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モスクワの白タク運転手と1ルーブル硬貨

モスクワでタクシーに乗りたい時にTAXIと表示された車を拾うと、雲助運転手たちにぼったくられた挙句に全く違う場所で降ろされかねない事になる。なので筆者らはもっぱら白タクを利用することにしていた。白タクの拾い方は至って簡単で、道端に立って手を上げると道行く普通の車のだいたい10台のうち1台が目の前に停車し、「あんたどこへ行くんだね?」と聞いてくる。「赤の広場まで行きたいんだが」と言うと、そんなら70ルーブルだ・・いや40にしてくれ・・うーん50でどう?これで交渉成立である。

筆者の泊まっていたメズダロードナヤから赤の広場まで正規タクシーなら400ルーブル、レシートは別途100ルーブル要求されるが、一方白タクは50ルーブルだから実に十分の一の値段である。おまけにこの白タクで一度も誤魔化されたり危ない目に遭ったことがない上に、たまに英語が出来る運転手に当たれば生のロシア情報を聞きだせるのだからこんなに価値のある乗り物は無いのだ。

ちなみにこの白タクは彼らの本業ではない。彼らは出勤・帰宅・移動途中の普通の勤め人なのだが、客の行きたい方向が同じならアルバイト的に白タクに変貌するのである。今は知らないが筆者が最後にモスクワを訪問した2006年まではモスクワ市内には数十万台の白タクが走っていて、みんなが小遣い稼ぎに励んでいたのだ。

さて2005年のモスクワ展示会は例年と違って市内からえらく離れたクロクスという郊外の別荘地で開催されたため、白タク確保に大変苦労した。なんせ運ちゃんたちの通勤方向と全く逆コースだから通常の倍の料金を提示しても誰も行ってくれないのだ。参ったな・・これじゃ地下鉄とバスを乗り継いで行くしかないぞ・・と途方にくれていると、通りの反対側でオンボロ車の運転手と話していた同僚が「200ルーブルで行ってくれるってよ!」とこっちを見て叫んだ。よかった!しかも通常料金より安いじゃないか!

展示会の会場まで1時間半ほどかかるので、助手席にいた筆者は体格が良くてインテリっぽい初老の運転手と会話することにした。この運転手は結構流暢な英語でロシアの経済状態や企業の動向などを説明し始めたのだが、話を聞いているうちにこのアレクセイと名乗った運転手はかなりの経済通で実業経験が豊富なテクノクラートではないかと思えてきた。だけどこんなオンボロの車に乗ってるなんて・・と不思議に思った筆者はアレクセイ氏に職業を尋ねたところ「数年前まで連邦政府の石油省で働いていたんだ」と答えてきた。

「ほら!これが若い頃のワシだよ」と言ってラックから取り出した写真帳を見せてくれたが、そこには砂漠の中に立つ何本もの鉄塔を前にしたアレクセイ氏や、アラブ人らしき一団に囲まれている写真、そして誰もが知っているイラクで一番偉かった男と並んだ写真が入っている。「元々は石油掘削の技師だったんだ。アゼルバイジャンやリビア、イラクに石油を掘りに行った時の写真だよ」と話すアレクセイ氏。だけど数年前に石油省は辞めて今は年金で食ってるんだ・・と言った後、「ところでお前ユーコスのベレゾフスキーって知ってるか?」と突然という感じで聞いてきた。


「ええ 一時期は良くニュースに出ていましたよね。汚職まみれの政商でしょう」と返事をすると、「ワシは石油省の官房次長だったんだが、ある日出社すると館内放送で幹部以上は大ホールに集まるように指示されたんだよ。皆なんだろうと思ってホールに入るとステージの真ん中に見たことない男が座っててな。それがベレゾフスキーだったんだ」

ベレゾフスキーは開口一番に「今日から石油省の事業部門は私の支配下に入ることになった」と言い出したらしい。聞いてた幹部職員は呆気に取られてしまったが、すぐに気を取り成してクレムリンに確認をとったところ、そこで判明したのはエリツィンが石油省をベレゾフスキーに差し出した事だった。「ソ連の官僚は確かに硬直化していたが、ベレゾフスキーが送り込んできた数十人のゴロツキに比べればよっぽどマトモだったよ。ゴロツキどもは石油省の財産を収奪しに来たギャングだったからな」とアレクセイ氏は皮肉そうな笑みを浮かべて言った。

アレクセイ氏の話の途中で展示会会場に到着したのだが、この会場、予想以上の田舎に位置していて帰りの白タクが掴まらないのではないかと思ったので、駄目元でアレクセイ氏に帰りも頼みたいんだけど・と頼むと、意外にも「すっぽかされると困るので200ルーブル前払いなら了解するよ」と言ってくれた。そこでお金を渡して夕方6時に会場入り口で待ち合わせとしたのだが、同僚は「バカだな!爺さんがわざわざ交通渋滞抜けてココに来るわけないだろう。爺さんの作り話にほだされて倍の料金払わされたって事だな」と笑ったが、筆者は騙されるならそれで良い、だけどアレクセイ氏は何故か約束通りに来るように思えたのだ。

夕方6時。予想通り会場入口は帰りの足を確保する人たちでごった返していた。おまけに雪まで降り出している。こりゃあ1時間待ちは確実だな・・と思っていると、駐車場の向こうから見覚えのあるオンボロ車がこっちに向かってきた。アレクセイ氏だ!まさか本当に来るなんて!と驚く同僚たち。

アレクセイ氏はやはり約束を守る男だった。お前らもたまには人を信じてみろよ!と同僚に嫌味を言うと、全員「そうだな」という感じで俯いた。なお筆者も人を疑いの目で見る性格であることは同僚以上で、中国人、ユダヤ人、インド人ら口八丁手八丁のろくでなし人種を相手にしているから、運転手が実は元大物だったなんて話を聞けば「嘘つけ!この野郎!」と食ってかかるのは確実だが、アレクセイ氏の話ぶりや内容には何故か頭の中の鈴をチロリンと鳴らすリアリティを感じたのだ。


帰りの車中でアレクセイ氏に石油省の続き話をしてくれと頼むと、「大部分話したから残りはあんまり無いんだけどね」と前置きした後、ベレゾフスキーに従うべきかどうか相当悩んだという話をし始めた。ロシア国民の財産をユーコス社が収奪することに協力すれば巨額の報酬が約束されていたし、妻と大学生の息子を養う責任もあった。それにベレゾフスキーの周りにはマフィアが控えていて何十人も殺されていたそうだ。「だけどワシは自分の信念を裏切ることは出来なかった。それでベレゾフスキーにお前には協力しないと言いに行ったんだ。そしたらその日のうちに解雇されたよ。でも全く後悔などしていないんだ」と笑いながら言った。

そのあと筆者ら一行は展示会最終日までアレクセイ氏と契約し毎日送り迎えしてもらったのだが、彼からロシアの社会状況や笑い話などを教えてもらい毎日が大変楽しい車中だったことを覚えている。さて展示会も最終日の帰り道にアレクセイ氏にお礼として100ドル札を渡そうとしたのだが、彼は「ノーノー!金なら十分払ってもらっているよ」と言ってガンとして受け付けない。

やはりそうか・・と感心していると、「だったらお前たちの国のコインをくれないか?ワシは外国のコイン集めを趣味にしてるんだよ」と言うので、みんなでカバンのなかを引っ掻き回して日本円、香港ドル、中国元、シンガポールドルのコインをアレクセイ氏に手渡した。その時のアレクセイ氏の嬉しそうな顔。ありがとう!早速今夜吟味させてもらうよ!という礼のことば。

翌日帰国の途につくためシェレメチボ空港へと向かう道中で、アレクセイ氏は「これは昨日のお返しだ」と言って人数分の小袋を筆者に手渡した。「中にソ連時代の1ルーブル硬貨が何種類か入ってるよ」というので袋を開けて見たところ、大小4種類の硬貨には鋳造年と今は消え去ってしまったソ連指導者たちの横顔が刻印されていた。「今のロシアルーブルと違って通貨が本当に国民生活に根ざした時代の硬貨なんだ」と楽しそうに笑うアレクセイ氏。そして空港のロビーで握手をすると彼はオンボロ車に乗って彼の職場である市内へと帰って行った。

それから数年して筆者もそこそこ出世し、香港で苦労は多いがやりがいもある毎日を過ごしていたのだが、今から2年前に精神が壊れた人間が上役として香港に赴任してきた。このことは別の日記で書くつもりなので詳細には触れないが、この男がひねくり出した営業革新プロジェクトと言う名のキチガイじみプランを実行せよ、さもなくばお前は外すぞ!いう厄介な状態に追い込まれてしまった。

