フィリピン料理の不味さの源流を発見

筆者が好きな料理の一つにマカオ料理がある。マカオのフェルナンドやリトラルなどの有名レストランに行かれた方なら、おそらく筆者の意見に賛同していただけるに違いないが、本格的なマカオ料理を出す店がマカオ以外にほとんど無いため(香港にも1店しかない)、筆者がいくらマカオ料理のことを熱心に説明しても相手からは怪訝な顔をされるだけなのが困り者だ。

マカオは1999年までポルトガルの植民地であったために、建築物や言語、文化などありとあらゆるものにポルトガルのテイストが混ざり合っているのだが、こと料理に関してはアフリカン風の煮込みや蒸し方法やインド風のスパイス、それに東南アジアの醤(ジャン)などポルトガルとは明らかに違う地域の影響を強く受けているのである。

一見不思議に思うだろうが、これは大航海時代のポルトガルからマカオまで海上通商路を考えてもらうと分かりやすい。リスボンを出港した商船隊は途中アフリカの象牙海岸から喜望峰、モザンビークまで続く植民地都市を経てインドのゴアへと入り、そこからマレーシアのマラッカから南シナ海を経てマカオへとたどり着いたのだ。

これら各植民地間は通商路を通じて人とモノだけでなく技術も行き来していたわけで、当然料理の方も混合化が進み、特にポルトガルの植民地は料理で有名な地域が多いためか、中国の料理法にインドのスパイスやアフリカの蒸し方を使用するなどユニークな料理法がマカオに生まれたという訳である。





さて筆者がなんでこんな昔マカオ人から聞いた話を書いているのかと言うと、つい先ほどユーチューブで観ていたタモリ倶楽部の番組のあるシーンが切っ掛けで、なぜフィリピン料理がこれほど不味いのか?という本当の理由に思い当たったからである。

それは「世界のモツ煮を食う」という企画番組で、タイやナイジェリアなどと並んでメキシコのモツ煮「メヌド」が紹介されたのだが、ここで料理を紹介するメキシコ人の男が「ライムを絞って食べると美味しくなりますよ」と言ったのである。

このメヌドという料理はフィリピンにもあって、見た目も似たような料理なのだけれども、まあメキシコもフィリピンも同じくスペインの植民地だから別段驚く事は無い。しかしライムを絞って食べる・・という食習慣はスペインには無いのだが、フィリピン人は何にでもカラマンシーを絞って食べる・・。そう思った時にある単語が頭に浮かんだのだ。

海上通商路・・。そうだ!。ローマ法王によるスペイン・ポルトガル両国の世界東西分割のおかげでスペインはメキシコ経由でフィリピンに商船隊を送らなければならなかったのだ。そして当然フィリピンに送られたスペイン植民者はメキシコに駐在していた人間が多いはずだから、フィリピン料理に大きく影響を与えたのはスペイン料理と中南米のインディオ達の混ざったメキシコ料理なのではないか・・と思い当たったのである。





このメキシコ料理というのは筆者はロサンゼルスやティファナでさんざん食べたのだが、なんかわざと不味く作ってるんじゃないかと思うくらいどれもこれもひと味足らないピントのぼけた料理である。それに変な味が混ざっているのでライムや玉ねぎのみじん切りを入れて誤魔化して食べていたのだ。唐辛子の旨味がエッセンスだというのだが、筆者の舌には出汁の効いてない味噌汁を飲んでいるような料理にしか思えなかった。

スペインは美味い物が揃っているのに、何でメキシコ料理はこんなに味覚オンチなのか?と不思議に思ったが、これはフィリピンも同じことで、地理的には中国文化圏に位置していて300年近くもスペインの支配下にいたのに料理は徹底的にダメである。しかしこの海上通商路という見方をすると、そこに答えがあるような気がする。

植民地時代のフィリピン人がスペイン料理だ!と思って食べていたのは、本当にスペイン料理だったのだろうか?。それにスペイン人植民者たちの多くは実際はメキシコ生まれの混血で、母親や家政婦が作るインディオ風味でないと食った気にならなんだよ!というような味覚の持ち主では無かったのか?と思い始めたのである。

まあこれはあくまで筆者の思いつきで、じゃあメキシコ料理の味付けは何が原料で、それと同じものがフィリピン料理で使われてるのか?と聞かれれば、そこまでは調べてないので何とも言えないのだけど、東南アジアでなぜフィリピンだけが突出して不味いのが何となく説明できるような気がするのだが、どうだろうか?






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このウィークリーマンションって、もしかして・・・

もし日本国内で1カ所に10日くらい連続して泊まるのならウィークリーマンションを選んだ方が絶対にお得だよ!と学生時代の友人が言っていたので、次の旅を計画し始めた筆者はさっそくこの業界大手のウエブサイトで部屋を探してみたところ、1日6~7000円位でいろんなチョイスがあるのを見て驚いてしまった。

ウィークリーマンションはホテルに比べると場所が不便だし、手続きが若干面倒ではあるけれど、筆者ら夫婦にとってはキッチンが付いているのが何より嬉しい。これならデパ地下で買ってきたものを調理できるから、料理好きな女房は喜ぶに違いない。それで小一時間ほどネットで調べて候補リストを作っていたのである。

リストにはロケーションや部屋のサイズと間取りや設備、そして値段を書き込み、それぞれ〇×を点けていったのだが、◎が付いた5カ所の中でも西心斎橋にあるマンションが1日4100円と他の物件と比べて飛びぬけて安い事に気が付いた。





大きさは約20平米で心斎橋から徒歩5分という絶好の立地である。それに筆者は大阪のキタに比べてミナミはほとんど知らないに等しいので「じゃあココで頼むか!」と半分決心しかかったのだが、その時ふと「この部屋やばいんじゃないの?」という疑念が頭に浮かんだ。

ヤバいと言うのは皆さんがご想像された通りの意味だが、まさか・・業者だって商売でやってるんだから・・と思ったもの、念のため事故物件サイトで調べてみようと思い立ったのだ。それでグーグルにマンションの名前と大島てるという有名なサイト名を打ち込み「検索」のキーを押したところ、すぐに怪しいのが出て来た。

そこには「○○年〇月○日死体発見 303号室」と書いてあったのである。ウィークリーマンション業者の賃貸リストを見てみると、そこには部屋番号は書いてないモノの「3階の一室」と書いてある・・。その瞬間に「この部屋はダメだな・・」と諦めたが、何が起こったのか知りたくなったので○○年〇月○日、大阪、西心斎橋、死体と打ち込んでみたところ、今度はもっと背筋が凍る結果が出て来た。


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みなさんは下○早苗という女性の名にお聞き覚えはあるだろうか?。大阪の風俗店に勤めるシングルマザーが育児が面倒になったため子供を残して男と家出してしまい、けっきょく3歳と1歳の子供を餓死させた事件の犯人が彼女である。そう、このマンションはその事件の現場だったのだ。

下○早苗被告は懲役30年の刑を宣告されて刑務所に収監中の身となり、子供たちもちゃんと埋葬されたのたのだが、一方被告にマンションを貸していたオーナーにとっては問題は全然解決していないわけで、こんな部屋を買う人間もいないだろうし、かと言って自分たちで住むのも嫌だろうから結局このマンションは賃貸に回されたのであろう。

しかしなぜ家賃を下げても年契約の客を取らないのだろう?。そう考えた時に頭の中にドアや壁をカリカリと掻く音のイメージが湧いた。そうか・・みんな逃げだしてしまうから短期滞在型に再利用されたんだな・・(ここはあくまで筆者の想像である)。ということで勇気のある方は、この部屋レンタルしてみませんか?






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江戸前ウナギを夢見る女

日本行きのビザ申請を済ませた女房は生活リズムが1オクターブ高い状態になってしまった。筆者は未だにあんまり良く理解できないのだけれど、昨年の秋に初訪日してからというもの女房は日本がすっかり気に入ってしまい、何かある度に「ジャパン♪ジャパン♪」と口にしはじめた。

この女房と筆者の旅に対する違いについては今まで何度かブログに書いたので詳しくは触れないが、要するに海外の旅の第一歩をインド・カルカッタで踏みしめた筆者と女房とではベクトルが180度逆の方向を向いていて、筆者が現在計画しているハノイからラオスを超えてチェンライへ入り、最後はミャンマーへと抜けていく旅などいっかな興味を示さないのである。

さて義妹や大学生の姪相手の女房の自慢話の中で頻繁に登場するのが食い物関連の単語で、特にカイセキと並んで数多く耳にするのはイガットというタガログ語であった。これ最初は何のことか分からなかったのだが、これ調べてみたらウナギのことなのだ。女房は東京・赤羽の「川栄」という店で食べたウナ重のことを盛んに言っているのである。

前回の旅の最中に女房がウナギを食べたい!としつこく言い出したので、筆者の友人で無類のウナギ好きの男に東京で一番美味いウナギ屋はどこだ?と聞いたところ、赤坂の重箱とか上野の伊豆栄ではなくこの店の名前を挙げたのである。薄汚い居酒屋みたいな作りなんだが味の方は抜群なんだよ!自信を持って勧めるね!というから、わざわざ京浜東北線に載って赤羽まで行ったのである。

川栄の特上ウナ重、それもご飯の下にもう1枚かば焼きが隠されている「シノビ」という店で一番高いウナ重を女房のために頼んだところ、最初の一口を口に含むや「こんな美味いものが世の中にあったなんて・・」と言うや泣きそうな表情をしだしたのだ。





それで京都や大阪に移動してからもウナギが食いたい!というので、各地でそれなりの名店に連れて行ったのだが、半分も食わない内に「こんなのアカバーネのウナギに比べたらダメだわ!」と言ってプイと横を向いてしまう。そりゃ大阪じゃ無理だよ、昔からウナギは江戸前に限るって言われてんだから・・。

それでフィリピンに戻ってからもマニラじゃ一応有名な日本料理店でウナギを頼んだのだが、一口食べた後「こんなもの食えるかー!」と叫びだしてしまい、以来半年以上ウナギを食べていなかったのだが、それもあと少しの我慢、やっとアタシの大好物が食えるわい・・と大喜びしているのである。

それで筆者も女房の話に適当に相槌を打っているのだが、しかし内心では女房の愚かさにほくそ笑んでいるのだ。というのは次回の旅は東京どころか関東にさえ行く予定は全く無いのだが、地図が全く読めない女房は広島というのは東京のすぐ近くにあって、電車にちょっと乗れば赤羽に行けると思っているからである。

「ウナギのあのふっくらした感じがいいのよね」と女房。ああそうだろうなあ・・、でもお前がこれから行く西日本は蒸さずにそのまま焼く直焼きしかないんだよ・・とは今のところは口が裂けても言わない。大阪には江戸風のウナギ屋が何軒かあるらしいが、そんなところに連れて行くつもりもオレには無い。

さて何で筆者がこんな意地悪なのか?というと、それは筆者はウナギが大嫌いだからである。昔からあの泥臭さと臭いが嫌なのだ。特それに美味いウナギ屋というのはウナギしかメニューに無いから筆者はお茶を飲むしか方法が無い。なので女房が何をぬかそうがウナギ屋だけは却下である。






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シャブから人妻まで売る零細商店

テレビでカビテ州のサリサリストア(超零細ヨロズ屋のこと)が違法ドラッグを販売していた容疑で店主が逮捕されたというニュースが流れていた。フィリピン麻薬取締局が押収したのはマリファナ500グラムと覚せい剤3グラムで、同じバランガイ(地区)に住む顧客に対して売りさばいていたらしい。

しかしこのニュースを見ていた義妹と従姉妹ミレットは、何でこんな話がニュースに流れるのか?と不思議に思っていた。と言うのはマニラ都市部のサリサリはどうだか知らないが、二人の実家があるド田舎の町では一部のサリサリストアがこれら違法物資を扱っているのは半ば公然の秘密であり、警察も別に取り調べたりしていないからなのだそうだ。

サリサリストアがタバコや洗剤を売る意外に金貸し業を営んでいる事は以前の日記に書いたが、それ以外にも家政婦の斡旋などの口入れ屋業や誰かが工場からくすねてきた品物の横流し(ただしごくごく小規模である)など儲かるものなら何でも手を出すのは筆者も知っていた。しかしまさか麻薬まで扱っていたとは・・。

しかし大規模スーパーと違ってサリサリのオバちゃんは顧客の一人一人と無駄話や噂話を重ねる事で地域住民の裏事情に通じているし、それに大部分のサリサリは税金なんか1ペソも払ってないアウトロー商売だから、考えて見ればこの手の違法商売をするのに最適である。道徳観など捨てて考えればフィリピンは非常に分りやすく出来ているようだ。





やがて「それにね、サリサリは女まで斡旋しているのよ・・」と意味深なことを言う義妹。なんでもサリサリから月利20%というトンデもないレートで金を借りた主婦たちも返済が難しくなってくると売春せざるを得なくなり、サリサリオーナーのオバちゃんは彼女らに小銭を持っているスケベそうなオヤジを紹介すると言うのである。

たいへんわかりやすい話だが、サリサリの営業範囲は広くても半径100メートルくらいだから、売り手と買い手が距離的に近すぎて近所にバレる可能性があるんじゃないか!と言うと、義妹は「そんなの最初から手を打ってあるわよ。それにサリサリは横の繋がりがあるのよ、ウフフ・・」と意味深な笑みを浮かべる。

筆者は麻薬なんてものは買う気は全く無いが、お金に困った「美しい」主婦が売春へと転落していく・・というのは何だか興味がわく話で、子供の頃に近所の映画館でかかっていたエロ映画のタイトルを思い出してしまった。そう考えると目の前にあるサリサリストアも何となく艶めかしく見えてくる・・。

それで目の前のジェニーの店は麻薬を扱っているのか?(最初に女と聞くと疑われるため、まずコッチだけ先に切り出した)と義妹に聞いたところ、義妹はニヤッと笑って「あたしの知る限りは扱ってないわよ!と筆者の意図を見透かしたかのように、まだ聞いてもない事を答えてきやがった。チッ、顔に出ちまったか。爪切り女のリサに聞くことにしよう。






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天丼てんやで食べてみた

女房が天ぷらを食べたがっていたのでSMメガモールにある「天丼てんや」に行くことにした。皆さんよく御存じの通りこの店はファストフードチェーン店で本格的な店では無いのだが、フィリピンスタンダードに堕ちてしまった多くの日本料理店と違って「天丼てんや」は出店したばかりだから日本の基準をまだ守っているに違いない!と思ったのである。

まあ空いてるだろうな・・とは思ったが、4階の奥にある店をそこから覗いてみたところ案の定ガラガラである。まあラーメンと違って天ぷらは知名度がグンと落ちるからなぁ・・とは思っていたが、それにしてもこの閑散とした感じはちょっと普通では無い。ニュースに載っていた5年以内に15店舗出店って計画は大丈夫なのか・・と他人事ながら不安になってきた。

メニューを見たところ値段も300~500ペソと高目だし、有るのは天丼、天ぷら定食、天ぷらアラカルトとミニうどんと蕎麦だけと選択の幅がウンと狭いのも気になる。キッチンのスキルが不十分なので料理を絞らざるを得なかったのか、それとも宣教師みたいに天ぷらを啓蒙する気なのかは知らんが、これだと「とりあえず入ってみよう」と思う客はかなり絞られてしまうだろう。

案の定「なにこの店、食べるモノが無いじゃない!」と言い出した義妹。コイツはもともと天ぷらはあんまり好きでは無く、さらに天つゆの出汁の味(正確に言うと鰹節臭が強いもの)が嫌いなのである。それで甘いタレの天丼を食うように勧めたが、「カニ子サラダとかカツ丼はないの?」と聞いてくるところを見ると、コイツは大部分の客同様にメニューを見ただけで立ち去る組のようだ。


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さて10分待って出て来た料理だが、お味の方はどうかと言うとウ~ン・・、正直50点というところだった。タレや天つゆの味付けはいいんだけれど、天ぷらはあんまり高温で揚げてないらしくカリッと感がイマイチだし、それに何よりもご飯は少しはモチモチしているけれど誰が見てもインディカ米そのもので、宣伝にあった「こしひかりブレンドの米」とはほど遠い代物・・。それに90ペソのビールが売り切れで255ペソの日本ビールしかないというのもなんだか怪しい・・。

「アタシは天ぷら好きだけど、正直言ってこの店はもう来ることは無いわね」と冷たく言う女房。この店は特別美味いわけでは無いし、ラーメンと違って天ぷらは元々客層が狭い商品なのに更にメニューを絞っているから義妹みたいな別味覚の人間を連れていけないじゃない・・という指摘は筆者と全く同じである。はっきり言ってマーケティング段階で随分はしょったとしか思えない。

でも、そうは言ってもせっかくフィリピンに出店したので何とか持ちこたえて欲しいし、筆者も店の悪口ばかり書くのは嫌なので「こうなれば店に行きます」という提案を言うけれど、まず日本の商品ポリシーはこの際置いといてメニューに刺身やネギトロ丼などを追加してアイキャッチを図るべきだと思う。正直言って筆者にとっては天ぷらだけで飯を食うというのは味が単調すぎて辛いのである。

それと天つゆでなく塩で食べるとか、天ぷらの具材も貝類とか変わり種を増やして客に選ばせるなど楽しさを提供したらどうだろうか?。いずれにせよ今のメニューは少なすぎるし、ラーメンや寿司に比べて食後の舌にのこるドッシリした満足感が欠けるから、日本本社の枠組みを超えて一捻りも二捻りも考えて貰いたい。






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マヨン火山ってどうなったの?

