町役場で白昼堂々と客を引く援交娘

昨日運動のため近所をグルリと歩いていた時のことである。町役場(ムニシパル・ホール)の前を通りかかった時に、町役場の出入口から10代の娘が筆者の方に向かって小走りで駆けてくるのが見えた。多分乗合ジープニーが一台も止まって無いから筆者を配車係とでも勘違いしたのだろう・・と思っていた。やがて目の前に来た娘はタガログ語で何か言うが、俺はタガログ語は分からんよ!と言うと、この娘は突然英語で「あなたの部屋を掃除したいの」と言い出した。


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ちなみにこの時の筆者の格好は白いランニングに色褪せた短パン、そしてサンダル履きである。いわゆる裸の大将山下清ルックで、中所得層以下しかいないこの町では風景に直ぐに溶け込めるため、今まで一度たりとも危ない目に遭ったことが無いのが自慢の服装だ(皆さんもフィリピンで安全に過ごしたければこの格好お薦めします)。どう見ても下層階級にしか見えない俺にメイドの売り込み・・?この娘の方がよっぽど小綺麗な格好をしてるってのに・・。


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この娘は筆者の前に立ち塞がると「私は生活費が必要なので何でもします(原文I need budget,so i do everything for you)」と言い出した。この娘なんだか目が真剣だし、それに表情がえらく強張っている。どうも気味が悪いので「ウチにはメイドがいるので君は不要だ。他を当たれよ」と言って追っ払おうとしたが、この娘はなんと筆者の後をずっとついてくるではないか・・。結局10分くらい背後にタダならぬ異様さを感じ続けたが、大通りに出るとこの娘はどうやら諦めたらしく今来た道を引き返していった。


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その夜、従兄弟のラフィーが家に遊びに来たので昼間の出来事を話すと、ラフィーは開口一番「それは売春だよ」と言った。まさか・・。だってそこら辺にいるような普通の娘だぞ。それに化粧もしてないし・・と言ったが、ラフィーの話によると最近町役場近辺で客を引いている素人(?)の売春グループが問題になってるのだそうだ。この売春婦たちはシンジケートに属している訳ではなくあくまでフリーなのだという。


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「週末で暇になった女工や女子学生が小遣い稼ぎに売春をしてるだけだよ。でも役所に出入りする男を客にするというのが斬新だね」とラフィーは笑うが、白昼堂々と・・しかも役所で・・?。役人やガードマンはなんで注意しないんだろう・・。それに筆者のような貧民ルックの男に声を掛けたのも謎だ。ひょっとしてあの娘は単に小銭が欲しかっただけじゃないかな・・と言ったところ、このラフィーは冷静な表情で「あんたがスケベそうな顔をしてるから客になると思っただけじゃないか」とボソッと言った。なるほど・・納得。


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爆弾テロリストは二度死ぬ

ドゥテルテ・ダバオ市長とアキノ大統領がフィリピン南部で爆弾テロが発生する可能性について協議したようである。同市長は大統領との会話の詳細については公表する事を拒否したが、アブドゥル・バシット・ウスマンという名の一度は死んだと言われている爆弾作りのエキスパートが実はまだ生きていて、この男が今後フィリピンにもたらす脅威をアキノ大統領が最も心配していると漏らした。

一度死んだテロリストが実は生きていた・・?、まるでアクション映画の様に血湧き肉躍る話だ。それになんか自分もそんな風に呼ばれてみたい・・。それでこの手の話が大好きな筆者はさっそくウスマンという男について調べて見たところ、なんとアメリカ国務省の重要指名手配犯リストに今でも載っていて懸賞金100万米国ドルと書いてあった。なんだよ・・生きてるじゃないか・・。しかしウスマンの死亡記事の方も直ぐに出てきて、BBCのニュースでは2010年1月にアメリカ軍の無人機がパキスタン北部のアル・カイダの基地を攻撃し、ウスマンを含む多数のテロリストを殺害したと書いてある。Believedという単語が何度か出て来るので、どうやら死んだと「信じられている」だけで決定的な確証は無い様である。


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このウスマンはフィリピン生まれのイスラム教徒で、外国で爆弾作りの教育を受けた後、2002年にジェネラル・サントス市で15人の犠牲者を出したフィットマート爆破事件など幾つかの爆弾テロを起こしている。元々アブ・サヤフやジェマー・イスラミアといった東南アジアのゲリラグループと関係が深いとされていて、なんと2010年にパキスタンで死亡(?)した後も、ミンダナオのイスラム人居住区でバンサモロ・イスラム自由戦士というゲリラグループに爆弾作りを教えていたとの噂が絶えなかったらしい。しかし一方ではイスラムゲリラへの憎悪を国民に煽るためにフィリピン政府が意図的にデマを流しているという見方もあるようで、ウスマンの生死の真相は藪の中である。

ちなみにフィリピン政府とイスラム武装勢力MILF(モロ・イスラム解放戦線)は今年3月に和平協定を結び、MILFは武装解除を進める一方、政府は2016年のイスラム系住民らによる新自治政府樹立を目指すことになっている。約12万人が犠牲となったミンダナオ紛争は和平への大きな節目を迎えたし、つい先日も広島で両者は会合を持ったばかりだ。なので何故このタイミングでアキノ大統領が爆弾テロの脅威についてダバオ市長と話したのか不思議だ。もしや先日逮捕されたアブ・サヤフのフィクサーであるムンドス容疑者がウスマンは生きていると喋ったのか?それとも政府が意図的に流したニセ情報作か?もしくはMNLF(モロ民族解放戦線)やアブ・サヤフが何らかの軍事行動を起こすという情報が入ったのか?いずれにせよ今後の動向が気になる話である。


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それに海外に目を向けてみれば、フィリピンを分断状態に追い込みたい中国や、来年2015年の戦争が始まるまでは世界を不安定にしておきたいアメリカの支配勢力がウスマンの名を騙って爆弾テロを起こす可能性だってある(ウスマンが起こした2002年の爆弾テロは丁度イラク戦争の前年に起こっている)。ボストンマラソンの時みたいなやらせテロの後は本当は実在しないウスマンに全ての責任をおっ被せればいいだけだから、生きてるか死んでるか分からないテロリストというのは敵味方両方にとって便利な存在なんだと今頃になって気がついた。もしかしてダバオのSMラナンやアブリーザ・モールで大規模な爆弾テロが起こるかもしれない・・。

さて夕食の席で「一度死んだテロリストがカムバックだってよ!俺もそんな風に呼ばれてみたいね!」とウスマンの事を説明したところ、女房はジロッと筆者を見て「なにバカな事言ってんだ」と言っただけであった。こいつらはヒロイズムってものが全然分かってないようだ・・まあ期待はしてなかったけど。それからアキノ大統領がこのタイミングでテロを警告した理由についても、大学生の姪は「明日からラマダン(断食)が始まってイスラム教徒のストレスが溜まるからじゃない」とあっさり言っただけで会話がお終いになってしまった。その後は無言のまま・・。こいつら女たちと話していてもつまんない・・・。


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馬鹿メイド万華鏡

筆者の家はラセルという42際のオバちゃんを2年近くメイドとして雇っているが、このラセル、隣人から「ウチで働けば1000ペソ余分に払うよ」とヘッドハンティングを持ちかけられたそうである。筆者がこの話を義妹から聞いた時には、てっきりラセルが給料の上乗せを要求しているのだと思ったので、だったらもっと若くてミニスカートが似合うメイドでも雇えばいいんじゃないか!と冗談を言ったが、義妹は「ラセルみたいな真面目なメイドは滅多に見つからないのよ!」と真剣な表情で怒り始めた。確かにラセルは文句も言わずに黙々と仕事をこなすし、性格も温厚で料理以外はこれと言って不満はないのである。

筆者の住むサブディビジョンは殆どの家が月3〜4000ペソでハウスメイドを住み込みで雇っていて、彼女らメイドの仕事範囲は炊事・掃除・洗濯に育児と家事全般に及んでいる。みんなルソン島北部の山奥やビコール地方など貧しい地方から出て来ていて、大抵は子供が大きくなって手間がかからなくなったから・・という主婦が多いのだが、中には16歳の乙女なんてのもいるのだ。低賃金の割りにかなりの重労働なので筆者は彼女らを随分と気の毒な人たちだと最初は思っていたのだが、1年も住んでいるとメイドたちの意外な面を彼方此方から耳にするようになり筆者も考えが少し変わってきた。今日は筆者のサビディビジョンで発生したメイドがらみの事件をここで紹介したい。


まず我が家の真ん前の住むサリサリストアのメイドA(10代後半)のケース。雇い主のジェニーは売り物の菓子や小銭が度々無くなるためメイドAを疑っていたが、ある時Aが店の中で商品のポテトチップスをボリボリ食っているのを発見した。そこでジェニーが叱りつけたところ、このAはキョトンとした表情を浮かべただけで謝りもしない。どうやら何が悪いのか理解出来ないようで、ジェニーがいくら説明しても「どうして?」と言うだけだったという。そこでジェニーはAをクビにしたが、このAはサブディビジョンを去る時に知り合い全てにジェニーの悪評を撒き散らしため、今だにジェニーのところには新しいメイドが来る気配は無い。

続いて2軒隣のビーンが雇ったメイドB(30歳)の話。このメイドは真面目に働くのでビーンの一家は重宝していたが、ある日市場に買い物に行ったまま突然と失踪、メイドの持ち物はどうやら何日間もかけて外に運び出したらしく何も残っていなかった。そしてタンスの奥に隠していたビーンのヘソクリ30万ペソとアクサセリー類が何処を探しても無い・・。早速ビーンはミンダナオにあるBの実家に電話をかけたが、出てきた旦那は女房とは10年以上も会ってないよ・・と悠長な事を言うだけで埒があかない。仕方なく警察に被害届を出したが、警察もこんな事件をまともに捜査するわけもなく結局今までなんの進展もないとの事だ。



ゲート近くに住むノエミーのメイドC(30代後半)のケース。このメイドCが来てからタオルや買い置きの石鹸、さらには食器が頻繁に無くなるようになった。Cが盗んだに違いないとノエミーは確信したが、しかしこのCは滅多に外出する事は無いし、しかも出る時は常に手ぶらである。おかし〜な・・と思っていたノエミーだが、ある夜半にトイレの中からゴギッゴギッという変な音がするのが聞こえた。ドアを開けようとするが中からCの「ちょっと待って!」という声がするだけでそのまま籠城状態に・・・。そこでノエミーの長男が機転をきかせて家の裏手に回ってみると、そこに見知らぬ女が立っていてトイレの小窓から押し出される扇風機を手で抱えているところだった。

爪切り女リサの隣に住むアニーのメイドD(20歳前後)のケース。アニーの家は共稼ぎなためメイドDが留守番と子守役を仰せつかっていたが、アニーと旦那は「なんかいつも家に帰ると部屋が臭いな・・」と不思議に思っていたそうだ。そしてある日体調不良で会社を早退したアニーが家に帰ってみると、なんと夫婦の寝室で男とセッ○スしているDを発見、しかも隣室では素っ裸の男2人がテレビを見ていた。どうやらDは近所の男達を部屋に連れ込み毎日事に及んでいたようである。売春をしているのか男狂いなのか不明だが早速Dをクビにしたところ、以来アニーは近所の男達から変な目で見られるようになり、毎日怯えて暮らすようになってしまった。



そして最後はエイボンの代理店をしているノーラのメイドE(20代半ば)のケース。ある日ノーラはメイドEのお腹が少し膨らんできたのを発見。あんた妊娠したのか?と聞いたところ「実はそうです」という答えが・・。多分サブディビジョン内に浮気相手でも見つけたのだろうと思っていると、ある日お隣さんが「お腹の子の父親はあんたの旦那だって噂になってるよ」と告げられ呆然・・。怒り浸透のノーラはEと旦那を問い詰めたが、旦那は自分は何もしてないと必死に抗弁。どうやらこの娘は虚言癖があるのでは・・と判断したノーラはその場でEを解雇。ところがEは今度は「本当の父親はあなた達の息子の○○です。」と言い出したので二人とも驚愕・・。その後これも虚言のようだと分かったが、この件以来ノーラの家はなんだか気まずい雰囲気に包まれているそうだ。

いかがだろうか?フィリピンでよく聞く殺人や強盗手引きなど重大犯罪の話ではないが、フィリピンでメイドを雇うということはこういったセコい目に遭うことと隣り合わせなのだ。だからメイドを雇うな!と言っているのではなく、ダメだったら直ぐに解雇する冷淡さとともに、この手のトラブルを楽しめるユーモアのセンスを持ち合わせる必要があるだろう。それから下半身がだらしないメイドも多いので、貴重品ばかりかご主人までメイドに盗まれないようにご注意を・・。




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誰もが知ってるけれど決して表に出て来ない話

筆者が香港で一番下っ端の駐在員をしていた時の事である。筆者の担当顧客の中に20年以上付き合いのある会社があり、筆者はこの会社の創業者である林(ラム)という老人から何故だか随分と可愛がられた。この林爺さんは元々は中国の北のほうの出身で、戦争中は国民党将校として南京と上海の治安任務に就いていたが、内戦で共産党に敗れたために部隊ごと雲南省経由でビルマへと逃れ、そこから台湾でしばらく過ごした後に香港に来たのだそうだ。この爺さんはよく「俺は国民党のスパイだから香港返還になったら投獄されるのだ!」と大声で冗談を言っていたのを懐かしく覚えている。

さてある時にビルマの話になったので「あそこにはクンサーっていう麻薬王がいますよね」と筆者が言ったところ、林爺さんは楽しそうに「クンサーのボスは誰だか知ってるか?」と聞いて来た。ちょっとは知ってるけど知らないふりをした方が年寄りは良く喋ってくれるので「知りません」と返答すると、「国民党だよ。日本との戦争資金を獲得する為に蒋介石が黄金の三角地帯を作ったんだ。クンサーは国民党の麻薬部門に雇われた何代目かの農場管理人なだけだよ。もっとも最後の方じゃ共産党の圧力に負けて向こうの方とも取引してるけどな」と言って笑った。

「だけど麻薬王って言ってもクンサーはたかが生産者だ。なんでみんな流通の支配者の方を王様と呼ばないのかな?これって変だとは思わんか?」と意味ありげに聞いてくる。確かにその通りだ・・。ビスケットから石油までその産業の王者は流通を支配している人間のことだ。と言うことはこの爺さんは三合会とか青パンとかのマフィアの事を言ってるのだと思い、筆者も名前を聞いたことがある杜月笙の名を挙げたが、この爺さんが「確かに黒社会は小売段階は握っているが、奴らに麻薬を卸す大元締めはもっと別の連中だよ。だいいち軍隊や警察を使ってる地位じゃないと危なくて出来ないだろう」と言った。



林爺さんの話によれば、1930年頃までは上海に拠点を置くサッスーン一族と香港にいる英国系商社(ジャーディンやスワイア)が麻薬流通の元締めだったが、その後は一貫して国民党が支配者だったのだと言う。一時期日本軍が上海に麻薬組織を作って(里見機関)小売まで含めた流通チェーンが出来たが、結局日本人じゃ大した量が捌けないので国民党系の商人達が(里見機関から)一括で買い上げるようになったのだそうだ。「ベトナム戦争の時もアメリカが資金稼ぎの為に麻薬商売に手を出したが、日本軍と同じで国民党の手の平に乗っただけだよ」と言って笑った。

「じゃあ今でも台北が麻薬流通のボスなんですか?」と聞くと、いや台湾とアメリカの国交断絶時点で国民党は一気に支配力を失ったのだと言う。それに国際世論に押されてクリーンに成らざるを得なかったし・・と急に歯切れが悪くなる。じゃあ一体誰が今の王様なんですか?と詰め寄ると、今はロンドンとかアメリカに分散して・・となんか口調が怪しくなってきた。その時に筆者はこの爺さんが今の商売を始めたのがちょうどその時期(70年代中盤)だった事を思い出した。ひょっとしてこの爺さんは関係者だったのでは・・。まさかね(笑)

「だけどな!麻薬の元締めが一番苦労するのは足がつかない莫大な現金を用意することなんだ。それで昔は香港で決済してたんだが、ちょうど国交断絶あたりから香港政庁がうるさくなってな・・。それで隣のマカオの親玉が決済については全て肩代わりすることになったんだよ。なので流通の支配権は分散してしまったけど、1/4いや1/8くらいはマカオのカジノのボスが握ってるんだ・・と言うなり、林爺さんはこの話題はお終いという具合に黙ってしまった。



