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首狩り族の女との遭遇

今から十数年前、香港コーズウェイベイにあるジュリアナというフィリピンパブに入り浸っていた時のことである。はぁ?香港でフィリピンパブだって?と不思議に思われるだろうが、香港にいる日本人駐在員にとってフィリピンパブは韓国クラブと並ぶメジャーな遊び場で、両タイプの店とも香港には20〜30店あって結構繁盛していたのである。地元香港人や中国人の女が付く店は駐在員たちには不評で、筆者のいた支店も駐在員は韓国派とフィリピン派にくっきりと分かれていた。

香港のフィリピンパブでは奥のボックスシートに女の子が待機して、客に選ばれるのを待つシステムを採っているのだが、ジュリアナにはいつ行っても最後まで余ってしまう女の子がいた。ちなみにこの娘は年齢も20代前半と若いし、外見も当時ドラマでブレイクしていた裕木奈江に良く似ている(ただし色はかなり黒いけど)から最後まで余ってしまう理由が見当たらない。それで有る時店のママであるメリーにあの子はなぜ客がつかないのか?と聞いてみたところ、ああ・・クララはね・・あの子は山奥で育った野蛮人だから教養も無いし、性格も暗いし、それに英語もろくに出来ないから客も離れて行っちゃうのよ」と馬鹿にするような口調で言った。

ママがテーブルから去った後、筆者の長年のパートナーであるイロイロ出身のバネッサも「あんたイゴロットって知ってる?。山奥に住む部族で今でも首狩りの習慣が有るのよ」と指で首を切る仕草をした後で、「クララはね、イゴロットの中でも一番危ないカリンガ族出身なのよ。あんたも下手に手出ししたらクビ切られちゃうわよ」と言っておかしそうに笑った。ちなみに当時の筆者はフィリピンの山岳民族の事など何も知らないし興味もなかったからフンフンと黙って聞いていたが、後付けの知識で言うとタイやベトナム同様にフィリピンにもイフガオ族やボントック族と呼ばれる山岳民族がいて、カリンガ族というのはその中でも一番凶暴なことで知られているのだそうだ。

そしてある時に筆者もついにクララと話をする時が来た。その日は日本から来たお客を大勢引き連れてジュリアナへと行ったのだが、あいにくバネッサが急用でイロイロに帰ってしまい不在、さらに客が多くてホステスが足りないので幹事役の筆者がクララを引き受けることになったのだ。そして側に着いてから10分でこの女がなぜいつも余り者になってしまうのか理解できた。一応お客を満足させなければ・・という責任感はある様だが、英語で会話どころか客との受け答えもマトモに出来ないのだ。

しかし筆者は寛容な人間なので、ぎこちなさを我慢してクララとの会話を試みたところ、山での生活は苦しいので里におりて出稼ぎ家政婦のエージェントに登録した、香港人の家庭に雇われたけど一家がカナダに移民したので自分は単なる留守番役なのだ・・などと下手くそな英語で身の上を語る。そして自分を指名してくれるお客も結構いるが(これは見栄で言ったのであろう)、何故かみんなすぐに日本に帰国してしまい、今は一人も指名客がいないのだ・・とここで気になることを言った。





この女は下げマン?いや・・首狩り族出身だから・・リストラの天使?。まあいずれにせよあんまり近づきたくない相手だ。それでその日は早めに切り上げることにしたが、筆者と一緒に店に行った同期のKがある悪巧みを持ちかけてきた。同じ支店に技術マネージャーとして赴任して来たFという陰険な奴をクララとくっつけてみないか・・というのである。筆者もFが嫌いだったから「面白い!やってみよう」と同意した。それにクララが英語が出来ないのは実はFには好都合なのだ。何故かと言うとFも英語も広東語は全く出来ず(なんでこんな野郎が赴任して来たのかと支店全員が訝った)、クララ同様に自閉症っぽい性格をしていたから二人は意外にマッチするのではと思ったからだ。

さて翌週に罠とも知らず筆者とKにジュリアナに連れられて来たF。こいつは普段は日本語が通じる韓国クラブしか行けないが、筆者らフィリピン派の店での痴態を興味深そうに聞いていたので予想通り誘いにまんまと乗ったのだ。そして女を選ぶ段になって「あの裕木奈江に似た娘は英語が苦手なんですよ」と言うと、語学コンプレックスの塊であるFが見事にクララをパートナーに選ぶ。やがてテーブルでのぎこちない会話から、お触りタッチの連発、上半身裸になってマイクに向かってがなる、そしてズボンも脱いで踊る、パンツも脱いで店の中を歩き回る・・と始めてジュリアナに来た割には躊躇すること無く王道を歩んで行くF。やがでこの日以降Fのジュリアナ通いは日常的になり、Fとクララは店で会う以上の関係になって行った。

それから半年後、Fは突然本社から帰任命令を受ける事になってしまった。理由は出向元である技術部の大規模組織変更によるガラガラポンということだが、任期途中で返される様な失態は何もしていないので本人も周りも呆気に取られている。しかし筆者とKは思わず背筋を凍らせてしまったのは言うまでも無い。クララが言っていた「何故かみんな帰国してしまう・・」というのは本当だったのだ。首狩り族の末裔として生まれたクララは、本人が望むかどうかは別問題として、里に下りて来ても別の形で種族の伝統を守り続けていたのである。

Fは帰国する日までジュリアナに通い詰め、悲壮な表情で クララと戯れる日々を過ごしていたが、たまに同行させられた筆者とKは同席するのが辛かった。「Fさん!どうして帰っちゃうの?」と下手くそな英語でFの目を見ながら訴えるクララ。Fも万感やるせないといった感じで黙ってクララを抱きしめる。しかし筆者とKは「そりゃクララが首を切ったんだよ」と思うが言葉には出来るわけも無く、重苦しい空気の漂う中黙ってグラスを見つめる事しか出来なかった。

さてあれから十数年の時が経ち、あれだけ流行っていたジュリアナも今は潰れてしまったが、クララはホステスをやめてスタンドバーのバーテンダーとして今でも香港で働いている。なのでもしもアナタが誰かを会社から追い出したい!、こいつをクビにしたい!と思ったら、ワンチャイのロックハート通りにある「109」というバーを訪ねて欲しい。そこに行けば今では英語が上手に話せる様になったクララが飲み物を作ってくれるはずである。なおくれぐれも言っておくが、あなた自身は絶対にクララに近づかない様に。さもないとたちまち首筋の後ろにヒヤリとした刃の冷たさを感じる事になりますよ。






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アイス・バケツ・チャレンジに文句をつけた団体

フィリピン・カトリック司祭会議が現在世界中に広がっているアイス・バケツ・チャレンジに対して苦言を呈したようである。このチャレンジは周知の通りアメリカALS協会が難病治療の研究資金集めを目的としたもので、すでに全世界で1億ドルもの募金を集めているが、カトリック司祭会議が噛み付いたのはALS治療に受精卵が使用される可能性があるからだと言う。

ALSの特効薬になりうると注目されているのは最近何かとお騒がせの万能細胞で、これは受精卵をベースとするES細胞と、治療を受ける本人の皮膚を使うIPS細胞の2つのタイプがあり(小保方さんのSTAP細胞もiPSと似た様なタイプ)、アメリカALS協会は「研究では大部分がiPS細胞が使われている」と公表しているのだが、カトリック司祭会議はこの「大部分」というのは全部じゃ無い!と言うことは受精卵も使ってるんだろ!、という論法でアイス・バケツ・チャレンジに待ったをかけたい様なのだ。

中絶禁止どころか試験管内で合成された受精卵も「一つの生命」と主張するカトリックらキリスト教右派たち。彼らのおかげで宗教色の強いブッシュ前政権下ではES細胞研究は予算を凍結されてしまったが、合理的なオバマ政権になってからは公的資金投入を解禁してしまい、以来カトリック協会は事有るごとにES細胞研究に目を光らせ、一方ライバルのIPS研究を持ち上げる発言をして来たのである。

さて司祭協議会のヴィレガス議長は「イベント感覚でALSという悲惨な病気を世界に知らしめるのは大変結構な事」とアイス・バケツ・チャレンジ自体には肯定的に評価したものの、「しかしALS協会は受精卵を使った研究開発には一切募金を回さないと公表すべき」と募金の使い道に対しては辛い評点を付けた。

まあ宗教団体っていちいち煩いし、だいいち聖書やコーラン、仏典や資本論に書いていることをマトモに受け取ったら日常生活なんて送れないから何処かで折り合いをつけなきゃいけないんだけど、世界中が盛り上がっているところに水を差して注目を浴びるという手段だけはどうもいただけないね。






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夫を殺した鬼女

今年6月に発生したカーレーサー殺害事件で、先日身柄を拘束された2人の容疑者がカーレーサーの妻も事件に関与していると自供し始めたようである。殺害されたのはエンゾ・パストルというフィリピンを代表するレーサーで、パンパンガ州で開催されるレースに参加する途中でバイクに乗った襲撃犯に射殺されたのだが、警察は複数の密告から事件の背景はレーサーの妻と愛人とレーサー本人の三角関係にあると睨んで捜査を続けて来た。





そして今月26日に逮捕されたのはドミンゴ・デ・グスマン3世というビジネスマンと、エドガー・アンヘレという警察官で、グスマン3世とレーサーの妻が愛人関係に陥り、邪魔になったレーサーを始末するべくグスマン3世が友人であるアンヘル巡査に10万ペソで殺害を依頼したという筋書きらしい。ちなみにレーサーの妻ダリア・パストルは現在逃亡中で、警察はフィリピン全土の空港と海港の出国状況をモニターし、本人を見つけしだい身柄を拘束する予定だという。





さて殺されたカーレーサーの妻だが、彼女の写真を見た時に思わず「あっ!」と思ってしまった。筆者の香港時代の元同僚で、何人もの男を渡り歩いては全員を破滅に追い込んだ悪女にソックリなのである。ただし筆者の知り合いはこの香港女に貢ぐために会社の金に手を付けて刑務所に入っただけで済んだが、可哀想にカーレーサーは命まで貢ぐことになってしまったようである。男の子を二人も設けて円満な家庭のコースを辿っていたのに、助手席にいた女房のメスの本能はルート読みの計算外だったのだろう。






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賞金稼ぎたちのサイドビジネス

犯人逮捕につながる情報を提供した人には50万ペソの謝礼を払うというニュースがテレビで流れていた。これはパンガシナン州ダグパン市にあるローカルラジオ局DWIZのマネージャーが火曜日未明に銃撃された事件で、撃たれたナヴァロ氏は現在病院で治療を受けている身なのだが、ナヴァロ氏の近親者が弁護士を通じて懸賞金の提供を申し出たらしい。ちなみにナヴァロ氏はラジオ局で市長らの汚職を告発しており、どうも市長ら一派が口封じに殺し屋を差し向けたに違いないと地元では評判なのだそうだ。

旧宗主国アメリカ式の司法制度を持つフィリピンでは懸賞金というのはごく一般的で、フィリピン国家警察(PNP)のウェブサイトにはMost Wanted Manというタイトルで重大犯罪者の名前と懸賞金額がズラリと掲載されている。現在一番懸賞金が高いのはFRANCISCO FERNANDEZというNPAの幹部で560万ペソ、その次がFELIMON MENDREZとDOMINGO COMPOCという同じくNPA幹部でそれぞれ260万ペソである。ちなみに先日逮捕されたパルパラン元陸軍少将は200万ペソであった。

しかしである・・。いくら懸賞金が高額とは言え、NPAや権力者を敵に回す人間など果たして本当にいるのだろうか?。この連中は多くの私兵を抱えているし、警察にスパイだって飼っているのに違い無いから、情報を提供したら翌日には一家皆殺しなんて報復を受けかねない。それで居間で女房や義妹に懸賞金なんて意味無いよな!だって誰も情報提供なんかしないもの!と話していると、「いや!いるぞ!」という声が聞こえた。我が家に遊びに来て酒を飲んで酩酊していたエド叔父さんである。





「フィリピンには情報提供どころか、犯人をひっ捕らえる仕事をしているバウンティー・ハンターがいるんだ」と言ってムニュムニュ喋り始めるエド叔父さん。それが今の話か叔父さんの幼少期の話なのかは知らないが(多分30年くらい前の話だと思う)、叔父さんの住む町の隣にあるヌエバエシハ州では西部劇よろしくバウンティハンターが今でも活躍しているのだそうだ。それは探偵みたいな仕事ですか?と聞くと、違うよ、ライフルを抱えた狩猟チームみたいなもんで、5〜6人でチームを組んで行動するんだ、という答えだった。

「だけど叔父さん。凶悪犯を相手にしたらバウンティ・ハンターの家族が殺されちゃうじゃないですか?」と反論すると、いや!違う!ハンター達は全員が町のならず者で、凶暴さにかけては犯罪者や共産ゲリラと大して変わらないのだそうだ。「追われる犯罪者たちも家族がいるから、ハンターの家族に下手に手出しをすれば今度は自分の家族が皆殺しになるのは分かってるんだよ。だから大抵は犯罪者とハンターだけの殺し合いに収まるんだ」というエド叔父さん。なるほど・・これは核兵器の相互確証破壊みたいなもんか・・。

しかしもう一つの疑念「賞金稼ぎだけで食っていけるのか?」が頭に浮かんだ。それでエド叔父さんにどういう頻度で懸賞金付き指名手配が告知されて、金額は幾らくらい稼げるのか?と聞くと、エド叔父さんは酩酊している割には筆者の聞きたいことを先回りして読めた様で、「賞金稼ぎだけじゃ食えない時もあるから、ハンターもその時はサイドビジネスに手を出すんだ」と言って、叔父さんが昔聞いた話をし始めた。





当時叔父さんの住んでいた町内にも腕利きのバウンティ・ハンターがいたのだが、ある時からこの人物の金回りが急に良くなった。家を新築し始めた上に、腕には金無垢のロレックスをはめている。おかしいな・・?。懸賞金じゃこんな金額稼げるはずないな・・と近所の人達みんなが訝しんでいたが、その内にこのハンターはヌエバエシハ州で発生した一家殺人事件に関係しているではないか?という噂がたち始めた。

これは金貸業の一家6人が自宅で殺された上に、金目の物から店に置いてあった金庫まで全て持ち去られた大事件だったのだが、警察は何故だかほとんど捜査する気が無さそうだったらしい。そういえば・・あの男がクルマのシートを拭いている時に雑巾が真っ赤に染まってるのを見た!、俺はあの男がクラークの質屋に行ったのを見かけたぞ!と目撃証言があちこちから集まったが、誰もこんな危険な男を告発する訳も無いので、結局事件は迷宮入りになってしまったらしい。

「普段から平気で犯罪者を撃ち殺したりしてるから、ハンターにとっては強盗殺人なんて朝飯前なんだよ」と笑うエド叔父さん。なるほど・・毒を持って毒を制すという言葉通り、こういう連中でなければ凶悪犯を捕まえられないのが犯罪大国の現実なのだろうが、実入りが減ると追う側が追われる側に早変わりするというのが何ともフィリピンらしい。この手の連中が余りのヒマさに筆者ら外国人を襲わないように、是非ともマカティ地区の治安が急速に悪化して殺人事件や誘拐殺人が毎分1件くらい発生し、懸賞金付き指名手配がドシドシ告知される様になって欲しいものである。それからくれぐれもリサール州には来ないように。






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こんな連日大雨でも水不足なの?

