとう!これで毎日美味しいステーキが食べられるわ!と感激した様子で、こんなモノに大層感謝されるとはオレは異空間に入ってしまったのではないか・・と疑念を抱いてしまった。

その後筆者は当時付き合っていたミン・ヒーさんの親友と気まずい別れ方をしてしまったため谷岡夫妻とも疎遠になってしまったし、香港返還前にご夫妻は日本に帰国されてしまったのでつい先ほど20年ぶりに名前を発見したというわけである。しかし一緒に酒を呑んだりソウルで遊んだ記憶とともにあのステーキの一幕が蘇ると、筆者の中に深い疑念が浮かんだ。

新橋の店が流行っていると言うのは本当なのだろうか?。しかし一人も客がいないのに3店も持てるはずは無いから美味いのは確かなのに違いない。でも美味いのはソースであって肉では無い事に気づくのにあれほど時間がかかったのは、成功するレストラン経営者には常人では到底理解不能な別次元の味覚分析回路があるということなのだろうか?




にほんブログ村 海外生活ブログ フィリピン情報へ

スポンサーサイト

血は水よりも濃し

朝早くに我が家の電話機がけたたましく鳴ったので慌てて受話器を取ると「ねえ!キムが何処に行ったか知らない?」という声が聞こえた。ヌエバエシハ州にすむ筆者ら夫婦の旧友メリーである。挨拶も無しにいきなりメリーの娘キムの名が飛び出て筆者は訝ったが、なんだか非常に慌てた様子である。

電話を終えた女房が言うには、マニラの大学に通っているキムとここ1週間ほど連絡が取れなくなってしまったらしい。ふつう田舎から出てきた学生ならクリスマスは実家に帰省するものだが、キムは学校の行事があるから・・という理由で今回はマニラに残っていたのだという。

それでキムと同じドミトリーにいる女房の大学生の姪なら何か知っているかもしれないとコンタクトを取ろうとしたが、電話番号が見つからないために女房に電話をかけたところ、用件を言う前に筆者相手に心配事が口に出てしまったというのようだ。





今から20年前にメリーは香港でバーテンダー、筆者は行きつけの客として知り合ったが、当時メリーには日本人の不倫相手がいて、その結果生まれたのがキムである。筆者の女房とメリーも不思議とウマが合い、メリーが赤ん坊だったキムを連れてフィリピンに帰ってからもずっと付き合いを続けてきたのだ。

2年前にキムがマニラの大学に進学する際にはメリーは筆者の家に下宿させるつもりだったのだが、リサール州から通うのは余りにも遠すぎるためマニラの下町エスパーニャに下宿していた大学生の姪の部屋に同居を勧めたと言う経緯がある。

なんとなく責任感を感じた女房はさっそくリサール州奥地の実家にいる大学生の姪に連絡を取った。深刻な表情で携帯に向かう女房・・。そして電話が通じたらしくキム・・ナントカナントカァ!と凄く深刻な表情をしながら叫び始めたが、ウンウン話を聞いているうちに明らかに困惑の表情が浮かんできた。





一体どうしたんだ・・と電話を終えた女房に聞くと、キムはレイテ島にいるのよ・・と言い難そうに言う女房。レイテ?そりゃまた一体どうして?と聞くと、なんと最近レイテ島出身の男に引っかかって、男に誘われるまま二人で恋のアバンチュールに出てしまったという次第らしい。

なんだよ・・そういう事か・・と筆者はやけに納得してしまった。というのはキムの母親メリーも昔から燃え上がりやすいというか色恋沙汰がかなり多いタイプで、筆者の知る限り男と何処かへ行っちゃって・・というのも一度ではなく何度か聞き覚えがあるからだ。

血は水よりも濃しとは正にこの事だ。女房は一体どうメリーに説明したら良いのか困惑しているようだが、そんなの「キムは間違いなくあんたの娘だわね」とでも言っとけ!その一言でメリーも何が起こっているのか、そして止めようがないほど燃え上がってることを十分に分かるだろう。






にほんブログ村 海外生活ブログ フィリピン情報へ
にほんブログ村

フィリピンの民主主義って何だ?

先日クリスマスの酒の席で義弟や従兄弟たちとちょっとした言い争いになった。ちょうどグレース・ポー上院議員の大統領選出馬資格取り消しについて話していたのだが、その際に義弟が「日本では大統領はどうやって選ぶのか?」と聞いてきたのである。

いや、日本はイギリス型の政治システム(議院内閣制)なので議会の多数派から最高行政官たる首相を選ぶのだ・・と答えたら、従兄弟ラフィーがちょっと首を傾げた後で「それだと民意が政治に反映しにくいな・・」と言ったのだ。これは確かにその通りである。

ところがここで義弟が「フィリピンの政治(大統領制)の方が進んでいるな」という一言を言ったあたりから話がややこしくなった。確かに大統領制は確かに強力なリーダーシップを生み出すが、その一方で少数派の意見は無視されがちになるというデメリットもある。

フィリピン人の目からはイギリス式議会制はゴタゴタ議論ばかりしているように見えても、より多くの意見をくみ上げるというメリットだってあるよ・・と説明したのだが、これは何事もアメリカ式のシステムが最も進んでいる固定観念を持っていフィリピン人にいくら説明しても徒労に終わることが多い(正確にはアメリカ式とフィリピン式大統領選挙システムは少し違うが、話の都合上ここでは同じアメリカ式と呼ぶことにする)





しかし話がアメリカ式かイギリス式か?という政治システムだけに留まっていれば筆者も黙ってウンウンと聞いているだけだったが、従兄弟たちの会話がアメリカ式であればあるほど社会は発展するのだ!と言い出したあたりから(義弟が翻訳してくれた)、何かと反米色が強い筆者も彼らに論戦を挑むことにした。

だったらイギリス式のマレーシアやタイの方がアメリカ式のフィリピンやインドネシアよりもなぜ発展しているのだ?と言ったのである。特にタイには政治に介入する国王と軍と言う反民主的な存在がいるし、何よりフィリピンの州に当たる県の知事は選挙ではなくて内務省の役人からの任命(官選)という大きな違いがある。

しかしタイとフィリピンの田舎町を比べれば遥かにタイの方が豊かだし便利に出来ているのだ。アメリカ式に地方自治体のトップを選挙で選ぶ方が進歩的だと従兄弟らは思っているが、バンコクから派遣されたなあなあのお役人の方がよっぽど立派な公立学校や道路、下水道システムを作っているではないか。

フィリピンの社会資本や公共サービスと言ったら中国の地方都市の方がよっぽどマシだと思えるくらい不効率かつどうしようも無い代物で、一人当たりのGDPが半分のインドと大して変わらない状況なのだ。それで納税者や有権者が本来得るべき配当を受けられないフィリピンの政治システムはむしろ問題があるのではないか?と聞いたのである。





するとここで登場したのはそれまで黙って話を聞いていた義父とエド叔父さんである。おそらくこういうことを言うな・・とは最初から分かっていたのだが、案の定「それはフィリピンは不正が多いからだよ・・」とキメのセリフを言ったのだが、政治システムの優秀さと不正の蔓延は本質的に矛盾するものだと何で気が付かないのかね・・と筆者はウンザリしてきた。

他の国ではデモクラシーこそが不正社会を払拭する特効薬であると見なされているのに、デモクラシーの中でも最も国民の意見を取り入れやすいアメリカ式システムを採用しているフィリピンがアジアでも屈指の不正大国であるのは話がアベコベだろうが・・。だいいちこれじゃ一体なんのための選挙をやっているのか分からないではないか。

しかしここら辺になるとテーブルはシラーッとした空気に満ちてしまい、義父の目には「お前ら日本人は何にも分かってない」という感情がありありと読み取れたが、「フィリピンでは国民の多数派が不正社会を望んでいるため、世界一効率的な民意反映システムを使って不正大国を維持しています」という解でもない限りは筆者には理解など出来ない。

ハッキリ言おう。不正にまみれた政治家たちが溢れていて、更にその政治家は悪だと分かっていても投票してしまう国民が多数を占めているのなら、そのシステム自体に重大な欠陥があるか、もしくはそのシステムを適用することに根本的な間違いがあるんでしょ?そう考えた方が合理的じゃないかね?






にほんブログ村 海外生活ブログ フィリピン情報へ
にほんブログ村

行方不明者多発国フィリピン

現在男と出奔中の従姉妹メイの捜索願を届けた方がいいんじゃないか?という話をしたところ、従姉妹アニーやフィリンは「メイが男に狂ってどこかへ消えちゃうのは日常茶飯事だから放っておけばいいのよ!」と至極冷たい反応しか来ないのに呆れかえってしまった。

確かにメイが男と出奔するのはこれで4回目で、今までは数か月後にひょっこり顔を出すという終わり方をしてきたけれど、今回は会社を辞めただけでなく友人知人との関係も完全に切れてしまったし、なにより麻薬に手を出しているので事態は深刻そうである。しかし親戚全員はメイの事を心配するどころか「まったくしようがないわね」くらいしか感じていないのだ。

幾ら何でも当事者意識が無さすぎる・・と呆れたが、筆者の横で静かにウィスキーを飲んでいた従兄弟ラフィーが「フィリピンじゃ行方不明者が溢れているから、警察に届け出ても何にもならないよ・・」と言って携帯電話を差し出した。液晶パネルにはフィリピンでは15分に1人のペースで人が消えていると書いてあった。

年間に直すと3万5千人・・・ちょっと驚きの数字である。後で調べたら日本は年間8万件の捜索願が出されているらしいが、これはボケ老人が散歩に出たまま夕方まで帰ってこないとか、塾に行った子供がそのまま友人の家に遊びに行ってしまい母親が慌てて通報すると言った心配し過ぎなケースが大部分で、実際1週間以上行方知れずなのはそのうちの30%、つまり年間2万4千件らしい。

一方フィリピンの3万5千件は本当にどっかに言ってしまった深刻なケースばかりだから人口比で言えば日本の50%増しである。さらにメイのように家族が「いずれ帰ってくるだろ」と悠長に構えていて全然届け出ないケースも多そうだから、実際の行方不明者は最低でも日本の倍、下手すると10倍くらい発生しているのではないだろうか。

それにこの新聞記事にはアラブやヨーロッパへの人身売買とか、強制売春、臓器摘出など行方不明者の悲惨な末路がここぞとばかりに書いてあるのが気になる。これ本当にヤバいんじゃないの・・と筆者は背筋が寒くなったが、女房が「だけど実の親も兄妹も全然届ける気が無いんだからアンタが心配してもしょうがないでしょ!」と喚くので筆者は黙らされてしまった。

やがて従兄弟たちは「まあメイはそのうち出て来るよ」と言ってこの話題はお終いとなり、グレース・ポーの選挙失格はケシカラン!などとごくごく一般的な床屋政談へと変わっていった。しかし・・、いくらお国柄の違いと言えど随分とちょっと鷹揚すぎないだろうか。いいのかね、こんなんで・・。






にほんブログ村 海外生活ブログ フィリピン情報へ
にほんブログ村

重苦しいクリスマスイヴ

女房の母方の一家は大変仲が良く、毎年クリスマスは一族全員が集まってお祝いするのが常であったが、今年はパーティーが3つに分裂してしまった。理由は故ボウイ叔父の次女ボーヤがドバイ出稼ぎ中に不義の子を身籠って(これで3度目)恥ずかしくって顔を出せない・・、ついては妹のフィリン一家も今年は・・という生臭い理由とエド叔父さん一家の内部分裂だ。

エド叔父さんは普段はパンパンガ州サンタアナの生まれ故郷に一人で住んでいて、別れた奥さんと長男ジェン、長女メイはマニラのパッシグ在住、次男ジャネルはサウジアラビアに出稼ぎ中と一家はバラバラになっているが、それでも昨年までは子供たちや孫とはそれなりに良好な関係を築いていたのだ。

ところが今年の初めに次女メイが新しい男に狂ってしまい娘二キ(エド叔父さんにとっては孫)を置いて出奔、さらには麻薬に手を出していることが判明して一家全員が粉叫する騒ぎになったが、すでに身も心も男とクスリに捕らわれたメイは家族を完全に捨てて何処かへ消えてしまったのだ。

それから数か月後にタイで買ってきたお土産を食う会を我が家でやっている時に、エド叔父さんと長男ジェンは一体メイをどうすべきか・・について鳩首会談をしていたのだが、何かの拍子でエド叔父さんが「別れた女房がメイをちゃんと育てなかったからだ」とか言い出したところ、ジェンは「それは違う!」と反論した辺りから話がややこしくなってしまった。

ちなみにこのジェンは女房も子供もいるし、一度勤めたコールセンターが社長の背任で潰れてしまうなど人生それなりに甘いも辛いも嚙み分けた30代のオヤジだが、どうも日本人の感覚では理解できないのだけれどもフィリピン人にとって母親の存在というのは絶対らしく、母親を冒涜することは例え実の父親でも(?)許せないらしい。





一方エド叔父さんも「何を言う!お前たち3人を育てるためにオレはサウジアラビアの灼熱地獄で8年も・・!」と思いのたけをぶつけ始めてしまい、筆者や女房に義妹などその他大勢が唖然としているのも構わずに二人の罵りあいに発展し、やがて「もういい!」とばかりにジェンは出て行ってしまったのだ。

その後も何度か一族の宴会があったが、ジェンは「オヤジが行くなら俺は行かない!」と言い張るし、エド叔父さんも「ジェンの奴は来るのか?」と最初に聞いてくるようになったため、親戚一同はニアミス防止に気を配らざるをえず、出来ればエド叔父さんの一家は呼ばないようにしよう・・という暗黙の了解が出来上がってしまったのだ。

しかし冠婚葬祭とクリスマスだけは特定個人を外すわけは行かないので、エスター叔母の名前で一応両名にご招待の電話をかけたところ、ジェンは「今年は俺たち一家だけで過ごす」と分離独立を宣言してしまったのだ。それで今年のクリスマスパーティーは昨年の半分ほどの人数になってしまったのである。

筆者と義父、義弟らオヤジ軍団とウィスキーを飲み何やら意味不明な事をブツブツ話すエド叔父さん。さっきから見ているが携帯電話には誰からもお祝いの電話はかかってこない。本人はハッピーさを装えば装うほど周囲は漂う哀愁に気分が重くなってしまい、なんだか会話も滞り気味だし空気も重苦しい・・。

本人は強気を装っているが時々見せるさみしそうな表情から心の動揺は明らかである。あのぉ~、この家から500メートル先にジェンは居るんだし、女房のジュミは臨月でもうすぐあんたの3人目の孫が生まれるんだからさ・・、素直に謝ったらどう?






