人を魅了し堕落させる甘い香り(1)

今から四半世紀前、バンコク・ヤワラートにあった伝説の安宿ジュライホテルの一室で渡辺と藤井というバックパッカーと安酒を飲んでいた時のことである。渡辺くんはえらく長い時間をバスルームで過ごし、やっと筆者らのところへ戻ってきた。「ずいぶん長いクソだなぁ・・」と他人の部屋で用を足したことに嫌味の一つも言うと、この渡辺くんがそれまで俯いていた顔を上げたのだが、彼の顔を見て飛び上るほど驚いてしまった。

目が・・目が真っ赤に充血しているのである。それも尋常じゃないくらいに・・。それで「おい!お前だいじょうぶか!」と二人して渡辺くんに抱きかかったが、この渡辺くんはトローんとした表情をしている。そして実にゆっくりした口調で「ああ目か・・オレの場合はいつもこうだから気にすんなよ・・」とまるでフワリと空中に浮いているような口調で話す。

この渡辺くんはつい1か月前にインドのゴアというヒッピーの聖地で出会い、そして日本帰国の経由地であるバンコクで偶然にも再会したのだが、彼の赤く変色した目とゴアでの行状から葉っぱや樹脂よりも危ないクスリをやった様である。インドから持ち込んだのか?それともバンコクのホテルの周りにある危ない店で購入したのか知らないが、よりによって筆者の部屋で危ない薬をキメやがったのだ。

ジュライホテルは当時の筆者らの様な貧乏バックパッカーのたまり場で、当然昼間からラリッている野郎が山ほどいたのだが、葉っぱは警察に賄賂を渡せば黙認してくれるけれど、ケシ系やケミカル系は問答無用で刑務所行きである。特にこのホテルのボーイは警察に密告することで副収入を得ていると噂されており、今現在渡辺くんだけでなく筆者ら3人は大変危険な状況に立たされている・・。





怒りのあまり渡辺君の胸倉をつかもうとした筆者。今すぐこいつを叩き出して部屋の掃除や換気をしなければならない。しかしその時に筆者は実に不思議な体験をしたのだ。絵も知れぬような香しい匂い。心の奥から吹き上がる怒りをフッと消し去り、心を穏やかにしてしまう甘い香りが渡辺君がたった今まで居たバスルームの方からフワリフワリと漂ってくるのである。な・・何だこの香りは・・?。

煙を嗅いだだけで高揚した感情が一気に抑制されるというのも変な話である。実は筆者もその瞬間にそう思ったのだ。こんな至急存亡の時になぜ自分はこんな穏やかな気分になったのか・・?。そして筆者の脳裏にある閃きが浮かんだのだ。そう・・筆者はこの香りを前に嗅いだことがあって、その時のやんわりと全身を包み込むような原体験が蘇ってきたのだ。

それは筆者がまだ小学校に上がる前、高熱を出して寝込んでいた時である。母親が救急車を呼ぼうか・・などと言っていたから相当ヤバかったのだと思う。ところが父親が何かのクスリを持ってきて筆者に飲ませた後、香の様なモノを焚いた記憶があるのだが、その後の記憶がすっぽり抜け落ちているのだ。

その後筆者は入院した記憶は無いので、おそらく直ぐに回復したのだと思う。しかし筆者は父親が「あの薬はあんまり飲ませちゃいけないんだ」と後に言ったのを覚えていたのだが、どうやら体の方までバスルームから漂ってくる甘い香りと心を落ち着かせる効果を覚えていた様である。その時筆者はこれはひょっとしてケシなのではないか・・と思い始めた。






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タイに行きたしと思えどもあまりに遠し

学生時代からの友人Kさんがタイのチェンマイに入り連日の様にフェイスブックに近況をアップデートしている。彼は年の内9か月を日本で働き、残り3か月をタイで過ごす生活をもう20年以上も続けているのだ。

一方筆者も一昨年ついに会社を中途退職し、過去2年連続で春先に約1か月半ほどタイで過ごす生活をついに始めたのだが、今年はタイに行くことは叶わずにフィリピンの片田舎で指をくわえながらKさんの写真を見ているようになってしまった。

全ては女房にタイ行きを却下されてしまったからである。実は筆者ら夫婦は過去30回くらいタイを訪問しているため女房は元々タイ旅行に食傷気味だったのだが、昨年秋に仕方なく連れて行った日本をすっかり気に入ってしまい、次回行くのは(おそらく次々回もその次も)日本と決めてしまったのだ。

この件に関しては今まで見たことないくらい頑なのである。しかし筆者にしてみれば毎年タイで過ごせるから会社を中途退職したようなものなので、ここで女房に妥協する気はない。それでチェンマイの他にチェンライやラオスのビエンチャン、ベトナムのハノイなど女房が今まで行った事が無い場所を逆提案すれば少しは心が動くかな・・と思った、これが全くダメだった。





筆者の話が終わった後で「円安が進んでいるから今回のタイ滞在は満足度は落ちるのは確実じゃない!」と筆者の嫌な話をし始める女房。実は我が家の生活費は円建てで渡していて、女房がちょっとでも高いもの(ペソ建て)を買おうとすると「円レートが悪いんだぞ!」と嫌味を言って余分な買い物を諦めさせてきた弱みが筆者にはあるのである。

「円安なんだからアンタの大事な円が使える日本がいいわよね!今度は3週間くらいかけて関西から九州を回りましょうよ!」と言う女房・・。しかも一体どこで調べてきたのかキッチン付きのホテル(長期滞在の割引あり)やワンルームマンションの値段まで諳んじるではないか・・。

1日当たりの費用はタイに行くより倍以上かかるが、その分日数を半分にすれば合計金額は同じになるし、なにより日本はタイに比べて格段に観光価値があるから(あくまで女房の目線である)、現時点で旅に行くべき国は世界中で日本だけだ!というのが女房の論法であった。

というわけで交渉に負けた筆者は毎日ふてくされた気分で過ごしているのだが、一方女房は日本の桜の季節などをネットで調べていて何だか嬉しそうである。全く日銀の黒田が居なければ俺は今頃タイにいたんだ・・と思うと激しい怒りが込み上げてきた。タイの雨季が来る前に黒田が心臓麻痺でも起こしてお陀仏するよう毎日タイの神様に祈ることにしよう。






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捨て子から大統領へと登り詰める女

先日の日記でも少し触れたが、2016年に選出される大統領の座に現在最も近い位置にいるのがグレース・ポー上院議員である。昨年末の世論調査ではビナイ副大統領に次いで支持率2位につけていたが、ビナイの汚職疑惑が深まっている現在グレース・ポーが1位に躍進したと見る向きも多い。

実は筆者はこの人物について最近まで良く知らなかったのだが、筆者の親戚連中の多くが次期大統領にふさわしいのはグレース・ポーだ!と言っているので、暇つぶしに彼女の経歴について調べてみたことにした。それで今日は筆者の受け売りの浅はかな知識を日記にしたい。

グレース・ポーについて検索すると真っ先に出てくるのは、彼女の両親がフィリピン映画界で「キング」の異名をとるフェルナンド・ポー・ジュニア.(FPJ)と同じく女優のスーザン・ロチェスだという事である。ただし経歴には「養女」と書かれており、よく見るとパナイ島イロイロ市のハロ大聖堂に捨てられていた赤ん坊を教会の訪問者が発見、司祭からグレースと名付けられた彼女は二組の養父母を経て最優的に映画スター夫妻に引き取られたとある。





子供の時分より養父母に連れられて映画の撮影現場に居合わせたので、周囲は当然グレースも将来は映画産業で働くと考えていたようだが、国立フィリピン大学からアメリカのボストン大学に留学したグレースは社会開発学分野に興味を持ち、学位授与後はしばらくアメリカで学校教師や地質調査センターの職員、民間企業のマネージャーの職を勤めていたようである。

しかし養父FJPが2004年にフィリピン大統領選に出馬したため急きょフィリピンに帰国して選挙活動を手伝う事になった。筆者はこの時期にフィリピンにいなかったので良くは知らないが、2004年の選挙は近年まれにみる激戦だったらしく、実際には養父FPJが勝利を収めていたのだが、現職のアロヨ陣営が票数を操作するなど不正行為を行ったため僅差で敗れる結果となってしまった。

選挙終了後にグレース・ポーは一旦アメリカに戻ったが、半年後に養父が急死してしまう。これも一部では暗殺されたのではないか・・と噂されているらしく、グレース・ポーはフィリピンに帰国して亡き父の遺志を引き継ぐ決意をする。これ以降選挙の不正監視委員会やMTRCBという映画・テレビに関する政府機関のトップを務めた後、なんと2013年の上院議員選に出馬し見事にトップ当選してしまう。





国のトップに立つ人間と言うのは普通とは違う強運の持ち主だが、このグレース・ポーの強運さというのは目を見張るものがある。捨て子が映画スター夫妻に拾われた。養父が大スターとなり大統領選に出馬した。養父が不正選挙に敗れて直ぐに亡くなったことで全国民の同情心を一気に受ける身になった。いきなり上院選に出馬してトップ当選した。大統領候補者のトップ3に入ったが、他の二人は汚職や管理能力不足で自滅しつつある・・。

このグレース・ポーの行く先に憚るものは恰も全能の神が排除しているようにも見える。彼女の出生の秘密については実は養父FPJが他の女に産ませた子供だとか(つまり父とは血のつながりがあると言う意味)、マルコス大統領と養母の姉妹との間にできた子供なのだ等々の噂があるが、いずれにせよグレース・ポーは尋常でない幸運の星の下に生まれついたのだろう。

政治キャリアはたった1年半と浅く未知数な部分も多いグレース・ポーだが、ツキが無い人物がリーダーになれば組織ごと沈没いてしまうのは筆者の経験上よく知っているので、フィリピンの将来の為にはとことん強運なグレース・ポーに大統領になってもらいたいと思う。






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モロ・イスラム解放戦線を翻訳したら・・

昨日の日記でフィリピン国家警察部隊とMILF(モロ・イスラム解放戦線)の銃撃戦の背後には、双方の敵対勢力である野党UNAとMNLF(モロ民族解放戦線)の仕掛けた策略があるのではないか?と書いたが、本日ネットを見ていたらUNAのリーダーの一人であるエストラダ元大統領がMILFを叩きつぶせ!と発言したと言うニュースを見つけた。

エストラダの論点は、フィリピン政府とミンダナオのイスラム勢力は戦争→和平交渉→停戦→戦争というパターンを何度も繰り返しているだけであり、何ら根本的な解決には至らずに単に無為な時間を過ごしてるだけだ!というもので、今すぐすべての軍隊が出動してMILFを叩き潰せ!という超過激なモノである。





しかしMILFのテロによってカトリックの一般市民が殺されたのならともかく、今回の衝突の原因になったのは公式にはフィリピン警察の指揮官のミスだから、エストラダが言っていることはアベコベな様な気が・・。それに記事にはタガログ語が途中で入っているので筆者が重大な読み落としをしているのかもしれない・・。

それでグーグルの翻訳機能を使ってタガログ語から変換してみたのだが、日本語に翻訳された記事を読んでいる時に変な個所を見つけた。それはBefore that, we gave the MILF an ultimatum of three to six months to back down.という英語なのだが、翻訳されたそれは「その前に、我々はダウンしてバックアップする3〜6カ月の熟女に最後通牒を与えた」となって出てきたのだ。





熟女に最後通称・・?単語を拾っていけばこの「熟女」に相当するのはMILFである。MILFが何で熟女なんだろう・・と思ってネットで調べてみたところ、なんとMother I Like to Fuck(直訳すると「ヤリたくなるお母さん」の略語らしく、2008年の米大統領選で共和党から副大統領候補として出馬したサラ・ペイリンがMILFの代表格だと出ている。

へえそうなのか・・と思って翻訳を読んでいったが、何故だか知らないが「エストラダが熟女を徹底攻撃」「全兵士は熟女に突撃しろ」という言葉が頭に浮かんできて思わずニヤニヤ笑い出してしまった。そう言えばエストラダってな~んかアッチの方も強そうな顔つきだし、昔取った杵柄で熟女女優たちとエロ映画にでも出演し、弾丸を撃ち尽くすまで戦ってみたらどうだろう。本当の戦争の話をするより、こっちの肉弾戦の方がよっぽどフィリピン人の精神衛生上よろしい結果になると思うんだけど・・・。






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ミンダナオ銃撃戦の背後

ミンダナオ島で警察の特殊部隊とMILF(モロ・イスラム解放戦線)のゲリラが銃撃戦となり少なくとも50人の死者が出たと言うニュースが流れた。最初の警察発表では戦闘になったのはMILFではなくBIFF(バンサモロ・イスラム自由の戦士)だったなど情報が錯綜しており事実関係は不明な部分が多いが、その後のニュースを追うにつれ偶発的な事件、もっというと警察部隊の指揮官のミスが原因のようである。

