七つの顔を持つ男

原発廃止を主張する市民団体の動画を見ていたら、壇上に上がって演説している爺さんのテロップに見覚えがある名前が書かれていた。このM氏は××県教職員組合、いわゆる日教組の県の委員長だった事から元学校教員だったことが判るのだが、筆者はこの男が持つ別の肩書を他の件で見たことが2回あるのだ。

日本教職員チュチェ思想研究連絡協議会、あるいは旧名の日教組内のキムイルソン思想研究会、もしくは単にチュチェ研の親玉の一人と言った方が判りやすいかもしれない。チュチェ研とは日教組に限らず大学や各労働組合の中に設置された学習サークルで、定期的に集まっては北朝鮮がいかに素晴らしいか!を唱えているおバカさんたちである。

日本人の拉致を実行したのは北朝鮮の工作員ではあるが、海岸に上陸して誰でも構わず麻袋に詰め込んだのではなく、あらかじめターゲットになる日本人は国内協力者によって下調べをされていたわけだが、朝鮮総連と並んでこのチュチェ研(電力労連と自治労、日教組の中のチュチェ研が特に深くかかわっている)がその作業に当たっていたことは一部には知られた話だ。

そのチュチェ研の親玉がなんで原発廃止運動の呼びかけ人になっているのかと言うと、このM氏は退職後にエコロジー絡みのNGOを自宅に立ち上げているのと、なぜか中核派の機関紙に登場しては「国鉄闘争への思い」など今や誰もが忘れてしまった旧いJR社名を用いて労働者の権利ウンヌンを熱く語っていることからも左翼のマルチプレーヤーだからである。





どうもM氏は中核派の秘密党員のようなのだが、さらに不可解なのは自分のいる県には米軍基地など全く無いのに「米軍による騒音公害被害を問いただす!」と息巻いて沖縄へと乗り込み、地上戦で虐殺された無念の人々に報いるため!とか叫んで沖縄からの米軍撤退と非軍事化、さらに琉球独立を主張していたのだ。

元学校教師にして日教組の活動家、北朝鮮の国内シンパ、エコロジストに中核派、沖縄独立運動家とK氏の肩書は実にバラエティーに富んでいるが、しかしながら実はこれらはM氏にとっては仮の顔でしかない。こう聞くと驚くだろうが、日本の左翼団体は日本共産党を除きほぼある特定の方たちの影響下にあって、それぞれの団体は彼らの「容れモノ」になっているのである。

七つの顔を持つ男M氏。しかし今まで書いた彼の肩書を数えていただくと6つしかないのにお気づきだろう。では彼の本当の正体、彼が生まれてこのかたずっと左翼活動に専念していた本当の理由は全てここに行きつくという真実の肩書をご披露しよう。教員になる前のM氏は○○▲▲同盟に所属していた、それが全ての解である。

以前の日記でも書いたが西早稲田の反日ビルや日本ユニセフ協会、日本基督教団、夫婦別姓を叫ぶフェミニズム団体、そして創価学会に旧民社党といった有象無象の左翼グループには多くの良心的かつ無知な日本人が手弁当で参加しているが、こうした下っ端と名誉職的な理事たちを省いてみると中心となるメンバーはたいてい2つの方たちである。





日本史的に最下層に位置つけられた○○と在日韓国朝鮮人である。片方は自分たちの祖先を踏みにじって来た日本を徹底的に壊したい!という潜在願望を抱えていて、もう一方は近代化が遅れて併合されてしまった劣等感は実は表向きで、実際は日本を自分たちの癒合の良いように作り替えて丸ごと乗っ取るという別の目標を持っているのであるだ。

両者とも日本の強固な日本のエスタブリッシュメントを破壊する事で手を組んでいたが、しかし多額の援助を政府から受けている内に、「ごねればカネになる」という甘い汁を知ってしまったため、ここでも両者は手を携えて旧社会党に人を送り込み、最後の20年間くらいは実質的に乗っ取ってしまったのである。

革命とか国際的連帯などと絵空事を叫ぶ学生と違ってマイノリティーは生活が懸かっているから運動は実践的になるし、さらに恨みつらみや乗っ取り目的が重なるとより戦闘的になるので、どんな労働運動や社会運動でも彼らの動員力は一桁違うし、ひとたび彼らが執行部に入り込めば夢想家を蹴散らして実権を握ってしまうのはある意味当然である。

