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死に来た病院 in フィリピン

女房の親戚で無類の女好きのボウイ叔父が病気になってしまった。事の発端は今から2週間前の義父の70歳祝いの席で、つい先ほどまで陽気にウィスキーを飲んでいたボウイ叔父は突然具合が悪いと言いだし、そのまま義父の家で突っ伏してしまったのだ。

早速田舎町の病院に連れて行ったところ、精密検査をしていないので断言はできないが、慢性的な糖尿病からくる腎機能障害ではないか・・と診断され、急きょ叔父の住むパッシグ市の病院へと搬送したのだが、しかし問題はこの病院で起こった。

富裕層が通う名門病院とは違ってフィリピンのごくごく普通の病院は医療の質・サービスとも相当劣る事は知っていたが、なんとこの病院の医者はボウイ叔父を診察した後「飲酒による腎臓機能の低下で一時的なモノ」と結論付け、利尿作用を即す薬だけを2週間分与えただけだった。





ところが家に帰っても様態は良くなるどころか体中に浮腫みが広がっていったため、ボウイ叔父は娘フィリンに連れられて再度同じ病院に行ったところ、別の医者が「これは人工透析をしないと危ない!」と言いだした。最初の医者の誤診だったのである。

ビックリしたフィリンはさっそく透析を申し込んだところ、なんとこの病院は透析は2週間先まで予約で一杯だから今日は帰ってくれと言う。では2週間ほっといたら父はどうなるのか・・?と聞いたところ、そこに居た関係者は全員口を揃えて「それは危ないな」「生命の危険があるね」と無責任な口調で言ったのだそうだ。

フィリンから親戚中にボウイ叔父が危ない!という連絡が入り、全員で四方八方手を尽くしてケソンシティーにあるNKTIという腎臓専門の病院に病室を確保し、その日のうちに入院して人工透析が出来たのだが、NKTIの精密検査の結果、発症からだいぶ時間が経過してしまったためボウイ叔父の2つの腎臓とも完全に機能不全になってしまったのだそうだ。





筆者が生まれた近所にも「死に来た病院」と地域住民から仇名をつけられた超ヤブ医者がいるが、フィリピンのSt.Lukeなどの一流病院がどの程度のレベルなのかは別として、どうやらフィリピンの一般病院のいい加減さと危険度は死に来た病院を上回るようである。

筆者の場合フィリピン人の配偶者がいるので道義上自分だけが日本で治療を受けるわけにはいかないが、これからフィリピンに移住を考えておられる方でご夫婦とも日本国籍か、もしくはお一人の場合で厄介な持病をお持ちの方は、日本に住民票を残したままにして国保を使って定期的に日本で治療を受けることをお勧めする。

もちろん住民税や国保の料金を払うのはお金の面では結構な負担になるが、(こういう書き方は失礼だけれども)もしもボウイ叔父の様な目に遭いたくないのであれば半年に一度くらい帰国して日本で治療すべきであろう。さもないと余生を楽しく過ごすどころか余生そのものがアッという間に無くなってしまいかねない。






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フィリピンに来ると全く意味が違ってしまう謎の団体

先日義父の70歳のお祝いでリサール州のド田舎に出向いた時の話である。夜半ウィスキーグラスを片手に集まった従兄弟や近所の住民とダラダラ話していると、そこに居た一人の男の話からフラタニティという意外な単語が聞き取れた。

映画「アニマル・ハウス」をご覧になった方ならご存知と思うが、フラタニティとはアメリカの大学生のうち優等生だけで構成されたサークルのことである。これは誰でも入会できるグループでなく、成績がトップ15%以内であるとか社会奉仕活動の有無などのハードルが設けられていて、入会に当たっては各フラタニティごとに奇妙な儀式が執り行われることで知られている。

へえ・・フィリピンにもフラタニティがあるのか・・。確かにフィリピンはアメリカの植民地だったからなぁ・、と思っていたが、この目の前にいる中年の男は英語もロクに喋れないし、それにどう見ても選良と言う顔付きではない。それでこの男に「キミのフラタニティはどういう儀式を行うのか?」と聞いて見たところ、通訳を通して「角材で100回叩かれる」という答えが返ってきた。

まるで一昔前の暴走族のような儀式である。驚いた筆者はこの男に向かって「じゃあ入会の条件はどうなってるんだ?」と聞いたら、この男はキョトンとした顔をして「角材100回」と同じ答えを返してくる。いやそうじゃなくて学業とかさ!と聞き返したのだが、この男は愚鈍そのものと言った顔つきで筆者の顔を見るばかりである。





そこへ義弟フランシスの従兄弟ジョマールが助け舟を出してきた。つまり入会条件は角材100回の痛みに耐えられるという意味で、入会条件と儀式が一体化していると言うのである。じゃあ大学の成績は関係ないのか?とジョマールに聞くと、ジョマールはハァ?という表情をした後「こいつは大学どころか高校も言ってないよ」と答えた。

その後何回か会話のやり取りをして分かったのは、フィリピンでフラタニティ(別名ブラザーフッド)とは各地域の不良グループの事を指していたのである。ただし不良と言っても誰でも入れるわけでは無く、その中でも腕っぷしと根性が座っていて、なおかつ仲間から信頼されそうな人間だけが選ばれるというのだ。

つまり日本で言うと地元のヤクザか・・と思った筆者は、各フラタニティーは何を収入減にしているのか?と聞いて見たところ(もちろん麻薬密売や強盗窃盗という答えを期待した)、意外にもフラタニティーとしての収入は無くて、各メンバーはそれぞれ別々の仕事をしているのだそうだ。

何だか変な話である。中学生じゃあるまいし大の大人が徒党を組むのは何らかの共通利益があるからだ。まあ外国人には本当の事を言えないのかもしれないが、通訳してくれたジョマールの話では、なんとかスプートニクやギャング団とフラタニティは全くの別物なのだそうだ。





それで「じゃあお前たちは一体何のために徒党を組んでるんだ?」と聞いて見たところ、メンバーの男は急にイキイキした表情でボクシングの格好をした。つまり喧嘩だというのだ。喧嘩って・・相手は誰?と聞くと、隣町のフラタニティだという。それは何でか?と聞くと、自分たちのメンバーがちょっかいを出されたからだ!という答えだった。

つまりフィリピンのフラタニティは日本で言えば立川二中vs昭和中学とか、国士舘高校と朝鮮高校のような縄張り争いを目的とした団体だったのだ。しかしこの男はどう若く見ても30代後半である。それで日本の暴走族みたいに20歳になったら卒業というのは無いのか?と聞いてみたら、一度入会したら死ぬまで辞められないのだと言う。

メンバーが敵対勢力にやられたら、すぐさま駆けつけるのが俺たちの掟なんだ!と誇り高そうに言う男。もちろん喧嘩の際には素手ではなくてナイフや斧、拳銃やライフルなどが登場すると言う。じゃあ死人が出るじゃないか!と言うと、ここ数年は誰も死んではいないが刺されて病院に担ぎ込まれるのは日常茶飯事なのだそうだ。

あんた60歳になってもこんな生活続けんのか?と言いたくなったが、この男は何だか「俺は陸軍○×師団の兵士として□△戦線で戦ったんだ!」みたいな誇りに溢れた表情をしている・・。その時頭に浮かんだのは、とりあえずフィリピンで喧嘩するのは絶対にやめておこう・という言葉。下手すると価値観が宇宙の彼方へ飛んじゃった全身刺青の連中がたちまち現れて血祭りにされてしまう・・。






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健康マニアの中国税関幹部(3)

確かに周の言う通り中国税関の職員たちは自殺しているのと同じだった。毎日の様にどこかの会社が主催した宴会に参加しては脂分とコルステロールたっぷりの中華料理を食べ、ブランデーやマオタイ酒をへべれけになるまで飲み続けるのである。常識的に考えてこんな生活を1年も続ければ体のどこかがぶっ壊れるに違いない。

しかしあくまでこれは日本人の発想で、当の中国人たちはそんな事は誰も思っていなかったのだ。というのは元々中国人というのは享楽的で刹那的な人生観の持ち主で、特に今世紀の中国の歴史は長らく悲惨そのものだったから酒池肉林の毎日が過ごせるというのは彼らにとっては夢の様な話で、こんなチャンスを見逃す奴は大馬鹿者だ!という発想なのだ。

しかし若きエリートである周は当時の中国人としては随分と異質な事を言う。それにこの手の発言は本日の宴会の金主である筆者に対して言うべきものでは無い。それで周の配慮に欠けた発言には少しカチンときていたので「それじゃあアナタはどういうライフスタイルを実践しているのか?」と聞いてみたのだ。

周はジョギングとジムで毎朝汗を流し、宴会に参加する時以外の普段の食事は肉類や炭水化物を出来るだけ抑えて穀類と野菜中心の食生活を送っているのだと答えた。何だよ・・そんな人もたまにはいるじゃないか!と思うだろうが、言っておくがこれは日本では無く10年前の中国の話である。それに周にはこれとは別に漢方医療のオタクという極めつけの顔があったのだ。





周が言った事を書くととてつもなく長くなるので詳細は割愛するが、彼は漢方薬を店から買ってきて飲んでいるのではなく、自分で材料を買い集めて調合したり、親しい友人の手のひらを取って診療し、彼のためにクスリを作ったりしていたのだ。なんと自宅には広西省から取り寄せた何百種類もの漢方薬が貯蔵されていてミニ薬局の様を呈しているのだと言う。

「アンタは北京の党学校じゃなくて中医学校に通っていたんじゃないか?」と言ったら、これはあながち冗談でも無いらしく、北京時代は有名な漢方薬屋に勤めている漢方医から診療法を教わったり古い文献を読み漁って研究に研究を重ねていたらしい。そして広東省に配属が決まった時には漢方薬の本場なので小躍りしたと言うのだ。

「ところが期待とは裏腹にこっちに来たら毎日宴会続きなんですよ。まあこれも仕事だから最初のうちは私も付き合っていましたが、ほとんどの同僚が糖尿病や肝臓病を抱えているのを目にしてからは、少しでも彼らの役に立てればと無料で漢方薬を調合してあげていたんですよ」という周。どうやら自宅のミニ薬局はこのために作ったらしい。

「ところが彼らはダメなんですね。目の前に酒と食事が出てくると我慢することが出来ないんです。宴会は最低でも一日おきにするべきだと何度も説明しましたが、彼らの欲望は余りに深いために緩やかな自殺を止められないんです。金や美食も命があってのものだということが何時までたっても理解できないんですよ」。





その後数年間にわたり周とは宴会の度に顔を合わせたが、いつも彼は大騒ぎしている連中と馴染んでいる様には見えなかった。しかしこの数年間のうちに豚のパン(周の上司)が冠動脈で死に、宴会で大騒ぎしていた連中の大半も突然異様なほど痩せ細ったり、宴会自体に出てこなくなってしまったから、事態は周が予想した通りになっていったようである。

一方周の方は全然年を取った様には見えず健康そのものだったし、上役たちが健康を害して続々と消えていったためか最初は単なる監査役だったのが小さいながらも1つの職場を任されるようになり、やがて昇進に昇進を重ねて数年後には同じ広東省の他の事務所の所長として栄転するまでになった。

さてここで一昨日の話に戻る。周らを接待する側にいた香港人の友人のメールには「周がアンタ(筆者)によろしくと言っていた」と書かれてあったが、なんで周がいまだに○×区の事務所の宴会に顔を出すのか不思議に思ったのでこの件を友人に聞いて見たところ、なんと周は広東省全体を統括する税関の最高幹部の一人に昇進しており、○×区事務所は彼の直接の指揮下にあるのだそうだ。

金や美食も命があってのもの・・・。確かに周の言うとおりである。周は党学校卒業という学閥には属していたものの、職場での立ち位置は微妙だったから彼の昇進はライバルたちが体をぶっ壊してどんどん脱落していった事によるものに違いない。中国人は謀略に長けた小賢しい民族ではあるが、実は健康と長寿が最高の戦略だったとは実に皮肉だが的を得ている話である。






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健康マニアの中国税関幹部(2)

10年ほどに開かれた広州市○×区の税関職員50人を招いての食事会はいつもの様に大荒れであった。昨日の日記に書いた通りここの職員は他の区とは違って大酒呑みが多い上に意地汚い連中が揃っているのだが、それはここのチーフであるパン(膨)という豚の様な男の性格に起因していた。

