奢るくらいなら金返せ!

今回の香港マカオ旅行でほぼ毎日のように会ったのは女房の旧友ノエミーと従妹ボーヤである。香港在住のノエミーは出稼ぎ家政婦歴25年の古株で、筆者ら夫妻が香港にいた頃にはほぼ毎週のように我が家に遊びに来ていた仲であり、一方ボーヤは昨年からマカオのホテルで働き始めたばかりである。

で、今回筆者はこの二人と出会ったら「金を返せ!」と言うつもりでいたのだ。ノエミーの場合は昨年フィリピンに里帰りした際に2万ペソ(4.4万円)、ボーヤの場合は3年前に亡くなった父親の葬儀代を同じく2万ペソ用立てたのだが、分割払いの最初の一回だけ返しただけで後はなしのつぶてになっているのだ。

ただし貸したのは女房だから筆者がしゃしゃり出てくる必要はないのかもしれないが、しかしこうした事を曖昧にしておくのは嫌いな性分なのだ。相手が色んな理由を付けようとも、また子供が病気とか会社が倒産したなんて事であろうとも借りた金を返さないという事は舐められているのと同じではないか。

それでこの両名と出会ってから筆者は用件を切り出すタイミングを伺っていたのだが、しかし最初の晩に入ったレストランでこの二人が「今日はあたしが払うわ!」と言って請求書を自分の方に引き寄せるのを見た時に驚いてしまった。ちなみにこの二人に奢られた事など今までただの一度も無かったし、しかも彼らの給料から察するにその請求書には結構な額が書いてあるのだ。

参ったなあ・・切り出すタイミングを逸しちまった!と悔やむ筆者。しかし向こうが感情を持ったことで「舐められている!」という怒りの感情は幾分収まってしまい、その後彼らに督促する勢いはちょっとばかり削がれてしまったのだけれど、さてそろそろお別れの時期になったぞ‥という段階になるや・・お土産をくれたのだ。





ボーヤのお土産は未払い残金の百分の一にも満たないチャチな品だったが、ノエミーがくれたのは乾燥ホタテ貝柱や乾燥シイタケ、薬膳スープの材料にマニラじゃ絶対に手の入らない中国野菜、それも膨大な量なのである。これ買ったら幾らするんだろう・・ともともと営業マンの筆者は頭の中で計算してしまう・・。

「借金の件だけど、二人とも今返せないからゴメン!って何度も謝ってたのよ」と帰りの機内で女房が話し始めたが、しかし筆者の頭の中では「だったら奢りも土産も要らないからカネ返せよな!」というセリフがリフレインする。日本人だとまず何よりも負債をクリアにするのが先だけれど、この感覚はフィリピン人には無いのである。

申し訳ないと思うから奢る、土産を渡す、何も無ければ部屋の掃除をするなど、カネ以外の形でお返しをするのが(筆者には納得できないが)彼らなりの美徳なのだ。まあ中には借りた金を返さない上に娘の病院代を払ってくれ!なんて申し出てくる厚かましいフィリピン人もいるから、この二人はまだ上等な方だ。

まあノエミーの場合は働いている豪邸にタダで泊めてもらった宿泊費も考えると貸し借りはおおむねゼロになるから棒引きはしないまでも請求の手は緩めるが、ボーヤの場合は最後の段になったら体で返してもらうか・・。ただアイツの場合は言い寄ってくる男なら誰でも股開くから貨幣には換算出来ないな・・などと算段する筆者。

以前の日記にも書いたがフィリピン人に金を貸すとまず返してくることは無いので、相手がどんな迫真の表情で助けを求めてきても首を縦に振るべきではないが、不運にも貸してしまった場合は「カネ返さないならメシ奢れ!」とか「土産寄こせ!」「股開け!」と他の物品で代替させることで回収は諦めることをお勧めする。それにそうしないとストレスたまりっぱなしだよ。






