ダメな会社バリックバヤンボックス


テレビニュースで海外からの小包配送サービス「バリックバヤン」がトラブルに見舞われたというニュースが流れていた。関税を払うべき品物を紛れ込ませているケースが多いためフィリピン税関が抜き打ちで箱を開けて検査すると言い出したのだ。

これに反発したのが海外居住のフィリピン人。俺たちと家族の繋がりを断ち切る気かと猛然と反発し、結局マンパワー不足でこんな料金じゃやれない!箱を開けたら税関職員が盗むだろ!とお互いの言い分を言い合った後で「検査はやめることにしました」ということになったのだ。

税関職員が盗むから密輸入を継続させろ・・。こんな議論でものごとが決まるというのに驚かされる。他のまともな国なら「箱を開けても窃盗も発想遅れも起こさない」というのが当たり前だが、業務プロセスを改善する能力が無いフィリピンはこういうレベルなのだ。

さてなぜ筆者が税関ではなくバリックバヤンをけなす日記を書いているのかと言うと、実は筆者はこの一見で今現在被害を受けているのだ。8月頭に香港からバリックバヤンで品物を送ったのだが、本来2週間で到着するはずなのに未だに届かないのである。

筆者がバリックバヤンでトラブるのはこれが2回目で、昨年日本に行った時に一番大きいボックスを発送したのだが、折り悪くマニラのトラック規制で物流が滞留している真っ最中だったために到着が2か月も掛かったのだ。





これは税関の問題だからバリックバヤンの責任ではないだろう!と思うかもしれないが、他の会社がマニラ港からスービックやバタンガス港に上陸地点を変えて顧客満足を模索していたのに、バリックバヤンは他社を見習わう事無くマニラ港にうずたかく積まれたコンテナに筆者の荷物を上乗せしただけだったのである。

さらにバリックバヤンがダメなのはインターネットで荷物の状態が検索できず、さらに日本の発送窓口は問い合わせにも人を小馬鹿にした様な対応しかできず、いったい全体いつ頃届くのかさっぱりわからない状態に置かれてキモキさせられっぱなしだったのだ。それで昨秋と今春の日本旅行では郵便局のSAL便を使っていたのである。これは航空便だがバリックバヤンの倍の料金を払えば10日で届くし、検索サービスもあるので大変便利だ。

それで香港で大量に買い込んだ品物も郵便局で送ろうとしたところ、女房が「郵便局に持ち込みが面倒だからピックアップしてくれるバリックバヤンに・・」といいだしたのである。正直嫌な気がしたのだが、女房の友達たちは「大丈夫!香港からは船が多いから早くつくわよ!」と言い張るので渋々了解したのだが、蓋を開けたら案の定・・となったのだ。

日本のPパブで働いているミンダナオ出身の熟女ホステスが「バリックバヤンはダメ!フェデックスの方が安いし便利ヨ!」と言っていたのを思い出したが、アメリカの超有名民間企業に負けるならまだしも、どの国でも一番怠け者と呼ばれる郵便局に負けるとはバリックバヤンとは一体どこまでダメな会社なのだろう。

発送状況を検索できない、箱はボコボコになる、おまけにフィリピン国内窓口のLBCは配送拒否をするかデリバリー費用を請求する・・。まるで筆者が生まれたころの国鉄「赤帽」並みのサービスだが、ここにきて「届けられるかどうかは保証の限りでない」という条件が加わったようだ。なので皆さん、バリックバヤンはダメですよ。






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チンドン屋エルサレムへ往く

香港で出稼ぎ家政婦をしているノエミーが一昨日「突然」パッシグの我が家に表れた。なんでも所属している宗教団体キングダム・オブ・ジーザスクライスト(以下KLCと略)の世界大会に参加するためフィリピンに来たのだが、航空券の都合上マニラに一泊しなければならなくなったというのである。

筆者はつい先月に香港のノエミーの家に厄介になっていたのでもちろん大歓迎である。しかし同行者の2名(同じく香港KLCの代表団)を見てちょっとマズイな・・と思った。目が完全にイッちゃってるのだ。そして案の定あいさつもそこそこ開口一番にKLCの教祖アポロ・キボロイ師は私の恋人なのです!と言って写真を見せた後、師の偉大さを滔々と話し出す二人・・。

どうやらKLCに完全に洗脳されているうえに、香港代表団の一員に選ばれたという優越感で舞い上がり、脳みそで巨大花火が連続爆発している様である。しかし二人のただならぬ様子に怖気づいた筆者は「ちょっと睡眠不足なので・・」と女房にすべてを押し付けて寝室に籠ることにした。





さて翌朝目を覚ますとノエミーと2人の代表団は今からディビソリアに行くからアンタも来ないか?と言う。なんでも世界大会では晩餐会が催されるらしくて、そこに着ていく衣装を今から買いに行くというのだ。そんなの香港で買えば良いと思ったが、二人組のうちの一人の話だと香港には良いデザインの服が無いし、それにベラボーに高いらしい。

しかし世の中に女性陣の買い物に付き合うことほど退屈なことは無いので、筆者は家で寝ていることにしたのだが(女房と臨時運転手のジョマールが行った)、それから数時間後に居間が賑やかになったのでドアを開けて覗いてみたところ、そこでちょっと普通でないものを見てしまったのだ。

ノエミーと2人の女がもの凄いドレスを着ていたのである。ちょっと筆者の乏しい言語力では形容しがたいのだが、これが筆者が今まで見たこともないくらいド派手なドレスで、ノエミーは青、他の二人は黄色と赤色とちょうど信号色と同じ配列になっていて、3人とも目玉が痛くなるんじゃないか?と思うくらいのどぎつい色合いなのだ。




さらに肩にはボーリングの球くらいの大きな盛り上がり(いったい何という名称か不明)が左右についていて(しかもバラの花のような形状をしている)、胴体部分は何重ものフリルや魚の鱗状の代物が何十個もまぶしてあるうえに、3人ともドレスの裾が床に着くというよりも50~60センチくらい引きずる形になっているのだ。

「お前らはイメルダ・マルコスか?」と驚く筆者。しかし3人は「世界大会なんだからドレスアップしないといけないのよ!」と言った後、どうかしら?このドレス?と言って筆者に向かってポーズをとり始めた。どうかって・・、お前らラフレシアとかいう巨大な食虫植物みたいに見えるんだけど・・。

さらに驚いたのはノエミーはメイクアップアーテイストを用意していて(しかも二人)、化粧やマニキュア、髪のセットを我が家で始めたのである。その化粧と言うのがこれまたどう表現してよいか困るような代物で、この3人が一緒に並んでいると中国の奥地の珍獣か色豊かな熱帯魚の様である。


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午後3時になって「さあニューエルサレムへ出発よ!」と嬉しそうに言うノエミー。5時の飛行機でダバオへと飛び、その日はミサだかお祈りだかをした後で最初の晩餐会が開かれると聞いたが、エルサレムってなんだ?と聞いたところ、KLCの本部はダバオにあるが信徒たちはここをニューエルサレムと呼んでいるという・・。

その時筆者にはいかめしい宮殿にクジャクや金糸猴、ナポレオンフィッシュにウミウシなどの色とりどりな生き物が集っている光景が目に浮かんだ。こういうのをエデンの園、いやノアの箱舟へと乗り込むサバイバーたち・・とでも言うのだろうか。

さて空港へ同行したジョマールと女房の話だと、この3人のド派手な化粧と珍妙な髪形は(ドレスはスーツケースにしまってあった)多くの空港利用客の目を引いたらしいが、恥ずかしくて隠れたかった女房と違い、彼らは実に堂々としていたらしい。颯爽とローマのサンピエトロ寺院へ向かうハプスブルグ家の支配者たち・・。やっぱり一緒に行かなくてよかった。






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BERだから涼しい!

ここ数日はエアコンをつけずに眠れるくらい涼しくなってきた。日中の気温も28度とか29度である。もちろん南国だからTシャツに短パン姿でいることに変わりはないが、昼間に外出しても消耗しないで済むのが何よりもうれしい。

しかし毎日雨が降っているので「涼しいのはまた台風でも来てるからか?」と掃除中の女房に訊いてみたところ、「違うわよ!バーだからよ!」と変な答えを言った。バー?それはタガログ語なのか?と訊き返したところ、女房が「毎月のスペルをよく見てみなさいよ!」と言って雑巾にクリーナーを吹きかける。

August、September、October・・。ああ!BERのことか!。なるほど9月から12月までは全部「バー」が付く。なるほど牡蠣の食べ時を表す「Rが付く月」のように、フィリピン人は語呂合わせで「BERは涼しい」と呼らしい。

しかしマニラの年間気温と降水量のチャートを見ると一番涼しいのは1月で、反対に9月はまだ暑いともいえるのだが、おそらくこれは「BERが付く月はだんだん気温が下がり続ける」という意味で人々に膾炙されていたに違いない。





さてそれとは逆に暑いのは4~5月で、体感気温43度なんて日が続くのである。それでRが付く月とは反対に両月の語呂合わせは無いかと思ったが、共通のアルファベットがAしかなく、しかもAは1月や8月にも使われているから答えにならない。

それで女房に「猛暑期の語呂合わせはなんていうのか?」と聞いたところ、そういう言葉は無いという。そんなことは無い!、だったらアルファベット以外とからめた言葉があるだろう?と聞いたが、女房はウーン・・と考えたあとに再び「無いわ」と答えた。

それでお前は何でそんなことも知らんのだ!と言ったら、女房は「あたしはカレッジを中退して香港に行ったから知るわけないでしょ!と反論する。しかし気温を分かりやすく記憶に刻み込むのは農民の知恵である。リサール州のど田舎出身のお前が知らないわけない!ちゃんと頭を絞って記憶をより戻せ!と叫んだら女房は「$★@*Θψ✪!!」と避けんで自分の部屋に閉じこもってしまった。

「フィリピンじゃBERが付く月は涼しくて、Mで始まる月は暑いんだよ」などと訳知り顔で誰かに言いたかったのだが、上に書いた通り女房はむくれてしまうし、ネットで調べても何も出てこないので今のところ絶妙な言い回しが見つからないのである。ということで、どなたかご存知の方はいらっしゃらないだろうか?