なんか爺さんの嘘っぱちに騙されたかな・・と思ったが、内輪の飲み会の場で筆者の同僚である小煩い香港女にこの話をしたら「アンタ余計な口聞かない方がいいわよ!」と怒られてしまった。マカオのカジノ王スタンレー・ホーが麻薬ビジネスに深く関与している事はかなり有名な話だが、この御仁は香港の大手テレビ局や新聞社のオーナーでもあるためその事は放送禁止用語扱いらしい。それに香港には十万人の黒社会分子がいて聞き耳を立ててるから黙ってろ!このおしゃべり日本人!と言われてしまった。

しかし筆者は林爺さんや小煩い香港女の話など大して信じていなかったのだが、ある時マカオ空港で出発待ちの時に「あれは本当の事なのでは?」と思わせる出来事があった。高麗航空と書かれた不気味な飛行機がちょうど到着してドアが開けられるところだったのだが、乗客はたったの3人しか降りて来なかったのだ。しかし貨物の方は満載されていたらしく、トラックが引っ切りなしに機体に横付けされて何百と言う箱を運んで行く。飢餓状態で偽札と麻薬を作って糊口を凌いでる国がなんでマカオに定期便を・・香港にだって飛ばして無いのに・・と思った時に背中がゾッとして思わずその場を離れてしまった。

誰もが知ってるけれど誰もその事について触れない・・これぞ本当のタブー、本当の恐怖である。なおスタンレー・ホー氏は今も存命中だが、数年前にマカオ政府とのカジノ経営の独占契約が切れてかなり影響力が落ちてしまったようだ。そして現在マカオのカジノを支配しているのは新たにやって来たMGMやサンズといったラスベガスの連中たちである。と言うことは麻薬流通の支配権は今度は・・。おっと!ここは小煩い香港女の助言に従って沈黙することにしよう。


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フィリピンの危ない病院にご注意

先日香港から持ち込んだ痛風の薬が切れたので近所の薬局に出向いたところ、この薬局の女から医者の処方箋が無いと売れません!と言われてしまったため、筆者の住む地域では一番と言われる病院に出向くことにした。この病院はパッシグにあるメディカルシティーから医者が派遣されているので腕は良いとの評判なのだが、前回耳がおかしくなって耳鼻科医に診てもらったところトンチンカンな診断をされた経験がある。しかし他に選択肢が無さそうなので再びこの病院の門をくぐることにしたのだ。


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巨人軍の桑田投手に似た内科医に痛風の薬を買いたいので処方箋を・・とこちらの要件を切り出すと、この桑田医師は筆者が持参した2年前の健康診断結果をジッと見た後、「どうも中性脂肪やコルステロールなど他にも悪そうな処があるようですね」と前置きをした上に、「最新の血液検査の結果を見ずに処方箋を書くことは医者として出来ない」と言い出してしまった。いや・・そんな事は分かってんだけど・・と思ったが、まあ医者の言うことも一理有ると思い血液検査を受けることに同意すると、この桑田医師はサッと検査指示書にあれもこれもチェックを入れ始め、「全部で1500ペソ (3500円)くらいだと思いますよ」と言って翌日朝早くに1階のラボラトリーに行くように言った。随分安いな・・と思ったのでついでに女房にも同じ検査を受けさせることにした。

さて翌日朝一番に病院に行くとラボラトリーの職員が「最初に支払いを済ませて下さい」と言う。それで会計に行くと一人3600ペソ(8400円)と請求書に書いてある。あれっ?1500ペソじゃないのか?と会計の女に聞いてみると「桑田医師がチェックした項目通りなら3600ペソで間違いないですけど・・?」と何か文句でもあるの?という口調で言う。憮然としたがまあ高い値段ではない。それで血液検査室へと向かい血を抜かれると、今度は「ではレントゲン室に行ってください」と言われてしまった。痛風なのにレントゲン・・?と思ったが、桑田医師が検査指示書にちゃんとチェックを入れているのだそうだ。それで今度は一人700ペソ(1000円)を前払いしてレントゲンを受けると、では今から心電図モニター室へ行けという・・。結局薬をもらうだけの予定だったのが2人で10000ペソ(24000円)の出費となってしまった。

血液検査の3日後に病院へ結果を聞きに行くと、レポートをジッと見た桑田医師は「奥さんの方は全くの健康体ですが、旦那さん(筆者)は血糖値とGPT、それと中性脂肪が基準値から大きく外れています」と言った。なるほどデータを見るとなるほど血糖値は7.4、中性脂肪は2.9、GTPは111と基準値をオーバーしている。特にGTPが酷いのは慢性的な脂肪肝のせいだが、今回生まれて初めて血糖値が基準外になったのには驚いてしまった。しかし前夜夜食でバナナを随分食べたのが原因では・・と思っていると、桑田医師は「アナタは糖尿病にかかっている可能性が高いですね」と言った後で、今度は血糖値(グルコース検査)の代わりにヘモグロビン検査(Hba1c)を受けるように命じられた。これはより精密な検査で前日どころか一ヶ月前に食べたものの影響も出ないため、これがアウトなら筆者は糖尿病確定なのだそうだ。


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それから3日後にヘモグロビン検査の結果を聞きに行くと、桑田医師はレポートを筆者に見せて「残念ですがアナタが糖尿病であることが確定となりましたよ」と厳粛な表情で言った。レポートを見ると基準値4〜5.6%に対して筆者の検査結果は6.0%(NGSP値)とある。そして桑田医師は「糖尿病の合併症の事をご存知ですね?」と言って失明や脳卒中に手足切断など実におぞましい話をする。その後で膵臓の状況を見るため腹部エコー検査をすると共に、毎月この病院に来てヘモグロビン検査をすること、そして自分の処方に従うように諭された。それでこの日以来筆者は片手間にやっていた仕事も一時停止し(全然儲からないし一人でやっていたので影響は無い)、野菜中心の食生活を過ごすようになっているである。大好きなパスタや日本米も半減どころか1/4以下に減らし、毎日ひもじくてひもじくて仕方が無いのである。しかし一昨日に従姉妹ミレットと夫のラフィーが我が家に来た時に一筋の光明が見え始めた。

「ヘモグロビン6%は糖尿病じゃないわよ」と元薬剤師で糖尿病の母親を持つミレットが言った。それで旦那のラフィーが勤務先の大手製薬会社(本人は経理部所属)に確認すると、糖尿病と判定されるのは6.5%以上で、6%というのは予備軍もしくは要注意レベルだというのである。だけど桑田医師は5.6%以上は全員糖尿病だと断定していたので、筆者はウエブサイトでフィリピン糖尿病研究者協会というのを探し出し、フィリピン大学医学部所属で糖尿病の権威であるローラ・アカンパド博士の論文を確認して見たところ、果たしてラフィーが言っていることは本当で6%だと注意レベルあることがわかった。そして他のウェブサイトを調べてみたところ、筆者の病院は他の検査項目の基準値を通常よりも少しずつ低いレンジで設定しているのを発見して驚いてしまった。こういう基準って国が決めているんじゃないのか・・?

「アンタあんな病院行っちゃ駄目じゃないの!あそこはホールドアップ・ホスピタルって呼ばれてるんだよ!」というのは我が家に爪切りに来たリサの弁。なんでもリサの娘が犬に噛まれたので件の病院に連れて行ったら、他の病院なら1500ペソなのに4000ペソの注射を打たれたそうだ。それにあの病院に行くと必ず何らかの病気を発見され、以降果てしなく病院通いをしなければならなくなってしまうと評判らしい。なんだか蟻地獄のような病院である。なのでこれからフィリピンに移住しようと考えている皆さん、病院は必ず2箇所以上行くと共に、自分自身でも医学の予備知識を十分蓄えましょう。さもないと懐の中身どころか生命まで盗られてしまいますよ。


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フィリピンの地方王朝たち

ポークバレル事件で収監中のレビリア上院議員の待遇についてメディアが「一般の囚人と比べて豪華な独房にいるじゃないか」と抗議の声をあげているらしい。さっそく上院議員は俺がいるのはホテルじゃなくで小部屋だ!と反論したが、今度はメディアが一般囚人で溢れんばかりになっている雑居房と上院議員の独房の写真を公開して「この違いを見ろ!フィリピンには公平など無いのだ!」と騒ぎが大きくなってしまった。刑務所の職員にしてみれば上院議員が雑居房で他の囚人に殺されたりしたら大事件だし、それに議員の親族からたんまりと賄賂を貰えるのだから狭い雑居房に移すはずもないだろうに。何を分かり切ったことを・・。



レビリヤ議員の元には続々と面会者が来ていて、ニュースアナウンサーは有力者たちの名前を呼び上げたが、その中にリサール州アンティポロ市長のジュンジュン・イナレスという名前が入っていた。この男は実はレビリア議員の義理の弟(議員の妹の旦那)であり、市長なんて小さな肩書きよりもリサール州のイナレス王朝の国王とでも呼ぶべき権力者なのである。この表現は別に大げさでも何でもなくて、リサール州というのは本当にイナレス一族によって統治されているのだ。



昨年この件については別の日記で書いたので詳細については触れないが、1992年以来リサール州の知事の座は驚くべき事にジュンジュン・イナレスとその両親の3人の間を行き来しているだけなのだ。ジュンジュン・イナレスが2013年に任期満了で知事の地位を降りた後は母親のレベッカ・イナレスが知事に再任(1回目は2001年)しており、母親の任期終了後は再びジュンジュンと今度は妻のアンデン・イナレス(収監中のレビリア上院議員の実妹)のペアで州知事の座をたらい回すと見られている。それに州知事のポストだけではなく、イナレスの親戚たちは州内の町長などの要職を占めるなど州の末端まで根を張っているのだ。



当然こんな政治状況では行政が先進国のように公正に機能するわけもなく、イナレス親子は州民の幸福を実現するよりも専ら自分達を豊かにする事に精を出し、一方では選挙で対立候補に表が流れない様にイナレスの名がつけられた体育館に大学、市町村役場の建物橋や貯水池、さらにはバス停をセッセとこしらえているのだ。以前テレビで北朝鮮という国は丸ごと金日成の博物館みたいだと言っているジャーナリストが居たが、このリサール州もまさしくイナレス一家の博物館と化しているのである。なお勿論これらの建設費用はイナレス一族のポケットマネーから出たわけではなく、全て州民が払った税金から賄われていることは言うまでも無い。



これは別にリサール州だけの問題ではなく、フィリピンのどの州にもイナレス家のような政治家一族がいて、さながら中世の島津家や前田家のようにフィリピンの地方政治をコントロールしていると言っても良いのだ。モノの本にはフィリピンでは約100家族が地方王朝として各地に君臨して居て、そして各王朝は婚姻関係を結ぶことでお互いの王朝を盤石なモノにしているのだそうだ。なのでもしもアナタがフィリピンの地方に行く機会があったら注意深く市街地の風景を観察して欲しい。目を凝らすと州や市や会社の名前でもない名称を市民会館やバスケットボールコートなどで見つけることになるが、それがその土地の王朝の苗字なのだ。



さて今回のレビリア上院議員の逮捕でイナレス一族も政治的な打撃を受けたに違いないと思っていたのだが、世情に長けた従姉妹ミレットに聞いてみたところ殆ど関係ないという。「イナレス一族は州内で強力な権力を維持してるからビクともしないわよ。それに逮捕されたレビリア上院議員もカヴィテ州の王朝の出身だから代わりはいくらでもいるし、だいいち汚職なんてフィリピンじゃ当たり前だから、ポークバレルで捕まった3人共そのうち政界にカムバックするに決まってるわ」と何とも無い様な口調で言った。前に書いた日記と同じ結論だけど・・この国の政治はこれからも変わる事はないのだろうな・・。



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2015年の戦争

戦争12年周期説という言葉を覚えているだろうか?陰謀論の世界ではよく知られた用語で、アメリカが自国の経済を上手く回転させるために12年ごとに戦争を潤滑油として活用しているという説である(10年や13年周期説というのもある)。2003年の戦争の時に報道番組で良く名前が出ていたからご記憶の方も多いと思う。試しに最後の戦争から(だいたい)12年づつ辿って行くと、1991年湾岸戦争、1980年レーガン政権時の新冷戦とSDI構想、1965〜72年ベトナム戦争への本格介入、1950年代を通じて核兵器配備の強化、1950〜53年朝鮮戦争。しかし朝鮮戦争は北朝鮮から仕掛けた戦争でアメリカにとっては寝耳に水の戦争だったから正確にはアメリカが計画した訳では無かったのだが、何と無くある程度の周期性があるのが分かるだろう。

言うまでもなく戦争は最大の公共事業であり、おまけに国民から労働や税金に生命まで大した苦労もせずに供出させられるため、戦前の日本やイギリスはさんざん戦争を活用してきたのだから別にアメリカが元祖でも何でもない。それに昨年この12年説をブログに書こうと思った時には、当時はアメリカの敵(と言うより欧米の石油資本の敵)であるアラブの国家元首たちが次々と内乱で失脚していたし、シリアもロシアの介入で危機を避けた後なので、筆者はこの12年説は面白いけれど妄想の産物だと思っていた。ところが1年経って見たらどうだろう?。ロシアはウクライナから領土を盗み取り、中国は周辺国と海域を巡って緊張が高まっている。そして中近東もここに来て一気にきな臭くなってきた。それで筆者は突然今になってこの12年説は実はどうやら本当にあるのでないか?と思い始めているのである。


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さて陰謀論の世界で大変有名な方々が最近発言している内容を読むと、今後も戦争はある一定の周期で発生し続けるが、今後の戦争はアメリカが当事者になるのではなく、アメリカは同盟国に戦争をさせて兵器と物資、そして戦術と情報を提供する役割へと変わって行くのだそうだ。たしかにオバマ政権が今後10年間に100兆円もの軍事費を削減する計画が進行中だから十分有りうる話である。そして来たる2015年の戦争は同盟国らの軍事力が十分備わっていないためアメリカ自身が戦争を行う可能性もあるが。この場合は短期間で絶対に勝てる相手としか戦わないそうである。そして2027年の戦争からはアメリカは奥に引っ込んでブラックウォーターのような民間軍事会社と同じサービスを提供するようになると書いてあった。

さてここから先は筆者の私見である。まず現在の軍事予算削減が続いた場合という前提で当てずっぽうに言うが、2015年の戦争は現在バグダッドに侵攻中のイスラム過激派ISISとの戦いになると思う。イランの場合には砂漠というより高原と言ってよく地形的に戦いにくいし、狂信的なシーア派国民とゲリラ戦になるのは必至そうだ。また北朝鮮の場合は想定戦死者数が万単位になるとクリントン政権時にペンタゴンが予測している。なので以前からアメリカはこの2カ国とは事を構えないと囁かれていたが、そこへ今回ISISという謎のグループが格好の標的として登場してくれた。しかも前回の戦争の際のタリバンとアルカイダそっくりの登場の仕方である。おそらくアメリカかイスラエルあたりから裏金を貰って悪役レスラー役を引き受けたのであろう。アメリカは台本通りに空爆と特殊部隊と多少の地上戦でイラクとシリアの国土を奪還し、中近東に再び楔を打ち込んでハッピーエンド。後はヨーロッパと日本あたりに請求書が回ってくるというオチではないだろうか。


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さて問題の次の次の戦争であるが、おそらくこれは日本と中国を想定しているのだろうと思う。理由は日本は確実に莫大な料金をアメリカに払ってくれるし、極東で殺し合いが起こってもアメリカが受けるダメージは相対的に少ない。それにここには中国共産党の崩壊という重大な政治課題が含まれているからだ。1991年のソ連崩壊は何度も危ない局面があったもののなんとか軟着陸に成功しているが、中国の場合は処理を謝るとウルトラ・ナショナリズムの国家誕生や、数カ国に分裂して内戦状態に陥る、もしくは無闇矢鱈と核ミサイルを打ってくる可能性だってある。なので渦中の栗は日本と拾わせて(ミサイルも日本に打ち込んで貰って)、両国が共倒れになるくらいまで消耗させたのちにアメリカが介入し、両国をきっちりタガにはめてアジアでの支配力を固めたいという算段だと思う。

