日本贔屓になった図々しい一家

日本旅行に行っていたテレサが我が家にやって来た。余った円を買ってくれ!という図々しい申し出だが(コイン込み。なおこの円は出発前に筆者から買ったもので売り買い同じレートである)、まあ日曜でヒマだから連中の土産話でも聴くことにするか・・という事で受け入れたのである。

さてソファに座ったテレサと娘はなんかテンションが低いので、寒い日本で風邪にでも罹ったのか?と聞いたところ、これが日本旅行にいた2週間が余りにも楽しすぎたため、その反動から帰国して以来ドヨ~ンと気が滅入っているのだそうだ。

へえ日本がねえ・・と思ったが、テレサによると今まで香港とシンガポール、韓国に行ったことがあるが、日本はそれとは別格の素晴らしい国、何も食っても美味いグルメ大国、外国人に対しても大変フレンドリーな国で、一家三人全員が「次に旅行するのは何を置いても日本である」と意見一致をみたそうなのだ。

それでさっきから石仏のように黙っている娘にキミは日本の何処が好きなのか?と聞いたら「オーサカ!」と答えた。やっぱりな・・俺の周りにいた香港人や台湾人、中国人たちも最初は東京を訪れるけれども、一旦関西地方に足を運ぶやこっちに病みつきになり、道頓堀や心斎橋の回遊魚になってしまうのである。

それからユニバーサルスタジオや大阪名物タコ焼きなんかの話をし続けるのだが、しかしテレサがため息交じりに「アタシも旦那も仕事があるから日本に行くのは来年までお預けなのよ」と言う。旦那はTシャツ業者としてそこそこ儲けてるし、テレサも町役場の主任なのでネックはカネではなく時間なようである。





そこへ女房が「今度行くなら2月なんて寒い時期じゃなくて4月か10月がいいわよ!特に4月の桜のシーズンは・・」などと話し始めてしまい、「アタシ達は今年も4月から6月にかけて大阪エリアに滞在するのよ」と余計な事を言った時に・・、テレサと石物のように無表情な娘の顔になんかチカッ!と豆電球の輝きが見て取れたのだ。

その輝きに気が付かない女房は過去滞在した大阪・松屋町と京都三条通り沿いのウィークリーマンションの広さや値段なんか話しはじめたら・・・、テレサの表情に先ほどよりも大きいサイズの電球がチカッ!と光るのが見て取れた。その瞬間筆者はこの女が腹の中で何を考えているのか察知したのである。

しかしこのテレサは用件をなかなか切り出さず、未成年だけでビザの申請が出来るのか?とか、両親や兄弟ではなく叔母や従姉が同行した場合は日本国内の保証人は必要なのか?その場合は何日くらい滞在許可が出るのか?と遠回りな質問をしてくるので、悪いがオレは日本大使館員じゃないから旅行代理店に聞いてくれ!と答えておいたのだ。

ふ~ん・・と何かを思いついた表情のまま帰路につくテレサ・・。そして筆者ら夫妻は顔を見合わせて「あの様子だと娘と親戚の誰かを連れてってくれ!って言い出すぞ!」とハモってしまったのだ。テレサと旦那は来年まで休みが取れなくても娘だけは4月から夏休みに入るから、大学生の姪とか離婚してヒマにしてる妹なんか同行させればいいや!と考えているに違いない。

だけどまだ12~3歳の娘を外国に送り出すかしら?と女房は疑問を呈したが、普通の家庭ならそうだろうが、何から何までおんぶにダッコなあの一家の超感覚から考えるとそう切り出してもおかしくない・・。それで女房にはとりあえずテレサとは没交渉にしておけ!と命じたのだが、最悪の場合は目的地をタイに変えるかな・・。






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森の中に隠れた高貴な一族

日本史の教科書には古代の奴婢・私奴婢、それと親鸞の物語に登場する中世の賤民という〇〇とよく似た階層が2回ほど登場するのだが、日本の教育界(歴史学会ではない)ではこの古代・中世・近世の3つの最下級階層はお互い連続性が無い!つまり血統としての繋がりが無い!とずっと主張しているらしい。

古代の奴婢たちは律令制の崩壊とともに消滅しているし、中世の選民は戦国時代のゴタゴタでゴワサンになってしまったのだから、近世の○○はこの過去の下層民の血は引き継いでおらず、あくまでも徳川幕府が士農工商制度のガス抜き階層として新しく作ったのだ!と言うのがその主張のようだ。