南米チリのカルブコ火山が22日夜に噴火したというニュースを見た。雪に覆われた山頂から噴出する巨大なキノコ型は天空多角に火山灰雲を形成していて、こう言っては失礼だが黙示録的な美しさを醸し出す光景にしばし見とれてしまう・・。

実は筆者は火山爆発というのが結構好きで、ナショナル・ジオグラフィックが放映する火山噴火の映像などは好んでよく見ていたし、その昔雲仙普賢岳が噴火して火砕流がふもとの町へと襲い掛かった時には思わず興奮してしまったものである。

なので今現在もユーチューブでカルブコ火山の映像を検索しては鑑賞しているのであるが、(ただしカルブコ火山だと尺が余り無いので、イェローストーンが爆発したら人類が滅びるという破局噴火の解説番組も合わせて観ている)ある時フッとある火山の名前が頭に浮かんだ。





その名はマヨン火山。有史以来何度か大規模噴火して何千人もの生命を奪ったフィリピン屈指の活火山である。確か昨年あたりに溶岩ドームが出来た!、噴火まで秒読みだ!地域住民1万世帯に退避勧告!などと緊迫したニュースが流れていたはず・・。だけど今はとんと音沙汰がない。

ひょっとして既に噴火は起こっていて、筆者はそれを見逃してしまったのかな・・?と思ったのだが、フィリピン火山観測所のホームページを見たところそれらしい記述は無いし、それに警戒レベル2というのは今でも発令されたまま・・。

それで溶岩ドームがどうなったのか?とか、退避した住民は未だにテント暮らしをしているのか?などニュースをくまなく見てみても全然見つからない。なんだか昨年の騒ぎが丸で無かったかのような・・。なのでビコールにお住みの方がいたら、マヨン火山の近況を教えていただけないだろうか。






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一風堂ラーメンにハマった意外な人物

先日SMメガモールにある「一風堂」でラーメンを食っていた時の話である。香港時代に熊本ラーメンの「味千」が気に入っていた女房は「マニラにも美味しいラーメン屋があるのよ!」とさんざん義妹に吹き込んだため、普段居間で寝っころがっているだけの義妹も重い腰を上げてオルティガスまでやって来たのだ。

さてオーダーしてから待つこと10分、頼んだ白丸ラーメン(豚骨)がテーブルに運ばれてきたが、義妹が最初の一口を終えた直後の表情を見てみたところ、美味いメシに巡り合った時の「ウン!」という反応が無いばかりか、なんだか「期待して損したわ・・」という表情をしている。やがて傍にいた2歳の娘イザベルの小皿に自分のドンブリから麵とスープを移し始めた。

実は筆者も一風堂は好みの味では無いので義妹の反応には驚かなかったのである。ちなみに筆者はラーメンと言えば基本的に醤油系か塩、もしくは味噌と相場が決まっており、それに香港名物の鳥とホタテでだしを取ったスッキリスープに慣れ親しんで来たから、博多ラーメンというのは筆者にとっては邪道の部類に入るのだ。

それに義妹は香港にいた時に味千ラーメンはそんなに好きじゃなかったのを知っていたので、「たぶん一風堂は合わないだろうなあ・・」と思っていたのである。それでさっきから自分のラーメンを2歳の娘の小椀に頻繁に移して密かに責任逃れをしているのだが、イザベルはそんな母親の目論見も知らずに麵をチュルチュルすすっている。

「この店美味しいでしょう!前回来たときアタシは病み付きになったのよ!」と嬉しそうに女房は説明するが、義妹は適当にウンウンと相槌を打つだけで、箸はラーメンでは無く一口餃子とカレー風味春巻きをせっせと運ぶだけ・・。その後ドンブリに箸が行ったのは隣にいるイザベルの小椀に盛られたラーメンが無くなったので、自分の残り分を移し替えた時だけである。





その後も大阪で食べた天下一品ラーメンが美味かったとか、旦那(筆者)行きつけの料理屋が最後に出す鶏風味ラーメンが抜群で!などとラーメン話を続ける女房。お前なあ・・妹は博多ラーメンじゃなくてそっちの方が好みなんだよ!と言いたかったが、イザベルが早くも小椀を食べ終えて義妹に追加をねだったので上手い事に女房の自慢話は途切れた。

さて出された食事を食い終えたころ、義妹に「俺は正直言って美味いとは思わないけど、君の本音はどうなんだ?」と聞いてみたところ、義妹は一応「美味しかったけど・・」と前置きしたものの、アタシは細身の乾麺よりもやっぱり太目のちぢれ麵の方が好きだし、ここってスープもなんか味が浅いっていうのか・・・と筆者と同じ意見を言いはじめた。その時傍にいたイザベルは真剣な表情でズーッ!と音を立てながらレンゲのスープを吸い始める。

実は俺もそうなんだよ!と言うと、女房がしゃしゃり出てきてアンタたち二人は分かってない・・ズーッ(スープをすする音)、この骨の旨味が(ズーッ!)、アンタは子供の時にロクなものを(ズーッ!)、こんなのはマルタイラーメンに毛の生えた(ズーッ!)、だって!そんな(ズーッ!ズーッ!)。こんな場所でスープなんか煮込むわけが!(ズーッ!ズーッ!)。おい!ズーッズーッうるせえな!!。

見るとイザベラが凄く真剣な表情を浮かべて豚骨ラーメンのスープをすすっていたのである。そういえば・・義妹は出されたラーメンの半分以上は小椀に移していたから、この身長数十センチのガキはラーメンの麵を半分以上食って、さらに最後の一滴までスープをすするつもりらしい。それに宝探しが長年探していた秘法に巡り合ったような表情を浮かべている・・。

それでイザベラに「マサラップ?(美味しいか?)」と聞いたら何度もウンウンと首を縦に振り、再び凄く真剣な表情でスープをズーズーすすり始める・・。ほらっ!こんなちっこい子供でさえ病み付きになってるんだから、アンタら二人は味覚がどうかしてんのよーっ!とわめく女房。そして義妹のドンブリを平らげたイザベラは、今度は女房のドンブリにレンゲを突っ込み、ズーズーと音を立ててスープをすすり出した。お前、まだ食うつもりなのかよ・・(唖然)。






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よくも俺の揖保の糸をぉぉ!

筆者が普段家で食べている料理は野菜スープや麺類がメインである。これは昨年の身体検査で発覚した糖尿病の対策のためで、炭水化物、特に米類を出来るだけ抑えた食事をもう半年以上続けているのだが、一方女房や義妹は無類の米好きだから、筆者だけ別の食事を作って貰っているのだ。

それで毎日夕方になると女房から「今日は野菜スープだよ」とか「ステーキとシーザーサラダだよ」などと言われるのだが、ここ数日の暑さから筆者はすっかりへばってしまい、冷たい食事を食べたくなったので「今日はそうめんにしてくれないか」と頼むことにした。

実は昨年秋に日本に行った際に、大阪・天王寺のキューズモールで揖保の糸とミツカン追い鰹つゆを山ほど買い込んで郵便局のSAL便で送って置いたのである。麵だって炭水化物じゃないか・・と思うだろうが、筆者が自ら実験してみた結果、米よりも麵の方が血糖値の上昇カーブが緩やかなので週に2~3回はパスタやマルタイ棒ラーメンは食べているのだ。





ところが女房は「そうめんって何?」と言い出した。おいおい!確かに香港時代から蕎麦に比べるとそうめんはたまにしか作ったことがないし、フィリピンに来てからは一度も食べてないから単語を覚えてないのだろうが、大阪でお前に説明しただろう!。白色の細い乾麺で何本か束になってるやつだよ!。

そこで女房は「あーっ!あれのことね!」と気が付いたようだが、続けて「あれはもう終わっちゃったわよ!」と言い出した。終わった?なにを言ってるんだ?たしか50個くらい買ったはずだぞ!。だいいち麵つゆは丸々残ってるじゃないか!。しかし女房は神妙な顔で「だってアタシ達が食べちゃったもん」と言ったのだ。

女房が説明したところによると大阪から荷物を受け取った後で、女房、義妹、大学生の姪の3人で密かに筆者が送った食料品を1個づつ食べてみたところ、レトルトカレーやスパゲティソース、乾麺の蕎麦とうどん、カニや赤貝の缶詰に烏賊の燻製、エイヒレにカニ雑炊の素など並み居る強豪を抑えて、意外にも揖保の糸そうめんが最も評価が高かったというのである。





ちなみに連中のそうめんの料理の仕方は日本の様に冷やして麵つゆにつけるのではなく、ミスアスープというフィリピン版「温そうめん」(上の写真参照)に使うのだが、その腰の強さと味の良さ、そしてのど越しの良さから3人の間で「ミスアスープは日本の麵に限るわね」という共通認識が生まれ、週に3~4回は筆者の知らないところで昼飯に供されていたと言うのである。

さらに大学生の姪はそうめんは簡単に調理できるから・・という理由で20個ほどケソンシティの下宿に持って行ってしまったというのを聞いて筆者は思わず呆れてしまった!。お前なあ!あれは揖保の糸と言って日本の最高峰のそうめんなんだぞ!。それに1個いくらすると思ってるんだぁ!。しかしすべては後の祭りなのである。

話を聞いていた義妹が現れて「ごめんなさい!、でもイザべラ(2歳)も何故だか日本の麵が好きで、ミスア!ミスア!食べたい!って何度も言うし、それに子供には消化が良いから・・」と謝り始める。赤ん坊相手じゃ俺も怒れないじゃないか・・。という訳で筆者は仕方なくザルそばを作って食べることに・・。でも・・冷しそうめん喰いたいなぁ・・、やっぱ真夏日はあれに限るよな・・






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ウォッカと毛皮の帽子

昨日、熱中症対策には帽子が効果的であるという日記を書いたが、本日の日記では筆者が気付いた帽子の意外な効果について書くことにする。しかしこの話は熱中症とは全く逆の環境での話なので、フィリピン在留者には全く関係ないことを先にお詫びしておきます。

10年以上前の真冬の事、ロシア共和国の首都モスクワで開催されていた展示会の最中に急きょ二泊三日で取引先の工場を訪問することになった。この取引先は元々は旧ソ連の国営工場で、社会主義華やかし頃はソ連全土と東欧、それに中国や北朝鮮にキューバなどの共産圏の需要をほぼ独占していた巨大企業であったが、ソ連が崩壊して以降は一気にドン底へと転がり落ち、今や青色吐息の状態になっていたのだ。

それで自分たちの工場を日本人技術者に見てもらい、何が問題点なのか?、どういった設備が不足しているのか?といった事柄についてアドバイスを貰いたい!と言い出したので、展示会に視察に来ていた2人の技術者を伴って車で片道4時間の距離にある田舎町へと向かったのである。ちなみに当時はモスクワから1時間も過ぎると辺りは対向車も来ない大雪原となってしまうため、案内役のロシア美人が言った「この車がエンコしたら全員凍死間違い無しですね」いう言葉もあながち冗談とは思えなかった。

この国営工場で筆者らが目にしたことは今日の日本企業が直面している多くの問題に関係する事なので今度別の機会に日記にするこが、筆者らがこの短期間の旅で苦労させられたのはロシア人の頑迷さと根本的な勘違いよりも、とにかく寒くて寒くて仕方が無い事だった。一応登山用のジャンパーや2枚重ねのズボンなど着てはいるが、そんな事で防げるような寒さじゃないのである。





運が悪い事にこの工場は敷地がだだっ広い上に、各工程がいくつかの建物に分散しているため、建物間の移動は屋外を何分も歩かなければならないのだが、日中気温零下10度というのは日本じゃ絶対に体験できない本当に凍死するんじゃないか?と思うくらいの物凄い寒さなのである。

一方筆者ら3人を案内するロシア人の技術部長は陽気にロシア特有の下らない冗談(アネクドートという)など話しているから、こいつらは寒さには平気な様である。そして我々が死にそうな表情をしているのを見た技術部長は秘書役(と言うよりも小間使い)のオバちゃんに命じて工場内にある社員食堂からロシア製ウォッカの大瓶をくすねて来させ、筆者らにこれを飲め!という仕草をした。

それで3人でウォッカボトルの回し飲みを始めたのだが、これがあなた・・信じられないだろうが3人で一瓶まるまる開けても1ミリたりとも酔わないのである。これ本当に本当なのだ。確かに体の方は少し暖かくなったな・・という気がしないではないが、頭の方はすっきりと冴えきっていて、ボトルネック工程の算出や金属メッキ工程で使う難しいモル計算など3人ともスラスラと出てくるのである。

「おい、これじゃだけじゃだめだ!もう1本ウオッカをくすねて来い!」と小間使いに言うと、オバちゃんはロシア語で何やらブツブツ言ったが、オレたちゃ寒くて死ぬ!と言い張る筆者の切迫感に押されたのか渋々従った。それで今度はロシア人技術部長と4人でラッパ飲みしたところ、なんと筆者らはケロッと平気な顔をしているのに、ロシア人だけは顔がずいぶんと赤らみ始め、それに前にも増して下らない冗談話を陽気な口調でベラベラと喋り始めたのである。





「おい・・このオッサン酔いはじめたぞ・・」と呆れる日本人の老技術者。だけどおかしいな・・、昨晩の歓迎ディナーではコイツは呆れるくらいにウォッカをがぶ飲みしてたのに、なんで今日はたかが200ミリリットルくらいの量しか飲んでないのに俺たちよりも酒が弱くなってるんだ・・?。それともロシア人は気温の違いや昼夜の違いでアルコール分解酵素の分泌に変化がでてくるのかね・・?などど首を傾げていたのだ。

やがてこのロシア人はウォッカのせいで体が熱くなったのか頭に被っていた毛皮の帽子を脱いだのである。この帽子というのは赤の広場の檀上からミサイルのパレードを見守っているソ連共産党政治局の重苦しい面々が被っていた円柱型の帽子のことである。そしてふざけた様にこの帽子を藤田と言う技術者に被せたのだ。