さて最後に軍事予算削減という前提が崩れた場合のシナリオだが、筆者は実はこの可能性が一番高いのではないかと思ってる。ロシアや中国も馬鹿ではない。アメリカの弱体化を突いて自国の勢力を拡大し続けるだろうから、アメリカがこのまま軍事的に凋落して行くというストーリーがいつまで続くか疑問である。経常収支も貿易収支も赤字のアメリカはドルを刷る以外に自国民を食わせて行く方法がないのだから、自国のプレゼンスが相対的に落ちて行く状態をいつまでも放置出来ないだろう。なので一番手っ取り早くてアメリカ国民を再び戦場へと掻き立てる真珠湾攻撃や9・11のような大事件、例えばオバマがイスラム国で暗殺されるというような事件を演出するのではないだろうか。そしてリンドン・ジョンソンを脅迫したのと同じ手で次の大統領候補へ裏取引を持ちかけているのでは・・と少し深読みしてしまう。


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さて筆者は日本は最低でもフランスの2倍の軍事力(核兵器込み)を保有すべきだと主張する右寄りの人間だけれども、ここは米中対立の狭間でしぶとく耐える日本という選択肢の方が現実的ではないかと思っている。現在の中国の態度には無論筆者も頭に来ているが、相手は日本が先に手を出すよう計算して行動しているのだから、中国の挑発に乗らない方が賢明だと思う。なので筆者が望むのはアメリカが軍備増強へと逆コースを辿ることである。何と言ってもアメリカの対アジア政策では中国は一貫して最も重要な国と位置付けられているし、一方日本はアメリカと競争関係にある工業国という位置づけであるため、中国がマトモな国になってしまうと真っ先にアメリカから放り出されるのは日本だからだ。なので今後は米中の政治的かつ軍事的対立が一層激しくなって、中国は昔の文化大革命みたいな異常事態へ永遠に陥っていて欲しいと願うばかりである。


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ある日忽然と消えてしまった幼馴染たち

アナタだけしか覚えていない遊び友達という体験をしたことがあるだろうか?子供の頃によく一緒に遊んだ記憶が有るのに両親や兄弟からは「そんな人いなかったけど・・」と存在を否定されてしまうことである。これはアマチュア怪談の世界では割とメジャーな話で、怪談の会に参加した聴衆にアンケートをとったところ実に3割以上の人達に身の覚えがあったそうだ。各地の民話や稲川淳二氏の話だと3割どころか相当数の人が経験しているが、自分だけが見えていたということに死ぬまで気が付かない人が大部分なのだそうだ。なので貴方の両親や年長の兄姉が存命中の内に、是非とも自分の思い出せる限りの幼馴染の名前を挙げて覚えがあるかどうか聞いてみることをお勧めする。もしかすると意外な結果に身が震えることになるかもしれないよ・・。

筆者が小学校高学年の時に実家の裏にある古びた家が取り壊されてアパートに建て替えられる事になった。それである朝トーストを頬張っていた父親に「ケイコちゃんの家が壊されちゃうね」と言ったところ、父親は「ハァ?」という様な表情をして筆者をジッと見る。このケイコというのは幼稚園に入るか入らないかの時期に筆者が毎日の様に遊んでいた女の子なのだ。ところが父親はそんな女の子いないけど・・?と言った後、一応確認の為かキッチンにいた母親にも筆者の疑問を投げ掛けると、こっちも「知らないわ」という返事だった。

「オマエが幼稚園に入る前いつも遊んでいたのはノリ君とシンちゃん、女の子はユミちゃんとトモコちゃんとたまにアッコちゃんだけだったぞ」と父親は言うがそんなことは無い。ハッキリとケイコの顔だけでなく太腿や背中の火傷の痕から女性特有の秘部まで憶えているのだ。しかし・・その時突然とケイコが引っ越したという記憶がない事や、ケイコがノリくんら他の幼馴染たちと一緒にいる光景さえ記憶にないことに気がついた。そう・・いつも二人きりだった。それにいつ居なくなったんだっけ?なんで今までスコンと記憶から消えていたのに突然思い出したんだろ・・?あれれ・・?と記憶がゴチャゴチャ変であることに気が付く。「だけどケイコちゃんは裏の家から毎日の様に遊びに来てて・・」と言ったところ、父親が「なに言ってんだ・・。裏の家はお前が生まれる前から空き家だよ」と駄目押しをした。



さて何でこんな古い話を今ごろ書くのかと言うと、実は昨夜祖母の死後40日祭禮の席で酒を飲んでいる時に、義弟のアベットが「俺は子供の頃に死にかけたことが有るのだ」と言って、彼の奇妙な幼馴染の話をし始めたからだ。今から35年前アベットが5歳の時にニックニックという名の友達の事を盛んに口に出す様になったのだが、近所にそんな名前の子供はいないので義父も2歳年長の女房も変だな~と思っていたらしい。しかしその時期は義母がガンで死の床にあったし、父親は医療費を稼ぐためパッシグの菓子工場に働きに出る様になり、7歳の女房は学校と義母の看病で忙しいから義弟の戯言などイチイチ取り合っていられない。しかしある日アベットがニックニックと遊んでいる時に誤って足に怪我をしてしまったと言い出したことで騒ぎが大きくなってしまったという。

2つ隣の家に住んでいた祖母がさっそく調査役を名乗り出て、アベットにニックニックとは何処に住んでいて、どういう外見をしているのか?と聞き取りをしたところ、義弟はニックニックは背が30センチくらいだけどすごい大男なんだ!などと支離滅裂な事を言い出したためすっかり驚愕してしまい、祖母はさっそく馴染みのクワクワ(お祓い師兼呪術師兼イタコみたいなもの)に診てもらうことにした。そして祖母の恐れていたとおりクワクワから「ここ子にはトロトロ(詳細と意味は不明)が憑いている!このままではあっちの世界へ連れて行かれてしまうぞ!」と告げられてしまったというのだ。

ちなみにアベットの父親(筆者の義父)や叔父叔母たちはクワクワなどちっとも信じておらず、どうやらアベットは脳味噌がチトやばいのだと内心では思っていたのだが、祖母が余りにウルサイので渋々クワクワのお祓い儀式に参加させられ、変な人形に串を刺したり火を焚いたりするのを黙って見ていたそうだ。ところがお祓いが効いたのかそれ以降ニックニックはアベットの前からは忽然と姿を消してしまったのだという。「あの時祖母がいなければ俺は死んでたよ。まったく祖母には感謝してもしきれないくらいだ」と義弟は祖母の写真を見つめながら言ったのだが、筆者は心の中で「それはちょっと違うぞ」と呟いた。


アベットが見たのは30センチの巨人、一方筆者のケイコは普通の女の子だから同じ類の話では無いのかもしれないが、多くのアマチュア怪談師たちが経験した「自分だけが見える遊び友達」が危害を加えるケースは全く無く、ただただ一緒に遊んでいるだけで、やがて何の前触れもなくある日忽然と消えるのである。そして大概は子供の中に一抹の切ない思い出を残すことになるのだが、筆者の幼馴染のケイコは随分とHな女の子で、ケイコには随分と色んな事をさせてもらったためか切なさよりもイヤラシイ思い出として残っているのだ。多分筆者は例外の部類に入るのだろう。

さてでは彼らは一体何者なのか?と言うことだが、これはイマジナリーフレンドという幼児期の一種の解離性障害が生み出した妄想の類か、もしくは多くの霊能者や民俗学者が言うような幼くして死んだり間引きされてしまった子供たちだと思っている(蛇足だが「シャボン玉の歌」とは彼らのことを歌っているのだそうだ)。彼らは自分の血縁やたまたま同じ場所に住んでいる子供たちがまだ幼い時期に現れ、その子供の自我形成に良い影響を与えた後、役目を終えたかの様に姿を消すのである。義弟アベットが見たニックニックもおそらく同時期に母親が死にかけていたことと関係があって、あまりにも残酷な厳しい現実から幼いアベットの目をそらすために母親と縁のある子供が現れたに違いない。それを場の雰囲気を読めない祖母とクワクワ霊媒師がしゃしゃり出てくて、せっかくの心使いをぶち壊したというのが筆者の見たてなのだ。

さてこの消えてしまう幼馴染たちも、ごく稀だけれども後に再会したケースが幾つかあるようなのだ。それは全員がかなり年齢をとって死にそうになってからの事なのだが、ボケ老人が言ってるのではなく頭は健常な老人たちが「◯◯が戻ってきた」と言い張るのだそうだ。勿論◯◯を見た家族も看護婦もいないので単なる老人の妄想として片付けられてしまうのだけれど、不思議なことに幼馴染と再会したと主張する老人たちは苦しまずに楽しそうな顔をして息を引き取るのだという。なので筆者はケイコといずれ再会して昔のように尻をひん剥いてやる時が来るのを楽しみにしているのである。



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田舎町のホモ歯医者治療記

今日でブログ開始から1周年となった。始めた時は年間5000アクセスくらいあれば良いな!と思っていたが、蓋を開けてみれば予想の10倍近くもアクセスが有ったことに驚いている。これまで筆者の駄文を読んでいただいた方には心から感謝したい。そしてこれからも宜しくご愛読頂けるようお願いいたします。



祖母の死後40日の祭礼に参加するためにリサール州の奥地へ行く途中、女房の親戚達が行きつけだと言う歯医者に寄る事にした。女房の奥歯が痛み始めたのと、筆者は歯茎からの出血に悩まされリステリンを日に3〜4回使用している様な状態になってしまったからである。本来なら都心部にある日本人行きつけの歯医者に行きたかったのだが、女房が「あの町のホモの歯医者は腕が良いって従兄弟たちが言ってたから!」と言い張るので渋々ついてきたのである。しかし大部分の日本人同様に筆者も歯医者に対しては幼児期の深いトラウマを抱えているし、それに何と言ってもホモだからどうも危ないと思ったらすぐ逃げなくては・・と怯えていたのだ。

車は田舎町の商店街にある長屋の様な建物の前で止まった。見るとそこには「DENTISTなんとか」というネームプレートがドアに打ち付けてあるだけ・・。こりゃ駄目だ・・こんな安普請の歯医者にかかったら生き地獄の目に遭わされる・・と逃げの態勢に入ったが、筆者の後ろにいた義妹の肥満した身体で院内へと押し込まれてしまった。見ると狭い待合室には子供を連れたオバちゃんと、受付デスクに小太りのオヤジがいて、このオヤジが女房と何やら話し始める。どうやらコイツが歯医者らしい。しかし予想してた女装オカマでもフレディ・マーキュリーの様なにやけたヒゲマッチョでも無いごく普通の中年のオヤジであった。こういうのが一番危ないって聞いたことがあるぞ・・。

30分待って治療室に通されたが、余りの設備の酷さに呆れてしまった。リクライニング椅子とうがいの為の蛇口とボウルはあるが、ライトは懐中電灯を改造した様な代物だし、ドリルの様な道具は全て別体でしかも随分と古そうである。それから四方の壁は変な色の染みで薄汚れていて怨霊でも棲んでいるんじゃ無いだろうかと思える様な不気味さ・・。それでこの歯医者の事を映画「マラソンマン」に登場する拷問担当の歯科医「悪魔のゼル」と心の中で呼ぶことにした。男に痛みを与えて異常に興奮するサディストの歯医者・・おまけにホモ。同じ穴でも口の穴の痛みだけならまだしも、もう一つの穴まで・・と身構えたが、そこへ助手のオバちゃんが現れたのでホッとした。



ところがである・・。この「悪魔のゼル」は筆者の歯を覗き込むなり「アナタは2年前に歯を全部直してますね」と言った。確かに筆者は一昨年香港で日本の歯科大卒の女医を探し出して20年放置していた虫歯11本を治療していたのだが、悪魔のゼルが口の中を覗いただけで治療時期を当てた事にチョット驚いた。そして「虫歯は一本も無いですけど歯石が随分と溜まってますから今から除去しますよ」と何かナヨッとした口調になって言うと、キリの様な工具を使って信じられないくらい丁寧に歯と歯の間を綺麗にし始める。これがうんと時間をかけてくれるのだ。勿論ピンセットだけで無く消毒、それからローラー状の器具でゴリゴリ削る時も痛みなど一瞬も感じなかった。

筆者は生涯でたった3回しか歯石取りを経験していないが、意外や意外このフィリピンの歯医者が一番巧かった。まあ何故か筆者の頬を2回ほど意味も無く撫でながら「痛くないですか?」と聞いて来たのはいただけないが、何と言っても料金はたったの500ペソ(1100円)である。治療室から出て来た筆者は女房に「あの歯医者はいいぞ!」と言うと、だからアタシが言ったでしょ!何でも日本日本と言うのは間違いなのよ!と鼻を膨らまる。設備は酷いけど腕の方は香港の歯医者より遥かに上である。ここなら歯周病が完治するまで毎週来ても良さそうだ。

さて筆者に続いて治療室に入った女房だが、単なる虫歯なのに問答無用で歯を一本丸ごと引っこ抜かれて今現在も筆者の側で呻いてる状態である。どうもあの医者はホモだけあって男の患者にだけは優しく治療しているのでは・・と思えてきた。確かに言われてみれば、この歯医者に通ってるのって全員男の従兄弟達だけだもんな・・。




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胡散臭いユニセフの背後にいる団体

黒柳徹子女史がタクロバンの台風被災地を訪問したようである。何で今頃になって?と思ったが、どうも7月末に日本で放映される特別番組のレポーター役を引き受けたらしく、「こんな大被害にあったのに子供達が笑顔でワタシを迎えてくれた事にとても感激しました」といかにもユニセフ親善大使らしい一言を現地の取材陣に答えたそうである。筆者は小学生時代から「ザ・ベストテン」をよく見ていたので黒柳女史は長いお馴染みであるが、彼女の子供達が云々・・という発言が筆者の心の琴線に触れることは殆ど無い。まあでもあの年になってまでユニセフのために老体に鞭を打ってるんだから、その点については評価したいと思う。


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さてユニセフと言えばもう一人、アグネス・チャンの顔が目に浮かぶ。この香港生まれの元歌手もユニセフの親善大使という肩書きで呼ばれているが、よく読むと国連のユニセフ本部ではなく日本ユニセフ協会の親善大使である事に気づく。まあみなさん良くご存知の通りこの日本ユニセフ協会とは一般人が頭に浮かべる国連ユニセフ本部とは全く関係の無い単なる民間団体で、国連ユニセフ本部の日本における募金集めの代理人(?)として募金額の25%をピンハネする自称「公益」団体なのだ。ちなみに国連ユニセフ本部は個人からの募金を自分たちから集めに回ることは無く、黒柳女史に募金をした場合でも黒柳の個人名義で国連ユニセフ本部に上納されるが、こちらはピンハネするどころか必要経費さえ請求していない。


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この日本ユニセフ協会とその周辺について筆者は一ヶ月連続でアレコレと書きたいくらい怪し〜い団体なのだが、答えを先に言うと(既によくご存知とは思うけど)背後には2つの大きな宗教団体がいて、この教団の貯金箱の役割を果たしているだけでなく、この2つの教団の強力なサポーターである中国と韓国のために反日活動を行うプロパガンダ機関なのである。もちろん新宿区西早稲田2ー3ー18に集結している別働隊の様に「日本は従軍慰安婦に謝罪しろ!」なんて主張したら募金が集まらなくなるので表向きは子供と人権だけを売りにしているし、協会の理事たちも名誉ある方達がズラリと肩を並べているが、一人だけ将来の皇后になる予定の方のご母堂が入っているのがこの協会のミソなのだ。


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(写真と本文は全く関係ありません)


「いいか!募金するなら相手の背景をよく調べるか赤十字か役所に行けよ!」と言っていたのが筆者の同級生で新聞社の落ちこぼれ記者U君である。彼が調べたところでは日本国内の色んな募金活動の元締めは2つの宗教団体のうちの一つで、長年珍味や多宝塔を売ってきただけあって人を騙して金を取り上げる技能は豊田商事もたじろぐ程のハイレベルさなのだそうだ。まあU君の新聞社と系列のテレビ局は長年この教団の取材をしてきたし、この教団の子会社的な教団と写真週刊誌との紛糾事件や、もう一つの子会社教団による空前絶後の大事件が発生した時にはU君自身が最前線で取材に当たってど偉い目に遭っていたから、大変説得力がある話である。


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(写真と本文は全く関係ありません)