このパンは○×区の税関幹部の一人であちこちから年間ウン億円の裏金を貰っていたが、部下には微々たる金額しか回さず大部分を自分の懐に入れていたのである。よって部下たちは自分が本来享受すべき利益を宴会の場で取り戻そうとヤケになって飲み食いするのが常だったのだ。

XOブランデーのラッパ飲みに料理の相次ぐ追加オーダー。はっきり言ってヤケクソの飲み会である。こっちは密輸を見逃してもらう身だから文句は言えないが、こいつらは限界まで飲み食いした後で今度は女を抱かせろ!と喚きだすので、その日筆者は相当額の出費を覚悟しなければならなかった。





ところがこの場に一人静かに佇んでいる男がいるのに気が付いた。一番良いテーブルに座っているからチーフでは無いが幹部の一人であることは間違いないが初顔である。年齢は30歳くらいだが上物のダークグレーのスーツに身を包み、他の連中と違って体全体から理知的な匂いがする。

それでこのダークグレーのスーツの男に声をかけたのだが、何とこの男は実に流暢な英語を喋るので驚いてしまった。税関職員などは北京語と生まれ故郷の方言しか話せないのが普通だが、この男は外資系企業のマネージャーばりの淀みない英語使いなのだ。

それでこの男はけっこう高い教育を受けたに違いない!と思い込んだ筆者は「アナタは北京大学か復旦大学の出身か?」と尋ねたところ、周は「いえ、私は北京の党学校で学んだのです」と答えた。つまり別の意味で中国の正真正銘のエリートだったのである。





周に税関で役職を聞いたところ、正式なタイトルは豚のパンの部下の一人なのだと言っていたが、どうやら北京の本庁から送り込まれた監視役であることは明らかだった。それでコイツの前では迂闊なことは話せないな・・と気を引き締めたのだが、案に相違して周が聞いてきたのは日本型のマネジメントの限界など実にアカデミックな話題である。

筆者もこの手の話題には嫌いではないし、なにより周と一緒にいると他の税関の連中が寄ってきて「俺と乾杯しろ!」などとは言われないので大いに助かったのだが、筆者はこの男が税関の他の連中とは肌が合わないだろーなーという気がしてきたのだ。

それに周は筆者と一緒にいるときはグラスに注がれた赤ワインを一滴も飲まないのである。もちろん彼は最初の1時間は豚のパンと一緒にあちこちのテーブルで乾杯をしていたから下戸では無さそうだ。そして小難しい話が一段落した後で周は騒いでいる連中を見ながらこっそりと「アナタは彼らが自ら死を選んでいるとは思いませんか?」と質問をしてきたのだ。






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健康マニアの中国税関幹部(1)

香港の取引先の友人から旧正月の挨拶メールが来たが、そこに「○×区の税関との宴会で飲みすぎたよ。あそこの周△□がアンタ(筆者)によろしくと言ってたぞ」という一文が書いてあった。ああ・・○×区か・・。あそこは酒にだらしない下っ端職員が一杯いたからな、でも周△□は奴らとはずい分と毛色が随分違ったけど・・と昔の事を思い出した。

筆者の香港駐在時代に頭痛の種だったのが中国国内の顧客への商流、つまり密輸の問題だった。筆者の扱うキーパーツを買い中国国内で完成体にして第三国へ輸出する場合は一旦納めた輸入関税は全額還付されるのだが、輸出せずに中国国内で消費される場合は20%の輸入関税は戻ってこないのだ。当然金にがめつい中国人客は関税など払う気はさらさらなく、彼ら相手に売り上げを立てるためには密輸ルートを使ってモノを中国内に運ぶ必要があったのっである。。

密輸の方法は実際の価格の1/10にアンダーバリューして納税額を減らす、トラックや船に隠して持ち運ぶ、運び屋を何十人も用意して旅行荷物の中に忍び込ませる等々いろいろあるが、一番簡単な方法は皆さんお察しの通り税関幹部に賄賂を払ってインチキ書類に目をつぶってもらう事であった。





取り締まる側の人間を買収しているので摘発のリスクはグンと減るし、何より筆者の会社だけで年間何十億円もの税金を払わなくて済んだのだから、賄賂こそは正に願ったりかなったりの解決方法であった。ただし日本企業が税関を買収したことがバレると筆者の会社全体が中国政府から重大なペナルティーを受ける可能性があるので、表向きは香港と中国の代理店が矢面に立つ形にせざるを得なかった。

しかし中国政府にとっては莫大な税収額を失っている訳だから当然不正摘発のための行動に出てくるわけで、実際毎年のように北京から調査チームが送り込まれてきたし、広東省の親玉が属する共青団派とは敵対関係にある上海派の連中が横やりを入れたりすると、さすがの不正幹部たちもすっかりブルってしまい、彼のルートも暫定的に停止せざるを得ない時が年に数回あった。

今では経済犯も罰金と懲役刑で済むようになったが、筆者が赴任した90年代は汚職は下手すれば死刑である。なので筆者も彼らにはあまり無理強いは出来なかったのだが、実は彼ら不正幹部たちの本当のリスクは北京の本庁や共産党内の政治対立などのご立派なところではなく、もっと身近なところ、つまり自分たちの部下たちによる内部告発だったのだ。





こう書くと愛国心と正義感溢れる青年職員が人間として堕落した不正幹部を摘発する構図を想像されると思うが、実際は幹部が賄賂を全部ガメてしまって自分たちが取り分を貰えないことに業を煮やしただけなのだ。つまり下級職員もほぼ全員が上に劣らず人間的には堕落していたわけで、筆者が担当していた期間に失脚したは全てこのケースが原因だった。

しかし筆者にしても突然密輸ルートが閉じてしまっては仕事にならぬから、当然税関の下級職員の動向にも目を配らなければならないが、この税関の下級職員と言うのはべらぼうな人数がいるし、まさか税関事務所に直接出向いて一人一人と挨拶をする訳にもいかない。それに直接交渉すればウンと高い賄賂を吹っかけられてしまう。

では打つ手はないじゃないか・・?と思うだろうが、そこは中国5000年の知恵と言うのがあって、こういう場合は人ころがしの王道、つまり宴会を催すのである。要するに金を直接渡す代わりに下級職員たちを飲み食いさせて懐柔するのであるが、これを各税関事務所ごとに最低でも年4回やるのだ。そしてこの日記の最初に書いた○×区の税関事務所の周△□はその接待相手の一人だった。






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これがマニラのレストランBEST10だ!

フィリピンのニュースサイトを見ていたら「2014年度マニラのベスト10レストラン」という記事が載っていた。どうやらLOOLOOというフィリピンの情報サイトからの転送記事のようなのだが、食いモノにうるさい筆者はさっそくこの情報を参考にしようとクリックしたところ、出てきたリストを見て思わず首を傾げてしまった。

1位  バンバ・ビストロ(パラニャケ)
2位  ラーメン優勝軒(アラバン)
3位  スパイラル(ソフィテル)
4位  とんかつYABU(グロリエッタ)
5位  マナム(グリーンベルト)
6位  Silantro Fil-Mex Cantina(パッシグ)
7位  ザ・スナック・シャーク(ケソン)
8位  居酒屋菊富士(マカティ)
9位  ラーメン凪(グローバルシティ)
10位 ラーメン一風堂(SMメガモール)





皆さんこれを見てどう思われるだろうか?これはファストフードBEST10でも500ペソ以下で食べられる割に意外に美味い店でもなく、このサイトがマニラ首都圏中の全てのレストランから選んだ2014年のベスト10なのである。

確かにアジアのその他の都市に比べて美味い店が驚くほど少ないのがフィリピンだし、筆者のそのことを以前の日記にも書いたが、それにしてもBEST10のうち日本のラーメン屋が3軒、高くて気取ってる割にはちっとも美味くないYABUが入っているのを見て驚いてしまった。

ラーメンを馬鹿にするな!、この情報サイトは取材費が無かったんだよ!、記事を書いた記者がラーメン好きに違いない!等々の意見もあるだろうが、このLOOLOOってライフスタイルマガジンを謳っているわりには余りに大衆的というか味音痴すぎないだろうか?

ちなみに筆者は10店のうち2位、4位、8位、9位、10位の5店しか行った事が無いが、もしもこの店が香港にいたら多分BEST10000、バンコクでも1000にも入らないレベルだろう。そう思うとフィリピンに移住した我が身が情けなくなってきた・・。






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3月1日からついに停電開始

電力会社ファースト・ジェンは電力の需給バランスが逼迫しつつあるため、3月1日よりルソン島の同社営業地域で計画的な停電(ローリング・ブラックアウト)を実施せざるを得ないと発表した。

同社が記者会見で発表した資料によれば、3月前半の予想需要量は8600メガワットに上るのに対し供給能力は8500万メガワットで打ち止めなため、地域ごとに1日3~4時間の停電を実施することになると言う。

しかしこの停電時間はあくまでも現時点の見通しであり、週末は電力需要が減るので今のところ停電の実現性は低いが、一番使用料が増える火曜と水曜各家庭には12時間近く停電となる可能性もあるらしい。なお3月下旬以降の見通しはまだ発表されていないが、猛暑日が終わる6月まで状況は悪化しつづけることは明らかであろう。

この電力不足問題については色んなメディアで以前から報じられているので詳細についてはそちらを参照していただきたいが、いくつかある電力会社が需要予測を読み違えたことや、建設中の電力プラントの工事の遅延、地域住民と環境団体による建設反対運動などの諸事情により構造的な電力不足に陥ることが2年前から指摘されていた。

なおファースト・ジェン社によれば電力供給が需要に追い付くのは2018年と3年も先で、今後も計画的な停電は続いていくと言うのを聞いて呆れてしまった。フィリピンはアジアで一番高い電気料金を徴収しているというのにこの体たらくかよ・・。

インフレによる物価高に加えて、慢性的な交通渋滞と大気汚染、水不足に陥っているフィリピン。そこへ今度は電力不足だとぉ・・。ライフラインもまともに整備できない国の通貨が何故こんなに強いのか!(怒)。

今現在フィリピンに移住を考えておられる方がいたら聞いて欲しい。奥方がフィリピン人でもない限り(但し親兄弟に親戚がマトモであることが前提)この国に移住はお勧めません!。






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対パッキアオ戦、メイウェザーに勝算あり?

ニュースによるとフロイド・メイウェザーとマニー・パッキャオが5月2日に米ラスベガス、MGMグランド・ガーデン・アリーナで対戦することが正式決定したようである。片や5階級を制覇した無敗の王者、もう一方は6階級の王者にしてフィリピンの国家的英雄。この試合は2008年のオスカー・デ・ラ・ホーヤ対パッキアオを超える歴史的な好カードになる事は間違いないだろう。

しかしこのニュースを見た時に筆者はある身近な人物の事が頭に浮かんだ。自称ボクシング界の裏事情に通じた男にして、フィリピンの製薬会社経理課長の従兄弟ラフィーである。この男はつい昨最近まで二人の対戦は絶対に無い!俺はその理由を知っているのだ!と豪語していたので、筆者もラフィーの言う事を信じて奴の話を昨年12月に日記にしたのである。

ラフィーによればすでに二人とも年齢的に衰えが目立っており、特にメイウェザーはロッキー・マルシアーノが持つ49戦無敗記録を破って引退する目論見があるため(現在47勝目)、今さら危ない相手と戦うよりも舌戦だけ繰り広げて引退する方が得策なのだ・・という話だった。

ところが2か月たったら事態はラフィーの予言とは全くアベコベに・・。それで「お前が言ってる事は全然違うじゃねえか!」とラフィーに食って掛かったところ、ラフィーは全然表情を変えずに何度か頷いた後、「ブラザー。それは状況が変わったんだよ・・」と言う。変ったって、そりゃ変わっただろうなぁ・。変ったからお前に聞いてんだけど・・。





しかしラフィーが続けて言ったのはメイウェザーがスタンスを変えた・・という意味で、ずばりメイウェザーはパッキアオと戦っても確実に勝てる自信を得たらしいと言うのだ。実は昨年11月にマカオで戦ったクリス・アルギエリという選手は裏ではメイウェザーに雇われたスパイで、パッキアオの戦闘能力を試すためだけに試合に送り込まれたのだ!と言う。

「アルギエリからいろいろ聞き出したメイウェザーは勝ちを確信したんだよ。残念だがパッキアオは負けだね」と言うラフィー。これはスクープとも言うべきニュースなのか、それともバカらしくて聞くに値しない話なのかボクシングに詳しくない筆者にはちっとも分からないがラフィーの表情はやけに自信満々である。

