バカ女・オブ・ザ・イヤー

前回に続き2013年を振り返る企画として「呆れた10人」を書こうと思ったが、1位の人間の出鱈目さが他の9人より余りに際立っていたため、この人物のことだけを書くことにした。さて武装蜂起を指示しといて形勢不利と見るや部下を見捨てて逃げを打ったMNFLのミスアリ議長や、マニラ市長に立候補して現職リム市長と老老戦争を繰り広げた権力の亡者ジョセフ・エストラダ元大統領に、16歳の少女との淫行を糾弾されても臆せずに開き直った歌手のフレディ・アギラなどのイカれた野郎どもを抑えて堂々と1位に輝いたのは、御年23歳の若きプリマドンナ、ジーン・ナポレス嬢である。
     1jeanenapoles

この女性の名字をみて分かるように、彼女はポークバレル問題の主役であるジャネット・ナポレスの娘である。20億とも100億ペソ(230億円)とも言われる国民の税金をネコババした母親は、そのカネを惜しみなく娘の教育に使っていたのだが、残念ながらこの体だけ発達した娘にはいくらカネをつぎ込んでも卒業に必要な単位など1つも取得できる気も能力も無いのだ。
     jeanenapoles2.jpg

カネにモノを言わせてロサンゼルスの聞いたことの無い大学に留学したジーン嬢は、大学の講義に行く代わりにルイ・ヴィトンやカルチェの店舗に足しげく通い、母親に買ってもらった時価200万米ドルの超高級コンドミニアム、リッツ・カールトン・レジデンスに陣取ってハリウッドの二級クラスの俳優や歌手の卵らとシャンペンとセックス漬けのカレッジ・ライフをエンジョイしてたのだ。
  

ところが今年になって母親が巨額の横領で起訴されてしまい、娘の豪華な生活ぶりまで(言っとくが全部国民の税金である)発覚し、国民の非難の目にさらされるようになってしまった。ここで普通の人間であれば姿をくらますか生活態度を自重するものだが、このジーン嬢は頭の回転が鈍いのか、それとも母親譲りの厚顔さからか、「私は母親を信じている」というセリフを吐いた後、よりにもよって取材記者たちに札束の風呂に入った自分の写真を見せたのである。
     napoles3.jpg

ただでさえ自分たちの税金を盗まれて怒っていたフィリピン人がこの写真を見たのだから、火に油を注ぐどころかダイナマイトを投げ込んだ様な事態になってしまったことは言うまでも無い。このバカ女の失態によりフィリピン政府も引っ込みがつかなくなり、今までのようなお得意の揉み消し芸も使えないまま、ついには大物を含む国会議員まで起訴という大スキャンダルになってしまったのだ。一方このジーン嬢はよほど頭が弱いのか、自分の犯した失敗を反省することもなく(できず?)、未だに豪勢な生活を続けているという・・・。
     Jeane.jpg

だいいちエストラダ元大統領などの前述の呆れた3人は、まだ歌を作るとかカネを集められるとか人を動かせる等の凡人には無い能力を持っているが、このナポレス嬢には誇れるものなど何一つ無い・・・。この点を高く評価して彼女を2013年度の「呆れたフィリピン人」王座に選ぶことにした。21世紀のイメルダ・マルコス再来か?はたまた現代版マリー・アントワネットとでもいうべきか・・・。バカにつける薬は無いとはこのことである。    

にほんブログ村 海外生活ブログ フィリピン情報へ
にほんブログ村
スポンサーサイト

世界を魅了した10人のフィリピン美女

会社時代の先輩からフェイスブックに「お前は美女だらけの国に住めてうらやましいな~」というメッセージが入っていた。どうも先日東京で開催されたミス・インターナショナルでフィリピン代表が優勝したのを見て、昔のフィリピンパブのように美女に囲まれニンマリしている筆者のイメージが頭に浮かんだようである。

このミス大会だが、筆者が若い頃の優勝者はブロンドの欧米人かエキゾチックな南米ボニータと相場が決まっていたが、最近はアジアの女性が上位に食い込みはじめたようである。中でもフィリピンの活躍は目覚ましいものがあり、ひところは「〇〇さんが3位になりました」「見事優勝です」というようなニュースがしょっちゅう流れていて、筆者も誰が誰だか分からなくなってしまった程である。

という訳で今回は2013年に世界のミスコン大会の上位に食い込んだフィリピン美女10人を忘備録も兼ねてまとめて紹介することにした。

1. Mutya Johanna Datul
 ミス・スーパーナショナル優勝(9月7日)
     Mucha.jpg

2. Megan Young
ミス・ワールド優勝(9月28日)
     Miss-World-Megan-Young-Get-To-Know-Her-450x300.jpg

3. Cindy Miranda
ミス・ツーリズムクイーン決勝進出(10月3日)
     Cindy Miranda

4. Ariella Arida
ミス・ユニバース3位(11月9日)
     ariellaarida.jpg

5. Annalie Forbes 
 ミス・グランドインターナショナル3位(11月19日)
     annalieforbes51.png

6. Amber Delos Reyes
 Miss Teen Expoworld Universe優勝(11月21日)
     Amber Delos Reyes

7. Maria,Isabella Mendoza
ミス・キャンパスワールド優勝(12月5日)
     Maria, Isabella Mendoza

8. Angelee delos Reyes
 ミス・アース決勝進出(12月7日)
     Angelee-Claudet-delos-Reyes.jpg

9. Koreen Medina
 ミス・インターコンチネンタル3位(12月14日)
     Koreen Medina

10. Bea Rose Santiago
ミス・インターナショナル優勝(12月17日)
     Bea Rose Santiago

さて皆さんのご感想は如何だろうか?写真間違ってませんか?と思うような女性もいるが、この10人のうち5人が各大会で優勝、特に3大大会と言われるワールド、ユニバース、インターナショナルの2つを制覇しているのだから、フィリピンは世界最高の美女国家、ワインでいえばボルドーのような名産地として認められたという事であろう。とちなみに筆者の好みは3番のCINDY MIRANDA嬢である。あ~・・こんな美女が女房の親戚・・というより愛人にでもできたらいいな~。

にほんブログ村 海外生活ブログ フィリピン情報へ
にほんブログ村

2013年フィリピン重大ニュース(2)

5位 :総選挙で与党が圧勝
     winaquino.jpg
5月13日に国政・地方統一選挙が実施され、与党連合TEAM PINOYが上院改選12議席のうち9議席を獲得するなど圧勝となった。筆者は政治には興味が無いので各地で起こっている選挙絡みの殺人事件に注目していたが、余りに危なそうなので投票日前は家に籠っていました。

4位 :ボホール大地震
     BoholEQ.jpg
10月15日マグニチュード7.2の大地震がビサヤ地方で発生し死者221人、破壊された住宅7万戸という大惨事となった。特に被害が大きかったのはボホール島で、歴史的建造物や学校病院などがことごとく崩壊し、完全復旧には5年は必要と言われるほどのダメージを受けている。