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テロの女王の素顔

日本人が外国の組織にスパイとして使われていても当の方人は捨て駒にされている自覚がないケースは結構多いようだ。公安調査庁の元幹部によると大部分のスパイは運悪く敵国につかまって拷問を受ける段になっても仲間は必ず助けに来てくれる!と固く信じていて、ついに死刑台に立たされても「自分は大義のために殉教者になるのだ!」と思い込んでいる人間が大半らしい。

どの国にも自己の犠牲もいとわずに理想に向かって突き進む青年がいるものだが、不幸なことに彼らは周りが良く見えないタイプが多いため、結局は第三者に良いように利用されて使い捨てにされる結末が待っているのだが、こうした哀れな犠牲者を自らの手で生み出しながらも、実態とはアベコベの自らの神話を作り上げて名声を手にした女がいるので今日の日記で紹介したい。

重信房子である。元赤軍派の幹部で、組織が一斉検挙され壊滅状態に陥った際にパレスチナに渡り日本赤軍(便宜上ここではアラブ赤軍と呼ぶ)を結成。アラファトと袂をわかったパレスチナ解放人民戦線(PFLP)に合流してテルアビブ空港乱射事件、ハーグ事件、クアラルンプール事件、ダッカ日航機ハイジャック事件など世界に衝撃を与えたテロ事件の首謀者、1970年代の国際テロリズム運動の女王である。

実は恥ずかしながら筆者は子供の時分より重信房子はカッコよい!と思っていたのだ。北朝鮮に逃げたよど号赤軍派はなんだか不気味な存在だし、他派と合流して連合赤軍になった森恒夫ら国内残留組は同志十数人を殺した単なる犯罪者に堕してしまったのに対し、重信房子は狭い日本を飛び出した国際派で(この単語に弱い)、誰がどう見たってパレスチナ問題はイスラエル側に非があるのだ。





だから筆者の中では重信房子は日本の極左活動家の中ではある種別格の人物で、2000年に大阪で逮捕された時にテレビカメラに向かって手錠をかけられた手を差し出した時にも思わず「重信!負けるなよ!」とテレビ画面に向かって叫んでしまったのだが、しかしその後この女の真の姿を知って思い切り幻滅してしまったのである。

アラブ赤軍のメンバーだった和光晴生の著作を買って読んでみたところ「重信房子の実像はPFLPのリクルーターでしかない」と書かれてあったのだ。多くの日本人は「アラブ赤軍はPFLP作戦司令部と共闘している独立組織であり、重信はその部隊のリーダーである」とイメージしているが、実はそうでは無いというのである。

詳しく説明すると長くなるので要約するが、日本国内の赤軍派が壊滅し幹部たちが四散した時に重信房子と名義上の夫奥平剛士(後にテルアビブ空港で射殺され死亡)はパレスチナに渡り、ベカー高原の軍事訓練キャンプに本拠にテロ部隊を結成したのは事実だけれど、そのころ重信だけはベイルートにあるPFLPの本部に勤務して日本人テロリストを募集する係を務めていたと書いてあるのだ。

当時のPFLPは自分たちの運動に外国人が馳せ参じたのだ!国際的な賛同を得ているのだ!だから我々には大義があるのだ!と世界中に喧伝するため、カミカゼ精神の持ち主で従順で騙しやすい日本人をリクルートして自殺テロを起こさせることにしたのだ。どうもPFLPは60年代の終わりから国内残留組の森恒夫にもアプローチをしていたようなのだが、重信はこの話に乗ったのである。





パレスチナとの共闘、反帝国主義闘争なんてご立派な文句を並べたてるが、はっきり言うと単に使い捨てテロリストである。そして奥平剛士と安田安之、岡本公三の3人は使い捨てされるためテルアビブ空港へ向かったわけだが、いくら名義上とは言え夫である奥平に自死を選択させながら、自分は安全なベイルートでのうのうとしていた重信の姿を知り愕然となったのだ。