しかしである。このラフィーは2か月前にも自信満々に夢の対決は無い!と言い張っていたのだ。それに奴の言っている裏事情というのも一見なるほど・・と思うが、もう一方のパッキアオ側だってメイウェザーと戦った相手をインタビューくらいしているだろう。

ではメイウェザーとパッキアオのどちらが勝つのか?と問われれば、それは筆者には分からない。しかしラフィーの予言が当たるか当たらないか?と問われれば、かなりの確率で「外す」が出目になりそうである。という訳で5月2日の正規の決戦はパッキアオの勝ちと見た。






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麻薬汚染が広がるフィリピン

フィリピンの新聞を見ていたらマニラ首都圏で麻薬汚染が進行していると言う記事を見つけた。この記事は汚染のレベルを人口千人当たりの検挙率ではなく、密売や製造、刑事犯罪などが発生したバランガイ(最小行政単位)の数で解説しているためデータとしては中途半端だが、マニラ首都圏に1706カ所あるバランガイのうち実に92%で麻薬事件が発生していると書いてあった。

二番目に汚染がひどいのはマニラの南部カラバルソン地方だが、汚染バランガイ数は34%とガクンと落ちるため、いかにマニラ首都圏が酷いかという現実が垣間見えた格好になっている。なお検挙された麻薬のうち89%が覚せい剤で、残り11%をマリファナ、コカイン、エクスタシーが占めており、さらに麻薬犯罪に関与する人間の低年齢化が毎年進んでいて、最近では6歳の覚せい剤の売人が警察に逮捕されているという。

さてこのニュースを見た時に筆者ら一家の反応は皆さんの想像とは違って「カラバルソンがたったの34%なんて少なすぎる」というものだった。というのは筆者の住む家も女房の実家もカラバルソン地方に属しているのだが、両バランガイ(最小行政単位)とも麻薬中毒の人間で溢れているからである。なので筆者の実感ではマニラ首都圏で100%、その他の地方では60~80%当たりでは正確な数字ではないかと思う。

例えば筆者の家の裏に住んでいるオヤジは始終マリファナをふかしていて、それも大き目のパイプでプカプカ吹かすから我が家の中にも独特の香りが漂ってくるし、筆者の散歩コースの途中にあるスカッターエリア(不法占拠者の住むスラム街)では家の暗がりで注射器を腕に当てて目がテンパってるオヤジを見ることなどごくごく日常的だからである。

一方女房の実家の田舎村では、パッシグから強制退去を受けたスカッターが何十人か住み着き始めたのだが、この連中が小遣い稼ぎのために麻薬の売人に早変わりし、村の若い連中や主婦の間で覚せい剤が広がり続けているらしい。それに女房のクラスメートの旦那が最近覚せい剤に手を出して依存症になってしまい、自分の妻に外国に出稼ぎに行け!と殴りつける事件まであったと聞いた。

「麻薬の売人が捕まっても、警官が賄賂を貰って見逃してしまうから実際のデータはもっと多いのよ」という従姉妹ミレット。なんでも麻薬と言うとスカッターや肉体労働者という低所得の人たちのイメージが高いが、ミレットが2年前まで働いていたオルティガスのコールセンターの従業員も夜間勤務や外国人と話す仕事上のストレスから麻薬に手を出す人間が意外に多かったらしい。

筆者はマリファナについては合法化しても良いのでは?と思っているが、覚せい剤については何度か隣に座った人間からヒヤリとさせられた経験があるので断固取締るべきという意見だ。なのでフィリピン警察も物陰に隠れて違法駐車を取り締まる前に、スカッターエリアや繁華街での持ち物検査を抜き打ち的に実行したり、逃亡したら迷わず射殺くらいの強硬措置をするべきだろう。さもないと危なくってオチオチ出歩きもできやしない。






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あの事件が早くも映画化

1月25日に発生したミンダナオの銃撃戦が早くも映画になるらしい。ニュースによると映画を製作するのは元ラグナ州知事のER・エヘルヒトなる人物で(過去4作品作っているらしい)、監督にはペドリ・ロペスを起用する予定だという。題名はずばり「SAF(特殊部隊)」で、現在製作中のため公開日は未定の様だ。

フィリピン警察軍とMILF(モロ・イスラム解放戦線)との衝突については、MILFが国際指名手配中のテロリストを匿っていたのではないか?とか、警察は懸賞金目当てに停戦協定を破ってMILF陣地に攻撃を仕掛けたのでは?と言った疑惑が国中で湧きあがっている最中なので、この映画が今夏までに公開されれば大ヒット間違い無しとの評判らしい。

しかし気になったのは、このER・エヘルヒトなる御仁。元々は映画俳優だったらしいのは良いが、何と現アキノ政権の反対派の筆頭であるジョセフ・エストラダ元大統領の甥っ子であるという。確か叔父は2016年のイスラム自治区設立には断固反対し、MILFとは交渉よりも銃撃戦を!と叫んでいた人物。ということは・・この映画の背後には政治的意図があるのでは?

しかし筆者の些細な疑念を払ってくれたのは従兄弟のラフィーで、映画一本でフィリピンの世論を喚起する力など限られているし、MILFゲリラが警察官を射殺した実写画像をユーチューブに流した方が遙かに効果があるのだと言う。「ブラザー!それに映画はギャンブル性が高いビジネスだからエンターテインメントに徹しないとね!」と笑うラフィー。

まあフィリピンじゃそうだろうな・・。でも俺は米軍の関与や次期大統領選にからんだ毒々しくてキナ臭い映画の方が好きなんだけど・・。






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古希祝いに義父が欲しがったモノ

先週末に一家総出でリサール州の奥地にある女房の実家へ行って来た。この日は義父の70歳のお祝いの日で、日本の古希祝い同様にフィリピンでも親戚数十人が集まる習わしなのである。それに今回は遠方から来る人も何人かいるので二泊三日かけて皆で祝う事にしたのだ。

さて義父に対してお祝いの品を何にするのか従兄弟世代で事前に話し合ったのだが、これと言って良いアイデアが浮かばない。時計や万年筆は全く興味無さそうだし、本人に聞いても「ワシは何もいらんよ」と言うだけである。

それで従兄弟のうち男連中は商売女とのボラカイ島旅行とか、70歳だから7人の女性の70本の指を使っての悶絶性感マッサージなど考えたが、当然の様にこの手の案は二人の娘(女房と義妹)から却下されてしまった。

それで皆が喜べるからとレチョン(丸焼き)、それも店で単に買うのではなく事前に豚を義父に選んでもらって(子豚が美味い)、当日目の前で焼くやつを用意したところ、義父は照れながらも嬉しそうな顔をしている。

本当は豚料理ならバグネットの方が各段に美味いのだが、レチョンというのはフィリピン人には格別の料理だし、それにスイス製時計よりは遙かに安いから筆者の女房と従姉弟世代は懐が痛まずに済んだと内心ニンマリしていたのだ。





しかし最期の晩に、義父は筆者の傍に寄って来てレチョンのお礼を述べた後、実は本当に欲しかった物は別にあってね・・と言い出した。えっ・・なんで今更・・と思ったが、どうやら照れ屋の義父は皆の前で言い出せなかったらしい。

それで何でしょうか・・率直に言って欲しいと頼むことにした。義父の性格を考えると多分孫をつれて旅行に行きたいとか、海外旅行に行ってみたい、という様なこととは思うが・・。まあ人生あんまり先も無いんだから出来る限りは叶えてやろう・・と思った。

そして義父の口から出た最初の単語はベトナム・・。おお!ベトナムに行きたいのか!てっきり思い出の地マカオかと思っていたのに、それは意外だなあ!と驚いていたのだが、続けて出て来たのはなんと・・ジンセンという言葉である。

そう、義父が言っているのは昨年ホーチミンのお土産で持っていった朝鮮人参茶100袋パックの事を言っているのだ。確か4箱買って帰ったのだが(合計400袋)、女房は全部義父にあげてしまったと言っていたのを思い出した。

もう全部終わってしまって・・あれは結構効果があってね・・とニヤニヤ笑う義父。20代の貧乏女子大生とたまに一線交えているとは聞いていたが、まさか毎日朝鮮人参飲んで滋養強壮を蓄えていたとは・・。でも心の片隅では多分そんな事じゃないかと思ってたんだけどね・・。






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不思議なインド人ビジネス(3)

番頭は「INDIGIは第1次代理店に5%のマージンと6か月の支払い期限を与えている」と言ったのだ。これって筆者のいた業界では常識外れ、それも大ハズレの取引条件である。ふつう卸のマージンは最低でも25%は確保しているのに何と5%とは異常なほど少なく、一方支払い条件の方は45日が普通なのに6か月とべらぼうに長いのだ。

もちろん日米欧など普通のサプライチェーンではメーカーと消費者の間に登場するのは代理店と小売店の2名(地方や外国輸出ならもう1名追加で3名)だけだが、インド人の場合は7人も登場するから、なんでそんなに人が必要なのか?の理由はさておきマージンを極端に下げざるを得ないのは頭では理解できる。しかしそれでも5%では常識的に考えて才腕がとれているとは思えない・・・。

デジカメがの小売価格を100%とした場合、サプライチェーンに参加したそれぞれの取り分がどうなるのか簡略化したのが下の図である。上の段がインド人の場合で、下の段が日本メーカーの場合であるが、見て分かる通りインド人のサプライチェーンでは小売店のマージンが25%と随分少なく、それに中間にいる人間がやたらと多い割には利幅が極端に少なく、そしてメーカー(INDIGI)の取り分は逆に日本メーカーより多いのだ。

つまりINDIGIは自分の会社はガッポリ設けてはいるが、卸や小売は労多くして益少なしを地で行くような搾取そのもののサプライチェーンを作っていることになる(もちろん取扱高が増えて粗利が固定費を上回っているのだろうが・・)。一体なんで卸たちはこんな悪辣なサプライチェーンから逃げないのか?と不思議に思うだろうが、INDIG社にはもう一つのとっておきの武器、つまり支払い猶予期間の長さで卸たちの不平を抑えているようだ。

INDIGIと1次卸の支払い期限はモノの引き渡しから6か月後である。1次卸はこの商品を2次卸に5か月の支払期限で引き渡せば原理上キャッシュフローの心配はいらなくなる。そして2次卸は3次卸に4か月、その下には3か月という具合に段々と短くしていけば、サプライチェーンにいる卸たちは原理上胴元であるINDIGIの支払い猶予の傘の下にいるので資金繰りに苦しまなくて済むというメリットがあるのだ。





さらに全く手持ち資金が無い人間でも卸の下の方に参加すれば生活費を稼ぐ事くらいは出来るのという新規参入者への利便性もある。そして顧客を拡大できる奴は6次卸から5次、4次卸と階級が上がっていくルールになっていて、3次卸くらいに上がれるとローンでコンドミニアムを買う位にはなれるらしい。と・・ここまでの説明で「あれっ?どこかで聞いたような事がある話だぞ・・」と思われた方もいるのではないか?