テレビニュースを見ていると画面に巨大な貯水池の映像が映し出され、アナウンサーが「昨年に比べて雨量が減ったため貯水量が最低レベルを下回っている」と言っているのが聞こえた。雨が少ないだと・・?、これは何かの冗談か?とその時とっさに思った。と言うのはここ数日雨ばっかり降っているし、どこかの大学生グループは大雨で氾濫した川でボート遊びしていて、全員溺れて死んでしまったくらい雨続きなのである。

しかし義妹が説明してくれたところによれば、フィリピンではダム湖の数が少なく、さらにここ十数年の都市部の人口増加で水の需給バランスが元々崩れているため、ウンザリするくらい大雨が連日続かないと十分な水が確保出来ないらしい。だったらダム湖をもっと作ればいいじゃないか・・?と思ったが、ダム開発の予算は国会議員と官僚のポケットに消えてしまうため、期待するだけ無駄だと言う。





さて画面には各貯水池の水位レベルが現れたが、主要ダムの水位を加重平均すると、通常この時期は210メートルになるのに対し、8月25日時点では178メートルしか無いと言う。そして今後の気象予測から算出した貯水量と使用量(予測)を足し引きしていくと、今年の12月には危険レベル(クリティカルレベル)に到達し、その後は乾季に突入してしまうため来年の上半期はずっと給水制限が続く状態になりかねないと言うのだ。

ちょっと待てよ・・。日本米不足(輸入手続きのゴタゴタが原因)に続いて今度は水不足か・・と呆れたが、それだけではなく水不足は農業や畜産にも影響を与えるから、来年は農産物の今年以上の値上がりするのは必至らしい。こうなると日本円安に物価高、さらに水不足と筆者にとってはトリプルパンチである。これは参ったな・・と思ったが、唯一の救いは水不足はルソン島だけであり、ビサヤ地方やミンダナオは水は捨てるほどあることらしい。

うーん、やっぱり元々のアイデア通り、リサール州はさっさと引き揚げてダバオに引越ししよう。






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隔離された人間の悲劇(2)

筆者は病院の最上階にある4人部屋に入れられたのだが、まあ同室者がいないのは理解出来るにしても隣部屋も向いの部屋もその隣も空室で、何と4階の半分は筆者が独り占めの状態だった。さらに看護婦さんからは「いいですか!トイレに行く時以外は絶対に病室から出ないでください。入浴も禁止です。それから3階へは絶対に降りてこない様に」と厳命される始末。病名はまだ判明していないが、実質的な隔離処置と同じ扱いになってしまった。

それから2日後、熱でぼ〜っとしていると医者が病室にやって来て、血液検査のうち当病院で出来る範囲の結果が出た!きみは梅毒でも肝炎にも感染していなかったが、院長以下この病院の医師で議論した結果、おそらく伝染性単核球症に侵されているはずだ、と言う。しかしこの病名は聞いた事が無いので医者に補足説明を求めたところ、これは粘膜感染が原因の重い病気で、最低でも1ヶ月の入院が必要だから会社に連絡をしておきなさい!と言った後、スタスタと病室から出て行ってしまった。

最上階にある公衆電話から会社に電話すると、人事部の研修責任者は「○○くん!大丈夫か!いったい何の病気なんだ!」と畳み掛ける様に聞いてくる。それで血液検査の結果は1週間先でないと分からないが、どうも伝染性単核球症という病名で、これはこれこれこういう病気で・・と200回もやりましたということ以外を一気に言うと、電話先の研修責任者はしばらく絶句した後、「無理して研修に出てくる必要は無いから、ゆっくり養生する様に」と言って一方的にガチャンと電話を切られてしまった。





入院した最初の3日間は40度近い高熱が続き、意識が朦朧としてトイレにも真っ直ぐ歩いて行けない様な状態だったが、4日目からは熱も下がりはじめ、おまけに発疹も嘘の様に綺麗さっぱりと消え去ってしまった。おかしいなあ・・と首をひねる医師。そしてキミは本当はハシカをやってなかったんじゃないか?と聞かれたが、また実家に電話をしても「あんたは子供の頃にハシカをやったよ!」と母親は言い張る。それで結局はあと数日で血液検査の結果が出るからそれまで待ちましょう、と言うことになった。

さて体調もかなり良くなったある日、看護婦さんが病室にやって来て「面会の方が来てますから1階に降りて来てください」と言う。もう第三者に感染させる可能性は低そうなので密室で無ければ面会可と担当医が判断したと言うのだ。それで受付の外にある屋外のベンチへと案内されて行くと、同期入社の男女が7人ほどいて「おおっ!○○!生きてたかっ!」と叫んだ。何を大げさな・・、検査結果待ちだけど俺はすっかり良くなってるよ・・と答えたが、福田中(ふくだ・なか)いう慶応大卒の男が「会社ではエライことになってるぞ」と言った。

なんでも新人研修の会場で突然マイク放送が入り、「皆さんの同期の○○君が日赤病院に入院していますが、絶対に見舞いに行かない様に」という指示が流れたというのだ。それで筆者の友人達が人事部の人間に詰め寄ると、○○くんは東南アジアで危ない行為をしたために危険なウィルスに伝染して隔離されているのだ、と集まった人間に説明し始めたらしい。一体なんで危ない遊びなんて事を・・?。俺は単に卒業旅行で行ったタイでウィルスに感染したらしいと言っただけなのに、この田舎モンの人事部員は「タイ→セックス→やりまくり→感染した」と連想して(実際そうなのだけれど)、それを同期たちに大っぴらに話しやがったのだ。





さて入院してから10日後、ついに日赤本部から検査結果が来たというので担当医の元へとおりて行くと、開口一番「キミは伝染性単核球症どころか何ら重い病気にも罹っていない」と言った。そしてキミはお母さんにハシカの罹患について聞いたそうだけれど、念のため君のお父さんにも聞いてみてくれないか?と言うので、売店横にある電話機から実家に電話をかけて退職して暇にしていた父を呼び出すと、受話器の向こうから「ああ、お前は確かハシカはやって無かったはずだよ」という父の声が聞こえた。

しかしもう何もかも遅かったのである。病院の方はその日のうちに退院という運びになったが、会社からは「新人研修に来る必要なし。自宅で静養せよ」と命じられてしまい、1週間後の配属先の事業部での新人配属式典の場では事業部長から「キミが東南アジアで遊び歩いていた男かね?」と大勢の目の前で嫌味っぽく言われてしまった。もう筆者の事は同期1000人と事業部500人の口を通じで全社に知れ渡ってしまい、短い期間だが会社のあちこちで社員たちの格好の噂話になってしまったようであった。

なので海外へ出張や旅行に出かける方に一言。現地の女性の体をたんまり堪能するのは結構だが、もしも帰国後に病気になってしまった場合は筆者が経験したような甚大な二次災害を被る可能性もあるので要注意である。特に東南アジアや南米、ロシアの場合は皆から格好の標的になってしまうので、現地に到着したら「海老を食ったら蕁麻疹が出たよ。ぐえ〜」とか「シーフードレストランで食べたオイスターに当たって腹具合が水道の蛇口状態。トイレから出られん。とほほ・・」などとFacebookに写真込みでアップしてアリバイを作ることを心がけましょう。






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隔離された人間の悲劇(1)

エボラ出血熱の疑いのあったトーゴ滞在中のフィリピン人船員であるが、血液検査の結果は陰性で、どうも単なるインフルエンザだったとようだと聞いてまずは何よりホッとした。この人物がもしもエボラ出血熱に感染していて、万が一にもマニラに緊急輸送するなんて事態になったら、ただでさえ混雑して混乱を極めるマニラ空港は一大パニックに陥ったに違いない。可哀想だが危険な病気に感染した以上、現地で死んで火葬にされた後で骨になってから帰国という方法しか無いだろう。

筆者のこういう書き方にお前は残酷だ!お前には感染したものの悲しみが分からないからだ!とお思いの方もいるだろうが、実は筆者もエボラ出血熱ほどの病気では無いが、ちょっと深刻な病名で一時期隔離された上に、非常に甚大な被害を被った経験があるのだ。それは今から25年前の4月上旬、筆者が新入社員になって1週間も経たない時期で、のどかな地方都市(というより町)にある本社で同期入社1000人と集団新人研修を受けている最中であった。

最初は風邪を引いたのだろう・・と気楽に考えていたが、喉の痛みが断続的に続き、そのうち38度台の発熱に悩まされる様になってきた。近所の薬局で買った市販薬を飲んでもちっとも良くならない。何かがおかしい・・と思った時は病状は相当進行していて、ついに研修中に目眩を起こすわ、身体中に赤い発疹が出始めるわと尋常で無い事態になってしまい、研修を抜け出して本社の近くにある日赤病院に駆け込むことになった。

「ああキミ!これはね!典型的なハシカの症状だよ」と言う医師。しかし22歳になってハシカってのも随分と遅いなぁ・・と不思議そうな目で筆者を見る。そして医師から「君はハシカはやったことあるか?」と聞かれたが、筆者はこの手の病気については無頓着でなに一つ記憶が無い。それで病院の公衆電話から実家に電話をかけて「俺はハシカを一度やっているか?」と聞いてみたところ、出てきた母親は「あんたはハシカや風疹から水疱瘡まで一切合切の病気を小さい頃にやったよ」という答えだった。





ううむ・・ハシカはやってるのか。おかしいなあ・・、と首を捻る医師。そして「ところで君は過去1ヶ月間どこにいたの?」という質問をしてきた。ここで筆者はギクっとしてしまった。なぜなら2月頭から3月末まで筆者は卒業旅行でタイのバンコクにいたのである。どうしよう・・言うべきか言わないべきか・・と迷ったが、相手は医者なので本当の事を言ったところ、この医者はいきなり「なにっ!バンコクだって!」と目を剥いた。

君は約2ヶ月も何してたの?。そこで何を食べたのか?など医者らしくいろいろ聞いてくるが、貧乏旅行者ですから小汚い下町の安宿に泊まって屋台で食べてました、生野菜どころか生水も飲んでましたよ、と答えると「ああ ・・生水ねえ・・」とやけに間延びした口調で言うが、心なしかカルテに力強くメモを書き込んでいる様に見える。そして医者は言いにくそうな感じで「あのぉ・・」と言った後、「きみはぁ・・つまり・・現地の女性とぉ・・そっち方面の職業という意味だけど・・感染症になる様なことをバンコクでしたのかね・・」と聞いてきた。

やっぱり来たか・・と思ったが、ここは本当の事を言うしか無い。それで「ええ、しました」と答えた。その時医師の目がチラッと看護婦の方を見ると、利発そうな看護婦はドアを静かに閉める。やがて避妊具は使ったかね?と聞かれたので、使った時もあるし使わない時もありましたよ・・と正直に答えると、この医者は「な何だ・・何回もあるのか・・一体何回くらいそういう事があったんだ」と言うから、正直に「200回くらいしました」と答えた。

この時辛かったのは医者も看護婦もシーンと静まり返ってしまった上に、看護婦が思い切り後ずさりした事だ。この田舎町の病院に勤める二人の目には、筆者は性的に堕落し切った魔都バンコクで性の狂宴を貪り食いつづけた挙句に未知の殺人ウィルスに侵された超危険患者として映ったに違いない。しばらくして医者は「血液を採取して東京の日赤本部へ送るので、結果が出るまでは入院していただきます」と事務的な口調で言い渡した。(その2に続く)






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フィリピン人がエボラ出血熱に感染か?

