やっぱこういう結末になったか・・

恐れていた追加緩和が無いと喜んでいたら

地下鉄で現金スラれた

被害額5万円

トホホ・・・





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(追記)

後で考えたら奇しくもこの日は韓国女との別れをきめてから丁度20年の記念日でした。
李賢和(リーヒョンファ)の恨がまだ残ってたか。
まあそれなら諦められるか・・
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西口トルコの残照

筆者が日本で行く風俗店は上野にある店だが、どうもかなり模様替えしてしまったらしく筆者の好みからは外れてしまった。それでエッチな店を専門に紹介するサイトで検索した結果、一番近くにあるのは池袋にある○○○タッチという店であると出て来た。

池袋の西口、ホテル・メトロポリタンの近辺にある店の住所までトコトコ歩いて行くと、早速店の看板を見つけたのだが、なんかその佇まいが何処かで見たような気がする・・。あれっ?この店来たことあるかな・・と思ったが、記憶がパッと出てこない。

そしてドアを開けてボードに貼られている女性の写真を品定めしたあと、ヘルスにしてはやけに広い待合室に通された際に思い当たった。ここは昔はソープランドだったに違いない。そして選んだ女性に導かれて部屋のドアを開けた時にハッと思い出した。





四畳半ほどの小部屋にある狭苦しい湯船、シャワーとスケベ椅子とシングルベッド、そして誰も使いそうに無いのに何故だか置いてある首から下だけの小型サウナ・・。そうここはソープランド以前にトルコ風呂と呼ばれていた昭和の匂いがプンプンする風俗店の構えなのだ。

それで女に俺は昔ここに来たことがある!でもその時の店の名前は確か西口トルコだったんだ!と言ったが、自称30歳の女はハァ?という顔をしている。まあアンタが生まれる前の話だから分からんのも仕方が無い・・と思ってやることを始めた。

翌日、高校時代の友人で暇さえあれば風俗ばっかり行ってる生き字引の男に聞いたところ、そのむかし駅前トルコと呼ばれた中級以下のトルコ風呂、特に昭和30年代からやってたような狭苦しい店は本番なしだけどヘルスよりサービスは上という中間層として生き残りをはかってきたのだという。





そして生き字引君は上野や秋葉原の筆写もその昔聞いたことがあるトルコ風呂の名を挙げたが、じゃあ俺が通っていた吉祥寺と御徒町の店はどうなったのか?と聞くと、ああ、あれはとっくに店を閉じちまってね・・と遠くを見るような目をしてつぶやいた。

料金は普通のヘルスと変わらないのに設備はそれなりに立派だから経営的に苦しいんだな?と聞いたところ、それはまあそうだけど、ほらっ!トルコ風呂の時代から風俗店やってたオーナーは腰が座ってるから、そこら辺のヘルスのオーナーと違って儲からないから辞めたなんて思わないんだよ・・と分かった様で分からないことを言う。

時代の変化で店のコンセプトをくるくる変えるヘルスと、すけべ椅子にどう見ても要らない蒸し器など昔のトルコ文化を残そうとする頑固なオーナーたち。昭和生まれの筆者も旧世代に入ってしまったのだから、どちらを選ぶのかは自明の理である。さあおっさん達よ!キャバクラなんか行く金あったら西口トルコ行って貴重な文化財の保存に協力しようではないか!






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エラとマヤの尻振りで激論

週末のオール・ソウルズ・デーに備えて女房や義妹、それとなぜか母方の従兄弟たちがこぞってリサール州の田舎町にある女房の父方の実家へ入ったという。このオール・ソウルス・デーは国民そろって先祖の墓参りに行く慣わしで、日本で言うとお盆に当たる日である。

筆者は所用で日本にいるのでスカイプで女房と話をしたところ、昨日はお父さん(筆者の義父)や従兄弟たちが激論になっちゃって困ったわ・・と言い始めた。しかし目は笑っているからどうせお笑い話だと思ったが、なんとフィリピン女性のTWERK(尻振りダンス)で誰が一番セクシーか?を話しているうちに言い争いになったのだという。





すでに相当酔いが回った後で義弟フランシスの従兄弟であるジョマールが「エラ・クルスの尻振りが堪らんね」と言った後、ケータイにYouTubeの動画を映し出し、それをテーブルにいる男たちがじっくりと鑑賞していたというのだが、そこへ従兄弟のジェンが「尻振りならやっぱりマハ・サルバドールだろ!」と反論したのだそうだ。

それで今度はマハのうねる肢体と尻をたっぷり鑑賞した男たちは、オレはマハの方が・・、いや俺はエラの方がセクシーだと・・とそれぞれ意見を表明し、さらにかなり具体的でいやらしい表現を駆使して饒舌に喋り始めたのだという。そこでは70歳になる義父もかなり積極的な役割を演じていたという・・。





しかも全員酒に酔っていたため相手に対して譲り合うことがなく、エラ派とマハ派に分かれて半分罵り合いの様になってしまったんだから困っちゃったわよ!という女房。しかし筆者の脳裏にはエラとマハのうねる肢体が目に浮かぶとともに、是非ともその激論の場に居合わせたかったものだと後悔の念に苛まれた。

筆者が好きなジョン・ル・カレの小説の中で、香港の大富豪で希代の悪党が「戦争や飢餓などの悲惨な記事よりも、美女の写真で新聞の紙面が埋め尽くされる様な時代が来たら、世界はより良い方向に向かっていると断言できる」というセリフがあるが、筆者は全くその通りだと思っている。





男たちが集まって女の尻振りについて真剣な議論となり、あまりにも議論が白熱してつかみ合いの喧嘩になってしまった。これぞそこにいたメンバーは対した問題を抱えておらず、せいぜい女性の尻くらいしか頭を悩ますことが無い・・という平和と繁栄の証では無いか。

次回もしもこの麗しき親戚たちと尻振りについて話す機会があるのなら、筆者もマハ・サルバドール派の一員として激論に参加したいものである。でも本当はモカガールズのフランツ・ファインサン嬢の腰振りの方が欲情的で好きなんだけどね。だったら三派に分かれて徹底抗戦してもいいかも・・。






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武蔵野ウドンを食う

小腹が空いたので実家近くにある食堂に入ったところ、隣の席にいたサラリーマンが食べている料理をみて驚いてしまった。それはつけ麺式のウドン、通称糧(かて)ウドンだったのだ。このウドンは埼玉県川越市出身の母親のおかげで筆者が子供の頃には散々食べさせられたのだ。

糧ウドンの麺の方は粗めの小麦粉を使った灰色がかった色をしていて、同じウドンでも真っ白でツルツルした讃岐ウドンに比べるとずいぶん無骨な代物なのだが、さらに特徴的なのはこのウドンをざるそばの様に冷やして(もしくは常温)、ネギと豚肉のパンチが効いた熱々のつけ汁につけて食べるのだ。

冷えたウドンを熱々の汁につける。それもざるそばの様に何度もつけたら汁が冷えてしまうでは無いか、そんな意味が無いことをせずに最初から汁と一緒に煮込めばいいだろう!とお思いだろう。そう、実際その通りで、小学校低学年の筆者でさえなんか矛盾したことやってるな・・と思っていたのだ。

2回くらい汁につけると冷えて美味しく無いのでネギと豚肉を食って汁を捨て、また新しい熱々の汁を注ぐ。これを何度も繰り返してやっとウドンを平らていたのだが、筆者がまだ小学校低学年の時に近所の店で開かれた流しそうめん大会ではひんやりと冷たいつけ汁が供されるのを見て衝撃を受けてしまった。





うちはウドンに限らず冷麦もそうめんも熱々のつけ汁で食べていたのに、そうじゃ無い食い方がある・・。それであったかい汁はないのか?と店員に聞いたら、何とこの店員からバカにした様な目で見られたのだ。うちだけ特殊な食い方をしている・・。それ以来筆者は自分が特殊な文化圏の人間であるという劣等感を持つ様になったのだ。

もちろん今考えてみれば、埼玉県西部というのは米があまり取れないためウドンを代替食にしていて、味噌汁とウドンじゃ合わないから醤油の濃いめのつけ汁にして、そこへ埼玉県じゃ良く取れるネギと豚肉をぶち込んでいたのだから、有る意味合理的な料理なことはわかる。別の母方の一族だけじゃなく、あの一帯でウドンといえばこういう食い方が普通だった様だ。

しかし東京都民の筆者にとっては埼玉県というのは大変格好が悪い地域で、それに前述の通り食ってるうちに汁が冷えて美味く無いという致命的欠陥があるから、家で糧ウドンを作られても食べない様にしていたのだ。それにどうも東京都中野区出身の父親も糧ウドンは嫌いだったらしく、いつの間にか我が家のつけ麺は素麺と冷たいつけ汁へと変わって行った。

それから40年経った今あのウドンが何故ここにあるのだ・・。それで店員にあれはなんだ?と聞くと「武蔵野ウドンですね。ここら辺じゃウドンはああいう食べ方をするんです」と事実と全く違うことを言いやがった。嘘言うな!俺はお前より20歳以上前からここに住んでいたが、あのウドン(しかも武蔵野ウドンと名前まで違う)なんて近所で一度も見たこと無いわ!





しかしせっかくだから食べてみるか・・と思い、武蔵野うどんとやらをオーダーして見たところ、待つこと10分であのネギと豚肉の香ばしいつけ汁を匂いをプンプンさせたウドンが運ばれて来た。ああ!コレだ!まぎれもなく実家で、祖母の家で、そして叔母たちが作ってくれたあのウドンである。

太めのウドンをつけ汁に放り込んでズズッとすする。なるほど、洗練されたところなど微塵もなくて無骨だけれども力強い武州そのものと言った味わいである。それでもう一口ズズッとすすると先ほどの強烈なつけ汁が薄まって来て程よい味に変化している。これをもう一口食ったら汁は交換だな。

ところが・・、店員に椀を差し出して熱い汁を加えてくれと言ったら「あの〜、それだと料金をいただかないと」と馬鹿なことを言い出した。なんだと!こんな薄まったつけ汁で力強いウドンを食えというのかー!と文句を言ったら、相手はオズオズした表情になり、でも武蔵野ウドンは昔からこういう食べ方で・・とモゴモゴ言う。

けっきょく店員はすごく緊張した面持ちで「これサービスです」と言ってもう一杯つけ汁をタダでくれたが、案の定もう2回すすったら味が薄まってしまい、残りの麺は食えたもんじゃなかった。ケッ!武蔵野ウドンとか小洒落た名前をつけてやがるが、埼玉県のどん百姓どもの味覚オンチの産物まで伝統だと思ってやがる。だから讃岐ウドンみたいにメジャーになれねえんだよ!。このダサイタマ!






