ジキルとハイドのような映画監督

先日筆者の大学時代の後輩A君が卒業後20年以上にも渡って自主映画を制作し続けていることを日記に書いた。筆者が全く興味の無いオタクの世界を描くアマチュア日曜監督とは言え、脚本から編集、更にはDVDへの焼き付けからコミケとネットでの販売まで全部一人でこなしているのだから並の人間ではここまで情熱が続かないだろう。作品の質は別にしてもAの映画への愛情にすっかり感動した筆者は早速Aに励ましのメールを送ったところ、その日のうちに返事が来て「今はアニメ制作の勉強中なんですよ」と書いてあるのを見て、いやはやAの飽くなき創作意欲に尊敬の念さえ感じてしまった。

さて同じ映画サークルに属していた後輩のN君から「ちょっとお話ししたい事が・・」とフェースブックのメッセージが来た。つい先日Aの活躍をお互い讃えあったばかりだから用件はAの事に決まってる。それで筆者から先に「あいつ今度はアニメもやる気らしいぞ!」と書いたのだが、このNは「どうもAの事をあんまり感心しない方が良いかもしれません」と冷水を浴びせる様な書いてきた。ん・・どういうこと?ひょっとして実は映画は作って無かったとでも言うのか?と返すと、「いえいえ、映画は確かに作ってるんでしょうが、問題はAの頭の中の事でして・・」と気になる言葉で始まる長文を打ってきた。


後輩Nが調べたところでは、Aは映画評論家の町山智浩や漫画家の竹熊健太郎、と学会の有名幹事に数人の著名人とツイッターで毎日の様に激しく言い争っていて、それを見た外野の一般人から2チャンネルでスレッドまで建てられて激しくバッシングされているというのだ。だけど単なるアマチュア監督(というより市井の人)がどうやってそれら有名人達に相手にされるのか?と不思議に思い、N君がツイッターの履歴を遡っていったところ、2つの異常な点がだんだん見えてきたという。

「どうもAの頭の中では自分が相手と対等な立場にいる著名な表現者だと思い込んでるみたいなんですよ。それと評論家たちへの攻撃というのが実に粘着的かつ執拗で、相手を屈服させるまで四六時中続けているんです」。この文を読んだ時に25年前のAの姿が頭に浮かんだ。サークルのメンバーが音を上げるまで持論を展開して自分の正しさを認めさせる独善性と激しい思い込み。確かにその素地は充分あったな・・。そうか・・この20年間Aを突き動かしていたのは映画への情熱と言うよりも奴の「ズレ」が広がって行ったからというのが正しい表現なんだ。

さてAからのメールを見ると「○○先輩!日本に来られた際には是非ともお会いしたい。なんとか都合をつけていただいて一緒に呑みましょう!」と書いてあった。この人懐こさも紛れも無く筆者のよく知ってるAの一面なのである。だけどこのAが方々で悶着を起こしてるだと・・本当かよ・・? しかしNの次の言葉が決定打になった。「Aの名前で東京都知事に凄い文書が出てるんですよ。自分ら芸術家の創作活動を支援しないならお前に天誅を下すって。しかも右翼団体の代表という肩書でして。団体の名前は大日本・・・」。筆者はすぐにAから来た返事を消去した。

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黒魔術で発狂した男

今朝早く義妹から女房に電話がかかってきた。昨日は祖母の遺産をどう分けるか話し合うために6人の子供(四男二女)もしくは代理人が集まったが、思わぬハプニングから予想外の事態になってしまったらしいことは何と無く聞いていた。どうやらその件の詳細な報告らしい。長い事話し込む女房。2時間後にやっと女房が電話を終えると、筆者の方を向いて何が起こったのか堰を切った様に喋くり始めた。

昨晩打ち合わせ会場である長女の家(元々は祖母の家で同居していた)へ代表者たちが集まると、なんとそこにはクワクワという霊媒師の老女がいたという。これから祖母の霊でも降ろして遺言でもさせるのかな・・と皆は思ったらしいが、そこへ葬儀以降に頭が狂って軟禁されていた長女の婿(通称ミレットの父、60歳)が現れて「この家の中を黒い煙が歩いているのを見たので霊媒師を呼んだんだ!」と本来の趣旨とは全然関係無いことを言い出したらしい。


黒い煙がいるのはお前の頭の中だろう・・と全員が思ったが、霊媒師が既に妙なおまじないを始めてしまったので全員が仕方なく黙って成り行きを伺っていると「この家は邪念に満ちている」と言い出したらしい。そりゃそうだ・・それは間違い無くこの婿の存在そのものだよ・・、だいたいこの婿の分裂症が原因で婆さんは死ぬ1ヶ月前に次男の家に逃げたんだからな・・と全員なぜか霊媒師の診断に納得していると、この霊媒師は突然長女(56歳)の方に向きを変えて「邪悪な霊は代理人を使って貴女に薬を与えて殺そうとしています。その薬を今すぐに全て捨ててしまいなさい!」と叫んだそうだ。

この長女、糖尿病からくる脳卒中で数年前に倒れて半身に麻痺が残っている状態なのだ。そこで薬学部卒業の長女の娘ミレットが薬を選んで与えていたというのに・・。この霊媒師はよりによって実の娘ミレットが母殺しに加担していると言いだした。ところが長女の婿(ミレットの父)は霊媒師の言葉を本当に信じたらしく、棚に置いてあった薬品箱を開けると中身を床にぶちまけて踏み躙り始めたらしい。それを止めに入る次男(義父)と四男と二女の婿(香港人)。ところが長女の婿は逆ギレして辺りの物を派手に壊し始めたため、近所中にガシャ〜ン!ドカッ!ズシンッ!パリ〜ン!という音が響き渡った。


異変を察知した義弟や義妹にミレット、そして近所中の人が家に駆けつけたが、そこで見たのは3人の男に羽交い締めにされた長女の婿(ミレットの父)の姿であった。どうしたんだ!早く病院に連れて行け!と怒号が飛び交う中、一人だけ冷静だった霊媒師が突然その場に現れた一人の女性を指差して「この男(長女の婿)の頭を狂わせているのは、この女がマンククーラム(魔女の一種)を使って呪い殺そうとしているからだ!」と叫んだらしい。その女とは隣の家に住む三男の息子ボンギンの妻であるデリア(40歳)である。

「この霊媒師の言葉を聞いた時に、そこにいた人達は全員これは本当に違いない!って思って静かになっちゃたんだって」。何故ならボンギン・デリア夫妻は祖母の土地(長女一家が住んでいる庭先)に勝手に家を建てて長女一家とは長年に渡って「出て行け!」「お前こそミンドロに帰れ!」と争っていたし、だいたいこの一家は全員盗癖が有るロクデナシだから、呪いをかけるくらいなら全然不思議じゃ無いと言うのだ。まあそれはいいけど、じゃあ謎の黒い霧とミレットの親殺し疑惑も全員信じたってことか・・?


「それで結局その場にいた人は、このままじゃ埒が明かないから翌日バランガイ・キャプテン(町内会長)に話を持って行って解決してもらおう!って事になったのよ」と女房は言った。フィリピンで揉め事が起これば警察の前に町内会に仲裁してもらうのが常で有る。それで筆者は遺産分配を仲裁してもらうのかと思っていたのだが、そうではなくて長女の家に住む邪悪な霊とミレットの親殺し疑惑、そしてマンククーラムの呪いを解決してもらうのだと聞いて唖然としてしまった。

持ち込まれた町内会長にとってはさぞかし迷惑な話と思うが(筆者なら即門前払いである)、これは一族にとって重要な案件なので十分吟味の上で公平な解決策をご教授ください。なお下手すると貴方もマンククーラムの呪いをかけられる恐れが有りますので、馴染みの教会の司祭に事前にお守りの儀式を執り行ってもらうことをお勧めします。


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なんで未だに日本米が無えんだ!

本日朝一番に仕事でオルティガスに行ったついでにSMメガモールに立ち寄る事にした。目的は日本米を買うためである。先日の日記に書いた通り、フィリピンでは密輸米の取り締まり強化というのが2月から始まり、筆者がタイ・ベトナム旅行から帰ってきた直後の4月中旬には街中から日本米が一粒残らず消えていて、この時は正直参ってしまったのだ。

さてあれから1ヶ月半が経過したので、もう店には日本米が積んであるだろうと思い、朝10時の開店とともに意気揚々と米売り場に向かったのだが、そこで見た物は・・全部フィリピン産の米だった。それでそこら辺で遊んでいるSMの店員をとっ捕まえて「日本米を早く倉庫から持って来てくれ」と頼んだ処、その店員は悲しそうな目をして「日本米の入荷が有りませんので販売できません」と呟いた。


ぬわぁにぃ〜っ!未だに状況は改善しとらんのかぁ〜っ!と店員に八つ当たりしてしまったが、その気の毒な兄ちゃんは首を振るばかり。それでロビンソン・ギャレリアなら有るだろうと思って暑い中を歩いて行ったが、ここにも日本米は一粒もありはしなかった。このフィリピン税関のアホどもめ・・。いつまでノロノロと検品してやがんだ・・。この薄らボケ!税金泥棒!

ただし幸運な事に筆者はソウルに社員旅行に行った従兄弟ラフィーから韓国米を10キロ、香港から葬儀に駆けつけて来た叔父夫妻からコシヒカリを6キロ運んできて貰ったので、ここ2〜3ヶ月は米に困る事は無いのだが、この米不足が今後も慢性的に続く場合は香港の叔父から毎月送って貰わなければならないのが面倒である。さてさて、この米不足は解消されるのか?また解消されたら元の価格にもどるのか?どうなるんだろう?


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自称映画監督の後輩と変節者たち

大学の後輩のフェイスブックのタグに「これAじゃないですか?」という書き込みと共に「自主制作映画監督◯◯の・・」というタイトルのブログが添付されているのを見てビックリしてしまった。このAというのはサークルの2年後輩で、もう20年以上も音信が途絶えていた男である。そしてこのブログのタイトルを見たときに「Aはまだ映画を作ってたのか・・」という言葉が脳裏に浮かんだ。

筆者が属していたが映画サークルには常時40人ほど部員がいて、毎日サークル棟雑居房にある小汚いスペースに集まっては名画を批評したり、御茶ノ水にある映画センターから借りてきた16ミリフィルムの名画を校内で上映したり(ビデオデッキがまだ普及していない時代だったので評判が良かった)、自主映画を制作したりと映画に関する事は何でもやる団体であり、Aはその中でも自主制作に情熱を傾けていたのだが、彼はその異端の趣味と幾ら叩かれてもヘコタレない強靭な精神力が故にサークル内では特異な存在感を放っていたのである。

後に一般化した用語で言うならAは徹底的なオタクであった。アニメや怪獣映画、特撮系SFに関しては他の追随を許さないほど並外れた知識を持ち、さらに一度語り出したら聞いてる人間が逃げ出すしか話を終わらせる方法が無くなるほどの深〜い思い入れを持ち合わせていたため、ゴダールやフェリーニ、キューブリックなど玄人向け監督が好きなサークルの多数派にとってはAは1ミリたりとも重なる処が無かったので有る。そして当然ながらAが制作したマニアックな自主映画は賞賛どころか最後まで鑑賞する人間は一人もいなかった事は言うまでもない。

ただし断っておくがAは村八分になっていたのではなく、サークルではむしろ人気者の方だった。それに妙に人懐こい処が有るから仲間も多く(筆者も良く呑みに行った)、その人脈と熱意を活かして卒業後はテレビ制作会社やアニメのプロダクションの方面に進むと誰もが思っていたのだが、Aはその余りにも思い込みの強い口調が災いして面接で落とされたのか、それとも今のマスコミには俺が活躍出来る場所は無い!と断定したのか、なんとAのイメージからは一番遠い銀行(それも信託銀行)に就職した。


さてAのブログには彼が撮ったらしい自分の作品名(一応DVD化されている)とスチール写真がはめ込んであったので早速youtubeで検索したところ、作品の予告編というのがA本人の名でアップされていた。それで意を決して鑑賞してみたのだが、その1分ほどの予告編にはちょっと言葉にするのも憚れる様なA独特の世界観で満たされていて(美少女戦隊ナントカという風味)、その余りの衝撃に筆者は深い疲労感に覆われてしまった。。これはついていけない・・。Aが学生時代に撮った8ミリ作品の方がまだ社会性があるんじゃ無いだろうか・・。