ただし長年にわたって巨額の補助金が○○に与えられ、在日もその分け前を貰っていたからある意味政府とは出来レースだったのだけれども、2002年に国からの巨額の補助金が打ち切られ、さらに同じころに北朝鮮の金正日が日本人拉致を認めた事で日本中が反朝鮮一緒に染まってしまったのは両者にとって大打撃であった。





で、正攻法では戦えないから今度は旦那衆を他所に切り替えて、従軍慰安婦とか南京大虐殺、男女平等、ヘイトスピーチに外国人参政権など別の問題に軸足を移すことで彼らは生存をかけている訳で、そのためにM氏のようなタカリのプロはもう1つか2つ肩書をこしらえるようになった・・というのがここ15年の反日活動の原因なのだ。繰り返しで申し訳ないが全ての源流は2002年の打ち切りにあるである。

しかし大変残念な事に日本の右の思想の人間や一部メディアはこういった事態に「韓国と中国はケシカラン!」と叫んでいるだけで、そもそも現在世界中に広がっている反日運動の潮流について目を向けないのはおかしいのではないか?いや意図的に目を背けるのはずるいのではないか?と筆者は思うのだ。

なぜなら最も反日国家なのは他ならぬ日本自身だからだ。そうなった理由は敗戦後の社会・教育制度の欠陥が大きいけれど、実は長年にわたって補助金でのうのうと暮らしていたマイノリティー達が現在でもありとあらゆる悪だくみをこしらえているのに、人権への配慮と言う綺麗ごとのせいでこの醜い事実に対して何もできないからだ。

自分の生徒たちの中で血統がずば抜けて良くて性格的にも御しやすそうな横田めぐみに目を付けて北朝鮮に売り飛ばしたM氏らチュチェ研教師と同じように、日本国内の構造的矛盾を見つけ出して中韓朝の反日包囲網に売り飛ばしているマイノリティーの利権屋たちがいるという事実を、日本のメディアはタブーに怯むことなくスポットライトを当ててもらいたい。






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右のドアの向こう側で笑う寄生虫

大阪市内の国有地が十分の一の価格で奇妙な幼稚園に払い下げられたというニュースが出ていた。配信元の朝日新聞によればこの幼稚園は安倍晋三夫人が名誉園長を務めていて、園長は稲田朋美防衛大臣から何かの功労で表彰された曰くつきの人物であり、運営母体は日本会議と深い関係にあるらしい。

隅っこに追いやられつつある左翼が虫眼鏡で見つけた政治スキャンダルか・・と右の方はお笑いになるかもしれないが、しかしこれが事実なら大問題である。いくら左派が働きかけて在日朝鮮人のための建物を血税でボンボン作ってきたにしても、じゃあ右派もそれをやって良い!という事にはならないし、それにこういう胡散臭い右翼も大抵の場合は朝鮮人なのだ。

大変残念な事だが右も左も奥にいるのは在日というのが日本の実情なのである。ちょっと調べればわかる事だが戦後の右翼の頭目だった児玉誉士夫は戸籍ロンダリングして日本人に化けてはいるが実際は朝鮮生まれの純潔朝鮮人だし、もう一人の笹川良一の場合も朝鮮人あるいは日本最下層の出自という噂がずっとあるのだ。





なんで愛国と叫んでいる右派が実は日本人でないのか?と言うと、一つは日韓併合によって一部の朝鮮人が便宜上愛国を叫んで日本人に化けてしまったからであり、二つ目は本物の日本人右翼の多くがGHQによって投獄・追放されたために権力の空白ゾーンが生まれたからだ。そこにずる賢い朝鮮人がスッと入り込んだのである。

サダム・フセイン掃討後のイラクのリーダーになったマリキや、韓国初代大統領にはキリスト教徒の李承晩を推したように、アメリカが他国を統治する場合は旧権力とは別の少数派を権力の座につける、あるいは優遇する傾向が強いのである。そしてその基本スタンスは政治のトップだけに限らず実業界や官界、教育界に思想界、芸能と言った幅広い分野に及ぶのだ。

で、日本の時計の針を70年前に戻して、あなたがウィロビー少将なりマーカット少将の立場に立ったとして、GHQの将兵の安全を確保しながら日本が二度とアメリカに立ち向かわない様に無力化しろ!という命題を与えられたら、旧軍のライバルである官僚たち、財閥や地主と敵対関係にある水飲み百姓や労働組合などとともに「日本に居る朝鮮人」に着目するはずである。





児玉や笹川がフィクサーになれたのは勿論彼らの才覚によるものが大きいけれども、彼らの周囲にアメリカの影が付きまとうのはやはり「敗戦と占領で溜まりにた溜まり込んだ愛国者たちの不満の受け皿になるが、本当に爆発しそうになったら真っ先にGHQに通報して叩き潰す」という裏約束があったからだろう。