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無気力くんのヒーローの本当の姿(2)

若者たちの救世主、偉大な反逆者死す!といった派手な見出しでテレビや雑誌は尾崎豊の特集を組んでいて、そこには悲しみともしくは理解不能な怒りから叫んでいるファンたちが大写しされていたが、筆者はその時も彼らに何か異様なものを感じ取ってしまった。

尾崎豊は別に機動隊に殴り殺されたり、宗教裁判で火あぶりの刑に処せられたわけでも無く、単に薬のオーバードーズで死んだだけで(ただし身体中のアザには不審な点が多い)、殉教者のようにまつりあげられる死に方では断じて無いからだ。

なんだか分からないけど怒っていて、それを崇める人間たちも何かに怒っている。そしてお互いに涙を流して抱き合いながら戦う事を誓うが、よく見てみると身の回りには火炎瓶や鉄パイプ、ナイフどころか爪楊枝一本も持ち合わせていない。筆者から見た尾崎豊と仲間たちというのはか様に奇妙な連中だった。

一体あの連中は何に対して戦っているのだろう?。筆者はずっと不思議に思って来たのだが、先日動画サイトで元角川書店の見城という人物のトーク番組を見つけたのだが、その番組の中で見城氏が「尾崎豊との付き合いが一番キツかった」とこぼしているのを見て「コレだ!」と叫んでしまった。






月刊カドカワに生前の尾崎豊が手記を書かせたのがこの見城氏なのだが、尾崎から「自分だけを見てくれ!自分だけを注目してくれ!自分だけを愛してくれ!」と何度も何度も迫られ、見城氏は息が詰まるどころか精神をすり減らしてしまったと言うのである。

ちなみに尾崎と見城氏はホモ関係でもなんでもなく、単に作家と編集者というビジネス上の関係なのだけれど、尾崎はそれだけでは満足せずに見城の公私全てを独占しようとしたのだという。ここでは見城氏はあまり具体的な事例はあげなかったが、尾崎のあまりのエネルギーに最後は自分が破滅するしか無いな・・と思ったのだそうだ。

その時に筆者は尾崎豊の怒りの正体を垣間見たと思った。こいつは強烈なナルシズム、いやもはや精神障害である。病名で言えば自己愛性パーソナリティ障害とでもいうのだろうか。小学校で一番前の席に座って教師の全てを独占しようとする駄々っ子、自分の話だけを一方的にまくし立てる頭のネジが緩んだ人間、これが尾崎豊の姿だった。

自分の頭の中では自分自身を完璧な存在へと作り上げてしまっているが、現実の世界との接点で発生する理想と現実の姿のギャップが受け入れられず、またその問題を解決しようとする意思も能力も持ち合わせていないためにフラストレーションが溜まって爆発している火山島みたいな男だ。





俺はこんなに能力があるのに認められない、それは社会システムが悪いからだ・・とか、私はこんなに美人なのに女優として成功しないのはショービジネス界が腐っているからだ!というところで思考停止をしてしまい、押してもダメなら引いてみろという子供でも分かる発想の切り替えが全く出来ないおバカさんである。

そう、そうなのだ。尾崎だけでなく初期の尾崎のファンもそんな奴らばっかりだったのだ。実際は不甲斐ないアオナリ野郎なのに妙にプライドだけは高いクラスの嫌われ者、批判は口にするが自分から何かをしようという意思が全くない無気力くん。コイツらは自分と同じ匂いのする尾崎豊を見つけては同類哀れむでカリスマとして崇めたのだ。

そして尾崎が死んだ時に叫んでいたのも、本音をいえば尾崎が死んで悲しいのではなく、自分の脳内で尾崎の死を自分に重ね合わせることで自分が殉教者になった事にし、強烈なナルシズム、いやカメラを前にした優越感に浸っていただけなのではないだろうか。

集団ヒステリーならぬ集団ナルシズム、これが尾崎豊と彼を取り巻くファンたちの真の姿であろう。そして戦っていたのは社会の矛盾という虚構の鏡に投影された自分の不甲斐なさであり、自分の指を一本も動かす努力もせずに自己憐憫に浸っていた無能者の詩的世界であった。こりゃはなから俺と1ミリも重なるわけ無いよ・・。






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無気力くんのヒーローの本当の姿(1)

筆者は20歳以上年の離れた日本人と話すことはごく稀にしかなく、それに共通する話題もほとんど無いために会話が詰まってしまうこともしばしばなのだが、今まで何人かの青年たちが筆者の年齢を聞いた後で「ああ、尾崎豊と同じ世代なんですね!」と言われて戸惑ってしまったことがある。

早逝した歌手の尾崎豊は筆者より一つ上で、確かに彼のデビューから早すぎる死までの10年間はちょうど筆者の高校、大学、そして会社での新人ペーペー社員に重なる。つまり筆者自身が何者でも無い存在であり、フラストレーションから暴走気味になっていた時期なのだ。

ではこう書くと筆者はさぞかし尾崎豊が好きだったのだろう・・と思われるだろうが、実は全く逆で筆者はこの男が一体何に怒っているのかさっぱり理解出来なかったのだ。おそらく筆者と同じ世代の方には同じ考えでおられる方が案外多いに違いない。

社会や学校への矛盾と反逆、自分の内面を抉り出す歌詞の美しさ・・などとモノの本には書かれているが、青山学院大学高等部在学というアタマ的にもフトコロ的にも恵まれた環境にいる尾崎豊が社会に矛盾に気がつき・・というのは何かの冗談ではないかと思ったのだ。

これがつげ義春にように極貧の生まれで中学卒業後に町工場で旋盤工をやってまして・・と言うなら確かに説得力があるが、私大付属校の中でもお坊ちゃんお嬢ちゃんで名高い青学高等部の学生で、しかも長髪、喫煙、飲酒、さらに集団家出やってましたって言うのは、余りにチンケというか情けない・・。






ふつう社会の矛盾と戦うというなら火炎瓶作って首相官邸に投げ込んだとか、せめて近所の警察署のパトカーをひっくり返せば良いではないか。しかも反抗した相手というのが親や安月給の学校教師だけと言うんだから、こりゃどうしようも無い意気地なしだな・・というのが筆者の率直な第一印象だった。

なお筆者が尾崎豊の存在を知ったのは大学1年の時で、映画サークルの同窓生で一番どうしようもなく陰気な野郎が尾崎豊を神のように崇め祀っているので興味を持ったのだ。それで尾崎豊のプロモーションビデオとやらを奴の家で見たのだが、なんだか意味不明な苦悶の涙を流している尾崎を見た時に、後にオウム真理教の修行シーンを見たのと同じ種類の得体の知れない不気味なものを感じ取った。

その後にクラスやバイト先で出会った尾崎豊ファンというのも、なんと言うかエネルギーが抜けちゃった出涸らし野郎や、生まれつき日陰植物みたいな不気味な連中ばかりで、高校時代に新宿歌舞伎町で遊んでいた筆者とは1ミリも重なることはない。

飲み会の幹事も買って出れず、学園祭でも手伝いひとつ出来ない割りには、なんだか批判の目で世の中を見ているヘナチョコ野郎。社会と格闘しているふりをしている無気力人間。こいつらは何だ?こいつらのそばに寄ると感じる皮膚のざわめき、違和感はなんだろう?とずっと疑問に思っていた。

ところが数年後に尾崎豊が死んでから流れが一気に変わってきた。判官びいきや死美人という日本人特有のメンタリティからか、尾崎豊があたかも悲劇のヒーローのように祭り上げられ、無気力くんたちのアイドルから社会の殉教者のような存在になっていったのだ。異端の連中が突如マジョリティーになってしまったのだ。(続く)






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肥満生物の挫折

クラブハウスで開催されるハロウィーンパーテイーに参加するため我が家に泊まり込みで来た義妹と大学生の姪がプチ断食に興味を持ち始めた。この親子は身長は165センチとけっこう大柄だが、体重の方も義妹は推定70キロ、姪は65キロとかなり肉付きが良く、二人がソファに寝転がっているのを見るとアザラシやトドなどの海洋哺乳類がいるような光景が頭に浮かぶ。

「その36時間断食って痩せるのかしら?」と真剣な表情で聞いてくる義妹。いや、これは肝臓に溜まりこんだ毒素と脂分を排出るためのもので・・と説明したところ、多少医学的な知識を持ち合わせている大学生の姪が「脂分が新陳代謝を邪魔しているのよ!」と要らぬ横やりを入れてきた。22歳で新陳代謝が悪いなんてことはありえないはずだけど・・。

この二人の肥満の原因は暴飲暴食、特に炭水化物の摂りすぎなのである。筆者の女房は香港に長年いたので肉やご飯の他に必ずスープと野菜料理をつけ加えることを忘れないが、義妹ときたらアンドックスで買ってきた脂身タップリの焼き豚とご飯(それも山盛り)だけ、それをスプライトで流し込むようなろくでもない食生活を続けているのだ。

「だったら今からプチ断食をやってみたらどうか?オレも付き合うよ」と提案する筆者。じつは筆者は一昨日にプチ断食を終えたばかりだが、来週は連日連夜飲む事になるから今のうちに肝臓の浄化力を高めておくのも悪くない。それで大学生の姪が「いいわね!やりましょう」というので、3人でプチ断食を始めることにしたのだ。





空腹感を和らげる効果のある濃い目のウーロン茶をテーブルにずらりと並べる。あとは体をあまり動かさずにテレビでも見ているだけである。一方女房はこれ見よがしにアンパラヤと牛肉の炒め物なんかを作って断食3人組の前で平然と食べているが、義妹と姪は別になんともないといった風情だ。昨晩スパゲティの特大をかっ込んだから胃袋にはまだ残存物があるに違いない。

ところが昼になって事態が変わってきた。ウーロン茶をカプカプ飲んでいた義妹がなんとも情けない声で「ハングリ~」と言い始めたのだ。昨晩のメシから20時間経過したあたりだからちょうど消化活動が終わったあたりである。ここから先は肝臓が自分自身の浄化活動を始めるのだ!あと16時間だけ我慢しろ!とハッパをかける筆者。

そして午後3時ころに義妹が「明日のハロウィーンのお菓子を買わなくちゃ」とさも肝心な事を忘れていたと言った感じで立ち上がった。目の前にあるスーパーに買い物に行くというのだが、どうも雰囲気がおかしい。それで筆者も一緒に行くと言うと「やっぱり明日の朝にでも買えばいいわ」と急にトーンダウンする。どうやら買い食いするつもりだったらしい。

しかしここで奴らに追い風を吹かせる事態が発生した。一昨日のウーロン茶漬けで睡眠時間がずれてしまった筆者は急に眠くなってしまったのだ。しまった・・、あいつらは俺に隠れてつまみ食いをするに違いない・・と必死に眠気を覚まそうとしたが、こっくりこっくりと頭が垂れるようになってしまえばどうしようも無い。ついに筆者は眠りに落ちたのである。





キャッキャッ!という笑い声で目が覚めた。どうも義妹と姪、それに女房が居間で楽しそうに会話をしているようである。それでドアをゆっくりと開けると、そこで筆者が見たのはポテトチップスなどの菓子類を嬉しそうにつまんでいる義妹と大学生の姪の姿だった。時刻は午後9時、この二人は24時間目にして脱落していたのである。

オレが寝た後にスーパーに買い物に行ったに違いない。そして目の前に置かれた食い物を無視することが出来ずに堰を切ったように食い始めた二人の姿が脳裏に浮かんだ。それで今は血糖値が十分跳ね上がって至福の気分にいるのだ。やっぱりこいつらには断食など無理だったか・・、そう思って静かにドアを閉めた。

翌朝8時になるといつものとおり女房が朝食を作り始めた。筆者にとっては36時間ぶりの、義妹と姪にとっては12時間ぶりの食事である。あ~!腹減った!と叫んでハムエッグとトーストに噛り付く筆者。しかし義妹と大学生の姪を見ると断食明けの人間に見られるガッツキ感が微塵も無い。

「どうだ!断食後の食事は?つらかっただろう?」と聞くと、曖昧な表情を浮かべたまま何も答えない二人。この負け犬め、食欲に負けたブヨブヨ母娘、だらしなく太った二人の体を見るにつけ蔑みの感情が浮かんできた。お前らはこのまま食い続ければ良い!そのうちジャバ・ザ・ハットのように醜い体をさらすようになるんだよ。





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ブチ断食でデトックス

筆者がここ最近励んでいるのは断食である。そう書くと大げさに聞こえるかもしれないが、別にヨガにはまり込んでいるとか即身仏になろうとしているのではなくあくまで健康目的なのだが、これが結構体に良いことが分かり定期的に取り組むようになったのである。

きっかけは数か月前から急に胃が持たれるようになり、それに何となく体がだるく感じるようになったからだ。病院の健康診断は相変わらず悪いが、逆にここ最近になって急激に悪化した数値があるわけではないので変だな・・と思っていたのだが、ネットでいろいろ調べていたところどうも体内に毒素がたまりこんでるらしく、断食によるデトックスが必要だと書いてあるのを見つけた。

24時間何も喰わないと肝臓は口から入って来たものの分解作業を終えるため、余った能力を体内に蓄積された有害物質の分解へと振り分けるというのである。さらに肝臓にたまりこんだ長年の炭水化物の結晶(=脂肪肝)を吐き出すのに効果がある・・というのが目にした筆者は、これだ!これこそ俺はこれをやるべきことなんだ!と早合点してしまった。

それで1ポンドステーキという豪勢な夕食を終えた後(一応飢えに備えるため)、翌々日の朝食まで水とお茶以外は何も摂らない36時間コースの断食を始めたのである。断食の専門家の話では素人が自己流でやる場合は36時間から最長48時間までが限界で、それ以上は危険!と書いてあったので短い方を選んだのだ。