和光の本には重信房子の知られざる実態がかなり細かく記述されているのだが、どうも重信はアラブ赤軍のリーダーでどころか自爆テロを発注する側、親会社PFLPの購買兼テロ企画担当者であり、多くの犠牲が予想される困難な任務に日本人メンバーたちが躊躇すると「アンタには失望したなあ!」とズべ公の様に威嚇しては死の任務へと追いやっていたそうである。

筆者の大学時代のドイツ語の女教員は「私は高校時代に岡本公三と会ったことがあるんですよ」と言って、鹿児島大学の教室で自分たち女子高生相手に世界の不公正を一生懸命説明してくれた岡本の純粋さを懐かしそうに話していたが、岡本公三の純粋さに胡坐をかいて女王気取りで浮かれていた重信の破廉恥さ鑑みると怒りを覚えてしまう。

なお現在の重信房子はガンに冒されて八王子医療刑務所に収監されているが、刑期満了は2017年とかなり先だから、どうやら囚人として人生の終焉を迎えるようなのだが・・。だけど自分が任務を与えた同志たちは体を切り裂かれて死んだというのに、この鬼ババアは暖かいベッドの上で大往生を遂げられるというのは誰がどう考えても余りにも不公平ではないだろうか。






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マカオの人肉ホテル

マカオの中心部、旧宗主国ポルトガル風情緒を色濃く残すセナド広場近くに相当古ぼけたホテルがある。新中央酒店、英語名でHOTEL CENTRALと言うこのホテルがいつごろ建築されたのかは定かではないが第二次大戦中に営業していたのは確かで、今じゃいつ崩れてもおかしくないこのホテルもその昔は毎晩マカオの紳士淑女が集って舞踏会が開催されていたのだ。

今行くとロビーには中国人売春婦が屯していて幾何かのカネを渡せば上の階にある小汚い部屋へと案内されそこで事に及べるのだが、この超一等地にあるホテルがベラヴィスタホテルのように改装されて生まれ変われなかった理由はこのホテルには幽霊がでる、それも幽霊が出て当たり前の恐ろしい歴史があるからである。

1940年代前半の地図を見ていただくとアジアは何処も戦争状態にあって、香港も日本軍の侵攻により戦乱状況に陥り、やがてイギリスの降伏後に約4年ほど占領下におかれたのだが、しかしよく目を凝らして地図を見ていただくと、この地域にポツンと戦争に巻き込まれてない都市マカオがあることに気づくはずである。

宗主国ポルトガルが連合国・枢軸国いずれにも属さない中立的態度をとったために戦争とは無縁でいられたのだ。ただアジア全体が戦争にあったわけだから当然ながら水面下では熾烈な諜報戦が繰り広げられていたのだが、そうは言っても鉄砲の玉が飛んでこない安全な地は他にない訳だから中国大陸の人間たちは大挙してマカオへ押し寄せたのだ。

わずか二十数平方キロのマカオに推定で百万人が逃げ込んだのだから超すし詰め、ウルトラ過密状態である。当然着の身着のままで逃げてきた人間は家などないから路上生活者となり、身に着けるものを全て売り払った後は女なら娼婦に身を落とし、男なら追い剥ぎや強盗で生計を立てねばならぬからマカオの治安は相当悪化してしまったらしい。





しかし上海や広州から逃げてきた富裕な商人・高級官僚たちはセナド広場界隈の瀟洒なポルトガル風住宅に居を構え、夜は着飾ってマカオ髄一のHOTEL CENTRALで享楽にふける毎日を過ごしていたのだが、1943年だか44年に軍事衝突によって中国との国境が閉鎖された際に、食料品を調達するルートが絶たれたためマカオは深刻な飢餓に襲われたのである。

20平方キロの面積に100万単位の人間を養うための農地など出来るはずも無い。それで状況は刻々と悪化したが、肝心の海からの物資搬入も港湾の水深の浅さが原因で大型船が入港できないという命的欠陥が災いして思うように捗らず、また機雷を怖がって漁師たちも船を出さないからマカオの飢餓はついに餓死者が出てくるほど深刻化してしまったのだ。