そう・・、これはマルチ商法と似ているのである。サプライチェーンに参加した人間が持っている親子関係や友人関係、さらにはクラスメートから近所の人との人間関係まで全て金に換えてしまう寄食寄生型ビジネスモデルである。どうりでINDIGIのサプライチェーンがやたらと多くの人間を巻き込むわけで、人間が多ければ多いほど人間関係の糸の数が増えていき、INDIGIの販路が広がるからだったのだ。

つまりINDIGIの企業の力とはオペレーション機能の優越さ・・というよりも、INDIGIのファイナンス能力につられた貧しいインド人達が自分の持つ人間関係をべらぼうに安い値段で差し出していることにあるのだ。もちろん商盛期や景気変動によってキャッシュフローが回らなくなったり、顧客の取り合いで卸同士がいがみ合うなどの事態も起こるらしいが、それをモノとキャッシュのバルブを締め上げることで恫喝し、言うことを聞かせるのがINDIGI本社の仕事なのだそうだ。

全ての見学が終わった後の夕食の席で「どうだね?わが社のサプライチェーンは?」と聞いてくるINDIGIのオーナー。流石に会ったばかりの顧客を批判するのは嫌だし、何より初日番頭に「アナタの会社は構造的な問題を抱えている」と言ってしまったから、ここは失礼を詫びるしかない。それで自分が不勉強だったこと、そして目から鱗の気分で有る事・・などを言うとオーナーは実に嬉しそうに笑った。支配者の笑みとはこういうモノなのか・・と思わせるものだった。

「多くの人たちがINDIGIを支えているのだよ」と笑うオーナー。しかし筆者には最も最下等に位置づけられた貧しい人々が棄教もせずに自分たちの教えを守り続けるヒンズー教の不条理さを見たように思えてしまい、このオーナーとは結局最後まで打ち解けることは無かった。なおINDIGIは今でも何千人ものインド人の血を吸い上げながら中東最大のブランドとして繁殖し続けている。






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不思議なインド人ビジネス(2)

目の前にあるもの・・それは間口3mも無い薄汚い商店だったのだ。店頭には数人のはしこそうな売り子が陣取っていて、後ろにはデジカメの箱が山の様に積まれており、奥ではランニング姿のインド人のオヤジが電話に向かってワアワアガアガア喚いている。これが年間20億人を扱う第1次卸だって・・、まるで駅前の焼き鳥屋といった風情じゃないか・・。

そしてランニングのオヤジが最近の販売動向について説明し始めのだが、ここでまた違和感に襲われた。彼の話の中にはテヘランとかバグダッドが・・といった最終消費地の話があんまり(というかほとんど)出てこないのだ・・。なんか変だなあ・・と思ったが、多分このオヤジは目の前で発生している現象しか説明できないのだ・・と思い、礼を言ってその場を辞すことにした。

ところがINDIGIの番頭が「では2番目に大きい代理店に行く」というので黙ってついて行ったら、なんと道を挟んだ向こう側、つまり歩いて1分以内の所にいるのである。この後3番目の代理店にも行ったのだが、西はウィーン、北はモスクワ、東はダッカ、南はナイロビにまで販売ネットワークを広げたINDIGIの第1次卸は何とグローバルな市場とは正反対にドバイの半径100メートル以内に3軒ともひしめいているのだ・・。

例えば皆さんがオリンパスのデジカメ事業部海外営業部長だったとしよう。海外支店もしくは第1次卸をどこに構えるか?を言われればニューヨーク、ロンドン、香港、ドバイなど最大規模の消費地かつ出来るだけ五大陸で一番ビジネス上の利便性の高い都市の名をあげるだろう。またシカゴ、ミラノとかウィーン、サンパウロ、バンコクと言った中規模の市場にいる大手顧客向け販売はこれら支店が直接取引をするが、中小規模の顧客相手には現地に代理店を作るか採算が取れる場合のみ自前の出張所を作るはずである。

支店にせよ第一次代理店にせよ最初の一歩は思い切り遠くに作り、その後は出来るだけ中間にいる存在を省きながら小売と直結するのが商売の常識である。ところがINDIGI社の場合、地表の1/4もの巨大な面積を市場にしているというのに最初の一歩は何と100メートル先と異常なほど短く、後述の通り最終消費者との間にいる中間的な人間を省くという常識からも逸脱しているのだ。





なんと第二次卸は海外にいることはいるが、なんと半分以上はこれまた100メートル以内にいるのである。ただしここでイランに強い○Xトレーディングとかカザフスタンなど「タン」が付く国に強い■○エンタープライズといった国名がやっと登場するのだが、しつこいようだがこいつらはあくまでドバイの会社であり、この連中がやっとサウジアラビアのジェッダにいる第三次卸(これもインド人である)に輸出(正確には密輸)するのだ。

ところがである・・。やっと1次卸、2次卸と二人の手を経たデジカメもここで3次卸の手からやっと小売店に行くのかな・・と思ったら、ここから同じジェッダの第4次卸(何度聞いても存在理由が分からなかった)に転売され、そしてサウジの地方都市にいる第5次卸を経てやっと小売店へと陳列され、遂に消費者に売られるのだ。

ちょっと話がややこしくなったので整理しよう。つまりデジカメがメーカーから消費者に渡るまで何人登場するのか?という話である。例えば日本だったら①ニコン→②ヨドバシカメラ→③アナタ・・と登場するのは3人である。しかしヨドバシではなく地方の個人経営のカメラ屋から購入するなら①と②の間に佐藤三郎電器貿易株式会社なんて地方代理店と釧路金芳堂カメラ店なんて店が入る場合もあるからこの場合は4人となる。

ところがINDIGI社の場合は①生産委託先中国工場→②ドバイINDIGI社→③ドバイ1次代理店→④ドバイ2次代理店→⑤ジェッダ代理店→⑥別のジェッダ代理店→⑦地方都市の代理店→⑧地方都市の小売店→⑨アナタ、と9人も登場するのである。そして①から⑤までは全員インド人で、⑥か⑦当たりになってやっとペルシャ人とかエジプト人なんかが登場し始めるのだ。

こんなに多くの登場人物が居ては絶対に利益が出るはずが無い・・。だいいち競合他社が中間を省いたサプライチェーンを築いたら(もうとっくに築いているのだろうが・・)太刀打ちできないではないか・・。それでINDIGI社の番頭に対して、失礼な事を言うがアナタの会社は構造的な問題を抱えているではないか?と率直に意見を申し上げたところ、この番頭は筆者の目をジッと見て驚くような答えを言った。(続く)





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不思議なインド人ビジネス(1)

数日前の日記でインド人の商売は基本的に搾取である!と不穏な表現を使ったが、インド好きの人は「一体何を持ってそういうのか!」とお怒りになられるかもしれない。なので今日の日記では筆者が体験したインド人ビジネスの本質について書いてみたいと思う。ただし筆者の文章力の無さから長文になってしまった事を先にお詫びしておく。

今から15年近く前、前任者から顧客を引き継ぐためにドバイに初めて出張した時の事である。ご存じの通りドバイは中近東域内で最大のフリーポートで、イランやイラク、サウジアラビアなど中近東の大国に向かう商品は一旦ドバイに荷揚げされ、ここから船や陸路を使って各国へ正規輸出もしくは密輸されるのである。

そしてこの地域の商流を握っているのは殆どがインド人で、ドバイの御徒町ともいうべきデイラ地区にある数千軒の小汚い卸売店が彼らの拠点になっている。デイラを歩くと乞食が道端に寝転がっている一方で、資産数百億円を持つでっぷり超えたインド人が店を構えたりしていて中々面白いのだが、ここで困るのは一体どの店が大手もしくは零細業者なのか店の外観からはさっぱり分からないことである。





例えば筆者が売っていたのはデジタルカメラだとしよう。デイラ地区にはニコンを扱うホールセラー(卸)やBENQやサムソンのディストリビューターもしくはエージェント(代理店)と書かれた看板をあげた店が数百店もあって、その中で一番大きくて綺麗な店に入って商談を持ちかけてみると意外にも月300個しか売ってない零細小売店だったりするのだ。

したがってドバイの内情を知らずに市場開拓を命じられた営業マンはデイラ中を駆けずり回ることになるが、筆者の場合は前任者達がドバイ最大(つまり中近東最大)の元締めを押さえていたから迷わずに済んだ。このインド人の親玉はデジカメを年間50億円ほど買い付け、中近東はおろか東欧、旧ソ連南部にまで彼のブランド(ここではINDIGIと仮定する)をつけて売りさばいていたのだ。

さてこう書くとINDIGIにはさぞかし大人数が働いていると思うだろうが、デイラの近代的なビルの中にある事務所に行って驚いたのはなんと運転手を入れても6人しかいない事だった。それで他に事務所があるのか?と聞いて見たところ「ここだけだ」という答えである。デザインや商品開発は中国メーカー、金計算は会計事務所、サービスは修理専門会社に丸投げだから人はそんなに人いらんだろ・・とオーナーは当たり前のように言う。





企業の力とは基本的には「顧客との関係の強さ」「商品力」「事業形態の秀逸さ」のうちのどれかに集約されるから、きっと直属の営業事務所がアンマンやテヘランなど主要市場に網の目の様に配置されているに違いない・・と思ったが、よく聞いて見ると全て代理店に卸すだけなのでこれもいないと言う・・。それで筆者はちょっと混乱してしまった。

ちなみにINDIGIの商品はべらぼうに安いわけでも無いし、筆者の会社からカメラのキーパーツを買って中国の委託先で製品化しているくらいだから商品優位性は高く無い。それに当時勃興しつつあったEコマースに取り組んでいた訳でも無いのだ。はっきり言えば1980年代にタイムスリップしたかのような旧態依然とした会社で、一体何が強みなのかさっぱり理解できないのである。

「では今から我がINDIGIの最大の代理店を紹介するよ」と番頭が言いだした。それでてっきりイランの代理店の社長がドバイに来ていて近くのインターコンチネンタルに行くのかな・・と思ったが、番頭が歩いていくのはデイラ地区の迷路のような路地である。そして「さあここだよ」と言って立ち止まった場所をみて筆者は驚愕してしまった。(続く)






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絶品のチョコレート

筆者は子供の時から甘いものが苦手で、友人の誕生日パーティーなどに呼ばれても、切り分けられたケーキを食べるのが苦痛で大半を食べ残すか「僕は要りません」と断るのが常だった。同じ甘いものでも大福みたいな餡子系はまだ少しは食べられるのだが、砂糖をたんまり使った洋菓子はこの年頃の子供としては極めて異例なことに全くダメだったのだ。

だからバレンタインデーで女性からチョコレートを頂いても、申し訳ないとは思いながらも筆者は捨ててしまうか誰か別の人にあげていたのだ。もしも事前に「チョコあげるけどいいかしら?」と聞いてもらえればチョコの代わりに都昆布とかスモモ漬けなど筆者の好物を伝えたのに・・と毎年残念で仕方が無かったのである。

しかし30歳を過ぎた頃に筆者は初めて美味い!と思うチョコレートに出会った。その名はSTETTER。確か日本にも店があると思うが、スイス・ジュネーブに店を構えるチョコレート専門店である。ひょっとして日本ではとっくの昔に有名になっていて、何をいまさら・・とお思いかもしれないが、筆者は20年も日本から離れているので世情に疎いことをお許しいただきたい。

ヨーロッパ出張の際に時間を作ってジュネーブに住んでいた旧友S君の家へ遊びに行った際、彼が「このチョコはうまいぞぉ!」としつこく勧めるので渋々食べてみたのだが、その小さな塊一つを口に含んでから数秒後に筆者の中にあったチョコへの偏見は一気に崩れ去った。美味いのだ!。圧倒的に美味いのだ!。筆者の嫌いな薄っぺらい砂糖の甘さとは違った自然の甘さと言うのか滋味というのがジワリジワリと口の中に広がるのである、そして天然のカカオの芳醇な味わいと苦さときたら・・。





「ステットラーに比べたらゴディバなんか食えないだろ!」と笑うS君。全くその通りである。このステットラーは女子供が食べるオヤツなんぞでは無くて、人生甘いも辛いもかみ分けた大人のオヤジが食事の後にスコッチ片手に食べるツマミ、いやマッカランやボウモアでさえ脇役に押しやってしまうほどのメインディッシュである。

この日を境に筆者はヨーロッパに出かける際は伝手を頼ってステットラーのチョコを入手していたのだが(残念ながら香港には無かった)、一昨年会社を辞めてフィリピンに移住してからは、この逸品のチョコレートにお目にかかれなくなってしまったのが何とも残念である。

さて先ほどネットを見ていたら日本国内では何とオンラインショップでステットラーを購入できるようである。今年のバレンタインデーにはちと遅いが、本当に美味いチョコを食いたいとお思いの紳士の方々(この日記は女子供に向かって書いているのではない)はステットラーをお試しすることをお勧めする。

なお筆者は食べたのは一番定番のパヴェ・ド・ジュネーブという奴である。そして筆者の話を信じて食べてみたら美味しかった!と思われた方は、感謝の気持ちの代わりに来年のバレンタインデーにステットラーのチョコをマニラまで送ってください。この場合男性でも女性でもかまいませんよ。






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とても悲しい出来事が・・・

外出から帰ってくるとベットの上にパンツ(ここではズボンでなくトランクス型下着の意味)が2枚折り畳んで置いてあった。あれっ?この模様はゴムがユルユルになったので捨てたやつじゃないか・・。どうやら女房は筆者の意図が分からず誤ってゴミ箱に捨てたのだ・・と思ったらしい。おまけに洗濯までしてしまうとは・・。

それでベランダでタバコを吸っていた女房に「あのパンツは捨てたものだよ」と説明しに言ったのだが、ここで女房が意外な事を言い出した。穴が開いていた訳では無いので2軒隣に住むビーン婆さんに持って行きゴムを取り換えてもらったと言うのである。