すると10秒後・・。藤田がビックリした声で「アレっ!おい!寒くないぞ!」と叫び始めた。エッ?あんたナニ言ってるんだ?と聞くと、「本当だよ!この帽子かぶると全然寒くないんだよ!」と言う。それで藤田から手渡された帽子を筆者もためしに被ってみると、待つこと1秒、2秒、3秒・・・。エエーッ!本当だ!頭だけじゃなく全身が寒さを感じなくなったぞ!。

実はこの時の経験から次の日に筆者ら3人はロシア製の帽子を購入することになったのだが、この帽子をかぶっていた最後の数日は一度も寒さを辛いと感じる事は無くなったのである。体感温度に一番影響を与えるのはどんな厚手のコートや靴下よりも帽子であることがその時分かったのだ。





さて田舎町の工場に話を戻すが、頭皮を覆えば寒さが防げることを知った筆者らは早速宿泊先のゲストハウスに戻ってキャップ付きのウィンドブレーカーや(剣道の手拭いを撒く要領で)タオルを頭に巻きつけて工場見学を続けることにしたのだが、一歩、また一歩と歩くうちに今度は意外な体の症状が出始めた。

ゲー!ウェー!ゲロゲロ!ベーッ!。これまで鳴りを潜めていたウォッカの酒精が一気に噴き出したのだ。トイレに駆け込んだまま出てこない老技術者、床にしゃがみ込んだまま動かなくなってしまった藤田、笑いこけるロシア人技術部長に、「だから言わんこっちゃない・・」と言わんばかりの小間使いのオバちゃんの冷たい視線・・・。段々と消えていく筆者の意識・・。

結局この工場診断は日本側メンバーが不測の事態に陥ったために途中で打ち切りとなってしまった。そして翌日ひどい二日酔いの中を工場幹部たちの冷たい視線に見送られながらほうほうの体でモスクワへと戻っていったのである。かように何とも情けない結果となってしまったのだが、実はこの訪問で筆者の方も何も得るモノが無かったのか?と問われると、実はそうでも無いのだ。

帽子と酒の酔い方の相関を知った筆者は、寒い新潟の夜に速攻で暖を摂るためには帽子を被りながら酒を飲む習慣を身につけたのである。特にセブンイレブンのおでんと熱燗、これぞ日本の冬の正しい越し方であろう。それにこれだと酒量が少ない割に結構酔えるし、なにより懐にも健康にも大助かりなのが良い。ただ2年前にマニラに来てからはこのロシア製の毛皮の帽子を被る機会は一度も無いし、多分これからも無いだろうけどね・・。






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熱中症対策はまず帽子から

数日前、朝起きて居間に降りていくと小っちゃいガキがソファの上でスースー寝ているのを見つけた。何だコイツは?と義妹に聞くと、隣人ビーンが入院してしまったのでビーンの娘から孫を預けられただと言う。ビーンが倒れた?、ずいぶん元気なオバサンだと思ってたのに・・と言ったら、その元気なのが裏目に出たのよ・・と謎の様な事を言い出した。

なんでもビーンは前日にマカティで開催された社交ダンスの大会で踊っている最中に突然眩暈をお越して床に突っ伏してしまったと言うのだ。大会開催者の機転で即座に病院に運ばれたビーンは開頭手術を施され幸いなことに生命は取り留めたが、しばらく入院しなければならないらしい。

「この暑い最中に冷房の効いてない体育館で朝から晩まで練習していたからヒートストローク(この場合は熱中症による脳梗塞の意味)になったのよ」という義妹。確か先々週も近所で脳梗塞の患者が出ていたはず・・。何となく病の影が忍び寄ってきたような不吉な感じがしたが、まあこの時は他人事だと思っていた。

さて昨日朝一番にリサール州の山奥から2日ぶりに帰ってきた女房は部屋に戻るなりバッタリとベッドに突っ伏してしまった。年に一回の中学校のリユニオン(全学年合同同窓会)に参加していたのだが、炎天下の中で軽トラックの荷台に乗って走り回ったり、青空コンサートに参加してすっかり消耗してしまったと言うのである。

「60歳過ぎの卒業生は会場でバタバタ倒れはじめるし、ステージの上で踊ってた女の子たちも気持ちが悪いと言って横になっちゃうし、大変なリユニオンだったわ・・」と女房は笑っているが、こんな猛暑の時期に何千人も集まる会合をやるとは・・。いくら昔からのしきたりとは言え主催者ももうちょっと考慮した方がいいんじゃ・・くらいに思っていたのだ。





異変が起こったのは昨晩8時ころのことである。ベッドから起き上がろうとした女房は「めまいがする・・」と言ってヨロヨロとよろけてしまったのだ。幸いなことに階下に薬剤師と看護婦の免許を持つ従兄妹のミレットが居たので直ぐに様子を見てもらったところ、意識や目の動きが正常であり、それに血圧が正常なので単なる貧血だとの見立てであった。

シャワールームに運んで水をぶっかけ、一応血圧降下剤などを処方して様子を見たところ、幸いなことに夜半には何ともなくなりホッとしたのだが、翌日リユニオンで幹事を務めていた2歳上の同級生が脳梗塞らしき症状を発症したと聞いてゾッとしてしまった。下手すりゃ女房もそうなっていたかもしれないのである。

フィリピン気象庁はここ数日の気温の上がり方は異常であり、全国民に対して日中よほどの事が無い限り出歩かない様に呼びかけているが、現実にはこういった会合や習い事、それに誰にも仕事がある訳だから、出かけるな!と言われたってそれで家に閉じこもる訳にもいかない。

単に気をつけろというだけでなく、やはり最も効果的な熱中症対策をもっとアピールするべきであろう。ちなみにサウジアラビアの炎天下の中で建設作業をしていたエド叔父さんの経験では、熱中症対策に一番効果的だったのは頻繁な水分補給と帽子、それも中に濡れたタオルを入れて後方に垂らし直射日光から首を隠す方法だったそうだ。

「それ以来俺はどんな時も帽子をかぶる癖がついたんだよ」とエド叔父さんは笑っていた。確かに日本人は帽子をかぶる習慣はあまりないけれど、灼熱の東南アジアやインドで滞在されている方は、この際だから帽子愛好家になってみてはいかがだろうか?。それに鏡に映った自分の姿を覗いてみれば、案外似合っているかもしれないしね・・。






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高貴なるエリートの仮面の告白

今から10年ほど前の事である。いつもの通り真っ昼間から会社をさぼって香港の土瓜湾(トクワワンと発音する)にある一楼一鳳(ヤッロウヤッフォン)という売春宿に行くと、お目当てのタイ女がお休みであった。この一楼一鳳とは古びた住宅を使った個人営業の一発屋のことで、香港の一般男性は大概このタイプの店で事を済ませているのだ。

筆者も赴任当初は夜総会やサウナといった値の張る風俗に通っていたが、一楼一鳳の女性も通いつめればサービスはグンと上がるし、何より値段が300香港ドル(5000円)程度と安いので、週に2~3回は土瓜湾や太子(プリンス・エドワード)、それに北角(ノースポイント)にある一楼一鳳に通っていたのである。

さて話は冒頭に戻るが、タイ女の部屋のチャイムを何度押してもドアが開かない。そしてどうも不在だから帰ろう・・と思った時に隣のドアがガチャリと開いて「エイダなら今週は来ないわよ」という北京語が聞こえた。30歳くらい半ばの背の高い女であるが、この女、何故だか警察官が被るような帽子を頭に乗せている。

ああそうなの・・、それはありがとう!と筆者も北京語で答えて階段を降りようとすると、ちょっとアンタ!エイダの代わりにアタシじゃどう?と言う。う~ん・・ちょっとお年を召してるけど、まあせっかく来たんだし・・、見た目もそんなに悪くは無いし・・と思って了解すると、じゃあ中に入ってよ!・・と促されたのだが、3歩ほど歩いたところで身がすくんでしまった。





そこには皮製品の衣装やムチ、ローソク、鎖の類に得体のしれない道具、そして1メートル四方くらいの金属製の檻が並んでいたのだ。SMクラブである・・・。ちょっと!自分はそっちの方は興味が無いから!と言って場を辞そうとすると、背の高い女は目の前に立ちはだかって、まだ日が高いから普通のサービスも可能なのだと言った。

「アタシは小美(シャオメイ)。実はアンタの話はエイダから聞いてるのよ」と言う。なんでもタイ人のエイダとは隣同志ということで中が良く、客がいないときには一緒に二人の共通語である広東語で無駄話をする仲だが、タイ語が出来る日本人が良く来るのよ・・という物珍しさもあって筆者の性格やどんな事が好きなのかもエイダから全部聞いていると言うのである。

それで300香港ドル払ってSMでは無い普通のサービスを受けたのだが、事が終わってふと壁を見た時にそこに無数の落書きがビッシリと書きこまれているのが見えた。しかし良く目を凝らすと壁一面に書かれているのは落書きではなくALFRED CHANとか蘇福珍などの人名である。なんだこりゃ・・?

「ああそれはここでアタシのサービスを受けた人間の名前なのよ!」という小美。ああそういうことか、じゃあ俺も一筆!と思ってオーディオの上に置いてあったマジックに手を伸ばすと、小美は「アンタは普通のサービスだからダメよ!」と言って筆者の手を払う。





「これはアタシが鞭でしばかれた男だけしか書いちゃいけないの!」と叫ぶ小美。降伏声明文なのか何かの恥辱プレイなのか?それとも墓標なのかしらんが、SMの世界にはとんと理解が無い筆者には全くどういうことなのか分からんが、どうやらここの決まり事だというのでサインは諦めることにした。

しかし小美が手を払う前、つまり最初に壁を凝らしているうちに筆者はアッ!と驚いていたのである。実はそこには筆者の会社の後輩の仇名が書かれてあったのだ。それは富田ならトミー、健二ならケニーといった安易な仇名なのだが、その文字の筆跡に見覚えがあったのである。

そいつは筆者と同じく香港支店で働く○○という生意気な後輩で、仕事は卒なくこなすし頭は切れるので上司からは大変重宝されているのだが、慶応の中等部から大学まで進んだと言うエリート意識を思い切り鼻にかけたいけ好かない野郎なのだ。それで筆者ら同世代は後輩ながらもこいつを疎ましく思っていたのである。

そこで小美に「このトミーというのは日本人か?」と聞いたところ、相手は目を剥いて「何でアンタはそんな事を知ってるんだ?」と答えた。だって、このサインを俺はしょっちゅう見てるから・・などとは言えないので適当な理由を作って答えると、小美は「その人は確かに日本人よ、だけどちょっと普通じゃないのよね」とイヤラシイ笑みを浮かべながら話をし始めた。





なんでも後輩○○は毎週1回は必ず小美の下に訪れて通常の2倍の長さのコースを頼むらしいのだが、鞭で打たれるときにキャアキャアと甲高い叫び声をずっとあげ続けているという・・。頭の上に警察帽を被り直した小美はその後もっと具体的な話をし、体を捩りながら後輩の動きと声の仕草を真似たのだが、その様を見ていた筆者は「まさかあいつが・・」とただただ呆然とするしかなかった・

それから2時間後・・。「■■さん(筆者のこと)、来年度の行動計画ですけれど、目標数値と単純積み上げ数値のギャップは全てRS機種で埋め合わせると言う話でしたよね。ところが最新の計画書を見たらJJ機種、つまり僕のメイン顧客に10%割り振りされてるじゃないですか!こんな話は聞いてませんよ!いくら市況の落ち込みが予測されるからと言って・・・!(以下延々と文句が続く)」

しかしこうした後輩○○君の突っかかりを受けても、小美から彼の知られざる性癖を聞いてしまった筆者は彼を叱り飛ばすことは出来なかった。彼はエリートとしての自分と、サド嬢に鞭で打たれながら女王様のハイヒールをなめまわす下等生物である自分の二つ矛盾する顔を両立させることに齟齬を来たし、このように他人を攻撃することで被虐と加虐のバランスを合わせていたに違いないからだ。

その後1年くらいして後輩○○くんは日本に帰任し、同じエリートの同僚の女と結婚して子供も出来たし、現在は会社の花形職場のエースとして活躍しているらしいが、しかしナメクジのように体液と糞尿まみれになって床に転がり、女王様に罵倒され殴打され続けたいという暗い欲望とはどう折り合いをつけているのだろうか・・。こいつの事は正直好きじゃないけど、この点はちょっと聞いてみたい気がする。






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アジアで生きアジアで生命を終えた考古学者

旅先でほんの一瞬出会っただけなのに、いつまでも記憶に残り続けてしまう人物がいる。筆者も学生時代にバンコクや、長じてはパリやモスクワで数多くの記憶に残る人物と出会ったが、残念ながら彼らとは人生のほんの一瞬の瞬間をすれ違っただけで終わってしまう場合が多い。

筆者の場合は生まれつきボヘミアン的な性質を持ち合せていて、世知辛くてせせこましい自分自身の日々から一刻でも解放してくれるような風のような人物にばかりに魅力を感じるのだが、筆者の人生で一番最初の記憶に残る人物はと言うと、1988年の2月の半ばにインド・カルカッタの安宿街サダル・ストリートで出会った西村という名の東大生であった。

この数日前に筆者は生まれて初めての海外旅行、しかも期間は6週間で予算は1日2000円までという貧乏バックパッカーの旅を始めたばかりだったのだが、カルカッタ市内を方々探し回ってやっと見つけたサダル・ストリートのドミトリー(大部屋)で先に陣取っていたのが西村(この時は名前は知らなかった)だったのである。

ボウボウに生やした髭、薄汚れたTシャツ短パン姿に安っぽそうなサンダル、野太い声、そして肝の据わった風な表情、旅の猛者、それが西村の第一印象で、一方筆者はナイキのスニーカーにチノパンなんか履いてるお登りさんだから釣り合いが取れるはずも無かったが、西村は気さくな感じで筆者に話しかけ、いろんなバカ話に興じては大笑いする陽気な男だった。

「オレはアジアを旅してるんだ。一応考古学、と言うより文化人類学を選考してるから、これで飯が食えたら!と思ってるんだけど、でもそれ以上に俺はアジアを旅するのが好きなんだよ!」とまっすぐな表情で言う西村。彼の話を聞いていて気が付いたのは、話の中にHOWEVER(でもとかしかし)が全く無くて、変なてらいやプライドも無くてさっぱりとした性格なのが爽快だった。





そして旅の初心者である筆者にインドネシアやネパールのいろんな面白い話を教えてくれ、さらに人生最初のハッシシ体験を勧め、バッドトリップにならない様に優しくレクチャーしてくれたのには頭が下がる思いだった。一見無愛想でとっつきにくいけれど、精悍で内心には優しさに溢れた男、筆者は自分自身もこういう旅人になりたいな・・と心底思ったのである。

それから数日後に筆者はベナレスへと向かったので西村とはお別れとなったのであるが、実は数か月後にひょんなことから彼と再会することになる。就職試験で第一希望の会社から内定をもらい、泊まり込みの研修を受けていた時に慶応大学の加来という学生がビールを飲みながら俺は中南米を何度も放浪した・・とかいろいろと面白い話をし始めたのだ。

何となく加来の雰囲気が西村に似ていたので「お前に良く似た男にインドで出会ったよ。東大の歴史学の学生でな・・」と説明したところ、加来は「ウン・・」と唸るや、ひょっとしてお前が言ってるのは俺の高校のクラスメートの西村の事じゃないか?と言い始めたのだ。

長くなるので途中経過を省くが、加来がコーディネートしてくれたお陰で数日後に歌舞伎町のビアホールで筆者は西村と再会することが出来たのだ。それでその日は意気投合して閉店まで飲み明かすことになり、電車が無いので西村・加来と高校の同級生で早稲田の法学部に受かりながらちっとも学校に行かないオカポンという男の下宿に押し掛けることになった。