それでAのブログと映画の予告編をサークルの仲間達に知らせた処、オンライン中の数人の後輩から大きなどよめきと共に、「まさか!」「うげ〜!」「凄すぎる!」といったAへの驚嘆の言葉が溢れ出して来たが、時間を経るに従って彼らの反応は筆者の予想と裏腹にAに肯定的になって行った。「俺は映画という手段を使って自分を表現して行くんだ!」と夢を語っていた男たち。しかし映画じゃ食えないという現実にぶち当たってしまい、有る者はテレビ局に入り、郷里に帰って広告屋になり、そして海外に出て行くなどそれぞれが自分の人生に折り合いをつけてきたのである。

そこへ昔と変わらず自分の世界をフィルムに落とし込んでいるAの姿が突然現れ(儲かってるかどうかは別次元である)、かつての映画青年達は自分の変節を少しばかり悔いたのだ。「あいつは大した奴だよ」「どんなに酷評されたって挫けずに自分のやりたい事をしてるんだから」「あいつはずっと昔の情熱を持ち続けていたんだ」。それを聞いて筆者もAの事を面白おかしく伝えてやろうと思っていた自分を恥じた。そうだよな・・批判や批評するよりも何かを創る事の方がずっと価値が有るんだから。

さて本来はここでAの本名や作品名を書いて筆者もささやかな応援をしたいところだが、現在Aは何やら騒動を引き起こしたらしく、2チャンネルに実名でスレッドを建てられてバッシングされている最中なので止むを得ずAという匿名にした。さてAよ!学生時代は君の事を散々からかいのネタにしてきたが、それでも自分の映画の趣味を誇り高く吹聴していた姿には正直俺も内心タジタジだったのだ。お前はやっぱ本当の映画バガ、本物のオタクキチガイだよ。日本のエド・ウッド目指して頑張れよ!


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駐在員のちょっと怖い話

バンコクで大学時代の後輩M君と食事をしていた時に彼が以前勤めていた会社の裏話を聞いて驚いてしまった。このM君は数年前に転職し今は大手コンサルティング会社の駐在員となったが、以前は大阪に本社を置くUという金属関連の会社の社員であった。この会社は非上場企業で売上も1000億円未満と大手とは言えないが、この会社にしか無い独自の技術が幾つもあって、トヨタやホンダなど有名企業からも重宝されている知られざる優良企業なのである。

文学部出身ながら技術部に配属され、数年間の徹底した現場教育を受けたM君は20代後半でU社の最重要拠点であるタイ工場にマネージャーとして派遣、そこで日本人のT工場長に仕える身となった。このT工場長はU社でも一二を争う優秀な男で、M君は彼からみっちりと仕事を仕込まれたが、一方会社の金を使ってゴルフと夜の遊びの方も仕事以上に熱心に教育してくれたため、M君はこの男を人生の師匠として大変慕っていたそうである。

さてタイの爛れた生活にすっかり浸り切った数年後、M君は工場の管理業務も任される様になり早速帳簿を開いてみたところ、幾つか不審な点を発見したそうである。異常な安値で取引している実態不明の代理店に、意味不明のサービス契約先、それにこれも実態不明の人材派遣業社への特別報酬など。それでこの事をT工場長に確認しに行くと「本社の財務担当役員の命令」とか「税金逃れの為の仕掛け」などと苦しい説明した後、これは脱税に関わる事だから、この件に触れるとお前は日本に戻されるぞ!と凄い剣幕で恫喝されたらしい。


当時M君は付き合い始めたばかりのタイ人の彼女がいたので日本に帰る訳にも行かず、結局長い物には巻かれろと言うことでこの怪しげな取引については口を閉ざす事になったのだが、それから1ヶ月後に本社から突然経理と営業を担当するマネージャーがタイに派遣されたためM君は元の技術マネージャーに戻ってしまった。そしてかつてM君がご教授を受けたとおり、この新しい経理マネージャーにもT工場長直伝の夜の教育が施されてすっかり骨抜き状態になり、短期間で愛人数人を抱えて会社に出社するのは昼過ぎと言う風にまで堕落しきってしまったそうだ。

さてある日取引先の日本人と飲んでいたM君は「あんたの会社はT工場長に私物化されているぞ!」と警告を受けたらしい。その取引先はT工場長に別の代理店から買う様に言われたというのだ。しかもそっちの方がはるかに安いと言う。それでM君は色んな伝手を使って工場の周辺を調べてみたところ、驚くことに出血価格の取引先や謎のサービス契約先、さらにはM君ら駐在員全員が住んでいるコンドは全て一人の男の持ち物で、その男はT工場長の愛人Pの弟で有ることが分かった。工場設立以来、年間数千万円の金がT工場長から愛人Pの一家へと流れていたのである。

当然M君はT工場長に事実を問い質したが、堕落しきった経理課長と組んで証拠隠滅を図った上にM君を私生活のことで恫喝。それでM君は証拠を取り揃えて大阪の本社へと出向いて部課長達を前にT工場長を告発したが、出席した全員が「あのT工場長が不正なんかするはず無い!」と一喝された上に、無断欠勤(T工場長が出張どころか休暇すら許可しない為、日曜フライトで飛んで月曜にプレゼンした)を咎められ、その場でタイ赴任の終了と日本国内の閑職への左遷を言い渡されてしまった。


しかしココまでは良く有る話である。それで筆者は「Tという男は蔦が木に絡まって木の養分を吸い取っている様なもんだね。」と冗談を言ったら、M君は深刻な表情で「絡まったのは会社だけじゃ無かったんですよ」と言った。えっ?どういう事?と問うと、T工場長はタイに派遣されて来た定年直前の技術者を巧く丸め込んで自分の愛人Pと紙の上だけで結婚させてしまい(愛人Pの子も養子縁組した)、しかもその日本人は結婚後1年も経たないうちにタイで不審死してしまったと言うのだ。

「愛人Pはその爺さんの遺産はおろか生命保険から遺族年金まで手にしたんですよ」と苦々しく言うM君。その時M君はすでにU社を辞めていたので死因に関して元同僚から伝え聞いた処ではどうも自殺だったらしい。「ところがですよ・・U社はこの件でT工場長を罰するどころか、しばらくして日本に呼び寄せると何と専務にまで昇格させたんですから、もう完全に腐りきってますよ!」と痩せこけた頬を引きつらせて笑うM君。だけど死んだのは一人だけだろ・・偶然じゃないか?と筆者が言うと、「今のところは一人ですけど、あと二人の日本人が愛人Pの親戚筋と結婚してるんです」と意味ありげに笑った。

現在は骨抜きにされた経理マネージャーが工場長に昇格しているが、今でもT専務がタイ工場の全てを握っているため、今後もTと愛人Pはやりたい放題 のようだ。しかしながら不正はともかく未婚の日本人を結婚させて何もかも毟り取るとは毒蜘蛛の巣の様な会社である。「最近は自動車メーカーからの受注が増えてTの懐も随分膨らんでるみたいでして・・おまけに人が足りないので年配の技術者を契約社員として何人か雇ってタイ工場に送り込む計画のようですよ」だと・・。蜘蛛の巣に引っかかって頭からガブリかよ・・。Uの社員のオジさんたち、くれぐれもタイでは夜道にお気をつけあそばせ。


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ニセ分裂病患者に戦いを挑む叔母

ザンバレスの旅から帰って来た女房が開口一番「ルーシー叔母さんはしばらくフィリピンに留まる気みたいよ!」と言った。しばらくって言ったって、フィリピン国籍のルーシー叔母はいいかもしれないけど、旦那のユン叔父は旧英国領香港政府発行のパスポートで入国したから入国時1週間滞在可能、延長は各回2週間のみという面倒なビザの問題があるだろうが・・と思ったが、女房は続けて「例の土地の相続解決するまでフィリピンにいる気なんだって」と何故か楽しそうに言った。

以前の日記に書いたが、祖母は生前に自分の土地は一番仕送りしてくれた末娘のルーシーに相続させる・・と口頭で遺言していたのだが、今現在この土地には祖母の面倒を見ていた長女リリーの一家と祖母の四男の一家、孫ボンギン一家の3世帯が住んでいて(しかも2家族はルーシー叔母の同意を得てない不法占拠である)、誰が見てもルーシー叔母への土地の相続は一筋縄では行きそうに無い状態なのだ。

それにリリーは数年前に脳溢血で半身に麻痺が残り、リリーの夫(通称ミレットの父親)は精神分裂病という最強の弱者カードを2枚も持ってるから、たとえ裁判に勝ったとしても強制退去の段階では香港で優雅に暮らしているルーシー叔母に勝ち目が有る訳が無い。「だいいちルーシー叔母はあんな田舎の土地を貰っても仕方ないんじゃ無いか?」と言ったところ、女房は「いやカードは1枚だけみたいなのよ」と筆者の質問の趣旨から外れた変なことを言い出した。

ルーシー叔母が今回親族16人を招待して旅に出た理由は、相続会議の前に自分の味方を一人でも多く作っておく為と、リリーの夫(ミレットの父親)の頭の具合の真偽を聞き出すためだったらしい。そして一人一人からミレットの父親の普段の言動を聞き取り調査した結果、どうもあれは仮病なのではないか?との思いを強くしたと言うのである。

「ルーシーから送金をカットされたり、土地の所有権の話をしようとする時だけ頭がおかしくなってたのよ!これって誰が見ても演技でしょ!」とプンプン怒る女房。そして筆者の脳裏には、ルーシーはいずれ香港に帰るから、それまでは狂った振りをしてれば今回もバックれられるんだ・・ククク・・と微笑むミレットの父親の姿が浮かんだ。なるほど・・京都人のようにふてぶてしいあの男ならやりそうな事である。

「ルーシー叔母さんが半年でも1年でもフィリピンに居る限り、ミレットの父親が狂ったフリをずっと続けなきゃいけないでしょ。そんなのいずれ音を上げるに決まってるし、もしも本当に気が狂っちゃっても、本人が今までそういう風に振舞ってたんだから別に構わないじゃないかって考えなのよ!」という女房の話を聞いて思わず笑ってしまった。檻の中の珍獣見物・・一人の悪党を本物の狂人に追い込む・・。なんか楽しそうである!それなら筆者も定期的に田舎と精神病院を監視しに行こう!


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ナポレス女史が入院中にセッ○ス疑惑

左足の親指を痛めて歩行困難になってしまっため自宅に篭り切りの生活になってしまった。まあ怪我のお陰で香港の叔父叔母主催のラユニオン旅行をバックれる事が出来たのは好都合だが、女房や義妹に姪の3人は運悪く叔父一行に捕まったため、現在我が家に居るのは筆者と家政婦だけになってしまった。

さて階下でテレビを見ているとニュースキャスターが「ナポレス!」「セックス イン ホスピタル!」とか声高に言っているのが聞こえた。はて?ポークバレル疑獄の主役であるジャネット・ナポレス女史は公聴会で洗いざらい真実をぶちまけた後、子宮筋腫?の手術でマカティの病院に入院中のはずである。

タガログ語のニュースであったので内容は良く分からなかったが、どうやらナポレス女史はアソコからの出血が止まらなくなってしまったが、医者は女史が病院内で誰かとセックスしたに違いないと断定した様である。病院で・?子宮筋腫なのに・?。一方女史の弁護士はセックス疑惑を否定、さて真実はどちらだ?というセリフでニュースは締めくくられていた。


娘のジーン・ナポレスならともかく、ガマガエルの様な50代のナポレス女史が病院で男と一発やったなど想像したくも無いが、さすが金への執着力はフィリピン随一のナポレス女史、あっちの方の欲望の強さも野獣か昆虫並みの様である。さぞかし若い男のチ○ポを何本も貪り食ったに違いない。やがてグロ専門のAV業者もビックリの絵が頭に浮かんで気分が悪くなって来た。

さて気分転換にコーラでも飲もうと冷蔵庫の方を振り返ると家政婦のラセルがなんだか嬉しそうな表情を浮かべてテレビ画面を見ているのが見えた(このオバちゃんは実は好き物なのである)。そしてコーラの大瓶とグラスを手にした筆者の方を振り向くやネットリした目をしてニヤリと笑った・・・。

悪寒を感じた筆者は足の痛みを我慢して一気に二階へと駆け上がりドアにロックをかけた。女は灰になるまで・・という諺もある位だからナポレス女史と違って金に縁のないラセルでも油断がならない・・。発情した家政婦に強姦されない様に今夜は籠城しなければ・・。女房よ!早く帰って来てくれ!


