法外な家賃を平気で払う店

3年前まで毎週末に昼食を食べていた五箇山という店に行こうと思い立ち、コーズウエイベイのそごう脇に有るビルへ向かったらなんと潰れていた。

またかよ・・。宇津木、天勝に続いて五箇山もか・・。これで筆者がお気に入りだった日本料理店はコーズウエイベイの寿司廣だけを残して全滅である。

先日の日記でも書いたとおり、強欲な大家が過剰に家賃を釣り上げる為、香港では値段もそこそこで美味しい店というのはどんどん廃業に追い込まれてしまうのだ。

それで寿司好きな香港の友人にコーズウエイベイ辺りで流行ってる店は何処か?と聞いたら、Tという香港人が握っている店名が出て来たのには呆れてしまった。



別に人種差別をする気は無いが、香港人はちょっとした給料の差でちょくちょく店を移ってしまうため、親方から基礎をきっちり仕込まれた職人というのはごくごく稀なのだ。

従って香港人板前は腕の悪さを盛り付けの派手さやトリュフにフォアグラといった奇抜なメニュー、そしてウルトラ吟醸酒でごまかすキライが強く、懐が豊かな中国成金は大枚をはたくが、筆者にとってこの手の店は高いだけで回転寿司と五十歩百歩のレベルだ。

「家賃の上昇を考えればもう日本人の職人は雇えないよ」と嘆く香港人の友人。今後はごく一部の高級寿司屋を除いてレベルダウンは必至のようで、せっかく花開いた寿司文化もおかしな方向に進むに違いない。

さてこの友人と飲茶をしていると、どこで聞いたのか2年前に閉業した天勝の家賃交渉の顛末を話し始めたのだが、その要求金額があまりに高いことにびっくりしてしまった。



失礼だが駅と駅の間の人通りもまばらな物件にしては法外な家賃で、カルチェか駅前の常時行列が出来る立ち食い店とかでないとペイしそうにない。まさに強欲ここに極まれりという家賃だ。

呆れた筆者はこれじゃ誰も商売を軌道に乗せられないじゃないか!と言ったら、友人はニヤッと笑って、いやペイしている奴がいるんだよ!そいつのせいで天勝は追い出されたんだ!と変なことを言い始めた。

なんだか煙に包まれた様な話に俄然興味が湧いた。よし!俺はヒマだから今から天勝の跡地に行って見ようじゃないか!と言うことで、ヘネシーロードを横切ってジャッファロードへと向かったところ、そこで最初に目に入ったのはなんと黄金の仏像・・。

「新興宗教がここに瞑想センターを作ることになってね。奴ら金は幾らでもあるからさ」と笑う友人。なるほど・・こんなロクでも無い団体と家賃オークションになれば勝ち目はまずないな・・。こりゃ不運としか言いようがないね、ご愁傷さま。




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左派の系譜2

日本の富裕な家庭の出身者や国費留学のエリート達が共産主義に取り込まれる事なんかあるのか?と思うかもしれないが、コミンテルンの工作員が自伝で述べている様に、どの国でも重労働と搾取に苦しむ波止場のおっちゃんよりも社会を牽引しようと意気込むエリート達の方が共産主義に転び易かったそうだ。

実際には何も出来ない頭でっかちな若造が社会正義という美名に感化されてしまうのは筆者も身に覚えがあるのであながち否定は出来ないが、当時世界から孤立していたソ連は巧妙なプロパガンダと共産主義化の過程で培われた心理戦のスキルを持っていたから、一度目をつけられた以上洗脳は避けられなかったのかもしれない。

しかも巧妙な事に彼ら留学生はドイツ共産党やアメリカ共産党に属していただけで徳田球一や志賀義雄ら日本共産党とは行動を別にしていたから、日本帰国後も公安に捕まることも無く大学や役所で昇格を重ね、そして近衛内閣の朝飯会や昭和研究会を通じて政権中枢へと食い込んで行ったのだ。まさにソ連の思うツボである。



この近衛政権というのも曲者で、天皇制護持以外は挙国一致・統制経済という社会主義国そのものを目指したため、戦後には社会党左派の議員となって日ソ友好協会の会長を務めた風見章を官房長官に任命するなど大バカ人事が蔓延し、近衛は鳩山・菅内閣の様に日本滅亡を目論む人物に取り囲まれてしまったのだ。

ゾルゲ事件の顛末を見ていただけば後のことは大抵分かるが、日独との両面戦争を避けたいスターリンの思惑通りに日中戦争を泥沼化させ、アメリカにいるホワイトら工作員と共同で日米戦争を引き起こさせる事でソ連の勝利と日本の敗戦に決定的な役割を果たしたのが留学組と西園寺らの選良たちである。

彼らは平和のために・・とか抜かすメディアもいるが、冷静に見ればこいつらは売国奴である。だったら特高警察やGHQに連行されても良さそうだが、敗戦直後はケーディスらリベラル派が主導権を握っていたのと大学という象牙の塔に籠っていたおかげて大したおとがめも受けずに占領時代をのうのうと生き延び、身の安全が確保された時代が来ると一気に日本の左傾化を演出し始めたのだ。



もちろん左翼運動は劣悪な労働環境に苦しむ工員や、酷い差別に苦しむ同和出身者、たたき上げの活動家が与えた影響の方が大きいのだろうが、ひとつ言いたいのは彼らは自分たちの生活を良くしたくて戦ったのであって、コミンテルンのメンバーの様に他の国の為に自国を売ったわけでは無いことだ。

自国民の幸福の為に社会主義化が必要だ!天皇を縛り首にしろ!と言うなら筆者も彼らの話を聞く気にはなるが、他国の為に日本の国力を抑え込もうとする現代の左翼のルーツを探って行くと、1930年代に日本の将来を担う為欧米に送られたエリート達だった・・というのはなんとも皮肉である。

そして筆者はもう一つソ連に浸透され、ソ連の意に叶う様に誘導されたらしきグループがあって、それは西園寺や留学生なんぞよりも遥かに力のあった組織なのだが、これを書くととんでも無く長くなってしまうので頭の中をもう少し整理した後で日記にしたいと思う。とりあえず一旦ここでこの日記は締めにしたい。



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左派の系譜1

知人のフェイスブックに日本を代表する進歩的文化人の鶴見俊輔へのお悔やみが書かれてあった。アナーキズムとプラグマティズムの伝道師、ベ平連、九条の会の発起人など日本の戦後左翼に多大な貢献をした鶴見だが、どうやら知人も彼の思想を受け継ぐ左翼の一人らしい。

こう言うのを左翼の系譜とか左翼の遺伝とでも呼ぶべきなのだろうが、以前筆者は興味本位で彼ら日本の進歩的文化人たちの系譜を辿って行ったことがあって、そこで非常に醜い結論に行き当たったことが有る。なので今日はその事について触れたい。

ことの始まりはベトナム戦争に反対する市民運動について興味を持った筆者がベ平連の指導部にいた小田実や小中陽太郎、高畠通敏ら進歩的文化人たちの経歴を見ていたところ、敵対している国アメリカへの留学という奇妙な共通点を見つけたからだ。



これがモスクワ大学とか北京大学留学組ならスッキリするのだが、なんでアメリカ東部の名門大学に留学した連中が社会主義陣営に肩入れしてしまうのか?と不思議に思った筆者は彼ら左巻きの留学生を戦前まで遡って行ったところ、その元祖的な人間として鶴見の師匠にあたる都留重人の名前が出て来たのだ。

津留の学問的功績を書くと長くなるので割愛するが、気になったのは都留が30年代にアメリカ留学していた時にハリー・ホワイトと大変親しい関係にあったことである。近現代史がお好きな方ならよくご存知の通りこの御仁はアメリカ財務次官という顔を持を持ちながらハルノートの原案を書いて日本を開戦に踏み切らせたソ連のスパイである。

都留が留学した1930年代は第一次世界大戦の後遺症から世界中が一息ついた時代であり、ちょうど1960年代と同じ様に自由主義と社会改革運動が盛り上がった時代だったが、実はこの時代にスターリンはコミンテルンを使って西側の将来のリーダー達をソ連の協力者に育てる活動をかなり積極的にしていたのである。



例えばイギリスではキム・フィルビーやガイ・バージェスらケンブリッジの5人組がコミンテルンに籠絡され、その後数十年に渡りソ連にイギリスの機密情報を流し続けることになったし、前述のホワイトや、ルーズベルトの側近としてヤルタ協定を取り纏めたアルジャー・ヒスもコミンテルンの工作員としてホワイトハウスの外交政策をソ連寄りに振り向ける事に成功している。

そして日本人でコミンテルンのターゲットにされたのが東大新人会や京大の河上肇の門下生、有力政治家の師弟、そして日本最高のエリートである海外留学生たちで、ゾルゲ事件で逮捕された尾崎秀実らはほんの一角に過ぎず、コミンテルンの手は西園寺公一ら日本のセレブ達にまで伸びていたとも言われている。

特に留学生へのリクルートはかなり組織的に行われていて、都留らアメリカ組と並んでワイマール政権下のドイツにいた蠟山正道や有澤広巳、鈴木東民、蜷川虎三ら少壮気鋭の学者やジャーナリスト、青年官僚に劇作家たちがコミンテルンに取り込まれ、そして日本帰国後に近衛内閣の周辺に組織的に配置された形跡が有るのである。



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香港の食文化を壊すダニたち

約2年ぶりに香港に来たので昔通っていた広東料理屋で食事をしようかと出かけて行ったら潰れていた。じゃあ好きだった潮州料理はどうかと訪ねてみるとここも閉店・・。結局大して美味くは無いが見た目だけは立派な料理店で味気ない夕食を摂る事になった。

全く香港はどうしようも無い・・。美味くて安くて客に人気がある店ほど強欲な家主に法外な家賃を要求され撤退に追い込まれてしまうのだ。筆者が3年前まで毎週のように食べていたレストランは半分近くが閉店してしまった。

ふつう家賃というのは隣同士で間取りが同じなら似たようなものだが、香港の場合は店子の儲け状況によってまるで変わって来るのだ。筆者の知り合いは隣の店子が月7万5千ドルで契約更改したのにも関わらず、ひと月後に12万ドル(180万円)要求されてしまった。ちなみに同じ大家である。



お宅は儲かってるんだから払えるはずだ!嫌なら出て行ってくれ!大家はそれだけしか言わなかったそうだ。それで仕方無く撤退をしたのだが、翌月からは一文字だけ違う店が居抜きで開業していてオーナーは大家の息子だったそうだ。値上げを飲もうが飲むまいがサイコロの目は大家の勝ちで決まっていたのである。

もっとも大家が強欲なのは今に始まったことではなく、筆者が始めて香港に来た20年前に通っていた店はほとんど残っていない。ここじゃ店子の経営努力を全てもぎ取る搾取が平然と行われているわけで、美味い店ほど真っ先に潰れてしまう逆構図が香港にはあるのだ。

美食の都ホンコンへようこそ!などと香港政府は観光客の誘致に注力しているが、本当にそのタイトルを維持したいのなら一切何もせずに店子の死刑執行を続ける大家どもをなんとかしろ!もしくは公共スペースをリーズナブルな家賃で貸し出すとか、とにかくレッセ・フェールはいい加減やめろ!と言いたい。




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霊感犬サマンサ

週末は海辺で泳ごう!と女房がいうのでラマ島(南Y島)にある親戚キャシーの家にやって来た。なんでも目の前が海という絶好の家らしく、イギリス人の雇い主が休暇で帰郷しているので使い放題だと言うのである。