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この日記封印します

ここには「死神と呼ばれた男(1)」という日記が書いてありましたが、後編を書いているうちに昔のことを思い出して不快になったのと、テレビが壊れる、犬のクソを踏む、痔が突然と痛む、体中が何故かかゆくなる、女房が体調不良になるなど変なことが起こり始めたため、日記の後編のみならず前編も封印することにしました。

どうも本日記の主人公である死神Yは文字にしただけでも不幸のオーラをまき散らし続ける霊力がある様です。日記を読んだ方で不幸に見舞われた方がおられるかもしれないので先にお詫びしておきます。


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タダより怖いものはない

先日香港・中国まで出かけた際の航空運賃の話をしていたら、話を聞いていた従姉妹ミレットが「えっ?1万1千ペソぽっちで往復出来るの?」と驚いていた。出来るも何もキャセイパシフィックで16日以内なら244ドルである。それで短期旅行ならPALよりもキャセイの方がお得だよ・・と言うと、ミレットは夫ラフィーを振り返りながら「だったらアタシたちも香港にいこうかしら!」と嬉しそうに叫んだ。

ミレットが祖母ら御一行様の一員として香港に来たのは今から17年も前のことで、当時香港島のノース・ポイントに住んでいた筆者の家と、ニューテリトリーのタイポーに住む叔母ルーシーの家に分かれて一行は2週間ほど滞在していたのだが、実はこれミレットの人生で今のところ最初で最後の海外旅行なのである。

ただしミレットの旦那であるラフィーは一応大手製薬会社の経理マネージャーだからそこそこの給料を貰っているし、現に毎年1週間ほど休みを取ってはパラワンやボホールの豪華ホテルの旅に出かけているから資金的に海外旅行に行けないわけではない。それに香港には今でもルーシー叔母の家があるから金がかかるのは航空運賃だけなのだ。聡明で理知的なミレットにしては意外にも航空運賃の相場を知らなかったようである。

娘のアンジェラはまだ小学生に入る前だから、あとは旦那がいつ休みをとれるか・・というだけね。4~5月とクリスマス時期は航空運賃が上がるから、だったら10月くらいに行っちゃおうかしら・・、それにユン叔父とも随分しばらく話をしてないし・・などと二人で嬉しそうに話し込み始めたが、この瞬間筆者は思わず苦笑いを浮かべてしまった。





なぜならルーシー叔母の夫であるユン叔父(中国人)はミレットのことを苦々しく思っているからだ。さらに数年前に脳血栓で倒れてからは、ユン叔父の体の機能には何ら後遺症が残らなかった代わりに、一度怒ると止まらない、同じ話を何度も何度も繰り返すという一緒にいる人間にとっては耐えられない性格へと変貌してしまったのである。なのでミレットがユン叔父と出会うのはまずいのだ。

ユン叔父夫妻は衣服卸売商として結構豊かであったが子供が出来なかったため、ルーシー叔母の甥・姪たちの中で一番優秀だと思われる子の学費やその他一切合切の費用を面倒見ると申し出たのだ。そして十数人の中で白羽の矢が立ったのは当時4~5歳でありながらも他のガキより段違いに聡明だったミレットであった。

これはフィリピンでは割かし良くある制度なのだが、ちょっと頭が働く方ならすぐにお気づきのとおりで一旦すべてを負担すると約束した以上は、ミレットの父親は「娘の学習机とエアコン」から「学校へ安全に移動するためのバイク」へと要求がエスカレートしていき、やがて「田舎にしてはやけに高額な私立学校の学費」から「快適な学習環境のために家を建て替え」まで言い出しはじめたのだ。

ユン叔父夫妻が渋々2割引きくらいの金を払い続けたのは、将来は薬剤師になってイギリスかカナダに働きに行きたい!とミレットがちっこい時から言っていた(もしくは父親に言わされていた)からである。このイギリスやカナダ留学と言うのは文革中に英国領香港に命からがら逃げてきたユン叔父にとってはかなりの心理的効果があり(これを日本人に置き換えると「俺は将来弁護士になって弱者のために悪人どもと戦うのだ!」と言い出したのと同じ響きだと考えると良い)、まあミレットの夢のためなら・・とイカサマ請求書にも我慢してきたのである。





ところが・・。フィリピンではトップ3に入る薬学部で教育を終えたミレットは、なんと薬剤師にはならずに突然コールセンターに勤め始めたのだ。それが薬剤師なんて仕事としてつまらないから・・という呆れた理由なのである。このニュースにユン叔父が失望したのは言うまでもないが、さらにミレットの父親が「娘の卒業パーティーに参加する衣装代が無いから金を送れ」と言ったのには怒り爆発となった。

筆者は当時香港にいて、ユン叔父の心の思いをさんざん聞かされていたのだが、どうやらミレットの耳にはユン叔父がどれだけ憤懣やるせない思いを抱えているのか届いていないようである。(ユン叔父がフィリピンに来たのは去年の祖母の葬式の時だけだが、その時は明らかにミレットと話をしないようにルーシー叔母が行動を制御していた。)

「ミレットはモウヨン(広東語で役立たずの意味)だ!俺は全くアイツとアイツの父親に騙された!」とコニャック片手にふつふつと吹き上がる怒りをまくしたてるユン叔父。それを黙って見つめるだけのルーシー叔母。これはつい1か月前の出来事なのである。こんな処にミレットが無邪気にも現れれば酒に酔ったユン叔父から集中砲火を受けることは確実だ。

「セブパシフィックならプロモーションチケットでもっと安いのがあるかもしれない!」と言ってケータイで確認し始めるミレット。そこへ女房が「香港よりバンコクの方が安いし楽しいわよ!」と方向修正を図るが、「だってホテル代がかかるじゃない、香港ならタダだもの」と答える。お前アタマが良い割には肝心なところが抜けてるな。そのホテル代わりのユン叔父の家が問題なんだよ・・。






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エンジェル・ロクシン

フィリピン人と話していると、あんたはフィリピンで誰が一番美人だと思うか?ということを良く聞かれる。相手にしてみればとば口を見つける何気ない会話だと思っているのだが、普段寝っ転がって美女ばかり見ている筆者はマヤ・サルバドールとかサム・ピント、それに相手が名前も知らないであろうモカ・ガールズのメンバーの名前を挙げるのである。





さて隣人たちが好きなサラ・ヘロニモとかマリアン・リベラにキム・チュー、もしくはトニー・ゴンザガやジェネリン・メルカドと言った名前が出てくるのを聞いているうちはまだ良いのだが、エンジェル・ロクシンの名が出てくると、筆者は思わず「それは違うんじゃ・・」と発言してしまうのだ。





エンジェル・ロクシン・・。FMHが毎年選ぶフィリピンで最もセクシーな女で常にトップ5に入っているタレントである。筆者もたびたびテレビで彼女を見かけるし、こっちで売られているちょっとHな雑誌には必ずと言って良いほど大胆なポーズをとったエンジェル・ロクシンのグラビアが掲載されているのである。





エンジェル・ロクシンはABS-CBN専属のタレントで、過去のヒットドラマのヒロインを演じて一躍フィリピン中の注目を浴び、フィリピンではアン・カーティスと並ぶ大スターとなっているのだが、正直言って筆者にはこの女は「あなたはお父さんの血を随分と引き継いだんですね」と声をかけたくなるくらい女性的な魅力が全く無いのだ。





鋭角的なアゴの線に肩幅の広い頑丈そうな上半身。たしかに腹から下は女性としてはそこそこの出来なのだろうが、この女を見ると女性と言うよりも男性、いや・・イグアナ、コモドオオトカゲといった爬虫類の血が何代か前に入っているに違いない・・と想像してしまうのは筆者だけだろうか?





「エンジェルみたいな女とベッドを共にできるのなら人生を棒にふっても構わないね」とウィスキーグラスを傾けながら語る隣人のオヤジ。いったいコイツはどういう審美眼をしとるんだ?と疑ってしまうが、テーブルにいる別の隣人たちもそうだ!そうだ!と声を張り上げる。もしかしてオレの目がどうかしてるかな・・?。ということで皆さんの意見を聞かせてください。エンジェル・ロクシンはセクシーですか?






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ペナルティボックスにいる女

娘をほったらかして男と出奔していたメイが実家に戻っているという話を聞いた。えっ!本当かよ?。姿をくらましたのは3月末だから5か月も逃避行してた計算になる。しかしそのあと申し訳なさそうな表情で「いや実はアンタに言わなかったんだけれど、実は7月半ばには帰っていたのよ」と女房が言った。

親戚付き合いが非常に密なフィリピンでは、車で10分の距離に住んでいながら1か月も顔を合わせないという事自体が稀である。それに7月は結構いろんな会合があったし、筆者らが日本と香港から持ち帰った土産話と土産物目当てにいとこ達が随分と集まったののに、そこにメイはいなかったし、メイの話すら出なかった・・・。

しかしまあ筆者は外国人で彼らとは血の繋がりもないし、それにいくら夫のいないシングルマザーとは言え、30歳のメイが若い男と出奔というのは恥ずかしい出来事だから、いとこ達は一族の恥ととらえて余計なことは言うまいと黙っていたのかな・・と好意的に解釈しようとしたのだ。







しかし女房はいとこ達とは別物だし、筆者はメイの身を案じていた一人である。それで「なぜ帰宅したことを黙っていたのか?」と問いただしたところ、メイが男と逃げたのは今回で4回目だから別に恥ずかしがったんじゃないのよ・・と予想外の前置きしたうえで、「ちょっとメイには近づかない方が良いのよ。お金の部分で・・」と言い始めたのだ。

なんとメイは男と出奔中に親兄弟やいとこ達に金を無心していて、どうやらそれを踏み倒すつもりだというのである。たしかにメイはもともと浪費癖があるし、コールセンターの主任の職を投げうってしまったため出奔中に金が底を尽いたのは十分あり得る話である。しかし踏み倒す気・・というのは早合点しすぎじゃないのか。

ところが「実はあたしの所にも無心に来たのよ・・」と話し始めた女房。なんでもFBメッセンジャーに「携帯を買いたいのであんたのクレジットカードを貸してくれ」と厚かましい要求が入っていたというのだが、女房はいま日本にいるので協力できない、と断ったのだという。





ちなみにメイは昨年iPhone6を買ったばかりだから、あの形態は男に貢ぐつもりだったに違いない!といとこ達は断罪したらしい。それに結局は叔父の一人からカードをせしめたのだが、約束通り金を返すどころか電話をかけてもメイは居ないフリをするので、叔父はカンカンに怒っているのだという。

これを聞いて筆者は唖然としてしまった。筆者の知るメイはシングルマザーで浪費癖はあるものの、非常にまじめな会社員で思いやりのある人物だと思っていたからである。しかし男に狂うとここまで人格が豹変してしまうとは・・。全くフィリピン人は身が崩れると一気に転がり落ちていくようだ(でも外野から見ている分には楽しいんだけどね・・)。

「いまメイはペナルティボックスにいるのよ。だからいとこ達は全員メイにコンタクトを取らないし、話しかけもしないの」と言う女房。じゃあメイは一体いつになったらゲームに参加し始めるのか?と訊いたら、まずカネの問題が解決するのが何より重要で、そうなれば過去3回の例だと半年くらいで復帰になるらしい。案外フィリピン人はリアリストである。






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耐えられない一日

筆者の女房にはキッチン用品好きという奇妙な趣味がある。ふつう女性なら洋服とかバッグ、化粧品の類に目が無いモノだが、女房は日本のかっぱ橋や千日前道具屋筋の専門店に行っては何十種類もある鍋の蓋を一つ一つ手にとっては興味深げに眺めているのだ。

香港に行けば竹製品の蒸しセイロや中華鍋、バンコクに行けば青いパパイヤを綺麗に皮むきする面妖な道具などをしげしげと眺めて、あまり熟考する事無く買い込むので、我が家にはこういったキッチン用品が溢れているが、皆さんもご察しの通りこれらの道具は一度か二度使われた後はお蔵入りの運命となる。

