ホラー映画「コンジュアリング」

あまり期待しないでこの映画を観にSMシネマへと足を運んだのだが、この映画意外や意外ホラー映画としては良質な作品だった。ストーリーは平凡な一家がロードアイランドの古いけど大きな家に引っ越してきたが、引っ越し早々毎日にように怪奇現象に悩まされ続け、ついに生命の危機までエスカレートしたため心霊学者に解決を依頼、心霊学者とその妻の霊能力者はこの家に移り住み一家と協力して悪霊の正体を暴いていく・・というものである。この映画は実話だそうだが、映画のプロットって今から30年近く前に映画化されたアミティ・ビルの「悪魔の住む家」と「エクソシスト」を混ぜたような内容で全然面白そうじゃないでしょ?
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それに血がドバーッとかCGを駆使した驚きの映像は無いし、何回かあるショックシーンも目新しさはゼロなのだ。出演している役者も無名だし美男美女は一人もいない。かなり低予算な映画だな・・と素人目にもわかるのだが、アマチュアが撮ったんじゃないかと思うほどヘタクソなカメラワーク、なんともイヤ~な感じのする粗くて重苦しい画面に、他のホラー映画と違って徹底的に抑えた音響効果がなんとも奇妙なリアリティを生み出していて、筆者は現場にいるような恐怖感をじわじわと感じることができた。この「コンジュアリング」という映画、食いもんでいうと地味だけどスープと麺がうまくマッチした「醤油ラーメン」のような作品である。
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映画を観終って家に帰ると義妹にフィリピンの幽霊屋敷について聞いてみた。なんでもバギオにある「白い家」というのが有名だそうで、「惨殺された一家の幽霊が深夜になると家の中を徘徊してる」「交通事故で死んだオーナーの孫が深夜になると庭で遊んでる」「日本軍の将校の霊が侵入者を刀で切りつける」など数パターンあるとのこと。バギオには白い家以外にも「ディプロマット・ホテル」やティーチャーズ・キャンプなど著名な心霊スポットがいくつもあるので、幽霊マニアは是非ともバギオに住むべきだ・・と義妹は力説していたが、これって俺に「早くどっか出て行け」と言ってんのかね・・。
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「バギオみたいに遠くじゃなくて近場で幽霊屋敷は無いのか?一家惨殺があった家とかさぁ?」と義妹に聞くと、「うーん・・有名な幽霊屋敷かぁ・・パッシグとアンティポロにあるって聞いたけど内容はちょっと分かんないのよね・・」と頼りない答えである。筆者がムスッとしていると「あー・・・でもねぇ・・一家惨殺ならそれこそあっちこっちにあるわよ・・まず最初に、アンタが来る直前に〇〇の横の一家が・・それからSMでお金下ろしでいるときに銃撃されたのは・・」と言ってここ数年間に起こった近所の殺人事件を一つ一つ話し始めた。この話は下手なホラー映画見てるよりも怖い・・さすが国ごとリアルホラーな殺人大国フィリピンである。おみそれしました。
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ポーク・バレル

昨日からテレビではポーク・バレルという文字がやたらと画面に出てくるようになった。マニラ市の中心部にあるルネタ公園で10万人が集結、ポーク・バレルを廃止せよ、アキノ就任後最大のデモ・・と何やら騒々しい。豚の樽・・?何だこれは・・と思い「この連中は何に反対しているんだい?」と義妹に聞いてみると、ポーク・バレルと呼ばれる議員が持つ優先開発支援金に反対しているという。フィリピンの上院議員は年間1億ペソ(2.2億円)、下院議員は6000万ペソ(1.3億円)を議員の自由裁量で開発プロジェクトに資金投入できる特権を持っているが、票の見返りを期待して国会議員は自分の選挙区に資金投入しているらしい。なおポーク・バレルという名称は、南北戦争の時に奴隷に塩漬けの豚肉が入った樽を配って彼らを懐柔した事に由来することをネットで調べて初めて知った。なんとも遠慮がなく分かりやすいネーミングですな。
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現職議員が地元に利益還元する公的制度は、イギリスなどの先進国にもいくつかあるので別に珍しくはないのだが、フィリピンのポーク・バレルで問題になっているのは会計監査が機能していないため、予算の半分程度がネコババされていることだ。なんでも年間総額で100億ペソ(220億円)が実際には存在しないプロジェクト名目で消えているという。今回ジャネット・ナポレスなるプロジェクトの受け皿会社のオバちゃんが不正で告発されたことで騒ぎが大きくなったらしく、マスコミは随分と扇動的な報道姿勢を取っている。テレビを見ているうちに、小泉純一郎が登場したころの日本みたいだな・・・と思った。
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もうちょっと事情通の従兄弟に聞くと、100億ペソなんてのは氷山の一角で、もう一ケタ多い金額が公共事業やら土地開発の名目で国会議員たちのポケットに入り、子飼いの地方議員や地域のボス、そのまた下の地区のボスに配分されているという。「今回ポーク・バレルが廃止されたら、選挙民は誰も国会議員のことを相手にしなくなるから、地盤の弱い議員は州知事や市長に鞍替えしなきゃならなくなる。ところがそこには昨日まで子飼いだった現職が居座ってるんだぜ。ドンパチは熾烈になるだろうな。」と物騒なことを言った。選挙の時は一家でチェンマイに避難することにしよう。
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さて女房と義妹に今回のデモについて意見を聞いてみたところ、「予算支出の監査を強化すべきでポーク・バレル自体は廃止すべきでない」という至極まっとうな答えだった。お前ら・・結構まともな発想をするな・・と言う筆者の言葉をさえぎって女房が言った。「不正って言ったって国会議員は予算の半分は地元に落としてんの!アンタに投票しますって近所のみんなを集めて言いに行けば道路の舗装もしてくれんのよ!制度が廃止されたら予算は全て無くなって全部役人の胃袋の消えちゃうの!あいつらが一番意地汚いんだから!」・・・フィリピンは100年たってもどうもダメそうです。
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大雨の夜、車中での出来事