にほんブログ村 海外生活ブログ フィリピン情報へ
にほんブログ村

マラテ霊道マップ

昨日の日記で筆者が昔住んでいた家が霊道の上にあったためトンデモナイ目に遭ったという日記を書いたが、だったら今現在住んでいるパッシグの家はどうなんだろう・・と不安になったので地図を使ってあれこれ線を引いてみたところ、幸運なことに霊道にはかすりもしなかったので一安心した。

フィリピンはキリスト教国で日本とは宗教が違うのだが、霊能力者のブログによると教会でも霊道になるのだという。というのは教会も仏教同様に死んだらまず最初に魂が向かう場所である上に墓場まで併設されているのだから、霊にしてみれば機能的には全く同じ存在だからだそうである。

一方死を遠ざける宗教施設、例えば神社はいくら線で結んでも現れるのは霊道とは全く逆のイヤシロチという神聖な場所になるらしい。なのでもしも新しく土地を買うなら先日の日記で示した方法を使ってイヤシロチを見つけ出し、例え坪当たり10万円高くとも無理して購入されることをお勧めする。

さてマニラのもっとメジャーな場所の霊道はどうなっているのか気になったので、いくつかの地図を切り貼りして線を引いたりしていたのだが、その中の1か所、日本人在住者の方のブログによく登場するマラテ界隈の霊道状況マップを作製したので今日の日記がてらご紹介したいと思う。

この辺りにはマラテ教会などの有名どころから聞いたことも無い小さな教会が結構あって、これらの教会を結ぶと膨大な量の線になってしまったが、そのなかで霊道になる北東南西方向の線が何重にも重なる霊道密集地帯、つまりかなりヤバい線が5本あるのを見つけた。なので今回その力強い霊道5本をご紹介したい。

どうでしょうか?筆者は20年ほど前はここら辺に沈没していたが、3年前に移住した後はほとんど行ったことが無いため土地勘が無いのだけれど、かなり多くの有名なホテルやレストラン、バーがこの5本の霊道上にあるように思える。さてこの近辺にお詳しい方は何か思い当たるような不吉な出来事はありますか?。






にほんブログ村 海外生活ブログ フィリピン情報へ
にほんブログ村

霊道の通る部屋

小池真理子の一連の作品の中に「墓地を見下ろす家」という怪奇小説の傑作がある。ごくごく平凡な家族が東京近郊のマンションに越してきたが、実はここは古い墓地を整理した場所に建てられていて、さまざまな怪奇現象に襲われた挙句に一家全員が憑り殺されてしまうという鬼気迫るストーリーである。

実は筆者も4年前香港にいる時に墓地を見おろすアパートに住んだことがあって、ここに移ってから今までの好調さが一気に暗転する人生最悪の1年間になってしまったのだが、あの墓地を見下ろすアパートは付近に何十棟とあって、それに近辺は高級住宅街だから不幸な人間など少ないはずなのに、なぜ筆者の建物にいる人たちだけが変な目に遭わされたのか・・とずっと不思議に思っていたのだ。

しかし一昨日あるアマチュア怪談師の話を聞いていて「コレだ!」というのが見つかった。墓の傍にある建物が全て祟られてしまう訳ではなく、むしろ墓場から何百メートルも離れていて、さらに部屋が墓場に直接面していないような家でも霊道上(霊の通り道)にある場所には霊が溜まり込んでしまい、こいつらが生身の人間をあの世に引くと言うのだ。





さらにこの怪談師は全くの素人でも詳細な地図と何色かのペン、それと物差しがあれば霊道を簡単に見つけられると言ったのである。まず地図を広げたら寺には○、墓には▲、神社には□、あとは等高線で高い所と低いところの最低5か所に◎とかXとか何らかのマークを付けて、○と○を青色ペン、▲と▲は赤色ペンと記号ごとに別々の色の線で結ぶのだそうだ。

この後は風水や宗教の流派によっていくつもの霊道の見つけ方があるが、一番単純なのは墓場と墓場、寺と寺を線で結ぶと各色ごとにいくつか交差点が表れるが、この交差点と交差点の間が霊道なのだそうだ。ただちょっと筆者の稚拙な文章力では伝わりにくいと思うので下の図を参照してほしい。

さてここで一つ注意点があって霊は鬼門(北東)と裏鬼門(南西)の方向しか行き来しないという特性を持っていることである。例えば地図上で寺と寺を結ぶ線がちょうど正方形を描くように4か所で交差していたとすると、この4点を結ぶ線は合計6本出来るので「霊道が6本ある!」と思うだろうが、霊には上述のような北東と南西間しか動かないという上位上の制約があるため、本当の霊道は右上と左下を結ぶ1本の線だけなのである。





この他にも寺の線と同じ要領で等高線上の高い所を結ぶとイヤシロチという神聖な場所が見つかるとか、一方低い所を結ぶとケガレチという何をやっても失敗する場所になるとかあって、たいがいの場合こういう場所には昔から神社とか祠、それに病院が立っているらしい。どうも先人たちは彼らなりの科学を持って忌まわしい場所を見つけていたようである

それで香港の地図を使って香港島ワンチャイ区の墓場と中国寺院、それと古い教会にそれぞれ10か所くらい印をつけ、寺院なら寺院、教会なら教会と線で結んで交差点をマークしていったところ、これがなんと筆者の住んでいたアパート近辺の南西方向と北東方向が交差点で埋まってしまった。一本どころか何本も霊道が通っていがったのだ。なるほどだから周りが病院だらけだったのか・・。

ちなみに霊道上の家に越してきても直ぐに憑依される訳ではなく、ジワリジワリと居住者を蝕み続けてだいたい2~3年で破滅させられるらしい。それから霊道上も高さによって強弱があって、だいたい地上から7~8階あたりが最も多くの霊が通るそうである。と言うわけでみなさん、地図を開いてお絵かきしてみませんか?そしてもしも衝撃的な事実が見つかったら、あなたは背後から何かの気配を感じるかもしれないよ。






にほんブログ村 海外生活ブログ フィリピン情報へ
にほんブログ村

助平ジジイが法外なチップをねだられた理由

最近開拓したちょっとHなサービスをしてくれるマッサージ屋に赴いたところ、なんと店の入り口で5軒隣のご隠居さんと鉢合わせてしまった。このご隠居は歳の頃は60を過ぎた辺りだが、ツルンとした頭の禿げ具合やフフフと笑う仕草からコイツは好きだな!とは思ってはいたが、やっぱりオレの推測は当たっていたのだ!と思わず納得してしまった。

さて筆者が目の前から歩いてくるのをご隠居も気付いたが、そこは長年マニラの夜で爛れた夜を過ごしてきただけあって(筆者の想像)、筆者を見つけても照れくさそうな顔をしたりモノ怖じしたりもせず、堂々とした態度で筆者に挨拶すると、左手の親指を後方(つまり店の方向)に向けて「チップに気を付けろよ!」と大声で言った。

この店はごくごく普通のマッサージ店を装っていて、確かに入口近くの大部屋では近所のオバちゃんや十代の娘がペディキュアとか海藻パックを顔に塗りたくられているのだが、このご隠居のようなやらしそうな御仁が入店するとちょっと化粧の濃い妙齢の女が表れて奥の部屋のそのまた奥に案内されるのである。





クリスマス前だからチップをはずんでよ・・と要求されたのは分かっていたが、一応礼儀上「チップって?一体どうしたんですか?」と聞いてみたところ、このご隠居は「まさにそのタイミングでチップの上乗せを要求されたんだよ」と言って憤慨しているのだ。なるほどヘビの生殺しの目に遭わされたらしい。

それでいくら上乗せされたんですか?と聞いたら「トゥーファイブだ!」と言う。これはフィリピン特有の略語でつまり2500ペソと言う意味なのだが、その金額を聞いて筆者はエッ!と驚いてしまった。ここはおさわりと手抜き電門店で(そこ止まりという表現が正確であろう)、店に払う2時間の按摩代500ペソの他に按摩嬢に500ペソだけチップを払って満足させてもらうシステムなのだ。

都心部ならともかくパッシグの外れにしちゃえらく吹っかけられたもんである。香港でも旧正月の時期は店の女にライシーというお年玉をねだられるのが常だが、それでもせいぜいいつもの料金の倍くらい払うだけで済んだのだ。こりゃ参ったな、ご隠居と一緒に家に帰ろうか・・と思ったが、このご隠居は筆者に怒りをぶちまけて一息ついたのかスタスタと歩いて行ってしまった。





しかし女房が不在なのは今日だけなので、このチャンスを逃したくはない・・、それにチップを請求されたらこっちも付加サービスのアップグレードをすかさず要求すればよい!と頭の中でシナリオを描いていざ店に飛び込んだが、実際にサービスが始まって(いつもの通500ペソのチップは先に払っている)ヘビが活気づいてきた頃になって案の定マッサージ嬢が耳元に口を寄せてクリスマスがどうのこうの・・と呟き始めた。

さあ来たぞ!追加チップのおねだりだ!向こうが金額を言ったらこっちのセリフは・・とワクワクしていたら、なんと女性が言ったのはファイブ・・・ハンドレッド・・。エッ?500だけ?。そこで筆者が按摩嬢の股に手を突っ込んでまさぐりながらあるサービス名称を言ったら、ウーン・・と考える様子を見せてワンタウザンッ! オーケー?とだけ言った。

店を出てから腰も軽やかに自宅へと向かう筆者。しかし帰り道で頭に浮かんだのはあのご隠居は一体なんだって2500ペソなんて額をおねだりされたんだろうという疑問である。いつも1000くらいチップをはずんでいるのか、それともやはり・・、あの禿げ頭の光り具合と体全体からにじみ出るいやらしいオーラから想像するにかなり特殊な趣味をお持ちと見た。






にほんブログ村 海外生活ブログ フィリピン情報へ
にほんブログ村

ピア嬢を選んだ審査員の慧眼に脱帽

ミス・ユニバース大会でフィリピン代表のピア・アロンゾ・ウォルツバック嬢(26)が選ばれたということでフィリピン中で歓喜の声が上がっている。昨今のミス・ワールドやミス・インターナショナルなどの国際的なミス大会でフィリピンは王冠を獲得してきたが、ミス大会の中でも最高峰のミス・ユニバースでは1973年以来42年間も無冠だったからか嬉しさ千万らしい。

さてピア嬢がちょっとした茶番劇の後に優勝した瞬間、筆者の頭に浮かんだのは「やはりフィリピン国内大会の審査員たちは慧眼だったな・・」という思いだった。実は筆者は今から9か月前に行われた国内予選大会でピア嬢が優勝し、自動的にミス・ユニバース世界大会に参戦決定!と聞いた時には「なんでよりによってこんな爬虫類みたいな顔の女を選んだんだろう?」と首をかしげていたのだ。



国内予選大会ベスト5の顔ぶれ


筆者は生中継ではなくて国内予選の翌日に動画サイトで美女たちを眺めただけだが、この国内予選で準優勝のジャニセル・ルビーナ嬢と3位のクリスティ・マクゲリー嬢の方がよっぽど美人に見えたのだ。それにミス関係のウエブサイトには「下馬評ではジャニセル嬢の方が圧倒的に強かったのに、なんでピア嬢が選ばれたのか納得できない」という書き込みが随分とあったのを見て自分の審美眼の正しさを確信した。

この大会で入賞した5人はミス・ユニバースやミス・インターナショナルなど世界大会に自動進出するので(ミス・ワールドとミス・アースは別枠)フェイスブック上にあるこの5人のファンページに登録したところ、これが毎日のようにジャニセルとクリスティンの見事な肢体やビキニ姿などがアップされるので筆者はたいへん堪能していたが、2~3か月前から筆者の審美眼が間違っているかも・・と思い始めた。