そこで筆者もロシアの石油省の幹部同様に香港に出張に来た何人もの幹部に実情を説明したが、幹部たちはキチガイ上司のイカれた改革案にすっかり取り込まれてしまっていて筆者の率直な申し入れに耳を貸さなかった。(ちなみに改革案は1年後にボロが剥がれ事業は壊滅的な状態となり、この壊れた男は今年解任された)

自分もアレクセイ氏と同じ立場になってしまったな・・と思った時に、彼の「自分の信念は裏切れない」という言葉が頭に浮かんだ。よし!俺はアレクセイ氏のように殺される心配はない!なら徹底的に戦ってやる!そして半年間事業を守るため孤軍奮闘したが、ついに日本に強制帰国を命じられたので、その日に会社に辞表を出した。なお言っておくが筆者もこのことを後悔はしていない。先人たちが作り上げた営業組織を頭の壊れた男の指示に従って自らの手で崩してしまったら、自分は一生悔やんでも悔やみきれなかっただろう。

香港からマニラへの引越し荷物を整理していると、旅行カバンのポケットから数枚のソ連のルーブル硬貨が出てきた。おお!ここにあったのか!と思って(筆者は整理整頓が苦手である)フルシチョフやマレンコフの横顔を眺めていると、もう無くなってしまったソ連という国家、もう亡くなってしまったアレクセイ氏の笑顔、そしてもう無くしてしまった自分の会社員生活、いろんな思いが一気に心に込み上げて来てしばらくカートンBOXの散らかる中で佇んでしまった憶えがある。さてフィリピンに移住して1年が過ぎ、筆者は新しい人生をスタートさせたが、アレクセイ氏から貰ったこの1ルーブル硬貨はリサール州の筆者の小さな家の寝室に記念品として今でも大切に飾っている。

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南の国に溢れかえるロシア人たち

筆者が始めてロシアの地を踏んだのは今から10年以上前の事である。当時のロシアは90年代の大混乱を経て経済がやっと離陸する時期に入り始めており、それまでの一部の政治家とマフィアと経済ゴロだけが豊かな時代から、中小資本が多数乱立してロシア経済の主柱を担う時代へと移り変わり始めていたのである。簡単に言うと30代で年収10万米国ドルクラスのプチブルジョアジーがあちこちの町内で毎年数人づつ誕生し始めていたのだ。

筆者の会社は毎年11月に開催されるモスクワの展示会に出展していたのだが、この時期というのは冬に入るか入らないか微妙な時期で、もし冬入りしていた場合は展示会がうまく行かなくなることが頭痛の種であった。これは冗談ではなく雪が降り始めると本当にロシア人たちはブスーッとしてしまい、商談が不快になるだけでなく注文は減るわ値段は厳しいわで踏んだり蹴ったりになってしまうのだ。それで筆者は一計を案じ、秋の展示会以外に毎年夏に入る前にもモスクワを訪問するようにしたところ、まあみんな上機嫌で注文は一杯くれるし、夜まで飲めや歌えやのどんちゃん騒ぎ続きだし、ロシア女性たちは心も体も開放的になって淫らに乱れ狂う様を実に味わい深く堪能出来るのが何よりの楽しみであった。

「いいか!冬の厳しさを誰よりも知ってるのはロシア人なんだよ!寒さは人を変えてしまうんだよ」というのはモスクワの顧客であるフェデシキン氏の弁。当時の新興成金として郊外の瀟洒な邸宅に美人の奥さんと二人の子供、そしてBMWを乗り回す結構なご身分であるが、これからやってくるロシアの冬将軍の事を思うと一家全員と飼い犬まで身も凍る思いだという。毎年クリスマスの時期に黒海沿岸のリゾートに一家総出で出かけるのが冬の唯一の息抜きだと言った後、「ところでお前は冬になると何処へバカンスに行くのか?」と聞いてきた。何処って・・大体プーケットが多いけど・・と回答すると、このフェデシキン氏は首を捻って「それは一体どこの国なのか?」と改めて聞く。なおフェデシキン氏の名誉のために言っておくが彼はバカなのではなく、当時のロシアにはアジアの情報が十分知られていなかっただけである。何せ最近お金に余裕が出来たくらいだから海外なぞ行ったことは無いし、南フランスやキプロス、トルコのリゾートは名前くらいは知っててもプーケットとかサムイなんて単語さえ聞いたことがなかったのだ。

筆者はお節介なのでプーケットの美しさやホテルの値段と物価、さらにはオープンバーの女の子の値段やエロ按摩などを思い入れタップリにフェデシキン氏に説明したところ、彼は随時驚きの表情を浮かべた後「本当にそんな値段で滞在できるのか?!」と何度も筆者に聞いた挙句、「よし!だったら今年は黒海を止めてプーケットに行ってみるよ!今だったらまだ間に合うだろ!」と早くも乗り気になってしまった。まあ筆者はタイが好きなので、こうして知り合いの一人がタイに行ってくれるのを「その時は」実に嬉しく思ったものである。

さて翌年の7月にモスクワでフェデシキン氏と再会すると、彼は開口一番「○○(筆者のこと)!プーケットは実に素晴らしかったよ!君に感謝しないとね」とはしゃぐように言う。常夏の島、美しいビーチに美味い料理、買い物とスパに家族全員(特に婦人)がすっかり魅了されてしまったのだそうだ。「家族全員の強い希望で今年もまたプーケットに行くことにしたんだ。女房の両親や俺の兄弟も引き連れてな!」とついに俺たちは地上の楽園を見つけたと確信せんばかりの表情で言う。

ところがその年のクリスマスにはみなさんご存知の通り大津波がプーケットを直撃、数多くの死者を出す大惨事となってしまったのだが、このフェデシキン氏は津波が全く来なかったエヴァソンという島南東部のホテルにいたため家族全員かすり傷一つ負わなかった。ああ良かった!これで誰か死んでたら俺が恨まれるとこだった・・筆者は安堵したのだが、このフェデシキン氏は驚いたことに津波であれだけメチャクチャに破壊されたプーケットにコンドミニアムを買う計画だという。「値段が下がったし今がチャンスだと思うんだよ。毎年行くんだからさ。なーに津波で人が沢山死んだからって、極寒のモスクワでクリスマスを迎えることと比べればどうってことないよ。俺たちが一番嫌なのは幽霊でも津波でもなくてロシアの冬なんだからさ」とどこ吹く風といった感じである。

さて結局一昨年までフェデシキン氏とは毎年会っていたのだが、年末のプーケット旅行は毎年倍々ゲームのように同行人数が増えていき、今や会社のパートナーや社員とその家族(費用は各自が負担する)、さらには会ったこともない社員の知人まで飛行機をチャーターしてプーケットまで引き連れて行くようになったらしい。「みんな口を揃えてプーケットに行きたいと言い出してね。いやいやあんなに素晴らしい所があったなんて!全く君には感謝してるよ!」と真摯な瞳で筆者をみつめるフェデシキン氏。

しかし・・今やタイのビーチはロシア人に占領され、元々プーケットの主だった日米欧の観光客は隅に追いやられた感がある。そして筆者は今回バンコクの空港にはノボシビルスクとかいうロシアのド田舎からチャーター機が飛んできて、何百人ものデブのロシア人が嬉しそうに身体を揺すりながら入国審査めがけて走っているのを見てしまった。このままではタイはロシア人だらけになってしまう・・・。勿論フェデシキン氏がロシア人にプーケットを喧伝した影響などタイに溢れるロシア人の一万分の一も無いだろうが、筆者はプーケットを紹介してはいけない人種に教えてしまったことを今では反省している。最後に一言。とっておきの場所を絶対ロシア人に教えるな!さもないと北方領土やクリミア半島のように大挙して占領しに来るぞ!


