長いフィリピンのドラマ

筆者ら夫妻は夜8時頃にテレビを観ながら夕食を摂るのだが、フィリピンに移住して4年経過して今さらながら思うのはフィリピンのドラマの長さである。例えば現在ABS-CBNチャンネルでは「PROBINSYANO」という刑事ドラマを放映しているのだが、これ週一ではなく土日を除く平日は毎晩放映で、現在までなんと1年半続いているのだ。

水戸黄門みたいに一話完結ならともかく連続ドラマで、一昨年の秋ごろは主人公の真面目な刑事が亡くなった双子の兄の未亡人と惹かれ合ってとか、美人女優マハ・サルバドール演じる同僚刑事とのロマンスが・・なんて話だったのが、それが1年以上経過した現在は刑事はセブ島に逃亡中の身となり、セブの麻薬王の愛人サム・ピントと・・というストーリーに変化しているのである。





それから登場人物がやけに多く、昨年までは良き上司だった中年警官がいつの間にか敵役になっていたり、端役のあんまり重要そうでない人物にスポットが当てられる回があったりと段々と枝葉が広がっていき、タガログ語が判らない筆者には訳が分からなくなっていくのだが、毎回視聴率が40%近く稼げる事からテレビ局はさらなる延長を検討中なのだそうだ。

しかし長いのは何もこの番組に限った話ではなく、4年前フィリピンに来た時に放映されていたジョディ・サンタマリア主演の「ビー・ケアフル・ウィズ・マイ・ハート」という恋愛ドラマなど園長に延長を重ねて実に2年5カ月、合計621回のロングランとなり、筆者は観なかったが最後は映画化までされてこれも大ヒットしたらしい。





それに最近スタートした子供の心臓移植手術ドラマも従姉妹フィリンによると一体いつ終わるのかはさっぱり判らないというし、女優ベア・アロンゾ主演の恋愛ドラマ「A LOVE TO LAST」なる番組も名前とは裏腹に「これは長くなりそうだぞ」と予感させるものがあるのだ。

筆者がいた香港にもその昔「真情」というウルトラ級に長い家族ドラマがあって、これは4年半、合計1128回も続いたためか登場人物が100人にも膨れ上がってしまい、最後の方は視聴者が画面を見ても「あれ?こいつ誰だっけ?」などとなってしまったため、最後は尻切れトンボみたいな形で終わってしまったのだ。





テレビドラマに限らず何かを作る時には入口と出口をまず最初に設定し、そこから本体の肉付けをしていくはずなのだが、ことフィリピンに関しては国民性を反映してかこういう基本的な設計が出来ず、もしくは有っても視聴率が稼げたら基本ストーリーなど捻じ曲げても出口を延長する!というスタンスらしい。

「おい、この刑事ドラマいつい終わるんだ?」と聞いても女房とフィリンは黙ったまま・・。となるとこの刑事は今度はミンダナオにでも逃げるのか?それとも一旦は解決するがまた別の問題が持ち上がって地底にでも逃げるのか?この逃亡者と謎の美女ってプロットは汎用性があるから3年後もまだ継続していて、登場人物が増えて余りに何だか複雑になってしまい、テレビ画面を見た筆者は「この主人公の職業ってもともと何だったっけ?」などと女房と話してたりして・・。






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おんぶにダッコな一家

先日の日記で何の準備も無いまま日本に観光に行ってしまったフィリピン人のテレサ一家の事を日記にしたが、本日またテレサからスカイプ電話がかかって来た。急に大阪に遊びに行くことになったので電車の乗り放題チケットを買いたいのだが何処で買ったらよいのか?という問い合わせである。

一体どんなところに泊まってるのか知らんが、そんなの自分たちで駅に行って聞けよな・・。しかし女房から「あなた!その乗り放題っていくらなの?」とか聞いてくるので、ジャパン・レイル・パス7日間29110円などと調べて伝えたところ、じゃあ乗り放題じゃなくて往復だといくらなのか・・と追加質問が来た。

そんなの自分たちで調べろよ!と思ったが、テレサ一家が現在滞在している東京都足立区には英語を話す人間は一人もいないのだ!ソーリー!などと理解不能な事を言っているらしく、仕方なくヤフーの路線情報で料金を検索したのだが、今度はワードのファイルを印刷したいがどうしたらよい?と聞いてくる。