そしてそういう土壌があるところに南北朝鮮の対立の構図が持ち込まれ、日本を韓国の後ろ盾にすべくKCIAと統一教会が勝共連合を立ち上げ、ここに日本の右翼を上手く囲い込むうちにいつの間にか韓国人たちが街宣右翼の元締めになってしまった・・というのが日本の右翼史なのだ。

ただ冷戦崩壊で勝共連合の存在意義が無くなってしまい、その後なぜか仇敵北朝鮮にすりよった統一教会は今じゃ北朝鮮秘密工作部門、あるいは昔の秘密を盾に自民党清和会議員を恫喝して金を毟り取る犯罪者になってしまったが、朝鮮人がずる賢いのは一部の人間を切り離して生長の家や思想右翼団体に潜り込ませることで二股をかけているのだ。





例えば世間を賑わせている在特会の連中をよく見て欲しい。実は筆者は彼らの主張に頷けるところが沢山あるのだが、彼らの行動を動画サイトで見ている内にだんだん奇妙な違和感を持つようになったのだ。大学時代に毎日駅前で見かけた統一教会の勧誘員が四半世紀たったいま在特会にいることは聞いていたけれど、代表者の見事な朝鮮耳を見つけた時にある疑念が浮かんだのだ。

在特会や西村修平が派手な街宣活動を動画サイトにアップしている理由は「日本はナチス台頭前のドイツと同じ状況にある!」という事を対外的にアピールして世論を喚起し、日本の力を相対的に弱めるとともに、「可哀そうな在日」「迫害されつつある在日」というイメージを利用して更にカネをせびる事ではないのか?と言う疑念である。

在日朝鮮人は既得権を取り上げて過去の分も全額弁済させ、文句があるなら船に載せて朝鮮半島へ送り返せ!というのが筆者の意見だが、上に書いたような理由で同じ意見をアピールする団体とは一切関与しないことにしているのである。右に行っても左に行っても朝鮮人が奥の部屋で笑っている、何とも嫌な世界である。






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アメリカさんの部屋

日本の製造業が息を吹き返したのは1950年の朝鮮戦争からと言われているが、筆者のいた会社はそれ以前にアメリカへ輸出を開始していて、しかもアメリカ側の代理店を務めたのが如何にもな一族の企業なのである。ちょっと驚くくらいのショートカット。これはどういうことなのか?はこれはもう皆さんのご想像の通りである。

GHQが戦争犯罪者を逮捕したり、上野駅の地下に屯する浮浪児たちの頭にDDTをぶっかけていたのと同じ頃に、GHQの経済部門の高官たちは日本解体を計画する一方で日本の財界人たちと裏取引をしていて、いくばくかの金を受け取れば「もうすぐ新円切り替えで手持ちの円が紙くずになるよ」とか「不在地主は没収になるぞ」なんて情報をリークしていたようである。

さらに大きな裏取引だとアメリカの投資銀行や弁護士なんかも一枚嚙んでいて、底力がありそうな会社の株を底値で買ったり、工場接収や幹部の公職追放をネタに脅しをかけて非上場の株を毟り取ったり代理店契約を結ばせていたらしいが、しかし一方の日本人側だってそこは巧妙に立ち回って資産を二けたも三ケタも増やしていたらしい。筆者のいた会社のオーナーもその一人だったのだ。

それと前述の通りGHQが本館を返還したのは1950年代だが、この最上階の一角だけは1970年代までアメリカ人が居座り続けていて、年輩社員の記憶によれば一応弁護士事務所かなんかの看板が掲げられていたそうだから、おそらくこのアメリカ人弁護士はここ銀座の超一等地でGHQ高官と日本の財界人達との間で交わされた裏取引のその後の見守り役兼管財人をしていたのではないかと思う。





当時興味を持った筆者は財務部にいた年輩の社員に古い外国人株主たちの事を聞いた事があるのだが、確かに株主リストにはアメリカの投資銀行とは別にアメリカ人の個人株主の名前がズラリと並んでいたそうなのだが、ずいぶんと昔の話なためいったいどういう経緯だったのかなんて判らないよ・・という答えが返って来た。

だから一体彼らがどういう立場の人間で、どれほどの規模の裏取引が行われたのか?それは筆者の会社の株式だけだったのか?案外銀座の超一等地のビルのいくつかはGHQの高官の子供や孫たちの手に委ねられているのか?といった事は最早調べることは出来そうにないのだが、しかし本館ビルの最上階の一区画をずっと空きのましているのはオーナー一族だから、ここには何か特別な理由があるのだろう。