ジャニセル・ルビーナ嬢


ピアが美人になっていくのである。いや美しいだけでなく高貴な顔というか気品あふれる顔へとだんだん変貌していったのだ。一方のジャニセル嬢とクリスティン嬢は相変わらずの美しさだが、ピア嬢が輝きを増していくのとは対照的で、特にジャニセル嬢がミス・インターナショナル世界大会で東京に向かった後にアップされた何枚もの写真は決定的だった。

中南米や他の東南アジア代表のミス達と並ぶとジャニセル嬢は明らかに花が無いのだ。しかしもともと地が好いから結局ジャニス嬢は世界大会でもベスト10に残ったし、ベスト・ドレッサー賞も獲得したのだが、正直言って期待値から比べると残念賞と言うべきである。一方クリスティ嬢はミス・インターコンチネンタル世界大会では惜しくもロシア代表に敗れたものの堂々準優勝の栄誉に輝いている。



クリスティ・マクゲリー嬢


それに対してピア嬢は最高峰のミス・ユニバースで優勝とはまさに大大大・・大金星となったが、今年3月の国内予選大会を見ていた方ならよくご存じの通り9か月前に筆者のような凡人が審査員だったら間違いなくジャニセル嬢が代表に選ばれ、昨年に比べると今年もミス・ユニバースはエラくしょぼかったな・・で終わっていたに違いない。

数多くの石ころの中からダイヤモンドの原石を発見し、それを短期間で気品溢れる煌びやかな美女へと磨いていく「マイフェアレディー」のようなフィリピンのミス教育には脱帽するが、しかし何といっても筆者のような凡人の意見に屈せず爬虫類顔のピア嬢をミス・ユニバースのフィリピン代表に選んだ審査員たちの慧眼を褒めたたえたい。



ピア・アロンゾ・ウォルツバック嬢



にほんブログ村 海外生活ブログ フィリピン情報へ
にほんブログ村

迷宮にはまり込んだ手品師たち

先日2回ほどキリスト教関係の日記を書いたが、その時に何気にみた韓国の宗教関係者のウエブサイトにいくつか興味深い事柄を見つけたので本日の日記にしたいと思う。なお筆者はここ20年間の韓国のニュースなどろくに見てこなかったので、内容的に何をいまさら・・と思われる事を先にお詫びしておきます。

韓国キリスト教徒率が北アジア諸国の中でとびぬけて高い事は良く知られているが、これは皆さんよくご存じのとおり1961年の朴正煕クーデターから始まる軍事政権への反対派がキリスト教へと流れこんだからである。反政府主義者が投獄された当時の韓国ではキリスト教会が信者としての庇護を与えることで彼らは活動を続けることが出来たのである。

それで韓国のキリスト教徒人口比率の推移をみてみたところ、なるほど確かにグイーンと大きく伸長しているのは1960年代から80年代と正に朴正煕少将によるクーデターから始まる軍事政権の時期であり、一方キリスト教人口が30%前後で急に頭打ちとなったのは盧泰愚の民主化宣言から金泳三政権樹立あたりの時期とピタリと重なる。

なるほど、もう隠れ蓑は要らなくなったってことか・・と筆者は時間軸の見事な一致に納得したが、ふとグラフの右の方を(つまり90年代以降)を見てみると、キリスト教全体は30%前後で横ばいだがこれまで少数派だったカトリックが勢いつき、多数派のプロテスタントが減少という世界の趨勢とは逆行した現象が起こっていることに気が付いた。





バチカンは世界の人口増加率1%より若干上回るペースでカトリック信者数が伸びている!などと公表しているが、これは単純にラテン系の女がポコポコ子供を産んでいるからで、人口増加を差し引いた信者数で見れば過去20~30年間で急増しているのはプロテスタント、エバンジェリカルと呼ばれる原理主義的なプロテスタントなのだ。

エバンジェリカルと言えば最近アメリカのご本家を乗っ取ったペンテコステ派系のヨイド福音教会など韓国では主流派だ。しかしこれがジジババにうんと分厚い層があって最近死に始めたからだとか、若い世代が入ってくれなくてね・・といった減少理由が特定世代に絞われるのならまだ分かるが、民主化闘争を戦った現在40歳代を除く全ての世代で改宗やら宗派替えが起こっているのだという。

その原因についてはプロテスタント教会に付きまとう左翼イメージとか、これ本当にキリスト教なの?と疑いたくなるようなデタラメな教会に嫌気がさし、だったら本家本流のカトリックに行こうじゃないか!などいくつか理由が諸々あるらしいのだが、やはり最大の原因は1997年の通貨危機と続くIMF管理下での失業率の増加なのだそうだ。

人道的見地に溢れたグローバリズムの象徴プロテスタントを信仰したら、10年後にプロテスタントのもう一つの顔である自由主義経済の申し子ウォール街に国ごと潰されてしまった・・。この16世紀のカトリックと続く植民地化と同じような経験が、プロテスタントは信用できないという思いを植え付けられてしまったらしい。





そしてここから先が重要なのだが、このままじゃ教団が先細りになってしまう事を恐れたプロテスタント教会は韓国国内での布教にある程度見切りをつけ、東南アジアや中国からアラブ諸国などの海外での信者獲得の道を模索しはじめたが、その中で最も信者獲得の可能性があると位置付けられているのは日本だというのである。

明治維新後にいくら宣教師が来てもキリスト教徒が増えなかった日本で一体韓国人に何が出来るの?と思うだろうが、彼らには過去自分たちが経験した勝ちパターン、つまり日本の左派系の労働団体や学生グループ、そして人権派との共闘、もっと言うと乗っ取りを図っているというのだ。なお日本のプロテスタントは既に背乗りが完了したらしい。

この件については以前「反日団体の正体」「不気味な赤い十字架」と「奇形化する日本のプロテスタント」という3つの日記を書いたので詳細は是非ともそちらを読んでたいただきたいが、なるほど韓国プロテスタントがからんできた理由がやっとわかった・・、それに善意ある人間に付け込んで乗っ取っていくやり口や欺瞞工作の巧みさはまさに左翼そのものだわい・・と今更ながら納得してしまった。

だけど韓国人に聞きたいのは、アメリカ式グローバリズムを信じたら国ごと破産したのを体験してるんだから、むしろ韓国が繁栄していった時期の思想に宗旨替えしようとは思わないのかね?。それは誰って、そりゃアンタらが戦った朴正煕の思想ですよ。反日思想で目がくらむんじゃなくて、朴正煕が一体なんの思想をベースに韓国維新を断行したのかよーく目を開けて見てごらん。






にほんブログ村 海外生活ブログ フィリピン情報へ
にほんブログ村

奇妙な昏睡強盗犯

先日パッシグの路上で危ない目に遭いそうになったという日記を書いたが、ここ数日で身近な人間が現実に3回も事件に巻き込まれてしまった。まず木曜日にLRTに乗っていた大学生の姪が携帯電話をスラれてしまい、昨夜は義弟のバカ息子AJが大雨にもかかわらず物見雄山でクバオに来たらたちまち二人組にホールドアップされ、手持ちの小銭と買ってもらったばかりの携帯を盗られたのだ。

そして最後は従兄妹ミレットが遭った窃盗未遂であるが、これは未だに良く理解できない点が多いので他の2つのケースではなくて今日の日記ではこの件を書きたい。一昨日ミレットはATMで現金を下ろした後、同じショッピングモール内にあるジョリビーで早めの昼食を摂っていたら50過ぎのオバサンが表れて真横に座り込んだのだというのだ。

4人掛けのテーブル席は他に幾つも空いているのに何でここに来たのかしら・・?それにこのオバサン何も頼まずにペットボトルの水だけ飲んでいるのも変だ・・と警戒モードに入ったミレットはオバサンの一挙手一投足を注意深く窺っていたところ、案の定このオバさんはミレットのコーラのコップにピッタリ寄り添うようにバッグを置き始めた。

このコップにクスリを入れて昏睡させ手持ちのバッグを奪う気ね!、それとも大丈夫ですか!私が介抱しますよ!と家まで送り届けて、眠り込んだミレットの横でそのまま家財一式を盗むに違いない!。ミレットはそう確信したのだが、このオバサンさんは突然ブツブツブツブツと呪文のようなことを呟き始め、やがてエッと思うようなことが起こった。





ミレットは急に眩暈のような症状を起こした後で眠くなってきたというのだ。しかし何とか気を取り直して床の掃除をしていた店員に大声で助けを求めると、このオバさんはサッとその場を立ち去ったというのである。そしてオバサンが消えると直ぐに正気に戻ったし幸運なことに何かを盗られることも無かった。

しかし奇妙なのは一体ミレットが何が原因で眩暈を起こしたかだ。ミレットは「アタシは危険を察知したからオバさんがきた後は飲み物も食べ物も口にしていない」と断言しているのである。じゃあどこでクスリを入れられたんだ?、まさかジョリビーの店員がオバさんとグルになっていて、注文カウンターの段階でクスリが入っていたなんて事は無いだろう・・。

可能性があるとすれば睡眠ガスを散布された事だが、これだと叔母さんも同時に眠ってしまうので意味が無い。もしくはブツブツ呪文を唱えているのはガス散布中に息を吸っていない事を悟られないためのカモフラージュだったのかな?と言うと、あのオバさんにしては高等戦術だけど、それならありうるわね・・とミレットは肯いた。

しかしオカルト好きの筆者は、やはりあの呪文に催眠効果があったのではないだろうか・・と思いたい。フィリピンはキリスト教国であると同時にカリブ海諸国のように呪術が蔓延した不思議ランドだからだ。なのでもしもアナタがどこかコクリコクリとまどろんで人の横でブツブツを呪文を唱えている怪しげな人物を見つけたら、ケータイを取り出して動画を録りユーチューブへアップしていただきたい。






にほんブログ村 海外生活ブログ フィリピン情報へ
にほんブログ村

なんか報われないねえ・・

筆者がパッシグに引っ越してから疎遠になってしまったのが元々このアパートの持ち主だった従兄弟ジェン一家である。半年前に勤め先のコールセンターが社長の持ち逃げで倒産してしまい、一文無しどころか借金だけが残ったジェンは住んでいたアパートを筆者に売って、それを元手に女房ジュミの実家で大衆食堂を始めたのだ。

何事も立ち上げ時期は忙しいものだし、おまけにジェンの女房ジュミは身重の身で接客を仕切らなければならないのである。仕事時間以外は家でぐったりしているから筆者の方から声をかけるようなことは控えていたのだが、台風の日にジェンが娘のオレンジ(4歳)と一緒に我が家にひょいと現れた。

おお!店の方はいいのか?と聞いたら、こんな大雨じゃ商売にならないからいいんだよ・・と言うジェン。それでお互い顔を見合わせて以心伝心し、早速ジョニーウォーカーのボトルを取り出して酒の準備を始めることにした。女房もしょうがないわね・・と言った表情で冷蔵庫を開けてツマミの準備に取り掛かる。





ところが・・・、オレンジの様子が変なことに気が付いた。いつものように父親にじゃれ付いたりせずに黙って家の中を見て歩いているのだ。まるで美術館の中の展示品を見て歩いているかのような仕草で、そうか・・ここはオレンジが生まれ育った家だもんな・・と思わず不憫に思えてしまった。

5年前に結婚したジェンとジュミ夫妻はローンを組んでこのアパートを買ったのだが、手持ちのキャッシュがほとんどなかったために銀行ではなく不動産会社から年利18%という高利を組んだのが失敗の始まりだった。この時の契約条件は延滞が2回続けば即差し押さえに遭うという厳しい条件だったのである。

そしてフィリピンじゃ良くある通り女房ジュミの姉が諸問題を起こし続けて持ち金の大半を失ってしまい、一昨年の半ばにはついにローンが張らなくなって差し押さえ寸前に追い詰められてしまったのだが、オレンジのためにも家を失いたくない!と泣きつかれた筆者が当座必要な金を用立てたことでジェン夫妻は難局を乗り越えたのだ。





フィリピンに来てから1年もしないうちに親戚にむしられたか・・・と筆者は呆れてしまったが、ジェンとジュミ夫妻は筆者ら夫妻に対しては大変親切であり、用立てたのも100万円ちょっとと大した金額ではなかったから、まあ返済できなかったら一生恩に着せて運転手がわりに使ってやるか・・と思うことにしたのだ。

ところがそれから2年たった今年の初夏に、ジェンの勤務先が倒産して再び一文無しになってしまい、今度はアパートを買ってくれ!と頼みにきたのである。おいおい・・娘のオレンジのために家だけは失いたくないんじゃなかったのか?と聞くと、女房のジュミが実家を相続したので他に住むところが出来たのだ・・と言うのだ。

人間なんていい加減なもんだな・・と呆れた筆者は結局ジェンのアパートを市価の2割引きで買い叩き、さらにそこから前回の借金の未回収分を差し引いた金額をジェンに渡したのだが(債権は全額回収した)、それから半年余りは親戚の会合で顔を合わせて酒を呑むくらいの付き合いになっていたのである。





木製の大ぶりなタンスをじっと見るオレンジ・・。そう、この小娘はタンスの中に隠れたりして遊んでいたからおそらく懐かしいのに違いない。それで扉を開けて英語(オレンジは英語が出来る)で「中に入ってみたらどうだ?」と話しかけたら、筆者の方を振り向いたオレンジの目つきが何というか憎しみに満ちていたのである。

