日本に研修に来た未来のリーダー

京都に滞在していた5月のある日、女房が「同じ町の出身者から突然日本のKARASAKIにいる!と連絡が入ったの。今日会いたいんだけど?」と言い出した。へえ、リサール州のあの田舎町の出身者が日本旅行ねえ・・。そりゃ構わんがKARASAKIってどこだ?と調べたら、琵琶湖の東側、ソープランドで有名な雄琴より手前に唐崎という駅があるのを見つけた。

「日本政府に招待されまして。7月上旬まで研修を受ける予定なんですよ」とにこやかに話すディンド。彼は三十代半ばの男性で、女房の故郷のバランガイ(フィリピンの最低行政単位で日本なら村あたりに相当)のキャプテンを10年以上勤めた後、現在は州(もう二つ大きい行政単位で日本なら県)の上から数えて一桁くらいの立場にいるそうなのだが・・。それが何で日本に?とさっぱり解せなかった。

日本と違って外国の自治体や企業は中長期の研修には結構熱心だからフィリピンが同じ事をしてもおかしくは無いのだが、それが日本、それも全国市町村国際文化研修所(JIAM)なる全然聞いたこともない施設に送り込まれて教育を受けている・・という事が筆者の理解の外にあったのである。

ブラジルやメキシコからも生徒が来てるんだけど、フィリピンからは僕とベンゲット州の女性の二人が選ばれたんだ!というディンドに「一体アンタらは何を学んでいるのか?」と聞いたら、地方行政や福祉サービスなど実践的なレクチャーなのだという。ちなみに講師は自分たちと同じ日本人公務員だそうである。





そう聞いても「あんなダメな公務員が他国の人間を教えられるのか?」と皆さん疑問に思うだろうが(筆者もそうなんだけど・・)、目の前にいる人に「そりゃアンタ無駄な勉強しているね」と言う訳にも行かないから黙って聞いていたのだが、しかしディンドの話だと同級生たちには大変好評だと言うのである。

ディンドからは案の定学業のレベルの高さについては話が全然出てこなかったけれど、日本の社会資本の整備の高さと清潔さ、治安の良さ、それと人々の礼儀高さはまさに驚嘆すべきもので、授業の合間には同級生たちと「いやー!この国にこのまま居続けたいね!」と会話を交わすなど急速に親日派が醸成されているそうなのだ。

へえ、そうなの・・と納得する筆者。第二次大戦後の冷戦期にアメリカは膨大な西側諸国の人間をニューヨークやグランド・キャニオン、NASAの施設に招待して自国の優位性のアピールに勤めてきたが(同時期にソ連と中国も同じことをやっていた)、それに比べるとスケールは遥かに小さいものの日本も同じことをしていた・・と聞いて安心したのである。

と、ここまでは良かったのだが、しかしディンドの話では唐崎というのはとんでもない田舎であり、周りに何にもないから敷設の食堂でメシを食った後はみんな部屋に戻ってゲームするくらいしかやる事が無いのだ・・と聞いてため息が出てしまった。(実際はJR湖西線に乗れば15分で京都、1時間で大阪まで出て来られるのだが、やはりというか電車は外国人にとってはハードルが高いらしい)





それを聞いたときに「こういうところが日本がダメなんだ!」と舌打ちしてしまった。教育みたいな立派なことにはカネはかけるが、対象者の食事や娯楽の範囲になると突然ケチ根性、あるいは日本人特有の製品さが頭をもたげてしまうのである。実際筆者のいた会社でも日本での研修後の味気無さについては不評だったが、ディンドらは将来のリーダーにcであり日本政府にとっては親日派の育成というもっと重要な目的があるではないか。

日本の学位は海外では通用しないし、プラグマティズム大国アメリカの大学並みの教育は期待出来ないんだから、だったら3か月とか半年の短期研修に絞り、かつ場所もせめて市内にある京都大学とか、或いは東京・秋葉原や大阪・道頓堀といった観光スポットに場所を借り、毎日5千円渡して夕食くらい自分たちの好きなものを食わせるべきであろう。