昨夜、従妹メイの娘の誕生日パーティーに呼ばれたのだが、主催者のメイが酒を買うのを忘れていたため急きょ筆者と女房の従兄弟3人が酒調達係に任命されることになった。重いから酒飲み男たち4人で買ってこい・・あたしたちは料理とおしゃべりに忙しいのよ・・・という意味である。女房の母方の一族は女が強くて、男たちは筆者も含めてみんな尻に敷かれているのである。メイと同居している従弟のジャネルがカインタのスーパーマーケットが安くて品揃えも良いというので、車で20分ほどの距離にあるこの店までジャック・ダニエル、フィリピン人の好きなブランデーのプンタドール、何故かひどく酔っぱらってしまうレッド・ホース・ビールに、女性連中が飲む赤ワインなどを買いに行ったのだが、運悪く買い物中に大雨が降り出したためマニラ市内のあちこちで交通渋滞が発生、帰り道は筆者らを乗せた車もスーパーを出てから50メートル地点で完全に立ち往生してしまった。
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「いやーまいったな・・これじゃパーティーに戻るのは9時を過ぎちまうぞ」と運転しているジェンジェンがイライラしたようにつぶやいた。女房たちからは「アンタたち何やってんのよ!遅いじゃないの!」とすでに何回か電話でお叱りを受けていて、現に今も後ろの席にいる従弟のスプークが電話で奴の女房に「トラフィック」とか申し訳なさそうに言っている。やがて電話を終えると「もう食事は終わって女たちはトンイー(カードゲームの一種。麻雀のように常習性がある)を始めたようだぞ。朝までやるつもりらしい」と言った。なんだよ・・俺たちだけババ引いたってことか・・。それにもう30分も車は動かないので全員イライラしてるのだ。しばらく沈黙の後ジェンジェンが「おい!今から飲もうぜ!」と言い出した。飲むってどこで・・と筆者が言うと、「どこでって車の中でだよ!買ってきたジャック・ダニエルを回し飲みしようじゃないか!」
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ジャック・ダニエルのボトルを開けてラッパ飲みする。バーボン(ジャック・ダニエルは正確にはテネシーウィスキーだけど)特有の甘みと苦みが混じり合った酒精が喉をグワっと広げて胃袋まで溶岩のようにゆっくり熱く流れていく。バーボンは久しぶりだけど美味いなぁと感じた。ボトルを後ろの席に回すとスプークがグビグビと音を立てて美味そうに飲む。こいつは相当飲めるぞ。その次はジャネルが口をつける程度飲んだだけがゲホゲホ咳き込んでいる。そしてその後ジャネルがボトルを差し出したのは筆者ではなく運転席のジェンジェン。おい・・大丈夫かよ・・・・。「こんな大雨で大渋滞じゃ警官はチェックなんてやらないさ」と言って右手でボトルをつかむと一気に流し込んだ。いやチェックとかそういう問題じゃなくて・・それにこれって酒気帯び運転どころか文字通りの飲酒運転じゃないか・・。「バンコクじゃ毎週末にクラブでジャック・ダニエルを飲んでたんだ。タイ人と同じソーダ割りでさ。あれは慣れると美味いんだよな」と言ってジェンジェンはボトルを筆者に渡した。後ろの席ではジャネルが買ってきたソーダの缶を買い物袋から探し出すとプルトップを開けて筆者に渡した。これから2ラウンド目ってことだな。
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その後30分経っても車は100メートルも動いてないがボトルの方は半分以上空いた。筆者もだんだんと酔いが回ってきているし、後ろの席ではスプークとジャネルがゲラゲラ笑いながら何かをしゃべっている。たぶん女の話だろう。やがて車がもう一動き(とはいっても5メートルくらい)すると、左手前方にGENIE MAGICというネオンバナーが出た怪しげな建物が見えてきた。最初はラブホテルかと思ったが、紫と黄色のネオン配色がな~んとも淫靡な感じである。運転席のジェンジェンが筆者の気配を察したのか「あれはカインタで一番有名なナイトクラブだよ」とニヤニヤしながら言った。いや違うぞ!筆者は会社員時代に香港やマカオ・中国はおろか、ベルリンやモスクワのナイトクラブでさんざん遊んだのだが、この店のオーラはナイトクラブのものではないと直感でわかる。もっと直接的かつ本能的な店だ。やがてジェンジェンが「ただしあの店の本業は上の階にあるマッサージなんだけどね・・あのバンコクにあるのと同じやつだよ・・」。やっぱね!つまり吉原ってことだ。
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その後もジェンジェンが料金はこれくらいでシステムはこうなってて・・と説明していると、後ろの席から「おい!今からそこに行かないか!」と声がした。一番若くて独身のジャネルだ「お前なぁ・・俺たちは全員結婚していて女房たちはメイの家で俺たちを待ってるんだぞ!行けるわけないだろ。なぁみんな?」と筆者は反対したが、ジェンジェンとスプークは筆者の反論には乗ってこず何だかまんざらでもない御様子で、この大雨で渋滞だし・・あと2時間は確実に車の中だし・・それに女房達は朝までカードゲームに夢中になってるから・・とかぶつぶつ言ってる。筆者の方も、まあ料金も4人合わせても大した金額じゃないしな。ジェンジェンが酔いを覚ます必要もあるし・・今日は何だか大学生の頃バンコクで遊んだ時みたいな感じだぞ・・それに俺も実はマンザラでもないんだけどね・・とだんだんと建前が崩れていき、よし!乗りかかった船だ!みんなでジェニー・マジックに行こう!と言ってしまった。だけど電話かかってきたらどうすんだろう・・独身のジャネルはいいけど、一人でもばれたらジェンジェンもスプークも俺も芋づる式に取り押さえられて女房に血祭りにあげられるぞ・・と一抹の不安が脳裏をよぎったが、酔いに任せて不安をシャットダウンすることにした。これぞフィリピン流である。
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さて行くと決めたのはいいが、問題はどうやってこの渋滞から抜け出るかである。この事をジェンジェンに聞くと「もう50メートル先に右に曲がる小道があるから、そこに車を置いて歩いていこう」と言った。50メートル・・そりゃ随分先だぞ・・20分以上かかるな・・渋滞が突然緩和するのを願うばかりだ。さて4人はこのあと一戦あるので誰が言うまでもなく酒を飲むのは止めにし、自然と前の車の動きを注目するようになった。前の車がちょっとでも動くと「オー!」と喜びの声を上げ、止まると「シット!」と悪態をつく。皆でこれを繰り返すこと10分、車は目標に半分くらい近づいたらしい。よし・・あと少しだぞ!がんばれ!と一同が喜んでいる時に突然スプークの携帯が鳴った。「あれっ?女房からだ」と言って携帯を耳に当てると、何か声高で命令しているような女の声が筆者の耳にもかすかに聞こえてきた。そしてスプークは「オーケーオーケー」と気弱そうに言ったあとで電話を切った。今度は全員がスプークに注目。その後「遅刻していた従姉妹のボーヤとフィリンがつい今しがたカインタに到着したそうだ。この車に向かってこれから歩いてくるので、一緒に連れて来てくれってよ」とボソッといった。全員沈黙・・。やがて5分ほどして現れた従妹二人は車に乗るや「ハローガイズ!」と陽気な挨拶をしたが、もちろん誰もこんなお邪魔虫2匹に返事などすることもなく、その後もずっとしらけた雰囲気が支配するなかメイの家へと帰路についた。
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ボラカイ島の美味い小魚

ボラカイのホテルで朝飯を食べていると、従兄弟が「これ美味いから食ってみな!」と皆に小皿をまわしはじめた。小皿には2~3センチ程の小魚の干物のようなモノが何十個も乗っかっている。よく見ると骨と皮ばかりで身はほとんど無く、なんか貧相な魚だな・・・と思った。実は筆者は、ちょっと古くなったアジの干物や煮干しみたいな魚の臭いが強い食べモノは嫌いなのだが、なんか骨せんべいっぽくも見えたから仕方なく1匹だけつまんで口に放り込んでみた。それから1秒経過・・・ウム・・2秒経過・・ウムウム・・3秒経過・・ウーン・・なにこれ・・美味いじゃんか!。
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この小魚、予期していたような嫌な魚臭さは全く無く、こんなチッコクて骨ばかりなのに根太い旨味が口の中にジワーンと広がってきた。それに小魚を炙った焦げ目の部分の苦味が旨味とマッチして何ともいい味を出している。小皿に手を伸ばしもう数個食べてみる・・ポリポリポリ・・美味い!こりゃ酒のつまみにピッタリだわ!そのあと熱々のお粥に混ぜて食してみたが、小魚が上々のダシとなっていて、その味の濃さとコクのある旨味に一気に掻き込んでしまった。その後もちろんお代わり。で・・その後もまたお代わり。で・・このホテルに滞在中はこの小魚入り粥を毎朝3杯食べるのが習慣になった。
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「ねえ!タリパパ市場へ土産物を買いに行ったら、ホテルで食べたのと全く同じ小魚の干物を発見したの。沢山買っちゃったわ・・」と女房が言うのを聞いて一安心した。よし!これで毎朝美味いお粥が食えるし、白ワインソースのパスタに和えると美味いだろうな・・いや紫蘇と小魚の和風パスタの方が美味いかも・・とあれこれレシピを思案しながらマニラに帰ってきたのだが、いざ荷物を開けてみると女房が買ったのはたったの2袋・・なにが沢山だよ・・これっぽっちか・・と不機嫌になってきたが、「まあ毎日10個くらい食べていけば半年は持つだろうから・・」と自分を抑えることにした。ところが翌々日に遅い朝食を摂るため昼過ぎに1階へ降りていくと、そこには小魚が山のように大皿に載っていて、女房や義妹にメイドがスナック菓子のようにポリポリと食べていた。
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「俺のっ!俺の小魚をっ!お前らこんなにっ!・・」しかしもう既に遅かったのである。マニラに戻った翌日、この日筆者は一日中2階でゴロゴロしていたのだが、女房が我が家に遊びに来た親戚連中に小魚をフライパンで炒めた物を菓子代わりに出したところ、全員が「この小魚って美味いわね」と言い出し、そのあと何皿も平らげてしまったらしい。そのうえ土産代わりに家に持って帰った輩もいて1日で半袋分が終わってしまったというのだ。それに今朝すでにもう半袋こいつらが食べちまったから一袋分しか残ってないじゃないか・・・。そのあと激怒!
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しかしその後も「カルシウムは子供の成長に良いらしいから」という理由で義妹と従姉妹の娘たち(1歳と2歳)にオヤツ代わりに食わせたり、女房が隠れて食ったりしているうちに小魚はだんだん減り続け、先週半ばにはすべて食いきってしまったのである。結局半年どころか半月も持たなかった。さすがに筆者もこれには再爆発して「おい!どっかであの小魚見つけてこい」と女房と義妹に命じてアチコチあたらせたが、正式な名称と魚の種類をボラカイで聞いて無かったこともあり、現時点まで売っている店を見つけられないままだ。数日前に従姉妹が似たような小魚を近くのSM(シューマート)で見たというので、台風が明けた今日さっそく行ってみたのだが、海産物売り場の臨時屋台に置かれていたのは全然別の種類の小魚だったし、試食したところ嫌な魚臭さがした。あー・・(ため息)またボラカイ行って買ってくるか・・でも雨期だしなぁ・・。さてこのブログを読まれた方のうち、この小魚の名前を知っている方いらっしゃいませんか?またマニラでこの小魚の干物が買える店をご存じでしたら是非とも教えていただけないでしょうか。