ラマ島は香港の金融街セントラルにあるフェリー乗り場から船で30分の距離にあるのんびりした島で、カントリーライフが好きな英米人たちがここに移り住んでコロニーを形成しているのだ。東京湾のど真ん中に八丈島があって白人がいっぱい住んでいると想像していただくと良いと思う。

さて埠頭から歩いて10分ほどの距離にあるキャシーのコテージに着くと、ちょうど飼い犬が飯を食っている最中だったのだが、筆者の方を見るやウウーっと唸り始めた。そしてバウッバウッバウッ!と凄い勢いで吠える。それが少し普通じゃ無いのだ・・。





おかしいな。俺は動物には好かれるのに・・と思ったが、犬のただならぬ反応を見たキャシーはとっさに「サマンサ(犬の名前)はアンタの背後にいる何かを見たのよ」と嫌なことを言いだした。

なんでも犬はいつもは大変人懐こいのだが、今まで何人かに同じ様な拒絶反応を示したことがあって、その人たちは悪い霊に取り憑かれていたのだ・・と一体どういう確信が有るのか知らないが霊感商法のセールスマンみたいなことを言う。

吠えられた人達の中でも特に酷かったのが雇い主の同僚の女銀行員で、来る度にサマンサが異常に吠えるので筆者同様に霊がついてるぞ!と言ったら、この香港人女性はサッと表情が変わって思い切り思い当たる節がある様な反応を示したという。



しかし数ヶ月後にこの香港女性が再来した時はサマンサは吠えるどころか抱きついて舐め回し始めたので、一体どういう事?と聞いたところ、何も表情を変えずに「問題は解決したのよ」と言っただけだったそうだ。なんか裏がありそうな話である。

さてそう聞かされると何やら不気味なモノを感じ取ってしまうが、最近日本の強力な神社に幾つか行ったくらいしか筆者には思い当たることが無いし、だいいち一緒に神社に行った女房に対してははサマンサは懐いていて足とか舐めてるからこれは関係なさそうである。

それでさっきからベッドの上でなんなんだろう・・と考えているのだが、困ったのは犬のサマンサが筆者のいるベッドルームの前に陣取っていて、筆者がトイレに行こうとドアを開けるとウウーッ!と威嚇するのである。どうしよう・・、これじゃションベンにもいけないじゃないか・・。




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豪邸街に居座る強欲な悪党ども

銀行口座のちょっとしたトラブルが発生したので永住ビザの延長も兼ねて香港に来ることになった。筆者ら夫婦は二人とも永住権を持っているが、外国籍の人間の場合は別条件がついていて3年に一度入国しないと失効してしまうからである。

突然訪問を決めためお得なホテルは全部一杯だったので女房の親戚ノエミーの豪華アパートに泊めてもらう事にした。もっともノエミーは住み込み家政婦というだけだが、雇い主のイギリス人が一月半も帰郷しているため空き部屋が出来たのである。

香港島ノースポイントの高台にあるアパートについた時に正直アレッ?と思ってしまった。ノエミーが3年前まで住んでいたビクトリアピークの豪邸に比べるとサイズが2/3くらいに縮小しているのだ。

あんたの雇い主は弁護士事務所で降格されたのか?とからかったら、失礼ね!あたしのボスは今でもパートナーとしてバリバリやってるのよ!とむくれるノエミー。だったら何で場所も部屋も以前住んでた家よりもランクが落ちてるんだ?と聞いたところ、そこには香港独自の事情があった。

ここ3年で家賃が更に高騰していると言うのだ。弁護士事務所の家賃は月10万ドル(150万円)と上限が決まっているため仕方なく狭い部屋(それでも250平米ある)に移り住まざるを得なかったと言うのである。これを聞いて筆者は「さらに値上がりかよ!」と呆れてしまった。



イギリス人エリート弁護士が住む様な高級物件ではなく、日本人駐在員が住むもっと庶民的なタイクーシンの売買単価(家賃では無い)を例にあげて言うと、2004年のSARSが吹き荒れたあとの調整期は1スクエアフィート当たり4000ドル(6万円)だったのが2008年には8000ドル、2012年には1万2000ドルと4年毎に倍になっていた。

家賃も当然物件価値に連れて上がるわけで、筆者も赴任期間中はいくら昇格しても住宅環境は全然良くならなかったのだが、この3年間でさらに値上がりが続いてしまい借り手の中でも最富裕層のアングロサクソンエリートでさえもビクトリアピークから追い出される事態になってしまったらしい。

土地や株で儲けても1セントも税金がかからないタックスヘイブン香港らしい話である。経済不調が起こるたびに各国の中央銀恋が刷りまくった紙幣はこんな処に流れ込んで実態とはかけ離れた不動産相場を作ってやがるのだ。

さて雇い主が以前住んでいたビクトリアピークの豪邸は今現在誰が住んでいるのかと聞いてみたところ、欧米の金融ブローカーや中国の実業家と思いきや、なんと中国政府のそれなりに有名な高官の家族で、どうやら役人どもがここら辺の豪邸を法外な値段で買い上げているらしい。

さすが兆単位で国の財産をネコババする中国共産党員である。女房子供が世間とかけ離れた生活をしていれば内部告発で処罰されそうなもんだが、厚顔無恥の極みにいる共産党幹部たちはそんな事は気にもかけないらしい。確かに中国の役人は人民が飢え死にしようが何千年にも渡って搾取し続けてきたから次の数千年も変わる事は無いのだろう。




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まさかこんなモノを美味いと感じるなんて・・・

エド叔父さんと義弟アベットが我が家に遊びに来たので、近所に住んでる従姉妹の旦那ラフィーも呼んで酒盛りをすることにした。ツマミは日本からたんまりと持ってきたし、酒の方もいつも飲んでるジョニーウォーカーや昔新潟県で働いていた時にさんざん飲んだ麒麟山など一通り揃えてあるのだ。

さて筆者は初めからウィスキーを飲んでいたのだが、エド叔父さんが間違って筆者のグラスにプンタドールを注いでしまった。チッ!こんな粗悪な酒を!と心の中で舌打ちしたが、年長者なので表情に出すわけにはいかない。それで仕方なく注がれた分だけ飲むことにしたのだが、何口か飲んでいる内に自分の変化に気がついた。

美味いのである。まさかこんな粗悪な酒が美味く感じるなんて・・と驚いてしまったのだ。このプンタドールは一応ブランデーと名乗っているが、実際はシェリー酒にマールという絞りかすブランデーを混ぜ合せたまがい物の酒である。値段も1本350ペソとジョニーウォーカーの三分の一という安酒だ。

もちろんプンタドールには高級酒特有の奥行きのある深みや芳醇な香りなぞ全くないし、どちらかと言うとベタッとした味である。今までも宴会でウィスキーの在庫が切れた時には仕方なくプンタドールを飲んでいたのだが、美味いと思った事など今まで一度も無かったのだ。





まさか舌が劣化したのか・・?と焦ったが、1か月半も日本で美味い飯を食い続けたのだからそんなハズは無い。じゃあ加齢のせいか?それとも体調のせい・・?と色々考えるが答えは見つからない。しかしジョニーウォーカーを飲んでいた時に比べるとクイクイとグラスを傾けてしまうのである。

筆者の異変を察したらしいエド叔父さんが「プンタドールは美味いだろ」と呟いた。俺も昔はジンやウィスキーをがぶ飲みしたが今はプンタドールがいいね!この酒なら何時間でも飲み続けられるよ!と味覚とはちょっと論点がずれた話をしはじめた。

と、そこへ義弟が「ブラザーは味覚がフィリピン人になったんだよ」と気になる一言を・・。オレがフィリピン人だって・・、という事は1か月半も「異国の」日本で過ごしたから、帰国してソウルフードに有りつけたと舌が喜んでるって事かよ・・?

なんだか余り嬉しくない体の変化だが、不味いモノだらけのフィリピンで美味い酒が見つかったというのは喜ぶべき事かもしれない。それに円安で財布の中身は乏しくなっているから、脳の金銭神経中枢が誤作動を起こしてプンタドールを美味く感じさせているのかも・・。旅行でえらく金を使ったから暫らくはこの酒を飲み続けるしかないか・・。


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東京の地下空間の謎

NHKのブラタモリの取材中にJR東京駅付近で巨大な空洞が偶然見つかったと話題になっているという。なんでも昭和40年ごろに当時計画のあった地下自動車道路の一部として掘られたらしい。しかし一度も使われたことはなく詳しい資料も残されていないのではっきりしたことは判らない!と東京メトロは説明したというのだが、これを聞いた筆者は「ウソつけ!この野郎!」と思ってしまった。

地下鉄公団のような大企業が今から50年前の工事記録を残していないはずは絶対に無いし、当時30歳くらいの係長主任クラスたちは今でもほとんどが存命中なのだからOB会を通じて事実確認すれば詳しい事情は聞き取りできるはずである。にも関わらずこんなすっとぼけた反応しかできないということは、やはり地下鉄にまつわる例の噂は本当にちがいない!と思った。

例の噂とは以前立ち読みした地下鉄の迷宮・・とかいう題名の本に書いてあったのだ。この作者は東京の地下鉄の建設史を追いかけている自称鉄オタなのだが、地表の地図を丹念に追っていくと実際には地下鉄が走っていないところに路線が書かれていたり、数メートルずれている場所をいくつも発見したらしく、こういった意図的な間違え(=誤魔化し)を1つ1つ調べていくとある事実に行き当たったのである。

その具体的な検証方法はとうに忘れてしまったが、結論を言うとB29の爆撃から逃れて兵力や物資を移動するために日本陸軍が掘った無数の地下トンネルを再利用しているというのだ。もっとも米軍が進駐する前に陸軍はトンネル地図をすべて焼却してしまったのだが、陸軍の工兵たちが自分たちが関わった工事についていくつか証言を残しているというのである。





この本では東京には無数の地下トンネルが掘られていて、地下鉄以外にも別の目的で利用されている可能が有ることを示唆していたのだ。そう言えば昔から地下鉄工事でも無いのに床下からトンカントンカン音がする・・という噂話を度々耳にしたが、どうやらこの事を言っていたのだ!とハタと膝を叩いてしまったのである。

そしてこれについては筆者も思い当たることがあるのだ。筆者が子供の頃に過ごした町は今の大江戸線沿いにあるのだが、小学校時代に級友が遙か向こうまで続いている巨大な穴に入り込んでしまった!と大騒ぎになったことがあるのである。実はこのトンネルは結構多くのガキ達に目撃されていて、よし!それならオレが見に行こう!と級友たちと一緒に川沿いの下水処理場を探しまくっても同じドアはもう厳重に塞がれていて開かなかったのである。

こう書くと口裂け女のような子供たちが妄想で作り上げたストーリーの様に聞こえるかもしれないが、近所に住んでたオジさんやオバさんたちは「グランドハイツは昔は陸軍の飛行場だったからねえ・・」と言っていたから、あの人たちは案外地下に秘密トンネルがあることは知っていたのではないかと思う。

さて戦前にそんな便利なモノがあったなら使わない手は無いじゃないか!、別に隠し立てする必要は無いだろう!とお思いだろうが実は大アリなのだ。筆者のように理工学部出身の方なら工程をイメージできるだろうが、全く新しく横穴を掘るよりも狭いとはいえ既にある穴を縦横に広げる方が掘削コストが10分の1以下に収まるのである。





これが民間企業ならコスト削減のために「ウチは戦前のトンネルを利用ましたよ」と表明するだろうが、地下鉄は公団なのでそこら辺の感覚が無い。よって予算はあくまでも真っ新な土地にトンネルを掘るベースで算出されるから実際のコストの10倍の予算が税金から確保される。となると地下鉄公団には莫大な剰余金が残るわけだが、当たり前だが財務諸表にはそんな形跡はない・・。とうことは誰かがネコババしたということになる。

そして東京の地下鉄の開業時期を見てみると、戦後は1960年、1970年、そして1980年の3つのピークがあるのだが、ここを5年くらいさかのぼった正に工事の真っ最中の頃がネコババのピークだとすると、運輸族や建設族というキーワードで結ばれた2人の大物政治家の顔が浮かんでくるという。

55年頃なら自由党と民主党の合同で金がいくらでも要り様だった時期である。ここで幹事長に収まったのは岸信介だが実弟の佐藤栄作は元国鉄の親玉で運輸族のトップ。その10年後にはこの佐藤栄作が日本の総理になっていて、後継者を目指して黙々と金集めに勤しんでいたのが時の幹事長田中角栄である。そんで10年後は今度は角栄が総理になっている。

もっとも鉄オタクの作家が何でもかんでもこの二人の政治家のせいにするのは考え過ぎな様な気がするが、一方の「もともとあったトンネルを利用した・・」という説については大江戸線の奇妙な括れ具合と、陸海軍の主要設備を網羅する停車駅の顔ぶれを見ると案外本当なのではないか・・と思えてしまう。そこへ今回のすっとぼけた返事・・。やっぱり税金ネコババしてやがったな!