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マレーシア機についてのロシア人の考察

つい先ほど「4月中旬までブログは休止」と書いたが、スマホでの文字の打ち方を少しは覚えたので、調子に乗って一文書くことにした。さて筆者が現在いるタイ南部のリゾート地クラビにいる外国人観光客のうち半分くらいはロシア人である。特に筆者のいるホテルはロシア人が多く、現在筆者はビーチに寝っ転がってこの記事を書いているのがだ、右隣はロシア人親子の3人連れ、目の前はロシア人カップル、海ではしゃいでいるデブ5人はロシア語を話していると言った具合である。

さてこのロシア人、外国人に対しては何時もブスッとしていて、さながら赤の広場で軍事パレードを眺める旧ソ連の政治局員のごとく実に嫌な野郎に見えるのだが、あちこちのテーブルで何気ない話をしていて徐々に打ち解けてくると、実は田舎者丸出しの人の良さが現れてくるのである。


こうして仲良くなったロシア人たちと世間話をしていると、時局柄マレーシア航空の行方不明事件に話が写って行く。ロシア人にしてみれば今現在いるタイ近辺で発生した事件だし、自分たちもこれから飛行機に乗って帰るのだから我が事の様に考えてしまう様である。さてこのロシア人たち、流石はレーニン、スターリンによる人類史上まれに見る迫害を受けて来ただけあって、CNNやBBCの報道をそのまま信じることなど絶対に無いのだ。

あんたMH370便はどうなったと思う?との筆者の問いに、ほぼ全員のロシア人が「中国領空内で中国軍に撃ち落とされたに決まってるだろ」と明快に答えた。報道じゃ何らかの理由で飛行進路を変えたって言ってるじゃないか?と問い返すと、「それはネジくれた論理だ。一番自然なのは航路上にある中国の地対空ミサイル部隊が間違って撃ち落としたっていうケースだ。俺は空軍にいたから知ってるけど、ロシアじゃ良くある事だよ」と呆れるようなことを言う。

衛星が南インド洋で残骸らしきモノを発見したじゃないか?と言っても、「そんなの中国が後からばら撒いたんだろ。それに中国はオーストラリアの国債もっと買うとか約束して両国で大芝居打ってんだよ」と真面目な顔して自論を述べる。「悪天候で近付けないなんて嘘っぱちさ。ムルマンスクの海軍部隊なんて大嵐の中でも平気で出港するんだよ。あんなの偽の証拠を撒き散らすまでの時間稼ぎさ!」。これは一理あるな。

もし中国が撃ち落としたのなら「信号が発せられない国籍不明機なので撃墜した」とか言って先に公式発表した方が対外ダメージが少ないんじゃないか?と言っても、「軍から党への連絡が上手く機能しなかったんだろ」「政権が新しかったり弱っかったら良く有る事だよ」「今の中国の親玉は軍に逆らえないんだよ」恐ろしい事を言う。まあ確かにソ連による大韓航空撃墜が起こった時もそんな感じだったな・・・。

そして最後は「まあアメリカも真相はとっくに知ってて、今頃中国と事実隠蔽の値段を交渉してんだろうよ」という締めの言葉だった。一応それなりにまとまった話になっている。さすがラスプーチンやベリヤを産んだロシアだけあって見事な陰謀論史観である。こんな国民ごと猜疑心にかたまった民族だからこそプーチンの様な悪の天才が生まれて来るのだ。お見それしましたロシア人!


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パソコン故障のため一時ブログ休止します

お久しぶりです。前回の日記を書いた後、バンコクでパソコンが壊れてしまったためずっと日記更新できませんでした。筆者は現在タイ南部のクラビにおります。日記に書きたい事は山ほどあるのですが、指の太い筆者にとってiPhoneに文字を打つのは大変面倒なので、マニラに戻る4月中旬までブログは一時的にお休みします。
最後に一言。この東芝のクソ馬鹿野郎!お前んとこのパソコン買って2年もったためしがねえぞ!早く潰れろ!この欠陥会社!

バカンスの概念が無いフィリピン人妻

筆者はチェンマイで1カ月程度のんびり過ごすつもりでタイに来たのに、チェンマイは8泊滞在しただけで早々に切り上げ、嫌々ながら昨日バンコクに来てしまった。なぜこんな事態になってしまったのかと言うと、女房がチェンマイは飽きたから他の都市へ行きたいとさんざん駄々をこねたからである。なので現在この日記はバンコクのスクムビット通りにあるホテルの部屋で書いている。

「象の背中にも乗っかったし山岳民族の村も見て回ったからもう十分よ!」というのが女房の弁だが、お前!それは短期決戦型の観光旅行という奴で、時間だけは腐るほどある俺達夫婦は長期滞在型、つまり異国の地でごく日常的な日々を送るロングステイに来てるんだぞ!と説明したが、女房はハア・・?という反応をするだけで筆者の言ってる事が腑に落ちないようである。
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今から17年前の付き合い始めてすぐの時期にプーケットで初めての海外旅行を経験して以来、毎年バリ島やらシンガポール、そしてタイに女房を連れて行き(ただし10日程度の旅行)バカンスの過ごし方は教えてきたつもりだったが、やはり元々がリサール州のド田舎出身という育ちの悪さは折り紙つきだけあって、「ウチは今年の夏は軽井沢で一月ほど・・」というようなゆとりある概念が頭に中に浮かばない様である。

どうも女房の中では「旅に出たら徹底してみて回る」「そして旅以外の時期は自宅でゴロゴロする」という二元的思考しかないので、チェンマイ在住の旧知の友人も加わって女房の凝り固まったマインドを解きほぐそうと試みることにした。そして「こうでしょ・・ああでしょ・・」を繰り返しているうちに、やっと女房がロングステイを受け入れられる2つの答えを発見した。
①一族全員で一緒にチェンマイで過ごす
②キッチンがあるアパートを借りる
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上記①の答えは「お前は何を言うとるんだ」と呆れたが、女房は「だってごく普通の日常を過ごすんなら、いつも一緒にいる家族は絶対に必要じゃないの!」と至極真面目な表情で言う。唖然・・・。まあこの件はフィリピン人の民俗学的な話になってしまうし、それに出費も増えるのでこれ以上の議論は中止した。だって毎週最低でも1回はあってる親戚は最低でも10人を超えてしまうからである。なので筆者はひたすら沈黙・・・。

一方の②の答え「キッチン」にはナルホドと納得した。確かにホテル住まいは窮屈だし、料理好きな女房は他人の作った料理を食べるよりも、スーパーや市場で素材を買って自分でタイ料理にチャレンジしたいのだろう。それにアジアの女に特有の「女の居場所は炊事場」という強いアイデンティティがあるようだ。そうかキッチン付か・・。それなら筆者もツマミを作ったりできるし、大好きな香港式朝食(ザーサイ入りインスタントラーメンとベーコン・ハム・オムレツとトーストの組み合わせ)も毎日食えるじゃないか・・。
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さて今ネットで調べていたら、チェンマイはバンコクと違ってサービスアパートというのは数が少ないようだが、城壁の北西部あたりには月単位で賃貸できるキッチン付物件がいくつかある事を発見した。それで早速女房にスタジオタイプから2ベッドルームや3ベッドルームもあるようだぞ!と言うと、突然女房の顔つきが変わって「だったらチェンマイにいる時に見に行けば良かったじゃない!。部屋が4つあれば宿泊費は浮くし、妹に従姉妹にエスター叔母さんの一家も読んで、ああそれからジェンの一家も!」と急に乗り気な口調になってきた。お前なあ・・オットセイみたいに一族でいつも群れるのを止めろ!!