なので道端で名前は聞いたことがけど可哀想な人達を助けようなんてセリフに絆されて寄付してしまうと「沖縄は中国領土だ!」と叫んでる団体の活動資金になってしまう事だってありえるのだ。さてフィリピンの子供達のために募金したいと思っている日本在住のあなた!話が長い上に押し付けがましくてしかもキンキン耳障りでしょうが、ユニセフなら黒柳女史の方に募金しましょう!なお仮に黒柳女史が他の目的に寄付金を流用したとしても、せいぜいパンダ保護に使われるだけですから安心してください。


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マニラ首都圏警察、人員不足で1万人の増員が必要

ニュースによるとマニラ首都圏を管轄する警察本部が深刻な人員不足に直面しているようである。同地域での警官一人当たりの負担人口は900人と諸外国に比べて圧倒的に多く、この人員では犯罪を取り締まるどころか通常のパトロールを維持するのも事欠く状態であるという。そして画面にはマニラ下町のサンタアナという地区が映し出されたが、ここは警官1人当たり人口700人と首都圏の平均よりは人員配分が良いものの、窃盗や強盗、傷害などの犯罪が後を断たず、さらに地方から貧困層の住民が流れ込んで来ているため、警官の増員をして治安維持能力を回復して欲しいと地区の責任者(バランガイ・キャプテン)が訴えていた。なお警察本部の資試算だとを警官一人当たり負担人口500人が最低ラインであり、人員にすると約1万人の人員増強が必要だと言う。

このニュースを見たあと、マニラの警官一人当たりの負担人口900人という数字が今一ピンとこなかったので、他の国と比べてどういうレベルにあるのか調べてみることにした。なお外国は全て国家ベースのデータしか見つからなかったためフィリピンもここで国ベースに直してあるし、比較する国も筆者が適当に選んだのでご承知おきを・・。
◉警官一人当たりの負担人口
アメリカ408、フランス280、イタリア461、ブラジル355、コロンビア309、日本507、インドネシア411、タイ290、カンボジア234、ネパール392、ナイジェリア488、ジンバブエ250、中国833、インド769、フィリピン724


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単純に数字を比較するとフィリピンの警察官数は先進国の半分程度と異常に少ないことが分かる。デモ中国やインドも同じくらいじゃないか?と思う方もいらっしゃるだろうが、フィリピンは両国間と違って拳銃が蔓延している銃社会なのだ。それにフィリピンの警官は路上駐車やスピード違反に窃盗、売春などの軽犯罪を見つけては目こぼし料をせしめる副業に精を出してばかりいるから、実際には警官1人当たり1000人は超えているのではないだろうか?。だとするとそのうちマニラはナイロビやケープタウンと並んで「非戦闘状態にあるのにも関わらず戦場並みに危険な都市」なんてランキングに入ってしまうかもしれない。いやひょっとすると既に入っているのかも・・・?。

女房や従姉妹のミレットと夕食後にお茶を飲みながら「警官を増強しないと駄目だよなぁ」と発言したところ、とんでもない!そんな事したらもっと犯罪が増えてしまうわ!と喚き出した。この二人によれば警官の方が犯罪者よりよっぽどタチが悪いというのである。賄賂を取るなんてのは可愛い方で、中には恐喝や誘拐、強盗に殺し屋を副業にしている悪徳警官がワンサカいるのだそうだ。そんなとこに世間知らずの新人を入れても、朱に交われば赤くなるという言葉通り、すぐに悪徳警官に化けてしまうということらしい。「アンタも知ってるだろうけど、あの事件もこの事件も実行犯は現職の警察官なのよ!だって従兄弟のエドウィン(田舎の警察官である)が言ってるんだから間違いないわ!」

さてフィリピンに何のコネも持たずに来られた日本人の皆さん、ちょっとした犯罪の被害にあったからと迂闊に警察署に出向いたりしないように。さもないともっととんでもない犯罪に巻き込まれる事になるかもしれないよ・・・。


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イスラム原理主義者ムラット君の楽園

イスラム過激派「イラクとシャームのイスラム国(ISIS))」がイラクの首都バグダッドの目前に迫っているようである。軍事音痴のオバマ米大統領が側近の言うことも聞かずに駐留米軍を撤退させて以降、その軍事力の空白に付け入る形でISISは勢力を伸ばし、今やベトナム戦争時のサイゴン陥落と同じ状況を生み出しつつある。第二のイランとなるのか、それともアメリカは再び軍事攻撃を開始するのか?今後の展開が見ものである。しかしこのISISというのは正体がよく分からないが、政治テーゼや登場の仕方はアフガニスタンを一時期支配したタリバンそっくりである。そして兵員の方もタリバン同様にこの地域に無数にいる貧困層から補充しているそうだが、欧米やアラブ周辺国でも比較的裕福な家庭で育った青年たちが数千人ほど義勇軍として参加しているというニュースを見た時に、筆者の元顧客であったムラット君の事を思い出して思わず笑ってしまった。

このムラット・バルシオグルという男はトルコ・イスタンブールの大変裕福な商家に生まれ、小学校から名門私立に入って一貫教育をうけたあとロンドン・ビジネススクール(LBS)でMBAを取得した典型的なエリートである。さてここでちょっとだけトルコの概略について触れるが、東西文明の交差路という言葉通りトルコは「西欧型=近代主義=国家主義=ビジネス志向」と「中東型=保守主義=宗教グローバリズム=一次産業志向」の2つの性格を併せ持っているのだが、このムラット君は出自は典型的な西欧型にもかかわらず、成長するにつれ中東型、それもイスラム教徒の原理主義者たちからも異端と目される暴力肯定型の過激派になってしまったのである。(本当の原理主義者は平和的な人たちである)。当然ムラット君は父親の逆鱗に触れ、幾つもある会社の一つだけ渡されて半分勘当されてしまったのだが、そこへノコノコと商品を売りにイスタンブールへと現れたのが筆者である。



さてこのムラット君、やり手で評判の父親から商売人としての遺伝子を存分に引き継いだらしく実に値段にシワイ。あーだこーだと難癖をつけてはもう1%と値引きをしつこく要求してくる。しかし商談が終われば愛嬌のある笑顔へと戻って「一緒に食事に行こう!」と誘ってくるのだが、この食事というのが曲者なのだ。最初の10分は世間話などをやり取りするが、この後最低4時間ムラット君はイスラム教の話を一方的に話し続けるからである。筆者はフンフンと聞いてるフリをし続けていたが、さすがにコーヒーを飲む頃にはすっかり気が遠くなってしまい、このまま洗脳されるのではないかと我が身を危ぶんだ。しかしムラット君はイスラム教徒特有の過大な親切さと筆者が興味深く聞いているとの勘違いを発揮して話を途中で止めることは無い。結局彼とは十数回食事をして毎回イスラム教の話ばかり聞かされる羽目になってしまった。

ある時ムラット君になぜ君は原理主義者の過激派(ラジカル・ファンダメンタリスト)になったのか?と聞いたことがある。ムラット君は「成ったのではなく目覚めたのだ」という前置きをした後で、自分は20代までは酒も呑んだし色んな乱痴気騒ぎにも参加したが、ロンドンで学んでいた辺りから自分が西欧文明に浸っている事に違和感を感じ始めたのだと言った。そして「世界の仕組みは白人のキリスト教徒に都合良くできていているんだ!」と突然話が飛んで、ウォール街やシティの金融資本とアメリカの石油資本による途上国への収奪について一席ぶったあと、30歳になってあるイスラム教の師匠に出会ったことで自分の中の葛藤が氷解したのだそうだ。「自分の意識を構成する全ての源流がイスラム教にあることに気付いたんだ。なので俺は今楽園に住んでいるんだよ」



1923年のケマル・アタチュルクによる革命以降、トルコはイスラム教国の中では唯一の例外とも言うべき西欧型近代化を急いで来たが(明治維新後の日本とソックリ同じである)、あるとき西欧に追いつくどころかむしろ引き離されていることに気がついたのだ。そしてどうも自分たちが目指している方向は間違っているぞ!と気が付き、ではどこの進めば良いのか?と思って周りを見渡してみるとそこにはイスラム教の伝統的な世界があったということである。そこへ欧米に圧迫され続けた犠牲者としての積年の恨み辛みが混じり合ってより過激な思想が生まれたのだと言う(これは日本で言うと昭和の閉塞感から法華教の信者が台頭したのに似ているが、話がややこしくなるので後日別の日記にします)。だけどオスマン・トルコはむしろ植民地を所有していた側じゃないか?と筆者が要らぬ指摘をすると、ムラット君は親切そうな表情を浮かべて「俺はイスラム原理主義者だから、国境線の中に閉じこもってナショナリズムを唱えるのではなく、全てのイスラム同胞の視点でいつも考えているのだ」と笑った。

さて何杯目かのコーヒーを飲んでいる時に、ムラット君が筆者の後方に目を合わせ「アッ?」というような表情をした。あまりに長いイスラム教徒の講義から逃れたくて筆者も後方に首を回すと、そこには随分と派手な感じの若いトルコ美人が二人座っていた。この二人は体型的にふくよかでおまけに凄い鳩胸である。すると「そろそろ出よう」と言って慌てて勘定を済ませるムラット君。なんだかソワソワしていておかしい。それにイスラムの食事は塩に始まり塩に終わると言ってたのに、オマエ最後に塩を口に含むのを忘れてんぞ・・。やがてソソクサと駐車場へ出たムラット君は開口一番「あの二人の女は両方とも昔のガールフレンドだ」といった。えっ?二人ともかよ?だけど元カノにしては随分と若いじゃないか・・、おまけにクリスティーナ・アギレラみたいな化粧に服装してるけど・・・。



敬遠なイスラム原理主義者のムラット君が(イスラム的に)そんなふしだらな行為をしているとはとても信じられなかったが、後日彼の秘められた趣味を垣間見るような出来事があった。最初の出会いから2年後にムラット君は香港に調達事務所を設立し、月のうち1週間は香港に常駐するようになったのだが、彼の事務所に仕事がてら遊びに行くとそこには3人の香港女性が働いていて、全員とも大変ふくよかな体型をしているだけでなく、いずれ劣らぬ見事な鳩胸の持主だったのである。そして香港にいるムラット君は相変わらずイスラム教の話ばかりして周囲から煙たがられていたけれども、イスタンブールにいるよりは何故だか随分と幸せそうに見えた。

しかし残念ながらムラット君もついに年貢を収める時が来た。彼の師匠を通じてイスラム過激派グループに多額の資金援助していたことが警察にばれてしまい、父親から完全に勘当された上に会社から追い出されてしまったのだ。その後ムラット君との連絡は途絶えてしまい、イスタンブールにいる彼の商売仇たちに消息を聞いても誰も分からない・・。それで筆者の同僚はムラット君はアルカイダにでも身を投じたのでは無いか?と身を案じていたが、筆者は思想的にはそういう事もあるかもしれないが、あの鳩胸好きのムラット君が男ばかりのゲリラ部隊に入るとは本能的に考えにくいと心の中では思っているのだ。さてムラット君、君は今どこにいるのかわからんが、もしも行き場所が無いのだったらフィリピンのイスラム地域に移住して、ふくよかな鳩胸娘たちに囲まれながらコーランを唱えている日々を過ごしたらどうだろう?。それに政治より娘たちの鳩胸の事で頭を悩ませている方が長生きするよ。



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日本の旅行への不安を煽る中国系メディア

香港でかつて一緒に働いていたキャンディーという女からチャットが飛んできた。コヤツは今から20年前の最初の赴任時にアシスタントだった小娘(当時)で、仕事外でも一緒にあちこち遊びまわった筆者の可愛い妹分である。さてチャットには家族で日本に旅行に行くことを計画しているが、息子が心配してるので日本は本当に安全なのかどうか本当のところを教えて欲しいと書いてあった。いったい何を言ってるんだろう・・?キャンディーは研修名目で何回も日本に遊びに行かせていたじゃないか・・?しかし次の一言で質問の意味を理解できた。そこには「日本のどの地域なら空気と水が安全なのか?」と書いてあったのだ。放射能を恐れていたのである。



さて背景をかいつまんで説明すると、キャンディーは馬鹿では無くむしろ頭脳明晰な方だし、香港人は反日どころかかなり親日的な民族である(筆者は15年も香港に住んでたので信用して良い)。そして香港人が旅行で行きたい国ランキングでは(筆者は未だに理解できないが)だいたい日本がトップにいるのだ。まあ確かに2011年の大震災直後には放射能への恐怖から香港人は日本に行くのを怖がっていたが、数ヶ月後にはそんな事はすっかり忘れてしまって再び日本日本と言い出していた。なお一部の人間は放射能への不安が原因で海外からの観光客が減ったと主張するが、香港人の場合は実際は円高だったから日本行きを諦めてマレーシアとかタイに旅行していたのである。



キャンディーは筆者にとっては大事な妹分であり無責任に「大丈夫!」とは言いたく無かったので、確実に安全との確証は無いが、自分の老いた叔母達は震災後もずっと東京に住んでいて健康診断の結果はべつに何ともない事、それに1週間程度の旅行なら原発の近くに行っても被曝量は大したことが無い事、ただしせっかくの旅行を不安で過ごすのは無意味だろうから大阪や京都など福島から遠い場所に行けば良い、それに食いもんは絶対に西日本の方がお勧めだよと答えると、キャンディーは「ありがとう。アタシも安全だと思っているんだけど、最近日本のコミックのことが香港でも評判になっているのよ」と書いてきた。そう・・「美味しんぼ」の件を香港の親中派メディア(中立メディアは香港には無い)が盛んに報じているようなのだ。



筆者はこのマンガを読んでいないし、既にあちこちで散々論争を巻き起こしている様なので内容について今更ここで何も言う事は無いが、やっぱり(当たり前だけど)中国はこういうチャンスを絶対に見逃さないのだな・・とつくづく感心した。筆者は中国人相手に20年も切った張ったをしてきたから、相手に隙があれば絶対に手を突っ込んでくる中国人の癖は身を持って体験している。意見が分かれても最終的には結論を出して行動に移すアングロサクソンに比べると、八百万の神がいる日本は論争しても曖昧のまま放置して各自が勝手に解釈してしまう余地を残してしまうので元々が敵対国の分断工作に対して脆弱なのだ。なのでこの件については中国に腹は立つが文句を言うのは筋違いである。日本を貶めたがっている中韓二カ国に格好の材料を提供しているのは今も昔も日本人自身だからだ。



画面を見ながら悲観的に思いにふけっていると、キャンディーから「やっぱりアンタに相談して良かったわ!でもアタシはやっぱり日本が大好きだし、子供も前から秋葉原に行きたいって言っていたから東京に行くことにするわ♥︎」と書いてきた。なんだよ・・左巻きの連中よりもよっぽど日本を評価している人間がここにいたじゃないか。キャンディー!お前は昔からイラストが得意だったから息子と二人で日本旅行記の漫画でも書け!。それからお前が好きな上野の寿司屋で腹一杯食わせてやるから、俺のことを頼りになる親切な日本の叔父さん役で登場させてね。それから腕を駆使してハンサムに書くように♥︎





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マヨン火山が数ヶ月以内に噴火する兆し有り

ルソン島南部アルバイ州の知事が、同地にあるマヨン火山が近日異常な兆候を見せており、数ヶ月以内に噴火する可能性があると発表したようである。なんでも現在はまだ危険レベル1(要注意程度)の警報しか発していないが、火山性地震の頻度や硫黄ガスの排出量が6月初旬から急激に増え始めているといるのだそうだ。ちなみにマヨン火山が過去400年間に50回噴火しており、最も被害が大きかったのは1814年の噴火で周辺の住民1200人が死亡、また最後の噴火は昨年5月のもので、落石により観光客5人が死亡しているのだそうだ。なんで噴火中の火山に観光客がいるのか理解に苦しむが、いずれにせよ火山の麓にあるレガスピ市に住んでる方はご注意されたい。



さて夕食を食べた後ヒマになったので火山の噴火についてネットで調べて見ることにした。筆者は幼児期よりパニック映画が大好きだったこともあって、幽霊だけでなく自然災害にも少しばかり興味があるのである。まずフィリピン国内から調べてみたところ、噴火の可能性がある火山は全土に53箇所あって、その大部分はルソン島南部に集中しているが、もしも爆発した場合に最大の人的被害が予想されるのはルソン島中部のタール火山とバナハウ火山だそうである。特にタール火山は53カ所で唯一警戒レベル2が発令されているし、以前のブログで筆者が指摘したような湖水爆発が発生した場合は大惨事になりかねない構造的な欠陥を持っているのだ。