銀座の街並みを見るのにここ以上無いのではないかと思えるほどの絶好のロケーションなのである。だからここには軍服を着たGHQの高官とスーツ姿のウォール街の代理人、それとオーナー一族と怪しげな日本人たちが集って復興していく銀座の街並みを眺めながらウィスキーグラス片手に嬌声を挙げていたのだろうな・・と思うのだ。

映画「シャイニング」の中に過去の亡霊たちが高原に建てられた古いホテルのボウルルームに集まってパーティーを開いているシーンがあるが、ひょっとしてあの銀座の豪奢なビルの最上階にも毎晩70年前の亡霊たちが集まって矯正を挙げているのかもしれない。そこにいるのはマーカット少将?それともケーディス大佐?それとも・・・。だとしたら深夜ちょっと中を覗いて見たい気もする。






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眺めの良い開かずの間

筆者は若いころ3年間だけ銀座に勤務していた事があるのだが、筆者がいた別館とは隣り合わせの本館に立ち入り禁止になっている区画があった。その頃はバブルの最中で大変景気が良く、最上階のオフィススペースなぞ賃貸に出せば忽ち借り手が付くはずなのに、時々管財担当の事務員が訪れる以外は立ち入り禁止の札が掛けられて固く閉じられているのである。

怪談の世界でいえば開かずの間みたいなもので、一体あそこには何があるのだろう?銀座の街並みを見渡す絶好の展望だからオーナー専用の接待用クラブハウスにでもすればいいのに・・などと同じ世代の同僚たちを噂し合っていたのだが、年輩の社員たちはその正体を朧気ながら知っていて、あそこは20年くらい前までアメリカ人たちが居座っていたのだ・・と謎かけのような事を言っていたのだ。

筆者がいた会社は一社一社が半分独立した企業グループの一員で、グループ組織がかなり複雑なため説明するのが面倒なのだが、フジサンケイグループにとってのニッポン放送とか富士通グループの富士電機みたいな創業時点の中核会社がグループ内にあって、その中核会社所属のごく少数の社員たちはオーナー一族の財産管理が仕事で、開かずの部屋はその中核会社の管理下にあったのである。

会社の社史には「初代オーナーが画期的な製品を発明し、それを〇〇銀行と財界の長老格の協力のもと軌道に乗せ、戦争時には各地の工場が爆撃を受けて大損害を被ったもののオーナーと社員が一丸になって頑張ったことにより奇跡的に復興し、その後の分社化など多難な時期を経て今日の・・」などどの会社でもありそうな事が書かかれているのだが、しかしここには一番肝心な事は綺麗さっぱり抜けているのだ。





アメリカ占領軍司令部GHQとの関りである。奇跡的に空襲の被害を受けなかった本館ビルは占領時代にはGHQに丸ごと接収され、1950年代に返還されるまで色んな米軍機関が入り込んでいたのだ。GHQと聞くとマッカーサーがいた第一生命ビルが有名だが、司令部や行政機関以外にも米兵専用のホテルやデパート、クラブハウスなど色んな建築物が必要なわけで、例えば有楽町の宝塚劇場など米軍専用のアーニー・パイル劇場となっていたのだ。

さて終戦時点では銀座のビル1つと幾つかの田舎工場を所有しているだけだった会社が、GHQが日本から出ていった頃には「オーナーは有楽町駅から自分の土地だけを歩いて銀座の本館に出勤できる」ほどの銀座の大地主になれたのは、この時期にGHQに多大な便宜を図ってもらえたからであり、当然ながらそれ相応のお返しをしたんだってよ・・と年輩の社員たちは話していたのだ。

占領開始直後の経済政策については色んなメディアに書かれているからここでは割愛するが、大規模土地所有者から土地を取り上げ、公家や財閥などの極端な金持ちたちの資産を没収し、そして一旦は円を紙くずにしたということである。近年だとソ連崩壊後の経済混乱を想像すれば良さそうだが、旧権力側にいた勢力は徹底的に解体され一寸先は闇の状態に陥っていたのだ。

ところが初代オーナーはこの時期明らかに資産を巨額なものに増やしていて、さらに極めて早い段階で事業再建に必要な外貨資金をアメリカの投資銀行から獲得していたのだ。その時期は日本の産業は構造改革に向かう真っ最中であり、旧国鉄や東芝など日本の名だたる企業は膨大な余剰人員を解雇せねばならず、そのため組合運動が先鋭化してデモや破壊活動が横行する革命前夜とも呼ばれた時期なのに・・である。(続く)