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フィリピン女たちの優越感

日本から帰ってきた翌日、さっそく女房の従姉妹たちがガキどもを引き連れて我が家に遊びに来た。目当ては日本の土産物で、明治チョコレートやグミとかいう菓子をもらったガキどもは大喜びで、それより年上の連中は明太子と紫蘇とクリームのパスタや甘鯛のさつま揚げ、チョーヤのさらりとした梅酒に舌鼓を打っては歓声を上げていた。

さて女房と従姉妹たちが何やら話し込んでいるうちに「あのスラム街はなんていう名前なのだ?」と女房が聞いてきた。どうやら天王寺から新開筋商店街を超えて釜ヶ崎に入り、そこを右折して新世界へと歩いて行ったルートの事を話しているらしい。あたし達日本のスラムを歩いたのよ!いう自慢話を始めた様だ。

図に乗った女房はその光景を従姉妹たちに見せたいらしく、筆者にグーグルアースのストリートビューで説明せい!と命じた。従姉妹のフィリンが「なんで写真を撮ってこなかったのか?」と言うから、アソコは犯罪者が流れ込んでいるから下手に写真を撮ると刺されかねないんだ・・と答えると、おお!日本にも怖い場所があるのね!と驚く。

さてパソコン画面で筆者らが歩いたルートを再現し「これが飛田新地」「ここが釜ヶ崎の三角公園」などと注釈を加えていたのだが、見ると従姉妹たちが全員とも怪訝な表情をしている。そこで一体どうしたのか?と聞いたところ、これが本当にスラム街なのか?と呟いた後で、あんたは低所得者向けの福祉アパートと言ったけど、スラム街の住人は随分と立派なコンドに住んでるじゃないか?と言い出したのである。





どうやら彼女らが住んでいるパッシグ市よりも日本のスラム街の方がよほど立派じゃないか!と思い始めたらしい。それで従姉妹たちの間に何とも言えない劣等感の空気が流れ始めた。しまったなあ・・、オレはこんなつもりは無かったんだけれど・・。

しかしここで従姉妹アニーが「ところでストリートビューには子供の姿が全然映ってないじゃない?」と言い出した。ナイスな質問である。それで日本のスラムは出稼ぎの男たちばかりが集まっていて、家族と一緒に住むフィリピン人スラム住民よりも遙かに孤独なのだ!建物は立派でもやっぱ孤独は最大の不幸だろ!と説明したら、ここで女房が余計な口を挟みやがった。

「日本人は子供を作らないので毎年人口が減ってるのよ」と言ったのである。そうしたら従姉妹らは全員「なんですって!」と唖然としてしまったのだ。家族の結束が強く子供をたくさん作るフィリピン人にとって人口減少は考えられない事態で、「それじゃ日本人は滅亡しちゃうじゃないの!」と驚いてるのだ。

こんな立派な道路やビルの群れがあるのに、将来それを引き継ぐ人たちがいないなんて・・・。どうやらそういう会話が従姉妹たちの間で交わされたが、しばらくすると従姉妹全員が筆者の方をジッと見る。どういう事か説明せい!という事らしいが、オレ自身が子供を作らなかったんだから大変都合が悪い事態になってしまった。





それで日本では高学歴の女性ほど生涯独身で通す傾向が強く、現にオレがいた会社では大卒の女は・・と女性陣に責任転嫁した説明をしたところ、ここで従姉妹たち全員が「まあ!日本女性はいったい何を考えているのかしら!」と叫んだ後でちょっと嬉しそうな表情になった。どうやら先ほどの劣等感の埋め合わせをするのに最適な対象を見つけた様である。

フィリピンの女性はどんなに高学歴でも絶対に子供は作るのよ!それも何人も!とここぞとばかりに主張した後、向こうのテーブルでグミを何粒も頬張っていた10歳のニキ(現在家出中の従姉妹メイの娘)に向かって「ニキ!あんた公文勉強するの止めて今から日本語を習え!」と叫ぶ従姉妹フィリン。

たしかにフィリピン女が100万人くらい日本に押し寄せて、こっちでパコパコあちらでスコパコやりまくれば人口問題なんてあっという間に解決するだろうな・・。試しにローソンあたりがフィリピン人女性しか雇わない!という方針を採ったらいいんじゃないか・・などとふざけた話をすると、従姉妹たちは「子供を産ませるならフィリピン女は最適なのよ!」と何度も何度も力説をした。

しかし・・いくら社会資本に比べてアッチ方面が発展しているフィリピン人とは言え、やっぱりそれ相応のご面相をしてないとスコパコまでたどり着けないのも事実。マヤ・サルバドールやサム・ピントが目の前にいるなら筆者も民族繁栄のためひと肌もふた肌も脱ぐ用意はあるが、どう見てもポリネシア・トンガ・フィージー系のニキじゃお呼びじゃないと思うんだけど・・。






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俺は詐欺師じゃ無いんだけど・・

マニラ行きのフライトで隣り合わせた福岡のオバちゃんと女房が英語で仲良さげに話し始めた。このオバちゃんは見ただけでその人の良さがにじみ出ている方だが、こう言っては失礼だが50台半ばと見受けられる年齢にしては中々英語がお上手である。

二人は長らく話し込んでいたが、筆者のことは女房の説明がまずかったせいかずっと香港人だと思い込んでいた様である。しかし日本人だとわかるとフィリピンについて色々と聞きたい事が有るらしく何かと話しかけて来る様になった。

このオバちゃん、てっきりフィリピン駐在員の奥方かと思っていたが、なんとこれからセブ島の英語学校に1月ほど留学に行くのだという。いや、今でも十分に話せるじゃ無いですか?と聞いたら、このオバちゃんが実はね・・と言って身の上話をし始めた。

このオバちゃんには2つ年下のアメリカ在住の弟がいて、アメリカ人の奥さんとの間に沢山の子供(オバちゃんにとっては甥と姪)がいるのだが、昨年からこのガキどもが日本に遊びに来る様になったというのだ。





しかし困ったのはこのガキどもはコンニチワ程度の日本語しか話せないだけでなく、辞書に載ってない様な言葉を連発するため、昨年ガキどもを別府や京都に引率していったオバちゃんはほとほと困り果ててしまったのだという。

「しかも話し方が早くて聞き取りがついて行けなくて・・」とすっかり消耗してしまったオバちゃんの心労とは裏腹に、どうやらガキどもはすっかり日本が気に入ったらしく、今年また来ることになってしまったというのだ。

ちなみに弟さんはアメリカでビジネスマンとして成功しており、航空運賃が高いから今年はちょっと行けないよ・・という様な財布の持ち主では無いらしく、ガキどもが気に入れば年に何度でも日本に送り込めてしまうという世間から見れば大変うらやましいがオバちゃんにとっては困った環境らしい。

それで一念発起してセブの英語学校にマンツーマンのレッスンを受けに来たという事なのだが、なんともお気の毒な反面、甥や姪を押さえつけて京都や奈良を引率している光景を思い浮かべると何ともほのぼのした気分になってしまった。





さてマニラ空港に到着しベルトコンベアの前で荷物の到着を待っている時に筆者はふと「このオバちゃんは申告書をちゃんと書いただろうか?」と思い浮かんだ。その堅実で実直そうな雰囲気から現金決済をモットーとする様な人物のような気がしたのだ。

それで「120万円以上の現金をお持ちでしたら税関カウンターで申告した方が良いですよ」といって悪徳空港職員による過去の没収例を説明し、なんなら僕が税関に説明しますけど・・と言ったら、ここでオバちゃんの目にアッ!というある種の戸惑いが見えた。

いえいえ!フィリピンは危ないと言うからカードを作って来ました!現金はほとんど持ってません!と言って手を振るオバちゃん。さらに出てきた荷物をトローリーに乗っけるやソソクサと人混みの中に消えてしまう・・。

あの・・、俺はあくまで親切心で行っただけで、オバちゃんのお金を盗もうなんて気は全然なかったんですけど・・。でも確かにフィリピンには悪い日本人が一杯いるから、俺もそう思われたんだろうな。さて最後に一言、甥っ子や姪っ子のために英語留学がうまく行くことを心から願います。






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ニセ外人が見た日本の観光パワー

時間が経つのは早いもので、5月末に和歌山市に入ってから実に7週間もの日本滞在もあと数時間で終わりを告げることになった。それにしても今までタイやマレーシアに長期滞在しても帰国日にちっとも寂しそうな顔をしなかった女房が今や死にそうな表情で荷造りをしているのが何とも奇妙である。

さて今回の旅で筆者は女房に英語で品物やメニューの説明をしているため店員たちからは外国人だと思われてしまい、彼らが下手糞な英語で話しかけてくると「いやいや、オレは日本人だよ」といちいち否定していたのだが、化粧品など翻訳するのが面倒なのでそのまま外国人の振りをすることにしたのだ。これが結構楽しいのだ。

さてニセ外人を続けているうちに気が付いた事は、日本人が物凄く親切な事である。筆者は会社員時代に世界中を旅して色んな人たちに接してきたが、今まではアメリカの田舎町に住む人たちが一番外国人に親切な民族だと思ってきたのだが、意外や意外、我が祖国日本人も奴らに負けないくらい親切なのである。

ショップに行けば片言の英語が出来る店員がサッと出てくるし、郵便局に行けば荷造りするのにガムテープやハサミまでタダで貸してくれる。駅員は荷物運びを手伝ってくれるし、レストランに行けば頼んでも無いのお得なセットメニューを勧めてくれる。同じ先進国でもドイツやフランスとは大違いである。





しかし筆者の記憶にある日本と言うのは外国人に対して排他的で、特にアジア人に対しては思い切り見下した人たちが多い国・・。20年以上前に外国人のお客を新潟の田舎の工場に連れて行った時の理不尽な差別対応や、銀座の料理店の店員たちの冷たい態度には腸が煮えくり返る思いがしたものだ。

もちろんあのころはバブルの真っ最中で、大して能力の無い日本人でさえ鼻高々の時代だったから不景気がずっと続く現代とは随分と事情が違うのだろうが、それにしてもここまで変化するとは思いもしなかった。筆者は長らく「日本人なんぞダメだ!」と思っていたが、中々やるじゃないか!という思いで一杯である。