フィリピン外務省はアフリカ・トーゴに滞在中のフィリピン人がエボラ出血熱に感染した可能性があると公表した。同省のチャールス・ホセ事務官の発言では、このフィリピン人は船員で、数日前からエボラ出血熱と同じ症状を示しており、トーゴの衛生当局はこのフィリピン人と感染を疑われる他の1名の血液検査を実施、現在検査結果待ちの状態であると言う。

現在西アフリカのエボラ出血熱による死者は1350人に上り、国連のエボラ問題担当官は「今後も感染者が増え続けるのか、それとも減るのかは全く見通しが立たない」と発言するなど出口の見えない状態に突入しつつある。またアメリカ人の感染者が無事に回復した臨床例はあるが、西アフリカの医療機関のレベルは比較にならないほどお粗末でありろくな治療が出来ないことから、リベリアが実施している感染地域を丸ごと隔離するのが最も現実的な対処策だと言う。





さて今後エボラ出血熱が世界規模で拡散する可能性について、筆者は前回の日記で10月2日から始まるメッカ巡礼(ハッジ)が危ないと書いたが、アメリカの専門家の意見ではもっと早い時期に拡散する可能性があると発言、さらに具体的に2ヶ所の地名が拡散拠点として記されていた。それはパリのシャルル・ドゴール空港とブリュッセル空港で、なんとエールフランスとブリュッセル航空は今だにリベリア、シエラレオネ、ギニア便を運行しているからだと言う。

これは何かの冗談と思ってエールフランスの予約ウエブサイトを開いて見たところ、なんと西アフリカ便を運行中と言うのは本当で、しかも何故かパリ→ギニア便はエコノミーで片道4000ドルと異常に高く、2週間後のフライトは最後の1席しか残ってなかった。これは一体どう言うことか・・?。その時筆者の脳裏にカメラ片手に西アフリカに向かう命知らずのジャーナリストの一団と、大慌てで帰りの便に乗り込む黒人の富裕層一家の姿が浮かんだ。こりゃまずい・・人の行き来が増えてるわ・・。





もちろんエボラウィルスの感染者がパリの空港をウロウロしたからと言って、空港にいる数万人の利用客がたちまち感染するわけではないが、それは感染者がまだ健常な場合のことで、「ホットゾーン」の冒頭に登場するシャルル・モネ氏の様に一気に発病して全身から出血を始める可能性だってある。またそこまで症状が進まなくとも、空港内のレストランやトイレなどで感染者の体液に触れる可能性もあるだろう。

なのでこの日記を読まれた方はしばらくパリ・ブリュッセルに行くのは止めるか、すでに予約金を払い込んでしまってキャンセルしたくない場合は、両空港のトイレでゲロゲロ吐いてるような人間を見つけたら何も考えずに一気に逃げ出すようにした方が良い。それからもしもゲロを少しかけられてしまった場合は、日本に帰る日程を変更して10日間ほどソウル市内でゆっくり寄り道して、毎日朝晩ラッシュアワーに地下鉄で市内をグルリと周遊してから帰国しましょう。あと日韓友好の実践のため献血も忘れずに。






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心霊治療で歯を抜かれた男が死亡

西ネグロス州マナプラで心霊治療で歯を抜かれた患者が死亡する事故が発生した。ニュースによれば死亡したのはジェリー・アギーレという28歳の青年で、彼の姉によると歯を抜いて貰うと言って外出したが、抜歯後帰宅した時には弟は相当衰弱しており、そして翌日の朝ベットで死んでいるのが発見したと言う。

検死を行ったエリベルト・ジェイム医師によれば死因は敗血症性肺塞栓で、抜歯の際に細菌感染したのが原因だと判明。ジェリー・アギーレの家族は抜歯を行った心霊治療医ドドイ(通称)の告発に踏み切ったが、警察の取り調べによるとこの治療医は自分の本業は患者のために儀式と祈りを行うだけで、抜歯を行ったのは今回が初めての経験であると白状した。


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この治療医は自分は被害者を死なせる意図は無く、遺族に対して告訴を取り下げるよう要求しているが、検察はこれは事故では無く過失致死の疑いで裁判になるだろうと取材陣に述べた。なおなぜこの若者が歯科医ではなく心霊治療へ抜歯を頼んだのかについては検察は理解に苦しむと付け加えたようである。

心霊治療の世界ではフィリピンはブラジルと並ぶ本場で、難病と宣告され医者からも見放された患者達が世界中から集まることで有名だが、たかが歯一本抜くことも出来ない治療医もいると言うことを知って呆れてしまった。しかも抜歯は初めてだと本当の事を言ってしまうとは・・。どうせだったらジェリーには強力な悪魔が取り憑いていて自分の霊力では立ち向かえ無かったとでも言えばよかったのに・・。バカだね。


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シリアで拘束されたニューハーフの前世

シリアで武装勢力ISISに拘束された民間軍事会社PMC代表の湯川さんについて、某掲示板で「こんな馬鹿死ね」「早く首チョンパ映像が見たい」などと心無きコメントが多数寄せられているのを見て暗澹たる気分になった。たしかに今回の湯川さんの行動はあまりに軽率であるし、拘束前まで行動を共にしていた反政府組織も「傭兵と言うより観光に来ていた感じ」と実情を暴露されてしまうなど湯川さんの評判は日々劣勢になっているが、早く首を切られろ!というのは同じ日本人としてあんまりでは無いかと思った。

さて某掲示板を見ていると、湯川さんは以前自殺未遂を図ったことがあるが、その方法は自らチ○コとキ○タマを切り落として出血多量死することだった!という記述をたまたま見つけた。また嘘八百書き込みやがって・・とその記述を見た時には呆れてしまったが、そこのリンク先が貼られていたのでクリックして見たところ、驚くなかれこれは湯川さん本人のブログであり、なんとそこにチ○コとキ○タマを切り落としたくだりが自身の言葉で書かれていたのである。
リンク先 ttp://ameblo.jp/yoshiko-kawashima/entry-11678839529.html

どうも湯川さんは事業に失敗して自殺を図ったようだが、気になったのは「自殺に失敗したら女として生きていく」という一文である。たしかに湯川遥菜(ゆかわ・はるな)というのは女っぽい名前だ・・。それで名前を調べて見たところ湯川正行というのが彼の本名で、自殺失敗後に湯川さんは遥菜という通名を名乗り出した事がわかった。そういえば写真に写っている茶髪でぽっちゃりした感じの顔つきとムッチリした腰周り、そしてうっすらと化粧をしているかのような唇と目の周りの微妙な色合い・・。どうも湯川さんは去勢しただけではなくニューハーフなった様である。

さらに湯川さんのブログを読んでいると、ニューハーフに関すること以外にも「僕はグロテスクな形をした食べ物が嫌いで、北京ダックや魚の頭など姿形が残っている食べ物は食べられない!」などとても傭兵は務まりそうにない発言や、田母神元空幕長とのツーショット写真があったりと彼のアンバランスさが垣間見えて中々面白いが、途中でこの男の真の姿を表す一文をついに発見した。そこには「自分は川島芳子生まれ変わり」と書かれていて、川島芳子の母校である松本蟻ヶ崎高校を訪問したりしているのである。





ある一定年齢以上の方ならよくご存知の通り、川島芳子は日中戦争の最中に「男装の麗人」と呼ばれた日本側のスパイである。しかし上坂冬子の著作によれば李香蘭と同様に日本の戦時プロパガンダ目的で利用された虚像のアイドルであり、実際にはスパイとしてはまるで役に立たなかったらしい。しかし清王朝の王族の子として生まれた事が災いして日本降伏後に漢奸として国民党軍に処刑されてしまったことで、悲劇の女として戦後もずっと偶像化されてしまったのだ。

この川島芳子と湯川さんと比べてみると意外にも共通点が多い事に驚いてしまう。二人ともトランスジェンダー(ただし川島芳子は女→男で湯川さんと逆)、軍や政治家との関係を誇示する(川島芳子は田中隆吉陸軍少将や笹川良一の愛人だった)、ミリオタでスパイマニア、そして自分の虚像を作り上げることに快感を覚える異常な虚栄心の持ち主であることなどである。

どうも湯川さんは川島芳子に自分を重ね合わせ、そして現代の男装の麗人ならぬ「ミリタリールックのニューハーフ」として川島芳子同様に日本の女子高生達にキャーキャー言われたかったのでは無いだろうか?(川島芳子は国民党軍の撃滅や清朝復興よりも自分のブロマイドの売れ行きの方が気になる様なスター気取りの民間人だった)。なので湯川さんはシリアに傭兵に行ったのでなく、傭兵経験があってジャーナリスティックなアイドルとして日本で注目を浴びることを目指していたのだろう。だとすると彼の不注意な行動も全て説明がつく。

さて昨日ISISに拘束されたアメリカ人が処刑され、湯川さんの生命は危険な状態にさらされているというのに、こんな人を馬鹿にしたような日記を書いてしまい大変不謹慎なことをしたと反省しているが、それにしても湯川さんという人物は大変興味深い。ここは是非とも生還していただいて、日本のバラエティー番組に出演して国際情勢を語ってもらいたいものだ。なおイスラム過激派は伝統的に女子供は殺さないので、ニューハーフの湯川さんは心は女ということで無事釈放してくれることを切に願っている。






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シンナー中毒のガキが徘徊する青空市場

筆者は運動不足解消のため週末には2時間ほど散歩をすることにしているのだが、最近この散歩コース上にある住宅建設地に奇妙な一団を見かける様になった。この一団は全員が大きなビニール袋を抱えていて、お互いに中身を交換しあったりゴザを広げてガラクタを露天販売しているのだ。なので週末にはこの空き地は青空マーケットのような感じになっているのだが、この連中の不気味な風体が災いして客が来るどころかこの場所だけエアポケットの様に誰も近寄らなくなっているのである。

この一団は総勢40人くらいだが、小学生くらいの子供が12〜13人混じっているのでどうも家族単位のようである。しかし着ている服があまりにも汚いのと、地べたベタッと座って胡座をかいている立ち振る舞いが何とも言えない貧困感と無法感を醸し出していて、まるで新宿地下街のレゲエの叔父さん達のダンボール村みたいな異空間を編み出しているのだ。そして筆者が一番驚いたのはガキ達の汚さである。全員が全員ともズタボロの服に裸足、それに青っ洟が乾いてガビガビになったカスが顔にこびりついているのである。

「あの地域は行っちゃ駄目よ!身ぐるみ剥がされるから!」と筆者に警告する従姉妹ミレット。なんでもこの連中はビコール地方から来たクズ拾いのグループで、クズを求めて全国を廻る放浪民なのだと言う。なるほど・・やはり家族だったのか。だけどガキたちの学校はどうなるのか?と頭に浮かんだ素朴な疑問を口にすると、なに言ってんの!あのガキ達は生まれてから一度も学校なんか行ってないのよ!というミレットの答えに驚いてしまった。

筆者が子供の頃には近所に旅芸人の一家や家族チンドン屋など特殊な職業の一家が住んでいたが、少なくとも子供達は学校には通っていた。それにフィリピンでも筆者の女房の実家があるリサール州の山奥でさえ子供たちは全員が全員とも学校に通っているのだ。それがまさか学校に行けないガキ達をまさか自分の目で見るとは・・。まるで日本の山奥深くに潜む謎の漂泊民族「サンカ」を発見したかの様な気分になってしまった。





さて先週土曜日に青空市場の側を通りかかったので、市場の傍で連中が袋から自動車部品らしきガラクタを袋から出したり入れたり忙しくしている様を眺めていると、6〜7歳くらいのガキ3人が筆者の方へ歩いて来て「#%+$€£¥&!」と叫んだ。このガキッ!うるさいな!と思ったが、3人組を無視して青空市場の様子を観察していると、このガキが手に持っていた細長いビニール袋を指差してまた「#%+$€£¥&!」と叫ぶ。そして筆者の鼻腔に漂ってくる揮発性の臭い・・。このガキたち・・シンナーやってやがる。

ガキたちが言ってる言葉は分からないが、シンナー袋を指差して叫んでいると言うことは「シンナーを買いたいから金をくれ!」という事らしい。よく見ると3人ともすでに目がドヨンと濁っているから相当あっちの方角へ飛んでいるか脳が溶けてしまったようだ。そして筆者が何もせずに無視を続けていると、このガキのうちただ一人の女の子が筆者にしなだれかかってきたのだが、その時別の強烈な臭いが筆者の鼻腔に漂ってきた。臭っ!・・生まれてから一度も風呂に入った事が無いんじゃ無いか・・と思うくらいの強烈な体臭だった。

いっぽう筆者とガキのやり取りなど何処吹く風と言った感じで、青空市場の大人達はトライシクルで運ばれて来たズタ袋を開けてはあっちこっちの袋に分配することに忙殺されていた。こいつらっ!自分の子供がシンナー中毒になっても何とも思わないのか!それに今や物乞いまで身を落としているぞ!と怒りが湧いて来たが、下手するとこいつら一団に袋叩きの目に遭わされるかもしれないので、けっきょく観察は中止してその場を立ち去ることにした。

「あの子達はジープニーやレストランの中に勝手に入り込んで物乞いをしてるのよ」という義妹。ジプシーのガキ同様に生まれた時から親に乞食のノウハウを伝授されているので羞恥心などハナから無いらしい。だけど子供が目の前でシンナーやってて平気な親なんているか?という筆者の問いに対して、義妹の口からは「親達も子供の頃からシンナーやシャブに手を出して来たのよ。だから息子が強盗になろうが娘が売春婦になろうが何とも思わない人たちなの」と唖然とするような答えが・・。

外国に行った時には自国の基準を持ち込んで現地の人たちを批判するな!というのは国際コミュニケーションのイロハのイだが、このビコールから来たクズ拾いの一家の道徳観や倫理観は全世界どころか哺乳類生物全体の基準からも大きく逸脱しているに違いない。なおこの青空市場やシンナー漬けのガキ達の写真を撮ろうとしたが、iPhoneを出した途端にかっぱらわれる恐れがあったので写真を掲載出来なかった事をお詫びします。






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シリアで拘束された民間軍事会社の男の横顔

シリアでゲリラに誘拐された湯川さんのニュースがあちこちで流れているので、一日中返品された取り扱い商品の修理に格闘していた筆者も休み時間にはネットでニュースの流れを追うことにした。アレッポ郊外でISISに拘束、民間軍事会社の傭兵、捕虜交換の要求、朝日新聞記者がツイッターで正体暴露という失態・・・。一昔前にイラクで橋田信介さんや幸田という青年が殺された事件が起きた時も、筆者は中東にしょっちゅう出張で出かけていたから身をつまされる思いだったが、程度は違えど政治的混乱が続くフィリピンに在住する現在の筆者にとっては他人事とは思えない話である。早く事態が良い方向に向かってくれてば良いな・・と最初は思っていた。

さて民間軍事会社と聞くと筆者は「戦争の犬たち」という映画を思い出すが、現在の傭兵はこんなアナーキーでロマンティックな存在ではなく、もっとキッチリ管理された企業であり、同時にアメリカや欧州諸国の外交政策に無くてはならない存在になっている。以前アメリカ人が書いた本にこれら民間軍事会社の内情が詳しく載っていたので良く覚えているのだが、元々は冷戦終結で失職した戦争のプロフェッショナルたちの受け皿となった組織であり、ユーゴスラビア内線でその戦闘能力の高さを世界に見せつけた事で、各国の政府と大企業(これが重要)から契約を結ぶ様になったという。。

10年前のイラク戦争でブラックウォーター社などの民間軍事会社群が米軍に次ぐ参加規模を誇っていたのは記憶に新しいが、政府組織だけでなくウォール街の大資本からの要請で世界中の危機を作り出しているというのは陰謀論の世界では割と知られた話である。アフリカの国境紛争や政治暗殺に爆弾テロ、果てはマレーシア航空機撃墜も民間軍事会社が実行したと言われている。それにだいいちタリバンやISISなどポッと出の組織が一気に国を軍事制圧出来るわけもなく、この背後にはアメリカの国策とは別な動きをする国際資本グループ(金融、石油、食料)と民間軍事会社がタッグを組んでいると考えた方が説明がつきやすい。