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真夏のちょっと怖い話

暑さで火照った体を怖い話でひんやりと冷やすのが日本の夏の風物詩、ここフィリピンも残暑がきびしく全国民がへとへとになっているので、今日は筆者が最近聞いたちょっと怖い話について書いてみたい。

祖母の葬儀にセブから来た従姉妹マウリーンと話していると「アタシの近所に日本人が住んでいてね・・」という話が始まった。何でも60代の日本人男性と25歳のセブ女の新婚夫婦が越して来て、旦那は500万ペソかけてマウリーンの住むサブディビジョン内に家を新築したばかりだそうだ。「へー・・そんな若い奥さんを貰うなんて羨ましい男だね」と笑って言うと、マウリーンはちょっと考えてから「そうでも無いのよ・・それにね、ちょっと変な事があるの」と言って顔を歪めた。

「日本人の旦那の方は今から子供を作るんだ!とそりゃ毎日嬉しそうにしているんだけど、奥さんは旦那が病院に行ってる間はいつもフィリピン人の男を家に引っ張り込んでいるのよ」とマウリーンは言う。それじゃ産まれた子の父親はどっちの子か分からんじゃないか?と言い返すと、マウリーンは呆れた感じで、違うのよ!奥さんはハナから日本人の旦那の子なんて産む気が無いのよ!日本人の旦那を騙くらかして愛人との間に出来た子を日本の籍に入れる気なの!と言った。

金の為に結婚しただけで愛は別物か・・喜んでる日本人の男には気の毒だがまあ良くある話だね・・と筆者が言うと、マウリーンは「問題はそれだけじゃ無いの・・」と言う。つい先日バレーボール大会の事前打ち合わせの後でセブ本島の随分遠くにある地区から来た幹事達がマウリーンの家に泊まったのだが、一人の幹事が日本人と結婚した奥さんを見かけて「あの娘はここにいたんだわ・・」と驚いていたらしい。なんでも若い奥さんは幹事と同じ町の出身だと言うのだが、奇妙なのは幹事が言っている奥さんの名前と年齢がマウリーンの理解と一致しないのだそうだ。


「他人の空似じゃないの?って言ったんだけど、その幹事は絶対に間違い無い!あの娘は○○○だ!って言い張るのよ。それに一つだけ変な共通点があるの・・。その幹事が言うにはあの子は前にも日本人の年寄りと結婚していたんだけど、その日本人は家と子供を作った後に持病の腎臓病が急に悪くなって死んじゃったんだって。それを聞いたときにアタシもその奥さんと同一人物だって直ぐにわかったのよ!そうなの・・ウチの近所に住んでる日本人も腎臓病を患ってるのよ・・」と言うとマウリーンは口をつぐんでしまった。

マウリーンの話は、どうやって戸籍を誤魔化すのか?とか、有象無象いる親戚全員の口を封じるのはいくら何でも難しいんじゃないか?など幾つもピースが欠けていてそのまま全てを信じる訳にはいかないが、一方筆者の親戚にもこういうカマキリの様な女がいて自分の旦那を自殺に追い込んだ事例があるから全くのウソだとは思えない。それに日本と違って底無しの貧乏人がフィリピンには星の数ほど居るので、家族総出で外国から来たカモを始末するなんて事も充分あり得そうな話である。

さて現在セブにいて、60代で腎臓病を患っている新婚の日本人の方。どうやら奥さんは着々と外堀を埋め始めているので、この日記を読んでも奥さんを問い詰めたりはせずに、今すぐ黙ってマクタンの空港から第三国に飛び立ってフィリピンと永遠にオサラバすることをお勧めします。それとフィリピンを離れてから1ヶ月後に健康診断をしてみてください。おそらく腎臓に関する数値が飛躍的に良くなっているはずですよ。


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タイのクーデターで発せられつつあるトンチンカンな命令

混迷を極める政争を収拾する為、ついにタイ陸軍がクーデターを起こして全権を掌握、タイ全土に夜間外出令が発動されたとのニュースに、思わずタイ在住の友人達に(迷惑とは思うが)野次馬的な連絡をとることにした。この連中は去年台風ヨランダがフィリピンに大損害を与え時には散々「大丈夫ですか?」と筆者に聞いて来たのだから、今回は言わばお返しである。

パタヤ在住の遊び人の友人が「ゴーゴーバーは今日はお休みになっちゃいました」で始まる風俗店営業情報を詳しく説明してくれたのとは対照的に、その他の友人達は「今帰宅途中だから後にしろ」「テレビの全チャンネルが放送中止になってしまったので情報が無いんだ」「明日の営業スケジュール調整で忙しい」とにべも無い。畜生・・友達甲斐の無い奴らである・・。

しかしプラチンブリという田舎の工業団地でぐうたらサラリーマンをやってるH君はどうやらヒマらしく、嫌がらずに筆者の相手をしてくれたのだが、彼から「皇太子命令でガソリンスタンドの営業を停止させようとしている」という話を聞いた時には我が耳を疑ってしまった。驚いたのは車が動かなくなることでは無く皇太子命令というところである。国王を飛ばして皇太子が命令・・?しかもガソリンスタンドなんてチンケな事を・・・?

「なんか変でしょ?この命令」と笑うしH君。確かにいくつもの違和感を感じてしまった。そんなのは政権を奪取した軍が命令すればいいだけなのに、皇太子がわざわざ出てくるということは、2つの事、つまり国王は体力的でなく「政治的」にも命令を発したり皇太子の発言を叱りつける状態に無いことと、そして皇太子は全国民が危惧していたとおり本物のアホだったと証明している様な物だというのがH君の意見。そのとおりだ・・。

昔付き合って居たニンというタイ女が「現国王が亡くなったら皇太子は吊るされる事になるわ!」という台詞が耳にリフレインする。ついに来る時が来たか・・。タイ国王が崩御して全土が緊急事態に陥った時は何が何でも現場に居ようと思ってきたが、どうやら今がその時の様である。


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ブチ切れて途中で葬式をほっぽり出した女房

埋葬が終わり残りは死後9日目の儀式だけとなった昨日の朝、突然女房がブチ切れて皆に挨拶もせずに自宅へと帰ってしまった。田舎では親戚一同が意外な展開にビックリしているらしい。しかし筆者はド田舎での飯マズ生活と大人数での雑魚寝、トイレとシャワーの順番待ちの毎日にウンザリしていたので、これ幸いと現場放棄に便乗することにした。と言うわけで昨夜は久しぶりに日本米の夕食をと自宅のベッドでゆったりとした睡眠を享受出来て爽快な気分でいる。

さて女房の爆発理由だが、連日続く猛暑と一日平均3時間以下の睡眠不足から来る慢性疲労、それと全く何もせずにバカ面下げて笑っているだけの親族達への積もり積もった苛立ち、そして何でアタシばかり苦労しなきゃいけないの!という不公平感が混ざり合った事である。まあ筆者から見れば自らしゃしゃり出て来た女房にも否があるように見える。長年人を使った経験があれば、このヘラヘラ笑うしか能のない白痴みたいな連中がもたらす結果など最初からお見通しなのだ。

この女房の父方の親族たちは自分たちが何かをしようとか、誰かの役に立とうとする気が乏しいだけでなく、誰かが旗を振り始めたら協力するよりも自分はおこぼれに授かれるかどうか?を真っ先に考える様なロクデナシの連中ばかりなのだ。なんたって飯と酒の場にしか湧いて来ないんだから。なので祖母の為に!と純粋な気持ちで葬儀をマネージしていた女房も気がつけば体力と気力、それに金まで搾り取られていたのである。(ちなみに女房の母方の親戚は全く逆で、よし!俺がいっちょう肌を脱いで!という連中ばかりなので筆者は彼らとは仲良く出来ている。)

さて昨日現場を離れた女房のところにはひっきりなしに電話が掛かって来てあれこれ支持を仰いで来た。中には「今夜の夕食をどうするんだ?」と呆れる様なモノまである。まるで援助頼みのアフリカの最貧国の様な連中である。「だから今まで父方の親戚とは付き合って来なかったのよ・・」と涙ぐむ女房。確かに母方グループとの付き合いに比べて異常に頻度が少ないことには気が付いてはいたが・・・。そこで一言。当たり前だ!こんな無能の連中いっそのこと援助中止して餓死に追い込め!


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妄想と憎悪に蝕まれた叔父

祖母の遺骸を乗せた霊柩車の後を皆で歩いていると、そばにいたユン叔父が「ミレットの親父の事だけど、お前はあいつが本当に病気だと思うか?」と妙な事を言う。そりゃ医者が診断して入院してたんだから本当だろう・・一体何を言い出すのかと不思議に思ったが、ユン叔父は「俺は疑わしいと思ってるんだ。数年前に発病したのは、丁度俺たち夫婦が金の件でフィリピンに話し会いに行く直前だったんだよ」と意味ありげに付け加えた。

埋葬の後、夜の食事会まで時間があったのでミレットの父親が罹っているという精神分裂病についてネットで調べてみた。なるほど・・破瓜型や緊張型などいろいろ細分化されているが、ミレットの父親の症状は妄想型に当てはまるようである。しかし最後まで専門家の記述を読んだところ、一点だけ合致しない事が書いてあった。発症年齢があまりに遅すぎるのだ。この病気はほとんどに20代までに発症し、ごく稀に40〜50代という例もあるが大部分の患者は女性だと言う。65歳で発症と言うのはちょっと考えにくい。

さて食事会の席でそばに居たユン叔父が再びこの件を(皆の分からない広東語で)切り出してきたので、自分が調べみた事を(広東語で)答えたところ、「やっぱりあの野郎!仮病使ってやがったんだなっ!」と顔を強張らせて吐き捨てる。見る見るうちにユン叔父の顔が紅潮してきた。いやっそうじゃないですよ。脳の機能障害である分裂病じゃなくて、神経症みたいな心因的な病気の方じゃ無いかと思っただけですよっ・・と補足したが、顔を歪ませて歯ぎしりするユン叔父には筆者の言葉はもはや耳に入らない。かなりキテるな・・。

「数年前入院騒ぎも、大方ヤブ医者に裏金払って精神病院に逃げ込んだのに違いない!」「今回も祖母が死んで毎月の送金をカットされるのが嫌で下手な芝居を打ってるんだ!」「あいつは葬式代を払いたく無いから皆の前で絶叫したんだ!」と次々悪態をつくユン叔父。いやぁ・・確かにアンタは長年搾り取られてきたから恨みが溜まってるのは分かるけど、ミレットの親父はクズとは言え、そこまでやりますかね・・と取りなそうとしたが、「ああ!間違いなくやる!」と確信を込めた表情で叫んだ。(周囲の全員がびっくりした様にこっちを見た)

ひょっとしユン叔父も精神が遠くへ行っちゃったのかな・・。


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精神分裂病の叔父が葬儀の場で絶叫

香港から来たユン叔父のビザ延長のため葬儀の場から遠く離れたタイタイ市のイミグレで順番を待っていると、女房の携帯に電話が掛かって来て、筆者の耳に相手の泣き叫ぶ様な声が聞こえてきた。女房は呆気に取られた様な表情を浮かべると、何か早口でまくし立てる。そして成り行きを見守っていたユン叔父の妻ルーシーが「ミレットの父親が狂ったんだって」と言った。なんでも葬儀に来た弔問客たち一人一人の側に擦り寄って何やら罵倒し続けた挙句に、最後は大声で絶叫し始めたというのだ。