関西のオバちゃんに感服

チェンマイに来ても特に用事は無いので、昼間は女房と二人で空港の近くにある巨大なショッピングモール CENTRAL AIRPORT PLAZAに行くことにしている。ここにはデパートやスーパーマーケット、映画館、ショップ、レストランがワンサカ入っていて建物の中をブラブラしているだけで格好の暇つぶしになるからである。あとチェンマイ市内にはもう一つCENTRAL FESTIVALという最近できたショッピングモールがあるので、チェンマイにロングステイしに来たんだけど昼間は暑くて外出する気にならん・・という方は、両モールとも市内の主要ホテルを結ぶ無料シャトル便(ミニバスやタイ版ジープニー)があるので昭和40年代の日本のようにデパートに涼みに来ることをお勧めする。
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さて本日午後にホテルに帰るシャトル便内での出来事である。同乗者はシンガポール人らしき一家と白人とタイ人のカップル、それに国籍不明の4人組の若い女と、筆者の対面に座る50代後半と思しき婦人2人であった。車が出発してしばらくすると目の前のご婦人たちが「ホリディインは今年ずいぶん値引きしてくれてな・・」とか「シャングリラは食事がほんまに不味くてなぁ・」などと話し始める。あれっ?この二人は関西弁だぞ。どうやら筆者同様にチェンマイに毎年ロングステイに来るオバちゃん仲間のようで、筆者は女房と英語で話しているので日本人だと気が付かない様である。やがてこの二人はどこどこのホテルのメンバーシップがお得だとか、あの日本料理店のランチは値段の割に満足がいくなど筆者も知りたい情報を話している。さすが関西人!金にうるさい割りに満足だけは最大限求める日本の中国人だけある。
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さて乗車10分も過ぎると二人のオバちゃんの会話は筆者の期待とは裏腹にオバちゃんたちの身の上話になってしまった。「ほんま、姑が逝きおったからアタシもこういう旅が出来るようになったんやで」「ウチかてそうや!あのババア、嫁に入ってからというもん手間ばかりかかってエライ難儀したけど、頭やられて体動かんようになってからますます手に負えんようになって!」と険しい口調で話す二人。なるほど・・介護と言うのは大変だとは聞いてたが、この二人はそんな戦場のような毎日を過ごしてきたんだろう・・。苦労した分チェンマイで人生を謳歌してもらいうたいものだ・・と温かい目でこのオバさん二人を見つめていたら、片方のオバサンが突然「ウチ!ホンマに頭きたからババアに金魚食わしたった!」と言いだした。な・・何?金魚だって?
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「ババア頭すっかりボケとるから金魚美味そうに食べてたわ!そんでも腹壊したらどないしよと心配したけど、戦後食うもん無くて犬食っとっただけあって胃腸の方は丈夫に出来とるもんやわ!」と言って今度は二人で大笑いである。こいつら鬼嫁か・・。そしてもう片方のオバさんも「ウチのババアも頭壊れとって何食うてるか分からんから、冷蔵庫にあった腐りかけの豆腐与えたらむさぼるように食い始めるてな!そんで食い終わった後で「直子さん!美味しいヨーグルト有り難う」てお礼言われたわ!ウチ可笑しうて可笑しうて・・、それでいつも腐りかけの残飯を「おばあちゃんヨーグルトですよ♥ 」て家族誰もいない時に食わせとったんよ」と高笑い。そしてこのオバちゃんたちの実にうれしそうな顔といったら・・。
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「だけど転んだら一気に寿命縮まるもんやな・・」と急に神妙な顔になる片方のオバちゃん。「ウチのババア、骨いかれたら寝たきりになってしもうて半年で死によったわ。それまではアチコチ出歩いてエライ迷惑ばっかかけとったのに」と相槌を打つ片割れ。やっぱ足腰が立たなくなると気の方も折れてしまうんやな・・とお互いにウンウンという感じで頷き合っている。おい!アンタらも20年すりゃそうなるんだぞ!と思ったその時、「だったらボケ始めの時に階段から突き落としとけばよかったんや!」と大笑いするオバサン。「そうや!頭イカレテるから何も分からんし、体のあちこちの骨いかれれば2~3か月でお陀仏やろ!ちくしょう!息子が大学出たときにババア突き落としときゃもっと早くチェンマイ来れたのに・・」と言って二人は大笑いした。
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この後も姑早く車にでも当てられて死ねばよかったのに、風呂でも沈めて殺しときゃあ良かった、こんな悪口いって化けて出てきたらどうするんや?そんなもん化けて来たってまた腐った豆腐食わせればウチに感謝するやろ!という人間をバカにしきったような会話のオンパレード。二人の実に楽しそうな様子に同乗の外国人たちも耳を傍たてているし、筆者の女房も「あの二人は一体どんな楽しそうな話をしているのか?」と英語で聞いてくる始末(筆者と女房の第2共有言語である広東語で「後で教えるよ!」と答えた)。それにしても関西のオバサン・・人間の深淵にひそむ悪魔性をこんなあけっぴろげに話すとは実にお見事としか言いようがない。だけど今度この手の話をする時は周りに日本人がいるかどうか注意深く確認した方がいいよ。それと中国人みたいに公衆の面前で大声でしゃべるのは大阪でだけにしてね。

やっぱりチェンマイの方が住み易そう

フィリピンに数カ月も滞在すると退屈で仕方がないので、女房と二人で筆者の心の故郷であるタイに行くことにした。インターネットを見ていたらタイ航空がマニラ-バンコク往復を115米ドルでプロモーションしていて、それにつられてフィリピン航空も値引きを始めたのを発見したからである。4月下旬にパンパンガで開催される年に一度の親戚の大会合(リユニオン)までは取り立てて大事な用事もないし、タイのデモも鎮静して来たようなので、思い切って3月10日から1月半ほどタイとベトナムを回る計画である。
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さて筆者が現在いるのはタイの北部チェンマイである。一昨年初めてチェンマイに訪れた際に、そのノンビリした町並みと物価の安さがすっかり気に入ったので今回の旅では訪問先一番手にしたのである。まず何より嬉しいの食のレベルの高さだ。タイ料理が美味いのはもちろんだが、世界的な観光地だけあってイタリアやインド料理、それに中華料理なんかも街のあちこちにあるのだ。そしてどの店も女房と二人でシッカリしたモノを食べて700バーツ以下(1000ペソ程度)とマニラの半値以下というのが嬉しい。イーストウッドのレストランオーナー達は少しはタイの事を見習え!この詐欺師ども!
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チェンマイでは到着早々に学生時代からの友人と会って酒を飲んできた。一人はチェンマイの領事館に勤める日本の公務員で、もう一人は毎年冬にチェンマイに長期滞在する山小屋の親方である。領事館の友人の話だとチェンマイとその周辺地域には約2000人の日本人が定住(1年中住んでいるという意味)していて、1~3か月程度の短期滞在を含めると約8000人、別の統計だと1万人の日本人が暮らしているという。「海外定住で一番人気なのは表向きはマレーシアだけど、短期滞在を含めれば今でもナンバーワンはタイ、特にチェンマイだ!」と友人は胸を張って言った。
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筆者は昨年11月に1カ月ほどマレーシアに滞在、特にペナンには2週間もいて「ペナン最高」という記事を書いたが、今回チェンマイを再訪問してみてペナンと比べてみれば、製品の物価や食事の質の高さ、住宅のコストパフォーマンスのどれを取っていてもチェンマイの方が格段に上のように思える。それに何よりも永住ビザ獲得のためのハードルが全然低いのが良い。やっぱりマレーシアじゃないな!うん!タイだ!タイタイ!。それからフィリピンだけども・・女房の出身国と言う以外は何一つ筆者を留めておく理由は無さそうである・・・。
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「おい!〇〇(筆者の事)!コンドミニアム買うんなら俺が物件紹介してやんぞ!」と酒に乗った勢いで調子の良い事を言い出す領事館の友人。あんた物件って言ったって公務員だろ・・それに外国人の購入枠とか色々制約あるじゃんか・・と思って話を聞いてみたところ、実際にはいろんな方法で相場よりも安く買えるとの事である。「一番ダメなのはな!日系の不動産屋や日本人セールスマン雇ってるタイの不動産屋から買う事だよ!アイツらいるだけで3割高くなるんだ!」と自信ありげに言う友人。そんなの世界の常識だし、俺は日本人が出てくれば絶対に買わない主義なんだけど・・と呆れたが、この友人が最近紹介した物件の価格を聞いてみて「エッ?」と思った。たしかに聞いた値段よりも3割以上安いや・・。
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さて筆者の頭を現在悩ませているのはチェンマイ移住の話をどう女房に切り出すか?である。50歳になるまでは定住ビザが貰えないので年に数カ月の滞在がしばらく続くのだろうが、女房は昨年フィリピンに戻ってから「もうアタシは家族や親戚連中と離れて暮らすなんて考えられない」と公言しているので、ちょっとややこしいことになりそうである。でもリサール州は10年たっても退屈だろうし、かといってマニラ市内は交通渋滞と公害が深刻化して人が住むような所じゃなくなるだろうから、ここは強い意志を持って女房をだまくらかすことにしよう。それに去年俺がダバオに住みたいって言った時に「OK」って言えばこんなことにはならなかったんだよ!

