ランカウイからペナンへ移動

ランカウイ島で5日間リゾートライフをエンジョイしたが、滞在先のホテル付近はおろか、もっとも繁栄しているはずのパンタイ・チェナンでさえ余りに閑散としすぎていて退屈になってしまった。いくらなんでも3kmの広さのビーチに泳いでいるのは20人以下という状況ではリゾートとして採算的に失敗しているし、レストランも客はまばらで味の方も中の下あたりばかり揃っていては長期滞在は不可能である。よって夫婦で協議のうえ急きょペナン島に移動することにした。
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ランカウイからペナンへはフェリーが就航していて、搭乗時間は3時間、料金は一人60リンギット(1900円)である。ランカウイのクアタウンにある船乗り場(JETTYという)のチケットオフィス(KFCの横。5番カウンター)で当日の搭乗券を購入できるが、筆者らは満席だと困るのでインターネットwww.langkawi-ferry.comで事前購入していたので、出発時間の午後2時15分までスターバックスで通り過ぎるマレー女性の色とりどりの民族衣装を見ながら時間をつぶすことにした。
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2時にゲートが開きシートを確保して船に乗り込む。船のサイズは香港-マカオ間のフェリーより多少小さめで一応トイレも付いているが、前後左右のスペースが狭くて快適とはほど遠い設計である(これで60リンギットかよ!)。おまけに後ろの席に座ったマレー人のガキたちが煩くて3時間ずっと眠ることもできやしなかった。さらに悪天候のため窓外の景色を楽しむこともできず、仕方なくガイドブックを2回読み返して時間を潰すことになった。
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午後5時30分にペナンの船着き場に到着。ここは香港・シンガポールと並ぶイギリスの極東植民地の要所だけあって、船着き場の近くにはイギリス風の建物がずらりと並んでいる。あ~・・なんか香港のセントラルあたりを思い起こさせられる風景である。こっちはもっと心に湧き上がる旅情を楽しみたかったが、現実主義者の女房はさっさとタクシーを拾って筆者に乗車をせかす始末・・。それから10分後に20リンギットの料金を払って市内ジョージ・タウンのKOMTARにあるトレーダーズ・ホテルに到着した。
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このトレーダーズ・ホテルというのはシャングリラ系列で、ペナンのジョージ・タウンでは2番目に良いホテルだそうである。部屋の作りに満足した女房は早速WI-FIでフィリピンにいる親族とフェースブックで交信したあと、ふかふかのベッドの上に横になり始めたが、こいつは一度寝ると数時間は起き上がれない悪癖があり、このままだと夕食を摂る機会が無くなるのは確実なので、女房をたたき起こして市中心部のチャイナタウンへ向かうことにした。
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美味い店を探す直感が働く女房が見つけたのはレッド・ガーデン・フード・コート(http://www.redgarden-food.com/)という屋台街で、午後7時にもかかわらず満席状態だったが、たまたま1グループが食事を終え席をたったため運よくスペースを確保することができた。カールスバーグの大瓶1本(15.5リンギット)を頼み、女房は数十軒ある出店を見回した後、氷の上にシーフードを敷き詰めた中華系海鮮料理店に料理を頼むことにした。
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待つこと20分、女房型が頼んだマナガツオの蒸したモノ、エビのマレー風ソテー、こっちの焼き鳥であるサテ-、それと青梗菜とニンニクの炒めたものが一気に登場。まずはエビを食べるがチリソースとニンニクとエビのミソの味がマッチしていて実に美味い。まさに芳醇な味とはこのことだろう。一気にビールを1本飲み干してしまった。その後はマナガツオだが蒸し物というよりキノコと野菜のスープ和えみたいになってしまっていて、期待した香港風の醤油と中華味噌味とは随分と違った・・。まあこれはこれで美味しかったけどね。
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料金はビール2本を含めて全部で110リンギット(3500円)だった。タイの同じようなレストランに比べれば割高だが、フィリピンのクソマズイ料理ばかり食ってる身としては大満足であった。さすが美食の都と言われるペナンである。まだ到着して半日しかたっていないが、ペナンはかなり期待できると直感で分かった。明日は飲茶だ!!
     