当然これら民間軍事会社に属する傭兵たちは出身国の軍隊で十分な訓練と戦闘経験を積んだ戦闘のプロであり、アメリカ陸軍に数年所属しただけの兵隊なぞ資材運搬のための運転手くらいしか役割を与えられないほど厳しい世界なのだという(ただし特殊部隊や化学兵器技能者は別扱いらしい)。よって戦闘の前線に立っているのはアフリカやロシア南部などの紛争国の出身者が多いらしい。ちなみにフィリピン人はミンダナオでのゲリラ索敵の経験や英語能力、そしてキリスト教徒であることが評価されて民間軍事会社からは引く手数多なのだそうだ。





さて現在勾留中の湯川さんという方の経歴に興味を持ったので空き時間に少しばかり調べて見ることにした。自衛隊の空挺団、もしくは普通科師団の曹長とかで、戦えない自衛隊に失望して単身外国に渡り、フランスの外人部隊やブラックウォーター社あたりで経験を積んだ兵士だと思ったからだ。ところが最初に出て来たのが「妻が死んだので生きていても意味が無い」というねじれた死生観・・、そして彼の個人ブログに出てくる自分の訓練風景の動画に、「これから日本人初のISIS前線に潜入します」という近況報告ビデオ、そして自衛隊援護協力会、千葉県警察友の会などの所属団体の名の数々・・・。

仮にも軍事任務に携わる人間が、自分の顔写真や任務内容を誰でも見れるブログに晒しているといるとは・・。それに自分が軍や警察と関係があると明言しても、日本国内じゃ「ちょっと右がかった人」と思われるだけで済むが、外国人、それも紛争地域の兵士がこれを見れば(日本版の)CIAやミリタリー・インテリジェンスの工作員と断定するのは火を見るより明らか・・。この湯川という男はこんな簡単なことにも気がつかずに民間軍事会社(しかもご丁寧にPrivate Military Corp.の略であるPMCという社名をつけている)を立ち上げていたのか・・とあまりの出鱈目さに唖然としてしまった。

さらに調べて行くとこの湯川という男は10年前に千葉でモデルガンの店を開いていたことが分かった。この男の実像はサバイバルゲーム好きなミリタリーおたく・・。結局こいつは戦争の商売で儲けるのではなく、戦闘服を来て戦闘現場にいることを他人に見せて「どうだ!」と威張って見せるナルシストだった様である。なので今回シリアに行ったのも、これは仕事というよりもサバイバルゲームの延長で遊びに行ったという方が正確なのではないだろうか。

さて日本政府は湯川さん拘束の対応を巡ってアタフタしているようだが、ここまで調べた限りで筆者の意見を言うと、このまま見捨てた方が良いのではないかと思えてきた。何故ならおそらく湯川さんは自分の身の上を案外楽しんでいるのでは無いかと思うからである。おそらく湯川さんの頭の中の架空世界では自分は捉えられたランボーであり、敵をなぎ倒して脱出するか、最後まで軍事上の機密事項を守り通して(実際は何も無いのだけれど)殉教者として処刑されることにある種のエクスタシーに身を震わせているに違いない。そう望むのだったらそういう終わり方をさせてあげた方が良いでは無いか。それにISISの連中も湯川さんの余りの馬鹿さ加減に呆れ返り、どっかへ行け!と放り出すかもしれないしね。






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【危険】噴火寸前のマヨン火山

ニュースによると、フィリピン火山地震協会はルソン島南部のマヨン火山の二酸化硫黄排出量と溶岩ドームの形成はすでに限界値を超えており、いつ噴火に入ってもおかしく無い状況であると発表したそうである。また同時にマヨン火山の警戒レベルを1から2へと引き上げたそうだ。同協会のビコール地域責任者であるエド・ラゲルタ博士によれば、今回の噴火は過去数十年間に発生した小規模噴火ではなく、VEI(火山爆発指数)4以上の大規模噴火になる可能性を十分秘めているとコメントした。

ラゲルタ博士によればマヨン火山は過去400年間に50回近く噴火を起こしているが、そのうち重大な災害を引き起こした大規模噴火は1814年と1897年の2回だけで、火山下には膨大な溶岩エネルギーがずっと蓄積されており、計算上では今年2014年間にOVERDUE(期限)、つまり蓄積が限界に達し、溜まりに溜まったマグマが一気に吹き出すはずなのだそうだ。



次回の噴火レベルが最低でも過去2回の噴火と同じVEI4、ただしピナツボ火山と同じVEI6にまで拡大する可能性があるらしい。ちなみに1814年のマヨン山噴火は死者数1200人の惨事となったが、1897年のマヨン山噴火と1991年のピナツボ火山噴火は事前に噴火の兆候が現れて周辺住民が退去する時間が十分あったため被害者数は微数で済んだが、噴火による大気や気候への影響は甚大で、周辺部の農業生産に重大な被害をもたらしている。

昨年はボホール大地震に台風ヨランダと大きな自然災害に見舞われたフィリピンだが、今年に入ってから悲惨なニュースがあんまり無い。これは幼少期よりパニック映画好きな筆者にとっては大変退屈な事態である。ここは是非ともマヨン火山にはピナツボ火山を超える大噴火を起こしていただいて、山の麓のレガスピ市が丸ごと瞬間蒸発して死者数10万人、火山灰でビコール全体が埋没するくらいの超ど級大惨事になってもらいたいものである。




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ドラゴンフルーツ流行の不思議

女房の従姉妹メイの娘ニッキの誕生パーティーに参加するためタイタイ市にあるメイの家へとたどり着くと、玄関にDRAGON FRUITS 4 SALEと書かれたピンク色の看板が立てられてあった。ドラゴンフルーツ・・ひょっとして果肉まで紫がかった色で染まったフルーツのことか?香港じゃ贈り物用フルーツ詰め合わせに入っている割合知られた果物だが、そう言えばフィリピンじゃ見かけた事なかったな・・。

「このフルーツはね、今フィリピンでちょっとしたブームになっているのよ!」と鼻を膨らませるメイ。何でもフィリピンでは今まで洋服の染料としてしか見なしていなかったが、昨年からこれは美味しいフルーツだという評判が広がり始め、SMなどの大手デパートで取扱い始めたのだという。「SMじゃあ1個70ペソだけど、アタシはその半額で売ってるのよ!」と世間に対して貢献しているかの様な偉そうな口調で言うメイ。

だけどこんな住宅地に看板あげただけで客なんかつくのかい?と聞いたところ、とんでも無い!あたし先週100キロ仕入れたけど10日間で70キロも売れたから、今200キロをイロコス州の農園に追加発注したところなのよ!と胸を張る。へえ・・こんなフルーツがねえ・・と疑問を投げかけると、あんた何言ってんだ!これは香港や台湾人が美味しい美味しいと喜んで食べてる・・と筆者が香港に16年も住んでたのを忘れたかのように偉そうな口調でまくし立てた。

ドラゴンフルーツは甘みとか旨みというのがボヤけてて味覚自体が遠いところにいるので、筆者はあんまり好きでは無いのだ。それに香港の我が家に遊びに来ていたフィリピン人達にドラゴンフルーツを出しても美味そうに食ってる人など一人も居なかったし、中国人たちも見た目が派手だから贈り物に混ぜているだけで、ドラゴンフルーツを美味いと思っているわけでは無い。10万人ものフィリピン人が香港に出稼ぎに来ているのに、数十年にも渡ってフィリピンでドラゴンフルーツが全く知られてこなかったのは単純に不味いからであろう。

それが急に今頃になってフィリピンで流行り出したのは広告代理店とかテレビドラマで取り上げられたからに違いない。だから日本のナタデココみたいにドラゴンフルーツも一過性のブームで終わるのだろう。筆者がそう思っている一方で、来客にドラゴンフルーツがどれだけ食い物にうるさい中国人に愛されているか説明するメイ。そして数人が2キロ、3キロと買って行く。いい加減な流行に踊らされてアホやなぁ〜と筆者が慰みの目で見ているのも気づかずにフィリピン人たちはキャッキャと嬉しそうに紫色の奇妙な物体を眺めていたのだった。数時間後には自分が買い物に失敗したことに気がつくぞ。







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フィリピンお見合いツアーに要注意

数日間リサール州のド田舎に帰郷していた女房が家に帰ってくるなり「あんた!ウィルマのこと覚えてる?」と言った。おおっ!なつかしい!覚えてるも何もあのセクシー・ウィルマだろ?それが一体どうしたんだ?と聞き返すと、日本にいるはずのウィルマが何故かリサール州にいて、十数年ぶりの再会なので一緒に食事をしたところウィルマは旦那を捨ててリサール州に戻って来たのだという。

このウィルマというのは90年代に香港に出稼ぎに来ていた家政婦で、当時は毎週末に筆者の家に遊びに来ていたのだが、同じ同郷の女たちに比べるとウィルマはかなり浮いた存在だった。髪の毛はまっキンキンに染めてて化粧は超ド派手、服装も場末の風俗店の女のようなスケスケルックで、家政婦よりも砵蘭街(ポーランガイッ、香港の最下等売春街)で働いたほうがいいんじゃないか?と思わせる女だったのだ。

むろん派手なのは外見だけでなく、下半身の乱れっぷりの方も相当のものだった。毎週末に筆者の家に寄った後はワンチャイにあるネプチューンというディスコに赴いて、そこにたむろってるクズ白人をピックアップしては近くのラブホテルへとしけこみ、その後はストロベリーという別のディスコでインド人の男を引っ掛ける。あたし男がいないと頭がおかしくなるのよ!と同郷の女たちに吹聴しているような腐れ女だったのだ。

しかしこのウィルマも筆者の家に遊びに来るようになってから考えが少し変わって来た。このまま家政婦では終わりたくない・・。よしっ!アタシもシエナ(筆者の女房のこと)みたいに日本人を引っ掛けよう!。引っ掛けるのはあたしの十八番だもの!。それでウィルマは家政婦の仕事をすぐに辞めてフィリピンへと戻り、日本人とお見合いをアレンジするエージェントに登録、それから1年位して年配の日本人と結婚したと聞いた。ここまでが筆者の知っている話だった。





「てっきり日本で幸せに暮らしているのかと思ってたけど、なんでフィリピンに戻って来たのだ?」と女房に聞いたところ、女房も同じ疑問を持ったのでウィルマに聞いたそうだ。ところがウィルマは「全て計画とおりよ!」と言って笑ったそうである。ウィルマはあくまで金のためだけに結婚したのであり、お見合いツアーのフィリピン側窓口の従業員に多分金を払ったか身体を提供してツアーに参加した日本人のうち一番金を持っている男を聞き出し、すぐに色仕掛けで中年オヤジを籠絡したという。

さて日本に来てからウィルマは旦那にずいぶん尽くしたと自慢したが、その代償はフィリピンの家族への毎月の資金援助、土地と家の購入、賃貸用アパートの建設など相当高くつくことになった。おかげで旦那とウィルマの日本での家計は相当苦しいものになったが、フィリピン国内での資産形成は着実に進んでいたので「あと10年」「あと5年」と来るべき離婚の日まで必死に耐えたそうだ。そして旦那が60歳となりこれから家族とゆっくり出来るようになった矢先にウィルマから離婚を申し出たらしい。

だけどウィルマには子供、それも年代から考えて中学生くらいの子供がいたはずである。それで子供もリサール州に戻って来たのか?と聞いたところ、なんと子供は今でも日本にいて別れた旦那が養育しているのだそうだ。しかも・・・これは女房が別の場所でクラスメイトのアイリンから聞いた又聞きの話だが、酒に酔ったウィルマは子供の実の父親は旦那ではなくウィルマが日本で引っ掛けた男だと白状したらしい。唖然としているアイリンの前で「誰があんなバボイ(豚)の子なんか生むもんですか!」と言って大笑いしていたそうだ。

ウィルマの話を聞いた女房はあまりの酷い話に呆れてしまったそうだが、ウィルマはあの豚はアタシみたいな美人と結婚できたって喜んでたのよ!それに比べれば使ったのは大した金額じゃないわ!だいいち一緒にお見合いツアーに参加したフィリピンの女達だって全員似たようなもんよ!と言って誰々はいくら稼いだ、毟り取ったと説明し出したそうである。まあ恋愛と結婚は別、結婚相手の健康よりも実家の家計が優先というのがフィリピン女の常識だが、ウィルマの旦那の失われた人生を考えると暗澹たる気分になって来た。ウィルマはまさに吸血コウモリのような女だったようである。






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銭ゲバ家政婦

以前の日記で我が家の住み込み家政婦ラセルが女房と組んで金貸しのサイドビジネスを始めたという事を書いたが、先日ラセルの収入を知ることになったので今日の日記として書くことにした。半年前ラセルが家政婦の仕事だけしていた時は、我が家が払う月3000ペソのお手当と、近所に住むミレットほか2軒のアルバイト1500ペソと合わせて月4500ペソが収入の全てだった。この内3500ペソを故郷アブラ州の小作人の夫に送金していたのだ。

ところがラセルは女房の副業であるファイブシックス(月利20%の高利貸し)を横目で見ている内に自分をエージェントとして使わせて欲しいと女房に懇願、結局新規顧客を開拓したら月5%貰えることで合意したが、ラセルは持ち前の親しみ易さを発揮して近所の町工場に接近、おもにルソン島北部の山奥から出稼ぎにきた工員たちにがっちり食い込み、ほぼ毎日のように金の貸し借りで工場内に出入りするようになっているのだ。

さて先日女房にラセルは月いくら位稼いでいるのか?と聞いてみたところ、先月は9万ペソだったのよ!と聞いてちょっと驚いてしまった。と言うのはこれはフィリピンの花形職業であるコールセンターの月収の倍近い金額だからである。ええと・・金利5%と言うことはお前は180万ペソをラセル経由で用立ててるのか?と聞いたところ、実際は120万ペソ位だがラセルは金利の上乗せや又貸し、週単位の短期融資など諸々のこすい手を駆使して50%多く稼いでいるのだ!となんか口惜しそうに言う。

女房の話ではラセルはサリサリストアのジェニーや爪切りのリサよりも金貸しとしての才能があるらしく、本人も金貸しを本業にする気らしい。そして最近は収入が安定してきたので、故郷アブラから10歳の娘と小作人の旦那を呼び寄せて、同じサブディビジョンに住むラセルの実兄の家に居候し始めたというのだ。そうか・・それで最近外泊が増えたのだ・・。てっきり支払い遅延の代償に若い男の身体を毎晩貪っているのかと思ってたわい。