長い雨の日に考えた事

先日セブ島で発生した転覆事故についてふざけた日記を書いたら家が床上浸水してしまった。それも3回もである。我が家は2階の窓がすべて鉄格子で封印されていて1階が完全に水没してしまうと出口を失ってしまうので、沈んだ船の乗客のように一家全員水死しかねない。なので家族交代で1階の水位を見回ることにしたのだが、一番ヒマな筆者は夜間担当を命じられてしまった。深夜に階段を降りて水浸しになった真っ暗な部屋を見るのは不気味である。ピチャンピチャンという音が聞こえてくると水の中から突然何か飛び出してくるんじゃないかと思えてくる。これがニュースもなく電気もない漆黒の夜の中にいた昔の日本人だったら「死んだ人を馬鹿にしたから祟られた」と考えたのだろうな・・と思った。
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古代から中世の日本では伝染病の流行や自然災害は全て怨霊が原因だと考えられていたようである。早良親王や菅原道真、崇徳天皇の怨霊封じのため、藤原氏は神社を建てたり都を移したり修験や陰陽師にすがったのだが、長屋王を破滅に追い込んだ藤原四兄弟の相次ぐ死は「本当に怨霊はいるのだ」と当時の日本人に信じ込ませる決定打になったらしい。だいたいあの時代に何で貴族は和歌ばかり詠んでるのか学校の授業を聞いても少しも分からなかったが、これは願をかけての悪霊払いでした・と言ってくれれば大抵の日本人は簡単に納得がいくだろう。こういった悪霊への恐れは古代の日本人のDNAに深く刻み込まれ、また一方で日本昔話のようなわかりやすい形でいくつもソフト化されたことで、争いを好まず和を重視する従順な日本人のメンタリティを醸成することになったようだ。「祟られるぞ」「バケて出てくるぞ」と言えば大抵の人は悪事を働かなくなのだから、為政者のとってこれほど効果的なブレーキ策は他に無かっただろう。おそらく現在の日本の治安の良さは実は怨霊への恐れに源があるのではないかと筆者は思っている。   
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さてフィリピンであるが意外にも幽霊話は結構多い。身近にいる親戚に聞いていると、いつも笑顔の連中が急に神妙な顔つきになり声を落として話し始める。こいつら絶対に怪談話が好きに違いない。連中が表情豊かに語ったのは、白い服を着た幽霊女を乗せたタクシー運ちゃんの恐怖や、焼けただれた幽霊が出るホテルやディスコ跡地、トンネルに生き埋めにされた建設作業員の霊、日本軍の亡霊の深夜の行進、殺された一家の霊が出る白い家など、なんだか日本でも聞いたことがある話だった。それにビサヤ地方にはアスワンとかマナナンガルという妖怪の類がいるらしいし、従姉妹のアニーが勤めるマニラの大手デパートでは半身蛇の化け物(=どうやらオーナーの子供らしい)がトイレに隠れていて人を襲うという。アニーに何回襲われたのと聞くと「3回」と嬉しそうに答えた。
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せっかく豊富にあるフィリピンの幽霊話だが、残念ながら犯罪の防止には全く役立っていないようである。幽霊話は単に人をおどかすだけで、罪を犯せば祟りに遇うぞ・・というエッセンスが薄く、人々の社会観に投影できてないのだ。まあフィリピン人が罪を犯して祟りに遇ったら近所にある創造主・唯一神の窓口であるカトリック教会が確実に助けてくれるし(八百万の神と違って確実に退治してくれるからこそ絶対神なのだろうけど)、だいたいカトリックとは罪を犯しても教会で懺悔すれば許されてしまうという犯罪者に誠に都合の良い宗教だから無理もないんだけど・・。それに罪を罰する役割のフィリピン政府は安易なポピュリズムに迎合して死刑も廃止してしまったし、フィリピン人が今後カトリックから多神教に変わる可能性は全く無さそうなので、犯罪発生率を抑制するために筆者が多少なりとも貢献出来そうな事は、カトリックのパワーを超える怨霊話をでっちあげてフィリピン人に信じ込ませるくらいしかなさそうである。さて・・では物は試しに今から二人の姪っ子に心霊ビデオでも見せて恐怖のどん底に突き落としてみるか。明日まで雨が続くそうだから今夜は長くなりそうだ・・・。
  

洪水の来る前に・・・

台風マリングの引き起こした大雨でテンヤワンヤの一夜を過ごしたのち、翌朝10時に起きると床上浸水はすっかり水が引いていてメイドがモップで床を拭いていた。TVニュースによると大雨は水曜日まで続くようなので油断はならないが、どうやら昨年のような大洪水には至らない様なのでひとまず安心である。さてアナウンサーがマニラの一部地域が水没して大変なことに・・と言った後、画面に冠水した町が映し出され画面下にラス・ピニャスという文字が出てきた時、筆者は思わず「よしっ!」と快哉を叫んでしまった。
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今から2か月前、香港の空港でマニラ行きのフライトを待っているときに、向かいの椅子に座るフィリピン人のオバさんグループの一人に話しかけられた。なんとなく細木数子に似てる金持ちそうな風体である。飛行機はもう3時間も遅れており細木女史の話題もエンジントラブルかどうか・・みたいな事なのだが、お互いヒマなので何となく会話を続けることになった。「香港人?」「日本人ですが女房はフィリピン人で」「私たちは高校のクラスメートで同窓会代わりに香港に観光に・・」みたいなありふれた話をした後、細木女史が「あなたはどこに住んでいるのか?」と聞いてきたので「リサール州の★△◎ですよ」と答えると細木女子は少し蔑みの表情を浮かべたように見えた。
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細木女史は「★△◎は去年の大洪水で冠水した低開発地区なのよ」と言い「自分の住んでるラス・ピニャスとは大違いの田舎だわ」と付け加えた。その見下したような物言いには正直気に障ったが、筆者はフィリピンの永住ビザが取れたらラス・ピニャスやパラニャーケなどマニラ市の南地区に家を買おうかなと当時は考えていたので細木女史にラス・ピニャスの住宅事情について聞いてみることにした。すると「あたしの家は今買えば2000万ペソ(4500万円)はするのよ」と自慢げに言うので、女史へのご追従も込めて「えーっ!そんなに高いのですか?その金額の半分くらいで買えるのかなと思ってましたよ。」と驚いたフリをしたのだが、どうやら女史の脳裏には「目の前にいる日本人(筆者の事)=貧乏人」というイメージが出来てしまったらしい。
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そこへ今まで他の席にいたグループの一員がやって来て細木女史と何やら小声で話し始めたが、二人の会話の端々に「★△◎」とか「ハポン(日本人)」という単語が混ざっているので、どうやら筆者の事を話しているらしい。昔やってた「独占女の60分」という番組に出ていた泉アキによく似た(というより泉アキそのもの)このオバサンは、心なしかなんとも気の毒そうな目で筆者を見ている。やがてこの泉アキは「ラス・ピニャスには1000万ペソくらいの安い物件もあるけれど、でもアナタには無理じゃないかしら」と外国人の夢を壊すのは忍び難いんだけど・・というような表情で言った。なんだ・・このオバはんは・・?どうもこの泉アキもラス・ピニャスに住んでいるらしい。それでも一応年長者なので怒らずに、筆者はその後も二人にラス・ピニャスの事をいろいろ聞いたが、「この日本人は貧乏だからラス・ピニャスに住むのは無理よ」という先入観ですっかり固まってしまったみたいで聞いてる事にロクに答えやしない。やがて搭乗を知らせるアナウンスが始まると泉アキは「★△◎は雨季になると大洪水になるから気を付けてね」と言って席を離れていった。おい・・何だ・・この屈辱感は・・・?
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さて今日のニュースをみるとラス・ピニャスの冠水は深刻そうだが地域全体が水の都ヴェニスのようになったのかどうかは定かでない。もちろんそうあってほしいが、筆者の住む★△◎も冠水で大変な身なので見に行くわけにもいかない。筆者はラス・ピニャス住民には何の恨みもないが、一方であの二人のオバさんの人を小馬鹿にした態度にお灸をすえるには荒療治が必要だとも思う。洪水の来る前に・・もしも望みが一つ叶うなら、どうかフィリピン中の雨を集めてナイアガラの滝のように一点集中でラス・ピニャスに振り注いでください、雷神様、お願いします。

*こんなこと書いてる内に2度目の床上浸水がはじまった。外はすごい豪雨である。今日はスペインのブランデー「カルロス1世」を飲みながら、ケイト・ブッシュのアルバムを聞いて過ごそうっと!