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さびれたランカウイ島に緊急避難

クアラルンプールのインド人たちの臭いの余りの強烈さに辟易した女房が「アタシはこんな臭い国になんか居たくない」と騒ぎ出したため、クアラルンプール滞在を4泊で切り上げ、急きょマレーシア北部のランカウイ島へ移動することにした。
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ランカウイへはマレーシア航空を利用、フライト時間は45分、料金はネット予約で1人140リンギット(4500円)とお手軽なのだが、機材はB737なので小ぶりだし、さらに隣に巨大化したインド人叔母さん(幸運なことに臭くなかった)が座ってしまいフライト中ずっと狭くて仕方なかった。このオバサンは備え付けのシートベルトが体にフィットせず、添乗員にエクステンション(延長ベルト)を貰っていた。こんな人生まれて初めて見たぞ・・。
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筆者と女房が泊まったのはFRANGIPANIというコテージ型リゾートホテルで、料金は朝食込みで1泊400リンギット(12800円)だった。筆者と女房はいつもは一番栄えたビーチに泊まることにしているのだが、パンタイ・チェナンにはロクなホテルが無いため、南側にあるパンタイ・テンガーにあるこのホテルに泊まることにしたのだ。
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翌日ビーチに出てみてビックリしたのは、ビーチの端から端まで数人がいなくて閑散としているのだ。プーケットやサムイ島のように芋の子を洗うかのように中国人が群れていない。しまった!!やっぱりパンタイ・チェナンに宿を取ればよかったと後悔したのだが、後日パンタイ・チェナンを見に行ったところ閑散さは似たようなもんだった。つまりランカウイはプーケットに比べると100分の1、もしくは1000分の1くらいの観光客しかいないのである。
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なんでもランカウイ島はマレーシア政府の方針でプーケットとは違った健全なリゾート地を目指しているらしく、ゴーゴーバーやエロ系マッサージ、ホモ系クラブなどが皆無で、ナイトライフと言えばバーでライブバンドを聞くくらいしかないのだ。なので世界のマジョリティーである俗物たちはこのリゾートを通り過ぎてしまうため、島全体が伊豆の温泉街のように寂れているのである。
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さてランカウイにはインド人街も無いし、インド人観光客もそれなりに身だしなみがしっかりしている人たちのため、臭いに敏感な女房はこの島が大変お気にめした様である。「12月半ばの帰国までずっとランカウイに居ましょうよ」なんてことを言っているが、筆者にとってはこんなヤラシクナイ島にいても全然面白くないので、「ランカウイと似たような島だよ」と言って女房を騙して3日後にペナンに行くことにした(ここには巨大なインド人街がある)。
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マレーシアのインド人への嫌悪感

クアラルンプールに到着してから今日で3日目となった。この国は日本人のリタイア組たちの目的地ナンバーワンとのことなので結構期待してアチコチ歩いているのだが、困った事に女房がマレーシアはダメだという先入観を持ってしまい、こんな国に定住するなんて冗談じゃない!と何事も頑なに拒むようになってしまったのだ。原因はマレーシアのインド人系住民たちである。
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クアラルンプールに到着した最初の晩、ホテルの近くにあるブキット・ビンタンのインド人両替商に聞いた「ここらで一番美味い」インド料理店で簡単な食事を摂ることにしたのだが、この店で起こったことが女房にマレーシアへの生理的な嫌悪感を持ってしまったのである。
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1.路上のど真ん中で歩きながら立小便
筆者には見えなかったのだが、3人組のインド人が小便をまき散らしながら道の真ん中を歩いていたらしい。ちなみに3人とも何ら恥じることなく自分の一物を見せていたというからすごい解放感である。
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2.強烈な体臭
これは世界中のインド人に共通する問題だが、マレーシアのインド人は格別にワキガの臭いがすごいのだ。女房は店員が傍を通るたびに息を止めていたし、そのうちに食欲も失せてしまったのか、せっかく頼んだ料理もあらかた残してしまった。
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3.道端に蠢く妖しげな連中
このレストラン周辺のあちこちの横道にはインド人たちが何人かで固まって通行人に声をかけたり、モノを売りつけようと観光客を追いかけたりしているのだが、女房の目にはブキット・ビンタンはニューヨークの100丁目の北側のように映ったらしく、筆者の手を引っ張り「早く走って逃げよう」と言いだしてしまった。
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ちなみに筆者は女房のように嫌悪感を感じることは無かったし、インド人は香港にも沢山いるし、汚くて臭い店なら先週までいた中国の方が数段格上だと思ってる。にもかかわらず女房がマレーシアのインド人を嫌がる理由は彼らがアフリカ人のように色黒で体毛が濃く、ゴツイ感じがするインド南部のタミル人だからであろう。
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筆者は女房に対して「お前が感じていることは偏見だ」と何度も諭したのだが、どうもインド人への嫌悪感は抜けないようだ。さっきもSKYPEでフィリピンにいる妹と「キリキリ・マバホ(ワキガが臭い)」と大声で話していた。あと3週間マレーシアにいる予定だけど、女房の嫌悪感が治る可能性はなさそうだし、インド人のいなさそうな場所にでも移動しようかな・・。