もちろん英語普及率が低い、店のメニューや商品タグが日本語だけであるというデメリットはまだまだある。しかし香港人の仲人が言う様に徹底的な清潔さと便利な公共交通、そして信じられないくらい安くておいしいB級グルメなどデメリットを補っても余りあるベネフィットがあるのも事実だ。

さてテレビを見ていたら日本各地の商店街が観光客を呼びこむため何をしたら良いのか?と真剣に悩んでいて、経営コンサルタントから色々と小難しい経営理論を聞かされている場面がニュースで流れていたが、これを見た筆者は小首をかしげてしまった。





日本人相手に知恵を絞ったサービスは外国人に対しても相当競争力があるのだから、莫大なアトラクションや新しい空港など作る必要など無い。むしろ問題なのは買いたいのに、もしくは食べたいのに言葉が分からないということなのだ。

上にも書いたが、例えば女房など大丸やイトーヨーカドー、マツモトキヨシなどに行くとえらく長い時間をかけて化粧品店を覗いているのだが、全ての表記が日本語であるためにその商品が一体なんなのか分からずに店を辞してしまうのである。

なのでそれぞれの価格タグに短い単語でも良いから英語で説明文を入れるとか、小型液晶ディスプレイをこまめに設置し、商品コード番号を入れると(もしくはバーコードを読み取らせると)英語の説明文が出てくるサービスがあればこれは絶対に購買に結びつくと思うのである。

天神のショッピングアーケードを歩きながら「こんなに販売チャンスを眠らせてしまうなんて、日本人は勿体ないわ」と呟く女房。日本人が物凄く親切な事は十分わかったから、今度は少しばかり気を利かして実利に結びつけるようにしてもらいたいものである。がんばれ!日本の商店主たち!。





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名門焼肉店の虚像

筆者の女房は焼肉好きで、今回日本に来てから各地の名店で舌鼓を打ったが、1つだけ不満を感じているのは付けタレである。日本のどの店でも肉は最上等のモノを使っていて満足しているのだが、タレの方が女房のお眼鏡にかなわない様なのだ。

筆者の女房は焼肉が大好きで、日本に来てから最低でも3日に1度はカルビやロースに舌鼓を打っているが、お前が今まで人生で食った焼肉で一番美味いのは何処だ?と聞くと、意外に思うかもしれないがバンコクの玄風館という店だと言い張る。

何で但馬牛や鹿児島黒毛牛の有名店で食ったのにバンコクなんか?と思うだろうが、肉の良し悪しではバンコク玄風館は劣るものの付けダレは一風変わってて美味いのだ。いわばここのタレは他にないオンリーワン商品ということだ。





味噌と玉ねぎとニンニクを思い切り多めに使った甘辛い付けダレ。最初これを見た時には新種の福神漬けか何かか?と思ったが、これを肉になびって(乗っけて)食うと、えも知れぬ旨味と甘味が口に広がって行くのだ。

バンコク玄風館は客単価の制約からローカルビーフを使っているが、肉の弱点を補っても有り余るほどの付けタレの美味さである。それでバンコクに行くたびにトンローにあるこの店に足を運んでいたのだが、この店を紹介してくれたFという後輩が最初に言った事を筆者はずっと覚えていたのだ。

「福岡に玄風館という凄く有名な焼肉屋があって、ここはその支店なんだよ」。このFは生まれも育ちも福岡市で、親父さんは超大手商社の重役でガキの頃から美味いものを食い尽くしているから信頼できる。





それで福岡に来た筆者ら夫婦はモツ鍋や水炊き、海鮮鍋などをさて置いて玄風館に行くことにしたのだが、ネットで調べると玄風館という名のついた店は何軒かあって、どれが本店なのか良く分からない。

それでネットで「この店に行ったら病みつきになる」と一番評価の高い千代店に予約をしたのだが、地下鉄の駅からパピヨン通りという殺風景な通りをとぼとぼと歩いて行き、10分後にたどり着いたのは川っぷちの物置の様な小屋。

まさかココじゃねえだろな・・と思ったが、よく見ると「玄風館」という看板がかかげてある。貧相な店構えに尻込みする女房。しかしこういう汚い店が美味いんだよ!と宥めてガタついた戸を開けると、此処は下町の民家か?と思う様な古臭い店内が目の前にあった。





「いらっしゃい!何人さん!」と隣の国のイントネーションで叫ぶ年齢不詳のおばさん。メニューも出さずに「カルビをタン塩食べるわね!」と勝手に注文を取ろうとするので値段を聞くと1200円と900円だという。この人なんとなくメンヘラの雰囲気が・・。

そして「タレは辛口か普通か?」と聞いてきたので普通と答えると、アイヨ!と威勢良く答える。そしてテーブルの上に置いてあるコンロをガチャっと音を立てて火を付けた。ちょっと待て・・、炭火じゃなくてガスかよ!。

さらに待つこと30秒でビールとタン塩とカルビが登場。やけに早いな・・と思ったが、いつまで経っても塩ごま油とお目当ての濃厚味噌味の付けダレが出てこない。それでオカミさんにタレを早くくれ!と頼むと、相手はハァ・・という表情をして「もう味はついてるわよ」と言い出した。





なななにー!付けダレが無いだとぉぉ!。俺たちゃそれ目当てに来たんだぁ!と抗議したところ、このオカミさんはびっくりした顔をしながらも「22年前にオモニが死んでからアタシがこの店を仕切ってるけど、付けタレなんか出したこと無い!」と言い張る。

なんだよ、Fの情報は間違いだったのか・・と気づいたが、しかし客は後から後からひっきりなしに来るから美味いことは間違いないのだろう。それで付けダレは諦めて博多の老舗の味を楽しむことにしたが、焼きあがったカルビを口に含んだ時に自分が幾つもの間違いを重ねていたことが分かった。

辛いのだ・・、めちゃくちゃ辛いのである。ちなみに筆者は四川料理やタイ料理など唐辛子系の辛い料理は大好きで、辛さの裏にある一種のコクのような旨味を感じ取れる舌の持ち主だが、ここ博多玄風館のタレは旨味などなく、単に安い肉の臭みを消すために辛くしてあるだけなのだ。





「こげなウマか肉は食うたことがなか!」「毎週この店ば来んと病みつきになるバイ!」と背後のテーブルでは地元民の親父たちがビール片手にこの肉をガツガツ頬張りながら絶賛していたが、筆者の中では巨大なハテナマークが頭の中に浮かんでくる。

薄汚い店で安い肉を唐辛子で誤魔化してガスコンロで焼く。しかも付けダレ無し。良いところが一つとしてないのだ。これは昭和40年代の焼肉そのものじゃないか・・。福岡は大阪を超える美食の街だと聞いていたが、こいつら味覚なんか全然分かって無いんじゃないか・・。

「えーっと!あれあれ!チシャが・・アッアッアーッ!」と叫びながら床に転ぶオカミさん。どうやら無造作に置いた段ボールにつまずいた様である。その滑稽な光景と同様に筆者の脳内にあった「博多は美食の都」というイメージも無残に転がり堕ちていった。






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博多山笠で野グソ

早朝5時前に博多・櫛田神社近辺の歩道で一番山鉾が出てくるのを今か今かと待っていた時の事である。傍にいた女房が目の前で一度ブルッと震えた後で筆者の腕を突いて「ウンコがしたい・・」と言い出した。

あまえ・・あと2~3分で祭りのメインイベントが始まるというタイミングで・・、しかも早起きして石段の上という最適のポジションを確保したというのに・・。だけども女房のブルルンッ!という動きは段々と小刻みになっていく。

しかし通りの両側には数万人の見物客で溢れているだけで、公衆トイレはおろか開いている商店さえもない・・。じゃあホテルに帰るとか・・と言っても一番近い祇園駅まで人ごみを掻き分けて行かねばならないし、臨時列車がそう頻繁に出ているとは思えない。

はっきり言ってお手上げである。なのでこのまま漏らすか物陰に隠れて用を足すしか選択が無さそうだ(もしくは公衆の面前で堂々と脱糞するという方法もあるが・・)。それで女房に「おい!あの通りの向こうある駐車場に入って車の陰で出して来い!」と命じた。





明らかに動揺する女房・・。しかしロクでも無いものを食って腹を壊しながらもカバン一つで世界中を駆け巡って来た筆者にとって野グソはサッと名刺を出すのと同じくらい基本中の基本のワザである。中国の奥地やロシアにパキスタンの青空の下で用を足してきた筆者にとって世界は何処でもトイレだ!(ただし乗り物や公共施設の中を除く)。

サッと物陰に隠れてサッと出す!終わったら何気ない顔して元に戻ってくる!ハイこれ使って!とティッシュ2パックを差し出すと、もはや一刻の猶予も許さなくなった女房は人ごみの中を掻き分けて通りの裏にある駐車場へと走っていった。

それから3分後・・。一番山鉾が櫛田神社参道をまがって姿を現し周囲にワーワー!という歓声が上がっるはじめた時に女房が小走りに戻ってきた。出したか?と聞くと別になんでも無さそうな表情で「出した」と返事した。

そのままケータイで8番目の山鉾まで動画を撮り続ける女房。先ほど野グソするまでの恥辱感は一体なんだったのか?と思うほど何でもなくなっている。そうだろ、犬や猫だって平気で野グソしてんだよ!人間だって所詮は生き物なんだから開き直ればなんだって出来るんだ!。ただし櫛稲田姫と素戔嗚尊には心の中で誤っておくように!。






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臭マンコの悲劇

先日の日記でワキガと足クサについて書いたので、今回は悪ノリついでにアソコが臭い女について書こうと思う。

筆者は東京でサラリーマンをやっていた時には、帰宅方向とはあべこべの上野で遊ぶことが多く、給料を全部使っては広小路・湯島界隈のピンサロ、ヘルス、タイ人パブ、Pパブ、韓国エステへとせっせと足を運んでいたのだ。

筆者の行きつけだったピンサロはいわゆる花びら回転サービスというやつで、椅子に座っていると女の子が次々やって来ては口で昇天させてくれるのだが、指で中までいじり放題の女の子たちばかりがいる中で一人ガードルをピシッと締めているサヤカという女がいた。

触らせろよ!と指を下半身に這わせようとすると、サヤカ嬢は下半身をグッと奥に引いてしまう。触るのが目的の店で硬くガードしているのはなんだか変だし、それにキツイ表情で筆者を見るのでこの女が回ってくると気分が盛り下がることこの上ない。

けっきょく名前も忘れたこのピンサロはサヤカ嬢のおかげで足を運ぶのは億劫になってしまい、それに他に良い店が見つかったので筆者はサヤカ嬢に会うこともなくなったのであるが、後年全く意外な場所でサヤカ嬢がなぜガードルを硬く締めていたのか知ることになった。

同じ上野のセクシーギャルズというヘルスにはまり込んでしまった筆者は毎週通い詰める様になったのだが、ヘルス嬢とお互い慣れてきて軽く身の上話をする様になると、何とこの女が件のピンサロで以前働いていたことが分かったのだ。

それで四方山話のついでにガードル履きのサヤカ嬢の話をすると、あの人がなんであんな重防備をしていたか知ってるか?と意味ありげな表情を浮かべた後で実に味わい深い話をし始めたのだ。





このサヤカ嬢はアソコがもの凄く臭いというのである。それもちょっと尋常じゃ無いレベルで、花びらサービスの時間中に店内で「うわっ!この女くせえっ!」という叫び声が上がるのもしばしばだったというのだ。

それで「あの女は回さないでくれ!」とか「こんな臭い女おきやがって!」と客からは散々文句が上がったが、実は店にとって一番問題だったのはサヤカ嬢と同じ立場にいるピンサロ嬢たちの間に広がった動揺であった。