しかし今回発見した全国数千カ所の○○を示した焚書(昭和初期に編集)には、○○がある場所と7世紀まで全国でやたらと造成されていた古墳がセットのように並んでいること、更に地名には古代豪族のゆかりの地であることを示す、あるいは何かを囲い込むような漢字がやたらと登場する(今と違って地名と言うのは千年くらい変わらないものなのだ)という教育界の言い分とは明らかに相反する事実が書かれているのである。

17世紀の為政者がガス抜き階層を封じ込めておくためにわざわざ1000年前の最下層民の土地を探し出すだろうか?それも全国数千カ所一斉に同じことをするだろうか?そんなの常識的な眼で見れば○○はもともとその場所に住んでいて、千年前の奴婢や中世の賤民の血を脈々と受け継いでいると考えるべきだ・・というのが筆者の結論である。

では○○はもともと何者で何処から来たのか?とじっくり考えてきたのだが、たしかに平氏の落人とか元寇の際の捕虜、それと犯罪者、疾病者、あるいは飢饉で土地を捨てた逃亡民なんかが流れ込んできた事もあるだろうが、もともとの始まりは古代に物部氏や蘇我氏、あるいは藤原氏に攻め滅ぼされた豪族とその取り巻き、そして東日本各地にいた蝦夷ではないか?というのが筆者の考えだ。





例えば近畿地方のある大きな川沿いの○○である。関東地方でいえば奥多摩や秩父のような農業には全く適さない山里に○○が数十か所密集しているのは、ここら一帯が伐採木材や水銀など天然資源・鉱物の産地として昔から知られた場所だからで、現にこの一帯には物部氏と蘇我氏を彷彿させる名のついた神社が幾つかあるのである(この神社が鉱山経営の事務所だったという意味である)。

そして大正年間に人類学者がこの一帯の○○の調査を行ったところ、○○の住民と周辺の「常民」との間に明らかな形質的違いが見つかったと報告されているのだ。近畿地方の住民のほとんどは大陸や半島の影響を受けたのっぺり型の頭をしているのに、○○の住民だけ東北の蝦夷(アイヌ人と同じ)と同じ特徴を示していた!という記述を見つけた時に○○の全体像がぼんやりと筆者の頭に浮かんできたのだ。

鉄や水銀は古の時代より戦略物質であり、物部氏ら中央豪族に限らず岡山の吉備氏や北関東の毛野氏ら地方豪族も鉱山獲得のため他国へ攻め入ったのだが、その際に捕虜となった兵士や領土民たちが鉱山労働者(江戸時代の佐渡金山送りを想像していただくと良い)や現在でいうところの3K職場、あるいは何もできない人間は単なるホームレスと化し、彼らを収容した場所が○○となったのではないだろうか。

やがて時代は下って大和朝廷が誕生した後につかの間の平和の時代が訪れるのだが、人口増加と都の整備などで物資が足りない事態に直面し、今度は東日本一帯に住んでいた蝦夷(「えみし」あるいは「えびす」)の土地を収奪することになるのだけれど、捕らえられた蝦夷の兵士たちは俘囚と呼ばれて全国各地に配置換え(正確には売られた)されているのである。

新しい奴隷たちのためにわざわざ新しい土地を与える気など大和朝廷には無いから、彼らが収容されるのは○○の原点とでも言うべき場である。当然そこは人間でごった返しているから衛生状態は悪いだろうし、まともな農地など無いのだから獣でも虫でもなんでも喰わなければ生きていけない。穢れとはこのことから来ているのではないか?というのが筆者の結論だ。





さて筆者は文章力が無いので一旦ここで書いてきたことを要約するが、○○の起源は古代にあって、中世に親鸞の周りにいた民や徳川時代の最下層民はその末裔である・・と言う事なのだが、しかし日本の表向きの歴史では「あくまでも徳川武家政治によって・・」に意固地なまでにこだわるのは何故なのか?という疑問が湧いたのである。

いや、こだわりは徳川家ではなく仏教についてもだ。仏教の持つ旧インド的な穢れ思想が○○差別を助長させた面はあるかもしれないが(牛頭天皇や馬頭観音などがそうだが、これ長くなるので別の日記で書くことにする)、全国各地の古代豪族を滅亡させ蝦夷を征服したのは神道の最高祭司である天皇と朝鮮半島百済を源流とする藤原氏である。