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フィリピンで壊れた味蕾を広州でリハビリする

皆様お久しぶりです。中国国内はFC2にアクセス出来ないため1週間ブログをアップできませんでした。さて前々回のブログで少し書いたけど、仕事1/4、残りは遊びで一カ月ほど旅に出ることにした。で・・最初の3日間は香港で過ごして、その後1週間は中国の広州市に入って中華料理を食いまくるのである。
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ところで何で美味い物を楽しむのに広州なんだ?どうして香港じゃないんだ・・?とお思いだろうが、香港のレストランは家賃の異常な高騰で人件費と材料費をケチった結果ここ10年毎年味が落ちてしまい(福臨門や西苑のように懐が豊かな客を抱えた一流店や不動産丸抱えの店は除く)、一方新興富裕層がバカバカ増えている深圳・広州の一流店の方が香港の店より美味くなっているからである。
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さて1週間広州にいて海鮮料理や火鍋などの定番から、鹿のフルコースに西域のイスラム教徒系料理(羊肉)など変わり種もたっぷり堪能したけれど、やっぱり一番美味かったのは毎日昼間に食べた点心(ディムサム)だった。筆者は香港に16年間住んで、毎週2~3回は点心食ってたけど、未だにこれ以上美味い中華料理って無いと断言できるのである。
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筆者が好きな点心は焼売(シューマイ)に蝦餃(ハーガウ)、鳥の足の紅焼(ホンジャウ)、イカのニンニク蒸し(シーニョン・ヤウユイ)、排骨(パイクワ)の5つで、これをオカズにプーアル茶をがぶがぶ飲んで、締めは瑤柱蛋白炒飯(ホタテ貝柱と卵白のチャーハン)や肉絲炒麺(あんかけ焼きそば)という全く特異性のない定番中の定番なのだが、これを1週間毎日続けることで筆者の壊れた味覚は徐々に回復してきたのだ。
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やっぱ普段食いなれたものを何度も何度も食い続けるのが舌のリハビリには良いようである。マニラにももっとマトモな点心があれば良いのだけれど、10年かかって無理そうだから今後は毎年広州までリハビリに来なくっちゃな・・。
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台風ヨランダは歴史的にどれくらい最悪の自然災害か

WHO(世界保健機構)は今回の台風ヨランダによる被害についてレベル3と認定したと発表した。これはWHOの基準では最大最悪のカテゴリーで、2004年のインド洋大津波や2010年のハイチ大地震と同程度に該当するそうである。それに台風としての規模と破壊力では史上最大と言われる1990年の台風TIPと並ぶと言われているので、何か大変な事態が起こったように聞こえるが(実際にそうなのだが)、推定死者1万人というのは、ここ100年の間でどれくらい最悪の被害なのかどうかちょっとイメージがしにくい。よってヒマに任せて災害の歴史というのを調べてみることにした。
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まずフィリピンの自然災害での死者数トップ5を調べてみた。
1位 ミンダナオ津波災害(1976年)5000~8000人
2位 台風ユリンのレイテ襲撃(1991年)5100人
3位 台風パブロのミンダナオ襲撃(2012年)1900人
4位 バギオ大地震(1990年)1600人
5位 台風ニタンのビサヤ襲撃(1984年)1400人
これはどう見ても1位確定であろう。フィリピン人にとってはヨランダによる被害はまさに空前絶後と言ってよいのではないだろうか。
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ところが対象を全世界に広げてみると、錚々たる大物災害たちがゾロゾロ登場してしまいヨランダは全然お呼びでなくなってしまうのだ。
1位 バングラデッシュのサイクロン(1970年)50万人
2位 中国・唐山大地震(1976年)25万人
3位 インド洋大津波(2006年)23万人
4位 ハイチ大地震(2010年)22万人
5位 中国・甘粛大地震(1920年)20万人
6位 日本・関東大震災(1923)14万人
6位 バングラデッシュのサイクロン(1991年)14万人
6位 ミャンマーのサイクロン(2008年)14万人
9位 トルクメニスタン大地震(1948年)10万人
10位 四川大地震(2008年)8万人
この後にはパキスタンの地震や中国の洪水・地震など5万人クラスの災害がごっそり出てくるので、推定死者1万人のヨランダは何と44位とかなり下の方に落ちてしまうのである。
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う~ん・・やはり世界は広かった。次に大型台風が来るときはマニラ首都圏を直撃し、マカティの大型コンドが軒並み崩壊するくらいぶち壊さないと全世界でのトップ10入りは難しそうである。まあでも筆者としては女房の母国が壊れていくのではなくて、中国と韓国・北朝鮮に巨大地震が発生して都市部が完全崩壊し、死者は1日で5億人、ついでに原子力発電所がメルトダウンして数十万年死の灰を吐き出しつづけ、両民族が食料を求めて殺し合い、やがて人種絶滅していく光景を眺めている方が楽しいんだけどね。
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フィリピン料理はアナタの味覚を破壊する