まあフィリピンはSMメガモールといえど品揃えは随分見劣りするから、旅先での浪費の一種だと思うことにしていたのだが、今日になってちょっと雲行きが怪しくなって来た。近所にキッチン専門店を見つけたのである。



この店はMKキッチンと言う名のかなり大きな卸売商かつ小売店である。プラスチック製の醤油の入れ物からレストランが使うような火力の強そうなコンロ、それと寿司屋のカウンターに置いているショーケース型冷蔵庫などが1階から3階まで所狭しと置かれている。

「見てよ!このプライパン!」とドイツ製らしい名前がついてる割には700ペソと手頃な価格の品物をいちいち手にとっては筆者に見せる女房・・。いつもはよく考えずに買うくせに今日はやけに熟考している。どうやら旅先では無いのでシビアな目で品物をチェックしているようである。

しかし筆者が意見を言うと「うーん、ちょっと違うと思うのよー」と言ってまた別のフライパンを手に取る。そして女房の問いかけが20回目をすぎて忍耐の限界に達した筆者は店の中を自分だけで見て回ることにした。



巨大な調理器具には自社ブランドMKの名が刻まれているので原産国は何処だか分からないが、鍋や釜、包丁や皿などは韓国製と中国製が半々といったところで、もちろんノリタケやウエッジウッドにバカラなどのブランド品は置いていない。

それから値段の方も香港のホームセンターに比べると5割増しといったところだが、前述のようにSMやロビンソンに比べると2割から半額くらいと安いし、それに女房の目からすると品物は(フィリピンにしては)けっこう上物らしい。

それで一応3階まで店内をやけにゆっくりと回ったのだが、驚くことに女房はまだフライパンの置かれたコーナーにいて、蓋に温度計のついたモノを並べてはジッと見つめているところだった。おいおい・・日が暮れちまうぞ。



それで筆者は再び別のフロアへ行き、置いてある包丁やハサミなどを手にとって時間をつぶしていたが、その時女房から電話がかかってきて「すぐ来てくれ」と言う。もうお勘定かな・・と思って降りて行くと、なんと女房はまだフライパンを吟味していて、柄の部分の長さと手触りについて意見を聞きたいと言い出した。

堪忍袋の尾が切れて爆発する筆者。しかしその後しばし醜い言い争いをした後で筆者が折れることとなり、女房は買い物を再開した。結局店に入ったのは午前10時半だが、すべてを終えて出てきたのは午後2時15分、実に3時間45分も居たのだ。

この間食事も取らずにキッチン用品を見続けた筆者は何度か眩暈の発作に襲われてしまった。旅先のように深く考えずにホイホイ買われるのは迷惑だが、しかしこんなに熟考されるのは堪ったもんじゃない。もう二度とお前とは買いもんに行かんぞ!




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フィリピンで食い物に困ったらコレを食え

過去の日記でたびたび触れているが、フィリピンの料理の不味さというのはアジアでも群を抜いていて、レストランに行くたびに「あー・・また失財した・・」と深いため息を吐き続けることになる。これは特定の料理やある地方だけでなくフィリピン全土のレストランが不味いという意味であり、ヨーロッパだとドイツやハンガリーに匹敵する非グルメ大国を思っていただくと良いだろう。

しかし幸いなことに筆者の女房は料理好きな上に20年以上香港にいて旨いものを食いまくっていたから、家ではまあそれなりに美味いものを堪能できるのだが、たまに女房がリサール州奥地の実家へ帰ってしまうと義妹の激マズ手料理を食わされる羽目になるので、筆者は「今日は腹の調子が悪いのでインスタントラーメンを自分で作るよ」と言って緊急退避することにしているのだ。

しかしこのインスタントラーメンがまた不味いのである。純フィリピン資本のラーメンが不味いのならまだ納得できるが、こライセンス生産されている日清カップヌードルでさえもワザとしたかのように不味いのだ。ふつう食品会社というのは消費者の味覚を十分マーケティングした上で味を調節するものだから、どうやらフィリピン人の感じる旨味というのは日本人にはマズ味になってしまうようだ。





例えば筆者が香港時代に日常的に食っていた香港製のカップヌードル(特に海鮮スパイシー風味が美味い)を100点とすると、こっちのカップ麺はどれも5点、もしくは7点くらいの評価なのである。なおカップ式ではなく鍋で煮るインスタント麺も少しはマシになるとは言えせいぜい10点から15点くらいだ。

しかし過去3年間カップ麺を食いまくった筆者が「これは大丈夫」と太鼓判を押せる品物が一つだけあるので今回紹介したい。それは韓国から輸入された製「辛」マーク付きのシンラ麺ではなく、赤とグレーのカップにJJAMPPONG(ジャンポン)と英語で書かれたフィリピン生産のカップ麺だ。

この麺はちょっと細目で腰が無いので食後の満腹感はかな~り薄いのだが、とんがらし味のスープが美味いのである。チャンポンと言う名を文字っていることからも分かる通り、中にはナルトなど魚肉の加工品(ただしゴミケバくらい小さい)が入っていて一応シーフードの味がするのと、なんと言ってもグルタミン酸ソーダ系のドーンとくる出汁の味が良いのだ。





それで筆者は近所のピュアゴールド(SMやロビンソンより安い)に行くとJIAGPONGを2~3ダース買い込み、夜中に腹が減ると薬缶でお湯を沸かしてカップ麺をすする生活をしているのである。特に酒を飲んで酔っ払った後に辛みのあるJJAMPPONGのスープをすすると汗が噴き出してくるので健康に大変によろしい気がする。

なのでもしもアナタがフィリピンに来て不味いものばかりで嫌になったよ・・とか、外に食いに出るのが面倒くさいんだ・・という場合は是非ともこのJJAMPPONGを試してみることをお勧めする。ただし点数の方だが、前述の基準でいえば30点から35点と言ったところなのであまり期待しないでほしい。

くれぐれも言っておくが、筆者が推した太鼓判は「これは大丈夫」であって、「これは美味い」ではないので、まかり間違っても後から文句をつけに来ないように。ここは何といってもフィリピンですから。あとクレームは製造元のNISSHIN PHILIPPIN INCまでどうぞ。





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国民的英雄の隠し子が実は・・

引っ越し作業を終えて義弟と一緒に酒を飲んでいると、テレビ画面にアドルフ・ヒトラーの演説シーンが映し出された。ちょうど第二次大戦が終わった日だったのでどうやらBBCのドキュメンタリー番組からショートフィルムを頂戴して流していたようだ。

と・・義弟が筆者に「アドルフ・ヒトラーの本当の父親が誰か知ってるか?」と聞くので、本当も何もオーストリア郵便局の下っ端役人だろう・・と答えると、義弟は「表向きの記録ではそうなっているけれど、本当はホセ・リサールなんだよ」と真面目な顔をして言った。

ホセ・リサール・・。言わずとしてたフィリピン独立運動の指導者で、スペインに処刑された国民的英雄である。そのリサールがヒトラーの父親だと?バカも休み休み言え!と大笑いしたが、義弟は「俺のカレッジの歴史学の教授がそう言っていたんだ。それにいくつも証拠があるんだよ!」とこれまた真剣な表情でいう。

なんでもヒトラーが生まれる前年にホセ・リサールはヨーロッパにいて、彼の日記だが文学作品にヒトラーの母親との不倫を匂わせる記述があるというのだ。しかし筆者はその時酔っぱらっていたし、だいたいヨーロッパには数億人の人間がいるのだから理由にもなりやしない。それで余りの馬鹿らしさにろくに話も聞かなかった。





さて数日後にまたテレビ画面にヒトラーが映し出されたので、物は試しとJose Rizal Adolf Hitlerとグーグルに打ち込んで検索してみたところ、どうせ義弟の嘘っぱちだと思っていたのになんと幾つかそれらしい記事が出てきたのだ。どうやら一部のフィリピン人はヒトラーの父親はホセ・リサールだと本当に信じている節があるらしい。

それでヒマに任せて記事を片っ端から読んでみたところ、義弟が言ったとおりにホセ・リサールはヨーロッパにいた事と、彼の詩だが文学作品にヒトラーの母親と同じマリア・クララという女性が登場すること「だけ」を根拠にホセ・リサールが父親という説を展開しているのだが、これがちょっと調べただけで穴だらけなのがすぐ分かるのだ。

ヒトラー出生の10か月前にリサールがいたのはロンドンとパリだし、だいいちヒトラーの母親クララ(マリアはつかない)との馴れ初めらしき証拠が全くないばかりか、ホセ・リサールはい生涯一度もオーストリアには立ち寄ったことが無いのだ。

なんともバカバカしい話である。処刑された英雄があまりに可哀そうなので、義経がジンギスカンになったというような話を創作したい気持ちも分かるが、あまりに根拠が無さ過ぎてお話にならない。





さらに呆れたことに、記事にはアドルフ・ヒトラー以外に毛沢東の父親だったという説があると書いてあるのだ。毛沢東が生まれたのは1893年だが、その前年にリサールは半年だけ香港で眼科医を開業していたというのがその根拠(?)なのだが、お前・・、香港から湖南省、それももの凄いど田舎までどれだけ距離があると思ってるんだ?。

どうもフィリピン人はホセ・リサールが行く先々で子供を作り、そして義経の腰掛岩のごとく子供たちがその国の大政治家になったという伝承を作りたいらしい。じゃあほかの国にも伝承があるのだろうな?と思って彼の海外渡航履歴を見てみたところ、なんと1888年に一か月半ほど日本に来ていたことを見つけた。さらにこの時期におせいさんという日本女性と懇ろになったと書いてある。

しかしおせいさんに子供が生まれたという記述はないのだけれども、ドイツや中国と違って日本のリーダーにホセ・リサールの血が流れているという噂話が無いとはちょっと不愉快である。だったらフィリピン人のためにオレが捏造してやろうじゃないか・・と思い、滞在期間の10か月後に生まれた有名人を探ったが、陸軍の石原莞爾中将くらいしかそれらしい人物が見当たらない。

ヒトラーと毛沢東に比べると相当見劣りするな・・。だけど歴史上この二人に肩を並べられる日本人っていうと・・やっぱあの御仁か・・。生まれたのはホセ・リサールの来日から一回りも後だし、リサールはとっくに死んでるんだけど、フィリピン人は細かいことは気にしないからいいだろう。それに色も浅黒いから案外とリアリティを感じてもらえるかもしれない。






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良くある離婚のパターン

女房の従兄弟クリストファーが離婚するという話がもたらされた。この男は42歳の料理人で、数年前からマイマミ拠点の船会社に料理人として登録し、年のうち10ヶ月はカリブ海や地中海、アラスカから神戸と世界を股にかけているのだ。

一体何があったのか?と義妹に聞いてみたところ、クリストファーの兄弟たちはあんまりハッキリ言わないんだけど、奥さんのミシェルは男とクスリにハマり込んじゃったみたいなのよ・・と意味ありげに言う。その瞬間に「またか・・」と呆れてしまった。

このパターン実に多いのだ。筆者が聞くだけでも親戚で3回目、近所を含めると10回は下らない。旦那がいない事を良い事に道端の若い男を連れ込んでセックスのめり込み、さらに麻薬を与えられて男の金ずるになって行くのだ。

当然育児など出来るはずもなく、そのうち子供達を祖父母に預けると若い男と逃避行、だけどお金だけは送ってね!というパターンである。 今まで貞淑だった女でもコロッと転がり始めてしまうのがフィリピンなのである。



それでミシェル何処にいるんだ?と聞いたところ、クリスがマニラにいる時以外は別の男の元にいて子供達はほったらかしだという。そして「アンタが側に居ないからこうなったんだ!」とクリストファーに電話でわめいたらしい。

愛無しには生きられないとフィリピン女は格好良い事を言うが、実態は言い寄られれば直ぐに身を許してしまい、更に身を持ち崩すのも早いというだけである。まあ筆者も香港にいる時に出稼ぎフィリピン女達にはそっちの方の処理を随分して貰ったから偉そうには言えないが・・。

ちなみフィリピンには離婚(Divorce)という制度がなく、結婚したこと自体を初めから取り消す(Annulment)方法で代用されているが、この取り消しというのは当事者間の合意以外にもいろいろ厄介な手続きが必要らしい。

全くげに恐ろしきやフィリピン女である。皆さんも仕事上の都合で奥さんと離れ離れになる時は十分気をつけた方が良い。それから全資産をフィリピンに置くなんて馬鹿なことはくれぐれもしないように!