あの娘の後に回るのは嫌よ!お客の指から臭いのが移るわ!服が汚れるじゃない!病気が移ったらどうするのよ!あんたアソコちゃんと洗ってるの!とピンサロ嬢たちが喚き出し、一種のイジメが始まったらしい。

ミーティングの際に必死の表情で自分の無実(?)を訴えるサヤカ嬢。自分もアソコが臭いのは気になっていたので婦人科に行って検査してもらったのだが、病気の検査結果はすべて陰性・・。つまりアソコが臭いのは生まれつきだというのだ。

しかしいくら「私は健康体なんです!」と訴えても、臭いものは臭いわけで何の解決にもならない。相変わらず客からはブーブー文句が来るし、当番制で全員公平にサヤカ嬢の後に就くようにしたものの、当日休みを取る輩がでたりと店内に不穏な空気が漂い始めた。

それで店長の発案でサヤカ嬢にガードルをきっちり締めて客に触らせない様にしたというのだが、解雇もせずに皆の事を考える店長の思いやりには感心するが、エッチが目的で来る店の利用客にとってはなんだか話がズレていってるような気が・・。

さてサヤカ嬢は結構な美人だし、性格も穏やかで優しい心の持ち主だったが、しかしアソコの臭さだけは如何ともし難く、彼女の勤めていたピンサロはしばらくして潰れてしまったそうである。呪われたアソコを持つ女サヤカ、それ以来彼女の行方は杳として知れない・・。






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足クサ族マバホン

長かった旅も終わりに差し掛かり、筆者ら夫婦は福岡市でお土産を買い始めた。ユニクロやギャップの洋服にフランフランのミニチュアアクセサリーなどを中心に女房は凄い勢いで買いあさっているが、これはやたらと多い女房の親戚へのお土産で、一見高級そうに見えるが実際は2000円以下の安物ばかりである。

さて女房と一緒に天神にあるドラッグストアで資生堂のコラーゲンの素を探している時に、女房が「臭い消しの石鹸は何処にあるのかしら?」と言い出した。は・・?それは一体なに?と一瞬戸惑う筆者。そこへ「アイリーン(義妹)が日本製で足の臭いを消す石鹸をテレビで見たんだって・・」と女房が言い出した。

ああ・・足の臭い消しか・・と納得する筆者。というのは義妹だけでなく義妹の娘2人とも俗に言う足クサ族だからである。今年20歳の大学生の姪は見た目は結構美人だがこいつが靴を脱ぐと部屋中に異様な臭いが充満するのだ。それで「お前こんなに足が臭かったら嫁にいけないぞ!」と文句を言うが、当人はどこ吹く風ですっとぼけているのである。

さらに3歳のイザベルも筆者は愛情をこめてマバホン(タガログ語で臭いの意味であるマバホをもじった愛称)と呼んでいるが、実は筆者の女房も大学生の姪ほどではないにしろ足クサ症の患者であり、筆者は今から20年前にこいつを口説くより先になぜ足の臭いを確認しなかったのか・・と時どき悔やむことがある。

さて女房の話では足の臭い消しの石鹸を所望しているのは義妹だけでなく従兄弟の嫁ジュミと従姉妹のフィリンそうなのだという。確かジュミの娘オレンジ(6歳)が足が臭いのは毎回消臭スプレーをシューッと靴に振りかけているのを見たことがあるので知っていたが、まさかフィリンもか・・と驚いたが、女房の続く言葉を聞いてすべて納得した。

フィリンだけじゃなくメイもティナイも臭いで悩んでるのよ。アラッ!これって母方の一族の女たちだけだわ!。そう言えばボーヤも子供の頃に一緒に遊んだけど足が臭かった覚えがあるわ。ということはこれは遺伝ね!と何かが閃いたような表情で言う女房。そんなんで嬉しそうな顔すんな!。

「すみません、足の臭いを消す石鹸ありますか?」と店員に聞く筆者・・。それを聞いた丸眼鏡の女性店員は「あー!それだったら〇〇〇が・・」と筆者を置いてある戸棚の方向に案内してくれるが、このオヤジ足が臭いんだ・・と内心では思ってるんだろうな・・と考えると顔から火が出るような恥ずかしさである。臭いのはオレじゃないんだ!と心の中で叫ぶが、その声は誰にも通じることは決して無い・・。






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奇形化する日本のプロテスタント

日本のプロテスタントが韓国に乗っ取られつつある・・。山口君の具体的な話を聞いて筆者は韓国人の目の付け所の良さに驚くとともに、事態の深刻さにすっかり恐れてしまった。日本では宗教の存在感が薄いからおそらく大部分の日本人は筆者を始めとしてあんまりピンと来ないのではないだろうか・・。

ゴルバチョフが幼児期に洗礼を受けていたと公表したことで欧米諸国が急速にソ連との関係を改善し始めたように、西欧社会ではキリスト教徒でないとマトモな人間だと見なさない傾向がある。例えば日米外交史など調べていけば英米留学組以上にキリスト教徒がアメリカと強いパイプで繋がっていた、というよりも非キリスト教徒は交渉相手として見なしてこなかったことが判ってくる。

もちろん世界が多様化した現在では状況は変わっているし、非キリスト教徒の日本人もちゃんと文明人として認められてはいるが(筆者も一応欧米人とは友情をはぐくむことが出来た)、やはりキリスト教徒にとっては同じ神を信仰しているかどうか?というのは腹の底では意外と気になる問題なのである。

欧米では最もメジャーなキリスト教は日本では物凄くマイナーな存在・・。言い換えるなら日本人にとっては米粒の様にちっぽけなキリスト教コミュニティーも世界からはかなり注目を浴びる存在であり、投資対効果を考えるとキリスト教会、特にカトリックと違って各教会の独立性が高いプロテスタントは敵対勢力にとっては「買い」な存在である。

それに日本のプロテスタント教会諸派に韓国から大量の信者を送り込みそれぞれの主導権を握っても、日本人はお人良しだから出て行けとはまず言わないし、急に日本人がキリスト教に改宗し始める可能性は何百年経ってもありそうに無い。つまり韓国人が一度主導権を握ってしまえば将来に渡ってひっくり返される可能性は無いのだ。





だったら日本のプロテスタントを韓国の意のままに操ればいいじゃないか・・。そして韓国の意思を日本のプロテスタント教会を通じて無理やりに押し通せばよいし、もしも日本人が反対すれば「キリスト教的な価値観と相いれないイビツな国家日本」と世界に喧伝すれば良い。いや、プロテスタントと日本の皇室や政府、神道、そして歴史的事項について徹底的な対立を作りだせば日本そのものを破壊に導けるかもしれない・・。

これは今まで韓国がさんざんやって来たことだから何も目新しい事は無いじゃないか・・とお思いかもしれないが、日本の右翼が在日特権を叫ぶ朝鮮人を殴り殺しても世界は「まあ隣国同士はいろいろあるから・・」としか思わないが、プロテスタントの信者に対して同じことをすれば「日本ではキリスト教徒が組織的な迫害を受けている!」というニュースが世界に流されることになる。

当然アメリカのペンテコステ派はワシントンに対し「日本の異常事態についてどういう対処策をとるのか?」と問い合わせるだろうし、日本はダライラマを迫害する中国を超える悪玉にされかねない。それにキリスト教徒でも無く自分たちの正当性を声高に叫ぶのを良しとしない遠慮がちなメンタリティの持ち主である日本人は世界に対して堂々と立ち向かっていけるとは到底思えない・・。つまり完全な負けゲームだ・・。

さすが長年に渡って他国に踏みにじられ続けて人間性が腐りきった朝鮮人である。日本人は外圧に弱くて、欧米諸国を敵に回す大義名分を身に付けられれば何もできないことを良く見抜いている。寄生虫には寄生虫なりの生存戦略があるとは思っていたが、ここまで慧眼だとは思いもしなかった。こうなると是非とも南北朝鮮で核戦争でも始まって両民族が生物的に滅亡してくれることを願い他無さそうだ。

さてこうしている間にも日本のプロテスタントは韓国人に浸透されているわけで、日本が何もかも韓国に搾り取られた後で欧米諸国の攻撃を受けるか、それとも今のうちに赤い十字架を掲げた教会を焼打ちにして韓国人牧師を皆殺しにするのとどちらが得か?という判断をしなければならなくなるのではないだろうか?。だったら・・今日にでも殺し始めた方が良いでしょう。皆さんも不逞鮮人の民族浄化に立ち上がるのなら筆者も喜んでこん棒を手に取りますよ。(完)






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不気味な赤い十字架

筆者の友人で長崎県の自治労の幹部である山口君は、反日運動の実行部隊となっているのは日本国内のプロテスタントたちであると言い出したのだ。キリスト教が反日だって?そんな馬鹿な!と筆者は思ったが、驚くのは分かるけどコレは本当の事だよ・・と言った後で彼は非常に入り組んだ話をし始めた。

良くご存じの通りカトリックと違ってプロテスタントの1つ1つの教会は私企業のようなモノで、アメリカの様に何百万人もの信者を集める巨大教会がある一方で、もともとキリスト教徒の少ない日本の教会は数百人や数千人単位もいれば御の字である。これを流通に例えるなら巨大スーパーが進出すればイチコロの脆弱な零細商店が団結もせずにてんでバラバラに行動しているのが日本なのだそうだ。

そこへ目を付けたのが韓国のヨイド教会である。この教団はアメリカの巨大教団ペンテコステ派に属しているが教義が一致する以外は完全な独立国のようなもので、インターコープという下部機関を通じてアジアや中東、アフリカなど非キリスト教地帯に大々的に布教活動を行っている。信徒数は実に70万人。アジア最大級のプロテスタント系教団である。

千年以上も宗教戦争を繰り返してきたカトリックや正教は「仏教徒やイスラム教徒を改宗させるのは労多くして功少なしだぜ・・」と他宗教との棲み分けの姿勢を取っているが、アメリカに本部を置くペンテコステ派の様な新興勢力はイスラエル人もキリスト教に改宗させられる!と本気で信じている妄信者ばかり・・。それで韓国ヨイド教会による布教活動を全面的にバックアップしているらしい。

しかしここから先が問題なのだが、韓国ヨイド教会はペンテコステ派の教義を布教するだけならともかく、韓国政府と結びついて世界各地で韓国の宣伝活動と宿敵日本のイメージダウン工作を行っているというのだ。例えば世界各地で建設が進められている従軍慰安婦の銅像は韓国ヨイド教会と現地のペンテコステ派信者が事務局的な役割を果たしているというのである。





もちろん日本国内でも韓国ヨイド教会の動きは活発で、日本各地に韓国人が主催する赤い十字架を掲げた教会を建ち上げて日本人信者を勧誘したり、日本の既存のプロテスタント教会に信者を送り込んで役職に就かせるなど徐々に主導権を握っていき、それぞれの教会の日本人信者は韓国に対する贖罪意識を植え付けられて反日活動の土台にされていると言うのだ。

例えば長崎市中の美術館や博物館には「キリシタン迫害をした残酷な日本人」とか、「日本政府は原爆投下時に長崎に収容されていた連合軍捕虜への戦後補償をしろ!」などと言ったトンチンカンな展示が目立つが、博物館に対して「展示をこういう風にしろ!」と圧力をかけているのはプロテスタント教会の日本人信者たちなのだそうだ。

そしてプロテスタントの全国合同組織である日本基督教団もすでに韓国人に相当浸透されていて韓国ヨイド教会の影響を強く受けているんだよ・・という山口君の話を聞いてたまげてしまった。ただ日本は戦時中にキリスト教徒を弾圧したし、戦勝国アメリカはプロテスタントが国教みたいなものだから日本基督教団が土壌的には反日というのは何となく理解できる。