この通称ミレットの父親というのは祖母の長女リリーの婿で、夫妻とミレット、ローズアンの二人の娘が祖母と同居して面倒を看ていたのだが、数年前にミレットの父は精神に異常をきたして何ヶ月か入院していた事がある。診断名は精神分裂病。どうも今回それが再発した様なのだ。ちなみにこの男は祖母の次女ルーシー叔母と夫のユンから長年に渡り多額の金をたかっていた寄生虫の様な男なのだが、そんな野郎が狂うもんなのかね?・・。一報を聞いたユン叔父は「俺の方が狂いたいくらいだ」と言って苦笑いした。

さて帰り道に隣町の花屋で明日の埋葬日用の花を注文していると、通りの向こうから何とミレットが強張った表情を浮かべて車に向かって歩いて来るではないか。どうも事情を聞くため叔母が呼び出した様である。車に乗ると堰を切った様に早口で喋り続けるミレット。ルーシー叔母が口を挟んでもそれを遮って話し続ける。そして話が終わると急にシートに突っ伏してワーッと大声で号泣し始めた。それに続く女房と叔母のわめき声。あまりの急激な展開に筆者とユン叔父、それに運転席のミレットの夫ラフィーも呆然としてしまった。


幾分落ち着きを取り戻したミレットから聞いた話によれば、父親は数年前に退院した後も祖母とローズアンに突然怒りを爆発させたり、ただの通行人に「お前のせいだ!お前のせいだ!」と詰め寄るような奇矯な言動が多々あったらしいのだが、今日の父親はどうやら一線を越えてしまったようだと言う。義母の葬式で弔問客を罵倒した上に皆の前で絶叫・・。得体の知れない不気味さにその場に居合わせた全員が凍りついてしまったという。

しかしこの話を聞いた筆者は、先日の酒の席でミレットの父親が見せたイメージとの違和感に戸惑ってしまった。ユン叔父に不甲斐なさと不誠実さを激しくなじられてもヘラヘラと適当に受け流していたふてぶてしい男。。それであの男を苛むモノの正体は一体何なのかさっぱり分からないでいるのだ。ミレットの父親は生前の祖母をぞんざいに扱っていたから祖母の死が悲しい訳は無いし、それに葬式だって金を出すどころか指一本動かして無いのだからストレスなんか有るわけが無い。

さてミレットの父親は絶叫後その場に居合わせた叔父や従兄弟達に取り押さえられ、本当は今すぐ精神病院に送るべき所だが埋葬日の前日という事情があるため、葬儀が行われている家の一番奥の部屋に幽閉されているという(トイレとかどうしてるんだろう?)。一度娘のローズアンが中の様子を伺いに行ったが、父親はベッドの上で何かブツブツ呟いており、その底知れぬ不気味さにローズアンは思わずドアを閉じてしまったそうだ。

しかし次から次へと色んな事が起るものである。親戚間の対立、金のゴタゴタ、遺言のいい加減さに祖母の土地の不法占拠など筆者が体験した問題以外にも、実は祖母の長男の二人の娘は実子では無かったとか、三男が愛人と子供を連れてきて一番目と二番目の奥さんが粉叫するなどトラブルが続いてみんな疲れ切っている様だ。しかし・・ここで本音を言うと、筆者はこのバルザックの小説を地で行く様な奇矯な人間喜劇を結構楽しんでいるのである。それにしても・・ミレットの父親が壊れて絶叫する現場に是非とも居合わせたかった・・。



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中国vsフィリピン観戦記

来週火曜日の埋葬日を前にビコールやセブから従兄弟や鳩子達が続々集まって来たため、近辺の親戚の家はどこも夜になると寝る人で溢れて足の踏み場も無い程になってしまった。ちなみにこの村にはホテルなんて気が利いたモノは無いし、亡くなった祖母を寂しがらせないため24時間亡骸の近くに誰か居て賑やかにしていなければならないしきたりだから、自分だけ帰りますよ!などとは言い出せない雰囲気なのだ。

さて今夜は筆者が亡骸番に入る順番であった。この亡骸番はおよそ20名が1グループとなって弔問客の対応をしたり、料理や飲み物を作ったり、亡骸の側の椅子に座って誰かとお喋りする、テントの中で麻雀やカードゲームに興じる、何も出来ない人は飲食に耽る、のどれか(複数参加も可)に入らなければならないため、筆者は当然のごとく飲食グループに入ることにした。ところがメンバーを見た途端にちょっとマズイなという予感がした。

テーブルにいたのは香港から来たユン叔父、祖母の次男(筆者の義父)に四男とその息子達3人、それから三男の息子とボンギンの息子であった。このメンバーって筆者と義父を除くと全員が祖母の土地の相続権を主張している者達である。それに確か今日の昼間に三男と四男が金の件で揉めてたはず・・。そこへ口の悪いユン叔父かよ・・。おまけに若造達はユン叔父や筆者に挨拶もしやしないし、全員がなんとも饐えた雰囲気、つまり人を舐めた感じを出していた。


開始30分で酔いが回ったユン叔父が筆者に「祖母の息子4人のうち、マトモなのはお前の義父だけだ」と広東語で言う。筆者の女房に義弟、義妹はちゃんとした人間に育っているが、他の連中ときたらロクな子供がいないだろと云うのだ。確かにこのテーブルにいるのも、俺は女房が4人いるとうそぶく奴に、万引きで何度も捕まっている高校生、ポン中なのかソワソワ落ち着かない奴、そして全員が全員とも無職という底無しの怠惰さ・・。

一方ガキの時から働いて衣服の露店商から問屋街の大店にまでなったユン叔父にとってはここにいる若造全員が気に食わない。そして中国人特有のお節介さを発揮して遂に「お前らはどうして働かないんだ!」と大声で言った。ビクンとしてユン叔父を見つめる全員。しかし広東語は誰も分からないから全員の視線は自然と筆者の方に向く。またかよ・・。それでユン叔父のセリフを翻訳してやったら、若造たちはフフンと笑うだけで返事もしやしない。この態度がユン叔父の怒りに拍車をかけた。

立ち上がって説教し始めるユン叔父。何かと他人に介在したがるのが中国人の常、さっそく男の器量は稼ぎで決まる!とか女房に親子供を養うのが男の義務だ!と一席ぶったところ、四男が「俺の息子達は女房が稼いでくれるから働く必要が無いんだ!」と火に油を注ぐようなフィリピンらしい答えが・・。それを聞いて怒りを必死で堪えるユン叔父。その間沈黙の数秒経過・・・。

おっ何とか収まるかな・・と安心しかけた時に、高校生のボンギンの息子がふてぶてしい態度でタバコに火を付けた。そこで火種が爆発・・思い出すのも疲れるほどの罵り合いの場に・・。やっぱりフィリピン人と中国人って理解し合えることはなさそうだね・・。


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盗人一家が催した謎の宴

祖母の通夜の場にある居間でテレビを見ていると、義妹が神妙な顔をして「ブラザー。テーブルの上に置いてある財布とかiPadを2階の部屋に持ってってよ」と耳打ちした。えっ?あ〜はいはい、いいけど、でも何でだい?と問い返すと「今からボンギンの娘がこの家に来るから危ないのよ。あの娘は手グセが悪いから気をつけてね!」と言った。

この従兄弟ボンギンの娘アンジーは幼少期より盗癖があり、10歳になるかならないかの内に義父のカメラを盗んだのを皮切りに、義弟のCDプレーヤー、義妹のiPhoneに大学生の姪のipadミニなどの物品の他、棚やテーブルに置いてある小銭や雑誌、さらには風呂場の石鹸やシャンプーにトイレットペーパーまで何でもお土産代わりに持って帰る癖があるのだ。

被害にあった家は当然アンジーの父親であるボンギンに抗議に行くが、「うちの娘が精神病をずっと患っているのは知ってるだろ!」と開き直るだけで埒があかないため、結局この村のどの家もアンジーの来訪をシャットアウトしているのである。今回も本来なら家に入るのを断るところだが、アンジーは亡くなった祖母と血の繋がりがあるために流石に葬式に来るなとは言えず、喪主の判断で入室することを了解することになったらしい。

祖母の遺体に手を合わせるボンギン一家。全員涙ぐんだ目をしているが、先日の日記に書いたとおり、この一家は祖母の土地の一部を不法占拠している身でもある。筆者は貴重品を持って二階に上がると、ベッドを整えていた義妹が「アンジーの盗癖は親譲りなのよ。ボンギンは借金を踏み倒すのが仕事みたいな男だし、母親のデリアは友達の旦那を何人も寝取るのが趣味の女だから。それに中学生の弟のアルバートも隣町のスーパーで万引きでしょっちゅう捕まってるの」と楽しそうに言う。まるでジプシーの一家だ・・・


さて階下へと降りて行くと、何人もの人たちが同じ敷地内にあるボンギンの家へと移動しているところであった。何でもボンギンの妻デリアが皆をもてなす料理を作ったという。それで泥棒に居座られるよりも泥棒の家に集団で行った方が安全と判断した一同は、祖母の家に数人の見張り番を残してボンギン一家の誘いに乗ることにしたらしい。それで筆者も一行について行くことにした。

このボンギンの家は東屋と言うより掘っ建て小屋に近いものだったが、テーブルに乗っている料理は(あくまでこの地域の基準では)随分と豪華なものばかりだった。なんとクリスピーパタまであるじゃないか・、それに酒もこの地域では最高級品であるプンタドールが置いてある・・。「一体どういう魂胆だろう・・?」と一同訝しげに事の成り行きを見守っていると、ボンギンの妻が全員に向かって何か短めに言った後、ボンギンがスピーチらしきものを始めた。

大学生の姪が訳してくれたところによると、「自分は祖母が死んで悲しい、自分はどれだけ祖母を愛していたか・・、自分は祖母の最初の孫であり・・」云々を同じ様な口調で繰り返していたようだが、聞いてる全員はシラーッとした表情を浮かべている。「嘘つけ!祖母に借金の申し入れを断られて暴力振るったくせに!」とか「祖父が祖母に贈った指輪を盗んで質屋に売っぱらったのはお前じゃないか!」と心の中で思っていたに違いない。

さてボンギン一家の宴が終わり、祖母の家に戻って盗まれたものが無いかどうか確認した後、全員が考えていたのは、あのボンギン一家の宴は一体なんだったのか?ということである。贖罪の気持ちを表している訳は無いだろうから、絶対何か別の目的があるに違いないとドアの後ろでヒソヒソ、トイレの脇でヒソヒソ、テントの中で酒を飲んでる親父達までヒソヒソと話していたのだ(姪が状況説明してくれた)。

筆者はたぶん相続がらみで何かウルトラCを用意してあって、自分たち一家を見る目を事前に和らげておくのが宴の目的では無いかと思っている。いずれにせよ盗人が無料で人に奢る訳はない。さあこの盗人一家、一体なにを企んでいるのだろう・・・。


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通夜の場で湧き出した親戚達のいがみ合い(2)

女房の話によるとミレットの父親(祖母の長女の婿)は、祖母の次女ルーシー叔母から長年に渡り金を無心していたらしい。長女の一家は祖母の面倒をずっと見てくれているし、他の4人の兄たちは貧乏子沢山だからルーシー叔母も自分だけが金を出すのも仕方が無いなと思っていたのだが、そのうちミレットの父親は何か起これば送金してくる事に味をしめて祖母に掛かる費用だけでなく自分の家の家計全部に家の建築費、さらには二人の娘の学費まで要求するようになったのだと言う。

ルーシー叔母の夫の香港人ユン叔父は毎月結構な額をフィリピンに送金していることが当然面白いわけもなく、一回こっきりまとめて出資するから何かビジネスをやってそこから収入を得ろ!と文句を言ったところ、ミレットの父親は色々とアイデアを出して来てその度にユン叔父から起業資金を引っ張ったが、はなから真面目にやる気など無いから全ての事業は頓挫してしまい、結局ユン叔父にとってはミレット一家への援助額が単に増えただけで終わってしまった。