フィリピンでの仕事も一段落したので一月ほど旅に出ることにした。香港と広州で10日ほど過ごした後、マレーシアのクアラルンプールとペナンあたりをグルリと回って来る予定である。さて旅の最初は古巣の香港で、ここでは十数年間にわたって我々夫婦の舌を存分に満喫させてきたレストランに行く計画である。
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香港のホテルにチェックインした後、一番近い場所にある馴染みのイタリア料理店であるPaparaziで夕食を摂ることにした。オーダーしたのは前菜の盛り合わせ、フォアグラ・ソテー、カルパッチョ、リブアイ・ステーキにオヒョウ(Halibutという白身の魚で実に美味い)のグリルの5品である。ワインも奮発してキャンティのヴィンテージものを頼んだ。なんせフィリピンではお目に罹れない10か月ぶりのマトモなイタリアンである
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待つこと15分、前菜の盛り合わせが来たので待ちきれずに一気に口へ運び咀嚼した。ところが・・・エッ?何だこれ・・美味くないぞ・・。特にモッツァレラチーズは何も味がしない・・。それにその次に来たフォアグラは味が濃いことだけは分かったが旨味というのが全く感じられない。レストランの味が落ちたのかなと思ったが、女房と香港在住の叔母は実に美味そうに食っている。まさか・・味覚が壊れた?大味で脂っこいフィリピン料理ばかり食っているせいかよ!
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その後出てきたカルパッチョに至っては、牛肉の微妙な旨味を全く感じ取ることが出来ず、また筆者が楽しみにしていたオヒョウもバルザミコ酢をぶっかけて食わねば舌が満足できなかった。結局頼んだ5品の中で唯一まともに食えたのは脂身がジュッと出てくるリブアイステーキだけ、それもマスタードをたっぷりナビっての話である。
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女房とオバは食事を終えるとデザートのティラミスをオーダーしたので、筆者もとっておきのデザートであるナターシャを注文した。これはレモン・シャーベットにウォッカをぶっかけただけなのだが、十数年前にチューリッヒでこのデザートに出会ってからは病み付きになり、以来世界中のどのレストランでも脂っこいものを食べた後は、ウォッカとレモンの爽快さと揮発性が程よくマッチしたこのデザートを食べることにしているのだ。ところが・・出てきたナターシャを口に含んでも、妙な酸っぱさと舌に突き刺すような感覚が来るだけでちっとも美味くない・・。これには驚愕してしまった。何かの間違いだろうと思って女房にナターシャを食わせてみると、「うーん!このデザートはフレッシュだわ!」と言ってオバにも薦めているのを見て呆然・・。どうも・・筆者の味蕾は完全に壊れてしまったようです・・・。

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少なくとも1万人が死亡。被災地で略奪相次ぐ

台風ヨランダの直撃のより1万人以上の人間が死亡したようである。今年度最強の台風とは聞いていたが、まさかここまで死者数が伸びるとは・・。まるでサイクロンにより国ごと沈没しかかった1991年のバングラデッシュのごとき様相である。
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さて被災地の中でも最も深刻なダメージを受けたタクロバン市では、市民たちが家族そろって市内のガイサノ・モールに押し掛け、ガラスやドアをぶち破って店内に侵入し、食料品から家電製品、はては自動車まで略奪しているとのニュースが流れた。また別のニュースでは警察機能が停止しているのを良いことに、各地で略奪・強盗・強姦が蔓延しているらしい。
関連ビデオ : http://www.abs-cbnnews.com/video/nation/11/09/13/watch-looting-gaisano-mall-tacloban-city
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道端に転がった死体をかき分け一家総出で略奪に精を出すとは・・・。もっともハリケーン・カトリーナのときは刑務所から数百人もの凶悪犯罪者が逃げてしまいニューオリンズは略奪都市と化したし、四川大地震の時には混乱に乗じて殺人が蔓延したというから、スーパーマーケットの略奪など可愛いもんだろう。