周知の通りフィリピン政府とイスラム系多数派のMILFはミンダナオ和平に関する枠組み合意を署名し、2016年にミンダナオの一部にイスラム自治区を創立することで合意している。少数派のアブサヤフやBIFF、MNLF(モロ民族解放戦線)はこの合意に反発し、あの手この手で混沌状態を作り出そうと画策しているが、政府とMILFの協調体制は盤石でこのまま順調にいくのだと全国民が思っていた矢先の出来事である。

さてこんな大事件について陰謀論が好きなフィリピン人の男たちが黙っているはずもなく、さっそくウィスキーグラス片手にやいのやいの各自の推測したストーリーを披露することになった。酒が入っているし元々世の中を斜め横から見るのが好きな男たちだから、この事件はあくまで偶発的なものではなく、背後にごく一部の人しか知らない筋書きがあるのだ!と譲って聞かないことは言うまでも無い。





ストーリーその1は、BIFFやアブサヤフが仕組んだ罠という説。筆者は兵役経験が無いのでリアリティーは良くわからないが、警察部隊の指揮官がブービートラップに引っ掛かってMILFの陣地まで誘導されてしまい、そこで誤って銃撃戦になってしまったという筋書きである。目的は停戦合意を壊してMILFを劣勢に追い込み、イスラム勢力内での主導権を握ることである。

ストーリーその2は、アメリカが仕組んだと言う説。ISISによる残虐行為やパリのテロ事件などの背景には実はアメリカがいて、アジアでも2~3カ所緊張状態を作る必要があるため先日の爆弾テロと今回の事件を起こした・・という筋書きである。目的は世界中でイスラムへの猜疑心を高め、来るべきイスラムとの戦争を正当化するためである。

ストーリーその3は、フィリピン政府自身がわざとやったという説。上に書いたストーリー2にもある通り世界中でイスラム勢力は劣勢に立たされつつあるので、この際2年前の合意はひっくり返してイスラム勢力へ対決姿勢へ転換しつつあるという話である。でも・・だったら市街地のショッピングモールが爆破されて数百人死亡とかキリスト教徒の一般市民が被害者の側に回った方が得策だと思うんだけど・・。





さて上に書いた3つのストーリーは筆者にも想像できる範囲内にあったが、これから披露する従兄弟ラフィーの持論は筆者にとっては少しばかり驚きであった。ただし実は筆者はこの分野について十分な知識が伴わないので上手に説明できているかどうか正直自身が無い。それに酔っ払いの戯言で全然間違っている可能性も高そうなので話半分、いや四分の一で読んでほしい。

彼の説は次の大統領選挙に向けた政治闘争の一つだというのである。今回衝突したのは軍ではなく警察というのがミソで、事件の発端はブービートラップに引っ掛かったのか、それとも指揮官が意図的にやったのかは知らないが、警察の最高責任者でありアキノ大統領から後継者指名を受けているロハス内相の失点を演出するのが目的だと言うのである。

また今回の事件以外にも警察関連の不祥事や刑務所の管理不行き届き問題などがニュースを賑わせているが、これもロハス内相は自分の管轄内も整備できない!という国民への印象操作を目的とした政治工作だと言うのだ(ただし全く逆の見方をする人も多い)。では誰が背後にいるのか?というと、ロハスを抜いて支持率一位だった(現在失速中)ビナイ副大統領を要する野党UNAの勢力だというのだ。





「フィリピンのニュースを読みとく場合、外国とか経済とかあんまり難しく考えずに、シンプルに誰が一番得をするか?を考えればいいんだよ」とうそぶくラフィー。じゃあ何か?アキノ大統領とMILFが蜜月関係ってことは、双方の敵対勢力であるUNAとMNLFあたりも実は裏では手を結んでいるんだという事か?と聞くと「そうだ!」と答える。

そこからラフィーはいくつか具体的な過去の例を説明し始めたが、筆者には登場人物たちの名前がチンプンカンプンだし、なによりかなり酔っぱらっていて内容自体を忘れちゃったからここで書くことは不可能である。しかし同席の男どもはフンフンと神妙な顔で聞いていたから当たらずとも遠からずなのかも知れない。

確かに2年前のポークバレル汚職はUNA幹部を狙い撃ちにしていたし、そのニュース真っ盛りの頃にMNLF議長のヌル・ミスアリがザンボアンガで無謀な武装蜂起をおこしている・・。あれも国民の目をUNA追求からさけさせるための盟友MNLFの煙幕だったってことかも・・。そう考えると案外ラフィーが言ってる事は正しいのかもしれない。


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爺ジジイたちの皮算用

ビナイ副大統領(72歳)の相次ぐ不正・汚職疑惑で急速に支持率を落としつつある野党UNAは、2016年の正副大統領候補に同党のエストラダ元大統領(77歳)と無所属のグレース・ポー上院議員(46歳)のタッグを画策しているとのニュースが流れた。どうやらつい最近まで支持率1位をつけていたビナイでは勝てないと判断したようだ。ただしこのニュースの信憑性の方は今のところ噂の類いのようだが、あまりのバカバカさに一人笑い出してしまった。

UNAは元々エストラダ大統領、エンリレ上院議員、ビナイ副大統領の大物3人で設立した政党であるが、現在エンリレはポークバレル汚職で裁判中、ビナイは前述のようにマカティ市長時代の汚職などで疑惑を深めている身であり、同党の若手のホープだったエストラダのご子息ジンゴイもエンリレと共に獄中の身だから、UNAの親玉たちのうち現在まともに政治活動が出来るのはエストラダ元大統領のみになってしまった。





しかし元々エストラダ自身が疑惑の総合商社の様な人物であり、弾劾裁判後の仮釈放の条件には今後政治活動は行わないとの付帯条件が付いていたはずなのだが、昨年マニラ市長選に出馬してリム市長と老々戦争を繰り広げて勝利したことは記憶に新しい。しかも市長になったらなったでトラック規制を開始してフィリピン港の甚大な機能不全を引き起こすなど他人様に迷惑をかけまくっている困った御仁である。

そのエストラダが大統領選に出馬すると聞いただけで笑ってしまうが、よりによってクリーンが売り物でフィリピン全国民から未来のリーダーと目されているグレース・ポーを副大統領候補に担ぎ出そうとは・・。一体どこをどう押したらそんな自分たちにだけ都合の良いアイデアが出てくるのか・・と失笑してしまったのである。





フィリピンの昨年11月時点の世論調査ではグレース・ポーは21%で2位、ロハス内相が19%で3位、サンチアゴ女史が10%で4位、エストラダは9%で5位という順だが、1位をつけていたビナイはここ2か月で相当失速しているからグレース・ポーは現在首位に躍進しているはず。それに2004年の大統領候補でアロヨに僅差で敗れた後に無念な死に方をした父親フェルナンド・ポーの厚い支持層を引き継いでいる。なので5位のエストラダの下で副大統領なんかに立候補する必要は無いはずである。

しかし意外なことにテレビを見ていた同居人は筆者の様に笑っていないのに気付いた。「グレース・ポーの弱点は政治経験の浅さ。それに父親のフェルナンド・ポーとエストラダは同じ映画俳優出身で親友だったから、そこを巧く突いて利用するつもりらしいな」と言うのは従兄弟ラフィーの弁。そして「エストラダは高齢だし、任期の途中で死ぬ可能性があるから案外グレース・ポーは話に乗るかもね・・」と従姉妹ミレットも頷く。





どうもフィリピンの政治力学には政治信条やクリーン度以上にエリート派と庶民派の対立や、誰と誰が人脈で繋がっているといった泥臭い原理が働いている様である。正直自分はフィリピン政治にあんまり詳しくないのに、このニュースを聞いて真っ先に高笑いをしてしまった事に気まずさを感じてしまった。どうもフィリピンの政治につて一言いうレベルには不勉強なようだ。

UNAの顔ぶれをみる限り田中角栄に金丸信、小沢一郎が生き残りをかけて若手のプリンセスを騙しているように見えたんだがなぁ・・。どうも自分の視点は政治家に倫理性を求めるきらいがある様である。確かに毒を食らわば皿まで・・くらいの悪どさがなければフィリピンでは政治家は務まらないんだろう。グレースさん、狸ジジイどもに飲み込まれないようにね!。アッチが先に死ぬからと思って悠長に構えてちゃダメだよ。






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女狂いの叔父の変節

先日の親戚一同の飲み会で久しぶりにボウイ叔父に逢う事になった。この人は女房の亡くなった母親の弟にあたる人物で、女房が10歳の時に母親が亡くなった後は一時期ボウイ叔父の家に預けられていたことがある。当時ボウイ叔父は内務省の役人を勤めながら、パッシグ市場での氷屋商売とコックファイティング(闘鶏)で羽振りが良かったから、男やもめになった義父が経済的理由から頼み込んだようである。

このボウイ叔父には無類の女好きという悪癖があって、10年前に奥さんが亡くなってからは若い女の尻、特に10代後半の若い娘の体がたまらん!と公言して憚らないエロジジイなのだ。毎週の様(週2回だそうだ)にパッシグの女子大生に小遣いを与えては若い体を貪り食い、数年前にはついにその内の一人と結婚すると言い出して娘3人の猛反対にあって無理矢理別れさせられた事がある。

しかし昨年アメリカでシェフをしている長男クリスと、スペインにいる長女ティナイが久しぶりにフィリピンに帰国した際に、父親の余りの破廉恥な生態を又聞きした二人は兄妹会議を開催し、哀れボウイ叔父は小遣いの大幅削減の憂き目に遭ってしまった。それでここ最近はそっち方面も随分おとなしくなった・・と風の噂に聞いていたのである。

さて会場のレンタルハウスに現れたボウイ叔父だが、何故だか見たことが無い2人のオバちゃんを伴っていた。それで亡くなった奥さんの姉妹を連れてきたのだ・・・と思った筆者は「さあさあ!こちらへどうぞ!」と一番奥の主賓が座る席へと3人を誘ったが、その時ボウイ叔父の娘のティナイとフィリンが思いっきり不快そうな顔をしているのに気が付いた。





やがて見かねたように筆者に手招きする女房。そして周囲に分からないように広東語で「あの二人はボウイ叔父の愛人だ!」と告げたのだが、この話を聞いて筆者は驚いてしまった。もう女遊びは収まったんじゃなかったのか・・?、それに・・この二人ってかなり年齢いってるじゃねえかよ・・。

義妹が従姉妹たちから聞き集めた話によると、小遣いを減らされたボウイ叔父は逆境にもめげず素人娘に手を出そうとしたが、金も無い60歳のジジイ相手に股を広げるわけもなく、これはあえなく撃沈。そこで同じ集合住宅に住む欲求不満の奥様たちに宗旨替えをしたところ、これが意外にも成果が上がり、そのうち二人と深い仲になったというのである。

まあ団地妻ころがし・・とは聞こえが良いが、正直言ってボウイ叔父が連れてきたオバちゃん二人のご面相はかなり芳しくない・・。この二人を見た男性陣の十人中八人は「タダでも要らん!」と言うだろう。どうやら金の無くなったボウイ叔父は飽くなき欲望のはけ口を確保するため自分の美的感覚はかなぐり捨てることにしたようである。

さて宴会の終わりごろ、人差し指をクルッと丸めて「バイアグラより効く薬は知らんか?」と筆者にこっそり聞いてくるボウイ叔父。あんなババア相手じゃクスリ無しじゃ出来ないんだろうなぁ・・と思うと何だか可哀想に思えてきた。きっと頭の中は若い女の肢体が渦巻いているに違いない。今度会ったときには女房経由で1000ペソくらい小遣いをあげることにしよう。






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サウジアラビアってヤバくね?