腹が減るとものすごく濃いウーロン茶を飲む。これは筆者が3年前に禁煙したときに取った方法で、一時的に欲求を麻痺させる効果があるのだが、口元や喉は誤魔化せても腹がグーグーなるのだけはどうしようもない。それにカフェインを大量摂取するので眠れなくなるのが困りものだ。しかし脂肪肝を治すためだ!と念仏を唱えて耐え続けることにした。





眠れないまま空腹感に耐え続ける・・という苦痛の36時間はやけに長く感じられたが、それでも何とかゴールである翌々日の朝がやってきた。それで早速いつも食べている朝食を女房に作らせたところ、これが・・別にいつもの朝食の味である。ネットには感動的な味に驚くでしょう!とか書いてあるけれども、全然そんなことないじゃんか・・。

しかし体温が上がって汗をかくようになるとか、頭痛がする、吹き出物が出るなど、それ以外の断食時の体調変化というのはかなり当てはまっていて、特にウ○コが異常に臭くなるというのはどんぴしゃりだった。これは肝臓や胆のうから老廃物や毒素が出てくるためだというが、なるほど!と感じさせるだけの凄い臭いである。

さて断食が明けて昼間から睡した後で再び元の食生活を始めたのだが、これが笑っちゃうくらいバクバク食べられるのである。そりゃ1日食わなかったんだから翌日は胃酸が強力になるのは当たり前だ・・とお思いだろうが、これが1週間たっても食欲は全く衰えを見せう、ここ最近苦しめられてきた妙な膨張感は無くなった。

それに体のだるさや頭がボーッとする症状もかなり軽減されるのが良い。こりゃ断食はもっとやった方がいいな!と思った筆者は調子に乗って翌週も36時間断食をトライしてみたのだが、1回目ほどウ○コは臭くならなかったが(毒素は出来ったのだろうか?)体調の方は前よりも良くなっている。

人間が週末休むように肝臓の方も少しだけ休ませてリセットすることが必要なようである。時間は36時間、水とお茶は飲んでもよいが固形物やソフトドリンク、アルコールが現金のプチ断食コース、騙されたと思って一度トライしてみては如何だろう。それにあの異様に臭いウ○コを見ただけで自分が健康になった!という気になるのは間違いないよ。





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僕らはみんな生きている(3)

さて昨日までの2話は実はどの会社でもある話である。筆者がまだ若手の頃に大学の同級生たちと一杯やっていれば、半導体や超電導モーターの最新技術が旧ソ連や中国、韓国へと漏れているなんて話はよく聞いたものである。密かにフロッピーディスクに保存され持ち出される図面や提携先を通じた技術流出など、当時の日本企業の無防備さに付け込んだ産業スパイの浸透というのは頻繁に起こっていて、「研究所の○○っていう男が怪しい」なんて噂はどの会社にもあったのだ。

しかし大滝氏の場合は「やはりあいつはスパイだったのでは?」との疑念を深めるような出来事が後年もう一度あったのである。結局役員には昇格せず通常の定年よりも少しばかり早く退職した大滝氏はなんと日本人の退職者をリクルートして中国企業に送り込む仕事を始めたのである。しかも彼の集めた人間たちは少しばかり毛色が違っていたのだ。

これは90年代にわりと話題になっていたからご記憶の方も多いと思うが、モノづくりの現場が中国に集約されるに従って日本の金型技術者などの職人たちを中国企業がかき集めていたのである。しかもこの人数があまりに膨大であったために日本の伝統的な強みである現場の技術が一気に中国へと流出してしまう事態となっていたのだ。





筆者の取引先であった香港・中国の工場にも月給4万元(当時40万円)くらいで雇われた初老の日本人をたくさん見かけたが、彼らは「自分の技能を誰かに後世に残したい」とか「朽ち果てる前に自分が世間の役に立ったことを感じたいんだ」と自分の存在意義を訴えている木の良い爺さんばかりだった。

しかし大滝氏が送り込んだ一団はこういったブルーカラーではなく、名門国立大の修士課程を持って一流企業に入社し、長年開発現場を仕切って来たエリート技術者ばかりであった。業種は言いたくないので仮にスマホ業界に置き換えるが、アップル本社や基幹部品を供給するTDKと日東電工、村田製作所といった素材メーカーのOBたちだと思っていただいてよい。しかも彼らは民間企業ではなく北京にある研究所へと送り込まれていた。

会社の先輩で大滝氏の部下でもあったH氏は研究所には入らず中国・深センで自分の設計事務所を営んでいた方だが、開発委託先としてこの研究所に一時期出入りしていたので、筆者も色々と裏話を聞くことが出来たのだが、ここはアメリカの大学の様に中国全土の先端企業と産学協同プログラムを実施し、顧客の工場に入り込んで品質工場や製品開発まで行う巨大なコンサルタント企業であった。





「俺はなぁ、大滝氏はやっぱり情報を流してたんだと思うよ」と呟いたH氏。筆者も昔は半信半疑だったが、北京の研究所の話を聞いた時には間違いなくクロだと思うようになっていた。しかし地元の中産階級の出身で質素な生活を好む大滝氏が金で転ぶとはとても思えず、いったい彼を背任行為へと突き動かしていたものは何なのか?はさっぱり分からないんだよ・・とH氏は付け加えた。

東ドイツ以来の腐れ縁が続いて脅迫されていたのか、それとも悪意ある噂通り東ドイツ人の女との間に子供でも出来ていたのか、もしくは裏切ることに快感を覚える人格異常者なのかもしれないし、もしくは90年代に中国に渡った老職人たちの様に「自分の技術を誰かに伝承したい」という世間知らずだが純粋な心の叫びだったのかもしれない。

さて大滝氏はすでに高齢であり、H氏が腎臓の病気で帰国してしまった今では研究所の近況を聞くことは出来ないが、数多くの特別な技術が大滝氏を通じて中国に流れたことは間違いなさそうだ。いったい彼は欲しいものを手に入れられたのだろうか?、いや実際はそうならなかったのではないか・・、大滝氏について考える時にいつもそう思ってしまう。





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僕らはみんな生きている(2)

わが社の技術が盗まれている・・。そう会社は判断した。しかしこの技術は図面や加工指示書を盗んだくらいで出来るような代物ではない。製品の設計から加工方法、素材や気温の変化による微妙なズレまですべて把握していて、現場に出向いて理論と実証の齟齬を埋める作業を何度も繰り返し、素材外注に対しても的確な指示が出せる人間、つまり設計開発と商品技術のプロがいないと移転などできないのだ。

さらにこの技術は民生品だけでなく軍事転用可能な、というより思いっきり軍事目的に使える代物であり、実際レニングラード国営工場は当時東側でも有名な軍事工場も兼ねていたのだ。思い当たる筋と言えばライプチヒ工場への技術指導だが、ここに移転したのはソ連に漏えいしたのとは別種の格段に簡単な技術であるので直接の関係は無い。しかし原因はどうであれこれは間違いなくココム(対共産圏輸出統制委員会)に引っかかって大問題になるぞ!と社長ら幹部は疑心暗鬼に陥ったらしい。

さて肝心の漏えい元については誰もの口から大滝氏の名が挙がった。ライプチヒに2年いて東ドイツ人のエリート技術者達と日常的に接する立場にいたことの他に、京都大学時代に学生運動をやっていた・・という経歴がその理由だが、あの世代は運動やってない学生の方が少数派だったから、こればかりは言いがかりであろう。しかしこの大滝氏は若いころにその最重要の技術を開発したメンバーの一人であったというのが噂の信ぴょう性を高めてしまった。

大滝は東ドイツ人、いやソ連人に我が社の最重要の技術まで教えたのではないか?。しかしそう断言するための確たる証拠はない。そして当然ながら大滝氏は嫌疑を否定したらしいのだが、その後ミンスクだかゴーリキーだかの国営工場が別の技術、しかも大滝氏の属する設計課がまだ開発中でごく限られた人間しか知らない技術を使った製品をリリースするに及んでついに大滝氏への疑念は決定的になってしまい、彼は開発とは全く関係ない部門へと配置転換されてしまった。


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もちろん開発部門の別の人間が日本在住のソ連人を通じて技術を売っていた可能性も十分あったらしいのだが、ココム違反がばれることを何が何でも防ぎたかった会社としてはとにかく「対策を取った」と今すぐ一安心したかったため大滝氏を犠牲にすることにしたらしい。この後は目立った漏えいは無くなったそうだが、その反面エースの大滝氏がいなくなったため商品開発で競合他社に負けるケースがいくつか起こったらしい。

さてその後の大滝氏だが、筆者が入社した頃は業務本部長というお偉いさんであった。新製品開発や技術とは全く関係が無い資材や物流を取り扱う部門だが、本部長とは役員一歩手前のかなりの地位である。「あいつはソ連に技術を売った裏切り者だ」などの悪評を立てられたようだが大滝氏は持ち前の頭脳明晰さでどんどん出世していったのだ。

なお筆者は一時期商品企画にいた時に「大滝○○構造」などと名付けられた独創的な特許を数多く目にする機会があったので、大滝氏が相当優秀な技術者であった事は知っていた。それに疑惑当時の大滝氏は開発部の全てのテーマを技術的、理論的に再検証する地位にもいたから、いわば最新技術の宝箱の上に座っているような人物でもあった。

なのでもしも自分が競合他社や敵国に雇われた技術情報収集担当で、わが社の中で一人だけ買収することが出来るとしたら迷うことなく大滝氏に白羽の矢を立てたに違いない・・と酒の席で誰かに話した覚えがある。しかしこの時はすでに事件から相当時間がたっていたし、何よりソ連自体が崩壊して過去の遺物になりつつあったから、当時の大滝氏は「濡れ衣を着せされた可哀そうな人」という評価へと変わっていた。


8888ソ連消滅s



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僕らはみんな生きている(1)

20年ほど前に公開された「僕らはみんな生きている」という映画をご存じだろうか?建設プロジェクトのため東南アジアの架空の国タルキスタンを訪れた日本人サラリーマンたちがクーデターに巻き込まれるというストーリーで、この中で山崎努演ずる冴えない支店長が実は赴任先のタルキスタン政府に取り込まれてスパイになっていた・・という笑えないオチであった。

筆者は先日の日記で「日本政府に生きた情報源を扱うスパイ機関は無いが、外国に雇われた日本人スパイは案外といる」という日記を書いたが、今日の日記では筆者の身近で起こった日本人スパイについて書くことにする。とはいってもジェームス・ポンドどころか「僕らはみんな生きている」の山崎努よりもスケールの小さい、しかも政治じゃなくて技術関連のスパイ話で、それに単なるうわさ話で恐縮だが・・。

筆者が働いていた会社は元々は田舎の町工場という後発企業のため、海外市場で大手と伍していくためには外国企業と合弁を行い、現地でノックダウン生産を行うパターンが多かった。特に資金力・営業力が脆弱だった1970年代はこの傾向が顕著で、ブラジルやインドなどの合弁先へ数多くの技術者が出向して生産ラインの立ち上げから安定化までの工場運営、さらにコスト削減のため現地からの資材調達などに励んでいたのだ。

開発部のエースの一人である大滝氏もその一人で、彼が派遣されたのは旧東ドイツのライプチヒにある東側では名の知れた国営工場であった。なおなんで東西冷戦の真最中に共産圏で合弁をしたのかと言うと、ニッチな市場でシェアの先固めをしたい!という表向きの理由とは裏腹に、当時の社長が大手商社の提案に言いくるめられて即断即決してしまったという何とも情けない事情があったのだ。





しかし当時の東ドイツは社会主義陣営では最も技術が進んだ国であり、ライプチヒ工場には特に優秀な技術者が集まっていたから、会社としては生産だけではなく開発拠点として使えるのでは・・という目算があったらしい。それで単なる生産現場のオッちゃんだけではなく、中堅のそれもエリート技術者を派遣することになったのだが、その中の一人が大滝氏であった。

けっきょく大滝氏ら数人の技術者はライプチヒに2年くらい滞在したが、現地でノックダウン生産を行う体制は出来たものの、社会主義陣営では優秀な東ドイツとはいえ生産技術のレベルと商習慣が余りにも稚拙なため、こりゃ話になりません!と判断して帰国したという。理論は進んでいても応用がまるっきりダメな社会主義国にありがちな話である。