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爆弾テロにも負けず・・

バンコクで爆弾テロがあったと聞いてタイ旅行を計画していた人たちは「旅をキャンセルした方が良いかしら・・」とうろたえている様である。それに掲示板には「支払い済み航空券と自分の命のどっちが大事なんだ!」「バンコクに行くことは死ぬことだ!」などとエキセントリックな書き込みが目立ちはじめた。

バカらしい・・。だったらバンコクの人口1500万人のうち一体何万人が緊急避難していると言うのか?。こういった事件の際に最も正確に状況判断できるのは何といっても現地の人たちなのだし、だいいち外国でテロに巻き込まれる確率と、交通事故に遭う確率のどっちが高いのか調べればすぐ分かることである。

ちなみに筆者は10年以上前にモスクワで劇場占拠事件があったときにウィーンにいて、翌日モスクワへと飛ぶ予定であったが、会社から「直ちに出張を取りやめて帰国せよ!」という命令を無視してモスクワに向かった男である。到着したら街中大騒ぎだったが、デパートやレストランには人があふれていたし、夜はクラブに屯する薄着のロシア美女を他の競争相手が減った分たんまりと堪能したものだ。

しかしこの手の事件に動じない筆者とは逆に、女房はテレビニュースのショッキングな映像にすっかりビビってしまい「バンコク行きはキャンセルしましょうよ!」と言い出したのである。そう、実は9月の半ばに大学時代の友人達とバンコクで会う約束をしていて、そのついでにタイ東北部とラオスを2週間ほど回る計画なのだ。

お察しのとおり今回の旅の目的は友人たちとHなタイを堪能することで、筆者も久しぶりにナナプラザやソイカウボーイそれとタイ名物の風呂に浸りきる計画だったのだが、話を聞きつけるや今回も女房が「アタシもついていくことにしたわ」と横からしゃしゃり出てきたのだ。





大学時代の友人からは「ご夫婦一緒に来るのなら悪いけど1次会で帰ってくれ」と言われてしまうし、筆者もさんざん調べたものすご~くイヤラシイ店に行くことが出来なくなってしまう・・。それで踏んだり蹴ったりだったところへ今回の爆弾テロが発生したということである。

これはチャンスかもしれない・・。すでに航空券もホテルも払っているので金を無駄にしたくない!と言い張れば女房も渋々来るだろう。しかし道路には重武装した警官隊が溢れ、テレビでは「また爆弾がさく裂しました」などとヒステリックなニュースが流れれば女房は外出を控えるに違いない。そうすれば俺だけで夜出かけられる・・。

いや!上手くいけば筆者だけで飛行機乗って行ってこい!となるかもしれない。その場合はラオスやタイ東北部なんてど田舎は全部キャンセルして、バンコクと悪の都パタヤの淫夢に沈殿するつもりだし、理由をつけてもう1週間、いや2週間延長してもよい。でもそうなるためにはもう少しショッキングさが足りない気が・・。

どうせだったらMBKセンターやターミナル21で大型爆弾がさく裂し、死者2000人、行方不明5000人くらいの大事件になってくれないだろうか?。しかし筆者はタイ人は好きだから、やはり観光客の集まる場所でテロリストが機関銃を乱射し、中国人観光客を毎日コンスタントに200人くらい射殺してくれる方が望ましい。

「まったく今度の旅はタイミングが悪いわね・・」と呟く女房。しかし傍にいる筆者が、そんなことは無い・・絶妙のタイミングだよ・・と心の中でつぶやき、もっとテロが酷くなれ・・と切に願っていることを生まれつき善人な女房が知ることは無い・・。もっと中韓両国民の観光客の命を奪え、タイのテロリストたちよ。






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この朝食が美味い

筆者がここ20年に渡ってほぼ毎日の様に食べ続けているものがある。それは香港式朝食というやつで、コーヒーとトースト、ハムかベーコン、それとフライドエッグかスクランブルエッグとここまではアメリカンブレックファストだが、それにインスタントラーメンを付けるのである。

朝からインスタントラーメンですか・・?と呆れる人もいるだろう。実は筆者も同じで、初めて香港に赴任した頃に会社で麺をズーズーすすってる同僚たちを見たときにビックリしたものだ。

日本じゃ麺を食べるのは昼か夜食くらいのものである。それでお前らは変だ!と言ってやったら、職場で一番うるさ型のカレンという女が「じゃあ日本人は朝に何を食べるんだ!」と聞いてきた。

そんなの焼き魚に納豆、味噌汁にご飯だよ!と答えたら、エーッ!信じられない!朝から白飯(炊いたご飯)食うなんておかしいよ!と叫ぶ。そう言えば・・お粥やラーメンにマカロニはよく見るけど、白飯食ってる人間は見た事無いな・・。

香港人たちの話では朝は消化に良いものを食べるべきで、固形物である白飯は朝食に適して無いというのである。しかし筆者もそんなのは怠惰な中国人が前日晩の食い残しを再利用しただけだ!と反論したので話は平行線のままだった。

しかし・・。トーストにベーコンエッグの味気ない西洋式ブレックファストが苦手な筆者も、最初は慣れなかったもののこのラーメンが入ると随分とオリエンタル風味になることに気づいたのだ。それで食べていくうちに魔法の様に取り憑かれてしまったのだ。

何よりグルタミンソーダたっぷりの出汁としょうゆ味のチーピイさが良い。それにトッピングも卵焼きやランチョンミート、五香肉丁という香ばしい豚肉炒めやサテー味といろいろあって飽き無いのだが、この中でも筆者が特に好きなのはザーサイと豚肉炒めで、インスタントのスープと肉の脂身と塩辛さが相まってこれはもう絶品である。

さてフィリピンに移住してからも、家人がバグースという焼き魚に白飯とスープという朝食を食べているのを尻目に、筆者は相変わらずインスタントラーメン込みの朝食を食っているが、困ったのは香港製の出前一丁が案外高いため、フィリピン産の不味い麺で我慢しなければならなかった事だ。

しかし先月香港で大量の出前一丁を買い込んだおかげで、筆者は久しぶりに絶品の朝飯にありつける様になったのだ。それに船便でも大きな箱いっぱいに出前一丁を詰めているので半年は枯渇する事は無い。

筆者は毎朝幸福を噛みしめている。



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フィリピンで大きな家を買う前に・・

大学時代の友人達にアーリーリタイアしてフィリピンに引っ越したよ!と言うと、ほ〜それは羨ましいですな・・という一言の後で「プール付きの大豪邸にお住みなんでしょうね」と言われる。

彼らの頭の中では、フィリピンはかなり物価が安く、大きな庭のある大邸宅に偉そうに踏ん反り返っていて、家政婦に身体のどっかを念入りにマッサージさせてウットリしている筆者の姿が目に浮かぶ様である。

それで昨今のフィリピン不動産価格の高騰ぶりなどを説明するのだが、それでもマカティの豪華マンションや寝室が6つある大振りの家くらいには居を構えているに違いないと思っている様だ。

そう、確かにフィリピンに来たての頃は筆者もせっかくだから大きな家に住もうと思い、ラスピニャスやパラニャケの土地を探したりしたのだが、有る重大なことに気がついてリサール州の狭苦しい仮住まいにそのまま居続ける事にしたのである。



それから従兄弟の借金を回収するため数ヶ月前に買ったパッシグのアパートも50平米で2ベッドルームとかなり狭いのだが、実はその狭さのゆえに筆者は誰かに売却せずに今回移り住むことにしたのだ。

筆者が大きな家を買わない理由・・、それは女房の甥や姪たちが将来マニラの学校に進学した際に筆者の家に住み込もうと考えていたフシがあるからである。

家族第一のフィリピンではある意味これは当たり前のことで、そんなの一人や二人なら仕方ないじゃ無いか・・と思う人もいるだろうが、子沢山のフィリピンでは甥や姪というのはやたらといるのだ。

「だったらアパートを借りさせれば・・」と言うのはそれなりに豊かな国や人たちの発想で、特に女房の親戚たちの場合は多少生活に余裕があっても、今までずっとマニラにある親戚の家に下宿させてきたという経緯が有るのである。



例えば女房の母方ではパッシグに住むボウイ叔父が一番豊かだったため、パンパンガやリサール州の甥姪たちはみんなボウイ叔父の家からマニラ市内のカレッジに通っていたのだ。なのでその下宿人の一人だった女房は少なくともボウイ叔父の孫たちを預かるのは嫌だ!と絶対に言えないのである。

それにリサール州のド田舎に住む義弟も15歳の息子と10歳の娘がいるし、義妹や他の従兄弟たちの内どう見てもマニラに通えない場所に住んでいるガキの数を数えたところなんと16人もいて、そのうち7人は絶対断れそうに無い。

冗談じゃない・・いくら女房の親戚とは言え血も繋がってないガキどもとこの先20年も同居なんて出来るか・・。それに生活費をちゃんと入れる保証だって無いんだから、下手すると持ち出しになっちまう・・。

「あたしは大きなキッチンがある家に住みたかったのに・
」と半泣きになりながら筆者の住宅購入断念を聞き入れる女房。しかしはっきり言おう!その大きなキッチンは一体誰の料理を作るためのものなんだ?オレは他人の子供のために自己犠牲を強いられるつもりはさらさら無いぞ!