その後で海外の火山の活動状況を調べてみると何だか気になる記事を見つけた。2012年以降、世界各地で火山の噴火がこれまでにないペースで頻発していて、特に昨年の11月下旬に世界5大陸の7つの火山が同時期に爆発するという異常な現象が起こっている、どうも地球は破滅局面に入りつつあるのではないか?というストーリーだった(発生国はインドネシアが2カ所に、イタリア、グアテマラ、バヌアツ、メキシコ、そして日本の海底火山であった)。通常火山爆発の原因はプレートが地球内部にめり込む際の摩擦熱でプレートが溶解し、それがマグマとなって何十年もかけて溜まり続け、許容量が限界を超えると地表に飛び出すためであるが、この理屈ではほぼ同時期に世界各地の別々のプレート上にある7つの火山が噴火したことを説明出来ないのだ。



もちろん7つの火山の同時爆発は偶然という可能性もあるが、世の科学者たちはどうやら太陽の活動が弱くなったことが関係しているのではないか?とか、地球の内部でのマントルの配置構造が大きく変わったのでは?、いや2億5千年前に地球上の生物をほぼ絶滅させたスーパーブルームと同じ事が起こりつつあるのだ、などと議論し始めたところらしい。なので何事も疑り深い筆者は今回のマヨン火山もひょっとしてこれら地球規模での変動の一環なのではないか?と思えてきた。ちなみに20世紀最大と言われたピナツボ火山クラスの噴火が再び起これば、周辺の数十キロ四方に火山灰が降り積もり農業に深刻なダメージを与えてしまう。こんな事がルソン島中部で発生したら大事である。筆者は無神論者であるが、もし神がこの世にいるのなら祈りたい。「どうか地球上の全てのマグマを中国の領土内でまとめて噴出させてください」



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父から聞いた洒落にならない怖い話(2)

標的にされたのは中野区にある本郷氷川神社、もしくは東中野氷川神社の神主だった男である。ただし異例な事に祖父は生涯3箇所の神社の神主になっているのため、ひょっとしたら最後に神主となった沼袋氷川神社の男だったのかもしれない。恥ずかしながら3つの内どこの神社の話だったのかは父から聞き逃してしまったのだ。さて曽祖父と荻窪の白山神社の神主である曾祖父の従兄弟の奸計に落ちて神職を失った男は神社庁にこれは詐欺のようなものだと訴えたが、曽祖父の影響下にある神主達が裏で手を回したため男の訴えは黙殺されてしまった。そしてこの男は神主以外の仕事は勤まりそうも無い男だった様で、路頭に迷い困窮を極めたあげくに妻と二人の子供を連れて佐渡ヶ島へと渡り、「◯◯家(筆者の苗字)を呪ってやる」という遺書を遺して一家心中してしまったというのだ。

「お前も知っての通り姉たちは全員普通じゃ無い死に方をしているだろ?」と父が言った。長女(筆者の叔母)が幼少期に脳膜炎で死んだのはまあ当時の医療事情じゃ仕方ないとしても、次女は入院していた病院で朝死んでいるのを看護婦に発見されたのだが、死因はなんとベッドの上での全身骨折だったのだ。個室で24時間監視カメラ付き、しかも床に落ちた形跡は無いというのに常識では考えられない死に方である。そして三女は10年ほど前に中野区本町の自宅の階段から転げ落ちて脳挫傷で死んだということになっているが、実際は自分の克之と言う名の息子に殺されたのである。やがて父が「モッちゃん(次女)が死んだ時に俺はハッキリ分かったんだ。ベッドの横に心中した4人が現れて全員でモッちゃんを砕き潰したんだよ・・」と無表情でボソっと言った。



その光景を脳裏に浮かべた時に思わずゾーッとしてしまった。たしかに祖父の悪行は色々と聞いていたが、まさか一家を心中に追い込んでいたとは・・。それでウチは元々神社なのだから何でお祓いをしなかったんだ?と聞いたところ、父は「実はお前(筆者のこと)が生まれる前に一度だけ佐渡ヶ島に行ったことがあるんだ」とポツリと言った。父は当時はバリバリの無神論者だったから怨念など信じもしなかったが、結婚してこれから子供を作ろうという時になると流石に気懸りになったらしい。それで一家四人の命日にあたる日に両津港からバスに揺られて島北部の物凄く辺境にある崖っ淵に行ったのだそうだ。とんでもなく寒々しい光景のところで、もう夕暮れ時であることもあって辺りには誰もいなかったという。

花束と日本酒と菓子と煙草を大きな石の上に供えて祓いの祝詞(父は神職の資格を持っている)を奉じた父は、まだ帰りのバスに乗るまで時間があるので4人が飛び降りた崖の上から下を覗いてみるかな・・と思い立ち、崖っ淵ギリギリのところまで近付いていったらしい。ひざまずいて下を覗きながら「この高さから飛び降りたら海底の岩に直撃するから絶対に助かりっこないな・」とか「大荒れの海が4人をすぐに飲み込んでしまったのだろう・・」と思ったそうだ。そしてもう三十年も前の事とは言え、自分の父親(祖父)のワガママのために一家4人を悲惨な末路に追い込んでしまった事を詫びたらしい。そうやってしばらく時間をつぶし、さてそろそろ帰ろうと思って立ち上がり、ここまで来た道の方へと体を向けると、目の前に4人がいたそうだ・・・。



「でもな・・俺はあの4人は絶対に幽霊じゃない、絶対に単なる通行人だと思ってるんだ・・」と父は確信を込めて言うが、その「ゼッタイに」「ゼッタイに」というアクセントが実に耳障りで背中の悪寒を助長する・・。そして父は「もしあの4人が幽霊だというなら絶対に俺を崖へと突き飛ばしていたはずだし、その2年後に子供(筆者のこと)を授かる筈など絶対に無いだろう!」と筆者の同意を求めるような口調で言うが、それって誰が聞いても幽霊が出て来たんじゃないの・・。なお父の話ではその4人は黙って父を見ているだけで何もせず、父は慌てて横方向へと駆け抜けてバス停へ向かったらしい。そして最後に「不思議なことに怖いとは感じなかったんだ・・だってアレは絶対に幽霊じゃないからな・・」と言ってぎこちなく笑った。

さてその後も筆者は子宝には恵まれていないので、やはり心中した一家4人が血を絶やそうとしているのかも・・と思うことがある。それに父方の親戚たちの様子も伝え聞く処によれば色々と問題を抱えてい全員とも不幸なようだ。しかしである・・気になるのは、父の死は二人の姉の死に方と違って外科的な原因ではなかったし、それにそんなに苦しまずに死んでいるのだ。ひょっとして・・佐渡ヶ島の話は筆者をおどかそうとした父の作り話・・?。そう言えば「実はお前にまだ話していなかった事があるんだ・・」と言う前のあの数秒の間がなんか怪しいのである。まあ30年間も筆者を怖がらせずに口惜しがっていた父が、最後の最後にとっておきの恐怖小話で筆者をおどかすことに成功したのだから、本当の事であれ作り話であれ父は絶対に心の中で快哉を叫んでいたに違いない。すっかりやられたね。俺の負けですよ、お父さん!



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父から聞いた洒落にならない怖い話(1)

つい先日、亡き父の教え子だった方からメーッセージを頂いた。たまたまネットで見つけた中野区立第九中学校の同窓会(第27期。昭和38年生)のページに父の名前を発見したので、父親がすでに亡くなっていることを幹事の方にお伝えしたところ、この方が気を遣ってくださり父の死を知った同窓生たちのメッセージや父の似顔絵が書いてある卒業アルバムの寄せ書き、さらには父の肉声が入った音源などを送っていただいたのだ。当たり前だが筆者は教師としての父の姿を知らなかったので、父のもう一つの顔を垣間見れたことは正に感無量であった。こんな素晴らしい生徒たちを持った父は実に幸せな教師だったと思う。さっそくマニラの自宅に飾ってある父の遺影に中野九中の教え子さん達のご好意を報告しておいた。

さて明日は父の日なので今回は筆者の父親から聞いた洒落にならない話を書くことにする。なお長文で回りくどい上に二部に分かれていることを先にお詫びしておきます。国語教師の子でありながら文章力の才能は引き継げなかったようです。以前のブログにも書いたとおり、父は呑む買う打つは一切しない堅物の人間であり、葬式も墓も祭禮も不要と遺言した無神論者だったが、何故だか幽霊の話が大好きで、父の本棚(と言うより書庫に近い)には折口信夫や柳田國男、津田左右吉らの物凄くアカデミックな書籍と一緒に中岡俊哉の「恐怖の心霊写真集」や「日本怪奇百名所」なんて不気味な本が並んでいたため、筆者もその奇妙な趣味を伝染されてすっかりオカルトマニアに育ってしまった。ちなみに現在も毎晩アマチュア怪談師たちの語る実話怪談の音源を聞きながら眠りにつく生活を続けているくらいである。



筆者がここまでなったのは、オカルト関係のテレビや本に囲まれていた事以外に、幼児期に父の布団に入ると子守唄の代わりに「オロロン〜オロロン〜オロロン〜バイ〜🎵」という不気味なメロディーを歌われ(さっき調べたら女衒に身売りされた島原出身の女郎たちの子守唄というロクでもない代物だった)、普通の父親なら桃太郎やカチカチ山を語るところが、筆者の父はあろうことか怪談累ヶ淵や番町皿屋敷、四谷怪談などの古典怪談や、爆弾が落ちてきたら目の前の人の手足があちこちバラバラに吹っ飛んで・・腸がウネウネと口からはみ出してきて・・など後年のスプラッタ映画も真っ青なド迫力目撃談(あとで嘘だと分かった)を毎晩のように聞かされていたからだ。

ところが筆者も小学生高学年になると父の話で怖がる事は殆んど無くなってきた。テレビの心霊番組はすでに千本くらいはみていたし、父の書庫にある幽霊本やオーメン、エクソシスト、ヘルハウスなどのメジャーな恐怖映画は全て見ていたので恐怖への耐性が出来上がっていたからである。それが面白くない父は今度は幽霊ではなく、手足が腐って落ちるガス壊疽や脱疽、目玉が何倍にも膨らんでトイレで踏ん張るとポンッと弾け飛んでしまうバセドウ病などを(かなりデフォルメして)表現力豊かに語って筆者を怖がらせていたが、筆者が中学1年の時に古本屋で分厚い医学書を買って以降は、父のインチキな病気話にも対抗出来るようになった。そしてこのあと父は筆者をおどかせなくなり何だか口惜しそうな顔をしていた憶えがある。



しかしそれから30年以上経って筆者は父から実に恐ろしい話を聞かされる事になった。父親が亡くなる数か月前に、日本出張の折に時間が空いたので実家で週末を過ごすことにしたのだが、その際に筆者は今までモタモタしていて子供を作らなかったこと、そして女房はもう出産するには高齢なのでどうやら子孫は残せそうにない、なので血が絶えてしまうことを父に詫びたのだ(ちなみに筆者は一人息子である)。それを聞いた父は「そうか・・別に気にしないでいいよ」と言った後しばらく黙り込み、「まあそうなっても仕方が無いかな」となんだか意味有り気な一言を発した後「実はお前にまだ話していなかった事があるんだ」と神妙な表情をしながら呟いた。

父が話してくれたところによると、筆者の祖父は杉並区にある井草八幡宮という近辺ではたいへん有名な神社の神主の家に生まれのだが、次男であったため跡取りにはなれなかった。しかし生来ワガママな祖父は自分も何処かの神社の神主になりたいと散々駄々をこねたため、東京の神社界で有力者だった曽祖父は神社庁本部の伝手を辿って神主のポストの空きを探したが、当時の神主は名誉ある職業であり収入もかなり良かったから子供が出来ない神主夫妻もどこからか養子をもらって跡継ぎを作ってしまう。これじゃいくら待っても次男(筆者の祖父)を神主には出来ないと慌てた曽祖父は、自分の勢力範囲内にいる神主たちの中でも政治力の無い男を罠にはめて神社から追放し、祖父をその神社の後釜に据えることにしたらしい。(パート2へ続く)


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失踪した男の行方を霊視した超能力者

昨日の日記でサイコメトリーについて触れたので、今回はこの能力の説明を兼ねてあるアマチュア怪談師が語っていた小話(と言っても実話である)を書くことにする。

元号が昭和から平成へと変わった頃、あるテレビ局の下請け会社が失踪した人物の行方を霊視で探すという番組を制作することになった。しかし依頼してきたのは東京12チャンネル(しかも深夜番組)であったため予算が十分に無い。それで霊能者は宜保愛子らスター級ではなく、ビジュアル的に映えないけれど能力だけは折り紙つきというオバちゃんを使うことになった。

このオバちゃんはサイコメトリーと言って、ある人物が身に付けていた物に触れるとそこから残留思念を読み取ることが出来る超能力者(霊能者?)の一種なのだ。なお制作会社のプロデューサーは父親と涙の再会なんて時間が掛かる展開よりも「樹海で発見された遺体の身元判明」というようなオチを期待していた事は言うまでもない。

さてこのオバちゃんであるが現場へ向かうロケバスの中で「ギャラが安すぎる」「弁当が不味い」とか「アタシの娘は○○に嫁いでて」と喋くりまくってウルサイ事この上ない。それでプロデューサーがカメラに映っている時には余計な事を話さないように!と注意したが、オバちゃんは「任せときな!」と言った直後にまたベラベラ喋りはじめる始末。

こりゃどうしようも無いのを連れてきちゃったな・・と人選を後悔したが、実はこのオバちゃんはスター級霊能者が霊視に失敗した場合に備えて代わりに霊視をする東京近辺で一番の霊能者としてテレビ局から紹介された人物なのだ。どうやら見た目がかなり悪いだけでなく、口の悪さも一級品である事が災いしてどうやらスターになれなかったようである。


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さて高速に乗って数時間後に一行は現場に到着した。正にド田舎。しかしあたりは谷に囲まれた川あり不気味な湖ありのカメラ映えするロケーションである。アシスタントが引率して一軒の家のチャイムを押すと、その家の奥さんが玄関口に現れて全員に家の中に入るように言った。相変わらずオバちゃんはアシスタント相手にどうでもいいことを喋っているが、その家の居間へと通されるとオバちゃんは何故だか急に静かになった。

専門学校と高校生の息子二人が父親の遺留品をいくつか居間に運んできてオバちゃんに差し出してきたので、オバちゃんは何故だか渋々といった感じで遺留品に触れて目をつぶる。ところがオバちゃんは「・・・」と黙ったままなのだ。このババア!一言も喋るなとは言っとらんだろーがー!と怒ったプロデューサーは一旦カメラを止めて「普段通り喋ってくれ!」と指示したが、それでもオバちゃんは「・・・」と一言も発しない。

それで他の遺留品を触れさせ、失踪した父親の部屋へ入れたりもしたが、あれだけ多弁だったオバちゃんが貝のように口を閉ざしているので埒があかなくなってしまった。プロデューサーにとっては「あちゃー!」である。結局ロケは失敗となり、一同憮然とした表情でロケバスに乗り込むと、オバちゃんが申し訳なさそうに「ゴメンな・・」と呟いた。

何を今さら!とプロデューサーは怒っていたが、まあそこは大人なので「一体どうしたんだい?」と声を掛けると、オバちゃんはか細い声で「殺されてるよ・・」と呟いた。一同がエッ?とオバちゃんに視線を向けると、「失踪したんじゃなくて、男はあの家で一家3人に殺されたんだよ!羽交い締めにされて・・棒みたいなもので頭を砕かれて死んだんだ・・。アタシ、もう怖くて怖くて・・あの場では何も言えなかったんだよ・・」と言って泣き出してしまった。

これを聞いて大喜びしたのがプロデューサーである。期待を超える展開に嬉しくて仕方が無い。それで死体はどこにあるのか?と嫌がるオバちゃんの口を無理やり割らせたところ、裏山に土管みたいなものが放置されている光景が頭に浮かぶという。それでスケジュールを変更して急遽裏山へと向かったが、東京と違ってこのド田舎の裏山というのは途轍もなく巨大な代物であり、スタッフ全員が傷だらけになって山をかき分けて探しまくったが結局その日は土管は見つけられなかった。