あのねえ、近くにコンビニがあってそこにUSBメモリーに落とせばよいけど、ワードやエクセルは使用権上の問題で認識しないからPDFファイルにしないと駄目だよ・・と親切に返事をしたら、フィリピンでは簡単に出来るのになぜ日本では?とまた質問が来る。それにどうやったらワードをPDFに・・なんてことまで説明せにゃならんのだ。

計画性が全然ないくせにいちいち疑問を持って聞いてくるな!他人に聞く前に娘に聞け!表に出てコンビニの店員に聞けよ!とイライラしたが、そういうやり取りを幾つかしていて筆者がそれを面倒くさがりながらも親切にも調べていたのだけれども、時間を持て余したのか女房の話の雲行きがおかしくなってきた。

メイジチョコレート!キューピーマヨネーズ!サントリービアー!トヨタ!・・・。これは前回日本に行った際に女房が工場見学に行った先なのだ。工場技術者の娘として生まれたためか女房は何故だか工場(正確に言うと生産技術)が好きで、ウキウキとした表情でガチャンガチャン鳴る工場内を歩いていたのである。





ちょっと待て・・。お前がそういう話をするとテレサが興味を持ってそのうち「予約してくれ!」と言い出しかねないじゃねえか。こういう工場はどこも事前予約が必要だし、明治製菓やサントリーは人気が高くて1か月先まで満員なんてこともあるし、特に明治製菓は電話でないと予約受付してくれないのだ。

それで(筆者と女房だけが判る)広東語で「工場の案内員は英語が出来ないからダメだよ!」と言ったら、女房もそこは気が付いたのか話題を温泉や日本一高いビルなどに切り替え、その後も551蓬莱の豚まんや阪急デパ地下食品売り場の素晴らしさなど誰でも簡単に行ける女房の小世界の説明で終わったはずなのだが・・。

3時間後テレサから再び電話が来て「娘がチョコレート工場を見たい!と言ってるの!予約の電話してくれない?」とよりによって一番不便な所を選んできやがった。しかも国際電話しろという厚かましさである。何もかも無計画なこの一家がこれまで何とか生きてこれたのはこういう特性のおかげだったのか・・と納得する筆者。当然ながらこんな要求は却下、以降すべて黙殺することにした。






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無計画な一家の日本旅行

「あなた!あの温かくなるパッチって日本語でなんて言うの?」と言う声で筆者は叩き起こされた。な・・なんだよ・・寝てんのに・・と目を開けると、女房が携帯電話片手に立っていて、あのパッチよ!暖かいの!と繰り返すので「ああ、ホッカイロのことか?」と答えたら、そうそうそれ!と言うなり携帯に向かって「ホッカイロー!」と叫んでいる。

その後またココカレー!とかイオンモール!ウドン!という単語が耳に入ったから、どうも日本旅行に関することで誰かと話しているらしい。ちなみに女房は日本に住んだ事は無く日本も3回旅行に行っただけなのだが、一応日本人の旦那がいると言う理由で日本に関して疑問がある方から問い合わせが時々来るのだ。

やけに長い電話が終わった後で「テレサが日本に行ったんだけど困った事になってるんだって」というので(そのテレサって誰だか知らないのだが)話を聞いたところちょっと呆れてしまった。なんとコートやセーターの類を十分持たないで真冬の日本に行ったため寒くて仕方が無いのだと言う。





このテレサ一家は現在東京の足立区にいて(それがホテルなのか友人の家なのかは不明)、ふつう友人宅にいるなら友人が案内するし、ツアーならガイドが連れていってくれるはずなのだけれども、買い物から食事など何から何まで全部自分たちでしなければならない状況にいるらしい。

一体何を食べたらよいのか判らない!店のメニューが読めない!と言うので、だったらココ壱番カレーやなか卯に行けば写真付きのメニューがあるし、ショッピングモールの最上階には大抵フードコートがあって、そこにあるしゃぶしゃぶ食い放題とか讃岐うどんが実に美味いのだ!という説明をしたと言うのである。