朝起きて居間へ降りていくと義妹がテレビニュースに見入っていた。サウジの国王が死亡、イエメンの政権崩壊、そして中東を席巻している武装集団ISISの人質問題、さらに原理価格の下落が世界経済に与える不安要因など、今朝のヘッドラインは中東がらみのニュースで占められていた。

普段はソファにゴロンと寝っころがっているだけの義妹が中東関係のニュースを気にしているのは、夫のフランシスがあと2週間後にサウジアラビアのジェッダに戻るからである。そう言えば数か月前にサウジで謎の感染症MERSが流行した時も珍しくテレビに噛付いていたなぁ・・。

「ブラザー・・サウジって大丈夫かしら?」と不安そうな義妹。しかし食い物とエロ恋系スキャンダルしか頭の中に入っていない義妹はサウジのニュースが流れても一体どういう結果になるのか自力で解析することは出来ない。それでどうやら筆者の意見を参考に聞きたいらしい・・。ちなみに夫のフランシスは本日キアポの母親の元に戻っているため不在であった。





それで筆者はサウジを始めとする湾岸首長国はイスラム教の本来の原理(人類平等で社会主義的である)には反した独裁国家であり、①石油による莫大な資本と、②反体制運動を抑え付ける秘密警察、③アメリカによる支援、で何とか体制を維持している時限爆弾の様な国家であると紙に書いて説明した。義妹は紙に書いたチャートや相関図を見ながらフムフムと頷いている。

そして原油価格の下落は①を、ISISのような暴力的イスラム原理主義者の増殖は②の力を削ぐものであり、もしも③のアメリカがサウジを見捨てるようなことになれば、今まで抑え付けてきたものが大きいので、数年前のエジプトやリビアとは比較にならない大混乱が発生し、サウジでは王族に限らず全国民が辛酸を極めるような状況になるだろうと説明した。

なんだか心配そうな表情の義妹。それで話のはずみで20世紀の国家体制の終焉について説明を補足することにした。ロシア革命期のチェカーによる外国人狩りとソ連全土の監獄国家化、クラーク(富農)の根絶、ナチス崩壊時のベルリンの破壊、ウクライナの大規模飢餓、大躍進と文化大革命による国家機能の喪失と数千万人もの犠牲者、そしてポル・ポト派による人口の1/3の虐殺などである。





筆者の擬態語を混ぜたリアルな説明に黙りこむ義妹。どうやら義妹は映画「キリング・フィールド」を見たことがあったらしく、革命勢力による首都鎮圧と住民の農地への下放、そして大使館に逃げ込んだ外国人たちの過酷な状況の画像が頭に浮かんだようである。カンボジア人の主人公と夫フランシスを重ね合わせたのかな・・?

義妹の不安そうな反応が面白いので、ボスニアの民族浄化などの話など面白おかしく話していたら、流石に義妹も「もうやめてよ!」と言って庭に出てしまい、そこでタバコを吸い始めた。信用したかどうかは分からないが、きっと明日夫が帰ってきたらサウジ帰国を伸ばすよう懇願するに違いない。

しかし本当の事を言えば原油価格の下落で一番立ち位置が強くなっているのはサウジだし(原油生産コストが圧倒的に安いから)、ISISを援助しているのはアメリカの資本家集団とサウジアラビアであるのは陰謀論の世界では良く知られた話。なので義妹の心配が現実になる事は当分は無いだろうね・・。まあ明日は夫婦愛を高めて頂戴!。






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体内に溜まりこんだ水分にご注意

昨日の朝起きたらベッドの一部分がびしょびしょに濡れているのに気が付いた。最初はいい年してお漏らしでもしたのかと思ったが、水でぐっしょり濡れているのは筆者の背中(それも上部)に当たる部分だけである。つまり上半身のごく一部から汗が噴き出したようだ・・。それで今日の午後まだ暑い最中に1時間半ほど歩いて思い切り汗をかいてきた。

この分かった様で分からない書き出しには意味があって、筆者は漢方医学でいう所の痰湿(たんしつ)という困った体質の持ち主であることが原因である。これは水はけが非常に悪い体質という意味で、どうやら筆者の体は一番水が溜まっている胸部から強制的に水分を出したようなのである。まるで嘘のような話だが本当のことなのだ。

今から3年前に筆者は異常な寝汗や頻発する呼吸困難(これが一番つらかった)、内臓のあちこちの痛みと情緒不安定に悩まされていたのだが、香港の有名な病院で精密検査を受けても「中性脂肪がちょっと多いくらいですね」と言う呆れた診断結果しか出て来ず、ほとほと困り果てていたのである。

それで親しい友人が勧める漢方医の扉を叩いたのだが、この漢方医はタバコはスパスパ吸うし、なにより店で一日中麻雀を打っているようなロクデナシのオヤジである。しかし筆者の手を取ってジッと目とつぶるや霊能者みたいに何かを探知したのか診断書に何やら文字を書き始めた。





そこには脂肪肝とか高脂血症らしき病名がずらずら書かれていたけれども、これらは筆者の体型を見れば小学生だってわかる病名である。しかしこの漢方医が最後に痰湿体質という文字を書き込むや大きく丸で囲んで「お前の問題の根っこはこれだ!」と言った。

そして分厚い中国医学の本を取り出して「ここを読め」というので見てみると、そこには痰湿を放置していると最初は体のだるさや消化不良などの軽めの症状が現れるが、放っておくと数年で動脈硬化、糖尿病に肝機能障害、肺機能不全などの重大な病気に発展してしまうとあった。つまり西洋医学で気づいた時には遅いと言われる病気の前駆症状が痰湿という事を言いたかったらしい。

「お前の体には古い水が溜まってて代謝機能が低下しているんだ。息が苦しいのも寝汗をびっしょりかくのも、すべては体の水はけが悪くなっているからだ!」という漢方医。そして物凄くにが~い漢方薬を処方した後で、このままだと肺か肝臓の病気で死ぬぞ!。1週間に一度でいいから思いっきり汗を出せ!と諭すように言った。

そして翌日から仕事の後にアップダウンの激しい道を汗ダラダラになるまで歩いたところ、ある朝ちょっと凄い量の痰(子供の頃に流行ったスライムという緑色のヌルヌルした玩具に似ていた)が噴き出てきて、呼吸の苦しさも下にベットリ生えていた白いコケも綺麗さっぱり消えて無くなった。





ただし勿論たった一回の運動で全てが改善するわけもなく、その後も汗かきと漢方薬を飲み続けることで何とか体調の方も良くなってきたのだが、数か月後に筆者は会社を辞めてフィリピンでセミリタイア生活に入ってしまい、日がな一日ゴロゴロしているだけ生活に入ったので元の木阿弥になってしまったようなのだ。

それで中国医学を少しばかり調べてみたところ、痰湿の原因は筆者の様な生まれつきの体質の他に、運動不足と脂っこい食べものが原因になると書いてある。そして「運動不足は万病の元」という表現を良く聞くが、これは正しくは運動によって体内の水を出さないことが原因なのだそうだ。つまり汗だけ存分かいていれば逆に運動なんてしなくても良いという事らしい。

さてこの話をフィリピンに移住したリタイア組に当てはめてみると、徹底的に野菜が欠けた脂っこい食事、治安が悪いから外出しない、エアコンの効く部屋に籠りきり、・・これってまさしく痰湿へ一直線ともいうべき生活スタイルではないだろうか?。勿論ゴルフやテニスを週に一回でもプレイしていれば問題は無いだろが、ほとんどの方は家でゴロゴロ型ではないかと思う。

せっかく余生を南の国で過ごすことにしたのだから、炎天下の中を歩けとは言わないが、エアコンをつけないで寝るとか、半身浴30分とかいろいろと工夫して思い切り汗をかくことで健康を維持してもらいたいと思う。ただし筆者も言うばっかりで、実際にはなかなか出来なんだけれどね・・。そう、これは自分に向けた戒めのメッセージです。






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フィリピンで女性たちに飲ませるべき酒は・・

フィリピン人の親戚たちと飲み会をする場合、女性たちにどんな飲み物を出すべきか?というのは結構頭を悩ます問題ではないだろうか?。そんなの男と同じウィスキーやプンタドールでいいじゃないか?と言う人もいるが、あの手の酒は女性陣には強すぎるし何より下品に見えてしまうのが難だから論外である。

じゃあワインはどうか?と言えば、これはウィスキーよりは随分とマシであるものの筆者の親戚たちは残念なことにワインを楽しむというレベルまで発達していないし(あと10年以上かかりそう)、だいいち人数がべらぼうに多いからシャトー・タルボなんかの味を覚えられて女どもにがぶ飲みされたら筆者の懐はたまったものでは無い。

それで今まで宴会の場では(酒の提供は筆者の役割なため)サンミゲールが出しているアップル味のビールを提供していたのだが、いくらデブが多いとはいえボトルを直接ラッパ飲みするのは女性として恥ずかしいらしく、40~50本くらい買い込んでも常に半分以上は余ってしまう状態が続いていたのだ。





しかしここ三か月ほど親戚の女たちは筆者が日本から持ち帰ったある酒を気に入り、予想外に早いスピードで飲み続けてしまい、先日の宴会で遂に在庫が底をつくや「日本に帰って買ってこい!」とせっつくまでになったのだ。この酒に対する評価はアップル味のサイダーとはまるっきり比較にならないほど高いのである。

勿体ぶっているがその酒の正体を言うと日本の梅酒である。それもスーパーで2リットル700円くらいで売っているごく普通の梅酒なのだが、この梅酒のソーダ割りを女たちに勧めてみたところ、飲む人すべてが「このカクテルは素晴らしいわ!」と絶賛するようになったのである。

筆者は会社員時代ロシアに出張することが多かったのだが、モスクワの女性たちがチョーヤの梅酒をドンペリのシャンパンよりも高く評価することを経験で知っていたのだ。なので同じように大味で脂っこい料理を好み、体も同じようにデブンとしたフィリピン人なら合うかも?と思って試してみたところドンぴしゃりだったのである。





なお味で飛びつく若い世代と違って何事も保守的な中高年層は梅酒に手を出すことにためらっていたが、これは日本の農家でとれた梅の実を焼酎と氷砂糖で熟成して・・とか、2年目は梅の実を取り出すと一層まろやかに・・と梅酒の作り方を説明すると、バアさん達の脳裏には自分が作っている光景が目に浮かぶらしく、じゃあアタシも試しに一杯・・と飲むうちに、これが二杯、三杯となっていった。

そして梅酒の在庫が切れた今、女たちの間では自分たちで同じものが手作りできないか・・?という話になっているらしい。まあ梅の実がフィリピンにあるかどうかは知らないが、ギルビーズのウォッカと氷砂糖代わりの蜂蜜は簡単に手に入るから何かのフルーツを使って果実酒を作るに違いない。

何事もみんなで話し合って一緒に作り上げるのが好きなご婦人たち。宴会の席であーだこーだと材料について話している様はなんとも楽しそうであった。ご婦人たちが自前で酒を用意すれば筆者の懐も助かるので、是非とも日本の梅酒を凌駕するフィリピンの名酒を作り上げて欲しいものだ。






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フィリピン庶民の酒は要注意

先日の日記でフィリピンでは社会階層によって人々が飲む酒が違い、一番下の階層はジンを飲んでいる・・と書いたが、親戚の男連中に聞いたところどうやらこれは間違いであることが分かった。フィリピン最下層の人間たちが飲むのはヤシの木を原料とするトゥバとランバノグという酒だと言うのである。

昔読んだ北杜夫の小説に「ヤシの実を日向にほっぽらかしておくと中身が発酵して酒となる」という記述があったので、筆者はてっきりトゥバというのはブコジュース(ヤシの実の中身の液体)が進化したものだと思ったが、義弟の話だとこれは間違いで実際はヤシの樹液が原料になるのだそうだ。

筆者は化学が大嫌いなので説明を聞いてもちっとも理解できなかったが、どうもヤシの木には自然とアルコールを醸造する成分が含まれているらしく(酵母とかいうんだっけ?)、樹液をろ過して放っておけば自然と酒になってしまうらしい。まさに南の国に与えられた自然の恵みとはまさにこういう事を言うのだろう。

この醸造されたヤシ酒をトゥバ(TUBA)と呼ぶらしいが、そのままにしておくと酢に化学変化してしまうため、一度蒸留してアルコールを抽出したのがランバノグ(LAMBANOG)である。ヤシの実が頻繁に生えている地方はともかく、マニラなどの都市部で飲まれているのはこっちの方らしい。





それで先日ラグナ州を旅した際に物は試しと露店でランバノグというのを購入したのだが(トゥバは全て酢に変化してしまったと露店の娘は言った)、ボトルに張り付けられた安っぽいラベルには商標名とランバノグという文字が印刷されているだけで、アルコール度数とか製造者の住所が見当たらない。なんだか一昔前の密造酒のように怪しげな雰囲気である。

もう一つ変なのはランバノグにはアップル味やストロベリー味のようなバリエーションが多彩なことで、なぜかバブルガム味という面妖なものまであるのだ。そのままじゃとてもマトモに飲める代物じゃないんだろうな・・と思った筆者は、だったら本物を味わってみようじゃないか!と勇気をふるってピュアテイストというのを買ってみることにした。値段は一本75ペソとべらぼうに安い。

さて親戚一同が集まった席で筆者が持ち込んだジョニ黒やプンタドールをテーブルに置いたのだが、最後に2本のランバノグを出したところ年配者たちからは「お~懐かしい」と好意的な反応が現れたが、その子供の世代は「なんでこんな酒を・・」とでも言いたげな思いっきり冷たい沈黙を保っている。この連中は会社経営やコンピューター技術者に銀行員、コールセンター勤務などフィリピンでは中の上の階層に位置するのである。

それで各自が最初の一杯を自分のグラスに注ぎ始めたが、全員の手が伸びたのはジョニ黒のボトルで、さっき懐かしいと言ってたジジイたちもランバノグには手を出さない。どうも毎回酒を提供する筆者に対してヨイショしていただけのようだ。それでここは筆者が自ら率先しなければ!と思いランバノグのボトルを手に取った。


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この酒を一口含んだときの最初の印象は「意外に飲みやすい」である。無色透明なのでマオタイ酒やテキーラの様な強烈なキックがあるのかと思ったが、酒としてはかなり甘いためクイクイ飲んでしまいそうだ。ただ上級なホワイトリカー類に特徴的な透明感は全くないのだけれど、「へぇ~結構うまいじゃん・・」と調子に乗って飲み続けた。

しかしその後しばらくたってから体に変調が現れた。呼吸が苦しいのである。そして頭がズキズキと痛んでくるのだ。今までいろんな酒を無茶飲みしてきたが、過去経験したことが無い類の体の反応である。こりゃヤバいかも・・と思った筆者は途中でランバノグは止めてウィスキーに切り替えたところ幾分体の調子は良くなった。

宴会も終わりになりかけたころ、爺さん連中が「ランバノグは口当たりが良いんだが、グラスに火が付くくらいアルコール度数は高いんだよ」と筆者に説明し始めた。ああ・・やっぱりな・・と筆者は納得したが、だけどウォッカ一気飲みしても平気な筆者が体験したあの頭痛は何だろうと疑問に思っていた時に、ボウイ叔父さんが「あと変なアルコール混ぜてるからな・・」と衝撃的な一言が・・・。

どうやらランバノグの製造基準は無いに等しい状況らしく、有象無象ある蒸留所の中にはアルコールや化学物質を平気で混ぜたりしている所もあるのだそうだ。それで叔父たちはランバノグを買う際は絶対に信用できる蒸留所のものしか買わないらしい。なるほど・・だから誰もボトルに手を出さなかったのだ・・。だったら俺が飲む前に教えろ!オラーッ!!