それで一旦東京に戻ってテレビ局にこれは超特ダネ企画になるぞ!と報告したところ、最初は追跡ロケ続行に乗り気だったテレビ局が後から突然と企画中止を言い渡してきた。もし番組を放送すれば人権侵害で3人から訴えられる恐れがあるとテレビ局のお偉いさんが判断したのだそうだ。


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さて筆者が長々とアマチュア怪談師の小話を書いた理由はサイコメトリーを説明する他にもう一つある。実はこの失踪した男性の奥さんというのは筆者のいた会社に勤めていたのである。数年前に偶然この怪談師の話を(地名まで言ったので分かった)ネットラジオで聴いてびっくりしたのだ。この当時、下っ端の生産管理係だった筆者はこの女性のいる職場によく出入りしていたし、工場脇の喫煙ルームでも時どき顔を合わせていたからよく覚えている。

この人はジャンボさんという仇名の女性で、二人の息子と旦那を養うためにRAという微量の放射線をあつかう工程(皆が嫌がるので特別手当が出る)で真面目に働いていたのだが、この旦那というのが酒と女とギャンブルに狂っているだけで無く、家族全員に暴力を振るう絵に描いたようなロクデナシだったのだが、ある日を境にこの旦那が忽然と姿を消してしまったのだ。

不思議なことにジャンボさんは捜索願いを出しておらず、「そのうち戻ってくるでしょ」と呑気な事しか言わない。しかし夫の行方を聞かれた時のジャンボさんの何かに怯えたような雰囲気から「あの旦那は息子達に殺されたんじゃないか?」と社内で噂が経ってしまい、けっきょく失踪から数ヶ月経って警察に捜索願いを提出、やがて近所のお節介な人 (この人は同じ会社の売店係だった)がテレビ局に不思議な失踪事件として通報したためにテレビ番組から取材を依頼されてしまったのだ。

もちろん本当に殺したのかどうかは疑問だが、ジャンボさんは噂を打ち消したくて取材を了解したのだろう。そして取材後は「有名な超能力者が来たけど旦那の行方は分からなかったんだって!」という噂が社内に広がり、ジャンボさん一家の殺人疑惑の話は次第に立ち消えていった。それから20年経って偶然にも筆者はネットラジオでこの件の裏話を聞く事になったのだ。

さてアマチュア怪談師のラジオを聴いたあと、筆者は早速ジャンボさんのその後を同僚に確認したところ、2008年に定年退職した後、次男夫婦と同居して悠々自適の老後生活を送っているとの事だった。ちなみに旦那はとっくの昔に死亡宣告が出されていたようである。


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真犯人を当てた風水マスターの正体とは?

邦人支店長殺害事件の犯人像を診断した風水師の事がフィリピン在住のある方のブログに書かれていた。風水師が言う犯人像と犯行の動機が、その2日後に公表された警察の指名手配内容と実によく似ているという話である。それでこの風水師は事前に警察から情報を入手していたのだとか、被害者の奥さんは最初から犯人を察知してたのだから当たって当然だ、といった批判が出ているらしい。しかしこの記事を読んだ筆者はその風水師の人となりを知っている訳では無いので断言できないが、その風水師は犯人が見えていたのでは無いかと思っている。

筆者は香港に15年もいたので風水という「学問」は周辺にいくらでもあった。学問と強調するのは香港人にとって風水はオカルトでもなんでもなく科学として捉えられているからだ。家具の配置から都市設計、旅行の時期と方位や株を買う時期まで香港人というのは風水という科学に囲まれて生活しているのである。筆者の同僚のKという香港人の男などは風水にはまり込み、ついには風水を運用した経営学の論文を出して名門香港大学で経営学の修士号まで取得したくらいである。それである時Kに俺の事を診断してみろと試してみたところ(生年月日に時間、生まれた場所だけ伝えた)、筆者が青ざめてしまうほど筆者の過去をドンピシャリと当てられてビックリしてしまった憶えがある。



なお香港の風水師というと黄大仙という寺院に軒を並べている叔母さん達のイメージがあるが、あれはニセモノもしくは規格外の粗悪品であるので信用しないように注意して欲しい。筆者も女房と一度占ってもらったが女房をマレーシア人と言うなど入り口から間違ってるので呆れてしまった事があった。Kの話では香港の全ての風水師は有名な師匠の元で学んだと主張するが実際は玉石混交で、本当に優秀な教え子達は香港の大富豪たちにヘッドハンティングされ、新規事業への参入や投資などのアドバイザーとして会社の役職を与えられているらしい。日本で言うと企業弁護士みたいな扱いだと思っていただくと分かり易いと思う。

筆者も一度だけKの師匠に会ったことがあって、この男に風水とは何をベースに判断するのか聞いたことがある。すると単なる食堂のオヤジ然とした師匠は「統計と直感だ」と答えた。中国人は吉凶占いの予想と結果を何千年もかけて精査してきたので、幾つかの因子の組み合わせがどういう結果をもたらすのか膨大なデータが蓄積されているのだと言った。なるほど確かに科学的である。一方直感の方は文字通り非科学的なもので言葉では説明出来ないが、自分のような名人でもいろんな雑念が頭に入ると直感が働きにくくなるので、午前中しか診断はやらないのだと笑っていた。



さて今回のフィリピン風水師の診断であるが、診断内容を読む限り統計を使ったというよりも直感の方だけを働かせた様に見受けられる。というよりも風水という枠組みを超えてしまっているのではないかと思えてきた。どうも肩書きは風水師だが実際は別の能力を持っているのではないか?と思う。実はKが風水師には変な能力を持った連中がけっこう入り込んでいるんだよ・・と言って、Kらの生徒達から電視妹(テレビ女)という仇名をつけられてバカにされていた女のことを話してくれた事を思い出したのだ。

その女は記憶力が余りにも悪くて風水の統計的な部分を全く覚えられない馬鹿女にも関わらず、練習材料として無料診断を受けに来た老人たちの体や身につけているモノに触れると、色んな事が頭に映像として浮かんで来るというのだ。いわゆるサイコメトリーである。当然この手の人間は風水と言う科学の枠組みからはみ出てしまうため、テレビ女は師匠から才能無しとして追い出されてしまったが、モンコックという下町にちっこい風水占い所を構えてからは結構繁盛しているらしい。なのでこのフィリピンの風水マスターもテレビ女と同じように現場の光景を映像として捉えていただろうと思っている。ところでこの日記を読んだ方の中にサイコメトラーはいたら意見を聞かせて頂きたい。



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最も危険なテロリストがマニラで逮捕

ネットに大物テロリストが逮捕という記事が出ていた。逮捕されたのはアブ・サヤフのリーダーの一人でファイナンサーと呼ばれていたカイール・ムンドス(Khair Mundos)という50歳の男で、マニラ市内パラニャケにある知人の家にいるところをフィリピン国家警察に捕まった様である。このムンドスはテロ部隊の指揮官という顔とは別に、中東のアル・カイダから資金を引っ張ってくる役割を担っていたという。2004年に逮捕された際の容疑は資金洗浄の罪であったが(2007年にキダパワン刑務所からの脱獄に成功している)、今回は複数の殺人・殺人未遂で起訴される見込みだという。


さて記事を読んでいて気になったのは、このムンドスはアメリカ司法省が公表しているThe Most Wanted Terrorist in the Worldのリストに入っていたという箇所である。世界で最も危険な連中・・一体どんな奴らがこのリストに入っているんだろう?と興味を持った筆者はさっそく司法省のウエブサイトを開いてみることにした。するとそこには55人の顔写真と名前、所属組織、経歴とは他に、なんと賞金額が出ているのを見つけた。デッド・オア・アライブなのかどうかは知らんが、テロリストの首に賞金をかけるとは流石西部劇の国アメリカである。



さて55人全員をここで書くのは面倒なのでトップ8人だけ掲載することにした。なお名前は読み方が分かりにくいのでいくつか間違っている可能性もあることをお許しいただきたい。

第8位 ー 賞金額700万ドル 同額3人
・ムシン•アル•ファダリ
アル・カイダのイランにおける幹部の一人
9・11及びサウジ国内のテロ事件に関与
・アフメド•モハメド・アブディ
ソマリアのアル・シャハーブの創設者
ソマリア国内の複数のテロを実行
・アブバカール・シェカウ
ナイジェリアのボコ・ハラムのリーダー
女子学生誘拐など同国内の多くのテロ・犯罪に関与



第5位 ー 賞金額1000万ドル 同額5人
・アブ・ドゥア
アル・カイダのイラクにおけるリーダー
イラク議員殺害など同国内のテロを実行
・ムラー・オマル
アフガニスタンのタリバンの指導者
米軍侵攻後も逮捕されずに逃亡中
・ハーフィズ・モハマド•サイード
元大学教授でジャマット・ウド・ダワの創設者
ムンバイ攻撃を含むインド国内のテロを実行
・ヤシン•アル•スリ
アル・カイダのイランにおけるリーダー



第1位 ー 賞金額2500万ドル 単独首位
・アイマン・アル・ザワヒリ
エジプト・ジハード団の創設者
オサマ・ビン・ラーディンの盟友
タンザニア・ケニアの米大使館爆発を実行

なお昨日逮捕されたムンドス容疑者の順位を調べてみたところ、賞金50万ドルで55人のうち単独最下位であった。このリストにいる55人のうちアジア人は6人(全員がアブ・サヤフとインドネシアのジェマイア・イスラミアのメンバーである)と結構健闘しているが、最高順位は賞金額500万ドルで44位と、アジア勢はどうもテロリストとしては今一つパンチに欠けるようである。



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呪いをかけられた子供たち

以前読んだクーロン黒沢の本の中に、アジアに沈殿してしまう男たちの共通点を探る話が書いてあった。この沈殿というのは頻繁にアジアに来る旅行者たちやアジア在住の年金生活者、現地採用で真面目に働くサラリーマンたちではなく、文字通り全てを投げ打ってアジアに日陰植物のように生息している社会の脱落者、根無し草、もっと言うと生まれつきの異邦人たちのことである。さて本の内容であるが、プノンペンのキャピトル・ゲストハウスという安宿に居着いてスワイパーという買春村に行く以外は何もせずに日がな一日ゴロゴロしているだけの沈殿物たちがある日「俺たちがこうなったのは子供の頃に何か原因があるに違いない」と自分たちの過去を探り始めるシーンから始まる。



ところが家庭環境や住環境など各自のプライバシーに関する部分まで打ち明けたが何の共通性も見られない。そこで得意な運動や趣味などを探っても、ある男は運動部で活躍していたりガキ大将だったと言うが、いっぽう俺は太っていて運動はダメだったんだとか、俺は引きこもりだったんだ・・などと全員バラバラな事を言っていてまとまりが無い。それで自分たちの呪われた宿命は幼児期の環境や言動とは関係がないのだ・・と思いかけた時に一人の男が「家にいる時は世界地図ばっかり見てたよ」と言い出すと、その場にいた男たちが口々に「エッ!俺もだよ!」「俺もそうなんだ!」と叫び始めた。なんとその場にいる全員が家では世界地図ばかり見ている少年期を過ごしていたのだ。



この文章を読んだ時に筆者はビックリしてしまった。なぜなら筆者も世界地図ばかり見ていたからである。子供の頃は病気がちで家で寝ていることが多かったので、学校教師だった父親がくれた地図帳を開いてアルゼンチンや東アフリカの奇妙な地形を眺めてはあれこれ夢想するのが楽しかった。どうやら筆者はその時に海外への強い憧憬が育まれてしまい、自分を家族や地域に縛り付ける全てのものが根こそぎ断ち切られてしまったようである。それで大学に入るや旅に出て、そのままクーロン黒沢のお友達同様にアジアに沈殿するはずだったが、財布の中身が乏しくなって日本に帰国したところ丁度就職活動の真っ盛りであったため筆者も面白半分参加してしまった。以来24年間も会社員を続けてしまったが、その理由は海外に頻繁に出れる会社だったというだけだ。しかし一昨年日本に帰国命令を受けたので、その場でドロップアウトすることにした。



さてずいぶん前に香港に赴任したばかりの頃、自宅の近くに悪名高い重慶マンションという安宿ビルが有ったので、英語の実践も兼ねてビルの側にあるバーで酒を飲みながら世界中から来た放浪者と話すのを楽しんでいた。そして話題の一つとして彼らと世界地図との因果関係を聞いてみると、アフリカやインド・パキスタンなどの貧乏国出身者は全く関係性が見られなかったが(それ以前に家に地図が無いらしい)、ヨーロッパやアメリカ人のうち相当糸が切れちゃったな〜と見える奴等はたいてい子供の頃に地図を見るのが好きだったと言った。見事にビンゴである。それでどうやらクーロン黒沢の説は世界共通で成り立つと思っていたのだ。さてなんで今頃こんな日記を書いているのかというと、つい昨日筆者の非常に近しい人物にどうやらこの傾向があるのを発見したからだ。



Googleマップで自宅からバギオへの道順を調べていると、2歳になる姪(義妹の娘)がニュッと横から首を出してパソコンの画面を興味深そうに覗き込んでくる。そのうちいなくなるだろうと思って黙って作業に没頭していたら、マウスを弄って筆者の真似をしようとした。それで「コラコラコラ!」と追い払おうとした時に義妹が現れて「イザベルは地図が好きなのよ」と気になることを言った。なんでも先日郵便局に行った際に、壁に貼ってある州の大地図を興味深げにじっと見ていたそうである。この年齢で地図を読み解く能力など有る訳ないから、イザベルは地図の持つ独特の抽象性に魅せられているようだ。これは非常にマズいシグナルである。にも関わらず女房は「イザベルは将来地理の先生になるのかな〜♥︎」と嬉しそうに言って義妹と従姉妹のローズアンの三人で笑っていたが、筆者はイザベルの奥底に潜む宿命が頭に浮かんで複雑な思いに駆られてしまった。お前も俺と同様に呪われてるんだぞ!イザベルちゃん。


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気象予報士たちが逃げ出したフィリピン気象庁

フィリピン科学技術省の長官が、かねてから危機的な状態にあると噂されていたフィリピン気象庁(PAGASA)の頭脳流出問題について心配御無用であると太鼓判を押した。その根拠は、今でも140人の職員が気象庁に在職中であり、42人の気象学の専門家を新たに雇い入れる計画があるから代替が効くというものだ。さらに気象庁の給与は最低額が月35000ペソと他の政府機関よりも待遇が良いため、過去多くの職員たちが気象庁を辞めたのは給与が原因ではないと明言した。

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このニュースを聞いた時に我が家の全員はあんぐり口を開けてしまった。どうやらこの長官は部下から事実が伝わっていないだけでなく、どうやらテレビニュースさえも観ていないのでは無いかと思わせる程のトンチンカンぶりである。こんな男が長官をやってるという事に呆れてしまった。この件は昨年から何度も報道されていて、まず気象庁の長官が7倍の給料格差に釣られて任期途中で中東カタールの気象庁に転職してしまい、そして32人の専門職員(数人の例外を除き花形の気象予報官ばかりらしい)が外国の気象機関やフィリピン国内の他業種へ転職してしまったという話である。

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どうも気象庁が危機的な状況にあることを察知したレクト議員が独自に調査して見たところ、気象庁の給与は2010年以来据え置きで(以前の報道では月収14000ペソだった)、永年勤続など他の政府機関には有る手当も支給されず、それどころか給与も最大8ヶ月も遅配されていたなど、こりゃ職員が逃げるのも仕方無いわな・・というお粗末な状態だったことが判明。そして現在残っているのは雑魚ばかりの気象庁は今後まともな気象予報が出来るかどうか危ぶまれるほど弱体化してしまったらしい。

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「警察や役人と違って気象庁の職員は賄賂が貰えないから、給料を倍にしても優秀な予報官は集まらないと思うわ!」と従姉妹ミレットは言った。これから雨季に入るというのに、天気予報が当てにならなくなるって事かよ・・。昨年は低気圧による海面上昇という現象を庶民でも分かる簡単な言葉で伝えられなくて死者行方不明者合計8000人の大惨事になってしまったばかりだというのに。賃金格差による人材流出は避けられないとは言え、文句言われるまで何の対策も打てなかったとは・・。まあ日本の役所も似たようなもんか・・。