私は○○国が好きでしてね!という人の話に耳を傾けると、たいていは行きつけのカフェやレストラン、毎日顔を会わせる新聞売りのオバちゃんに店先で寝ているネコといった何気ない日常の記憶と強く結びついているものである。だから外国人を受け入れる側としてはそういう演出をするのが大事なのに、残念ながら日本のお役人はそこまで気が回らないらしい。

ありがとう!久しぶりに美味い料理を食べたよ!と河原町通のごく普通のイタリア料理を称賛するディンド。もちろんお世辞だろうが、帰りにコンビニでドーナツやサンドイッチをビックリするほど買っていったところを見ると、滞在先の寮の食堂は相当口に合わないようだ。親日派を醸成するならまずはこういう点から気を回さないとね。






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不味いウィスキーが蔓延する国

一週間ほど前にエド叔父さんと義弟アベット、それと義弟の友人の3人が我が家に来たので、成田の免税店で買ったシーバス・リーガルを供したところ、これが余りにも美味いので全員ビックリしてしまった。香りのすばらしさ、豊潤さ、のど越しのまろやかさ、そして酔いの心地良さのいずれもが普段飲んでるウィスキーとは格段に違うのだ。

「これは30年モノか?」という義弟に「いや、シーバスの中では一番安い12年モノだ」と答えると一同「そんなことは無い!」と言い始る。確かに同じ12年でも筆者がいつも買ってくるジョニーウォーカー・ブラックラベル(ジョニ黒)とは明らかにレベルが違うのだから、彼らが疑うのも無理はない。実際いくら飲んでも悪酔いしないのだ。

昨年のクリスマスにはジョニ黒1リットルボトルを呑んだのだが、4人で1本空けたあたりで急に悪酔いし始め、そのまま寝ころんだら翌朝になっていた経験があるのだが、その時は「俺も随分と酒に弱くなったもんだな」とわが身を嘆いたのだ。まあ齢五十になったし中性脂肪やコルステロールに尿酸値とどれもが基準外なのだからある意味自業自得である。

ところが日本でニッカの余市を一人呑みしたときは700mlボトルを半分呑んでもシラフのままでいるのに驚いてしまい、そして日本の免税店で買ったシーバスも一人当たりボトル半分呑んでも心地良い酔いにかな~り上機嫌でいるのだ。つまり筆者の肝臓は別段弱くなったわけではないのだ。

「ジョニーウォーカーがダメなんじゃないか!」と言うエド叔父さん。確かにSMとかロビンソン、ピュアゴールドなんて大手チェーン店だとジョニ黒1リットル瓶で999ペソ(2200円)なんてやけに安く売られているから、前から「変だなぁ」と思っていたのである。

ウィスキー好きな芸人タモリの話だと、蒸留酒とはいえ樽によって出来上がりの良し悪しのバラツキあるそうだし、輸出先の法律に合わせて防腐剤や添加物を増やす会社もあるそうだから、おそらくジョニーウォーカー社は一番ダメなグレードの品をフィリピンに回しているんじゃないか・・と思えてきたのである。





それとサントリーに勤めていた大学の先輩によると、80年代か90年初頭に代理店契約を結んだアイルランドかどこかのウィスキーが大手酒販店から突っ返されてしまったのだが、味見をしてみたら確かにこれが全部マズくてどうしようもない代物に・・。なんと真夏にコンテナ船で何十日もかけてインド洋を移送したために熱ですっかり変化してしまったのだそうだ。

「インド洋航路のコンテナの中はサウナみたいになってるよ」と船乗りだったアベットの友人が言うや、確かにあんな安い値で売られてるジョニ黒がまともな輸送方式で運ばれたはずも無いな・・と納得する酒飲み4人組。それで今後一切ジョニ黒はやめてシーバスに切り替えようじゃないか!と言うと「だったら今から一本買おうじゃないか!」とエド叔父さんが言い出した。