3位 :ザンボアンガで過激派が武装蜂起
     APTOPIX-Philippines-Rebels_3195610_ver1_0_640_480.jpg
イスラム過激派モロ民族解放戦線(MNLF)のミスアリ議長派の部隊が9月9日にミンダナオ島のザンボアンガ市を武装占拠、以後20日間に渡って政府軍と戦闘で繰り広げた後9月29日にMNFLは鎮圧された。MNFL側の死者は200人以上、政府軍の死者は34人。まるでチェチェンやパレスチナのような戦闘がアジアの、しかも自分が住み始めた国で起こっている事が信じられずに、筆者はただただテレビを見ては唖然としてました。関連記事

2位 :台風ヨランダ襲来
     427777.jpg
太平洋上で発生したスーパー台風ヨランダが11月8日レイテ島を直撃し死者6100人、行方不明1800人、被災民1000万人というフィリピン史上未曽有の自然災害となった。台風襲来後にレイテ島は強盗、略奪が蔓延するなど無法地帯の様相を呈したため、政府は非常事態宣言を発令する事態となった。関連記事

1位 :ポークバレル問題
     napoles.jpg
国会議員に配布される地域開発助成金のうち年間20~100億ペソは実際には使われず、議員と取り巻きと悪徳業者が山分けしていたことが7月12日に発覚、このニュースでフィリピン全国民の怒りが爆発し各地でデモが続発する自体となった。現在12人の議員と高級官僚、それと仕切り役のジャネット・ナポレスが起訴されている。関連記事

にほんブログ村 海外生活ブログ フィリピン情報へ
にほんブログ村

2013年フィリピン重大ニュース(1)

1月末にフィリピンに移ってから概ね1年が経過した。退屈しのぎに日々階下のテレビでフィリピンのニュースを見続けたが、昔いた香港のニュースではお目にかかれないような事件や災害のオンパレードに驚かされたあった。今回は今年フィリピンをにぎわした2013年度の重大ニュースを筆者の独断と偏見でランキング付けしたい。

10位:ミンダナオで連続爆弾事件
     cotabato.jpg
カガヤン・デ・オロ市(7月26日)とコタバト市(8月5日)で何者かが仕掛けた爆弾がさく裂、死者8人負傷者100人以上のテロ事件となった。メディアでは犯人はミンダナオのイスラム過激派であるモロ民族解放戦線(MNFL)の可能性が高いと報じていたが、女房の親戚は「イスラム教徒は断食でイライラしてっからな。こんなの連中にとっちゃ毎年恒例のお約束事だよ!」と何でもない様に行っていたのにビックリ!おおらかと言うか物に動じないというか・・。

9位 :セブでフェリー衝突事故
     cebu ship collision   
8月16日、2GO社所有のトマス・アキナス号が貨物船と衝突して沈没、死者55人行方不明65人の大惨事となった。貨物船の所有者であるスルピシオ社は海難事故を続発するブラック企業であり、1987年に4400人死亡したドニャ・パス壕事件を起こしている。こんな会社が今でも存続してるというのに驚き。このニュースを聞いて筆者はビサヤ一周の船旅をあきらめた。関連記事

8位 :中国が領海侵犯。非中関係が悪化
     cnvessel.jpg
かねてからスプラトリー諸島を不法占領している中国だが、4月20日にパラワン島東部の岩礁に漁船が侵入、数か月前に米海軍が同じ岩礁で調査を行ったことから、フィリピンに対する挑発行為とみなされた。これ以降両国の外交関係が急速に悪化、現在まで首脳会談が出来ないなど深刻な問題に発展している。まったく中国人のずうずうしさには頭にくる。関連記事

7位 :パッキアオ復活
     manny-pacquiao_2744178b.jpg
フィリピンの国民的英雄であるマニー・パッキアオが11月24日にアメリカのブランドン・リオスと対戦し、12ランドを戦い抜き判定で勝利した。パッキアオは過去2回敗北しており、一部では引退を危ぶまれていた。

6位 :台風続発でルソン島各地が水没
     the-flooded-streets-of-m-manila-during-august-ghost-month-ph-news-yahoo-com.jpg   
8月9日の台風LABUYO、同18日のMARINGがルソン島を直撃、各地で洪水が発生し数十万戸が床上浸水の被害に遭った。ちなみに筆者も生まれて初めて床上浸水というのを経験(それも2回も)しました。関連記事

-次号に続く―
にほんブログ村 海外生活ブログ フィリピン情報へ
にほんブログ村

1950年の戦場のクリスマスフード

深圳の事務所を畳んで日本に帰国準備中のH氏とスカイプで昔話に花を咲かせていると、H氏が「おい!珠海のX社の爺さんを覚えているか?」と言いだした。珠海・・X社・・その時に歪んだ笑いをする老人と食卓を囲む風景が脳裏に浮かんできた。ああ・・1995年の冬だったっな・・。あの爺さんか・・。
     xhuhai.jpg

当時H氏と筆者はある製品の委託生産先として珠海のX社を定期的に訪問していたのだが、X社側の交渉相手となったのが劉という名の技術顧問と彼の元にいる4人の年老いた技術者達であった。この人たちは当時すでに70歳くらいだったのだが、大躍進と文化大革命の時期の企業や大学ではぶっ壊し運動ばかりしていたためマトモな開発者が育成できず、結局その前の世代、中国建国後に大学教育を受けソ連や東欧に留学したテクノクラート達が90年代になっても残り続けており、特に要素・素材開発や設計などの分野では彼らは大変重宝されていたのである。
     48272.jpg

この劉氏であるが、さすが天津にある国営工場の総工程師(技術最高責任者で執行役員)を長年務めただけあって頭の方は極めてシャープで(わが社のエースで当時の設計課長であるH氏も舌を巻いたほどである)、最低でも1年はかかると思われた技術移転も8か月で完了することが出来たのだ。それに通訳として会議に参加した筆者が適切な翻訳語を見つけられらずモゴモゴしていると「キミ!H氏はこういう事を言いたいんじゃないか?」と素早く先回りしてくれるので随分と助けられたものである。まったくこういう人を北京大官と言うのであろう。
     329929view008.jpg   

さて技術移転も終わりに近づいたある日、劉氏と彼の同僚が我々を夕食に誘ってくれると言うので遠慮なく御馳走になることにした。行ったのは中国名物の火鍋の店である。ビールから始まってその後は白酒(マオタイ)とお決まりのコースで乾杯を重ね、参加者全員がずいぶんと酩酊しはじめた時に、筆者が劉氏に「大学では何を専攻したのか?」と何気なく聞いたところ、何を聞き違えたのか「戦争に参加して勲章をもらったから天津の大学に進学できたんだよ」と答えた。話を元に戻すのも失礼なので「戦争?」と聞き返して劉氏の話の流れに乗ることにしたのだが、ここで彼の言う戦争とは朝鮮戦争(1950年~)のことである。
     8f6c744ac20d4eecc5e9a7afef59d83c.jpg