しかし加来はその後すぐに内定をけって花王に入社を決めてしまい、また筆者も酔っぱらっていて西村の住所も聞かなかったために結局それ以降はずっと音信不通になってしまったのだが、その後も筆者が最初の旅を思い出すたびに西村は記憶の向こうから颯爽と現れ続けたのである。





さてあれから27年が経過したつい先ほどのこと、なぜだかインドの旅を突然と思いだしたのだが、実はその時にオカポンという友人が言っていた「西村は西高時代に教師と殴り合いのケンカをしたんだ」という言葉を思い出したのだ。そしてこの西高というのは東京の杉並区にある都立高校の名前ではなく、下関西高という名前だったこと、つまり山口県の出身者だという事を思い出したのだ。

そうか!そういえば西村のオヤジは吹けば飛ぶような小さな貿易会社を経営してるって言ってたな・・、あれは下関の事だったんだ!と思い、つい3時間ほど前に何気なく「西村 下関 東大 文化人類学」という単語をパソコンに打ち込んでみたのだ。別に今さら西村と会っても話すこともないのだろうが、本当に何の気なしにそう思い立ったのである。

そうしたら何と出て来たのだ。西村昌也、東大大学院考古学専攻、山口県出身、1965年生まれ、ベトナム考古学の研究者・・。これだ!間違いない!。そして写真を検索したところ、随分と白髪が混じって上品な身なりになったけど、紛れも無い西村の顔がそこにあった。野郎!やっぱりアイツはアジアの学者になってやがったんだ!と心の中で快哉を叫んでしまった。

奴は筆者の事などとっくに忘れているに違いないが、本当に久しぶりに連絡を取ろうとおもったのだ。しかしウィキペディアに出て来た西村昌也の記述を読んでいると、一番最後に「2013年6月9日、ハノイ郊外をバクニン省方面に向けてバイクで走行中、前方の車に衝突し、病院に運ばれたが死亡が確認された」という記述を見つけた。

別の記事には「自らが建設したハノイ郊外のキムラン歴史博物館のあるキムラン村の墓地に埋葬されました」と書かれていた。そしてベトナム側の考古学界の重鎮たちは「彼は誰よりもベトナムを理解している人です」というコメントの後で、西村がベトナム政府から表彰されたと言う記述で結ばれていた。その瞬間なにかが心の中から抜けて空洞になってしまった。





実は今現在焼酎でベロベロに酔いながらこの日記を書いているのだが、それは自分の感情が上手く整理できないからなのだ。じっさい彼の事を探そうと思えばいつでも出来たのだろうが、筆者はそれをしなかったのだ。だから親しい友人を失って悲しんでいるというわけでは絶対にないのである。だけどこの妙な感じは一体なんなのか、それを正しく表す言葉が見つからないのだ。

筆者にとって西村はほんの一瞬すれ違っただけの関係なのだが、しかし奴は筆者の記憶の中に巣食っていて、いつでも筆者の弛んだ気持ちを引き締める役割を担ってきた何人かの一人であるは確かなのである。それは西村がおそらく筆者が人生で一番最初に出会ったボヘミアンな風格を体現している人物であったからだと思う。俺は心の底ではこうなりたかったのだ・・と。

「俺はアジアが好きでね。一生アジアと触れ合っていきたいと思ってるんだよ」。確かにこの言葉通りに西村はベトナム考古学者として生き、そしてその言葉通りアジアで人生を終え、そしてそこに眠ることにしたのだ。そしてちゃんと自分に与えられた使命を残してこの世を去ったのだ。

筆者も目の前にある昇格を捨ててマニラに来たのは、甘い言葉につられて再び世知辛い世界に戻るよりも、オレはは自分が求める世界に来たのだから例え飢えることになろうとも絶対に引き返すことはしない!と固く心に決めたからなのだが、西村ほど聡明でない筆者は奴から30年も出遅れてしまった、・・、そして俺は何をしているんだ・・と我が身の情けなさの恥じ入ってしまう。それでたった今酔って泣き崩れているのである。

さて気持ちの整理がつかないのでここから先は何を書いたら良いのか正直言ってまとまらないのだが、何故だか書きたいと言う意欲が止らないのである。そしてこういう書き方は本当に陳腐だけれども、そして甘ったるくて情けなくて本当に大嫌いなのだけれども、西村昌也はこれからも筆者の記憶の奥底から飛び出てきて、颯爽とした表情で「俺は旅が好きでな。特にアジアが堪らないくらい好きなんだよ!」と問いかけてくるのだろう。そう思うしかやりきれない。





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金持ちになったメンヘラ女

香港で働いていたころ良く通ったフィリピンパブのママと旧正月の挨拶をチャットで話していると「あんたマニラではジョセフィンに会った?」というメッセージが飛び込んできた。ジョセフィン・・。ひょっとして「ブイブイ」にいたジョセフィン・ティグノ(Josephine Tignoと書く)の事か?と聞くと「そうだ」と答える。そして「ジョセフィンは今は随分と羽振りが良くなっているみたいよ」という一文が書かれてきた。

ジョセフィンが金持ちだって・・?と驚いてしまった。と言うのは20年前のジョセフィンはいつも貧乏でピーピーしていたからである。一応フィリピンパブの新入りホステスではあったが、実態は雇い主の逆鱗に触れて家から追い出された出稼ぎ家政婦で、香港に来る前はターラック市の公衆市場で母親と一緒に豚肉を売っていた田舎女だから夜の仕事には全然向いていなかったのである。

「アンタとジョセフィンは色々あったからね・・」と意味ありげな一文の後にママはフェイスブックのアドレスを添付してきた。そしてクリックすると随分と老けたけど紛れもないあのジョセフィンの顔が大写しでパソコン画面に現れた。それと同時に20年前に携帯電話に残されていたジョセフィンの肉声が脳裏に蘇ってくる・・。


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「ギ%&F#★@アH$ィVG■アー!!」。

当時エリクソンのメモリー最大許容値14回まで毎日のように入っていたジョセフィンの叫び声である。ブイブイで最初に出会った時には単に世間話だけをしただけなのに、2回目に店を訪れるや目をウルウルさせながら「再来週のマカオ旅行のことだけど、従姉妹にはアナタと一緒に行くと伝えておいたわ」と全く何の脈略も無い話を言い出したのである。

ジョセフィンは思い込みの激しい、いや妄想壁のある女だった。まあそれでも当時の筆者は付き合っていた女と別れたばかりでヒマだったから一緒に飯を食ったり、週末に家に遊びに来させたりしていたのだが、ジョセフィンの頭の中ではだんだん勝手な想像がふつふつと増殖していき、時々ブツブツと破裂し始めたし、なによりアソコがヘドロのようにものすごく臭いので「こりゃダメだ」と思った筆者は一切のコンタクトを断ったのである。

その結果として前述の「ギ%&F#★@アH$ィVG■アー!!」の叫び声になったのだが、筆者が電話に出ないことに業を煮やしたジョセフィンは筆者のアパートのドアの前で待ち伏せするようになり、毎回ガードマンに見つかって追い出される際にはドアの下に手紙を差し込むのだけれど、これが「よくぞココまで行ったな・・」と呆れるくらいの物凄い心の叫びがなぐり書きしてあるのである。


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しかし数週間後にビザ切れのためジョセフィンはフィリピンに帰国することになり、それで筆者は胸をホッとなでおろしたのだけれど(ターラックから凄い世界観の手紙は何通も来た)、数か月後にロアーナ・ディナクルスという従姉妹か誰か名義のパスポートで香港に入国し、物凄くテンパった表情をしたジョセフィンが突然筆者の前に現れた時には心臓が飛び出るかと思った。

結局その後2週間に渡って筆者は再び只ならぬアプローチに悩まされることになったのだが、ジョセフィンがビザ延長のために一旦深センに出国し、香港に再入国しようとしたところで偽パスポートがバレて香港政庁に入国を拒否されてしまい、深センで路頭に迷って筆者に「助けて!」と電話をかけて来た時に筆者の運命は好転したのである。

筆者がこの時どういう対応をしたのかについては全くご想像の通りだが、この一件でジョセフィンは完全爆発し、「絶縁」を宣言する絶叫連発のキ印電話を掛けてきた。しかしこれ以後もジョセフィンはどういう方法か不明だが香港に居座り続けたのだが、たまに筆者にカマを掛けてくる位で以前のようにしつこく付きまとうことも無くなり、3年後に筆者が1回目の赴任を終えて帰国して以降はジョセフィンの事などすっかり忘れていたのだ。


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それでジョセフィンはいったい何を仕事にしているのか?とPパブのママに聞くと、アムウェイかニュースキンなどのエージェントを経験した後、現在はAVONと別の化粧品会社の代理店を営んでいるという話だった。この社名を見ればもうお分かりの通り無店舗型連鎖取引、いわゆるマルチ商法である。その時背中にビビビッ!と何かが走り抜けた。

そう!そうなのだ!。確かにこれぞジョセフィンの天職なのである。あれだけ思い込みが激しくて、何でもかんでも自分の都合の良いように妄想した上に、相手の事など何も考えずに躊躇なく行動していくジョセフィンにとってマルチ商法は正に打ってつけの職業に違いない。

おそらくジョセフィンは誰かのカモとしてマルチ商法の末端会員に組み込まれたが、集会で洗脳される前に自らの思い込みと妄想力によって(方向性が正しいかどうかは別にして)最も熱心な会員になっていたに違いない。そして持ち前の常人離れしたバイタリティーを駆使して誰よりも早くゴールデン・ディストリビューターとかダブル・クラウンなんとかに昇進していったのだろう。


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それでPパブのママに「へえ、それは良いニュースを聞いたよ」などと無意味な返事を書くと(他人様相手に化粧品扱う前に自分の臭いアソコを何とかしろよ!と思ったが・・)、「今ジョセフィンはマカティのMCSタワーコンドに陣取って何人もの部下を使っているんだって」と書いてきた。しかしマカティのビルの名前はリサール州に住む筆者にはチンプンカンプンなので、その時は「それは凄いね」などと書いてお茶を濁しただけだった。

さてPパブのママとのチャットから2か月が経過したつい先日のこと、マカティのリトルトーキョーで飯を食い終わった後、従兄弟ジェンが車を停めた方向に歩いていくとマカティ・シネマ・スクエアを見つけた。その昔女房とは別の女と一緒に「エビータ」や「ロミオとジュリエット」を観に来た懐かしい場所である。それでケータイにあるグーグルマップで位置確認したところ、いま自分が今立っている場所に見覚えのある名前が書かれているのを見つけた。

MCS TOWER CONDOMINIUM・・。そうか、MCSとはマカティ・シネマ・スクエアの略なんだな・・と気が付いた時に、アレッ?MCSって何処かで聞いたことあるぞ・・と思ったのだ。そうだ!MSCはジョセフィンのオフィスがある場所じゃないか・・、つまりあの女は今現在この上の建物にいるんだ・・・。そして首筋にヒヤリとした冷たい感触が蘇える・・。そして「ギ%&F#★@アH$ィVG■アー!!」という叫び声が・・。

それ以来リトルトーキョー近辺には行っていない。たぶん今後も行くことは無いだろう・・・。


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エイズ爆発前夜のフィリピン

数日前にフィリピン国内の6つの地域でHIVウィルス感染が広がっているというニュースが流れていた。同じASEAN加盟国であるタイやカンボジアに比べるとフィリピンはエイズの危険性は少ないと言われてきたのだが、どうやらココにきて安心できない状況に転換しつつあるらしい。

感染経路のトップは麻薬依存症者の注射器の使いまわしと思っていたが、ここ数年の感染原因トップを占めているのは男性同性愛者による感染に代わっており、ちなみに今年2月単月の全感染者数646人のうち586人(84%)は男性同性愛者だったそうである。

なんだよ・・ホモの世界の話か・・、俺には関係ねえや!とお思いだろうが、実はホモと言う狭いコミュニティ内ではエイズは凄い勢いで増殖していて、2007年には全国のホモたちのエイズ感染率は0.3%だったものが2009年には1.05%、そして2011年には2.12%となり、2013年には3.5%と急カーブで上昇しているらしい。

そしてここからが問題なのだが、エイズ先進国であるタイの統計では感染率が5%にとどまっている内はコップの中の騒ぎに過ぎないが、5%を超えるたあたりからその他のマジョリティへと一気に感染が拡大し制御不能の状態に陥ると言うのである。つまり冒頭で書いた通り既に6地域は危険水域に突入していると言うことらしい・・。





ちなみにこの6カ所を感染率ごとにランキングすると、1位セブ市(7.7%)、2位マニラ市(6.7%)、3位ケソン市(6.6%)、4位カロオカン市5.3%、5位ダバオ市(5.0%)、6位カガヤン・デ・オロ市(4.7%)という順位だそうである。

さらに感染率以外の要素、例えば男性同性愛者の比率が多いとか男娼ビジネス、また異性間売春ビジネスが盛んである、といった環境を考慮すると、上の6カ所とは別に下のリスト(オレンジ色、上記6地区と一部重複)にある地域はいつでも5%の壁を飛び越えてしまうと言うのである。

まあ男も女も下半身が緩く、ましてコンドームなど使わないのがフィリピン人の特性だから、はっきり言って今までエイズ爆発が起こらなかったのが不思議なくらいだったのだが(なんでアフリカ東部みたいにならなかったんだろう・・)、ここにきてフィリピンも遂に年貢の納め時が来たようである。

だけどこの地域って日本人リタイア組が住んでるところばかりだよな・・。日本人もフィリピン人に負けて劣らずアッチの方は活発だから、数年後には在留邦人の感染率5%突破なんてニュースが一面に載る事態になるかもしれない。という事で皆さんお気をつけあそばせ・・。






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貧乏人はビナイ、金持ちはドゥテルテを次期大統領に推す

来年実施されるフィリピンの大統領選挙では依然としてビナイ副大統領が優位とのニュースが流れていた。これはSWSという調査会社が3月末に行った世論調査に基づいていて、2位のグレース・ポー上院議員が支持率31%と肉薄されているものの、ビナイは36%もの支持を集めているのである。

あんだけ不正で叩かれても首位かよ・・と筆者は呆れてしまった。こっちのテレビを点ければ連日の様にビナイと息子のすっとぼけた様な顔が映らない日は無い。ビナイはマカティ市長時代に土地開発にからむ巨額の贈与を受け取った疑いがあり、父の後を継いだ息子は既に不正で告発されているのだ。

それで大変失礼ながらビナイの支持層について従兄弟のラフィーに聞いて見たところ「それは最下層の連中だ」と呆れるような口調で言った。まあ当たり前と言えば当たり前だが、フィリピンでは北ルソンとかミンダナオなどの地縁とは別に所得階層によって支持者が違うと言うのである。





要するにばら撒き政策のことか?と聞くと「そうだ!」と答える。ビナイの場合は高所得層の支持率は極端に少ないが、低所得層、特に最下層民からは圧倒的に支持を得ていると言うのである。さしずめ日本で言えば共産党か?それとも民主党左派みたいなもんなのだろうか。ビナイの盟友エストラダが貧者の代表の典型的な例らしい。

それでヒマに任せてラフィーの言った事をネットで調べてみたところ、別の世論調査会社(パルスアジア社)が所得階層別の大統領候補者支持率を公開しているのを発見した。なおSNSとは別会社なので支持率(%)は微妙に違うが、1位ビナイ、2位グレース・ポーという順位は同じだが、SWSでは3位に点けているロハス内相の支持率は何故か極端に少なくなっている。

さてパルスアジア社の調査を見てみると、なるほどビナイは全階層平均では29%の支持率があるが、最下層のD層では33%と相対的に高く、逆に中間より上の層では22%と圧倒的に低くなっている。一方対立候補のグレース・ポーは全階層ともバランスが取れているが、逆に明確な支持母体層が無いという政策上の脆弱さが垣間見れるのが面白い。