中国人から教えられた事

筆者はいつも中国人の悪口ばかり書いているので、ブログを読まれた方は「こいつは腹の底から中国人を憎んでいるんだ」と思っておられるだろうが、実は筆者はけっこう中国人が好きなのである。まず第一に筆者は27歳で香港に来てから20年間ずっと中国人に囲まれて商売をしてきたのだし、中国人の考え方というのを身を持って学べば(ただし数年かかる)意外に居心地の良い世界がそこには広がっているのだ。なお筆者は今女房の国であるフィリピンに住んでいるが、もしも日本に住むか中国文化圏(台北や北京や香港)のどちらかを選べ!と命じられたら、迷うことなく中国文化圏を選ぶと思う。肩ひじ張らずに本音で生きる中国人たちの世界の方が筆者には水が合うからである。

筆者が前に勤めていた会社の後輩たちは「中国人はマナ-が無い」「アイツらはズルい」といって中国の顧客との折衝から逃げたり見下したりしていたが、筆者は「おいおい!ケシカランとだけ言ってお終いかよ!」と後輩たちを叱りつけたものである。いかなる時代であれ中国は隣の大国であり続けたのだし、それに日本列島ごと南太平洋に引っ越す訳にもいかないのだから、どういう形であれ中国とは友好と敵対と妥協時期を織りなしながら(共存とかの甘い言葉を言っているのではない)相手と伍していかなければ日本などたちまち弱体化してしまうのである。敵を知り己を知れば百戦危うからずという孫氏の言葉通り、中国人のメンタリティややり口を徹底的に研究し、相手をやり込めるだけの能力を日本人が身につけることが必要であろう。
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さて筆者が今から20年前に香港に来たばかりの頃に経験した出来事について書いてみたい。なお文章は下手だし長文なのを許してほしい。筆者の会社はある消費財のキーパーツを香港と中国の顧客(約700社あった)に4社ある代理店経由で販売していたのだが、筆者は新人ながら代理店のうちの1社を任されることになった。当時27歳の筆者は「顧客第一」とか「代理店との一体感」みたいな格好良いスローガンをそのまま信じていて、この代理店のオーナーの奥さん(彼女がセールスマネージャーだった)と一緒に毎日顧客を訪問していたのだが、数カ月するうちに先輩(彼も代理店を2つ抱えていた)から「お前の代理店が俺の代理店の顧客を安値で切り崩しているぞ!」と抗議を受けた。確かに代理店の売り先である顧客の規模や重要度によって値引き率の差をつけていたから市場価格を大幅に下回る販売実績はあるが、筆者の代理店の出荷実績は全て報告を受けてチェックしていたから他の代理店の縄張りを侵食するはずがない。それで先輩には「そんな事はありえませんね」と突っぱねたところ、先輩はニヤニヤ笑いながら「お前そのうち足下すくわれるぞ!」と言い残して去って行った。

しかしその後数週間のうちにキーパーツの市場価格が急速に下落、ついには競合他社からも「おたくの○○(筆者のこと)が値下げの指示を代理店に出しているようだ」と抗議が入る事態になった。まさかと思って代理店の奥さんを問い詰めたが「私は横流しなどしていない!」と涙ながらに自分の無実を訴えてくる。彼女の涙をすっかり信じた筆者は、筆者と同く最近香港に赴任して来たばかりの上司に「これは悪意に満ちた根も葉もないデマです」と否定したが、上司の上司である支店長の机の上にはある特殊なキーパーツがインボイスと共に置かれていた。インボイスの発行者は筆者の代理店、そしてそのキーパーツはアメリカの大手顧客向け専用に作られたもので筆者の代理店経由でしか販売しない特殊品だった。「どうしてアメリカの大手に行くキーパーツが香港で売られているのか説明できるかね?」と嫌味を言う支店長。その時の裏切られた気持ちを屈辱感と言ったら・・。それでその足で代理店に向かい代理店のオーナーを呼びつけて相手の誠意の無さをなじっったあと取引停止を通達したのである。
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その次の日のことである。取引先のオーナーが筆者の上司に電話を入れると「話があるので会社に来てくれ」と言ってきた。取引停止するのに何で今さら・・と思ったが、3カ月分の売掛金の回収に気をもむ上司は早速筆者を引き連れて代理店へと向かうことにした。そして出てきたオーナーは筆者らを女房のオフィスに連れて行ったが、そこで見たものは砕け散ったガラス、滅茶苦茶に壊された机、大きく穴の開いたデスクトップPC、そして壁にあるいくつもの凹みだった。凄惨な光景・・・。「あのバカ女!思い切りぶんなぐってやったらビビッて逃げていきやがった!」と怒鳴り散らすオーナー。ちなみにこのオーナーは黒社会のメンバー(日本で言うと企業舎弟)と噂される男なのだ。「あのバカ女がいなくなったからお前らも安心できるだろ!」と大声で喚き続ける姿に、同じフロアにいる何十人もの社員が震えあがっている。結局その場は話が出来そうにないので早々に退散することにした。

筆者がオフィスに戻ると別の取引先から「あの代理店の奥さんを責めたんだって?」という電話が入って来た。何で知ってるんだろう・・?と不思議に思ったので聞いてみると、「もう香港中で噂になってるよ!言っとくけどあの奥さんは後妻で、前の奥さんはオーナーに責められて飛び降り自殺してんだよ!今回も自殺するかもしれないぞ!」と驚くような事を言う。前の奥さんが自殺だと・・?これは本当かどうか真偽を調べるため香港滞在10年の支店長に聞きに行ったところ、あっさり「それは本当だよ!」と言った。どうしよう・・俺が追い込んだのか・・だけど横流ししたのは・・と自分を正当化したいが心が動揺してしまってどうにもならない。それを察した支店長と香港人トップの役員は「おい!○○!おまえ本当に今回も自殺するとでも思ってんのか?!」とニヤニヤ笑いながら筆者をからかうように言った。
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さてそれから3日後のことである。オーナーから上司に「女房が見つかったんだ。お前たちに謝りたいから今夜食事を一緒にしないか」と言う電話が来た。ああ良かった・・生きてたんだ・・とひとまず一安心である。それで夜に上司と一緒に銅鑼湾にある日本料理店に出かけていったのだが、個室に通された時に一目でこの場が尋常じゃないことが判った。あの美人な奥さんが・・髪の毛はゴワゴワでグシャグシャ・・目は充血しまくっていて、顔にも何カ所か痣がある。それに目付きも遠く宇宙を見ているかのよう・・。物凄く気まずい雰囲気・・。これは参ったな・・・と上司と二人で顔を見合わせていると、この奥さんが「全て私の責任です・・お願いですから取引を切らないでください・・」とポツリポツリつぶやくやテーブルに臥せってワーッ!と泣き始めた。あまりの重苦しさにその場から逃げ出したくなったがそうもいかない・・。それでそのまま懐石料理と日本酒を飲みながら息苦しい会話をつづけ、やがてオーナーが「女房には二度と失敗させない様に俺が責任を持つから取引を再開してくれないか!」と懇願してきたので、もう雰囲気に耐えられなくなった上司が「わかりました!全て元通りにしましょう!」と回答した。

オーナーと上司と筆者の3人に少しだが笑顔が戻ると(奥さんはぼーっとしたままだった)、ぎこちないながらも経済状況とか商売の流れのような会話が少しずつだが進んで行った。あの客はブラジルの大手ブランド向けで儲かってるとか、中国市場の成長は数量が先か単価アップが先かみたいな話である。やがてこっちも酔っ払ってきてもうちょっと具体的な話、つまりジョージ・ラム氏向けの商品Xは対前年で倍増しそうだから5%値引きしてくれないか?というような話に移っていったが、こっちも罪悪感から解放されたので値引きに鷹揚になっている。そして話が最大規模の顧客への値引き要求になってきた時に、これまで石のように硬直して動かなかった奥さんがカバンから電卓をサッと出すや「もう2%!そうすれば競合他社から30万個もぎ取れるのよ!」と叫んで電卓をバチバチを叩くと筆者の目の前に突き出した。この女・・叩いても死なないしぶとさだ・・。
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翌日会社に戻り事後報告を済ませると、支社長と香港人トップの役員は「お前はな!完全にしてやられたんだよ!女房をぶっ叩いたり自殺するってのも全部演技さ!商売のためには中国人は何だってやるんだ!まあ今回はいい勉強になっただろう」と言って二人してワハハハハと大声で笑った。そうだな・・その通りだ・・と思って筆者も苦笑いしたのを覚えている。そしてあれから20年がたったが、オーナーが日本料理店で約束した「失敗は二度と起こさない」という約束はもちろん守られる事は無く、毎年2~3度は横流しをやって市場価格をぶち壊されたが、こっちも経験を積むうちに相手のやり口が段々分かってきて、相手のウソを見抜いたり先手を打って動きをブロックする事が出来るようになってきた。やがて筆者の交渉相手は奥さんからオーナーになり、お互いの社益(国益みたいなもん)を巡っていつも相手に掴み掛らんばかりの勢いで交渉をするようになったが、商談の後はいつも食事をして手打ち・・そしてまた翌週にガチンコの交渉・・という繰り返しが2年もすると当たり前になった。