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叛乱者たちの復讐

宗教はアヘンと説くマルクス主義者が宗教で飯を食ってるだと?と当時の筆者は釈然としなかったが、先日長崎で大学時代の旧友が口走った「反日団体による日本プロテスタントの汚染」話を聞いた際に突如この昔話を思い出し、そして思い切り納得したのである。

この友人が語ったのはプロテスタントの合同組織である日本基督教団が韓国のヨイド教会に乗っ取られてしまったという話だが、実は一昔前に韓国人が入り込む際に彼らの橋頭堡になった日本人グループが教会内にいてね・・という事だった。

日本基督教団には昔風の教会派とは別に社会運動にもっと参加すべきだという社会派という二つの派閥があって、この社会派というのが件の韓国人達を浸透させた張本人なのだそうだが、ここの指導層はキリスト教の牧師であるもののアタマの中身は真っ赤っかだというのだ。

確かに伝統的なプロテスタントは労働の重要性や社会の公正性、弱者への救済に熱心な宗教であり、思想的には社会民主主義辺りに位置していそうだから、闘争に打ち果てたムショ帰りの左翼学生たちが逃げ込むには非常に向いてる組織のように思える。

それに、おそらく一度過激派の思想的束縛に体の芯まで染まり切った人間は、神の存在など思想的に相容れない部分が多いにしても、同じ様に教条的で禁欲的で選民意識に思い切り浸れるキリスト教の神職というのは案外居心地が良かったのでは無いだろうか。



ムショを出た過激派も食って行かねばならないが、70年代中盤の左翼の退潮でカンパは集まらないし、かと言って市民団体で利権に食い込む才覚もなければ田舎で農業を継ぐくらいしか無い。と・・そこへ誰でも門戸を開く教会があった。国立大のエリートにとってはドヤ街に行くよりも、こっちの方が受け入れ易いように思える。

それから浄土真宗も悪人正機という理念通り、社会の最下層にいて蔑まされていた人々の救済を目指した宗派である。つまり黒人差別撤廃や植民地からの独立闘争の様なニュアンスが強い宗教だから、革命家達の思想と相通じる部分が大きい。

自分たちの主張と根本は大して変わらない主張を持った団体が何とすぐそこにあったのだ。しかもこの団体は公共的に認められていて国家権力も下手に手出し出来ない。ならここを根城に革命を、いや国家権力に復讐をしようじゃないか・・、と筆者は彼らの決意を想像してしまう。

「娘が立教に受かって・・」と嬉しそうに太鼓腹を揺する思想転向した元過激派のサラリーマンたち。彼らはもう還暦を過ぎて年金をたんまりと貰う結構なご身分になったが、彼らよりもう一列前にいてパクられた闘志たちは全く別種の人生を歩んでいる。

もうすでに白髪の目立つ初老になった闘志たちが復讐心をずっと胸に抱いたまま日本破壊を目論んでいる・・。筆者は左翼とは全く思想を異にする人間だが、彼らの革命はまだ終わっていない・・。そう考えると、なぜだか不思議な事に愉快な気分になった。




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叛乱者たちは何処へ行った?

筆者は高校時代は新宿・歌舞伎町を根城にコンパやディスコに性風俗店と遊びまくったので、大学では是非とも学生運動なるものをやろうと心に決めていたのだが、期待と裏腹に80年代半ばの左翼運動は下火どころか燃えかすになってしまっていた。

今考えれば当たり前だが、当時の左がかった学生が直接対峙する中年層は60年70年安保世代なのだ。言わば左の本家本元達が実行部隊となって日本の左傾化を進行している真っ最中に、後から出てきたピンク色の学生達が喧嘩を仕掛けても大した争点など有るはずが無い。

筆者がいたのは学生数2万人超の結構大きな大学だったが、中核派とノンセクトラジカル、それにアナーキストの黒ヘル全部を合わせても過激派は100人くらいしかおらず、しかも内部抗争ばっかりやっていることに呆れた筆者は結局4年間を映画と海外旅行に費やすことにした。

しかし卒業して会社員になると意外にも筆者の周りにはゲバ棒振り回していた過激派学生たちがワンサカいる事に気がついた。とは言っても中年の「元」学生だが、なんと安保闘争の闘志たちがちょっと驚くくらい周りに居たのである。

これは筆者のいた会社が田舎にあって元々は吹けば飛ぶような小さな町工場だったからで、70年代以降の輸出カーブに乗って急拡大していったために慢性的に人材が足りず、特に優秀な理工系学生を確保するためには赤黒(白黒では無い)言ってられない状態だったからである。



田舎らしく駅前のスナックに行けば職場の上司や先輩たちが必ずと言って良いほど居たので、彼らに安保闘争の事を聞くとやたらと多弁になる人や、逆に挫折感や敗北感から寡黙になる人などいろいろ居たが、全員が共通しているのは「塀の中に入らなくて助かったよ」と言った事だった。

京大で火炎瓶を作ってた設計課長はデモでパクられたが幸い書類送検だけだったのだ・・と言い、どこかの駅の壁紙を剥がして燃やしてた東工大出の技術課長も放火の罪で実刑打たれる寸前だったなど「あと一列」「あと一石」という表現をやたらと使う(多分に虚飾もあるだろうが・・)。

ではアンタ達より一列前に居たために実刑を打たれ同志達はどうなったのか?と聞くと、これまた全員気まずい顔になって「百科事典のセールスマンになった」とか「塾の先生やってる」など旧帝大や東工大、東京教育大等の学歴からは随分と見劣りする職業名を呟いた。

上述の風来坊的な職業の他にはインベーダーゲームを作った会社やソフトウエアなどのコンピューター系、理学部卒なのに税理士などの有資格者から漁港の冷凍機保全サービス会社まで実に幅広い職についているようだった。

しかし最も過激で何度もムショに送られても一切屈しなかった言わば札付きの猛者達の行き先について聞くと、市民団体や革マル派の専従活動家、原始共同体のヤマギシ会信者などと並んで、意外にも寺の坊主やキリスト教の牧師など聖職者が結構いるのに驚いてしまった。(続く)




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近所で殺人事件が・・

パッシグに越してきたので歩いて5分の距離にあるエスター叔母夫妻に挨拶に行ったところ、なんと目の前の家に緑色のテントが敷かれている。ひょっとしてこれは・・と思ったが、ちょっと家の中をのぞくと大量の花束が飾られていて入口に棺桶らしきものが置かれていた。どんぴしゃり!葬式である。

しかし家族以外は誰もいないし料理類も並べられてないから、ちょうど今から葬儀が始まる様だ。と・・そこへエスター叔母の旦那であるダニー叔父が通りに表れて「今日はこんな事になっちまったから飲むのは家の中にしてくれ!」と酒飲みらしい配慮を見せてくれた(通常フィリピンでは家の表通りにテーブルセットと扇風機を持ち出してそこで飲む)

遺影を見ると筆者と同じか若干若そうな男なので「交通事故ですか?」と聞いたところ、ダニー叔父は手をピストルの形にした後でブン!と音を立てたあとニッと笑った。射殺・・つまり殺人事件だ。叔父の何ともない態度とはあべこべに筆者は少しばかり背筋に冷たいものが走った気がした。





エスター叔母の話によると、死んだ男はトライシクルのドライバーで、数年前までスカッターエリア(不法占有者が軒を並べるスラム街)の住人だったが、男の母親の妹だか姉が年をとったので面倒を看る代わりにパッシグのサブディビジョンに男の妹と弟とともに住み込んだのだそうだ。しかしこの新しく来た兄妹は揃いも揃って麻薬に溺れるロクデナシだったという。

そして事件の方だが、一昨日トライシクルに乗って客待ちしている時に旧知の男が表れ、激しい言い争いになった後でいきなり発砲になったというのだが、近所のうわさでは殺人者は同じスカッターエリアに住む麻薬の売人で、支払いでもめて凶行に及んだのではないか・・という事だった。

しかし・・筆者が最近まで住んでいたリサール州の町でも年に数回は麻薬がらみの殺人が起こっていたからこれは別段珍しいことではない。しかし今回の事件がいかにもフィリピンらしいのは、公衆の面前で殺人が発生したのにも関わらず、この殺人者は名前も顔も特定されているのに未だに逮捕されていないというのだ。





「なんでそんなことが起こるんですか?」とダニー叔父に聞いたが、殺人者はスカッターエリアのバランガイキャプテンの親戚かビジネスパートナーで、目撃者たちは何故だか全員口をつぐんでしまっているのだという。でも警察は重要参考人として身柄拘束くらいするんじゃないですか?と訊いたら、警察は現場検証してお終いってことが結構多いんだ・・と言ってまたまたニタッと笑った。

さらにややこしいことに、殺人者が本来憎んでいたのは実は殺された男の兄の方らしく、この兄は「弟を殺した奴は許さねえ!」と復讐を口走っていたらしい・・。つまり殺人者と弟を殺された本来の敵の間で血で血を洗う報復戦になる可能性があるわけで、となると目の前に住むエスター叔母の家にも流れ弾が来る可能性もあるんじゃあ・・。

ダニー叔父は事の重大さを分かっていないのかもしれないが、エスター叔母の心配そうな表情を見るとちょっとこの家に遊びに来るのは危ないような気がしてきた・・。しかし目撃者たちは警察の捜査に対しては口を閉ざしているというのに、事件の背後関係や被害者一家の復讐の誓いなどが妙なリアル感を持って近所に一気に広まっていく・・というのがいかにもフィリピンらしい話だ。一体どこまでが本当の話なんだろう?






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バランガイキャプテンの憂鬱

フィリピンの行政システムの特徴にバランガイという最小の自治単位がある。これは日本でいうと東京都中野区本町2丁目自治会とか、光が丘のような大規模団地だったら11棟~15棟合同自治会といったものだが、日本と違うのはバランガイには市町村のような行政機能が付与されていて、公式な選挙で選ばれたキャプテンと7人のカウンシラー(評議員)で運営されているのだ。

さて筆者の義父は数年前にリサール州の田舎にあるバランガイ選挙に出て落選したことがあるのだが、1年近くたってから「あの時落ちてよかったよ・・」と言うようになったらしい。なぜなら義父に代わって当選したキャプテンの所には入れ代わり立ち代わり村民が金をたかりに来るようになってしまい、彼はちょっと鬱病のような状態になっていたからである。

この金をたかるというのは「道の工事を俺の一族でやらせてくれ」というような陳情ならまだしも、生理用ナプキンを買う金がないから恵んでくれ!とか、ウチのガス代をアンタが毎月代わりに払え!といったとんでもなくずうずうしい要求で、キャプテンが毅然と断ると「もうアンタには投票してやらない!」と喚きだし、さらに「キャプテンは○○さんの奥さんと不倫している」など悪意ある噂を流されているというのだ。





もともとこのキャプテンは政治的野心がそれほど強い方ではなく、地元の有力者に推薦されてなんとなく出馬したような男なので、権力を金に換える術はそれほど得意ではないらしい。それで地元民が入れ代わり立ち代わり家に表れてただ飯をたかる様なことをされても黙々とキャプテンとしての実務をこなしてきたが、もはや精神的な苦痛に耐えられないからと来年の選挙には出馬しないと言い出したというのだ。

何期か務めたキャプテンが辞める・・。それでバランガイ内では来年行われる選挙で誰がキャプテンになるかを巡ってせめぎあいが始まりつつあるというのだが、なんと7人のカウンシラー(評議員)の候補として義弟を推す声が近所で上がっているというのである。どうも義父の復讐戦をけしかける勢力がいるらしい。