一方ビナイと逆に高所得層に人気があるのがドゥテルテ元ダバオ市長とマルコス・ジュニアの二人、さらに相変わらず血気盛んなサンチアゴ女史の3人である。表には書いていないが、サンチアゴは台風の目になりつつあるドゥテルテ元ダバオ市長に支持率を持っていかれるまでは最上位層ではビナイを上回る支持率があったのだ。

なるほど誰を支持するかによってそいつの所得レベルがある程度分かるって事か・・。それで試しにラフィーにアンタは誰に投票するんだ?と聞いて見たところ、ちょっと上目づかいをした後で「俺はサンチアゴ女史だよ!」と言った。そして沈黙・・・。

お前なあ・・、確かに名門大学出で大手製薬会社の経理マネージャーを勤めているかもしれないけれど、小さい赤ん坊を抱えて長屋住まいのお前が高所得者なわけないだろう。素直にビナイを支持するか、せめてグレース・ポーあたりに留めておいたらどうだ?。






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体内で蟲を培養する物体X

昨日シャワーを浴びている時にふと足元を見やると何かが蠢いているのを見つけた。良く見ると体長1~2センチほどのアニサキスのような虫が筆者に向かって動いて来るのである。な・・何でこんな虫が・・と思ってシャワーを一時止めて女房を呼ぶことにした。

「ああ!またいたわ!」と別に驚く風でも無い女房。なんでも女房は既に2~3回この虫を発見しているという。だけど・・俺は見たことが無いけど・・と言うと、アタシもこんな虫を見たのはここ2週間だけだ・・と答えた。2週間・・。この時筆者の脳裏にある人物が浮かびあがった。

それは2週間前から我が家に寄宿している義弟の娘アビー(10歳)である。学校が夏休みに入ったので山奥から出て来たのだが、コイツは雨季になると頭にシラミがうじゃうじゃ繁殖するわ、犬肉を日常的に喰うなど日本人の筆者から見ると衛生的に即アウトな人物なのだ。それに見た目がブサイクなのがいっそう不潔感を助長している。

「たぶん水浴びしている時にアビーの尻から虫が這い出て来たのよ」とオゾマシイことを言う女房。何百匹ものサナダムシがケツの穴からビチビチ暴れながら這い出してくる・・、その光景を想像しただけで筆者の全身の毛穴が戦慄いてしまった。ホラー映画のワンシーンのようである。





それで筆者は殺虫剤をシャワールーム中に噴霧し、さらに寄生虫の卵が生き残ってる場合に備えて大鍋に湯を沸かして床にブチ撒いたのだが、肝心の虫の培養元であるアビーはと言うと居間でキャッキャ言いながら2歳の姪イザベラとテレビゲームに勤しんでいる。コイツ・・キタナイ・・ガイチュウ・・という言葉が脳裏にリフレインする。

そしてアビーの手に握られていたのはオレンジジュースの入ったグラス・・。寄生虫が口から出てくるかどうか知らんが、ケツの穴から虫が溢れだすアビーなら有り得るかも・・。いかん・・このグラスにも寄生虫の卵が付着しているのでは・・との疑念が頭をよぎった。

一旦こういうイメージが出てくるとシャブ中のように膨らんでいくのが筆者の性格で、そうするとフォークやスプーンは全て危ないな・・とか、固い皮膜を持ってる虫なら皮膚を破って人間の体内に侵入し卵を産み付けるかもしれない・・などと考えてしまう。

やがて筆者のおかしな様子に気が付いたアビーは笑いながら筆者に何かを話しかけたが、そのぽっかり開いた口の中から無数の寄生虫が溢れ出す映像が頭に浮かんだので、イメージの中で火炎放射器のノズルを開けた(下の映画は筆者がアビーをどう見ているか良く表しているのでヒマならDVDを借りてみてください。名作です)。


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人がよく死ぬサブディビジョン

サリサリストアを営んでいる隣人ジェニーが我が家に現れるや「またあのサブディビジョンで人が死んだわよ!」と噂話を始めた。このオバンは金貸しを副業としているためか他人の事情には随分と精通していて、普段から「あの旦那は浮気しているのよ」とか「あそこの息子はバカで成績は常にビリだ」などと他人の噂話をしているのだが、ジェニーがここ半年間ほど定期的に話題にしているのが近所にあるくだんのサブディビジョンのことなのだ。

それは筆者の住む場所から2ブロックほど東側にあって、住宅数300ほどのかなり大きなサブディビジョンであるが、半年ほど前にジェニーは葬式がやたらと多いことに気が付いたのだ。そんなの・・フィリピンは寿命が短いんだから当たり前じゃないか・・とお思いだろうが、このサブディビジョンは60平米と手狭かつ売値200万ペソ(540万円)と安普請なため、ほとんどの住民は小さな子供を持つ若い夫婦ばかりなのである。

「トラック運転手の旦那が正面衝突だって・・助手席の男は軽いケガだけで済んだってのに・・」と訝しげな表情で先週死んだ住民の話をし始めるジェニー。ここ1か月ほどに起こった悲劇をあげると、子供が入り組んだ道で自動車に跳ねられて即死、酔っぱらった若い男が川(と言っても水深50センチである)に落ちて死ぬ、20代の若妻がガンで死亡、女の子が肺の感染症で死ぬ・・と確かに変なのだ。

フィリピン名物のスカッターエリア(不法滞在者地域)を歩いてみると道端で葬式が何軒も行われているのを見かけるが、そこに貼ってあるポスターには故人の写真と名前、それから1935-2015と言うように生年と没年が書かれてあって、たいがい50歳くらいから死にはじめるのが普通で、20代の葬式と言うのは滅多にお目にすることは無い・・。





もちろん2ブロック先のサブディビジョンは若い夫婦と子供しかいないから葬式の主役が
20代から30代だけなのは当たり前だけど、問題は死ぬ頻度がやたらと多い事で、1か月の間に300世帯(1200人程度)で5人も死ぬというのは統計的に見ても明らかに異常である。しかもこれはここ1か月だけの話ではないのである。

さて表情豊かに他人の家の死亡事故を語っていたジェニーも、ついに「これは言ってはいけない事なんだけど・・」と何故か嬉しそうに本題を切り出した(正確に言うとタガログ語なので筆者は何を言ってるのか分からず女房に通訳してもらったのだ)。「アタシが思うにあのサブディビジョンは呪われていると思うんだよ・・」。

エッ!それはどういう事?と聞く女房と義妹。筆者もその神妙な雰囲気から話の内容を即時に理解したがここは黙って聞くことにした。「アタシは昔はこの近所の被服工場で働いているから知ってるんだけど、あのサブディビジョンは昔はお墓だったんだよ・・」と切り出すジェニー。何となく筆者らの反応を伺っている様子がありありと見て取れる。

そうなのだ・・。実は筆者もこの町はやたらと墓地が多いな・・と前から思っていたのである。フィリピンに住み始めた頃は「まあ何処もこんなものか・・」と思っていたのだが、いろんな場所を見るにつけ「自分は墓地の町に住んでいる」という事実に気が付いたのだ。





(本当かどうか知らないが)義父に聞いた話では1980年代以降のマニラ都市圏の膨張で墓地用の土地確保が困難になり、墓地業者は当時見渡すばかり原っぱだったマニラ首都圏の東側一帯に相次いで大規模なメモリアルパーク(墓地のこと)を建設したと言うのである。さしづめ日本で言うと70年代の八王子みたいなものだろう。

ところがマニラ都市圏の膨張がさらに加速したたために、2000年代後半に入ると東側一帯は今度は住宅地として開発されることになり、義父曰く「赤ん坊から幽霊まで」同居する町と化してしまったというのだ。そしてそんな事もつゆ知らず、実家と母方の親戚が住むちょうど中間点に位置しているという安易な理由で女房は墓場の町に家を買ったのである。

「やっぱり死んだ人間が祟ってるのかねえ・・」と人を脅かす嬉しさを必死に噛みしめながら諭すようにと語るジェニー。このババアは筆者と同じ性格をしているようなので噂話の信憑性は疑わしいが、こと2軒隣のサブディビジョンが元墓場だったという件については本当のような気がする。つまり呪いはおそらく事実で、これからも凄い頻度で死人が出続けるに違いない。

さて物知りの従姉妹ミレットによると、土地開発のために墓場を立ち退かせたという話はフィリピンじゃ良くある話で、今を時めく高級コンドミニアムのいくつかも正にそのケースなのだそうだ。という事は・・、入居してみて「なんか死ぬ人が多いなあ・・」と気づいたら、アナタは呪われた家に住んでいる可能性が高いですよ・・。その時は迷わずに今の家を出ましょう。さもないとアナタの生命も持っていかれます・・・。






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臭い女に巡り合う男

九龍・山林道にある居酒屋で同僚Mと関係会社のK氏、そしてK氏の部下のチュイさんの4人で飲んでいた時の話である。このK氏は当時60歳を少しばかり超えていたが見た目も中身も40代の筆者よりよほどカクシャクとしており、ホーチミン工場と深セン工場、さらに香港支店の3つの役職を掛け持ちして忙しい日々を過ごしていた。

「いや~、ベトナム女性のアソコの食いつきは全くたまりませんねぇ~」とホヤの塩辛と熱燗を交互に口に運びながら嬉しそうに夜の自慢話をするK氏。なんでもここ20年ほどは夜のお勤め(もちろん古女房が相手ではない)を毎晩欠かさない性豪なのだと鼻を膨らませている。なるほど定年を迎えても雇用更新を名乗り出たのはこういう理由があったのか・・、全く羨ましい人である。

「だけどKさん。ベトナムの女性は締りは良いけどアソコの臭いは結構キツイんじゃないですか?それに中国人だってアソコには恥垢が砂利みたいにびっしりと固まって・・」と少しばかり嫌味を言ってやったところ、このKさんは真面目な顔つきになり「いや~、私も最初はそう思ったんですけれど、だけどねっ!あれは個性なんですよ」と朗らかな表情で言う。

なにっ!個性?アソコの臭いがですか?と聞くと「そうですよ」と言う。なんでも今から20年前にK氏が一番最初に囲った中国女のアソコがあまりに臭かったので、正直に「お前は臭い!」と言ったところ、失礼ね!アナタ!これは中国人にとって大事な個性なのヨ!私たちはこの臭いを大事にしているのヨ!と怒られたと言うのである。





そりゃ生まれつきアソコが臭い女の言い訳じゃないですか?と言うと、違いますよ!その後に囲った女も同じことを言った(つまり臭かった)というのだ。臭いは個性なんて話は初耳である。それで「そうですか?でも香港の女たちはそんなに臭くないですけど・・」と反論したところ、K氏はイヤイヤ!と手を振りながら「香港の女も同じように臭いですよ!」と言いはるのだ。

なんか話が噛みあわない・・。確かに中国人は衛生観念が薄いから総じてアソコが臭いのは事実なのだが、一方香港女性も少数派とは言え臭い女も確かにいるものの、自分のアソコの臭みを個性だと言い張る女など出会ったことは無い。香港人はそれなりに文明国であり女性もオシャレだから身だしなみもしっかりしているのである。

ところがK氏は香港だけでなく台湾の女でさえも臭かった!と言い出したのである。それはアンタが格安の売春宿の女専門だからじゃないか!・・と言うと、K氏は怒り顔になって「何を言う!チムシャツイのBBOSSの女たちだぞ!それも一人じゃなくて何人も何人も臭かったんだよ!」と高級ナイトクラブの名前を挙げた。しかもその怒り方が物凄くマジなのだ・・。

どうやらK氏は女性のアソコを舐めるのが趣味らしく、その方面についてはひとかどの見識を持っている様である。まあアソコが臭い臭くないを巡って本気でケンカになるのも意味は無いので筆者は一応非礼を詫びることにした。それにK氏の方も一廻り以上年下の筆者に対して声を荒げたことに気まずさを感じている様である。





さてK氏がトイレに立っている間に、傍にいた同僚のMが「あの人は犬みたいに嗅覚がヒトの何十倍も発達しているんじゃないか?」と言い出したが、それにしてはシメサバとかイワシの丸干し、イカ納豆みたいな臭みの強い食べ物ばかり注文しているのは変だ・・。じゃあひょっとして臭いフェチなんじゃ?、でもそれだったら臭いのが好きでして!とか正直に言いそうなタイプだよなぁ・・。

さてトイレから帰ってきたKさんは止せばいいのに再び女性のアソコの臭いについて話し始める。ベトナムの女性はツンと来る揮発性の・・とか、雲南省の場合はドワーッと広がるヘドロ系でしてね、あとラードとか食用油の影響が大きいみたいですよ・・など実体験を重ねただけあって統計と分類が実践的である。

それで何気なく「アナタは今まで臭くない女と巡り合った事はあるんですか?」と聞いて見たところ、日本で若いころ・・とか、韓国のソウルで一度・・など無い事は無いが臭かった体験談に比るとサンプル数が極端に少ないので、どうも臭くない女との出会いはごくごく数えるほどしか無かったようだ。つまりこのK氏はいつもジャンケンに負ける男のように臭い女と巡り合う星の下に生まれたようである。

「人それぞれ外見や性格も違う以上、アソコの臭いにも一人一人特徴が・・」と頼んでも無いのに滔々と説明するK氏。どうやら何度も何度もアソコが臭い女に巡り合ううちに我が身の不幸を嘆くのではなく、それを個性として受け止めることで自分のやり切れぬ思いを昇華するようになったらしい。この前向きな精神は是非とも見習いたいものだが、だけど・・、やっぱ臭いもんは臭いよなぁ・・。






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変な死に方が多いフィリピンの田舎町

期待した台風もフィリピン上陸前に弱まってしまったため毎年恒例の親戚一同大会合(ファミリー・リユニオン)は予定通りに開催される運びとなり、筆者ら第3組(女房の祖父が8人兄妹の3番目という意味)はボウイ叔父とエスター叔母を筆頭に総勢8人でマニラからパンパンガ州サンタアナまで出かけることになった。

このファミリー・リユニオンは以前の日記で説明したとおり従兄弟世代が中心になって毎年開催されているのだが、従兄妹たちが全員60代を迎えた今は(娘息子に孫たちが参加するため)参加者数が200人を超える大会合になってしまい、一体誰が誰なのかさっぱり分からなくなっているのだ。ちなみに筆者ら第3組は30人以上いるのだが、今回は台風を口実に皆に逃げられて8人だけになってしまったのだ。

さてテーブルについて酒を飲んでいると入れ替わり立ち代わり色んな人たちが現れては「ほー!これがシエナ(女房)の日本人の旦那かね・・」と話しかけてくる(正確に言うと去年会ってるのだが・・)。そしてエスター叔母とパンパンガ語で「自分の3番目の娘が子供を産んだので11人目の孫が出来てね・・」などと近況報告し合っているのを薄らバカ笑いを浮かべて聞いたふりをしていた。





筆者は彼らの私事など興味は無いのだが、ボウイ叔父とエスター叔母がいちいち英語に翻訳してくれるので嫌でも相槌を打たねばならない。それで「サンフランシスコにいる息子が・・」とか「孫がアテネオ大学に・・」などの自慢話を黙って聞いていたのだが、ボニーという名の元ミュージシャンだったジジイが「○○は雷に打たれて死んだからなあ・・」という話を何でもない口調で話しているのには驚いてしまった。

雷に打たれて死ぬ・・。そんなの何百万、いや何億分の一の確率の死に方ではないのか・・。それで「そりゃお気の毒ですが珍しい死に方ですね」と言ったら、このボニー爺さんは筆者をチラッと見て「そんなの珍しい事じゃない。ココじゃしょっちゅうある事だよ」と諭すように言う。