「それだけじゃ無いのよ。ラセルはウチの目の前の空き家を買う計画でいるのよ」という一言には驚いてしまった。なんでもサウジにいる筆者の義弟フランシスの下にラセルの長男ボウイがもうすぐ出稼ぎに行くので銀行の住宅ローンが組めるようになる。だったら今のうちに家を買ってしまおう!と判断したらしい。

つい最近まで赤貧洗うが如しだったラセル。ところがファイブシックスと息子ボウイのサウジ行きで一気に運が巡ってきたと喜んでいるらしい。だったらもう月3000ペソの家政婦なんて辞めればいいじゃないか?と思うが、金主の女房と息子のボスの妻にはローンが完済するまで安月給でも奉仕して安全確保する算段なようだ。でも筆者はどっちかと言うともっと若くていやらしそうな家政婦に来て欲しいんだけどな・・。


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サディストの退役少将がついに逮捕

朝イミグレーションへと向かう車中で、運転していた従兄弟ジェンと女房が話し込んでいる会話のなかに「パルパラン」という単語が耳に聞こえて来た。おおっ!これは昨日テレビニュースに映っていた貧相な老人の名前ではないか!。義妹と従姉妹ミレットがこのニュースを見た後なにやら話し込んでいたので、こいつは一体誰なんだろう?と気になっていたのだが聞きそびれてしまったのだ。それでこれはちょうど良いチャンスだとばかりに、ジェンと女房の会話に割り込むことにした。

「ブラザー。パルパランはとんでもない悪党だよ!」と言って説明を始めるジェン。パルパランは共産ゲリラ狩りで名を馳せた元陸軍少将(メジャー・ジェネラル)で、その容赦無い残虐な仕打ちからNPA(新人民軍)に「屠殺人」と呼ばれるほど恐れられていた男なのだと言う。「この男が連隊長や師団長として赴任した地域では、疑わしきはまず殺してから調べれば良いというポリシーが適用されるんで、すぐに死体の山が築かれるんだよ」とジェンは顔をしかめながら言った。

「それだけじゃないのよ!フィリピン大学の女子学生2人を誘拐したり、拷問も手足の指をハンマーで潰してから腹を裂いて内蔵を取り出したり、ガソリンをかけて焼き殺したりするんですって」と女房が言い出した。これはずいぶん創作されてるな・・と思ったが、多少割り引いて考えても凄い話だ。これじゃスターリン時代のソ連か北朝鮮じゃないか!と言うと、ジェンは「その通りだよ。パルパランはまさしくサディストであり精神異常者なんだ!」と断定した。




さてイミグレ本部に到着して面接を待っていたのだが、いつまで経っても面接官が出勤して来ないため、暇に任せてパルパランについてネットで調べてみた。1950年生まれ、意外な事に陸軍士官学校ではなく私立大学で経営学の学士を修了したのち陸軍に入隊。そしてその後の経歴は軍事活動よりも治安維持の功績で彩られていて、ミンドロ、サマール、ヌエバエシハの部隊指揮官としてゲリラ掃討に容赦無い姿勢で臨んだことにより数々の勲章を授与されていた。

しかし任務に忠実なのか先天的なサディストなのかはハッキリしないが、治安活動に行き過ぎがあったのは確かなようで、女房が言ったとおり2006年にカダパンとエンペーノという女子学生を拉致して、以後2人とも行方不明になっているのは事実であり、そしてジェンの言った死体の山というのもあながち嘘とは言えないようなエピソードが幾つか書かれていた。このパルパランというのはフィリピン政府の忠実な猟犬であり、同時に共産ゲリラにとっては死刑執行人であったようである。

さてこの男は在職中から悪評が高く、フィリピンの人権団体から訴えられたりしていたのだが、なんとアロヨ前大統領が年次教書演説の中でパルパランを「国家の安全に大きく貢献した」と読み上げただけでなく、なんと2007年の総選挙で下院議員に立候補、結果は次点で落選したものの2009年の議員定員数増枠で下院議員に就任していたのである。しかし2011年に前述の女子大生拉致の容疑者として告発され、以後3年に渡りパルパランは逃亡する身になっていた。



イミグレーションからの帰り道、話題がまたパルパランの事になったので筆者も一夜漬けならぬ超浅漬けの知識で会話に入ったが、従兄弟ジェンや女房と話しているうちに、彼らの意見がパルパランが悪だ!こういう奴をのさばらしていた政府が悪い!という所で打ち止めになっていることに気がついた。確かにサディストの将軍が引き起こした罪は大きいが、それでもそれはちょっと違うんじゃ無いか?という事で車中で二人と揉めてしまった。

当たり前の話だが、躊躇なく引き金を引けるパルパランを制御するどころか寧ろ積極的に活用していた政治勢力があるのであり、パルパランは与えられた権限の中で己のサディスティックな趣味を満たしていただけである。旧ソ連にはヤゴーダやエジョフといった同じようなサディストがNKVD(内務人民委員部)長官として人類史上稀に見る非道の限りを尽くしていたが、彼らは上司スターリンに対して一つ一つお伺いを立てねばならぬ小役人の身であった。なのでたかが陸軍少将の師団長パルパランが自分の一存で虐殺行為を繰り返していたとは考えにくい。

筆者はフィリピンに居させて頂いているご身分なので滅多にフィリピンの悪口を言わないが、フィリピン特有の誰か悪者を作って後はシャンシャンというのは筆者が一番嫌いなパターンである。それで「フィリピンはアジアで最も民主的な国だとフィリピン人たちは胸を張っていうが、安易なポピュリズムと空理空論が蔓延した矛盾社会はこういったモンスターを影で活用しなければ体制維持が成り立たなくなるのだ!」とジェンと女房に説明したが、この二人にはちっとも理解して貰えなかった。筆者が言ってることって何か間違ってるかな?



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御巣鷹山から下りて来たのは・・・

日航機123便の墜落事故から今日で29年が経過したそうである。筆者は当時テレビで捜索活動の生中継を見ていたのだが、硝煙の臭いがブラウン管から漂ってくるかのような墜落現場のあまりの残状ぶりに衝撃を受けてしまった。乗員乗客合わせて520人死亡、奇跡的に助かった生存者は4名。川上慶子という12歳の生存者がヘリコプターに吊り上げられるシーンが印象に残っているが、しかし筆者の記憶に今でも鮮明に刻まれているのは、そばでテレビを見ていた父の「この山はとんでも無い心霊スポットになるぞ」という罰当たりな一言であった。

オカルトマニアの方は既にご存知の通り、御巣鷹山はすでに心霊スポットとしてつとに有名になっている。夜中に叫び声が聞こえる、森の向こうから何十人もの白い影が現れる、肝試しに来たヤンキーたちが帰り道に交通事故で全員死んだ等々、犬鳴峠や清滝トンネルなどの他の超有名心霊スポットと同じような目撃談が幾つかあるが、一方で日航機事故ならではの独自のエピソードがある。それは日航機の墜落現場で救出作業に当たった人間たちが体験した話である。さて今日は大して怖くないが筆者の行きつけのスナックのママが教えてくれた話を日記にしたい。もちろん御巣鷹山に関係する話だ。

ある雨の日の夜、もう店を閉めようかしら・・とママが思っていると、店のドアが開いて3人連れのお客が顔を表した。あらいらっしゃい!お久しぶりね!と3人のうち一番馴染みの男に声をかけたが、この男は「ああ・・」とぶっきら棒に言うだけである。いつもは「ママー!今日は徹底的に飲むからなー!」と勢い良く入って来ては、歌うわ騒ぐわママのお尻を触るわと陽気な男たちなのに、今日はなんだか様子がおかしい。それにいつもはカウンターに陣取るのに、今日はテーブル席の端っこに固まる様に座って3人とも無言でいるのだ。

ところがおかしいのはこの3人だけでは無かった。店のヘルパーであるミキちゃんという娘はカウンターの中に入ったまま凍りついたような表情で3人組の座ったテーブルの辺りを見回している。それでママは、ミキちゃん!早くボトルを持って来て!とかオツマミ用意して!、こっちに来て!と急かすが、いつもはテキパキと仕事をこなすミキちゃんが今日に限っては全く役立たずになっている・・。それに3人組との会話は弾まないどころかずっと沈黙したまま・・。気まずい空気が流れるなか結局この3人は1時間ほどいただけで帰ってしまった。





さて客が帰った後ママはさっそくミキちゃんにお叱りを入れたが、このミキちゃんは青白い顔でジッとママを見ているだけ。そしてママのお叱りが終わると、「ママ!今から私が言うことを驚かずに聞いてください」と言い出した。いったい何よ!この娘は!と思ったが、ミキちゃんはいきなり「私は見える人間なんです」と言い出す。見えるって何を?幽霊です。はぁ?というやり取りの後で、「子供の頃から見えるのでもう慣れっこになっているんですけど、あの3人のお客さんに憑いている幽霊の人数がハンパじゃ無かったんです」と言い出した。

ミキちゃんの語るところによれば、この3人のお客には何十もの霊が憑いていたのだそうだ。この霊は男も女も子供もいて全員が無表情のままお客の体にしがみついているのだが、不思議なことに全員が全員とも皮膚が青い色をしているのだという。怖い話が大嫌いなママはこの話を聞いて背筋がゾッとしてしまい、「もう話すのをやめて!」とミキちゃんの口を閉じさせてしまったため、後年筆者はママから幽霊の服装などついて詳しく聞くことができなかった(残念)。

しばらく経ってこの3人組の客のうち馴染みの男はママの店に現れ、開口一番「ママ!この前は暗くってゴメンな!」と謝った後で事情を説明し始めた。あの日は任務が終わって気分が塞いでいたから同僚と一緒に飲みに来たんだけど、どうしても気分が晴れなくってな!ははは!と幾分明るさを取り戻した口調で言ったそうだが、一体なんの任務なのかは職業柄言えないんだよ!と言ってはぐらかされたそうだ。ちなみにこの男は自衛隊の隊員で、墜落事故の現場で作業に当たった空挺部隊に所属していた。

さてこの数十体の幽霊はなぜ3人の自衛隊員にしがみついていたのかについてママは何も言わなかったが、言うまでもなく幽霊たちは自分の里に戻りたかったので下山する隊員の背後に取り憑いたのに違いない。ところが3人の隊員は町に下りると真っ先にスナックに飲みに行ってしまったため、幽霊たちもやむなくお供することになったと言うことであろう。手が千切れたり体が焼け焦げた形で化けて出てこなかったのは、スナックへ来たので緊張して襟を正したからではあるまいか。なおミキちゃんの見たところでは、そのままスナックに居着いてしまった幽霊はいなかった様である。







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死体の流れ着くリゾートホテル

女房の従兄弟にスプークという男がいて、こいつはニューワールドやヘリテージなど名だたる有名ホテルで腕を磨いて来た料理人だが、数年前にビサヤ地方の超有名なリゾートホテルで働いていたことがある。なんでもスプークの兄弟子に当たる人物がそのホテルの2番目だか3番目のシェフに就任した為、スプークもホテル住み込みの調理助手として兄弟子に呼ばれたのだそうだ。

ある日の朝、まだ夜明け前で辺りは真っ暗な時に、プライベートビーチの方から「キャーッ」ともの凄い叫び声が響き渡った。スプークら住み込み従業員はビーチのすぐ近くの従業員寮で生活していたので、この叫び声を耳にするや数人が慌てて寮を飛び出してビーチへと駆けつけた。

ものの数秒でビーチへと続く遊歩道に入ると向こうから白人の女性が走ってくる。「どうしたんですか!」「大丈夫ですか!」と声を掛ける男たち。しかしこの女性は大きな叫び声を上げた割りには意外に気丈で、ビーチの方向を指差して「あそこに死体があるのよ!」と言うやスプークら従業員たちを現場へと連れていったのだそうだ。





恐る恐るビーチへと向かうスプーク一行。やがて全員が見たのは砂浜に打ち上げられ、波の満ち引きで揺れ動く人間の死体だった。この死体は手足は真っ白く変色していて、着ていた服がはち切れんばかりに膨張していた。これは大変なことになった!早くホテル本部に連絡しなければ!と焦りまくっていたスプークらの背後で突然声がした。

「あ〜、また来たがな(ビサヤ語)」という間伸びした声。振り向くとそこにはホテルの警備員の一団がいた。そしてパニックを起こしているスプークら一行とは対照的に、警備員の面々は全員ゴム手袋をはめると手慣れた感じで死体を四角い板の上に乗せ、ビニールシートで覆った後で何処かへと運んでいってしまったそうだ。

あの〜・・警察呼ばなくていいんですか?とスプークの同僚が警備の主任らしい人物に聞くと、このオヤジは馬鹿にしたような目で同僚を一瞥したあと「そんなんイチイチ連絡するかいナ!商売あがったりになってしまうやないケ!(ビサヤ語)」と怒声をあげた後、唖然とする一同を残して何事も無かったかの様にスタスタとホテル本部の方へと歩いていってしまったのだそうだ。





従業員寮へ戻ったスプークらが憮然とした表情でいると、現場に駆けつけなかった古参のホテル職員が「早朝に叫び声が聞こえてもビーチに行っちゃダメだよ」と文句を言い出した。なぜかと言うと、このホテルでは死体が流れ着くのは日常茶飯事で、毎朝セキュリティーがビーチを巡回していて、死体を発見すると客に見つからないように素早く処分しているのだそうだ。

スプークが聞いた話では、周辺の海域で遭難したり殺されて海に投げ込まれた死体は海流の関係でこのホテルにだけ流れ着くらしく、一度など腐ってもげて海底に沈んでいた手の甲を、ヒトデと間違えた子供がビーチチェアでくつろぐ母親に持って行ってビーチ中が阿鼻叫喚の大パニックになった事があったのだと言う。

「ブラザー!俺の兄弟子は今でもあのホテルで働いているから、奴に頼めば思いっきりディスカウントした値段で泊まれるぞ!」と嬉しそうに言うスプーク。誰がそんなホテル泊まるか!と内心思ったが、いやいや折角のお誘いだけれども、あんまり衛生的じゃないし何より臭いがきつそうだから好意だけ有難く頂いておきますよ・・とお断りしておいた。