筆者が日本から運んだシーバスは700ml入りの2本で、この段階ですでに2本目のボトルの四分の一ほどしか残ってない状態だったのだが、我々4人は俄然元気のままで、多少酔いが回っているとは言えこのまま社交ダンスでも始めそうななほど意気揚々としていたのだ。

ところが・・。アベットの友人に近くのロビンソンまで買いに走らせたシーバス12年1500ペソ也(3300円)の封を開けたら・・、「これはまったく別種の液体です」と名乗っているかのような粗悪な味が口の中に広がりはじめ、一同「ん?」と顔を見合わせてしまったのである。

まあオレたちゃ十分酔ってるからな!とお互い慰めあって本日3本目のシーバスを呑み続けたのだが、次第に口数が少なくなっていき、15分後にはエド叔父さんが「酔いが回ったので横になるよ」と場を辞してしまい、残り3人も胸やけがし始めてボトル半分残したままお開きになってしまったのである。

フィリピンじゃジョニー・ウォーカーだけでなくシーバスもダメだったのだ。となるとジャック・ダニエルやヘネシーなんかも全部同じなのだろうが、しかしこの味の違いって輸送時の熱による変化だけなんだろうか?と疑問に思えてきた。つまり粗悪な添加物どころかひょっとして全部ニセモノとかね・・。どなたか事情をご存知だったら教えていただきたい。






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ラ・ウニオンまでパスポート更新の旅

一昨日のこと、筆者ら夫妻は従弟ジャネルの運転する車で一路ラ・ウニオン州のサンフェルナンド市へと向かった。出発したのは朝7時前で、グーグルマップによると片道5時間弱の旅のはずなのだが、実際に到着したのは予約時間の10分前である午後3時50分、実に9時間の旅となってしまった。

一体どうしてこんな北方の僻地まで来たのか?というと、それはこの地にあるフィリピン外務省パスポート発行オフィス(DFA)でパスポート更新手続きをするからで、たとえばアナタのフィリピン人奥方が「あら!パスポートが切れちゃうわ!」と本日7月20日に気が付いた場合、最短の予約(書類等を用意して窓口に更新申請する日)がいつになるか・・と言うと、

マニラ首都圏 10月11日午前8時
アンヘレス  10月12日午前9時半
バギオ    9月25日正午
セブ     10月30日まで空き無し、それ以降も一切見通し立たず
ダバオ    9月4日10時

になってしまうのだ・・。いかがだろう?これロスに住んでいる実母が緊急入院してしまった!なんてケースでは死に目に会う事は100%諦めたほうが良さそうな混雑ぶりである。そして女房もまさかこんな状況だとは知らずに悠長にしていたからすっかり慌ててしまったわけで、結局6月末の段階で陸路で行ける地域内で一番空いていたラ・ウニオンのDFA事務所に予約を入れたのだ。





さて女房は午後4時の組に予約を入れていたのだが、DFA事務所外の廊下に設けられたボックスには午後3時の組の連中があふれていて、思った通り作業遅れのためしばらく待てと言われてしまった。それでヒマなのでラ・ウニオンまでついてきた従妹フィリンと一緒に廊下で時間をつぶしていたのだが、同じ4時組の人達と話すと実に9割の人間は筆者ら同様マニラ首都圏の在住者である。

しかしそれにしても遅い・・。1つの組は50人くらいのユニットになっていて、ガラス越しに見える空港のチェックインカウンター風の窓口は6つあるから、仮に1人5分かかるとしても1時間に72人捌けるはず・・。ところが大人数がどんどん後へ後へとずれ込んでいるという事は、なんか中では非常に難しい作業をしているのでは?と思えてきたのだ。