「なっ何だとっ!」と驚く筆者。なぜ驚いたのかはお察しの通りである。筆者はブルジョア家庭の出身ではないしボロアパートで生活するのも平気な人間だが、こと身に着けるものに関しては今まで一度たりともツギ当てたり修理したモノなど着たことが無いのである。

筆者が育った昭和40年代の東京はそれなりに裕福になっていたので誰もが穴の開いた服など着ていないし、ツギの当てた服を来た同級生もいることはいたが、彼は貧乏人というよりも兄弟が多くてお下がりの服を3番目か4番目に着させられる立場の子供だったからである。





なので筆者の中にはツギの当てた服と言うのはドエライ貧乏人の象徴であり、どんな服であれ穴が開けば迷わずポイと捨てるのだ。それなのに最高級コートの裏地ならともかく3枚で100香港ドル(1枚500円)のジョルダーノのパンツをまだ使えるからゴムを変えたのよ!だと・・。

ところが女房もさるもので、筆者の不穏な雰囲気を察したのか「円安だから仕方がないじゃないか!」と嫌な事を言ってきたのである。これはふだん女房がショッピングモールで変なモノ買うとすると筆者が「円が安いんだぞ」と言って買うのを思い留まらせている事の裏返しである。

コレを言われると正直つらい・・。正確に言うと女房に購買を止めさせたのはぶら下がり健康器や奇妙な顔面マッサージ機(この手の商品が我が家には捨てるほどある)など、どう見ても意味の無さそうな商品であり、1枚100ペソ(300円)のパンツとは全く性質の違うものだが、筆者にも生活費を落とさせた負い目がある・・。

という事で筆者は現在ゴムを変えた色あせたパンツを履いているのだが、自分はもう貧乏になってしまったのだなぁ・・という寂寥感で胸がいっぱいになっているのだ。一体自分はどうしてこんなパンツを履くようになってしまったのだろう・・。そう思うと脳裏に「遠くへ行きたい」のメロディが浮かんできた・・。






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日本製ウィスキーを探すインド人

筆者の元取引先のインド商人から突然メールが来た。日本製のウィスキーを買いたいのだが何処から購入したら良いのか分からないので助けてくれ!と書いてある。こいつは元々酒とは全く関係ない仕事をしているが儲かると聞けば何にでも手を出す男だし、それに筆者の同僚を何度か痛い目に遭わせた食わせ物、いや半分腐れ野郎だ。

自分の手の内は明かさずに他人に何かを頼むのは失礼だね・・とそっけなく回答したら、5分も経たない内に奴から回答が来た。実はつい先日日本のウィスキーを飲んでみたところ大変美味しいので自分はこの素晴らしい酒を世界に広めたいのだが、日本メーカーがまだ全然入り込めて新市場を見つけたのだ!というその場で思いついた御為ごかしが書いてある。

こいつの考えはすぐに分かる。サントリー山崎が世界最高のウィスキーを受賞したので、最近スコッチの品質が落ちたと感じている酒好き達は日本製ウィスキーに興味を持っている。それに対ドル、対ポンドで円安が進んでいるから多少値引いても利幅はたんまり取れる。それでコイツは遅ればせながら日本製ウィスキーを買ってみる気になったのだ。

ところがサントリー受賞のニュースに加えて、日本ではNHKドラマの影響からウィスキーはバカ売れになってしまったため、しばらく前からサントリー、ニッカ両社の正規輸出ルートではブツが手に入りにくくなっている事が判明した。それで旧知の筆者に頼んで日本の卸売業者から横流しをしてもらおうとの魂胆なのだ。

インド人と商売をされた方ならよく御存じの通り、彼らは自分たちで何かを新しく作り上げるよりも、横からサッと出てきて他人の商流に入り込み、自分だけがたんまり儲け後はまたサッとその場を去って後は知らない・・という盗人スタイルの傾向が強い。同じ商人の民として中国人がいるが、インド人の方が他人と共存するのではなく寄生・搾取する傾向が強い。





もしもコイツの話に乗って筆者が友人の酒問屋から山崎と余市を数百ケース(しかも思い切り値切らせた上で)分けてもらったとしよう。このウィスキーは実は彼らが説明していた新しい市場に行くと言うのは真っ赤な嘘で、実際は日本製ウィスキーがすでに十分浸透していて世界で最も高く売れるようになった国(たとえばフランス)に運ばれるのである。

そしてフランスに住む奴のパートナー(おそらく親戚か同郷のインド人)はフランスにおけるサントリーの輸入代理店にとって一番大事な大手小売店に「代理店から買うより10%安いですよ」と売り込みに行くか、格安の通販会社に売っぱらったために30%OFFなんて宣伝を打たれてしまい山崎の付加価値だけでなく折角作り上げたフランス内の商流も壊すことになってしまうのだ。

当然フランスの正規代理店は怒り爆発になる訳で、サンプルとして買ったウィスキーをサントリー本社に送り付け、シリアルナンバーから誰が横流ししたのか全部判明することになり、結局筆者の友人の酒問屋はサントリーからお咎めを受けるか下手すると契約を切られてしまい、筆者との関係も重大な危機を迎えることになるのだが、当のインド人は悪かったとかは思うことは絶対に無い。彼らにしてみれば乗せられた筆者と友人がバカなだけとしか思わないのである。

2年前に会社を辞めたので筆者はヒマにしていると思われたのだろうが、こんな依頼が来るとは筆者も随分と舐められたものである。それで数時間返事をしないでいると「お前(筆者のこと)の条件は何だ?」と聞いてきた。インド人特有の小出しの交渉をする気の様だが、こいつの舐めきった態度にはカチンときた。そして・・その時家にあるペットボトルが目に浮かんだ。

山崎や余市の空き瓶を集めて、中にフィリピン産の格安ウィスキーを混ぜて送ってやるか・・。交渉の末に前払いで50%送金してくれれば友人の酒問屋がたった3%のマージンで横流ししてくれるとか尤もらしいセリフを言えばホイホイ乗ってくるだろう。向こうもこっちを舐めてるからお互い様だし、それに「後は知らない」というのは何よりインド人のお得意芸ではないか・・。






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肝試しに行くなら・・

真夏に向かって毎日気温が上がりつつあるフィリピン。こういう時期は冷えたビールと枝豆を両手に、エアコンがギンギン効いた部屋で過ごすのも良いが、やはりここは日本古来の伝統に倣って怪談で火照った体を冷ましたい。そこで今日の日記では肝試し、しかもハンパじゃなく怖い霊と出会える心霊スポット選びについて説明したいと思う。ただし今回は真冬の日本が舞台なんだけどね・・。

心霊スポットと言うと当然のことながら人が死んだ場所である。古今東西一番多くの人が死ぬのは病院であり、病院以外で多くの人が死んだ場所というなら広島・長崎と東京の下町が挙げられよう。それからさほど多くの死者数を求めないのであれば殺人事件の現場や自殺の名所などがあるが、ここで皆さんおかしな点に気が付かれただろうか?

十万人規模で人が死んだ場所には案外と幽霊話が無いのである。例えば埼玉県秩父市はたった一体の変死体から数多くの幽霊目撃談が生まれているが、その十万倍の人が死んだ広島市は幽霊話が無い事は無いものの夜中に町中が黒い人影で埋め尽くされるような事は無いのだ。これは幽霊に詳しい人の話によれば、訳も分からず一瞬で死んだ場合は怨念が残りにくいからだそうだ。

ではちゃんと苦しんでから殺された殺人事件の現場や死体が埋められていた場所はどうかと言うと、これはもう立派な心霊スポットになるらしいのだが、霊の怖さ(ヤバさ)はどうかというとあんまり高くないという。なぜなら彼らは「オレの恨みを聞いてくれ!」と言うために現れているだけなので、居酒屋で隣の酔っ払いに絡まれたと思って黙ってウンウン霊の話を聞いていれば相手も満足してそのうちに立ち去るだけだからだ。





それから病院の方も基本的には殺人現場と同じで「いやぁ実に苦しかったよ」や「私は本当に死んだんでしょうか?教えてください」という穏やかな対話型なので、やたらと霊の数は多いがヤバくは全く無いらしい。まあ数が目当てなら病院がベストなのだろうが、ただし廃病院ならともかく現在も営業中の病院に夜中に忍び込めば不法侵入で捕まってしまうので肝試しには使えないのが難である・・。

ではここで真打登場である。最後に残された死因は自殺・・。そう!最も怨念を残して凶悪な霊と化すのは実は自殺なのである。もともと世の中を恨んで死んだ上に、死んだ後の孤独感に耐えられずに通りかかる誰でも彼でもあの世に引っ張ろうとするからだ。次々と住人が死ぬマンションなどはほぼ全てが自殺霊が原因だと言われている。

だからアナタが本当にヤバい霊が集まる心霊スポットを探しているとしたら、自殺現場こそ正に打ってつけなのである。それに自殺現場なら新聞記事や大島てるのサイトで検索できるし、アナタの住む町にも自殺があった場所なら必ず2~3軒はあるはずだ。エッ?自殺現場だってマンションの一室など不法侵入になってしまう場所や、樹海に東尋坊など交通不便な場所が多いじゃないかだって・・?

だったらアナタのすぐ近くにあって誰もが確実に、しかも200円以内ですんなり入れる自殺スポットを今から紹介しよう。それは鉄道駅である。なんだよ・・そんな事か・・と言うなかれ!。何と日本では年間5~600人もの人が飛び込み自殺をしていて、その6割は首都圏の鉄道駅、特に中央線と京浜東北線が断トツに多いのである。





例えば中央線で過去10年間に5人以上の飛び込み自殺があった駅名と死者数をあげるとこんな風になる。四谷6、新宿9、中野6、阿佐ヶ谷7、荻窪9、吉祥寺8、三鷹10、東小金井8、武蔵小金井5、西国分寺6、国立8、立川5。案外地味な駅に飛び込みが多いのが意外だが、あと八王子~西八王子間17なんて意表を突いた場所もあるので要注目だ。

どうだろう。なにも車を飛ばして樹海などに行かなくとも、夜遅く中央線に乗ってこれらの駅に降り立てば最凶の心霊スポット巡りが出来るのだ。ただ駅は必ず誰かがいるし夜中は閉鎖されているから、もしも自分たちだけで丑三つ時に肝試しをしたいという場合は八王子~西八王子の線路横を歩いてみることをお勧めする。

では駅に着いたら何をするべきかと言うと、まずプラットホームに佇んで線路の光景をしっかり目の奥に焼き付けた後で瞳を閉じるのだそうだ。そして「あなたに逢いに来ましたよ」と心の中で唱える。そして1秒、2秒と経つうちに巧く自殺霊と波長が合ったら、突然テレビの電源をオンにした時の様に脳裏にプラットフォームから線路を見下ろした画像が浮かぶらしい。そして彼らが画像の片隅からに現れるのだそうだ・・。

自殺霊の方も現れ方にはごく普通の格好をしたとのグチャグチャに潰れた2つのパターンがあって、これは同調波長によって違ってくるので予めどちらか選ぶことは出来ないそうである。それから波長が合いすぎると霊に線路へと引きずりこまれてしまい、肝試しのつもりがアナタ自身が霊の仲間入りしてしまうケースがあるそうなので、必ず同行者を用意するか時刻表をよく確認して最終電車が通り過ぎた後でやって下さい。なお深夜の貨物列車のスケジュールを調べることもお忘れなく。






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フィリピン人シェフが作った料理の味

昨日の日記でフィリピンにはロクな食い物が無い!ということを書いたが、筆者の文章力の稚拙さのために世界中どこに行ってもフィリピン人が作った料理は何もかも不味い!というように解釈されてしまった様である。全く自分の物事の伝達能力の低さにはつくづく嫌になるが、フィリピン人シェフの名誉(?)のために本日は訂正のための日記を書きたいと思う。

ご存じの通り香港は中華料理に限らずイタリア、フランス、日本なども本国に負けないレストランがズラリと揃っているが、香港に長年住んでいた筆者ら夫婦にとって一番美味いレストランがあるのは実は香港ではなく隣のマカオであった。マカオと聞くとカジノを思い浮かべる人も多いだろうが、実はマカオはカジノ、女遊びと並んでレストランの方も大変有名なのである。