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世界最強の台風まもなく上陸

報道によると現在フィリピンに接近中の台風「ヨランダ」は、海外の気象機関から2013年に発生した世界の台風の中で最強と認定されたそうである。米軍の合同台風警報センターによれば今年発生した他の4つの大型台風(ウサギ/フランシスコ/レキマ/ファリン)の最大風速260キロメートルを上回る風速278キロ、瞬間風速は333キロと2位以下を引き離して圧倒的にナンバーワンらしい。
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ちなみにこの278キロを日本式のメートル式に直すと風速77メートルとなり(瞬間風速だと93メートル)、日本の観測記録上の最強台風であるシャーリー台風(1965年)の70メートルやルース台風(1951年。69メートル)、室戸台風(1961年。67メートル)、洞爺丸を沈めて1155人の命を奪った台風(1954年。63メートル)よりも強烈なのだ。こんな物凄いのがもうすぐ来るなんて・・。これはとんでもないことになりそうである。
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今回はテレビでも事前に「ウルトラ台風襲来」と警告されていたし、日本大使館からも危険通達が出されていたので、筆者の家では近所のスーパーで食料を大量に買い込み、床上浸水に備えて家具類を2階に荷揚げし、家にあるすべての懐中電灯に充電したりと万全の準備をしたのだが、最新の気象情報によれば、最も深刻な被害を受けるレベル4対象地域はサマール島やレイテ島などのビサヤ地方ばかりで、筆者の住むマニラ首都圏は最低のレベル1・・つまり大した被害にはならないという。
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マニラは安全ということで女房や義妹は一安心して家具類を1階に降ろし始めたのだが、筆者はなんか面白くないのである。せっかく世界最強の台風が来るのだから是非ともマニラ首都圏を直撃してもらい、筆者の住む地域とは全然関係ないエリアをぶち壊した挙句に街中を完全水没させ、出来ればガス爆発など誘発して甚大な被害を及ぼしてもらえないだろうか。「お爺ちゃんがマニラに移住した年は物凄い台風が来てね・・目の前で何千軒もの家が濁流に飲み込まれて・・」と末代まで自慢できるような大惨事になってくれることを祈りながら今夜は眠りにつくことにしよう。

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貧乏で不運な姪

女房の弟の娘で今年6歳になるアビーの誕生日パーティーを女房と義妹の出資で行うことにした。理由はアビーの両親があまりに貧乏なため、アビーが生まれてから一度も誕生パーティーを開催していないからである。女房の話ではアビーの兄のAJも誕生パーティーどころか進学祝いさえも行われてないらしい。「アビーの両親は子供たちを構うだけのお金と心の余裕が無いのよ」とは義妹の弁。子供好きなフィリピン人には珍しいケースだが、どうも母親の方が人格敵な問題が有るようだ。子供たちが何を頼んでも怒鳴りつけるか引っぱたくだけらしい。
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パーティー会場はアビーの村から一番近い町にあるジョリビーにした(マクドナルドはこの町にもない)。アビーはパッシグで開催される従弟たちの誕生会(マクドナルドが多い)に毎回参加してきたので、今回はアビーが劣等感を感じないように一番高いパッケージを選んだ(1人チキン2個。普通は1個である)。さて先日の墓参りの際に女房が誕生パーティーを開くことを伝えると、アビーは飛び上がって喜んだ後、「学校の友達全員呼んでもいい?50人くらい来ちゃうかもしれないよ!」と目を輝かして言ったそうだ。そんなもん・・一応100人で予約しているが、食いモンが足りなきゃチキン100個位その場でオーダーすれば良いだけだ。子供のパーティーなんて安いもんである。
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ところが今日になって困った事になった。スーパー台風「ヨランダ」がフィリピンに向かっているが、ルソン島を直撃する日が正にアビーの誕生パーティーの日なのである。ちなみにこの台風は最大指数であるシグナル3を軽く上回るほどの猛威だという。「ブラザー・・どうもアビーの誕生パーティーは行けそうに無いよ」とパッシグ組の何人かは一人ひとり離脱し始めているのだが、アビーの方は誕生パーティーをずっと心待ちにしているという・・・。参ったな!11月11日以降は筆者を含むスポンサー達は全員とも所要でフィリピンを離れちまうから延期もできないし、かと言ってパーティーをキャンセルしたらアビーはどん底に落ち込むだろうしな・・。やっぱりアビーってツイてない・・。
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香港議会がフィリピン人への観光ビザ免除の停止を求める