「ミレットの父親のビジネスはただ一つ、祖母という人質を使って義妹と香港人の夫から金を搾り取ることだけだったのよ」との女房の言葉にいやはや呆れてしまった。それでユン叔父はブランデーを飲みながらミレットの父親にあんな態度をとっていたのか・・いやはや何とも気の毒な話である。だけどまあ外国人に貢がせるというのはフィリピンでは良くある話なんだけどね。

でも人質の祖母が亡くなったので、ユン叔父夫妻はもう金を搾り取られる事はなくなったんだろ?まあ今まで援助した金は確実に戻って来ないだろうけど、もう人質が居なくなった以上は一旦区切りがついたって事だな?と聞くと、女房は「とんでもない。ミレットの父親は遺産相続に絡んでまた金を引っぱる気に違いないわ!それにこの遺産が入り組んでて多分一悶着起こると思うのよ」


ここで言う遺産とは今ミレット一家が住んでいる土地の事であり(名義は祖母)、祖母はアタシが死んだらこの土地は一番自分に援助してくれた次女(ルーシー叔母)に相続させるわ!と「口頭で」公言していたと言うのである。そうか・・いずれルーシー叔母が相続するという名目があったからユン叔父もしぶしぶ家屋の建築費用の支払いを承諾したんだ。どうやらミレットの父親は居住権を盾に法外な立ち退き料をせしめる気という気らしい。

「ところが祖母名義の土地に住んでいるのはミレット一家だけじゃないの」との女房の言葉に思わずエッ!と言ってしまった。なんとビコールから出てきた祖母の四男と、孫(三男の子)に当たるボンギン一家が空いたスペースに勝手に家を建てて住み着き始め、ミレットの父親と揉めに揉めて立ち退きを要求されているというのだ。さしずめ北方領土に朝鮮系と中国系住民が勝手に独立国を打ち立ててロシアと三つ巴で争っている様なもの。この複雑さというかデタラメさとチンケさ・・さすがフィリピンである。

亡くなった祖母の法定相続人は四男二女の6人。次女(ルーシー叔母)への遺言は口頭のため法的には無効。よって遺産分割協議の場で5人の兄姉に相続放棄させなければならず、さらに現在この土地を占有している3家族(1家族は法定相続人では無い)への立ち退き交渉などを考えるとルーシー叔母とユン叔父の前途は多難である。さらに兄弟の中で一番タチが悪い三男は別の遺言状でも持っているのか息子のボンギンが全てを相続する権利があると喚いているらしい。

「父方の親戚は変なのが多くてトラブルが多いから、今まで付き合いは疎遠にしてたのよ」とは女房の弁。確かに母親側の親戚は全員それなりに豊かで性格的にも温和であり、叔父達の勃起能力以外は問題など無いのだが、このリサール奥地の連中は癖が悪そうである。しかし・・・筆者はこういう腐れ野郎達を相手にするのが結構好きな性分なので(話を聞いてて嬉しくって仕方が無い)、遺産分割協議には義父の代理人として参加したくなってきた。はなから遺産をもらう気がなければノラリクラリとしているだけで結構楽しめるものである。早くお通夜が明けて家族会議が始まらないかな〜🎵


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通夜の場で噴き出した親戚達のいがみ合い(1)

隣町での買い出しから帰って来ると「ティト・ユン(ユン叔父さん)が呼んでいる」と従姉妹ミレットが言いに来た。ユン叔父さん主催の食事会が終わった後にミレットの父親と飲み始めたので筆者に来て欲しいという。マジかよ・・さっそく来やがったか。この人は酒癖がわるいので出来れば遠慮したいが、女房の香港の親代わりだから無下に出来ないのだ・・。おまけに通訳までしなきゃならなくなるかもしれない。

このユンという中国生まれの香港人、祖母の末っ子であるルーシー叔母の夫である54歳の男は英語が一単語も話せない。それはユン叔父が文化大革命期に幼い妹と二人で鉄条網を超えて香港へ逃げて来た「新移民」という出自と関係している。兄妹が収容された貧民窟の施設では最低の教育しか受けさせて貰えなかったので、15歳で九龍の下町で洋服の露天商になった時から学校と名のつくところとは永遠にオサラバせざるを得なかったのだ。

さてテーブルに行くとユン叔父が3人の義兄弟(ルーシー叔母の兄たち)に熱弁を振るっているところであった。「お前は農業で毎年どれだけ収入があるんだ」「なんで株や不動産で儲けないんだ」といういつもと同じ財テク話である。貧困層から立身出世した中国人はどいつも同じ様に金の話ばかりするものだが、このユン叔父は特にその傾向が顕著で(現在ユン叔父はずいぶんと裕福な引退生活を送っているが、株式と麻雀だけは毎日欠かせない)、筆者は朝から晩まで叔父の投資話を聞かされて気が狂いそうになったことがある。


筆者がテーブルに着くとユン叔父はグラスにXOブランデーをドボドボと注ぎ、「ちょうど良い時に来た!こいつの話を聞いてみろ!」と言って義兄に当たるミレットの父を指差した。このチリチリ頭の叔父は俺はミンドロ島に1ヘクタールの農地があって収穫は2トンで費用が・・と農業関係の収支を説明した後、「この中国人はフィリピンと香港の違いを分かろうとしないから何を言っても無意味だ」と具て腐れたように言う。それでルーシー叔母が通訳するのかな・・と思っていると、いつの間にか叔母はテーブルから消えていた。てことは・・やっぱ俺が通訳するのか・・。

「お前は狭量だから儲けられないんだ」「俺はお前の女房が義母(亡くなった祖母の事)の面倒を見て来たから資金援助して来たんだ」という筆者も知らない事を言いだすユン叔父。それを「Mr. Yuen told....」という形で通訳する筆者。しかし文句を言われたミレットの父は「外国にいる人間が親族に仕送りするのは当たり前だ」と飄々として反論する。それを広東語に翻訳し、その答えを聞いて激昂したユン叔父の「この家のテレビもテーブルも全部俺の金で買った物だ!」というセリフを英訳する筆者。あ〜今日は最低の日に違いない。

ついにお互い掴み合いになりそうになった時に、筆者も流石に頭に来て「祖母の通夜の晩に金の事で喧嘩するのを止めろ!」と怒ってやったところ、ユン叔父は「よし分かった!この話は今日はやめだ」と渋々了解して横を向いてしまった。黙ってテーブルから立ち去るミレットの父親ともう一人の叔父。全くなんでこんなみっともない振る舞いを祖母の亡骸のそばでやるのか・・と筆者が呆れてしまったが、このあと筆者から話を聞いた女房は「ついに長年の積もり積もった怨念が爆発し始めたわね」と深刻そうな顔で言った。何それ?一体どういう事?
(続く)


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嫌な役目を押し付け合う親族

祖母の死を知らされたのは朝4時半であったが、生憎この日は香港から来る叔母夫妻を空港に出迎えに行く役を仰せつかっていたためリサールの田舎にすぐ行くことは叶わなかった。それで我が家で待機していた義妹と従姉妹ミレットを連れて空港へと向かったのだが、途中で「実はまだ死んだ事を叔母さんに伝えていないのよ」と義妹が言った。なんでもルーシー叔母は取り乱しやすい性格らしく、田舎にいる義父ら兄弟がマニラ空港に着くまで祖母が死んだ事を絶対に言うな!という決定をしたという。

「じゃあルーシー叔母さんは実母(祖母の事)の死を実家に着いてから知らされるのか?」と筆者が言うと、いやそうじゃないの・・。もう実家にはテントとか祖母の名前入りの幕とか飾られてるから叔母さんは車の中から見えちゃうでしょ。だから空港か車の中で叔母さんに告知しろって兄弟グループが電話で命令して来たのよ・・と分かる様で分からない事を言う。そしてその後なぜか筆者の方を黙ってジッと見る義妹とミレット。運転役のジョマールも運転中にも関わらずこっちを見ている。沈黙・・。ちょっと待てよ・・俺が告知するのかよ・・。

空港第2ターミナルの出口付近で叔母夫妻が出てくるのを暑い中ひたすら待つ。結局筆者がババを引かされる事になってしまい、義妹とミレットは「赤ん坊の面倒を見ないといけないから・・」と言って車の中から出て来やしない。あ〜嫌だな・・英語での言い回しは香港勤務時代に何度も経験しているけれどやはり気が重い。それに叔母が泣き崩れた場合に備えて、警備員に追っ払われない場所で告知しないといけないので、実際に自分で歩道から駐車場まで歩いてシミュレーションしてみた。やはり出口付近で言うのがベストだ。


午後2時半にルーシー叔母さんと夫のユンさん(香港人)が出口から出て来るのが見えた。二人とも筆者の姿を見つけて笑顔で手を振る。うううう・・こっから不幸のどん底に俺が引き落とすのか・・。そして相手が一歩また一歩と近づいて来て、ルーシー叔母より5メートルほど先行して筆者の前に来た夫のユンさんの荷物に手をかけた時に「ローラ(祖母の事)死去了」と広東語で耳打ちし(当然ユンさんの表情が歪んだ)、続いてルーシー叔母さんの方へ歩いて行こうとした時に突然義妹のデブンとした姿が視界の端に入った。

筆者の目の前で叔母と義妹は挨拶がわりの抱擁をしたが、その時に義妹が何やら耳打ちをした。するとルーシー叔母さんの表情が一気に強張り、ウウァ〜と嗚咽を漏らしてその場で泣き崩れる。何度経験しても慣れる事の無い胸の痛む光景である。そこへ警備員が「通行人の邪魔だから早く向こうへ行け!」と警告して来たので、叔父と義妹がルーシー叔母の肩を抱きかかえて車へと連れて行き、筆者は二人の荷物を運んで行った。

だけど叔母に警告するのは筆者の役回りだったはずである。それでその晩に義妹にどうしてお前が告知する気になったのか?と聞いたところ、実家に詰めていた兄弟グループが幾ら何でも血のつながりの無い外国人に告知させるのはルーシー叔母に対して(?)無礼だろうという見解を言い出したらしい。それで車の中で安穏としていた義妹と従姉妹ミレットはお互い相手に役割を押し付け合う一悶着があった後、結局年長の義妹がババを引いたのだという。

「ミレットはルーシー叔母さんに薬学部の学費まで出してもらっていたのに嫌な事はアタシに押し付けたのよ。本当にミレットはずるいわ!」と義妹はずいぶんと憤慨していたが、お前だって最初は俺に告知の役割を押し付けて素知らぬ顔してたじゃねえか・・なに自分のずるさは都合良く忘れてんだよ・・。


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無間地獄のような義妹の料理

祖母が熱中症で倒れたために女房は一昨日より実家に戻ってしまい、現在我が家には筆者と義妹と赤ん坊の3人きりになってしまった。家政婦のラセルは夫と子供がド田舎からマニラに出て来て今週中は休暇を取っているため家事一切は義妹にお願いする事になったのだが、筆者は今すぐにでも祖母の見守りに参加したいと思っている。なぜなら義妹の作った料理を食べたくないのだ。

筆者は今まで一度も義妹の料理というのを賞味した事が無いので、お前の料理は不味いんじゃないのか!といつも冗談を言っていたのだが、義妹は「失礼ね!アタシの雇用主はみんなアタシの手料理を美味しそうに食べていたのよ!」と自信ありげに答えていた。だけど筆者は義妹が料理どころか掃除・洗濯をする所も見たことがなく、バクという動物の様にいつもソファかベッドに寝転がっているだけなので、料理が上手というのは正直イメージしにくい。

女房に義妹の料理の出来について聞いたことがあるが「いつもアタシが作っているから食べた事が無いわ」と言う。それで先月サウジから一時帰国していた義妹の夫フランシスに義妹の料理は美味いのか?と聞いたところ、フランシスは一瞬表情が固まり(筆者はこの瞬間を見逃さなかった)、それから笑顔を浮かべて「○△@&%は美味いから食べてみるといいよ」と全然聞いた事も無い料理名を言ったきり黙ってしまった。