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事故を起こし続ける船会社

テレビではセブ島で発生した海難事故のニュースを連日報じている。死者33人行方不明者171人とはまさしく大惨事である。フィリピンは群島国家のため長距離移動は飛行機か船を利用するしかないが、飛行機は運賃が高いため一般庶民はもっぱらフェリーを利用するらしい。しかし船会社の中には安全の観念が薄い輩もいて、利益のために定員以上の乗客を平気で乗せてしまうという。今回沈没したトーマス・アキナス号のオーナーである2GOライン社は定員を順守していたと声明しているが、これも本当かどうかは疑問だ。
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居間でニュースを見ながら「犠牲者も可哀想だけど船会社もお終いだね」と筆者が言うと、家に遊びに来ていた従姉妹のミレットは「船会社は全然大丈夫よ」と言う。「でも会社の信用はガタ落ちになるし犠牲者遺族への補償だって莫大な金額になるじゃないか?」と反論すると、「貧乏人は安い運賃に惹かれてすぐに戻ってくるし、裁判を長引かせれば補償なんて微々たる金額で済むのよ」と身もフタもないことを言ったあと、テレビ画面を指しながら「ほらっ!その代表的な会社がテレビに映ってるわよ!今回の事故もこの会社が引き起こしたのよ!」と叫んだ。「沈んだ船の2GOライン社のことか?」「そっちじゃなくてぶつけた船の方の会社よ!船の名前に社名が入ってるじゃない!」よく見ると画面の貨物船の黄色い船体にはSULPICIO  EXPRESSと書かれていた。
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ミレットの話によれば、このスルピシオ社は毎年欠かさず何らかの海難事故を起こしており、特に1987年に発生したドニャ・パス号事件がフィリピン人たちの記憶に鮮明に残っているらしい。ドニャ・パス号は定員の3倍以上の乗客を乗せてレイテ島を出港、やがてミンドロ島沖合でタンカーに衝突、オイルに引火して乗客4386人が焼け死ぬという地獄絵図のような事故だ。筆者は当時大学生で、テレビニュースでこの船は元々は日本船の「ひめゆり号」という名だったとアナウンサーが言っていたのを覚えている。このドニャ・パス号事件は戦争による被害を除くと史上最悪の海難事故らしい。
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1988年には同社のドニャ・マリリン号がレイテ島沖で台風により沈没、乗員乗客536人のうち389人が犠牲になる事故を起こしている。ちなみにこの船は前述のドニャ・パス号と同型の姉妹船だったというから呪われてたんじゃないだろうか・・。そして1998年には同社のプリンセス・オブ・オリエント号(写真下。元々は日本のさんふらわあ号)が台風の中を出港しバタンガス沖で沈没、150人が犠牲となった。生存者もレスキューが来るまで12時間も海の中を漂っていたというから何とも壮絶な話だ。
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そして2008年には同社のプリンセス・オブ・スターズ号がシブヤン海で沈没し乗員乗客825人中773人が死亡(写真下)、その上デルモンテ社の巨大プランテーション向けに積んでいた大量の殺虫剤が海に流れ出てしまい、レスキュー隊員たちに神経系の中毒症状を引き起こさせただけでなく、生態系に深刻なダメージを与える海洋汚染を引き起こしている。利益追求のため乗員乗客を死なせただけでなく自然環境まで破壊するとは!まったく毒ガスのような企業である。
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「あきれたね・・こんなロクでもない会社が今でも存続してるなんて・・」と筆者が驚いてパソコン画面を見ていると、ミレットは笑いながら「スルピシオ社って殺人会社(マーダーカンパニー)みたいでしょ?でも今回からスタイルがちょっと変わったみたいね」と言った。筆者がどういうこと・・?と聞くと「今までは自分の船の乗客を沈めて殺してきたけど、今回から他社の船に衝突して他社の乗客を殺すようになったんでしょ」と言った。・・・・。つまりスルピシオの船は魚雷のようにフィリピン中を徘徊し、あちこちで船を沈め始るようになりましたっていうことか?・・・・。筆者と女房はビサヤ諸島へ船旅でもするかと前から話していたが、ミレットの話を聞いて迷う事なく飛行機の旅に切り替えることにした。
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黄泉がえり

亡くなった親父は生前「俺が死んだときには幽霊になってお前に会いに行くぞ」と筆者がガキの時から繰り返し言っていた。親父は東京中野区の沼袋氷川神社の神主の跡継ぎとして昭和3年に生まれたのだが(少年期は同じ系列の本郷氷川神社で育った)、青年期にB29の焦土爆撃と勤労動員先の栃木県大間々とかいうところで過酷な飢餓状態を経験したことから、終戦直後は左翼運動にどっぷりとつかり、その結果として実家の神社から追い出され、慌てて教員資格を取って同じ中野区の中央中学校と第九中学校という公立中学の国語教師になった筋金入りの無神論者である。ところが何故だか知らないが幽霊の話が大好きで、夏休みなどテレビで幽霊系の番組が始まると「おい!〇〇!始まったぞ!早く起きろ!」と2階で寝ている筆者を起こしに来て無理やり番組を見させるのだ。当時は夏休みに1日5回くらい幽霊番組が放映されてたし、学校教師は40日間まるまる休みを貰えたから、親父と一緒にひと夏200番組は見させられたことになる。  
  あなたの知らない世界2

親父にはたった一度だけ霊体験があって、祖父(親父にとっては父親)が亡くなった時に親父に会いに来たという。明け方寝起きざま寝室の横の廊下越しに灰色の人影がじっと佇んでるのを発見、ビックリして起き上がろうとしたが金縛り状態になってしまい、そのままジッと顔の無い灰色の人影を見ていたという。その時間30秒・・その後なんとか声を振り絞って「アッ」と叫んだところ、灰色の人影も金縛りもフッと消えてしまい、呆然としているうちに電話のベルがリリーンッと鳴りはじめ、病院に詰めていた叔母(親父にとっては姉)から祖父が亡くなったと告げられた・・という話だ。この話は親父から何百回も聞かされたのですっかり飽きてしまったし、幽霊番組をさんざん見たおかげで強力な免疫力を身に着けた筆者にとっては全然怖くも何ともない霊体験話なんだけど、親父はこの経験で強烈な影響を受けたらしく、無神論者だけど幽霊の存在だけは例外として信じることになったらしい。それに國學院大学時代に折口信夫教授のゼミに入っていて「死者の書」とか「まれびと」などの研究していたくらいだから幽霊関連のアカデミックな下地はあったのだろう(だけど一体どうやったら無神論と折口信夫の学問が両立できるのか筆者には未だにさっぱり理解できないのだが・・)。旧制の高等教育を受けたインテリで酒・バクチは一切やらない堅物の無神論者だが、幽界にだけは並々ならぬ興味を持つ風変わりな親父であった。
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さて時間は半世紀ほど過ぎ、この親父も3年前に亡くなった。亡くなる前の2年間は日本の本社に出張する機会が急に増えたので、筆者は親父といろんな話をすることができたのだが、ここでも「俺が死んだらな・・俺は香港まで会いに行くからな・・寝てるところをおどかしてやるから楽しみに待ってろよ!」と嬉しそうに言っていた。やがて数か月してから親父が倒れたというニュース、どうも塩梅が悪そうだから帰ってきてくれとの母親からの電話、辛気臭くなるのでこれ以上は書かないが、親不孝な筆者も親父の最後の瞬間を看取ることが出来た。さて可笑しいのはその後の事である。あれだけ繰り返し何度も会いに来ると言ってたのに、未だに一度たりともバケて出てこないのだ。お盆になると先祖の霊が戻ってくるというが、過去2回のお盆には幽霊どころか夢にさえ姿を現さない。筆者が最後を看取ったので満足してアッチの世界にさっさと行ってしまったのか、それとも香港に行く方法が分からなくて成田あたりで迷子になってしまったのか・・。あれだけ何十年にもわたって筆者をおどかしてきたのだから、親として有言実行を実践すべきじゃないだろうか。今年のお盆は今日までですからね、道に迷わずに今年はマニラまで来てくださいよ!お父さん!
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ダバオのキニラウ