その後劉氏は酔いに任せて「戦争の最前線に配置されたのは台湾やビルマに逃げそびれた元国民党兵士ばかりだった」「収容所に送られて確実に処刑されるか、戦場に行って生き残ることに賭けるか。選択肢は2つしかなかった」「共産党は人海戦術という大規模な突撃作戦をしたんだが、実際は敵である元国民党兵をアメリカ軍の銃弾の的として使う一石二鳥の大量処刑だったんだ」「共産党員の部隊には食料が満ち溢れていたのに、私たち元国民党の部隊はクリスマスにソウル包囲戦をしてるというのに配給なんかロクに来なかったよ」と自嘲気味に笑いながら言う。そしてその傍らで、同席の爺さん二人が劉氏の話にいちいちウンウンと頷いていた。この人たち・・昔は人民の敵と言われていた立場だったんだ。それにクリスマスなんて言葉がでてくるようじゃあ文化大革命の時には徹底的にやられただろうな・・。
     genosidekmt.jpg
     
H氏が「しかし補給が無いとなるとクリスマスに戦場では何を食べてたんですか?」と尋ねたので、筆者が中国語に直して劉氏に聞いたところ、劉氏は思いつめたような顔をした後でナプキンに万年筆で漢字を一文字書きこみ、そっけなくH氏の方に放り投げた。筆者とH氏は紙を眺めながら「何だ・・この字?」「日本には無い文字ですね」「読めねえよ」「なんかの植物ですかね」と首をかしげていると、劉氏は「それは肉なんだよ」と言った後で「最前線にはそいつが山ほどあったので飢え死にしないで済んだんだよ」と何とも嫌な感じのする歪んだ笑いをした。その時の普段は紳士的な劉氏の変貌ぶりと、同席の老人のうち元国民党員でない二人の老人が実に不快な顔をしていたのを今でもよく覚えている。
     DSC_0831-300x178.jpg

その後すぐに技術移転は終了してしまいX社との付き合いはお互いの会社の現場の人たちに移ってしまったので、筆者はH氏が今日名前を出すまではX社のことはあらかた忘れていたのである。さてH氏は意地の悪そうな声で「おい!あの時に総工程師の爺さんが紙に書いた文字だけどな!実はあの後こっちで同じ文字に偶然出くわしたんで意味が分かったんだよ。お前当ててみろよ」と筆者に挑むような口調で言う。その物言いにはちょっと癇に障ったが、へえ・・全然想像もできませんね・・で何だったんですか?とご愛想で聴いてみたら、「驚くなよ!あの文字はな!人肉だよ!人間の肉!あの爺さんたちは死んだ人間の肉を食ってたんだよ!」と言って愉快そうにゲラゲラ笑った。
     prisoner.jpg

この時に筆者は本音では「ああ・・やっぱりそうだったのか」と思ったのである。最前線に何故か山ほどあった肉・・あの時の劉氏の歪んだ顔・・二人の同席者の不快そうな表情・・。答えは敵や仲間、それに一般市民の死体だろうと察してはいたが、あの場で劉氏に面と向かって言う勇気が無かったのだ。さて朝鮮戦争の事を調べてみたところ、中国は80万人の兵士を戦場に投入して死者数は50万人というから硫黄島や沖縄線のような物凄い死亡率の戦争を兵士に強いたということになる。それからソウル包囲戦の時期を調べてみると、中国人民義勇軍は1950年10月19日に鴨緑江を渡って参戦、その後一気に南下し12月4日に平壌を奪回し、翌1951年1月4日にソウル陥落とあった。劉氏はこの1カ月の事を筆者らに語っていたのである。
     09.jpg

中国共産党による生贄として最前線に送られ、人肉を食って戦場を生き延び、戦功をあげたので異例の措置として大学に進み、その優秀さから国営企業の幹部まで昇格した劉氏。やがて文化大革命で人民の敵として唾棄され全てを失うが、80年代に入って名誉回復し広東省の外資系企業の幹部として職を全うした。まこと彼の人生に比べれば筆者の人生など平凡すぎて語るべきものは何もない。あれから18年が経ち、劉氏はすでに鬼籍に入られたと思うが、彼が1950年の冬に経験した悪夢に苛まれることなく最後の人生を過ごしたのだと思いたい。劉さん!メリークリスマス!

にほんブログ村 海外生活ブログ フィリピン情報へ
にほんブログ村

家政婦の正体を見た!!

我が家の家政婦であるラセルが1週間のクリスマス休暇を取って故郷であるルソン島北部のド田舎アブラへと向かっていった。このラセルというオバちゃんは今年42歳、我が家に来て1年たつが控えめで地味な性格と真面目な仕事ぶりで重宝しているのだが、実は彼女にはその印象からは想像できないもう一つの顔があることをつい先ほど知ってしまったのだ。
     Abra.jpg

今日昼過ぎのことである。大きな荷物を持ったラセルは鼻歌まじりに我が家を出て行ったのだが、ラセルの姿が見えなくなると義妹が突然「お兄ちゃん。あたしラセルの正体を見ちゃったのよ!」と叫んだ。な・・なんだって・・正体・・?なにか盗んでいるのか・・それとも薬?と思ったが、義妹は何やら嬉しそうにニタニタ笑っているので深刻な話ではなさそうである。
     20081023135701.jpg

その後義妹が説明してくれた話によると、一昨日義妹は誤ってラセルの携帯電話を見てしまったのだが(二人は全く同じ機種を使っている)、メッセージの履歴に旦那から「到着したらすぐにお前と〇×したい」という一文が入っていて、ラセルは「もちろんよ!あたしパンティーを着ないで行くから何度も何度も〇×して」と返答、さらにその後はコノ手の話に目が無い義妹でさえ言うのも憚るような凄い内容の夫婦の会話がずっと続いていたのだそうだ。まさか!あのラセルが・・あんな顔して無類の好きモノだったとは・・。
     raseru.jpg

義妹が目撃した話だと、どうもラセルは年2回の帰郷時に旦那と〇×しまくる以外はエロ小説(押入れの奥に隠してあった)を読んで自分で□◎していたようである(想像もしたくないが)。そして筆者はこの話を聞いた時にラセルも一匹の雌であったことに初めて気付いた。ラセルは今10時間のバス移動の最中であるが、マグマのように煮えたきる秘部からしみ出たイヤラシイ液でシートを汚さない様に微妙に腰を浮かせて座りながら、これから繰り広げられる淫らなプレイの妄想に浸っているのだろうか・・。ラセル!今日はクリスマスイブだから、今夜は眠らないで大切なプレゼントを貪欲に貪るがよい。メリークリスマス!