それから明治維新とは徳川の「武家」と彼らが信仰した「仏教」勢力を、日本の最高権威である「天皇」とその権威の裏付けとなる「神道」勢力が屈服させた構図になっていて、そして明治政府は○○を人道的見地に基づく法律によって解放したことになっているが、今回見つけた焚書を良く読めば○○を作ったのは実は「天皇」と「神道」だったことが見えてくるのだ。

つまり「○○は徳川によって・・」というのは革命の正当性を主張するために明治政府が捏造した虚構なようなのだ。もちろんロシア革命以前のニコライ二世を稀代の悪漢のように言うソ連みたいにほとんどの国が似たような事をしているから明治政府だけ悪く言うつもりはないが、しかしここに来て○○がタブー視されて来たのは本当に当事者たちの人道的な理由だけなのか?というもう一つ別の疑問が頭に浮かんだのである。

○○の研究が進むと一番困るのは実は天皇家なのではないのか?ずっと国民の幸福と平和を祈り続けて来た聖母のような存在、その下では大名も乞食もみな同じく赤子(せきし)である!と国民平等のシンボルであった天皇が何を隠そう日本のカースト制の創始者であった・・。過去半世紀○○の団体が目に余る方法で場所や苗字など○○に関する一切の情報を封印していくのを実は天皇は安堵の目で見ていたのではないか?そう思えてきたのである。






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焚書が示す隠された真実

筆者はここ数年古代史に興味を持っていて、古代ヤマトの王だった饒速日命と東海地方一帯を治めた尾張氏の祖先である天火明命は同根同族だというが、この両者の名前に出て来る「日」と「火」はともに「ひ」と発音することに何か別の重要な意味があるのではないか?などと頭に浮かんだ何気ない疑問を解決すべくネットで色んな文献を読み漁っている古代史オタクある。

しかし経営学や近現代史に女性のアソコの構造など過去興味を持って調べた学問と違って古代史とは迷宮の世界であり、古事記と日本書紀にウソをたんまり盛り込んで古代の日本像を分からないものにした藤原不比等を罵る日々を過ごしているのだが、土地の由来や古い神社は案外昔のままでいることもあるから、虫眼鏡で遺留物を探す鑑識の様に日々悪戦苦闘しているのだ。

そんなある日の事、近畿地方のある古の土地を調べていたら、驚いたことに「そんなものが出てくるはずがない!」と誰もが思う資料があったのだ。この資料の性質上ここではその名称も具体的な名前は一切記入しないけれども、これは全国に数千カ所ある○○の情報を集めた一冊の本のページ200枚のPDFファイルなのだ。戦後最大のタブーの書、徹底的に消滅させられた焚書が事もあろうにネットに出ているのである。





○○に関する本は幾つかバージョンがあって、その多くは企業の人事部向けに興信所が作成したと言われているが、筆者が見たのはその元になった原本、戦前に日本の公的機関が各都道府県の行政府から入手した情報を集計したもので、例えば東京都千代田区一丁目一番地には「こうぐう」と呼ばれる○○があって、そこには120世帯800人が居住していて、本業は祭事で副業は農業と言った事が書かれてあるのである。

これ通報した方が良いんじゃないか・・?と咄嗟に思ったが、しかしその時の筆者は自分がいくら調べても判らなかった考古学上の答が知りたかったので見ることにしたのである。そして膨大な資料ゆえ全体像を把握するのには都合3か月ほどかかったのだが、全てを見終えた今、これまで筆者が思っていた、あるいは聞かされていた○○の話と実像とはかなり違いがあることが見えてきたのだ。

要点を書くと、まず職業についての誤解である。○○と聞いて真っ先に思い浮かぶのは家畜の屠殺と皮革加工、精肉に廃品回収業、特定の植物を使った染物に刑場の管理や下級警吏などが挙げられるが、これは大阪や京都、東京などの大規模商業都市や各地の城下町にある○○だけで、全国に散らばるほとんどの○○は農業や漁業に従事している、つまり他の人間との職業的な違いというのは殆ど見られないのだ。





第二に○○の地域的偏在である。良く○○は西日本が中心で東日本には非常に少ない、あるいは全く無いなどと言われるが、この原本が作成された頃の各都道府県の人口統計と照合してみたところ、この噂は概ね正しいものの西日本でも四国のある一県だけは極端に少ないとか、反対に東日本の二県だけが西日本並みに突出して高かったりと東西の中でも地域によってかなりバラツキがあるのだ。