フィリピンに住みはじめてから2カ月経過したが、未だにこの料理を超える美味いもんに出会えていない。その名はキニラウ。生マグロのぶつ切りと野菜を酢と調味料で和えたサラダっぽい料理である。なんだよ・・この料理ならフィリピンのどこにでもあるじゃないか・・とお思いだろうが、筆者が食べたダバオのキニラウはそこら辺のキニラウとは全然別格なのだ。
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今年の2月に事前視察のためダバオにひと月ほど滞在した時、ホテルのすぐ近くにあるSMラナン・プレミアムで「マリーナ・ツナ」というシーフード店の支店を見つけた。「日本の方ですか?この料理が良いと思いますよ。それにワインと合いますしね」とウエイトレスが言うのでキニラウをオーダーしたのだが、出てきたキニラウを最初に口に含んだ瞬間、マグロの新鮮さと軽快な酢の味がフワーッと口の中に広がり、その爽快感に刺激されたかのように口と喉が勝手に動きはじめ、プリプリしたマグロとシャキシャキっとした野菜をガツガツと噛み砕くと、ゴクリと一気に呑みこんでしまった。本当にペロリと食べるとはこういう事を言うのだろう。その後に自然と湧いてくる笑い・・見ると女房も同じように笑っていた。この日以来ダバオではしょっちゅうマリーナ・ツナ・レストランを訪れキニラウを必ず2皿オーダーするようになった。
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さてマニラに来てしばらくしてキニラウを食べたくなったので、あちこちのシーフードレストランに行ったのだが、どのキニラウもマリーナ・ツナに比べるとまるで話にならない代物だった。マグロは水分が出きってグチョっとしていて、味付けは酢のバランスが悪く舌を指すような酸味がするし、何より水分が多すぎて舌触りが不快なのだ。その後マカティの超有名ホテルでシェフをしている女房の従兄弟が「よし!俺に任せろ」と作ってくれたキニラウも生直マニラの店と大して変わらなかったし、ボラカイのレストランで食べたキニラウも似たようなもんだった。なのでここ数か月、筆者はダバオのキニラウを渇望している状態が続いてる。
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さてマリーナ・ツナの社長さん、是非ともマニラに支店作ってもらえないでしょうか?料金は倍にしても商売大繁盛は間違いないと思いますよ。何より筆者が一族引き連れて毎日キニラウ食べに行きますから。それと辛口の白ワインと吟醸酒を揃えといてください。

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映画「インターンシップ」試写会に行ってきた

昨日の夕方、女房の数多くいる親族の一人アニーから「映画の試写会に来てくれないか?」との電話を受けた。配給会社があちこちのスポンサーに招待券を送ったのだが、台風の影響で観客が思うように集まらず、このままでは配給会社のアメリカ人のボスがオカンムリになってしまう。この際全然関係なくても良いから頭数だけ揃わせたいと言うので、普段からヒマにしている筆者と女房は親族をかき集め、これ幸いとエドサのロビンソン・ギャレリアに行くことにした。
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映画「インターンシップ」は、冴えない会社をリストラされたもっと冴えない二人の男が、世界一待遇の良いグーグル社の社員になるべく同社主催のサマーインターン制度に参加、どう見ても落ちこぼれのインターン達とチームを組み、四苦八苦の末に見事に採用を勝ち取るという昔の少年ジャンプのようなストーリーである。正直コメディとしてはイマイチなのだが、チームワークとリーダーシップのくだりや、グーグルと言う会社のユニークさは興味深い。もっといろいろ書きたいけどネタバレになるので内容について書くのは省略します。
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女房および同行者はあまり面白くないと評価していたが、つい半年前まで頭カチカチの日本企業で働いていた筆者は、アメリカと日本の組織風土の違いとかいろいろ頭の中で整理できて結構楽しむことができた。これってコメディー映画にするよりも、ビジネススクールとかでシリーズ化して映像販売した方がいいんじゃないかな。渋い顔して小難しい議論をしているのが仕事と思ってるMBAホルダー達は、時間があったらこの映画を見てみたらいかがでしょうか。

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ラパス・バッチョイ-ボラカイの旅(6)

ボラカイ滞在中に筆者が一番多く食べたレストランがここDECO’Sである。7泊8日の旅で訪問回数は5回。この店はステーション2付近のビーチロード沿いにあって、パナイ島の名物料理のファストフード店なのだが、ここで出てくるラパス・バッチョイという麺がとても美味いのだ。
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筆者は麺類(特に汁ソバ)が大好きで、タイのバーミーナムやシンガポールのラクサ、台湾の台南担仔麺などは現地に行くたびに毎日必ず食べていたし、香港に住んでた時は鮮蝦雲呑麺か搾菜肉絲公仔麺(写真下:ザーチョイ・ヨクシー・コンジャイミンと発音する)という世界一美味い麺を15年間毎朝欠かさず食べてきた。ところがフィリピンに来てから今までの2か月、ただの一度も美味いと思わせる麺に出会えず、ずっと失意の毎日を過ごしてきたのだ。
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さて筆者がハマったのがこのラパス・バッチョイの大盛97ペソ(写真下)。スープは豚骨と豚モツをじっくり煮込んだタイプだが意外にあっさりしていて少し甘みがつけてある。麺はフィリピンには珍しく細めの中華麺で、トッピングは豚モツの細切れに豚の皮を揚げたものとネギだけというシンプルさ。最初食べた時、これは日本のどこかの地方のラーメンじゃないかと思うほど筆者の舌にするりと馴染める味で、思わず「もう1杯」とお代わりしてしまった。以来1日最低一回はこの店に来てラパス・バッチョイの大盛を2杯食べるようになってしまった。それに朝9時から11時までやってるので、カルメラの不味い朝食をスキップしてブランチに一杯、バーで飲んだ後軽く一杯と1日2回いけるのが良い。
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さてボラカイから帰ってきて数日たったある日、義妹が「タイタイのSMに確かラパス・バッチョイあったはずよ」と言うので喜び勇んで行ってきた。DECO’Sがあるのかと思ってモールを探したがどこにも見当たらない。モールの受付に聞くとフードコートにあるという。嫌な予感がしたがとりあえず行ってみるとDECO’Sでもなんでもないがバッチョイは確かにあった。女房は「こんな店は不味いにきまってる」と別の店でシシグをオーダー、筆者は万が一を期待しバッチョイと注文したが、そこで出てきたのは案の定ろくに食えたもんじゃなかった。
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バンコクのジャニス・ジョプリン

ここ最近になって女房がやけに熱心に見ているテレビ番組がある。週末に放映されるThe Voice of Philippinesという歌手発掘の番組なのだが、放映直前に従兄弟のジェンジェン夫妻と連絡を取ったり、義妹と二人で「アッ出てきた。あーでも違う、この人じゃないわ」等々やかましい事この上ない。一体何なのかと筆者はいぶかしげに女房の奇態を眺めていたのだが、今日の夜やっと状況を理解することができた。
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「あんたこの人に見憶えないか?」と女房がYOUTUBEの画面を見せてくれた。太った中年の女が歌を歌っているのだが名前を聞いたときにピーンと来た。ジャニス・・!おー!バンコクで会ったジャニスだ。筆者はジャニス・ジョプリンの大ファンなので、この名前は忘れようがない。ただスペルが違っていたことは今日知ったんだけど。ジャニスとは今から7年目の旧正月時期にバンコクに遊びに行ったときに、女房の従姉妹ボーヤの息子の洗礼式で出会ったのだ。少し遅れて会場のセント・ジョン教会にやって来た彼女は「わたし歌手なの。クラブで歌ってるのよ」と体型に似合わず少し恥ずかしげに自己紹介をしたのだが、その夜女房や従姉妹一行とクラブで見たのは堂々たる歌いっぷりで、クラブ出演者の中で文句なしにナンバーワンのジャニスだった。観客を総立ちにさせる一方で思い切り魅了させることも出来るなんてジャニス・ジョプリンみたいだな・・と感激だった。
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当時のバンコクには出稼ぎフィリピン人達の小さなコミュニティーがあって、従妹のジェンジェンとジュミ―夫妻やボーヤなどの英語系コールセンター組や、ジャニスなどのアーティスト組、それと自称空港関係者の怪しげなオヤジたちなどが垣根無く付き合っていて、週末になるとジャニスの出演するクラブで酒を酌み交わしていた。筆者の女房は従兄弟たちがいる気安さも手伝って、その後何度かバンコクに滞在する度にこのコミュニティに入り、毎晩ジャニスの歌声を聴きに行っていたのである。