女房が知ってるバリエーションの余りの少なさに泣きたくなってきたが、しかし持ってきたフィリピンペソを近所で両替したいがどこのレートが良いか?という「アンタ達は大丈夫か?」的な質問に答えられなかった以外は一応実践的な回答をしたことから、先方からはかなり感謝されたというのである。





なんでもテレサ一家はセブパシフィック航空のプロモーション価格が偉く安いのを見つけてとっさに予約したのだが、どうやらビザと住処の手配以外は何にもしていないらしく(これも自分たちでしたかどうかも不明)、日本に到着してからというもの寒さに震えるとともに勝手がわからず右往左往しているようなのだ。

ふつう家族3人で旅行するとなれば一番パソコンに強そうな娘に調査役を命じて気温や交通手段、ポケットWiFiなど調べるものだが、このテレサ一家は全員そろって「予約した→楽しみだわ」という段階で思考停止してしまい、その楽しみを実現するために必要な知識の肉付けを怠ったようである。

まあ筆者の女房と親戚もフィリピンの一番寒い時期に標高1500メートルの位置にある避暑都市でテント泊して寒さに震えていたからテレサ一家だけを馬鹿にするのは不公平だが、しかし本当にこの民族は無計画の極みと言うか、一体どういう感覚で生きてんだろ?と首をひねりたくなってくる。爆買い中国人の後には日本中どこでも右往左往してるフィリピン人観光客が増えていくのかね?






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30年以上経過して露呈した温度差

先週土曜日、女房の母方の親戚が一堂に会するリユニオン(懇親会)の場で昼から酒を飲み始めた筆者は夜8時には意識朦朧となってしまい、これ以上は無理と判断し一人自宅へと戻ったのだが、深夜遅くに戻って来た女房が目を覚ました筆者に向かって「あんた早く帰って正解だったわよ!」と言い出した。

なんと従兄弟たちの取っ組み合いのケンカになってしまったと言うのだ。ちなみに女房の母親方の親戚たちは一応フィリピンじゃ中流階級であり、それなりの教育も受けているから暴力を振るうような人間ではないのだが、この日ケンカの発端になったのは海外クルーズから戻って来た従兄弟クリスのついた悪態なのだと言う。

女房の母親と叔父叔母たち4人姉弟はパンパンガ州サンタアナ町の出身で、生家があった600平米ほどの土地には現在4人姉弟の末っ子であるエド叔父さんが住んでいるのだが、従兄弟クリスは「あの土地は均等に分ける筈だったのに、お前のオヤジが独り占めしている!」とエド叔父さんの息子ジェンに向かって言いがかりをつけたのだ。

これ事実を言うと叔父叔母4人は若いころ全員マニラに出て来てしまい、祖父母が死んで以降その土地は遠い親戚が不法居住しそうだったのだ。それでちょうど離婚して行き場の無くなったエド叔父さんが番人として住むことを姉弟で合意したのであり、それにエド叔父さんも賃貸住宅を建てて4家族で分け合おうじゃないか・・なんて今でも話しているのだ。





クルーズ船の料理人として年10カ月はフィリピンを離れていたとは言え従兄弟クリスだって亡くなった父親からその合意について聞かされていたはずだが、どうも妻ミッシェルとの離婚劇で精神的に参っているためか、酒の勢いに乗って今まで溜まっていたものが一気に噴き出してしまったようだ。そう、前置きが長くなってしまったが、いつはクリスの怒りの根底には古い話があるのである。

従兄弟クリスの父親(ボウイ叔父)は若いころ内務省の役人として賄賂をたんまり貰っていたから、他の姉弟たちに比べて随分と豊かだったのだ。20年前まではパッシグの大きな家に住んで車を2台買い、その車で大きなブロック氷を売る副業でまたまた儲けていたから、女房や従兄弟たちはずいぶん資金的に助けてもらったのである。

例えば筆者の女房など10歳の時に母親に死なれてしまい、父親は工場労働で貧乏暇なしなのと父方の親戚が丸っきり頼りにならなかったため、弟のアベットと二人で一時期ボウイ叔父の家に住み込んでそこから学校に通っていたし、恥ずかしい事だが学費や生活費など一切合切何もかも面倒見てもらっていたのだ。

