野良犬に乗っ取られた家

女房の従兄弟ジェンがパッシグ市から隣のタイタイ市に引っ越すと聞いてちょっと驚いてしまった。引っ越し先はジェンの実母が数年前に立てた割と大きな家なのだけれども、今住んでいるパッシグの家は昨年ジェンの妹ジュミが生存相続を受けた後に結構な金をかけてリフォームしていたからだ。

だけど大衆食堂はどうするんだろう?そう、実は大通りに面して場所が良い事から、実家の一部を大衆食堂に改装してそれを生計の種にしているのである。それにジェンの実母は元気でピンピンしてるし妹のメイと2人の孫、それとオカマの叔父(実母にとっては弟)が同居しているから実母の面倒を見る必要は現在も将来も全くなさそうなのに何故なのか?と思っていたのである。

しかし我が家に遊びに来た義妹やジェンの弟ジャネルが言い難そうに語ったところによると、なんとシャブ中のジュミ姉が住み着いてしまったというのだ。このシャブ中姉は今まで4人の男とくっついてはそれぞれの子供を産んだふしだら女で、男と一緒に朝からシャブ打ってテンパっては子供たちの目の前でセックスをおっ始め、腹が減ると妹ジュミの家に押し掛けては冷蔵庫の中身を食い漁るという野良犬の様な女なのだ。

このシャブ姉は改善の見込みが全く無いからカンザス州在住の両親はパッシグの家をジュミに生前贈与したのである。それでジュミの夫ジェンは1年前に筆者にアパートを売って洋々たる気分で大通りに面した家に移り住んだのに、なんでシャブ中姉が家に居ついてしまったのか・・と不思議に思ったが、なんとジュミの実母が原因だというのだ。

シャブ中の娘なんぞ縁切りだ!と啖呵を切ったものの、一応アメリカから一時帰国してシャブ中娘の様子を見にいったところ、その余りの凄惨な状況にすっかり狼狽してしまうとともに不憫に思えてきてしまい、「あたしがフィリピンに残ってシャブ中娘を更生させる!」と(カンザス州の夫をほっぽらかして)フィリピンに居ついてしまったというのだ。。





だけど更生されるったって住むのは一旦生前贈与でジュミに譲った家である。当然ジュミは抗議をしたものの母親は耳を貸すことは無く、ついにシャブ姉と路上犯罪者予備軍と化したガキ二人、それと朝から晩までシャブやってるジュミの愛人クズ男までもが入り込んでしまい、せっかく小奇麗にリフォームした家は早くも崩壊の体をなしているらしい。

「床にビール瓶やソフトドリンクのペットボトルに食べかけ緒の食い物が転がってるし、子供たちは大衆食堂の売り上げを盗んだのを注意しても反省するどころか面白そうに笑ってるんだ」と目撃談を語るジャネル(従兄弟ジェンの実弟)。それが耐えられなくなってジェンとジュミは子供を連れて逃げだしたという事か・・。

良くフィリピンは家族愛が強いとか言うけれども、こういうシャブ中の破綻者でも家に招き入れてしまうのがフィリピン人の実態であり、そしてカンザス州から戻って来た実母は血のつながりの一切無いジェンがリフォームにかけた金とか大衆食堂という生業など何一つ考慮しなかったのだ。

来なくて良いのにしゃしゃり出て来た自分のせいでジェン=ジュミ夫妻が1年かけて築いたささやかな幸福は粉々に壊れてしまった事をこのバカ母はいつまでたっても気が付くことは無いのだろう。悲しいかな女が強い社会はこういうトンチンカンな判断が有りがちだ。

だからですよ、もしあなたがこれからフィリピン人と結婚しようとしているのなら、彼女に性格どうこう云々よりも家族構成はどうなっているのか?ジュミの姉の様に人格破綻者がいるかどうかをまず最初に調べなさい。これを怠るとアナタは従兄弟ジェンの様にいつもババを引かされる身になりますからね。






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精力剤を無心しに現れた義父

リサール州の奥地に住む義父が義妹の見舞いがてらに我が家にやって来た。今年71歳ながら相変わらず足腰は元気だし頭の方もクリアである。なんだよ、71歳なんてまだ若いじゃないか!と思うかもしれないがフィリピンの平均寿命は68歳と短いから日本ならさしずめ85歳くらいに相当する高齢である。

それで女房がバンコクで買ってきた牛肉やソーセージ、それとSIANG PUREという筋肉痛軟膏と鼻にズッポリ突っ込むメントール嗅ぎ薬ヤードムなどを差し上げたのだが、女房がシャワーを浴びている最中に筆者の傍にスッと来るや「エビオス余ってないか?」と言い出したのだ。