7月初めにジャニスから従兄弟へテレビ番組に出る由の連絡があり、以来毎週末になると従兄弟と女房はテレビに噛り付いてジャニスの登場を待ちわびるようになった。7月13日にジャニスは無事1次予選を突破、これから2次、3次と進んでいき、メジャーデビューを目指していく事になるらしい。でも筆者にとってはCDの中のジャニスやテレビ番組で歌うジャニスよりも、やっぱりクラブやライブハウスで歌うジャニスのほうが彼女らしいと思うのだ。タバコとウィスキーボトルと観客の汗の臭いが充満した猥雑な空間。おしゃべりに夢中な酔っ払い達を一斉に振り向かせる歌声。彼女がマニラのクラブに出演するようになったら、毎週末に一族全員集めてウィスキーグラスを片手にジャニスの歌声に声援を送りたい。

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めっけもんのインド料理店-ボラカイの旅(5)

連日シーフードを食いまくるのも飽きたし、かと言ってイタリア料理屋のアリアは常に満席だし場所も遠いしなあ・・・でもビュッフェは嫌だしフィリピンのローカルフードはちょっと・・と当てもなく一行全員でビーチロードのステーション2付近をぶらぶら歩いていると、オーッ!何とインド料理店が目の前に!筆者の初めての海外ビーチリゾート体験は今から25年前にひと月過ごしたインド・ゴアのアンジュナビーチというところで、以来ビーチに来るとパブロフの犬のようになぜか辛い物が食べたくなるのだ!まさかボラカイで大好物のインド料理店を見つけるとは!店の名前はTRUE FOODといって、メニューを見るとサモサやダルスープから数種類のカレーにビリヤーニ、おまけにインド定食のターリーまである。結構本格的だな・・・一行全員に半分強制的に同意を取り付け店内に入ることにした。
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店は2階建てになっていて全ての席はインド風の座敷になっている。テーブル間は結構広めになっているし、黄色いマットレスに寄り掛かれば足を延ばすことが出来るので楽なポジションで食事を楽しめるのが良い。筆者と同じくインド料理が大好きな女房が、辛さのバランスを考えチキン・マサラ、チキン・マドラス、スリランカ・ラム・カレーのカレー3種にタンドリー・チキン2つとガーリック・ナンにプレーンライス5人分をオーダーした。飲み物は女性陣とガキはマンゴーラッシー、オヤジ2人はビールである。ガキたちはインド風の座敷が珍しいのか店内のアチコチを歩き回り店のウェイトレス達に可愛がられていた。あー女の子って本当に得だね、もし男だったら俺は頭ぶっ叩くけど・・。
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待つこと20分すべての料理が一斉に登場。まずはタンドリー・チキンにかぶりつきビールを一気に飲む。ちょっと焼きすぎだがスパイスが効いていて美味い。いや~インドや中近東の料理ってビールとの相性は抜群だ。もう一口かぶりついてビール一本完了、で・・もう一本追加。つづいてオーダーした3種類のうち一番辛いカレーであるチキン・マサラに手を伸ばし、プレーンライスにぶっかけ思い切りかっ込む。口の中にスパイスの味が一気に広がり、辛みの快感が頭皮へゆっくりと広がり、じわ~んと汗が噴き出してきた。やっぱインド料理はこうでなくっちゃね。
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従兄弟のジェンジェンとジュミ-はマイルドな味のチキン・マドラスとガーリック・ナンが気に入ったようで、筆者と女房がとっくに食い終った後でも、いつまでもナンの上にカレーを乗っけて口に運んでいた。マンゴーラッシーは女房いわく香港の本格インド料理店と同じくらい美味いとのことで、何杯は追加注文してた。なおスリランカ・ラム・カレーはイマイチである。ところでなんでこの店はラム・マサラが無いんだろう。マサラで一番うまいのはラム肉なのにな・・これだけは残念だ・・。
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ウェイトレスの話によるとこの店はイタリア料理店アリアの系列店で、本当かどうかは知らないがシェフはインドから来たらしい。なお料金はチップ込で3000ペソ(6600円)だった。タリパパのシーフードの比べれば値段は多少高めだが、ベタッとした甘めのフィリピン料理に飽きた筆者にとってこの店のスパイスの衝撃は久々の快感だった。TRUE FOODのチキン・マサラ 是非ともお試しすることをお奨めします。 
 
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ぼったくりマリンスポーツ-ボラカイの旅(4)

カルメラホテルのビーチハウス(写真下)はリゾート感覚を味わうにはボラカイで最悪の場所だ。ホテルの客室数に比べるとビーチチェアの数が少ないため常に取り合いになるし、韓国人や中国人観光客の醸し出す騒音に常に悩まされることになる。さらにビーチハウス内にたむろするフィリピン人ツアーガイドたちがマリンアクティビティーを書いたカードを差し出して「どうだパラセーリングに行かないか?」としつこく売り込んでくるのだが、アイランドホッピング3時間で8500ペソ(19000円)、パラセイリング4000ペソ(8800円)とこいつらのメニューは値段がベラボーに高いのだ。
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筆者の隣りでは韓国人の家族連れが粘り強く値段交渉し8500から5000ペソに値下げを成功させ、ツアーガイドは悲しそうな顔で「ワタシもう赤字よ」と叫んでいる。交渉経過に耳を傾けていた女房が「5000ペソだって!私たちもアイランドホッピングに行こうよ?」と言い出した。確かにこんな場末感漂うビーチハウスにいると気が詰まるので全員が「グッドアイデア」と賛同し、従妹のジェンジェンとジュミー夫妻が近くにいるガイドをとっ捕まえてタガログ語で価格交渉をし始めた。交渉30秒であっさりと両者合意、ジェンジェンが女房に小言で何か言うが筆者には教えてくれない。なんだよ!ムカつくな・・。時間も押してるので全員あわてて支度をし、ホテル横の小道に待機してるトライシクルに飛び乗り、ホワイトビーチとは島の反対側に位置するブラボグビーチへとガタガタ揺られながら移動、そこで10分ほど待つとバンカーボートがやって来た。一艘丸ごと3時間チャーターである。一行7人とツアーガイドで船に飛び乗り沖合へと向かう。
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「さっきは周りにツーリストいるから英語で言えなかったんだけど、外国人とフィリピン人は値段が違っていて、俺たちは8500ペソじゃなくて1500ペソ(3300円)でオーケーなんだよ」。エッ?・・じゃあガイドの奴ら5倍以上も吹っかけているってことか・・。従兄弟の話によるとパラセイリングは1000ペソ(2200円)で、バナナボートは片道10分で150ペソ、往復20分で250ペソ(550円)らしい。うん!これならプーケットの七掛け位なので値段に納得がいく。で・・俺たちは何のコースを選んだんだ?と聞くと、「とりあえずアイランドホッピング以外には、沖合でのシュノーケリング(無料)と、酸素マスクをつけてのシーウォーク(1人500ペソ)の2つだよ」とのこと。パラセイリングとか追加したければのブラボグビーチの沖合で業者がアチコチ開業してるのでガイドに言えば業者の浮島まで連れてってくれるとの事らしい。
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  船に揺られること約20分で今の南東側にあるクロコダイル島付近に来た。ここでシュノーケリングをするようだ。チビガキ二人は船において大人5人は海に飛び込んだ・・と言いたいが、5人のうち泳ぎが達者なのは筆者と従兄弟だけで、女性3人はおっかなびっくりと水に入っていくが、お前ら救命胴衣つけてんだから溺れる可能性は絶対ないんだけど・・・。天気が曇りなので視界は暗めだが、このポイントは海水の透明度は抜群である。水深3メートルくらいで海底は一面のサンゴ礁、色とりどりの魚が泳いでる。泳げない3人組女もシュノーケルマスクを着けて海底を覗き「オービューティフル」とか言っている。あーやっぱ来てよかったな。
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  シュノーケルを1時間ほどしてから遅めの昼食へと向かう。今度は島の北部を大きく迂回しシャングリラホテルの近くの小ぶりなビーチにあるレストランに上陸。席につき飲み物を頼むと、すぐ前の席にいたシンガポール人らしき男二人が請求書を見て「ベリーエクスペンシブ!」とウェイトレスに文句を言っているところだった。一抹の不安の残しながらも、エビのチリソースとイカのアドボ(煮物)、豚肉の串焼き数種とご飯をオーダー。ところが出てきた料理は何か貧相な感じでエビも小ぶりなのが10匹(というか10カケラ)載ってるだけだし、料理ははっきり言って不味い。ガイドとボートの操縦士を誘ってもテーブルに来ない理由が分かった。しかも料金は2500ペソ(5500円)と予想の倍近く高い。こんな店で食うくらいならサンドウィッチでも買って船上でぱくついてる方がまだマシだ。
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  食事の後はシーウォークにチャレンジすることにした。経験者のジェンジェンとジュミ―が面白かったと盛んに褒めるので、泳げない女房と義妹もすっかり乗り気になっている。さっき来たのと逆のコースで島を迂回し、しばらくするとシーウォーク業者の浮島に到着した。チビガキ2人の面倒を見る人がいないので筆者らは2グループに分かれ、筆者・女房・義妹とマニラから来た若い夫婦の5人が一組となりシーウォーク開始。普段ゴロゴロしてるだけの牛のような義妹がなぜか積極的に身を乗り出すと最初に海に入って行き、大ぶりなヘルメットをかぶると海底に勢いよく沈んでいった。つぎは筆者の番である。ヘルメットをかぶった後ゆっくりと沈んでいく。酸素供給量が多いので息苦しさは全く感じないし、水深5メートルくらいなので耳の詰まり感も飛行機に乗るのと大して変わらない。雨が降っているためか水の透明度はいまいちだが、餌のパンを狙って色とりどりの魚は集まってくるし、海底のヒトデを捕まえたりと楽しみは尽きない。女房も海底にどぼん!という感じで降りてきて魚を観てははしゃいでる。これは当たりだった!筆者はスキューバには今まで興味が無かったが、この際だからチャレンジしてみようかな!
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さてシーウォークの値段だが、女房が浮島で働いてる茶髪のフィリピン人ねーちゃんに聞いてみると1人400ペソだという。つまりガイドが1人100ペソをポケットに入れているらしい。女房は「ガイドの奴、きっとアイランドホッピングも500ペソくらいピンハネしてるに違いないわ!レストランでも500ペソくらい抜いてるかもしれない!ちくしょー!今度来るときはガイドを通さずに直接ブラボグビーチへ来てバンカーボートの船長と交渉しなくちゃ!」と息巻いてた。ところで今日の総支出ってバンカーボート1500ペソに昼飯が2500、シーウォークが5人で2500なので合計6500ペソ(14300円)なのに、俺が渡した1万ペソのおつりを寄こさないのはどーゆうことだ。一番ぼったくりなのはお前なんだけど・・。