しかしこれは後から調べて分かった事だけれども、日本基督教団は70年代以降左派と右派に分かれて対立していたらしく、もともと反資本主義を叫ぶ左派が強いところへ反日を叫ぶ韓国人信者たちとその下僕の日本人が大量に入って来たから、たちまち韓国ヨイド教会にとりこまれてしまったらしい。

なるほど・・。以前イラクで殺された湯川さんと後藤さんの背後を調べていた時に、後藤さんが入信している日本基督教団と同じ住所(新宿区西早稲田2-3-18)に入居するおびただしい数の不気味な団体名を見て驚いたが、それはこういう訳だったのか・・とチューハイ片手に手羽先を頬張りながら筆者は一人納得してしまった。(続く)






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反日団体の正体

長崎市・鍛冶屋町の狭苦しい焼き鳥屋で大学時代のゼミの同輩である山口君と杯を重ねていた際に奇妙な話を聞いたので日記にしたいと思う。山口君は被爆地長崎の出身ということもあって大学時代から朝日新聞と朝日ジャーナルを愛読し、Uターンで長崎県庁の職員になってからも仕事はロクにせず自治労の運動に精を出していた皆さんのイメージそのままの左翼である。

オレは四半世紀もモノ売りに精を出していたというのに、お前は旗振ってシュプレヒコールを叫んでいるだけで給料を貰っていたとは許せん!という口調で筆者は山口君に論戦を挑んだのだが、この男は左翼ではあるものの根はお人好しで、筆者とは結構ウマが合う存在だったからニコニコしながら左翼特有の詭弁を繰り返していた。

しかし25年も左翼運動をやっていたくらいだから内幕話を聞くには最適な人物である。それで昔に比べて世論は右の方に傾いてきたからお前らはやり辛いだろう?と聞いてみたところ、いやはや全くその通りだよ・・と案外素直に認めたうえで、デモ集会に参加してくれる人間がかなり減っちまってな・・と嘆いていた。

なんでも「○○闘争戦線」とか「△△を許さない会」、さらに「自然農薬を愛する主婦の会」なんてのは実は昔から全部同じメンバーで構成されていて、中年のオヤジが原子力反対の集会でメガホン持って叫んだあとで諫早湾の埋め立て反対集会に駆けつけるなんてのはザラだったらしいが、最近じゃ何件掛け持ちしたって集会のガラガラ感は否めらしいらしい。

「今じゃ大学でヘルメット被るなんて絶滅種になっちゃったから、運動に新たに入ってくるのは大学でボーッと過ごしてきただけの職員なんだよ。こんな無気力な連中をいくら集めたって出来る事などたかが知れているだろ?」と嘆く山口君。長らく自治労の情宣部門にいただけあって彼の情けない話には何度も失笑させられた。





しかしである・・。確かに左翼の人員動員力は激減していてデモに数万人をかき集めることはもはや出来なくなっているが、その一方で筆者の目には彼らの活動は巧妙になって来ているように見える。それに今やメディアや地方行政に深く浸透した左翼は実質的な権力側に変貌していて、中国と朝鮮の代弁者として日本の弱体化に邁進しているではないか。

それで山口君に反日運動を繰り広げているのは国内なら元新左翼の活動家と在日・同和団体、外国なら中国と韓国という近隣諸国、そして中国共産党の小間使いである創価学会がいるが、一体どの勢力がこの手の反日運動を最も活発に推進しているのか?と聞いたところ話が全く予想外の方向へ進んでいったのだ。

山口君は突然プロテスタントの話をし始めたのである。それはアメリカのペンテコステ派いうワシントンに多大な影響力を与える巨大教団、そしてペンテコステ派の分教会でありながら全く異質な動きをする韓国の教団と韓国政府、そして脆弱な日本のプロテスタント教団が入り組んだ摩訶不思議なストーリーで、最初に聞いた時には一体なんのことかチンプンカンプンな話であった。

筆者より年齢的に少し上の方であれば、宗教とアメリカと韓国と聞くと統一教会の事を思い浮かべると思う。アメリカの保守派の援護の下でKCIAと統一教会はタッグを組んで反共活動を行うかたわら霊感商法で荒稼ぎしてきたが、しかし彼らは左翼ではなくて表向きは右翼である(ただしソ連崩壊後は北朝鮮に接近し左右両刀使いになっているが)。

それでお前が言ってるのは統一教会の事か?と言ったら、山口君はちょっと顔をしかめて「違うよ。あんな連中よりももっともっと力のあるグループだよ」と断言する。しかし同じ左翼ながら山口くんは何と無くこの連中を余り良く思っていないフシが伺えたのを奇妙に感じた。そして彼の話を聞くうちに、この赤い十字架を掲げるプロテスタント一派の不気味さがだんだんと浮き彫りになってきた。(続く)






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踊るワキガ女

来た日の豪雨とは打って変わって長崎市は晴天の日が続いている。しかし天気が良いのは嬉しいが気温は一気に30度近くまで昇り、坂道の多いこの街を歩くと汗だくになってしまうのが悩みの種だ。

ここに来て気がついたのは中国人観光客が異様に多いことで、どこに行ってもやかましく叫ぶ連中の騒音に悩まされて仕方が無い。港を見たら上海からやって来た大きな客船が横付けされていたので奴らはここから吐き出されているようだ。

さて大浦天主堂を訪問した後に坂道をおりて市電の停車場に着いた時のことである。ホームの中ほどで中国人と思しき中年女が二人ベチャクチャ喋っていたのだが、そいつらのそばに寄った時に凄い衝撃を受けたのだ。

臭いのだ。それもちょっと信じられない位クサイのである。発行と言うか腐敗と言うか・・。さらに強い刺激臭も混ざっている。そのあまりの臭さに思わず顔を背けてしまったが、運悪く風下に座ってしまったため臭いがこちらに漂ってくる。息が・・息ができない・・。

「マバホ!マバホ!」とタガログ語で緊急事態を知らせる女房。それで二人とも息を止めて停車場ホームでも風上の方に移ったが、運悪くすれ違う時に中年女の肩口にぶつかってしまい、筆者のTシャツに女の汗とおぼしきシミがじんわりと広がっていく。ウウッ・・キタナイ・・。





臭いのは二人のうち片方のはずだから(ひょっとしたら二人とも臭いかもしれないが)、この汗のシミが臭い確率は50%・・。だけど筆者は臭いをかいで確認する勇気などとても無い・・。それで女房に嗅いで確かめてくれと言ったら断固として拒否された。

なんでこんな危険生物、いや危険物質の乗船をクルーズの船長は許可したのだろうか。同室の人間だけじゃなく食堂やエレベーターで隣り合わせた人間に迷惑じゃないか!と怒っていたら、さらに想像を超える事態が目の前で発生した。

中年女たちがエアロビだか民族舞踊だか知らないが面妖な踊りを始めたのだ。それもご丁寧にも腕を激しく上下に振りつづけている・・。その為これまで脇の下に閉じ込められて来た危険元素が気化して一気に大気中に拡散され始めたのだ。

ウウッ!ウゲーッ!べーッ!もはや耐えられなくなった筆者ら夫婦はその場を退散し、道路を隔てた場所にあるコンビニへと逃げ込んだのだが、その時チンチン・・という音色を立てて筆者らが乗るはずだった路面電車がホームへと入ってきた。

ベチャクチャ喋りながら電車に乗り込む強烈ワキガ女。この後狭苦しい路面電車の中ではどんな阿鼻叫喚の地獄絵図が繰り広げられたのだろう・・。動くアウシュビッツ・・。犠牲者の方達には心から哀悼の意を表したい。






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日本一の牛肉

今回の旅で最もよく食べているのは焼肉である。最初の日に和歌山駅前で入った全然客のいない店が意外にも美味かったのから始まって、大阪の心斎橋、南紀白浜、那智勝浦、神戸、そして鹿児島と2~3日に1度は焼肉屋でカルビやロース、牛タンを堪能しているのだ。

しかしなんとまぁフィリピンにある焼肉に比べて美味いこと・・。日本に来たら寿司や刺身、懐石をたんまり食うぞと決め込んでいたが、女房が盛んにカルビを食いたい!イヂボを食いたい!と叫ぶので、どうやら今回の食い物の王座は焼肉に決まりそうである。

さて長崎へ向かうバスの中に置いてあったガイドブックには「長崎に来たら長崎牛」「日本一美味い長崎の牛をどうぞ」と書かれてある。それで焼肉大好きな女房に「今度は日本一の牛肉が食えるぞ」と言ったら何故だか怪訝な顔をした後で「行く先々の牛肉がそれぞれ日本一だというが、じゃあ日本一じゃない産地と言うのはあるのか?」と言い出した。

どういう意味かというと、日本到着直後に和歌山で食べたのは但馬牛で、店主が「これは日本一の牛ですよ!」と自慢していたのを皮切りに、大阪の焼肉屋では近江牛を、南紀白浜と那智勝浦では熊野牛を、そして神戸ではKOBE BEEFをそれぞれ店主店員たちが口を揃えて日本一と称していたことを言っているのである。





まあそれでも大阪圏内は同じ様な牛の種類がいるのだろう・・と何と無く納得していたらしいが、飛行機に乗ってやって来た僻地の鹿児島でも店長が「ここ鹿児島の肉は日本一でごわす!」と言い張るので訳がわからなくなってしまったというのに、今度は同じく僻地にある長崎が日本一を主張しているではないか・・。

いったい牛肉日本一の定義は何だ?ということを筆者に聞きたいらしいが、そんなもの全国統一牛肉偏差値テストでもあるならまだしも(有るかもしれないが知らん・・)、日本を離れて12年、日本のテレビも新聞も一切見なかった俺が知ってるわけ無いじゃねーか・・。

それに各都道府県が「うちの牛肉はマズイです」と本当のことを言う訳も無いから「日本一」のオンパレードになってるんだよ・・、ビコール美人とかセブ美人と言うけどパンパンガ州はブスの産地が誇りですとは言わないだろ!と説明したが、女房は全然納得してない様である。

それで一体なにを持って日本一と呼ぶのか品評会について調べて見たが、これが複雑極まりない上に○○牛はこうだ!と断言できる類のものでは無い・・。一方女房はあんたの調べた結果はどうなった?とせっついてくる。で・・けっきょく長崎牛を食べてみてから自分たちでランキングをつけようという当初の疑問には全然答えてない結論になった。ということで明日も焼肉だぁ!。






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薩摩隼人のプライド


薩摩隼人のプライド

ユナイテッド航空のマイレージ維持のため急遽スターアライアンス系統の航空会社に乗る必要が出来たため、何故だか割引率が大きくてホテルもベラボーに安い鹿児島に来たのだが、なんで大安売りなのか着いてから判った。連日連夜大雨なのである。

それでホテルの有る天文館付近をぶらぶら歩くだけの日々を過ごしているのだが、この街に来て驚いたのは物凄く活気が有る事だ。普通は地方都市というとシャッター街を連想するものだが、ここ鹿児島はまだバブル世代をやってるんじゃないか・・と思うくらいどの商店街も客で溢れていて元気なのである。

「鹿児島はたくさん工場があるし、都市圏に依存せずにやっていける経済圏が出来ているから不景気知らずなんだよ!」と偉そうに言う大学の後輩の中村君。こいつは昔から郷土愛が強く、東京に来ても「鹿児島が!薩摩が!」と自分の出身地をアピールするのが常だったが、30年経っても全く変わっていない様である。