2年前のバスジャック事件についてアキノ大統領が公式謝罪をしなかったとして、香港の議会は香港政庁に対してフィリピン人への観光ビザ免除を停止するよう求めたようだ。このニュースを見たときに「当の香港人たちがすっかり忘れていた事件を今頃蒸し返すとはさすが中国共産党」と思った。ちなみに香港議会と聞くと一見市民の声の代弁者みたいに聞こえるが、選挙民の投票で選ばれるのは議員の半分で、残り半分は中国共産党の息のかかった職能団体から送り込まれているのである。つまりビザ免除停止を言っているのは中国共産党そのものなのだ。
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中国共産党は、最初は観光ビザで心理的な揺さぶりをかけ、その次は家政婦やウェイトレスなどの単純労働ビザの停止で兵糧攻めにし、一方で香港の銀行にある政治家や富裕層の不正資金を暴いて恫喝(すでに始まっていると考えた方が良い)し、フィリピン政府を腰砕けにするつもりだろう。で・・共産党の目的は長期的にはスプラトリー諸島の割譲を認めさせることだが、短期的には米国との軍事協定締結を阻止することだと思う。
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この軍事協定というのは、米軍が再びフィリピン国内に駐留し、有事の際にはフィリピン軍の基地を米軍が自由に使えるようにするという内容なのだが(少なくとも日米安保よりはマトモな内容である)、両国の条件が合致せず8月から進めていた交渉が暗礁に乗り上げつつあるようである。争点については公表されていないので不明だが、最近フィリピンの国防大臣が協定は中国を仮想敵国にしたものではないと公表しているくらいだから、中国との外交関係を懸念したものに違いない。
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以前にも書いたが、自国の領土を不法占領している国との関係を考慮して、自国の国防力の増強や他国との軍事パートナーシップを結ばないということは愚の骨頂である。だいいち現在の米国がフィリピンに対し領土的野心を持っていない事は当のフィリピン人が一番よく分かっているはずだ。それともフィリピンの政治家たちは中国から裏金を貰って方向転換してしまったのか?もしくはフィリピン特有の実体のない桃源郷に逃げ込んでしまったのか?今ここで屈すると最後は領土をよこせと言ってくるぞ!しっかりしろフィリピン人。

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ヘネシーVSOPを奪い合う親子

つい最近フィリピンにおける酒の格付けが何となく分かってきたので、今回親戚の墓参りの際に4種類の酒を用意して親戚たちがどの酒を一番評価するのか実験してみることにした。用意したのはヘネシーのVSOPとジョニーウォーカーの黒ラベルにジャックダニエル、それにローカルブランデーのプンタドールである。過去の観察ではフィリピン人は知名度プラス酒の甘さを基準にしているのでヘネシーが1位になることは目に見えているが、2位以降の順位を実際に飲み比べて順位付けを見てみたかったのだ。おそらく一番辛口のジョニ黒が最安値のプンタドールと甘めのウィスキーであるジャックダニエルに敗れて最下位になるのではないか・・と予想していたのだ。
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さて先祖の墓参りを済ませて女房の実家に戻ると、さっそく義父や義弟に従弟連中は料理をツマミにビールを飲み始めたので筆者もご相伴にあずかりながら持参した酒のボトルをご披露することにした。最初にジョニーウォーカー(1600ペソ)を見せると「いい酒だな」程度の反応で特別な感慨は無さそうである。次にジャックダニエル(1100ペソ)を出したが全員「・・・・」と無反応である。あれ?何か白けた感じだぞ・・。こいつらバーボン嫌いなのかな?と思って聞いてみると全員がブランド名のみならずバーボンという種類さえ知らないと言う。やっぱリサール州の辺境じゃ無理か・・。次にプンタドール(500ペソ)を出すと全員が実に嬉しそうな顔をした。義弟が「いつも飲むのは格下のエンペラドールかマタドールだから用意してくれて嬉しいよ」と言う。やはりロシア人にとってのウォッカ同様に、フィリピン人はプンタドール無しには生きていけないというのは本当の様だ。
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その後で真打のヘネシーVSOP(2900ペソ)を袋から出したら、まるでナイター中継で誰かがホームランを打った時みたいに全員がオーッ!!と叫んだ。義弟は箱からボトルを出してライトにかざすように見ている。これは凄い!みんなが来る前にヘネシーを先に飲んじまおうぜ!と従弟たちは実に嬉しそうにヘネシーを称賛する言葉を口にするが(断っておくがたかがVSOPにである)、その時とつぜん義父がボトルを掴むと義弟たちに叱りつける様な口調で何かを言い、ボトルをもって部屋の中に入ってしまった。どうしたの・・?気まずい雰囲気・・・・。義弟たちは何やら苦い顔をしているので「どうしたの?」と聞いてみると、義弟は「オヤジに独り占めされちゃったよ」とボソッと言った。はぁ?アンタ息子の前でそんなことして恥ずかしくないんかい・・?それに・・これじゃ飲み比べ実験できないじゃんか・・。
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さて義父がヘネシーを持ったまま家の中に遁走してしまったので、その後義弟や従弟連中に残された3種類の酒を飲み比べてもらったのだが、一番美味いのはプンタドールという結果だった。やはり甘い酒が好きなのである。次点はジョニーウォーカーですっきりしていて飲みやすいし酒としてのステータスが高いからというのがその理由である。最下位はジャックダニエルで、この独特の苦みが何とも嫌だと全員否定的な意見であった。「だけどね。プンタドールもジョニ黒もヘネシーの前では大して変わらないよ」というのは義弟の弁。コニャック独特の芳醇な香りと味が堪らないらしい。そして義弟は突然立ち上がると「ちょうどジョニ黒も切れたし、これからオヤジが隠したヘネシーを盗みに行こうじゃないか。なーに!隠し場所は分かってるんだから」と言うや否や、従弟3人を伴ってズカズカ家の中に入り、2階の義父の部屋に向かうべく階段を上り始めた。お義父さん・・酒の恨みは根深いというから、今後は独り占めせずにみんなで分け合って飲むことにしましょうね。こうなったのは自業自得です。