「過去のデータと照合してるのかしら?」「いや、奥の部屋で面接でもしてるんじゃないか?」と話し合う筆者と従妹フィリン。やがて女房ら午後4時予約組が1時間遅れでついにDFA事務所内へと入ったのだが、ここからがまた長いらしくて、待合ボックスを警備している職員が「1時間以上かかるからアンタら下のカフェテリアに行ったほうが良いぞ」と忠告してきた。

それで従妹フィリン、従弟ジャネル、それとエド叔父さんと一緒にカフェテリアへと行き、今回女房が用意した①古いパスポート、②出生証明書(Birth Certificate)、③結婚証明書(Marriage Contract)、④無犯罪証明書(NBI国家警察発行)、⑤TINカード(BIR国家歳入庁発行)、⑥パスポート更新申請書、それと⑦予約回答のゼロックスコピー、など話をしたのだが、そこでジャネルが気になる事を言い出したのだ。





各証明書&書類に記載された住所に違いがあるのはマズいんじゃないか‥と言うのである。これは筆者ら夫妻は移住当初はリサール州タイタイ市に住んでいて、その後マニラ首都圏のパッシグ市に引っ越したという証明書発行時の住処の違い、というよりも住所変更手続きをしていない事が原因なのだが、「それは多分申請拒否されるんじゃないかな・・」と言うのである。

なんでも3年前サウジアラビアに出稼ぎに行った際に書類上の住所の違いでさんざんトラブった経験があるらしい。「フィリピン外務省(DFA)というのは役所の中で最も書類の適合性に拘るんだよ・・」と力説するジャネルの顔の表情にはかなり説得力があったが、だけどそれほど住所にこだわるのだったらマニラ首都圏民のパスポート更新をこんな北部の地方都市で受け入れてること自体なんか変じゃないか・・。

しかし筆者だってこれまでフィリピン行政システムのダメさをさんざん見てきたから、こりゃ今回はすごすご退散することになるかな・・と覚悟をしたが(次回最短の予約が取れるのはパラワン島のプエルト・プリンセサであることを確認した)、そこへ女房から「今終わったわよ!」という電話が入った。時刻は午後6時。予定からちょうど1時間遅れである。

で、一体どんな手続きをしたんだ?とカフェテリアに降りてきた女房に聞いたら、「いや、特に変わったことは無いんだけど・・」と言って説明し始める女房。なんでも最初に前述の①から⑦の書類やカードの記載漏れがないかの「書類チェック」があり、そのあと「写真撮影」と「指紋押捺(スキャナー)」、それと「サイン登録」の4つだったのだそうだ。





「住所の違いでなんか言われなかった?」と聞いたが、別になんにも言われないし、というかそれ以前に気にも留めてない様子だったわよ・・という女房。なんだよ!ジャネルの野郎め!脅かしやがって!と思ったが、しかし女房の言った「書類チェック」から「サイン」までの作業を脳内で反芻しているうちに・・・、たったそれだけ?という違和感が強まっていったのだ。

そんな簡単な作業のためだけにフィリピン人はパスポート更新をこんなに長く待っているのか?。これがパスポート本体の素材が非常に特殊な上に製造設備がぶっ壊れてしまったとか言うならまだ理解できるけれども、大学生のアルバイトでも出来そうな簡単な作業がボトルネック化しているからである・・というのは全然解せないではないか。

もしくは機密上の理由から外部の人間は臨時には雇えない!とDFAが言い張ったとしても、なら比較的空いてる地方事務所の専門職員をマニラやセブに長期出張させて混雑解消を図れば良いではないか!と筆者は怒ってきたのだが、残念ながらフィリピンのお役所には駅前のコンビニでもできる人事シフトの発想がハナから無いのが実情である。

なのでフィリピン人の奥方をお持ちの方は、年のために奥さんのパスポートの有効期限をチェックし、切り替え申請タイミングの3か月前になったら取り合えずDFAのウェブサイトで申請予約をしておくことをお勧めしたい。なおパスポート本体はDFAでの手続き後2週間と申請とは違って案外と早いタイミングで出来上がること(郵送可)も付け加えておく。