さて問題は大滝氏らが帰国して1~2年たった頃に起こった。旧ソ連のレニングラード国営工場から東側にしてはかなり画期的な新製品が発売されたのだが、その製品を分解して分析してみた技術者たちは「アッ!」と驚いてしまった。そこで使われている中枢機構は筆者のいた会社が十八番にしていた秘伝中の秘伝だったからである。

電機製品と違って機械的な機構を持つ製品はブツを買ってきて分解し、その部品の寸法を測って精密な図面を作り、その部品を組み立ててコピー製品を作るリバースエンジニアリングが通用しにくい世界である。とくに十八番の機構は日本の競合他社でもマネ出来ないある特殊な作り方をしないと製品化できないのだ。つまり我が社の重要な技術がそっくり共産圏に流れてしまった・・という重大事態が発覚したのである。






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中年女の積木くずし

我が家に突然訪れたピナ叔母が女房と話しているうちに突然泣き崩れてしまった。目配せで席を外せ!と女房が訴えるので筆者はベッドルームに引き上げたが、時々すすり泣きの声がドアを通じて聞こえてくる。なんか深刻な話の様だ。

ピナ叔母の帰宅後に一体どうしたのだ?と興味本位丸出しで聞くと、娘のメイ(女房にとっては従姉妹)が手がつけられなくなっちゃったんだって・・と言った。先週メイはピナ叔母の目の前で家具をぶっ壊した上に「この家に火をつけてやる!」と叫んだというのである。

ピナ叔母とメイ、それと同居人の叔父は週末、本業が休みの日にお菓子の屋台を近所の公園で出していて、この副収入を一昨年新築した家のローンに充てているのだが、なんとメイが利益の半分をアタシに寄こせ!と言い出したのだという。

しかしピナ叔母にしてみればメイとメイの娘ニキは新築の家の住人であり相続人なのだし、だいいち最初から屋台収入はローンに充てると合意したはずである。それでメイの要望を断ったら前述のようにメイがブチ切れたのだそうだ。





メイは30歳のシングルマザーで、過去何度か男に狂って家出する以外は特に問題はなかったのだが、今年4度目の出奔した相手はどうも麻薬に手を出すクズ野郎で、こいつの影響でメイもアタマがおかしくなってきたようである。

他人の携帯を覗き見て自分の悪口が書いて無いか粗探しする、他人の上に勝手に住みこもうとする、娘ニキのクラスメートに意味不明の怒りをぶつけて小突くなど、ここ2〜3ヶ月でメイは確実に常識からずれ始めているのである。

「メイは麻薬に手を出したのかもしれない・・」とピナ叔母は女房に否定してほしい口ぶりで話していたというのだが、そりゃあーた、メイのあの行動と異常な痩せ方を見れば誰だって気がつくだろうが・・。早く現実に目をむけなよ。

日本じゃグレ始めるのはふつう15歳くらいだが、その倍の年齢で軌道がずれ始めたメイ。いったい彼女はどうなってしまうのか・・と血の繋がりは無いにしろ親戚として心配だが、反面ちょっと期待している部分もあるのだ。子持ち中年女の積木くずし、是非ともメイが壊れていく現場をちょくちょく覗き見たいものだ。






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受話器の向こうのアホとの闘い

ちょっと前に日記でPLDTの地上電話を入れたら間違い電話が頻繁にかかってくるようになった・・という日記を書いたが、2週間ほど前にその原因が判明した。なんとフィリピン地方都市のホテルの電話番号だと勘違いされていたのである。

間違い電話の中に「オタクはニューエイジ(仮称)ですよね?」と意味不明の単語がたびたび出てくるのが気になっていたのだが、ネットで調べてみたらなんとニューエイジというホテルが実際にあって、その電話番号をみたところアッ!と驚いてしまったのである。

そこには63-12-345 -1111(仮) とフィリピンの国ナンバー63とエリアコード12を含めた番号が書かれていたのだが、筆者の家の電話番号は631-2345(国とエリアコード除く)なのである。つまり国番号やエリアコードを理解しないマニラ市民が国番号63から始まる番号をそのままプッシュすると(末尾4ケタの1111は省いて)筆者の家にかかってきてしまうのだ。

「シングルルームはいくらですか」「アンタ間違い電話だよ!」「失礼いたしました」と言ってガチャン!と切れた後でまた同じ人からかかってくる。これが最低でも1日4~5件あって、中には「私はホテルの広告通りの番号にかけているのに、あなたの態度はなんですか!」と逆切れする人までいるのだ。

それで「ウチはホテルじゃない」「ここはマニラだ」「国番号63を省いて電話をしろ」と説明すると「国番号って何ですか?」と聞いてくる始末・・。まあ筆者も一日中ヒマだし相手が若そうな女性の場合などは「63は海外からかける時だけ使うのよ」とか「エリアコード12の前に0をつけて番号を順次押していけばつながるよ」と説明してあげる。





この場合は流石にこっちが親切に説明しただけあって相手はサンキューベリーマッチ!と言って電話を切るのだが、これがまた10秒後に同じ声でかかってくるとガックリくる。それでまた同じ説明をするのだが、今度は「エリアコードってなんですか?」と聞いてくるのには思いっきり脱力してしまった。

良く考えてみれば今どき電話、それもケータイではなく地上電話でホテル予約するなんて少数派だし、だいいち国番号も解せない人たちである。どうやらいくら説明したって1ミリも理解できないオツムの持ち主であるようだ。

それで「これはニューエイジホテルの番号ではない!」とだけ言って電話を切る事にしたのだが、こうすると相手も躍起になるようで何度も電話を掛けてくる。最高11回かけてきたオバちゃんたっているのだ。アレッ?あたし間違えたかしら?と番号を見直す習慣はどうやら生まれ持って無い人たちのようだ。

まあ相手が男の場合はまず最初に「ニューエイジ・サービス」と名乗って、シングルルームは幾らか?と言う問いに「韓国女の場合は2000ペソ、白人女は3000ペソ。オールナイトならその倍ですよ。サー」とエスコートクラブの振りをするようにしたところ、ガチャンと切れた後は二度とかかってこない。

しかし女性相手でこの戦法を使うとセクハラで訴えられる可能性もあるので「間違い電話です」とだけ答えるのだが、この場合は十中八九もう2~3回かかってきてしまうのだ・・。というわけで筆者ら夫婦は間違い電話の対応に苦慮しているのだが、どなたかセクハラで訴えられずに女性陣が二度と掛けてこない対処法をご存じないだろうか?






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日本人のスパイたち

中国政府により日本人が相次いでスパイ容疑で逮捕された。拘束されたのは中朝国境地帯で脱北者を支援するNPOの職員や、中国の軍事工場を訪問したサラリーマンだと言うから、中国に住んでる日本人は注意した方が良い。ある日突然ドアをノックされ、軍用犬を連れた制服姿の男達に連れ去られるかもしれないよ。

中国と商売された方ならよくご存知だが、素材や金属関連の大手企業というのは結構軍事企業が多く、筆者の取引先にも中国空軍向けの計器や爆弾投下器を作っている会社があって、工場見学の際に調子に乗った副総経理から「極秘、立入禁止」の札がかけられた工程を見せてもらったこともあるのだ。

日本と違い中国人はかなりいい加減な民族で、裏金さえ渡せば機密文書でも戦闘機でもホイホイ横流ししてくれるから、中国政府が機密保持に躍起になって漏洩元、および漏洩先に厳罰を処すのもある意味理解できる。政府幹部が数百億円ネコババするのが当たり前の抜け穴国家だから、情報だって筒抜けなのだ。





だけど日本には海外での対人情報(HUMINT)を扱う組織も能力も無いでは無いか!と言うだろうが、これは確かにその通りで日本は衛星や電波、それに公開情報しか収集していない。しかし拘束された日本人を雇っていたのは日本政府だけとは限らないし、だいいち当人が自分がやってることはスパイ活動だと全然認識していない場合だって十分あり得る。

例えば上に書いた筆者の様な例である。たまたま外部公開禁止の軍事技術情報をみてしまったとか、あくまでもビジネス上の目的で競合他社の生産拠点を覗き見たら運悪くそこが軍事工場も兼ねていた・・と言ったケースである。取引先の倉庫に置かれた鋼材の厚さを測っていたら、運悪くそれが戦車用鋼材であったため一揉めあったという笑えない話だってあるくらいだ。

もしくはアメリカに雇われている場合もある。なにを荒唐無稽な!と思うだろうが、これも間に調査事務所やマーケティング会社など米軍の子飼いの組織をいくつも噛ませていて当人は誰が雇い主か全く知らないらしい。目的はあくまでも中国軍事産業の技術力の情報収集で、日本人の専門商社や業界雑誌の編集者、それと大手メーカーの購買担当がアルバイト的にやるケースが多いという。





要するにスパイと言っても中国工場の生産設備や規模、製品の金属加工能力を自分の技術的見地から報告するだけのずいぶん地味な存在だが、アメリカ人よりも日本人が中国工場に出入りして新製品開発でしぶとく交渉する方が自然だし、それに元防衛庁にいた作家の話では日本人技術者の目というのはこれは大変優秀で、彼らの報告をベースに中ソ両国の潜水艦や航空機の能力を推測するのに大変役立ったそうである。

なお言っておくが筆者は今回拘束された日本人がスパイだった!と断定しているわけでは無いし、中朝国境の支援者も中国の秘密情報を掴んだというより、中国公安幹部が脱北者を売春宿や臓器売買に売り飛ばしているとか、中国の丹東や大連が北朝鮮製の麻薬の中継拠点になっているといった事実を掴んだから拘束された・・という可能性の方がはるかに高いと思っている。

しかしながら日本人は一人もスパイ活動をしていないのか?と言われれば事実はそうでは無いよ!とい言いたいのである。なおこの話が信用出来ないのであれば、1960年から70年代にかけて共産圏向けに取引をしていた友好商社のOBたちと是非とも話をして見て欲しい。きっとメーカー出身で中国組の先輩から色々と聞かされた筆者よりも興味深い話が聞けるはずである。なお探るつもりが逆に向こうに取り込まれちゃった人も多いらしいよ。






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案外したたかなゴザ酒場の女たち

フェイスブックを見ていたら今日はジャンの誕生日だという表示が出ていた。このジャンと言うのはバンコク・ホアランポーン駅前にゴザを敷いて赤酒とソムタムを提供している通称川っぷちの女である。これを日本で言うと昭和40年代に上野駅の前で出稼ぎ労働者向けに東北の漬物とツマミに安酒を売っている屋台の肝っ玉かあさんと思っていただくと良い。

筆者は学生時代にどぶ川沿いにあるゴザ酒場に毎日通い、タイ東北部イサーンという貧しい地域から来た薄幸そうな女の子たち相手に拙いタイ語を駆使して一日を終えていたのだが、ジャンはその頃のメンバーの生き残りで、今でも姪のエーンを引き連れて毎日ホアランポーン駅前にゴザ酒場を開いているのだ。

それで誕生日のメッセージを送ったのだが、ふと見ると「今日で50歳です」という表示に目が留まった。アレッ?確かジャンは42歳だと言っていたはずである。そういえばGダイアリーというタイ発行の雑誌にゴザ酒場が特集されていて、そこにジャンと姪のエーンが紹介されたので見てみたところ、確かにジャンは42歳、エーンは23歳と書いてある。





まあ女性が年を誤魔化すのは世界共通の事だし、そういえばジャンは5年前に逢った時も42歳と言っていたから気が付かない筆者がアホなのだ・・と一人納得したが、試しに姪エーンのフェイスブック上のプロフィールも見てみたところやはり23歳ではなく25歳であった。そしてエーンの投稿した写真には二人の赤ん坊を抱いてる写真が何枚もあった。

「アタシは恋人を作る時間もないの。日本人で誰かいい人いないかしら?」と言っていたエーン。しかしどうやら実態は二児の母であるようだ。まあ離婚したとか未婚の母ならウソは言っていないのだろうが、ゴザ酒場の女たちを純朴で物悲しい人たちだと思っていた筆者は「アイツら中々食わせ物だな」という印象を持ってしまった。

それでヒマに任せてネットで「川っぷち」とか「ソムタム売り」「ホアランポーン」などと検索していたら、これが出てくる出てくる・・。なんとやたらと多くの日本人が今時バンコクでも稀な牧歌的なゴザ酒場の女性たちにすっかり感動してしまい、店がはねた後に一緒に食事に行ったりカラオケに行ったりしているのである。