エッ?と狼狽する筆者。いつもならニコニコ笑って何か返事をするのに、この時のオレンジは明らかに強い拒絶感を示していた。そしてオレンジと筆者との異様な雰囲気を察したジェンはちょっと狼狽えたそぶりを見せた後で何やら店の用事を忘れたのだと言って急に帰ってしまったのである。その時なぜオレンジがああいった反応を示したのかが分かった。

なぜアタシはこの家を出ていかなければならないの?と泣きながら懇願するオレンジに対して、自分たち夫婦が不甲斐ないからだ・・とは言えなかったジェンとジュミ夫妻は筆者が原因であるような説明をしたのだろう。まあ市価より2割買い叩いたとは言え苦境を救ったのも事実。善意が報われないとはこのことである。






にほんブログ村 海外生活ブログ フィリピン情報へ
にほんブログ村

日本にキリスト教が根付かなかった理由

そもそも16世紀の日本人たちはキリスト教の教義を十分理解し納得していたのか?というとこれが結構怪しいのである。250年もの迫害に耐えた隠れキリシタンが表に出て来たら、彼らの教義はキリストではなく聖母マリア信仰になっていて、仏教や神道と融合していたし、神や天国の世界よりも現世利益、そして祖先崇拝と本来のキリスト教と全然違う宗教になっていたからだ。

もちろん禁教時代は外国人宣教師とは接触できないし、聖書の代わりにすべて口伝で布教したから教義がだんだんずれていくのは仕方の無い事である。しかし本来キリスト教が持っている犠牲とか父性の厳しさの部分はすっぽりと消えて、如何にも日本人が好みそうなエッセンスだけが残ったというのは実に興味深い。

特に現世利益と祖先信仰は日本人に限らず北アジア人全ての根本理念のようなもので、キリスト教宣教師が「神を信じないものは天国に行けません」などと発言しようものなら「キサマは毎日念仏を唱えていたオレの婆ちゃんが地獄に堕ちると抜かすのかああ!!」と怒りだしてしまうのに大変苦労した・・という書簡が残っているほどだ。

だからこの時代の日本人たちはキリスト教の教理に深く感銘したのではなく、もっと即物的な理由で改宗したとしか思えないのだ。そして当時のキリシタンを見ると高山右近とか細川ガラシャなんて高貴なご身分な方の名前が随分と出て来るが、書物に目を凝らせば彼らと別種の階層にいる人たちのチラチラと登場する。





それは日本に黒人と同じ存在がいる!とポルトガル人たちを驚かせた被差別部落民やハンセン病患者、そして為政者に踏みにじられても何も出来ない最下等の貧困層である。当時の宣教師は社会的に脆い人たちの救済に大変熱心であり、彼らを収容するための施設を作るだけでなく、時の為政者に対して手を打つようにとかなり積極的に圧力をかけているのだ。

部落に生まれたのもハンセン病になったのも貧乏なのも前世が悪いからだ!という一言だけで片付けてしまう寺の坊主と、もともと民政という観念が無い処へ勢力争いに明け暮れる当時の為政者、そして戦国時代に醸成された虚無感。こういった土壌が行き場の無い怒りを持った脆い人々をキリスト教に向かわせていったのではないだろうか。

ところがバテレン追放令から250年後に事情が一変してしまったのは、当時の社会階層で最も下に位置付けられる人々が脆くなかったからではないか。そしてそれは明治維新と言うよりもそれより前の長い期間にわたって醸成された物質的な豊かさや精神的なゆとりと公平な社会制度が出来上がっていて、聖職者がお題目を唱えても「何をいまさら・・」としか感じなかったように思えるのだ。

おそらく江戸時代と言うのは当時の外国と比べても下層民はそれなりに豊かであり、理不尽な暴力や貧困、経済混乱などを撲滅しようという社会正義がちゃんと機能した時代だったのではないだろうか。武士は食わねど高楊枝の言葉通りに彼らは清廉であると同時に責任と義務だけ押し付けられた大変気の毒な人達であり、つまり江戸時代と言うのは身分制を別にすればプロテスタントの牧師が統治しているのと大して変わらない国家であったと考えてもよいかもしれない。





しかし16世紀と同じ布教のための絶好のチャンスは1945年の日本の敗戦時に一度だけ起こるのだが、この時期にキリスト教徒が増えなかった理由は他ならぬキリスト教徒国によって日本国民は家を焼け出されたからであり、そしてキリスト教よりももう一歩踏み込んだマルクス主義が脆い人々に現世利益と精神的な充足感を与えたからだと思う。

さて日本以外の北アジア地域でキリスト教徒が急増した局面は、1)19世紀終わりから第二次大戦までの国民党政権下の中国、2)1960年代後半から90年代までの韓国、3)1980年代以降の中国、と3回あるのだが、すべてに共通するのは国内で貧困層が急増しているが政権は何の手も打たない事へのフラストレーションが蔓延している時期である。

そして2)と3)は本来なら溜まったフラストレーションは社会変革運動に向かうはずが、国内で左翼活動が禁止されているか、もしくはもともと労働組合が国を管理しているはずなのに政策では独占資本もビックリの奴隷労働を推奨しているなどの異常事態にあるため、代わりにキリスト教に向かったと考えた方が自然であろう。

さて同じことを何度も言うが、日本の為政者にはこういった脆い人たちを放っておくことは言語道断であるという気風が江戸時代以降隅々まで行き渡ったためキリスト教が入り込む隙が無かった・・というのが筆者の推論である。だけど・・、これだと蒋介石逃亡後の台湾でなぜキリスト教が増えなかったのかについては説明出来ないんだよね・・。なので今晩もう一度ミサで考えてみよう。






にほんブログ村 海外生活ブログ フィリピン情報へ
にほんブログ村

ミサの最中に閃いた250年間の壁

クリスマス前なので筆者が住むアパートでも二日前からミサが行われるようになった。教会に行くのを面倒に思う住民たちの要請で近くの教会の司祭がクラブハウスに十日間来てくれるのである。それで筆者はキリスト教徒では無いのにもかかわらず女房に強制的にミサに参加させられる羽目になっているのだ。

最初のミサで司祭がお祈りを捧げている最中に筆者は美人の奥さんでもいないかと周りをチラチラ見回していたのだが、住民たちの敬遠な表情を見るにつけ「こいつらは本当に信心深いんだな~」と今更ながら感心してしまった。筆者は神社の末裔であるが、残念ながら途中で勘当されて学校教師になった父親から無神論の精神を引き継いでいるのである。

そのため皆のように聖書もお経も唱えられぬから日本とキリスト教の伝来などを頭の中でずっと復習しているのだが、結局いつものようにある時点で考えが行き詰ってしまう。なぜ現在の日本は他のアジア諸国に比べてキリスト教徒が極端に少ないのか?という誰もが考える疑問にいつまでたっても答えられないのだ。

そんなの江戸幕府が250年もキリシタンを禁じていたんだから少ないのは当たり前だろう!という反論は筆者も重々承知している。だから筆者はキリスト教が国教化したフィリピンと日本を比べるつもりはないのだが、日本と同じように19世紀の半ばまでキリスト教が無かった、もしくは有っても微弱な存在だった中国と朝鮮と比べてみても明らかに少ないのである。

日本ほどでないにしろ清王朝はキリスト教を排除していたし、キリスト教系の太平天国の乱や欧米列強との不平等条約締結後に増え続けた宣教師への脅威から義和団の乱がキリスト教徒を殺戮している。そして清朝が滅亡して奥方がキリスト教徒の蒋介石が政権を握った折には信者数が急増するが、その後に登場した共産党は人類史上稀にみる徹底的な弾圧を加えているのは衆知の事実だ。





ところが1980年以降の開放政策で中国人の間にキリスト教徒は徐々に増え続け、今でも共産党は教会に色々な嫌がらせをしているのにもかかわらず信徒数は人口の8~10%にも達しているらしいのだ。つまり中国人の場合は清朝や共産党などの政府が弾圧しなければキリスト教徒は自然に増えていくという構図なのである。(蛇足だが台湾の場合は4%と非常に低い)

これが朝鮮になるとそもそもキリスト教の本格布教が始まったのが19世紀初めと遅く、さらにガチガチの儒教信者である朝鮮人たちの間ではキリスト教は邪教だ!という風潮が強くて、日本が明治維新をやってる頃にキリスト教信者8000人が虐殺される丙寅教獄(Korean Martyrs)という事件まで起こっている。中国の場合は義和団と言う反政府組織だが、朝鮮は国としてキリスト教徒に激しい弾圧を加えていたのである。

1871年に朝鮮が開国すると欧米から宣教師が押し寄せた影響からキリスト教徒が増え始めたが、1910年の日韓併合から1945年の敗戦ま期間は総人口の2%程度であった。ところが南朝鮮が韓国として独立して以降、とくに60年代半ば以降はプロテスタント信者が10年ごとに倍々のペースで増え始め今や国民の30%がキリスト教徒になってしまったのである。

筆者は文章が下手なのでもう一度書くが、キリスト教を布教する側から見ると1867年の明治維新の段階では日本も中国も朝鮮もはっきり言ってドングリの背比べだったということである。そして日本では太平洋戦争の期間に一時期キリスト教への制約が加えられたが、当時併合されていた朝鮮も事情は同じであり、さらに毛沢東の様な殺戮が行われたわけではない。

そして現在中国や韓国が膨大なキリスト教人口を抱えているのに対し、日本のキリスト教人口はなんと0.8%、しかも明治維新以降ただの一度として1%を超えたことが無いという驚くべき数字なのだ。明治から大正には国を挙げての欧米コピーが進められ、多くの日本人が欧米人の精神的支柱であるキリスト教に興味津々だったなど日本のキリスト教は中国や朝鮮よりよっぽど恵まれた環境にいたのにもかかわらず・・である。





いや、日本人のメンタリティは中国人や朝鮮人とは違っていて、日本人の精神には神道が深く刻み込まれているとか、キリスト教は祖先信仰を否定するからダメなのだ!信じないものは地獄に堕ちる!など縁起でもないことを言うから嫌われるのだ!、あるいは祈れば極楽へ行ける阿弥陀信仰が先に来ているからキリスト教に用はないのだ!などと説明する御仁がいる。

また日本は長らく政権を握る公家や武士と、象徴として天皇という二元論的な世界で構成されており、ここにキリストの神が来ると天皇と役割がダブってしまうためキリストの神は頭の中で排除してしまうのだ!という説もあるが、これらの意見は筆者にとっては当たらずも遠からずというよりも、そういう影響も少しはあるのかもね・・程度にしか思えない。

なぜなら日本人が今よりももっと信心深かった戦国時代にはキリスト教が燎原の火のごとく日本に広がって行ったからである。ザビエルが来てから60年後の1610年には日本国内には37万人(60~65万人、中には100万人説もある)ものキリシタンがいて、当時の人口の3~5%も占めていたからだ。

ちなみにこの3~5%というのは宣教師が行けない東北のど田舎農村部も含めての人口比率である。だから九州や大阪、京都などの重点布教地域ではおそらくキリスト教徒率は10%を超えていたのではないだろうか。しかも秀吉や家康ら時の権力者から絶えず迫害の危機にさらされていて、それこそ命がけで信仰を守っていた時代の話なのである。

ところがバテレン追放令から250年たって宣教師が再び日本にやって来たら1%の信者しか獲得できなかった・・。こうなると神道とか仏教、天皇に祖先崇拝などのメンタリティ面がキリスト教不信の原因とは考えにくい。だから明治期に限って言えばこの2回の布教開始の間、つまり江戸時代に日本人の中に何かが起こって、そこで形成されたある事がキリスト教を頑なに拒むことになったとしか思えないのだ。(続く)






にほんブログ村 海外生活ブログ フィリピン情報へ
にほんブログ村

パッキアオが上院選で当確ラインに

パルスアジア社が11月に行った調査によると、来年5月に実施される上院議員選挙でフィリピンの国民的英雄であるマニー・パッキアオは支持率で現在7~10位圏と次回12人が改選される上院議員選挙の当確ラインにいることが判明したそうだ。

フィリピンの上院議員は定数24名でそのうち半分が3年ごとの改選される仕組みだが、今回選挙民の洗礼を被る2010年度選出の上院議員12名中7名が正副大統領選の出馬や高齢による引退と世代交代、または疑獄事件で現在収監中などの理由により出馬しないなど異例の事態になっていた。

こういう時期こそ知名度が高い下院議員や閣僚、地方首長、それと元上院議員には絶好のチャンスであり、パッキアオの他にもラクソン元上院議員、ズビリ元上院議員、リマ司法長官、ゴードン赤十字社総裁が当確ラインにつけている。

しかしパッキアオ選手には悪いが「スポーツ選手に何が出来るの?」と思っていたのだが、ヒマに任せて他の候補たちの経歴を眺めてみたところ、これがどいつもこいつも父親が上院議員とか州知事だったなどと政治家一家出の選良なのにすっかり呆れてしまった。

ずいぶん前の日記に書いた通り、フィリピンは約100家族あると言われる地方王朝の談合政治の場で、例えばリサール州の知事一家はカビテ州の下院議員一家の娘を娶るなどさながら戦国大名のような姻戚関係を結んで自分たちの支配権力を地固めしているのである。