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幽霊の出る部屋滞在記

筆者は幽霊話は大好きなのだが、幽霊を見たことは大学生の時に一度だけしかない霊感オンチな人間である。しかし11月1日の夜に幽霊が出ると大勢の人が証言している部屋に泊まらされてしまい、ちょっと変な経験をしたのである。ただし前述のように霊感オンチなので幽霊話としては全然面白くないことは御了解いただきたい。
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一族全員での墓参りをした後はフィリピン恒例の一家揚げての宴会となり、いつもの通り酩酊するまで酔っぱらった筆者は女房の従妹の家の空いている部屋(香港にいる叔母ルーシー専用)に宿泊することになった。この部屋だけが唯一エアコンがあるからである。女房はまだおしゃべりしたいというので筆者だけ先に部屋に入ったのだが、ドアを開けて中に入るとなんともイヤ~な感じが体の中を駆け抜けた。背中がドヨーンと重くなるような感じとでもいうのか。ただしその時は酔っぱらっていたし急にエアコンのついた部屋に入ったせいだと思ったので、あまりに気にせずにすぐにベッドに潜り込んでしまった。
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異変を感じたのは深夜1時ごろである。体の上に誰かが乗っかって胸をギューギュー押しつけているような感じで目が覚めた。なんだこれは?息が苦しいぞ・・。ベッドから上半身を起こして周りを見回すと女房は隣でスヤスヤ寝ていた。なんだ女房が俺の上に乗っかってたのか・・・と思って体を横にねじった時に、首の後ろ(延髄?)のあたりにズブッと何か生暖かい棒にようなものが入り込んだ感じがした。アッ!と思ったが棒状のものは首から背中に向かってズブズブズブ~とゆっくりと入り込んでいく。その時にこの部屋は幽霊がいるんだ・・と分かった。
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実は筆者はポーランドのホテルでこれと同じ経験をしたことがあるのだ。ワルシャワ市東部の大きな河を超えた場所にあるIBISは客のオフィスから近いという理由で予約した安ホテルなのだが、一緒に出張した何人もの同僚たちが幽霊を見ているいわくつきのホテルなのである。「俺は顔の無い女を廊下で見たぞ」「白いブラウスを着た女が部屋にいるのを見た」と視覚体験をした同僚たちと違い、筆者は「首からズブズブ」という感覚的な体験なため同僚たちからは一段下の体験に見られたのは悔しかったが、とにかくワルシャワの幽霊ホテルで異常な体験をしたのである。これと同じ体験をまさか女房の故郷で経験するとは・・・。
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背中に何かが入った感じがずっと取れず、眠ると何者かに体ごと飲み込まれてしまうような気がしたので、結局筆者は朝まで一睡もする事が出来なかった。さて朝8時ごろに女房の目が覚めたので、女房に「この部屋は幽霊がいるだろ!」と単刀直入に切り出すと、エッ?どうして?と何やらドギマギした反応を示した後で「実はそうなのよ」とあっさりと認めた。この部屋は一族全員が認めるところの「幽霊の出る部屋」で、女房が子供のころから誰もこの部屋に住みたがらず、ずっと客専用として使われていたというのだ。いくら俺がエアコン無しでは眠れないとはいえ、こんな開かずの間みたいな部屋に泊めやがって・・。
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「でもね!この部屋にいる幽霊は悪事はしないんだって霊能者が言ってたのよ」と女房は筆者を安心させるようなことを言うが、お前の祖母と従妹2人は1年前にこの家から出ていってしまったし、今もこの家に住んでる叔父と叔母は一人が精神分裂病、もう一人は2年前に脳梗塞でぶっ倒れているのである。どうも部屋に住んでいた幽霊は祟りをもたらすようになってきたようだが、肝心の親戚一同は霊能者の言う事を信じきっているようだ。やがて朝の用事を済ませてこの家を出る時に分裂症の叔父が「グッドモーニング♪♪じっくり眠れたかい?今度来る時も是非ともウチに宿泊してくれよ♪」と陽気な口調で筆者に言ったが、お言葉だけありがたく頂戴することにして早々にこの家から逃げ出した次第である。