(この写真はある方のブログから無断で拝借しました。ごめんなさい)


25年前までホアランポーンでゴザ酒場を営んでいたオラニーと言う友人は「あそこは酔っ払いや危ない人が沢山来たから本当に毎日が嫌だったわ」と涙ながらに吐露していたので、筆者は彼女たちを同情の目で見ていたのだが、ネット上に数多く登場するジャンと姪のエーンの楽しそうな写真を目撃するにつれ筆者の理解はなーんか違うような気がしてきた。

少なくともこの二人は結構楽しんでいるようである。それにジャンとエーンは二人とも髪をマッキンキンに染めていて、タイ東北部の農民にしては化粧が濃いのも気になる・・。どうも単に安酒とツマミを出すだけでは儲からないので、銀座の郷土キャバレー「白いばら」のように「同じ故郷の田舎っぽい娘とロマンチックなひと時を・・」というコンセプトに切り替えたに違いない。

おそらく今ごろ二人してコンパクトの鏡を見ながら口紅でも塗り、人の好い客が歩いてくるのとっ捕まえようと算段を練っているに違いない。そういえばオレが呼んでも無いのにエーン隣に座って赤酒を(オレの勘定で)3本すごい勢いで飲んでたな・・。ひょっとすると来年あたりはゴザ酒場もキャバクラ、いやゴーゴーバー化してるかも・・。






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修羅の群れ@パンパンガ

先日筆者の家に親戚が集まって来た際に、エド叔父さんが「つい最近命拾いしたよ」という話を始めた。このエド叔父さんはパンパンガ州のサンタアナという町に住んでいて、普段は近所に住む従兄妹たち(無数にいる)と麻雀を打ったり酒を飲んで暮らしているのだが、なんとある晩に闇討ちに遇ったというのである。

「十人以上の男たちがなだれ込んで来て角材で殴りつけて来たんだ。幸いナタは使わなかったから命だけは助かったよ」というエド叔父さん。これを聞いた筆者は酔っ払いの作り話だと思ったが、エド叔父さんが見せてくれた腕の肘の部分には痛そうな深い傷と広範囲に渡る打撲傷が・・。どうも襲われたのは本当らしい。

ここから先はタガログ語でまくし立てたので筆者には全体像がよく理解出来なかったのだが、どうも一緒に飲んでいた従兄妹の息子たちが町の不良とトラブルを引き起こしたらしく、この連中が報復のために襲撃して来たようだ。つまりエド叔父さんら50代の人間は喧嘩に巻き込まれたわけだが、なんとエド叔父さんもプンタドールの瓶を割って喧嘩に加勢したというから呆れてしまった。





嬉しそうに武勇伝を語るエド叔父さん(そうとう創作が入っているに違いない)。それを息子のジェンや甥や姪がなんでも無いようにフンフンと聞いている。日本で50代後半のオヤジが「角材で殴りつけてやったよ」などと言えば「まあ!なんて危ない事を!」「お父さん!暴力はやめて!」と嘆かれるが、アジアの天下茶屋、いや北九州の田川とも言うべきフィリピンではごくごくありふれた光景らしい。

元ジープニーのドライバーのダニー叔父も昔は車がぶつかったとか客の取り合いで別の運転手や集客係と殴り合いになり、その場で負けた方は必ずと言って良いほど仲間を引き連れてお礼参りにやって来たのだと言った。しかも中にはナタで片腕をバッサリ切り落とされた人間もいると言うからたかが喧嘩などと笑っていられない。

そのうち「俺も隣町の奴らと・・!」などと喧嘩自慢大会の様相を呈して来る一族の会合。ヤンキーの暴走族じゃあるまいし・・」と呆れたが、売られた喧嘩は絶対に買う!、交通事故で人を轢いたら家族に報復されるからバレない様に確実に殺せ!が鉄則のフィリピン地方部では、どちらかが降伏するまで戦い続けるらしい。まるで北斗の拳の世界である。







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イッちゃうキノコ

題名からすると危ないクスリのように思えるだろうが、これは真面目なキノコの話である。紳士向けの雑誌を読んでいたところ、女性を簡単にオルガスムスに導いてしまうキノコの記事があるのを見つけた。

このキノコはハワイ諸島の山岳部にだけ自生していている珍種で、キノコ学者のジョン・C・ホリデーが成分分析を行ったところ、女性がイキそうになる前に脳から分泌されるニューロトランスミッタに似たホルモン化合物を含んでいるのだそうだ。

それで博士が女性に対して実験を行ったところ、このキノコの匂いを嗅いだ女性のうち半分がたちまちイッてしまい、残り半分も激しい精液興奮状態になったというから、実にすざまじいキノコである。





しかし気になるのは、このキノコは2001年に発見されたのにも関わらず、世界中の学会で大反響を引き起こしたり、Hな媚薬を生産する大手製薬会社が商品化したという話を全然聞いたことがないことだ。いや、もしかしたら筆者が知らないだけで、実は世のプレイボーイたちの間では高額な値段で密かに流通しているのかもしれないが・・。

さてこの究極の媚薬ともいうべきキノコだが、幸運なことに男性にとっては単に臭いだけで全然性的興奮を呼び起こさないのだという。なのでこのキノコを頭にかぶって満員電車に乗ってもホモに○○○を擦りつけられたりせずに、女性客の集団イッちゃう現象を楽しめるということである。。

しかし記事には肝心かなめの名前が書いてないので筆者はこのキノコの入手方法が分からないでいる。なのでどなたかハワイに住んでいて、山道を散策中にこの写真に酷似したキノコを見つけられたら筆者に送っていただけないだろうか?






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ペテン師に転げ落ちていく男

月末の一時帰国の折に新入社員時代の寮仲間で飲み会をやろうという事になった。この最初の職場は過去四半世紀の間に大規模なリストラや他社との吸収合併などを経たため皆バラバラになってしまったが、3年前に筆者が会社を辞めた際に関係が復活し、定期的に連絡を取り合っていたのだ。

さて現在東京にいるメンバーに加えて新潟県の工場から2人駆けつけてくると言う。それで幹事のH君に参加者の名前を聞いたところ、案の定行方が分からなくなったMの名前は無かった。この男については以前日記に書いたことがあるのだが、筆者と同時期に会社を辞めた後でオンライン英会話学校を立ち上げたのである。

しかし創業直後にアベノミクスによる極端な円安に直面し、さらに元々なんの強みも無いところへ競合他社のイノベーションで圧倒的に劣勢になったために、ある日突然オンライン英会話学校は営業を停止、いやもっと正確に言うと会員の前払い金を踏み倒してMはトンズラしたのである。

昔から口ばっかりのハッタリ野郎Mには実に似つかわしい終わり方だが、なんと飲み会の幹事H君は最近Mの消息をつかんだのだと書いた後で、あるウエブサイトのアドレスを送りつけてきた。クリックすると「僅か数か月で何百万円もの利益を上げた驚異のビジネスモデル」という大見出しが目に入った。

そこにはMが中国の特別なソースを使って物品を仕入れ、アマゾンなどのネットビジネスで販売することで驚異の利益を上げたのだ!と何度もしつこく書かれていたのだが、ふと下の方を見ると「次回○月X日のセミナーは満員」「次々回は数名の空きあり」という文字が躍っていた。





そしてセミナーのコーナーをクリックすると、「Mさんの話はまさに目から鱗」「九州から出てきた価値がありました」という提灯コメントがいくつも書き込まれている・・。そう、Mは短期間で成功を収めたビジネスマンとしてのノウハウを売るモデルを始めたのである。

そう言えば1年半ほど前に筆者が昔売っていた商品を香港から買いたいから業者を紹介してくれ・・というメールがMから来た覚えがあった。しかしMは仕入れなんて一度もやったことが無い人間だし、いま貿易実務の参考書を読み始めたところだ・・という体たらくだった。それで素人が手を出すような世界じゃない!と門前払いをしたのだ。

あれからたった1年半で輸入ノウハウのセミナーを開催だと・・?。それでMの大儲けの根拠を見てみたが、単に創業から数か月で1000万円儲けたと自己主張しているだけのどーしょーもない代物である。これを見た瞬間に筆者はMの目論見をすぐに理解した。

Mは儲けてなどいないのだ。ただ儲けたことにして集まって来たカモに自分の秘伝(これも本やネットでかき集めてきた他人のノウハウ)をさも尤もらしく語ることで金をむしりとることにしたのである。そう、Mは自力では生まれつきただの一人の客も開拓することも、新しい商品を作り出すことも出来ない男だ。

詭弁をもって周りを煙に巻き、小難しい理屈を述べて尊敬を勝ち得る。これだけがMの出来ることである。そしてどうやら今回から本格的にMは虚業の世界へと道を踏み外したらしい。転げたらMの事だからどこまでも行くに違いない。実体のない過剰な自尊心を持った男の末路はこんなものなのだろう。






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謎の掃除機プレイ

頭の壊れた父親と体にマヒが残った母親の世話ばかりさせられて鬱憤の溜まっている従姉妹ローズアン(25歳)を息抜きさせるため女房が用事を作り出した。タイ旅行中に家に虫が大発生してしまって!とか洗濯物がたまっちゃって!と言ってローズアンを手伝わせに我が家へと呼んだのである。

まあ2~3日なら・・とローズアンの両親も了解してくれたので早速我が家に来たローズアン。もちろんウチはゴキブリなど発生してないが、一応バイト料を払うため(こうでもしないとローズアンは金を受け取らない・・)一週間分の洗濯物だけは用意しておいたのだ。

ところが田舎から来たローズアンは一人ではなかった。シーラと言う名のガールフレンド、つまりレズビアンの相手が一緒である。ローズアンは女だが、実は2年ほど前に自分が中身的に男であることを遂にカミングアウトし、レズビアンのシーラとは半年前から付き合い始めたのである。

来て早々甲斐甲斐しく働くローズアンとシーラ。しかし仕事など数時間で終わるから余った時間は映画でも見てこい!と映画のタダ券を渡す。田舎町では朝から晩まで働き詰めで、しかも両親に監視されているようなものだから、こういう自由な時間はローズアンにとっては貴重だ。


6666リフレッシュ2001


ところが夕方になると家に帰ってきてしまう二人。なんだよ・・二人でメシでも食いに行けばよいものを・・と言ったが、「でも食事の準備をしないと・・」と真面目に答えるローズアン。こういう愚鈍で人が良いところがあるから彼女は他人から利用されてしまうのだ。

しかし・・。それから3時間後に異変は起こった。タイから買ってきたステーキとラムチョップなど小洒落た料理(女房が作った)を肴にプンタドールを飲んで少し酔っぱらった二人はなんだかイチャイチャし始めたのである。この二人は滅多に逢えないからな・・と不憫に思った筆者と女房は「なんだか眠くなった」と言ってベッドルームへと引っ込み、二人きりの時間を作ってあげることにした。

それから20分後、隣のベッドルームからア!アッ!アア~ン!イイッ!という叫び声が・・。これが声を押し殺してというんじゃなくて、思いきり解放されちゃった喘ぎ声が断続的に続くのである。笑いを必死でこらえる女房、しかし筆者の方は「いくら溜まってるとは言え、他人の家で恥も外聞もなくおっぱじめるとは・・」と呆れてしまった。

これがマヤ・サルバドールとサム・ピントのレズシーンなら筆者もベランダに出て二人の行為を覗いてやろう!(出来れば参加したい)と思うが、ローズアンとシーラはお世辞にも美人とは言い難く(というよりも人間より霊長類と鳥類に近い外見をしている)、覗くどころか二人がヤッているシーンを想像するだけで気分が悪くなるのだ。


6666lsキャプチャ


アーッ!ハッハッ!イーッ!◎%&#ΦB@!!!という凄い声・・。それに一体どういう体位を取っているのか、ベッドの下に置いた掃除機の車輪がゴロゴロ音を立て、時々ほんの数秒間だけブオーンッ!と吸収音がする(いったい二人は何をしているんだろう・・・?)。

結局この変な叫び声は1時間ほど続き、続けてバターン!とドアが開く音がしたあとでシャワーを浴びる音へと変わり、二人のくぐもった会話が聞こえた後は全く静かになった。その間筆者と女房はただただ二人が事を終えるのを黙って待っていたのである(筆者はトイレに行きたかったが必死に我慢した)。