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ボラカイのビーチチェア事情-ボラカイの旅(3)

ボラカイに来る前に気になっていたことの一つがビーチチェア(リクライニング方式)をどう確保するかということである。プーケットの場合は各ビーチにいる海の家(30メートルごとに縄張りが分かれている)から1日100バーツ(140ペソ=300円)でリクライニングチェア1つとパラソル一式を借りることができる(下の写真)。一方サムイ島の場合は海の家自体が無いため、ビーチフロントのホテルに泊まって宿泊客専用のリクライニングチェアを確保するか、浜辺にタオルでも敷いて寝っころがるしかない。何でこんなつまらない事にこだわってるのかというと、筆者の場合ビーチでは朝から夕暮れまでゴロゴロして過ごすのを信条としているからである。今回ビーチフロントのホテルは予約できなかったので、プーケット型の海の家が無かった場合ボラカイに来た意味が半減してしまうのだ。
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リクライニングチェアの確保が気になって気になって仕方ないので、ゆっくり朝食を摂ろうとする同行者を追い立てるようにビーチへと向かわせた。ホテルの横道をまっすぐ進みビーチへと出る。見回す・・いたっ!リクライニングチェアが8つくらい並んでいるけどマットレスは無くプラスティックの上に直接寝るようだ。若い男が筆者の方に寄ってきたので料金を聞くとチェア1つが1時間500ペソ(1100円)だという。ふざけんなっ!プーケットならその金額で4人が一日中レンタルできるわー!。そこに禿げ頭のオヤジがやってきて「俺のところはパラソルは無いけどチェアだけなら1時間350ペソでいいよ」とぬかしやがった。お前ら商売ってもん知ってんのか・・・。こんな場所にいてもガメツキ商人ばっかりわいてきそうなので少し南の方向に歩いていく。ステーション3地域を少し見ただけだけどリクライニングチェアの数はプーケットに比べると驚くほど少なく、あっちこっちにポツリポツリとある程度だ。ビーチフロントのホテルでさえチェアを全く用意してない方が多いようだ。こりゃ参ったな・・と思ったとき少し先に理想的なチェアがあるのを見つけた。
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LUNA ROSSOというバンガローのチェアで、宿泊客専用らしいのだが朝早いからか誰一人寝ころんでいない。しばらくじっと見ているとブヨンとした感じの太ったオヤジがバンガローから出てきて「何か用か?」と聞いてきた。このチェアを借りたいんだけどと言うと、ブヨン親父は少し考えたように首をかしげ「リクライニングチェア2つと補助椅子1つにパラソル1つのセットで300ペソ(660円)。ただし4時までだけどいいか?」と奇跡の一言。オジサンありがとう。すぐに2セット分600ペソを現金で支払った。ついでに明日の晩から5泊分の部屋の予約をしたいと頼んだが、ブヨン親父は「そりゃ無理だよ」という感じで手を振った。
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さてボラカイのビーチだが、思った以上に水が澄んでいるのにビックリした。太陽光線が水底の白砂に反射し海水が宝石のように光って見える。特に水面ギリギリから見る曇り空の灰色と淡いサファイアの様な海水のコントラストが幻想的だ。朝9時から夕方4時まで一行は思い切りボラカイの海を堪能したが、特に楽しんだのは従兄弟夫妻の3歳の娘オレンジだ。どうも初めて海に来たみたいで9時から4時までずっと波打ち際でキャッキャッと嬉しそうに走り回っていた。1歳の姪イザベルも最初は水を怖がっていたが、しばらくすると浮き輪に乗って浮遊する心地よさを覚えたらしい。こういう素直なチビガキには旅の奢り甲斐があるというものだ。この2人誘って今後はパングラオでも行くかな。
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さてホテルに戻ってメールをチェックしてみたが、今朝宿泊問い合わせをしたどのホテルからも返事が無い。その後で従兄弟のジェンジェンとジュミがあちこち電話してみたが、明日から2泊だけはOKだが週末は無理というような回答ばかりだった。昨夜と同じくタリパパ市場でシーフードを食べながら作戦会議を練るが、誰も良い答えは見つからない。困ったな~・・・。レストランの帰り道に大きめのホテルがあったのでダメ元で受付に当たってみることにした。カルメラという名前のホテルで、ここは韓国人や中国人の団体専用のようなので敬遠していたのだ。ジュミが「明日から5泊したいんだけど空いてるかしら」と聞いたが、まーどうせダメだろうな・・と皆思っていた。ところが受付のやり手っぽい女は「いま全額デポジットするのなら2部屋押さえられますよ」との意外な答え。一泊2500ペソ(5500円)だという。全員で部屋を見せてもらいに行ったが今宿泊しているボラカイ・トロピックスに比べるとお粗末なホテルだ。普通だったらここには泊まらないだろうが、でも他の選択肢は簡単に見つかりそうにない。「カードで支払いますか現金ですか?」と受付の女が聞いてきたので、「現金ならいくら値引きするの?」と返したところ、むすっとした感じで「じゃあ10%値引きの2250ペソでいいですよ」と言った。この一言に背中を押された形となり、財布から2部屋5泊分の22500ペソを抜き、やり手女の面前に差し出した。
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タリパパマーケット-ボラカイの旅(2)