知らない人はいないとは思うがこれは「強力ワカモト」と同じ消化促進薬であり、最近胃もたれがするようになってね・・と義父がこぼしていたので日本旅行に行くたびに持ち帰って来たのだが、「貰った10瓶がもう無くなりそうだ・・」というのを聞いて呆れてしまったのだ。





これと同じ話は過去2回ほど日記に書いたのだけれども(筆者も義父の毎度同じお願い事には飽きてしまったが)、エビオスは消化を助けるという主目的の他に「勃って勃ってしかたがない」「精液がドバドバ出る」「射精感アップ!」という重大な副作用があるのである。

ちなみにこれはウソでもなんでもなく筆者自身がエビオスを服用してみたところ、最初の1週間くらいは腹が減って仕方が無いくらいだが、その後は毎日朝勃ちが始まり、Hなサービス込みのマッサージに行った時など肝心の部位を触られる前からピン!と反応しっぱなしになったのである。

それで今年の春先に2000錠入りエビオスを10瓶、合計2万錠差し上げたのだが、このクスリは1日30錠(毎食後10錠)と書かれているので、計算上は2年分に相当するはずなのだ。ところが何と半年もたたないうちに無くなりそうだとは・・。





失礼ですがどなたかに差し上げたんですか?と聞いたら、とんでもない!全部ワシが服用したんだんだよ!と否定する。ということは・・処方書きの4倍もの量をこの71歳のジジイは呑んでるのか・・とその無鉄砲というか性欲のための無軌道さに呆れてしまった。

これも前に書いたけれども義父はシングルマザーの女子大生(モカ・ガールズのフランツ嬢にすごく似ている)にハマっていて、毎回500ペソ払ってお相手をしてもらっているとは聞いていたが、去年よりも速いペースでエビオスを消化しているということは回数が増えたか、あるいは何人か別の女が増えたに違いない。

それで筆者がそのうち呑むだろう・・と思ってタンスにしまい込んであったエビオスを2瓶渡すと義父は実に嬉しそうな表情で受け取ったが・・。だけどこの2瓶も今のペースだと1か月で無くなる計算だから、クリスマスはまた同じように頼みに来るんだろうな・・。でももう在庫は無いよ。






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変な死に方が多いフィリピンの田舎町

期待した台風もフィリピン上陸前に弱まってしまったため毎年恒例の親戚一同大会合(ファミリー・リユニオン)は予定通りに開催される運びとなり、筆者ら第3組(女房の祖父が8人兄妹の3番目という意味)はボウイ叔父とエスター叔母を筆頭に総勢8人でマニラからパンパンガ州サンタアナまで出かけることになった。

このファミリー・リユニオンは以前の日記で説明したとおり従兄弟世代が中心になって毎年開催されているのだが、従兄妹たちが全員60代を迎えた今は(娘息子に孫たちが参加するため)参加者数が200人を超える大会合になってしまい、一体誰が誰なのかさっぱり分からなくなっているのだ。ちなみに筆者ら第3組は30人以上いるのだが、今回は台風を口実に皆に逃げられて8人だけになってしまったのだ。

さてテーブルについて酒を飲んでいると入れ替わり立ち代わり色んな人たちが現れては「ほー!これがシエナ(女房)の日本人の旦那かね・・」と話しかけてくる(正確に言うと去年会ってるのだが・・)。そしてエスター叔母とパンパンガ語で「自分の3番目の娘が子供を産んだので11人目の孫が出来てね・・」などと近況報告し合っているのを薄らバカ笑いを浮かべて聞いたふりをしていた。





筆者は彼らの私事など興味は無いのだが、ボウイ叔父とエスター叔母がいちいち英語に翻訳してくれるので嫌でも相槌を打たねばならない。それで「サンフランシスコにいる息子が・・」とか「孫がアテネオ大学に・・」などの自慢話を黙って聞いていたのだが、ボニーという名の元ミュージシャンだったジジイが「○○は雷に打たれて死んだからなあ・・」という話を何でもない口調で話しているのには驚いてしまった。

雷に打たれて死ぬ・・。そんなの何百万、いや何億分の一の確率の死に方ではないのか・・。それで「そりゃお気の毒ですが珍しい死に方ですね」と言ったら、このボニー爺さんは筆者をチラッと見て「そんなの珍しい事じゃない。ココじゃしょっちゅうある事だよ」と諭すように言う。