この美食の都マカオでも特に本場マカオ料理のフェルナンドとイタリア家庭料理のカフェ・トスカーナという2店が抜群に美味く、筆者ら夫婦は暇を見つけてはフェリーに乗ってマカオに出かけていたのだが、意外に思われるかもしれないがこの2店の料理人は大半が(トスカーナは料理長以外全員が)フィリピン人だったのだ。

香港と違って当時のマカオ政府はフィリピン人料理人に門戸を開いていたので、この2店に限らず大概のレストランにはフィリピン人が働いていて美食の都マカオの下支えをしていたのである。中国料理文明圏のマカオで味音痴のフィリピン人がシェフだってぇ・・?と不思議に思うだろうが、トスカーナのオーナーであるイタリア人のオバちゃんが言うように「フィリピン人は実に料理のセンスが良い」と評されていたのだ。





また一方のフェルナンドはマカオ政府によるビザ引き締めの影響から数年前に料理人の大半を中国人に変えてしまったのだが、これ以降ガクンと味が落ちてしまったのを見て、その時筆者は「フィリピン人は料理が美味い!」と直感したのである。これは筆者の場合たまたま女房が料理上手という不幸も重なったのだが、とにかくこの時の筆者は人生稀に見る大ハズレをしたのだ。

フィリピンに来れば美味いものに毎日ありつける・・と思って一昨年に移住したは良いが、1週間もしないうちに自分が重大な間違いをしていたことに気が付いた・・。まあここから先は今まで散々書いてきたからこれ以上は触れないが、とにかく我が身の不運を嘆いた事は言うまでもない。しかしである・・、正直言うとあれは本当に勘違いだったのか?といまだに疑問に思うところもあるのだ。

と言うのは女房の従兄弟であるクリスとスプークはアメリカのクルーズ会社に所属する料理人なのだが、アメリカの豪華客船の料理人のうち3人に1人はフィリピン人だと言っていたからだ。つまりたまたまマカオにだけ稀有な料理上手のフィリピン人が集まっていたわけではなく、トスカーナのオバちゃん同様にアメリカのクルーズ会社もフィリピン人の料理能力を評価しているということになる。

外国に出れば美味い料理を作れるが、自国に戻るとトンチンカンな味付けになってしまう・・。フィリピン国内の客は全員がブス好みとかデブ専のように舌の方も激マズでないと満足できない特殊嗜好ならともかく、ちょっと常識では考えられない現象である。一体これは何故なんだろう・・と思っている時にフッとある事が閃いた。





料理の能力という定義が違うのではないか・・?。日本人や中国人の感覚では有り合せの材料でも自分の勘と想像力を巧く使いこなして美味い料理を作り上げる人を優れた料理人と呼ぶが、フィリピン人の場合はレシピを忠実に再現する能力はかなり秀でているものの、レシピが曖昧で自由裁量を求められるケースになると想像力が働かず一気にダメになってしまうのでは・・。

確かに欧米のレストランはオーナーや料理長がレシピを細かく規定しているし、何より口うるさい外国人の料理長が始終見張っているから言われたとおりに調理していれば美味い料理を作ることが出来る。ところがフィリピン国内だと店中全員フィリピン人になってしまうから、各自が底なしのトンチンカンな料理作りに迷い込んでしまう。

ただこの説だとマニラにある外国人がオーナーのレストランについては説明できないのが難なので、ウンと細かくレシピを設定している店とそうでない店を実験的に食べ比べてみたいと思う。ただし細かいレシピが有っても、オーナーも料理長も店にただ居るだけで従業員への信賞必罰がちゃんと出来てなければ意味は無いんだけれどね・・。

さてこの日記の始めに「フィリピン人シェフの名誉のため!」なんて偉そうなことを書いておいて、最後はレシピ通りしか出来ないのがフィリピン人!で〆るのも申し訳ないが、まあフィリピン人が作った美味しい料理がマカオにはあった!ということで、フィリピン人の料理音痴説は一応否定しておきます。もう一度言います!環境が違えば美味いものを作れます!






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ハンバーガーさえもマトモに出来ねえのかぁっ!!

先日の日記にも書いたがフィリピンにはロクな料理店が無い。これは潮州料理やケイジャン料理の美味い店が無くってね・・というような高レベルの話ではなく、チャーハンや日本のラーメン、ステーキなど調理にさほどの技量を要しない料理でさえも普通に作る能力が無いという意味である。

フィリピンで生活されたことが無い方は「そんな馬鹿な事はないよ・・」と一笑に付すだろうがこれは事実なのだ。確かに一流ホテルのレストランに行けば世界基準から見て中の下くらいの料理が出てくるが、一歩足を延ばして街中の小奇麗なレストランに入ると「これは人間の食い物か?」と疑いたくなるような代物が平気で出てくるのがフィリピンなのである。

例えばファストフードではない本格的なハンバーガーについて言えば、これは牛肉のミンチとつなぎに、パンと付け合せの野菜とベーコン、チーズにソースだけという比較的作るのが簡単な料理である。筆者は香港時代にPOST97やハードロックカフェで大振りのバーガーに齧り付いては冷たいビールで胃袋に流し込むのを無上の喜びにしていたのだが、フィリピンに来てからはこの楽しみは失われてしまった。

何故かというとフィリピンではバーガーの様な簡単な料理さえマトモに作れないからだ。例えば最近隣町にできたFRANK&CHARLESというバーガー専門店に行ったのだが、一体どうして?と不思議に思う位ソースと脂が過剰に使われていて(アナタが想像する量の二乗くらい)、食べている最中に液体が外に染み出してきてベトベトというよりもバーガー自体が溶け始めてバラバラになってしまったのだ(冗談でなく本当である)。





これは失敗作か?と思ってマネージャーを呼んだのだが、この男は「うちはジューシーが売り物なんです。だから使い捨ての手袋を渡してあるでしょ!」と真顔で言うのに驚いてしまった。ジューシーと言ったって脂でヌチャヌチャして手からヌルリと滑り落ちるような代物なのだ。一体こいつは自分の店の商品を食った事があるのだろうか?と思わず疑ってしまった。

また義弟フランシスが美味いといったARMY NAVYというチェーン店にも行ってみたが、安い肉を誤魔化すための独特のスパイスの味が強くて肉の味がせず、ソースは安物のBBQソースをそのまま使っているだけ・・、またパンがパサパサで味も乏しくちっとも美味しくない(これはフィリピン全土のバーガー屋に共通している)。これだったらまだマクドナルドのビッグマックの方がよっぽどマシだ・・。

不味いわねえ・・と嫌な顔をする女房と義妹。どっちみちマトモなパンが手に入らないならトーストで代用するとか、肉の方もUSビーフのミンチを使って手創りすればウンと美味いバーガーが出来るというのに・・。一体フィリピンの料理人はどうしてこんなに想像力が欠落しているのは不思議でしかたがない・・。

「ブラザー、あんまりカッカするのは店員に対して失礼よ・・」という義妹。しかし筆者にしてみればお前らが文句を言わずに金を払うからフィリピンのレストランは客に胡坐をかくんだあっ!!と叫びたい。香港の美食は味にうるさい顧客の文句に支えられていると言うのに・・。もっと中国人みたいにギャーギャーわめきまくれ!!。






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日本史の本質を突く青い目のインテリ

今から15年ほど前の話である。当時筆者はアメリカの大手顧客の営業担当をしていて、その会社の上級副社長と技術担当役員二人を日本の本社へと連れて行き、戦略的なパートナーシップ締結に向けて第一回目の打ち合わせを行ったのだが、その晩は地元でも有名な高級料亭で懐石料理に舌鼓を打つことになった。

日本の本社がある町には割と名の知られた神社があって、その言い伝えによると平安時代の初期に東北征伐へと向かう大和朝廷の軍司令官が移動の途中でこの地に立ち寄り、もしも蝦夷との戦争に勝ったら神社を建てるとその地の神に約束をし、そして本当に戦争に勝ったためこの神社が創建され、その後1000年以上に渡ってこの約束に関わる奇祭が続いているのだ・・という話を我が社の役員(ここでは蛸山常務と仮称する)が滔々と説明し始めた。

向かいの席に座るアメリカ人二人はこの話をフムフムと興味深げに聞いていたのだが、話が1000年続く奇祭のあたりになると表情があからさまに変わり始めた。そして場の雰囲気が変わったことを察した蛸山常務は会話を一旦中断し「どうかしましたか?」とアメリカ人に聞いてみたところ、このアメリカ人のうち年長者のゲイリー副社長は無礼の無いように言葉を選びながらも「そのストーリーには無理があるのではないか?」と言い出したのだ。

ちなみにこの二人はそれぞれシカゴ大学とノースウエスタン大学の大学院で博士号を取得したビジネスエリートなのだが、ゲイリー副社長は大学院に進む前の4年間は少数精鋭の教育で知られるリベラルアーツ系大学で学んでいる。これは日本の東大や京大なんか比較にならないほど幅広く徹底的に勉強してきたという意味で(戦前の旧制一高や三高と思えばよい)、例え門外漢の分野であっても、その本質を見抜くいくつも鍵を頭の中に持っているのである。

ゲイリー副社長の突然の質問にドギマギする蛸山常務。この人は一応東工大の修士課程を修了しているが、大学時代に学んだのは機械工学と山登りだけらしく、リベラルアーツ(一般教養)の方は筆者から見ても相当見劣りがする・・。しかしゲイリー副社長は「蛸山は日本の大企業の役員なのだから自分と同じくらい教育を受けているのに違いない」という前提で知的な質問を続けていく・・。





ゲイリー副社長曰く、神社設立はともかく、遠征の途中で立ち寄っただけで戦争の勝敗とは直接関係が無いこの地域に奇妙な祭りが1000年以上も根付くとは思えない!なのでこのストーリーには蛸山が語った様な牧歌的な話とは別の背景があるように感じられる!と言うのだ。エッと驚く蛸山常務・・しかし常務にはガイドブックに載っていることくらいしか知識が無いからゲイリー副社長の問いに答えられる訳がない。そして10秒20秒と重苦しい沈黙が・・・。

そこへ割って入ったのは当日末席から2番目(筆者が一番下)の序列で参加した岩崎と言う技術部長であった。この岩崎部長はいきなり「ヘルナン・コルテスはご存知ですよね?」と言い出した。もちろんゲイリー副社長でなくとも筆者でも知っているアステカ文明を滅亡させたスペインの征服者である。しかし岩崎部長はこのコルテスを引き合いに出しながら飛鳥時代から平安初期の日本の歴史を説明し始めたのだ(長いのでこの日記では一部分だけ書く)

7世紀半ばに朝鮮半島で百済が滅亡し、ごく少数の亡命者の一団が日本に上陸したが、彼らは巧妙な政治手法を用いて大和朝廷へとじわじわと食い込み、やがて近畿圏での支配権を確立した。そして百済人が地方征服へと乗り出した際は、コルテス同様の欺瞞と残虐さを持って政治軍事両面で制圧したあげくに、その土地の豪族たちは奴隷同然の地位に落とされてしまったのだ。そしてこの土地にも有力な豪族がいたのだが百済人に滅亡させられてしまったのである・・と説明した。

興味深げに頷くゲイリー副社長。やがておもむろに「つまりあの神社を設立したのは征服されたこの土地の人々を宗教的な力で封じ込める為なんだね?」と言う。ええ・・そうです。ただ民族と言うより当時の日本人が信じていた怨霊を封じ込めるものでして・・と言った後で怨霊について追加説明しようとしたが、ゲイリー副社長は大きくうなずいた後で岩崎部長の言葉を聞く前に隣のアメリカ人に「怨霊とは聖書に出てくるデーモンのようなものだが、彼ら日本人は多神教だから・・」と随分と的確に説明する。

ここでゲイリー副社長は怨霊を封じ込めた神道(正確には神社と言った)は亡命者である百済の宗教なんだね?と言い出した。アステカやインカ帝国の征服者は彼ら自身が信じる神の名のもとに自分たちの悪行を正当化し、そして成功の報酬としてカトリックで国を統治したのだから、神道も征服者である百済人の信じる神に違いない・・という当たり前と言えば当たり前の論法である。





そういえばそうだ・・。もしも第二次大戦で日本がハワイを占領していたとしたら、いくら相手がキリスト教徒とはいえ真珠湾で死んだ米兵の鎮魂に日本人が少しも信じていない宗教の教会を建てるとは考えにくい。やはり征服者として日本の神道の神社を建てるはずである。ということ神道は元々は征服民族である百済の宗教だった・・という理屈になるはずだ・・。