ボウイ夫妻とクリスら6人の子供が豊かに暮らしている処へ貧乏な親戚の子が来たのだから普通はいじめられそうなものだが、血の繋がりの無いボウイ叔父の奥さんは大変優しい方であり、女房と義弟アベット、そして年々か後に同じようにボウイ叔父に世話になった従兄弟たちはクリスとその弟や妹たちと本当の兄弟だと思ってきたのだ。





ところがどうやらクリスはそうではなかったのである。ちなみに義弟アベットはクリスと同じ年で、一緒の学校に通い一緒に遊んだ仲だが、ただの一度としてクリスから上下関係を感じさせられることはなかったのだそうだが、これが人生の残酷なところだがお互い家庭を持って40歳を過ぎた頃になってクリスが心の奥底では「俺たちがお前に施しをしてやっているのだ」と見ていた事が露呈したのである。

ファック・ユー!オレを誰だと思ってるんだ!お前たちが今暮らしているのは俺たちのおかげだ!と喚き散らしらすや従兄弟ジェンを殴りつけ、そこに義弟アベットと従兄弟ジャネルが巻き込んで辺り一帯のモノをぶち壊す乱闘騒ぎになったらしい。最期はエスター叔母の一喝で一応その場は収まったものの火種は当然ながら消えたわけではない。

「クリスには全く失望したよ!」「なに!あの態度!」「止めに入ったエスター叔母にファック・ユーとなじるとは許せん!」と飲み会の翌日には電話連絡があちこちに駆け巡り、噂が増殖されてクリスは目下公衆の敵ナンバーワン化しつつあるのである。この件で唯一マニラにいるクリスの妹フィリンは非常に困った状態になっているようだ。

まあ人間リストラとか離婚みたいに追い込まれると地が出るものだけど、それを一族みんなの前でやってしまうとはクリスも随分と分別を無い野郎だ・・と筆者は呆れているのだが、従兄弟たちの怒りは収まらず今週末のクリスとフィリンを除いた別の飲み会が開催されるそうである。当然ながら筆者はやんわり参加をお断りしておいた。






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フィリピン人のウソとヒロイズム

先日の日記で近所のガス充てん業者が爆発して7人が死亡する事故が起こった話を書いたが、土曜日の親戚一同が集まった飲み会の場でリサール州の奥地から来た義弟が何気なくその一件を質問したところ、事故現場から200メートルほどの距離に住むダニー叔父がしゃしゃり出て来た。

タガログ語なので何を言ってるのか判らないが、身振り手振りから察するに凄い爆発音と爆風に驚いて目を覚ますと辺り一帯は火の海で、その炎をかき分けて現場に向かったオレは余りの惨状に呆然としてしまい・・というアクション映画の主人公みたいなことを表情豊かに語っているが、実のところこれは全てウソである。

正確に言うと事件当夜に自宅アパートから爆発の方向を見て青ざめた筆者と女房がダニー叔父の家に電話を掛けたところ、妻のエスター叔母は「こっちは音も何にもしないわよ。あたしたち寝てるから話はまた明日ね」と言っていたのである。だいいちダニー叔父の家は平屋であり、辺り一帯には背の高い建物で囲まれているから爆風なんて絶対に受けないのだ。

このダニー叔父の嘘っぱち英雄譚を聞いているうちに、どう考えても爆発時に5キロ離れた家に戻っていた筈の従兄弟ジェンまでもがオレは現場から1キロ離れた店に居たんだけど爆音と爆風を体験したのだ!と言い張るのだ。実はフィリピン人には大惨事や大事件が起こると自分との間になにがしらの関係性を捏造する癖があるのだ。

これは筆者の女房も同じで、香港SARS蔓延の時は自分の住んでいるアパートの住人たちがバタバタ倒れてしまい生きた心地がしなかったとか、WTO反対デモ隊が街を壊し始めた際には取り囲まれて行き場がなくなってしまい、さらにそこへ警官隊が押し寄せて来て・・などと事実とは全く違う話をするのだけれども、しかし女房の中で格好のチャンスを逃してしまい何とも口惜しく感じている大惨事があるのだ。