はあ・・そうですか・・。でも日本じゃ滅多に聞かない死に方なので・・と答えると、一緒にいたボニー叔父の妹は「じゃあ日本では毒蛇に噛まれて死ぬケースはあるのか?」と言い出した。そりゃ無い事は無いが恐らく年に1人か2人いれば良い方じゃないでしょうか?と答えると、「あら!でも落雷も毒蛇で死んだのもここにいる私たちファミリーの一員なのよ!」と言い出した。





200人程度のファミリーの中でそんな死に方をしただって・・?。そんなの奇跡的な確率じゃないか・・と驚くと、ボニー叔父は「パンパンガじゃ何処もそんなもんだよ!」と胸を張って言う。そこから誰と誰はこういう死に方をした!という長たらしい説明をボニー兄妹が始めたのだが、もちろん糖尿病や心臓病、屋根から転がり落ちたなどの自然死が一番多いのだけれど、四分の一くらいは死に方が普通じゃないのである。

私怨とか市場の銃撃戦に巻き込まれたという殺人ケースが多いのはまだ分かるが、台風による地滑りで生き埋めになったとか底無し沼にはまり込んだといったレアな自然災害での事故死、そしてその動物の呼び名が英語で分からないので絵で描いてもらったのはアリクイのような不気味な動物で、寝ている時にこの動物に血を吸われて死んだのだ!と言うのを聞いた時には背筋がゾッとしてしまった。

まるで昔観た「グレート・ハンティング」という映画のような世界じゃないか・・。しかしボニー叔父は筆者が驚愕しているのが分からないらしく「アンタもゴミゴミしたマニラなんかでリタイアするんじゃなくて、のどかなサンタアナに移住したらどうだい?。この200人がアンタを歓迎するから生活の事は心配することは無いよ」と言い出した。ボニー叔父の親切心は嬉しいが、なんか微妙だけど肝心なところからズレてるような気が・・。






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親戚一同から村八分にされた男

女房の従兄弟ボンギンが来週から海外へ出稼ぎに行くというので突然と我が家へ挨拶に来た。このボンギンは一族のはみ出し者であり、さらに妻と子供二人とも盗癖があるので筆者は貴重品を全て2階の寝室へと運び込み、連中が餞別を要求して来たらニッコリ笑って「NO」と言ってやろうと身構えていたのだ。

ところがボンギンは祖母の遺産をガッポリせしめたせいか女房に金品を要求してくるようなことはせず、また筆者と義妹が目を大きくして一行の一挙手一投足を見張っている事に気が付いたらしく盗みの方も諦めたようで、予想と裏腹に女房とボンギン一行との会話は至極和やかであった。

このボンギンは20年前に香港、その後は韓国に移動して何年か不法就労していた事があるので、今回はアメリカにでも密入国するのかと思ったが、話を聞いてみたところ何とアンゴラに行くと言う。アンゴラ・・?たしか筆者が学生の頃は内戦状態でイエメンやレバノンと並ぶ超危険国だったはずだ。





「アンゴラのダイアモンド鉱山に仕事が見つかったんだよ」と言うボンギン。そういえば以前にアンゴラは凄い勢いで経済成長しており、中国人や旧宗主国ポルトガルの人間が出稼ぎに行っているとは聞いていたが、まさか女房の身内がそこへ行くことになるとは考えもしなかった・・。

しかし何と言ってもアフリカである。治安の方は大丈夫か・・と思い、さっそくネットで検索してみたところ、まあ出るわ出るわ・・。犯罪が多いとかいうレベルでなくギャングが国を乗っ取った形の様だ。それでお前大丈夫かよ・・と聞いてみたが、ボンギンは全然気にしていない様子である。

「俺がいるのは都市部じゃなくて鉱山だからさ・・」とケロッとした顔で言うが、昔から荒くれ者が集まる鉱山は殺人が横行しているものだし、特にダイヤモンド鉱山なんて一番ヤバそうな気がするんだけど・・。





しかし女房と義妹も別段ボンギンの身を案ずることもなく、愛想を浮かべながら適当にやりとりするだけで、小一時間ほどするとボンギン一行は帰っていった。それで女房にアイツ生きて帰ってこられるかな?と言ったところ、別にいいんじゃない・・と実にそっけない。

ボンギンは子供の頃から色々と問題を起こし続けたし、特に昨年亡くなった祖母に生前暴力をふるったり、土地を不法占拠して正規の相続人である叔母から立ち退き料をせしめてからは一族からは完全に村八分状態になったのだ。つまり生きようが死のうがどうでも良いってことだろう。