三番目は徳川幕府の影響が無さそうな事である。○○を作ったのは徳川家(あるいはそれ以前にあったものを江戸幕府が組織化した)と言われるが、じゃあ徳川幕府の政令を充実に執行したはずの直轄領や親藩・譜代大名が統治した地域に○○が多いのかと言うとこれが全然そうではなく、むしろ外様大名が治めた土地や朝廷とゆかりのある地域の方が○○人口率が高いのである。

四番目は古墳との地理的重複である。円墳、方墳、前方後円墳など日本各地には色んな古墳があって、形状によって渡来人系とか原住民系といった違いがあるのだが、大きさや年代、形状如何を問わず古墳と○○の分布図はかなり一致するのだ。ちなみに日本で古墳造成が急激に減っていったのは蘇我入鹿が殺害された乙巳の変(645年)あたりである。





最後は○○の昔の地名に使われる漢字に特殊なモノが多い事だ。これは水の出が悪いとか地形の悪さを表す、あるいは死体を投げ込む場所を表す漢字などだが(特定しやすいので記述は避ける)、その他に「櫛」や「須加」という特定の古代豪族との関係がありそうな、あるいは「垣」や「(発音で)さく」「別」「散」「囲」といった何かを囲い込む、隔離する状態を表す文字がやたらと多いのである。

○○の発生は実は徳川時代ではなく中世であると言う説は筆者も聞いた事があって、それは仏教の布教により死の穢れに触れる仕事をしている人間たち、あるいは農業や漁業といった常民の枠組みに属さない浮遊民が社会ヒエラルキーの外に追い出されてしまい、それが後年○○という階層になったのだ・・という説明に筆者は長らく納得していたのだ。

しかし今回この資料に出て来た特殊な漢字や古墳との分布の重なりを知ってからは、筆者は中世よりもずっとそれ以前、つまり古墳時代と大化の改新あたりの時代に○○の起源があるのではないか?と思えてきたのだ。そしてもしそうだとすると、実は○○に関して誰もが感じるある率直な疑問が実にすんなりと解けるのだ。(続く)






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説明するのが面倒な日本の象徴

日本に興味を持つ外国人と話をしていて質問される度に「まいったなあ」と思うのは天皇に関する事である。ヨーロッパ人なんかだと日本人はみんな天皇信者だと思っているから、この自分たちの理解の範囲外にいる日本独自の存在についてかなり無邪気な感覚で質問してくるのだ。

筆者は親切な人間だからわかる範囲で説明するのだけれども、一番困るのは「なぜキングでなくエンペラーなのか?」という素朴な質問で、これは皇帝の定義について日本と外国ではかなり理解の違いがある事と、話が進むと宗教とか世界観の話にまで進んでしまうためやたらと面倒なことになってしまうのである。

日本では皇帝(エンペラー)とは沢山いる王(キング)の上に立つ存在、つまり島津家とか伊達家ら地方王権(キングダム)の親玉、王の中の王の事である!がという説明がされてるけれども、この理解だけで外国人に対して日本の天皇を語るとどえらい恥をかくことになる。





皇帝(エンペラー)とはバチカンなり東方正教会、あるいはイスラム教、もしくは中華思想といった1つの宗教、1つの世界観、1つの普遍的正義から「地上の統治者」として任命された人間への称号なのだ。日本では京都の天皇から征夷大将軍の役職を与えられた人間が武家の頭領として認められるのと同じである。

例えばフランスのルイ王朝はヨーロッパでも抜きんでた軍事力と経済力を持っていたのにも関わらず王(キング)止まりだったのは、ハプスブルグ家というライバルが同じ世界観(カトリック)の中にいて、法王はこっちのほうを「地の統治者」と任命していたからであり、極端な話カトリックが権力的にはうんと格下のボヘミア王を統治者認定すれば皇帝(エンペラー)になってしまうのだ。

カトリックは神聖ローマ帝国皇帝からハプスブルグ家やナポレオン、東方教会は東ローマ皇帝からロシアの皇帝家、中国の場合はちょっとヨーロッパとは違うが明や清の代表者というように各宗教は統治者を一人だけ選び、その人物が神のお墨付きをいただいた行政官として信者たちがいる世界に君臨している・・、これが皇帝(エンペラー)なのである。





さて外国人の目から見ると日本は仏教国で、仏教の総主教が日本の王様を皇帝に任命したなんて話は聞いた事が無いから「日本のエンペラーは実際はキングなのではないか?」などと言い出し始めるので、いやいや日本には神道という独自の宗教がありまして、イングランド国教会のうける英国王と同じ様な立場の・・などと説明するのだが、ここで議論が進むとまた壁にぶつかるのだ。