それは2004年のクリスマスに起こったスマトラ島沖地震とインド洋大規模津波災害である。死者22万も出した人類史上未曾有の大惨事で、皆さんもプーケットやピピ島のビーチリゾートに滞在していた観光客たちが津波に呑み込まれて生命を落としたことは記憶に新しいだろう。

実はその頃の筆者ら夫妻は毎年クリスマスから正月までプーケットで10日ほど過ごしていて、いつも宿泊するのはパトンビーチの砂浜の上、歩いて10歩で海という格好の場所に平屋のヴィラがズラーッと建っているプーケット・カバナというホテルだったのだが、この年だけは仕事の関係上で全く休みが取れなくなってしまい、仕方なく香港の自宅で寂しく過ごしていたのだ。

ところがクリスマス明けの26日朝にテレビをつけると物凄い映像がニュースに出ているではないか・・。海から10歩しかない文字通りオン・ザ・ビーチのホテルに10メートルの高さの津波が押し寄せれば死ぬのは確実だから、昨日まで「あのバカ上司め!」と悪態をついていた筆者ら夫妻は思わず目を見合わせて「助かった!」と呟いたのである。

しかし翌年プーケットを再訪し、恐る恐るパトンビーチを訪ねてみたところ、案の定プーケット・カバナは前衛芸術のオブジェみたいにグチャグチャに壊れていたのだが、ビーチに出てみると良く知ってるビーチパラソル業者の一家にオカマの洋服売り、焼きイカ行商のおばちゃんやビーチバレーをエサに客を釣る売春婦らは皆ちゃんと生きていたのに驚いたのだ。

ホテルは確かにぶっ潰れたが滞在客みんなが死んだわけではなく、それに顔見知りのホテル従業員たちとも数年後のホテル再建時には再会しているのだ。被害甚大だったのはパトンビーチの南半分であり、中央部にあるこのホテル一帯は建物はぶっ壊れたものの案外と生存率は高かったのだ・・と彼らから聞いたのである。





ところが・・。このプーケットの津波災害の件はなぜか女房の中では「アタシがおかしな夢を見たからプーケットに行くのをキャンセルした」と歴史修正されていて(旅行を決める際に奇妙な胸騒ぎがずっと続いたのよ・・という別バージョンもある)、さらにホテルにいた客やビーチで毎年会っていた知り合い達も殆どが津波に呑み込まれて死んでしまったのだ・・となっているのである。

同じことの繰り返しで申し訳ないがプーケットで出会った人たち、例えば毎冬ドイツからやって来るホモカップルや浜辺で営業している刺青師らはちゃんと生きていて、はっきり言うと知り合いで「あいつは死んだ」という人間は筆者の知る限り一人もいないのだ。それに女房も筆者と二人の時は「あのビーチ業者の息子ニックはもう大きくなったでしょうね」なんて話しているのである。

ところが事情を知らない人たちの前では、あの悲惨な出来事から幸運にも生き延びることが出来たヒロインになっていて(使い分けていて)、その嘘っぱちの話をフィリピン人たちはウンウンと頷きながら聞いてるのである。余りにもバカらしくて筆者はいちいち女房の言う事に反論もせずに黙っているのだが、これ年を追うごとにストーリーが劇的になっていくのだ。

まあ日本人にも台湾に駐留したため鉄砲の一発も撃たずに終戦を迎えたのに「オレは南方戦線で地獄絵図を見たんだ」と言い張ったり、若いころ男に引っかかって福島の実家から家出しただけなのに戦災孤児としてゼロから這い上がったと主張する銀座のママなんているからフィリピン人だけを非難は出来ないのだろうが、しかし近所のガス爆発みたいなつまんない事でも作り話をしてしまう習性はなんとかならないのだろうか。

さてフィリピンのテレビを見れば「両親は日本軍に連行されてそのまま消えてしまい、家は燃やされて兄弟とも散り散りになって・・。そのあと私は必死に働いて・・」なんて語り部たちが出て来るが、この場合はほとんどフィリピン人特有の脳内妄想ヒロイズムの産物なので、皆さんこの手の話は真に受けず話半分、いや話十分の一で聴きましょう。






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