義妹も「どうせだったら一家全員アンゴラに呼び寄せて、そのまま永住しちゃえばいいのよ!」と言ったあと女房と顔を見合わせて大笑いしていた。フィリピンは家族愛が強いと言うけれど物事には限界があるという事らしい。あばよボンギン、死んでも化けて出てくるなよ!。






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ネズミ算のように増えていく親族

女房の親戚が亡くなったというので、筆者ら夫婦は弔問のため昨日パンパンガ州サンタアナ市まで出かけてきた。筆者ら一行の代表はエスター叔母とボウイ叔父の2人、随行者は筆者ら風雨に義妹と従兄妹のジェンとフィリン、それと2人ガキンチョの合計8人である。

2時間半のドライブの後で会場についた筆者らは早速遺族へ弔いの言葉を向け、ご遺体に十字を切ることにした。今回亡くなったのは68歳になる女房の亡母の従兄弟で、今まで病気ひとつしない健康体だったのに先週食事中に突然心臓発作を起こしてしまったのだそうだ。

日本では母親の従兄弟の葬式に娘が参加するというのは珍しいのかもしれないが、大家族主義のフィリピンでは従姉弟同士が子供を連れてお互い行き来するのは非常に一般的である。それに女房の親戚はこの第一世代の従姉弟たち(全員60歳以上)が中心になって毎年ファミリー・リユニオン(親族合同交流会)を開催するほど仲が良いのだ。

これは第一世代の従姉弟たちが各自持ち回りで幹事となり、年に一度サンタアナ市のレストランを借り切って上は80歳の婆さんから下は生後1か月の乳飲み子まで一同に会し、朝から晩まで飲み食いと歌とダンスに明け暮れるという行事で、昨年はエスター叔母ら3兄妹と女房や義妹が幹事役だったのである。





さて昨日の葬儀の場ではエスター叔母やボウイ叔父は第一世代の従姉弟たちと同じテーブルに集まり、死んだ○×は子供の頃はヤンチャで・・と故人を偲んでいたのだが、会話に聞き耳を立てていた義妹によると、いつの間にか来月5日に開催される次期ファミリー・リユニオンの連絡会になっていたそうである。

まあ年寄りの葬式と言うのは悲しみの場と言うより親戚の再会の場と言うのはどこの国dでも同じだが、この第一世代のファミリー・リユニオンに対する愛着は並々ならぬものが有り、この会合を1回でも多く続けるためには私たちみんな長生きしなきゃ!と励まし合っていたらしい。

そしてこれは別の場で聞いた話だが、第一世代は自分たちが死んでいなくなってもファミリー・リユニオンを現在の形のまま(つまり第一世代の子孫が全員集まる形)継続してくれないか?ということを第二世代の主要なメンバーに打診し始めたらしい。まあ自分たちの友情の証を後世にいつまでも残したい!とは、いかに彼らの関係が強固であったのかという証だと思うが、残酷だが筆者はそれは無理だろうな・・と思った。

というのは、このリユニオンは凄いスピードで新規参会者が増えていて、今現在でも誰が誰だかさっぱり分からない状態になっているからだ。この第一世代の従姉弟の人数は元々は30人ほどだったのだが、それぞれが結婚して最低でも3人くらい子供を作っているから、第二世代は約90人、つまり第一世代の配偶者と第二世代も合わせて全部で約150人というのがファミリー・リユニオン開始時期の人数だったのだ。





ところが第二世代は現在全員が20代歳以上に成長し、ほぼ全員が結婚して子供がポコポコ産まれている真っ最中なのだ。仮に子供の数は夫婦当たり平均2人としても第三世代は現在180人くらいになっていて、しかも今も現在も力強く増殖中なのである。

仮に10年後に第一世代が配偶者もろとも全員お陀仏したとしても、第二世代は配偶者込みで180人、第三世代は最低でも270人には増えているだろうから、ファミリー・リユニオンは450人と開始時の3倍に増えているはずである。

「第二世代の半分くらいは顔だけは覚えているけど、第三世代はもう無理よ!」というのが女房や義妹の言。どんな仲が良いと言ってもこれだけの人数が一体感を維持するには限界がある。筆者など従兄弟が30人と聞いただけで気が遠くなってしまうし、450人の親戚などもはや統計上の数字でしか捉えられない。

「従姉弟会は残したいのよね」とエスター叔母は言うが、こんな膨大な人数だと実質統制不可能である。なので悪いけれど皆さんの美しい友情の場はあの世にたどり着いてから第一世代だけで継続していただきたい。なおメンバーが少ないからといって霊界から無理やり第二世代を引っ張りに来ない様に・・。






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