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シラミ娘たちの沈黙

朝起きると身体のあちこちが痒い事に気がついた。はて蚊にでも刺されたのかと思って痒い部位を見ると赤い斑点のような傷口があちこちにある。傷口がそれぞれ一箇所だけなのでダニではなさそうだ。それで女房になんか部屋に虫がいるぞ!と傷口を見せると、「あ〜これはクトだわね」と何とも無いように言う。ノミの事かと思っていたら「アビーとジョゼルが運んできたのよ」と謎のような事を言った。



金曜日の夜にリサール州のド田舎から親族ご一行様が我が家に遊びに来たのだが、あいにく我が家は狭い上に余計な居候が二人いる為、ご一行様は2つある寝室の床に雑魚寝することになり、筆者の寝室には大学生の姪と義弟の娘アビーとジョゼルが割り当てられた。一行の男連中と違ってむさくも臭くも無いので安心していたというのに、まさか虫を持ち込むとは思いもしなかった。



さてこのクトというのは何だろう?ノミのことだろうか?と思ってネットで調べてみるとアタマジラミという単語が出てきた。シラミ・・・むかし進駐軍が野宿の日本人の頭に白い粉をふりかけて駆除していたあの虫のことか・・?そして急に身体中に痒みが爆発したような感覚に襲われた。冗談じゃない!こんな虫に繁殖されたら死んでしまう!とパニックを起こした筆者は殺虫剤の缶が空になるまで部屋中にぶち撒いた。



居間に降りて行きテレビを見ていた二人の髪の毛を上からジッと覗いたが、筆者は生まれつき近眼なのでよく見えない。それでお前達は頭に虫を飼ってるのか?と不躾な質問をすると、二人とも何故か照れ笑いを浮かべて沈黙したままだ。女房は「フィリピンじゃ子供にシラミがいるのは当たり前なのよ」と呆れた事を言うが、誰がそんな虫と共存などするもんか!。あしたシラミ娘が帰ったら早速大鍋で熱湯を沸かして部屋中のものを中にぶち込むことにしよう。それから俺の寝室はガムテープで密封してしばらく閉鎖。



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中東へと向かうフィリピン人たち

朝階下へ降りて行くと従兄弟のジャネルが居間にいた。こんな朝っぱらから一体どうしたのかと聞くと、女房に金を借りにきたという。はあ?お前はつい最近まで銀行に勤めていたのに金が無いとは何事だ!と文句を言うと、サウジアラビアへ行く手続きで予想以上に費用がかかってしまい、今日支払わなければならない健康診断の費用が手元に無いというのだ。聞くとまあ対した金額ではないから餞別代わりにくれてやっても良いくらいだ。それでお前はいつサウジに飛ぶのか?と聞くと、今日健康診断の結果が良好だと分かれば一番早く予約出来る飛行機で飛ぶつもりだというのだ。



このジャネルをサウジに引っ張ったのは義妹の夫フランシスである。この義弟はサウジの商都ジェッダにある外資系建設会社でマネージャーを長年務めているが、最近昇格して複数のプロジェクトを任されるようになり文字通りシッチャカメッチャカになってしまったらしい。それでフランス人の社長に自分に助手を付けてくれと嘆願したところ、「そんならお前が休暇中に探して来ればいいだろうが!」と実に温かいというか無責任な命令を受けたので、義妹の親族の中から一番高学歴で真面目そうなジャネルを選んだのである。一方ジャネルも銀行で苦手な営業職に回されてしまい転職を考えていたし、恋人がドバイで働いているからフランシスの提案を渡りに船とばかりに乗っかったのである。



日本も同じだと思うが、フィリピンでも本当に美味しい仕事というのは新聞の求人欄には絶対に載っていなくて、全て親戚や友人の口から伝えられるのだ。例えば従姉妹の中で一番ダメそうなボウヤという女も、今から3ヶ月前に実姉ティナイの夫であるイギリス人の紹介でアブダビにあるヨットクラブの事務職につくことができた。この仕事は暇な割に給料が良いことで有名で、しかも金持ちの外国人ビジネスマンとネンゴロの関係になり易いそうだ。そして頭よりも下半身の方が発達したボウヤは早速どこかの誰かと深い関係になり、下の病気か妊娠か知らないが治療の費用を送金しろとフランシスに要求してきたが黙殺されてしまい、今度は女房に緊急事態と称して助けを求めに来たがこれまた無視された。



さて実はサウジに行く準備を進めている人間がもう一人いる。それは家政婦の長男ボウイである。1ヶ月ほどの休暇で我が家に滞在していた際に、我が家に半居候しているボウイが随分と頭と気が回ることに気がついたフランシスはボウイをサウジに連れて行くことを決心したらしい。デスクワークが増えて現場に目が届かなくなってしまった・・とフランシスはぼやいていたから、たぶん現場の1つに適当な職を作ってボウイを配置して目と耳の役割を果たさせるつもりなのだろう。こう書くと筆者は立派な義弟を持ったなと感心するだろうが、実は筆者はいたたまれない状況になりつつあるのだ。「フランシスは偉いわ。身内を食わせようとしてるんだもん」というのが親戚の女たちの弁。それに比べてあんたの日本人の旦那は・・・と一同の冷たい視線を今現在集めているのが筆者なのである。なんか居心地が悪いからジャネルの送別会は仮病で欠席することにしよう。



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掃除婦から大金持ちになったオバちゃん

テレビニュースにフィリピン人の田舎っぽい顔つきをしたオバちゃんが広大な屋敷に住んでいる映像が映っていた。このニュースはこのミラ・フェラーという当年60歳のフィリピン女性のサクセスストーリーを紹介したショートフィルムで、女房と義妹が画面を興味深げに見ている。義妹が翻訳してくれたところによると、このオバちゃんは生まれた時に親に捨てられて孤児院で育てられたが、17歳の時にポケットに20米ドルだけもって故郷パンガシナンからアメリカに渡ったのだそうだ。

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渡米してからもまともな職が見つからないため、オバちゃんはトレーラーハウスに住みながら金持ちの家やクリニック、銀行などの掃除夫として働いていたのだが、その真面目な仕事ぶりが評価されて金融機関の事務アシスタントに昇格。そしてオバちゃんはそこでも真面目に働き続けてマネージャーにまで上り詰めたが、アメリカの土地が値上がりするに違いないと直感したオバちゃんは不動産を買い始め、ついに40歳にして52の物件と、彼女が昔掃除夫として働いた敷地3エーカーの豪邸を手に入れたという。

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「私は幼児期に自分が経験した貧しい思いを絶対に自分の子供達にさせないと誓ったのです。そしてアメリカに来たことは正しい選択でした。もしあなたがハードワークに耐えられる人間なら、アメリカで貧しい生活を送ることあり得ないです。」と言うおばちゃんのセリフ。確かに筆者もアメリカ人達とは仕事で随分付き合ってきたが、アメリカの企業幹部って桁違いの報酬貰ってたもんな。それに日本みたいに真面目に働くほど馬鹿を見る社会構造じゃないのがいいよ・・と思わず頷いてしまった。

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しかしここで女房に義妹までもが「そうよ!やっぱりアメリカよ!」と叫んだ。そして「ウチの旦那はゼネラルマネージャーになって責任と残業は大幅に増えたのに給料は15%しか上がらなかったのよ!」と女房が言うや、「上がるだけいいじゃない!サウジなんて昇格しても給料は横ばいで休暇は削られたんだから!」と憤懣やる方ない。そしてあたし達もアメリカ人みたいにもっと報酬が上がってもいいはずよ!」と何故か同調しあっていたが、お前ら二人は金貸しやってるだけで別に働いて無いじゃんか・・。それに掃除と洗濯も全部家政婦まかせだし、ひょっとして世界で一番気楽な人種なんじゃないの?

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自分を長年苦しめてきたモノの正体を知った男(2)

居酒屋で冷酒を飲みながらBの小難しい経営理論の話(世間話はほとんどしない)をずっと聞かされていたが、好都合なことに「相変わらず体中がギュウギュウと押し潰される様な感じが抜けないんだよ」と話の流れがこっちの方へ向いてきた。甲状腺?高血圧?顎関節症?脳血栓?男の更年期?などと思いつく病名を挙げてもBは首を振って「検査結果はどれも違うんだよ」とため息まじりに答える。ここで老技術者が「ちょっと失礼なこと言うけど怒らないでね」と前置きした後で、アンタは子供の頃にアスペルガー症候群と診断されたことは無いか?とズバリ言うと、このBはハァ・・?という感じで老技術者を見上げて「それはどういう意味だ!」と怒り声で問い質した。こりゃマズイ。エキセントリックなBを起こしちまった。



ところが老技術者も怯まない。俺もこんな事を言うのは嫌だけどお前の事を案じているんだ!今から一つ一つ質問して行くから黙って答えろ!とマジ顔で怒るので、Bも渋々ながら「分かったよ」と言って了解した。さて老技術者が「劇場よりも博物館の方が・・」とか「新しいことをやると・・」などと質問するとBはイエス、ノーと答えて行くが、どうも予想とは違って(筆者も事前にこの質問を調べていた)アスペルガーのようには思えない。なんだよ・・老技術者の勘違いかと思っていると、「漢字は読めても書くことが難しかった」という質問から後は全部イエスという答えである。そして「投げられたボールを片手で取れない」という質問にイエスと答えた後、Bは「どうして俺が子供時代の苦手だった事ばかり質問に出てくるんだ・・」と言って老技術者の顔をじっと見つめた。



日本の専門医で受信したBは香港に帰ってくるなり老技術者と筆者を先の居酒屋に呼びだすと開口一番「やっと自分を苦しめているものの正体が分かったよ」と苦しそうな表情で言った。軽度であるが老技術者の見たて通りアスペルガー症候群だったらしい。そしてBは自分が幼少の時分からの事を話し始めたのだが、学校は附属中学からエスカレーター方式で上がったので大して勉強しなくても大学に行ける恵まれた環境だったこと、しかし学校でも会社に入ってからでも自宅に作業を持ち帰らないと皆に追いついていけなかったと言った。やがて就職したら営業部に配属させられてしまい人を相手にするのは苦痛そのものだったが、入社4年目にデータを相手にするマーケティング部門に移動になったので何とか会社を辞めないで済んだというのだ。「俺は随分と努力してココまで来たけれど、その努力がある種のキシミとなって俺を蝕んできたんだそうだ」



この日以降Bは彼を苛立ちの原因が自分の中にある事に気が付いたため、いくらか性格も温和になり、そして彼の得意領域である洞察力と分析力を筆者や同僚に伝授し始めた。過去の有象無象の事実からある種の法則性を探し出すのがBの秘伝であるが、これは筆者ら凡人にはとても模倣など出来る代物ではなかった。そしてBは徐々に自分の会社人生に幕を引き始め半年後に会社に早期退職願いを出した。彼がアスペルガーを抱えていることを知らない周囲の人間は「役員の地位も射程距離内にあるのに何で?」と引き留めたし、筆者もBがまさかそこまでやるとは思いもしなかったが、これ以上進んでも更に行き詰まるだけ!と戦略家として名を馳せた彼らしく早期撤退を決心したように思えた。



筆者と老技術者とBの3人だけの送別会の席では「これ以上の地位に上がると社内での政治力だけの世界になるから、不器用な俺がこのまま踏み留まれば俺だけじゃなく組織もおかしくなってしまうだろ。だから俺は気楽な道を進むことにしたよ」と言って笑った。憑き物が落ちたようなサッパリした笑顔だった。そして今も同じ笑顔はフェースブックで見ることが出来る。タイ東北部のロイエットという田舎町に移住してのんびりとした余生をおくり始めたBは、週に一回の頻度で彼が釣った面妖な魚やどうやら親しい関係にあるらしい色黒の女性とともにニンマリ笑った自分の写真をアップしているのだ。筆者も思わず微笑んでしまうようなほのぼのした笑顔。B支店長!アンタ随分と普通の笑顔が出てくる様になったじゃないか!



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自分を長年苦しめてきたモノの正体を知った男(1)

昨日フィリピンオナベのカミングアウトに関する事を書いたので、今回は自分が目の辺りにした別種のカミングアウトについて書くことにする。今から3年前に筆者の上司Bが突然原因不明の変調に悩まされ始めた。憂鬱さが取れない、慢性的な睡眠不足、感情のコントロール能力がおかしくなる、体が押し潰されるような感じがする、それに内臓のあちこちが痛むいう状態が続いていた。それで香港の有名な病院を幾つか回ったところ軽度の鬱病と診断されて薬を処方されたが、いくら飲んでも良くならないというのだ。それに顧客の紹介で漢方薬や鍼治療も試して見たが結果は芳しく無いらしい。そして遂には毎日会社を突然抜け出してフラフラと何処かへ数時間ほっつき歩く様な精神状態にまでなってしまった。



筆者より4歳年上のBは入社以来一貫して海外営業畑を歩み、その市場の流れを先読みする優れた洞察力と各顧客の詳細まで漏らさず記憶するコンピューターの様な頭脳、そして常人とは思えないほどの優れた分析能力で早くから部内で頭角を現し、40歳の若さで香港支店長(日本本社の部長職と同格)の地位についていたのである。ただしBはいつもしかめ面でイライラしていて、何かあると怒鳴り散らすなど随分とエキセントリックなところがあったし、また筆者らと一緒にお色気ナイトクラブで馬鹿騒ぎするような砕けたところが全く無かったから職場内では完全に浮き上がった存在だったが、Bは学生時代にタイで長期滞在していたという筆者との共通点があったためか、筆者はよくBに飲みに誘われ「俺は引退したらイサーン(タイ東北部)でのんびり暮らすのが夢なんだ」という恒例の話をよく聞かされていた。



ある日会社の老技術者と筆者の二人で酒を飲んでいると、この男がBの変調について自分には思い当たるところがあると言い出した。何だろう?と思って尋ねてみるとアスペルガー症候群では無いかと言う。それで思わず笑ってしまった。Bが発達障害?馬鹿も休み休み言え!有名私大を卒業して我が社に入り40歳で支店長になった男だぞ!しかもアルペルガーの主な症状であるコミュニケーション能力の欠如とは全くの対極にある海外営業部きってのキレモノだというのに!呆れてものが言えんわい!とあざ笑ってやったところ、この老技術者は「お前はアスペルガーにも色々なパターンがあるのを知らないのか!」と一喝した上で、Bがアスペルガーだと思う根拠について説明し始めた。



アスペルガーは特定分野に異常な才能を示すので、異常に高い洞察力や分析力、記憶力を持ち合わせていても全く不思議ではないと言う。老技術者が注目したのは優れた面とは対照的な常人より明らかに劣る面、つまり会話が一方的で途切れがちになったり、事態が予想外の展開になった時のエキセントリックな反応や、上下関係は受容できても横の関係(友人)が全く作れない人間関係の未熟さ、そして会社以外は全くの不毛地帯とでも言うべきアンバランスさ、恋人や家族への愛情を育めない冷淡さ(Bはずっと独身で特定の恋人はいなかった)、あまりにも乱雑な机とロッカーの中身などアスペルガーの特徴的な負の症状について説明してくれた。そしてこの話を聞いた時に筆者にも一つだけ思い当たる事があった。



Bと顧客を訪問する歳に事前に用意した質問について客と応答を繰り返している限りはBは流暢な英語で闊達に話しているが、顧客が突然まったく関係無い話題(例えばヒラリークリントンは民主党のメジャーな候補者の中では最弱みたいだね?というような話)を振られると急に黙ってしまうのだ。当然その場には気まずい雰囲気が流れてしまうがBは無表情で沈黙したまま・・、営業出身者なら話題に関する知識を持ち合わせていなくても上手く話に乗る振りをするのが当たり前なのに、Bはそんな簡単な気遣いもしないのだ。まさか・・しないでは無くて出来なかったのか・・。それで老技術者に来週Bを酒に誘って、アンタ(老技術者)がアスペルガーのテストをBにしてみたらどうだ!とけしかけてみた。


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女から男へと転換したニック君

テレビを見ていたら女から男になった通称ニックという人物のニュースが流れていた。フィリピンにはオカマ(バクラ)とオナベ(トンボイ)が溢れていると言うのに、なんでこんな事がニュースになるんだろう・・?。それで画面をそのまま見ていると、医者らしき人物が二人登場してタガログ語の会話の中から「ホルモン・リプレイスメント」とか「イリーガル・・」という単語が聞き取れた。どうも手術をしたのではなくて未認可のホルモン剤で男になったらしい。

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さてこの男になったニック君、元女だけあって小柄ながらも筋肉隆々、体に刺青は入れてるし髭まで生やしていて随分とマッチョになっている。おまけに声も男そのもの。女時代の写真(結構可愛い)と比べるとまるで別人ではないか・・。ひょっとしてこれはノーベル賞ものの新薬発見のニュースではないのか!と驚いたが、そばにいた義妹は「でもこの治療法じゃマ○コをチ○コには変えられないのよ」と筆者の頭の中を覗いていたかのように的確なコメントをしてくれた。

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義妹の話ではフィリピンには性同一障害を持つ人は多いが、実際に性転換手術を受ける人はごく少数で、大部分のバクラとトンボイは嫌悪の対象である自分のイチモツを抱えたまま生涯を閉じるのだそうだ。なぜなら手術のためには医者の診断書(これを獲得するのは大変な事らしい)と費用というハードルが馬鹿にならないらしい。それで服装と髪型だけを異性に変えて満足するくらいが関の山だったのが、このホルモン剤だと胸を縮ませて筋肉を増やしたり、声帯を変えたり出来るのが画期的なのだそうだ。

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ニュースの後で「さっそくローズアンに伝えなきゃ」と義妹が言った。実は女房の従姉妹に一人だけトンボイがいて、自分を悩ませてきた違和感に耐え切れず最近カミングアウトしたのだ。今や髪の毛はリーゼント、服装もミリタリールックにしているが、残念な事にその大きなオッパイのせいで半径10メートル以内に異様なオーラを発しているのが哀れに思っていた。そうか・・この薬があればローズアンはもっと気が楽になるだろうな。今のところ心臓発作や頭痛の副作用が克服できず未認可らしいが、ニックのような臨床例を増やして行けばこの治療方法が一般化する道は開けて行くのだろう。もうちょっと待ってろよ!ローズアン。

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これぞフィリピンの美徳なり!