にほんブログ村 海外生活ブログ フィリピン情報へ
にほんブログ村

マニラ空港射殺事件は麻薬関与の前市長が黒幕

昨日書いた筆者の記事にいくつか誤りがあることが判明したこと、そして生き残った市長の娘が証言し始めたなど、事件の背景がかなり分かってきたため追加記事を書くことにした。タルンパさん・・アナタの事を悪く書いてごめんなさい。筆者が読んだ記事が間違っていたのですが、他の記事と照らし合わせて吟味してませんでした。
     Ukol-Talumpanwife.jpg

まず筆者の誤りであるが、殺されたタルンパ(写真上)が市長になったのは今年であり、それ以前は前市長ナンダン(写真下)の元で副市長を務めていた。さらに二人の関係は一族抗争を繰り広げるなど極めて険悪であり、タルンパは過去2回ナンダンの手先と思われる殺し屋に襲撃されている。
     kitty03.jpg

ちなみにネットでMayor Wilson Nandangと入れて検索してみると、この前市長は州議会から汚職と違法行為で職務停止命令を受けたり、所有する4件の住宅が不可思議な火災に有し、しかも取材した新聞記者(やらせではないかと報道した)が直後に暗殺されてしまったりと、相当問題のある人物のようである。
     Labangan Burnt houses 01xx copy
   
今年5月にタルンパが市長に就任すると、ナンダンとその前の市長アフダル(写真下)、それとナンダン一族の一名の合計3人がリーダーと目される麻薬カルテルを潰すため積極的なキャンペーンを実施したらしい。報道によれば、この3人はPDEA(麻薬取締局)の監視リストに載っている犯罪者だが、3人のうち市長経験のないナンダンだけが今年5月に収監されただけで、なぜかPDEAは残り2名の市長経験者の逮捕は出来なかったようである。
     AFDAL.png

ただしタルンパが清廉潔白な政治家であったのかどうか?9月にアフダルの息子殺害を指示したのかどうか?については諸説あり現時点では不明であるようだ。ミンダナオの一部地域の人々は国家よりも一族への帰属心が強く法律も守られないため、過去70年間に7000人の人間が抗争で殺害されている。こうした特殊な政治風土のため、今回の事件も一族抗争の一環として見られているようである。
    
にほんブログ村 海外生活ブログ フィリピン情報へ
にほんブログ村

マニラ空港射殺事件は息子を殺された復讐?

金曜日に発生したマニラ空港での4人射殺事件であるが、警察は事件の背景はおおむね掴んでおり、捜査は最終段階に入りつつあるようである。この事件は「犯人は警官の制服を着ていた」「たまたま監視カメラが無い場所で暗殺された」など謎の多い事件に思えたが、案外簡単に解決しそうだという。
     philippines-4.jpg

ニュースによると重要参考人として現在調査されているのは被害者の元部下であるウィルソン・ナンダン副市長(写真下)で、殺されたタルンパ現市長とは近年ライバルというよりも強烈な対抗関係にあったらしい。今年の5月にナンダンは市長に立候補し選挙戦を戦ったが、現職タルンパ市長に敗れている。
     Nangdan.jpg

市の関係者によればタルンパとナンダンは二人とも市の予算の横領や賄賂などでえげつなく蓄財を重ねていたが、2010年ごろに二人の関係は急速に悪化、そしてタルンパ市長(写真下)は2度暗殺未遂の目に遭うまでになってしまった。ついには今年9月にナンダンの長男が何者かに暗殺されたことからついに一触即発の状態に陥っていたという。
     566498Ukol_Talumpa.jpg

殺されたタルンパにしてみれば、自分が目をかけて副市長にまでしてやった若造にその座を狙われただけでなく殺されかけたのだから怒り心頭なのはわかるが、報復としてナンダンの息子だけを殺したのが失敗だった。オヤジと男の子供全員殺っとかないと復讐されるのがフィリピンの常、ナンダンの殺意を一層増幅してしまい自分だけでなく細君まで殺されてしまう結果となった。タルンパ市長!あなたは結構やさしい男のようですが、その甘さが命取りになっちゃったね。

*追記)別の報道では先に市長になったのはナンダンの方でタルンパはナンダンの元で副市長だった、また二人は最初から仲が悪かった、予算、賄賂の他に麻薬取引に絡んでいた、タルンパは善人で悪いのはナンダンである等々ぜんぜん最初の報道と違う内容のニュースが流れているので、もう少し情報収集した後で改めて記事を書き直します。

にほんブログ村 海外生活ブログ フィリピン情報へ
にほんブログ村

ジダンとロナウドが台風被害者のためのチャリティーマッチを開催

元フランス代表のジダンと元ブラジル代表のロナウド。このサッカー界のスーパースター2人が台風ヨランダの被害者救済のため来年3月4日にチャリティーマッチをスイス・ベルン市で開催する事になったようである。スポークスマンによれば二人以外のスーパースターにも参加を呼びかけており、ロベルト・カルロスやロナウジーニョ、デビッド・ベッカムなどが参加するのではと世界中のサッカーファンは期待している模様だ。
     dec21_ronaldoZidane2.jpg

このニュースを見たときにサッカーファンである筆者は是非ともその試合を見たいと思った。ちなみに筆者はイタリアのユベントスのファンであり、この二人と同時代にプレーしていたバッジオ、ネドベドやデル・ピエロ、それにチーム違いだけれどシェフチェンコの華麗なストライカーぶりを再びこの目で見てみたいと心から願ったのである。しかし・・1枚の写真を見たときに、どうも手に汗握るゲームは余り期待できそうにない事が分かったのだ。
     Pavel20Nedved.jpg

一番上の写真をご覧いただきたい。小さくて分かりにくくて申し訳無いが二人の男性が写っており、右側のつるっぱげの方がジネディーヌ・ジダン(41歳)である。2006年のワールドカップ決勝戦を最後にジダンは引退してしまったが、今でも鍛えていそうな引き締まった体つきを見る限り7年間のブランクがあるとはいえ、まだまだプレー出来そうな感じである。問題はジダンではなく写真の左に写っている方なのだ。
     Zinedine+Zidane+IWC+Booth+SIHH+2013+466GJfnbAdel.jpg

このフレディ―・マーキュリーをデブにしたようなパンチパーマのオトッツァンが何を隠そうロナウド(37歳)である。なんかサンパウロの市場で肉屋の店主でもやってそうな風体だが、この男はバロンドール2回受賞、ワールドカップ優勝1回、当時最高金額でインテルやリアル・マドリッドに移籍をした90年代を代表する最高のストライカーだったのである。ところか今や単なるメタボオヤジになってしまったようだ。
     ronaldo-former-brazil-striker.jpg

さてロナウド様。被災民ためにチャリティーマッチを開催してくれるのは大変ご立派ですが、もしあなた様がイレブンの中に入るのであれば是非とも今から絶食してスマートになるか、それが無理ならゴールキーパーに転向していただけないでしょうか。あなた様が脂肪をブルンブルン振るわせて走るシーンなど見たくありません。少なくとも90年代にアナタのプレーに魅了された我々サッカーファンの思い出をぶち壊さないようよろしく配慮お願いいたします。
     images1LMK3S0Q.jpg