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フィリピン最高の肉料理

明日の一族新年会(女房の母方)に向けて女房が料理の下準備に忙しくなってきた。今回は誰かの家に集まるのを止めてパッシグ市内のレンタルハウスを借り切り、そこに各家庭が料理と飲み物を持ち寄るスタイルになったのだが、どうやら女房には豚肉料理が割り当てられたようである。

それで女房は朝一番に市場に出かけて豚肉をたんまり買い込み、クリスピーパタという豚足やすねの部分をカリカリに揚げたものやスプライトに赤ワインなど面妖な材料のタレに付け込んだバーベキュー、そしてアドボという酢と醤油を使った煮込み料理に豚耳の脳みそ和え等あまたの料理の下ごしらえを始めたが、女房の手書きのリストを何気なく覗いたところ、そこに筆者の大好物があるのを発見した。

その名前はBAGNET(バグネット)。豚肉のかたまりを油で揚げた簡単な料理である。しかしこの料理は実に美味いのだ。元々はフィリピン北部イロコス地方の料理だが、女房の母方一族の出身地パンパンガ州サンタアナ地域の料理法も混ぜた我が家のオリジナル料理である。

作り方だが、まず豚バラのブロック肉(腹の脂がサシで入った部分が部分がベスト)をアルミホイルで包み、フォークで表面にボチボチと穴をあける。そして大振りの鍋にお湯を沸かし、そこに「スープとしてはちょっと味が濃いかなぁ・・」くらいに塩・コショウ、ニンニクとクノールのチキンスープの素、月桂樹の葉っぱを入れて煮立たせる。

このスープに先ほどのアルミホイルで包んだ豚ブロック肉をぶち込んで煮立たせるのだが、アルミホイルで包むのは肉の型崩れを防ぐためで、アルミに穴を空けるのはスープの味を豚肉に染み込ませる為である。だったらアルミで包まずチャーシューの様にタコ糸で縛ればいいじゃないか・・と思うだろうが、叔母も女房も「アルミでないとダメなのよ!」と言い張るので、ここは大人しく従うことにしよう。





肉のサイズにもよるが、だいたい30分から45分煮込んだところで肉を取り出し、アルミホイルを広げてここで再び塩コショウとチキンパウダーを肉にまぶした後、しばらく肉を冷ます。そしてここから先が重要なのだが、この肉をサランラップで包んで冷凍庫に1日入れるのである。もう一回言うが氷を作る冷凍庫の方である。この冷凍庫に入れると言うのがミソなのだ。

どうせ揚げるのなら肉が温かいうちに油に突っ込めばいいだろうが・・と思うだろうが、叔母と女房が「いったん冷凍することで肉がリラックス(?)するのよ!」という筆者には全く理解不能な説明をして呆気にとられてしまった。なお多少論理的な説明が出来る義妹の話では、原因は分からないが冷凍すると現象として表面がカリカリ、中がジューシーになりやすくなるのだそうだ。

翌日豚肉を解凍した後で植物油に肉をブッ込んで肉を揚げるのだが、昨日スープで肉の中まで十分火が通っているので、あくまで表面がカリカリに焦げ目がつく程度で良い。時間としては10分程度で十分である。なおイロコス地方では豚の血とビールを混ぜたソースをつけるらしいが、筆者の家ではこんな気持ち悪いソースなど使うわけもなくそのまま食うか、マスタードか柚子胡椒、もしくは中国醤油に唐辛子の切り刻みを加えたソースで食べることにしている。

さてこの肉に包丁を入れると、カリカリの皮の部分の裂け目から肉汁がジュワ―っと出てくるのが何とも淫靡である。そしてプルンプルンの真っ白な肉は「これが豚肉?」と驚くほど柔らかくて、小泉武夫風の表現を使うならモチモチした肉からピュルリピュルリと甘味のある肉汁が染み出てきて思わず「快感~・・」と満身の笑みを浮かべてしまうのだ。そこら辺の焼き肉屋のトントロ食って満足してるアナタ!。豚肉料理にも上には上があるって事を試してみな!。

フィリピンで豚料理の最高峰はレチョン(豚の丸焼き)と相場が決まっているが、男たちが顔をそろえてウィスキーグラスを傾ける際は是非ともこのバグネットをツマミにすることをお勧めする。なお一昼夜冷凍庫に入れるなんて待ってられないよ!と思う方は、今から2~3塊スープで煮込んで冷凍庫に在庫化しておいてはどうだろうか?。とにかく美味いので是非ともお試しあれ。






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リベートこそ商売の王道

昨夜我が家で義弟フランシスと従兄弟ラフィーの3人で酒を酌み交わしている時に賄賂の渡し方について話題になった。フランシスはサウジアラビアの建設会社のマネージャーを務めているから、資材会社のセールスマンを賄賂で腑抜けにする方法や建設会社の重機械という名目で高級車を無税でサウジ国内に搬入し、お役人の奥方に無期限で貸し出す方法などアラブらしいエピソードをいくつか披露し始めて筆者らを笑わせる。

一方の筆者も中国人相手に長らく営業をしていたから、香港の顧客や競合他社の中に筆者の言う事を聞く人間を仕立てあげ、中国本土への密輸ルートを潤滑にするため中国税関幹部に裏金を渡したりするのも仕事の内だったので、この手の話は得意中の得意である。日本企業の駐在員が税関に裏金・・?と驚かないでほしい。中国人相手にビジネスをする場合、賄賂は最も効果的な潤滑油で、ここで正義感など振り回していたら商売あがったりになってしまうのだ。

さて同席していた従兄弟ラフィーが何だか浮かない顔をしておる。ちなみにこの男はフィリピン国内の大手製薬会社に勤めているのだが、営業ではなく経理であるため賄賂に直接タッチする立場にないものの、金の流れを把握する立場にはあるのだ。筆者は薬品系の業界事情について詳しくは無いが、短期間だがコンタクトレンズの業務部に籍を置いたことがあるので、医者たちの強欲さについては多少心得があるのだ。

「ラフィー!大手病院からリベートの上乗せでも要求されているのかい?」と聞いてみたところ、いやいやもっと大変なことが起こっているんだよ・・と浮かない顔のまま・・。それで一旦は別の話題に切り替えたが、ラフィーの言う「大変なこと」に興味が尽きない筆者と義弟フランシス。やがて話題が一巡し再度ラフィーに製薬業界の裏事情について話題を振ったところ、「実は上からリベート全廃という指示が出てしまったんだ」と語りはじめた。

いかなる業界だろうがリベートの渡し先は基本的に顧客の①法人に対して、②個人(調達課長などのキーマン)に対して、の2種類に分かれるが、ここで話題になっているのは勿論②の方で、顧客から商品単価の10%の値引きを要求されるよりも、調達担当者に単価の5%を裏金として渡す代わりに値引きの方は黙らせる、という売り手にとっては大変助かる類の話である。ただし①と違って②の裏金は公式なものではないから帳簿上捻くり出すのはチト面倒だし、何より相手の保身上ぜったいにキャッシュで渡すか、もしくは外国の銀行口座に振り込む(送金元も外国でないと不可)必要があるのだ。


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さてラフィーの会社も大手病院や薬局チェーンの内部にキーマンを仕立てあげ、その人物に3~5%のバックマージンを長年に渡って手渡してきたのだが、1年ほど前に自分のところのセールスマンが裏金を自分でネコババしていた事実が発覚したため、会社の上層部は今後一切合財の裏金は小切手で渡す由の指示を出したというのだ。しかも小切手を手渡すのは営業マンではなくラフィーら総務・経理畑の人間に限定する!という命令なので、ここ数か月間に渡ってラフィーは大病院や薬局に潜むキーマンたちに直接会って小切手を渡す役目を仰せつかっていたというのである。

しかしここまで読まれれば上層部の指示がまるっきりトンチンカンなものであることが分かるだろう。キーマンたちは言わば自分が属する組織に対して背任行為をしている訳で、そいつらが便宜を図っている相手(ラフィーの製薬会社)から自分の名前を書いた小切手を貰うということは、まさに不正行為の証拠になってしまうではないか・・。それでラフィーら総務畑の人間は小切手を届ける度にキーマンたちから「俺たちを失業させるつもりか!」と罵倒され続けてきたというのだ。

ラフィーの話では昨年会社の副社長(管理部門責任者)になった上司は日本で言う所のコンプライアンスにうるさい男らしく、ここ数か月で大手顧客からの取引額はなだらかに減少しているというのに、この副社長は1月初めの年始セミナーの場でなんと「リベート全廃」を言い出したと言うのである。これには営業どころか総務・経理から製造部門まで驚いてしまい、このままだと会社が潰れるのではないかと不安になっているらしい。

「この副社長は長い間アメリカにいたせいで、ビジネスモラルがフィリピンと大きくずれちゃってるんだよ」と暗い顔をして呟くラフィー。こんなクソ貯めのフィリピンで綺麗事を言えば顧客は競合他社にごっそり持っていかれるのは確実なのに、製薬会社の社長やオーナーたちはリベート全廃を支持してしまい(上場でもするのだろうか?)、現在営業マンたちは自分たちが長年飼ってきたキーマンたちへ絶縁状を突きつけるという命がけの任務で日々打ち果てているというのだ。

筆者の拙い経験で言えば、国家なり会社なり一つの組織が短期間に崩壊してしまうのは、独裁者や悪徳の蔓延が原因なのではなく、高潔で善意と理想に満ちているが全く実践性を伴わないスローガンを組織がそのまま実行するからだ。誰がどう見てもラフィーの前途には暗雲が立ち込めているようだが、単なるマネージャーでしかないラフィーに出来ることは何もない。残念だけど転職先を探し始めるしかないだろう。それからリベートを渡していた相手の名前と日付、金額がズラリと書かれたリストは将来役に立つから今のうちに持ち出しておけよ!






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ロッテの不正送金が発覚?。何をいまさら・・

現在かなり酔っぱらっているので、本日の日記は思いつくまま五月雨式に書いていく。

酒席の後で掲示板を見ていたら、ロッテの不正送金が発覚!というニュースが出ていた。韓国の捜査機関が地下銀行を摘発し五千万米ドル相当の裏金を押収したところ、その一部が日本ロッテの金だったと言うのである。

しかし日本のメディアはこの事件を全く報道しないばかりか、不正送金の容疑者でロッテオーナーの長男かつ日本ロッテ副会長がつい先日ロッテグループの全役職から解任された理由を「一族の内紛が原因」と本筋とは関係ない明後日の方向を向いた説明をしている。

ロッテは在日韓国人の企業で、戦後左翼たちが築いたマイノリティの壁に守られているとは言え、どうしてメディアはロッテの疑惑を全く報じないのだろうか?。

もっと昔に遡れば、なぜグリコ森永事件のかい人21面相はロッテだけは標的にしなかったのか?。そして雪印や不二家、マクドナルドなどロッテの商売敵がさんざん不祥事を起こして世間から叩かれているのに、なぜロッテだけは無傷なのか?

むしろ競合他社の不祥事を利用してロッテは大きくなって来たようにも見えるが、さらに踏み込んで言えばロッテの商売敵の不祥事は本当に偶発的なモノなのか?