さて遂に昨日の朝食を義妹に作ってもらったところ、ベーコンとソーセージは焼き過ぎでパサパサになっていて、なぜか目玉焼きは苦い味がした。火加減とか油の量なんてハナから考えて無いな・・、やはり予想した通り、いや予想以上の料理下手だったのだ・・と思わず一人で納得していると、義妹は両腕を腰に当てニコニコ笑顔を浮かべて「どう!アタシの料理は?」と筆者に聞いてきた。その仕草がアメリカのホームドラマの女主人公の様な感じで上手く決まっているため「美味くない」とは言えなくなってしまった・・。


夕食のサイコロステーキはレアとウエルダンの部分が混ざり合っていたし、野菜炒めは火が充分通っていないだけで無く味自体がほとんど無い。その上食ってる傍で義妹がニコニコ笑いながら筆者を見ているので不味そうな顔も出来ないのは参った。けっきょく丸美屋のフリカケを大量にご飯にぶっかけて不味いオカズと味噌汁を口の中で調合して無理矢理胃袋に流し込むしかなかった。食事時間はたった2分。そして義妹はまた例のポーズを決めて「美味しい?」と聞いてくる。これだ!気の毒な雇用主やフランシスはこの爽やかな笑顔に遠慮して無理に美味しそうな表情を作っていたに違いない。

さて本日の昼前にわざと遅く起床した筆者は義妹を外食に誘ったところ、義妹は陰りのある表情を浮かべて「どうして・・?」と言い出したので、いっいや・・無性に中華料理を食べたくなっちゃってさ・・とモノグサな義妹が絶対作りそうに無い料理を所望した。しかし義妹は外はとても暑いから外出しない方が良いわよと言った後、「今夜はアタシの得意なフィリピン料理を作るからね」と事前通告。これじゃ一人で外に食べにも行けやしないぞ・・と落ち込みながら何故か生臭い目玉焼きと中心部が凍ったままのソーセージの朝食を我慢して食べた。

そして夜7時30分にノックの音がしたが、筆者は眠った振りをして朝まで絶食すると決めていたのでベッドの中にそっと潜り込んだ。義妹がドアを開けて様子を伺う気配がしたがドアを背に向けて丸まったまま黙ってやり過ごす。しかし8時に突然便意を催してしまい、忍び足でトイレに行って用を足したがフラッシュを流した瞬間に階下から階段を昇ってくるドスドスドスという音が・・。かくして不本意ながら義妹の料理を食べさせられに居間へと連行されてしまった。

一体どんな料理なのかとテーブルを見ると置いてあるのは大鍋が一つだけ。蓋を開けるとゴーヤと豚のミンチと素麺の様な物が入ったスープであった。「これはミスワっていう料理なのよ」と義妹は微笑むが、夜食ってこのスープだけかよ?しかもゴーヤは異常なくらい苦くて豚肉は獣臭さが鼻につくという代物であり、おまけに生暖かくて食感がすこぶる不快だった。さらに義妹の口から「お姉ちゃん(筆者の女房)とのローテーション交代は明日ではなく金曜日になったわ」という決定的な一打が・・。婆さん!昨日バカにした記事書いて悪かった!今すぐ元気になって俺をこの無間地獄から抜け出させてくれ!


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旧日本軍に砲撃され九死に一生を得たフィリピン人の祖母

御年94歳の女房の祖母の体調がおかしくなり一族郎党大騒ぎの状態になってしまった。祖母の面倒を看ている従姉妹ローズアンの話だと数日前から食欲が急激に落ち始め、一昨日に食い物どころか水を飲むのも一苦労な状態になってしまったらしい。どうやら熱中症に罹ってしまったようである。それで現在祖母の6人の子供と15人の孫、さらに数えるのも面倒な数十人のひ孫、そして直系子孫の配偶者の合計100人が交代で病院に張り付いて、祖母の一挙手一投足を見守っている状態である。

この祖母はフィリピン人にしては随分と勝ち気な性格であり(つい先々週も息子たちに大声であれこれ指示していた)、一族全員のゴッドマザーとして長年に渡り君臨し、息子と娘たちだけでなく孫全員にも年がら年中しかり続けて来たと言う。「ローラ(一般的な祖母の愛称)の傍にいると息苦しくなる」と女房や義妹は筆者によくこぼしていたが、病気で倒れれば一族全員がビコールや香港から駆け付けてくるのは、やはり皆に深く愛されているか、もしくは来ないと後で怒鳴りつけられるからであろう。

ちなみに女房が日本人と付き合い始めたと聞いた時には祖母は激しく反対したらしい。「日本人は残虐な民族だ!」というのがその理由である。1920年生まれの祖母は第二次大戦をモロに経験していて、マニラ市内で店員をしていた時に日本軍の砲撃に遭遇し、数多くの友人や同僚が殺された記憶が拭いきれないと言う。それで筆者が初めて祖母と会った時には非常に気まずい雰囲気だったが、最後には「アタシは日本人は嫌いだがアンタの恋人は例外にする」と女房に言ったらしい。


さて昨年フィリピンに移住した際に祖母に挨拶に行き、その後一族全員集めてレストランで食事をしていた時のことである。止せばいいのに筆者が大戦中の日本軍の砲撃のことを聞いたところ、祖母は「徹底的に砲撃されて街中の建物は全てガレキの山になってしまった」と言った。それで「よく逃げられましたね?」と聞いたところ、本当の事を言うと砲撃の一ヶ月ほど前からお産に備えてリサール州の実家に戻っていたので自分だけは難を逃れられたのだ・・と照れ臭そうに白状した。

そして祖母は「この子はアタシの命を救ってくれたのよ」と義父の肩に手をかけて笑ったのを見た瞬間に頭の中でリーンッとベルが鳴った。あれっ?計算が合わないぞ・・。義父は当時68歳だった。今年(当時)は2013年だから2013引く48は1945。この1945年は戦局が逆転して日本はマニラを攻める側でなく守る側にいたのだ。しかも圧倒的な武力差で敗北を重ねたため平地から山岳部への退却と立て籠もりへと戦術変更を決定したのだから日本軍がマニラを砲撃する必要はない。と言うことは・・祖母の言う大規模な砲撃をしたのはアメリカ軍?!。

その場は親戚が大勢居たし、90代の老女の勘違いを問い質すような事はしたくなかったので適当に相槌を打っておいたが、帰宅した後にネットで調べてみたら1945年2月にアメリカ軍がマニラ市内を徹底砲撃していた事がわかった。あの婆さんめ・・やっぱりアメリカ軍じゃねえか・・。きっと孫娘が外国人と付き合うのが訳も無く嫌で場当たり的なウソをついたのに違いない。もしくは米軍の歴史改竄で本当に日本が砲撃したと思わされているのか、それとも随分前から頭がボケてしまっていたのかも・・。まあ今さら婆さんの記憶を修正する余地も意味も無いのだが、正直なんか今一つ面白くない。

婆さん!アンタは医者もビックリするほど頑丈で、しかもクワクワとか言ういかがわしい霊媒師に100歳まで生きると太鼓判を押された位だから多分今回も死ぬ事は無いだろうけど、もしあっちの世界を少しだけ覗けるチャンスが有ったら旧日本軍の兵隊たちに何時もの調子で「お前らがアタシの友人を殺したんかい〜っ!」と怒鳴りつけてみてくれないか。多分兵隊たちは婆さんの剣幕に気押されて山下とか横山という名のお偉いさんを説明しに連れてきてくれると思うよ。


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雪ダルマと頭の壊れた銀行員

従兄弟ジャネルがサウジアラビアに行くという話を昨日聞いた。ジェッダの建設会社でマネージャーをしている義弟フランシスの片腕の地位に就く事になったという。まあ給料は今より遥かに増えるが、せっかく大手銀行に入り込めたのに勿体無いなあと言うと、「ジャネルは本店の営業部に配置換えになってからストレスでかなり参ってたのよ」と女房が裏事情を教えてくれた。そうか・・何処の国でも銀行員というのはストレスを溜め込むのだな・・と思っていると、今から25年前の筆者がまだ大学生だった時に起こったある銀行員の事が頭に浮かんできた。

筆者が大学で属していたサークルでは毎年大晦日に吉祥寺の亀屋矢崎商店という大きな酒屋の会議室に集まって翌日元旦まで夜通しバカ騒ぎをするのが恒例行事であった。筆者より3学年上の矢崎祐久という先輩がこの店の跡取り息子で、当時サントリーの社員だったから酒代は有難い事にタダである。元々この忘年会は現役の大学生と就職して数年のOBたち数十人が集まって旧交を温める場だったのだが、タダ酒だけあって夜7時の開始早々にさっそくゲロ吐いてぶっ倒れる奴が出てくるなど本来の主旨とは程遠い飲み会になるのが常であった。

前日夜から始まった大酒で全員床の上に転がっていた元旦の昼前、協和銀行(現りそな銀行)の1年目社員である荒牧(仮名)という先輩が現れた。「やっと徹夜の残業が終わって浦安から駆けつけて来たんだよぉ・・」といつも通りの間延びした声で言う。大晦日に残業だって・・?やっぱり銀行は大変だな・・と思いながら荒牧先輩の紺色のコートを見ると、あちこちに雪がこびりついていた。あれっ?また雪が降ってきたんですか?と筆者と同学年の男が聞いたところ、「あぁ〜これかぁ〜。雪ダルマを壊している時についちまったんだよぉ〜」と引きつった笑みを浮かべて言った。


なんでも元旦の朝まで働かされて怒り心頭の荒牧先輩はブツクサ独り言を言いながら吉祥寺駅から三鷹方向にある亀屋矢崎商店へと歩いていたが、とちゅう紀伊国屋スーパー付近で子供二人が楽しそうに雪ダルマを作っているのを見つけた。その時突然と「この雪ダルマを壊せ!」という欲望が脳裏にビビッと浮かび、その衝動を抑える事が出来なくなってしまったというのだ。そして道端に落ちていた鉄パイプを手にするや雪だるまに向かって歩き出したらしい。

雪だるまの頭部目掛けて鉄パイプを思い切り振り下ろすと、傍らにいた子供二人は目を剥いてビックリしていたらしいが、それに構わず荒牧先輩は雪ダルマの頭部を砕く様に叩き続けた。「やっ!やめろよー!」「何すんだよー!」と叫びながら二人の子供が腕にすがりついてきたが、それを振りほどいて終始無言のまま雪だるまを叩き潰し、最後はグチャグチャになるまで踏みにじったという。雪ダルマの残骸を呆然と見つめる二人の子供。そして全てを終えた荒牧先輩は無言のままその場を立ち去ったらしい。

「いやぁ〜あのガキ達の表情ときたらさぁ〜」とウィスキー片手に嬉しそうに話す荒牧先輩。そしてその後は自分が融資に関わった再開発事業や、自分が上司からどれだけ目を掛けられているかを滔々と話し続けたが、その場にいた全員は荒牧先輩の余りの異常さにすっかり凍りついてしまい終始無言のまま・・。しかしそんな気配も感じ取れないほど頭が宇宙の彼方へ飛んでしまった荒牧先輩は今度は「うちの支店長が俺に紹介した女子行員だけどさぁ〜」と夜の自慢話をヒヒヒッと笑いながらずっと話し続けた。

この時期はバブル経済で空前の売り手市場であったにも関わらず、その後筆者の属していたサークルからは一人も銀行に就職する人間が居なかったことは言うまでもない。


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フィリピン全国民を監視する謎の団体

昨日車でケソンシティ近辺を走っている時に、運転していた従兄弟のジェンが前方に見えてきた壮大な建築物を指差して、「ブラザー。アレが何だか知ってるかい?」と聞いてきた。広大な敷地内に立つ建物は教会の様に見えるが建築方式は随分と近代的で、何本もの白い塔がニョキニョキと飛び出している。「グレンシアじゃないな。だけどフィリピンの別の新興宗教かい?」と答えたら、ジェンはふふんと鼻で笑って、「モルモン教のフィリピン本部だよ」と言った。

モルモン・・あの子供を連れて布教にくる、輸血できない連中のことか?と聞くと「その通りだ!異端のキリスト教分派だよ!」と言う(後で調べたらこれはエホバの証人の間違いだった。ジェン!お前も間違ってんじゃねえか!)。そして運転中にも関わらず、筆者の方を振り向いて「ブラザー!モルモン教団はカトリックよりも規模は小さいけれど物凄いパワーを持ってるんだ!そしてあの本部は全てのフィリピン人を監視しているんだよ!」と断言した。


確かにアメリカのCIAにはイエール大卒と同じくらい多くのモルモン教徒が職員として働いているという記事を昔ニューズウィーク誌で読んだことはある。理由は禁欲的な生活に耐えられるからだったと思う。しかしモルモン教団がフィリピン人を監視しているというのは幾ら何でも飛躍しすぎじゃないかと反論したところ、「ブラザー。モルモン教団は布教活動を通じて各国の住民と直接接し、家族構成に職業や思想信条などをデータベース化しているし、CIAと共同で色々な秘密工作をやってるんだよ」とマジ顔で話し始めた。それはいいから前見て運転しろ オイ!