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藤に絡みつかれた高貴な一族

蘇我入鹿を殺害した乙巳の変(645年)あたりの朝鮮半島の情勢を見ると、アジア随一の大国である唐と朝鮮半島の東端にある新羅が軍事的に結びつき、間に挟まれた高句麗と百済がじわじわと追い詰められていた時期であり、現実にそれから15年後の660年に百済は唐の派遣軍によって滅ぼされている。乙巳の変の目的とは蘇我氏の専横どうのこうのでは無くて親新羅のスタンスを採る日本の外交政策を百済に向けさせるためだったと理解する方が自然であろう。

そして百済滅亡後の百済勃興運動を支援するため天智天皇とフィクサー藤原鎌足が軍を送ったことや、天智死後に権力を奪取した親新羅の天武天皇の血筋を絶やして親百済の天智天皇の血統へと皇統を無理やり移し続けた持統天皇(天智の娘で天武の妻)と藤原仲麻呂の奇妙な動きを見ると、やはり藤原氏は百済人だったのだろう・・と思えるのである。

この藤原鎌足の正体については既に何人かの学者が当時人質として大和の地にとどめ置かれた百済王子豊璋である!と明言しているのだが、そこまで大物だったら逆に朝鮮の古文書に「百済人が倭国を背乗りした」と書かれるだろうから、筆者は百済人ではあるものの藤原鎌足はもっと下っ端の人間だったのではないか?と思っている。

それと藤原氏が天皇を追い落として自ら政権を打ち立てなかった事は古代史の謎として語られているが、これも日本各地の豪族たちは藤原氏が日本人では無いことを知っていて、とても神輿に担ぎ上げられるような立場ではなく、それに藤原氏も矢面に立つよりは天皇家の外戚という立場を利用して裏で実権を操る方を好んだ・・と考えた方が合理的である。

そういう前提で見れば、藤原氏の出した諸政策が唯我独尊で無茶苦茶なのも、彼らが外国人で日本人など飢えようが死のうがどうでも良い!ただただ我々藤原氏と便利な盾になってくれる天皇家だけが繁栄すれば良いのだ!と思っていたからだ・・と考えれば妙に納得がいくのである。(ちょっと話はずれるけどこれって在日に浸食される現在の日本と似ているように思えるのは筆者だけだろうか)





さて以上今まで何日かに分けて藤原氏の出自について日記にしてきたが、筆者がこの事を考える度に思うのはやはり天皇家のことである。右の思想をお持ちの方たちは天皇は万世一系の高貴な血筋であり、古来よりずっと日本の安泰をお祈りしてきたのだ!などと誇らしげに言うけれども、筆者は「なに言ってんの?」としか思わないのだ。

藤原家の嫁を貰い続けて濃縮された血を高貴などと呼称すべきではない。それまで何事も合議で決めていた平和的な古代日本人から何もかも奪い去っていった殺戮者、収奪者の血を誰よりも濃く継いできたのが天皇家なのだ。いうなればアステカ文明を滅ぼしたスペイン人コルテスのような存在なのに、その子孫たちが人々の幸福を祈ってきたのだからお前らみんな敬え!と言われても白々しいだけだ。

もちろん明治維新の際には西欧諸国にとってのキリスト教のような柱となる思想が無い日本に「天皇の下では皆平等に赤子」という精神的中核の役割を果たし、近代国家の建設に多大な貢献をしたことは筆者だって高く評価するけれども、しかし平安時代以前の天皇家を調べるにつれこの一家には褒めるところが何処にも見つからなくて、正直日本に張り付いた害虫としか思えないのだ。

ちなみに筆者は英仏独三国を合わせた程度の通常兵器力を保持した上で日本は核武装すべきだし、在日は寝たきり老人だろうが全員漏れなく強制送還して、朝鮮半島と中国、ロシアに足しては恫喝外交を時には使うべきだという考えの持ち主なのだが、こと天皇家に関しては功罪吟味したうえで「有っても無くても良い」という結論である。

以前の日記にも書いたが筆者の祖先はスサノオを奉る氷川神社の宮司だから血統的にはどう考えても天皇と藤原氏に滅ぼされた東国の民、毛人とか蝦夷と蔑称された縄文系の末裔なのである。したがって日本の精神的リーダーとは百済人の泥棒一家とその付属物などではなく、天皇家と覇権を争った東国武士である!との認識を日々強くしている。






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Author by ほにょ / 全記事一覧 / 次のページ / ページトップ
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