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臭い女は臭いオカズを好む

日曜日の昼下がり、自室で動画サイトを見ていたら廊下から変な臭いが漂ってきた。ちょっと筆者の稚拙な語彙ではうまく説明できないが、何かの発酵食品を質の悪い脂で炒めたようなイヤ~な臭いである。

おい!なんか変臭いぞ!とキッチンへと向かうと、そこにいたのオルティガスでOLをしている女房の姪イナで、食卓に座って何やら変な色をしたチャーハン状のモノを食い始めたところだったのである。

臭気はここから漂ってくる・・。そう確信した筆者は「オマエは何を食べてるのか?」と聞いたところ、えっ?日本料理だけど?と変なことを言い出した。バカも休み休み言え!こんな臭いがするメシが日本にあるか!と言い返したら、イナは冷蔵庫の扉を開いて中から目的の品を取り出したのだ。

それはカニみそだった。カニみその手巻き寿司が好きな女房が最後に滞在した横浜のデパートで何本か買い求めたのだが、イナはこのカニみそをオイスターソースか何かと一緒に混ぜてチャーハンを作ってやがったのだ。





以前の日記にも書いたが、イナは外見上はそこそこ美人なものの靴を脱ぐとあたり一帯にムワ~ンとした汚臭をまき散らす足臭女で、これはどうも足の裏が月のクレーター状に凸凹になる皮膚病が原因なようなのだが、こいつは足だけじゃなく食い物まで第三者を不快にさせる悪臭生物なのか!と唖然としてしまったのである。

こいつの食生活を思い返したら、アラマンとかバグオンという臭い発酵食品をご飯にかけたものが好きだとか、臭みの強い魚の干物、それに賞味期限の切れたウニのスパゲティソースを食って「前よりも美味しい!」と言うなど癖の強い、臭い食い物が好きだった事を思い出した。

そうか・・臭い女は臭いものが好きなんだな・・と今更ながら納得してしまう筆者。そう言えばアソコがあまりに臭くて思わず反吐を吐きそうになったジョセフィンも、初めて食べた日本料理の中では特にイカの塩辛を絶賛していたっけ・・。

そこで突然「イナのあそこも相当・・」という疑念が脳裏に浮かんだ。なるほど今まで何度か男を家に連れてきたけど、3か月も続かなかったのはそういう理由か・・と、臭気の漂うキッチンで変な色をしたチャーハンを美味そうに頬張るイナの姿を見るにつけ、筆者はその思いがますます強くなっていった。






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曰くつきのラーメン屋

以前の日記で「5年も未更新なのに何故かランキング上位にいる不思議なブログ」の事を書いたことがある。これは北海道在住の通称サムタなる人物がご自身の訪比記録を綴った「マニラPhotoバージン」というブログなのだが、この日記をアップしたところ翌日「これは曰くつきのブログだから近寄るな!」とのコメントを頂いてびっくりしたのだ。

曰くつき・・なんか事故物件みたいなすごいブログである。しかし意味がいまいち判じかねた筆者はこのサムタ氏について検索してみたところ・・・これがまあ凄いのだ。2チャンの海外掲示板や「寒汰物語」というウェブサイトに書き込まれた罵詈雑言の羅列に唖然としたのである。

筆者はフィリピンでは日本人との付き合いは一切避けているし、それにサムタ氏が出没するマラテ・パサイ地区には一切立ち寄らないので彼を取り巻く事情は全く把握してないのだが、一体全体この人はどうしてここまで迫害されるものなのか?と思うほどの彼の悪行が難渋何百ページにもわたって書き込まれているのだ(詳しくは寒汰物語を参照してほしい)。

で・・オカルトマニアで生来怖いもの好きの筆者はこのサムタ氏に会ってみるかな?と思ったのである。日本旅行の際に釧路平原を見たい!と女房が言っていたので、暇な時間を見つけてサムタ氏の営む釧路市内の海皇なるラーメン屋へと出向き、単なる客を装ってさりげなく会話を試みてみよう・・と思ったのである。