神道には創造主の概念が無いからである。一神教の場合はこの世の全てのモノを作った絶対なる存在、何が何でも正しいお方がいらっしゃって、皇帝はその創造主から御免状をいただいた人間だからこの世の統治権がある!というセオリーなのだが、「ところで神道はこの世の創造をどう説明しているのか?」と聞かれてしまうと・・・空白なのだ。

「いや、日本のエンペラーというのは自分でそう名乗っているだけで、国際的な定義だとキングですね!」とすっかり降参してしまう筆者。日本の近代化のために天皇を引っ張り出した明治の元勲達の慧眼には感服するが、もうちょっと神学上の定義をファナティックではなくプラクティカルに設定してほしかった・・とつくづく思ってしまう。






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タバコを吸う夢

筆者は高校生の時から都合30年タバコを毎日2箱を吸い続けたヘビースモーカーで、ブリンクマン指数だととっくに肺の病気でおっ死んでいてもおかしくないのだが、5年前にノドの異常で病院に駆け込んだら医者から「酷使しすぎでもう限界だよ」と言われてしまい、そこで禁煙に踏み切ったおかげで今のところ何とか生きながらえているのである。

それまではニコチンパッチにニコレットガムなど色んな禁煙アイテムを試したが結局どれも長続きせず、最後の方はニコチンガムとタバコを併用して二倍のニコチンを摂取する体たらくになっていたので、筆者の身を案じた香港人から聞いた中国の昔ながらの方法を試してみたのだ。

濃いお茶を飲むのである。茶碗にポーレイ茶(北京語だとプーアル茶)のティーパックを5袋くらい入れて熱湯をぶっかけ、真っ黒くなった茶をオフィスや家の中のあちこちに置いておくのだ。そして「タバコ吸いたいよぉ~」という願望が始まった途端にサッと飲むとボヤ段階で一時的に収まるのである(外出先ではお茶っ葉を舐める、食うで乗り切った)。

カフェインはニコチンの代替成分足り得ないじゃないか!と言う意見もあるだろうが、筆者の場合タバコを吸いたい!という症状は喉の疼きが顕著で(これが一服するまで継続する)、濃いお茶はこの疼きだけは綺麗に抑えてくれるのだ。でもまあその後襲ってくる体全体のアンビバレント風な感じはどうしようもないんだけどね。

それでもまあ地獄の1週間を過ぎてなんとか禁断症状は半分くらいに収まったのだけど、困ったのはタバコが夢に出てくることで、中国人客から「まあ一本どうぞ」と勧められたタバコを吸ってしまい、あっ!しまった!これで元の木阿弥に!なんて激しく後悔している処で目が覚めるのだ。





そして禁煙から3カ月も経つと肉体的欲求は完全に無くなり、2年くらいはバーとかでタバコを吸っている客がいると「いい香りだなぁ・・」と感じていたのも3年目からは煙に触れるのもイヤになり、現在は女房及びその他訪問者には「タバコは部屋の外に出て吸え!」と命じるまでになったのだ。

ところが夢の方はというと今でも定期的に見ていて、一昨夜など飲み屋で新旧混合の友人たちと一緒に紫煙をくゆらせていて、そして突然思い出したように「あっ!しまった!」と叫んだところで目が覚めたのである。これは古い記憶を整理しているのか、それとも自分の潜在願望を表しているのか・・もしくはその両方だろう。

禁煙関連のウェブサイトには夢の中でタバコを勧められてもきっぱり断ればその人は「脳も体もニコチンを拒絶した=卒煙した」と診断されると書いてあったので、筆者の場合は脳がまだタバコの快感を覚えていると言うことらしい。でもこの「覚えている」というのは快感だけなのかね・・とちょっと反論したくなる。

高校時代に新宿・歌舞伎町のディスコで吸ったセブンスターから、会社帰りに良く立ち寄った銀座のキーラーゴというバーで吸ったマルボロライト、香港の夜総会で美女と一緒に燻らせたコイーバのロブストに非喫煙者だった女房にタバコの味を覚えさせたことなど、タバコは筆者の人生の中に彩を与える名脇役だった。

だから筆者が夢でタバコを吸っているのはシャブ中みたいに禁断症状を起こしているのではなく、楽しい思い出を走馬灯のように映写することで現在のくだらない境遇を慰めようとしているのであり、特にスタンダードジャズの流れるバーでスコッチを呑みながらの紫煙を肺に入れた時の快感と言ったらそりゃもう・・・・・。

やっぱりまだ卒煙できてないらしい。






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