はあ・・そうですか・・。でも日本じゃ滅多に聞かない死に方なので・・と答えると、一緒にいたボニー叔父の妹は「じゃあ日本では毒蛇に噛まれて死ぬケースはあるのか?」と言い出した。そりゃ無い事は無いが恐らく年に1人か2人いれば良い方じゃないでしょうか?と答えると、「あら!でも落雷も毒蛇で死んだのもここにいる私たちファミリーの一員なのよ!」と言い出した。





200人程度のファミリーの中でそんな死に方をしただって・・?。そんなの奇跡的な確率じゃないか・・と驚くと、ボニー叔父は「パンパンガじゃ何処もそんなもんだよ!」と胸を張って言う。そこから誰と誰はこういう死に方をした!という長たらしい説明をボニー兄妹が始めたのだが、もちろん糖尿病や心臓病、屋根から転がり落ちたなどの自然死が一番多いのだけれど、四分の一くらいは死に方が普通じゃないのである。

私怨とか市場の銃撃戦に巻き込まれたという殺人ケースが多いのはまだ分かるが、台風による地滑りで生き埋めになったとか底無し沼にはまり込んだといったレアな自然災害での事故死、そしてその動物の呼び名が英語で分からないので絵で描いてもらったのはアリクイのような不気味な動物で、寝ている時にこの動物に血を吸われて死んだのだ!と言うのを聞いた時には背筋がゾッとしてしまった。

まるで昔観た「グレート・ハンティング」という映画のような世界じゃないか・・。しかしボニー叔父は筆者が驚愕しているのが分からないらしく「アンタもゴミゴミしたマニラなんかでリタイアするんじゃなくて、のどかなサンタアナに移住したらどうだい?。この200人がアンタを歓迎するから生活の事は心配することは無いよ」と言い出した。ボニー叔父の親切心は嬉しいが、なんか微妙だけど肝心なところからズレてるような気が・・。






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右翼に相応しい国歌

F君のために日本の国歌をつくってやる!と言いだした理由は「新潮45」に国歌の歌詞の定義と言うような文が載っていたからである。作者は確か福田和也だったと思うが、その文章には「なるほど」と納得していたのだ。筆者はメロディーの方は才能が無いけど、歌詞だけなら即興で作れそうだと思ったのだ。

ずいぶん前の話だから福田和也が何を書いていたのか忘れてしまったが、各国の国歌を丹念に見ていくと
① 王制や資本家、外国等の「敵」が登場する。
② 国民に対して「団結」や「蜂起」を呼びかけている。
③ 神や仏やアラーが認めた国家の「宗教的な正当性」
④ 祖先や文明、伝統などの先人からの「継承性」
⑤ ○○川から▲▲海までといった「領土の規定」
のどれかが必ず1つは入ってるのだ・・というような事だったと思う。

さて君が代と上の5つの条項を見比べてみると、なんと一つも当てはまらないことにお気づきだろう。元々日本の国歌は明治維新後に制定されたのだから「徳川家を皆殺しにしろ」とか「侍も町人も明治天皇の下ではみんな同じ赤子だ」「八百万の神が見守る日本国」なんて歌詞にすれば良かったのに、一体どうしてこんなヘボい歌詞を選んだのか・・と首を傾げてしまう。

「そうそう!。そうなんですよ。国歌に必要なのはそういった事なんですよ!」と叫ぶF君。そもそも国歌というのはグローバリズムの崇高な思想性かネーション・ステートとしての民族統合を謳ってるはずなのに、君が代には国民を鼓舞するような詞が全く登場しないのがなんとも物足りないんですよね!

そうだろう・・そうだろう。さすが普段から「朝鮮人は一人残らず日本から出ていけ!」とどっかの団体みたいに叫んでいても根は正直なF君である。こういう精神も血統も純粋な日本人にふさわしい国歌を是非とも作らにゃならん!と一緒にいた同僚とホワイトボードに書き込んだのが次のような歌詞である。





♪ ウラル山脈からタスマニア島まで 
♪ チョン公チャンコロ露助と土人を蹴散らして
♪ 破竹の勢いで進撃する我が皇軍
♪ 大和民族の生存圏を広めるため
♪ 劣等人種のガキどもをハンマーで頭蓋骨を打ち砕き
♪ 女はとっ捕まえて胎に精液をぶちまけろ
♪ 男どもは餓死させて農業肥料にするのだ
♪ 殺し尽くせ、奪い尽くせ、焼き尽くせ
♪ 天皇陛下の神軍兵士に栄光あれ

いかがだろう?。愛国者で民族派右翼F君に何ともふさわしい国歌である。なおこの大和民族生存圏というのはナチス・ドイツのアーリア民族生存圏(Lebensraum)にあやかったもので、一見大東亜共栄圏と同じように見えるが、これはアジア民族と「共に栄える」などという甘っちょろさが全く無い、新たに進行した土地で異民族たちはただの「一匹」も生き残る余地を残さない排他的な新領土思想なのである。

それでF君に感想を聞いて見たところ、ちょっとひきつった顔で「いやっ・・何もここまでは・・」とモゴモゴ話す。なんだよぉ!俺がお前のために作った国歌に文句があんのか!と言ったら、「ううっ!ぼ・・僕はここまで右翼じゃないんですけど・・」と彼の表情から戸惑いを隠せない。それになんだか旧ソ連軍の政治将校を見るような目で筆者を見る。

だから右翼はダメなのである。すぐに共存とか連帯みたいな甘っちょろい言葉に流されて敵に付け込まれてしまうのだ。先述の通り国歌では自分たちの民族的かつ宗教的が定義されているので敵を躊躇なく根絶やしにすることは正当性が付与されているのだ。F君はいつも不逞鮮人に天誅を与えろ!とか叫んでいるのだから彼に相応しい歌詞を選んだと言うのにここで躊躇するとは何とも腹立たしい。

「やっぱり具体的に殺せ!とか歌詞に無い方が・・」とF君は言うが、だったらフランスのラ・マルセイエーズは悪い国歌だと言うのか!と一喝したら黙り込んでしまった。まったく戦争が始まるまでは勇ましい事を言っていたくせに、いざ開戦となると「憲法九条万歳!」とか抜かすのがこう言ったヘナチョコ右翼なのである。ちょっとはナチス親衛隊のアインザッツグルッペンを見習えってんだ!。それからお前みたいに思想的に軟弱な男は、同じように軟弱な君が代でも唄ってろ!(完)






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嘘だろ!まさか右翼のお前が・・

少し前の日記で筆者の後輩F君の右翼ぶりについて書いたが、今回は彼に関するちょっと驚きのエピソードについて書きたい。ある日の昼休みに会社の同僚と「君が代ってメロディー的に間が抜けてますよね?」「そうそう!それにキミって天皇の事だろ。国家どころか国歌でさえ国民不在とは呆れた話だね」などと日本の国歌をケナしていた時の事である。

そこへ飲茶を食べ終えたF君が戻ってきたので筆者と同僚は「しまった!」と思った。というのはF君は思想的にかなり右に寄っている上に生まれつき議論好きな性格であるため、大日本帝国の崇高な国歌にケチをつける国賊(あくまでF君の視点である)に天誅を加えよう!と議論をけしかけてくるに違いないと思ったからである。

ところがF君はこっちを見ているだけで何も言ってこない。はて?右翼にとっては格好のチャンスなのになぜ攻め込んで来ないのか?と思ったが、気のせいかF君は随分ともどかしげな様子である。それで筆者が「やっぱり右翼でも君が代はダサい曲だと思ってるんだろ!」とからかうと、F君はアーとかウーとか言うだけである。

それで外国の国歌と比べて君が代は・・などと話し始めたが、あれだけ多弁なF君が今日はなんだかノリが悪い。それで同僚が「Fさん!どうしたんですか?」と聞いたところ、何と「実は・・僕は君が代を歌えないんです・・」という唖然とするような台詞がF君の口から洩れてきた。(ちなみにF君は極右だが性格的には非常に正直な人間である)

エエッ!!普段から「俺は生まれ変わったら海軍士官学校に・・!」とか「硫黄島で玉砕した英霊のためにも!」と所構わず叫んでいるF君が君が代を歌えないだとっ!!。しかしF君は生真面目でユーモアもあんまり無い人間だったから冗談をいう事は有り得ない。ということは・・これは本当なんだ・・。





筆者は知らなかったのだが、F君が育った県は日教組が非常に強く、小中学校では一切君が代を教えるだけでなく流せなかったのだと言う。だから自分はメロディーを何となく諳んじることは出来るが歌詞を完全には唄えないのだ・・と恥を偲ぶような表情で言うのだが、筆者はこの瞬間F君の間の抜け具合を見た思いがした。

というのはF君はカラオケが好きで、しょっちゅうB′zやミスターチルドレンの新曲を覚えてはチムシャツイの中国人クラブ(嫌中派だが夜の方は親中派だった)でご披露していたからである。学校で教えない歌謡曲は何百曲も諳んじているのに、君が代だけは出来ませんと言うのはおかしな話だ。思想的に天皇制に反対だから国歌を学ぶのを拒否したのだ!というのなら筆者も納得できるがF君は右翼、いや国粋主義者なのである。

それで同僚と二人でホワイトボードに歌詞を書いていき、さざれ石っていうのは・・などと解説しては二人で歌って見せたのだが、何となくF君の顔がさえない。口に出しては言わないが右翼のF君を持ってしても君が代は国歌としては不服のようである。

ちなみに筆者は君が代を廃止しろ!と言っているわけでは無いし、右翼であれ左翼であれ日本国民である以上は起立して君が代を歌うべきだと思うが、じゃあ他国の国歌と比べて君が代はどうですか?と聞かれれば、正直これはフランスやドイツどころか中国の国歌に比べても相当に劣っているな・・と思うのだ。

浮かない顔をしているF君を見かねた同僚が「どうしたんですか?」と聞くと、F君はポツリと「侘しい歌詞ですね・・」と言った。愛国者のF君でさえなんだか寂寥感に満たされた雰囲気である。その雰囲気に耐えられなくなった筆者は「よおしっ!俺がF君にふさわしい国歌を作ってやる!」と叫んでいた。(続く)






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アノ時の叫び声が仇になった淫乱女

数年前のある週末の朝、起きて居間に行くと当時香港に出稼ぎに来ていた義妹がエロビデオを見ていた。いくら好きモノとは言えこんな朝っぱらから・・と呆れたが、画面の中ではフィリピン人と思しき女が大きく口を開けて「◎&#G%*P$ー!!!」と叫んでいる。なんだか野生動物が雄叫びを上げている様な悶え方に思わず爆笑してしまった。

おいおい・・この女は何を叫んでるんだ?と義妹に効くと、この「◎&#G%*P$ー!!!」の部分は方言らしくて意味はさっぱり分からないが、その他は「あんた!サウジに戻ったらこのビデオを毎日見てオ〇ニーをして!」とか「アタシもこのビデオで毎日○○○を使ってアソコに・・!」などと思い切りイヤラシイ言葉を叫んでいるという・・。

妹の話だと、この男女は元々は恋人同士だったがそれぞれ別の人間と結婚し、女は香港の出稼ぎ家政婦、男は中近東の出稼ぎ労働者になったのだけれど、男がフィリピンへの一時帰国途中に香港に立ち寄り、かつての恋人と一夜の逢瀬を重ねたのだが、男の方がせっかくだから記念に事の一部始終を撮影しよう!と言いだし、女の方も了解したらしい。

その後女のパソコンが壊れてしまい、セントラルにある修理屋に持っていったところ店員がエロ画像に気づいてこっそりコピーされてしまい、しかも1枚30香港ドル(当時500円)で売り出されてしまったのだが、他の流失ビデオを違って女の「◎&#G%*P$ー!!!」という叫び声が笑いを誘うと評判になり、瞬く間に香港在住のフィリピン人の間で広まってしまったのだ。


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実際この後1週間はどのフィリピンクラブやバーやレストランに行っても「アンタあのビデオ観たか?」とフィリピン人従業員に聞かれるくらい話題になっていて、何よりふだん鬱屈した日々を送っている住み込み家政婦たちにとっては格好のネタになってしまったのだ。このビデオを見たのは香港だけでなんと10万人に達したと言われている。

さて件の女だが、世間から好奇の目にさらされるのが耐えられずフェリーに乗ってお隣のマカオに逃げたが、実はここでも数万人のフィリピン人が彼女の痴態を既にたっぷりと鑑賞した後だったためマカオは安息の地とはならず、結局はタイに向かった!いやいやフィリピンの何処かに逃げ込んだらしいぞ・・といろんな噂が流れたが、その後の消息は杳として知れなくなってしまったのだ。

まあここまでは笑える話なのだが問題はここから先である。筆者の家に良く遊びに来る家政婦ノエミーが「あの女の家族が大変なことになったわ!」と言い始めた。何とこのビデオの事を誰かがフィリピンにいる件の女の旦那に告げ口をした上にVCDをフィリピンに送ったと言うのである。

そして旦那はなんと妻の親戚一同を家に集めて、皆の目の前で妻が素っ裸で男と淫らな行為にふけっている映像の一部始終を見せたと言うのだ。その時の皆の反応は勿論知る由もないが、心臓を患っていた女の母親がその場で心筋梗塞の発作を起こしてしまったと言う。


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さらにである。この旦那と不貞の妻との間に出来た娘はあまりのショックに耐えられず自殺してしまったというのである。だけどそれは噂の類だろう・・とノエミーに言ったら、失礼ね!件の女と同じ村の出身者から聞いたんだから間違いないわよ!と太鼓判を押した。

さて一昨年フィリピンに来てから知り合いに「この事件知ってるか?」と聞いたのだが誰も知らないと言う。一時期あれだけ香港中のフィリピン人の話題をさらったのに、こっちに来たら誰も知らないということは娘の自殺はやっぱりガセかな・・と思ったが、従姉妹のアニーは「そんな話はフィリピンじゃありふれてるから、聞いたとしてもすぐに忘れちゃうわよ」と言って笑った。

この事件の結末は結局いまだに分からないのだが、もしもあの女がベッドの上ではごく普通の悶え方を示しただけあったら「ちぇっ、つまんねえビデオ」と思われるだけで店員もコピーなどしなかっただろう。しかし水牛に襲いかかるライオンの様に男にむしゃぶりつく獰猛さと、何より「◎&#G%*P$ー!!!」という叫び声をあげる性質を持って生まれついたことがこの女の命取りになってしまった。

さて義妹にあのVCDを持ってるか?と聞いたのだが、「もちろん香港に捨ててったわよ!」と一蹴されてしまったのと動画サイトにも見当たらないので彼女のご面相をここで紹介できないのが残念なのだが(下の写真は本文とは関係ありません)、もしもアナタが「ハッピー・マミー・パーティー」という名のエロ動画をどこかで見つけたら迷わず手に取り「◎&#G%*P$ー!!!」という叫び声をお聴きする事をお勧めします。






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とことんデタラメなTINナンバー申請

従兄弟のアパートの買い取り手続のため不動産屋に出向いたのだが、名義変更(住宅ローンの債務の移転と一括支払いによる所有権の移転の同時作業)をするためにTINナンバーがどうしても必要だと相手が言いだした。このTIN(Taxpayer Identification Number)というのは納税者番号のことでフィリピンの税務署(BIR)が発行するカードに記載されているのだ。

おいおい!アパートは女房名義なんだから俺は関係ないだろ!と文句を言ったのだが、いえいえ!奥様はアナタと共同名義にするとおっしゃってます!もうその内容で書類を作成していますけど!と筆者が全然知らなかったことを言い出した。せっかくのお心使いは有難いが、筆者はフィリピンで1ペソの収入も無いから納税番号なんてハナから無いのである。

ところが従兄弟と女房は「大丈夫!シティホール(市役所)に行けば何とかなるよ!」と言う。市役所と税務署は別物だと思うんだが・・?と思ったが、まあ同じ建物内にあるのかもしれない。しかし筆者は慎重な性格の持ち主で、フィリピンの税務システムのことも知らないのに大蛇やワニが潜む危険地帯へノコノコ出かけていくのは正直気が重かった。

さて車に乗って10分経つと「ブラザー着いたぞ!」と従兄弟が声をかけて来たが、目の前にあるのは〇〇〇〇市の市役所・・。ちょっと待て・・。ふつう税務署に行くと言ったら居住地、つまり俺の場合はリサール州の役所だろうが・・。それが何で購入するアパートの所在地である〇〇〇〇市の役所に来るんだ?!