にほんブログ村 海外生活ブログ フィリピン情報へ
にほんブログ村
     

マニラ空港4人射殺事件に怯える香港人

今日の夕方に香港人の友人ジョアンから「フィリピンへの旅行をキャンセルした方が良いかしら?」と問い合わせが来た。今日昼前にマニラ空港で発生した殺人事件が香港のテレビでも報じられ、数日後に自分が降り立つ空港で銃撃があったことにすっかり動揺してしまい筆者に相談しに来たのである。香港人にとってクリスマス時期は旧正月・復活祭と並ぶ大型連休期であり、数十万人が海外にバカンスに出かけるのだが、ジョアンもそのうちの一人であるようだ。
     125893325_11n.jpg

事件の方であるが、今日午前11時15分にマニラ空港ターミナル3でザンボンガ・デル・スール州ラバンガン市の市長と奥方、それと随行員2人が何者かに襲撃され4人とも死亡したというものである。ちなみにこの市長は2010年にもマラテで殺されかかっており、市長の取り締まり強化に反感を持った麻薬業者に殺されたのではないかと言われている。
     xNAIA-3-shooting-1220_jpg_pagespeed_ic_reYdfcZxRh.jpg

ところがジョアンの話によると、香港のテレビは「市長は麻薬取引の黒幕だった」と筋を変えて報じているし、アナウンサーはフィリピンでは拳銃どころか機関銃にロケットランチャーを使った銃撃戦が街中至ることろで日常化している・・などど、さながらフィリピンは戦場であるかのように伝えているらしい。どうも2010年のバスジャック事件以降、香港人の中には「フィリピン=危険」というイメージが刷り込まれてしまったらしい。(実際そうなんだけど・・)
     32e4af07155eaf8358f8fbf385cbcacd.jpg

「今なら払い戻しが聞くのよ。やっぱりキャンセルした方がいいかしら・・」と何度も聞いてくるジョアン。なんでも先週始めに旅行会社にツアーを申し込んだのだがフィリピン行きしか空きが無かったため嫌々参加を決めたのだそうだ。その矢先に空港での射殺事件である。ちなみにこのジョアンと言う女は臆病な女で、いつも筆者が幽霊話をしてはジョアンを恐怖のどん底に突き落としていたのだ。どれどれ・・久しぶりにジョアンをからかってやるか!
     photo_verybig_110336.jpg

「ジョアン!行く行かないを決めるのは君だから俺は何も言えないけれど、ニュースで言っている銃撃戦の話は全て本当だ。だけど一番怖いのは臓器売買シンジケートに拉致されることでね・・。つい先週も君が宿泊する予定のホテルにいた韓国人女性の死体が放置された冷蔵庫の中から3体見つかったんだけど、どれも腎臓・肝臓・心臓から角膜まで移植できるものは全部無くなってて・・・」。この話を聞いたジョアンは迷わずにキャンセルを決めた。

にほんブログ村 海外生活ブログ フィリピン情報へ
にほんブログ村

金貸しシスターズ繁盛期

クリスマスを直前に控え、フィリピン庶民たちは急におカネが入り用になってきたようである。フィリピン人にとって12月は特別な月であり、子供たちへのプレゼント代や食事代などで通常月の倍以上の出費がかさむのが常なのだが、思わぬ事態で財布の中身がカラッポな家庭もあるのだ。もちろん日本人の感覚だったらこういう時は質素にクリスマスを過ごすのだが、カトリック教徒で楽天的なフィリピン人は「だったら借金で賄おう!」と深く考えもせずに金貸し業者に駆け込んでしまうようだ。
     tree.jpg

以前のブログでも書いたが、筆者の女房と義妹はファイブシックスという高利貸し(月利20%)の隠れた金主をやっているのだが、今週に入ってからパートナーであるサリサリストアのジェニーと爪切り屋のリサから毎日のように融資話が来るようになった。融資金額は1万ペソから10万ペソくらいとバラバラだが、頼みに来るのはほとんど旦那が中近東に出稼ぎに出ている家庭である。どうも今年は中近東の事情が変わってしまったようだ。
     ebkdg.png

昨日特急で金を借りたのは誰だろうと思ってジェニーに聞いたところ、なんと2つ隣に住んでいる若い奥さんだった。アブダビに出稼ぎ中の旦那はクリスマス休暇を取り消され、おまけに給料遅配が改善されないため12月は送金もで来ないらしい。それでこのままじゃ娘にプレゼントも渡せないと慌てた奥さんはジェニーに頼み込んで10万ペソ借りて行ったのだ。金を受け取った奥さんは「これで何とかなる」と嬉しそうに微笑んだそうだ。なんか・・哀れである。
     cbebd90ede2fb9876b527b918268e3a1.jpg

一方我が家の方は「いや~また儲かっちゃった♪♪」「来月は金利だけで〇万ペソ入ってくるわよ!」「またヴィトンのバッグが買えちゃうわ!」と大はしゃぎである。二人とも運動不足と過食のせいでアザラシのように肥えているため飛び跳ねる音は聞こえないが、盛り上がった気分だけは上の階にいる筆者にも十分伝わってくる。お前らな~・・。自分のビジネスとか言ってるけど、俺の金を利息ゼロで持ちだして、ジェニーに月10%で貸してるだけじゃねえか・・。ジャネット・ナポレスの方がまだお前らより仕事してるぞ!この寄生虫どもめ!

にほんブログ村 海外生活ブログ フィリピン情報へ
にほんブログ村

ミス・インターナショナルでフィリピン代表が王冠獲得

東京・高輪プリンスホテルで開催されていたミス・インターナショナル大会で、フィリピン代表のベア・ローズ・サンチャゴさんが2013年度の王座を獲得したそうである。なおフィリピン代表は同コンテストで過去4回王座に輝いており、ベネズエラに次ぐ歴代2位の優勝国だそうな。
     missintl.jpg

2位はオランダ代表のナタリー・デン・デッカーさん(写真下)、3位はニュージーランド代表のケイシー・ラドリーさん(写真下の下)が選ばれた。う~ん・・筆者にはどう見ても2位の女性の方が上に見えるんだけど。それから3位の人はロンドンあたりじゃ街角に普通にいるレベルだぞ・・。
     4_Netherland.jpg

前の日記でも書いたが、このミスコンテストで選ばれる女性というのは筆者の目にはどうみても美人に見えず、どういう基準で選ばれているのかさっぱり???だったのだけれど、今回は台風で甚大な影響を受けたフィリピンへの同情票が大きく左右したようである。
     31_New20Zealand.jpg

ちなみに参加者全員の写真はこちらのサイトを参照してほしい。 http://www.miss-international.org/ja/international-delegate.html あきらかに場違いな代表を送ってしまった国がいくつかあり、どうもミス・インターナショナルというのは選出基準がだんだんずれてきて、もはや美を競う大会では無くなっているようだ。あ~・・どっかのケーブルテレビ局で、セクシー・インターナショナルみたいなコンテストやってくれないかね。どう考えても世界中の殿方たちはそっちの番組の方を視聴すると思うんだけど・・。
     dec14_mg.jpg