食うものがないから木でも虫でも何でも口に入れる。そこまで状況は悪化していたのに何故だかCENTRAL HOTELは毎晩煌々と電灯がともり、今までと同じように夜ごと舞踏会が開催されては豪華な食事と高級ワインが供されている・・。一体あの食料は何処から来るのだろう?という噂がマカオ中で立ち始めた。

前述の通り港には船が入らず中国との国境は封鎖されたままなのだ。ワインは樽として貯蔵されていたものがあるにせよ肉はそう保存がきくものではない。それで飢えればホテルに忍び込んで食い物を盗もうとする輩が出てくるのは当然なのだが、ある日そうした盗人の一人が通風孔の隙間からあるものを見てしまったのだ。

地下の部屋に集められた小さな子供たちである。そこは監獄の様になっていて貧乏そうな服を着た子供たちは中でじっとしていたのだが、盗人がそのまま見ていると屈強な男が降りてきてそのうちの一人をどこかへと連れて行ったのだそうだ。高級ホテルになぜか貧乏な子供たちがいて、そこでは日々豪華な肉料理が供されている・・。その意味するところは・・





あのホテルでは人肉が出されている!と気づいた盗人は大急ぎでホテルを脱出し、そのことをあちこちに触れ回っていたのだが、当時はなんと言っても飢えていたし、それに中国人にはもともと人食いの習慣があったから別に大騒ぎすることもなかったのだそうだ。それが世間で取りざたされるようになったのは戦争が終わって人々の腹が満たされるようになってかららしい。

筆者はこの話をカレンと言う同僚とチョイ女史と言う顧客から聞いたのだが、この猟奇的な出来事があまり表に出なくなってしまった理由は当時人肉を食っていたホテル利用者たちが戦後もマカオに残って政官財界の大物になっていたこと、そして自分の子供を食用に売り飛ばした親たちがまだ存命中だったからで、マカオ政庁とマスコミは彼らの事を配慮したからだそうである。

で、肝心の幽霊の話だが、夜間に大勢の子供たちが立っている、じっとこっちを見ているだけというスタンダードなものから、手がない女の子や足が片方ない女の子、あるいは目がないとか腹が裂かれて臓物が飛び出ている子供が現れたなどいくつかバリエーションがあるのだが、共通するのは場所が地下フロアで出るのは子供という2点である。

香港に比べてマカオは地味な存在なので、こうした怪奇話も日本にはあんまり伝わってこないのだが、前述のように戦争に巻き込まれていない分だけ戦前の古い建物がそのまま残されていて、このHOTEL CENTRAL以外にもマカオの目抜き通り「新馬路」の北半分から内港という旧市街には幽霊の噂がある建物がいくつも残されているのだ。

だからもしあなたがオカルト好きで、こうした惨劇の血をこの目で見てみたい!と思うのなら、迷うことなくマカオのHOTEL CENTRALにチェックインして血の滴るレアステーキを食べ、夜間に地下フロアへと足を運んでみることをお勧めする。なお犠牲者の数は諸説あるが百単位じゃ効かず、おそらく千から万単位に上るそうである。






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日本人スパイの陰で笑う異形の民

日本人スパイが中国・大連で拘束され逮捕される見通しだというニュースが流れていた。たしか数か月前にも井戸掘りボランティアがスパイ容疑で逮捕されているから、この一連の流れからは中国は日本への敵対姿勢を強めているとともに、日本にはスパイ機関があって外国で非合法情報活動を行っている!という印象を強めてしまうのだが、しかしこれをそのまま鵜呑みするのは間違いである。

確かに日本には公安調査庁と防衛省情報本部という2つの情報機関があるけれど、彼らがやっているのは衛星写真や電波、それとニュースや電話帳などオープンソースから敵対国の動向を分析したりすることで、人間を使った情報収集活動(HUMINT)は国内だけのお話で、海外ではせいぜい現地駐在ジャーナリストや企業駐在員からいくばくかのカネと引き換えに情報を貰うくらいである。