しかし岩崎常務は「違います。神道は元々は支配された側、つまり原日本人の宗教なのです」と言う。でもそれだと話があべこべじゃ・・と口を出そうとした筆者を制して岩崎部長は「私が百済人とコルテスを比較したのは正にそこなのです。二人とも極めて少数の軍隊で大帝国を征服した歴史上稀有な例なのですが、彼らが宗教的な正当性を確立するプロセスには微妙な違いがあるんですよ」と続ける。

「コルテスの場合はアステカ人達がコルテスを予言に出てくる神だと勘違いしてしまった事で偶然にも正当性を確保できたのですが、一方百済人の方はそうは巧くいかなかったので、まず最初に神道に改宗した上で神道の元締め的な一族の婿養子に入って書記長的なポストを確保しているのです。つまりコルテスは一貫してカトリックの信者でしたが、百済人たちは自分たちの本音とは裏腹に外見上は百済の宗教を全て捨て去って日本人化したのです」。

これを聞いたアメリカ人の二人は大笑いし始めた。(これは後でタクシーの中で聞いたのだが)相手に取り入るためには自らの信条など持たずに節操なく何にでも変身してしまう一貫的な主体性(プリンシプル)の無さ、外見からは決して察することが出来ない本音と建て前のダブルスタンダードは正に日本人そのものだ!と言うのである(正確にはこれは百済人の性格なのだが・・)。

この後アメリカ人と岩崎部長の間で実に和気藹々と日本の古代の出来事が日本人の性格形成にどれだけ影響を与えたのかについて会話が弾んだことは言うまでもない。可哀想なのは場の雰囲気からは完全に外れてしまった蛸山常務だが、彼が自分に不足しているモノをどこまで理解しているかは疑問であった。なおこの会社との包括契約は紆余曲折をへて何とか成就したが、その間の両者のやり取りではMr.Iwasaki はMr. Takoyamaより常に各上に扱われ続けたことは言うまでもない。






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フィリピンの日本料理店が不味い

筆者は以前からフィリピン料理の不味さについてブーブー文句を垂れているが、この不味いと言うのは何もローカルフードに限ったことではなく、ほぼ全ての外国料理に当てはまると言ってよい。イタリア料理店にはいくつかマトモな店はあるが、中華料理やフランス料理、インド料理からトルコ料理に至るまでフィリピンでは全く期待しない方が良い。さもないと深い失望を味わうことになる。

「そんな事言ったってマカティの○○は美味いじゃないか!」と自分のお気に入りの名をあげて反論してくる人もいるだろうが、たった1店の事を言うのではなく上位30店位を抽出して香港やシンガポール、台北やバンコクと比較してみれば良い。そうすれば香港じゃどの駅前にもある普通のイタリア料理店と同じレベルの店を探すのに筆者がどれだけマニラ市内を駆けずり回ったことかお分かりになるだろう。

さて肝心要の日本料理店の方も実情はお寒い限りで、バンコクやホーチミンなど他の東南アジアの大都市に比べるとフィリピンの日本料理のレベルはかなり低いと言ってよい。2年前マニラに来た当初はガイドブックやブログを頼りにマカティのTやNなど「あの店は美味い」と言われる店を訪れたが、はっきり言ってどの店も美味いとは感じなかった。特にNなどは白身魚の〆が全然できておらず刺身は血の臭いが強くて食えたもんじゃなかった。

そうは言ったって香港とは値段が違うだろうが・・と自分を慰めたが、同じ所得レベルのバンコクや中国の地方都市と比べてみてもマニラの日本料理は随分と低レベルである。それにマラテやマカティにある在住日本人が良くたむろっていると評判の居酒屋などは「これは素人が作ったモノですか?」と聞きたくなる様な料理を平気で出してくるのに驚いてしまった。





筆者は営業マンとして出張先で顧客を接待する仕事をしてきたが、マニラの日本料理店のレベルは東南アジア圏では断トツに低く、ヨーロッパや中近東といい勝負なのではないだろうか?(日本料理好きな従姉妹ジュミの父親は住んでいるアリゾナ州フェニックス市の方が日本料理のレベルが高いと言っていた)。いったい同じアジア圏なのにどうして日本料理がマニラに来るとここまでダメになってしまうのか不思議である。

香港にいた板前さんは冷凍技術や材料の入手しやすさなどの影響があるのでは?と言っていたが、これはかなりレベルが高い次元の話で、フィリピンでは肉野菜炒めでさえも格段に不味いということはもはやオーナーや調理人のモラルの問題か、日本人以外の顧客は不味く作らないと食えないという民族的な味覚の違いによるものではないか・・と思えてきた。

女房や義妹は香港でさんざん美味い日本料理を食わせていたから、フィリピンに来てからの失望は筆者と同じくらい深く、一昨日もパサイの店で寿司を一食いしたあと顔にはありありと失望の表情が浮かんでくる。それでオーダーしたモノをキャンセルして隣のフィリピン料理店へと移動することにした。

「毎回失望するからフィリピンで日本料理を食べるのは止めましょう」と言い出す女房。母国の料理をそんな簡単に諦められる訳などないが、日本料理店に行く度に毎回不愉快な気分になるのも嫌だから、外食は最初から不味いと分かっているフィリピン料理に絞った方がまだしも幸福なのかもしれない。それにしても・・、こっちの店の方が期待よりも不味くなかった!と喜ぶなんて、世界でフィリピン位ではないだろうか・・。






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フィリピンって休みが多くないか?

長い休暇を終えた義弟フランシスが明日サウジアラビアのジェッダに戻ることになった。成長した娘イザベラと一緒にいたいからと言う理由で今年1年分の有給休暇を前倒しで使い切ったと言うが、奴がフィリピンに戻ってきたのはクリスマス直前だったから何と6週間も休んでいたことになる。

フランシスが働いているのはフランス系の会社だから一般の出稼ぎ組とは違うのだと思っていたが、なんと他の会社でも既婚者なら年1か月の帰郷休暇は当たり前なのだそうだ。筆者が働いていた会社は既婚者は年に1回1週間、独身者は2年に1回、それも全て消化しようとすると白い目で見られていたというのに・・。

出稼ぎ組だけではない。従姉妹ミレットの夫ラフィーはフィリピンの大手製薬会社に勤めているのだが、こいつもやけに休みが多いのだ。フィリピンの労働条件とかいうウエブには年間15日程度の有給休暇が一般的で日本よりも休みが少ないと書かれているが、このラフィーはどうみても日本人よりも休んでいるような気が・・。





例えばクリスマス休暇が終わっても筆者の家に毎日の様に来るので「お前は会社に行かないのか?」と聞いたら1月4日まで休みだと言う。なんと13連休・・。てっきり有給休暇を休みの間に挟んだのかと思ったが、ラグナ工場の工員がド田舎から帰ってくるのに時間がかかるから・・という理由でオルティガスの本社も休みになったのだそうだ。

それに大手コールセンターに勤めるメイは3週間の休暇を取ってラワグの親戚の家に遊びに行っているし、クルーズ船の料理人クリスはニューオリンズの船が出るまで時間があるから一時帰国したが、たしか2か月くらいフィリピンにいた記憶がある。会計事務所のフィリンは新人だから仕事が大変なのよ!とか言ってるけど、平日の真昼間に開催される親戚との宴席でもほぼ100%の出席率を誇っている。

確かに家族が離れて暮らすと言うのは不自然な行為だし、それ以前に日本企業のように家族との時間を犠牲にさせればフィリピン人など誰も雇えないのだろうが、いくらなんでも休みが多すぎないだろうか・・?。おそらく筆者の周辺だけの話なのだろうが、俺なんか新婚旅行休みも2日間しか貰えなかったのに・・とチョッと嫌味の一つも言いたくなってきた。






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大ハズレのサスペンス映画

女房がジェニファー・ロペスの新作映画を観たいと言うのでアンティポロのロビンソンシアターまで夫婦そろって出かけて行った。筆者はこの女優にはあんまり興味が無いのだが、女房は映画「セレナ」以来かれこれ20年近くジェニファー・ロペスのファンで、彼女の作品は全て見ているらしい。

映画館に貼られたポスターには題名THE BOY NEXT DOORと書かれてあり、どうやら筆者の好きなサスペンス映画の様である。しかも犯罪的な人物に付きまとわれるサイコ・スリラーと書いてあるから否が応にも期待が高まった。というのは筆者は犯罪ものが大好きで、家には幽霊の本の他に殺人事件からみの本がずらりと並んでいる殺人マニアだからである。

ちなみに殺人本といっても「○○温泉湯けむり殺人事件」みたいなアホみたいな推理小説ではなくて実際に起こった事件に関するドキュメンタリー本である。それも痴情のもつれとか激情に駆られて・・みたいな単純な事件ではなく、殺人に憑りつかれてしまった精神病理者や人間の肉が食いたかったなどの生まれ付き頭のプログラムが壊れた人が引き起こした猟奇事件が筆者の好みである。

ポスターに書かれた「隣に住む少年が実はサイコパスだった・・」という宣伝文句。考えるだけで身が震えるストーリーである。それで女房の肩を「良くやった!」と叩いて意気揚々と映画館へと向かったが、1時間半後に筆者は全く逆の理由で再び肩を叩くことになる。





この映画サスペンスファンにとっては大ハズレなのだ・・。映画のストーリーは離婚した中年の女教師(ジェニファー・ロペス)が隣人の青年と一夜の関係を持ってしまうが、やがてこの青年の支配欲がメラメラを燃えていき女教師の学校に生徒として入学、再び関係を迫るが女教師に拒まれたため様々な嫌がらせをした揚げくに女教師の別れた夫と息子を殺そうとするという話である。

少しでも精神病理者の事件を調べたことがある方ならお分かりだと思うが、サイコパスという人間は設計上きわめて単純に出来ていて、この支配欲がメラメラとか断られたので腹いせに嫌がらせをするなんて面倒な時間をかける前に障害物(夫や子供)を除去した上にサッサと気に入った女性を強姦して殺しているのである。

カマキリなどの捕食生物の様な単純さと不気味さを持つのがサイコパスなのに、この映画に出てくる青年の行動パターンは典型的なストーカーなのだが、しかし単なるストーカーでは結末の殺人未遂行動には飛躍がありすぎる。

そこでストーリー上「この青年は過去に人を殺したことがある」と無理やりキャラを作ってつなぎ合わせているのだが、この殺した相手というのが自分の実の父親と愛人で、それは愛する母親を自殺に追い込んだ二人への復讐だったという理由なのには呆れてしまった。おまえサイコパスが自分以外を愛する事が出来ないのは誰だって知ってることだろ・・。





結局この青年は常識的な脳機能を持ったマザコンのモンスターという訳の分からないキャラになってしまい、いくら効果音を駆使して観客を驚かせようとしても主人公の設定自体に無理があるからちっともリアリティーが無いのである。

この映画アメリカで結構売れた割には製作費が400万ドルと格安だったらしいが、どうもジェニファー・ロペスの出演以外は思い切り予算をケチったようで各キャラクターの性格的な肉づけや脚本の事前検証もままならなかった様だ。

さて映画館を出たあと「感想はどうだった?」と女房に聞いたが、女房の回答は「ジェニファー・ロペスは45歳なのにまだまだいけるわね」とストーリーとは全然関係ないものだった。それでお前はあの青年のキャラ設定に違和感を感じないのか?と聞きなおしてみたところ、女房は青年が出てくるところはロクに見てなかったわ・・と白状した。

と言う訳で本格的なサスペンス映画が好きな方はこの作品を見ることはお勧めしません。ただし紹介文にエロチック・スリラーと書かれてあるとおりジェニファー・ロペスのブヨンと垂るみ気味の濃厚ボディが溜まらないと言う方なら暇つぶしに劇場に向かわれてはいかがでしょうか?