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反骨の英語教師

先日父親から聞いた不思議な話を思い出したので今日の日記にすることにする。なおこれは筆者の父親も又聞きの話の上に幾ら何でもストーリーに穴があり過ぎなのだが、父親が勤務していた中野区の教師たちの間では一時期ずいぶん広がった話だそうだ。なのであくまで都市伝説だと思って読んで欲しい。なおストーリー自体が教師の視点で語られているだけでなく、終わり方が中途半端な感じであることをお許しいただきたい。

今から50年くらい前、初老の英語教師が中野駅北口から勤務先の公立中学校へと歩いて行く途中で、自分の横を歩いていた若い男から「先生!」と声をかけられた。見ると昔の教え子の山田君(仮名)が自分を見てニコニコしている。この山田君は自分が別の区にある中学校に勤務していた時の生徒で、記憶力抜群の教師は直ぐに思い出したのである。さて山田君はなぜか自分と同じ方向へと歩いて行くので、いったいどうしてこんな場所に勤務しているのかと不思議に思った。

というのは山田君はかつて自分が教えた中でも抜群に優秀な生徒の一人で、学区では一番の都立高校から現役で東大に進んだ超エリートであるため、霞が関や大手町ならともかくこんな中野みたいな田舎(当時)にある会社に出勤するハズがなかったからだ。それで英語教師がお前は今から何処に行くんだ?と尋ねると、山田君は「実はその先にある学校に通うことになったんです」と答えたのですぐに納得した。その先というのは警察大学校。山田君は警察のキャリア官僚になっていたのである。それ以降英語教師は何度か山田君と道端で会い、和やかに旧交を暖めたそうだ。

それから10年経ったある日、英語教師が自宅で週刊誌を見ていた時の事である。その雑誌には当時日本中を震撼させた凄惨な事件の特集記事が組まれていたのだが、その中に山田君らしき顔写真を見つけて驚愕してしまった。サイズが小さいので分かりにくいが、この英語教師は生徒の顔を覚えることには絶対の自信を持っていて、とくに山田君の特徴的な鼻の形は忘れようがない。過激派の内部分裂でリンチを受けた上に殺された被害者たちの顔写真のうちの一つが山田君だったのだ。

しかし顔写真の下には山田君とは全然違う名前が書かれているし年齢も山田君より5〜6歳若い。さらに東大ではなく京都大学の出身者とある。その時英語教師は何とも嫌な違和感を感じたのだそうだ。さて普通の人間なら他人の空似で済ませるところだが、この英語教師は教え子の身を案ずる昔気質な上に、退職して毎日ヒマだったこともあり、戸棚の奥にしまってあった卒業生の名簿を調べるとなんと電車に乗って山田君の実家へと向かったのである。





山田君の実家は名簿に記載された場所にまだあって、チャイムを押して自分は山田君の中学時代の担任だと名乗ると、むかし家庭訪問の時に見覚えのある山田君の母親が玄関に出て来て、家の中へと招き入れたそうだ。そして居間には元陸軍軍人の山田君の父親が座って居て、英語教師の顔を見ると「先生よく来ていただけました。線香の一本も立ててください」と言って嗚咽を漏らしたらしい。まさか!嘘だろ!と英語教師は驚愕したが、奥の間に通されると直ぐに仏壇が目に入り、そこに紛れもない山田君の遺影が飾ってあった。

息子は数年前に体調を壊して警察を辞めていたのですが、一月ほど前に息を引き取ったのです・・と父親が英語教師に説明した。そして葬式は身内だけで執り行ったので、先生や同級生の方達にお声をかけられずに大変申し訳ございませんでした・・といってまた嗚咽を漏らしたという。しかし長年教師をしていただけあって英語教師は父親は嘘をついていると直感で分かったが、両親の必死に耐え忍んでいる姿を見て黙って焼香をした後でその場を辞したそうだ。

この英語教師は当時の教師の大部分がそうであった様に日教組の活動家でバリバリの左翼、反権力の塊のような男であった。山田君は偽造された経歴と名前を与えられて潜入捜査官として左翼グループへと入り込み、それで公安警察に情報を流すだけでなくグループそのものを自滅に追い込む役割を果たしていたのに違いない・・。そしてほぼ任務が完了した時に計算外のことが起こって殺害されてしまったのだ!と英語教師は確信した。それで教え子の無念を晴らすべく告発の準備を進めようとしたが、その時に自分が間違っている事に気がついたのだそうだ。

英語教師は戦時中に配属将校から敵性言語の教師として迫害されても一向に怯まなかった気骨ある人物だけあって、たとえ自分と思想は違っても生命をかけて職務を全うした自分の教え子を裏切ることなどとても出来ず、けっきょく自分が知った秘密を黙って飲み込んだそうである。英語教師がこの事を話したのはそれから10年以上経過した亡くなる直前、退職教師たちの懇親会の場であったそうだ。そしてその話があちこちの教師に伝わり、一時期教員たちの間で話題になったそうである。

筆者の父親はこの英語教師とほんの少しの間だけ机を並べたことがあったらしく、「あの英語教師は気難しいが一本筋の通った人物だった。昔はああいう教師がいっぱいいたのだ」と懐かしそうに話していたのを覚えている。あれから30年近い年月が流れたが、教師どころか企業や政治の世界にもこういう気概のある人物はいなくなってしまったのが残念である。逆境は人間を作るとよく言われるが、戦後70年間惰眠を貪り続けた日本にはもうこういう人物は現れないのかもしれない。






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謎のBIクリアランス

永住ビザやACR-iカードの発行のためにフィリピンのイミグレに行かれた方ならBIクリアランスという書類を耳にされた事があるだろう。似たような名前でNBIクリアランスというのがあるが、これはNBI(国家捜査局)が発行する無犯罪証明書の事であり、筆者が話題にしているのはBI(Bureau of immigration)すなわちイミグレが発行している証明書のことで全くの別物である。

これは当文書に記載された人物は過去オーバーステイなどの出入国管理法に違反したことはありませんよ!という証明書らしく、ビザ延長やフィリピン人との結婚による永住権申請の際に提出を義務付けられているのだが、筆者は過去1年半イミグレであれこれ格闘して来た中で一度もこの書類を見たことも申請したことも無いのである。いつもイミグレの受付や公証人に何が必要なのか聞くのだが、このBIクリアランスだけ一切口上に上らなかったのだ。

それが一体どうしたの?とお思いの方もいるだろうが、フィリピンのイミグレというのは申請書の中にあるミドルネームを空欄にしただけで「はい!これ失格。ミドルネームが無いならばN/Aと書くのが決まり!じゃあやり直し!」と書類受領を拒否されて列の最後に並び直す様なすんごく厳しい世界なのだ。書類の一文字の間違いも許さないイミグレが、提出書類を1枚丸ごと忘れているというのはどう考えても変だ・・これは一体どういう事なんだろう・・?と愚鈍な筆者はずっと不思議に思っていたのである。


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ところが一昨日この書類の正体がついに分かったのだ。永住権の書類チェックをしていた調査官が筆者の書類の不備を見つけてネチネチ文句垂れていた時に、「BIクリアランスを取得してないんですが・・」と言ったところ、この調査官は「あー、それは料金払うだけでいいんだよ」と意外な答えをしたのだ。提出しろと書いてあるのに、金さえ払えば紙に印刷しなくて良いだと・・。さらに「アンタは過去何回もCertificate Feeを払っているはずだよ」と言う。

それでカバンの中にしまい込んだ古いレシート類を調べてみると、なるほどCertificate Feeという費用が書いてあり、Express feeと合わせて1000ペソ払っていた。やがて調査官が言ったのは「イミグレはアンタの過去の出入国データを全部持ってんだから、自分たちが発行した紙を自分たち宛に提出させる必要は無いだろう」という唖然とする答えが。だったら何で提出書類のリストに入れるような紛らわしいことすんだ?最初から過去の記録の調査費用って名目だけでいいじゃねえか。

しかし筆者が思い切り相手をバカにした表情を浮かべているにも関わらず、「あー!ここに空欄があった!ちゃんとN/Aよ記入しなきゃダメじゃ無いか!」と言って書類を突っ返しては悦に浸っている調査官。この男、肩書きはATTORNEYとあるから弁護士なんだろうが、お前こんなつまんない仕事をするために大学で法律を学んだんかい?と心が底冷えする様な寂寥感を思わず感じてしまった。


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イミグレ書類でお困りの時はココ

本日イントラムロスにあるイミグレ本部に永住権への切り替えを申請しに行って来たのだが、イミグレ職員の余りの不効率さとデタラメな対応に怒り心頭に発してしまった。本来なら今日はイミグレの悪口を日記に書きまくりたいところだが、一体どこから書いたら良いのか分からないくらい色々とあるため、代わりに一服の清涼剤となってくれた人物について日記にしたい。

以前の日記にも書いたが、イミグレ職員は申請者の書類上のミスを発見することで収入を得ており、毎日何百人もの人間が訳の分からない理由でイミグレ本部の中を右往左往させられている。それに突然イミグレのホームページ上で要求されていない書類を提出せい!などと言い出し始めることもあるので、もしアナタが自力でビザ申請の申請→受理をスムースに終わらせたい場合は、イミグレ職員以上に書類条項について詳しくなる必要があるのだ。

そんなアホなことあるかい!とお思いの方も多いだろうが、これは厳然たる事実である。よってアナタは旅行代理店に随分と高い手数料を払って一切の手続きをお任せする事を選ぶだろうが、もしイミグレ本部で3時間くらい待っても平気なくらい時間的余裕があって、さらに費用を最小限に抑えたい場合は、イミグレ本部のすぐそばに店を構えている公証人(英文名ではNOTARY PUBLIC)に行かれることをお勧めする。


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筆者がいつも使っているのはイミグレ本部の隣にあるChamber of Commerceビルの裏側(川沿い)に店を構えている公証人の出張所である。イミグレ出入口に客引きが一杯いるが、こいつらが客を捕まえると連れていくのがココだから素知らぬ顔して誰かについて行けば良い。イミグレ本部とこのビルの間に細長い駐車場があって(写真上)、そこをまっすぐ歩いて突き当たりを右に曲がると、アジア特有の屋台村みたいな所に行き当たるがが、ここが公証人事務所の出張所なのだ。

ここには5軒の「青空」出張所があるが、イミグレでいろいろ困ったことがあれば下の写真で黄色い服を来たウォリー・ルーカス(WALLY LUCAS)というオッちゃんをぜひ訪ねてほしい。このウォリーが番頭を務める公証人出張所は書類作成が専門で、例えば結婚ビザの場合の共同宣誓書などホンの1分で作成してくれるが、このタイプのビザなら必要な書類は何で、銀行口座にはいくら預金が必要だ!など色々とアドバイスしてくれるのが嬉しい。

もっともウォリーが言っている事が100%通用しない時もあり、それで本日は怒り浸透に発しているのだが、イミグレの受付で申請書の記述を書き直せと言われても、ウォリーの店に戻れば文句も言わずに無料で修正してくれるので安心してほしい。書類作成の費用は1枚300ペソ〜とお手頃で、アドバイス料は取らないのでイミグレで色々と頭を悩ましている様だったら、深く考えずにウォリーの元を尋ねることをお勧めする。ただし書類作成が全くいらない観光ビザの1回目延長なんかは聞きに行かない様に。相手も一応商売ですから1ペソの売り上げにもならない客は相手にしませんよ。


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奈落の底へといざなう女

先週末の夕方、「あんた!アイリンが遊びに来たわよ」と女房に叩き起こされた。アイリンって・・香港にいたアイリンか?と聞くと「そうだ」と答える。女房のクラスメイトで二児の母、真面目さが取り柄の古風な女。今から6年前に香港に家政婦として出稼ぎに来て、毎週末に筆者の家に遊びに来ていたのだが、ある出来事が立て続けに2回も起こってしまい不本意ながらフィリピンに帰国したのである。

6年前のある日アイリンが浮かない顔で我が家にいるので、一体どうしたのか?と同郷の女たちが聞くと、アイリンはもう耐えきれない!という感じで泣き出し始め、そしてポツリポツリと自分の身に起こった不幸な出来事を話し始めた(ちなみにタガログ語なので筆者は蚊帳の外だった)。雇い主に強姦でもされたのか?と全員が思ったが、なんと雇い主の香港人オヤジがアイリンの目の前でズボンを下ろすと自分でオ◯ニーし始めたというのである。

あまりの衝撃に身体が硬直してしまったアイリン。しかし雇い主はアイリンに襲いかかる事はなく、そのまま自分の手で◯◯◯をしごき続けたらしい。アイリンは雇い主の最後にイく瞬間まで見届けたかどうか不明だが、そのまま玄関に向かって走ると近所にあったイグレシア・二・クリストの香港支部教会に駆け込んだのだそうだ。

結局この香港オヤジはセクハラでアイリンと家政婦紹介エージェントに訴えられ、いくばくかの罰金を払わせられる羽目になったのだが、イグレシアス・二・クリストの熱心な信者であり、セックスは子孫を作るためだけのものと信じ切っている聖母マリアの様なアイリンの心理的ダメージは相当強く、もう香港は嫌だからフィリピンに帰りたい、でも住宅ローンは残っているし、子供の学費もコレコレかかってしまう、私は一体どうしたら良いの!と途方に暮れていたのだ。

しかし筆者はこの話を時に雇い主がそうなったのも無理はないな・・と思った。なぜかと言うとアイリンの頭の中身は前述の様に超堅物だし、特に美人でもスタイルが良いわけでもないが、実はアイリンは弄ったり舐めたりしたくなるイヤラシ〜イ雰囲気を全身から醸し出しているのだ。一度エレベーターの中で隣り合わせた時に彼女と目と目が合ったのだが、そのまま引き込まれるように顔を近づけてしまったことがある。なので雇い主のオヤジがアイリンの不思議なやらしいオーラに触発されて頭がおかしくなったのも頷けるのだ。


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それからしばらくしてアイリンは家政婦エージェントから別の雇い主を紹介されることになった。新興住宅地に住む小さな子供のいる若い夫婦で、アイリンの前に勤めていたフィリピン人家政婦からもすこぶる評判の良い雇い主であった。早速この一家に打ち解けて幸せそうに働くアイリン。それに香港のエリート公務員である若い夫の実直さと品行方正ぶりに大変満足していたのだが、しかし・・アイリンの幸せな日々はそう長くは続かなかった。