さて一昨年末に筆者が会社を去ると言うことで、オーナーと奥さんが送別会を開いてくれた時のことである。筆者が面白がって20年前の横流しの件について理由を聞いたところ、「だってアナタは必死になって顧客のためになる事をしようとしてたから、アタシはアナタの夢をかなえてあげただけなのよ」といけしゃあしゃあと言った。そしてオーナーも「右も左も分からん日本人がノコノコやってきたからな。お前は会社のためとか顧客のためとか言ってたけど、本当は自分の達成感を求めていたんだろ?だからそこを利用して儲けさせてもらったんだよ」と言って大笑いした。ロクな経験などないのに使命感とプライドだけはご立派なバカ小僧が来たんだからさぞかし組み易かったのだろう・・。そう思うと筆者のの腹にも笑いが込み上げてきた。なお自殺云々の真意については二人は曖昧に笑うだけで最後まで何も答えなかった。
      
     

マレーシア航空機墜落の謎

乗員乗客239人を乗せ消息を絶っていたマレーシア航空370便について3時間ほど前に続報が入った。ベトナムの航空部隊が同国領海内に2つの巨大な油膜を発見、同国はこの海域にマレーシア航空機が墜落したとほぼ確定したようである。マレーシア航空によると乗客の国籍は中国が153人(うち幼児1人)、マレーシアが38人、インドネシアが7人、オーストラリアが6人、フランスが4人、米国が3人(うち幼児1人)など14か国で、うち最も多い中国人乗客の大部分は同国の仏教団体に属する青年たちであったらしい。
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筆者が最初にこのニュース(マレーシアの航空会社が失踪した)を聞いた時には全乗客が安全であってほしいと切に願ったが、行先が北京であった事、乗客の大半が中国人であったこと、墜落した海域が中国が侵略を図っているエリアであることを知った時に、ひょっとしてこれは中国が仕組んだテロではないか?という疑いが脳裏をかすめた。もちろんこれが他の国(北朝鮮と韓国を除く)であればそんなバカげた妄想は抱かないが、なんか今回の墜落事故の5W1Hが絶妙な気がするのだ。
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一体筆者は何が言いたいのか?というと、ちょうど1週間前の3月1日にマレーシアの外相が予告なくマニラを訪問し、フィリピン政府と軍の最高幹部たちと中国海軍への対処について秘密会議をおこなっているのだ。これまで中国の海外侵略(通称「九段線」)についてはフィリピン・ベトナムの2か国で協同歩調を取っていたのだが、ここにマレーシアが新たに加わり3か国で対中国封じ込め(スポンサーは勿論アメリカ)を結成しはじめたばかりだったのである。また同じ時期に中国艦船がマレーシア領海のジェームス環礁に侵入したことについてマレーシアは中国政府に抗議を行い、ここ1週間にわたって両国関係は急速に冷え込んでいたのである。つまりこれは中国によるマレーシアへの懲罰ではないか?と思っているのだ。
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言うまでも無く損害を被るのは全てマレーシア側であり、中国は伝統的に彼らの得意とする「被害者の立場」を獲得することで同海域への中国艦船の立ち入りが可能になるし、最後の死体が上がるまで懸命の捜索をするという名目でそのまま居座るなんて離れ業を実行するかもしれない。そして何よりも中国に逆らえばお前の国の航空機を撃墜するぞ!という圧力を東南アジア諸国に加えることが最大の目的だろう。我が国は被害者だ!中国人が一番多く死んだんだ!と世界に向けてお得意の宣伝工作で相手を雲に巻いているうちに他国の領土を掠め取るする気であることなど、筆者のような中国人に苦杯を飲まされて来た人間には全て御見通しなのである。
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中国が自国民を殺す分けが無いだろう!とお思いの方もいるだろうが、それなら2008年の四川大地震のことを思い出して欲しい。世界中がチベットに同情して北京オリンピック開催に暗闇が押し寄せていた最中に、「なぜか」巨大地震が発生したことで世界の風向きは一変してしまった。言うまでも無くあの地震は中国が引き起こしたものであり、死者行方不明者9万人はオリンピックのために必要な宣伝の素材だったのである。(ちなみに筆者の非常に近しい関係にあった中国人女性はこの地震で今でも行方不明のままである)。なので今回マレーシア航空に乗っていた153人の中国人(しかも宗教団体)など中国政府にとってはモノの数でないのだ。
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さて正気に戻ることにする。もちろん今回のマレーシア航空機墜落は単なる事故の可能性がはるかに高いと思うし、過去の航空機事故でも乗客の捜索のために外国が自国の軍艦を派遣する(さらには居座る)事例は聞いたことが無い。しかしそれでもマレーシアが中国包囲網に参加して1週間後に事故発生とはタイミングが絶妙な気がするのだ。そしてマレーシアとベトナムという登場人物、米海軍が入らないベトナム海域、マレーシアの民間機、捜索という名の合法的な侵入・・。まあ筆者は陰謀論好きだし、こと中国となると目の敵にする傾向が強いので、この記事は筆者の妄想と思って読んでいただきたい。そして最後に一言。マレーシア、インドネシア、オーストラリアなど中国人を除くMH370便の乗員乗客のご冥福をお祈りいたします。

アナタの隣にいるサイコパス

先日のブログで女房の親戚筋にサイコパス(精神病質者)がいるという話を書いたが、この事実を知るのに大変役に立ったのがロバート・D. ヘアの「診断名サイコパス」という本である。筆者はこれまでサイコパスと言うのは猟奇的な殺人者の事をそう呼ぶのだとばかり思っていたが、この本を読んで筆者が随分と思い違いしていたことが判った(それでこの2日間ほどサイコパスについて調べてみたのだ)。脳に異常があって人間としての感情が欠落している、目的のためには手段を選ばない残酷な人間だということは筆者の理解と同じだが、彼らは社会における自分の立ち位置を安全に保ちたいという本能が極めて高いため、殺人などの重罰を喰らう犯罪には手を出さない傾向が強いという(ただし罰せられない確証があれば躊躇せず殺人に手を染める)。
    北九州一家監禁殺害事件

たとえば神戸児童殺傷事件の酒鬼薔薇聖斗はサイコパスの典型だと言われているが、彼の場合は快楽殺人(性衝動が原因)というカテゴリーで、要するにデブ専やホモと同じ様に虐待して血を見ないと興奮して射精できないニッチな性癖を持っていただけである。また大阪府池田市の小学校に入り込んで8人を殺した宅間守の場合は劣等感や周囲からの圧力にさらされ続けたことで形成されるソシオパスもしくは反社会性人格障害という後天的な性格異常であり、彼ら二人はいずれもサイコパスではない。サイコパスが殺人に踏み切るのはお小遣いが欲しかったとか優越感を感じたい、はては葬式を見てみたかったという様な呆れるほど単純な理由からであり、性嗜好の違いや怒りとは全く関係ない。
     谷口誠一ネオ麦茶