元公安調査庁の菅沼光弘氏が公言しているように、HUMINT活動は二重スパイ三重スパイが暗躍する魑魅魍魎の世界であり、予算と人を付けましたから明日からやってください!の一言で出来るような生易しいものではないだ。だから日本政府が他国の機密情報が入用になった場合はアメリカ大使館経由でCIAの情報を売っていただくケースが殆どで、ジェイムス・ボンドみたいな日本人を海外に派遣するなど夢物語も甚だしい事である。

ただし「じゃあ今回逮捕された日本人は無実なんですね?」と問われると、案外そうでもないのがスパイ問題の難しいところで、冤罪は数多くあるものの日本人スパイは案外と世の中にいて、ただし困ったのは彼らは日本政府ではなく外国勢力のために働いていることで、さらに国籍上は日本人であるけれども先祖をたどっていくと日本とは全然関係ない国にお墓があったりすることなのだ。





筆者と同じかそれ以上の年齢の方なら文世光(ムン・セガン)を覚えておいでだと思う。大阪・生野の在日朝鮮人として生まれた文世光は青年期はごくごく普通の青年だったが、ある時に朝鮮総連のオルグにひっかかって「南の傀儡政権を打倒しなければならない」という思想に取り憑かれてしまい、日本の警官を襲撃して拳銃を奪った後に韓国に渡り、朴正煕大統領を暗殺しようとして死刑になった男である。

朝鮮民族が生まれつき持っている暴力衝動や祖国という大義のために強姦・強盗・殺人など犯罪に手を染めてしまう善悪感のなさ・知能の低さについては周知の事なのでここでは議論しないけれど、1974年に朴正煕の奥方を射殺した文世光は国籍上は在日韓国人だったが、当時の保守的な両親の下にいた世代と違って今こういった直情劣等人間たちは日本に帰化して日本国籍者になっているのだ。

日本国籍を保有しない在日韓国・朝鮮人は2014年時点で50万人に上るが、1952年以降に日本に帰化した在日はのべ36万人にもなるのである。ちなみに北朝鮮に返って生き地獄を味わった在日はたったの9万人で、その4倍もの在日を日本政府は愚かにも日本人として迎え入れてしまったのだが、当然ながらこいつらはパスポートは変わろうとも頭の中身は相変わらず半島に属しているのである。

例えば日本国内にいる北朝鮮国籍者は3万人しかいないが朝鮮総連は正会員数7万人と言われている。両社の差にあたる4万人もちろん帰化して日本人になっているのだ。こいつらにとっては日本のパスポートの方が海外旅行するにもマネーロンダリングするのも麻薬を運ぶのにも何かと便利だから!程度の認識しかないし、それに若くて有能な金日成信者たちに対してはある時期から朝鮮総連が帰化を薦めていた・・という不気味な事実があるのだ。





それとスパイ活動をしているのはなにも北朝鮮だけでなく韓国だって同じである。国家情報院(旧KCIA)に統一教会、汝矣島福音教会というカルト教団が世界中で反日プロパガンダ活動を実施しているのは皆さんご存知の通りだが、彼らが今必死に取り組んでいるにはシリコンバレーや日本の企業から先端情報を盗み出すことで、どうもここに日本に帰化した韓国人を相当数つぎ込んでいるようなのだ。

昔から朝鮮民族は身分を偽って他国に侵入し、情報を盗んで骨抜きにした後で乗っ取ることを最善の策とする寄生虫のような生き物であり、こんな下等生物に何を言っても物事の道理など判るはずも無いのだが、人道的見地から国籍を与えてしまうお人好しの国というのは寄生虫にとっては利用しない手はないのである。

日本人になって盗め、奪え、壊せ。事件が露呈しても傷つくのは日本だから構うもんか!それとお前ら帰化日本人が矢面に立たないように博愛精神に溢れたお馬鹿な純粋日本人を取り込んでイザとなったら捨て駒にしろ!。これが半島の南北両国から帰化人に発せられた指令で、彼らは従順にその指令を実行しているのだ。