筆者の駄文を読んでいただいている方から、フィリピンの良いところや美点について日記を書いて欲しいとのリクエストを受けたのだが、正直困ってしまった。なぜなら筆者はフィリピンに来てから1年ちょっとしか経っていないため「フィリピンのこれがこうだ!」と言い切れるだけの十分な知識や経験がないし、更に言うなら当初予想したフィリピンライフと今の生活は全然違うものになっているからだ。正直言って美点なんてすぐには出てこない・・・。なので思いつくまま散文調で書くことをお許しいただきたい。

今までも日記に書いたが、フィリピンに移住してからというもの、予想外に高い物価、異常なほど不便な交通、これが食い物かと思うほど不味い料理、ニューヨークより悪い治安、そして最低最悪の公共サービス、毎月上がる物価、絶対に成功しそうにないビジネス環境、労働意欲のまるで無い従業員、などを目のあたりにし、筆者は「これはどうも目論見が外れたようだ!早く別の国に逃げよう!」と思って昨年秋から今春にかけてマレーシアとタイにそれぞれ一月ほど滞在してみたのだが、女房がもう外国に住むのは嫌だ!親戚達のそばにいたい!と言い張るので仕方なくフィリピンに戻ってきた経緯がある。

まあ筆者も女房が慣れない外国で一人ぼっちになるのは夫として偲びないし、タイのリタイアメントビザは50歳からだから一旦は女房の声に耳を貸して帰国に同意したのだ。それにまだフィリピンを十分見たとは言えないから、これから時間をかけていろんな土地を訪問してやろうと思った。特にバグットプットやパラワン島、パングラオのビーチリゾートに、呪術の島シキホール、ザンボアンガのイスラム地区、それとイロイロ市になんてのは是非とも訪問してみたい。そしてそこでも何も感じなかったらチェンマイに直行するだけだ思っている。



さて今回リクエストを受けたフィリピンの良い点に話を戻すと、巷でよく言われる自然の豊かさ、英語の普及度、フィリピン人のホスピタリティの高さ、南国特有の楽天的な性格、それと外国文化への適合力の高さ(これは今後別の機会に日記に書く予定)など、凡人である筆者も巷と同じように「これは大したものだ」と感じるが、もう一つ美徳というのを付け加えるならば、ありとあらゆるものを許容する懐の深さ(ある意味いい加減さ)がフィリピンの魅力のエッセンスになっていると思う。

いつも女のケツを追いかけてばかりいる叔父に借金を踏み倒し続ける叔母、それと精神分裂病のオジに盗人だらけの従兄弟の一家など、筆者の親戚にも困った人は結構いるが、彼らがみんなからが爪弾きにされるような事はない。それに年長者や娘が当人に面と向かって叱りはするが彼らの行動を無理やり矯正させるようなこともない。いい意味で(悪い意味かも?)個人主義というのが根付いているし、こういった「世の中色々あるけど共存して行こうや」という他人への寛容さはフィリピン人の美徳ではないかと思っている。

この懐の深さは外国人に対しても同じで、フィリピンにいたければどうぞご自由に!というビザ条件を国が設定しているため、自国に適合できないはみ出し者や韓国人がフィリピン中に居ついてしまう結果になった。しかし心優しいフィリピン人はこの手の困った連中にも居場所を作ってやり、目立った排斥運動も起こしていないのだから誠に見上げた博愛意識の持ち主だと尊敬してしまう。良くフィリピン人は阿保だとか野蛮だと叫んでいる方達は、自分がフィリピンの寛容さのお陰でフィリピンに居させて貰っている立場であることをわきまえなさい。

しかし・・この優しいフィリピン人たちも最初は優しい顔で外国人を家族として受け入れながらも、蛇が卵を飲み込むがごとく外国人の全てを収奪し、後は卵の殻をペッ!と吐き出すように夫を家から追い出す冷酷さを持ちあわせていることも知っておく必要がある。金の切れ目が縁の切れ目、涙顔でお前は新しい家族だと持ち上げられても、血族と外国人の婿とでは人間と犬くらい重要さが違うことを知っていないと後で痛い目に合う。そう・・このフィリピン人の二面性、有る意味での合理性というのも紛れもなくフィリピン人の 特徴なのだ。なので・・えーと・・んーと・・・。リクエストを頂いたHanepさん、やっぱりフィリピンの良い点ってあんまり無いんじゃないかなぁ・・。



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サラ・ヘロニモという優等生アイドル

先週の平日、ロビンソン・ギャレリアのシネマ部門に勤める従姉妹のアニーから映画のタダ券が有るので観に来ないとのお誘いを受けた。平日限定の券で親戚のみんなは勤めていて来れないから自由業のアンタら夫婦なら暇だろうと思ったのよ!というお節介なセリフを言った後、「それに今日はサラの新作が封切りの日だしね♥︎」と言外にアンタこの新作観たいでしょ!と匂わせているのだが、筆者は黙って素知らぬ顔だけしていた。

このサラというのはサラ・ヘロニモの事である。今さら言うまでも無くフィリピンでナンバーワンの歌姫であり、かつ大物女優であるサラのラブロマンス「May be this time」の公開日だったのだ。なるほどチケット売り場にはこの映画を見ようとする人達の行列が遥か向こうまで続いている。いやはやすごい人気である。筆者の視線に気付いたアニーは「アタシが座席を確保出来るから行列に並ぶ必要は無いわよ」と気を回してくれたが、これも要らぬお世話なのだ。何故なら筆者はサラ・ヘロニモという人物が好きでないからだ。



数年前に香港のケーブルテレビでサラを始めて見た時の第一印象は歌が巧いという事よりも「こいつは生徒会の会長をやってそうな女だな」だった。美人で品行方正で教師たちのお気に入り。体育や音楽、美術、英語に国語などの成績は常に上位にいるが、何よりも数学や理科の成績が抜群に良い頭脳明晰な女。全然勉強してなくても地域で一番の公立高校から旧帝大の理学部や医学部、少なくとも早稲田の理工学部か筑波くらい(間違っても慶応や上智、立教、青学などチャラ系では無い)に進んで、在学中はESSや英語ディベート部で活躍。6年間真面目に勉強して教授に研究室に残るよう説得されるが修士課程で学業終了。超一流企業の研究所に配属された後は夫と子供と友人に恵まれ、市役所の無料法律相談所や生活保護相談窓口よりも、銀行や証券会社の2階個室の常連で投資信託の説明を聞いていそうなタイプである。

一方筆者は小学生から物を壊したりスカートめくりに熱中するクソガキであり、大概クラスに一人はいるサラ・ヘロニモみたいな学級委員の女から「やめなさいよー!」と注意を受けたり、担任にチクられてビンタの憂き目に遭わされていたのだ。高校は男子校で大学は男ばっかりで文系だったからサラみたいな女には滅多にお目にかからなかったが、就職するや研究開発部や特許調査部にこのタイプの女がウジャウジャいて新製品開発会議の場では随分やり込められた苦い思い出が有る。そう・・筆者が一番縁遠くて嫌いな女を体現しているのがサラ・ヘロニモ型種族なのだ。

「サラはね!厳格な父親に育てられたからセックス・スキャンダルが全く無いの!」と我が家の女性陣はさぞ立派なことの様に言うが、スキャンダルが無い女優なんて何の存在理由が有るんだろうと筆者は思ってしまう。だいたいアソコの毛もろくに生えて無さそうな女がラブロマンスに主演? 青い山脈とか50年代のヘップバーンじゃ有るまいし、今時そんなNHKの青春ドラマみたいな映画を金を払って観るなんて(本当はタダだけど)冗談もほどほどに言え・・なのだ。



「じゃあ真ん中の通路沿いの席でいいわね♥︎」とカウンターに向かうアニーをWAIT!と言って引き止めた。「実は観たい映画が有るんだよ。それにサラの映画だとタガログ語は分からんし」と言うと、アニーは「そうなの・・」とちょっと残念そうな顔をして「じゃあ観たい映画って何?その券を用意するから」と聞いてきた。えっ? しまった・・全然考えて無いや・・参ったな・・えーと・えーと・・。その時ここで上映されている映画の一枚のポスターが目に入った。「X-MEN!俺このシリーズ大好きなんだ!これを観たかったんだよ!」。

そして2時間後・・・。このX-MENという映画が子供染みていて実に退屈極まりない作品であった事は言うまでもない。しかしサラ・ヘロニモの新作映画を観るよりはまだマシだったと思っている。さてサラ!歌でも演技でもあっという間にトップを獲ったキミは現在は映画監督を目指している様だから、テレビも映画出演もこの歳キッパリと止めて、映画学科の名門ニューヨーク大学かUCLAに留学したらどうだろう。何でもかんでも器用にこなしてしまうキミならハリウッドでもソフィア・コッポラくらいには成功するに違いない。それでそのままフィリピンには帰ってくんなよ!




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リサイクルショップの怖い話

今から10年以上前に日本の田舎町で無聊を囲っていた時のことである。筆者の住むアパートの目の前には小さなリサイクルショップがあって、週末になると筆者はこの店を覗きに行っていた。まだ充分新しいテレビやオーディオが1万5千円とかとにかく安いからである。その店のアルバイトのねーちゃんの話だと、近くにある大学の学生たちが卒業時期に家財を一斉に売っぱらうので春先は値崩れを起こすのだそうだ。だけど春には新入生が来るから需要も増えるじゃないか?と聞くと、ねーちゃんは陽気な感じで「最近の学生さんはアンタらサラリーマンと違って新品しか買わないのよ!」と要らぬことを言った。

ある日会社の年配の同僚を誘ってこのリサイクルショップへ行くと、ちょうどアルバイトのねーちゃんが大振りのソファを手拭いで綺麗にしている処だった。オレンジ色の革張りの立派なソファで、美的センスが無い筆者でも一目で高級品だと分かる。「このソファは幾らなの?」と同僚が聞くと、ねーちゃんは不思議なことに同僚では無く筆者の方を見て「アンタが買うの?」と聞いてくる。いやいや・・違うよ、キミに聞いてるのはこの人だから買うのもこの人だよ!と同僚を指差すと、このねーちゃんは暫らく黙った後で「先約があるので売れないのよ」と言った。

その後も何度かリサイクルショップを訪問したが、おかしな事にこのオレンジ色のソファは床にドーンと置かれたままだった。まあ筆者はこのソファを買う気はなかったのでねーちゃんには何も聞かなかったのだが、一緒に店に行った同僚にソファが未だに店にあった事を言うと、この同僚はその日のうちに自分の奥さんを店に送り込み、このソファをなんと2万円で購入した。「息子が2階に自分の部屋を構えたんで、このソファをあげようと思ってね。あのオレンジ色が部屋の青い壁紙とマッチするんだよ」と同僚は思わぬメッケモノに喜んでいた。


ところが一月ほどしてから同僚が「あのソファは何かおかしいんだ」と言い出した。なんでもソファの上で眠ると嫌な夢を見るのだという。それも一度や二度ではなく 毎回必ず見るために息子が気味悪がって「お父さん!この椅子返してきて」と言い出したそうだ。せっかく自分が買ったものを返せとは!と息子に憤慨した同僚はしぶしぶ居間のソファと交換してやり、さっそく自分でもオレンジ色のソファで眠りについてみたところ、真っ暗な闇の向こうから何十人もの人の顔が自分に襲いかかってくる夢を見てすっかりうなされてしまい、急に息子の言い分を信じるようになった。

そして同僚の細君も昼間にうたた寝した際に、真っ暗な闇の中を後ろからウーウーという不気味な声に追いかけられて逃げる夢をみたため、このソファには変なものが憑いているに違いない!と家族全員が断定し、リサイクルショップに返品に行くことにしたというのだ。ついてはこの店の馴染みである筆者に同行しろ!と用件を切り出してきた。要するに払った2万円を全額回収したいから筆者に代わりに交渉してくれというのである。購入したのは奥さんなんだから俺はお門違いだろうが・・。

アルバイトのねーちゃんにソファを返品したいと切り出すと、このねーちゃんは何か考え事が有る様な表情をして暫らく沈黙した後「店主を呼んできます」とだけ言って2階の事務所に上って行った。そして待つことたったの1分。ハゲ頭の店主は階段を降りて来て筆者の前に来るや「分かりました。では2万円お返しします」と言って手に持っていた現金を差し出した。買ってから1ヶ月も経ってたし半値くらいに値切られるかなと思ってたのに実に呆気ない。それに不思議な事になぜ返品するのか理由を聞いてこないのだ・・。


側で様子を伺っていた同僚が我慢できずに「このソファはなんなの?どこで仕入れてきたんだ?」といささか感情的に喋り出したが、店主は「うちの店は全部東京の商社から仕入れてるんですよ。ハハハ。」とぎこちなく笑うだけで同僚の話に取り合わない。そして軽トラックに積んであったソファをアルバイトのねーちゃんと二人で店内に搬送すると、どうもご足労様でした、今後ともよろしくお願いします・・と言ってドアをバタンと閉めてしまった。

筆者はその後も定期的にリサイクルショップに行っていたのだが、このオレンジ色のソファはもうどこにも置いていなかった。それでアルバイトのねーちゃんにソファの行方を聞いたところ、いつもはガラッパチで陽気なのに急に深刻な表情となり「取引のある別の町のショップに転売した」と言って、無理やり話題を変えようとする。その時筆者はあのオレンジ色のソファが普通の品物で無いことが直感で分かった。殺人?自殺?という言葉が頭に浮かぶ。そう言えば今から2ヶ月前に近くの歯科大に通う学生がガス自殺したね。それとレンタルビデオ屋の店長が何者かに刺し殺された事件があったっけ・・と呟いたのだが、しかしねーちゃんは顔を強ばらせて黙っているだけだった。

数年後に香港で日本人から来た顧客と話していた時に呆気なく答えが出た。この人は中古品の宝飾品やスイス製の腕時計を扱っているバッタ屋の元締めなのだが、殺人や自殺現場に置いてある被害者の所有物の内、宝飾品など細々した品は遺族が形見として貰っておくケースが多いが、家電製品や家具はかさ張るため業者に処分を依頼するケースがほとんどだという。そしてこの業者たちは商売だから売れるものは当然転売するので、全国のリサイクルショップには曰く付きの品が堂々と並んでいると言うのだ。

ということは・・あのオレンジ色のソファも多分自殺案件・・というよりももっと踏み込んで、あのソファの上で誰かが息絶えたのではないか・・と筆者は今でも思っている。それ以来筆者は由来の分からない中古品を買うのは止めた。


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