昭和30年ごろに成人していて丹念に新聞雑誌を読んでいた年配の方や、終戦後の日本の混乱期に戦勝国民と名乗り出た三国人たちの動向を調べたことがある方なら、ロッテという会社の周りに蠢く黒い闇についてよくご存知のはずである。

南北朝鮮の力が拮抗し一触即発の状態だった時代に、ロッテは南の朴正煕政権を支えるために韓国へ巨額の送金をするとともに、自民党の大物政治家たちへ韓国へ肩入れするようロビー活動を行っていた。

もちろん朴正煕から韓国国内での事業許認可などの見返りと引き換えだったことは言うまでもない。

この時ロッテの会長とタッグを組んでいたのが民族派右翼の超大物と、東京の広域暴力団の組長、そして後に朝鮮系のカルト教団が仲間に加わった。

当時は日本も革命勢力が強かったので、日本のエスタブリッシュメントたちも反共という思惑が一致するなら相手の出自は問わずに手を組まざるを得なかった。

戦前に差別される側にいた人間たちが、差別した側の上層部へとゆっくり網を広げて飲み込んでいく・・。こうして日本の正当な保守派と韓国ロビイストが混じり合い、いつの間にか立場が逆転してしまった。





だけど日本の裏社会と組んで朴正煕を支えた企業なら総合商社のMやIをはじめ日本にゴマンとあるのに、なんでロッテだけは格が違うのか?

それは前述の同じ思想を持つ危ない仲間たちとエスタブリッシュメントがロッテの周りをずらりと囲んでいるからだ。

それにしてもロッテの立ち上げ期には謎が多い。

なぜロッテの百人町工場は朝鮮半島出身者しか雇わなかったのか?

なぜロッテは日本で上場しなかったのか?

なぜロッテはいかなる時期にも資金調達に苦労することが無かったのか?

それはロッテが今みたいに大きくなる前、戦後のある時期まで新宿百人町の本社工場で何をしていたのか?を探れば答えが出てくる。

**続編はこちらから**






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法王が来たのを喜ぶのはいいんだけど・・・

ローマ法王がフィリピンに来るというので「まあ昨年オバマ大統領が来たのと同じような歓迎ぶりだろう・・」とタカをくくっていた筆者は、予想と現実の差に驚いてしまった。なんと午後からテレビ番組は法王到着の特番だけを放送するようになってしまったのである。

そしてビリヤール空軍基地から法王の宿舎までの道すがらに詰めかけたヒトヒトヒトの群れ・・。なんでも300万人が法王を一目見ようと待機しているというから、あたかも文化大革命中に天安門広場で毛沢東が現れるのを待つ紅衛兵のような騒ぎである。





さて夕方法王が飛行機に到着するあたりから筆者も女房と一緒にテレビを見ていたのだが、この女房も空港でキャアキャア叫び声をあげる女学生よろしく画面に向かって黄色い声を上げているではないか・・。こんな70過ぎの爺さんに・・と首をひねったが、女房はうるんだ眼をしてテレビ画面を見つめばかり。

筆者の知る限りこれほど歓迎される人というのは今までの人生で見たことが無い。ストーンズがついに日本に来たとか、イラク戦争に勝ったシュワルツコフ司令官の凱旋パレードなんて今回の法王のフィリピン訪問に比べればごくごく内輪の会みたいなもので、チャールズ皇太子とダイアナ妃の結婚式と比べても遙かに規模が大きいのではないだろうか。





筆者は宗教と言うものを持たぬのでローマ法王が来ると聞いてもピンと来ないのだが、どうやらカトリック教徒にとって法王は絶対神聖にして崇拝すべき対象という意識が上から下まで徹底しているのだということが分かった。たぶん戦前の日本の天皇もこんな感じだったのではあるまいか。

しかし困ったのは法王が空港から宿舎に入るまでずっと生中継された上に、宿舎に入った後も法王の訪問を喜ぶ人たちインタビューがずっと続いており、それを女房が嬉しそうな顔で画面に見いっていて、いつまでたってもソファから動く気配が無い事なのだ。あの~・・腹が減ったのでそろそろ夕食を・・・。






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アニュアルレポートに行ったけど・・・

フィリピン在住の外国人にとって一番面倒な義務であるアニュアルレポートを出しに近所のイミグレ支部まで行ってきた。これは年に一回自分の個人データを所定の用紙に書き込んで310ペソ払うだけの全然意味のない作業である。しかし昨年と違って今回はイントラムロスのイミグレ本部(昨年えらい目に遭った)まで行かずに済むようになったのが唯一の救いである。

朝一番にイミグレ支部のドアを開けると申請者は誰もおらず、事務官は筆者の用件を聞くなりサッと申請用紙を差し出してきた。この事務官、本部の連中と違って横柄な感じが無く、なかなか好感が持てそうな男である。そして申し訳なさそうに「悪いけど今オンラインが繋がらないので少し時間がかかるよ」と何気なく言う。こっちはヒマだから大丈夫だよ・・と答えると、この男は気弱そうに笑った。

イミグレの外に設けられたテーブルで氏名、年齢から知り合いの名前と住所、それに死んだ父親の名前まで一切合財を書きこみ、事務官に渡すと「実はまだラインが繋がらないんだよ」と言ってパソコンと格闘を始める。まあ朝一番だからイミグレ本部も立て込んでいるんだろうと思い、外のテーブルで出会った日本人の方と世間話などをして時間を潰すことにした。

ところが30分経っても事務官からは何も言ってこない。なんか変だと思ってオフィスに入り「おい!一体いつ出来るんだよ!」と問いただすと、事務官は偉い恐縮した様子で「ずっとオフラインのままなんだよ。電話したけれど本部も訳が分からないんだ!」と言う始末。


Blogar1キャプチャ


お前・・今年からイミグレ支部でもアニュアルレポートの手続きできると言っていたのに、支部と本部がオンラインで繋がらないんじゃ意味ねえじゃねえか!と嫌味を言うと、とにかく自分は努力しているから!と言ってまたパソコンと格闘を始める。それで筆者もまた外のテーブルに戻って日本人の方との会話に戻ることにした。

やがて30分ほど経ってからやっと事務官が出てきた。いやいや・・やっと繋がったのか・・と腰を上げようとしたところ、この事務官の口から出たのは「いつオンラインが繋がるか分からないから、今日はこのまま帰ってください」という呆れた一言。お前な・・俺はこの近所に住んでるからいいけれど、この傍らにいるご夫妻は1時間かけてここまで出てきたというのに・・。

それで女房が事務官に携帯電話を渡し、オンラインが整ったら再度イミグレに出向くことにしたが、結局本日午後一杯待っても電話はリンとも鳴りはしなかった。あの若造の事務官が連絡することを忘れたのか?、それとも一日中格闘しても繋がらなかったのか分からんが、イミグレって本当に本部も支部もダメな役所である。

そして事務官が女房に何気なく言った「明日からローマ法王が来るから・・」という一言が気になってきた。法王の訪問に伴いマニラ首都圏は明日から月曜日まで臨時の公休日に入るが、ひょっとしてマニラのイミグレ本部も休みになるから、本来休みとは全然関係ないリサール州のイミグレ支部も作業不能ってことになるんじゃ・・・。まさかそこまでダメじゃないだろうけど、フィリピンだったら有り得るような気も・・。





追記)
結局イミグレから電話が来たのは申請日の2日後だった。「おー、昨日はラインが繋がらずに一日中大変だったよ!」と気弱な事務官は言うが、どうも昨日一日イミグレ総出で法王訪問のテレビ中継を見ていたに違いない。


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間もなく台風1号が来襲

ローマ法王のフィリピン訪問を控えフィリピン国民はいささか浮き足立っているが、せっかくの世紀のイベントに水を差す事態が進行しているようだ。

フィリピン気象庁PAGASAによれば、現在ミンダナオ島の東2200キロを移動中の熱帯低気圧は近日中にサイクロンに発展する可能性が高く(その場合は台風AMANGという名になるのだそうだ)、予想では明後日にフィリピン海域内に侵入する可能性が高いらしい。

フィリピンの台風はたいていの場合、①東ビサヤ地域からビコール地方を経てパラワン島に抜けるコースと、②東ビサヤから進路を突然変更し台湾、日本へと向かうコース、のどちらかを辿るが、この熱帯低気圧の前哨戦ともいうべき分厚い雨雲が今現在東ビサヤ地方を覆っている状況を考えると、どうも①のコースになる可能性が高いというのだ。





一方のローマ法王は明後日にマニラに到着し、アキノ大統領やマニラ大聖堂でのミサを終えた後は土曜日に台風ヨランダで大災害を被った東ビサヤ地方のタクロバンを訪問する予定なのだが、これって台風の侵入予想スケジュールと全く同じなのである。

しかも台風が東ビサヤに上陸するのは今週土曜日で、法王がタクロバンを訪問するのも土曜日だから正にドンピシャリではないか。それで「ひょっとして法王様はタクロバンに来られないのでは・・?」と現地の敬遠なカトリック信者は悲しんでいるらしい。

一昨年もケリー米国務長官のフィリピン訪問が台風でキャンセルしてしまった例もあるので、なんだか太平洋上には中国が台風製造機でも仕掛けているような気もしてくるが、せっかくタクロバン市民が法王の訪問を期待しているのだから、今回はルートを変更して日本へと北上していって貰いたい。






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フィリピンの天ぷらオコイ

先日女房の実家で義父と義弟相手に酒を酌み交わしていると、女房が「はい!プルタン(ツマミ)よ!」と言って天ぷらのかき揚げを出してきた。なんでもクラスメイトのアイリンがつい先ほど差し入れだと言って持ってきたというのだが、あのアイリンが日本料理が出来たとは・・とちょっと驚いてしまった。

アイリンは7年前に香港に出稼ぎ家政婦として短期間だけ滞在していたことがあるのだが、確か雇用主は二人とも香港人だったはずである。まあ週末筆者の家に遊びに来たときに日本料理店に連れていった事が何度かあったから、きっと見よう見まねで作ったのだろう・・くらいに考えていた。

アイリンが作ったかき揚げは小エビにニンジン、玉ねぎに紫蘇のような葉っぱも入っていて何だか随分と本格的である。それで筆者の好きな塩を付けて食してみたところ、フライパンで揚げたのと芋と卵が入っているためは身はサクサクサクッとはいかないが、なかなか上出来の味である。なにより滋味が強くて味が濃いのが関東人の筆者にはたまらない。

アイリンが日本料理を作るとは知らなかったよ?お前が教えたのか?」と女房と聞くと、同席していた義父と義妹が「ハァ・・・?」という表情をした。そして女房が「これはオコイ(OKOY)と言って純粋なフィリピン料理なのよ」というのを聞いてちょっと驚いてしまった。これが・・フィリピン料理?。どう見たってかき揚げだぞ・・。





女房は日本料理屋に行くと必ずと言ってよいほど海老天ぷらを頼むほどの天ぷら好きなのだが、昔から「この料理はオコイに似ているなぁ~」と思っていたらしい。ちなみにオコイは義父が酒のつまみ代わりに作る料理だったらしく、女房にとってはガキの頃から食いなれた料理だったのだそうだ。なるほど、だから自分でも色んな材料で天ぷらを作ってたのか・・。

さてこのオコイはフィリピンのどの地方が特産というわけではなく、フィリピン全土でほぼ日常的に食べられているオカズの一つらしく、物知りの義父の話によればフィリピンを統治したスペイン人たちが故郷の料理フリッターを持ち込んだのがオコイのそもそもの始まりなのだと言う。

そう言えば日本の天ぷらも16世紀に日本にやってきたポルトガル人が持ち込んだ料理が起源だと聞いたことを思い出した。それに天ぷらという名前もテンペラとかいうポルトガル語が語源だったような・・。確かにスペインとポルトガルはお隣同志で似たような料理文化圏である。そう考えればフィリピンと日本に似た料理があっても少しも不思議ではない。

さてこのオコイであるが、テーブルにいた義父と義弟が全部平らげてしまう前に数枚そっとナプキンに包んで持ち帰ることにした。こいつを天ぷら蕎麦にしない手はないからである。そして翌日自宅に帰って、日本で買ったミツカン追い鰹つゆと乾燥ネギ、増えるワカメちゃん、そして更科の乾麺で天ぷら蕎麦を作ったところ、こいつは下手な日本料理店で食べるよりも遙かに日本の味がした。そしてこの日以来筆者は一日おきに天ぷら蕎麦を食べる極上の生活を送っている。






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フィリピンの吸引治療ベントーサ

行きつけのマッサージ店のネーちゃんから「今度来たらベントーサをやってみない?」と前々から言われていたので、酷い肩こりに悩まされている義弟フランシスを伴ってマッサージ店に出向き遂に試してみることにした。