ある日の深夜、トイレに起きたアイリンはシャワールームの中で何やら物音がする事に気づいた。ペットの犬?それとも泥棒?。それでアイリンはコッソリとシャワールームに近づき、ドアを一気に開けてライトをつけると、そこで見たのはアイリンの使用済みパンティーを口元に近づけて匂いを嗅ぎながら、もう一本の手で自分の◯◯◯をしごいてオ◯ニーしている若い夫の姿であった。あまりの衝撃に今までの幸福感が一気に砕かれてしまったアイリン。慌てて家を飛び出すと又イグレシア・二・クリスト教会へ逃げ込み、アイリンは雇い主の前に二度と姿を表すことはなかった。

結局アイリンはそのままフィリピンに帰ることを決心した。自分は夢を持って香港に来たけれど、2回もあんなおぞましい体験をしてしまっては香港にはこれ以上居れない!と泣きながら皆に語っていたそうである。送別の場でも同郷の女性陣たちから本当に貴女はアンラッキーだった!と同情心を一身に浴びていたが、ただ一人筆者だけは「まあ・・そういう風になるよう生まれついたんだから仕方が無いんじゃないかな・・」と決して口には出せない事を頭に思い浮かべていた。

さてそれから6年が経過した先週末の事である。シンガポールにこれから出稼ぎに行く旦那の挨拶でマニラに行った帰り道に女房に会いに家に寄ったのだが、6年ぶりに会うアイリンはもうすっかりオバさんになっていた。再会を喜び合って昔話に話を咲かせ、ついでにアイリンの旦那とウィスキーを飲み飲み昨今の工業プラントの光ファイバーの活用状況などの話をしていたのだが、女房とアイリンの旦那が我が家の頭痛の種である電気系統をチェック(旦那は優秀なエンジニアである)するために2階へと上がり、リビングには筆者とアイリンと二人きりになった時にそれは起こった。

突然部屋の空気がモワーッと重くなると同時に、視界から部屋の内装部分が一気に飛んでしまい、何故だか知らないがアイリンのことしか見えなくなったのである。そしてアイリンの無垢そうな目と(42のオバンに無垢なんて言葉は似合わないが、その時は本当にそう見えたのだ!)目が合うや、奈落の底に落ちて行くかのようにウワーッと引き込まれていく。こ・これはマズい・・この女は今でも魔力を失ってなかったんだ・・。しかし幸運にもその時義妹がドスドスドスッと大きな音を立てて2階から降りて来てくれたので何とか正気に戻ることが出来た。

「今日は再会出来て嬉しかったわ!」と言ってすっかり酔っ払った夫を抱きかかえるアイリン。また遊びに来るから!と女房と別れの挨拶を済ませるとトボトボとサブディビジョンの出口へと二人揃って歩いて行った。その後女房が「アイリンは仕事を探したいって言うけど、あんな田舎じゃろくな給料貰えないってこぼしてたわ」とポツリと言った。仕事って・・アイリンには天職ともいうべき仕事があるじゃないか・・。密室系の商売についていれば相当の金額が稼げただろう。

例えばである。アイリンがマッサージ師にでもなったら、男たちは体力と財布の中身が尽きるまで身体中から液という液を出しまくって朽ち果てていくに違いない。しかしこの世に神というのはどうも本当にいるようで、アイリンにはイグレシアス・二・クリストという大変厳格な宗教をお与えになったことで、アイリンに人生を狂わされたのは今のところ香港人の2人と、おそらくアイリンの旦那だけで済んでいるのだ。筆者には信仰心は全く無いが、アイリンの魔力に巨大な蓋をしてくれたことには率直に神に感謝したい。


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NBIクリアランスにご注意

フィリピンに移住して初めてエルミタにあるNBI(国家捜査局)本部に行って来た。昨年秋に取得した永住ビザ(13A)を1年暫定版(PROBATIONARY)から永久版(PERMANENT)に切り替えるにあたってNBI発行の無犯罪証明書(通称NBIクリアランス)を提出する必要があるからである。暫定版の失効日は10月頭で、切り替えは1ヶ月前からと移民局のホームページには書いてあるが、フィリピン在住のある方のブログには2か月前に申請を始めろ!と書いてあったので早すぎるかな?と思ったが8月頭から動くことにしたのである。

さてNBIの英文ホームページには、①フィリピン全土にあるNBI支部で申請・受領が可能である、②申請→受領にかかる日数は1日である、と書かれていたので、近所にあるロビンソン・デパートに入っているNBI支部に行けばいいんだな!と気軽に考えていたのだが、たまたま英文でNBI Clearance Foreign nationalsと検索してみたら「外国人は支部ではなくエルミタのNBI本部で無いと受け付けてもらえない」という記述を見つけた。えっ?だけどNBIのホームページには外国人の扱いについてなんの記述も書いて無いではないか・・。

朝10時に家を出てエルミタのユナイテッド・ネーションズ・アヴェニューにあるNBI本部に到着したのは12時過ぎだった。大雨の影響であちこちの道が閉鎖されていてひどい渋滞である。年々マニラは人が住む所じゃなくなっているな・・、こんな所にコンドミニアムを買う奴って馬鹿じゃないだろうか・・などと考えながら、1階の外国人用受付をすっ飛ばして3階の申請窓口へ直行し、カウンターの中にいる目当ての女性を探し回った。実は筆者の親戚筋の伝手を辿ってNBI職員を探し出し、一切待たずに即手続きしてくれる様にしてもらったのだ。

「はい、この書類に必要事項を書き込んでね」と2枚の書類を渡されたので、名前、生年月日、現住所、肌の色などを記入していくが何とも居心地が悪い。この女性職員は手取り足取り実に丁寧に教えてくれるのだが、筆者は女性職員の側、つまりカウンターの内側に座っているのだ。航空会社のチェックインカウンターの内側にズカズカ入り込んで、長蛇の列に並ぶ一般客全員の冷たい視線を浴びながらチェックインさせてもらっている光景を想像してもらうと良いだろう。ファーストクラスを超えるウルトラ特別待遇だが、俺が一般客の立場だったら怒鳴りつけているに違いない。


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さて光学センサーで10本の指の指紋を取られ、書き込んだ書類とパスポート、ACR-iカード、そしてポスタルIDを女性職員に手渡すと、「じゃあ今から指紋採取に1階に降りて行くからついて来てね」と言ってスタスタとエレベーターの方へ歩いて行ってしまう。おいおい!この長蛇の列はどうすんだよ!と思ったが、この女性職員は一向に意に介して無い様だ。そして指紋採取セクションでも、椅子に座って待っている一般申請者をすっ飛ばしてカウンターの中に入りこみ「ここの主任はこの人よ!」と紹介してくれた中年のオヤジの支持に従え!と言う。

「ハイ!シャチョー!テヲダシテ!インクヌルネ!リラックスヨー」と香港のインチキ時計売りのような怪しい日本語で筆者の手をグッと引っ張る主任のオヤジ。この作業自体は昨年日本の無犯罪証明書を取得する際にクバオの国家警察本部(PNP)でされたのと同じ要領だが、さっき3階のカウンターに設置された光学センサーで指紋の写真撮ったばかりじゃねえか!何のために新旧2つの方法で指紋採取するんだろう・・。ひょっとしてこの主任のオヤジが失業させないためなんじゃないだろうか・・と思えてきた。

指紋を採取している間もずっと離れずに女房と立ち話している女性職員。職場に戻って居並ぶ一般申請者を処理しなきゃ!とは考えないんだろうか?。しかしこの後女性職員の口から「受領は2日後になりますよ!」と驚くような一言が・・。即日発行じゃねえのかよ?。しかしこの女性職員は「外国人の場合は調査項目が多いので稼働日ベースで5日かかるんですよ」と微笑みを絶やさずに言う。ちなみに後で調べたらこれは本当で、単にNBIのホームページでは外国人の扱いは①本部のみ、②時間がかかります、と書いて無いだけだった。何でそんな簡単な事に頭が回らないんだろう・・。

さてNBI到着から指紋採取終了まで約30分。5時間かかったという人もいるから超特急ペースである。そして出口まで女性職員は送ってくれたので、「俺たち今から日本料理を食べに行くんだけれど、アナタもご一緒しませんか?」とお誘いしたところ、この女性職員は「仕事上それは出来ません。それに私たちは多くの申請者をハンドルしなければいけませんから」と言ってキッパリ断られてしまった。親切丁寧の公務員の鏡、それとも見上げたプロフェッショナル意識と言うべきか?。だけど大きくボコっと抜けたところが有るような気がするんだけど・・。


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雨の日の怖い話

台風ホセは上陸しなかったものの、よほどの水分を南太平洋から運んで来たのかフィリピンは連日の大雨である。おかげで筆者は取引先との商談を2回もキャンセルされてしまった。その腹いせと言ってはなんだが、こういう雨の日にぴったりのジメッとした話を本日の日記にすることにしたい。なお表題では怖い話と書いたが、どちらかと言うと怖いというよりも奇妙な話であることを予めお断りしておく。

筆者が小学校4年生の時の話である。同級生に本橋君という地域の地主一族の子供がいて、日本庭園のある大きいけれど随分と古めかしい家に住んでいた。筆者らは本橋君の家にしょっちゅう遊びに行っていて、離れにある蔵に忍び込んだり池の鯉を捕まえたりとろくでもない事をしていたのだが、本橋君の母親や祖父母はよほど鷹揚なのか筆者らはのイタズラを叱ることもなく、ただニコニコ楽しそうに眺めているだけだった。


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しかしある雨の日、遊びに来ていた同級生の三上君が母屋と蔵の間にある中庭に入ろうとしたところ、本橋君の祖母から「そこに行くな!」と凄い剣幕で怒られてしまい、あまりの意外さに目を剥いてしまった。前述の通り今まで何をしても怒られなかっただけでなく、それにこの中庭には今まで何十回も入り込んでも咎められることがなかったので何を今更と不思議に思ったからである。

「お前のばあちゃんに怒られちゃったよ」と顔を顰めながら筆者らのいる子供部屋に入って来た三上君。なんで今日は中庭に行っちゃいかんのだ?と一同不思議に思っていると、本橋君が「今日は雨の日だからダメなんだよ」と訳の分からないことを言う。それどういうこと?と問い返しても本橋君は何だか言いにくそうである。しかし好奇心旺盛な10歳の少年達が黙って見過ごすわけもなく、全員で寄ってたかって本橋君をしばき上げて口を割らせたことは言うまでもない。


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本橋君の話だと雨の日の夕暮れどきには中庭に幽霊が出ると言うのである。もっとも家族全員が見えるわけではなく、現に本橋君は幽霊を見たことは無いのだと言う。しかし幽霊を見た妹と祖母(と確か父親)の話によれば、この幽霊は男で古めかしい灰色の雨ガッパを着て庭に佇んでいるのだそうだ。そして不思議なことに身体の縮尺がおかしくて、頭の位置と同じ高さの木の枝を図ると身長2メートル以上の上背のある大男なのだと言う。

「妹の話では大男の幽霊は母屋の方をじっと見ていて、だんだんと家の方に近づいてくると言うんだ。だけど母屋の前まで歩いて来るとスッと姿を消しちゃうんだって」という本橋君。ウェ〜ッ!!と大騒ぎする筆者ら馬鹿ガキたち。それで雨が降る日になると全員揃って本橋君の家に行き、嫌がる本橋君の妹を無理やり引き入れて母屋から中庭を眺め続けたが、どうも大男の幽霊は筆者らのことがお嫌いなようで結局一度も姿を表すことがなかった。


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さてその後も大男の幽霊は現れ続けたが、本橋君の妹が「あの大男はいつも赤い石のところから姿を表す」という一言で事態は一気に急展開した。本橋君の祖父は石集めが趣味で、庭のあちこちに何処からか拾って来た色んな石が無造作に置かれていたのだが、その赤い石というのも山梨の渓谷で拾って来た石であった。どうもこの石に変なモノが憑いているのでは?と言うことで祖父が近所にある公園に捨てに行ったところ、大男の霊は綺麗さっぱり消えてしまったのだそうだ。

筆者にはこの石の正体は分からないが、おそらく洪水などの自然災害で命を落とした人の霊ではないかと思う。洪水に流されて赤い石に頭をぶつけて落命したのかもしれない。やはり昔の人の言うとおり「河原の石はむやみに拾うな」というのは本当のようである。なお本橋君の祖父が石を捨てに行った公園をネットで調べてみたら、現在心霊スポットとして割と名の知られた場所になっていた。


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血糖値チェックの勧め

一月ほど前に筆者は医者から糖尿病と診断されてしまったが、この医者が何と無く信頼の置けない人物に見えたので、医者に頼らず自己流の闘病生活に入ることにした。そして自分で色々と調べてみた結果、どうも糖尿病患者たちは医者と製薬会社の金のなる木と化していて、患者を治すよりも症状を改善させずに薬漬けにさせる様な処方箋を書いているように思えてきた。

これはどういうことかと言うと、糖尿病(2型)の本質は筋肉の衰えにより摂取された糖分が行き場を失って体内に溢れる事であり、医者の処方に従って炭水化物の量を減らすとかえって筋肉を衰えさせてしまい逆効果になるからである。それにインスリンを過剰に分泌させる糖尿病薬を飲めば膵臓がいずれ枯渇してしまうため、今度はインスリンを注射で打つようになるのでコレも逆効果、つまり長い目で見ると現代の医者がやっているのは糖尿病をむしろ悪化させているのだ。

それで筆者がここ一ヶ月やっているのは、①軽い筋トレ、②糖尿病薬は飲まない、③食事療法はせずに単に野菜を多めに取るだけ、そして④中性脂肪を落とす薬(オマコールという名前)だけ飲む、の4つである。④の中性脂肪は今までの話からは唐突感があるが、筆者は以前から医者に脂肪肝を何とかせい!でないと数年で肝硬変になるぞ!と言われていたし、それに一部の学者は高脂血症状が糖分の筋肉への浸透を妨げると書いていたので、この機会にまとめて解決することにしたのである。