この男は陰謀論に酔いしれて頭がどっか遠くへ行ってしまった様だが、帰宅した後で一応念のためにモルモン教とCIAの関係を調べてみたところ、イヤイヤ出てくるわ出てくるわ・・、結論から言うと韓国旧KCIAと統一教会の関係と同様に「CIAの半分=モルモン教団」という公式らしい。筆者の想像の限界であるCIAの単なる下請けや情報提供という枠を超えて、今や自分達で謀略工作を立案・実行してCIAやウォール街の大資本から資金援助を受けているという。ただしこの情報書いてるのってたま出版の韮沢編集長なんだけどね。

さてジェンの話は陰謀論者の妄想だとは思うが、筆者もこの手の話は嫌いじゃ無いので、ちょっと本当かどうか試してみたくなってきた。義妹に聞いたところ同じサブディビジョンの1ブロック先にモルモン教徒の一家が住んでいると事なので、声を掛けられるまで家の前をプラ〜ッと何度も往復してみよう。それでアンタは何で生計を立てているのか?と聞かれたら、ええ私は日本の青森県・六ヶ所村にある素性は言えない施設の営業マンでして、原子力発電所から出た使用済みプルトニウム燃料を第三国に販売する仕事をしてるんですよ。つい先月もテヘランと平壌の顧客に2000トンほど売り捌いてきましてね!と言ってみよう。さてもしも筆者の日記が突然アップされなくなったら・・この話は事実だったと思って欲しい。



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何だかおかしなナイジェリアの女学生誘拐事件

ボコ・ハラムという武装勢力が300人近くの女子を誘拐し、娘たちを人身売買市場で売り飛ばすと発言しているようである。このボコ・ハラムは同国北東辺境部のイスラム系少数民族で構成されるゲリラ集団で、西欧式の教育は全て悪であり、全ての女は教育など受けずに結婚すべきなのだと主張しているという。

筆者はこのゲリラ集団について全く知らなかったのだが、公安調査庁のウエブサイトによると、同国南部出身のキリスト教徒達が主導権を握るナイジェリア政府を打倒して北部地域でのイスラム法の施行を叫んでいる数百人の小規模なグループで、政府機関の建物や学校、さらには自分達に批判的なイスラム指導者をも襲撃しているという。

この説明文を読んで違和感を感じてしまった。お題目がでかい割には少人数であり、何より世界中を敵に回して戦っているというのが変である。おまけに今回は少女達を誘拐したため世界中の人達から許されざる犯罪者集団という烙印を押されてしまった。このゲリラ集団の指導者はわざわざ自滅の道を選択している様にしか見えないのである。

しかし従兄弟ジェンの「この誘拐でアメリカはナイジェリアに介入する口実が出来たな」という一言が筆者の頭の中のモヤを吹き消してくれた。ああ・・そういう事か!シリアやイランと違ってアフリカなら軍事行動を起こしてもEUやロシア、中国の反発を招きにくいし、何よりナイジェリアは石油などの天然資源が豊富、しかもアフリカ全土にクサビを打ち込むには便利な地政学的位置にいる。しかも軍事力は弱いときてるから一米兵死者あたりの利益がべらぼうに大きいのだ。

「情報機関が裏で反政府運動を支援しているのは常識だよ。特にアメリカは戦争したくてウズウズしてるから、後はボコ・ハラムのリーダーにアメリカ人の女を何人も誘拐して殺せと指示すれば、後はアメリカ中の教会やNPOが世論を軍事介入に誘導してくれるだろ」と言ってジェンは笑った。なるほどねえ・・さすがフリーメイソンの会員。見事な陰謀史観である。だけど・・フリーメイソンって博愛主義の団体じゃなかったけ?お前の話を聞いてると、どう聞いても好戦主義者なんだけど・・。



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ブログランキングの最激戦区フィリピン

香港在住の旧知の知人とスカイプで仕事絡みの話していると、彼女のブログがブログ村ランキングの香港カテゴリーで常時シングル(10位以内)に入る様になったのよ♥︎と喜んでいた。へー・・シングルねえ・・俺なんかいつもフィリピンカテゴリーで30位当たりをウロチョロしてるのに・・。それから彼女は週に4000ポイントくらい獲得してるのよと言うので、それはINポイントかね?と聞くと、まさか!OUTポイントに決まってるでしょ♥︎と彼女は笑った。

スカイプ通話の後で自分のOUTポイントを調べてみたところ6450ポイントでフィリピンカテゴリーでは27位だった。ちなみにフィリピンカテゴリーの10位はGさんと言う方の「Philippine便り」というブログで17870ポイントである。まあ香港カテゴリーの参加数はフィリピンの2/3と少ないから、ポイント数が少なくても上位に食い込めるのだろうな・・と思って、今度はフィリピンより参加数が5割多いタイのカテゴリーのランキングを見てみたら10位は何と6650ポイントだけだった。何これ!フィリピン関連のブログってタイの約3倍アクセスされないとベスト10に入れないって事か・・。

筆者は今までランキングの事はあまり気にかけて来なかったのだが、自分が属しているフィリピンカテゴリーというのは他のカテゴリーと比べてベスト10に入る難易度がどれくらい高いのか調べて見ることにした。まず海外生活という大カテゴリーには200以上の(サブ)カテゴリーがあったが、数百ものブログが参加しているカテゴリーはその内1/5程度しかない。そこでこれら数十のカテゴリーから第10位にランキングされているブログのOUTポイント数を調べてみたのだ。(つまり各カテゴリーでベスト10に入るための最低OUTポイント数の比較ランキングである)

***結果***
第10位 イギリス 2340ポイント
第9位 アメリカ 2450ポイント
第8位 香港 3390ポイント
第7位 シンガポール 3560ポイント
第6位 ロサンゼルス 4120ポイント
第5位 マレーシア 5670ポイント
第4位 韓国 6350ポイント
第3位 上海 6550ポイント
第2位 タイ 6650ポイント
第1位 フィリピン 17870ポイント

見ての通りフィリピンが抜きん出て激戦区であった。それに海外生活という大カテゴリーでのランキングを見てみたら、フィリピンカテゴリーに属するブログが1位から4位、ベスト10のうち8ブログを独占していたのには驚いてしまった。今まで気にもしなかったけど、こりゃフィリピンというカテゴリーにいる限りベスト10どころか20に入るのも無理だな・・。だけど毎回30位ってのも面白くない。だったらマニラという別のカテゴリーに移ってもいいけど、俺はリサール州民だしな・・。よし!リサール州というサブカテゴリー作って貰いそこに収まろう。だけどそれじゃ誰もブログを見に来ないだろうけど・・。



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田舎町のダンディーなヤブ医者

ここ数日にわたり耳が詰まった状態が治らないため近くの病院に行くことにした。元薬剤師の従姉妹ミレットによると、ここら辺で一番良い病院は◯◯◯◯センターで、オルティガスの大病院メディカルシティーから常時医者が派遣されているという。そこで病院に事前確認したところ耳鼻咽喉科の医者は二人いて、午前の部の医者は予約が一杯だと言うので、これは名医に違いないと思い無理を言って午前の部に入れてもらった。

朝8時に病院に行くと待合室は満員である。特に筆者がこれから行く305号診療室の付近には子供連れの母親や妙齢の女性たちで溢れていて座るスペースもないくらい。これは1時間待ちじゃ済まないぞ・・と思っていたら、案の定1時間経っても4人しか入れ替えがなかった。それで文庫本を読むこと更に1時間半、ついに「ミスターXXぅ〜っ」と間延びした声で筆者の名前が呼ばれた。

診療室入るや長身で口ヒゲを生やした40代後半とおぼしき医者がダークスーツ姿で座っていた。端正な顔つきに熱い胸板。大学時代はボート部にでもいたに違いない。「まあそこに座りなさい」と言われて症状を説明し始めた筆者。女房がタガログ語に翻訳するが、医者は流暢な英語使いなので助けは不要である。やがて説明を聴き終えた医者は高価そうな木製の道具箱からペンチ状のモノを取り出すと筆者の鼻と喉そして耳の中をじっくりと眺めて「耳管狭窄症になりかけてますな」と言った。

あの〜・・先生、俺の症状は狭窄症じゃなくて明らかに耳管開放症の方なんですけど・・と言ったが、この医者は「いや狭窄症で間違いないですよ」と言い張る。両症状の違いってただ見ただけでは分からないはずだが、医者は「今から簡単なテストをします。すぐに良くなりますから私の真似をして下さい。そうすればアナタも納得しますよ」といって握りこぶしを鼻に当てて耳抜きをした。それで筆者も同じ事をやったら耳から空気がフーンッと出て、その後はさっきより酷い状態になってしまった。やっぱり開放症じゃねえか!このヤブ医者!。

ところがこの医者は筆者の文句にも一向に臆する事なく「実は来月に東京の慶応病院で開かれる学会に参加するんだけど、いつも宿泊する京王プラザは周辺に何も無いので、何処か良いホテルを知らないか?」と聞いてくる。周りに遊ぶところが多いんだったら新宿プリンスとか、六本木のANAとかがいいですよ・・というと、「オー!ロッポンギー!」と驚嘆する様な声をあげて目を輝かせる。そして筆者がさっきからチラチラ気になっていた若い頃の石井苗子似(淫靡っぽいという意味)の助手にロッポンギー・・ホテル・・ブッキングとか命じ始めた。

診療室を出て薬局に行く途中で女房が「あの医者は名医だわ!」と言うので思わず「お前はアホか!」と叫んでしまった。しかし女房は「だってアナタの病名をちょっと見ただけで言い当てたじゃない!」と言い張る。お前なぁ・・当てていないの目の前で見てただろうが!しかしこの一幕で何故あのヤブ医者が予約で一杯だったのかよく分かった。ある一定の年齢を超えた女達にとっては病気が治ろうが治るまいが、ハンサムでダンディーであれば名医なのだ。

待合室に並んでいた田舎町の女たちはあのハンサムな医者と一問一答する胸のトキメキと興奮を感じに、別に大した病気でも無いバカ息子たちをつれて病院に来ていたに違いない。なるほど・・男も見てくれによって稼ぎが違う事が有るのだ・・。よっしっ!それなら俺ももっとダイエットして、ブルックスブラザースのスーツでも久しぶりにあつらえてみるか!それで毎日あの病院に通うことにしよう。




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フィリピン人は食い倒れ?着倒れ?それとも・・・

チェンマイを旅していた時に、同地に長期滞在している旧知のK氏から「フィリピンは着倒れの国なんじゃ無いか?」と妙なことを言われた。このK氏は今から30年近く前にバンコクからの帰り道に寄ったマニラで食べたフィリピン料理の余りの酷さに辟易し、以来二度とフィリピンに来ることは無いと宣言した男である。

「大阪の食い倒れに京都の着倒れ、それから江戸の呑み倒れって言う言葉があるだろう。俺の見たところマニラは着倒れだな!みんな着るものには金かけてる感じだったぜ!」と自信満々のK氏。そこであんたマニラの3日間は何処にいたのか?と聞くとエルミタだと答えた。そりゃゴーゴーバー街のど真ん中にいれば女達は着飾っていて当たり前だって・・・。