それで釧路到着のその日、昼寝している女房を残して駅前のホテルから歩いてサムタ氏のラーメン屋へと向かったのだが、地図上ではほんの近くにあるように見えたものの北海道の1ブロックというのは途轍もなく広いもので、結局小一時間もかかってやっと店のある愛国地区へとたどり着いたのだが、しかしそこで思わぬ不運に見舞われたのだ。

店の前に停めてあったレガシーがちょうどブオン!と音を立てて走り去ったところだったのだ。寒汰物語をくまなく読んだ筆者はサムタ氏がこの車に乗っていることを知っており、どうやら間が悪いことにちょうど行き違いになってしまったようである。時刻は午後5時。あたりには小雨が降り始めていた。

しょうがねえな・・。サムタ氏には会えないけどラーメンだけは食ってくか・・と思った筆者はとりあえず店の写真を撮ろうと通りの反対側からケータイのシャッターを切ったのだが、さて店のドアを開けると(客は誰もいなかった)四十代と思しき店のオバちゃんから「あなた今シャシン撮りましたよね!」と第一声をかけられたのだ。





へ?ええ撮りましたけど・・。それが何か?と答えたのだが、そのオバちゃん二人の表情を見たときに筆者は彼女らが尋常じゃない警戒モードにいることを悟ったのだ。ちょっと筆者のつたない文章力ではうまく伝えられないが、交番のポスターに張られた重要指名手配犯が店に入ってきたとの同じ恐怖の反応・・と思っていただくと良いと思う。

あなたは誰なんですか!何が目的なんですか!と目をカッと見開いて詰問するオバちゃん。しまったな・・、こりゃ相当疑心暗鬼になってるぞ・・、と心底この店に入ったことを後悔したが、しかしここで引き返すと後ろから追いかけられそうなので「訪れた店をフェイスブックにアップするのが趣味な東京人」と自己紹介したのである。

もちろんいったん高まった警戒モードは容易に落ちることはなく、オバちゃん二人が発するもの凄い重圧を受けながらまんじりともせずに出てきた豚骨ラーメンを食ったのだが、あの~気に障ったのなら謝りますが、ひょっとしてヤクザにでも脅されてるんですか?とのピントのズレた一言を言ったらオバちゃんの態度が微妙に変わった。

実はね・・と相変わらず表情は強張っているものの話を始めるオバちゃん。その話の節々から彼らはプライバシー侵害にさらされて重大な精神被害を受けている節が伺えたのだが、実はウェブサイトを隅から隅まで眺めたことで事情に通じている筆者はもちろん「そうですねえ」なんてことは言えるはずも無い・・。

競合他社の嫌がらせですか・・。うちの業界でも似たようなことが・・と相槌を言ったら、オバちゃんはカッと目を見開きながら「そうじゃないのよ!あたし達が直面しているのは・・」とだけ言って途中で言葉を詰まらす・・。その只ならぬ雰囲気に筆者はすっかりいたたまれなくなってしまったのだ。

まあ火のないところに煙は立たずという言葉がある通り、サムタ氏自身が叩かれるのは仕方ないのだろうが、しかし痰案る従業員のオバちゃんたちまでもがここまで被害妄想に悩まされてしまうとは・・。一体どんなことが起きているんだろう・・。

さて肝心のラーメンの味の方だが、食べログ等で徹底的にこき下ろされているのとは裏腹に出汁のしっかり感は幾分薄いものの案外と旨かったことを付け加えておく。よって釧路を訪れた際はこの店でラーメンを食うのは悪くはないと思うが、ただしくれぐれも店の写真を撮ってオバちゃんたちを深い疑念に陥れないようご注意を。






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Author by ほにょ / 全記事一覧 / 次のページ / ページトップ
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