ただし実際に殺人にまで及ぶのはサイコパスのうち4%程度で、残り96%は彼らの天職とでも言うべき仕事=詐欺(マルチ商法や悪質リフォーム業者、ヒーリングサロンなどの代替医療に霊感商法など)に従事している様であるが、一部の高学歴なサイコパスは大手金融業や弁護士、経営コンサルタントなどのホワイトカラー層に入り込んでいる。(JPモルガンやゴールドマン・サックスはさぞかしサイコパスに向いている企業に違いない)。もっともどんな仕事をしていても周辺の人間に取り入って全てを収奪し破滅に追い込む事には変わりはない様だから、この連中は教育の力などでは矯正不可能な社会の捕食者、モンスターである事は間違いない。心理学者たちの統計ではサイコハスは25人に1人(4%)というとんでもない高い比率で生まれてくるというから(ただしアジアではその1/10、つまり250人に1人という説もある)、このブログを読んだアナタの周りにもサイコパスの1人や2人必ずいるはずである。
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ではサイコパスを見抜くにはどうすれば良いのか?研究者たちのよれば彼らの生態をよく注視すれば素人でもある程度識別できるという。幼児期には①慢性的に嘘をつく②火遊びを好む③幼児期を過ぎても夜尿症が治らない、といった特徴的な言動があり、成人になってからは①饒舌で一見魅力的である②相手に取り入る能力が非常に高い、などリーダーらしき能力を発揮するが、一方では③説明がつかないほどの無責任な行動をとる④周りに異常なまでに尊大な態度を取る⑤反省能力がまったく欠如してる⑥性的な放縦さ、などの問題行動が目立つのだという。でもこんな人は程度の差はあれ多くの人に当てはまるし、どの項目も相手と長い時間かけて観察しないと識別できないようなモノばかりである。しかしその次に決定的な特徴があった。それは⑦異常なほどの文章力の低さ、である。サイコパスの脳の異常発生部位がちょうど言葉の整理を掌る部位と重なるため、その饒舌な口での説明力に比べると驚くほど稚拙な文章しか書けないらしい。
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この⑦を見たときに筆者の頭に中に一人の人物が思い当たった。筆者の最後の上司である。この定年間際の初老の男は①から⑦の全てが当てはまるのだ。まあこの話を書くと気分が不快になるし、何よりも見っともないので今回はこの男のことは余り書かないが、この男が全く関係の無い職場から15年ぶりに筆者のいる香港支店に復帰した後、パラノイア的で矛盾だらけの自称革新プロジェクトを組織と顧客に押し付けたおかげで、20年かけて築き上げてきた事業がたった半年でメチャクチャな状態になってしまったのである。思い出すのはこの男が赴任してきて早々に、筆者にパワーポイントに書き落とすよう持ってきた手書きの文章である。それはまるで小学生の作文のような稚拙な言葉の羅列だけだった。その文章を読んだ時に感じた妙な違和感(その時は居酒屋で小学生の娘に書かせたんじゃないか?と同僚たちと笑い話になっただけだった)。もっと早くこの男が壊れた人間だと気が付けば良かったが、筆者が事業から去り、残った人間も壊れた人間が出す壊れた指示に従うようになってしまった今となっては全ては後の祭りである。
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さてアナタの周りにサイコパスらしき奴がいるかどうか確認したい方、また知人の知人の紹介で現れた不動産屋や投資コンサルタントがサイコパスかどうか判断したい方は、この⑦にある相手の文章作成能力をチェックしてみる事をお勧めする。今まで話していたことを記録にして残したいので今すぐ目の前で覚書にしてくれと言って相手の文章作成能力をチェックすれば良いのだ(単語の羅列ではなく一文が長いセンテンスで構成された文書に必ずすること)。ちなみに筆者は世界中のあらゆる人種と商売してきたが、その場で覚書(メモランダム)を書くのはお互いの理解の違いを生み出さないためにもごく当たり前の行為である。そしてもし相手がいつも巧くはぐらかして文章作成を断る様だったら、そいつをサイコパスと見なした方が良い。その後は今までの話を全て反故にして(相手は昆虫なので情に流される必要はまるで有りません)、後は知らぬ存ぜぬでドアをぴしゃりと閉じましょう。(もちろんサイコパスでは無い詐欺師も一杯いるのでコレは万能薬ではないけど・・)。

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カマキリ女との遭遇

田舎町のジョリビーで開かれた姪っ子の誕生日パーティーに参加した時の話である。筆者や中年の男どもはアトラクションなどには興味が無いので、早々に場を辞して義父の家で酒でも飲もうじゃないかという事になり、会場にいる女ボス連中に退席の挨拶周りをしていたのだが、その時一人の見たことが無い中年女が筆者の方に進み出てきて何やらタガログ語で話しかけてきた。はて誰だろうと思ったが一応自分の名前を名乗って挨拶でもするかと思っていると、傍にいた義弟が唐突に二人の間にわざとらしく割り込むや、筆者に「彼女は従弟ドンドンの女房のグレースだ」と嫌そうな顔をして言った。これが・・・コイツが例の女か・・。
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このビコール出身の女は、自分の子供が高熱を出して死にかけているのに医療費がもったいないと放ったらかしにし、見かねた叔母が病院に連れて行くと「アンタのせいで金がかかったから全額弁済しろ!」と怒鳴り込んでくる人間である。ちなみに夫ドンドンは当時韓国に出稼ぎに行っていたのだから本当は貧乏なのではない。グレースの中では自分以外の存在は全て無駄な生き物であり、自分の血を分けた二人の子供に対して食事を作る事が自分の責務であるという認識さえ全く無いのである。二人の子供を置き去りにして餓死させた大阪の風俗嬢と同じ部類の人間と思えばよい。子供たちの世話をしてたのは隣に住む義母(子供たちにとっては祖母)であるが、グレースは衣食住にかかわる費用は過去1ペソも義母には払っていない。つまり夫からの送金は全額グレースのためだけに費やされたのだ。
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ではグレースはいったい何に金を使っていたのかと言うと酒と男である。特に男関係は奔放そのものと言ってよく、グレースのご面相はとても褒められたものではないが、セックスに飢えた村中の知る限りの男と連日性関係を結んでいた。当然この手の噂は村中に広がり、義母はグレースに対して身を慎むように説得したが、毎回ハイハイと適当に頷いたその晩に早速男を自分の家に加えこみ子供の前で事に及ぶ有様だった。そして妊娠する度に夫ドンドンに「堕胎手術の費用を送金しろ」と請求していたのである。この女には人間の良心というものの欠片さえも無いのだ。そしてグレースのあまりの酷さに耐えきれなくなったドンドンは仕事を投げ打ってフィリピンに帰国、しかしグレースを家にとどめ置くことなど出来るはずもなく家庭は完全に崩壊、そして全てに疲れきってしまったドンドンは今から3年前に首を吊って自殺した。
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ドンドンの葬式の際にグレースは皆の前では大声で泣いていたそうだが、これは今後の収入が無くなってしまった我が身の事だけを嘆いていただけの様である。それが証拠に葬儀が終わるや否や誰にも相談せずにす自宅の土地・建物を勝手に売却、そしてカネを掴んだグレースは子供たちを置き去りにして新しい男とビコールへ逃げてしまったのである。もちろん夫の死から3年間にただの一度も子供たちの住む村には来ないどころか(ふつう11月頭のALL SAINTS DAYには一族郎党集まって先祖の墓参りする)、電話も手紙も1ペソの金さえも送って来なかったのだ。それが・・なんで今日突然この場所にいるんだ・・?
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義弟は筆者を出口の方向に誘って早くグレースから離れさせようとするが、グレースは筆者らの前に回り込んで何やらタガログ語で「◎▲&%X”!」と大声で話しかけてくる。そして何故か手を伸ばして握手を求めてきたのだ。なにこれ?突然握手に変貌・・?。まあ周囲の人たちも不穏な目でこっちを見てるから握手して別れればパーティーの雰囲気を壊さなくて済むかな・・と思って筆者も手を差し出すことにした。さて彼女の手は予想したように冷たかったが、筆者が驚いたのはその時のグレースの目である。何の表情も感じない静かな目・・死人の目と言った方が良いかもしれないが、その時になんだかカマキリのような捕食生物に見つめられているような何ともイヤーな感じがしたのだ。
     カマキリ

帰り道に義弟にグレースは何を言っていたのか?と聞くと、義弟はいぶかしげな表情をして「カネを援助してくれって言ったんだよ」と言った。「1ペソも子供のために使う気なんかありゃしないのに、子供の学費や生活費を代わりに払ってくれって訴えてたんだ」と苦笑いした。あんな大人数の目の前で金を無心・・?。こいつは壊れた人間・・それとも間違って人間に生まれた別種の生き物か・・?その時は頭が混乱してグレースという人間の位置付けが良く分からなかったのだが、つい昨日読んだアメリカの犯罪関係の本にグレースにピタリと当てはまる定義付けが書かれていた。診断名サイコパス。先天性の非秩序型の精神病質者。周囲の人間を破滅させて生き続ける社会の捕食者。握手の時のあの不快感を思い出すと背中がゾッとした。
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女房の話ではグレースはその後何度か筆者に家に電話を掛けてきたそうだが、女房と義妹にこっぴどく追い返されたらしい。女房は「アタシたちの事を怖がってるから二度と来ないわよ」と息巻いていたが、この本によればサイコパスという人種は生まれつき物怖じなどすることはなく、目的達成のためには躊躇せずに殺しでも何でもやるとのことである。(ただし全てのサイコパスに殺人衝動があるわけではないらしい)。おそらくグレースは新しいカモを見つけたのか、それとも宝くじでもあたって今のところ筆者を待ち伏せする必要が無いのか?いずれにせよこんな女を生かしておくとロクなことが無いので、今度出会ったら殺虫剤をかけて駆除してやりたい気分である。政府も人口調査の際に国民全員に脳のテストを実施し、サイコパスを発見したら何処かの離島に強制隔離するくらいやってほしいものだ。