このベントーサとは日本ではカップリングとかいう名称で呼ばれているらしいが、長年香港にいた筆者にとってはパックァン(抜灌)というのがお馴染みの名前で、毎年夏バテにやられて頭がキーンとなる時期が来ると、近所にある中国按摩治療院に訪れてパックァンを良くやってもらったものである。

背中一面にはっついたヨーグルトの瓶状のカップがギューッと肉を吸いこんでいく光景はなんともグロテスクだが、実際吸われる方は体の奥にたまった悪い血が表面に吸い出される感じがして思わず「あ~気持ちいい」と叫んでしまうほどである。

ただし困るのは術後1週間くらい危ない感染症の様に体中に赤黒い痣が幾つも残ってしまう事だが、パックァンがごく普通に普及している香港ではごく当たり前の光景で、奇矯な目で見られたりスイミングプールやサウナなどの入場を断られたりすることは無いのである。





さてマッサージ屋に入りベントーサをやる由を伝えると、筆者の相方のネーちゃんが嬉しそうな顔をする。筆者はリピータークーポンを常に使っているので足1時間と体1時間で合計500ペソの売上しかならないが、ベントーサは200ペソの追加料金が発生するのでネーちゃんの身入りが増えるからだろう。

1時間の足マッサージが終わった後でマットレスに転がってるとガチャガチャと音を立てながらネーちゃんがガラス瓶を運んできた。ちょっと見たところ香港とほぼ同じサイズである。そして背中にオイルを塗り短いローソクを乗っけて火をつける。さあギュギュギューっと来るぞ!と楽しみに待ち構えていた。

ところが・・背中にガラス瓶が乗っかった感じはしたのだが、肝心のギューギュー吸い付かれる感じがほとんどしない・・。てっきりこのガラス瓶には穴でも開いてるのか?と思ったが、その隣に置かれたガラス瓶も単に置かれただけ・・というかかすかな吸引感しか無いのである。

それで「おい!ちゃんと吸引してないぞ!」とネーちゃんに文句を言ったが、このネーちゃんは「まあ見ててよ」と言うだけで全然吸わないガラスを背中に乗っけていく・・。ちなみにこのネーちゃんはマッサージの腕は抜群だし絶対に手抜きするような人間ではないから、この全然吸わないベントーサは間違いでは無いということらしい・・・。





やがてネーちゃんは背中じゅうに乗っかった「かすかにしか吸わないガラス瓶」を一つ一つ擦すりつけるようにグルグル回すと実にあっけなく取り外してしまう。えっ!これで終わり?と思ったが、ここでまた背中にローソクを乗っけてガラス瓶を乗っけ始めた。どうやら振り出しに戻ったようである。

けっきょく①ローソクを乗っける→②ガラス瓶を乗っける→③一つ一つガラス瓶を回す→④外す、という作業を3回繰り返したのだが、肝心の吸引の方はほとんど何の感じもしないので、なんだか背中の上でガラス瓶を回された効果しか感じない。これ本当に吸引療法なの・・・?

「この方法だと背中に痣が残らないからいいでしょ?」とネーちゃんは聞いてくるが、いったいベントーサというのは何のための治療なのかさっぱり分からない・・。そして義弟フランシスが何の吸引後も残っていない背中をさすりながら「いやー良かったよぉ」と言っているのを見たときに自分は何か異空間にいるのではないか・・と思い始めてしまった。

「今から8時間は絶対にシャワーを浴びないでください」とマッサージ屋の受付嬢が厳格な顔つきで言う。なんでも体の中から気(エア)が出ている状態なので、気を出し切る前に水を浴びると流れが遮断されてしまい大変危険な状態になるのだそうだ。こんなオマジナイみたいな治療に効果なんかあるか!とすっかり逆上した筆者は、帰宅後に女房が止めるのも聞かずに大量の冷水シャワーを浴びた。案の定なんともなかった。






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履物の町リリウで勘違い

マニラ首都圏から見てラグーナ州の一番奥深いところにあるリリウ(LILIW)という町に寄った時のことである。この町にある有名な教会にお参りした後、義弟が「ここでサンダルを買おう」というので町のメインストリートまで歩いていくことにした。すると・・まあ有るわ有るわ、この町は東京・浅草の花川戸通りかと思うほど履物屋ばかりなのだ。

女房の話ではここリリウはマニラ東部のマリキナと並ぶ履物の町なのだが、昔は「リリウ=サンダル」「マリキナ=革靴」と棲み分けが出来ていたのだという。ところがマリキナの都市化が進んだことで製靴産業が劣勢化し、一方リリウは靴やカバンにベルトなどへ多角化したため現在この2つの町はライバル関係になってしまったらしい。

この話を聞いて頭に浮かんだのは日本の製靴産業のことである。大きな寺院がある宗教的要素の強い地域で家畜の皮を加工する産業が栄える・・、これは日本全国で共通する傾向である。仏教とカトリックと宗教が違えど同じような形で皮革産業が形成されるのだ・・と一人ごちていたが、この件を義弟フランシスに話すと「ブラザー!それは全然違う」と言う。





リリウが皮革製品に参入したのはここ20年ほどのことで、家畜の皮が先なのではなく元々は植物繊維を使ったサンダルしか作っていなかったというのだ。そしてこのラグーナ州でサンダルやバロンと呼ばれるフィリピンの正装、そして木材工芸品などの樹木製品が名産になった理由はこの地域の気候に大きく関係しているのだという。

「今日ここに来るまでの天気をみただろう。晴れと雨降りを繰り返すラグーナ州の気候はプランテーションや植林に最適なんだよ。なのでこの地域では植物を使った産業が自然と発展していったんだ」という義弟フランシス。同じラグーナ州の最深部パキルの町にスペイン人が美しい教会を作ったのも、スペイン人入植者からみてここラグーナ州は優秀な農林業の生産地だったからなのだそうだ。

なるほど・・自分の頭で思い込むよりも他人と話はしてみるものである・・と反省する筆者。日本で言えば群馬とか栃木みたいな地味な印象が強いラグナ州だが、意外にも地域としては中々の競争力があったのだ。それにカランバには温泉も出るなど天然資源に恵まれているから、筆者の住むフィリピンの埼玉県リサール州よりよっぽど魅力的な場所のように思えてきた。





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ド田舎の村に建つ荘厳な教会

義弟フランシスが買った新車を慣らすためラグーナ湖周辺をひとっ走りすると言うので、年がら年中ヒマである筆者夫妻も一緒に付き合う事にした。本当は1週間かけてルソン島の最北端アパリまで行っても構わなかったのだが、本日はブラックナザレで高速の入口付近は渋滞だし、何よりフランシス自身がそれほどヒマでないので、たった一日のドライブと相成ったのである。

筆者は今まで知らなかったのだが、ラグーナ州と言うのは手工芸品がだそうで、なるほどある町は木彫りの人形や家具などの木材工芸店がひしめいているし、隣の町はパイナップル繊維を使ったバロンという洋服の店が道路沿いにズラーッと並び、最後に立ち寄ったのはカバンとサンダル、皮革製品で有名なリリウという町であった。

元々メーカーの営業マンであった筆者はこういう場所を見つけると製品から販路などを色々想像してしまう性質なのだが、フランシスのもう一つの目的、つまりブラックナザレの日にラグーナ州の教会を回るスケジュールが間に合わなくなってしまうので、どの町でも店を何軒か覗いただけで立ち去らなければならないのが残念であった。





しかし名産品への思いも本日2件目に訪れた教会ですべて吹き飛んでしまった。それはパキルというラグーナ州東部のド田舎にある古びた教会で、ブラックナザレの日だと言うのに参拝客はたったの5人しかいなかったのだが、この教会を一目見た時に「えっ!これは!」と驚いてしまったのだ。

美しいのである。荘厳なのである。傍でキャンドルを売っていた婆さんに聞いた話では、この教会はフィリピンに作られた最も古い教会の一つで、地震や戦争で何度も半壊しては昔のままの姿に再建されてきたらしい。しかし外観を見る限り400年くらい経過しているんじゃないか?と思えるほど実に味わい深く年季が入っているのだ。

そして教会内部の礼拝堂に入った時に更にビックリしてしまった。正面の壁はいくつもの聖人の像を並べたデザインで、礼拝堂の暗さと壁の青い光のコントラストが実に幻想的な味わいを醸し出しているのだ。そして天井に書き込まれた無数の宗教画の緻密さときたらこれまた絶品なのである。


blog800px-The_Pakil_Church_or_the_San_Pedro_de_Alcantara_Church_in_Pakil,_Laguna


筆者は今までいろんな国の教会を訪問してきたが、このパキルにある小さな教会はミラノ郊外サロンノやプラハの隠れた名教会(こういう表現があるのか?)に匹敵する美しさだと思った。日本で言うなら京都の嵯峨野や嵐山界隈にある小さな由緒ある寺を見つけたような喜びである。

しかし義弟の「ブラザー!このクラスの教会なら各州に1つくらいはあるよ」という一言に驚いてしまった。こんなきれいな教会は40も50もあるってのか・・?。しかし考えてみればスペインにより植民地化されたのが約500年前。その後キリスト教はフィリピンの上から下まで浸透し、長年に渡って教会を支えてきたのは一般庶民たちだから、こんな昔のままの趣のある教会が全国各地に散らばっていても不思議ではない。

筆者もフィリピンに来て昨日で2年が経過したが、この期間やったことと言えば多少のビジネスと親戚付き合いと夜遊びとメシのまずさの文句だけである。しかしダメだダメだと文句ばかり言っていたフィリピンにもこんな美しい文化財があるのだ・・。ローマ法王も来るようだし、新しい車もきたことだから今度はカラバルソン地方の田舎町でも回ってみるか。


blogpakilchurchキャプチャ



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思い切り飛べるフィリピン産のジン

パッシグに住むエスター叔母さんから夕食に誘われたので日本の焼酎いいちこを持って出かけることにした。普段は必ずと言ってよいほどジョニーウォーカーかシーバスリーガルを手土産にするのだが、義弟フランシスは運転する日は絶対に酒は飲まないので、この日酒を飲むのは筆者とエスター叔母の旦那であるダニー叔父だけである。このダニー叔父は無類のホワイトリカー好きなので、物は試しと先日日本食材店で買った焼酎を飲むことにしたのだ。

このダニー叔父は数年前に会社を退職してからは毎日朝からジンを引っかける生活をしているらしい。それで早速「これは日本のジンですよ(正確には違うが)」と言って焼酎ボトルを見せると、満面の笑みを浮かべて挨拶も早々にグラスと氷を用意し始めた。まだ義弟や義妹は車から出てきてもないってのに・・と奥方や娘の冷たい視線をよそにグラスに焼酎をドボドボと注ぎ込む。そして「えっ!」と言う間もないくらい一気にグラスを空けた。

「味はいかがでしょうか?」と聞いてみたが、グッドとかOKといった味に関して評論的なことは一言も言わない。しかし駆け付け三杯の言葉通りに3回注いで一気に飲み干したからおそらく不満は無いのだろう。筆者の亡くなった祖父もそうだったが重いアルコール依存症の人間は酒が美味いか不味いかには興味はなく、単に摂取しやすいかどうかに軸足が移っていくから、おそらくダニー叔父にとって焼酎いいちこは評価が高いのではないだろうか。

そこへ突然と予想外の客(従兄弟ジェン)が現れた。なんでも筆者ら一行がエスター叔母の家にいると聞いたので近所に住むジェン一家も急遽参加することにしたのだそうだ。さてこのジェン、やあやあ!と嬉しそうに挨拶を交わした後、テーブルの上にある焼酎いいちこをチラリと見て「これは何だ?」と聞くので、奴のグラスにドボドボ注ぎながら「日本のジンだよ」と言うと、明らかに「こんなロクでもない酒持ってきやがって」という失望の表情が顔に浮かんだ。

ダニー叔父によれば、フィリピンでジンを飲むのは山岳部の農民や漁師などの低教養かつ低所得の男たちで、自分は彼らとは格が違うが(あくまで自己申告)ジンやウォッカの味が好きなのだ・・とフィリピンにおける階級と酒の相関関係について説明する。要するにジンの愛好者はコニャックやスコッチを飲む階層よりも下である事は言うに及ばず、プンタドールやエンペラドール、アルフォンソ2世を飲むフィリピン人よりも下の最下層民ということらしい





なるほどジェンが舌打ちしたのはそういう意味か・・。たしかにコイツは普段ジャックダニエルを愛飲する男である。しかし日本でも昔は焼酎は肉体労働者のための酒だったが、最近は品質レベルも格段に上がりホワイトカラーにも愛用されるようになったのだ!と説明したが、これはまるで理解してもらえない・・。イギリスのジンやロシアのウォッカ同様に、フィリピンでもジンは下層民の飲み物という固定観念がしみついてしまっている様である。

しかし従兄弟ジェンも失望感いっぱいの表情とは裏腹に何度も焼酎をグラスに注いではグビグビあおっているから、案外と焼酎いいちこは気に入ったのではないかと思う(一応レモンの切れ端を入れていたが)。それにアルコールが25度とスコッチよりも低いのに気が付くや「ダニー叔父は健康のため日本の焼酎に切り替えるべきだ」と言い出す。当たり前だ!いいちこは下町のナポレオンと呼ばれるほど評価も高いんだぞ!と言おうとしたが、多分通じないだろうから黙っていることにした。

さて焼酎いいちこにすっかり気を良くしたダニー叔父が「フィリピンのジンを飲んだことあるか?」と言い出した。ギルビースなら飲んだことあるけど・・と答えると、あんなジンはダメだ!俺が飲んでるジンを持ってくるよ・・と言って台所へとヨロヨロと歩いていく。「やめた方がいいよ・・」と従兄弟ジェンは言うが、乗りかかった船だし、こっちも酔っぱらってるから今更飲みませんとは言えない。そしてダニー叔父が放り投げた小さなボトルを見てみた。

ラベルにはGINEBRA S. MIGUELと書かれていて、350ミリリットルとの表記はあるが肝心のアルコール度数は見つからない。そしてメタル製のキャップをあけたところ、筆者が今まで飲んだゴードンやタンカレーとはまったく別種の強烈なアルコール臭が漂い始めた。昔読んだ昭和初期の小説に「灯油臭い焼酎」という記述がったが、現在この不名誉な枕詞はこのジンに冠すべきだな・・と何となく思った。

おい、やめとけよ・・というジェンの心配そうな顔を無視して、灯油臭いジンをグラスに半分近く注ぎ、念のためにレモンの切れ端を絞ったあと一気に咽喉へ流し込むことにした。とても味わえるような代物とは思えなかったからである。そしてグラスを口元に運び90度傾けるや・・

★△&ぎゃ@#=☆☆あЙ☭∑!!!