「お前選挙に出るつもりなのか?」と義弟に聞くと、冗談じゃない!あんな面倒な仕事はうんざりだよ!というが、そのあと酒を飲むと「男と生まれかからには~」と満更でもなさそうな調子で最近のバランガイの行政能力の弱さを説明する。どうやらコイツは出る気だな・・。まあキャプテンじゃなければそれほどタカリも来ないのだろう。






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カトリックの骨とアメリカの肉

香港に出稼ぎ家政婦として20年近く働いているノエミーとワンチャイの中華料理店で夕食を食べている時に会話が彼女の雇い主であるイギリス人一家の娘の教育方法になった。

ノエミーの雇い主は夫も妻もオックスフォード出の弁護士で共に50代、香港では大手企業の顧問弁護士を何社も引き受けていて家賃120万円の超高級マンションに住む超エリートである。なお夫は40歳まで香港駐留の英国陸軍中佐だったと言うから、なんと無く謹厳なお茶の間が眼に浮かぶ。

この夫婦にはずいぶん歳をとってから生まれた15歳の娘がいるのだが、ノエミーの話によると娘は低俗なテレビを見たり、ゲームをしたりする事は禁じられていて、さらに買い食いや外食は一切ダメ、服装も大変地味なモノしか着させて貰えないというのである。

なんですって!それじゃ刑務所と同じじゃないの!と怒り出す女房。女房は子供達は自由闊達に育てるべきだ!という考えだからイギリス人夫妻の子育て方針とは真逆である。それでノエミーの話にいちいち噛みつくようになった。

しかし長年イギリス人の富裕層の家政婦を務めてきたノエミーは「イギリスのミドルクラスはどこもそういうモノなのよ」と言い出したため(どうやら厳格教育派のようだ)、なんと二人はお互い子供も居ないのに言い争いになってしまったのだ。



ちょっと待て!と仲裁に入る筆者。しかし女房は「その娘はいずれ反乱を起こすわよ!」と言い張るが、ノエミーは「いや!彼女はカゴの中に入る事を心地良く感じ始めるわよ!」と言うからラチが明かない。

はっきり言ってこの勝負はノエミーに軍配が上がる。だいいちノエミーはそういう教育方針が好きか嫌いかを議論している訳では無いし、そもそも女房はイギリス中産階級のピューリタン的な価値観というのを全く理解していないからだ。

イギリスのパブリックスクールの本なり映画を観れば、彼らが幼い時分から大変自分に厳しくて禁欲的な作法を仕込まれる事が分かるが、これは彼らがエリートとして将来社会的な責任を果たすための一種の通過点なのだ。

筆者の知人にもケンブリッジ出の御仁がいて、彼は少年時代の学校教育は窮屈で窮屈で仕方無いと言っていたが、若くして広告会社のお偉いさんポストとごく一部の人間だけが入会を許される名誉あるコミュニティの一席をショートカットで獲得し、見た目にも案外楽しそうにやっていたから、少年時代の苦行は後に巨大な配当となって戻ってくるのだろう。

しかしそう説明しても女房はアメリカ型の自由闊達教育が良いと言って聞かない(多分にハリウッドの浅はかな青春映画の影響を受けているようだ)。それで筆者も少し頭にきて「お前のイメージするアメリカ式教育には重大な欠陥がある!」と言ってやった。



アメリカはプロテスタントという社会貢献精神に満ちた宗教が国民の精神的骨格になっているから、子供を勝手にさせすぎる脂肪たっぷりの教育を施しても頑丈な骨格のおかげで国の方は何とか立っていられるのである。

しかし厳格な教育を受けないイギリスの下層階級や、プロテスタントの献身性を能力的に持ち合わせないアメリカのホワイトトラッシュを見てみれば、自立や自由という耳には心地良いけれども薄っぺらい教育が無責任な国民を生み出している事とは明らかだ。

と・・筆者がここまで言うと、側にいたノエミーがその通りだ!と言い出した上に、アメリカ式の脂肪たっぷりの駄目な教育に、骨格の方もプロテスタントみたいな立派じゃない国があるわよ!と言い出した。

そんなの・・言わなくってもフィリピンだって分かるよ。教会行って懺悔すれば許される超ゆるゆるのカトリックの骨格と、10代半ばで平気で妊娠しても個人を尊重する教育。骨格はグズグズで肉もブヨブヨだから自力で立つことが出来ない国家。自分の財布を膨らませることしか関心の無いリーダーたちが溢れた国。

さてここまでは良かったのだが、だからアタシはキングダム・オブ・ジーザスクライスト教団に転向したのよ!といって妹のグレースと一緒にこの教団の教義を話そうとするノエミー。いや・・やっぱ友人との会話で政治や宗教の話はするもんじゃないな・・。それで会話を最近のフィリピンの芸能ゴシップに切り替えた。




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奇妙な果実売り

大阪の松屋町に借りたアパートから一路心斎橋へと歩いていた時ダンボール箱を積んだ台車を引きずった男が「あの〜すいません」と言った後で「私たちは新鮮なフルーツを販売している者です」と一方的に話し始めた。

これには筆者ら夫婦はお互い顔を見合わせてしまった。と言うのは女房はどう見ても東南アジアの顔つきだし、二人とも歩きながら英語でずっと会話していたからだ。つまり若い男は外国人相手に日本語で売り込みしているのと同じなのだ。

箱の中身を見せて必死に日本語だけで説明する男。それで筆者が「それは幾らなんだね?」と日本語で聞くと、この男は急に面食らった表情をした後でフルーツのセットで五千円だという。こんな路上で品質も良く分からないモノを買えるわけないだろ!と饒舌な日本語で言うと、若い男は「失礼いたしました」と案外あっさり引き下がった。

それから数日後に住吉大社に一人でお参りに行った帰り道に同じ様な台車を引いた別の男が目の前から歩いてきた。これは声をかけられるな・・と思っていると、この台車の男は筆者を一瞥した後で意外にもあっさりとすれ違ってしまった。ところが約5秒後に背後から「私たちはフルーツの・・」という売り込み文句が聞こえた。





振り返ると、そこには中国人らしきネーチャン4人組がいて、全く日本語を解さないらしく「ニーシュオシャンマ?(あんたナニ言ってるの)」なんて言ってるのに、一行に対して行商の男はただただ「このフルーツは私たちが丹精込めて作った・・」と長たらしい日本語で説明しているのだ。

こいつらはバカなのか・・?それともヤマギシ会の新手法?。その説明の必死さの割には決して報われることの無さそうな不毛な作業をしている男に何か不気味なモノを感じてしまい、筆者は中国人一行とのやりとりをジッと見ていたのだが、案の定2〜3分後には客に小走りに逃げられてしまった。

そしてその後も筆者は彼ら謎のフルーツ売りを何回か見かけたのだが、変なのは彼らは心斎橋筋とか梅田みたいな人通りの多い道ではなく、四天王寺や大阪城といった神社・行楽地と駅の間にある単なる通行路で外国人を待ち伏せし、相手に対して日本語だけで説明していたのだ。

奴らは何者だ・・。得体の知れない不気味さに鳥肌が立つばかりであった。しかし昨日ネットを見ていたら筆者の疑問の半分だけ答えが判明した。なんと彼らはダイ◯ミック・フ◯ーツというマルチ商法の販売員であるようだ。





この会社は青年たちを販売委託先として雇い、青果市場で売れ残ったフルーツを買い叩いて青年たちに行商させては法外な手数料をピンハネしているらしい。末端の売り子の給料は完全歩合制で一日中足を棒にして売り歩いても五千円にもならないというから全くとんでもない搾取団体である。

しかし解せないのは何故外国人相手に日本語で説明しているかだが、これは筆者の推測だが値段も1万円とか高く設定したり、外国人なら訴えやしないだろうとタカをくくって食品衛生法上ぜったいにやばい品物を扱っている別働隊なのかも知れない。

最近の中国人はずいぶん金を持って日本にやって来るし、お人好しと言うのはどの国でも案外といるモノだから、日本のオーガニック流通の新しい形態だと勘違いして10組に1人くらいは買ってくれるのかも知れない。いずれにせよマルチ業者は綿密に事前調査するから案外とカモはいるという事だろう。

しかしよく考えれば姑息な奴らである。それに顧客と販売員を騙くらかして自分だけ豊かになろうというこの会社の根性が気にくわない。今度日本に行ったら外人のフリをしてこいつらからフルーツを買い、その後食中毒に罹った事にして訴えてやるか。こういうダニ企業は浄化しないとな。






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フィリピン人のもう一つの祖国

フィリピン人と話をしていると「我々は高学歴だ」とか「我が国は貧乏だが社会は進んでいるのだ」といった言葉をよく聞く。まあどの国の人も「我々はダメな民族です」とか「我が国は低能だらけです」などと言うはずもないから、このこと自体は別段おかしなことではない。

しかしフィリピン人のプライドについてその根拠を聞いていくとだんだん話が怪しげになっていくのだ。例えば中国人なら五千年の歴史や料理に華僑の存在など、各国にはソフトパワーや経済力の強さ、歴史や統治システムのユニークさなどオリジナリティがあるが、フィリピンの場合は自然以外はその度合いが薄いというか大して目立つものが無いのだ。

フィリピン人は「アジアで一番民主的な国だ!」と胸を張って言うが、政治家があからさまに金をばらまいたり全く実現できない選挙公約を挙げて票を集めても懲罰できないこと民主的とは呼ばないはずである。それから歴史については中世のことは何一つ判明していないし、料理は間違いなくアジア最低で、中等教育を省いて16歳でカレッジに入学する教育制度を進んでいる表現するのは正確では無い。

となるとアジアで唯一のキリスト教国である事と英語が普及していること位しか誇れることはないのだが、失礼ながらそれだけにしては随分とプライドが高いのが気になっていたのである。しかし先日空港へ向かう途中に従兄弟ラフィーと鉄道について話をしている際、フィリピン人の背後に潜むプライドの正体を垣間見たのだ。





彼は「アメリカ型のシステムは世界で最も進んでいる」という考えを述べた後、アメリカの海外領土であったフィリピンは最先端の社会システムで運営されている・・と言ったのである。先ほどはフィリピンの政治はダメだ・・と言っていたのに最先端とは分かりにくいと思うので例を挙げて説明したい。

マニラに社会サービスを作り出す工作機械があったとする。この機械は100年前にアメリカで作られたもので、現在ワシントンに置かれたオリジナルの機械は今でも世界最高の社会サービスを生み出しているのだが、一方マニラの機械は「オペレーターの操作の仕方が間違っているため」欠陥商品を生み出している・・という考えだ。

これを言い換えると、アメリカ製よりも劣った機械を使っているタイやマレーシアなどのアジア諸国よりもフィリピンが上手くいって無いのは一部の政治家がシステムを悪用しているからであるが、フィリピンは世界最先端の機械を持っているという優位性は変わらないので、まともな人間がオペレーターに就けばアジア随一の豊かな国へと変貌するはずだ・・という考えなのである。