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フィリピンの退屈な墓参り

11月1日は休みの日なので家で寝ていたかったのだが、一家総出で先祖にお参りするんだからアンタが行かないでどうするのよ!と女房に怒られてしまったため、筆者も渋々というより嫌々ながら同行することにした。なんでも11月1日はALL SAINT'S DAYといってキリスト教の聖人と殉教者、11月2日はALL SOUL'S DAYで全ての魂(つまり死者たち)のために祈りを捧げる日だそうだ。だけどこの理屈だと墓参りは11月1日じゃなくて2日にはず・・なんか間違えておられませんか?
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朝8時に家を出発しリサール州を東に横断するルートを取る。途中で花や蝋燭に果物などのお供え物を買っていくが、どの店も人でごった返していて買うのも一苦労である。なんでも今日は全てのカトリック教徒が墓参りに外出するらしく、御年92になる女房の祖母も墓参りに同行するというのだ、いや~・・こんな炎天下に婆さんを放り出したら文字通り墓場行きになるんじゃないか?と女房に聞いたら、みんな同じように懸念してるけれど婆さんは「アタシは行きますよ」と言って絶対に譲らないのだという。
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12時に女房の実家に到着し昼飯を食った後で墓場に出発する。近所に住む叔父叔母にいとこと甥姪たちも同行するのですごい人数である。さてフィリピンの墓参りであるが、日本のような厳粛でしめやかなモノではなく、どちらかというとピクニック然としていて、みんなで集まっておしゃべりをし菓子や弁当を食べるのだ。昔は墓場にギターを持ち込んで皆で歌を歌ったり、オヤジたちは酒を飲み始めて宵の口まで過ごしていたそうだが、カトリック教会から真面目にお参りしろ!と通達が出てしまったため最近は大人しくなってしまったらしい。
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さて墓場に来てお祈りをしたはいいが1時間経過してもいっかな帰る気配が無い。はて神父が来て何か儀式をするのを待ってるのかな?と思ったが、墓場じゅう見回してもそれらしい人物は見当たらない。あまりの暑さにへたってきたので女房に「いつ家に帰るの?」と耳打ちしたところ、日が暮れるまでか蝋燭が消えるまで墓場にいるのが習わしだという。ちょっと待て!。お前が買ったやけにでかい蝋燭は1/4くらいしか溶けてないぞ。ということはあと4時間もこの炎天下で過ごすのか・・。だけど隣の墓では半分くらいの人が帰ってるじゃないか?と聞くと「あの人たちはもう片方の親の墓に行ったのよ。あたしの母方の墓はパンパンガ州にあるから移動は無理でしょ。だから今日は夜までここにいるのよ」。
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しかしこのあと2時間後に幸運なことが起こった。一族のボスである祖母が4時ごろに「もう帰りましょう」と言いだしたのである。この祖母のルール違反に叔父と叔母(祖母の子)たちの一部から物言いがでたが、祖母がぴしゃりと何やらいうと一同黙りこんでしまい渋々と言った感じで帰り支度をし始めだした。まあこのグループの中で最初に墓に入るのはどう見ても婆さんだから誰も文句が言えないんだろうな。さて帰り際に女房が「どう?厳粛な気持ちになったでしょ」と言うので「うんうん」と適当に相槌を打っておいたが、本音はこんな退屈な墓参りなど二度と来るかという思いである。
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筆者の思想では、どうせ日が沈むまで過ごさなければならないなら、やはり酒を持ち込んでどんちゃん騒ぎと行きたい。それに死んだ側だって子孫がカラオケを歌ったり踊ったりしてバカ騒ぎしているのを見る方が楽しいだろうし親近感も沸くはずである。筆者が墓場に入ったら年1回と言わずに毎月子孫たちが墓場に来てもらい、薄着でどぎつい化粧をした女性を何人か用意してもらってキャバクラやピンクサロンのごとき醜態を曝してもらいたい(筆者も幽霊となって時々参加することにしよう)。

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