翌朝何もなかったように朝食を摂るローズアンとシーラ。遠慮がちで人の好い二人の事だから「昨日はうるさくてごめんなさいね」とでも言うかと思ったが、これが不思議なことに昨晩の事には何も触れない。こういう人種って鈍感だから、案外と筆者らが気が付いてないとでも思っているのかもしれない。

毛布の洗濯を終えた後でオルティガスに出かけるローズアンとシーラを見送ったあとで、女房がくるっと振り向いて「あの二人は掃除機で何をしてたのかしら?」とニヤッと笑みを浮かべて言った。そんなもん知るか!想像したくもないわ、気になるならお前が掃除機を調べてみろ。俺は今後一切あの掃除機には触らないことにするぞ。






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猫の目のように変わる大統領支持

週末我が家に集まった親戚たちと一緒に酒を酌み交わしている時に話題が来年の大統領選挙になった。ビナイ副大統領にロハス内相、グレース・ポー上院議員など各候補者は実質的に選挙活動を始めており、どのフィリピン人も床屋政談ならぬ居酒屋政談と井戸端政談を始めだしたところである。

さて全員がワイワイと政談を重ねている際に(筆者はタガログ語は解せないが、登場人物の名前で分かった)、従兄弟ラフィーが「アンタがフィリピン人だったらだれに投票する?」と質問されたので、ちょっと考えた後で「ビナイかな・・」と答えたところ、全員が「エッ?」という感じで驚いた。

ビナイは過去の不正・汚職疑惑で評判は地に落ちているが、主に貧困層からの指示で20%代の支持率を得ているのだ。もちろん筆者は汚職議員なんて好きではないのだが、実は親戚連中の中でも人格的に立派だと思う二人の人間(エド叔父と義弟のアベット)がビナイ支持者であったため、筆者も何となくビナイ・・と答えたのである。

ところが筆者の答えを聞いたエド叔父さんと義弟が「なんでビナイなんかに・・」と真っ向から否定的するのに唖然・・。あいつは腐っている!貧者のための政治家じゃない!と2か月前とは打って変わっての酷い変貌ぶりである。だけどビナイの汚職報道は1年以上も前から始まってるんだから、今ごろ支持者変更というのも何だか変だ。

それじゃアンタたちはだれを支持してるんだ?と聞くと、エド叔父さんと義弟は「デュテルテ!」と澱みなく答えた。あのダバオ市長か?と聞くと、そうだ!今の候補者でマトモなのはデュテルテとボンボン・マルコス(元大統領の子息)だけだ!とこれまた変な名前が飛び出した(2か月前は自信をもってビナイ!と答えていたのに・・)





筆者がしばらくニュースを見ないうちに世論はビナイ凋落で決まりの様だ。ということは世論調査でビナイと争っていたグレース・ポー上院議員で来年の大統領選は決まりだな!と言ったら、今度は親戚の中でポー支持派の頭目であった従姉妹メイが「それは違うわよ!」と言う。なんで・・。

グレース・ポーが政権与党LPのロハスと組んで大統領選に出るのなら100%勝てたけど、どの党にも属さずに独立系候補として戦うならまず勝ち目はないのよ!とどういう基準で候補者を選んでいるのか?な事をいうメイ。確かグレース・ポーの亡くなった父親も独立系としてアロヨ相手に惜敗したから、フィリピンでも支持率で圧倒的1位でもなければ選挙管理委員会に不正工作されてしまうらしい。

さらにである・・。2か月前は全員ともグレース・ポー指示で固まっていた女性陣+従兄弟ラフィーが、やっぱりグレースの経験不足は否めないよ・・、外国と渡り合えるかどうか疑問だね・・という理由でロハスに転向したり、断固たる行動力で実績のあるデュテルテの方が安心できる・・とこれまた思想転向しているではないか・・。

結局全員に「お前は誰が良いと思うのか?」と聞いたら指示率1位はデュテルテで、2位はずっと落ちてグレース・ポー、3位はなんとエストラダで、4位は何故だかロハスとサンチアゴ女史、ビナイはゼロという2か月前とは全然違う結果となった。

日本でも自民党と民主党の間をフラフラ揺れている輩が多いが、このフィリピン人の不安定さというのはちょっと節操がないと言うか、余りにいい加減すぎないだろうか?。まだまだ一波乱も二波乱もありそうな雰囲気だが、いったい誰が大統領になるのやら・・。






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タブーな話

インターネットを見ていたら日本の紀伊半島にアルツハイマーや認知症、ALSといった難病が多発している村がある・・という記事を見つけた。ALSは1万人に一人、パーキンソンは千人に一人という稀有な発生率をもつ病気だが、人口数百人のこの村では毎年数人がこの病気に罹っているというのである。

日本の研究者たちはこの山奥の村の水や土壌などの環境を調べたが今のところ何も発見できていないという。それでこれは田舎村によくある遺伝子的な要因で、近親結婚をくりかえすことによって劣性遺伝が濃縮された結果ではないか・・と思って調べたが、これも現時点では明確な因果関係は見当たらないというのだ。

しかし古代史や陰謀論の世界がお好きな方なら「紀伊半島のある村で・・」という一言でこの背後にあるモノが何ものなのか直ぐにお分かりいただけたのではないか?と思う。そう、アルツハイマーやALSといった神経系の病気が20世紀に頻発するようになった理由は、医学の発展に伴って長寿の結果もたらされたからだ・・と言われているが、これは全くのウソなのである。

今から20年ほど前にアメリカで娘とともに暗殺された斎藤綱男という研究者をご存じだろうか?。この人物はカリフォルニア大学サンディエゴ校の教授で当時世界を賑わせていた狂牛病の研究で世界に名をはせていたのだが、本来ならば暗殺された翌日に学会である発表をする予定であった。

彼の研究結果では脳の神経障害にはいろんな病名があるが、その殆どはリン酸化された、異常なtauと呼ばれる微小管会合タンパク質の存在が原因であるという衝撃的な内容だった。化学が分からない人たちのために言うと、要するに穀物や野菜、さらに畜産に使われる農薬・殺虫剤の過剰摂取がこれら難病の原因であるということなのだ。





このリン酸について化学式を用いて説明しても多くの方は理解不能だと思うのでここでは省略するが、簡単にいうと有機水銀の過剰摂取と同じ現象を引き起こすのだと思っていただければ良いと思う。つまりこれは1960年代以降の日本の工業化の歪みとして発生した水俣病やイタイイタイ病などの水銀中毒による脳のスポンジ化現象と同じである。

アルツハイマーもALSもパーキンソン病、狂牛病も原因は色んな難しい学説がつけられているが原因は全て水銀、もしくはリン酸である。そしてこんな事は世界中の研究者や農政関係者はとっくに知っているが、農業にかかわる圧力団体、具体的にはモンサントらデュポンといった農薬メーカーにカーギルなどの食品メジャー、それと世界各国で最大の圧力団体である農民団体への恐れから事実を表ざた出来にないのだそうだ。

結局われわれ弱者は何も知らずに水銀やリン酸に溢れた危険食物を毎日食べて、ひとたび神経障害を発症すれば農業団体のパートナーである製薬会社で作られた法外な薬を死ぬまで投薬されることになるわけだが、農業関連団体の圧力というのはロビー活動でも最上級のものらしく、この話は接待に表ざたになることはないらしい。

さて紀伊半島の村だけに神経病が発生する理由についてだが、皆さんは紀州の山奥と言うと昔からある産物が取れることをご存じだろう。それは古代では丹とか朱と呼ばれた水銀で、古くは真言宗の空海がこの地域に本拠地を構えたとおり紀伊半島は水銀の産地であり、ここに住む山師とかサンカと呼ばれた山岳民族は水銀採掘を生業としていたのである。

そして医者たちも言うのをはばかる真実、つまり胎児性水俣病のように水銀を摂取していた人間の子孫は障害を子孫に遺伝させる可能性が極めて高いという事実がある。つまり紀伊半島のこの村で難病と言われる神経障害患者を生み出すのは遺伝的に自然の理であるということなのだ。多くの研究はこの事を知っているのに、誰も真実を語らない・・。






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今ごろ進路間違いに気づいたアホ女

大学生の姪は半年ばかり落第したもののもうすぐ大学卒業となりつつある。それで筆者は祝い品として何を送ったら良いのか?と義妹に聞いたところ、実は困った事態になっちゃって・・と打ち明け話を聞くことになった。

なんと半年余りのトレーニー期間に自分が会計業務に全く向いていないことに気がついてしまい、子供の頃から興味のあった食品加工の勉強をしたいと言い出したというのだ。しかし事情を知っている筆者にはなにをいまさら・・という思いだ。

今から5年前に姪がロスバニョスとかいう大学で食品の勉強をしたい言い出した時に、「家から通えないから」「そんな学問を専攻したらオフィスで働けない」という理由一族全員猛攻に遭い姪は泣く泣く会計学科へと進んだのである。





確かに経理まわりは就職が良いし、当時叔母ミレットと結婚したばかりのラフィー(現在製薬会社の経理マネージャー)の影響もあって一族全員は経理 !経理!と叫んでいたが、筆者には姪は経理なんて不毛かつ小難しい職は絶対に務まらないだろうなぁ・・と分かっていた。

はっきり言って姪は洞察力に恵まれてもいなければマクロ的思考も出来ない愚鈍な人間だ。だから仮に公認会計士に合格したとしても落ちこぼれになるのは必至である。だからこういう低能力者は公務員にでもなって気楽な人生を送るか、大好きな事に愚直に取り組んで行くしかない。

「情けないわ!娘が会計士の道をあきらめるなんて!」と義妹は半泣きでいうが、長年人を見てきた筆者の目には一風変わったキノコの栽培やフィリピン豚を使った生ハム、臭みのある水牛のチーズ(義妹は足が臭い)を作ってる姪の姿の方がしっくり来るんだけど・・。それに向いてない仕事をし続けるほど苦痛な事は無いよ。





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悪徳ツアーガイドの新しいカモたち

バンコク滞在中に友人T君から奇妙な話を聞いた。T君は小さいながらもバンコクの目抜き通りのオフィスに自分の会社を構えているビジネスマンだが、実は25年ほど前はバンコクで日本人向けのツアーガイドで糊口をしのいでいた男、つまり皆さんお察しのとおり元々はいかがわしい男である。

T君と出会った頃の筆者はヤワラートの安宿に陣取る貧乏バックパッカーだから、T君に言われるままに宝石屋に行ってインチキ品をつかまされたり、路上で客を引いている性病もちの売春婦を斡旋されて2万円払わされるような目には合わされなかったが、彼とは何故かウマが合ったために悪党とは分かっていても付き合いは続けてきたのである。

さて猛暑にも関わらずタイ火鍋(スキヤキ)をつつきながらT君に日本人客を騙してピンハネする商売で相当儲けたんだろう?と聞いたところ、そりゃ20年前は客一人当たり2~3万円はかっぱいでたな!あの時は景気が良かったからよ!と言ってウィスキーのロックをグビリと飲んだ。

土産物屋やレストランからのキックバックは旅行会社に入ってしまうのでT君には一銭の利益にもならないが、客が美術品や宝石などイレギュラーな品物を買いたいと言い出したり、ちょっとタニヤの女は好みじゃなくて、もっと若い方が・・なんて事になればT君の懐には万札が溢れかえることになったという。





「しかしツアーの低価格化が進めばキックバックの原資は無くなるし、ネットでマッサージパーラーの本当の値段なんかが出てくりゃ商売にならんだろ?」とおどけるT君。それでツアーガイドには早めに見切りをつけ、まっとうな商売に踏み出したのだと言う(とは言ってもターゲットをバンコクに新しく赴任して来た日本人駐在員に変えただけだが・・)。

そしてT君は彼の知り合いの日本人悪党ガイド達が大部分は失業したんだけど、その後どういう末路をたどったのか?とか、アンコールワットツアーは結構旨味があるので生き残り組はカンボジアにいるんだ!などと業界事情(というより人間模様)を説明してくれたのだが、そこでちょっと気になる話を始めたのだ。

なんと一番タチが悪かったガイド達は2年前から日本に続々帰国して結構羽振り良くやっているというのである。日本?タイで日本の農協のオッサンに腐れ女を斡旋して暴利をむさぼっていた悪徳ガイドがなんでまた日本に?と不思議に思ったが、T君の説明を聞いて思わず呆気にとられてしまった。