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それから女房が言い張るので渋々買ったのがACCU CHECKという血糖値計測器である。毎朝指にチクンと穴を開けて、染み出た血液を試験紙にこびりつけると数秒で血糖値がはじき出されるので便利な道具である。この計測器を使って1ヶ月前から毎朝血糖値を測り始めたところ、最初は105とか107など健常者と糖尿病患者の中間にいる数値が出ていたのだが(健常者は100以下、糖尿病は126以上、中間は境界型と呼ばれる糖尿病予備軍)、筋トレと野菜を多めに摂った効果が出て来たのか1週間後には毎朝96あたりまで落ちてきた。

しかしこの計測器のおかげで病院ではチェックしなかった事実も見えて来た。境界型(糖尿病予備軍)の判断基準となる、a)空腹時血糖値が100以上、b)食後2時間の血糖値が140以上、c)過去3ヶ月間の平均血糖値を図るHba1cテストが6.5%以上、の3つの指標のうちb)の食後2時間血糖値が常に140前後と高く、そしてある条件が重なると180台までジャンプする事が分かったのだ(200以上だと確定的な糖尿病である)。これは筆者が食後高血糖というインスリンが健常者より遅く分泌されるために起こる境界型もしくは糖尿病の初期症状を患っているということである。

ちなみに本格的なハンバーガーや油たっぷりの中華料理を1リットルのビールで流し込んでも、これが外食である限り(重要)食後2時間の血糖値は140台であった。これはこれで十分に境界型確定の数値だが、自宅でカレーライスだけ、もしくはパンシットという焼きそばだけを食べて、その後ゴロンと2時間横になっていた時の最高値188に比べれば随分とマトモな方だ。他人はどうか知らないが、筆者の場合は野菜の有無と食後の体の姿勢が血糖値に大きく影響するようなのだ。外食の方が良いというのは食後数時間は正姿勢でいるし、歩いて家に帰るから運動になるからである。


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さて筋トレの効果についてご報告しよう。筋トレ言っても最後に走ったのは大学1年生の時という超運動不足の筆者が出来る筋トレなど高が知れている。筆者が毎日やっているのは1)腹筋20回、2)腕立て伏せ30回、3)逆腕立て伏せ20回、4)スクワット30回、5)寝た姿勢で2リットルのペットボトルを上げる100回(左右各)、6)チャリンコ腹筋20回(詳細は
http://m.youtube.com/watch?v=azcU8PV6NoY)の6種類の運動で、これを食後30分から1時間の間に行うことにしている。

この6種類の筋トレが具体的にどれくらい血糖値を下げるのか?を説明すると、今日は仕事が休みなのでワザと炭水化物だけの昼食を摂ってみたところ、2時間後の血糖値を測ってみると174と危険ゾーンになった。その直後に6種の筋トレを大急ぎで行い、15分後に血糖値を測ると125に落ちているのだ。15分で▲49である。ちなみに別の日には1時間散歩というのを試してみたがこの時は1時間で▲10しか落ちなかったから、筆者の場合は有酸素運動よりも筋トレの様な無酸素運動の方が遥かに効果的であるようだ。

さて肥満気味で糖尿病かもしれないと恐れておられる方は、病院で検査を受けに行く前に是非とも血糖値計測器を購入することをお勧めしたい。そして起床時と食後2時間の血糖値を測ってみれば自分が正常値にいるか境界型にいるかが直ぐにわかるし、カレーライスを同じ分量だけ食べてみても、サラダを一緒に食べる食べないで血糖値がどう変わるか?とか、俺の場合は筋トレと散歩は効果が同じだから続けられそうな散歩にしよう!など自分にあった血糖値維持法を捜し出せば良いのである。変な医者のカモになって病を進行させるのではなく、自分の体の事なのだから自分の頭で考えて、ライフスタイルに合った治療法を探そうではないか。


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カルトにはまり込んだフィリピン人メイド

「ノエミーが香港に帰るから空港まで見送りに行かない?」と女房に言われたので、仕事の合間でちょうど暇だった筆者は喜んで同行することにした。このノエミーというのは女房のお笹馴染み兼遠縁の親戚で、ノエミーを含むパズ家の五姉妹は全員が香港に家政婦として働きに出ていて、筆者が香港にいた時には毎週の様に家に来ては飲めや歌えやで一日すごしていたのだ。もうかれこれ20年近くの付き合いである。

さて案の定大人数で我が家に現れたノエミー一行。今回一緒に帰省して3日後に香港に帰る姉のカルメンまで来ている。あんた太ったわね?顔色いいじゃない!香港よりフィリピンの方が向いてるんじゃないの?などと気さくな会話を楽しみ、従兄弟ジョマールの運転で空港近くのSMを目指す。本当はリゾートワールドのイタリア料理店に行きたかったのだが、総勢10人の大所帯なので予算の関係からGerry's Grillに行くことにした。


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さてテーブルについて筆者とノエミーの定番である男関係の話をしてみた。一般的に香港にいる家政婦は我が身の寂しさから①レズビアンになる、②男漁りに躍起になる、のどちらかだと言われていたが、ノエミーは典型的な②のパターンで、ワンチャイにあるネプチューンというディスコに入り浸っては白人男と浮名を流していたのだ。(ちなみに姉のカルメンは①のパターンである)。

ところがノエミーは急に真面目な顔になり「私はもうああいう生活は止めたのよ!」と言う。そして「今は教会に行くことで身が綺麗になっているの」と唖然とする様な発言をし始めた。教会・・?。あのフランス人やイギリス人の初老の男を引っ掛けては得意になっていたノエミーが教会だと・・?。思わずシーンとなるテーブル。それで筆者はテーブルの向こう側にいる5人の親戚たちがノエミーの通う教会にあまり良いイメージを持っていないことが分かった。


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ノエミーが入信したのはダバオに本拠を置くキングダム・オブ・ジーザス・クライストという教団で、アポロ・キリボイなる御仁が指導者なのだそうだ。イグレシア・二・クリストやボーン・アゲイン教団なら知ってるが、この名を聞くのは初めてである。「今まで人生でいろいろ紆余曲折したけど、今はまっすぐ前を見て歩んでいるの」と確信したような表情で言うノエミー。しかし筆者はあまりの意外な事態に思わずウンウン・・としか返事ができなくなってしまった。

空港からの帰り道、ノエミーの姉のカルメンが「妹はカルトにはまり込んでしまって・・」と悲しそうな表情をして言うが、お前だって創価学会の信者じゃねえか、五十歩百歩だろうが・・と思った。どうも長い家政婦生活で寂しさに追い込まれたフィリピン人は前述の①②の他に③宗教に走る、という傾向があった様である。しかしあの遊び人のノエミーが宗教にねえ・・と何度考えてみても首を捻るばかりだ。


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エボラ出血熱の恐怖

アフリカで感染が広がっているエボラ出血熱に関して、アメリカの疾病対策センター(CDC)は最高の警戒レベルである"3"を発令、またギニア政府は感染地域をシャットダウンするなどアフリカの状況は緊迫度を増しつつあるようだ。さらにはアフリカを旅行していた香港女性が帰国後にエボラ出血熱とみられる感染症の疑いで筆者がつい一昨年まで住んでいたマンションの隣の病院に隔離入院するなど、フィリピンももはや対岸の火事などと悠長なことを言っていられない状況になりつつある。

このエボラ出血熱については小説「ホットゾーン」や映画「アウトブレイク」で良くご存知と思うので今さら説明する必要も無いが、致死率88%、対策ワクチン無しという中世のペストの様に恐ろしい病気である。ただ一つ救いなのは血液・体液に直接触れない限りは感染しない事であるが、飛行機で隣り合わせて唾液が飛んだり、便座に付着した汗はどうなのか?といったごく身近な感染方法の塩梅が良く分からないため過剰なパニック感を生んでいる様である。


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実は筆者の家にもエボラ出血熱に怯えてる人間が二人いる。義妹と家政婦のラセルである。というのもそれぞれサウジアラビアに夫と息子が出稼ぎに出ていて(ラセルの息子は現在ビザ待ち)、二人ともサウジアラビアはエボラ出血熱の感染区域にごく近いと思っているからである。お前・・テレビニュースで映っているジャングル地域と砂漠が隣り合わせている訳ねーだろーっ!と説明しても、この二人は筆者の女房同様にからきし地理に弱いため何を言っても無意味なのだ。

しかし二人の不安は全く根拠無しとも言えない。10月2日から始まるメッカ巡礼(ハッジ)で数十万人ものブラック・アフリカ人が義弟と家政婦の息子の住むジェッダに到着するからである。ちなみにこの二人はイスラム教徒では無いのでカーバ神殿の周りでぎゅうぎゅう詰めの中を走ったり祈ったりする事は無いが、なんせ数百万人も集まっているから一人くらいエボラ出血熱の感染者が紛れ込んでいても不思議ではなさそうだ。


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お前いくら何でも考えすぎだ!とお思いだろうし、筆者も一人の感染者が百万人に広がるなどとは思わない。しかしである・・もしもイスラム教の権威に傷をつけ、イスラム教徒達の中に深刻な心理的なダメージを与えたいと思っている人間がいるとしたらどうだろう。もし筆者がイスラエルの極右派やニューヨークの投資銀行の黒幕なら血液シャワーを用いてエボラ出血熱ウィルスをばら撒き、メッカをチェルノブイリの様な死の町として永久封印してしまうだろう。

という様な話をしていたら義妹とラセルが「一体なんて事を言うんだ!」と怒り出してしまった。いやいや冗談だよ・・たとえば話だ、と言ったが、その晩の夕食は何故だか野菜スープとパンだけというものすごーく質素なものになってしまった。ちくしょう・・こんどこの手話をする時は中国と韓国に放射性物質と天然痘ウィルスをばら撒け!という話にしておこう。二人とも中国人と朝鮮人が大嫌いだから、いきなりレチョン(豚の丸焼き)一匹がオカズとして出てくるかもしれないしね・・。


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ついに宇宙人を激写!

ラグーナ州ビクトリア市で宇宙人が真昼間に現れ、村人に携帯で写真を撮られるという一大事件が起こった。写真を撮ったのはネスター・ハウリケという同市サンタロケの村民で、エイリアンを発見して驚愕したが、その時とっさに携帯を取り出し10枚以上の写真に収めたという。そしてテレビ画面に宇宙人が映し出された。


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体長20〜30センチ、異常に大きな頭と長い手に対して胴体と足はまるで退化したかの様に小振りである。体毛は無くて真っ黒い皮膚が剥き出し、表面はガサガサしているのか、それとも粘液でヌルヌルしているのかは不明、目は大きな穴が空いているかの様で、まこと不気味な姿である。


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筆者は幽霊ほどでは無いが宇宙人の話は結構好きな方で、幼少期より矢追純一の木曜スペシャルはよく見ていたから、基本的に宇宙人の存在は信じている人間なのだ。それでこの宇宙人は定番のグレイ型に似ているが、手足の形状が大きく違っているので新種発見だぞ!と喜んでいるのを、女房と義妹が訝しげな目で見ていた。


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ところがである。一夜開けると事情が全然変わっていた。この写真はカメラ360という専用アプリで作られた合成写真では無いかという情報が視聴者から寄せられたのである。それで2つの宇宙人を比べて見てみると・・似ているどころか全く同じシロモノじゃんかよ・・。それで筆者まで何となく気まずい立場に・・。このネスターというイカサマ野郎!もっとよく考えてからテレビ局に写真送れ!


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愛煙家が多いフィリピン

フィリピンに来て驚いたのは煙草吸いがもの凄く多いことである。筆者は中国人と長い事つき合って彼らがあちこちでズッパズッパ煙草を吸っているのを見て来たが、こと喫煙に関してはフィリピン人も中国人に負けていないと思う。統計上ではフィリピンの喫煙率は男44%、女10%と中国や日本よりも低いのだが、これは本当なのか?それぞれ30%くらい差し引いていませんか?というのが実感だ。

例えば筆者の親戚連中を見回してみると男は全員煙草を吸うし、女で吸わないのはエスターという60代の叔母と義弟の嫁くらいだ。20代、30代の女の従兄弟たちなど全員もれなく愛煙家である。彼女らに煙草を始めたキッカケについて聞いてみると、コールセンターの夜間勤務でストレスがたまるから!と言っていたから、どうもマカティやオルティガスの夜間時喫煙率というのを計測したら世界最高値が弾き出されるのではあるまいか。


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さてかく言う筆者も実は喫煙者であった。それも17歳から約30年に渡って毎日最低でも2箱は吸っていたヘビースモーカーである。しかし数年前に喉の調子がおかしくなり、医者に駆け込んだところ単なる声帯ポリープだったのだけれど、医者に喫煙の有無を聞かれて正直に答えたら「お前は何をやってるんだ・・」と呆れられてしまった。そこで当時香港の煙草が値上がりした事もあって一念発起して禁煙に乗り出したのだ。

用意したのは中国のプーアル茶と鉄観音茶を思い切り濃くした混合茶である。煙草を吸いたい・・と欲求が湧くとこの混合茶を飲むのだが、欲求が収まるのはほんの数分だけでまた欲求が戻ってくる。それでまたお茶を飲むという事の繰り返しである。当然夜などろくに眠る事も出来ず、ボウッとした頭で大手客とガチンコの商談に臨み、見事に撃破されたこともしばしばあった。それでも鉄の意志でしばらく我慢しているうちに欲求の方は収まって来た。


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しかし禁煙が本当に怖いのは煙草を止めてから1ヶ月ほど経過してからで、呼吸困難や情緒不安、異常な発汗や真夜中のこむら返り、そして身体中がギューっと押し潰されるような異常感覚に悩まされるようになった。身体からはニコチンがすっかり抜けているが、脳がニコチンの快感を覚えているために起こる誤作動である。しかし医者に行っても原因不明と言われるばかりなので、仕方無く鍼治療にいったら症状は幾分和らげることができた。

さて一般に禁煙に成功した人間は非喫煙者よりも強固な嫌煙運動家になると言われているが、筆者は煙草を吸う人間に目くじらを立てたりはしない。分煙をちゃんと心がけてくれればそれで良いし、健康被害は当人の選択だかた他人がとやかく介入すべき問題では無い。それに肺癌は大気汚染と走行中に削られた車のタイヤが直接の原因で、煙草とは関係がない。なので親戚連中に煙草の害悪を論じたことも無いし、煙草を吸っても筆者は文句は言わないが、でも・・俺も吸いてえな・・。


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Author by ほにょ / 全記事一覧 / ページトップ
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