そのまま一気に遠くへと飛んでいった・・。
教訓 : やっぱりホワイトリカーは下層民の飲み物である。






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マレーシア航空から来たメール

最近マレーシア航空から頻繁にプロモーションのメールが来るようになった。筆者は一昨年11月のマレーシア旅行の後に3路線だけマレーシア航空を使った事があるのだが、ここ数か月の間一度もメールなど貰った覚えがなかったのだ。

きっとマレーシア航空も二度に渡る大惨事で経営が苦しいんだろうな・・と数日前までは考えていたが、ふと有ることに気が付いた。12月30日と言うのもピークシーズンはとっくに過ぎているし、あと2日で新会計年度という微妙な時期である。こんな時期にプロモーションを再開するなんて変じゃないか・・・。

それでヒマに任せてマレーシア航空からのメール受信履歴を見てみたところ、最初の受信は一昨年の11月末で、キャセイパシフィックやシンガポール航空と同様に「クリスマスに乗り遅れるな!」という内容でアメリカやヨーロッパ便の特別価格がずらりと書かれている。いたってごく普通の広告宣伝である。


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そして一昨年の12月末から昨年2月末まで毎月末に定期的にプロモーションメールを受信していたのだが、昨年3月末から12月30日の受信再開まで10か月間はピタッと配信が止まっているのである。この期間には良くご存じの通り、3月8日のMH370便失踪と7月17日のMH17便ウクライナ上空撃墜事件が起こっている。

この期間にメール配信を停止した理由は筆者にも良くわかるのだ。撃墜された飛行機の残骸が煙を上げている映像がニュースで流れている時期に「マレーシア航空で快適な旅はいかがですか」なんてメールを送れば、「てめえ!ふざけてんのか!」と猛反発を買うのは必至だし、マレーシア航空で死ににいこう!なんて悪意あるネット広告を捏造されかねない。

しかし人の噂も75日という諺通り、営利団体である以上どこかの時点でプロモーションを再開しなければならない。この場合はピークシーズンに向けて遅くとも昨年10月か11月に開始するのが定石なのだろうが、筆者がプロモーションメールを再受信しはじめたのは何度も書いた通り12月30日なのである。






12月24日にクリスマスカードも送ってこなかったマレーシア航空がなぜ年の瀬も押し迫った12月30日に突然売り込みを再開したのか・・。この日程を鑑みるとどうやら12月28日の早朝に発生した競争相手エアアジア機の失踪(現在は墜落)事件が関係しているように思えてきた。

今までは生きててごめんなさい・・とチンマリしていたマレーシア航空はエアアジアの事故を見て心の中で快哉を叫んだに違いない。なんてったって自分たちに向けられていた冷たい視線が同じマレーシアの競争相手、しかもまともに戦っては絶対勝ち目のないLCC(格安航空会社)に向けられるのだから願っても無いチャンスである。

それでマレーシア航空は急きょ役員会を招集し、12月30日なんて中途半端な時期に販売促進活動を拡大することにしたに違いない。まあ企業なんてどこでも自分に調子よく生きているモノだが、この事を想像するとマレーシア航空の幹部の腹の内と一般職員たちの捻じくれた笑みが脳裏に浮かんできた。他の航空会社が墜落したからって言って、オタクの安全性があがったわけじゃないんだよ!勘違いしなさんな!。






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ホモ歯医者のもう一つの顔

歯石取りのため半年ぶりに女房の生まれ故郷にある歯医者に行ってきた。以前の日記にも書いた通りこの歯医者はホモなのだが、腕が中々良いのと値段が随分と安い(なんと500ペソ、約1400円である)ので本日リサール州の西から東へと横断してきたのである。

20分ほどで治療が終わりさて料金を払おうとしたところ、なんとこのホモ歯医者「今日はタダでいいよ」と言い出した。えっ?何で?と聞いたが、神様に感謝しなきゃいけない時期だからね・・と謎の様な一事を言ってニッコリ微笑むではないか。これは・・ひょっとして俺は気に入られたんじゃ・・と不安になったが、ホモ歯医者にいくら現金を渡そうとしてもガンとして受け取らない。それで彼の好意(これが怖い)に甘えて今日は無料サービスにしてもらう事にした。

歯医者の後はヒマになったので、義父と義弟に挨拶するために女房の実家へと立ち寄り、例のごとく3人でウィスキーグラスを傾けることになったのだが、今日のホモ歯医者の一件を話したところ義弟が「ブラザー。アンタはあの歯医者の好みじゃないから安心しろ」と言う。ホモでもない義弟が何でそんなことわかるんだ?と思ったが、何故だか義父も義妹もうなずいているではないか・・。

そこへ突然「ブラザー。割礼(サーカムサイズ)って知ってるか?」と義弟が言い出した。ええっ?知ってるも何も・・ユダヤ人が子供の時分にする○○○の皮をちょん切る儀式だろ・・?。それがどうしたんだ?と問い返すと、なんとフィリピンのカトリック教徒も11~13歳になると割礼をする習慣があるらしく、毎年4月の復活祭の前に子供たちは教会に集められて医療の専門家から先っぽをチョン切られるのだそうだ。





これはあくまで義弟と義妹の説明なので何処まで正確なのか確認していないが、この割礼儀式は地元の篤志家が場所代と治療費を寄付することで執り行っていたのだが、そのうちこの儀式には割礼以外に抜歯や健康診断を受けられる無料医療サービス(メディカルミッション)も付帯されていったらしい。そしてホモ歯医者は最初はガキたちの歯を抜く係として参加していたのだが、ある時に「自分は割礼係をやりたいのだ!」と言い出したのだそうだ。

ちなみに義父はその時に教会の氏子の役員(?)の様な役割を務めていて、このホモ歯医者の熱心な訴えに耳を傾けていたのだが、自分の原罪と宗教的使命とか難解な話ばかりしていてサッパリ理解できなかったらしい。しかし増え続ける子供の数と協力してくれる医師(外科医と内科医)のバランスが全然合わなくなってきたので、全然畑違いにも関わらずこのホモ歯医者の要望はあっさりと通ることになった。

「ホモ歯医者は物凄く熱心に割礼儀式を執り行う事が評価されて、今じゃこの町の大部分のガキの○○○をチョン切るようになったんだ」という義弟。そして傍にいた義妹も「趣味と実益を兼ねているのよね」と言ってニヤニヤと意味深な笑みを浮かべた。

別にそれだけじゃあ・・少年が好きと言う証拠にはならないが、なんだか義弟と義妹は具体的な事象をしていそうな雰囲気である。さてこのホモ歯医者は忠実な神の下僕か、それともサディストの少年マニアかどうかは知らないが、どうやら筆者は年齢的に対象外であるらしいから取り敢えず一安心である、今後もこの歯医者に通う事にしよう。






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お古のスーツをくれだとぉぉっ!!

本日スターバックスで午後のひと時を過ごしている時に、義弟のフランシスが「ブラザー!。余っているスーツが有ったら俺にくれないか?」と言いだした。このフランシスはサウジアラビアの建設会社のプロジェクトマネージャーを務めているのだが、最近スーツを着なければならない機会が急に増えたのでボロでも良いから不要スーツをくれと言うのである。そして筆者は義弟のこの申し出にムカッとしてしまった。

筆者は会社に入って最初の2年間は田舎の工場の生産管理係だったため、服装も会社から支給された灰色の作業服なんぞ来ていたが(ただしスタッフなのでネクタイとYシャツ着用)、3年目に晴れて東京の海外営業本部に転勤することが出来た。ところが出社したその日に東京の実家近くにあるアオキで買った吊るしのスーツを着て出社したところ、上司である役員(海外営業のトップ)から大目玉をくらう事になってしまったのだ。

この役員は一橋大学を卒業後にその巧みな英語力を買われて筆者の会社に入社、海外営業部で若くして頭角を現し20代でニューヨーク支店に勤務、そしてその後ロンドン支店長まで務めた方である。つまり戦前の旧制高商出身者が持つ日本の古き良き国際人(今のヘナチョコ駐在員などとは格が違う)を体現したような人物だと言いたいのだが、この御仁から「若い時分に服装に気を使わないとは貴様一体どういうことだー!!」と雷が落ちたのである。


blogbb87895キャプチャ


結局その晩にブルックスブラザースに出向いて分割払いで紺のスーツなぞ買ったのだが、次の日には「ボタンダウンのシャツとはふざけるな!」「男のこだわりは靴と腕時計に出るんだ!」などと実に五月蠅いことこの上無い。それで自分の給料はこんなものしか貰ってないので、あなた様の言うような高級品は買えません!と正直に言うと、だったら靴はフローシャイムあたりで良いだろうが腕時計はオメガかロンジンにしとけ(当時は今よりずっと安かった)と多少基準を割り引いてくれた。

それで3か月分の給料をはたいて(物凄く痛い出費だった)上司の言う品物を買いそろえたのだが、これらの高級品(あくまで当時の筆者の視点である)を身に纏うようになってからというもの、五月蠅い上司が言いたいことが徐々にだが分かってきた。別に自分が偉そうに見えるから嬉しいということじゃなくて、立派なものを身につけるということはキリリと気分を引き締まるし、何より第三者に対して不快感を与えないという立派な効果があるのである。

その後筆者のいた業界にもネクタイどころかスーツも着ない西海岸スタイルの顧客たちが増えていったが、筆者はずっと東海岸スタイル(紺かグレーの上下のスーツに赤系のタイ)を通したこと言うまでもない。それに部下の若造がニヤけた色合いのイタリアのスーツなど着ようものなら怒鳴り散らすなど、いつの間にか筆者自身が頑固者で五月蠅いオヤジになってしまった。





なので義弟フランシスの「ボロでもいいからスーツをくれ」という要求は筆者の目にはあまりにもビジネスマンとして低レベルに映ったのだ。いくら砂漠の国で一日の半分はランドクルーザーに乗って工事現場の進行状況を確認して回っているとはいえ、残り半分の時間はオフィスで顧客や資材業者と丁々発止のやり取りをしたり、フランス人の社長と事業戦略について話し合う立場である。それにスーツを着る機会が急に増えたということは現場からマネジメントへの軸足が移ったという事に他ならない。

なので「お前はサウジで3000ドルの月給を頂いている身分なのだから、今からその入り口の先にあるマークス&スペンサー(さすがにバーバリーとは言えない)に行ってスーツを買ってこい!」とだけ言って要求をきっぱり断ることにした。目をキョロキョロさせて「なんで?」と聞いてくる義弟。しかしココでいちいち説明するよりも自分で金を払ったスーツを着てみれば答えは分かる!とだけ言っておいた。

その場に居合わせた女房と義妹からは「幾らなんでも冷たいんじゃない?」と言われたが、男にとってスーツがどういう意味を持つのか女子供になど分かりはしないのである。ちょっと気まずい雰囲気になってしまっているが、筆者は義弟がビジネスマンとしての気構えを持ってほしいと切に願っているのだ。ただし我が家の中で筆者の心中を察してくれる人間が一人もいないのはちょっと寂しいんだけれど・・。