まあポークバレル疑惑を追及したリマ司法長官くらいは庶民の出だろうと思っていたら、父親がCOMELEC(選挙管理委員会)委員だったという記述が・・。これって単なる役職なのか、それとも清廉の士として不正選挙と戦ったのか、それとも数字上乗せのお手伝いをしたのかビミョーな地位だ。

そう考えると・・、ミンダナオの極貧農家に生まれて若いころは建設労働者だったパッキアオが上院議員になるのは大変貴重な事なのかもしれない。政治の事は全く素人でトンチンカンな質問しかできないかもしれないが持ち前のファイティングスピリッツで勉強してもらいたい。あと浮かれてないでちゃんと議会に出席するように!。






にほんブログ村 海外生活ブログ フィリピン情報へ
にほんブログ村

ついに怒り炸裂

先日の日記で蓄えが無い義妹のため3歳の娘イザベルの入院費用50万円を立て替えたが正直なんか納得が行かないという日記を書いた。自分の子供を助けられずに他人にすがる義妹など親として失格だという思いが晴れないからだ。ところが本日火に油を注ぐ様な新たな事態が発生した。

昨晩遅くに居間がガヤガヤうるさいので一体どうしたと覗いて見ると、何と義妹と大学生の娘、イザベル、それと従姉妹ミレットとラフィー夫妻とチビのアンジェラ、あと一族の家政婦役を押し付けられた気の毒な従姉妹ローズアンが来たのである。

おい!俺は義妹とはしばらく会いたく無い!と言ったはずだと女房に言ったら、かなり申し訳無さそうな表情をしながら、実は明日は大学生の姪(義妹と前夫との間の子)の半期遅れの卒業式なので、この家の方が会場に近いから参加者は前泊することを前から決めていたと言い出した。

ここから歩いて数分の距離にある従姉妹ジュミに髪や化粧をセットしてもらうのだとか、いろんな理由を並べる女房。まあ気分は良くは無いが大学生の姪の晴れの日でもあるから追い出すのも縁起が悪い。それでオレは義妹とは顔を合わせたく無いので一行には加わらずベッドルームにいることにした。

さて翌朝9時ごろに居間でバタバタしてる音が聞こえた。どうもジュミの家に向かったようである。なるほどこれから全員髪をセットしに行くのだな・・と思っていたのだが、数分してベッドルームのドアが開きひょっこり女房が顔を見せた。





あれっ?お前は普段着で行くのか?と聞いたら、女房は「あたしは卒業式には参加しないのよ」と言う。えっ?じゃあ義妹だけ参加するのか、親一人だけとは随分と入場人数が厳しいんだな・・と言ったら、女房は「違うよ、ミレットが参加するのよ」と答えた。

実の姉、姪にとってはただ一人の叔母に当たる女房では無くミレットが卒業式に出るだと?。お前は何で参加しないのだ?と言ったら、だって(義妹の二番目の娘である)イザベルと(ミレットの娘の)アンジェラの面倒を見なきゃいけないじゃ無い・・という答えを聞いた時に筆者の脳内で核弾頭にスイッチが入った。

ほんの10日ほど前に病院代も払えずに女房に泣きついただけならともかく、姪っ子の卒業式というハレの場に筆者はともかくとして女房を呼ばずに従姉妹ミレットを誘い、さらに二人の子どもたちの面倒をみろだと!いったい何様のつもりだ!

その後女房は、違う!自分が行くのを断ったのだ!とか、義妹の前夫のファミリーとは昔大いに揉めて顔も見たくないのだ!、二人の面倒を見るのはアタシじゃ無くローズアンだ!などと説明したが、そんなものを聞き入れる状態ではもはや無い。

女房は筆者が勘違いしているというが、仮にそうであったとしても余りにも無神経である。本来なら三顧の礼を持って筆者ら夫妻を卒業式に誘って当たり前だが、これで義妹が筆者ら夫婦をどういう位置付けで見ていたのかはっきりした。コイツとは縁切りだ!






にほんブログ村 海外生活ブログ フィリピン情報へ
にほんブログ村

夜道で忍び寄る男にご用心

パッシグでトライシクル(サイドカー型の小型タクシー)を待っていた時に突然女房の左側に男がヌッと表れた。ここはトライシクル乗り場ではないから横入りとは言わないが、後から来たのに図々しい野郎だなと思った筆者は「俺たちが先だ!」と注意しようとしたが、そこで女房がサッと身をひるがえして筆者の後ろに回った。

「この男変だから気を付けた方がいいよ!」と相手に悟られないよう女房が広東語で呟いたので、筆者が不審な男を睨み付けると、この男は筆者と一瞬目があった後で道の左側に10メートルほど移動をし、ちょうど通りかかったトライシクルに飛び乗って何処かへ行ってしまった。

何があったんだ!と女房に聞いたら、男は修理屋が工具類を入れるようなウエストバッグを締めていて、そこに手をかけてドライバーだかナイフを抜く寸前だったというのである。時刻は夜10時、パッシグのペルシャ料理店の前で車はビュンビュン通っているが、通行人はほとんどいない夜道でのことだ。

それでアパートに戻った後で警備主任にこの話をしたら「この季節は何処でもホールドアップ現場になりまっせ、旦那!」と言う。一年中盗みを生業としているプロだけでなく、半分プロや単なる一般市民らアマチュアも参入して路上強盗真っ盛りだというのだ。

クリスマスなのに子供や恋人にプレゼントが買えない・・。それで手っ取り早く強盗に早変わりするのだが、警備主任は「旦那らを狙った奴は多分金を脅し取った後は裏にある墓場に逃げるつもりだったんでしょうが、手口が下手糞だからたぶんアマチュアですよ」と笑った。

ということはヤバかったな・・。アマチュアの場合は抵抗されたら逃げる場合と、パニックを起こして本気で刺すかのどちらかだ。あの時「おい!お前!」などと怒鳴りつけていたら、今ごろ病院のお世話になっていたかもしれない。ちょっとニューイヤーまで夜道は要注意だ。






にほんブログ村 海外生活ブログ フィリピン情報へ
にほんブログ村

赤いスポーツカーの男

1982年の初夏に新宿歌舞伎町のディスコ帰りの女子中学生二人が千葉に連れて行かれ、一人は辛うじて逃げることが出来たものの、もう一人はアキレス腱を切られた上に首を切られて殺された事件を覚えているだろうか。加害者の残忍さだけでなく歌舞伎町に屯する少年少女たちの実態に世間が驚いた有名な未解決事件である。

筆者が歌舞伎町で遊び始めたのは事件の翌年だったが、この事件の余波は1年たっても残っていて、ディスコにたむろする女の子たちはある男に声をかけられても絶対についていくな!という鉄則が守られていた。20~25歳の優男で大学生風、身長170センチくらいの痩せ形、赤いスポーツカーに乗っていた犯人は実は事件前に結構多くの女の子たちに声をかけていたのである。

この事件には真紀子という生き残った被害者がいることや、前述のように事件前に犯人に声をかけられた目撃者が多い事、さらに犯人の指紋のついたバッグなど物証もあることから事件は早期に解決すると思われていたが、大変不思議なことに生存者が大学生風の優男と証言しているのにもかかわらず警察は暴走族のメンバーを捜査するといった迷走を始め、そしてある日突然、捜査本部が解散されてしまったのだ。

そんなバカな!なんでこんな事件さえも警察は解決できないんだ!と当時の誰もが思ったが、この事件を丹念に追っていたTBSで放映された報道特集や新潮社系の雑誌を観られた方なら事件の背後に有力者がいて捜査妨害を行ったという噂をご存じだと思う。実は警察は非常に早い段階で犯人を突き止めていたが、圧力のためにウヤムヤになったと噂されていたのだ。

事件から数年たった社会部記者たちによる覆面座談会の記事の中で、記者たちがコイツが犯人に違いないと思う容疑者は有力政治家を父親に持つ慶応大学の大学生で、下(付属校)から上がってきている、事件発生後に突然大学を休学し海外留学と称して出国した、大学ではゴルフ同好会にいて、警察が日吉キャンパスまで聞き込みに言った・・といったいくつかの情報が書かれていた。





筆者は殺された女の子と同年代で、歌舞伎町のディスコで同時代の空気を吸っていた人間なのでこの座談会記事のことをおぼろげながら覚えていたのだが、昨日○野○久代議士の空白だらけの経歴を眺めているうちに記者たちの挙げた重要参考人像と事件の生存者真紀子の犯人像と○野○久との間に符合する点が幾つもある、というか符合しない点が無い事に気が付いた。

まず学校がらみの経歴だが、○野○久は雑誌記者の発言通り日吉にある慶應義塾高校から慶応大学に進んだ文字通り「下から上がってきた」学生である。そして事件当時○野○久は本来なら三田の専門課程にいたはずだが、11223344と各学年を毎年留年して8年で卒業する一盃口コースにいたため教養課程の学生として日吉キャンパスにいたのである。

それから○野○久の父親は政権与党の三役も二度も経験した大物政治家で、疑獄事件に連座したことと所属する派閥の領袖とあまりしっくりこなかった事から事件当時は閣僚や党要職には就いていなかったが、田中角栄や中曽根康弘、鈴木善幸らとオレ・オマエと呼び合える党の長老格であり、数百人いる国会議員の中でもおそらくトップ20に入る実力者だったのだ。

さらに父親の経歴を見ると、大臣などの表舞台よりも政界の裏舞台で暗躍したため余り嬉しくない呼び名を頂いており、政界引退後は二人の総理の政治指南役に選ばれるなど、単に政治力が強いだけでなく、ある特定の勢力と政権をつなぐパイプ役の様に思える。つまり単なる実力派議員というだけではなく深い闇を抱えた人物の様である。

なお○野○久が事件後に海外出国したか、またゴルフ同好会に所属していたかは公式記録が丸っきり空白なので調べようがない。しかし大学に8年も在籍してたことや、金も警察を抑え込む力も持っている事、そして代議士となった現在はゴルフ好きで知られているのでこの2項目が当てはまらないとは言えず単に「不明」としか言いようがない。





ではここで座談会の犯人像に当てはまる確率を計算するが、当時の慶応大学の学生数を2万人と仮定し、男子学生率を70%、そして三田ではなく日吉キャンパスにいるのは50%、付属校から上がって来た学生率を20%、それから警察の捜査を捻じ曲げられる有力者の子弟をかなり多く見積もって5%と計算してみると対象者は70人になる。

そして殺されずに逃げ延びたもう一人の被害者真紀子の証言した身長170センチくらい、痩せ形の優男という特徴に対し、この○○○○は身長168センチで、外見の方もピタリと当てはまるというより現在そのものズバリの別名で呼ばれているのだ。こうなると真犯人は数十人どころか数人に一人の確率で○○○○ではないかと思えてくる。

そして筆者の知り合いだった薬物愛好者が言っていた「○野○久は麻薬でも輪姦なんでもやりたい放題のアンタッチャブルな存在だった」いう証言である。女子中学生のアキレス腱を切って殺害するという残忍な手口は快楽殺人者というよりも犯行時点では覚醒剤の影響下にあったと考える方が自然な気がする。

そう考えると・・、女子中学生を殺したのはこの○野○久だったのではないか?と思い始めているのだ。もちろん前述のように筆者が思っているのは状況証拠にもならない単なる憶測である。しかし○野○久という代議士が大学入学から政治団体のスタッフになるまでの14年間をひた隠しにしている理由がコレだったなら何となく頷ける気がする。

現在○野○久は閣僚ではないが、政界ではある一定のポジションを有しているし、彼の政治以外のゴシップなどを見てみると「なるほどな・・」と思わず納得してしまうのだ。なので○野○久代議士に聞きたい。落合雅美という14歳の中学生を殺害した赤いスポーツカーの男はひょっとしてアナタですか?。





にほんブログ村 海外生活ブログ フィリピン情報へ
にほんブログ村

過去をひた隠しにする政治家

オカルト好きのサイトを見ていたところ、ある政治家の若い頃について書き込むと何故だが自動的に消されてしまうという都市伝説を見つけた。例えば死んだ浜田幸一は若いころはヤクザだったとか枝野幸男は革マル派だったという事実や本当にありそうな憶測でさえこの政治家に限ってはネットには一切絶対に出てこないというのだ。

この書き込みには政治家の実名は挙げられてないものの幾つかあるヒントを読めば日本の西の方選出の衆議院議員○野○久だとすぐ分かる。○野○久は現在50代半ばで石原伸晃や稲田朋美、前原誠司のような次世代のリーダーとまでは見なされてないものの、今年の政局変動でメディアにも何十回何百回と登場した良く知られた代議士である。

それで試しに○野○久をネットで調べてみたところ確かに見事なくらい何も出てこないのだ。普通どんな政治家も早稲田の雄弁部にいたとか、学生時代は柔道一直線でした!、アフリカで貧困を目のあたりにして政治家になることを志した!などと自分の学生時代のことを聞いても無いのに熱心に語るはずである。ところが○野○久はXX年入学、XX年卒業と慶応大学に8年在学していたこと以外まったく情報がないのだ。