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語学が全く上達しない本当の理由

会社員時代の同僚であるH氏から1年ぶりにメールが来た。この人は会社を中途退職して10年来の夢であった中国での起業を実行したのだが、生まれつき食事に無頓着であったことが災いして体を壊してしまい、昨年深センの事務所を閉じて日本に帰国していたのである

日本に帰国した後は養生しているのだとてっきり思っていたが、なんと生活の糧を稼ぐため自宅で設計の仕事を請け負っていたのだと書いてある。さらにメールには「今回香港の顧客と設計の打ち合わせをすることになったので、通訳として参加してほしい」と厚かましい事が書いてあるではないか・・。

このH氏は数多くの優れた商品を生み出した優秀な設計開発者であるが、この人は困ったことに外国に出て勝負したいという熱い思いを持つ一方で、外国語能力があまりに稚拙で外国人と殆どコミュニケーションが取れないという構造的な矛盾を抱え込んだ人物なのだ。

この外国語というのは英語だけではなく中国語の方もお粗末極まりない代物で、7年もいたのに中国語旅行会話3日間コースを修了したかしないか位のレベルなのだ。会社の方も日本語が堪能なスタッフばかり雇っていたから何とか経営できたのだろうが、会社の外で少しでも入り組んだ話になると日本語で通していたらしい(つまりやり取りになっていないという意味である)。





筆者がH氏と出会ったころは「俺は英語ができねえからなあ・・」と言うのが口癖で、彼の言い訳を聞き飽きた筆者は「学校行くとか何か行動しろ!」と叱りつけたものだが、会社の英語教室や通信教育、NHKなど諸々試したもののH氏は全て途中で挫折してしまったのである。

それで仕方なく筆者が彼の通訳係に任命され、H氏と一緒に中国各地の素材メーカー(当時H氏は部品の新しい調達先探索の任についていた)を回ることになったのだが、H氏と中国人との間に立って英語⇔日本語(ある時は中国語⇔日本語)の通訳をしている時にあることに気が付いた。

中国人と英語で話すよりもH氏と日本語でやり取りする方が大変なのである。これは結論が最後に来る日本語の特性もあるのだが、このH氏の話し方は主語から述語までの区間が異様に長く、しかも最後の肝心な部分がYESなのかNOなのか分かりにくい表現が多いか、もしくは消える魔球の様に述語自体が無いのである。

消えるのは述語だけではない。ある時は目的語、別の時は主語が無いのだ。しかも話がしょっちゅう全然関係ないところに飛ぶので、一体何の話をしてるのか五里霧中な時間がずーっと続くのである。相手に分かるように言葉を選ぶどころか、出てくる単語を統制する機能自体がH氏の脳みそでショートしてるのだ。。





欠如しているのは話す能力だけでは無い。これは脳と言うより性格に起因するのだろうが、相手が言っている事の半分も聞かない内に自分の中で勝手に結論付けてしまい、相手が聞いている事と全く関係ない回答をしてしまうのである。結局H氏の歩くところにはトラブルだらけとなり、そのたび全ての尻拭いをさせられたのは筆者であった。

「外の世界に出ると革新的なアイデアが頭に浮かぶんだよ!それを図面に落とすだけでウン億円の金になる商品になるんだ!」とH氏は声高々に叫ぶが、一方の言葉の方も脳に浮かんだ単語を適当に混ぜ合わせて喋っているだけなのだけれども、こっちは商品と違って価値あるモノの体を成さないのである。

つまりH氏は英語や中国語が出来ない以前に日本語、いや多分筆談でもコミュニケーション自体がまともに出来なかったのだ。ただ日本語の単語が一番よく知っているし、丁寧な口調で適当に誤魔化しておけばなんとなく言葉として認められると言う日本語の欠陥のおかげで筆者の会社の設計課長まで昇ることが出来たのである。

「貴君と私は長年の阿吽の呼吸で・・」と自分がどれだけ迷惑な存在かも知らずに筆者を通訳に駆り出そうとしているH氏。おそらくこの気が付かない・・という欠陥もH氏のアタマのバグに起因しているに違いない。なお通訳料どころかアゴアシの費用負担について何も書いてないので即座に「不可」と返事を出しておいた。






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予約をしたがらないフィリピン人

行きつけのマッサージ屋に行ったところ馴染みのマッサージ師が二人とも休みだという。それで最近入店したという女に揉んでもらうことになったが、女房についた新人女は下手糞この上無いらしく、店の主人に悟られないよう広東語で「全然力が無いのよ」「センスが無いわ」とブツクサ文句を言いはじめた。

だったら店に行く前に電話をかけてお気に入りのマッサージ師を確保すればいいのだが、女房にいくら言っても聞き入れることは無い。なぜなら女房はレストランに限らず美容院やホテルなども余程混雑する時期を覗いては絶対に予約を入れることは無いからだ。

なにもコレは女房に限ったことではなく女房の親戚全員に共通している現象である。たとえばボラカイ島に行った時は流石に航空券だけは予約をしたもののホテルは現地に到着してから探すというポリシーを貫いているし、飛行機を使わない旅ならとりあえず出発してから行先をどこにするか話し合っている有様だ。

それでなぜ君たちは予約しないのか?と聞いて見たところ、女房や親戚一同に共通しているのは「縛られるのが嫌だ」というのがその理由である。当日雨が降るかもしれないし、予約した店に向かう途中で別の魅力的なレストランがあるかもしれない。要するに何事も流動的にしておきたいという事らしい。





筆者など「宿が無かったらどうするんだ!」と考えてしまうが、彼らにその話をしたら「お前は何を言うとるんだ・・」と言った表情をする。そして「どこかは空いてるもんだよ」「その時はその時だ」と場当たり的な事を言うだけだし、いざとなったら野宿すればいいじゃないか・・と聞いた時には思わず呆れてしまった。

確かにフィリピンは気候が温暖だから野宿で凍え死ぬことは無いし(ただし虫や大蛇に食われる可能性はあるが・・)、森に入ればココナッツやバナナがたわわに木になっているから飢えることも無い。それにいよいよ危なくなったら教会に駆け込めば一宿一飯くらい提供してくれるという落としどころがある。

ミスをした場合に陥るボトムラインが日本に比べると高い(?)ところにあるから刹那的な生き方が出来るのだろうが、純日本人で外国人で一番気が合うのはゲルマン系という筆者にとっては彼らのスタンスは「いいのかねぇ・・こんなんで」と思えてしまう。

確かに事前に綿密な計画を立ててしまうと選択肢が狭まってしまうし、何より意外性が無くなってしまうから享楽的で楽天的なフィリピン人には計画というのは元々相いれないものなのかもしれない。確かにハプニングを楽しめるというのは人生を謳歌するには重要な才能なのだろう。だけど・・フィリピンの会社に投資するのだけは止めた方が良さそうだ・・・。






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人を魅了し堕落させる甘い香り(3)

戦前の上海を描いた小説にはアヘン入りの市販煙草ルビイが頻繁に登場するし、なにより日本軍が中国沿岸部を占領した後は日本人の商店にアヘン流通を独占させることで軍費を稼いでいたと言われるくらいだから、目の前にいる西村の爺さんが中国大陸でアヘンを栽培していたとか売っていたというのなら理解はできる。

しかし爺さんの言う「裏山」というのは新潟県内の山の事で、つまり日本国内で栽培していたという意味なのだ。しかも時期を聞いて見ると戦後である・・。子供の頃タイとラオスとビルマ国境に黄金の三角地帯と呼ばれるアヘン栽培地があるという話を聞いたことはあるが、まさか居酒屋から歩いて行ける場所に日本版の三角地帯があったなんて・・。

西村の爺さんの話ではケシという植物は山の斜面、しかも標高の高い場所で栽培するのに最適らしく、畑と違って全然金にならない山の土地を持っていた西村の爺さんの父親はケシ栽培に手を出したらしい。すでにアヘン栽培は法律で禁止されていたが、当時は食うや食わずの時代だし、だいいち山にハイキングに来る人間など皆無だから誰の目を気にする必要も無い・・。

収穫したアヘンは東京のブローカーが一括で買い取ってくれたそうで、このブローカーはよほど販売が巧みなのか、それとも睨みの利く政治家と繋がってるのか知らないが、ただの一度も警察に踏み込まれたりした事は無かったらしい。ケシの坊に剃刀で切り込みを入れて一本一本果汁を採取するのは面倒だったが、捕まる心配は無いしそこそこの金になるので20年近くアヘン栽培を続けたのだそうだ。





しかし60年代に入るとアヘン常習者の人口が減ったためかブローカーの買い取り量が目に見えて減り始め、さらに警察の目も厳しくなってきたし、何より西村の爺さんも工場でそこそこ出世したので危ない橋を渡るのが怖くなったらしい。それで60年代の半ばにアヘン栽培に見切りをつけることにした。

しかし喫茶店のアルバイトじゃないのだから下手すると秘密保持のため殺されかねない・・。それで怖くなかったか?と我ながら陳腐だと思う質問をしたが、東京のブローカーもその時はいろんな合法事業を展開していて向こうもアヘン商売に見切りをつけていたようである。なので全然揉めるようなことは無かったのだそうだ。

「むしろ山の土地の利用方法について向こうから代替案を持ってきてね。そのアイデアに乗ったおかげで今でも副収入があって大いに助かってるんだよ」と笑う西村の爺さん。副収入・・?という事は他の作物でも飢えてるんですか?と聞くと、まさか!。山の土地を貸したんだよ。借地権ってやつだ!と笑う。

そして爺さんは新潟県でも結構知られたスキー場の名前を挙げた。つまりアヘンを栽培していた西村の爺さんの山は今はスキー場の一部になっているということらしい。このスキー場は筆者も冬になると滑りに行ったのだが、あのゲレンデに積もった雪の下にそんな秘密があったとは誰も知らないであろう。なおこのスキー場を出資者の一人に例の東京のブローカーがいるそうである。






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人を魅了し堕落させる甘い香り(2)

ケシ・・言うまでも無く麻薬の原料である。ケシ坊と呼ばれる果実の部分から染み出す果汁を乾燥させるとアヘンとなり、このアヘンに化学的な精製を加えるとモルヒネやヘロインになっていく。100年前の清王朝は民族ごとアヘン漬けになりつつあった位だから、恐ろしいほど常習性が高くて危険な薬物に違いない。まさか自分がアヘンを・・と思うと愕然とした。

数日後バンコクから帰国した後で父親にくだんの香について尋ねてみることにした。父はお前なんでそんな事覚えているのだ?とちょっと訝しげな表情をした後で、実はあれはアヘンだよ・・と率直に答えた。息子が熱を出したので病院にすぐに連れて行きたい!と車のある隣人に運転を頼みに行ったところ、そんならまずはコレを試してみろ!と戸棚の奥から探し出してきたのだと言う。

「阿片には強力な殺菌作用があって、阿片を吸ったり傷口に塗るほうが下手な市販薬よりも遙かに効果があるんだ」と言う父親。これは戦前の日本では割と良く知られていた話らしく、特に上海や満州国、インドシナなどの旧日本占領地にいた日本人たちの各家庭には阿片は特効薬としてごく当たり前に常備されていたらしい。

しかし筆者が阿片を飲んだのは1970年とか71年頃で終戦から25年も経っている時期である。なんで隣人が(しかも都立高校の教師だった)阿片なんて危ないクスリを持っているのか?と疑問に思ったが、父親は「あの夫婦は戦前中国の天津にいたんだ。だから知り合いから分けてもらったんだろう」と謎のような事を言った





戦前中国大陸で暗躍した連中は戦後も日本で怪しげな商売に手を出し、その中に麻薬も入っていたという話は耳にしたことがあるが、筆者の隣に住む善良そうな老夫婦は悪党どもの一味にはどう見ても思えない。まあ彼らの顧客という位置づけなら考えられるが、家でパイプをふかして恍惚の世界に入っているアヘン中毒者にしては随分と二人そろって健康的である。

なので多分この夫婦は何らかの厄介な持病を抱えていて、戦前天津で試したアヘンがこの病気に大変良く効くのに気が付いたのか、もしくは(もしそうだとしたら凄い話だが)中国大陸にいた時そうだったように正露丸や赤チン同様の単なる常備薬としてアヘンを家に保管していたのに違いない。

しかしそれから1年後に筆者はアヘンの意外な供給元について知ることとなった。その時筆者は新潟県のド田舎にある工場に生産管理屋として配属されていたのだが、筆者の職場に定年後雇用でいた西村と言う爺さんと杯を重ねていたときに、戦後日本の知られざる一幕を聞くことになった。

爺さん相手に自分は子供のころにアヘンらしきものを吸わされたことがありまして・・という話をしていたら、西村の爺さんはエッ?という表情をした後なぜだか嬉しそうに笑い、そして「俺んちも裏山でケシ栽培してたんだよぉ」と意外な事を言い出したのである。エエッ!!!。この日本で・・しかも目の前にいる爺さんが・・?アヘン栽培・・?。予想外の話に口をあんぐりを空けてしまった。






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