だから筆者は言いたい。こうしたスパイ事件に関わらず凶悪事件などが発生した場合、この人物は帰化人ですとか、祖父が韓国人なので1/4朝鮮人の血が混じってます!と公表すべきではないだろうか。そうなれば「日本のパスポートを持つ朝鮮人がスパイ容疑で拘束」というニュースの意味合いはかなり違ってくるし、実態をよく表しているはずなのだが・・。






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日本のガサツなレストランの正体は・・

香港の街中にある茶餐店(チャーチャンテン)に行かれた方なら最初はあまりのサービスの悪さに唖然とされたに違いない。呼んでも来ない、注文しても笑顔一つ見せない、時々「ハ!」と嫌な口調で叫ぶ、お茶をドン!と置く、お勘定の時も「有難う」の一つも言わない。

一体この連中は何だ!と怒り心頭するだろうが、しかし香港じゃこれが普通で、少しでも愛想が良いのは一流店か外国資本のレストランくらいであり、売り手と買い手は平等である!を固く信じる中華民族には客を心地良くしよう!という感覚がそもそも欠落しているのだ。

だから彼らが日本に来ると、高級ホテルどころか街の喫茶店や商店街の金物屋まで総じて愛想がえらく良い事に感嘆してしまい、「いやいや日本は素晴らしい国だよ!」と何度も日本に来るリピーターになってしまうのだが、そうした一人に筆者のかつての同僚キャンディー(現在42歳で一時の母)がいた。

キャンディーは昨年生まれて初めて大阪を訪問してからすっかり日本贔屓になってしまい、今年も子供がサマースクールでアメリカに出かけている隙に夫婦そろって福岡に不動産を買いに来たのだが、しかし素晴らしい笑顔をサービスを受けられるはずの日本で呆れかえるほど駄目な店に入ってしまったというのだ。

「その店は香港人が経営してたのよ」とむくれるキャンディー。すっかり日本贔屓になったとはいえ日本語を全く解さないキャンディー夫婦は香港人向けガイドブックに載っていた「中国語のメニュー有ります」な店に入ったのだが、これがまあ味もサービスも雰囲気も総じて最低点な店だったのだそうだ。





いくら香港人経営とはいえマトモな店は日本にはいくらでもあるものだが、なんとこの店は経営者だけでなく料理人やウェイターも全員中国人で、おまけに客も全員が全員とも日本にやってきた中国・香港ら中国系観光客だから、福岡の天神界隈でその店だけがポコッと中華文明圏(=サービス精神が欠けている)になっていたそうなのだ。

なるほど・・。確かに福岡・天神とは言え家賃は香港や上海の一等地よりは遥かに安いから経営上かなりメリットがあるし、それに日本人の板前を雇うよりも中国人留学生バイトに刺身や煮物を作らせれば人件費は思い切り削減できるし、何より言葉が出来ずに右往左往している中国人が腐るほど来るから「勝算あり」と算盤をはじいたんだな。

ただ日本人経営者なら美味いものをいかに安く提供するか!とか、我が店のオリジナルティーを出す為に何をすべきか!などと深く考えるものだが、香港人が考えるのは如何に楽して大儲けするか!だけだから、経営政策と言ったってツアーガイドに賄賂を渡して団体客を引っ張ってくるだけでお終いである。

「全くあんな店を営業させておくなんて日本は何をしているのかしら!」とキャンディーはなぜか怒りの矛先を日本に向けたのだが、しかしそれを聞いた筆者は思わず「だけど香港なんて丸ごとそんな店ばかりじゃないか・・」と反論したら、矛盾に気が付いたのかキャンディーは大笑いし始めた。

ちなみにこの店は香港人向けの日本情報誌に「香港人経営だから絶対行くな!」と警告が出ているそうなのだが、でもだったら日本を見習って香港人ももうちょっと愛想良くしたらどうかね。お前らが福岡のダメな店に怒りを感じるずっと前から、オレたち外国人は香港のサービスの悪さにすっかり呆れ果ててるんだけど・・。






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Author by ほにょ / 全記事一覧 / 次のページ / ページトップ
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