しかし筆者もこいつが故郷鹿児島に多大なプライドを持つのが今になってよく分かった。日本中が少子化で滅亡しつつある中で、鹿児島には子沢山の若い夫婦がやたらと多い様に見えるのだ。これは鹿児島人は社会を健全に発展していこうという意思があると言うことに他ならず、たいへん右翼的かつ立派なことである。

それで中村君に「いやあ!鹿児島には最先端のファッションは無いだろうけど、思いの外発展しているし経済も人々も自立してるんでびっくりしたよ!」と正直な思いを伝えたところ、こいつはハハハ!と一笑いしたあと急に真顔になって「鹿児島には最先端のものがあるよっ!」と声を低めて言った。

は?と思ったが、中村君によれば鹿児島は「昔から」他の地方都市など及びもつかぬほどファッションセンス溢れる街だ!と言うのである。西郷どんの出身地がか?と脳裏に巨大な疑問符が浮かんだが、何より久しぶりの再会だから適当に相槌を打っておくことにした。





さてこの源氏と言う名の黒豚しゃぶしゃぶ屋の店主がフィリピン人の女房が来たのをたいそう珍しがって英語で「鹿児島は好きか?」とか「うちの料理は美味いか?」と上機嫌で聞いてくるのだが、ここに来る直前まで神戸に居たんです・・という事を言ったら、あんな田舎町より鹿児島の方が大都会だよ!と胸を張って言う。えっ?これは冗談かと思って筆者が聞き返したんだが、何とこれが本気なのである。

ちょっと待て・・。筆者は鹿児島にたいへん好印象を持っているが、相撲で言えば神戸は西の大関、一方の鹿児島は小結(十両?)くらいの差がある。郷土愛が強いのは結構だが、いくらなんでも神戸よりも都会とは現実から乖離してないか・・と思ったが、むかし九州人は関西人をバカにしている・・という話を聞いたことをその時思い出した。

その男が言うには、明治維新で東京政府を立ち上げたのは薩摩と長州だから鹿児島人は東京に親近感、というより一体感、いや優越感を感じている一方(ちょっとウチの支店に出張してくるという感覚)、オイドンたちの東京が嫌いな関西人というのは実にケシカラン奴等だ!と憎々しく思っているというのだ。だから今だにこの地域では神戸なんぞ大阪の付属物くらいにしか考えて無いのかもしれない。





しゃぶしゃぶを食った後で市内で一番のカクテルバーに行ったのだが、ここのギムレットがなかなか美味かったので「銀座のバーも顔負けだのレベルだね」と言ったら、ここのバーテンダーは愛想笑いを浮かべた後でキリッと表情を引き締めて「六本木にも引けを取らないと自負してます」と言うのには笑いをこらえられなくなってしまった。

さすが徳川幕府の圧力に屈せず、日本の辺境という地の利を活かして逆転に次ぐ逆転で明治政府を打ち立てた薩摩隼人である。日本人特有の謙虚さも持ち合わせながら、ただし郷土についてはここまで過剰にアピール出来る頑迷さ、いや郷土防衛本能には脱帽せざるを得ない。日本の外務省と政府広報部門、それと防衛大学は鹿児島県に移転した方が良いのではないだろうか。

さて帰りのタクシーの中で運ちゃんが陽気な口調で「鹿児島はどうですか?」と聞いて来たので、上に書いて来た様なことを説明したら、この運ちゃんは上機嫌にハハハハ!と笑っていたが、最後に運賃のお釣りを手渡す時に「鹿児島は辺境じゃありませんよ!」と渋い声で言った。ここまでくると鹿児島原理主義者である。どうも失礼いたしました・・。






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正しい歴史観を持つオヤジ

鹿児島市内のラーメン屋で女房と深夜飯を摂っていた時のこと、店に備え付けられたテレビから「台湾で抗日70年記念の軍事パレードが開かれた」というニュースが流れてきた。台湾の馬英九総統がそこで演説をしたらしいのだが、ナレーションでは「韓国や中国の同じようなパレードに比べるとずっと反日姿勢を抑えたモノになっている」と付け加えられている。

とその時「なんだよ!戦っても無い台湾が反日だと!」「便乗しやがって!」「ニセモノが増えて来たな!」という声がカウンターから響いてきた。見ると20代半ばくらいのスーツ姿の男たちである。えっ?この人たち何を言ってるの?と思ったが、彼らの話に聞き耳を立てて聞いてみたところ「中国・韓国の抗日反日ブームに台湾が便乗し始めた!」という事を言っている様だ。

ちゃんと歴史教育を受けた方なら彼らが2つの意味で間違っている事は良くご存じだろう。ご存じの通り現台湾の正式名称は孫文以来の中華民国で、1931年の満州事変から敗戦までの15年間に渡る日中戦争で日本が戦ったのは中華民国の国民党軍である。例えば日本軍は1億発の弾丸をこの15年間に撃ったとすれば、その99.9%は国民党兵士に対して向けられたものなのだ。

ただし国民党は日本敗戦後の国共内戦に敗れて旧日本植民地だった台湾に逃げ込んだのであって、そこで台湾には一般庶民の親日と支配層の反日姿勢というややこしい構造が生まれてしまったのだが、台湾は民主化したとはいえ政権与党は国民党なのだから、台湾で抗日パレードをやるというのは当然と言えば当然のことなのだ。





2つ目の間違いは抗日運動の主体となったのは中国と韓国だと思っているらしいことだ。こんなの歴史を良く調べてみれば毛沢東の中国共産党は日本軍と国民党軍を戦わせることで漁夫の利を得る戦略をとっていたことはすぐに分かるし、日本との戦闘というのはせいぜい線路や通信網を破壊するゲリラ戦程度である。はっきり言うと共産党は世界に喧伝できるような抗日運動などやってないのだ。

それから南北朝鮮は両国とも当時は日本領(というより併合されて日本の一部)だし、だいたい多くの朝鮮人軍属が日本軍に随行して各地で野蛮な虐殺行為を行っていたのは周知の事。つまり抗日を叫ぶどころか、むし抗日を叫ぶ人たちから縛り首の目に遭わされてもおかしくない民族なのだが、それを巧く誤魔化して被害者ツラしているのが朝鮮人なのである。

さて筆者と同じ年齢くらいの人たちならばこんなことは誰でも知っているはずなのに・・。それにこの3人とも上物のスーツを着ているし中々理知的な顔つきをしているから立派な教育を受けてきたはずだ。それがどうしてアベコベな歴史観を植え付けられてしまったのか・・と唖然としていると、カウンターの中にいる50代と思しきオヤジが「あれはね・・」と口を挟み始めた。

このオヤジは「いやいや、台湾だけが抗日パレードを行う資格がある国ですよ」と3人組の間違いを正した後で、国民党の話を説明し始めたのだが、この3人はフンフン・・と頷いているだけで馬耳東風の様である。この3人のオヤジを見下した態度にはムカついたが、言うべきことを言ったオヤジには感銘を受けたので、胸に着いたネームプレートを見たところ、そこには「邱〇〇」と台湾人らしき名前が書かれていた。






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至高の美の前で行進する男

営業を担当されたことがある方ならよくご存知だろうが出張先での接待というのは営業マンの能力が試される重要な仕事である。この場合接待する相手は顧客のことだと誰もが思われるだろうが、筆者の場合は顧客と同じくらいの頻度で身内を案内することが多かった。

どの会社もそうだろうが数回に一回は必ず上司が同行するし、大きなプロジェクトの場合は社内の関係部署の人間や外注も一緒に連れて行くことになるが、こうなると営業はツアコンの役割も仰せつかることになる。

筆者が最初に担当したのは台湾で、同行者を悶絶させる夜のコースは自ら情熱を持って開拓した甲斐があって幾つもバリエーションを取り揃えていたが、昼間ぽっかり時間が空いてしまった場合はたいがい故宮博物館に連れて行くことにしていた。

と言うのは筆者が勤めていたのはメーカーで、海外出張の同行者はたいがい設計部とか品質保証部、商品開発部などの技術屋だから、人間の叡智を凝らした中国手工芸の傑作には食い入る様に見てしまう人たちばかりなのである。





おおっ!この象牙の玉は中をくり抜いて彫刻を施してあるぞ!。いやこっちの壺を見てみろよ!こんなに細かく花びらを書き込むなんて人間業じゃない!とどよめく技術者たち。おまけに自分たちで解説まで始めるから筆者にとっては手間いらずである。

さて台湾を担当して2年が経った頃、ちょっとしたクレームが発生したため急遽香港に駐在していた佐々木という技術屋をともなって出張することになった。筆者より10歳上の中堅社員で出身は高専。東工大や東北大が幅を利かせる商品開発部門と違い、生産技術や品質保証など日本の現場は高専卒が支えているのだ。

この人は海外駐在員なのだから相当優秀な人間だろうし、それも筋金入りの叩き上げだから故宮博物館に入ったらきっと夜まで出て来ないだろうな・・と思った筆者は主張中の休みの日に佐々木氏を連れて開館と同時に館内に入ったのだ。

ところが・・。この人は最初の展示物を一目見てウーンと感慨深げに首を45度上げて虚空を見つめ始めたのだが、一体何を言うのか待っていてもジーッと固まったままである。それでしばらく佐々木氏を凝視していたら、突然プイッと横を向いてスタスタ歩いて行ってしまった・・。





その後茶器のコーナーに行ってもスタスタ、掛け軸もスタスタと歩いて行くのだが、佐々木氏の後ろ姿を見ていて気がついたのは彼の首は左右に置いてある陳列物の方向に1度たりとも振れておらず、まっすぐ前を見据えてひたすら軍隊の様に行進しているのである。

ツウは3日間通っても見足りないという故宮博物館・・。ところが佐々木氏の場合は滞在したのはお土産コーナーでコーヒーを立ち飲みした時間も含めてたったの20分足らず・・。恐らくこの博物館に単に行進のためだけに来たのは開館史上佐々木氏だけではあるまいか。

さて昼間は真っ直ぐ前を見据えて手を振っていた佐々木氏も、夜の林森北路では左右に座った台湾美人を見つめるわ触るわ抱きつくわとご満悦だった。ところがいざお勘定の段になると故宮博物館の時の様に手をポケットの中に突っ込んで真っ直ぐ虚空を見据えたまま黙り込んでしまったのである。

結局この1年後に筆者は香港へと赴任し、佐々木氏とは昼夜両方の付き合いになるのだが、このオヤジは夜の逸話は数多く残せど仕事の方では何一つ実績らしいものを残さなかったのは言うまでもない。以来筆者は技術者を採用する場合には、伝統工芸品への関心の有無を最初に聞くことにしている。






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偏執狂の夫から逃げ出したフィリピン妻

少し前の日記で女房の従姉妹ティナイがイギリス人の夫から酷く粗末に扱われていて、フィリピンに住む兄弟従姉妹達は夫が死んだ場合の財産相続について調べ始めた・・という話を書いたが、なんと夫が変死する前にティナイは家出してしまったという。

父親の葬式に参加するための渡航費を出してもらえなかったティナイは居住先のスペイン・マラガからイタリアのミラノへ逃げたというのだが、はて・・ティナイに1セントの金も持たせないため、買い物のレシートでも細かくチェックされているティナイがどうやって数百ユーロのカネを用意できたのか・・?。

「ヨットに隠してある金庫をこじ開けたんだって」と笑う女房。なんとボブはヨットには金だけでなくティナイのパスポートまで隠してあったというのだ。何という念入りな男、いや偏執狂なのだろう・・。病院に行って脳の検査でもしてもらった方がよいレベルだ。





だけどこの一件でティナイは困った自体になりつつ有るんだって・・と言う女房。なんでもボブはティナイの兄妹や従姉妹達に「あいつは何処へ行った!今すぐ戻らないと警察に訴えてやる!それでもいいのか!」と脅しのメールを送っているというのだ。

夫の資産は夫婦共有のもの。夫婦間で窃盗罪など適用されるわけ無いし、たかが数百ユーロの損害でスペイン警察がイタリア警察に身柄拘束依頼を回すわけも無い。生まれてこのかた金のことだけを考えて生きてきた希代のどケチにはこんな言葉しか思い浮かばないらしい。だから最初の結婚に失敗して奥さんと子供に見捨てられるんだよ。

さてティナイのビザがどうなってるのか知らないが、イタリアで小間使い的な仕事を見つけて働き始めたという。まあ新しい人生をスタートさせるのは結構だが、たっぷり慰謝料をせしめるか、もしくは書類上は離婚せずに遺産相続までじっと待てよ!。ただ同然で離婚書類にサインするんじゃ無いぞ!