にほんブログ村 海外生活ブログ フィリピン情報へ
にほんブログ村


 

突然現れた不義の姪

2週間前にマレーシアにいた時のことである。昼過ぎに起きてみると女房が隣のベッドで泣きながらSKYPEで誰かと話していた。一体なんだろうと思ってアイパッドを覗き込むと、見覚えのない中学生くらいの女の子がニコニコ笑いながらこっちを見ている。一体誰だろうと訝っていると女房が「この子は弟の実の子なのよ」と言った。
     jose.png

後で女房に話を聞いたところ、義弟アベットは今から14年前に同じ村に住む人妻と不倫の関係の末この娘ジョセリンを生ませたというのである。その後不倫相手は夫のもとに戻ったためアベットは他の女と結婚、やがて2人の子供に恵まれたのだが、このジョセリンの存在は義父と筆者の女房以外にはずっとひた隠しにしてきたというのだ。
     img_0771.jpg

ところが最近になってジョセリンの母親は真実を娘に話してしまい(旦那とは7年前に離婚していた)、義弟アベットは女房子供の対面上自分からは父親だと名乗り出れないので、おせっかいな姉(つまり筆者の女房)と妹(筆者の同居人)に実の娘に真実を告げてくれと泣きついてきたのである。それで今回のSKYPE面談となったというのだ。
     2971791i.jpg

女房の話によればジョセリンは最初は衝撃を受けた様子だったが意外に冷静で、最後の方は新しい家族が増えたと喜んでいたらしい(ここら辺の感覚が筆者にはついていけない)。そしてよせばいいのに先週末にジョセリンと母親、それにアベットの二人の子供と数人の親戚を筆者の家に呼んで涙の対面をさせたのであるが、アベットの12歳の息子AJは事実を受け入れられず泣いていたものの、娘のアビーは呆れたことにお姉ちゃんお姉ちゃんと飛び跳ねて喜んでいた。
     saikai.png
    
女房や義妹は涙を流しながら単純に対面を喜んでいたが、筆者は一人醒めた目で一同の動きを見ていた。話のピースがいくつも欠けているだけでなく話の基本線自体に違和感を感じるからだ。だいたい何故今頃になって真実を話す気になったのか?それはおそらく14歳、つまりこれから上の学校に上がっていく年齢であるということと大きく関係しているのであろう。離婚した旦那は学費を払う能力が無いとか、自分の子供でないことが判明したので学費どころか生活費も送らなくなった・・みたいな状況に直面したので、舵の方向をこっちに切り替えたというのが本音ではないか。
     imagesPMND6TFN.jpg
 
ちなみに義弟アベットは生活がカツカツでありジョセリンの学費を払う余裕など無いことは良く知っているはずであるから、アテにしてるのは姉の夫、つまり筆者の事ではないか・・と思う。どうも11月頭に女房の実家の村(ジョセリンと母親もここに住んでいる)に墓参りに行った際に、アベットの姉の旦那が日本人であることが知られてしまった事が間違いだったようである(まあ何言って来ても全部黙殺するけど)。さて・・ここで一言・・。無邪気に喜び笑うフィリピン人には裏の顔、つまり血族以外の人間からはいくら毟り取っても構わないと考える狡猾さと冷酷さが潜んでいることを肝に銘じておこう。

にほんブログ村 海外生活ブログ フィリピン情報へ
にほんブログ村

生命にかかわる海外での一人暮らし

むかし勤めていた会社の先輩で現在は中国・深圳で自分の事務所を営むH氏からメールが入ってきた。どうも筆者がマレーシアの旅に出ている1カ月間に何度か電話をいただいていたようである。メールを読むと腎臓に腫瘍が見つかり摘出手術を受けたが、体調が良くないため会社を閉じて日本に帰ることにしたと書いてあった。
     shenzhen.jpg

「あの人がガン?」と目を疑った。今年63歳になるH氏は毎週末に山登りやランニングに明け暮れるスポーツマンで、10年前に会社の健康診断を受けた時には全ての項目が最上のAであり、一回り以上年下の筆者の診断結果を覗き見て「俺はお前の葬式に出るからな」と笑いながら冗談を言っていたのである。それがこの10年で腎臓摘出にまでなってしまうとは・・。
     photo_doc01.jpg

H氏は若くして設計課長になるほど優秀な技術者だったのだが、20年前に筆者と中国をぐるりと回った際に中国のエネルギーにすっかり感化されたことが彼の人生を変えてしまった。その後10年間の準備期間を経て会社を退職し中国・深圳に自分の設計事務所を開業、以来奥さんや子供とは離れ離れで生活していたのである。深圳でもスポーツは続けていたし大酒を飲む人ではないから健康を維持していると思っていたが、どうも前から気になっていたH氏の悪癖である食い物への無頓着さが彼の体を蝕んだようである。
     9256522-cheap-street-food-in-chongqing-china-small-family-restaurant--july-28-2010.jpg

無頓着というのは野菜を食べないということではなく、H氏はほぼ全て外食、しかも現地の人が行くような安い店で食事を済ませていたという事である。深圳で会うたびに「今日の俺の昼飯は3元(50円)だった」と言うので、その粗食さに見かねた筆者はH氏を日本料理店(とは言っても飲み放題食べ放題で1500円のような店)に誘っていたのだが、H氏は「お前は贅沢だ」と言いながらも刺身や寿司にがっついていた。山国出身者によくいる元々食に興味が無い吝嗇家タイプなのである。
     at_china_king_cheap_forgettabl_p5.jpg

筆者が想像するにH氏の腎臓をぶっ壊したのは野菜や肉に含まれる農薬と、どの料理にも過剰に含まれる塩分だとおもう。香港人の友人たちは「中国では有名店以外では絶対に食べるな」と良く言っていたが、道端の店では何を材料に使っているのか分かったものでないからである。ある店では餃子の中身に段ボールの廃品を入れていたし、明らかに色がおかしい野菜を出してくる有名な火鍋チェーン店もあった。儲けのためには客が死んだって構わない店主たちばかりなのだ。
     24515671_1196316797_205large.jpg

H氏には気の毒だが、食べ物に無頓着な人が海外でひとり暮らしするというのはやはり無理があったのだと思う。これは中国ほどでは無いにしろフィリピンだって似たようなものである。極端に少ない野菜料理、多すぎる脂肪分、塩分と調味料の多すぎる濃いめの味付け。一人で海外に移住するなら自分が料理上手になるか、神経質なまでに食事に気を使うか、もしくはまともな料理ができる家政婦を雇わなければならない。さもなければフィリピン人と同じように60代で成人病を発病し70歳になったら床に臥せって死ぬのを待つだけになってしまう。
     adobophoto.jpg   