多少ものを知っていればこれが重大な誤りであることはお分かりだろう。世界一高い医療費に5000万人にも及ぶ絶対貧困層の存在、犯罪者を野放しにする人権重視の刑法、外交政策に関してはCIAや国務省よりも石油会社のロビイストに耳を傾けるワシントンの政治プログラムなどアメリカには構造的な欠陥があってとっくの昔に軋んでいる。





ただしアメリカには自己犠牲の精神に溢れた篤志家や官僚、教会などまだ数多くいて、あちこちにボッコリと空いた大きな穴を埋め立てる作業をしてくれるが、フィリピンと来たら上から下までどうやって金をかすめとるかしか考えてない無責任な人間ばかり。はっきり言うと欠陥を抱えたポンコツ機械を堕落したオペレーターが操作してデタラメな社会サービスを生み出している・・というのがフィリピンなのだ。

上手くいかないならサッサと設計変更するか、もしくは他国の社会システムを導入すれば良さそうだが、今までのシステムを治すのは面倒だし、それにシステムには相当多くの人間が寄生してしまい、その利権を取り上げると生命にかかわるので結局そのままになってしまう・・。こういう処はアメリカより前のご主人様スペインの保守性(というか怠惰性)が顔を出してしまうようだ。

ただ何もできないことを認めたくないので、「自分たちはアメリカの・・」と虎の威を借るかのように叫ぶのだろうが、ここらへんは今にもつぶれそうなかつての大企業が「わが社は世界に先駆けて○○を開発したのだ!」などと半世紀前の偉業を誇らしげに語っているのと同じような気がする。

それにフィリピン人と話していると、彼らはアジアの一国というよりもアメリカ文化圏の一部であるかのように振る舞い、そこに優越感を感じているように思える時がある。他国のシステムをそのまま丸ごと持ち込むリバース・エンジニアリングの社会システムなぞ上手くいった試しはないのだが、他に民族の骨格となるモノが大して無い以上、フィリピンは今後も偉大な祖国アメリカに密かな誇りを感じ続けるのだろうか・・?。






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出口のないフィリピン人の口癖

昨夜フィリピンに戻ってきて、我が家でエド叔父さんと義弟アベット、それに従兄弟ラフィーの4人で酒を人でいた時にフィリピンの最近のニュースの話をしていると、エド叔父さんが「お前はフィリピンはなぜ発展しないのだと思う?」と聞いてきた。

またこの話かよ・・。フィリピン人と付き合いが長い方なら同じ経験をされた方も多いだろう。しかしもしもこの手の質問をされたことが無い方がいたら、相手の誘導に乗ることなくあまり深入りしないことをお勧めする。

この質問をされると外国人は「植民地時代に搾取されたから」とか「アメリカ型行政システムに重大な欠陥があるから」、もしくは「フィリピン人は働かないから」などと答えてしまうが、フィリピン人たちは首を振りながら訳知り顔で「どれも違うよ」という。

それで再びいくつかののやり取りをするが、相手はウィスキーグラスを持ったまま「それも違うよ」と言うだけなので、じゃあ一体何が原因なのだ?と問いただすと「政治家が不正を働くからだよ」と悲しい目をしながら言い始めるのだ。

これはフィリピン人のほぼ全員が同じ考えを持っているらしく、本来ならばフィリピンは相当豊かな国のはずなのに(確かに第二次大戦後直後はアジア屈指の富裕国ではあった)、政治家や役人が俺たちの稼いだ金をすべて盗んでしまうのだ・・というのである。





重要な商談がある日にもかかわらず母親が遊びに来たからと無断で会社を休んだり、借りた金を平然と踏み倒す、商店主が腐った肉を平気で売り場においているフィリピンが本来は豊かだっただと・・?バカも休み休み言え!と叫びたいが、彼らは自分たちが正当な報酬を得ていない不運な民だと本当に信じ込んでいるのだ。

まあ確かに不正はあちこちに蔓延っているし、日本だって社会改造が進んだのはGHQの左派的な政策のおかげだともいえる。それでフィリピン人に「あなたの国には財閥解体や土地の小作人への分配など共産主義的な手法が必要なのでは?」と言ったら、これはエラく反論されることになってしまう。

「NPA(新人民軍)は人殺しだ!」「コミュニストは神を否定する!」「奴らが出てくればカンボジアみたいになってしまうだろ!」と叫びだしたのだ。いや共産主義的な手法と言ってるだけで、あくまで議会制民主主義の枠組みの中でのことを言ってるんだけど・・。

それなら社会主義的な政策を導入すれば!とか健全な二党体制を!と言っても彼らは首を振るばかり・・。じゃあアンタ達には何かアイデアがあるのか?と聞いても、彼らはグラスを見つけながら「いろいろやっても無理だよ」「マルコスを追い出しても大して変わらなかったんだ・・」と呟くだけ・・。他人の答えは全部否定して、自分に答えがないのなら初めから聞かなきゃいいじゃないか

これぞまさしく植民地根性。社会が悪いのは誰かのせいで、この体制を変えるべきだが実行するのは俺では無い。結局は誰かに心の内を聞いてもらってあわよくば援助をしてもらおう・・という他力本願そのものである。堂々巡りの出口が無い不毛な宿命論にウンザリした筆者は酔いが回ったことを告げてさっさと席を立った。燻って朽ち果てるくらいなら革命やれよな・・。






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楽園ゴアに沈んだ女流漫画家(2)

あの○○○○がいたのだ。なんでこんなジャンキーグループに?それに同行の男は何処に行ったんだ?。変だと思った筆者はそれでココに誘われるまま廃人予備軍たちのテーブルにつき、回って来たハッパなぞ吸いながら○○○○と話す機会をそれとなく探っていると突然と目が合った。

「バスッとかジクジクって言葉を本で見つけるとゾクってするわよね・・」と筆者に話しかける○○○○。はぁ・・何を言ってるんだ?それに君はとっくに帰っているはずじゃなかったっけ?「擬音語が立体化するのよ~」ともつれた舌で意味不明な事を一生懸命話し続ける。

しかもこの暑いのに長袖のシャツを着て小刻みに震えている。ぶっ飛んだ目、青白い顔。誰の目にもこの女が壊れつつあるのが分かる。そして暫くすると乱行プレイとヤクの打ち回しのために一行は席を立ったが、その時に急に○○○○が筆者の身体に触りながら「一緒に行こうよ・・」と呟いた。





それから1ヶ月後、日本帰国のため途中立ち寄ったバンコクで安宿街をウロウロと歩いている時に、楽宮旅社の真ん前で件の○○○○と一緒にゴア行きのフェリーに乗っていたヒッピー風の男に偶然出会った。彼は一人だった。

アンタの彼女がえらい目にあっているぞ!と言ったら、その男はフフンと笑って「彼女を止められる人間なんて誰も居ないよ」となんでも無い口調で言う。まるでゴミ屑を捨てる様な口調に腹が立ったが、こいつが次に言った言葉は今でも覚えている。

一緒にいれば俺も一緒に沈んで行くしか無いんだよ!俺の選択肢は彼女を切るか!もしくは一緒に沈んで行くかの二つしかなかったんだ!と見捨てた事の正当性を叫ぶ男。胸クソが悪くなった筆者はこいつを詰ったが、奴はヘラヘラ笑っているだけだった。





さて○○○○が自殺したのは統合失調症が原因とあるが、実際は薬物依存症か、もしくは元々精神が壊れつつある時に薬物を打ち続けた事が決定打を与えたのでは・・と思うが、筆者は彼女とはほんの一瞬すれ違っただけだから正直確かなことは言えない。

しかし・・○○○○の作品を今更ながら眺めてみると、彼女の狂った目で見ていた光景というのが何と無く同軌してしまうのである。あれは精神異常者の目線というより薬物による幻覚を通じて見た歪んだ光景だと・・。

先に進んで破滅したが作品を残した○○○○、進まずに安全圏に戻って何も残さず燻っているオレ・・。同次元で比べる話では無いが、○○○○がその後もゴアにはまり続け、やがて破滅してしまったと思うと胸のなかに黒いモノが拡がっていく感じがする。ゴアで会った8年後の1996年に○○○○は自殺した。享年31歳。






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楽園ゴアに沈んだ女流漫画家(1)

ヒマに任せて叔父の持病である統合失調症について調べていた時のことである。この病気に罹っている有名人のリストがあったので、それを見ていたら自殺した山田花子(芸人とは別)ともう一人○○○○という女流漫画家の来歴が書かれているのが目に止まった。

山田花子のねじれた作品は読んだことはあるが、○○○○は全く知らない人物だった。しかし記事を読み進むうちに○○○○はゴアトランス音楽のマニアでインド・ゴアのアンジュナビーチを度々訪問していたと書いてあるのを見て興味を持った。

へー・・ゴアねえ。俺も大学3年の終わり、昭和の最後の年にアンジュナビーチに1ヶ月いたからな・・、などと思い出にふけっているうちに○○○○の写真らしものがPC画面に現れたのだが、それを見た途端にハッと閃いた。





あの船に乗っていた女だ・・。そうボンベイからゴアへ行く夜行フェリーで出会ったカップルの片割れだ。男の方はヒッピー風で既にゴアに何度も来ている様だったが、女の方は随分と場違いな感じがする普通の人で「私マンガを書いているの」と言っていた事だけが記憶に残っている。

当時ゴアはネパールのポカラ、タイのパンガン島と並ぶヒッピーの聖地で、多くの白人達は麻薬目当てに真冬のヨーロッパからやってきた。なおビーチと言ってもバリ島の様に近代的なホテルなどは一軒もなく、数百軒あるインド人の民家(掘っ建て小屋)を日割りで借り切るのである。

水道など無いから全部井戸水、エアコンどころか扇風機も無し、南京虫には噛まれ放題という原始的生活だったが、人間慣れればなんとかなるもので、筆者も1週間も経つとすっかりゴアの住人になり切っていた。それに皆が目当ての危ないブツが信じられない値段で幾らでも手に入ったからココはある意味天国である。





しかしカフェに座れば隣の席からハシシ入りタバコが回ってきて、朝から晩までラリッた人間で溢れている場所に居続ければ破滅してしまう!と危機感をつのらせた筆者はインド最南端のコーヴァラムビーチに逃げ出したのだが、結局夢にまでゴアが出てくるので1週間ほどで舞い戻って来ると、行きつけのホワイトネグロカフェで幽霊に様にやつれた一団がテーブルに陣取っているのを見かけた。

彼らはココとナナという女を中心とする日本人の札付きのグループである。他の連中はハッパとせいぜいLSDくらいで抑えているのに、彼らはスピード、エクスタシーからヘロインと滅茶苦茶なペースで手を出すので廃人への道を真っ直ぐに突き進んでいた。

こっちのテーブルへ来なよ!と筆者に手招きするココ。しかしいくらタダでヤレるからと言って、ついて行けば身の破滅、これは現代の牡丹灯籠とも言うべき世界だ。それで適当にあしらっていたのだが、目を凝らすと彼らの中に意外な人物がいるのを見つけた。






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九龍旺角奇譚

九龍半島の真ん中に有るモンコク(旺角と書く)で女房が友人と女人街へいくというのでしばし別行動を取ることにした。南北に走るネーザン道の西側に広がる買春地帯を久しぶりに覗いて見たくなったのだ。