いや無いのは学生時代だけではない。大学卒業後にアメリカに留学しましたとか、民間企業でペーペーのサラリーマンやってまして・・といった政治家なら喜んで書きそうなエピソードさえもが冗談でなく一つも出てこないのだ。卒業後6年目にしてある政党にスタッフとして働き始めるまで大学時代も加えると14年間いったい何処で何をしていたのかが完全に空白なのである。

いくら世襲とは言え(○野家は三代続けて代議士である)選挙区には対立候補がいるのだからこんな一文字さえも情報の無い男が選挙に勝てるはずもないはずだが、これが不思議なことに父親の地盤に加えて政界を突然引退した超大物政治家の地盤を禅譲されたこともあり出馬2回目にして晴れて代議士となり、現在まで連続当選を果たしているのだ。

閣僚ではないが一度は政権中枢の要職に就いた男の経歴が空白というのは変だ。なので今回の日記では筆者が○野○久について聞いたちょっとした話で彼の公式の経歴を埋めたいと思う。それと都市伝説だと○野○久のことを書いたら記述が消されるようなので一旦は伏字にするが、しばらくしたら一文字づつ漢字を埋めていき都市伝説が事実かどうか検証したい。





筆者は今から27年前にインドのゴアというところ1か月ほど滞在していたが、ここは世界中の薬物愛好者が集まる麻薬の聖地として知られた場所で、筆者の周りにも日本人のこの手の人が沢山いたが、その中で一緒の部屋を借りていた天満というミュージシャンがLSDで酩酊しながら日本で絶対に警察に踏み込まれないアシュラム(隠語で阿片窟のこと)の話を良くしていたのだ。

彼の口から出てきたのは○野○久の父親の名前で、こいつのドラ息子が住んでる港区のマンションには芸能人や遊び人が集まって麻薬や乱交、輪姦までやりたい放題なのだ、だけど父親は党三役も務めた大物代議士だから警察は絶対に手出しできないんだよ・・と笑っていたのである。天満さんはその部屋に出入りしたことがあったようである。

○野○久は高校時代から札付きのワルで、今まで鑑別所や少年院に入るような罪を何度も犯しているが父親が警察に手を回しているため絶対に逮捕されないのだと言う。まあ○野○久のおかげで俺らもあの部屋で安心してクスリを楽しめるってわけだよ・・と天満さんは楽しそうに話していたのだ。

そして○野○久については天満さんだけではなく他にも数人から話を聞いていたのだ。そのうちの一人は○野○久と同時期に慶応高校から慶応大学に進んだ薬物愛好者で、俺はアイツのマンションに入り込めるご身分じゃなかったが、裏の世界では良く知られた存在だったよ、危ない連中も裏にいると評判だよ・・と意味ありげに話していたのを覚えている。

フィリピンには日本から逃げてきた裏業界従事者や危ないモノの販売業の方もいるだろうから、今から30年近く前に港区でアンタッチャブルな存在だった議員の息子・・と聞けばすぐに名前と顔が出て来るのではないだろうか?。ここ10年くらいならM元総理の息子の名が浮かぶが、その先駆けとでも言うべきなのが○野○久であろう。

さて先ほど○野○久の表向きの経歴を見ている時にアレッ?と思う事があった。M元総理が六本木ヒルズの高級売春婦変死事故の現場に居合わせて、ミュージシャンに罪を押し付けたのではないか?という都市伝説があるが、この○野○久の経歴や時間軸を見ている内にひょっとしてあの未解決事件に・・という疑念が頭に浮かんだのである。(続く)






にほんブログ村 海外生活ブログ フィリピン情報へ
にほんブログ村

惨めさを感じる瞬間

毎年冬をタイのチェンマイで過ごすKさんとチャットをしていた時の事である。彼と25年前にバンコクのホアランポーン駅前のゴザ酒場で知り合った頃はお互い日本があんまり好きでは無く、酒を酌み交わすほど日本は腐っとる!とか、搾取企業を打倒せよ!などと語り合ってきたのだが、二人とも年齢を重ねるうちに思想転向が進んで最近は半分愛国者となった。

まったくB級商品がここまで高品質な国は日本くらいしかないな!、中国人たちが日本に押し寄せるのも頷けますよ、コンビニのお惣菜が美味い国なんて世界でも日本くらいのものだろう・・、などとやりとりしていると、このKさんは「来月から低品質の国で不味いものを食わなきゃならんのが辛いよ・・」と書き込んできた。

エッ?不味いってチェンマイがですか?と聞くと、そうだよ!チェンマイの露店のメシなんて食えたもんじゃないだろう!、オレの中では家メシ>日本の居酒屋>ファミレス>コンビニ惣菜>タイの食堂、っていう順位だね!という返信を見た時に、筆者は背中の辺りがなんかドワーンと重くなっていくのを感じた。

そう、2か月前に女房とタイとラオスで食べたメシは筆者らにとって格別の味だったのだ。これは何も一流店じゃなくて、そこら辺にある屋台のカオパット(炒飯)やバーミーナム(ラーメン)でさえ滅茶苦茶美味いのだ。もちろんこれは普段食ってるフィリピン全土の外食店に比べて・・という意味である。

まあ唐辛子と砂糖を同じ割合で混ぜると滋味あふれるコクが生まれるといった立体的な味覚作りを模索してきたタイ料理と、腐らないように酢をぶっ込んどけ!豚肉を焼いてケチャップかけてハイおしまい!のフィリピン料理じゃ大男と赤子が相撲をとるようなものでそもそも比べる事自体が意味が無いことは分かっている。

しかしそのタイ料理を日本のコンビニ惣菜以下と言い切ったK氏の一文を見た時に、分かってはいるけれども俺はこんなところで一体何をやっているんだろう・・という虚しさ、自分がここまで堕ちちゃったんだなあ・・という寂寥感がこみ上げてきてしまい、ちょっと返信を打つ気が無くなってしまったのである。

おい!もう寝ちまったのか?じゃあな!来年の日本の旅を楽しんできてくれ!と書いてチャットを終えたKさん。しかし筆者はやりきれない気持ちを晴らすためウィスキーをグラスに注ぎ、一人静かに飲み続けたが、パソコンの画面に残った>記号の箇所を時々眺めては深いため息をつき続けた。フィリピンの食堂より>の右に来る料理なんてあるのだろうか・・?


8888不味い1



にほんブログ村 海外生活ブログ フィリピン情報へ
にほんブログ村

15歳の性の暴走

ちょっと前の日記で女房の遠縁にあたる15歳の少年チョロがなぜか我が家の部屋番号を騙ってアパートに入り込もうとし、ガードマンに追い返されたという顛末を書いたが、今日になってチョロが何をしに来たのかが意外なところから判明した。

ゲートで全然来ないタクシーを待っていた時にガードマンが女房に「あの少年とあなたはどういう関係なのか?」と聞いて来たので、チョロが厄介になってた叔父はアタシの従兄弟で、半年前にアタシたち夫妻は従兄弟からアパートを買い取ったのよ!と回答したら、ガードマンはあ〜そうだったのか・・とばかりに身体を揺らした後ちょっと驚く話をし始めたのだ。

1年ほど前にある部屋の住人から隣家に人が大勢出入りして怪しい!音楽がうるさい!何とかしてくれ!と言われたのでガードマンが件の部屋をノックしたところ、そこには素っ裸の男たちが大音量の音楽にあわせて踊っていたというのだ。

「マダム、若い連中が酒を飲んでるだけなら音を小さくしろ!って言うだけなんですが、その部屋の主は通りがかりの男の子を部屋に誘うので悪名高いバクラだっだんです」というガードマン。バクラ・・、このガードマンのにやけた表情から察するにオカマというよりホモ、いやゲイと訳するほうが方が正しいだろう。





なんでもこのバクラはプールやバスケットボールコートで運動している十代の少年に目が無いらしく、今まで何人も餌食になっているらしい。一方チョロも14歳(当時)と言えばやりたくて仕方が無い時期である。このアパートの何処かでバクラに声をかけられたチョロはのこのこと部屋について行ってあっちの世界の味を覚えたってことか・・。

それで歪んだ世界にすっかり耽溺していたのに、半年前に居候先の叔父ジェンが文無しになってアパートを筆者に売ってしまったため、チョロは少しばかり離れた新居からバクラの元へ通っていたが、すでに転居済みであることを知ったガードマンに追い返されてしまったというのが前回の真相の様だ。

そう考えると前回チョロがゲートで足止めを食ってる時に、確認電話を入れた女房に対してチョロの母親代りジュミが「お願い!チョロを絶対アパートに入れないで!」という感情的な反応もよく分かる。不良の友達がいるの近づけたく無いのであれば正直に言うはずだが、甥っ子がホモに走ってるとは口が裂けても言えなかったに違いない。

しかし筆者ら夫婦はチョロは金をせびりに来たのか?と思っていたので、バクラに掘られに(あるいは堀りに)来たのだと聞いて正直ホッとした。そして女房の「チョロも溜まってるだろうから、今度来たら入館OKしてあげようか?」という問いにも、「まあ若い奴の事も考えてやらんとな」と前置きして了解することにした。






にほんブログ村 海外生活ブログ フィリピン情報へ
にほんブログ村

古札ババ抜きゲーム

昨日近所にある真面目なマッサージ屋に行った時の話である。ここは2時間揉んでもらってからフェイシャル、それと女房のみ爪の手入れも入れて二人で1500ペソと安かったのだが、さて会計の段になり1000ペソ札2枚を渡した時にそれは起こった。お釣りの500ペソが旧札だったのだ。

フィリピン在住で無い方はご存じ無いと思うので説明するが、この旧札はあと3週間で使えなくなるのである。1985年発行の旧紙幣は市中で流通している紙幣の15%ほどあって、今年12月31日以降は無効になるためフィリピン全国民は目下この旧札を銀行に預けるか使い切ろうとしている最中なのだ。

それで店に女主人に「新札でお釣りをくれ」と文句をつけたら、だって今あたしの店には旧札しか無いのよ!と抜かす。ウソつけ!このババア!、そんならお前が持ってる金を見せてみろ!と言ったら、ポケットバッグの中から故ベニグノ・アキノ上院議員の肖像が入った500ペソ冊を何十枚も取り出した。

どう、これで満足した?とばかりにアゴを突き出す女主人。どうも家じゅうの古札をかき集めたにしては多すぎるから、病気で外出が困難な老人から古札を499ペソで買い取ったりしたのだろうか・・。それとここでいくら問答してもこのババアは新札を出す気はまったく無い様である。

ちなみに年末までに旧札を使い切れなくとも、中央銀行の支店に持って行けば新札に替えてくれるのだが何と言っても行くのが面倒だ。まああと3週間あるからそんなに目くじらを立てる事も無いが、もしもこれが12月30日だったらババアの胸ぐらをつかんでいるところである。

頭来た!チップを上げる必要は無いわ!と女房が言うので、ドアの前で筆者らが店を出るのを待っていた(実際はチップを待っていた)マッサージ嬢二人には「小銭が無いから」とだけ言って通り過ぎた。悲しそうな目をする二人の女・・。しかし君らは全てを見ていたはずだ。

でももしもあの時「あたし100ペソ札5枚持ってます」って言えば、筆者はいつもの様にちゃんと100ペソづつチップをあげる気でいたんだけどね。客商売やってる以上、こういうとっさの時に知恵を回すのが重要だよ。あと恨むなら客に古札を押し付けた女主人を恨みなさい。






にほんブログ村 海外生活ブログ フィリピン情報へ
にほんブログ村
続きを読む

本当にダメなマニラの交通

女房がハンガーゲームという映画を見たいと言うのでオルティガスのロビンソン・ギャレリアに出かけることにした。この日は諸般の事情で公共交通機関を使わざるを得ず、開演時間は午後1時半なので昼メシも入れると11時半に家を出てば良いな・・と思っていた。

ところがアパートのゲートで待っていても来るタクシーが全て満車で拾えない。それでガードマンに配車センターに電話をしてくれと頼んだが、いやAPEC以降タクシー呼んでも数十分待ちはザラになってしまったけど、それでもいいですか?という答えである。

APECはとっくに終わったし会場から遠く離れたパッシグと何の関係があるのか?と訝ったが、女房がここでトライシクルに乗って乗合タクシーのステーションへ行った方が確実だ!と言うので大人しく従ったところ、これがまるっきりの間違いだったことが直ぐに判明した。





乗合タクシーすら来ないのだ。ステーション(と言っても単なる道端である)では多くの人間が待っていて、ISUZUクロスロードの白い車体が向こうから来るのが見えると数十人が走っていくが、そこは先客で満載でドライバーがダメ!ダメ!と手を振ってるのが見えた。

隣にいたオバさん二人はもう30分も待ってるが、筆者らの様に後から来た客が増えて来たので今日は病院に行くのはダメかもしれないという。そしてマニラはどんどん住みにくい街になって行く、もう田舎に帰った方がいいかもしれないと嘆き始めた。

まったくフィリピンの交通行政がどうかしている。朝オルティガス・エクステンション辺りで車を拾おうと佇んでいる光景を見れば都市としての交通機能が麻痺してるのは明らかだ。アジア有数の高い所得税を徴収しているというのに政府は地下鉄やバスなどの大型交通機関を導入する気はさらさらないのである。





しかし新聞を見れば見てくれだけは立派だが実際は安普請の住宅には「快適でエレガントなシティライフを・・」とか謳われているが、毎朝5時に起きて乗合タクシーを捕まえなきゃならない家なんかに数百万ペソの価値なぞ本当にあるのだろうか?