彼らは日本に観光に来るタイ人を相手にするようになったというのだ。よくご存じのとおり15日以内の滞在についてはタイ人は2013年からビザ免除になったため、今やタイ人の間では日本に行くのがちょっとしたブームになっているというのである(圧倒的に中国人が多いためあまり目立たないがタイ人も急増しているらしい)





最近はタイ人も金持ちになったため中国人同様に4泊5日で最低でも20~30万円くらい平気で使うつもりで来るという。そしてテレビやネットで観た大間マグロとか関サバ、それに但馬牛のスキヤキなんてものも食べてみたいし、女房子供が寝静まったあとはデリヘルというのも経験してみたい。なんでもAV女優が出店してるところもあるそうじゃないか・・。

そこへ登場するのがタイ在住20年タイ語べらべらな日本人ガイドだというのだ。なんせタイ人は日本語が全く読めないからボッタクリ放題なのだそうだ。回転すし食い放題で一人1万円(!)とか、米沢牛だと偽って米国産牛肉を出したり、インチキのエロDVDパッケージを作って単なるデリヘル嬢を10万円で斡旋したりしているというのだ。

だけどレストランにはメニューがあるじゃないか?390円とか780円という数字くらいは幾らタイ人とは言え読めるだろう?と思ったが、T君の話だと店の方も心得ていて最初からメニューごとすり替えているという。つまりガイドのボッタクリに協力しているということらしい。そりゃ相当儲かってない店を選んでるんだな・・。

あの連中はカモを見つけるのが上手だからな。一昔前は海外に出た日本人がカモにされたけど、今じゃ日本に来る外国人が一番のカモということらしいよ・・、と自分の過去のことは棚に上げて沈痛な面持ちをするT君。せっかく日本の方へアジアの人たちが顔を向けてくれるようになったというのに・・、これが本当なら実に嘆かわしいことである







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アソコの臭いの元は・・

筆者の同僚に女好きなO君という男がいた。彼は筆者と違ってナイトクラブなどの連れ出し店が大好きで、ブランデークラスを傾けながら女と会話をして気持ちを盛り上げるのが堪らないと言うロマン派である。

それである時マカオの高級クラブで絶世の美女と思うばかりの中国女を連れ出したのだが、翌朝ホテルの朝食の場でO君がなんだか怪訝な顔をしているので「どうしたのか?」と聞くと、お前オレが臭くないか嗅いでみてくれないか・・と変な事を言い出した。

何と昨夜連れ出した女は外見の美しさとは裏腹にアソコがけっこうクッサかったというのだ。しかし最高の料金を払ったのだからせめて元を取ろうと中国美女のアソコを念入りに舐めまわしたんだよ・・と言う。

確かにO君は舐め好きだが、元を取るために臭いのを我慢して舐めまわすというのはちょっとピントの外れた思考である。しかし世の中色んな人間がいるし一応O君もアソコナメ以外は常識のある人物だから笑い者にするのはやめる事にした。



船の中でも袖や肩に鼻を近づけては臭いを嗅ぎまくるO君。何度も石鹸やシャンプーで洗ったんだけど、なあ、やっぱり臭うだろ?と何度も聞いて来るが、筆者には彼の周囲からは女性特有の臭いは微塵も嗅ぎ分けられない。

それで香港・上環フェリーターミナルについた後お互い自分の家へと帰ったのだが、地下鉄駅へと向かうO君が相変わらず鼻の下に手を当てては臭いを嗅いでいる後ろ姿が目に入った。

さて家に帰った筆者はインターネットで好きな事件実録などをみていたのだが、ふと腐敗した屍体の臭いが取れずに苦慮した鑑識の話を思い出した。もしも調べてみればO君の臭い取りに協力出来るかも・・と思ったのである。

そうすると出てくる出てくる。屍体の腐った汁がついた服は何度洗ってもダメだとか、重曹を使って煮洗いするのだ等書かれてあったが、いつまでも本人しか臭いを感じない場合というのがあって(コレだ!)、これは別の事が原因だという。



それは鼻毛、臭いが鼻毛に染み付いているというのだ。そうか・・、O君が中国女のアソコを舐めている際に腐汁(?)が鼻腔に飛び散ったか、もしくは鼻そのものを腐臭の漂う秘穴へと埋めたに違いない。それでO君は臭いが取れなくなってしまったのだ。

Hanage wo kire ! とSNSでメッセージを送った筆者。恐妻家のO君の事だから家へは直帰せずサウナあたりで身体中をゴシゴシ洗ってもいるに違いないが、メッセージを読んでちゃんと処理すれば心の動揺を奥さんに悟られずに済むだろう。

翌日「いやあ!昨日は助かったよ!」と感謝の意を述べるO君。何とハサミと毛抜きを使って鼻毛をすっかり抜きまくったところ臭いのは綺麗サッパリ無くなったというのである。

だけど話を聞いていると毛抜き作業は鏡を見ながらずっと小学生の娘が見ている前でやってたというから、娘は「お父さん変な事をしてるな〜」と深く記憶に刻み込まれたんじゃないだろうか。Oくん、娘が警察の鑑識に勤めないことを望むよ。



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消えゆくホアランポーンの女たち

80年代にバンコクのチャイナタウンに入り浸っていたからなら、ホアラムポーン駅前からドブ川べりにかけてゴザを引いて立ち飲みならぬ座り飲み屋(ただし屋根無し)をしていた女たちをよくご存知だろう。

彼女たちに供されるのはソムタムという青パパイヤのサラダにカオニャオ、ガイヤーンという鳥のもも肉焼き、それと赤い色をした酒くらいしか無いが、ここの売り物は何と言っても女の子たちなのだ。

料理を見て貰えば分かる通り彼女らはタイ東北部イサーンの農村部の出身者で、同じくバンコクに出てきて低賃金の肉体労働に従事する同郷の男たちは話し相手を求めて毎夜ホアラムポーンへと集うのである。



しかし彼女らの純朴さにはまり込むのは何も同郷の男たちばかりではなく、一日中すれっからしの売春婦ばかり相手にしていた日本人貧乏旅行者たちも滞在する安ホテルが近かった事からいつしか河っぷちに屯するようになっていったのだ。そう、かく言う筆者もその一人だ。

ずらりと並ぶ籠とゴザ。その数は数十はあっただろう。そしてどのゴザにも大概日本人が座っていて、辞書を引き引きヘタクソなタイ語を駆使して素朴なイサーン娘相手に何とか会話を試みていたものだ。中には恋愛感情に陥る男もいて、実際ここで出会った日タイのカップルは筆者の周りにも何人かいる。

しかしタイの経済成長が進んで出稼ぎ労働者ももっとマシな店に行けるようになったのと、楽宮やジュライといった日本人貧乏宿が相次いで閉鎖されてしまった事から河っぷちは規模を縮小せざるを得なくなってしまい、いまは数軒を残すだけになってしまった。



さてタイ滞在の最終日、中華街ヤワラートの散策を終えてホアラムポーン駅前に行くと、思った通りジャンがいた。ジャンは数少ない生き残り組の一人で、筆者はタイに来るたびに最低一回は彼女のゴザで赤酒を呑むことにしているのである。

ソムタムを肴にかつての友人たちの近況を情報交換する。筆者がここに毎晩入り浸っていた頃出会った娘たちは故郷ロイエット県に帰ってお母さん(あるいはお祖母さん)になっているが、中には交通事故で死んでしまった娘もいたりするのだ。

「ところホアラムポーン駅が取り壊されるって噂を聞いたけど・・」と言うと、ジャンは「そうなのよ、確かあと3年で無くなるんだって。そしたらアタシは失業だわ」と言って笑った。そうか・・、楽宮、ジュライ、台北旅社に続いてココも消え去るのか・・。



日本人の若者が沢山来ていたあの頃が懐かしいわ・・としんみりした口調で言うジャン。みんな一体どこに行ったのかしら?。今でも顔を出すのはアンタくらいだわ!と何が面白いのか今度は大笑いする。そりゃあオレはここが大好きだったからな。

河っぷちに出入りしてた男たちは今は40〜50代となり、子供の学費や会社での重い責務に悩まされているに違いないからタイなど来れるはずもない。しかし旅先で出会った多くの友人たちは定年になったらもう一度あの頃の旅をぜひとも再現したいと言っていたのを思い出した。

やっと苦役を終えて懐かしい思い出の地に来たらもはや何も残っていなかった・・。まあ人生なんて所詮はそんなものだが、今まで奇跡的に昔のままの姿でフリーズパックされていたヤワラートもホアラムポーン駅の取り壊しで劇的に姿を変えつつある。時間はあと3年しかない・・。




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コーヒーとHの相関関係

学生時代にゼミで一緒のU君から「お前はどういう環境でコーヒーを飲むのが好きか?」という素っ頓狂な心理テストをされた。例えば代官山や自由が丘のカフェで格好をつけて飲むとか、もしくは業者から取り寄せた特別な豆を自宅のミルで挽き、ドリップで湯気が上がるのを見るところから始めないとね・・といったコーヒーへのこだわりの事らしい。

それで筆者がある答えを言うとU君は「やっぱりな!」と言って大笑いする。何のことかわからずにキョトンとしている筆者に「コーヒーとセックスは深層心理じゃ被っているんだよ」と種明かしをするU君。つまりアンタはどういう環境でヤルのが好きなのか?と言うのと同じ質問だと言うのだ。

先ほどの高級カフェの例でいえば、高級レストランで食事をとった後でカクテルバーに向かって口説き、それからシティホテルに連れ込むというスノッブさを大事にするということらしく、自宅で特別の豆を・・というのは、自宅に連れ込んであれやこれやを時間をかけてじっくりと楽しむマニアックな性癖の持ち主なのだという。

小洒落た喫茶店で飲むならファンシーなラブホテル好きということだが、コーヒー自体もブラックで飲むとか、あんまり考えずに最初からミルクと砂糖をぶっこむ、エスプレッソみたいな強いコーヒーが好き、もしくはアイスコーヒーしか飲まないといったコーヒー自体の好みも当人のセックスに対する趣味というか哲学、体位とかポジションを表すらしい。





さしづめ今ならスターバックスコーヒーでゆったりと時間をかけて・・というのは現代人がセックスくらいは昔ながらのスローライフで行こうよ!という深層心理の表れなのかもしれないが、しかし筆者の場合は残念なことに豪奢さも味わいも時間的ゆとりも全く関係ない「いつでもどこでも素早く飲めるインスタントコーヒーが好き」と答えたのだ。

U君によると最もセックスにだらしないのは缶コーヒーが好き!と答えた人で、続いてインスタントコーヒーとデニーズのお替り自由やマクドナルドの100円コーヒーという順番になるのだという。なおこの3つの答えにも微妙な違いがあったが随分前の話なので忘れてしまったが、おしなべて質より量派だということらしい。

学生時代から歌舞伎町のイリーガルな格安旅館や、バンコクの冷気茶室、香港の一楼一鳳というポピュラーというか最下等な売春にひっきりなしに通い詰め、接待以外は高級ナイトクラブでは女を抱かないようになった筆者はこのコーヒー分析法というのはかなり正しいのではないか?と思うようになった。それに会社の同僚に同じ質問をしたら全員とは言わないが7~8割はドンピシャであった。

ということで皆さんも同じ質問を自分や知人、ガールフレンドにぶつけてみては如何だろうか?。真面目で清楚そうな外見とは裏腹に非常にマニアックでこだわりのあるセックスを好んだり、いつでもどこでも飲めて簡単に捨てられるから缶コーヒーが好き!なんて尻軽女を見つけては一人ほくそ笑むの中々面白いものだよ。





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バンコクの暗い残照

タイ滞在の最終日に恒例のヤワラートと呼ばれる中華街を歩いてみた。ここは今から30年近く前に大学生だった筆者が沈殿した場所で、この時に体に染み込んだ饐えた臭いが未だに懐かしく脳裏から離れないのである。

バンコクの中央駅であるホアランポーン駅前広場からドブ川に掛かった橋を渡ってスリクルンホテルへ行き、ロビーを横切って7月22日ロータリーに向かう道へ出るとお約束ごとのように立ちんぼ売春婦の姿がポツポツ見かけられる。