ところが従兄弟は「ブラザーは〇〇〇〇市に住んでる事にすればいいんだよ」と呆れたような事を言う。お前なあ・・俺の外国人登録証(ACRカード)とポスタルカードはリサール州の住所が記載されてるんだ!と諭したが、大丈夫!移民局と郵便局は税務署とは全く違う役所だから!と分かった様で分からない説明をする。

さて受付に指示された窓口に行くと、そこに座って居た堅物そうなジジイは筆者の方をジロリと見るなり「アナタは労働許可証を持っていますか?」と言い出した。筆者のビザは結婚ビザなのでフィリピンで労働は可能なのだが、その場合は労働省に出向いて外国人労働許可証(AEP)を申請しなければならないのだ。そして筆者が首を振るや個人事業主の納税ナントカ申請書というのを差し出し「ここに書き込め!」と言い始める。

しかし役所がそう言ったから・・という理由で書類にサインなどしたら後で訳のわからない納税要求が来るかもしれない。だいいちTINナンバーが欲しくてやって来たのに、このナントカ申請書にはTINナンバーを記入せい!と書いてあるから本末転倒な気もするが・・。いずれにせよ自分の頭のなかに十分な知識が無いので先に進む気にはならない。

それに従兄弟もなんか変な話になったな・・と思っているらしくジジイに対しては及び腰である。それで今日は引き揚げようぜ!と言うと、従兄弟も黙って筆者についてきた。だから最初から女房一人の名義にすれば良いのである。それにアパートが転売できたとしても儲けは全部女房が持っていって筆者には1ペソだって入ってこないだろうに・・。





さて駐車場に行くのかな・・と思ったのだが、従兄弟は「ブラザーちょっと俺についてきてくれ」と言ってスタスタと隣のビルに歩いて行った。そして机とパソコンがズラリと並んだ狭苦しい小部屋に入っていくなり子供の頃テレビドラマでよく見た冨士眞奈美そっくりのオバちゃんにナントカウントカァ!と話しかけ始める。やがて1分後にオバちゃんは筆者の方を向いて「ココに名前と住所、誕生日を書き込んでね」と言ってメモ帳を出してきた。

な・・何なのこのオバちゃんは?と聞くとノータリー(公証人)だと言う。それで言われた通りに記入すると「じゃあ明日TINカードが出来るわよ」と言って、従兄弟にトゥーフィフティーと言った。ちょっと待て!偽物を作るのか?と聞くと、このオバちゃんはムッとした顔で「違うわよ!本物のTINカードよ!ナンバーも全部本物なの!」を念を押すように言う。

フィリピンに住まれた事がある方ならもうお分かりと思うが、つまりややこしい事をぬかす窓口など通さずにTINカードを作成している税務署職員にショートカットで頼むのである。さしづめ日本で言えば、みどりの窓口なんか並ばずに豪華寝台特急カシオペアの車掌に頼み込んで寝台を押さえてもらうのと同じだ。

「だったらアタシも頼もうかしら!TINカードだけはまだ日本の名字にして無かったのよ!」と言い出した女房。なんでも一昨年リサール州の税務署に行ったら婚姻証明書や出生証明書、さらに過去の納税証明や香港の労働契約書など山のように書類を要求され、すっかり嫌気がさして途中で帰ってきてしまったというのだ。





しかしである・・。税務署の行列に並べば両親や配偶者の情報などあらゆる書類を要求される筈なのに、このオバちゃんが筆者に聞いたのは名前と住所、誕生日の3つだけ・・。それにそもそも管轄地域が違うのだから「俺が住んでるのはリサール州なので○○○○市では登録できないのでは?」と聞いたところ、「ああ!それはここの職員は国税庁本部のホストコンピューターにアクセスできるから大丈夫なのよ」と変な事を言う。

しかしコンピューターに登録する以上、個人データの入力が必要なはず。それで外国人登録証のコピーとか番号、国籍とかは要らないんですか?と聞くと、このオバちゃんは「そんなものTINカードには書いてないんだから要るわけないじゃない!」とドラマの冨士眞奈美そのものの小煩いPTA会長の口調で叱りつけてくる。

だけど・・それなら税務署のデータ上は俺の性別さえも入力されて無いって事ですか?と聞くと、呆れたことに「そうよ!」と答えた。さらに「それから出来上がったカードの写真の部分は空欄になってるから写真は自分で張ってね!」という驚愕の一言が・・。

こうして500ペソ受け取った冨士眞奈美は意気揚々と自分のオフィスへ戻っていく。そして従兄弟が「彼女は女房の実家の隣でずっと美容師をやってたんだけど、一昨年に公証人やってた旦那が亡くなってね。それで旦那の公証人資格はのまま残して彼女が事務所を継いだんだよ!」と言うのを聞いた時に、筆者は深い霧の中にひとり呆然と佇んでいる気分になった。






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詐欺師に薦めた新商売

ホーリーウィーク中にヒマになったので従兄弟ジェンの家にウィスキーボトルを手土産に訪れる事にした。コールセンターの仕事が潰れて現在無職になった従兄弟は奴の女房の実家を改装して大衆食堂(トロトロという)を始めているので、ツマミ類には事欠かないのである。

店頭で鶏肉を焼いている家政婦のノーラに「ジェンとジュミは何処に行った」と尋ねると、ちょっと・・今来られると不味いのよねえ・・という表情をした。なんだよ・・お前の雇い主が来る時だっていつも突然じゃないか・・と思ったが、ノーラが目くばせした方向を見てアッ!と驚いてしまった。

そこに詐欺師の若人君がいたのである。コールセンターのカネを持ち逃げしてトンズラしたと思ったのに、何でノコノコと裏切った相手の家に出て来たんだろう?。それに大株主に背任容疑で訴えられていたはずだし、下手するとぶっ殺されない危ない身の上のはず・・。

若人君と話し込んでいた従兄弟ジェンが筆者の存在に気付くと、「ブラザー!こっちに入ってくれよ!」と手招きする。どうも若人君との話がかみ合わないか、早く追っ払いたかったらしく、そそくさとテーブルの上に氷とツマミ類、そして3つのグラスを用意し始めた。





「やあ!久しぶりですね!」と嬉しそうに笑う若人君。しかし目付きは何となくドヨンとしているから、金のやり繰りで切羽詰ってるステージはとっくに越えて、深い諦念の海に沈みつつあるらしい。それに女房と娘が別に部屋でジェンの女房と話してこんでいる様だが、若人君自慢のCR-Vが何処にも見当たらない。

「実はセブに値上がり確実な土地を持っていまして!」と早速要件を切りだしてきたが、そんな土地があるなら車を手放す必要も無いだろうに・・。それで「アンタは今大株主に訴えられてるんだって?」と聞くと、ええ実はそうでして・・と案外正直に答えた。

「グリーンウッズの自宅も売りに出してるんですよ!400万ペソでいかがですか?」と言い出したので、250平米以下の土地に興味は無いよ!と回答すると、今度は絶対に値上がり確実なミンダナオの不動産投資を話し始める。

しかし儲け話が次から次へと出てくるのに呆れた筆者は「お前から1ペソの飴玉も買う気は無いよ」と答えると、それなら僕のセブの土地を活用するためのアイデアをくれないか?と言い出した。なんでも1400平米のビーチフロントのホテル開発に絶好の物件だと言うのである。





どうせ詐欺話か良くても中間で巨額のピンハネをする魂胆なのだろうが、肝心の従兄弟ジェンがどっかに行ってしまったため他に話し相手がいない。それで適当にフンフン答えていたが、アナタの意見を聞きたいと言ってる割には、外国人の銀行融資枠がどうだとか、金利は何%とか話始める。

要するに筆者は現金で投資する必要は無いが、筆者の与信枠を使ってホテル建設すれば良いのだ・・と言っているのである。こいつバカか・・?そんな単純な言葉のレトリックに引っ掛かるとでも思っているのだろうか?。しかし今まで人を騙して家まで建てたという事は、フィリピン人ってのは実際そんなレベルなんだろう。

「では一緒にセブに視察に行きましょう!。宿泊は僕の定宿であるシャングリラで!」ととっておきの笑顔でキメの台詞を吐いたが、お前なあ・・、そんな豪華ホテル泊まる金なんてもう無いだろうが!と指摘すると、若人君はジッと筆者を見た後だまってウィスキーグラスに口をつけた。

結局生まれつきの詐欺師にとっては、相手より優位に立っている、相手の思考を自分が誘導しているという優越感が溜まらない快感をもたらすのだろう。だから絶対にコイツは引っ掛からないと分かっていても、若人君は頭の中で湧き出てくる詐欺話を止めることが出来ないのだ。要するにコイツにとっては脳内オ○ニーなのだ。





二人きりで退屈なので「お前にピッタリな仕事を教えてやるよ!」と言うと、若人くんはエッ?とこっちを振り返った。お前は女相手に化粧品や健康食品の訪問販売をやれ!と言ったのである。細かい部分では話に綻びが出てしまうのでアンタが数百万ペソの商品を扱うのは無理だが、数千ペソ単位なら案外うまく熟せるのでは・・と思ったのだ。

う~ん・・でもそんな安いモノは・・、と若人君は乗り気でないが、そんだけインチキ話が次から次へと湧いてくる頭の持ち主なら一日何十人を相手に出来るだろうし、それにアンタはチープなホストクラブで働いてそうな見た目をしているから、愚鈍な主婦を騙すのはお手の物だろう!と言ってやると、そうかなあぁ・・と言いながらも満更でも無さそうである。

それで健康食品のプロモーション方法や粗利、口コミの効果などを説明すると、それらが若人くんの脳内にある詐欺の方程式にインプットされたようで、その後実に的確な質問が筆者に寄せられてきた。そして目が上下にクルクル動いている所をみると、最終計算式は「解あり」と出た様である。

なので5年後くらいに「日本で大流行の〇〇〇栄養素」とか、「中国5千年の歴史を持つ▲▲▲乳液」なんてテレビショッピングで饒舌に喋っている若人あきらソックリの社長が出てきたら、そいつは筆者の日記に出てくる男だと思ってほしい。なお筆者は1ペソのコミッションも貰っていないので全然効果のないインチキ商品と気がついても間違って筆者を訴えない様に・・。






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七つの海を駆け抜けた男たち

筆者の日記を読んでいただいている方から、営業マンたる者は古い歌を覚えるべきだ!という趣旨のコメントを頂いた。確かにその通りである。結局はモノやサービスでは無く自分自身を売り込む事が営業マンの仕事なのだから、顧客の趣味や嗜好を身に着けることは必修事項だ。さてこう書くと筆者も数千曲のレパートリーを持っているように聞こえるだろうが、実は筆者はかなり音痴なために10曲くらいしか歌えないのである。

ちょっと言い訳をさせてもらうが、筆者が働いていたのはメーカーで、しかも1980年代に急成長した後発企業であるため大手商社や日本郵船、日立と違って営業の伝統というモノが殆ど蓄積されておらず、筆者らの世代が慌てて作り上げるような体たらくだったのである。それに筆者は日本に2つある国立外語大の出身者のように外国人とのビジネスについて手ほどきしてくれる先輩も居ませんでした・・。

ただし同じ会社にいる周りの上も横も揃ってレベルがかなり低いため筆者はすっかりお山の大将になっていたのだが、筆者が素直に感服してしまった出来事があるので今日の日記ではその事を書きたいと思う。なお今現在かなり酔っぱらっているので誤字脱字、意味不明の記述、さらには話題が段々ずれて行く等の不出来が有ったらどうかご勘弁いただきたい。





香港で偉そうに威張っていた筆者の元に日本の取引先から電話が掛かっていた。自分の部下が調達先の開拓に行くから手伝ってくれ!という厚かましいお願いである。この取引先は年間数千万円と取引規模はえらく小さいのだが、ここの社長は筆者の飲み友達でもあるので断るのは気が引ける。それでこの取引先にマッチしそうな小規模な数社にアポを入れ、件の部下の到着を待つことになった。

目の前に来たのは石川という名の60代半ばの冴えない爺さんである。まあアンタの上司には散々酒を奢ってもらってるから・・という挨拶もそこそこに筆者が選んだ香港メーカーに連れて行ったのだが、この爺さんは案に相違して無骨だけれども実践的な英語を駆使してガメツイ香港商人と丁々発止の交渉をし始めた。普通日本の会社からこの手の話を頼まれる場合は、英語どころか日本語でも意図を巧く説明できないダメ男が派遣されてくるのだが、この石川さんは全く逆のパターンなのだ。

そしてその次の訪問先でも癖のある香港人社長の言葉のレトリックを素早く見抜くなど常人離れした技を見せたが、実は筆者がもっとも驚いたのはこの人が自分が出来ることと出来ないことを十分弁えていて小賢しいブラフを使わない事であった。交渉スキルもつきつめれば外交交渉のそれに行き着く。つまりこの爺さんは相当場数を踏んでいるな・・という事である。





石川さんの交渉力にすっかり感服した筆者は一連の商談後に筆者の予算が許す限りのレストランにご招待したのだが、話を聞くとなんとこの人は筆者の大学の先輩であっただけでなく、奥さんはフィリピン人で(現在は別れてしまいロンドンで法律事務所に勤務しているそうだ)、明治大学に通う娘さんの学費を賄うために住友系の機械商社を退社後に今の会社に再就職をしたのだと話し始めた。

機械系商社マン・・。分かる人には分かるはずである。同じ住友でも住友商事や住友重機なんぞとは別次元の一匹オオカミの商人だ。彼らはカバン一つで外国に出かけ、現地の政治家や官僚、あくどい華僑や軍人たちを相手に何週間も時には何か月もかけてビジネスを獲ってくる本物の商人である。いつも数人で動いて「本社に持ち帰ってから回答します」なんてぬかすヘナチョコ営業マンとは全くの別人種なのだ。

興味を持った筆者は石川さんに昔話を聞いたのだが、新人の頃にインドネシアに中古貨物船を売り込みに行った話や、ベトナム戦争中にスービックにあったアメリカ海軍相手の不正だらけの商売、そしてどう見てもココムに引っ掛かるあろうベトナム経由旧ソ連行きの取引など血沸き肉躍る冒険譚であり、筆者は石川さんの話にすっかり魅了されてしまった。





「今と違って当時はコッチの腹の内を相手が中々見抜けない時代だったから商売は本当に面白かったんですよ!」と言う石川さん。確かにそうだろう・・。筆者も海外市場を志した時はそういった商売の旨味というのを期待していたのだが、実際に目にした世界は先人たちがさんざん手を付けて棲み分けが綺麗に決まってしまった世知辛い市場だった。それに筆者の会社の上司や先輩たちは元技術屋や生産管理屋ばかりで、揃いも揃ってあまりに退屈な人種なので退屈で仕方が無かった。

「でもね、私の同僚はみんな40歳前後で独立したんですけれども、みんな日本じゃなくて海外に出て行ったんですが、結局みんな外国で朽ち果ててしまったんです」と言う石川さん。この現実については色んな解釈が出来るだろうし、自分で起業もしていない筆者が何かを言うべきではないのだろう。だけど彼らは七つの海を渡り歩く自分が何より好きだったのだから、ある意味そういう結末は本望なのではないか・・と何となく思えた。