老後はアジアで悠々自適などと思っても、老後の期間自体を縮めてしまっては元も子もない。せっかくフィリピンに出てきたのだから、気を使った食事を摂る苦労くらいは税金だと思って受け入れるようにしよう。

にほんブログ村 海外生活ブログ フィリピン情報へ
にほんブログ村

ペナンに残る旧日本人街

ペナン旧市街のシントラ通りにある行きつけの海南チキンライスの店で、何気なく壁に貼られた古い新装開店の新聞記事を見ていると、新規移転先の住所に「日本横街」という文字を見つけた。移転時期は2003年と書かれているから、現在筆者が飯を食っているこのシントラ通りというのがどうやら日本横街だということのようである。
     yappungai.jpg

いったい何でこの通りに日本の名前が付いているのか不思議に思い店のオヤジに聞いてみたところ「日本人が沢山住んでたからだ」と答えた。しかし街の風景には何一つ日本的なものは見当たらないし、日本軍の占領時に軍人たちが住んでいたのだとしても報復意識の強いイギリスと華僑たちが日本の名前を残す分けがない。そう思ってオヤジにそれはいつの話だ?と聞き返すと「百年前だ」とぶっきらぼうに答えた。
     993794_10202568148906887_1727043173_n.jpg

興味があったのでホテルに戻りネットで事情を探ってみたところ、ここペナンには19世紀の終わりから第2次大戦の敗北で全員帰国させられるまで数千人の日本人が住みつき、華僑や印僑の向こうを張って現地に根を下ろしていたらしい。職業も日本製品の現地代理店や床屋・旅館・修理業などのサービス業の他に、最も海外に先駆けて出て行ったからゆきさん(日本人娼婦)など色々である。
     ywongai.jpg

今と違って情報も充分に無い時代に裸一貫で海を渡り、1つの街を築くまでになったのだから、彼らの努力というのは並大抵のものではなかっただろう。会社の金で高級フラットに住んで毎日会社で胡坐をかいてるだけの現代の海外駐在員(特に金融系と商社に多い)とは雲泥の差である。日本にもこういう骨のある連中がいたのだと思うと胸が熱くなった。
     Iminsen.jpg

ちなみに筆者の母方の一家は満州国建国と同時に中国東北部のハルピンに定住し、ソ連軍の侵攻の際には祖母は子供4人抱えて日本に逃げ帰ってきたのだが、生前祖母はよく「天津や上海の租界には物凄い数の日本人が住んでいて、みんなで協力し合って自分たちの住処を広げていったのよ」と言っていたものである。ペナンもおそらくそうなのだろう。1945年にすべてを失うまで、ここには日本人の家庭があり学校があり、なによりそれぞれの生業があったのだ。
     kitaiskya.jpg

その晩筆者と女房はペナン市内の日本料理店で日本酒を傾けながら、日本での貧しさから抜け出すためにはるばる海を渡って異国に住みつき、やがて徒手空拳ののちに現地で朽ち果てた先人たちの冥福を祈ることにした。彼らはもう歴史の断片として消えてしまったが、日本人街という名前を残してくれた事に感謝したい。
     CintraSt_map.jpg
にほんブログ村 海外生活ブログ フィリピン情報へ
にほんブログ村

マレーシアでリタイア生活なんかできるか!

ペナンの旧市街に陣を張って1週間経由したが、旧市街をブラブラして美味い料理ばかり食っているのも芸が無いので、ペナンの高級住宅地であるガ-二-まで足を運んで見ることにした。モノの本によればマレーシアというのは日本人の海外ロングステイ先で一番人気の国であり、なかでもペナン島の海岸地域であるここガ-二-には駐在員や豊かなご隠居達が沢山住んでいるというのである。
     
大きな地図で見る

筆者のホテルから101番のバスで15分乗るとガ-二-に到着した。古い低層の建物(というより半分廃墟)ばかり並ぶ旧市街と違って、ガ-二-地区は高層マンションとショッピングモールが立ち並んでいる小洒落ていて、つまり世界各国で最近生まれている無国籍な様相の衛星都市である。う~ん・・なんか香港に来たみたいだな・・。旅の情緒が一気に吹き飛んだぞ。
     2591105.jpg

この辺をブラブラしながら不動産屋を除くと、SALEとかRENTとかの注釈付でマンションの詳細が書かれた紙が貼られていた。400平方米なんて豪邸は外して100~140平方米の物件を見てみると、購入は100~130万リンギット(1リンギット33円)、賃貸は月2000~4000リンギットあたりが平均的な相場の様である。なんだよ・・思ったより賃貸は随分安いじゃんか・・
     4b70c310966508_1_V550.jpg

次に買い物環境であるが、ガ-二-・パラゴンや何軒かある日本食材店には最低限の日本食品が揃っているし、旧市街のGAMAやKOMTARに出向けば買える商品の種類はもっと広がるので生活に困ることは無さそうである。それにガ-二-地区には大きな病院がいくつもあるし、欧米のリタイア組や海外駐在員に富裕なマレーシア人が住んでいる住宅地なので雰囲気もお上品でありフィリピンと違って治安は大変良さそうである。路地裏に妖しい店が並んでいるとか、真昼間から路上で客引きしている妙齢の女性など皆無なのだ。
     gurneysupermkt.jpg

さてこの町を一回りして思い起こしたのはアメリカのフロリダ州である。マイアミに顧客がいたので何回か訪問したのだが、ビーチ沿いのある地域ではリタイアした老人たちばかりが住んでいて、豊かなんだけど何とも言えない静寂さが街の空気を支配していた。そう・・まるで植物園のようだった。ちなみにガ-二-地区は老人の街ではないが、イスラム教特有の禁欲さと高級住宅地だぞというスノッブさ(と言うよりも底の浅さ)が街から猥雑さを排除してしまい、油気のない乾いた街になってしまっているのだ。言っては悪いが死ぬのを待つための街じゃないか。
     gurneycafe.jpg

筆者は閑静な郊外の住宅地に住むのは良いが、永井荷風のように一日一回は下町の猥雑さや人間の情欲の臭いに浸されないと退屈を感じてしまう人間である。だいたい色気や情念の無い生活なんて死ぬの待ってるのと同じじゃないか。チェンマイやダバオより都市としては格段に発展しているけれど、ペナンは筆者にはNHKにように真面目過ぎて80年代の民放の深夜番組のようなアングラな魅力を感じられなかった。やはりマレーシアは俺には向いてないな・・。

にほんブログ村 海外生活ブログ フィリピン情報へ
にほんブログ村

沢木耕太郎の足跡を求めて

ペナンの旧市街をぶらぶらと歩き旅愁に浸っていた時に、沢木耕太郎の作品「深夜特急」のストーリーが突然頭に浮かんできた。ペナンのアチコチを歩き回って今夜の安宿を探し当てたが、ここは売春宿も兼ねていて(というよりもこっちが本業)で、宿に住みついている娼婦やヒモたちの可笑しな日常を描いた短編である。たしかこのホテルの名前は同楽旅社と言ったっけ・・?
     chinatown.jpg