そのまま真っ直ぐ進んでロータリーに突き当たったら左折し、懐かしいジュライホテルでしばし昔を思い巡らせた後、また左折すると最近廃業した台北旅社の前に厚化粧をした売春婦がずらりと並び、お客の袖を引いては「チェッローイ(700バーツ)」と声をかけてくる。

もちろんこんな場所で客を引くのは売春宿に雇ってもらえない事情(外観、年齢、病気)があるからで、筆者もオムテーで出たものを飲むか?とかコンドームなしでもいいか?など相手が受け入れそうにない要求を出してからかうだけである。



しかし学生時代の筆者は昼間は冷気茶室という監禁売春宿でまず一発済ませ、夜になると本当にこいつら立ちんぼを買っていて、その時にいろんなサービスを要求しては「口で一発、下で一発で150でどうだ!」などと真剣に交渉していたのである。

冷気茶室にナメナメハウス、ハーレムという格安ソープに朝から夜まで客を引く立ちんぼ、それとジュライホテルに住み着いたポンちゃんという売春婦。ゴーゴーバーやマッサージパーラーの女などはるかに高級に見える最底辺の女たちがヤワラートにはゴロゴロしていて、筆者ら貧乏バックパッカーは彼女らにむしゃぶりついて情欲を満たしていたのだ。

さてあれから四半世紀が経ち、筆者も世界各国でそれなりに高級な女を抱いてきたが、ここバンコクに来るとポセイドンやビクトリアシークレットなんて高級店よりも何故だがヤワラートの立ちんぼを抱きたくなってくるのが不思議だ。どうも本能の奥深くにヤワラートの腐臭が刻み込まれているらしい。

それで毎回バンコクに来るとドブ川の臭いのするこのエリアを徘徊しては女を物色するのだが、顔面が崩れていたり明らかに肌に異常な吹き出物が出ている立ちんぼ達を見ると怖じけずいてしまい、情けないことに毎回退散してしまう・・。



それで今回も通称テキサス通りにあるエレベーター茶室跡を仰ぎ見て、そこからヤワラートの大通りへと入り、ちょっと寄り道を・・と思ってワットトライミットに出る道を歩いていると、ニューエンパイアホテルの並びに信じられないモノを見つけた。

新三羊茶室・・。そう!冷気茶室である。かつてヤワラートに何十店もあって数万人の売られて来た女達が春をひさいでいた冷気茶室がまだある・・。確か20年近く前に警察の一斉摘発で壊滅したと聞いていたのに・・。

茶室ならやれるか・・。それに一応売春宿として成り立っているんだから、昔のように10代とは行かないがそれなりのご面相の女がいるだろう。それにこれは人生で最後の茶室体験になるかもしれない・・。そう考えると本能がムクムクと湧いてくる

そして胸をときめかして階段を駆け上がった筆者が見たモノは・・。そう、そこは確かに冷気茶室であった。しかし路上の立ちんぼよりも酷い、余りにも酷い現実がそこにあった。もうヤワラートに幻想を抱くのはやめよう・・。




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タイに縁が無い・・

新入社員として一緒の寮にいたH君からバンコクで会えないか?という問いが来た。なんでも今月12日にタイ工場に出張に行くので、その際一杯やろうと言うのだ。

残念ながら筆者は明日マニラに帰るので会う事はかなわないが、メールのやり取りの後で「へえ、あのHがタイに出張ねえ・・」となんだか不思議に思った。

筆者はタイに行きたくて3年前まで働いていた会社に入ったのだが、内定期間中にタイ進出プロジェクトが白紙撤回されてしまい、さらに配属先の事業部はメキシコだけに工場があったのだ。

これじゃ話が違う・・、このままじゃタイに行けない!と怒り心頭の筆者は徹底的に反抗して他の事業部に追い出して貰ったのだが、ここは香港以外はまず行く可能性がないところであった。



まあ香港に駐在とは言え全世界を相手に商売しているのだから、それでもタイ出張くらいはあるだろうと思ったが、これが笑っちゃうくらい全くないのである。

香港に20年近く駐在し、アメリカやヨーロッパ、インドにロシア、アジアはインドネシアやトルコ、ドバイなどゲップが出るほど行ったが、タイだけは一度たりとも出かけることが無いのだ。

これだけタイは日本企業に取って重要な市場でありながら、筆者のいた業界では米粒ほどの価値もなかったのである。結局仕事でタイに寄ったのはパキスタンに行く途中でバンコクのタイ航空のラウンジで5時間過ごしただけである。

「◯◯はタイに行くチャンスを3回も振ったからな」と笑うK君。この事は後ほど書くが、20年前からタイで自分の会社を経営しているK君は筆者と違ってタイに行くためストレートな選択をした。この違いがここまで広がってしまったのだ。



さて同期のH君が残った事業部は他社との合併でメキシコの工場は閉鎖されタイに生産重点を置くようになり、かつての同僚たちは今やタイ駐在や長期出張でタイのしょっちゅう出入りしているという。新人の頃には考えられ無い事態である。

特に「タイ?あんな貧乏な国が好きだって?僕は外国なんか好きじゃ無いからね」と言っていた同期のMは最近までバンコクに駐在していたというのが許せない。いったい俺とMとの間にどんな差があると言うのだ!

もちろん前の事業部に残って20年も待つ気はさらさら無いが、しかしこれだけタイが好きで自腹では30回以上来ているというのに、今まで世界中に千億円単位で売って、ハンガリーの腐れ田舎にまで行ったというのに、ただの1日たりともタイに出張出来ないというのは一体どういうことなんだろう?

女も3度振られれば二度と振り向かないというのは分かるが、これだけバンコクにはうらなりの紺のスーツ組が町中を溢れているのに筆者には全くチャンスがないというのは余りに不公平では無いだろうか?。いったい筆者がこんな仕打ちを受けるような事をしたのか教えて欲しい。




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夜の殿堂チューリップマッサージ

バンコク在住のスケベな後輩F君から聞いた色気狂いが揃っている店チューリップマッサージに行く機会が偶然にもできた。女房が買い物に首ったけになり、あんた邪魔だからどっか行ってくれ!と言われたのだ。

僥倖である。それで早速BTS(モノレール)に乗ってトンロー駅まで行き、駅の南側Soi38の入り口付近にあるという店を探したが、こういう時にだけは視力の冴える筆者の目はものの数秒でTULIPという看板を見つけた。

軽やかなステップでドアを開けると目の前が受付になっていて、その右手のボックスに女たちがわさわさと集まってきた。なるほど・・、確かに全員とも齢は30を超えていそうだし、正直ご面相も中の上から中の下ぐらいといった大した事ない女ばかりである。

しかしネーチャンのアソコを愛でまくって30年以上のお好きな方なら、ここにいる全員の女からはなんとも言え無いイヤらしいオーラが出ている事にすぐに気づくに違いない。もしくは「こりゃかなり好きだなぁ・・」という感じだ。



受付でオイルマッサージ2時間の料金800バーツを支払い、指名したスリン出身の女と一緒に2階の個室に上がる。この店はどこから何処までもがかなり殺風景で、個室の方も大阪・新世界の末広という古典的エロマッサージ屋みたいな部屋だが、一応シャワー付きである。

さて姫と一緒にシャワーを浴びるが、これが実にネットリと筆者の下半身の前と後ろを念入りに舐め回す。今出しちゃっても構わないわよぉ・・と言う。しかも口にハッカの様なものを含んでいるためスースーして気持ちが良い。そして姫は時々筆者の方へ顔を見上げてはニヤッと笑う。

さてその後ベッドへ移動して「仰向けになって・・」と言われ、ヌルヌルしたオイルでネットリとマッサージに入ろうとしたが、姫が鼻歌交じりに筆者の乳首を念入りに舐めているときに筆者の方から「ちょっと待て」と言い出した。

せっかく色気狂いの女と一戦交えるのだからこんな標準的なコースなどいらない。むしろそのものズバリだけを徹底的にし続けたいのだ。それでマッサージは一切いらんから筆者が好きな2時間イキまくりイカセまくりコースだけに集中したい!と申し出たのである。



ふつうならエッ?そんな事?というところだが、さすがエロ大国タイでも無類の好き者揃いの店だけあって、姫はニヤッと笑って淀みなく了承した。いや了承というよりかなり嬉しそうな感じで、早速そそくさと準備を始める姫・・。それから姫への料金も1500バーツと通常のままで良いという。

結局姫は2時間で7回イッた後、最後のは3連発だったわ・・と飛んじゃった目で言う姫。じゃあ合計9回か?と聞いたら、いや11回よ!と計算が合わない答えだ。どうも筆者が責められている時に姫は自分の指でオ◯ニーしてたから、これで2回加算された様だ。

制限時間ギリギリまで弄ったり舐めたりしてくる姫。さて肝心のテクの方は鶯谷の熟女デリヘルや香港の一楼一鳳という個人営業の売春婦と同じくらいで、正直言って特筆すべきものは無いが、Hな事が好きで好きで仕方が無い女である事は確かな様である。

さて花の名前を付けるより玉ノ井旅別館という方がピッタリ来そうなこのマッサージ屋、美人では無いが色情の気が強いタイ女とバカバカしいひと時を過ごしにやって来ませんか?料金は合計2300バーツ也です。




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色狂いの女たち

筆者が高校生のころ、上野広小路を歩いているときに尋常じゃない女が前から歩いてきた。年の頃は30歳くらい。別に美人でもなんでもないが、全身からムラムラとした妖気が漂っている。なんだろう?と頭は冷静に考えていても体の方は女について行ってしまう。

やがて女は横道に入ったが、その先にあったのは広小路でも昔からある有名な風俗店だった。いてもたっても居られなくなった筆者はその女に声をかけ、店に一緒に入って精も根も尽き果てるまでやりまくった。店を出るときに聞いたら「アタシは店で一番好きモノなんだよ!」と笑った。

「◯◯さん(筆者のこと)は淫乱症の女が好きなんだね」と笑うF君。かく云うこの後輩もバンコクで黒人女にのめり込み、今でもウガンダやブルンジ出身の女を抱かないと頭がおかしくなりそうだ!という剛の者である。

そう、確かに筆者は香港でも広州、台北でも色気狂いの女にはまり込むタイプであった。あたし貧乏で・・という辛気臭いのや、やってる最中にハナクソほじるアルバイト感覚や、自己崩壊を楽しむ東電OLみたいな馬鹿女には興ざめしてしまうのだ。



しかし世界の女買いならよくご存知の通り、好きで好きでしょうがなくて買春してる女というのは案外いないものである。特に筆者の経験では中国文化圏に比べて東南アジアはその比率が少ないように思える。

ところがこのF君が「◯◯さんにぴったりの店がバンコクにあるよ!」と言い出したのだ。バンコクで風俗と言うとマッサージパーラーか連れ出しクラブがメインだが、あんまり良い思い出は無いんだけど・・。

しかしF君によると気候的に湿気が多くネットリとしたサービスを求める日本人にピッタリの店があるというのだ。マッサージパーラーでは無く日本の本番込みヘルスの様なマッサージ屋が今やメジャーなのだと言う。

「プロンポンからトンローにかけて何十軒も日本人向けのエロマッサージ屋があるんだけど、その中でもあそこ行ったらお終い!あそこは特別って店があるんだよ!。」とカルビをつまみながら嬉しそうに言うF君。



その名はチューリップマッサージ。ここの姫達は年齡はちょっと高めだが、いわゆるこの業界でも無類の好き者ばかりが集まっているというのである。で!お前は言ったのか?と聞いたら、ええ行きましたよ!と笑いながら言う。

あの店は小汚いんですが、女達はエロい事が好きで好きでもう仕方が無いって奴ばかりでして、俺もナマで腰砕けになるまで出し切ってきましたよ・・と言って好色そうにグフフフと笑うF君。

エロ大国タイでも無類の好き者だけを集めた店・・。これは風俗界のオリンピック選手、いや天文学的な確率の店では無いか・・。しかもチューリップという店は今焼肉を食ってるこの店から目と鼻の先にあるというのである。

その店に行きたい・・。しかしFは話題を変えて筆者の女房とタイのスパ製品やタマリンドの御菓子などどーでも良い事を話し混んでいる。こいつらが邪魔だ・・。お前ら、今すぐ二人で買い物に行って来たらどうだ?




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