以前ペナンでかつての日本人街跡地を見た時には「兵どもが夢のあと・・」を感じだが、この機械系商社の猛者たちを思うと「老兵は死なず、ただ消え去るのみ・・」の一句の方がマッチするような気がする。さて酔っぱらった筆者が今言いたいのは、こういった鼻っ柱が強くて向こう見ずな男たちが筆者ら後人に道を作ってくれたという事である。なので今夜は誰もがもう忘れてしまった名もなきヒーロー達に対して一杯のウィスキーで献杯したいと思う。






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お粗末なフィリピンのリゾート

フェイスブックに家でゴロゴロしている写真をアップしたら日本の友人から「今年はタイに行かないのか?」とコメントが書かれてあった。確かに3年前までは年に2回(旧正月とイースター)プーケットかサムイ島に行っていたから、彼の頭にはそういう固定イメージがあるらしい。

俺は毎日が日曜日だからホテルの値段が飛び上がる時期に旅する必要は無いんだよ!と回答すると、この友人は「なるほど!」と書いた後、それにフィリピンにはタイに匹敵するビーチリゾートが沢山あるからタイに行く必要も無いだろう!と書いてきたのを見て思わず笑ってしまった。それで「そんなもん1カ所だって有るもんか!」と答えてやったのだ。

ところがこの友人は「ボラカイ島ってのは素晴らしいんだろ!」と言って何故だか引き下がらない。どうやら2年前までの筆者と同じく友人も初歩的な間違いをしているようである。つまりバリやプーケットほどとは言わないが、ボラカイ島はチャーン島やピピ島などに匹敵する快適なアジアンリゾートだと思い込んでいる様なのだ。





そこで筆者のボラカイ島での経験、つまり高い割には粗末なホテルや、不味い上に冷めた料理を平気で出してくるレストラン、クズ同様の商品を法外な値段で吹っ掛けてくる露天商に娯楽施設の決定的な欠如、ビーチなのにビーチチェアが無くてタオルの上に寝っころがらざるを得ない気の利かなさ、さらにぬかるんでドロドロな上にゴミが散らかった道などを説明したが、友人は筆者の言っている事が理解できない様である。

要するに世界中に知られたリゾート地なら設備もアフター5も絶対に充実してるはずだ!という先入観を持っている様なのだが、それはある一定以上の能力を持った民族だけが出来る話で、ボラカイってのは海が綺麗なだけなの!、あとは大洗とか若狭湾みたいな三流海岸と大して変わらないんだよ!。ボラカイだけじゃなくフィリピン中の海と山のリゾートは小汚いの!と説明したのだが、友人は何度も?マークが書かれた返事を送ってくる。

確かにフィリピンはタイよりも自然に恵まれているし、国民的な英語力の高さという強力な武器があるのは事実だが、残念ながらどんなに素材が良くってもそれを生かす能力が余りに低すぎるのだ。例えばタイやインドネシアのような外国人を紫の風に包む文化的な魅力や料理、美術、人間が持つ不思議さなどの要素が全くないのである。





もちろん歴史が無いからリゾートに絶対になれないと言うことは無いし、だったらアメリカ型の能天気なエンターテインメント型リゾートを目指せばよいのだが、今度はその際に必要とされる衛生観念や美的センス、そしてビジネスをクリエイトする能力が決定的に不足しているのである。

したがってフィリピンのリゾートはどこも自然だよりの「海水浴だけ」「涼しいだけ」という付加価値の無いポジションで燻ぶっているのだが、料金の方だけはプーケットやバリ島並みに吹っ掛けてくるので、筆者の様に「泳ぎに行くなら飛行機に乗ってタイかマレーシアに行こう」と思われてしまうのだ。

「だけどそういう素朴なリゾートもそれはそれで魅力があるよな・・」という友人。お前ね・・、こういうのは素朴と言わずに粗末って呼ぶべきだよ!と答えたが、こればかりは体験してみないと分からないようである。それで「今年の夏休みに家族と一緒に来てみろよ!」とボラカイをお勧めすることにした。もちろん筆者は同行なんかしないけれどね。






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爪切り女の淫らな妄想

朝10時に爪切り女リサに足を差し出してパチンパチンを爪を切られていた時のことである。「アンタこんな遅くまで寝てたのかい?」と小馬鹿にした顔つきで言うので、ああそうだよ・・俺は毎日12時前に起きるんだ!と答えたら、「アンタは夜遅くまで一体なにをしてるんだ?」と聞いてきた。

日本の戦後史に関する動画を見ていたんだ・・と説明しても芸能ゴシップ以外興味のないリサに分かる訳が無いので、エロ動画を見てたんだよ!夜中は回線が空いているから画像が鮮明だろ!と答えると、リサはイヤーッと言いながらも実に嬉しそうな反応をした。

そこで義妹とタガログで「ハポン・・ビデオ・・なんとかぁ・・」と話し始めたので、どうやら日本はエロビデオが溢れている国だ・・まったくイヤラシイ民族だわ・・と話しているようだ。日本の首都の名前は知らなくともエロ文化については中年主婦リサの耳にもたっぷり情報が入っている様に違いない。

そしてリサは「最近フィリピンでも10歳くらいの女の子のビデオが・・」とか言うので、俺はそんな可哀想なビデオは見ないよ!と言うと、じゃあアンタはどんなジャンルに興味があるんだ?と嬉しそうに聞いてくるので適当に画像を検索して携帯電話に映った映像をリサの目の前に向けた。 

それは潮吹きビデオだった。女が器具を他の女の○○○に擦り付けているのだが、アアアーッという叫び声とともにシャーッと勢い良く潮吹きしたのである。それを見たリサは「アレ!この娘お漏らしちゃったよ!」と吹き出しながら大笑いした。





ああ、それはオ○ッコじゃなくて別の水なんだよ・・と言うと、リサは疑うような表情で「そんなハズはない!」と否定する。それでGスポットというのを説明し、アンタ興奮するとアソコの奥が膨らむ感じがするだろ?。あれは水分が溜まりこんでくるからで、有る部位に刺激を受けるとそれが噴き出すんだよ!と説明してやった。

どうもリサは潮吹きの事を全く知らなかったようで、筆者の説明も頭から信じてはいなかったのだが、そこへこの手の話に目が無い義妹がタガログ語で何やら説明を始めた。義妹が潮吹き人種かどうかは知らないが、どうやら義妹の話は筆者よりは遙かに説得力があるようでリサの目がだんだん大きく見開かれていく。

その後リサは急に黙り込んでしまったが、妙に腰を浮かせた座り方といい、紅潮した顔つきから頭の中では潮吹き・・潮吹き・・という言葉がリフレインしているに違いない。どこ国の女でも30代後半になれば相当溜まってるに違いないから、もしかすると下からいやらしい液が染み出し始めたのかも・・・。

さて爪切りが終わって後片付けをしているリサに、さっきの言った潮吹きの方法だけど・・と言って、リサの目の前に中指を突出し、加藤鷹風に第一関節を上に曲げてクリクリッと動かしてみせたところ、リサは道具類を慌ててプラスチックの箱に詰め込むや何やら意味不明な叫び声を上げて走り去っていった。

これはちょっとマズイかな・・と思うだろうが、筆者とリサの会話は大なり小なりいつもこんなもので、リサは性懲りもなくまたやって来てはエロ話に胸をときめかせるのである。しかも今回は潮吹きなんて未知の話を聞いてしまったため、足早に駆け去りながらも頭の中ではいけない妄想が増殖しているに違いない。今度リサが来たときには人差し指と中指の爪の長さを注意深く見ることにしよう。きっとその二本だけ短く切っているに違いない。






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こんな住宅ローン払えるわけねえだろ・・

女房の従兄弟のアパートの買い値を決めるために不動産会社との契約書やローンの残金を持ってくるように従兄弟に頼んだ。どうもビジネスパートナーの持ち逃げで精神的に参ってしまったらしく、従兄弟と彼の女房に借金はいくら残っているのか?を聞いても要領を得ないからだ。

筆者も商売がら破産寸前の人間の頭がすっかり回らなくなってしまうのをさんざん見て来たので、別に従兄弟の態度に腹を立てたりしなかったが、アパートの市場価格やZonal Valueという固定資産税評価額、そして肝心の住宅ローンの支払い明細を見ている内に驚く事に気が付いた。

従兄弟は毎月38000ペソのローンを払っていたのだが、なんと33000ペソは金利に消えていて、元本に回されているのはたったの5000ペソだけだったのである。





こんな高金利を払うなんて・・。それで今までの支払額合計を見たところ、累計支払金額はアパートの購買額(ネット価格)を既に超えていたが、一方ローンの方は2/3以上残っているのだ。それで金利額を聞いて見たところ年間18%で契約したのだと言う。

正直ちょっと見では18%どころかサラ金並みの金利の様に見えるが、一体なんでこんな高金利で家を買ったのか?と聞いたところ、なんと銀行のローンが組めなかったので不動産会社独自のローンサービスを組んだと言うのだ。

お前・・自分で商売をやってるなら年利18%というのが如何にとんでもないレートか分かるだろうがあ!!と叫びたかったが、娘が生まれたばかりだったし夢を買いたかったのよ・・と従兄弟の女房は悲しそうな表情で言う。





結局こうなのだ・・。フィリピンは空前の不動産ブームとか言われているが、大して貯蓄も収入も無い若い夫婦が後先考えずに高額なローンを組むのである。そして当然の如くどこかで破綻して家を手放すことになるのだ。そういう物件があちこちで見かけることが出来る。

「ブラザー・・、値段をもう10%引くから頼むから買ってくれよ・・」と哀願する従兄弟。筆者はこんな狭苦しいアパートに興味はないが、先に貸した50万ペソを回収するためには他に方法が無い。それにこの夫婦とは一生付き合っていくのだから、ここらへんで手を打った方が良いだろう。

けっきょくフィリピンで儲かるのは富めるものと不動産会社ばかりなのだ。おそらくフィリピン在住の日本人の周りにも一見豪華な生活をしている若夫婦がいるだろうが、ひとたびキャッシュの流れが途切れれば明日は我が身である。






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娘を置いて従姉妹が出奔

パッシグに仮住まいをしてから週に3日のペースで従兄弟ジェンに家に遊びに行くようになったが、ジェンの妹メイの娘ニキがいつも家にいるのに気が付いた。きっと学校が休みになったからカインタの家を出て叔父の家に滞在するように取り計らったのかな?と思っていた。

ニキの母親メイは30歳のシングルマザーで、オルティガスのコールセンターに勤めているのだが、勤務時間がナイトシフトという夜勤のため昼間はぐっすり眠る必要があるのだ。そこへ休みになった10歳の娘が家の中で飛んだり跳ねたりされては困るのだろう・・と筆者は勝手に想像していたのである。

それで今日ジェンの家でメシを食っている時にニキに「お母さんはホーリーウィークでも昼間は寝ているのか?」と何気なく聞いてみたところ、ニキの表情が見る見るくすんでいく。エッ?オレ何か変な事いったかな?と思ったが、あたりを見回すと全員「まずいなぁ~」という表情で筆者を見ているではないか・・。

それでその場は適当に話を誤魔化して何とか暗い雰囲気を一掃させたのだが、ジェンの家からの帰り道に一体メイに何が起こったのか?と女房に聞いて見たところ、なんとメイは娘ニキを置いて出奔してしまったと言うのである。





な!何だって!!と驚いたが、これは冗談では無くて本当の話なのだそうだ。相手の男についてはメイの母親もジェンも誰だかはっきりと言わないのだが、1月末からメイの外泊が目立つようになり、3月のある時期から忽然と姿を消してしまったというのである。

お前!それ事件に巻き込まれたんじゃないのか!と思ったが、その点は母親もジェンも全く心配していないと言うのだ。何故ならメイの出奔はこれが初めてでは無く(おそらく2回目でも3回目でも無いような口調だったらしい)、金が尽きるかホトボリが覚めると男と二人してひょっこり姿を現すから・・と言うことらしい。

筆者は知らなかったがメイは男に狂うと思いきりアクセルを踏んでしまう性格らしく、しかも大概がロクでも無い男に飲めり込むのだそうだ。そういえば確かに2年前に一緒に住んでた男も1ペソも稼ぐ能力が無いのはまだしも、新しい冷蔵庫を自分が買った事にしたいから金を恵んでくれ!と初対面の筆者に頼んでくるような頭のネジが抜けた奴だったなあ・・。

そういう訳でメイはいずれ現れるだろう・・と娘ニキを叔父であるジェンが預かっている訳だが、この大らかさと言うか分け隔ての無さは感心するんだけれど、母親メイの奔放さを咎めたりすることは無いんだろうか?と疑問に思ってしまう。こういうのをフィリピン流と言うのかね・・?。






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レッド1969~1972

筆者は大学卒業と同時にマンガを読むことを一切止めることにしたのだが、3年前に新聞で山本直樹の「レッド」の書評を見つけた時に迷わず例外を認めることにした。というのはレッドは連合赤軍事件、つまりあさま山荘事件と12人の同志を殺害したリンチ事件をテーマにしていて、植垣康博氏や雪野健作氏、金廣志氏ら連合赤軍の元メンバー達から高く評価されていると書かれていたからである。。





筆者は革マル派でも民青でもないが、連合赤軍事件については昔から興味を持っていて、テレビ番組や元メンバーが書いた本、そして映画などを見つければ出来るだけ見るようにしてきたのだが、どの記録も衝撃的な謳い文句の割には内容的にはかなり乏しく(はっきり言って陳腐で稚拙)、とくに連合赤軍に馳せ参じた一般のメンバーたちの横顔が全く垣間見ることが出来ないのが不満であった。





例えば殺された12人は元々どういった人たちで、グループ内でどういう言動をしていて、そして森恒夫と永田洋子ら幹部は苦悩の上に殺害を指示したのか、それともサディスティックな喜びにあふれていたのか?。また同志が目の前で殺された事を他のメンバー達はどう捉えどう噛み砕いていったのか?が全く見えないのである。





それでOCSの書籍取り寄せサービスを使って6巻全て購入し(現在は8巻まで発行。現在でも進行中)さっそく読み始めたところ、1巻の半分まで進んだところですっかり魅了されてしまい、結局その後数か月間に渡って連合赤軍について徹底的に調べるまで熱中してしまったのだ。これは今まで読んだ如何なる資料も圧倒するほどの内容だったからである。





なおこの作品は植垣康博と坂口弘死刑囚の二人の主人公から見た連合赤軍の前史から破滅までを描いているのだが、殺された12人だけでなく、除名されたり途中で逃亡したメンバーら数十人の横顔が実に丁寧に描かれているだけでなく、相次ぐ幹部の逮捕と警察による捜査で追い込まれた共産同赤軍派と革命左派(京浜安保共闘)の焦燥感や動揺など心理的な描写が実に巧みに書かれているのである。





また世間一般では永田洋子死刑囚の歪な精神が大量死をもたらしたと解釈されているが、連合赤軍の生き残り達が言うように素顔の永田は生真面目で受動的な性格をした平凡な女であり、事件の本質は全く異なるヒエラルキー制度を持った2つのグループが合体したことで生まれた祖語と、裁判前に自殺した最高リーダー森恒夫の二面性であったことが浮き彫りになっている。





さて本当はこの日記を10日連続とかにしてもっと詳しく書きたいのだけれど、筆者の稚拙な文章力ではとても伝え切れるような作品では無いので、もしも書店やマンガ喫茶、床屋の待合室などでこの「レッド」を見つけたら是非とも手に取って読んでみていただきたい。とにかく絶対の自信を持ってお勧めできる作品である。






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