しかしこの「◯◯倒れ」と言うのは地域の気質を表していて中々面白い。中国なら広東の食い倒れに上海の着倒れ、北京は面子(権力)倒れとでも言うのであろう。じゃあフィリピン人は◯◯倒れと言うのかな?と考えてみたが、これが何も思いつかないのである。飯が不味いから食い倒れでは無いし、かと言って着るものや酒に金をかけている様にも見えない。面子にも賭け事もそれ程でも無いしなぁ・・。

そこで下の居間で暇そうに寝転がっていた義妹に「フィリピン人が身上を食い潰してでも熱中するものはなんだ?」と聞いてみたところ、家族とかパーティーとかの答えが出て来たが(確かに親戚との宴会倒れと言うのはあるかもしれない)、そのあと突然義妹はニヤッと笑って「やっぱりアッチの方じゃないかしら」と嬉しそうに言った。

宴会の度にバイアグラの話ばかりするオジ達に、25歳の愛人にのめり込む69歳の義父。毎週のようにヘッドラインを飾るセックススキャンダルに、いつ行っても満員のラブホテル、毎回段々とおかしな気分になってきた真面目なマッサージ屋の按摩嬢。そうか!フィリピンはヤリ倒れ(イキ倒れ?)だったのである。でもそんな事は当たり前すぎてとっくの昔に知ってたんだけどね・・・。



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タイ北部の地震が暗示する不吉な未来

チェンライでマグニチュード6.3の地震が発生したようである。道路が裂けたり建物にヒビが入ったりしている写真を見ると、よく負傷者がいなかったものだと思う。タイの建物は元々が地震無しを前提にしているから、もしももう少し大きな地震が大都市バンコクを直撃したら大惨事になっていたに違いない。

さて知人の様子は如何かとチェンマイに住むK君に朝早くから連絡をとって見たところ、「いやぁ僕の家は一戸建てだから全然大丈夫ですよ」と何時もの通り陽気な感じで答えた後、でも地震の影響は建物の被害とかではなく、意外なところに出てきそうなんだと言う。一体どう言うこと?なのかと聞くと、地震の起こった5月5日は現国王の即位記念日なのだと言った。仏教徒で迷信深いタイ人達にとっては何か不吉な予感がするのだと言う。

国民の敬愛を一身に集めるプミポン国王も今年86歳、長期に渡る治療を昨年終えたとは言え車椅子に乗った姿は如何にも弱々しい。加えて過去あれだけ政争を調停して来た国王の政治力もタクシン派と保守派の争いでは有効な手が打てずに低下気味だと言う。もはや国王はいつ倒れてもおかしくない枯れ木と言って良いのだろう。

「反王政のタクシン派の拠点である北部で、いつ死んでもおかしく無い国王の即位記念日に、タイでは滅多に起こらない地震、しかも観測史上最大規模の地震が起こったと言うのは偶然にしては出来過ぎですよね。だからもうすぐXデーが来るんじゃないかと・・・」それでK君の女房やメイドに愛人に従業員、はては飲み屋の女達までがあっちヒソヒソ、こっちでヒソヒソ何やら話しこんでいるらしい。確かに唐山地震の際にも人々は不吉なものを感じ取っていたら、周恩来と毛沢東が死んじまったしな。

「まあそういう訳ですから、◯◯さん!タイに来るなら今ですよ!」と言うK君。その時脳裏に浮かんだのは、国王死去を聞いて悲しみにくれるタイ国民、タイ全土に広がる時期国王への反対デモ、軍によるデモへの弾圧と多数の死者(数万人は死ぬ)、次期国王の謎の死とシリントン王女への譲位、もしくはタイ全土が内戦化して最後はネパールのように王政廃止、もしくは北部がランナー共和国として分離独立、中国への併合宣言と人民解放軍の戦車部隊の侵攻という光景だった。そう考えるだけでワクワクして来た。用事が済んだら早くタイに行こうっと!



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マニラが世界最大のホームレス都市に選出

国連人権委員会はホームレスが多い25都市を発表、ムンバイやメキシコシティなどの錚々たるライバルを抑えて不名誉な1位に輝いたのはなんと筆者の住むフィリピンのマニラであった。ランキングを下に書いたので参照して欲しい。ちなみに同委員会によれば世界には現在約1億人の人々がホームレス化していて、その人口は年々増加の一途を辿っているようである。

25位 リスボン
24位 デンバー
23位 インディアナポリス
22位 ダブリン
21位 リオデジャネイロ

20位 ボルチモア
19位 東京
18位 シカゴ
17位 ワシントンDC
16位 ローマ
15位 タンパ
14位 サンディエゴ
13位 アテネ
12位 シアトル
11位 サンフランシスコ

10位 サンパウロ
9位 ブダペスト
8位 ブエノスアイレス
7位 ムンバイ
6位 ジャカルタ
5位 メキシコシティ
4位 モスクワ
3位 ロサンゼルス
2位 ニューヨーク
1位 マニラ

さて同リストにではマニラについて「フィリピンの国民の40%にあたる2280万人がスラムに住んでおり、同国首都のマニラでは120万人の子供がホームレスであるか路上での物乞いで生計を立てている」と書かれてあった。でもこのレポートってホームレスと貧乏人がゴッチャになっていないか? 国連さん、フィリピン人は家はボロでもみんな大家族で暮らしてますよ。先進国の孤独なホームレス達よりもよっぽどHomeしてると思うんだけど・・・。


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天安門事件の元闘士の光と影(3)

裁判の結果Jは懲役12年の刑に服すことになったが、出資者の出した金は大部分が何処に行ったのか分からずにウヤムヤになってしまった。被害者が全員日本人で有ることから捜査もお座なりだったし、Jが警察や裁判官に賄賂を払って罪を軽くしてもらったという噂も流れたが、本当のところは誰にもわかりはしない。それにどう見ても怪しい工業団地の本当のオーナーは地域の党幹部と警察に官僚たちの合同事業で、Jが敷地内に会社登記したり始工式をしたことは知らない!うちは無関係だ!と言い張って、それが通ってしまったという。

深センの日本料理味店で会ったH氏から久しぶりにJの話を聞いたのは逮捕から2年経った頃だった。当時深センで小さな設計事務所を開業していたH氏はJの獄外サポートを買って出たため、Jの家族や知人達ともやり取りをする様になったのだが、彼らから聞くJの姿と自分の知るJの違いに驚いたという。「いろんな役人や実業家との関係どころか、生まれた場所や学校、さらには下の名前まで全部ウソなんだよ!しかもJは純粋な中国人じゃなくて半分はウィグル人だったって聞いて驚いちまったよ!」とH氏は酔ってクダを巻いた。

何から何までウソとは・・さすが詐欺師だな・・。じゃあ最初に会った時にJが言ってた天安門事件から日本への留学、そして日本にある中国大使館勤務ってのもデタラメだったんですね?と聞いたところ、H氏から「それは全部本当の事なんだよ」との意外な答えが返ってきた。H氏の知る限りJの人生で人様に言えるような経歴はそれ位しか無いのだという。「だけど反体制活動で逮捕歴の有る人間を中国政府が海外に留学させたり大使館で雇うような事はあり得ないでしょう!」と反論すると、H氏は少しばかり考えこんだ後で「だから俺たちが考えている構図とは違うんだよ」と声を落として話し始めた。

Jは確かに大学生の反政府組織に参加していたが、実際は学生たちの内部情報を公安に密告していたらしい。それで天安門事件直後に逮捕されてもすぐに釈放されたのだが、周囲から疑惑の目で見られ始めたので国費留学生として日本に送り出されたというのだ。「俺はこの話をJの留学生仲間から聞いたんだけど、日本でも留学生会の密告係みたいな事をやってて随分煙たがられていたらしいんだ。もっとも子供の頃から矯正施設を出たり入ったりして周囲からはいつも白い目で見られて来たんだから、Jにとってはヘッチャラだったんだろうけどな」。

結局Jは何かを作るとか生み出すという事が生まれつき出来ない人間なのだろう。成人した後も最初に就職した工場で資材を盗み出す、学生組織に入って反体制運動を壊す、日本人達に取りいって金をだまし取る。Jは自分を信用している人間達の無防備さにつけ込み、関係の主導権を握った後で彼らから収奪し、そして最後に裏切ることに快感を感じていたのではないかと思う。そしてそうしたJの歪んだ性格を見抜き、Jを羊の群れに送り込んだ公安や汚職役人達は最後に前科者のJを所払いして一切合切を幕引きして来たのだろう。

さてこの話には後日談がある。2年前に刑期を4年も早く終えたJは出所後すぐにH氏に連絡をとってきたのだ。二人は直ぐに再会し、JはH氏に一緒にビジネスをしようと持ちかけたが、H氏の小さな設計事務所を見た途端に前言を翻し、「お互い別の道を歩むべきだ」と言ってH氏の元から去ってしまったそうである。H氏は元の輝きを取り戻す踏み台にはならないと判断したのであろう。Jの目には8年間のH氏の献身などハナから映っていなかったのだ。

H氏は今年初めに身体を壊したため事務所を畳んで日本に帰国してしまったが、彼の閉業を知らせるメールにはJが再び活動を始めたようだと書かれていた。この男は下の名前は何度か変えているが苗字は常に同じものを名乗っている。もしもアナタが長身で日本語が上手な「賈 (じあ/JIA)」という姓の男と出会ったら真っ先に逃げ出した方が良い。そいつはアナタを破滅に追い込む捕食生物です。



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天安門事件の元闘士の光と影(2)

帰り道に中国人Jはなぜ単なる雇われサラリーマンなのにあんな大規模なプロジェクトを手がけられるのかと先輩H氏に聞いたところ、Jは今やS社社長のパートナーになっていて、Jの工業団地の出資者の一人なのだという。「Jはな!あの工業団地の会社を深センで上場するつもりなんだよ!そうすりゃ莫大な利益が転がり来んで来るだろ!」と得意そうに言う。単なる工業団地が上場・・?と訝る筆者の表情をみて「あれは単なる団地じゃないんだよ。あそこに入ったお客の全ての面倒を見ますよって仕組みなんだ!」

一般的に大企業と違って日本の小規模企業には中国での操業のノウハウが無い。そこでJの会社はこの手の店子を50社集めて入居させ、労働者やスタッフから工場幹部まで店子に貸与し、資材の調達から輸出入手続き、それに総務から経理までサービスとして提供する計画なのだと言う。日本から機械設備と工場長だけ送ってくれればすぐに操業出来ますよという事だ。「それにな!R&Dセンターを作って製品開発も請け負う計画なんだ!」とどうだ!と言わんばかりの口調でまくし立てるが、この青写真って一見耳触りが良いけど、結局は店子がまな板の鯉になるだけじゃ無いか・・。

しかし日本人にはお人好しが多いもので、日本のS社社長が県の青年会議所や同業者のつてを辿って、一口2500万円の出資金(一区画の使用権とJ社の株式0.5%を取得できる)を募ったため、Jはその後すぐに建設開始にこぎつける事が出来た。始工式には日本の出資者がズラリと集まり、歌手まで呼んだ宴会では乱痴気騒ぎを繰り広げたらしい。そしてこの場で筆者の会社の先輩であるH氏はJの会社のR&Dセンターの責任者に就任する事が発表された。

しかし半年も経つとJのプロジェクトに綻びが見えてきた。工業団地の建設工事がしょっちゅうストップする様になったのだ。Jが言うには深セン市当局からの度重なる立ち入り検査と工事一時停止命令、建築資材の見直し要求、要するに賄賂要求だという。しかも銀行から借り入れが随分増えているという。出資者達は不安になって来たが、日本に説明に来たJは「大丈夫です!深セン市の上の方と話をつけましたから」と全員の前で笑っていたそうである。それが皆が無た最後のJの姿だった。

ある日の午後「Jが逮捕された!」というH氏からの電話を受けた。容疑は業務上横領罪である。H氏の話によると、工事の度重なる中止に不安を感じたS社の社長が独自のルートで調べてみると、なんとこの工業団地の所有権はJの設立した会社には無いことが判明したのだという。(正確に言うと、この団地の敷地内に登記されている幾つかのペーパーカンパニーのうちの一つがJの会社だった)。この工業団地は最初からJの詐欺話にリアル感を持たせる仕掛けでしかなかったのだ。



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