筆者がバックパッカーとしてインド放浪の旅に出たのは1988年であるが、ベナレスやゴアで出会った同世代の旅人達は例外なく沢木の深夜特急の愛読者たちだった。大学でミーハーやってたり、アルバイト漬けの連中も「深夜特急」のページをめくった途端に目の前にアジア回廊が突然広がり、貯金を全部はたいて旅に出てきたというから、この本は物凄い影響力を持っていたのであろう。一世代前の五木寛之の「青年は荒野をめざす」と同じように多くの青年たちを旅へと駆り立てた紀行文学のバイブルと言える。
     327505.jpg
    
せっかく沢木のペナン編を思い出したのだから同楽旅社を訪問してみようと思いついた。ちなみに筆者は香港に16年も住んでるのに沢木の最初の宿である重慶マンションの「黄金宮殿」には一度も行ったことが無かったのだが、今はサラリーマン時代と違ってヒマだし、何より25年前と同じ気分になりたかったのである。もう何かに縛られることは無いし、どうせだったらこのままフィリピンには帰らずに、このまま1年でも2年でもかけてロンドンまで陸路で向かっても構わないしな・・。いや・・むしろそういう気分にさせて欲しいという思いがあったのだ。
     chexps01.jpg

泊まっているホテルの従業員に同楽旅社と聞いても誰も知らないので、いつも飯食ってる屋台の爺さん(こいつは片言の日本語ができる)に聞いてみると、「随分前に閉店してしまったが、建物はTUNEホテルの横に今でも建っている」ということだった。さすがジジイ。たぶんジジイの若い頃には同楽旅社の宿泊者がジジイの屋台に来てたのだろう。TUNEホテルなら筆者の宿泊しているホテルから1キロ程度の距離である。飯を食い終わると「どこに行くのよ」と訝る女房の尻を叩いてTUNEホテル方向に歩き始めた。
     view from room

目指す同楽旅社は案外簡単に見つかった。建物は今はレストランというよりも屋台に毛が生えたような飲食店になっていて、営業は夜6時から始まるという事らしい。随分こきたない建物だが、ここに沢木耕太郎が泊まって、宿主のいい加減なオヤジと宿泊費を交渉し、ヒモの男と日本の海外援助について議論し、無茶苦茶だがヒモの男の見事な弁舌に言い返せずにウーとか唸っている沢木の姿が脳裏に浮かんだできた。そうか・・ここだったのか。
     douraku hotel

さて肝心の旅への渇望感であるが、女房が「なによ!こんな汚い建物」「早くホテルに戻ろう」と連発するので、残念ながら十分脳からエキスが出てこなかった。あ~・・こいつさえいなければ今頃バターワースにフェリーで渡ってバンコクから西へ向かうか、ペナン港からインドネシアのメダンへフェリーで渡り、インドネシアを東に横断してニューギニアから太平洋の島々を巡って南米まで行けるのに・・。やはり女と言うのは生まれつき旅のロマンというのを理解するのは無理なようである。

にほんブログ村 海外生活ブログ フィリピン情報へ
にほんブログ村

ウルトラ美食の都ペナン

ホテルのビュッフェ式朝食は無視することにして足早にチャイナタウンを目指して早足で歩いて行った。目的はペナンでも一二を争うと評判の飲茶の店「大東酒楼」の席を確保するためである。
     cintra.jpg

この店はトリップアドバイザーやシンガポールの旅行雑誌などで紹介されているだけあって、筆者らが到着した時には完全に満席だったのだが、運よく1テーブルだけ空いたので中国人どもを押しのけて無理矢理陣取ることに成功したのだ。
     daitin outlook

プーアル茶を注文して店内を見回すと蒸し器のワゴンをゴロゴロ転がすオバちゃんが後ろから現れた。店内移動販売方式の飲茶である。筆者が香港に来た94年はどの店もこういう感じだったのに、人件費の上がった今では絶滅しつつある昔懐かしい光景である。
     detong.jpg

ワゴンの中にある蒸篭を開けて点心を選ぶ。焼売、蝦餃、カニの団子、ふかひれ焼売、竹巻、ショーロンパオ、鳥の脚の紅焼、魚の団子蒸し、それから皮蛋粥・・。どれもこれも美味そうである。面倒なのでいぶかる女房を無視して叔母ちゃんに全商品を頼むことにした。
     dimsum daitou

さて味の方であるが、福建系のあっさりした味付けなので、香港よりもこのレストランの方が日本人の口に合うのではないかと思う。香港の最高級レストランには及ばないものの、何とも懐かしい昔ながらの飲茶の味であった。う~ん。今日は出だしからついてるぞ。  
     daiton2.jpg

点心で腹いっぱいになってしまったので、消化のためにその後は旧市街にあるインド人街や旧イギリス行政地区などをブラブラ歩くことにした。インド人街で実に美味そうな匂いのする料理屋を発見したが、女房が「アタシは満腹すぎてスープ1杯だって飲めない」と言うのでせっかくのチャンスだが明日以降に持ち越すことにした。こういう時にはもっと大食いの女を女房に娶れば良かったな・・・と思う。
     Little India

さんざん歩いた後で小腹がすいたのでホテルの近くの屋台に毛が生えたような店で夕食を摂ることにした。本当はキャンベル・ハウスというホテルにあるイタリア料理店で食いたかったのだが、女房の胃袋が小さいためと、何故かこの小汚い店に客がわんさかいたからである。
     menmen.jpg

筆者らが頼んだのは、魚団子の湯麺と蒸し鶏のぶっかけご飯、それとタイ風の焼きしめん(クイティオ・パッ)の3種類だったのだが、あまりの美味さにびっくりしてしまった。これで1品は4.5リンギット(150円)というのだから二度びっくりである。(クアラルンプールではどんな不味い料理屋でも15リンギットはする)。
     rice n noodle

さてつい先ほども深夜食ということで同じレストランに行って麺類を2種る食べてきた。1品は福建海南炒麺というやつで汁気タップリの焼きそばなのだが、これが見た目は悪いが実にじっとりとした味で、関東人である筆者にとってはその味の濃さが実に美味いのである。
     fukken chaomin

もう1品は女房が頼んだので名前は失念してしまったが、素麺のような麺に塩味のあんかけ汁がたっぷりかかったモノなのだが、これも中華スープにように実にいける味で、満腹の女房が半分も食べられないのを良いことに、のこりものを筆者が食い漁ることに成功した。
     mee.jpg

今日一日中華料理だけ食べたのだが、どの料理も十分満足のいくものであり、香港やシンガポールと比べても遜色の無いレベルのモノだった。こんな美食の街があったなんて全くの驚きで、台南やマカオに匹敵する知られざるグルメの街なのではないか。さ~て!あしたも食いまくるぞ。

にほんブログ村 海外生活ブログ フィリピン情報へ
にほんブログ村
Author by ほにょ / 全記事一覧 / ページトップ
Designed by マンゴスチンw /