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ワインが嫌いな人たちの理由

ユーチューブを見ていたら、酒豪で有名な映画監督の井筒和幸が実はワインが大嫌いだったという「タモリ倶楽部」のシーンを見つけた。出演していたタモリや水道橋博士は「スピリタス(アルコール度95%のポーランドの酒)をストレートで飲む井筒がワインが嫌いなんて信じられない・・」と驚いていたが、筆者に「ああ!この人もそうだったのだ!」とハタと膝を叩いてしまった。何故なら筆者は井筒監督ほどではないものの(飲むことは出来る)、酒の中ではワインが一番苦手だからである。
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営業職、とくに海外営業に携わる者にとってワイン嫌いというのは致命的な欠陥である。顧客と会食する時には必ずと言ってよい程ワインが出てくるし、年に数回あるヨーロッパ出張の時は物凄く格の高いレストランに連れて行かれ、「キミキミ!この素晴らしいワインを飲んでみたまえ」と遠方から来た客人をもてなすのが我々の義務とばかりに顧客からワイン責めの毎日になるからである。今までにシャトー・マルゴーとかムートン・ロートシルトなんてワインを嫌という程飲まされたが、筆者はこれらの高名なワインを一度として美味いと感じたことは無く、その場ではコーラでも頼みたい気分だった。
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さらに困ったのは昇格してからである。招待側では筆者が一番偉いから、頼んだ料理に合わせてワインを選ぶのは筆者の仕事になる(ここで部下に頼ませるのは客人への侮辱になるので絶対に禁止)。だけど筆者にとってはワインは総じて不味い飲み物だから最適な銘柄を選ぶ能力などはあるわけ無い。なので大人数でガブガブ飲む席ではシャトー・タルボーかランシュ・バージュ、肉料理が多いときはシャトー・フィジャック、お客が高級な時はシャトー・ラトゥールという、どの店でも絶対に置いてある4銘柄から1つ選んで、「このワインはデキャンタージュしなくても直ぐに飲めるからね・・」などと如何にも良く知ってるかのようにお茶を濁すのだ。
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さて筆者はなぜワインが苦手なのか?というと、答えはブドウが嫌いだからなのだ。あの酸っぱさと舌に残るジワーンとした味が嫌なのだ。子供の頃に母親がよく近所の八百屋からマスカットとか巨峰なんてブドウを買ってきたが、一粒だけつまんで口に放り込んだ後はそのままになってしまった。それに叔母連中がよく飲んでいたファンタ・グレープというのは実に醜悪な味だったし、ブドウパンやレーズンバターなんてものを食べたのは今から40年近く前が最後である。しつこくて申し訳ないが、素材自体が嫌いなのだから筆者はどんなことがあってもワイン好きになる事など無いのだ。
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さて女房の親戚連中との飲み会の席では、筆者以外は全員ヘネシーを飲んでいるが、筆者はもっぱらスコッチ一本である。ブランデーはワインよりも随分マシだが(筆者の場合はXOなど格が上がるほど不味い)、やっぱりブドウの味が舌に残ってしまうのが難点だ。叔父の一人は「お前は何でヘネシーを飲まないんだ?」と不思議そう目で筆者を見るが、相手を不快にさせたくないので「僕はスコッチが好きでね・・」と適当に返事をすることにしている。でも内心では「叔父さん!なんでブドウなんてロクでも無いものから出来た酒を飲んでんの!あんたの舌はどうかしてんじゃないのか!」と悪態をついているのである。

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アル中生活から救ってくれたロシア人たち

筆者はブログで頻繁に「あの店で買うと酒が安い」とか「シーバスが・・」「フィリピンではヘネシーに限る」などと酒の事ばかり書いているので、ブログを読んでいただいた方は「こいつは相当の飲兵衛に違いない」と思われるだろうが、実は筆者は親戚との集まりの場で飲むだけで普段は一滴も飲まない生活をしているのだ。たとえば先週1週間で呑んだのは土曜日の従妹ミレットの娘アンジェラの2歳の誕生日パーティーでだけで、それ以外の6日間はビールの泡1粒さえ呑んでいないのである。なので筆者は日本男子の中ではかなり酒を飲まないグループに今現在属していると思う。
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しかし筆者もかつては大酒を飲んでいた時期がある。それは今から20年前の香港に赴任したばかりの頃で、当時の筆者は日本で付き合っていた女にあっさり振られ、さらに香港で出会った韓国人の女とドロ沼の愛憎劇を繰り広げた末に別れてしまい、精も根も金も尽き果てた筆者はアルコール街道をまっすぐ突き進んでいったのだ。貯金などとうの昔に使い果たしたので会社からまっすぐ家に帰るしかなく、食事もそこそこにウィスキーのオンザロックを作って深夜まで呑み続け、土日は朝起きてから夜にぶっ倒れるまで水割り(これはストレートやロックより長い時間飲めるため)をチビチビ飲み続ける日々を過ごしていた。
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こういう生活を続ければ当然体調が悪いだけでは済まず、映画「失われた週末」の主人公のように頭の中でいつも酒の事ばかり考える様になってしまうものである。「飲みたい・・呑みたい・・」。そして昼休みに会社の食堂にあるテレビにマーテルやFOVなどブランデーのCMが写り出すと、もういてもたってもいられずに当時行きつけだったハイアット・リージェンシーのチンチンバー(本当にこういう名前のバーでいかがわしい店ではない)にマティーニなど呑みに行ってしまい、当然その日は会社に帰らず深夜まで飲み続けることになる。さすがに毎日朝からボケーッとしている筆者をみかねたのか、会社の同僚の香港女たちから「お願い!お酒を止めて!」と半ベソ顔で懇願されたりしたが、筆者は「大丈夫、大丈夫、俺が飲んでる量なんて大したことないよ」と言って適当にやりすごしていたのである。
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さてある週末の日、朝から筆者の好きなディンプルを飲み続けていると、香港のテレビの女性アナウンサーが「ロシアは滅亡の危機に瀕しています」と話しているのが聞こえた。いったい何だろう・・と思って画面を見つめると、過剰なアルコール摂取が原因で男性の平均寿命が年々短くなっており、このままではロシアは世界の趨勢とは逆に人口が減少していて国が滅亡しかねない・・というニュースだった。そして医者らしき解説員が「WHOの基準では年間20リットルを超えるアルコールを摂取しますと50歳で死んでしまうという調査結果が出ています・・。現在ロシアの成人男性の約3割がこの20リットルの基準を超えて・・」と深刻な顔で説明をしていた・
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この解説を聞いた時には「ロシア人ってバカだな」「熊みたいにデカい体も酒に蝕まれればお終いに決まってるだろうが!」と笑っていたのだが、この20リットル(純アルコール換算)という数値が今一つピンと来ない。それで阿呆なロシア人は筆者の飲んでる量の何倍くらいアルコールを摂取してるのか計算してみようじゃないか・・と思って紙とボールペンで筆者の年間アルコール摂取量を計算することにした。えーっとまず家で飲んでる分から始めると・・、1年間が52週で、ボトルは週3本は空けてるし、ボトル一本が0.7リットルでアルコール分が40%だと、52*3*0.7*0.4・・=43.7リットル! こっ・・これは・・おれロシア人の2倍飲んでるがな!!!
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これがフランス人の2倍というのだったら筆者はフフンと笑って飲み続けただろうが、相手は国を揚げてアル中オリンピック大会をやっているロシア人である。それでこの後すぐに断酒を実行したのだが、牡丹燈篭のように頭の中から「おいで~」と手招きする酒の誘惑を断ち切るのは並大抵の事ではなかった。しかし筆者は誘惑が身を包んで何処かに連れ去ろうとする時にも「ロシアの熊どもみたいになってたまるか!」と心の中で叫んで必死に欲望と戦いつづけたのである。これは本当にきつかったが、やがて1年もすると酒の「おいで・おいで・」は影をひそめてきて、飲酒は顧客や友人と食事を共にする時だけにセーブすることが出来たのである。あ~命拾いした。
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筆者が意外と簡単にアルコール依存症から脱出できたのは、筆者の意志が強いわけではなく(これは後の禁煙の時に露呈する)、依存症が比較的軽症であったのと、ロシア人みたいになったらお終いだ!という分かりやすい反目標(目標の反対)があったからだと思う。さてこの後数年して筆者は仕事でロシアを何度も訪れる様になり、ロシアの男たちが国民スポーツのようにウォッカに溺れている光景を目にすることになるのだが、ロシア人の信じられない痴態を見るにつけ「君たちのおかげで俺は真人間でいる事が出来たんだ」と心の中で感謝の意を述べたのである。ありがとう!ロシアの呑み助たちよ。君たちが滅亡しても俺は君たちのことは忘れないよ!

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