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壊れた器の唄

今日昼前寝ている時に女房の携帯が何度も鳴っているので筆者が出たところ、フィリピンにいる従姉妹ミレットがフェイスブックの画面に表れて今すぐ女房と話したいと言う。それで女房をたたき起こして携帯を手渡したら、ミレットが凄い勢いで何かをまくし立てた後でワーッ!と泣きわめくのが聞こえた。

このミレットは普段は陽気な女で、大学で薬学の学位を取っただけあって中々聡明であり、夫ラフィーの浮気疑惑以外では感情的な顔は余り見せないのだが、今回はやけに激情的である。それで長い長い会話が終わった後で一体どうしたのか女房に聞いてみたところ、ミレットの父親の頭がまたおかしくなったというのである。

1年以上前の日記で書いたがミレットの父親というのは精神分裂病を患っていて、同居している祖母の葬儀の場で錯乱してしまい、参列していた叔父や従兄妹たちから抑え付けられて一時期軟禁されていたのである。しかしその後頭の容態は良くなったので普通の生活に戻ったのだが、どうやら1年たって症状がぶり返したらしい。





さて女房にミレットが話した事を書くと、本日朝子供のアンジェラを幼稚園に送り届けた後で突然電話が鳴ったので出ると、リサール州では値段が高いので有名な私立X病院の職員と称する人から「今すぐ病院に来てください!あなたのお父様がぁ!お父様があ!!」と叫んでいたのだと言う(この状況は女房が創作した可能性もある)

それでトライシクルに乗って病院に駆けつけたところ、田舎村に住んでいるはずのミレットの父親が精神科の診察室で屈強な看護人から羽交い絞めにされている所であった。一体なにが起こったのか?と看護人に聞いてみたところ、何とミレットの父親は病院が開いたと同時に精神科診察室に押し掛け、「オレは大金を得たから今から治療してくれ!」と言い始めたのだそうだ。

もちろん叫ぼうが廊下でウンコをもらそうが金さえあれば診察してくれるのがX病院だが、看護婦の説明によるとミレットの父親が「これが金だ!」と称したのは意味不明の数字が書かれた単なる紙で、その後しばしのゴタゴタが起こった後で暴力的に取り押さえられたわけだが、どういう訳か病院はミレットの携帯番号を探し出し、それで冒頭のシーンとなった訳である。





それでミレットが父親に対してこの顛末を問いただしたところ、オレは年金を全額一括で貰うクジに当たったんだ!と意味不明なことを話し始めたらしい。父親の壊れた話に呆れたミレットは年金を一括で貰える制度など無いし、仮にあったとしてもそんな手続きはしていない・・と答えたところ、ここで父親は異常な反応を起こしたというのだ。

「この女は俺の娘じゃない!」「こいつは俺の娘の皮を被った別人だ!」と叫びだしたと言うのである。しかし気丈なミレットは臆することなく父親に対して非礼を諭したところ、なんと父親はミレットに飛びかかり、遊びじゃなくて本当に首を絞めにかかったと言うのだ。

余りの突然の事態に手が出ないミレット。しかし屈強な看護人が父親を殴って抑え付けたのでミレットは立ち上がることが出来たが、ここで父親が物凄い形相でミレットに対して「FUCK」とか「腐れマンコ」、「お前は俺の女房と間男との間に出来た子だ」といったありとあらゆる悪態を浴びせかけた後で延々と異常な歌(詳細不明)を歌い続けていたという。





今まで父親の病気を疎みながらも父親だから・・という理由で一緒に歩んでいこうと決心していたミレット。しかし現実は余りにも醜く、父親の中ではミレットは単なる景色の一つとして存在しているだけで、愛情の対象としてはもはや存在していないことが判ってしまった。それでどうにもならなくなって女房に心の奥底の澱を吐き出したという事らしい。

ミレットは父親が崩壊してしまった事を嘆いているが、大変気の毒だが分裂病の家族を持った人たちは多かれ少なかれこんなものである。筆者の会社の同僚にも同じ苦しみをかかえた人がいたが、手のひらに乗った砂がこぼれ落ちていくように幸せが崩壊していくのが精神分裂病の常なのだと言っていた。

さてミレットの父親は筆者の前では案外大人しくしていて、一度葬儀の最中に皆の前で絶叫した以外は別段単なる普通の人なのだが、このオヤジの狂った目が一体何を見据えているのかと思うとちょっと背筋が寒くなってきた。病状が進んでおかしな妄想でも作り上げられたら困るのが、それでも親しいミレットの父親だから無下にはできない。どうしたらいいんだろ・・。






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若い男に飢えた中年女からの贈り物

トラブルとは入国審査である。これが入国カウンターで何分間も質問責めになるなんてのはザラで、酷い時には別室に連れて行かれて日本の運転免許証やクレジットカードを見せて自分が本当の自分自身であることを証明せねばならなくなったのである(しかも証明書や書類は全部日本語だから説明するのが大変だった)。

それである時台北の入国管理官に一体自分は何の疑いでブラックリストに載っているのか?と聞いたところ、相手はちょっと沈黙した後で「キミは誰かに1日以上パスポートを預けたことがあるだろう」と言いだした。それで「そんなのホテルにチェックインすればパスポートは渡すでしょう?」と答えたら、相手は「1日以上と言ったんだ」と嫌味っぽく言う。

その後小馬鹿にした表情で「これと全く同じパスポートが世界にもう一つあって、別の男がそれを使っているんだよ」と言う係官・・。つまり偽造されたって事か・・。ということは1日以上と言うのは偽造するための時間の事のようだ。たしかに当時のパスポートは顔写真は印刷ではなく本物の写真を張り付けた後セロハンで補強するタイプだったから偽造は簡単だったのだろう・・。

そう、筆者は過去たった一度だけ1日パスポートを預けた事があるのだ。それは生まれて初めて海外旅行に出た日のことであって、この日バンコクのホテルの受付嬢は「保安上の理由からあなたのパスポートを預かる!」と有無を言わせぬ表情で言ったのだ。筆者は何か変だな・・と思ったが、海外に出たのはその日が初めてだから別に反論せずに相手の言う事に従ったのである。





そしてその後30分もしないで金子恵美子ともう一人の女に声を掛けられたという訳だが、先日よど号のテレビ番組を見たことで四半世紀前の疑問がすっきりと解決した。おそらくこの二人はホテルの受付に裏金を渡してよど号グループのメンバー無事に第三国に入国するために偽造できそうな日本のパスポートを物色していたに違いない。

筆者は犯罪者でないので断定はできないが、おそらく発行したばかりで何処の国にも行っていない新しいなパスポートが一番便利なのではないだろうか。その点筆者のパスポートは出来立てのほやほやだったし、ハンコと言えば日本の出国とタイの入国の2つが同じページに押してあるだけだから正にドンぴしゃりだっただろう。

そしておそらく金子美恵子は筆者が両替などの他の理由でパスポートが御入り用にならないようにするためか、それとも拉致するために筆者に近づいたのだと思う。しかし筆者は誘いに引っ掛からず、しかも眠そうな顔をして部屋に戻ってしまったから拉致は出来ないにしてもパスポート偽造の時間はたっぷり稼げたと思ってその日は引き揚げたのに違いない。

筆者はこの8か月後に同じバンコクでよど号メンバーの田中義三に声を掛けられたこともあるから、この当時バンコクにいたバックパッカーは相当声を掛けられていて、中にはそのまま行方不明になってしまった人もいるに違いない。そう思うと背筋がゾッとするが、もう一度よど号の妻たちを顔ジッと見てみたところ、どうも色仕掛け作戦は誰も引っ掛からなかったに違いないと確信した。もっとも作戦というよりも役得でお楽しみするつもりだったのかもしれんが・・。






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セックスに飢えた中年女の正体

先日ユーチューブで「よど号ハイジャックから26年」というビデオを見ていた時の事である。この番組は1996年に東海テレビが制作したルポタージュで、北朝鮮にいるよど号乗っ取り犯と日本人妻たちの素顔に迫っていて大変良くできているのだが、番組の途中で筆者は「アレっ?俺はこの人に会った事があるぞ!」と驚いてしまった。

その人物とはよど号メンバー赤木志郎の妻である金子恵美子(1996年当時40歳)で、彼女の顔つきや仕草、雰囲気は確かに見覚えがあるのだ。出会った人の顔は結構良く覚えるので定評がある筆者だが、金子恵美子との出会いも直ぐに思い出すことが出来た。それは筆者が生まれて初めて海外旅行に出た日、1988年2月10日の夜遅くのバンコクでのことである。

その晩遅くにバンコクのドンムアン空港に到着した筆者はラマ4世通りの先にあるマレーシアホテルという安宿にチェックインしたのだが、遅い夕食を摂るべく24時間営業のコーヒーショップの席に陣取った時に、後から隣のテーブルに着いた二人組の日本人女性のうちに一人が件のこの金子恵美子であった。

「あなた学生さん?」と声をかけて来たのは金子恵美子ではない方の女で、筆者も初めての海外で心細かったから彼らとの会話に乗っかることにした。ええ、明日カルカッタへ飛ぶんです、6週間ほどインドにいるのですがスケジュールは全然決めてませんけど4月5日の便で帰国するんです・・と問われるままに答えることにした。





筆者の話をウンウン聞きながら顔いっぱいに笑みを浮かべる二人の女。しかし・・筆者はその時すぐに違和感を持ったのだ。それは皆さんが想像する「拉致されるのでは・・」というのとは全く違っていて、この見てくれのよろしくない二人の中年女に逆ナンパされている、いやはっきり言えば部屋に誘われて夜のお供を誘われているのでは・・と思い始めたのである。

ちなみに筆者は割と飲み屋とかで年上の女に声を掛けられる事が多く、相手のご面相とこっちの欲望の釣り合いが取れればご相伴にあずかることもやぶさかでないのだが、金子恵美子ともう一人は外見的には不合格。しかも顔いっぱいにいやらしい笑みを浮かべているのが何とも気持ち悪い・・。

こりゃ早く逃げないと・・と恐慌をきたした筆者は「じゃあ僕はそろそろ!」と腰を上げたのだが、金子恵美子は馴れ馴れしく筆者の腕をつかんで「もうちょっと飲んできなさいよ!」と何度も言う。しかし筆者はそれを振り切って自分の部屋へと上がっていったのである。

さて金子恵美子との接触はたったこれだけなのだが、実はこの話には後日談があるのだ。インドの旅から帰った後に2回ほど海外放浪の旅をした後で筆者は会社に就職し、海外営業に配属されたので頻繁に出張にしょっちゅう出かける様になったのだが、その度にいつもあるトラブルに見舞われる様になったのである(続く)。






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