香港には連れ出し式ナイトクラブやHなサービスを施すサウナ、エスコートサービスなど風俗店は数多くあるが、一番ポピュラーかつ廉価なのは一楼一鳳という個人営業の買春宿とモンコクのポートランド街から新墳地街あたりにひしめく買春宿の2つである。

モンコクのシステムは日本で言うと本番込みの店舗型ヘルスで、薄暗い階段を上って行くと店主のオヤジが机の上に「情熱馬拉妹」「狂野泰妹」など女の国籍とともに300ドル(5千円)とか値段が書いた国際色豊かなメニューを出して来る。

鬼妹(白人)や日本妹は800とか1000ドルと少々高いが、来るのは体臭のキツいロシア女やカタコトの日本語を話す吉林省の朝鮮族なので、筆者は値段が安くて性能が良いタイ、インドネシア、フィリピンの女をいつも頼んでいたのだ。

しかし30半ばを過ぎて女房と一緒になってからは病気を移されると困るし、昔みたいに毎日モンコクで火山噴火するような精力も無い。しかしそっち方面の興味だけは多分に残っているから永井荷風のように色街をフラフラ散歩してみることにした。



ところが・・、午後1時という時間帯もあってか一帯は照明器具の卸商の荷物搬送でゴタゴタしているだけで、携帯片手にお呼びがかかるのを道端で待つ姫たちの姿が見えない。それに3年前に比べるとその手の看板が随分と激減しているではないか・・。

ちくしょう・・、薄っぺらい正義を振り回す女性人権運動家たちのおかげでモンコクも日本の赤線と同様に消え去りつつ有るのか・・。と、口惜しい一言を呟いた時に目の前に昔懐かしい文字が有るのに気がついた。

タイ・マレー人220ドル、香港中国人250ドル。おおっ!日韓両国女が250というのはどう見ても嘘だろうし、どんなご面相の姫が出て来るのか分からんけど、この文字とこの値段は紛れも無く20年前のモンコクである。

香港物価上昇が激しく、筆者が赴任した20年前のワンタン麺は15ドルだったのが今や44ドル。一方モンコクや一楼一鳳はずっと300ドル(たまに350ドルがいる)のままだったから実に稀有な良心的産業だ。

しかしこの花街ももうすぐ消え去る運命にあると思うと一抹の寂しさを感じてしまう。そう思うとこのまま立ち去るのは惜しい気がしてきた。で・・ふと時計を見ると女房との待ち合わせまでまだずいぶん時間が有る・・。しばしの逡巡のあと薄暗い花園に向かう階段を一歩踏みしめた。




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香港のリトルマニラ

解約した預金を送金するために香港セントラルにあるワールドワイドハウスに行って来た。マニラに現金で持ち込んで両替するよりもこのビルにある業者を利用する方がレートが良いからである。

ワールドワイドハウスはセントラルの金融街のど真ん中にあって、半径100メートルには世界中のありとあらゆる金融機関の本店支店が軒を並べているが、そこにポッカリと異空間の様に有るのがこのビルなのだ。



上等なスーツ組の中に溢れるTシャツサンダルばきのフィリピン人メイドたち。その数は平日でも数千人に登り、事情を知らない観光客は「ここはフィリピン人の教会か?」と驚くが、これでもれっきとしたビジネス地帯である。

このビルには送金業者の他にサリサリというフィリピン版よろず屋、トロトロという軽食堂にフィリピン人向けブティック、旅行代理店にフィリピンの不動産会社から司法書士までのべ百数十店舗がひしめいており、10万を越える香港在住フィリピン人の用事を満たす形になっている。



さて実は筆者の知り合いがここでトロトロを経営していたので3年ぶりに訪れて見たところ、なんと今だに潰れずに店は健在で、筆者を見るや「あらっ!久しぶり!」と言って早速食い物を売りつけようとする。

この女ジェニーは20年前はコーズウエイベイのエッチなPパブで働いていて、筆者とはいろんなところを弄ったり弄らせたりする仲であったが、久しぶりに見たジェニーは今や怪異なほど肥満していて昔の面影は1平方ミリでさえ残っていなかった。



「家賃が月4万ドルまで上がっちゃって・・」と経営の厳しさをこぼすジェニー。こんな10平米程度のコーナーにしては法外な家賃だが、平日にも関わらず客はひっきりなしに来るから、それなりにはやって行けるのだろう。

さて記念にジェニーの写真を撮ろうとしたら急に表情を引き締めて「今日はメイクアップしてないからダメ!」と頑なに拒む。いや・・化粧していようがいまいが殆ど違いは無いと思うんだけど・・。




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愛人稼業の愛犬家

昨日の日記で登場した愛犬家グループの親玉らしき女(通称「玉姐」というのでココではお玉と呼ぶ」)が深夜ユン叔父の家に現れ「犬を3日間ほど預かってくれ」と言いに来た。なんでもしばらく旅行に行くのだという。

ちなみにこの犬の預かりというのはグループメンバーの間では頻繁に行われていて特段珍しい事では無いらしく、お玉も高校生の娘と小学生の息子を連れて泳ぎにでも行くのだろう・・と思っていたら、なんと翌日にお玉の娘が家に犬の首輪を届けに来た。

子供ほっぽっておばさん連中で旅かよ・・日本でもよくある熟女3人湯けむり珍道中か・・いいご身分だねえ!とルーシー叔母に言ったら、違うよ!あれはお玉のお客が来たんだよ!と意味ありげな口調で呟く。

実は最初の瞬間に全ては分かったのだが、知らぬふりをしてルーシー叔母を喋らす事にした。齢36で二児の母、それにご面相も大変よろしく無いにも関わらず、お玉はいつも派手目な薄着、それに一昔前のキャバレーのねーちゃんが履く様なラメ色のサンダルを着用していたのが気になっていたからだ。

お玉はね・・、数年前にアル中の旦那と別れて二人の子供を引き取ったんだけど、ウエイトレスの給料じゃ犬どころか自分の子供さえ養え無いから香港人の契約愛人になったのよ。それでお客が中国にやってくると犬の世話を頼みに来るの・・。子供達は昼は学校行くから誰も犬の面倒見れないでしょ!



へえ・・あのお玉がねえ。まあご面相はかなりダメだが体つきはそれなりにイケるし、それにガラッパチだけど性格も明るくて気も随分と回るから新小岩辺りのスナックにいれば(アッチ関連は一切無いとしても)結構人気者になりそうなタイプである。特に暗めで気弱な初老の紳士ならお似合いだろう。

そしてルーシー叔母はお玉が愛人として月2万元なにがし(40万円)を受け取っていると言うのだが、一体何故そんな事まで知ってるのかと聞いてみたところ、いつもお玉が愛人契約金の交渉場面を面白おかしく語っているからだというのである。

ここら辺が中国人の面白いところで、自分は自分、相手が何をしようと勝手という個人主義が中国人の基本だから(世間体という概念が薄いと言うか無い)、別にお玉が風俗店で働こうが路上で客を引こうが誰も後ろ指を指したりはしないのだ。

退職した香港政庁の官僚と富裕な商人と契約愛人が一緒に飲茶しながら愛犬の自慢話に打ち興じる。相手の素性を知っていても(フィリピン人のルーシー叔母を除いて)誰も気にしない。恥の文化日本とは随分と感覚が違うが、こういう中国人のアッケラカンとしたところは筆者が好きなところだ。

さて3日後に犬の散歩道に現れたお玉は「下川島は良かったわよー!」と顔いっぱいに笑顔を浮かべながら泊まったホテルや食べた物、そして旦那に買って貰ったアクセサリーを見せたりしてアレコレと説明し始めた。そのそばでは高校生の娘がニコニコしながら母親の話を聞いている・・。これも一つの家族の肖像だよな。




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中国愛犬家に告ぐ

筆者が厄介になっているユン叔父夫妻は犬を飼っていて、毎日散歩に出かけては犬友と「あらっ!おたくのワンちゃん今日はツヤがよろしいじゃ無いの!」などと犬の話に打ち興じている。

まあこっちもヒマだから連中の犬の頭など撫でて時間を潰しているのだが、この犬友グループと一緒に食事をしている時に、何気無く食いカスの魚の骨をあげたら「アイヤーッ!」と叫び始めた。

エッ?俺なんか変なことした?と一行の方へ振り返ると、女房を除く全員が唖然な表情をして見ている。そして「犬に骨をあげちゃ駄目だろうがっ!」と言い出したのだ。

とっさには筆者は意味が分からなかったが、ルーシー叔母の説明では骨は犬の食道を傷つけて死に至らしめてしまう!と言うのである。


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こいつらナニ言ってんだ?昔から犬と言えば骨と相場が決まっているじゃないか。日本じゃ犬など千年以上もペットとして飼っているが、そんな話は聞いたことが無い!と反論してやった。

ところが・・一同の中でもどうやら親玉らしい中年女は筆者をキッと睨みながらイギリスの何とか言う犬専門誌に骨は危険だと載っているのだ!と諭す様に言った後、今度は北京語でヒソヒソと話し始める。

日本人は犬の飼い方を知らないわ!動物を可愛がる精神が無いのよ、まるで発展途上国の人たちみたい、まったくダメな文化みたいね・・と言いたい放題。

てめえら俺が北京語を解さないと思って言いたい放題言いやがって!つい20年前まで広州じゃ犬鍋を食ってた広東人の分際で俺様に説教しやがるとは百年早いわ!。


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バクチ打ちの沈黙

深セン市からバスに揺られて3時間ほどの距離にある三水というのどかな街で1週間ほど過ごしてきた。ここは女房の叔母ルーシーが旦那のユンと一緒に引退生活を送っていて、前々から遊びに来いと誘われていたのである。

このユン叔父は無類の博打好きで、九龍シャムスイポーで衣料問屋を経営していた際はしょっちゅう店を抜け出して競馬場に出入りしていたし、2003年のSARS騒動で不動産が爆下げした際には繁華街に物件を買いまくって大儲けするなど中々博才がある人物である。

それで筆者と顔を合わせるたびに「家を買え」「○○の株が買い時だ!」と香港人特有の押し付けがましい口調で説得されるので正直辟易していたのだが、今回1年ぶりに出会った叔父が何故か大人しいのに気がついた。

いつもは会話の99%が投資話なのに、香港の美人コンテストなんて今まで一度も聞いたことが無い話ばかりしているのだ。それに前回は豪華な海鮮レストランで食べていたのに今回は町の大衆食堂の様な安普請の店へ・・。

ひょっとして中国株で大損こいたんじゃ・・。十分あり得る話である。一昨年にここに立ち寄った時は1週間で数百万円儲けたと言っていたから、市場の流れが逆転した今は下手すると数千万いかれたかもしれない。

それで何気無く「最近のハンセン指数は・・」と言ったらルーシー叔母がキッと睨みつける。どうやら図星の様だ。それで話題をまた美人コンテストに戻そうとしたが、気まずい沈黙が支配した重苦しさがついぞ晴れることはなかった。一体いくら溶かしたんだろう・・。怖くて聞けない





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