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親日派のオカマ床屋

一昨日行きつけの床屋に行ったところ長蛇の列が出来ているのを見つけた。なんでも職人(筆者が行くような店ではスタイリストとは言わない)が一人を除いて全員休みを取ってしまったため今日は4時間待ちになるという・・。筆者はヒマ人だが流石に狭苦しい店で過ごすのは嫌なので諦めて家に帰ろうとしたところ、同行者のラフィーが最近出来た店が近所にあると言うので、試しに行ってみることにした。

その店はいつも行く店から5分ほどの距離にあって、なるほど開店したばかりらしく中々小奇麗な店構えである。それに料金表もリーゾナブルなのでこの店で髪を切ることにしたのだが、店のドアを開けたときに猛烈なアンモニア臭が襲ってきたのに驚いてしまった。まるで大阪・西成の路上生活者と一緒にエレベーターに閉じ込められたような位の物凄い臭いなのだ。

「ごめんなさい!実は空調機械がまだ搬入されてないのよ」と客の頭にえらく臭いパーマ液を塗りたくっていた中年男が謝ってきた。このオヤジは年のころは50歳くらいで、身長180センチとガタイも良く中々のハンサムである。これが普通ならさぞかし女どもをヒイヒイ言わせてきたのだろうが、このオヤジはナポレオンフィッシュの様な不気味な蛍光色のアクセサリーと化粧と服を纏ったオカマであった。

あまりに臭いがひどいので帰ろうとしたが、オカマのオヤジが従業員に命じて入り口のドアを全開にしたので少しはマシになったのと、このオヤジを除く従業員が全員が全員とも実に可愛らしいネーちゃんばかりなのでこの店で髪を切ることにした。それでネーちゃんに座席に案内されて座ると、何故か他の客の髪を切っていたオカマのオヤジが「アナタ日本人カ?」と日本語で聞いてきた。

ええそうですけど・・と筆者も日本語で答えると、このオカマは何故だか嬉しそうに筆者の方に来て、ワタシ日本人ダイスキナノネ・・・との一言を皮切りに、自分は若いころ日本に行ったことがあって・・とか、付き合っていた日本人の恋人が・・と話し始めた。オカマとはいえ親日派を無下にするのは忍びないので適当に相槌を打っていると、このオヤジは散髪用具を持って控えていた可愛らしいフィリピン人のネーちゃんに何やら言って顎をしゃくった。





すると可愛いネーちゃんはさっきまでオカマオヤジが担当していたお客の髪にパーマ液を塗りたり始めるではないか・・。エーッ!!じゃあアンタが俺の髪を切のかよ!。しかしオカマオヤジは手際良くシーツをかぶせるやスプレーで筆者の髪の毛を濡らし始める。今さら担当変えてくれというのも悪いので大人しくしていたら、このオカマは腕は悪くないのだがまあ喋る喋る・・。片言の日本語だがうるさくて仕方ないのだ。

オカマオヤジが言うには、自分は若いころから日本人の男たちに囲まれていて、とても充実(どんな充実かは不明)した毎日を過ごしてきたのだけれど、もう年を取ったのと自分の店を持つだけの金が溜まったので生まれ故郷のこの町に帰ってきたのだそうだ。一体どこでの話か知らないが、このオヤジは日本人と随分と濃厚な性遍歴(ここは筆者の想像である)を重ねるうちにすっかり親日派になったのようである。

「ダケド ワタシ モウ オジイサンダカラ オトコハ ソツギョウネ」と時どき寂しそうな表情をする。筆者はオカマの生態は良く知らないが、やはり普通の生物同様に寄る年波には勝てずに精力の方も衰えてしまうようだ・・。やっぱり人生とは悲しいもんだな・・とこのオカマに同情を感じたのだが、もう髪切りも終わってシャンプーも終えた後にオカマオヤジの言葉とは裏腹のあるものを垣間見てしまった。

シートに戻ってから「ドライヤーで髪をブロウしてくれ!」と英語で言った時に、このオヤジは筆者の方を一瞬ちらっと覗き見て「オー!ブロウジョブ!」と答えたのである。もちろんこれが言葉だけならオカマの毒舌ジョークと受け取っただろう。しかし筆者は鏡越しにオカマオヤジの一瞬の目の輝き、動物が獲物を捕らえた時の様な一瞬の高揚感を見てしまったのだ。

「ドーモー!。マタキテネー!マッテルワヨー!」と投げキッスをするオカマオヤジ。こんな田舎町のオヤジが親日派でいてくれるというのは筆者にとっては大変ありがたいことである。だけどどうせなら店にいた若い女店員か、せめてフィリピンパブ上がりの中年ホステスくらいのご面相の女性が親日派であってほしかったなぁ・・。オカマオヤジよ。まだ鉄砲は撃ち尽くして無いようだから、残りの人生は韓国人か中国人相手に宗旨替えをしてみてはどうだろう?。






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刺青ラプソディ

正月にリサール州のド田舎でゴロゴロしていると、義妹が筆者の方に寄ってきて「ねえ!これどうよ!」と腕をまくった。見るとそこには娘の名前が赤青黄の3色の模様付きで書かれている。てっきり刺青シールかアラブ社会でよく見られるヘンナというプリントだと思い「この模様は何日くらい保てるのか?」と聞いてみたところ、義妹はハァ?という表情をした後で「違うわよ!アタシはタトゥーを入れたのよ!」と言った。

刺青・・。日本じゃ特定業界の代名詞で、こんなもの彫ったら温泉やプールに入れなくなるトンでも無い代物。しかも女の墨と聞くと映画「雪華葬刺し」の様に女の悲しみとか執念といったキーワードが頭に浮かぶが、この日がな一日居間に転がっている太めの中年主婦は全然真逆のタイプ・・。それで恐る恐る墨を入れた理由を聞いたところ、このド田舎村には腕の良い彫り師がいて、せっかく新しい年が来たのだから本日みんなで順番に墨を入れに行ったと言うのだ。





みんなでって・・いったい誰が?聞くと、義妹の夫フランシスに従姉妹ミレットと夫のラフィー、それに数人の遠い親戚(男女)だという。ちょっと待て!フランシスはサウジでホモから身を守るため(真っサラだと勘違いされてブッ込まれるらしい)という立派な理由があるが、大手企業のサラリーマンとその妻までもが刺青を入れるとはどういう事なんだ!と少しばかり頭に血が上ってしまったのだが、義妹は筆者の怒りが理解できずにキョトンとしてる。

「刺青なんてファッションなんだし、それに自分の愛する人の名前や顔を体に書き込むことは立派なことなんじゃないの・・」と言うのだ。そういえばパッシグに住む従兄弟ジェンは妻ジュミそっくりの似顔絵を胸部に掘っているし、今回フランシスが掘り込んだのは数年前に亡くなった祖母の顔なのだという。確かに死んだ人間を思いやるという意味では、毎年墓参りに行くより遙かに祖母孝行なんだろうが、なんかズレているような・・・。





「今回ラフィーはミレットと娘アンジェラの名前を彫ったのよ、それが何で非難されるのかしら?。だいいちブラザー(筆者のこと)も姉(筆者の女房)のことを愛してるのなら、その証明として腕に姉の名前を彫ったらいいじゃないの!」と抗議するような口調で言い始めた。いや・・・、なんか重大な価値観の違いに直面してしまったようである。

結局その後刺青をいれた全員が集まって「おい、ここ見てくれよ」と自慢げに腕や背中を見せ合っていたのだが、何となくみんな楽しそうである。そして筆者はなんだか出遅れたというか奇妙な劣等感を感じはじめてきた。フィリピンに移住してからそろそろ2年。どうも自分がズレはじめてきたのか?それとも刺青なんて化粧やTシャツの様に気軽なもので、罪悪感を持つ日本の価値観の方がズレているのか・・、なんだか分からなくなってしまった。






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やっと不幸の年廻りから脱出

謹賀新年。皆様明けましておめでとうございます。筆者はリサール州のド田舎で連日二日酔いで反吐を吐きそうなのを我慢していて、おまけに酒を飲むとき以外は親戚たちの楽しそうな輪からは一歩引いた浮いた立ち位置にいるなど全然楽しくもなんともない正月を過ごしてきたのだが、待ちわびていた未年(ひつじどし)が到来したので実は心は結構ウキウキしているのである。

話は今から25年ほど前の春に遡る。当時筆者は大学を卒業して新潟県の会社に就職の運びとなったのだが、喜び勇んで入社式に臨んだところが何故か人材のゴミ捨て場と言われている最低の事業部に配属されてしまい、おまけに入社研修中に体調不良(実際は麻疹であった)になったので病院に行ったところ、母親がお前は麻疹を一度やったよ!との勘違いが元で重大な性病と診断されてしまい、隔離病棟に収容されるという憂き目に遭っていた事があるのだhttp://dadesigna.blog.fc2.com/blog-entry-335.html。病気の方は事前にタイでやりまくった自分に原因があるとはいえ、入社1か月も経たないのに完全失脚してしまったのは正直辛かった。

一体どうして自分の運命はガラガラと崩れてしまったのか?。ああ・・やっぱり好きで好きで溜まらないタイとタイ人の彼女を捨てて就職したことでバチがあたったのだ・・と朝から晩まで病室でため息をついていた時である。看護婦さんが恐々した表情で差し入れてくれた女性週刊誌を何気なく見ると、そこに当時流行っていた天中殺という占いコーナーが載っていた。

血液検査の結果が出るまでヒマなので自分の運勢を検索してみたところ思わぬ結果が出た。その年の春先から2年間は運命のどん底に落ちるというのである。そして前回のどん底時期は12年前・・つまり小学校5~6年が最悪だったはずだと書いてあるのを見てビックリしてしまった。実はこの時期の筆者は担任の女教師の憎悪を一身に受け、毎日みんなの前で耳が聞こえなくなるまでぶっ叩かれるという苦悶の日々を過ごしていたからである。

天中殺によると人の運気は12年で一回りするらしく、筆者の場合は子年から卯年あたりが好調期なのだが、辰年に大きな間違いをしてしまい、巳年から午年にかけてどん底の低迷期に入るバイオリズムらしい。そして未年の春先に不幸さは底を打ち、やがて運命が徐々に上向きになっていくというのである。勿論こんなの迷信なのだろうが、その時は我が身を悲嘆している時だったので筆者は12年周期説というのをすっかり信じてしまったのだ。


blogtenchusatsuキャプチャ


これを読まれた方は「そんな馬鹿な!」と思うだろうが、2年後の1991年(未年)に筆者の人生は本当に一気に好転しただけでなく、12年後と24年後に筆者は全く同じ運勢の浮沈を経験することになったのだ。2000年(辰年)に香港での起業を諦めて会社の指示通り帰国したら3年間(未年まで)新潟県のド田舎の工場で無聊を囲うことになってしまった。そして2012年(辰年)には注意深く自分の環境を整えたのにもかかわらず、この環境整備が全部裏目に出てちょっと信じられないような異常な事態になってしまい、会社から強制帰国の命令が出たため24年勤めた会社に辞表を叩きつけることになった。

それでフィリピンに移住して少しはハッピーになれるかな?と思っていたら、これが不摂生が祟って糖尿病になってしまい、しかも少ない手持ち資産は円安で毎日に目減りしていくのを見せつけられ、おまけにフィリピンの激マズ料理を食わされるのだから、この2013年(巳年)と14年(午年)の2年間は正に苦行ともいえる日々だっだのである。そう、筆者のケースで言えば天中殺はまさしく当たっているのだ。

しかしこの苦悶の日々もあと数か月で終わるのかと思うと嬉しくなってくる。それに36、24、12年前の運命の転換期には居住地が変わっているので、多分今年の夏ごろにはフィリピン国内の別の場所か、もしくは他の国に移住するという巡り合わせになるのではないかと思ってる。なので今年は積極的に他の土地に出向いてチャンスが訪れやすい環境をつくるつもりである。

さて占いに身を任せるなんてアホな・・とお思いの方。物は試しに自分の過去を振り返って各年の○×▲を付けてみることを是非ともお勧めしたい。そこに金運や健康運、愛情運という別枠を設けてみると更に良い。おそらく7年とか11年とかある一定の規則性が見つかるはずである(筆者の場合は厳密には11.5年である)。そうして過去の事例を見てみれば、自ずと今年1年の過ごし方が見えてくると思うのだ。

中国人の好きな経済7年説から言うと2015年はリーマン・ショックから丁度7年目である。そして戦争経済学で言われる戦争12年周期説というのがあるが、今年は2003年のイラク戦争から奇しくも12年目にあたる・・。それに世界のニュースや株価動向を見れば2015年と言うのはかなりの確率で過渡期になるのでは・・?と思えてしまう。なので先が見えない時代だからこそ、ご自分のバイオリズムを参考に見てみて、今年一年の立ち位置を検証されてはいかがだろうか?。


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