筆者が新入社員の頃はバブル景気で住宅がべらぼうに高く、千葉の八街市とかいうド田舎から2時間半かけて銀座に通っている先輩がいたが、それでも駅の外で30分待つなんてことはあり得なかった。だからここフィリピンの通勤事情に比べれば八街市の先輩なぞ快適そのものだっただろう。

さて筆者ら夫婦であるが、乗合タクシーのステーションで10分待った後で映画に行くのを諦めることにした。並んでまで見るほど価値のある映画では無いし、それに夕方帰ってくる時は帰宅ラッシュと重なるので、行きは良い良いでも無いけど、帰りは怖いのは確実だしね。






にほんブログ村 海外生活ブログ フィリピン情報へ
にほんブログ村

心霊サービス付き寿司屋

会社員時代、年に1~2回ほど日本の新潟県に出張した際にいつも行く寿司屋があった。この店は老夫婦が経営していて、筆者が香港から来ていると聞くと「じゃあ、あんたこれサービスだ!」と言って大好きな数の子を山盛りでくれたりする気の良い店だった。

さてある夜遅くの新幹線で到着した筆者は、夜遅くまで開いているこの寿司屋で遅い夕飯をとることにした。入口のドアを開けると案の定2~3人の客しかいない。この店はそこそこ美味くてサービスも良くて値段も安いのに何故だかいつも客が少ないのである。

ああ、また香港から?、ええ明日会議で、そうなの大変だね・・と何気ない会話をするオヤジと筆者。そして刺身類は一通り終わったので早速ヒラメでも握ってもらうか・・と言う段になり、あんたは香港じゃどうやって何して暇つぶししてんのか?などという話をしているうちに、実は俺は幽霊話が大好きでしてね・・という話をした。

その瞬間、ピクン!と体を震わせるオヤジ。いけねえ、変な宗教オタクにでも勘違いされちゃったかな・・と危ぶんだ筆者は、いえいえ、単に怖い話が好きなだけでして、宗教は何にも入ってないし共産党員でもないですよ・・と追加説明すると、今度はピクン!ピクン!ピクン!と連続振動するのが分かった。

筆者の目をじっと見るオヤジ。なんかただならぬ気配である。そしてオヤジは後ろの戸棚にある海苔缶の中に手を伸ばすと、そこから写真らしきものを数枚取り出し(なんで海苔缶に入ってるのか今考えると変だが)、まあこれを見てくれ!と筆者の前に差し出したのだ。





そこに写っていたのは、オヤジや奥さん、それと町内会か親戚だかと一緒に写った一連のスナップ写真だが、良く目を凝らすと1人の体の一部が欠けているのである。たしか右足だったと思うが綺麗さっぱり消えているのだ。そして写真を見ている筆者に向かってオヤジは「どう思います?この写真」と呟いた。

そこから先が長かった。超常現象に驚いたオヤジはさっそく近所の霊能者(東北地方ではそこかしこに拝み屋がいる)を訪れたところ、これは体調が悪いことを背後霊が知らせようとしたか、現場にいる地縛霊が体の中を通り過ぎただけだから心配しなくて良い!とお墨付きを頂いたんだよ・・とウンウン首を振りながら説明する。

いやあ、ワタシみたいな手に職を持つ人間が片手を失ったらすべてアウトだから、こういう写真が写ったことはむしろ感謝しないとね・・と言って今度は別の写真を見せ始めるオヤジ。そこにはオヤジの片腕が綺麗さっぱりと無かった。あんたが大事にするのは勝手だが、こんな写真が何枚も撮れると言うのは普通じゃないぞ・・。

それといつもニコニコ筆者を見ている女将さんの姿がこの時に限って何故か見えない。そうか、分かったぞ!この店に客が来ないのはオヤジの心霊写真を見せられるのが嫌だからだ。それで近所の客は出前だけ取るようになったに違いない。しかし千載一遇のチャンスとばかりにオヤジは奥の部屋からまた別の写真を持ってきて、自分の話だけを延々と話し続けた。

この店を最後に訪れてたのはもう4年も前だが、おそらく今でも誰かに心霊写真を見せたくてウズウズしているに違いない。まあこの大将は心霊写真の説明をしただけで宗教団体に勧誘されるようなことは無いので安心して良いが、まず最低でも2時間はとっつかまることは覚悟してほしい。まあツマミはサービス連発してくれるのでお会計の方は満足するはずである。






にほんブログ村 海外生活ブログ フィリピン情報へ
にほんブログ村

神に感謝すればお終いの無責任体質

急性盲腸炎で入院していたイザベルが退院したとフェイスブックに載った。そこには3歳のイザベルの笑顔とともにThank you very much Lordという義妹(イザベルの母親)の一文が添えられていて、数多くの「いいね」と共に、イザベルは神のご加護を受けたのだとか、強運だったのだ・・などと数多くのコメントが寄せられていたが、これを見た筆者は思わず首を傾けてしまった。

話は10日前にさかのぼる。イザベルの調子が変だというので近所に住む従姉妹のミレットと夫のラフィーが近所の私立病院に連れて行ったのだが、この悪名高い病院の駄目さと悪辣さ、そして無能さにについては後ほど書くけれども、入院4日目にしてイザベルは盲腸(どうも急性らしい)であることが分かった。

筆者は当時足の指を怪我していたため見舞いにも行けなかったのだが、なんだ盲腸か、だったら切ればいいだけだ・・と思っていたところ、病院にいるはずの女房が血相を変えて家に戻ってきて金庫を開けて我が家の生活費を掴んだのに驚いてしまった。それで一体どうしたのか?と聞いてみたところ、病院費用が20万ペソくらいかかるというのだ。

悪名高い私立病院だからボラれたのかな・・と思ったが、それを何で俺ら夫婦の生活資金から出さなきゃならんのか?だいいちイザベルの父親フランシスはサウジアラビアで建設会社のマネージャーをしているし、ここ数か月は給料の遅配があるとはいえそこそこ蓄えはあるはずである。





しかし女房の幾分感情的な説明によれば、義弟フランシスの給料の半分は前妻との間に出来た二人の子供の養育費に消えていて、さらに給料の遅配や二番目の妻(義妹)の出費で蓄えなんて殆ど無いというのである。さらに昨年筆者ら夫婦から借りた車の購入資金も最初の3か月だけ払っただけで後は滞っていることが分かった。

ふざけるな!いくら近親者とはいえ親しき中にも礼儀ありだ!だいいち前の借金を返してないのに再び金を貸してくれとはどういう了見だ!と怒ったが、義弟の母親や兄弟は全然当てにできないし、事はイザベルの生命に関わる問題だから他に選択肢はないのだ!と女房は叫んだが、筆者は怒り心頭に達してしまった。

自分の子供の治療代を賄えないなんて親として恥ずかしくないのだろうか?、それに借金を返してない相手にまた頼みに行く、しかも筆者に泣きながら借金を申し込むならまだしも、恥ずかしくって筆者に頼めないから自分の姉(筆者の女房)にだけ話をするというのは、あまりにも舐めきった話である。

もちろん筆者も3歳のイザベルの死など毛頭望んでいないし、治療費50万円くらい返せないならそれはそれでも良い。しかし聞けば医療保険も会社の福利厚生も準備していなかったと言う見通しの甘さや、蓄えが無いならなぜ義妹が働きに出なかったのか?、それと困れば誰かが助けてくれるだろう・・という他人への甘えが一気に露呈してしまったのだ。





なお今回は女房が自分の小遣いから払うと言うし、義弟も来年2月には退職金から返すとメッセージを送ってきたので筆者も渋々了解したが(繰り返すがイザベルの生命のために払う気はあった)、なんか釈然としない気分のままでいたのだ。余りにも他力本願すぎないだろうか。

そこへ上述のフェイスブックのメッセージである。神に感謝だと・・?。別に筆者に感謝してますと書けとは言わないが、神に感謝してお終いかと思うとなんとも陳腐で底が浅いといだけでなく、情けなくていやーな気分になってきた。これはキリスト教徒の決まり文句らしいが、ちょっと感謝する相手が間違ってはいませんか?

神が助けたんじゃなくて、お前ら夫婦の周りにいる人と医者が助けたんだよ。それにイザベルが罹ったのは死の病でもなんでもなくて、医学校を卒業したてのボンクラ医者でも絶対に治せる盲腸で、問題は単にアンタらは治療費が無かっただけなんだよ。神に感謝するんじゃなくて自分の無力さをまず恥じるべきだろうが!。それを誤魔化すなってんだ!

それと嫌なのは入院費用の話になった時は沈黙してたのに退院したら神のご加護だとか家族の祈りは通じたとかで励ましあってる親戚たちである。神に感謝ってのは何も出来ない人間たちが自分の非力さを覆い隠してメンツは守るのに便利な言葉だね。これだから宗教は嫌いなのだ。ちょっと義妹と一部の親戚たちの顔も見たくないのでしばらく距離を置くことにした。






にほんブログ村 海外生活ブログ フィリピン情報へ
にほんブログ村

三菱自動車は地球から出て行け!

ここ1〜2ヶ月ほどテレビのニュースで三菱自動車の名をよく聞く様になった。同社のスポーツ車種モンテロのブレーキが突如効かなくなる現象が多発していて、これまで少なくとも100件以上の事故が発生しているのに、三菱自動車はクレームをガンとして撥ねつけているらしい。

三菱自動車の余りにも人を馬鹿にした対応にフィリピン運輸省や果てはフィリピン国会まで巻き込んだ騒動に発展してしまったが、同社はどこ吹く風といった手合いでリコールを発令する気配はまるで無く、今でも堂々と不良車種モンテロの宣伝を続けているのだから、この会社の面の皮の厚さにはほとほと呆れてしまう。





三菱自動車と言えば2002年に派生した横浜母子3人死傷事故や山口トラック運転手死亡事故などの原因となった構造的欠陥を監督官庁に報告せず、ずっと隠蔽し続けた悪質さで知られているが、数ある不祥事の中でも最も鮮明に覚えているの人気歌手トリオTLCのリサ・レフトアイ・ロペスの死亡事故である。

2002年に中米ホンジュラスでリサが運転していた三菱モンテロが突然制御を失い、コースアウトした上に木に激突してリサは死んでしまったのだ。三菱は事故はリサの過失が原因だと言い張ったが、同じ時期に三菱の車による事故が世界で多発していたから、こんな言い分が通るわけもない。





結局三菱は市場での評価を大きく落とし、戦略的提携先であったダイムラー・ベンツにも見放されてしまうわけだが、困ったのは事件当時世界中に自動車とは全然関係ない商品を売ってた筆者までもが「最近の日本製品は大丈夫か?」とか「日本の品質神話もお終いだね」などと言われる様になってしまった事だ。

自分の評価を落とすだけならともかく、長年に渡って築いてきたジャパン・クオリティーのイメージを三菱自動車が打ち砕いてしまったのだ。さらに歴史を紐解けば、三菱自動車が韓国の現代自動車に技術供与とエンジン提供をしたおかげで韓国自動車産業を勃興させたことが分かってきた。





自社製品を買ってくれた顧客が何人死のうが頬っかむりしてウソと詭弁をくりかえし、日本の工業製品のイメージを凋落させているにも関わらず経済団体の名誉的な地位にOBを送り込み、さらに日本憎しで凝り固まった偏執狂パラノイア国家の自動車産業を育成して日本の同業他者の首を絞める。

これは国賊、いやもはやテロである。三菱グループは昔から(というより創業時から)後ろ暗いところがあり、同じ財閥でも三井に比べると伝統的に反社会性が強いが、昨今は社員たちの図抜けた怠惰さと厚顔無恥さ、歪んだエリート意識が加わって米モンサント並みの人類の敵企業になりつつある様だ。





今から10年前に世間あれだけ世間に叩かれたのにも関わらず、品質や隠蔽体質は全く改善せずに単に打たれ強くなっただけの三菱自動車。車だけでなく社員全員が人格的欠陥を抱えた害悪企業にいくら誠意を求めても無駄だから、三菱自動車の悪評を世間に周知させて倒産してもらうしか道は無い。

しかし倒産する前に韓国企業に買収されたり、基幹工程や熟練工を盗られると後々厄介なので、社員が自暴自棄になって工場を爆破するなど、三菱自動車のお家芸である反社会性を自分たち内部に向けてもらって、後には何も残さず勝手に滅んでいって欲しいと説に願うばかりである。飛ぶ鳥跡を濁さずならぬ残さずで逝けよ!。






にほんブログ村 海外生活ブログ フィリピン情報へ
にほんブログ村

この火山が危ない!