ホテルで1時間ほど休んだのち今夜のメシどころであるタリパパマーケットへと向かう。筆者は本当はイタリア料理店のアリアに行きたかったのだが、女房・義妹・従妹夫妻が「ボラカイに来たらシーフード。イタリア料理はどこでも食える」と言い張るので大人しく従うことにしたのだ。ホテルからタリパパ市場まではメインロード沿いに歩いて5分と近いのだが、どうせなら夕暮れを見ようじゃないかということでビーチロードに出てみることにした。全員あんまりロマンチックって顔してないんだけど・・ボラカイ来ると人間変わるのかね・・?
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ビクトリーダイバーズセンター横の小道を奥に進み、突き当りで左折し土産物屋が並ぶ小道をまっすぐ進むとタリパパ市場へ到着。正式名称はD'Talipapaといって頭にDの文字が付くんだけどね。ここは香港の鯉魚門や西貢の海鮮市場と同じく、市場で魚介類を買ってからレストランに持ち込み、そこで料理してもらうスタイルである。香港生活の長い筆者と女房にとっては馴染みのあるスタイルだ。バンコクに数年滞在していたジェンジェンとジュミー夫妻もパタヤやジョムティエンで散々シーフードを食いまくってたらしいのでグッドチョイス!
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市場で買い込んだのはハタ科の魚(ラプラプ)に、カニ3匹、エビ、イカ、ムール貝の5種類で、ボリューム的には大人6人分程度だ。市場の魚売りのあんちゃんと女房が交渉し料金は全部で2000ペソ(4500円)まで下がった。5つのポリ袋に入った魚介類をあらかじめ決めておいたレストランに持ち込む。このレストランはジェンジェン夫妻が前回ボラカイに来た時に何度も来たという店だ。見た目はボロッちいが実はこういう店が美味いのである(香港で同じで海鮮市場では豪華な造りの店ほど高くて不味い)
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レストランの入り口の横にあるキッチン窓口に買ってきた魚介類を渡し「スティームド・フィッシュ・チャイニーズスタイル!」「クラブ・ステアフライド・スパイシー・アンド・オイスターソース!」「プローン・ステアフライド・バターソース!」「グリルド・スクィッド」「マッセル・シンプルソース!」と女性陣が料理人に指示している。男二人はテーブルについてさっそくビールを飲むことにした。つまみを食べながら待つこと20分、すべての料理が一気に登場。腹が減っていたので一同一斉に料理にかぶりつく。口の中に新鮮な魚介類の旨味と仄かな海水の味がファッと広がった。
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さて味の方であるが香港の有名店にはさすがに及ばないが1.5流店くらいの味は出せている。これは不味いレストランだらけのフィリピンでは驚くべきレベルである。久しぶりの海鮮料理に女房も感激したようでカニの甲羅の内側まで意地汚く舐めまくっていた。レストランに払った料金は料理代と酒代で2500ペソで、先ほどの材料費と合わせると4500ペソ(1万円)、だいたい香港の1/3程度の費用だ。いやーボラカイ・・来てよかったなー。
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まだ時間が早いのでビーチ沿いのバーにでも行きたかったが、チビガキ2名が眠そうなのでビーチロード沿いをぶらぶら歩きながらホテルに戻ることにした。さてホテルに到着すると従兄弟のジェンジェンが受付の女性に延泊した場合の値引きの有無を聞いた。他のホテルを見る前に試しに聞いてみたのだ。ところが受付の女性はパソコンの画面を見ながら「部屋は空いてません」と言った。えっ・・・? じゃあ他の日は?とか別の部屋は?と聞いてみても「すみませんが今後1週間は1室も空いてません」とにべもないものだった。なんでも韓国人が大挙して押しかけてきており、どのホテルも満室に近い状況だというのだ・・。ちょっと待てよ・・!じゃあ2日後に俺たち行先がなくなって路頭に迷うってことか・・・。
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カティクランへのフライト-ボラカイの旅(1)

過去20年の間、筆者にとってリゾートとはプーケットかサムイ島と相場が決まっているのだが、女房の従兄弟のジェンジェンとジュミー夫婦がボラカイ島がいかに素晴らしいかを何度も力説するので、物は試しと筆者夫婦と義妹とその娘、従兄弟夫婦と娘の合計7人でボラカイ島に行くことにした。なお筆者はカネを出すだけで予約・日程はすべて女3人にお任せ。筆者の職場での経験では、この手の仕事は女性陣に任せるに限る。まず予算を超えることはめったにないし、当事者意識が高まるので旅の期間中にご婦人方の不平不満に悩まされることも無い。与えた予算は筆者が独自に算出した額の2割引きになってることも知らず、3人とも嬉しそうにパソコン画面を見つめ、何が相違点なのか筆者には全く理解不能な議論を楽しそうにアーダコーダと重ねている。ばーかめ!
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交通渋滞を考慮してフライトの4時間前に家を出たが、案に相違して車はスイスイと進み空港に到着したのは出発の3時間前。とりあえずチェックインだけして昼飯を食うことにしたところ「あなたたちの乗るフライトはキャンセルになる可能性がありますから30分後に出る1つ早い便に搭乗変更しますよ」と言われた。一同あわててセキュリティーチェックを過ぎ、飛行機に向かうバスへ飛び乗ったが、バスが飛行機に横付けされた時に制帽を被ったオッチャンが車内に入ってきて「カティクランの天候が悪いから一旦搭乗ラウンジに戻って待機してください。」と盛り上がる気分に冷水を浴びせる一言を。結局ターミナルで2時間待ち、飛行機が飛び立ったのは一番最初に予約したフライトと同じ時間だった。これって乗客不足による1便削減だけなんじゃないの・・・。
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マニラからカティクランまで飛行時間は1時間。カティクラン空港は滑走路が長さ800メートルしかないため飛行機は客席数50以下のデ・ハビラント社製の小型プロペラ機である。このカティクラン以外にもカリボ経由(=ジェット機の離着陸可能)でボラカイに行く方法もあるが、カリボからカティクラン海港まで1時間半バスに乗らなければならないため、女性陣はカティクランルートを選んだらしい。ちなみに飛行機の往復運賃は7人全員で合計36000ペソ(約8万円)だった。
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空港に着いた後も宿泊先にトランスファーサービス(空港でのピックアップからホテルまでの移動エスコート)を頼んでおいたので非常に楽ちん。手配した車に乗り込みカティクラン海港へ。と言っても乗車時間は3分あるかないかで、歩いても行けるんじゃないかと思える距離。海港のターミナルにて10分ほど待機しバンカーボートに乗り込むが・・・乗り心地が悪い・・・近所の公園に浮かんでいるボートとそんなに変わらんゾ。救命胴衣を着用し船に揺られること約20分。見えてきましたボラカイ島。あれ・・?果てしなく広いビーチじゃなくて岩がゴツゴツ出た岸壁に接岸するんだけど・・なんでも2008年からホワイトビーチへの上陸は禁止され、島南部の岩場に出来た港にいったん上陸し、そこからホテルへ車で向かうことになったらしい。
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ホテルお出迎えの車に揺られること10分、やっと到着しました今夜の宿ボラカイ・トロピックス・ホテル。ホワイトビーチのステーション2と3の間に位置しホワイトビーチまでは徒歩3分の距離。今回の旅を思い立ってから出発まで3日しかなく、この期間にコンタクトしたビーチフロントのホテルはどこも満室だったためこのホテルになったらしい。受付はしょぼいが、いったん敷地に入るとスイミングプールとガーデンと木造の建物を巧く配置していて、オアシス感覚を醸し出しているのに気づいた。筆者の好きなタイプのホテルだ。
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ベスト・ウェスタン系列ってあんまり好きじゃなかったけど、さすが一行の中では一番育ちの良いジュミ-が選んだだけある。「私たち大人5人と子供2人でしょ。ちょっとだけ予算を超えちゃったけど、2部屋取るんだったらこっちの方が良いと思って」と通された部屋は、独立した一戸建てでベッドルーム2つにリビングとキッチンが付いたプレミア・スイート。一泊9000ペソ(2万円)で朝食付き。ここなら料理もできるのでワインとか持ち込んで宴会もできるし、目の前がスイミングプールなのでガキたちも大喜び。かなり上出来だ。
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「このホテル気に入ったよ。この広さなら7泊は問題なしだね」と褒めると、ジュミはちょっと複雑な表情をして「実は2泊しか取ってないのよ。シエナ(筆者の女房の名前)が現地で自分たちの目でホテルを選ぼうって言い張るから」と申し訳なさそうに答えた。筆者もこの時には、まあフロントに延長を申し出ればいいだろ・・とか、他のエリアのホテルもいろいろ見てみたいしな・・とやり過ごしたのだが、3時間後にこれが重大な間違いであることに気づかされることになる。
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