テレビを見ていたら今後100年間に巨大な噴火を起こす可能性がある火山トップ10が発表され、その中にフィリピンの火山が2つ入っているというニュースが流れていた。実は筆者は天変地異が結構好きで、新聞などでこういう記事を見つけると思わず読みふけってしまう性質なのである。

この手の危険リストはあちこちで発表されていて、その度に全然別の火山名が挙げられているのだが、今回の発表はちょっと違っていて巨大噴火、それも今世紀最大言われた1991年のピナトゥボ火山なんかよりも遥かにデカイもの限定なのだという。

それでニュースの情報源であるボルケーノ・カフェなるサイトを見て見たところ、ここで言う巨大噴火の定義は最低でも100万人以上の死者を出し、最大で破局噴火、つまり億単位の人類が滅亡するというダイナミックなものだと知り、ますます興味を持ってしまった。





天変地異好きならよくご存知の通りVEI8級のウルトラ破局噴火というのは過去十数回あって、一番最近の(と言っても7万4千年前)インドネシア・トバ噴火では巻き上げられた大量の火山灰によって太陽光線が遮断され、先史時代の人類が一度壊滅状態に陥っているのだ。

そして筆者がむかし科学雑誌で見た限りでは、人類滅亡の可能性が高いシナリオは核戦争でもウィルスでも無くアメリカ・コロラド州のイエローストーンが破局噴火することで、この場合アメリカの人口の3割以上が噴火から数時間で窒息死し、人類は10年近く暗い闇に閉ざされてしまうと言うことだった。

ところがイエローストーンまで行かなくても身近なところに破局噴火を起こしうる火山があると聞いて驚いてしまったのだ。しまったえらいところに移住してしまった・・と思いながら早速リストを見ると、最初にもっと気になる記述があるのを見つけた。





1. 硫黄島(日本)
2. アポジェケ火山(ニカラグア)
3. フレグレイ・カルデラ(イタリア)
4. 阿蘇山(日本)
5. トランスメキシコ火山帯(メキシコ)
6. バリ島アグン山(インドネシア)
7. カメルーン山(カメルーン)
8. タール・カルデラ(フィリピン)
9. マヨン山(フィリピン)
10.ジャワ島ケルート山(インドネシア)





日本の方がやべえじゃねえか・・・。しかもトップ10には硫黄島の他に阿蘇山と2つも入っていて、タール火山とマヨン火山が2つ入ったフィリピンよりも危険度では上位になっているのである。それと影響を受ける地域にフィリピンと中国沿岸と付け加えられているのが気になる?

それでこの記事を寄稿したマンチェスター大学だかの記事を見ると、硫黄島の場合は膨大な火山灰による被害の他に、火山の振動と土砂が海水に滑り落ちた振動が海水に伝播し、巨大な津波が北太平洋沿岸部を襲うと書いてある。

ああそう・・。イエローストーンよりもよっぽどやばい火山が日本にもあったのね・・。しかもフィリピンの東部海岸線は硫黄島から津波が押し寄せてくるから、フィリピンは下手すると三重苦にもなりうるってことか・・。やっぱり天変地異好きなんてバカな趣味のおかげで危ない火山からは逃げられないってことか・・。






にほんブログ村 海外生活ブログ フィリピン情報へ
にほんブログ村

貧乏臭さを感じる時

筆者は生まれつき宴会好きなため、フィリピンでも事あるごとに酒を呑むのをエンジョイしているが、一つだけこいつは頂けないなぁ・・と思うことがある。それは男たちは必ずと言って良いほど呑む前にたんまりとメシを食う事で、こいつらは食ってる最中は一滴たりとも呑まない徹底ぶりなのである。

オカズ類(=筆者にとってはツマミ)が出揃った後で「じゃあ呑みますか!」とウィスキーの栓を開けたのに、男どもはいやいやキミキミ食事が先だよ・・と言ってご飯の上にオカズを乗っけるや黙々と食い始めるのだ。それで筆者は仕方なく先に一人で呑むのだが、これが何とも味気ないと言うか虚しいのだ。

まあメシを食い終わればグラスを持った男達が一人また一人と寄って来て、結局は普通の呑み会になるのだけど、最初にスカッとかわされた感じはいつまで経っても抜けずイマイチ盛り上がりに欠ける。せめて食いながら呑んでくれれば良いのだけれど、ムシャムシャ飯喰ってる相手には冗談を言う気にもならない。

懐石でも中華料理でもフレンチでも呑みながら食う、あるいは最初に食前酒を呑んでから軽く食い始めるのが食事パターンの基本なのに、フィリピンでは最初の酒一滴が入る前に満腹にしておくのだ。旧宗主国のアメリカでもスペインでも筆者の知る限りこんなマナーは聞いたことがない。

空きっ腹に酒は良くないだろう!アル中にならないためだよ!などとフィリピン人たちは理にかなった様に言うが、世界最強のアル中大国ロシアだってモノ凄い量の前菜は出てくるものの最初から酒を呑みながら食ってるぞ!と言ったらみんな筆者が納得する答えが見つからないのか黙ってしまった。





さて筆者がなぜこんなつまらないことに拘るのか?いや正確にはなぜ呑む前にしっかり食事をするのが嫌いなのか?と言うと、それは今からちょうど30年前、大学サークルに入ったばかりの頃のコンパで、映画を見終わった後で「今から呑みに行く」というからついていったのに、先輩達が入っていったのは立ち食い食堂だった体験から来ているのだ。

あれっ?パブか居酒屋に行くんじゃないんですか?と聞いたところ、4年生の中島という先輩は愚鈍な生物を見る様な目で筆者の顔を覗き、「ここで腹を膨らませてから居酒屋へ行くんだよ。だって居酒屋はツマミは高いじゃないか」と言ったのである。そしてその瞬間に筆者の背中から寒々とした風が通り抜けるのを感じた。

筆者は大学付属高校の出身で、友人達はみんなそこそこ裕福な家庭の出身だから、高校時代にコンパで新宿や吉祥寺に行けば酒と一緒に焼き魚やジャーマンポテト、焼き鳥にピザなどドッサリと頼んでいたのである。だいいちそこそこ小綺麗なパブで腹一杯食ったって五千円がいいとこだから、そんなのバイト代の半日分だけである。

大学に入れば使う金のマルが一桁増えると思っていたら、筆者の目の前に現れたのは居酒屋での出費をケチるために格安のカツ丼や大盛スタミナラーメンを事前にすすっている貧乏な先輩たちだったのだ。その現実を見た時、ウウッ貧乏くさい!いや貧乏そのもの!と心の中で叫ぶ筆者の脳裏にあるメロディーが流れた。

「このリエンポは美味いな」「カルデレータこっちに回してよ」とか言いながら黙々とご飯をかっこむフィリピンの親戚たち。ちょっと離れたテーブルで一人ウィスキーを飲む筆者には30年前の先輩たちの姿が重なって見える。そして何故だかいつもあの渋谷の立ち食い食堂の時同様に物悲しいオカリナの音色が脳裏に流れるのだった。






にほんブログ村 海外生活ブログ フィリピン情報へ
にほんブログ村

新しい兄弟との気まずい時・・・

先日従兄弟の家ジェンの家で開催された女房の妊娠祝いの席で、筆者のそばに寄ってきたジェンは開口一番「ブラザー。○○マッサージって知ってるか?」と聞いてきた。知ってるも何も筆者とジェンの家の中間地点にあるマッサージ屋で、筆者はここに良く通っているのだ。

フィリピンのマッサージ屋というとH専門の店から、低価格が売りのオバさん按摩店まで色々あるが、パッシグのような庶民の住宅地だとヘアサロンやネイルサロン、脱毛サロンなど多種多彩なサービスを老若男女に提供する小規模な店が多く、○○マッサージもそのうちの一つなのだ。

しかし大方の殿方が予想された通りここの按摩嬢はHなサービスをしてくれるのだ。最初に行った時に付いたダニカ(仮名)というまっキンキンの髪をしたケバい女がニヤッと笑うや手の平の5本の指を筆者に向かって開いて見せて「これであんたイかないか?」と呟いたのが事の始まりである。

当然500ペソより上のサービスは有るのか?など念入りに質問した筆者はダニカ嬢の携帯番号を頂いてから親しい関係になっているのだが、従兄弟ジェンが筆者が近所に引っ越しから3か月以上も経って突然○○マッサージの事を突然と言い出すのは何だか変だな・・と思った。





でもウソを言う必要はないので「ああ、実は通っているんだよ」と答えたら、この時ジェンはアア・・と低い声で呟いた後で筆者と目を合わせずに全然関係ない話題に振り替えようとしたのである。ふつうHな男同士が同じエロ按摩に通っていることを知ったら「お前もか!」と笑いだすはずだ・・。

こいつと穴兄弟になっている・・と直感が告げた。そう、店内で供される500ペソの手抜きサービスだけならこんな白けた反応はしないはずだ。おそらくこいつもダニカ嬢と店の外で出会って付加サービスを受けていたが、ある時に「日本人の客がいるのよ」などとダニカ嬢の不注意な呟きを聞いたに違いない。

大衆食堂経営は中々大変でね・・などと全然意味の無い話をする従兄弟ジェン。しかし話が同じところを行ったり来たりしていて論理性が一貫してない事からも、こいつが結構動揺しているのは確かだ。やはり穴兄弟であることはほぼ確定の様で、なんとも気まずい空気が濃くなっていく・・。

その日以降に筆者は足を怪我したこともあって、ダニカ嬢から「あんたいつ来るのよ?」などとメッセージが来ても一切黙殺することにしている。パッシグに日本人など数えるほどしか住んでいないから、次に見つけた女に対しては中国人だと名乗る様にしよう。狭い世界で幸せに生きていく以上ウソも方便だ。さようならダニカ!。



(これはダニカ嬢に大変よく似た芸能人でありダニカ本人ではありません)



にほんブログ村 海外生活ブログ フィリピン情報へ
にほんブログ村

犯罪の温床のイヤ~な真実

先日の日記で「犯罪者の子供は犯罪者になるのは厳然たる事実」と書いたところ、知人からそれは正確では無いと物言いがついた。だって神戸児童殺傷事件の東慎一郎や西鉄バスジャックの谷口誠一の両親は別に犯罪者ではないではないか!という反論である。

もちろん筆者も100%の確率で犯罪者になると言っているわけではないが、確かに最近非行化したチョロ少年の姉チェルシーは朗らかに育っているのだから短い日記内でも筆者の説には説得力はない。よって本日の日記ではこの点を補正したい。

筆者が言いたかったことを正確に言うと「恵まれない環境に生まれた子供は高い確率で犯罪者になる」ということである。これはシングルマザーやティーンエイジャー、貧困や薬物、性格破綻などにより子供を育てる能力が無い親の下に生まれた子という意味で、残酷な言い方だが本来なら堕されるべき子供と置き換えると良い。

実はこれアメリカの中絶可否を巡る裁判で提出されたデータで、裁判所から科学的根拠ありと認められている説なのだ。ネットでRoe vs Wadeと検索すれば裁判の詳細は出て来るからご自身で見ていただきたいが、この裁判で1990年代のアメリカの犯罪率低下の直接原因は1970年代の堕胎の合法化(ただし州ごとに異なる)であるとほぼ証明されたのである。

人種構成も経済構造も行政サービスもほとんど同じ2つの州があって、片方の州は宗教上の理由から堕胎をずっと禁止し続け、もう片方は堕胎合法化に踏み切ったところ、それから20年たった1990年代に両州の犯罪発生率で劇的な差が見つかったのだ。堕胎合法した州は犯罪が突然減少し、以降じりじりと下がり続けたのである。





もちろん宗教保守派たちは躍起になってこのデータを否定したが、今度は同じ州内の人種別や各地区ごとのデータ、さらにはアメリカ全土の州のデータを細かく調査すればするほど犯罪率と堕胎の因果関係がはっきり出てきてしまったのだ。望まれない子供が堕胎された地域ほど犯罪はぐんと少なかったのだ。

だけど東慎一郎や谷口誠一は望まれた家庭の子供だったじゃないか!と反論もあるだろうが、それはたとえ完全な家庭環境であろうとも0.なん%の確率で誤差の子供(=犯罪者)が生まれてくるもので、彼らはその誤差の中にいるレアケースである。それに筆者がここで言っているのは日本のウン十倍ウン百倍もの事件が発生するアメリカやフィリピンのような犯罪大国の話だ。

フィリピンでは子供は神がくれた贈り物・・などという宗教上の理由で堕胎が出来ず、十代半ばで母親になってしまうが、親兄弟がそれなりに裕福で十分なサポートを受けられるのなら産むのも良いだろう。しかしフィリピンの若き母親全員の環境を日本人やアメリカ人がつぶさに観察したら、そのうちかなりの母親に対して「あんた今から病院行こう」と言うに違いない。

スカッター地域の路上で通行人のバッグをひったくるジプシーのようなガキ達、そしてセックスと麻薬に溺れた母親から「そんなに腹が減ったんなら他所の家の冷蔵庫を漁ってくりゃいいだろが!」と毎日怒鳴られ続けたチョロのような少年。素直な目で見ればこういうガキ達こそ重大犯罪者の温床と言うべきではないだろうか。

筆者も人間だし、こんなことは言いたくはないけれど、やっぱり本来なら間引きされるべき人間が平気で町を闊歩しているのがフィリピンなのである。この国じゃ人口1億人突破なんて喜んでるけど、家族の絆がだんだん弱りはじめ核家族化が進んでいけば南アフリカのようになってしまうかもしれない。いや、もうなってるのかもしれないけど・・。






にほんブログ村 海外生活ブログ フィリピン情報へ
にほんブログ村
Author by ほにょ / 全記事一覧 / 次のページ / ページトップ
Designed by マンゴスチンw /